和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートのご紹介をさせて貰います。

 此方は樹貴さんより、凛々しい紫ちゃんです。……御免ね、存在しない三枚目でゴリラパンチがお腹貫通する光景を幻視しちゃったんだ(無慈悲)
https://www.pixiv.net/artworks/101887337

 此方は宇佐見さんより。橘ナは上手いwww二枚目のイラストが温かいなりぃ。守りたい、その光景(なお)
https://www.pixiv.net/artworks/101954862

 素晴らしい作品、有り難う御座います!!


第一〇八話●

 彼女は知っている。彼の知恵を。彼は謀略の中を身一つで立ち回って自身と己を守って見せた。

 

 彼女は知っている。彼の強さを。霊力も弱い癖に彼はひたすらの鍛練と小細工を駆使して有象無象の魑魅魍魎共を相手して見せた。

 

 彼女は知っている。彼の優しさを。圧倒的な絶望の中で余裕なんて無い癖に彼は世間知らずで無力な小娘を慰め続けた。

 

 そして、彼女は知っている。彼の苦しみを。憎しみを。葛藤を。決断を。知っている、その光景を。

 

「ごめん……ごめんなさい。許して……ゆるして…………」

 

 涙声が反響する。同胞に叛き、同胞を罠に嵌めて、同胞を犠牲とした。嘆きながらも彼はそれをして見せた。彼自身と、己のために。これはその顛末。その終局。その結末。

 

 父の手先となった連中の末路なぞ彼女にはどうでも良かった。当然の末路だと思えた。己の尊厳と命を奪いに来た奴らにどうして好意を持てようか?

 

 それでも……しかしだからこそ、彼女もその光景に息を呑む。その光景に絶望する。その光景を嘆く。父の手先を組み敷く彼を見て、葵もまた泣く。

 

 骨が軋む音が響く。息を嗄れる音が漏れる。何かを二人が囁き合う。其処に己の入るべき隙間は微塵もなくて、それがまるで一人迷子になったみたいにとても心細くて…………。

 

 ポキッと言う何処か呆気ない音と共に永遠に近いそれは終わった。その後ろ姿だけで分かった。彼が何れだけの苦悩に苛まれているのかを。その慟哭が。

 

 それでも、それでも涙を拭い此方を振り向いてくれた彼を見た瞬間に、己の心中に渦巻く全ての感情は押し退けられて、ただただ自分を見てくれている事が嬉しくて、ひたすらに安心してしまって……此方に来た彼が地面にしなだれる自分に手を伸ばす。

 

 無間地獄のような世界で、それはまるで垂らされた蜘蛛の糸のようだった。その手を手繰り寄せるように小さな腕を伸ばしてすがりつく。自分の英雄に泣き付く。

 

 そして思ったのだ。己が彼のために何が出来るのかを。彼の輝きをどうしたら守れるのかを。そして、そして…………。

 

 

 

 

 

 

「んっ……!?んん……」

「姫様!?気が付かれましたか!!?」

 

 不快な頭痛と共に目覚めると、彼女の視界に映りこむのは白い狐であった。銀髪に澄んだ碧い瞳をした半妖の少女、それが己を見下ろして覗きこむように見つめている。

 

「……主人を見下すなんて随分と無礼な事ね。立場を弁えて控えなさいな」

「ひ、ひゃい!!?」

 

 寝込んだままに髪を掻き上げながら葵は言い捨てた。意地悪な口調で白丁に無礼を指摘する。そうすれば途端に眼前の白狐は弾けたように傍らに跳ねる。正座をして控える。しゅんと頭頂部の狐耳を萎れさせる。

 

 一見すればあざと過ぎるように見えるその態度に、しかし葵は冷笑しつつも侮蔑を向ける事はなかった。これ迄の付き合いからこの子狐が何処ぞの商家の娘と違ってそのような下心が無い事を彼女は知っていた。妖狐の血を継いでいる癖に情けない事だとすら思っていた。

 

 ……決して口には出さないが。

 

「それはそうと、随分と昔の夢を見ていたみたいね……」

 

 額に手をやり、暫し鬼月の二の姫は沈黙する。天井を見つめ続ける。そして気付く。ここが己の対ではない事に。『迷い家』が内である事に。そうして思考は意識を失う直前までの記憶を手繰る事に向けられて……一瞬後、葵は目を見開く。

 

「っ……!!?」

『待ちなさい、葵』

 

 ばっ、と跳躍するようにして立ち上がったと同時に眼前に翼を広げた鶴が現れる。静止の言葉を言い放つ。手刀が鶴の首元にまで向けられる。

 

「……何かしら、御祖母様?貴女まで私の邪魔をしに来たのかしら?」

『貴女の悪い癖だわ。後先考えずに動くものではありませんよ?』

「私は若いんですもの。御祖母様とは活力も、情熱も違いますわ」

『それは羨ましい事ね、妬けちゃいそう』

 

 冗談を言い合っているようで、その交える言葉には何処までも棘があった。剣呑な、痺れるような空気が部屋に充満する。びくびくと部屋の隅で子狐が震えるが誰も気にかける事はなかった。

 

「……まさかとは思いますけど、今更日和った訳ではないでしょうね?」

 

 葵の言葉は挑発であり、皮肉そのものであった。自分の醜い出来損ないのような過去を持つ祖母への当て付けであった。

 

