和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第二章 安全地帯がゲームイベントで消失する事って希にあるよねって件
第九話 狐の肉は食べられない


 狐・狸・猫と言えば前世においても変化の術や妖術を扱う獣として言い伝えが残る存在である。化け狸とか化け猫と言ったものだ。

 

 この世界においてもそれは変わらず、霊力のある人間、あるいは妖力を持つ妖の肉を食べた事で知恵と妖力を得た化け狐の事を特に妖狐と呼ぶ。

 

 特に扶桑国を含む東方では千年かけて力を蓄え続けた狐の凶妖は天狐と呼称されて恐れられているが、これは大陸で一時期天狐の凶妖達が立て続けに現れて権謀術数によって当時最大の人類圏を構成していた大陸王朝を崩壊させる悪行を仕出かして見せた事に由来する。彼らないし彼女らは小妖の頃から知能が他の化物より高く、それ故に生き残り易いので強大な化物への開花が容易である。また人間の世界の事情にも明るいため狡猾な策を弄するのが得意でもあった。その事もあって朝廷は大陸での惨劇から化け狐を積極的に狩る事を奨励していた。

 

 無論、朝廷が積極的に奨励しているという事は、その分彼ら彼女らの朝廷に対する憎悪も激しい訳で……。

 

 故に今正に月下の空で一匹の化け狐が圧倒的な悪意と敵意を持って都を見下ろす事も当然と言えば当然の事であったのかも知れない。

 

 千数百年の歴史を持ち、東方のこの扶桑国において「人間」という種の中枢部として機能してきた都はその土地の豊かさと強力な霊脈により人間だけでなく過去数々の妖達の侵攻の、そして「餌場」の対象にもなってきた場所でもある。

 

 ある時代には死霊の大軍が死の河となって押し寄せ、ある時代には四凶と称される凶悪な妖の支配を受けた。またある時代には地を呑み込む大蛇がその地を目指し途上の村や街を踏み潰しながら東進し、百鬼夜行が攻め寄せた際には帝の号令の下に国軍と民草が協力して籠城に成功して見せた。

 

 ……そしておおよそ本能と欲望に忠実であるが故に我が強く、本来ならば協力しえない筈の化物共を纏め上げ、組織化して見せた最強の力と最凶の知性を有した妖「空亡」が引き起こしたこの国最大の動乱『人妖大乱』の際にはその土地の重要性から再三に渡る大攻防戦の舞台となり、都の内も外も地面を埋め尽くさんばかりの人と妖の死骸に満ち満ちた地獄と化した。

 

 そしてそれらの時代を経ても尚、人間はこの地を押さえ続けた。今や数十万という民衆が暮らし、文字通り扶桑国の中枢となるのが都である。……逆説的に言えばこの都を落としてしまえばこの国はそれだけで滅ぶ。そして強大な霊脈を手に入れる事で妖達は凶妖の更に次の段階に至るだろう。そう、歴史的に数体しか記録されておらず、それも事実かも判然としない神話上の存在に……。

 

「故にこれだけの大軍を拵えたのじゃ。忌々しい人間共の虚飾の街を滅ぼし、より高みを目指すためにの」

 

 尊大な態度で妖狐は……九つの銀色に輝く尾を持ち、特徴的な獣耳を頭に生やした人影はくくく、と嘲笑う。彼女の背後には気づけば幾千という怪物の大軍が控えていた。彼女が数十年の時をかけて国中を放浪して、増やし、鍛えた怪異の大軍勢。実際、既に幾つかの小さな街にて、弱小とは言え数家の退魔の家を根絶やしにしたその軍勢の実力は嘘ではない。

 

「さて、いくとしようかの。貴様ら、進め。逃げる者も、逆らう者も、抗う者も、皆平等に食い荒らし、喰らい尽くすが良い」

 

