和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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Q,何で昨日更新しなかったん?
A,仕事疲れで投稿予約する前に寝落ちしたから


第一一四話

 駆ける。走る。逃げ続ける。余りにも長く逃走を続ける故に、少女は口の中に鈍く鉄の味を感じていた。

 

 最早時間感覚すらあやふやになった中で、半妖の家人は無限に広がる迷宮の内をひたすらにさ迷い続けている。

 

 その額に浮かぶのは玉のような汗であり、吐く吐息は何処までも荒々しく、その心中に渦巻くのは底の見えない焦燥であり、絶望であった。当然だ、彼女は己に待ち受ける未来を半ば予期していた。

 

 救助なんて欠片も期待出来なかった。出来る訳がなかった。一族の血を引く正規の退魔士ですら期待薄であろう。ましてや、自分のような立場では……。

 

 人妖大乱は扶桑国に大きな惨禍をもたらした。国内の村落の三分の二が放棄された。街にも田園にも街道にも無数の百姓の骸が積み重なり、最優先で人員の補充を受けていた筈の官軍や武士団ですら終戦の時点でほぼ壊滅に近い惨状であったと伝わる。

 

 対妖戦の専門家であり大乱の矢面に立った退魔士家は特に破滅的な状態であった。女子供に老人を含めても戦前に比べてその退魔士家の一族は凡そ半分にまで数を削り取られたとされている。建国以来の名家の多くが衰退し、あるいは断絶した。その穴埋めに扶桑国は幾つもの家を新たにでっち上げなければならなくなった程だ。

 

 以来百年余り。大乱の傷は未だ癒えず、退魔士家は慢性的な人材不足に苦しみ続けている。だからこそ己のような存在が生まれた。

 

 大乱時代に禁術を以て人工的に妖化された戦士が多数実戦に投入されたとされていて、その生き残りが未だに幾人も朝廷の管理下で運用されていた。それらの戦訓と前例が人材不足という現状の課題と重なった結果、特に中小の退魔士家は緊急回避的にそれを決心したのだ。即ち、『半妖を家人として活用する』という選択を……。

 

 背に腹はかえられず、また大乱を契機として爆増した数多くの半妖共は社会的な不安定要因でもあり、その活用と消費としての半妖の『準』家人へ召し抱えは正に『夷を以て夷を制す』というべき合理的判断であったと言えよう。多少の鍛練と装備を施せば実力は正規の退魔士よりは弱く、しかし其処らの兵士や下人をずっと上回る、そして死んでも惜しくない駒として拵えられる……彼女は己がそんな消耗前提の存在である事を善く善く理解していた。

 

 いや、下手したら彼女の出仕する家は彼女が引き込まれたこと自体気付いていないかも知れない。土壇場で怖じけて逃げたとでも思うのではないか?己の立場への信用を思えば十分あり得る話だった。そも、今回の任務自体……少女の焦燥は一層深まる。

 

「ちぃ!!邪魔だぁ!!」

 

 眼前に躍り出た化物を薙刀で切り払う。蹴り飛ばす。殴り殺す。乗り越えて突き進む。

 

「こんな、こんな所で……死ねるかぁ!!」

 

 死ぬつもりはなかった。死にたくはなかった。死にたい筈が無かった。

 

 だってそうだろう?まだやりたい事は幾つもあるのだ。やり残している事は沢山あるのだ。思い残している事は無数にあるのだ。何よりもまだ、まだ何も、何も伝えられていないのに……!!

 

「伝える?一体何を……っ!!?」

 

 焦燥の中でふと脳裏に浮かんだ一瞬の疑問、僅かの静止、それが致命的であった。

 

『頂キダッ!!』

「ちっ……!?ああ゙っ゙!!?」

 

 直後に現れるは大蛙が大妖。空を切る音と共に伸びる舌の一撃を彼女は受け損なった。

 薙刀を吹き飛ばされて、そのまま舌は彼女の横腹を突き抜ける。抉り取る。骨が砕ける。肉が削れる。血が飛び散る。豪快に床を汚す。

 

「かはっ!?あ、がっ……!!?」

 

 吐血、そして一瞬後に衝撃が身体を襲った。舌の一撃による衝撃は彼女の一部を奪っただけでなくその身体そのものすらも吹き飛ばしたのだ。宙を回りながら床に幾度も叩きつけられて、そこで今一度赤い物を一面に吐き出す。

 

「かっ……ひゅ、いぎっ……!!?」

 

 床に倒れる少女の口から漏れるのは哀れな悲鳴であり、震える吐息であった。叫ぶ事がないのは我慢しているからではなくて、叫ぶ事すら出来ない痛みに苛まれている事を意味していた。もしかしたら肺がどちらか潰れたやも知れぬ。

 

 正直な所、彼女が生きている事は奇跡だった。半妖でなければ、唯人であればとっくに死んでいただろう。あるいは、彼女が吹き飛ばされる刹那に己に掛けた身体強化もそれに貢献していた可能性もある。

 

 ……尤も、そのせいで彼女は楽に死ねずに全身が焼けるような苦しみを味わう事になったのだが。

 

「い、いや……いや、だ。けほっ、こんな、こんな所で……!!」

 

 横腹を押さえて少女は呟く。譫言のように囁く。恐怖に戦く。怯える。己に迫り来る運命に、必死に逃れんとして無意味にもがく。這いずって化物共から逃れんとする。そんな彼女を嘲笑うように、魑魅魍魎共が円を作って彼女を囲む。逃げ道は瞬く間に奪われていた。