『そんなまさか。私にして見れば貴女こそ未練がましく日和るのではないかと懸念している程なのに……冗談よ。怒らないで頂戴?』

 

 父の事を触れられた途端に葵が向けた殺意は、殺気はこれ迄のものが児戯に思える程に禍々しかった。胡蝶の式はその眼の呪詛を向けられただけで軋む。ひしゃげる。

 

「……冗談にしては笑えないわね。あんな男、彼と比ぶべくもないわ。それに値すらしないわ」

 

 比べて良い訳すらない……つい先程までの夢を追憶して葵は答える。それは己への言い聞かせであり、同時に本心でもあった。それだけ葵はあの三日間で彼に施されたのだ。彼に恵まれたのだ。救われたのだ。欠片でも迷いを抱く己に侮蔑すら感じていた。

 

『……何はともあれ、貴女は行くべきではないわ。貴女の立場は兎も角、その出で立ちでは貴女の母には勝てないわ。ましてや屋敷に入って彼を助けだそうだなんて』

「っ……!?」

 

 胡蝶の発言によって今更のように葵は己が寝間着姿なのに気が付いたようであった。気を失う前、彼女は全身に逸品物の呪具を装備していた。それこそ葵自身の才覚と実力を合わせれば個人にして軍勢とも比する程の陣容であった。

 

 それが一つもない。普段から使用する扇子すらも。丹念に呪いを掛けて自身以外が使う事も脱着も出来ぬようにしていたのに!!

 

「あの女……!!何処までも忌々しい!!」

 

 般若の如き形相となる鬼月の二の姫。己の装身具を奪い去った者、それは一人しか有り得なかった。

 

 鬼月菫は幾つもの呪いを無理矢理に捩じ伏せた。そして葵、それだけでなく雛すらもその身に着ける装備を根刮ぎ剥ぎ取ったのだ。

 

 そしておおよそ退魔の職務に必要と思われる一切合切を全て解除した菫は姉妹を寝間着に着替えさせて別々の『迷い家』たる牛車の内に横にさせた……まるで事が終わるまで其処で昼寝でもしていろとばかりに。

 

『……貴女の気持ちは尊重するけれど、無謀な行いは慎みなさい。貴女一人が惨めな目に遭うのは良いけれど彼にも余波が来かねないわ。貴女の立場は彼を保護する大事な要である事を忘れては駄目よ?』

「…………!!!!」

 

 葵は式の言葉に返事をしなかった。胡蝶もそれを期待してはいなかった。互いに重々承知の事実である。そして葵は今、己の内に渦巻く業火の如き激情を抑えつけるだけで精一杯であったのだ。歯を食い縛り、身体を震わせる桜色の姫君……。

 

『安心なさい。彼は無事よ』

「……!!?式を付けているのね?」

『正確には私の式は上手く助かった、という所かしらね?』

 

 理由は其々、隠行していてその総数も分からない。ただ胡蝶は彼の周囲を常に複数の式神が張り付いている事は承知していたし、眼前の孫娘もその一員である事も知っている。しかしながら先刻の襲撃に際して彼に張り付いていた式神の多くが無力化されている事を胡蝶は知っていた。

 

(咄嗟に回避したけれど……あれは風撃だったわ)

 

 何らかの権能が働いていたと思われる。殺気はない。彼を傷つけず式神だけを選択して切り裂いた風撃。

 

(あれは恐らくは……あら、いけないわね)

 

 眼前の孫娘の逸るような視線に気付いた胡蝶は、一度肩の力を抜く。彼だけではない。あの子の事もあるのだ。胡蝶も流石に余裕がある訳ではない。しかし孫娘の気持ちも分かるので無下には出来ない。寧ろ、そう遠くない内にこの孫娘の立場と振る舞いが必要になるのを胡蝶は知っていた。

 

 だから、胡蝶は教える。彼の運命を、伝える。

 

『出迎えの準備をする事よ。英雄達の帰還を祝う出迎えの準備を、ね?』

 

 きっとそれが彼の立場を守り、補強する事に繋がるだろう事を、黒蝶婦は確信していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

『首無馬』の伝承は数多い。時として霊獣とも怨霊とも怪物とも評されるそれは文字通りに首の無い馬の姿で表現される。

 

 最早御約束ではあるが、『闇夜の蛍』の世界において各種の元ネタ伝承が良い意味で解釈される事はほぼない。そしてそれは当然ながら『首無馬』も同様だ。

 

 多少の起伏こそあるが、ぼぼほぼ膝下まで伸びる叢が延々と広がる草原にそれはいた。頭が無い故にぼっと突っ立っているだけに見える首無しの馬の妖怪は、しかしそれは見掛けだけの物であった。

 

 見た者に不幸をもたらす……扶桑国の一部で伝わるその伝承は、実の所曲解されている。主語が抜けているのだ。『その馬を見た者』ではない、『その馬が見た者』が不幸となるのである。

 

 頭は無い訳ではなかった。限定的な認識阻害である。目撃者はこの妖馬の頭部を認識出来なくなるのだ。それは同時にこの妖の権能を誤認させる一助ともなった。

 

 ある種の魔眼を有する『首無馬』は己が視認した者の運命を操る。弄ぶ。酷いものでは己が視認した者を直後に仰天させて心停止させたり転げさせて脳挫傷を引き起こさせ殺してしまう程だ。そして詰まらぬ死に方をした人間共を嘲笑う。

