和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第一一〇話(挿絵あり)

 巨大な青龍刀を大蛙が振るう。空を豪快に切り裂く音と共に頭上から振るい落とされる。

 

 大判小判が舞う。金貨銀貨銅銭が四散する。水晶の玉がぞんざいに打ち砕かれて、珊瑚が壁に叩きつけられて飛散する。飛び散る破片が光を反射して煌びやかに輝く。

 

『(*>∇<)ノキャー!キラキラシッテルー!!』

「呑気な事を言ってくれる……!」

 

 自身の眼前に映る光景にふざけた物言いをしてくれる白蜘蛛に毒づきながら、俺は防戦を続ける。防戦を強いられる。防戦一方だった。

 

『蛙大将の間』に侵入して何れだけの時間を経たであろうか?少なくとも百数えるだけの時間はまだ経過していない筈であった。にもかかわらず既に俺は息を荒げながら妖の槍撃を凌ぐので手一杯であった。精一杯であった。

 

(こ、いつ……!妖の癖に手練れかよっ!!?)

 

 青龍刀を振るう大蛙の技は、化物の癖に一流だった。一流の武術、一流の槍術だった。それこそ、俺なんかよりも上に違いなかった。

 

 地力は圧倒されていた。それでも尚戦いが終わらないのは、ある意味で戦局が拮抗していたのは、俺の身体が凪ぎ払われずに済んでいるのは幾つかの要因のお陰であった。

 

 一つは体格差・肉体構造の差であった。幾ら武術の技量に優れ、腕力で勝ろうともその巨躯は否応なく死角を生み動作の遅れをもたらす。得物が大柄な青龍刀となっては細やかな動きは一層困難だった。四つ足で水陸両用を前提とした蛙の身体は直立二足歩行での格闘戦ではどうしても人間に比べて非効率である。

 

 二つ目、それは地の利、あるいは小細工である。例えば……。

 

「こういう事でな……!!」

 

 咄嗟に俺は宝物庫に君臨するお高そうな大理石の鳳凰像の背後に隠れる。盾とする。直後にそれは容赦なく刃を叩きつけられて無惨にも爆散した。多分数百両の価値があっただろう大理石像が、である。

 

『(。>д<)モッタイナーイオバケー!!』

「あぁ、全くだっ!!」

 

 極めて珍しい合意の言葉と共に、俺は足元の銅銭の山を蛙の顔面向けて蹴りあげる。直後に大口を開いた蛙の舌が突っ込んで来た。弾丸の如き速度で放たれる一撃を身を翻して避ける。全力疾走でその場から逃亡する。

 

『チョコマカト、小賢シイ!!』

 

 何処までも蛙らしい跳ね方で跳躍した妖蛙が迫り来た。砲弾のような速度で距離が詰められる。

 

『Σ(; ゚Д゚)パパキター!!?』

「想定通り……!!」

 

 背後から押し潰される刹那に俺は霊力で強化した脚力で一気に横飛びする。そして……!!

 

『ヌッ!?グオッ!!?』

 

 財宝の山から雑に突き出た宝槍に向けて、大蛙は激突した。でっぷりと突き出た腹に宝槍が捩じ込まれる。小さな蛙の悲鳴が上がる。

 

『(`・∀・´)ヤッタカ!?』

「お前、フラグ立てるの止めろや!?」

 

 脳裏に響く白蜘蛛のヤラカシに俺は悲鳴に近い声で突っ込む。案の定、蛙は起き上がった。腹を痛そうに擦りながらも其処には傷痕一つ見られない。宝物の山から突き出た槍の穂先には粘液がたっぷりとこびり付いていた。ドロリと透明な汁が垂れる。粘液と脂肪で負傷を回避したようだった。

 

『ムゥ、今ノハ効イタゾ?人間ノ分際で中々足掻イテクレルモノダ!!』

「それはどうも……!!」

 

 二つ目、地の利……等と偉そうに宣って見たが御覧の有り様だ。手持ちの呪具や武具も限られる中で周囲の小道具を最大限活用せんとするが中々上手くは行かぬらしい。

 

 そして辛うじて戦闘らしきものが継続されている三つ目の理由、それは……。

 

『シャアアアァァァァァァァッ!!』

 

 蛙というよりも蛇を思わせる威嚇が部屋に鳴り響く。蛙妖怪の鋭い眼光が武器を手に包囲を仕掛けようとした佐久間の下人班長らの機先を制する。その殺気に彼らは思わず動きを止める。

 

『不意討チヲ狙ウツモリダッタカ?愚カナ!貴様ラ如キの隠行ヲ見抜ヌト思ウカ!!?』

 

 蛙妖怪の嘲り、罵倒。其処で生まれ出た貴重な小康時間を活用して俺は急いで呼吸を整える。体勢を整える。

 

 牽制程度にしかならぬとは言え、同行する彼らの存在自体が一つの制約となっているようであった。

 

「成る程、確かにそのようだ。……なぁ?其処に転がってる前任者宜しく、金目の物ならくれてやるからよ?俺達を見逃してくれねぇかな?斬った張ったするよりも互いにウィンウィンといこうぜ?」

『ウィンウィンハ知ラヌガ、馬鹿ナ事ヲイウモノダナ!!其処ノ愚カ者ト同ジニシテクレルナ!!我ハ其奴ノ尻拭イノタメニ此処ニ来タノダカラナ!!』

「それはそれは……」

『(*´・ω・)シゴトネッシンダネー』

 

 余り期待はしてなかったが、俺の提案に対する大蛙の返答は有意義な情報をもたらしてくれた。

 

 門番たるがこの蛙妖怪の使命にして役割、存在意義。俺と相対する化物はそれを愚直な迄に忠実に守っているように思われた。知恵があるのなら交渉を、と思ったが妥協は不可能そうだった。

 

(……確か設定では財宝の山の上に倒れている三脚の霊蛙は、主人の目を誤魔化して抜け道を通していたんだったか?)

 

 推定される記事の変更等のメタな事情が何処まで反映されているのかまでは分からない。だが『迷い家』の主観的には次々と部屋を抜ける俺達に危機感を抱いての変更なのかも知れない。このままでは外に逃げられる、出口たり得る部屋の確認をしていると馬鹿な事をしている眷属を見つけたので首をすげ替えた……そんな所だろうか?何とも勤勉な事だ。

 

「お陰で此方が苦労する……!!」

 

 俺は再度仲間達に意識を向けて威嚇した蛙に向けて短槍による突貫を仕掛けた。霊力で足腰を強化しての疾走。突撃。無論、オリンピックアスリートを超えるだろう脚力でのそれも、眼前の蛙妖怪が先程見せたのに比べれば二段、いや三段は落ちるだろう。当然のように反応して見せた大蝦蟇は青龍刀を構えて……振り払う!!