 

「い、いや……いやだ、死にたくない……!!」

 

 絶対的な絶望の中で彼女は嗄れ果てた声音でその思いを吐き出す。生への渇望を必死に叫ぶ。

 

「死にたくない。しにたくない、しに゙たく、な゙いっ!!」

 

 それは生命として、生きるものとして当然の欲求であった。ひたすらに己の生存を求めて必死に叫び続ける。もう己の直ぐ傍にまで迫り来る運命を懸命に否定する。

 

 ……その何れもが無意味な行為であったとしても。

 

「いやだ、家に……かえりたい。かえりたいよぅ。いぐっ、いやだよぅ……たすけて。おねがい、たすけてよぅ……」

 

 命の懇願は誰に向けてのものだったか。生きたいと思う理由は誰に会いたかったからか。思考は最早ぐちゃぐちゃで、そんな事すらもう分からなくて、全身が冷たくなる。意識が混濁する。

 

 それでも彼女は死にたくなかった。元より生存の目の低い探索の任を課せられていた身であるとしても、覚悟を決める事も出来ずに引き摺り込まれてしまっては、まして同行してくれる者もいないなんて……!!

 

 そうだ。分かっていた。こうなる事は。この末路は。それでもせめて、せめて彼に今一度だけでも会いたかったから。死ぬのは怖かった。一人ぼっちで死ぬのは、特に。

 

「いやだ……いや、いや…………」

 

 涙声で、涙目で、虫の息で、暗くなる視界。周囲を満たしていく異形共。それは仕舞いの合図であり、終いの合図で、そして……。

 

『クククク。哀レナ人間ヨ、死ヌノハ怖イカネ?』

 

 ぼやける視界の中で、化物の群れの中から現れたそれは片言でそんな事を宣った……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 如何にもな扉を開いた先、其処は同じく和装の回廊であった。違いがあるとすれば、先程のそれに比べて荒れ果てている事はなく、簡素で、廊下全体が明るく照らされている事であっただろう。

 

 ……そして、来客を歓迎する刺客が、直ぐ様眼前に躍り出た。

 

『グオ゙オ゙オ゙ッ゙!!』

 

 一角を生やした巨熊が咆哮した。咆哮して、突貫する。その行く手を塞ぐのは通路一杯に広がり蠢く『毛』であった。

 

『グオッ……クゥン!?』

 

 鬼熊の突撃はあっけなく終わった。無数の毛を引き裂こうと己の体重で以て突っ込んだ鬼熊はそのまま毛の壁を突き抜ける。あっさり突き抜けた熊は困惑して左右に首を振って何がどうなっているのか事態を把握せんとする。毛の壁は欺瞞だった。囮だった。脱け殻だった。本体は……。

 

「上かっ!!?」

 

 天井に沿って、それは俺達の真上まで忍び寄る。

 

『毛羽毛現』、全身毛によって構成されたその妖は、前世においては一説として毛深い舶来の犬種より着想を得たとも言われている。そして、この世界においては結果としてそれの折衷案となっているらしかった。

 

 即ち、無数の毛が結び付いて構築される、獣の形態を取る異形である。

 

『オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!』

「うわ……」

「させるかよ!!」

 

 無数の蚯蚓のように天井を這っていた毛の束は一つに纏まるとともに俺達に向けて飛び込んだ。咄嗟に環を庇って前に出た俺は短刀で以て化物を切り裂く。切れ味抜群のゴリラ様謹製の一品は絡まる事すらなく綺麗に化物の前足を切り落とした。だがしかし……。

 

『オ゙オ゙オ゙!!!!』

「あぁ、糞!そりゃあ再生するよなぁ!!」

 

 前足を切り落とされて床に突っ込んだ毛むくじゃらの塊は、しかし直ぐにそれを補う。毛の塊なのだから足の一本二本程度切り落とされても何の問題があろうか。

 

「って、危ね!!?うおっ!!?」

 

 そして、『毛羽毛現』の身体より幾つもの触手……否、三つ編みが伸びるとそれはまるで鞭か蛇のように此方へと襲いかかる。直ぐ様に二本を切り捨てるが、一本がその隙に首に巻き付き、それを更に切り落とした所に足首を捕らえられる。そして勢い良く引っ張られた。転げる。引き摺られる。

 

「伴部くん!!?このっ!!」

 

 其処に環が救出に参上する。三つ編みを踏みつけて、己の脇差を突き刺す。上等な代物とは言え、俺の短刀よりかは質が落ちるのだろう。三つ編みの三分の二まで切り裂くが其処で刃が毛に絡まる。

 

「えっ!?こ、この!!この!!うわっわっ!!?」

 

 慌てて絡まる毛を切り落とそうと四苦八苦する環に、妖がその隙を逃す筈もない。ざざざ、と床を這いずりながら背後に迫った『毛羽毛現』はそのまま環に覆い被さる。

 

「うわっ!?けほっ!!?けほっ!!?ぐっ!!?」

 

 手足を拘束して喉元を締め上げて絞殺せんとする妖相手に、環は必死に抵抗する。だが束となった毛の硬度は強靭で、人の筋力で此を切り裂くのは困難だった。

 

 熊の腕力の前では無力であったが。

 

