札幌に着いた頃には陽が落ちかけていた。
昼食は飛行機内で済ませていたため、次にする行動は二つ。
一つ目は普通に観光。来ちまったものは仕方ないので楽しむしかないというヤケクソ。
二つ目は目的完遂のために香峰旅館に行くこと。ライラックはその旅館にいることはすでに知っているので、後に済ませるべき出来事にもできる。
「えっ? 何言ってんのジョーロっち。このまま旅館に行ってその人に会いに行くことが先っしょ?」
「ですよね……」
緊張で心が押しつぶされそうだ。
早速チェックイン、ということでさっそく旅館に向かう。札幌空港から少し離れたところにあるが、歩いて着く距離なので歩いていく。
初めて行く北海道なので、慣れ親しんだ東京とは違った風景を眺めることになる。
軽い修学旅行だよなぁ、これ。
ふと思って、隣を歩くチェリーさんを見る。
やはり初めて来る場所なのか、落ち着かない様子だ。けれどはしゃいでいる。
「テンションめっちゃ上がる! いつかつきみっちと、フーちゃんと……ホースっちとも行きたいなぁ……」
「……そうですね」
お互いについて知っている人間から見れば、この関係は歪なものだ。
他校の人間が他校の人間の恋愛サポーターをしている。どういうつながりでこうなったかなんて誰も知らないだろう。
一つのお礼から始まった関係。だが最初はチェリーさんが俺を知るために仕組んだこと。
まぁその仕組みは中身が何もないことだったが、気にするほどのものではない。
俺も感謝している点はめちゃくちゃある。今日の札幌だって、この人がいなければ来年の修学旅行まで行かなかっただろう。
自身の贖罪のために付き合ってもらっているのだ、頭なんて上がりゃしないよ。
「? どしたのジョーロっち。うちの顔じろじろ見て」
「いや……、ほんと感謝しても仕切れないなって」
「それはうちもだよ。うちも、ジョーロっちに感謝してるっしょ! ありがとね!」
………………?
いや、なんでもない。モノローグでまで語ることじゃあないな。
うっし! シリアスな雰囲気はもうやめだ!
こっからはいつも通り、メタ発言とパロディ発言のパレードでやっていくぜ!
ひゃっはー! 待ってろよ、ライラック!
「とりあえずキャラクターは戻して口調僕にしたほうがいいですかね」
「いや、それはどうだろうねってやめてやめて、キラキラオーラ出さないで! 君誰!?」
「その発言失礼すぎやしませんか!?」
このまま主人公の特権で打ち切りにしてやろうかと思ったが、やめだやめだ!
もうちっとだけ続くんじゃー! 続くといえばアニメ放映後の出来事だってOVAで公開されるぞ!
1クールじゃ無理だったからね! 駱駝ァ! 第2期は2クールでよろしくな!
……さて、久々にシンキングタイムだ。ここから先の俺の行動の選択肢は複数ある。
1、会ってすぐあの時のことを謝る。
まぁこれが一番なのかもな。無難な選択であり、会話の広げ方としては最も適切だ。でも文脈がないよね。よって却下。
2、ライラックから会話させる。
そのためにこっちからの会話は「最近どう?」みたいな。親戚かよお前、ないわ〜。よって却下。
3、1と2の混合。
ライラックの最近の状況とか聞いて、んでまあま、そのあとうまい感じに小学生の頃の話に持っていって俺が謝る流れを作る。
無理、作れない、机上の空論。よって却下。
……やっぱ打ち切りでよくね?
「うちに助けを求めようとしてる顔をしてるね、ジョーロっち」
「……バレました?」
「うん。でも、うちの介護が必要なわけないっしょ?」
「えっ、なんでですか?」
「だってジョーロっちだもん。できるでしょ?」
「むっ……」
なんだこの信頼度の高さは。
……俺ならできる、か。変に策を練るよりありのままの状態で行くべきなのかな。
そういうものなのだろうか。
「……ありがとうございます、チェリーさん」
「これくらい全然! さっ、早くいこ!」
これで転ばなきゃ完璧なんだけどなぁ。
※
「……何回転んでるんですか貴方」
「うち今めっちゃ不安なんだけど。いつものドジで荷物も変なの混ざってたらまじで凹む」
「普通にありそうなのが、やばいですね☆」
「なんで元気そうなの?」
さて、ついに着いたぜ香峰旅館!