 

「っ……!!?」

『ヌッ!見事ッ!!』

 

 上半身が引き裂かれる刹那に短槍で青龍刀の刃先の軌道を逸らす。逸らし切ると共にそれなりに品質の良い筈の短槍は質量の問題でお釈迦となった。構わない。そのまま更に突き進んで廃棄物と化した槍を眼球に向けて近距離で投擲する。蛙の首は短い。避けるには首だけでなく全身を動かす必要があった。其処に生まれる隙を、俺は逃さない。

 

「はぁ!!」

『( ・`ω・´)ワガコンシンノイチゲキクラエー!!』

 

 左手から繰り出し払うのは手車。鉄の鎧すらも容易に切り裂く妖蜘蛛の糸……おい、正確にはお前の吐いた糸じゃないけど?……で蛙の身体を切断せんと試みる、が……!!

 

「畜生!!嫌な予感はしていた!!」

 

 にゅるりと糸は蛙の粘膜の前に滑って、その鋭利な鋭さを発揮する事はなかった。

 

『Σ(; ゚Д゚)ソンナー!?』

(確かに両生類系の連中は斬撃に強いが、此処までのは初めてだな……!!)

 

 大袈裟な程に驚愕する馬鹿蜘蛛とは違い、想定出来てなかった訳ではないがやはり失望はする。そしてそんな感情を払い除けて即座に左手を引いて手車を戻す。其処に頭を搗ち割るとばかりと落とされる青龍刀。

 

「っ!!」

 

 手車の本体を右手に持ち、糸を伸ばす。蜘蛛糸が青龍刀を受け止めた。一尺近い刃先の三分の一にまで蜘蛛の糸は一気に食い込んだ。刃と糸の接地点で弾けるようにして火花が散った。掛かる重量に思わず腕が折れそうになる。腰が曲がる。刃は文字通り目と鼻の先にあり、青龍刀に糸が食い込みつつも……いや、だからこそジリジリと近付いていた。

 

 あ、これ刃切断すると同時頭粉砕されるパターンなのでは?

 

「允職!!」

『ヌオッ!!?』

 

 俺と大蛙の鍔迫り合い(?)の均衡を破ったのは佐久間の下人班長だった。大蛙が動けないのを狙い目と図ったのだろう。刀を構えて大蛙の出っ張った腹に向けて突撃する。

 

『甘イワッ!!』

 

 振り上げられた刀を片手で掴み上げる大蝦蟇。グイッと捻ればそれだけで刀は飴細工のようにへし折れた。唖然とした所に班長は殴打で吹き飛ばされる。

 

 ……背後から音もなく迫る隠行衆と朝熊の下人。しかしながら大蝦蟇はそれを既に察知していたようであった。

 

『フンッ!!』

「ちっ!?」

「くっ……!!?」

 

 大蝦蟇は背中から蒸気を噴き出す。それは己の毒を加熱して気化させたものであった。毒蛙の分泌毒。

 

「ぐっ……!!?」

 

 朝熊の下人は堪らず離脱する。黒衣の左腕部分が爛れていた。恐らく皮膚にも及んでいる。腕が焼爛れた痛みに苦悶の声を漏らす。

 

 隠行衆の方はより手練れ故に、咄嗟に外套を以て毒気の大半から身を守る事に成功した。しかしそれは寧ろ罠だった。下策であった。

 

「駄目だ!!回避しろ!!逃げろ!!」

「えっ……」

 

 俺の警告は遅かった。ぐるりと首を捻った蛙はガバリと顎を広げる。放たれる舌の一撃は半ば溶けた外套を貫いて隠行衆の首を蹴りあげられたサッカーボール染みて吹き飛ばした。頭が回転して大判小判の山に落下する。間違いなく即死だった。

 

「畜生……!!」

 

 そして向き直った大蝦蟇は勝ち誇るように口元を釣り上げるとその大口を広げる。不味い、この姿勢からじゃあ動けない……!!

 

『……!!』

「何っ!?」

『( ; ゚Д゚)?』

 

 殺られる、それを覚悟した刹那の事であった。眼前の大蛙が何かに気付いて目を見開くと、俺を無視して何処かに向かい跳び跳ねたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おい、あんた何を……」

「煩い!!黙ってやがれ!!」

 

 人夫らの制止の言葉に罵倒で以て返した盗賊は、権蔵は手にした風呂敷に金目の物を詰め込んでいく。十六夜達の冷たい視線も、彼には全く関係なかった。

 

 鬼月家の允職を筆頭に下人や隠行衆らが門番たる蛙と相対する中で実質戦闘員として計上されていなかった彼ら彼女らは相手が危険な手合いである事を察すると直ぐに数ある宝物の山の陰に隠れた。非難される謂れはなかった。これまでだってそうして来たし、纏め役たる允職もまた、それを咎めはしなかった。其処まで期待してはいなかったのだろう。それどころか事前に許可すら出していた程だ。

 

 ……とは言え、眼を血走らせた権蔵の行いは流石に常軌を逸していたが。

 

「はぁはぁはぁ、これ位で良いだろう……へへへ。じゃあなてめぇら!!」

 

 そして相当な重さの宝物を風呂敷で背負った権蔵は直後に手持ちの弩で人夫の一人を射った。

 

「ぎゃっ!?」

「助丸!?てめぇ何のつもりだ!!?うごっ!!?」

 

 人夫の一人、助丸の腕を射って倒れさせた権蔵は更にそのまま衛十郎の顔を弩で殴り付ける。顔を押さえて呻く人夫。権蔵は更に残る餓鬼共に対して顔を向けるが……。

 

「ちっ……!?」

 

 脇差しを引き抜く十六夜、残る面子も武器を構えて、あるいは身構える。震えながらも面の隙間から見える視線

 

「糞が……!!」

 

 舌打ちと共に盗賊は身を翻して逃げ去る。機先を制された。あのままでは全員殺せない事もないが己も負傷していた。ならば相手をする必要はない。

 

「へへへへ。化物相手に素直に戦う馬鹿がいるかよ……!!」

 

 ひきつった笑い声を漏らしながら盗賊は宝物庫の奥を目指す。チラリと見えた大きな門がこの地獄みたいな世界の出口なのだと、彼は直感的に感じ取っていた。

 

「本当に馬鹿な奴らだ。お陰様で助かったがな……!!」

 

 そう嘯く権蔵の脳裏には此処まで幾つもの部屋を突破した同行者達の姿が浮かび上がるが、それらを直ぐに振り払う。同情も哀れみもしない。彼はそうして生き残ったのだから。

 

 困窮した村で唯一生き残ったのは同じ村民どころか家族からすらも食べ物を奪い取ったからだ。盗賊集団に入ってからは旅人や商人から容赦なく追い剥ぎした。朝廷の軍団兵に追われたら仲間を切り捨てて生け贄にした。