『グオオッ!!』

 

 唸りながら鬼熊は環に纏わりつく『毛羽毛現』に左腕を捩じ込む。元より熊妖怪の右腕は折れていた。左手は潰れていた。だから左の『腕』で毛を捕らえて一気に引き裂く。

 

『!?!?』

 

 声にならぬ悲鳴を上げる毛妖怪。其処に更に俺が参戦して、環の首元に絡み付く三つ編みを切り落とす。咳き込みながらも毛の群れから逃れた環。そして俺は直後にそれを見出だすと鬼熊と視線を合わせて頷く。

 

 鬼熊が毛皮。妖怪を捕らえる。俺が近場にあった『火の用心』と名札の吊るされた戸口を開く。開くと共に吹き出す熱風。毛妖怪が慌てる。遅い。

 

『グオ!!』

『( ・`д・´)ヤッチマーエ!!』

 

 えいや!!と業火の満ちた部屋に向けて熊は『毛羽毛現』を放り捨てた。部屋の中から金切声が鳴り響く。数本の三つ編みが伸びて戸口の縁や熊に巻き付く。

 

「環!閉めろ!!」

「う、うん……!!」

 

 短刀で悪足掻きする三つ編みを切り落としながら俺は叫んだ。涙目で咳き込みながらも環が応じる。戸口をガラガラ音を鳴らして閉める。直後、一際太い三つ編みが今まさに閉じられんとする戸口に挟み込まれる。のたうち回る毛の束。

 

「しつ、こい!!」

 

 その罵声と共に俺は戸を蹴り閉める。霊力で強化した脚力によるそれはぶちっ、と毛を断裁する。戸の隙間から伸びていた三つ編みは本体を失ってのたうち回る。その様は刺身にされた新鮮な烏賊ゲソを思わせた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫ですか?環様?」

「けほっ……げほ!う、うん。大丈夫だよ。熊さん、大丈夫かい?」

『グルル……』

『( ≧∀≦)ノワタシハゲンキピンピンヨ!!』

 

 環の返答。若干疲労気味の式神の唸り声。おう馬鹿蜘蛛、お前が元気で俺は感激だよ。

 

「さて、と。……ここはどうですか?仰っていた二番目の部屋で宜しいですか?」

「……うん。此処で良いと思う」

 

 一段落して周囲を見渡しながら俺が尋ねれば、一度二度と頷いて環はこの部屋が既知の空間であると認める。幸いだった。違う部屋だったら前の部屋にとんぼ返りする必要があった。

 

「まぁ、初手妖を繰り出して来る時点で予想は出来ましたが……向こうも中々焦っている、と言うべきですか」

 

 入室直後にあからさまに門番を置いていたのは何としても此方を止めたい事の表れなのだと考えたかった。

 

『さて、そろそろ進んだ方が良かろうて。外の時間は丸一日経過するまで後一刻程じゃぞ?』

「長いのか短いのか、判断しかねますね……」

『(*ノ▽ノ)アイビキノジカンハイッシュンデスギチャウノヨ?』

 

 既に『迷い家』に潜り込んで数日も経過しているような錯覚をしていた。外はまだ一日経過していないと言われても何とも言えぬ感覚だった。後馬鹿蜘蛛、お前もう喋るな。

 

『会話に齟齬が出るからの。この式は時間経過のズレに対して一種の補正を掛けておる。じゃが、この部屋はどうやら此方と比べて時間の流れに対して大きな差異は無いようじゃ』

「それはそれは……」

 

 つまり、翁の言う通り体感時間で二刻程が制限時間、と考えるべきなのだろう。夏休み最終日に追い込みかける小学生みたいな気分だな。

 

「仕方ないよ。時間が早く流れるよりはマシだと思うとしよう?」

「正論ではありますね」

 

 嘆息する俺を励ますように環が意見する。真っ当な意見だった。残念ながら周囲を取り巻く現実はどうにもなるものではない。口を動かすよりも状況に順応して最善を尽くすべきだった。

 

「とは言え……どう探したものかなぁ?」

 

 俺が最初に入った部屋や先程の部屋とも類似した延々と続く回廊。左右の壁面には不規則に扉が並ぶ。基本様式が似ているのはメタ的な理由で言えばファンムービー制作陣が素材を流用しているからだろう。恐らく現実的に考えても『迷い家』自身としても同じ筈だ。奴が迷宮を作る目的は別に放浪者の目を楽しませるためではない。

 

「体感だとそれなりに歩いた筈なんだけど……途中で獅子舞さんが倒した妖の死骸とか目印にならないかな?」

『無駄じゃろうな。己の核に繋がる部屋じゃ。そんな分かりやすい見つけ方が出来るようにはしていまい。死骸も、とっくに撤去してるじゃろうて』

 

 環の口にする意見を俺の頭の上で即座に否定する蜂鳥と『(・`ω´・ )コラッ!ワタシノセキヲカエシナサイ!!』だから人の頭上を勝手に指定席にするの止めてくれません?