 そう妖狐の自信は嘘ではない。実際に街や退魔の家を滅ぼすのは簡単な事ではないのだから。その軍勢はそこらの大名や退魔士の家が総力を挙げて討伐に打って出ても容易に打倒出来るものではない。

 

 だからこそ、凶妖にまで至って百年もない若造たる妖狐の思い上がりはある意味で仕方ないものであり……同時に彼女は自身の世間知らずの罪に対してその身を以って報いを受ける事となった。

 

「なっ………?」

 

 次の瞬間、彼女の背後で生じる紅蓮の炎の渦に千を越える妖――その多くが中妖であり、大妖すら十体以上含まれていた――が焼き焦げその大半が燃え尽きて消え去り、運良く燃えきらなかった幾体かは火達磨になった身体で地上へと落下していく……。

 

「あれは……龍、か?」

 

 振り返って自分が長い時間をかけて拵えた妖の大軍を半分近く凪ぎ払った存在を唖然と見つめる妖狐。同時に圧倒的な格の違いにも気付かされる。

 

 とぐろを巻いた神龍……その頭に居座る陰陽師は酒の入った瓢箪を呷ってから加虐的な笑みを浮かべて使い魔に命じる。

 

「ほれもう一発だ。やれ、白蓮」

 

 応えるようにけたたましい咆哮が放たれる。同時に撃ち出されるのは灼熱の吐息。化物達の厚い甲殻も、難燃性の毛皮も、妖力の防壁すら無視して妖達は瞬時に焼き払われ、炭化する。あらゆる防御を無効にして焼却するそれは限りなく概念攻撃に近い位階にまで昇華した業火だった。 

 

「ぐっ……馬鹿なっ!?こんな……たった、たった二回の攻撃で妾の下僕共が……!?」

 

 妖術で炎を逃れた妖狐の影は信じられないとばかりに罵倒の言葉を叫ぶ。それは圧倒的な理不尽への怒りであり、彼女は認めないであろうが恐怖からその声は震えていた。

 

「ふ、ふざけるなっ……!!これだけの軍勢を育てるのにどれだけの……!!」

「どれだけの人間を食べさせたか、か?」

「っ……!!?」

 

 直ぐ背後から響き渡るその声に身を捻り妖狐は手刀を放つ。素手とは言え、凶妖の本気の手刀ともなれば人の首を容易に切断……いや、首といわず上半身が消し飛ぶだろう。実際、背後に立っていた黒装束の「人間」はその身体が両足を除いて吹き飛んだ。

 

 ……直ぐに肉片は黒い影となり、霧散した影はたなびきながら集まって当然のように再度人影を作ったが。

 

「幻術か……!?」

「いや、確かにお前さんはその爺を殺したよ。爺の身体が可笑しいだけだから安心しろよ」

 

 わめくように叫ぶ妖狐の耳元で響くのは先程龍に乗っていた男の声。同時に頭に響く衝撃。恐らくは瓢箪で殴り付けられたのだろう、地面に叩きつけられるように妖狐は地面へと突入する。

 

「ガバッっ……!?グ、な、なめるなヨ、人間風情ガっ……!!」

 

 人間ならば頭蓋骨が砕けて中身が飛び出しているだろう衝撃を受けて、さしもの妖狐とは言え脳震盪を起こす。だが次の瞬間ギリギリ人形だった姿は急速に肥大化し……そして咆哮と共に巨大な銀毛の九尾狐が闇夜に現れた。それこそがこの妖の真の姿であった。

 

『オノレがっ!貴様ラ、一人とシて生かしテ帰さんぞ……!!!』

 

 妖狐が怒り狂いながら叫ぶ。強い人間とはこれまでも幾度も戦ってきた。そしてあらゆる手段を、卑怯で卑劣な手段を使ってでも勝利し、敗北者は命乞いすら無視していたぶり、苦しめ、貪り食ってきたのだ。彼女は自らの知恵と力に絶対の自信を持っていた。こいつらも全力の力をもって襲えば……!!