 

 頭達がやり過ぎたせいで大規模な討伐が行われた時、盗賊団は禁所にまで逃げ込んだ。彼らにとっては訳の分からぬ化物共よりも今この瞬間追い立てて来る朝廷の兵士共こそが恐ろしかったから。彼らが追撃を止めたのに安堵したのも束の間の事だった。無数の化物に襲われて、食い荒らされて、挙げ句にはこの迷宮に迷いこむ事になった。

 

 この迷宮に入り込んでから三十人に及ぶ仲間を権蔵は犠牲とした。更に迷宮内で遭遇した見ず知らずの連中を十人余り、ある者は囮として、ある者は物資を奪うために、直接的間接的に手に掛けた。

 

 向こうだって同じような事をしてきただろうから良心は痛まない。そうやってあの臭いが安全な部屋に辿り着いたのだ。其処から更にどれだけの月日が流れたか……体感時間では精々数ヶ月、長くても一年程度であるが、実際は相当な時間が外で流れているらしい事は極稀に流れ着いた連中から聞いていた。そして多くが引き留めても出口を探して出ていった。あるいは絶望して命を絶った。

 

「はぁ、はぁ……俺は、生き残るんだ!そして、そしてこのお宝で……はは、はははははっ!!」

 

 強がるように歪みきった笑みを浮かべて、盗賊は高笑いする。あの般若面の男は本当に大馬鹿者だ。扇動して道連れを増やしたまでは良かった。まさか、扇動した癖に自分が先頭に立つとは!自分から一番危険な目に遭いに行くなんて愚かにも程がある。あるいは御人好しか。どちらにしろ、長生きしないだろう。

 

「俺は違うんだ!俺は、俺は……!!」

 

 態態声を荒げて呟く理由を、権蔵自身にも説明出来なかった。飢える両親や兄弟を見捨てた記憶を掻き消すためか。あるいは親の骸にすがりつく商人の子供に刀を振り下ろした記憶を掻き消すためか。あるいは矢傷を負った盗賊仲間を妖の餌に差し出した記憶を掻き消すためか……何にせよ、彼は笑う。高笑いする。全力で嘲笑う。

 

 影が、彼の頭上を覆った。

 

「は?」

 

 走りながら権蔵は上を向く。黒い影が迫る。それは急速に近付き、大蛙の姿を取って……。

 

「あっ……」

 

 眼前に地鳴りと共に着地した、盗賊は直後に伸びた舌に絡め取られて、事態を理解する前に丸呑みにされた。直後に顎の力による圧迫で即死出来たのは、恐らくは幸運な事であった。何も出来ずにパクリと呑み込まれて、ゴクリと胃袋の中に沈んでいく……。

 

『フンッ!ダカライッタデアロウガ!我ハ逃ガサヌト。サテ……』

 

 口元をベロリと一度舐め上げて、鼻息を荒く吐いた大蛙は周囲を見渡す。そして耳を澄ます。周囲にはガチャガチャと音が鳴り響く。まるで金貨の山に何か生き物が駆け回っているようだ。敢えて喧しく走っているようにも見える。文字通りの雑音。これは……。

 

『式神カ。欺瞞トイウワケダナ!!』

 

 直ぐ様その意図を察知して豪快に笑う蛙妖怪。その健気な努力に称賛と嘲りを込めて、大笑いする。

 

『宜シイ!ナラバ今度ハカクレンボト洒落コモウデハナイカ!!我ノ目ヲ何時マデモ誤魔化セルト思ウナヨ!!』

 

 刃先が痛んだ青龍刀を一瞥して、喉を鳴らして蛙は進み始めた。大股で財宝の山の中を突き進んで。狙うは彼方此方へと逃げ惑う式神共。敢えての陽動に蛙妖怪は応じた。何者もこの部屋から抜け出す事は出来ぬ事を知っていたからだ。少なくとも、己を打ち倒さぬ内には。大蛙は己が生きている内に誰一人として逃がすつもりはなかった。

 

 そしてまた、時間の経過は自身に味方すると怪物は理解していたから……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そうだ、時間はあの化け蛙の味方だ」

 

 宝物の山の一角に隠れた俺は小さく呟く。咄嗟に展開した式神達は陽動目的の矮小な存在ばかりであり、戦闘力は欠片も期待出来なかった。一体一体、削られていくのがオチであった。無論、そうして得られる時間は今の俺達には万金の価値があるのだが。

 

「……どうだ二人共?動けそうか?」

「自分はどうにか……そちらの班長殿は少々難しいかと」

 

 爛れた己の腕に包帯を巻きながら答えるのは朝熊の下人であった。その彼の隣で倒れるのは佐久間の下人班長である。此方は大妖の殴打を食らったために重傷だった。打撲傷に骨折、息苦しそうに呼吸をして此方を見る。口は開かない。開く余裕が無さそうだった。

 

「しっかりしろ。……これを飲ませてやれ。痛みを誤魔化す位なら出来る」

 

 痛み止めの丸薬を朝熊の下人に差し出す。朝熊の下人がそれを潰すと水筒の水と共に飲ませていく。糞不味さに咳き込みそうになるのを耐えて班長は飲み切った。

 

「しかし……いきなり去ったのはどういう事でしょうか?」

「さてな。考えられる可能性としては……」

 

 幾つか仮説が思い浮かぶが嫌な予感しかしない。上手く小僧共が切り抜けてくれるのを祈るばかりであった。

 

「っ!?一つ殺られたか!」

 

 だだっ広い宝物庫の一角で爆音。同時に操作していた式神の感触が一つ消える。容赦がない事であった。

 

「考えろ……考えろ……何とかして切り抜ける方法を考えろ…………」

 

 必死に脳を回転させて打開策を考案する。しかしながら事態の打破には全てが不足していた。

 

 ……否、一つだけ打開の方法はあり得た。

 

『( ´,_ゝ`)ゴキゴキ、( ゚ 3゚)フー!!( ・`ω・´)ワタシノデバンガキタヨウネ!!』

(……使いたくねぇな)

『( ;´・ω・`)ショボン……』

(いや、散々突っ込んで来たのに今更落ち込むなよ)

  

 何処ぞの王国の賢人集団染みた馬鹿蜘蛛が落ち込む判断基準は置いておいて……蛍夜郷では幾らかの制御が効いていたが今回も同様にやれる保証なんてない。あの大蛙を仕留めてもそのまま暴走して仲間達まで殺しかねない。仮に上手く制御出来たとしても唯でさえ変異している己の身体が更に妖に寄る事になるだろう。それどころか戻れるのか、戻れても部屋を出た瞬間に告発されて研究材料行きの可能性もあった。笑えない。

 

(……また殺られたな)

 

 何処かで響く轟音。宝物の隙間を縫うように逃亡していた鼠の式がその周囲ごと跡形もなく吹き飛んだ。選択の余地はない、か?いや待て。まだ何かある筈だ……。

 

 俺は腰元の鞄に手を伸ばす。手持ちの使えそうな道具がどれだけ残っているのか確認するためだ。そして……。

 

「……?」

 

 その感触に一瞬思考が停止する。視線が移る。その正体を理解して、俺は目を見開いて……脳裏に勝利への方程式が組み上がった。これならば、あるいは……!!