 

「歩いた距離も当てになりませんね。其くらい幾らでも変化させられるでしょうし」

「じ、じゃあどうするの!?まさか手当たり次第探すんじゃ……」

「まさか。そんな馬鹿げた手段は取りませんよ」

 

『迷い家』の設定上、究極的にはそれでも奴の本体と御対面は出来るだろうが余りにも危険で非効率的過ぎる手であった。下手したら即死しかねない罠が仕掛けられている部屋もあるだろう。それらを注意して……吹き飛ばされるまでの時間制限を考えれば現実的ではない。

 

 ……あるいは、だからこそ牡丹はこいつを同行させたのかも知れない。

 

「そういう訳だ。頼まれてくれるな、源武?」

『グルルルルルー』

 

 俺の要請に対して、ボロボロの熊妖怪は何処か呑気な鳴き声で応じる。その反応に対して環は不可思議そうな表情を見せるので俺は彼女に対して熊妖怪を指名した理由を懇切丁寧に説明する。

 

 ……一説によれば、人間の嗅覚が数千から一万に満たぬ種類の臭いしか識別出来ないのに比べて犬のそれは億単位の種類にまで識別出来るという。

 

 そして、熊の場合は更に犬の五倍以上の嗅覚を有するのだとか。

 

 犬が麻薬探知や軍用警察用に用いられるのはその知能従順性は当然としてその獣類の中でも際立って鋭敏な嗅覚故である事は言うまでもない。そして熊はそれ以上、更に言えば妖の五感は野生の獣の上位互換である事を思えば熊妖怪の嗅覚は前世の常識からでは想像も出来ない領域にある事は想像に難しくない。

 

「へぇ。そうなんだ。けれど……それが部屋を見つけるのにどう関係があるんだい?」

 

 俺の説明に対して、環が納得半分、困惑半分と言った反応を見せた。何とも言えぬ態度で首を傾げる。俺の無駄な含蓄に感心しつつもその意味については思い至ってはいないようだった。

 

「はい。つまりです。其処の熊妖怪の嗅覚を利用すれば『迷い家』の核が忍ぶ部屋を見付け出す事も可能なのです」

「あぁ、成程。そういう事か!」

「はい。ですので、抱き付いて上げて下さい」

「うん、分かっ……うん?」

 

 俺の言葉に頷こうとした環は、しかしその意味を理解して困惑する。そして己の眼前にのしっと現れる巨大な熊を見上げると思わず苦笑いする。

 

「え、えっと……熊さん?」

『グルルー♪』

『( ^ω^)ナニモオソレルコトハナイ!!』

 

 ひょいっと環の脇に腕を回した熊は、直後に環に抱き付いて……その胸元に顔を埋めた。

 

「うひゃん!!?」

 

 想定外の行動、胸元から首筋まで鼻を押し付けられての生暖かい吐息鼻息の感触に思わず嬌声を上げる環。そんな彼女の反応も気にせずに熊は荒々しくひたすらに環の匂いを嗅ぎ続ける。ジタバタ暴れる環は、しかし熊の巨体の前では逃れる術はない。

 

 深く考えれば分かる事だ。どれだけ嗅覚が良いとしてもそれだけでは意味がない。環の、唯一この場で『迷い家』本体の鎮座する環の臭いが重要だった。彼女の体臭を糸口として『迷い家』本体の元へと向かう……尚、環本人の尊厳羞恥その他の感情は考慮に入れぬ事とする。

 

「ひゃっ……ちょっ、御願い、止め…駄目……んんんっ!!?」

『安心する事じゃ。取って食いはせんよ。唯お主の体臭を覚えさせるのに必要じゃからの。我慢する事だな』

『(*ノ▽ノ)キャー!!エッツィン!!』

 

 艶かしい声音で鬼熊の行動の中止を懇願する環に対して無慈悲に現実を突き付ける蜂鳥。其処には退魔士らしく同情も罪悪感も欠片も感じられなかった。

 

「そ、そんな……ひゃっ、其処はだ、だめぇ……ひゃうん!!?」

『(´_ゝ`)ヨロシイ,ツヅケタマエ!』

「……」

 

 女子が出すには若干宜しくない妖しい悲鳴に、せめて耳栓をしてだんまりと沈黙する俺であった。というか馬鹿蜘蛛、何でお前楽しんでんの?

 

 恐らく熊妖怪が環の臭いを完全に覚えるのに掛けた時間はそう長くはなかった。尤も、その間に環の尊厳は若干死んでいたが。

 

『グルルルルル♪』

「駄目……はぁ、はぁ……ううう、もうお嫁にいけないぃ……」

 

 女の子座りでペタンと倒れて、顔を紅潮させて息を荒げながら環は嘆息する。首元から胸元にかけて微妙に濡れているので俺は無言で手拭いを差し出した。視線は合わせずに。

 

『そう泣くでないわ。生娘でもあるまいに』

「僕は生娘だよ!!?」

『( -∀・)ワタシモオトメッ!!』

 

 蜂鳥の呆れたような物言いに即座に反論する環。己の乙女としての尊厳に関わる事だからかなりの大声だった。だから蜘蛛、お前は自然な流れで話に入ってくるな。

 

『分かった分かった。じゃからそう騒ぐな。……全く、牡なら兎も角牝に嗅がれた程度で大袈裟な』

「いや待て。今新事実を聞いた気がするのですが?」

 

 さらりと暴露された設定に思わず俺が食いついていた。驚愕の表情で熊を見る。視線が合った。……何かウインクしてグラビアアイドルみたいなポーズを決められた。滅茶苦茶イラっと来た。

 

『(*´ω`*)オイロケポーズナラワタシモマケナイワ!!』

「お前には話は振ってないからな?」

 