 

 この箱庭の一室の主たる『首無馬』もまた同様。草原に鎮座するのは広い視界を確保するため。遠目から不用意に近付いて来た人間を、その権能を以て始末するのだ。尤も、この部屋に迷いこむ人間なぞ、もう永く出会していないのだが……。

 

 心底つまらなそうにブルル、と唸る『首無馬』。その直後の事であった。

 

 草原に、鈴の音が鳴り響いた。

 

『……ッ!?』

 

 この場において有り得ぬ音。周囲を見渡す。臭いを手繰る。遠方から微かに臭う。何かいる。侵入者だ。人間だ。向かう。引き寄せられる。鈴の音に。臭いの元に。獲物の元に。

 

 ……それが呪具の認識阻害による誘導である事すらも、馬の頭では理解出来ていなかった。

 

 ちりんちりん、と心地好い鈴の音に招かれて、馬は足を進める。人の臭いが強くなる。近い。近い。そして……突如として鈴の音が途絶えた。

 

『………?』

 

 鈴の催眠効果が途切れて、己の浅慮な行動に違和感を持つ前に、馬はそれを認める。青草の中に鎮座するその異物に。黒い丸薬に。

 

『ブルルルルル………』

 

 視認と同時に己の口元からだらだらと滝のように涎が溢れ落ちる。その反応は無意識で、そして条件反射であった。

 

 ああ不味い、罠だ。それを分かっていても妖は己の本能に逆らえなかった。直後には足を進めていて、ガバリと顎を開いては丸薬を咥える。ガリガリと噛み砕く。甘い。余りにも甘かった。米だ。米の食感だ。霊気の味だ……妖馬の思考は霧散して、半ば酪酩しつつある。

 

『ブルルル……ッ!!?』

 

 そして、直後に首無しの馬は、その不可視の眼を飛び出さんばかりに見開いてその場に倒れこむのだった……。

 

 

 

 

 

「やれやれ、最後の米だったんだがな。人の気も知れずに豪快に食ってくれるもんだ」

 

 勾玉を手にした俺は、監視のために潜んでいた草原の丘陵から立ち上がってぼやく。実際、痛い出費であったが背に腹はかえられない。

 

『首無馬』の魔眼自体は勾玉を使う事で盲点に入り込めば無力化は出来る。問題は魔眼抜きでも妖なんてものは容易に相手出来る手合いではない点だった。視覚を誤魔化してもそれ以外の手段で此方を見つけられたらどうなる事か。此方には戦闘が不得手な連中もいるのだ。その点で仲良く手と手を繋いで勾玉で纏めて隠れるという手段は機動力が削がれる上に纏めて轢き殺される危険が高過ぎた。

 

 かといって事前に始末しようにも此方から仕掛けても先ず追い付けないだろう。最悪肉薄した所で後ろ蹴りで身体が泣き別れしかねない。普通の馬の後ろ蹴りで人は死ねる。妖馬の一撃は言わずもがなだ。低級呪具である『妖招鈴』の催眠はあくまでも魑魅魍魎共を招くまで。此方が仕掛けた途端に直ぐに正気に戻った馬に返り討ちにされるだろう。一部退魔士を除いて基本的に素の人間は肉体的に妖よりも遥かに劣る事を忘れてはならない。

 

 馬酔木はその名を表す漢字の通りに、馬が酔ったような状態になる毒を含んだ草花だ。『干物の間』にあった干からびたそれを磨り潰して、他幾つかの毒物と『身代舎利』を混ぜ合わせた丸薬。毒餌だ。馬酔木という名称と伝承の通り、その効果は抜群のようだった。

 

「という訳で、止めだな」

 

 痙攣して硬直したまま草原に倒れ伏す首無しの馬の動脈に短刀を突き刺す。ビクリと大きく震えた馬の傷口からはドクドクと赤黒い流血が広がった。何の感慨もない淡々とした作業は畜獣の血抜きを思わせた。

 

「我ながら、こういうのに慣れるのは嫌になるな」

『(*゚∀゚)ヤッチャイナヨ!ソンナニセモノナンカ!!』

「すまん、この場でその台詞は意味分からん」

 

 脳裏に響く意味不明の宣言に、俺は腰に吊るした密閉式の虫籠をコツンと叩いて突っ込む。蜘蛛頭の思考は俺の理解の範囲を超えていた。

 

「……さて、と。おい!もう終わったぞ!!出てこい!!」

 

『首無馬』が完全に事切れたのを確認した俺は勾玉の効果を解除して草原の遥か向こうに向けて大声で叫ぶ。暫しして茂みの陰から十人ばかりの人影がぞろぞろと現れる。

 

「さっさと次の部屋に行くとするぞ。時間に余裕がある訳でも無いんだからな!!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

『干物の間』における、俺の挑発染みた宣言に対してその場にいた者達の意見は二分化されたように思われた。特に盗賊と人夫二人は強く反発した。その態度は彼らが安地に来るまでに相当酷い目に遭った事を窺わせた。

 

 それでも最終的に全員での『迷い家』脱出の方針が決定した理由は三点挙げられる。一つは下人・隠行衆組といった対妖戦専門組が揃って賛同した事。そして、二つ目の理由として遠からずこの空間が中の者達諸とも噴き飛ばされる可能性が高い事が彼らの背を強制的に後押しした。

 