 

「っ!!?誰だ!?」

『(`・∀・´)クセモノハカクレテイテモニオイデワカルゾ!!』

 

 そこまで考え込んでいると、至近にまで迫っていたその気配に漸く気が付いて俺は短刀を構えて警告を発していた。しかし、一瞬後にはその正体に刃を下ろす。

 

「十六夜か。隠れていろって言った筈だぞ……?」

「仕方ないだろ。此方も面倒事なんだよ」

「何……?」

 

 俺の指摘に囁き声での反論。此方が怪訝な表情で問い質せば十六夜は語り始める。己が此処に来た理由を。権蔵が仕出かしてくれたヤラカシを。

 

「糞、やってくれるな。……あの野郎、一人で上手く逃げたって訳か?」

「さぁな。何にせよ、此方は人夫の奴らが二人とも怪我してるんだ。一人は殴られただけだからまだ良いけど……」

「弩を射たれた奴の手当てはしたか?」

「矢は抜いてない。出ている部分は折った。布地で止血した後は包帯に替えた」

「よし。上出来だ。布地は?」

「血の臭いは危ないって聞いたからな。何処かに捨てようとした所でお前に遇ったんだよ」

「成る程。……待て。どうせだ。多い方が良い。その布地、寄越せるか?」

 

 合点のいった俺は頷くと、先程浮かんだ案の補強のためにそう申し出る。その要請に僅かに怪訝な表情を浮かべる十六夜。

 

「……構わないけどよ?」

「助かる。それと少し危険だが生き残るために協力を頼めるか?」

 

 血のびったりと付着した布地を受け取って、更に俺は頼み込む。最悪失敗と共に行う妖怪変化のためにも俺一人でもやるつもりであるが成功率は上げたかった。

 

「……意地の悪い言い方だな、この状況で断っても意味ないじゃないか。選択肢なんて無いだろ?」

「いや、別に……確かにそうだな。済まん。命令だ、協力しろ」

 

 十六夜は不機嫌そうに文句と承諾をすれば、それが真っ当な意見である事を認めて俺は謝罪と命令を命じる。そして作戦の内容の説明を始めた。

 

 では、一つ仕掛けますかな……?

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 それは四体目の式神が粉砕された瞬間の事であった。青龍刀で引き裂かれた兎の式が大量の煙を吐き出したのは。

 

 式神に仕込んだ煙玉が破裂して発生した煙である。

 

『ヌッ!?コレハ……キタカ!!?』

 

 これまでとは違う現象に、大蛙は身構える。そして鼻腔に感じ取るのは人の血の臭いであった。新鮮な、血の香り……妖怪としての性として僅かに興奮する大蛙は、しかし直後には背後から迫る気配を切り払う!!

 

『違ウカ!!』

 

 切り裂かれた人形の簡易式が紙切れに戻る。共に舞うのは挿入されていた血の滲む包帯であった。

 

『ナラバ……此方カ!?』

 

 頭上から飛び込む影に舌を飛ばす。貫かれる人影は、しかしながらこれも式神であった。ズタズタに裂けた布地と符が舞う。

 

『ッ!?』

 

 横腹から飛び込んで来た血の香りのしないそれこそが本命と捉えて咄嗟に殴り付ける。違った。これは血を塗っていない唯の式だ。

 

『グオッ!?小賢シイ!!』

 

 飛び込んで来たのは苦無だった。正面に向けて投擲されたそれを思わずそのまま受け止める蛙妖怪。表面の粘液によって傷こそ付かぬがまるで弄ばれているかのような感覚に陥っているようであった。

 

『エエイ、面倒ナ!!ナラバ此方モ此方ノヤリ方デヤラセテモラオウ!!』

 

 と、直後に腹を、口を破裂せんばかりに膨らませる大蛙。そして……それを一気に吐き出した。

 

 暴風のような吐息の濁流は一気に煙幕を吹き飛ばす。視界が開ける。そして蛙は目撃する。急いで宝物の山々の陰に隠れようとする般若面の男を。俺を、見つける。

 

「畜生!!」

『見ツケタゾ……!!』

 

 直後に一気に跳躍した蛙妖怪。身を慌てて翻す。直前にいた場所を通り抜けた蛙はそのまま金貨の山に突っ込んだ。突っ込んでそのまま宝物を宙に吹き飛ばしながら更に此方に迫る。

 

(誘い込めた!後は……!)

 

 俺はちらりと周囲を観察する。仕掛ける機会を探る。だが……。

 

『余所見ヲシテイル場合カァ!!?』

「……!!?」

 

 一瞬後に鳴り響くくぐもった雄叫び。同時に接近した蛙から横凪ぎに振るわれる青龍刀を、俺は膝を折って寸前で回避する。そのまま大蛙の懐に入り込む。

 

『甘イワ!!』

 

 がっぷりと開いた大口。放たれる舌の一撃。それは俺の左肩口を掠める。痛てぇ!?少しだけ肉を持ってかれたか!!?

 

「う、うおおおおぉぉぉっ!!?」

『( ・`ω・´)イッケーイ!!』

 

 それでも俺は更に肉薄しようと前進する。しかし……。

 

『フンッ!!』

「ぎゃっ……!!?」

『(。>д<)ウキャン!?』

 

 そのまま舌を鞭のように振るった大蝦蟇。荒縄のように太く強靭な筋肉の塊で殴り付けられた俺は瞬時に吹き飛んだ。数回程床に叩きつけられては跳ね上がって回転しながら反対側に積み上げられた金貨の山の中に突っ込む。

 

「く、糞っ!!これでも食らえ!!」

 

 大判小判の山の中に沈んだままに、俺はやたら影の薄い投石器を手にして反撃に移る。石ならば幾らでも其処らにあった。宝石が、幾らでも!!

 

『石コロトハ子供騙シヲ!!』

 

 叩き付けられる宝石や玉や金印に不快げに宣う大蛙。残念ながら投石器の出せる速度では小妖ならば兎も角脂肪たっぷり粘液保護付きの大妖相手には威力不足らしかった。畜生、ゴリラ様のシュートなら致命傷なのになぁ!!?

