和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 以前からご要望がありましたのでタイトルを付けました。過去話については少しずつ追加していく予定です

 ファンアートのご紹介です。貫咲賢希さんからマジカルな人のイラストを製作して頂けましたのでご紹介致します
https://www.pixiv.net/artworks/108038136

 素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います


第一二九話● それは多分、広義におけるNTR

「死いぃにぃ゙っ゙!!晒せやぁ゙!!」

 

 女の吐いた怒声に近い叫びだった。叫び声と共に鉞が振るわれた。

 

『ジャ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙……!!』

 

 突貫する先から迫る舌の一撃を動体視力で以て紙一重で避ける。驚愕したような『垢舐め』の顔面が、直後に顔をしかめそうになる音と共に空に舞う。

 

「そしてぇぇぇっ!!」

『ジャッ!!?』

 

 そのまま咆哮を発し続けながら、クルリと遠心力で以て回転して彼女は背後から迫る今一体の『垢舐め』の脳天を搗ち割った。蹴りあげる。不法侵入してきた窓から外に向けて突き飛ばす。

 

「これで!打ち止めだなっ……!?」

 

 その叫びと共に漸く部屋は騒がしさから解放されて重苦しい静寂に包まれる。暫しの間、荒々しい呼吸音だけが木霊し続ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……糞、少し掠ったかぁ?」

 

 旅館の窓から飛び込んで来た全ての化物を始末した狼女は過呼吸気味だった息をどうにか整え終えると、その疼きに気が付いて盛大に舌打ちした。

 

 視線を落とす。肩の肉を僅かに削った『垢舐め』の爪の一閃、傷口に触れれば掌には真っ赤な鮮血がこびりついていて……。

 

「あ、姉御……!!?」

「い、入鹿様!?無事ですか……!!?」

 

 部屋の奥にて脇差を引き抜いていた孫六と、その背後に守られるようにしてへたりこんでいた毬の呼び掛けに、入鹿は肩を竦めた。肩を竦めて、口を開く

 

「はっ!当然だろうが、こんな雑魚共に後れなんて取るかよ!!」

 

 物言わぬ、動きもしなくなった骸を踏みつけての、入鹿の宣言であった。

 

「良かったです。本当に……」

「手当てします。少し待って下せぇ」

 

 入鹿の発言に嘘偽りが無い事に毬は心から安堵する。孫六は直ぐ様薬箱を探り出して入鹿の怪我を見る。

 

「だから掠り傷だってんだ。唾でも付けときゃ……痛てててっ!!?」

 

 孫六の手当てに面倒そうに断りを入れようとする入鹿は、直後に急須に残っていた白湯と消毒用の強い酒精を傷口に食らって小さな悲鳴を上げた。

 

「化膿したら大変でさぁ。こいつら……見る感じ動く死骸みたいですぜ?油断したら危ないですよ」

 

 後半は毬に聞かせないように小声で、孫六は呟く。その言葉に再度仕留めた『垢舐め』共の死骸を一瞥する入鹿。仕方無いとばかりに折れる。半妖である彼女の身体は唯人よりもずっと感染症に対しても頑健ではあったが、厚意は有り難く受け取っておくべきだろう。損はない。

 

「どうせ消毒するなら呑みたかったがなぁ」

「ははは、呑む用には流石に味は良くないですよ……」

 

 入鹿の冗談ともつかぬ物言いに孫六は苦笑した。包帯を巻き終える。具合を見て、入鹿は礼を述べた。

 

「にしてもこりゃあ……」

 

 入鹿は窓の向こうを一瞥した後、此処に至るまでの事態を思い返す。突然の出来事であった。恐らく地下水道なり何なりから通って来たのだろう。旅館を、そして関街の全域を襲う化物共。

 

 少し前に下街の銭湯で何やら騒ぎがあったらしく、そちらに駐屯する軍団兵共が集まったために初期対応は遅れたように見えた。……いや、確かに初期対応は遅れていた。軍団の初期対応は、遅れていた。