 脳裏に走る戯れ言を取り敢えず俺は切り捨てる。

 

『何をやっとるんじゃか。……ほれ、行くぞ。進め式よ』

『グルルルルルー』

 

 俺達の反応に再度嘆息する蜂鳥は熊の角の先端に止まると式に先導を命じる。床にスンスンと鼻を押し当てる熊妖怪は何かに導かれるようにして回廊の奥へ進んでいく。

 

『……どうした?早く来ぬか?』

「……だそうです、姫様。御気持ちは分かりますがどうかお急ぎを」

「ううう……」

 

 俺の要請への返答は、ぐちょぐちょになった手拭いの押し付けであった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 途上で幾度かあった妖の襲撃を退ける。そうして熊妖怪の鼻によって導かれたのはある扉であった。扉の前でご機嫌そうに唸る鬼熊。つまり、そういう事である。

 

「ここ……だといいのですが、ね!!?」

 

 俺はそう言葉を切るとともに背後から現れたその妖と激突する。丁度背後にあった扉より躍り出たその妖の腕の一撃を、鋏の一撃を短刀で防ぐ。こいつは……!!?

 

「『髪切』かっ!!」

『( ・`ω・´)カミヲキルナンテ!?オトメノテキネ!』

 

 鋏状の両腕、鋭く鋭利な嘴を伸ばした二足歩行の怪異が吠える。嘴で以て此方の顔面を貫かんと迫る。

 

「うおっ!!?」

「伴部くん!!」

 

 面に嘴が掠れて削れる。悲鳴を上げて環が脇差を振るう。振るわれた脇差をもう一方の腕の鋏で受け止める。

 

「くっ……!?ひっ!!?」

 

 脇差を受け止められた事に、間髪いれずに二撃目を打ち込もうとするがそれは鋏で脇差をガッチリと掴まれた事で阻止される。そして『髪切』の首がグルリと環の方を振り向いた。真っ黒な、昆虫のような眼球で睨み付ける。思わずおぞましさに怯える環。

 

 尤も、それは同時に隙でもあったが。

 

「潰れろ」

『グギャア!!?』

 

 即座に叩きつけた拳が『髪切』の片目を叩き潰した。悲鳴を上げて鋏を広げて受け止めていた短刀と脇差を離す。離して距離を取ろうと下がる。残念だが、手遅れだ。

 

『グルル!!』

『(*゚∀゚)バックヲトッタゾ!!』

 

 俺の言った通りに『髪切』は潰された。背後に回った鬼熊のダイブによってだ。『髪切』が気付いた時には遅かった。熊の巨体が腹からのし掛かると下敷きになった妖はボキボキと外骨格を粉砕されて押し潰された。

 

「良くやった」

『グルルー♪』

『( ´∀` )bワタシヲホメテモナニモデナイワヨ!』

 

 何故か手柄顔の蜘蛛は無視するとして、俺の謝意に機嫌良さそうに鳴く熊妖怪であった。俺は新手が出て来ないか周囲を警戒する。……どうやら、あれで打ち止めのようであった。今の所は。

 

「環様は?お怪我は?」

「う、うん……僕は怪我はないよ……」

 

 俺の確認に対して環の返事は暫し前に毛玉の化物を相手にした時に比べて大分弱弱しかった。実際怪我は無さそうだが……精神的な疲弊は中々深刻なように見える。

 

「……環様、その脇差を見せて頂いても?」

 

 そして俺は環の状態を観察する過程でそれに気が付いて尋ねる。

 

「えっ?あ……あぁ!」

 

 俺の申し出に環は遅れて気付く。脇差の刃先を見つめて表情を曇らせる。当然の話だった。決して安物ではない脇差の刃先は、既に欠けていたのだから……。

 

「伴部くん、これって……」

「予備の脇差は……流石にありませんよね?」

 

 そもそも脇差自体が予備装備なのだ。予備の予備なんて少なくとも『迷い家』に捕らわれた時点でそんな完全武装をしている訳がなかった。

 

「後数合程耐えられたら御の字と言った所でしょうか……」

「ごめん。貴重な武器なのに……」

『(。・`з・)ノモノハタイセツニシナキャダメヨ!?』

 

 環はその白い顔を更に青くして謝罪する。馬鹿蜘蛛の無責任発言は置いておくとしても武器を自由に補給出来ないこの化物の腹の中で、脇差の耐久性が限界近いのは致命的であった。

 

「いえ、この状況です。致し方ありません。とは言え……」

 

 ほぼほぼ唯一残っているといって良い環の脇差がこの有り様のまま放置というのも……仕方ない、か。

 

「環様、これを」

「えっ、これって……だ、駄目だよ!!?」

 

 俺が差し出した物が何かを理解した環は絶句して慌ててそれを此方に戻すように押し退ける。

 

 俺の短刀を、押し退ける。

 

「それ、とっても貴重な……!!それに伴部くんに他の武器は……!!」

「安心して……とは言えませんがどうにかなります。投石器もありますし、これも……」

 

 そういって取り出すのは腰に装着していた折り畳み式の円匙(二代目)である。

 

「それって……土掘りの道具なんじゃあ……?」

「元々凍った地面でも掘れるように刃先は特別に鍛えてましてね。斧や刀には及びませんが十分に武器としても使えますよ」

  