 そして三つ目の理由、それは……。

 

「ちぃぃぃっ!!?ちょこまかと!!」

 

 暴れ回り、走り回り、逃げ惑う無数の道具共の中で俺は叫ぶ。軽く千を超える生きる塵、棄てられた道具、九十九神共を押し退けて俺はそれを追う。

 

 畳敷き、三十畳程の空間たる『禍具の間』は無数の九十九神共で溢れかえっている。この部屋を脱け出す方法はただ一つ。次の部屋に向かうための鍵を見つける事……生きた鍵を捕らえる事だ。

 

「何処に隠れてんのか、種は知れてんだよ!!」

 

 傘を押し退けて、提灯を壁に叩きつけて、御猪口を踏み潰して、俺は達磨をサッカーボールに見立てて霊力で強化した脚力で蹴りあげる。箪笥に向けてシュートする。

 

『……っ!!?』

 

 叩きつけられた達磨が粉砕されて、激突した箪笥もまた周囲の雑貨を下敷きにして倒れ落ちる。その上に俺は乗り上げるとまるで衣服を剥ぐようにして箪笥の引き戸を掴み上げる。投げ飛ばす。

 

 引き戸の中ではない。箪笥の奥にそいつは隠れていた。羽を生やした鍵は『やべっ!?』とばかりに慌てて飛び立とうとするがその前に握りしめてやる。羽を毟『(゚∀゚;)ハッハッハッ!ドコニイコウトイウノカネ!!』煩いわい!!

 

「そして、こうする!!」

 

 此方に迫る鏡台と屏風に向けて引き戸を放り投げてやる。

 

「おい、受け取れ!!」

「り、了解です!!」

 

 部屋の入口にて待機していた佐久間の下人班長に向けて鍵を放り投げる。『( ゚∀゚)トベナイカギハタダノカギダ!!』寧ろ飛ぶ鍵が可笑しくない!?

 

「よし、行け行け行けえぇぇっ!!」

 

 佐久間の下人班長らを先頭に、部屋の入口で待機していた連中全員が走り始める。先程まで一人俺を追い掛けて部屋の一角に集まっていた九十九神共は慌てて引き返そうとするがそれを俺が蹴りあげ放り投げてと横槍を入れる。

 

「早くしろ!!集まって来やがった!!」

「分かっている!!糞、こいつっ!暴れるな!!」

 

 次の扉の前に辿り着いた権蔵が急かすようにして叫ぶ。佐久間の下人班長が言い返す。鍵はこの期に及んで己の身体をのたうち回らせて鍵口に捩じ込まれるのを阻止しようとしてくる。

 

「何処かに叩きつけろ!!衝撃を加えて気絶させるんだ!!」

 

 此方に手向かう足付きの壺や傘共を蹴り飛ばして俺は叫ぶ。俺の言葉に従って佐久間の下人は暴れる鍵を取っ手の金属部分に何度も何度も叩きつけた。途端に死にかけの小魚のように大人しくなる鍵。

 

「くっ……入れ、入ってくれ!!よし入った!!」

 

 伸びた鍵を鍵口に差し込んでガチャリと取っ手を回して扉を開く佐久間の下人。彼と彼の後に続いた生存者達に安堵の空気が立ち込める。しかし……。

 

「早く入れぇぇ!!」

 

 扉が開くと共に九十九神共の雰囲気が一変した事に俺は気付いていた。知っていたのだ。ここから先がこの部屋の本番だという事を。

 

『……!!!!』

『!!!!』

『ッッッ!!!!』

 

 暴れていた九十九神共は目で見るに明らかに凶暴化する。唐櫃や戸棚が開いては刃物がファンネル染みて飛び立つ。縄が蛇のように這いずる。皿や湯呑みが頭に目掛けて特攻を仕掛けて来る。乱行の質が変質していた。これ迄のように嫌がらせして、悪戯して、精々怪我させるためだけの行動ではない。明確に此方を殺すために九十九神共は動き始める。

 

「っ……!!?皆早く入れ!!入れ!!」

 

 佐久間の下人班長も異変に気付いたのだろう、直ぐ様皆を急かした。数人が襲いかかる九十九神を迎撃して次々と扉の向こう側へと避難する。俺も眼前を遮る有象無象を押し退けて迅速にこの場からの逃亡を試みる。

 

『っ……!!!!』

 

 足を生やした畳共が三枚飛び起きる。い草の隙間から針がにょきっと伸びる。こいつは……!!

 

「やべっ!!?」

 

 無数に放たれた生きたまち針の一斉射に、此方に乗り掛かり窒息させようとして迫り来ていた布団を引っ張りこんで身代わりとする。

 

『ッ!!?』

 

 無数の針によって無残にも針千本となった布団の九十九神。痙攣する布団をそのまま盾にして突撃する。応じるようにして畳共も一列になって突進してきた。

 

「何処ぞの三連星じゃああるまいに!!」

 

 俺は布団を押し付けながらそれを陰にして跳躍する。倒れかかる一枚目の畳を乗り越えて、二枚目の畳を足場とする。飛び掛かってきた三枚目には手車を振るって切り裂いた。

 

『( ; ゚Д゚)タタミヲフミダイニシター!!?』

「もうお前それ言いたいだけだよなぁ!?」

 

 突っ込みを入れながら俺は畳三人衆の襲撃を乗り越える。眼前に扉と俺を遮るものは最早存在しなかった。勝利の確信と共に俺は全力疾走する。

 