 

 上洛に際して滞在していた退魔士達の対応は迅速だった。あっという間に現れた三体の大妖は碌な事も出来ずに駆除された。中小の一族もまた事態を察して街に下りると『垢舐め』を中心とした雑魚共の殲滅に勤しんでいた。随分と手際の良い事だ。

 

(こいつらの部屋には誰も寄越さなかったのは気に入らねぇがな)

 

 決して孫六達だけではないのだが、旅館に滞在する唯人の保護は有力者を優先したものであったのも事実だった。それにしても下人なり隠行衆なり寄越してくれても良いだろうに……。

 

(俺が来なかったら危なかったな……)

 

 鬼月の夫人に仕置きと居残りを命令された際には忌々しさを感じたものだが……結果としては怪我の功名というべきなのだろうか?

 

「あの陰気な夫婦、何を考えてやがる……?」

 

 

 

 

 

 

 

「本当、何を考えているのでしょうね。あの御夫婦は」

 

 外の喧騒も知らぬとばかりに蜂蜜色の少女は囁くと、手元の湯呑を呷る。中の茶を一口飲みほせば小さく嘆息。

 

「何か、思い当たる節は御座いますか?」

 

 正面の客人に向けて微笑む。深緑の瞳が黒蝶の夫人に向けて問い掛ける。

 

「お恥ずかしながら。此方の無能を晒すようで悪いのだけれど、此れといって耳を引く話はないわね」

「それは残念です」

 

 正面にて同じく湯呑を手にする鬼月家の御意見番が首を横に振れば、橘家の令嬢は人好きのする笑みで以て応じた。尤も、商人の浮かべる表情は妖と並ぶ程に信用出来るものではない。内心どのような事を考えている事やら……眼前の同盟者を役立たずとでも罵っているやも知れぬ。

 

 白木関街でも有数の旅館の一室にて、橘佳世は茶会に興じていた。参加者はただ一人、鬼月家御意見番鬼月胡蝶前々当主夫人である。名目は親睦会。間違ってはいないが大いに語弊があった。

 

「それにしても困りました。この大事に……無粋な邪魔者もいるようですね?」

「確かに市中に怪しい動き自体はありましたけど……まさかここまで大きく出てくるのは想定外でしたわね」

 

 突如として現れた街を荒らす狼藉者共。下街の銭湯での騒動だけでも相当な大問題なのに、まさかここまでやってくれるとは。

 

「全くです、本当に困りますよね!!」

 

 何処かわざとらしい位に子供らしく、拗ねたように佳世はぼやく。尤も、それは白木の関街を取り巻く状況を思えば寧ろ危機感に欠けるようにも思えた。

 

 ……いや、実際彼女らの重く見ている問題は、多くの者達が想像するものとは僅かな、あるいは大きな差異があったのだ。

 

「折角二の姫様が不在ですのに!!これでは先程までのお話も全部様子見の棚上げではありませんかっ!!」

 

 彼女ら二人にとっての同盟者、そして実質的な盟主たる桜色の姫君の不在。それに乗じて今後の対応のために秘密裏に二人が会うのは、ある種当然の帰結であった。

 

 呉越同舟……限りなく近似していて、しかし重なる訳ではない三人の同盟。必要ならば互いに助け合い、しかし隙あらば互いの皮算用した取り分を奪い合う間柄。なんと麗しき友宜であろうか?