ここにライラックがいるはずだ。俺の記憶が正しければな。思い返せば確証のないことだが、まぁ合っているはずだ。先生がそう言ってたし。
「じゃあ、早速入るけど……鉢合わせたらどうする? 覚悟はいい? うちはできてるけど」
「なんでチェリーさんが固めてるんですか……、大丈夫です。行けます」
「よし! じゃあ行くよ!」
旅館の入口から入って、そのまま中に入っていく。受付にいたのは銀髪に長い髪の少女だ。……ん?
「あのー、予約していた桜原なんですけど……」
「桜原様ですね、少々お待ちを……、えっジョー君!?」
「ジョー君? って、えっこの人が!?」
「らしいですね……さて」
まさかこんなところで会えるとは思わないだろ! 早すぎるわ!
呼吸を整えろ! ニヒルに行け!
「ひ、久しぶりだな、ライ……?」
「うん! 久しぶりだねっ、ジョー君!」
正直言っていい?
めちゃくちゃ綺麗すぎて一瞬ライラックじゃないかと思った。てへっ☆
「本当に……ライなんだよな……?」
「そうだよっ。どう? 綺麗になった?」
「綺麗すぎて別人かと思ったよ」
「本当? なら、嬉しいですっ!」
こちらに近づいてギュッと腕を抱きしめる。
そしてそのまま……、俺の頬にキスをしてきた。感情が追いつかん、待って。
…………………………。
「はぁ!? えっ、ちょ、はぁぁあ!?」
「ふふっ、会えて嬉しいよっ! ジョー君!」
「あわわ……」
ほらぁ! チェリーさんめっちゃくちゃ慌ててんじゃん! この人認識として俺が傷つけた人として考えてるからこの行動に理解が追いついてない感じじゃん!
「ところでジョー君」
「な、何かな、ライ?」
「この人は? 彼女?」
「付き添いの人だと考えてもらえれば……」
「そ、そう! うちはジョーロっちの先輩の桜原桃! チェリーって呼ばれてるんだ! よろしくね、ライ……っち?」
「じゃあ私も改めて……、香紫花丁ですっ。ライラックって呼ばれてます。よろしくお願いします、チェリーさんっ!」
先輩でマウントを取りに行ったぞこの人。
キスシーンを見て慌てない女の子なんていないよね。
「それで、ジョー君はなんでここに来たの?」
「それは……、お前に会いに来たんだ」
「私に? 告白?」
「同じようなものだよ。今日時間あるか?」
「あ、あるにはあるけど……この後部屋に行くから、その時でいいかな?」
「あぁ。じゃあ部屋に案内してくれると嬉しいよ」
「うん。……ところでなんで二人部屋なのか訊いていいかな?」
「えっ、チェリーさん? 確か予約ってチェリーさんのはずでは?」
「……ごめん。一人部屋って多分言ってなかった」
マジ〜〜〜? 夜に? 男女二人? 個室? 何も起きないはずがなく?
まずいな。この作品R指名付いてないのに18まで跳ね上がっちゃうぞ。
金銭問題だと思ったけど問題ない程度に金を用意してあるので一人部屋でも問題はなかったが……今更キャンセルはできない。それでさらに金かかるしな? 不本意だがこれでいかせていただきます。不本意だが、不本意だがな?
「それでは、案内しますねっ! こちらに付いてきてくださいっ!」
ライがそう言って俺たちを部屋に案内していく。
チェリーさん……、早速ドジっていうか、彼女にとっての伏線回収っていうか。
どうしてそうなったんだろうな。この人どうやって今日まで生きてきたの?
「えっと……ごめんね?」
「これくらい気にしませんから。早く行きましょう」
「う、うん……」
気まずい……。そらそうよ。
俺たちで二人部屋だぜ? 何を想像するかなんてな、言うまでもないことなんだよ。
だが俺は紳士であり純情鈍感BOYを目指す身。当然手を出さない。というか出せるわけないでしょ、ホースに殺されるわ。
「と、とりあえず行こうか……あはは」
「そうですね」
さて、ライに部屋に案内された頃には陽が落ちていた。夕方になり、外を散策する時間でもないので、このまま今日は部屋で過ごすことになる。
飯は当然ここで食べる。んで、風呂入ってライとの対話よ。
いや、先に風呂入ろっかな。
部屋に入った俺たちにライは「じゃあ、十時くらいに来るから、待っててねっジョー君!」とだけ言ってこの場を去った。
「ねぇ、ジョーロっち」
「はい」
「この際部屋に関してはこのまま割り切らせてもらって……」
「それは、はい。仕方のないことです」
「じゃあ言わせてもらうけどさ……」
荷物を置きながら、チェリーさんは言った。
「あれ絶対好きだよね。ジョーロっちのこと」
「俺もそう思ってしまいます……」
いや〜っ! モテる男はつれーわ!