「って!?うおおっ!?物騒過ぎんだろ!!?」

 

 駆け走りながら嫌な羽音にチラリと背後を覗く。迫り来るは足や羽を生やした画鋲に針、包丁、鋸、その他諸々。思わず悲鳴を上げる。限界近い走る速度を更に速める。

 

「早く……!!」

「分かってる!!『Σ(; ゚Д゚)アッシーヨ!!』は?うおっ!?」

 

 叫ぶような白蜘蛛の指摘。反応する暇も対応する暇もなかった。するりと絡みついた荒縄に足を捕られた俺は扉の目の前で転がっていた。更に蛇のように首に向けて絡まりつこうとするのを俺は慌てて短槍で切り落とした。直後に足に痛みを感じる。太股に羽を生やした釘が突き刺さっていた。苦虫を噛んで振り向く。無数の刃はもう目の前で……不味い、ミスった!!?

 

「おりゃああぁぁ!!」

 

 部屋に戻ってきた十六夜が俺の腰元の巾着を奪い取る。間髪いれずに中身の塩を豪快に投げつけた。

 

『っ!!?』

 

 ばら蒔かれた清塩に、迫り来る九十九神共はたじろいだ。足を止める。『打清塩』は一瞬ではあるが妖魔共を怖じ気付けさせる呪具だ。

 

「っ……!!危ねぇぞ!!」

「えっ!?うわっ……!?」

 

 立ち上がった俺は横合いから十六夜に襲いかかろうとした急須に向けて苦無を投擲した。砕け散る急須から煮えたぎった油が飛び散る。そのまま唖然とする十六夜の腕を掴み上げて扉に放り投げる。俺自身も扉の向こうに飛び込む。滑り込む。同時に叫ぶ。有らん限りの声を上げて、命令する。

 

「扉閉めろおぉぉぉぉっ!!」

 

 俺の叫びに呼応するようにして人夫らと朝熊家の下人が急いで扉を閉め始めていた。既に塩の効果は切れていた。近づく羽音……!!

 

「っ……!!?」

「ちぃ!早く!!」

「うおおっ!!?」

 

 大きな轟きとともに扉が閉め切られるのと、大量の何かが突き刺さった音が響いたのはほぼ同時の事だった。

 

「痛てててぇ!!?」

 

 生還した俺は悲鳴を上げると共にバタバタ羽を動かして尻を振るようにして傷口を広げる釘を引き抜く。腹いせにその生意気な羽を毟る。畜生、こいつふざけやがって……!!?

 

「手当てを!!君、傷口を押さえて……!!」

「え、あ……あぁ!!」

 

 駆け寄った佐久間の下人班長が俺の太股の傷口を見やる。十六夜に指示を出す。十六夜が手拭いで傷口を押さえて止血する。その間に手当ての準備をする。

 

「消毒します。脱がせますよ?」

「あぁ、頼む。……糞、やってくれるものだな!!」

 

 俺は床に向けて何度も生きた釘を打ち据える。幾度かするとピクピクと痙攣した。気絶したらしい。

 

「はぁ……はぁ……啖呵切っておいて何とも格好がつかないな?」

『(`・∀・´)パパハワタシノヒーローヨ!!』

「知らんがな」

 

 消毒を受けて傷口を締められながら俺は宣う。正確には二言目は小声でぼやく。何にせよ、『干物の間』で偉そうな事を言ってこの様である。様ぁない。

 

 そう。この場の者達が俺の提案に乗った三番目の理由、それは俺が先陣を切る事だった。より正確には何が待ち構えているかも知れぬ部屋に俺が先頭として乗り込み、俺が主だった対処をして、一番最後に退く。言い出しっぺの法則というものだ。最も危険な役柄を引き受ける事で、俺は彼らを安全地帯から引っ張り出した。どの道、待ち構える妖や罠の詳細を知る俺でなければ円滑に攻略出来なかっただろうしな。

 

 ……十部屋目でこの様であるが。

 

「謙遜を。何が待ち構えているかも知れないのに、ここまで先陣を切り続けたじゃあないですか。我々はずっとあの臭い部屋で二の足を踏んでいましたのに」

「ここは安全そうな部屋だ。他の連中も流石に疲労している。少し休もう」

 

 佐久間の下人班長、続いて隠行衆が答える。その言葉に俺は周囲を見渡した。

 

(ここは確か……『化子の間』か)

 

 若干あやふやな記憶を手繰って俺はこの部屋の名称を思い出す。俺の眼前には深い森が広がっていた。この部屋は『干物の間』ほど安全地帯という訳ではないが危険度は低かった筈だ。準安全地帯というべきか。何にせよ、確かにそろそろ休息が必要だろう。

 

(ここからがラストスパートだしな)

 

 登山は八分からが本番だ。終わり良ければ全て良しと言うが逆説的に言えば過程が良くても最後が失敗すれば意味がない。可能な限り万全な状況を整えるべきだった。

 

「そう、だな。取り敢えず休息しよう。集まって交替で周囲を監視だ。何かあったら直ぐに報告してくれ。……あぁ、それと」

 

 俺は同じく地面に座り込み息切れしながら班の仲間に囲まれる十六夜を見る。彼方も此方の視線に気付いたように面越しに此方を向いた。手招きすれば若干警戒しつつ立ち上がる。やって来る。