 

 ……問題は彼の、そして盟主の異変にある。

 

「彼に真意を問いたいと言っていたけれど……」

 

 当主夫妻の策謀による二人の主従関係の解消。それによって彼と二の姫に何が起きたのかは詳しく分からぬ。どのような心情の変化があったのかも知れぬ。ただ、一度軋みを上げたそれは最早嘗てのようには戻す事は出来ぬようにも思われた。問題はそれが吉と出るか凶と出るか……。

 

「改めて考えると無謀ですよね?ただ接触するだけでも困難でしょうに。しかもこの緊迫した状況で……お話が円満に終わるなんて考えられますか?」

「あの娘は子供染みてて自信過剰な所がありますからね。まさか、本当にこの状況で抜け出すなんて……」

 

 胡蝶が思い出すのは前日の一幕。蛍夜の姫君に関わる騒動だ。あの時の菫の一言に単純な罰以上の意味があったのは明白だ。葵の決断を元より想定していたか?それを御破算にせんと企んでいたと言うのだろうか?

 

「罠……最初から全部仕掛けていたと?」

「まさか、成り行きで使える機会を利用しただけでしょう。この騒動そのものは何処ぞの誰かの仕業でしょうしね」

 

 その言葉の直後に何処か遠くで断末魔の咆哮が鳴り響く。巨体が崩れ去るような轟音が部屋を揺さぶる。

 

「……今のは御味方ですか?」

「御安心下さいな。宮鷹の御老公が怪異を誅しただけですわ」

 

 佳世の問い掛けに胡蝶は妖艶に、何処か勝ち誇るようにして微笑んだ。馬鹿正直に答えた葵と違い、胡蝶は今尚隠密に式を街中に展開している。そしてその監視網によって彼女らは外の様子をある程度把握出来ていた。

 

 それこそ、狼女が誰の部屋に躍りこんで助けに行ったのかも、環達三人組の捜索団の置かれている状況も、である。前者は最早此方から何も手出しする必要はなく、後者は一応手駒の式を控えさせている所であるが介入はまだ予定していない。無用な場面での節介は礼を述べられるよりも寧ろ反発されるものだ。今は、まだ動く予定はない……。

 

「……伴部さんの所在は?」

 

 佳世の間髪容れぬ指摘に、胡蝶は貼り付けていた笑みのままに沈黙するが。

 

「……私の索敵にも少しも引っ掛からないとなれば、恐らく相応の呪具を重ねているのでしょうね」

 

 優美な声音は普段通りに、淀みなく応答は述べられる。……内心は決して穏やかではなかったが。

 

(今の質問、嫌味を含んでいますわね?)

 

 南蛮の言葉で言えば所謂「マウント」を取りに来たとでも言うべきか。佳世は元より三人組の中では財布役だ。そして本人もそれを承知しているし文句は無かった。寧ろそれを弁えて過不足なくこなしている。

 

(だからこその圧力、己の役割を果たしているのに対してそちらは……という事ですか。純粋無垢な顔で随分と油断ならない事)

 

 荒事ならば隙あらば背後から刺して来るような手合いだと胡蝶は思った。視線が重なれば令嬢は愛らしく微笑む。胡蝶も全力の笑顔でそれを出迎えた。ここで、この程度のお遊びで負けるつもりはない。

 

「それは残念。回り込んでの保護は無理、という事ですかぁ」

 

 本当に、心底残念がりながら商家の娘は菓子を口にした。みたらし団子だった。パクリと一口口にして、頬にタレがこびりついたのを指で掬ってペロリと舐めとる。赤い小さな舌で照れるように。

 

 それは十人に九人の男の心を射止める天使のような仕草で、十人に九人の女の嫌悪を買うあからさまなアザとさであった。御返しに胡蝶に微笑んでやる。艶やかで妖しさを醸し出す。蛾を誘い集める灯火のようだと佳世は思った。残念ながらここまで円熟した妖艶な仕草は今の佳世には出来なかった。

 

「むぅ」

「ふふふ……」

 

 僅かにむくれる少女に向けて冷笑。女は二人でも姦しい。ふざけ半分の鍔迫り合いはこれ迄。二人は姿勢を整えて話を本筋に戻す。

 

「……では、やはり葵様からの報告を待つのが無難でしょうか?」

「果報は寝て待て、という事でしょうね」

 