 

「理不尽だぜ!!……十六夜、今だ!!やれ!!」

『(・`ω´・ )ヤッチマエー!!』

『何!?ウォッ!!?』

 

 俺の叫び。糞蜘蛛の戯言。背後の気配に振り向く大蛙。放たれるのは巾着袋だった。待機していた十六夜による投石器の一撃。投擲されたのは呪具たる塩。大蛙の顔面に向けて叩きつけられたそれは、中身を四散させる。呪具の効果で思わず大蛙は身を怯ませる。同時に全身に滲みるような痛みを覚えたようだった。

 

『グウウウウウウゥゥゥゥッ!!?』

 

 蛞蝓に塩を振りかけるのと同じ理論だ。身体表面に粘膜を張る生物に対して塩が浸透圧の効果を発揮した。身体表面の水分が抜ける。特に諸に食らった眼球が痛むようで呻き声と共に顔面を押さえ付ける。……尤も量が不足し過ぎて決定的な効果には程遠いが。

 

「良くやったっ!!逃げろ……!!」

 

 一瞬蛙の動きを止めた事に俺は褒め称えて、直ぐに逃亡を指示する。指示しながら俺は立ち上がって投石器を手にして大蛙に突貫した。突貫しながら投石器で手にした宝石類を投擲し続ける。投擲して、肉薄する。

 

 視覚を一時的に奪われた大蝦蟇はその場から動けない。それでも空気の振動でも感じてるのか腕で此方の投擲物を弾き、そして次第に舌で叩き落として、挙げ句には口で受け止めて噛み砕いて見せる。

 

『( ; ゚Д゚)ハガカターイ!?』

「ちぃ!!」

 

 突き進みながら俺はそれを放った。水晶玉を舌で捕らえさせて、傍らにあった装飾過剰の宝剣を掴んで投げつけるのを腕で弾かせる。そして生まれた隙にそれを放った。口内に入ったそれを、しかし蛙は悠然と呑み込んで見せた。嘲るように笑って蛙は歩を進める。どうやら塩の効果は最早殆ど無力化されているように見えた。

 

「糞っ垂れ!!」

 

 格上相手の切り札たる短刀を抜いて俺は斬りかかる。手車で切り裂くのが駄目でも刺突であれば可能性は……!!振り払われる青龍刀を寸前で抜けて首元に狙いをつける。

 

『オ返シダ!!』

「……!!?」

 

 ガバリと開かれた大口から放たれるのは水晶や大判だった。粘液まみれのそれらが弾丸の如き速度で放たれる。俺が直前に投擲したものに相違なかった。文字通りの御返し、それを咄嗟に短刀で叩き落として、あるいは回避する。だがそれは大蛙の想定の範囲内の行動だった。

 

『( ´゚д゚)ペロペロクルワー!』

「何っ!?ぐおがっ!!?」

 

 白蜘蛛の警戒に反応し切れなかった。太い桃色の舌が横凪ぎに俺に叩きつけられた。直後の受け身にかかわらず俺は豪快に吹き飛ばされる。刺突でなくて幸いだった。下手すれば隠行衆のようになっていた。

 

 尤も、それだけの事であったが。

 

「うっ……ぐっ!!?」

 

 震える視界、揺れる意識をどうにか引き戻して、俺は起き上がろうとする。それを阻んだのは大蛙のぬるりとした腕であった。水掻きのある腕が俺の体を掴み上げる。正面を見れば此方を覗く蛙独特の大きな目玉があった。蛙妖怪は興味深そうに此方を凝視する。目元を細める。

 

『全ク、テコズラセテクレルモノダナ。ンン?』

「それは……どうかな!?」

『( ・`ω・´)イッケー!!』

 

 俺が印を切れば俺の背後に盛られた財宝の山の中より躍り出る大烏の式神が二体。蛙の目玉を狙って爪を立てる。同時に伏兵として隠れていた朝熊の下人も別方より刀を向けた。ここでの待ち伏せ攻撃は計算通りなんだよ……!!

 

『ダカラ甘イトイッテイル!!』

 

 振るわれた舌が大烏二体を絡め取る。そして首をぐるりとほぼ真後ろにまで回転させれば横腹を狙っていた朝熊の下人に式神が叩きつけられた。叩きつけられると共に下人は吹き飛ばされて、式神は白煙と共に消失する。奇襲は失敗に終わる。

 

『( ´゚д゚)ガーン!!』

(頭の中で煩ぇぞ。……畜生、これも駄目、か!!?)

 

 愕然とした白蜘蛛の感情が脳内に流れ込む。俺自身は其処まで期待はしていなかったので衝撃はマシであるが……まぁ、それでも失望は隠せない。

 

「ぐがっ゙……!!?」

 

 締め上げられる腕力が強まって、俺は苦悶の悲鳴を上げる。白い息が見える程に深く鼻息を漏らした大蛙。大口を開いて高笑いする。

 

『フハッハッハッハッ!!コレデ本当ニ投了ダゾ、人間メッ……ウグッ!!?』

 

 直後、大蝦蟇は呻き声を上げる。そして手元に掴み上げていた下人を手放す。手放して、己が腹部を押さえつける。こ、れは……!!

 

『コ、コレハ……一体!!?』

「はっ……やっとかよ……?」

 

 困惑に近い呟きを漏らす大蝦蟇。対して金貨の山に顔面から落ちた下人は嘲るようにぼやいた。そしてゆっくりと起き上がる。動揺する蛙を見やる。口元を吊り上げて。漸く狙いが当たった事に喜んで。

 

『オ゙、オ゙ヴエ゙エ゙エ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ッ゙!!?』

 

 呻き声と共に大蛙は吐き出した。吐瀉物と胃液と、そして赤黒い『胃袋』を。

 

 生物の多くが嘔吐するのは体内の異物毒物に対しての拒絶反応である。そしてその中でも蛙の類いは異物を誤飲するとその排出の際に勢い余って胃袋をそのままひっくり返して吐き出してしまう性質を有していた。

 

 無論、ひっくり返しても暫くすれば胃袋を洗って呑み込み平然な態度を取るが……逆説的に言えば直ぐに呑み込める訳ではない。ましてや、胃袋を出したまま斬り合いなぞ出来る筈もなかった。痙攣しながら愕然とする大蛙。

 

『バ、馬鹿、ナ……!?一体ドウ、シテ!?多少ノ異物程度デ我ガコンナ無様ナ……アガガッ!!?』 

 

 ただの蛙ならば兎も角大妖級である。確かに多少の異物ならば呑み込んだ所で嘔吐するまでもなく平然としていよう。そのまま胃袋の中で溶かしてしまうだろう。だが、直後に大蛙は胃痙攣の激痛と共にその正体を目撃する。

 

 ……己の胃袋に突き刺さりながらバチバチ暴れる釘を唖然とした表情で見つめる。

 

『コ、コレハ……!!?』

「ははは、助かったよ。まさか、気付かぬ内にくっついていたとはな?」

 

 身体を起き上がらせながら俺は苦笑する。太股の傷を包帯の上から撫でながら宣う。

 