 

「な、何だよ?一体……!?」

 

 訝るように尋ねて、直後に俺が手を翳せば殴打から頭を守るようにして身構えた。

 

「阿呆。何で殴るんだよ。良い判断だった。助かるよ」

 

 その頭をガシガシ雑に撫でて俺は礼を述べる。立場の上下に関わりなく礼儀は大事だ。

 

 ……だから他の小僧共、お前らも警戒してくれるなよ?こいつら、俺が殴ったら絶対襲いかかって来てたな。何ともまぁ信頼されている頭目な事で。

 

「……怒らないのか?」

「白若丸の奴みたいな事言うな。何で怒るんだよ?」

「……勝手に呪具を使ったからに決まってるだろ?」

「冗談言うな。道具は使う物だし、命あっての物種だぜ?良い判断だった」

 

 俺は十六夜の認識に注意する。優先順位を履き違えてはならないのだ。序でにその判断を褒めるのは自主性を養わせるためだった。

 

「何時も好き勝手されたら困るがな。必要ならばその場その場で最善と思った判断をしろ。目の前が崖なのに言われた通りにぼーっと歩いてくれるなよ?」

 

 十六夜だけでなく残る連中にも警告する。人材不足に人手不足がマジキツいの。古株の柏木が身代わりになったのだ。こいつらには全員生き残って貰わないと困る。

 

「……まぁ、上司からの有難い指導はここまでとするか。ほれ、お前らも休め。唯でさえお前らは体力がねぇんだからな。しっかり休息しろよ?」

 

 俺の命令に若干警戒や不満を覗かせつつも十六夜以下五人の餓鬼共は互いに身を寄せあって座り込む。水筒の水や『干物の間』で調達した食糧を口にする。それを確認してから、俺は改めて周囲の風景を一瞥する。

 

 深い森の中、何処からか何かから見られているように感じられる視線……。

 

「鬼月の允職。これは……」

「木の精だな。大丈夫だ、俺に任せろ」

 

 名尾家の隠行衆は気付いたのだろう。こっそりと此方に来て報告する。俺は頷きながらそれに応じた。そして前に進み出る。わざとらしく俺は宣った。

 

「やはり一番旨いのは杉の子だなぁ。それ以外には関心も持てんね。俺達は永遠に杉の子派だよ!」

 

 突然の大声での宣言に何事かと道連れの同行者達が怪訝な視線を向ける。しかし直ぐに彼らも森の奥からの囁き声に気が付いた。

 

『あいつら杉の子派だってさ』

『竹の子じゃなくて?』

『そーみたい』

『杉の子なんて聞いた事もないよ』

『けどそーいってるよ?』

『何でも良いよ。族長が言ってたろ。今は竹の子の奴らとの戦いに集中しろって。違う奴らは放っておけよ』

『そうだそうだ!』

『行こー!』

 

 森の奥から忍ぶような素振りで、しかし全く以てけたたましい餓鬼の声音が響き渡る。そして直後にはそれらの気配はさっと引いていく。

 

『化子の間』は何処ぞのもののけな姫にでも出てきそうな木霊共が氏族に別れて延々と仁義なき戦いを繰り広げる部屋だ。その中でも他を圧倒する勢力が二つある。

 

 構成員の頭に筍新芽の生える、専制君主制を敷く神聖竹の子帝国、そしてそれに対抗するように結成された構成員の頭に椎茸の生える部族連合、自由木の子同盟はこの部屋が出来て以来覇権を賭けた終わりなき戦いを続けていた。

 

 この部屋に迷いこんだ者達は取り敢えず己がどちらの勢力でもない事を宣言しなければならない。お勧めは杉の子派宣言である。口からの出任せで構わない。妖精の一種たる奴らは変な所で素直で騙すのは難しくない。尚、下手に相手側の派であると宣言すると何千という木霊共に襲われて危険だ。止めた方が良い。

 

「何だったんだ、あれは……」

「どうやら木霊の社会も複雑らしいって事だな。……お前も休んどけよ?」

 

 茫然とする隠行衆の肩を叩いて促して、俺もまた休息を取りに行く。俺達が動き出したのは体感時間で半刻後の事であった…………。

 

 

 

 

 

 

 

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 遥か西方に灼熱の地があるという。上古の時代より生きる人知を超えたおぞましき魑魅魍魎共が跋扈し、余りにも過酷な自然環境を強いられる其処は人界の威光も届かず『暗黒大陸』として恐れられているという。

 

 ……伝承によればそれは『暗黒大陸』の一部では神に準ずる存在として奉られていた頃もあったとか。

 

 その身体はまるで獅子のようであった。あるいは猫、虎に似ている体つきとも言えるかも知れない。身の丈にして三尺はあろうかという巨体……しかし真に注目するべきはそんな獣の首から先であったろう。

 

 美しさと妖しさを纏う女の顔が生えていた。女の顔が環達を見下ろしていた。

 

 人面獅獣(スフィンクス)、正確にはその幼体が二人を、蛍夜環と獅子舞麻美を覗きこむ。嗜虐的な笑みを浮かべて嘲る。

 

『この部屋から次の部屋に行きたければ我の問いに答えよ。見事正答すれば通してやろうぞ?』

 

 延々と広がる砂漠を疲弊しながら歩き続けた環達は漸く地平線の向こうに山のような石積の建築物を見つけた。そして其処に辿り着いた所で突如として眼前に舞い降りたこの妖は意気揚々として提案を提示したのだ。

 

「問いかけ……?謎々って事?」

『如何にも』

 

 環の確認の言葉に尊大に頷く人面獅獣(スフィンクス)。環はチラリと獅子舞に視線を向ける。道連れは額の汗を拭って顔をしかめる。

 

「これはまた変なのが出てきたわね」

 

 獅子舞は目の前の化物を睨み付ける。そして考える。力量差を。

 

(少し、厳しいかしらね……?)