 ギラギラ輝く円匙の先端を見せつけて俺は宣う。何なら簡単な呪いで初代に比べても強度を上げてくれているそうである。猿次郎の奴は良い仕事をしてくれた。

 

「言っては何ですが、私の立場としては環様を出来るだけ危険に遭わせたくはないのです。武術にしても素養と霊力は兎も角、経験の点では環様は私には及びません。脇差が折れた後、素手で化物共と戦える自信はおありですか?」

「それは……」

 

 俺の指摘に環は図星のようだった。そして時間に余裕が無いのも分かっているのだろう。駄々を捏ねる事はなく短刀を受け取る。受け取った短刀を腰に吊るして辛そうに俯く。

 

『下手に見栄を張るよりは余程賢いな』

『(≧∇≦)bパパニハワタシガイルモノネ!!』

 

 耳元に止まった蜂鳥が小さく囁く。それは称賛であり、冷笑であった。俺は返答はしない。彼女の名誉と勇気を守る事になると信じたかった。……馬鹿蜘蛛の物言いについては最早何も言う事はない。

 

「……では、私が先頭になります。環様、それにお前も頼むぞ?」

『グルルルルル!!』

 

 馬鹿蜘蛛の発言に内心で嘆息した後、俺は確認の言葉を口にする。環は小さく頷き、鬼熊は元気に唸った。前者は兎も角後者の呑気さには呆れる。呆れて、俺は部屋の取っ手に手をつける。

 

「……よし。では、行くぞ!!」

 

 無駄な雑念を振り払い、直後には俺は先陣を切って勢い良くその部屋に突入していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 その部屋に足を踏み入れて最初に感じたのは、「普通」であった。特段質素でもなく、かといって豪勢でもない程好く物がある落ち着いた、趣のある書斎。

 

「環様」

「えっ、えっと……多分、ここ、かな?」

 

 俺の確認の問い掛けに環は疑問形で答えた。余りにも特徴が無い部屋の様式故に本当に此処が己の迷いこんだ最初の部屋なのか分かりかねているようであった。

 

「いえ、大丈夫です。恐らく此処で間違いはありません」

『( ^Д^)ワタシノメニクルイハナイ!!』

 

 馬鹿蜘蛛なら兎も角、俺の言葉は決して無責任な放言ではなかった。寧ろ、前世の知識が無くても辿り着ける当然の帰結であった。

 

 其処は書斎である。書斎……本来その部屋の用途は文人知識人が読書や執務を執り行うための部屋であり、即ちそれは仕事部屋を意味し、ひいては家主の私室をも意味している。

 

 そして、俺はこれまで巡った部屋の中で一度もそれに類するものを見た事がなかった。

 

 ……つまり、そういう事である。

 

『更に言えばあからさまに質素で詰まらんのも怪しいの。一目見て関心が薄れるような様相じゃ。これまで巡った部屋を思えば寧ろ浮いていると言えような?』

「じゃあやっぱり……!!と、取り敢えず捜索した方が良いんだよね!?何か、何かあれば……!!」

『(*゚∀゚)サガシテミロ!コノヨノスベテヲソコニオイテキタ!!』

 

 蜂鳥の鋭い指摘に、環は慌てて周囲を物色し始める。彼女もまた、最早自分達には時間が無い事を理解していた。棚や引き戸を開いて、何かそれらしい物が無いかひたすら探し始める。おう、蜘蛛お前死ぬのか……?

 

「…………」

 

 必死に室内を捜索する環とは対照的に、俺は部屋を静かに散策する。畳の上を鞋で踏みつけて、見渡す。沈黙して、探索する。

 

「奇流呂威参上……はは、これも再現されてんのかよ」

「……?」

 

 棚上に置かれた湯呑をひっくり返せば、何処ぞの海外アニキがこの部屋を3Dで再現した際に勝手に仕込んでいたメッセージ。意味が良く分からぬ環らは首を傾げるが、俺にとっては福音だ。これで確定したな。

 

 そして同時に認める。己の脳裏に残る原作の記憶と重ね合わせて、奴の所在を……確信する。

 

『……竈神という概念がある』

「え……?蜂鳥、さん?」

『(´・ω・`)ムキュ?』

 

 恐らくは翁もまた俺同様にそれに気が付いたらしかった。俺の頭頂部で大仰にそんな事を宣う。騒がしく彼方此方と室内を物色していた環(と序でに馬鹿蜘蛛)はその声に思わず手を止めて振り返る。その表情は困惑に彩られていた。まぁ、いきなりにそんな事言われてもね。

 

「……竈は飯を作り、暖を取るための家の中心であり、火事の危険から家そのもの、家族そのものを司る神として同一視される事もある、でしたか?」

 

 そして、それらの故事・伝承・形式に重ねる事で己の存在の『格』を引き上げる……妖の中には生意気にもそんな小細工をする輩もいるという……俺は沈黙を破って翁の言に答える。環に対する説明も兼ねて、翁の言わんとする事を補足する。蜂鳥は小さく頷いた。

 

『うむ。とは言え相手は狡猾な妖。其処まで分かりやすく重ねてはいまいて。某か誤魔化そうとするだろうの。例えば……』

 

 そして、蜂鳥は周囲を勿体ぶって見渡して……それに向けて視線を固定した。それは、俺がこの部屋に足を踏み入れて最初から注目していた物と全く同じであった。

 

(……いや、その言い方は違うな)

 