 

「それは此方の台詞です!!」

 

 妖狐の顔面に空中で回し蹴りを食らわせたのは若い巫女であった。溢れんばかりの霊力で強化された脚部による一撃は当然のように妖狐の頭の肉を裂き、その骨に罅が刻まれ、歯が何本か砕け散る。一瞬意識を失った化物は、次の瞬間には耐えきれない程の激痛に苦しむ事になる。

 

『ガバッ……!!?』

 

 盛大に吐血しながら落下する妖狐。重力に従いながら落下していく「彼女」に、しかし都を守護する退魔の専門家達は容赦する積もりは一切なかった。四方から止めの一撃を喰らわせようと襲いかかる人影……。

 

『グッ……!!?お、おノレぇがあぁぁぁ!!こんな所で、こんな所で!こんナあっけナク!私ガ死ねルかアァァァッ!!!』

「っ……!?不味い、早く仕止めろ……!!」

 

 全身深い傷だらけになった妖狐は最後の手段を使う。そして、退魔士達は化物が何かを仕出かそうとしている事に気付き、それを阻止しようとする。

 

 退魔士によって切り裂かれる狐の影。それは次の瞬間強力な術式によって燃え上がり、次いで突如発生した雷雲からの雷が直撃、そして更に四方八方から生み出された半透明な結界によって構築された針によって突き刺される。それらはどれもが大妖なら一撃で、凶妖でも下位のものであれば備えなければ無事では済まない代物であった。だが…………。

 

「愚か者がっ!!それは幻だ……!!」

 

 幻術や催眠を専門とする退魔士の一人が違和感に気付き叫ぶ。肉片となった筈の化物の残骸はしかし、次の瞬間霧のように消えていた。それは妖狐が残る力を全力で注いで作り上げた最高傑作の幻術であった。

 

「ちぃ……!!」

 

 ある者は文字通り筋力だけで空中を蹴りあげて、ある者は空中に足場となる結界を作り上げ、ある者は式神を使って、あるいは空中で術式を構築する者、弓矢等の飛び道具で狙いをつける者……各々が各々の方法で彼ら彼女らは妖術を使い幻を作り出して離脱した妖狐を再度、そして確実に仕止めようとした。しかし……。

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間巨大な妖狐は発光した。周囲の者達の視界を覆う程の激しい光……数名がおおよその位置を狙い済まして攻撃を行うが手応えはない。そして、巨大な光は小さな光の粒へと分裂し……それは流星群のように都やその周辺へと落下し始めた。

 

「おのれ、そういう事か……!!」

 

 遠距離攻撃が可能な数名の退魔士が幾つかの光の筋を狙い澄まして撃ち落とす事に成功する。しかし……半分以上の光はそのまま地上へと降り注ぎ……闇夜の中に消えていった。その姿を神妙な、あるいは苦々しげな表情で見つめる退魔士達……。

 

「帝と方々の大臣に連絡を。粋がった化物が死ぬ直前に面倒な置き土産を残してくれたとな」

 

 いつの間にか現れる黒装束の男が退魔士達に命じていく。そして化物殺しの専門家達はその命令に対してその姿を消し去る事で肯定した。

 

「………」

 

 黒装束は一人青い暗闇に幻想的に浮かび上がる満月の姿に嘆息する。よもや「あの程度」の化物相手にこのような失態を犯すとは。大乱の頃であればあり得なかった失敗だ。やはり満月の夜は血が滾り馬鹿になってしまう。しかも妖共がでしゃばるのも大概この時期なのだから始末に負えない。

 

「……せめて彼女が戻ってくれればな」

 

 黒装束の影は怪我と年を理由に宮仕えを退いたかつての戦友を思い再度嘆息する。刹那、そして黒い影は己が勤めのためにその姿を霧のように消していた……。

 

 

 

 

 上洛……原作ゲーム「闇夜の蛍」ではゲームの進行のある時期までに規定の水準まで能力値を向上させる事で上洛に同行する事が出来る。

 