 

 少なくとも大妖の格はあろう。この環境で体力を随分と損耗した。後々の事を考えると消耗無しに抜けたい。だが……。

 

(恐らく逃がすつもりは微塵もないわね。それに……)

 

 暫し沈黙して化物の様子を観察していた獅子舞は、しかし何時までも黙りきりと言う訳にも行かず、警告するように口を開く。環に、予告する。

 

「言っておくけど、私は馬鹿よ?どんな問題が出るか知れないけど答えられる自信はないわ」

「僕が頑張るよ」

「あら、それは太っ腹ね。……おい、化物。条件は何かしら?」

 

 自信満々な環の返答を鼻で笑いながら化物に向けて問い質す獅子舞。期待に応えるように人面獅獣もまた口の裂けるような底意地の悪い笑みを浮かべる。

 

『三つの問いに解答する事だ。三問全てに正解すればこの先の部屋に通してやろうぞ?』

「誤答すれば?」

『貴様らを食い殺す』

「っ……!?」

 

 怪物の応答に息を呑む環と、あぁやっぱりと瞼を細める獅子舞。尋ねなければきっと其処については説明しなかっただろう。化物らしい嫌らしさだ。

 

「答えるまでに時間制限はあるの?」

『半刻の時間をやろう。時間はここに』

 

 妖が獣の手をくねらせると砂の中からドンッと現れる砂時計。

 

「……だそうよ?どうする?」

「…………」

 

 改めての獅子舞の質問。試すような問い掛けだった。暫し無言で俯く環………。

 

「……この挑戦、断るとどうなるの?」

『食い殺す』

 

 再度、面を上げた環は確認するように質問。返される答え。環は獅子舞の方を向く。

 

「……ねぇ、獅子舞さん。この妖、勝てる?」

「……かなり厳しいわね」

「やっぱり」

 

 小さく頷いた環。そして人面獅獣に向き直る。

 

「じゃあ、選択肢はないよね?」

 

 覚悟を決めた環の返答に、獅子舞は最早反論しなかった。反論の余地は無かったし、その雰囲気に僅かながらもたじろいだ事も理由だった。

 

『もう良いかな?』

「うん。問題、出してよ」

 

 環の承諾にくくくく、と嘲笑う妖は唄うようにして第一問を嘯き始める。

 

 『では第一問。『正面は六つ、目は二十と一つ。これ何物か?』』

「はぁ?なにそれ?」

 

 いきなり意味不明な問い掛けに獅子舞は顔をしかめる。下方に向けて流れ落ち始めた砂粒を一瞥して初っぱなから後悔する。

 

 一方で、口元に手をやって考える素振りを見せていた環はふと思い付いたように目を見開くとポツリとそれを呟いた。

 

「……もしかして、賽子?」

「ちょっ!?もう少し考えなさ……」

『正解だ』

「はぁぁ!?」

 

 問い掛けに対する余りにも早い返答に、獅子舞は驚愕して叱責して、そして質問者の応答に唖然とする。

 

「賽子は四方体だから面となるのは六つあるよね?それで賽の目は一から六、合わせて二十一。質問の内容通りさ」

「えっ、嫌……確かにそうだけど!!?」

 

 そういう問題ではない、と獅子舞は騒ぐ。

 

「というか、何で分かったのよ!?」

「ははは。似たような問題を故郷で解いた事があるからね」

 

 蛍夜郷で雇う猪衛堅彦筆頭とした用心棒ら、更には友人の入鹿らは良く賽で賭博に興じていたものだ。彼らの誰かがふと冗談気味に嘯いた問題の一つに類似のものがあった。それが環の迅速な返答に繋がっていた。

 

『……宜しい。では第二問。『子子子子子子子子子子子子』、此れ何と詠むか?』

「猫の子子猫獅子の子子獅子……でしょ?」

『……正解だ』

 

 淀みなく答える二答目。余りにもあっさりとした返答に思わず人面獅獣の方が動揺していた。

 

「……早くない?」

「一問目よりは分かりやすかったかな?家で読んだ事がある内容だし」

 

 獅子舞の呆れを含んだ視線に環は首をひねりながら答える。実際、今の問題は古い書物にも記載されている問題だ。環の実家の図書は父の嗜好もあって書物が豊富だ。堅苦しい教養本は兎も角、娯楽本ならば環も幼い頃から読み耽っていた。

 

「あー、まぁ良いわ。何はともあれ、これで二問正解ね。次にいきましょう?」

「あはは……三問目、来てよ?」

 

 嘆息して、渋々先を急かす獅子舞。それに苦笑いしながら同じく先を要求する環。打って変わって妖魔は余りにも事態の急変に明らかに苦し気な表情を見せていた。

 

『ぐ……あ、『朝には四本足。昼には二本足。夕には三本足。この生き物は何物か?』』

 