 原作知識でカンニングしている俺と違い、何らのヒントもなく自力で答えに辿り着く所は感嘆に値する。

 

「ええっと……二人共?その、妖が何処に隠れているのか分かったのかい?」

 

 此処に至り尚も事態を、妖の居場所の察しが付かない環の不安げな問い。それに対して俺は苦笑する。別に馬鹿にしている訳ではなかった。カンニングしている訳でもなければ頭退魔士でもないのならば当然の反応だった。

 

「別にそう無理に難しく考える必要はありません。素直に考えれば良いのですよ。……考えても見て下さい。書斎に竈はありますか?」

 

 俺の問いかけに困惑しつつも首を横に振る環。

 

「えぇ。そうでしょうね。書斎に竈なんて明らかに怪し過ぎます。悪手以外の何物でもない。ですがそれ以外ならば?」

 

 例えば囲炉裏であれば書斎ならば兎も角、広間であれば存在していたとしても誰も不自然に思うまい。

 

「ならば同じ事です。竈と同じ用途で使い、そして書斎にあっても誰も違和感を覚えない存在を考えれば良いのです」

「誰も違和感を覚えない……あっ!」

 

 俺の言に環は考え込み、直ぐ様俺の言わんとする事を理解したように目を見開く。流石に此処まで言えば退魔業界に関わりがなくても誰でも察しが付くようだった。俺は頷くと共に面越しで口元に指先を当てる。そして隠行で足音を消して其処に辿り着く。腰元に装着していた折り曲げ式の円匙を広げた。深く、深く一度深呼吸して…………。

 

「まぁ、そういうこった。……そろそろ隠れるのは止せよ、化物!!」

 

 そう宣った直後に俺が円匙で突き刺していたのは火鉢であった。より正確に言えば薄らと煙をたなびかせていた火鉢に、その内に山のように溜め込んでいた灰の奥深くに、円匙に足を掛けて、その刃先を押し込む。

 

 其処に隠れているであろうこの化物屋敷の主人の『核』に向けて……!!

 

「……」

 

 沈黙が、暫し空間を満たした。誰も何も発しない。

 

『クゥン?』

『(´・ω・)……?』

「……何も、起きないよ?」

「いや、これは……」

『来るかの?』

 

 何も発生しない事に僅かに緊張を解いて呟く環と鬼熊(と馬鹿蜘蛛)、だが蜂鳥は違うし、俺はそれを否定する。そして、それが来る。

 

 直後、空間全体が震えた。

 

「環様、下がって……!!」

 

 俺が円匙を引き抜いて叫ぶのとほぼ同時の事であった。火鉢の内に沈む灰が、まるで煮え滾る溶岩が噴火するようにして噴き飛ぶ。舞い散る。その量は明らかに火鉢の大きさから見て逸脱していた。更に周囲の景色が急激に回転する。

 

「う、うおっ!?」

『グオオッ!!?』

『ヽ(ill゚д゚)ノジシンダァ!!?』

「と、伴部くん!!?」

「環様……!!」

 

 環の声に俺が答えるが無意味だった。吹き飛ばされた鬼熊は、そして環は一気に彼方に遠ざかる。そして、突如「生えた」壁によってその姿が遮られる。上下左右が激しく入れ替わる。急激に周囲の景色が遠ざかる。否、違う。

 

「空間の、拡張か……!!?」

 

 俺が叫ぶ内に激しい景色の変動は収まっていた。尻餅によって尻を痛めた俺はそれでも立ち上がる。周囲を見渡せば土壁が彼方此方に交差していた。それはまるで迷宮の一角のように。

 

「また迷路で遊ばせたい……という訳ではないな。此は?」

 

 途中まで紡いだ言葉を否定したのは眼前、凡そ五十歩先に鎮座する火鉢を視界に収めたためであった。火鉢の内が紅蓮に光り輝いていた。そして伸びる。巨大な業火が、炎の腕が。此方を覗く。青白い一対の火炎が。此方を、嗤う。家主が嗤う。

 

『キキッ!!』

『グルルルル!!』

『グオオォォォ……!!』

『ギャオッ!!』

 

 そして、周囲から多種多様な不気味な鳴き声がけたたましく響き始める。肌がピリピリとする感触は濃厚な瘴気、妖気によるものであった。此れは……。

 

『下人よ』

「分かっております。どうやら、随分と歓迎して頂いているようで。手厚い歓迎、恐縮しますよ」

 

 翁の言に皮肉げに肩を竦めて俺は正面を向く。不自然に鎮座する火鉢に向けて円匙を構える。構えてから気づいた。刃物代わりに鋭利に研いでいるその切っ先が半ば溶解している事に。まるで溶岩の中に浸したみたいに。

 

 ……当然ながらそれは、俺の最後の近接武器の喪失を意味していた。

 

『( ´゚д゚)アー』

「おい、マジか……」

 

 馬鹿蜘蛛に突っ込みを入れる余裕もなく俺も愕然として絶句する。

 

 周囲からせせら笑うような嘲笑が鳴り響く。迷宮の彼方此方から此方を囲みこんでいく多種多様雑多な怪異共の群れ。中には恐らく大妖級と思われる個体すらいた。あー、これはあれだな。

 

『通常の下人ならば詰みじゃな』

「通常でなくても詰みでは……?」

『(*´・ω・)カンツメ?』

 