『禍具の間』にて俺の太股に突き刺さってくれやがった釘の九十九神。『化子の間』で捨ててやった筈のそれであるが……どうやら羽を毟られた恨みでもあるのか、ねちっこくも付いて来ていたようだった。知らぬ内に腰鞄に突き刺さっていたそれに気付いたのは残余の装備を確認しようとしていたその時の事だ。

 

 後は簡単だ。投石器で次々と打ち出す宝物の中に釘を交ぜこんだ。手や舌で弾かれないように計算し、隙を見て釘を放つ。他の宝物同様に呑み込ませる。一寸法師の例がある。幾ら大妖の大蛙とは言え、流石に胃袋の中で好き勝手に暴れ回る釘相手には拒絶反応を示してくれると信じていた……正確には信じたかった。

 

 そして、どうやら俺は賭けに勝利したようだった。

 

「はっ。卑怯卑劣と言ってくれるなよ?弱い奴はこうでもしないと勝てねぇからな……!!」

『( ゚∀゚)ハッハッハッハッ!ヒキョウモラッキョモアルモノカッ!!』

 

 痛む全身をどうにか起こして、俺は嘯く。実際かなりギリギリだった。やっぱり大妖相手はきついわ。……後蜘蛛。てめぇは特に何もしてないのに偉そうな事言うな。

 

『ヌヌ……否、見事ナリ。宜シイ。貴様ラノ勝利ダ。始末ヲツケヨ。ソレガコノ部屋ヲ抜ケル条件ダ!』

 

 胃袋を吐いたままピクピクと体を震わせる蛙の宣言に俺は頷く。短刀を構える。恐らくは前任者が前任者であったのでそのように『迷い家』が、あるいは『著者』が設定したのだろう。門番が本気で本番の仕事をするように。

 

「……」

 

 其処まで思いを巡らせた後、俺はチラリと横目で見る。思い出したように蛙の吐き出した吐瀉物を覗く。色々と混ざった胃の内容物、其処に含まれる半分溶けた人形を認めて、その正体に見当をつける。馬鹿な奴だ。やらかすならばせめて上手く逃げ切れば良いのに……。

 

「糞……」

 

 何とも言えない感情を振り払い、俺は事の仕上げに意識を戻す。そして、宣言する。

 

「悪趣味な事はしねぇからよ。……まぁ、さっさと逝く事だな」

 

 曲がりなりにもこの迷宮を切り抜けて来た仲間達を殺された怨みが無い訳ではないが、相手も仕事である。時間に余裕がある訳でもない。恨み辛みで苦しめて殺すつもりもなかったので急所を狙って俺は介錯をしてやった。

 

『……ア、忘レテイタガ我ガ死ネバ抑エテイタ子蛙共ガ動キ出ス。直グニ逃ゲル事ダナ。……グェ』

「…………は?」

 

 止めを刺す直前に思い出したかのように付け加えられた警告。そのまま間髪容れずに介錯してしまった俺は思わずそのままの姿勢で硬直する。そして見る。周囲の光景を。

 

『( ´゚д゚)パーパ、イヤーナケハーイヨ?』

 

 白蜘蛛が真っ先に反応した。被捕食者としての本能だったのかも知れない。俺は突っ込みを入れない。入れるだけの精神的余裕は無かった。眼前の現実から逃避したかった。

 

 石造りの壁や天井が動き出していた。ゲコゲコと喉を鳴らして擬態していた子蛙(人間大サイズ)が冬眠から目覚めたように動き出した。ギョロリと感情の窺い知れぬ丸い目玉で俺を、俺達生存者を見つめる。 

 

「……いや、そういうの先に言ってくれない!!?」

 

 色々言いたい事はあったが、取り敢えず俺は大声で蛙の骸に突っ込みを入れるのだった……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「全員逃げろ逃げろ!早く走れ!!」

 

 俺を除く負傷した人夫二人に下人二人、小僧共が五人。彼らを急き立てて俺は子蛙共を迎え撃つ。殿をしながら逃亡を命じる。とは言え怪我人と餓鬼の群れである。その足取りは余りにも重い。

 

「畜生!来るんじゃねぇ!!」

 

 四方八方から這い寄って来る人間大の蛙の群れに向けて手車を振るう。凪ぎ払われるように複数の蛙が上半身と下半身を泣き別れさせるが、勢いは殺し切れていない。此方が一歩退けば連中は二歩三歩と迫り来る。

 

「畜生……痛ぇ、痛ぇよう!!」

「泣くんじゃねぇ!!男見せろ!門はもうすぐだぞ!!?」

 

 腕に鏃の突き刺さったままの人夫、助丸が泣き言を言えば衛十郎が叱咤する。叱咤しながら棍棒を振るって近寄ろうとする子蛙共を牽制する。

 

『ゲコゲコッ!!』

「危ない!」

「えっ!?うわっ!!?」

 

 小僧共の一人に飛び掛かってきた子蛙に向けて俺は苦無を投擲していた。頭部に突き刺さり脳組織を破壊された蛙はそのまま小僧共の真横を通り過ぎて、床に叩きつけられる。跳ねながら反対方向の蛙の群れに突っ込んだ。

 

「……」

「馬鹿面下げて無いでさっさと走れ!ほれ、早くしろ!」

『(>ω<。)イソゲー!ム!!』

 

 己が襲われた事、間一髪で助かった事を認識し切れていない小僧の襟首を掴まえて俺は引っ立てるように出口に向けて走らせる。背後から来た蛙は腹を蹴りあげてお仲間の中にリターンさせた。独りぼっちは寂しいもんな!

 

 走る。走る。遅れる仲間を支えて、背負い、手を引いて、俺達は必死に部屋の出口に向けて突き進む。

 

「糞!正面にも来たか!!」

 

 重傷の佐久間の下人班長を背負う朝熊の下人が叫んだ。俺は宝物の山で満たされた部屋の最奥、其処に鎮座する大門に視線を向ける。同時に朝熊の下人同様俺も舌打ちする。

 

 最早透明化していたと言える程の擬態を解いて、子蛙共が門構えから落着する。この門は通さないとばかりに陣取る。

 

「出し惜しみは出来んな……!!小僧共!!閃光玉だ!!……やれ!!」

 

 俺の命令と共に小僧共が一斉に配布していた閃光玉を投擲した。この任務に際して下人に各々二つの閃光玉を配布していた。幾つかはこれ迄に使ってしまったのだろう五人で六個。俺も手持ちの残り一個。計七個の玉が熱と光を拡散する。

 

『ゲコッ!?』

『ゲゲコッ!!?』

『(。>д<)マブチー!?』

 

 突然視界一杯に広がった閃光、そして僅かながらに受ける熱に蛙共は動揺する。其処に俺は正面の一体に向けて飛び膝蹴りを食らわせる。膝に仕込んでいた鉄板の効果もあってその一撃は蛙の頸骨をへし折った。残りが反応する前に手車を振るい周囲に並ぶ連中を切り裂く。活路を、切り開く……!!