 そして紡がれる三問目の問い掛け。それに対して暫し環が沈黙したのは脳裏の記憶を掘り起こす作業に集中していたからだ。

 

「……分かるの?」

「本で読んだ記憶があるよ。確か、異国の謎々だったかな?」

 

 傍らの獅子舞の心配するような言葉に環は自信を持って頷く。そして答える。

 

「それは、人間……だよね?」

『……本当にその答えで良いのだな?』

 

 一問目二問目と違って確認の言葉をかける妖。仏頂面の、感情を圧し殺すようなその反応に環は困惑する。

 

「時間稼ぎかしら?それとも此方を不安にさせて答えを変えさせようって魂胆かも知れないわね」

「…………」

 

 獅子舞の詰るような呟きに、しかし環は疑念を持つ。違うのではないかと思ったのだ。理由は分からない。だが、しかし……。

 

『どうした?返答は?』

「う、うん……」

 

 妖の再度の返答の促しに、環は慌てて頷く。そして答えようとする。三問目の答えを……。

 

「答えは人げ……」

 

 そして答えを口ずさんでいくその瞬間、確かに環はそれを見たのだ。眼前の妖の、その口元が吊り上がって行く様を。そして確信する。己が何か重大な失敗を仕出かそうとしている事を。嵌められた事を。しかし、口は環の思考に追い付かずに……。

 

「んっ……?」

「答えは『そんなもの存在しない』でしょう?」

 

 環の口を飛び込んで来た札が強制的に綴じ込ませた。同時に霊術による反響であろう。淡々とした声音が砂丘の中で響き渡る。

 

 三問目の答えを、解答する。

 

「!?」

『……!!?』

 

 環達は、そして妖も慌ててその方向に視線を向ける。声の主はその口調、その声音通りに冷たい視線を彼女らに向けると更に続ける。

 

「更に言えばその問題は二重底の問題ですね。本来の答えは人間、けれどもそれは日の出入りを一生と見立てた場合の比喩、純粋な文面に従えばそのような生き物なぞ存在しない……」

 

 其処まで丁寧に説明してから、少女はあからさまに嘲った表情を浮かべる。そして冷笑する。

 

「舶来の伝承にもある有名な問題ですが……引っ掛けですね。わざと広げた伝承で、答えた回答者を嵌めようという姑息な策略ですか。化物らしい浅知恵ですね」

『グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ゙!!!!』

 

 罵倒の言葉への応答は、咆哮と共に来る飛び掛かりだった。鋭い牙と爪で以て、小柄な人影向けて襲いかかる人面獅獣。

 

「危な……!?」

「行け、源武」

 

 環が叫ぶのと、符から熊妖怪が躍り出たのはほぼ同時の事だった。直後に鬼熊の殴打が人面獅獣を吹き飛ばす。

 

「なっ!!?」

「伝承では確か問いに解答された化物はそれを恥じて崖から身を投げたのでしたか?上手い嘘は真実を交ぜるそうですが……確かに部分的には事実も含んでいるようですね」

 

 あの取り乱し様、恐らくは化物の権能は『問題に誤った者を問答無用で殺し、答えられたら死ぬ』といった所か。

 

(いや、今の吹き飛び方は大妖同士にしては随分と一方的でしたね。となれば答えられた分だけ弱体化もするという具合でしょうか?)

 

 尤も、今更権能について推測してもどうでも良い話だろう。どの道最早その運命は決していた。

 

『ぐおっ……!?お、おい!?止めろ!?止め……』

「その言葉なら聞き飽きました」

 

 切り捨てるような少女の返答。直後にボキッという音とともに鬼熊が人面獅獣の首をへし折っていた。一仕事したとばかりにふんす!と鼻息を鳴らす熊。そんな熊妖怪の姿に環と獅子舞は唖然とした表情で沈黙する。そして、良く見れば既視感のある熊の姿に一足早く我に返った環は砂丘の人影に視線を戻す。

 

「あ、貴女は……」

「……生きてましたか。あの男もですが、全く悪運が強い事ですね」

 

 環の視線に気付いた少女は、牡丹は額をぐっしょりと濡らす汗を袖で拭き取る。青ざめていて窶れている表情は、矛盾するようであるが同時に暑さで赤らんでもいた。明らかに健康を欠いていた。その足取りも、その目元も不安定に見える。

 

「だ、大丈夫……」

「源武」

 

 心配そうに駆け寄ろうとする環を拒絶するように、松重の孫娘は式神の名を呼んだ。ざっと跳躍して環の行く手を遮る大熊。見上げる程の巨体に思わず環はたじろぐ。

 

「私は……群れるつもりはありません。それに……」

 

 牡丹は息絶え絶えに呟く。そして途中で黙りこみ、チラリと環から別の者に視線を移す。それが獅子舞に向けてのものであると、環は直ぐに理解した。

 

「……変な物を拾うのはあの男の真似、なのです……かね?」

「えっ……あっ!?」

 

 牡丹の吐き捨てるような言葉、それを理解する前に環はその場に倒れこむ牡丹に向けて反射的に駆け走っていた。式神はそれをぼーっと素通りさせる。思わず「えっ?普通に通すの!?」と内心で困惑したのは秘密である。

 

「…………」

 

 唯一人、獅子の少女のみがその場に無言で佇んでいた……。




 実は最近カクヨムでも投稿してたりします

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