なんかいつのまにか過去のこと水に流してめちゃくちゃアピールしてくるし、これは俺にモテ期が来たってことだよなー!
予定としては来年だったのに、まぁ少しくらい早めてもいいよね!
「うち完全に嫌悪感見せて、いっそのこと親を殺されたような瞳でみるかと思ってたけど、全然違ったね!」
「貴方うちの幼馴染のことなんだと思ってるんですか」
「だってそう思うっしょ!? そんなことある!?」
「俺だってそう思いますよ! 急にキスしてきたんですよ!? あれ絶対に気がありますって! チェリーさんもホースにやればイチコロですよ!」
「えっ、一理あるっしょそれ」
「ガチ!?」
「いややっぱない恥ずかしいっしょ!」
こっちから会話を広げようと思ったらキスでノックアウトされました……ジョーロです……。
別の意味でさらに気まずくなっちゃったよ!
「と、とりあえず荷物置いてさ、風呂でも入るっしょ! 話はその後で……」
「そうですね! とりあえず荷物置きましょうか! その前にトイレ行ってきますね!」
「じゃあうちが先に行ってるから荷物の管理とか全部よろしくっしょ!」
そう言ってそそくさとチェリーさんは部屋を出て行った。
……二人部屋かぁ。旅館だから布団式なのはわかる。なんで一個しかないの? ここまで来たらもうラブコメじゃんこれ……。
後で不備を伝えるとして……、身体綺麗に洗ったほうがいいかな……。
っと、よしトイレ終わった。風呂いこ。
部屋の鍵を閉めて、浴場に向かう。当然男湯と女湯で分かれてる。
まさかチェリーさんが男湯と女湯で間違えるわけねぇよな……。そこまできたら伝説よ。
ま、まぁ。仮に間違えたとしてもだ、今日は幸運なことに人は“全く”いない。
見られる心配は何一つないだろう。いや心配する要素そこ? チェリーさんの方を心配するべきでは?
……男湯の更衣室に入ると、ただ一つだけ、目立つ服装が置いてあった。既視感の塊だった。一応周りの荷物を見ると、あの既視感のやつ以外置いていなかった。
これだけで安心できるわ。だが違うという可能性も考慮していかなければなるまい。
たまたま女装趣味の男で格好が偶然チェリーさんと被ったってわけなんだよな!
もしかしてチェリーさんのあだ名って“そういう”意味では…………? やだっ、意識しちゃいそっ!
気を取り直して、服を脱いで、タオルでリアルジョーロを隠す。
リアルジョーロって名前、まだライ覚えてそうだな……。忘れてくれてるといいのだが。
ガララ、と音を立てて浴場に入ってみるとそこにいたのは……
「えっジョーロっち!?」
うん。
ですよね。
「ここ女湯だよ!?」
「男湯ですよ。俺が間違えると思ってるんですか?」
「い、いや本当だって! うちが入った時女湯だった!」
「えっ、俺が入った時は暖簾……? には男湯って……」
「じゃ、じゃあジョーロっちが来るまでの間に変わってたってこと!? ならここは……!?」
「多分男湯ですね……」
「またやっちゃったしょ〜〜〜っ!! ここから出る!」
それが一番いい……いや待て。
「待ってくださいチェリーさん! 人影です!」
「はぁ!?」
「あれ清掃の人です! モップ持って掃除してます!」
「じゃあしばらく出れないってことじゃん! うわぁぁあああ……、うちの裸……ホースっちにも見せたことないのにっ!」
「見ませんよ!」
「ほんとに!?」
いやほんとはめちゃくちゃ見たいよ?
でも言わない。だって純情鈍感BOYだのも。
ここで見たら純情が汚れちゃうでしょ!
「ほんとですよ……じゃあ俺普通にシャワーとか使うんで……」
「ふ、普通にやるんだね……」
「もう割り切るしかないですよ。ホースだって見はしませんよ」
「それは……うん、そうだね!」
冷静は装えたな? じゃあ、もういいよな?