 それは鬼月葵という同志を試験紙の生け贄とする所業……しかし二人にとっては構わなかった。元より言い出しっぺは本人である。場の整えに、その後の支援の約束もした。文句を言われる筋合いは皆無だし、彼女もそれは承知の上であろう。

 

「確かに上手く行けば一気に優位に立てますけれど……相も変わらず恐れ知らずな御方ですね」

 

 肩を竦める商人。湯呑の水面を見つめながら彼女が思い返すのは己の敗北を思い知らされたあの日の記憶である。あの日、自身の立場を散々に分からされたものだ。尤も、今回はどうなる事やら……。

 

「本当、其処だけは認めざるを得ないでしょうね」

 

 佳世の言葉を肯定して、胡蝶は立ち上がる。

 

「……行かれるので?」

「まぁ、他の方々だけで十分だとは思いますけれど……流石に何時までもここで茶に興じているのは外聞が悪いというものですわ。老骨打って、少しは義務を果たすと致しますわ。いざという時に動きやすい方が良いでしょうし」

「それはまた……それでは、御武運を御祈りさせて頂きますわ」

 

 恭しく一礼して佳世は同盟者を見送る。胡蝶はそれに対して、賑やかに微笑み返して立ち去った。部屋の気配は佳世一人となる。

 

「……結局、茶も菓子も手をつけずですか」

 

 佳世の呟きは胡蝶の席を見てのものであった。別に何も盛ってはいないのだが……御老人はこれだからいけない。まぁ、昔は随分とやんちゃしてくれていたようであるから仕返しに敏感なのだろう。難儀な事だ。

 

「……本当、難儀な事ですよね」

 

 佳世は感嘆するように独りごちた。呆れを含んだ嘆息だった。佳世は見抜いていた。あの老婆が退出した理由を。彼に飽きたらず、今一人あの老人には執着する人物があるのだったか?贅沢なものだ。

 

「だったらその分、分け前を此方に分けてくれても良いでしょうにねぇ……?」 

 

 嘲笑するような呟きは、何処までも甘くて何処までも冷たかった。まさしく魔女の囁きであった。

 

 何処か遠くでまた、怪物の断末魔の悲鳴が鳴り響いた……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

『ジヤ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!』

「失せなさい!!」

 

 威嚇を兼ねた金切り音の如き咆哮は、振るわれる一閃と共に断末魔の叫びへと変わる。骸が増える。骸が迫る。その骸をまた切り捨てる。

 

 遊郭街に軒を連ねる大店の一室は正に地獄というに相応しい様相を見せていた。文字通りの意味で死屍累々。

 

「雑魚が数ばかり揃えて……!!?」

 

 飛び出す鋭い舌の一撃を全ていなして、嫌悪感を剥き出しに紫は吐き捨てる。舌を切り落として飛び掛かって来た一体を刀で殴打する。叩き飛ばされた『垢舐め』が後続を巻き込み吹っ飛ぶが、それを乗り越えて更に多くの骸が繰り出される。

 

 まるで際限のない無間地獄だった。あるいは紫は幼い頃に祖父の部屋で見た地獄絵図の餓鬼道を思い起こす。その日の夜に厠に一人で行けずに漏らしかけたのは思い出したくもない記憶であった。

 

「このぉっ!!」

 

 うんざりするような骸共の駆除に、怒鳴り込みながら参戦するのは今一人の刀士である。麗人の退魔士は、赤穂の師より学んだ攻防一体の刀術で以て相手の攻勢を危なげもなく受け流しては斬り伏せる。

 

 蛍夜環と赤穂紫、二人は着実に怪異と化した骸の数を削り取っていく。だが……。

 

『ア゙ア゙ア゙ッ゙!!』

「っ!?」

「くっ!!?う、腕っ!!?」

 