 この作品の舞台たる扶桑国は都を中核とした中央を帝と公家を中心とした朝廷が統治し、地方の統治は世俗を中心に治める大名と妖等の超常現象に対処する退魔士一族の二重権力で支配されている。

 

 上洛は朝廷が大名や退魔士一族に対して課す義務の一つである。三年に一度上洛した彼らは半年間内裏への参勤と都の守護を命じられる事になる。

 

 鬼月家もまた定期的に一族からの代表と手勢を率いて入洛しており、ゲーム中盤でこの上洛予定が来る事になっており、この際の主人公のステータスや友好関係、好感度によって上洛に同行するか否か、誰が上洛して留守にするか留まるかが変わり、それによってストーリーが大きく分岐する。おう、姉妹の仲良くなった方が上洛して留守中にもう片方との好感度をカンストさせたら凄え修羅場が見れるぜ……?(白目)

 

(つまり、今回の上洛は原作スタートの丁度二年半前か……)

 

 上洛が三年に一度、主人公が鬼月家に引き取られてから上洛イベント開始まで半年である事を思えばゲームスタートまでの残り時間は明らかだ。

 

 ……とは言え、生きる上での仕方ない行動であったにしろ俺のせいで既に僅かながらとは言え原作から初期設定や状況が乖離している。このままゲームが素直にスタートするかは分からないし、スタートしたとしても殆んどがバッドエンドなルートをどう回避するか、あるいは利用して逃げるかが問題だ。上手く服従と監視の呪いから解放されても場合によってはこの国自体がぐちゃぐちゃになりかねない。本当このゲームの難易度畜生だなおい。

 

「伴部、人の話を聞いているのかしら?」

「え?な、何用で御座いましょうか……?」

 

 突然かけられた声に俺は我に返り、能面越しに声の主に視線を向ける。

 

 部屋の隅で膝をついて控える俺の視界に映りこむのは畳の敷かれた広々とした部屋……その上座で正座する少女の直ぐ手元には和琴が鎮座していた。その弦に触れていた手を離して膝の上に乗せる桃色の少女は嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「あら、人が折角演奏をしているのに他の事を考えているなんて贅沢な事ね?班の長になってから高慢になったように見えるわよ」

「いえ、決してそのような事は。都での懸念事項等について愚考していただけの由で御座います」

 

 少女はくすりとした、それでいて小鳥の囀りのような声で毒づき、俺はそれに対して当然のような内容を含めて謝罪の意を伝える。

 

 牛車(迷い家化済み)三両、その他に荷運び等の馬車が三両、退魔士は代表含み四人、彼らを世話する雑人は一〇名同行する。そして隠行衆が五名、下人一二名、薬師衆等その他衆六名、臨時雇いの人足が三〇名余り……数だけで見れば下位の大名に匹敵する規模の隊列は霊力や異能持ちが多い事もあり、妖達にとってはご馳走だ。整備されているとは言え、特に山道は未だに妖が現れて商人や旅人を襲う。山賊だっているだろう。

 

「あらあら、たかが一下人の班長如きがそのような事を良く心配するものね?やはり貴方傲慢になっているわよ。所詮は下人風情が私や叔父様を差し置いてよりマシな事を出来る訳ないでしょうに」

 

 クスクスクス、と口元を和服の袖で隠しながら上品でいて、明らかに加虐的な嘲笑を浮かべる。

 

 実際問題、俺の実力は所詮は下人である。目の前の年下の少女は当然として今回の代表たるあのデブい叔父相手でも戦う事があれば一ミリも勝機はない。そんな彼らが後手に回る内容を俺如きがどう出来ようか?そうでなくても凶妖でも出てこない限りは同行する退魔士によって道中襲ってくる化物なぞ即殺されている。お陰様で下人の班長たる俺は仕事もせずにゴリラ姫の護衛役兼お喋り相手兼琴の演奏の聴き手でいられる訳だ。

 

 尤も、それも都に入るまでの事ではあるが。この時期の都に訪れるなんて婉曲的な自殺行為だぞ……?