 

「早く突っ込めえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 俺の叫びに従って、下人らは、人夫らは、小僧共は脇目も振らずに門に突っ込んだ。俺はそれを支援する。短刀と手車で追い縋る連中を迎撃する。

 

「おい、お前も早く……!!」

「分かってる!!」

 

 此方を待つ十六夜の背中を押して門の向こう側に捩じ込んだ。門の奥に消える小僧の姿。俺もその後に続こうとして……動きを止める。

 

『( ´゚д゚)ベロチャンカラメターノ!』

「こいつ、ざけんな!!」

 

 上半身だけになった蛙が意地の悪い笑みを浮かべて此方の足首に舌を巻き付けて捕らえていた。俺はそれを振り払って門の奥に身を投じる。背後を見た。無数の蛙が迫っていた。無数の舌が獲物を逃がさぬとばかりに伸びていた。その距離は最早一尺もなかった。そして、そして、そして………。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『迷い家』の正面の大門が音を立てて開いた時、討伐隊の多くの者が身構えた。『迷い家』が眷属共をけしかけて来たのではないかと警戒したのだ。

 

 しかしながら直後に現れた人影、その幾つかが見覚えがある者達で、同時に彼らが先刻御殿の内に囚われた者達である事を認めればそれはどよめきに変わる。

 

「まさか、脱出したのか!?」

「信じられん、妖の変化ではないのか!?」

「だが、あれは確かに……あ、蔦がっ!!?」

 

 現れた幾人かの人影をどうするかについて目撃者達は困惑して動揺する。しかしそんな事を言っている間に『迷い家』が動いた。無数の蔦が屋敷から伸びて来て脱出者達に迫り来る。

 

「やらせません。『草刈無双』!!」

 

 紫色の影が、目撃者達の間を抜けて疾走した。一瞬後にはそれは一町近く先の逃げ惑う脱出者の元に辿り着いていた。そして振るわれる。刀の一撃が。

 

 百を超える蔦が一振の内に刈り取られた。それでも尚も迫る蔦の波。しかし、赤穂家の娘は狼狽えない。

 

「そう何度も同じ手は食らいませんよ!……行け、根切り!」

 

 紫は腰元に携えていたもう一本の刀を引き抜くと、それを放り捨てた。地に突き刺さった刀は即座に肥大化していく。そして現れる。刃の大蛇が。

 

『ッ…………!!!!』

 

 無数の刃で構成された妖刀は、ただ暴れるだけで良かった。無数の妖を斬り殺した大蛇の身体はただ触れるだけで蔦を容易に引き裂く。その長大な巨体が蔦の行く手を塞ぐ。逃げる脱出者達の盾となる。

 

「……っ!!?いない!!?」

 

 妖刀が足止めしている内に紫は必死に御殿から逃げる生存者達を見渡す。焦燥の表情を浮かべる理由はその内に彼女が心配する者達がいないからだった。特に般若面を備えた鬼月の下人は……。

 

「あれは!!?」

 

 見落としがないか必死に周囲を確認する紫は漸くそれを認める。『迷い家』の正面門から遅れて飛び出して来た黒装束の般若面を。傷だらけの姿に動揺し、それでも確かに無事の様子に安堵して、紫は憤慨する。

 

「無責任な奴ですね!!允職の立場として義務感が無いのでしょうか……!?」

 

 恐らく殿をしていたのだろう。その勇気は理解するが同時に呆れる。真っ先に逃げろとは言わないが允職という立場の人材は簡単に替えが利く物ではない。下っぱのように蛮勇を振るい矢面に出るものではないのだ。それを……。

 

「全く、自覚が足りないようですね。後で叱責してやらねば……」

 

 口元に不敵な笑みを浮かべて紫は彼の元に駆け寄ろうとする。己の妖刀に命じて彼を保護させようとする。今の彼女は地下水道で馬鹿をやった頃とは違うと自認していた。もう、妖刀を暴走させる事はないのだ。それを証明してやろうと鼻で笑う。

 

 ……直後に妖刀の頭が爆発した。

 

「へっ?」

「邪魔よ」

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 目の前で起きた事態に唖然とする紫。直後に彼女は背後から聞き覚えのある声を聞いて、振り返る前に首元を掴まれて豪快に空中へと放り投げられた。グルリグルリと激しく回転する視界。彼女が樹木の上で目を回した状態で見つかるのは凡そ半刻後の事であった。

 

「げっ、姫様……」

「あら?何かしら?まるで鬼と出会したみたいな声を上げて。そんなに私に会いたかったの?」

 

 ぶっ倒れた妖刀の横を少し……いや、かなり困惑しながら通り過ぎた下人は桃色の姫君を目撃した瞬間に面の下で顔を歪めた。当の姫君は悠然とした態度でそんな彼の元まで歩を進める。横合いから来た蔦は扇子の一振るいで塵と化す。

 

 悠然とした表情とは裏腹に彼女の、鬼月葵の内は歓喜で溢れていた。彼が帰還した事もそうだが、その偉業に感動していたのだ。

 

 何せ一流の退魔士でも脱出が困難な『迷い家』からの一日掛からずの脱出、それも複数の遭難者を連れて……それは掛け値無しに称賛に値する行いであった。下人にとっては破格の功績であったのだ。

 

「ふふふ。先に出てきた連中……貴方、中で随分と色々拾って来たようね?」

「姫様、それは……」

「安心しなさいな。貴方の功績はちゃんと評価してあげるわよ。私にとっても都合が良いしね」

「それはまた……」

 

 尊大を装って葵は宣う。恐らくは面の下で呆れているだろう彼は己が自身の政治の道具とされる事に嘆息しているのだろう。実際は反対なのだが……今はそれを教える必要はなかった。

 

(ここで言って無駄な気苦労をかける必要はないわ)

 

 そうだ。全ての真実を伝えるのは全てが成就したその時で良い。罰ならばその時に受けよう。自身は彼の物なのだから……葵は扇子を広げて不敵に微笑んだ。オマケに不粋にも追い縋る蔦を手の一振りで消し飛ばしておく。彼から乾いた笑いが漏れる。

 

「さっさと安全な場所まで行くわよ。……そんなに嫌な顔しないで。貴方の身体の具合は分かっているわ。走らなくて良いわよ?私に付いて来なさい」

 

 葵の一方的な宣言に下人は頷いて応じる。流石に小走りで『迷い家』の影響下の範囲から抜けようとしたが。

 

 これで大団円。此度の物語は終い。鬼月葵は肩の荷を下ろす。既に彼女の頭の中では事後処理の皮算用に入っていた。

 