 壁を打ち砕いて巨腕が部屋に飛び込んで来た。真っ赤で筋肉質な豪腕。環らを握り捕らえようとして、しかし寸前で逃した腕は代わりに近場にいた『垢舐め』共を幾体か捕らえる。それを引き摺り出したと思えばガリゴリと言うおぞましい咀嚼音が鳴り響く。

 

「何が……!?」

「『鬼一口』ですか……!!」

 

 驚愕する環。一方で紫は相手の正体を瞬時に見抜いた。

 

 『鬼一口』、正確に言えばそれは鬼ではない。鬼種を模倣して作り上げた凶悪な人造妖の一種。『垢舐め』共と同じく、禁術として製造と使役を禁じられた本道式だ。

 

『ヴア゙ア゙ア゙ッ゙!!!!』

 

 一旦壁に出来た穴から部屋の中を覗きこむ化物の巨顔。中の様子を確認すると今度は頭と片腕を部屋に潜り込ませる。伸ばされる腕。即座に紫は近場の『垢舐め』を蹴り飛ばして生け贄として突き出した。バクリと一呑みされる怪物。

 

「み、味方を食べるのかい……!!?」

「だから禁術扱いされてるのですよ……!!」

 

 唖然とする環に対して、群がる『垢舐め』を斬り伏せながら紫が叫ぶ。巨体と豪腕と製造の容易さを上回る程の知能の低さは味方や守るべき民草まで脅かす事例が多数に上り朝廷より新規の製造を禁じられるに至った。貪欲と強欲の、暴食の鬼擬き。

 

 その鬼擬きがギョロリギョロリと室内を見渡す。そして次の獲物を見定める。部屋の一角にて鈴音を運びながら逃れていた芸妓共の一団を。

 

 柔かい女子共の肉に涎を垂らす。

 

「や、止めて……!!」

 

 環の叫びは間に合わなかった。いや、叫んでいても運命は変わらなかっただろうし、そもそも叫ぶ一瞬前にはそれは既に生じていたのだ。

 

 ガブリ、と血肉が裂けてひしゃげる音が響いた。骨が粉砕されて磨り潰される音が響いた。芸妓共の上半身が消え去り、断面から血飛沫が噴き出した。いつの間にか化物の頬が膨らんでいて、何が起きたのかを察する。

 

「ん、あっ……?ひぃっ!!?」

 

 鬼一口の口の中から漏れる身の毛もよだつ擬音に、擽られ疲れていて眠り込んでしまっていた鈴音は漸く目を覚ます。目を覚ますと共に周囲の光景に悲鳴を上げる。

 

「い、いや、や、……ひっ!?」

『ゴリッ……グチュ…ブッ……ヴヴヴヴヴッ゙!!!!』

 

 事態を認識し切れずに、しかし必死に理解しようとして混乱した女中は、必死に逃げようとして震える足を無理矢理に動かす。動かした結果姿勢を崩して前のめりに畳に突っ込んでしまっていた。そして、その光景が食事中の怪物の気を惹き立てる。

 

 ゴクリ、と口内の咀嚼物を呑み込む。嗤った。次の餌を見て満面の笑みで。慄然とする鈴音に向けて、飛び掛かった。

 

「させるかあぁぁぁぁっ!!!!」

 

 必死の形相と共に環が駆け抜けた。腰を抜かして恐れ戦く鈴音の元まで一気に詰める。友と化物との合間に無理矢理捻り入る。そして間髪容れずに刀を振るう。

 

『ヴオ゙オ゙ッ゙!!?』

 

 所詮は戦の心得無き唯人として獲物の鈴音を丸呑みしてやろうとしていた化物は油断しきっていた。それ故に横槍を入れた環の刀撃に反応するのが遅れた。霊力で強化された刃はその巨大な唇を切り裂いた。舞い散る鮮血。鋭い痛みに驚いて身体を引いた所に更に燕返しを仕掛けて右腕の人差し指を切り落とした。

 