やっばい! ほんとにやばい! リアルジョーロが暴走しちゃう! これなんて同人誌!?
チェリーさんのドジは今に始まったことないけどここまでくんのかよ!
この人普段どうやって生活してんだよほんとに……。
「清掃の人もう行った!?」
「えっと……、行ってないですね。念入りに掃除してますよこれ……、ちょっと訊いてきますね」
「やめて!」
なんで?
「それで変に感づいてなっちきたらどうするのさ!」
「考えすぎですって! というかここまで大声あげてたら逆に来ますよ!」
「うっ……!」
これ抑制できてんの? 疑問にすることすら烏滸がましのかもしれん。
さて、今の状況は俺とチェリーさんが男湯。更衣室に謎の清掃員A。まぁ清掃の人が浴槽に入るのは深夜の頃だと思いたいのでこっちに来ることはないだろ。
問題はいつこの場を去るかと……チェリーさんの下着がバレるかどうかなんだよなぁ……。気にしないでいてくれると嬉しいんだが……あまり考えないでおこう。
シャンプー、コンディショナーを使い、ボディーソープを使って身体を、身体をな? 身体を丁寧に洗ったところで俺はチェリーさんのところに向かう。
「ちょっ、えっ来るの!?」
「チェリーさんの方を見なければセーフですよね!?」
「アウト! アウトだから! 入らないで!」
「入らせてくださいよ! 割り切るってさっき言ったじゃないですか!」
「それとこれとは別っしょ!? それ以上来たらお湯ぶっかけるよ!?」
「それでポロリしても知りませんよ!?」
「あっ……! もうっ! わかった、うちの負け! 早く入ってあとこっち見ないで!」
「はいはい……」
ちゃぽんっと心地よい音が聞こえ、肌全体に暖かな感覚が走ってくる。
と同時に俺は後ろを向いて入口の方に目をやる。清掃員がいるかどうかはここからじゃ判別できないが、ある程度時間が過ぎれば帰っていくだろう。
タオルでリアルジョーロは隠れている。多分見られてないはずだ。
でもだな……。それはそれとして気まずいったらありゃしねぇよ! 何回も言うぞ!? すっごい気まずい!
変に意識してやばいんだって! 語彙が死滅するわこんなの! これ王道ラブコメだっけ!? 俺主人公なの!? モブじゃなかったの!?
助けてくれ……サンちゃん……ひまわり……、この状況で何をすればいいんだ……。夜景とか見えてるけど楽しめる状況じゃねぇぞ……。
「ねぇジョーロっち」
「……? なんですか?」
「その、ライラックさんとの会話、うちも聞いてていいかな?」
「俺はいいですけどライがどう言うかはわかりません……、というか、なんでです?」
「……なんていうかね」
顔が見えなくても、言葉から読み取れることはある。この人は何かに悩んでいる。
サポーターポジションとしてはその悩みに応えてやるっていうのが使命の一つなのだが……、確証もないことに言葉を入れようがない。
「うちに必要なものが、見えるかもしれないかなって……ね」
「見えるものって?」
「うーん、まだ内緒かな! うしし!」
そう言ったあと、後ろからこちらに近づく音が聞こえる。
少しして、頭に手が置かれた。
「ジョーロっち、頑張ってね。うちも応援してる」
頭を撫でられて、少し恥ずかしい。
こんな経験は初めてだよ。優しいお姉さんかなんかだよ、ほんとに。前に自負してなかったっけ。
でもな……。
「一つだけいいですか?」
「何?」
「頭撫でるの下手くそですね」
「っ……! いーじゃんこれくらい! あー! もう! なんかいい感じの雰囲気だったのに台無しになったっしょ! そこまでいうなら見本見せてよ!」
「ちょっばかチェリーさんこっち向いたら───」
当然のことなので言うが、というか言い忘れていたが、リアルジョーロを覆っていたタオルはそのままではなく、俺の首に巻かれている。タオルはお湯の中に入れないしな。
それは当然女子、つまるところチェリーさんも同じであって、今俺の前を歩いていたチェリーさんがこっちを向いたってことは、つまるところ、まぁ、うん。
「ちょっ先輩こっち来ないで! 見えてる! 見えてるから!」
「見えてるって何!? うちの何が見え……て……しょおおおおおお!?」
俺はとっさに顔をお湯につけたのだが、さらにその上から押し込まれる。
見えたか見えていないかなんて? それを言うのは、無粋ってものだろ?