 

(いや、どうにか出来なきゃ死ぬだけなんだけどな?)

 

 原作ゲームや外伝の漫画・小説等の媒体に基づけば、今回の上洛のタイミングは非常に不味い。正確にはゴリラ様やデブは強いので大丈夫だろうが下手すれば俺は巻き添えで死にかねない。そして何より問題なのはそんな魔境であると理解していても、あの書き下ろし小説を読んでしまえば都に入る以上は何かしなければ後味が悪すぎる事だ。

 

(問題は俺に自由な時間があるか、あったとしてどうすれば良いか、か……)

 

 アイテム屋佳世ちゃん両親の脳味噌プリン案件やら新街の孤児院で起こる踊り食いパーティーを知っている以上は無視するには罪悪感が強すぎるし、それ以上にストーリー上困る。ないならない方が良い案件ばかりだ。

 

 そうでなくてもあの女狐のゲーム本編での糞具合は鬼月家と良い勝負である。碧子も大概だがあっちは一応本編の範囲内ならヘイトは少ない……しかし糞女狐の外道さはゲーム販売時から既にヘイトの対象だった。性格が腐りきった悪女だった。一応少しだけ、本当に少しだけ擁護的な設定もあったがそれでは誤魔化しきれないくらいには畜生だ。殺せる時ならば(可能性が低くても)やってしまった方が良いかも知れないと考えてしまう。

 

 実際は、そう軽いノリで渡れる橋ではないのだがね……。

 

「あら、やっぱり何か別の事考えているわね?」

「姫様、その………」

「言い訳は良いわ。幾ら誤魔化そうとしても無駄よ。能面越しでも、仕草だけでも底の浅い貴方の思考くらいは想定出来るわ。随分と上の空のようね。呆れたものね。都行きならもっとそわそわしていても良いでしょうに、寧ろ……これは陰鬱なのかしら?」

 

 何処か奇妙そうな表情を浮かべるゴリラ姫。まぁ、流石に都での生活にわくわくする事はあっても陰鬱になるものは珍しいだろう。人妖大乱の時代なら兎も角、この時代都程安全な場所は他にない。

 

「随分と気が滅入っているようね?私の子守りがそんなに面倒臭いのかしら?」

「いえ、そのような事はありませぬ」

「では何で深刻そうなのかしら?」

「それは……」

 

 俺は特段頭が良い訳ではない。事前に想定と対策はするが、その想定から外れた時に咄嗟に最善の行動を出来る程の機転はなかった。故に俺は数秒程沈黙する。

 

「………」

「そう、そのまま全て話せない類いのものなのね?」

 

 俺の僅かな沈黙に、しかしその意味を的確に突いてゴリラ姫は呟く。ゴリラは森の賢者だからね、仕方ないね。

 

「いえ、断じて姫様に対して秘め事等は……」

「言い訳もお世辞も結構よ。そういうのはいつも散々見てきているから」

 

 はぁ、と詰まらなそうな溜め息を吐き出して指を振るう。室内の端に置かれていた脇息が宙を浮きながら引き寄せられて、丁度彼女の座る場所から見てフィットする位置に着陸する。そのまま肘を脇息に乗せて扇を扇ぐ少女……。

 

「貴方に教養がないのは知っているけれど、馬鹿じゃない事くらいは分かっているわ。口にしたくないという事は理由があるのでしょうね?」

「恐れながら姫様、鬼月家と姫様の御ためにも熟慮している事がある次第です。ですがこの場では断定する事が出来ぬ事なれば何卒御容赦をして頂きたく存じます」

 

 俺は恭しく頭を下げて嘆願する。ここに来ては嘘は言えない。言ったらゴリラは不快になるだろうし、退魔士の六感は馬鹿に出来ない。僅かな違和感から此方の嘘や誤魔化しを見抜きかねない。ましてやゴリラ相手ともなれば……。

 

 だからこそ嘘は言わない。あの女狐を好きにさせて、強化させてやっても鬼月家にもゴリラにも一寸の得もないのだ。特にゴリラ様、あんたのためだ。御執心になる主人公君奪われたくないでしょ?