 化物の巨体からすればそれは針の一刺してあった。細やかな、しかし痛みを感じる経験自体が無かったのだろう。鬼一口は心底驚き怖れる。その直後には酒に酔ったように真っ赤な顔を歪ませて、怒り狂って環に牙を剥いた。

 

 無数の符が舞い上がった。

 

『ヴオ゙ッ゙!!?』

「これは……!!?」

 

 封符であった。果たして百か二百か、それ以上か。意志を持った符は鬼一口の全身に貼り付いて、その身体の自由を奪う。即座に環は決断した。懐に入り込んでの連続斬りである。肉を切り落とすようにして化物の頬を、鼻を、唇を、牙を切り落とした。悶絶する鬼一口に、更に環は止めの一押しを叩き込んだ。

 

 赤穂家に伝わる刀術の一つを、繰り出した。

 

「『干物乃串刺』!!」

 

 その掛け声と同時だった。勢いよく突き立てられた刀の切っ先。衝撃波。それは『鬼一口』の口を貫いた。舌が吹き飛び、歯が吹き飛び、喉を貫通して後頭部に大穴が開く。血肉が盛大に飛び散って、鬼一口はその場で倒れこむ。倒れこんで……起き上がる!!

 

「なぁっ!!?」

 

 決まった、その確信が即座に裏切られた事に驚愕とする環。実際、普通ならば即死して当然の損傷であった。『鬼一口』……不遜にも鬼を騙るに足るだけのしぶとさがこの人造の怪物にはあり、それは敵味方の見分けがつかぬ事と合わさって一層質が悪かった。禁術指定されるのも当然であった。

 

「く、糞ぉ……!!?」

「い、いやぁ……」

 

『ヴヴヴヴヴッ゙!!ヴッ゙!!?』

 

 怖じ気付く環と、背後の鈴音の震える反応に嘲笑する『鬼一口』は、だが直後に呻き声を上げた。そして腹を風船のように膨らませて……破裂した。

 

「ひいぃっ!!?」

「な、何が起きて!!?」

 

 飛び散る臓物に鈴音が悲鳴を上げて、環が動揺した。腹に空いた穴から噴き出すのは式符だった。いや、腹だけだはなくて化物の口からも大量の符が吐き出される。

 一体どれだけの量があるのか、先程『鬼一口』を拘束した封符のそれよりも何倍もの枚数はあるだろう。宙を舞ったかと思えばそのままゆらりゆらりと符は床に散らばる……。

 

「これ、白若丸くんかい!?」

「何の事だよ……!!?」

 

 環は屋上の白若丸が自分達を助けたのかと思って呼び掛けた。礼を口にしようとして、しかし返答は彼女の予想を裏切った。元稚児は己を包囲する『垢舐め』の大群相手に完全に手一杯だった。到底環達に向けて援護を行う事は不可能だった。

 

「そ、それじゃあ……!?っ!?それよりも!!?」

 

 困惑を思考の隅にと押し退けて、環は周囲を見渡す。紫はまだ『垢舐め』共の駆除の最中にあった。あの誘拐犯は……いた!!逃亡もせず、部屋の上座にて尚も蝦夷の姫君を捕らえて悠々と事を観賞していた。

 

「ふふふっ……」

「っ……!?ふざけて!!」

 

 視線が重なると同時に向けられた微笑。瞳術の気配を感じ取って環は即座に視線を離した。憎々しげに吐き捨てる。これ程の事を仕出かしておいて、妖でもないだろうにどうしてあんな態度を取れるのか理解出来なかった。

 

「姫様……」

「鈴音、下がってて。直ぐに終わらせるから……!!」

 

 環は事態に心底怯え切った友に可能な限り優しく諭して、そして事態の元凶と目されている……いや、これだけの禁術祭なのだ。疑う余地も無いように思えた。宮鷹の問題児の放蕩者と相対する。

 

「宮鷹の、この一件の犯人だね?最後の警告だよ、彼女を……玉藻の姫を放すんだ」

「嫌、と言ったらぁ?」

 