「姫様!?姫様は!!?何処に!?下人!姫様はまだ脱出していないのですか!!?」

 

 彼に駆け寄る女の叫びが、姫君の目算を破綻させた。

 

「姫様?環様もあの中に……!?」

 

 女中の言葉に、彼は愕然とした。涙目に何度も頷いて応じる。息を呑む最愛の人。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 彼は縋る女中の、妹の肩を掴んだままに呆然として、駆け寄る半妖の狼に視線を向ける。某か視線を交えて意思をやり取りしたように見えた。そして、彼は振り返る。御殿の門を、見やる。

 

 不味い、駄目だ、葵は彼が何をしようとしているのか理解して、咄嗟に傍らの女中を黙らせようとして、彼に向けて命令しようと口を開こうとして……だが、その前に先手を打つようにして彼の言葉が紡がれた。

 

「姫様、申し訳御座いません。今一度行かなければならないようです」

「っ!!?」

 

 拒絶の言葉を、葵は口に出来なかった。面の隙間から覗くその視線が、彼女に拒絶の意思を奪った。駄目だった。

 

(そうよ。無理に決まっているわ)

 

 その目で見つめられると否定なんか出来ない。出来る筈がない。あの日と同じ目で見られたら……それを否定する事は彼のあの日を否定する事なのだから。それは彼への侮辱であり、己のあの日抱いた思いを貶める事であるのだから。

 

 だから……。

 

「……此れを持って行きなさい」

 

 すたすたと彼の元に足を運んだ葵はそれを彼の胸元に押し付ける。困惑しながらそれを受け取った彼はそれが何なのかを理解すると一層困惑の表情を浮かべる。

 

「姫様……?」

「手向けよ。貴方が結果を出すだけ都合が良いものね。精々期待に応えなさいな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 精一杯の虚勢を張って、葵は嘯いて見せた。本当は泣いて引き留めたかったのを押し殺して。彼を見送って見せる。それが彼の望む事だから。

 

「……以前も似たような事がありましたね。恐縮です」

「……言葉は要らないわ。結果で誠意を示しなさい」

 

 彼の言葉の意味に一瞬困惑し、しかし葵は彼の反応から直ぐにそれに当たりを付ける。恐らくは己が分け身と……知りうる情報からすれば似たような会話があっても可笑しくなかった。分けた己も似たような感覚だったのだろうか?そう思うと今の状況は少々滑稽だった。

 

「はっ。では、失礼を」

「……下人?な、何を?」

「入鹿、頼むぞ?」

 

 姫君のそんな心情を知る由もない下人の、桃色の主君に向けての一礼。そして混乱に泣きじゃくる女中が今更のように漸く下人と姫君のやり取りを認識して小さく呼び掛ければ、しかし彼はそれに応える事はなかった。ただ、半妖の女に己の妹を押し付ける。そして、次の瞬間には踵を返して駆け出していた。

 

「下人!?伴部さん!?嘘、まさか!?いや、違うんです!私、そんなつもりは……!?」

 

 女中が己の感情に任せた不用意な言葉の招いた結果に驚愕し、慌てて止めようと追い掛けようとしたのを、だが半妖の狼が妨害する。拘束して、羽交い締めにして、無理矢理に引き留める。

 

 女中の、妹の悲鳴に似た叫びに振り向く事なく、彼は品が無い程に豪奢な大門に向けて突っ走る。葵は隠行する蜂鳥が逆走する彼の肩に向けて急降下したのを目撃する。あの老退魔士も中々物好きなものだと、特に意味もなく葵は思った。

 

 ……傍らで叫ぶだけの女よりはずっとマシだが。

 

「お、おい……!!?」

「馬鹿!!?何でそっちに行くんだ!?」

「止まれ!お前死ぬつもりか!!?」

 

 葵の傍らだけでなく、背後からも叫び声がした。どうやら救援に来た陣内の下人らや、彼がここまで導いた脱出者達も事態を把握して慌てて引き留めようと呼び掛けているらしい。しかし、その声は届かない。届く訳がない。その事を葵は良く知っていた。

 

 彼がそんな人間ならば、己は此処に居やしないのだから。

 

「……お願い。無事で帰って頂戴ね?」

 

 だからこそ、せめてとばかりに彼女は小さく祈るのだった。最愛の人の生還を……。

 

 

 

 ……そして丁度、葵同様に彼が地獄に戻っていくその背中を紫紺の髪の夫人と黒髪の姫君が見つめていた。

 

 前者は冷たい視線に口元を吊り上げて、後者は目覚めたばかりの瞬間に牛車の窓から愕然とした表情で以て…………。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 それは宙を浮くような奇妙な感覚だった。そしてそれもつかの間の事だった。刹那の瞬間には真っ暗な視界は回転して、彩られる。そして……床に尻餅を搗いていた。

 

「あ痛っ!!?」

 

 大門を潜って塵みたいな迷宮に蜻蛉返りしてきた俺は涙目となり痛む尻を擦る。畜生……腰を痛めそうだ。

 

『ほぅ。これが野生の『迷い家』の入り方かの。百聞は一見に如かずとは言ったものだの。中々興味深い体験であった』

 

 呻く俺に頭の上に着地した蜂鳥が悠然とそんな感想を述べる。それは結構な事で。

 

「痛たたた……畜生。唯でさえ傷が痛むのによぅ」

 

 時間の制約、引き留められる可能性、そして単純に咄嗟の事態での思慮の不足……それらが複合しての脱出直後のリトライであった。本当ならば装備の補充と手当て、情報の収集をするべきだったが、今更後悔しても仕方ない。前を見るとしよう。

 

「では師よ。行くと……」

『がっはっはっはっ!!また会ったな、忌々しい般若面が!!』

「……」

 

 松重の翁との迷宮探索……をしようとした矢先のその声に俺は嫌な予感と共に振り向いた。

 

 ……いつぞやに唐櫃に閉じ込めてやった人形が刃物を手に邪悪な笑顔と共に背後にいた。因みにその左右を固めるようにしてセットだった白面の大男と南蛮道化が佇む。というか何か中折れ帽を被った爛れ顔の鉤爪男と短刀持ちの死神が追加されていた。五人組、まるで戦隊物だった。ダークヒーロー処かヴィラン軍団だけど。

 

 ……あー、そう言えばこいつらって一部部屋を除いて部屋間を越えてでも追跡出来るんだったっけなぁ。

 

「いや待て、よりによって鉢合わせはないだろうがぁ!!?」

 

 取り敢えず、最低最悪な地点からスタートさせられた事を罵倒しながら、俺は走り始めるのだった……。




 因みに糞どうでも良いですが主人公の行動に鬼は下着濡らして一緒に迷宮に足蹴り入場してくれています。『迷い家』氏は何か化物連れてリターンしてきた主人公に御礼参りに来たのかと思ってドン引きしています。

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