 

「……そう」

 

 俺の言葉に一瞬だけ不満を滲ませた返事を呟き、次いで言葉を続けるゴリラ姫。

 

「それで?そんな確証もなければ説得性も皆無な要望を私に言って、何がお望みなのかしら?」

「職務についてはお役目なれば精進致します。その上で余暇について多少の自由を頂きたいと存じます」

 

 流石に起きてから寝るまで、それも半年間ずっと働き続けるのは無理だという事くらいは鬼月家も理解はしているので休暇や休憩は多少はある。問題はその時間とて完全に自由ではない事、少ない自由もたかが下人が動き回ったらそれだけで不審と警戒を抱かせる事である。彼女に求めるのはその黙認とフォローだった。

 

「下人風情が随分と思いきった要求だこと。私がそれを認めると思って?」

 

 意地悪するような口調で囁く葵姫。しかしながら、彼女はゴリラと言われてはいても賢い。彼女自身俺の言葉に少なくとも嘘はない事は理解している筈。そしてたかが下人一人何を企もうともいつでも好きに処理出来る。何よりも才能に溢れ過ぎるがために暇をもて余しているゴリラがこの未知の提案に興味を示さない筈もない事を俺は知っていた。

 

 ……そして、賭けは恐らくギリギリで俺が勝った。

 

「終わった後、何か面白いものでも寄越しなさい。分かったかしら?」

 

 その言葉に聞き覚えがあった。ゲーム内で主人公が彼女に協力を仰いだ時、それを承諾する代わりに彼女が出した条件に同じ台詞があった。

 

「御意に」

 

 俺は再度深々と、感謝を込めて頭を下げた。消極的かつ面倒な条件が付加されたとは言え、彼女の受け入れた要望のお陰で少なくない命が救われ、原作主人公の幾つかのバッドエンドが回避され、何よりも俺の生存率が上がったのだから……。

 

「姫様、到着致しました。今から入門の準備に入ります」

 

 俺が謝意を示した時、丁度牛車の簾を上げて雑人が報告する。俺は能面越しに目配せすればゴリラは肩を竦めてから扇子を振ってそれを認可した。

 

 一礼の後、俺は牛車の簾から外へと降りる。そしてそれが視界に映りこんだ。

 

 それは荘厳な城門だった。青々しく、秋になれば黄金色に染まるであろう豊かな田園を区切るように都正面に建てられた木製の大門。多くの牛車や馬車、人足等がその門へと長大な列を為して並び、都の近衛兵がそれを監督していた。羅城門……それ自体が幾重もの防護術式が付加され要塞化された城門である。

 

 人だかりが海を割るように別れていく。鬼月家の牛車と人の列はそれを当然のように享受して門へと向かう。名家たる退魔士一族が商人や出稼ぎ農民と共に門に並ぶなぞ有り得ない。俺もまた牛車の傍らで護衛として控えながらその列に続く。

 

「……さて、来てしまった以上はやるしかないな」

 

 俺は腹を括って覚悟を決める。危険ではあるが……その分のリターンが期待出来る以上はやるしかない。

 

 脳内で時系列を整理していき、まず最優先すべき事を俺は導き出す。

 

 この都で真っ先に行うべき事は分かっている。それは即ち忌々しいド畜生女狐の復活と強化を阻止する事である。即ち……新街の外れに存在する孤児院での踊り食い、そして院長たる元陰陽寮頭吾妻雲雀が人質を取られるという卑怯な手段によって無抵抗のまま食い殺される事を阻止する事だった。


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