 翁の物言いに軽い突っ込み。そして……どうにもならぬ事態に俺は覚悟を決める。それを選択する覚悟を。極めて不本意ではあるが。

 

「そういう訳だ。馬鹿蜘蛛、御待ちかねの出番だぞ?大口叩き続けてたんだ、精々働けよ?」

 

 印籠からゴリラ様お手製の糞不味な丸薬を一つ、口の中に放り込んで噛み砕き、俺は呼び掛ける。呼び掛けて、懐に忍ぶ糞蜘蛛を取り出『( -∀・)ワタクシダイカツヤクノヨカン!!』せやな。そうなってくれる事を願うよ。

 

『下人よ』

「師よ。申し訳ありませんが支援、御願い出来ますか?」

 

 ふんぞり返るように首筋に取りついた糞蜘蛛を確認して、俺は頼み込む。作り物の偽物の鳥は暫し無言を貫く。

 

『……長くは持たぬぞ?丸薬と吸血で良い所五百数えるまで、と言った所じゃ。制限時間が経ったら何があろうとも直ぐ様残る丸薬を噛る事じゃ』

「善処しましょうか……!!」

 

 その返答と同時であった。無数の妖共が俺に向けて飛び掛かった。寿司詰めになるように我先にと襲いかかる。濃厚な神気に誘われて、食い殺しにかかる。肉団子のように群がる。獰猛な咆哮が、怒声が、吠え声が鳴り響く。

 

 群がる魑魅魍魎共が爆散した。肉片が周囲に飛び散る。蒼白の炎が舞う。怪物共を焼き尽くす。焼却する……。

 

「ふっ、ギッ!!……さて、手短に終わらせるぞ!?」

『( ・`ω・´)イックワヨー!!』

 

 半人半獣の異形と化した俺の掛け声に、首筋に吸い付く糞蜘蛛は何時も通りに馬鹿声で応じたのだった。

 

 怪物共の第二波が、そんな俺達に向けて迫りかかった。口元から滝のような涎を垂れ流して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ。さて、時間内に本当に終わらせられるかどうか。ここは一つお手並み拝見と行こうかな?」

 

 次々と迫る怪物共の波を薙ぎ払う黒色の人影を遠目に一瞥して、鼬の怪異は嘲るように囁いた……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「痛たたた……はっ!?伴部くん!!?」

 

 下人を筆頭とした同行者達と引き離された蛍夜の少女はそれに気がつくと慌てて立ち上がった。そして周囲を見渡す。視界に映るのは無限に広がる土壁の道……迷宮の一角。

 

「熊さん!?蜂鳥さん!?皆、何処!!?」

 

 必死に叫ぶ環の声に、しかし反応する者は皆無だった。静寂が辺り一面を支配する。それが環の心中の不安を一層増幅させる。

 

 思えば彼女はこの化物の腹の中に迷いこんで以来、常に誰かと共にいた。本当の意味での孤独とは無縁だった。だからこそ、この状況に環は怖じ気づき、己の情けなさを突き付けられる。

 

「うぅ……はっ!?今のは、爆音!?」

 

 思わず呻き声を漏らす環は、しかしその轟音に反応して振り返る。遠く、とても遠くから鳴り響くその音は明らかに何等かの戦闘が行われている事の証明であり、その内の少なくとも一方が己の仲間であろう事を疑う余地もありやしなかった。

 

「もしかして……伴部くんが……?」

 

 その可能性に思い至ると同時に環は駆け出していた。其処に躊躇の欠片もなく、唯大事な恩人であり、仲間である者を助けようという純粋な思いからの行動であった。しかし、この迷宮に伏兵の妖や罠の存在があり得ると思えば彼女の行為は無鉄砲として他の退魔士から糾弾されるようなものであっただろう。

 

 事実、轟音の方向に向けて駆け出す環の眼前に曲がり角から飛び出した数体の幼妖が立ち塞がる。

 

「邪魔!!退いて……!!」

 

 叫ぶと同時の霊力による身体強化であった。そして襲い掛かる幼妖共を擦れ違い様に一刀の下に切り伏せる。切り伏せて、脇目も振らずに突き進む。

 

 環自身は意識していないがその剣筋はその道の達人をも瞠目させるものであった。恐らく彼女の姉弟子を自称する赤穂の末娘が見れば動揺する程のものであっただろう。それ程までの業前であった。蛍夜環の内にある才がこの窮地の数々の前に加速度的に、そして無自覚的に開花しつつある証明であった。

 

 故に環は感知する事が出来た。己に向かって急速に迫り来るその気配に。

 

「っ……!!?」

 

 殺気は無かった。しかし空を切る音、気配、第六感で環は視界にそれを収める事なく対応する事が出来た。金属がぶつかる金切音が周囲に鋭く鳴り響く。

 

 そして脇差で奇襲を受け止めた環は下手人の正体を認めて眼を見開く。その表情を絶望に歪ませる。そんな環と視線を交えた相手はこれ以上は埒が明かないと悟ったのか鍔迫り合いを止める。止めて、まるで獣の如く背後に勢い良く跳躍して距離を取った。距離を取って身構える。

 

 薙刀を手にして、妖気を纏い唸りながら身構える。

 

「獅子舞、さん……!!」

 

 殆ど泣きそうな震え切った声音で環が名を呼んだのは、半獣となって相対する獅子の恩人に向けてであった……。

 


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