 環の殺気すら漂わせた警告に、誘拐犯は愉快犯めいた口調で尋ねた。尋ねながらその身体を姫君と密着させる。頬に至っては完全に触れ合う程だった。びくりと身体を震わせる蝦夷の姫君。そのいたいけな姿に歯を食い縛り、環は犯人に向けて答える。

 

「だったら、力尽くで取り返させて貰うよ……!!」

 

 普段の温厚な態度からは想像も出来ない鋭い口調だった。当たり前だった。許せる筈がなかった。どのような理由があろうとも、これ程多くの生者と死者の尊厳を貶めて良い筈がない。あってはならない。有り得ない。

 

「……やれるものならやって見なさいなぁ。あーまあまぁなお嬢ちゃん?」

 

 姫君と頬を擦り合わせながら、宮鷹の術師は挑発するようにして嘯いた。姫君の頭上の雀がばさりと翼を羽ばたかせた。一本の羽根が、宙を舞った。宙を舞って、姫君の元へとゆらりゆらりと落ちていき……。

 

「不味いっ……っ!?」

「……っ!!!!」

 

『垢舐め』を切り捨てながら紫が叫ぶ。そして環は既に動いていた。一迅の風となって疾走して、文字通りに音速で眼前にまで迫っていた。

 

「はぁっ!!」

 

 振るわれた刀は音すら置き去りにしていた。舞い落ちる羽根を薙ぎ払う。羽根だけでなく、姫君の頭上に鎮座していた漆黒の雀すらも、直後には肉片となり、塵と化していた。姫君に傷一つつけずにそれを為し遂げる腕前は、正に神業だった。

 

「お見事……じゃあ、これは如何?」

 

 称賛するような口笛。冷笑。そして環の身体を無数の蔓が貫いた。宮鷹の術師が手中の煙管、その火皿から伸び出す触手のような蔓の群が……である。

 

『樹木子』、人の血肉を糧とする食人妖の一つ。より正しくはそれを人工的に養殖して携帯し易く改良を加えた禁術の賜物は火皿にて種子から発芽すると問答無用で環を全身を貫いたのだ。

 

「姫様!!?」

「環さん!?」

 

 鈴音が、更には漸く最後の『垢舐め』を殲滅した紫が絶叫に近い叫び声を上げた。人質の姫君も口元に手を当てて愕然とする。それらの反応なぞ何処吹く風とばかりに火皿から乗り出す妖木の苗はご機嫌に蔓を絡めて蛍夜環の骸から吸血しようとする。吸血しようとして……骸は幻のように消え失せた。

 

「言ったよね?最後の警告だって?」

 

 背後から響く冷たい声音。凄惨な微笑みを浮かべて宮鷹忍鴦は振り向いた。振り向きながら手元の煙管を掲げた。煙管ごと苗木ごと、全て纏めて掌を貫かれたが。

 

「っ……!!?本当に容赦ないっ!!」

 

 掌を貫通した刀が畳に深々と突き刺さる。環は刀を手放した。予備の脇差を引き抜く。忍鴦の喉元に向けて当然のように突き立てた。

 

「……今の、分身の類いでしょ?面白い技よね?どういう原理?」

「姫様を放すんだ。何か可笑しな事するのなら喉を切り裂くよ。これは脅しなんかじゃない!!」

 

 手に重傷を負って額に汗を流しつつも尚、何処までもふざけたような口調で忍鴦が尋ねるのを、環は冷淡に無視した。険しい物言いでただただ一方的に己の要求を口にする。

 

「……脅しじゃないなんて、随分と怖い事を言う娘ねぇ」

 

 妖しげな輝きを称える紫水晶の瞳が環を見つめる。「運命」を見つめて嘯く。環は無言だった。これ以上議論する価値を抱いていなかった。ただ、瞳術の類いにだけ注意しつつ睨み付ける……。

 

「……本当、怖い娘」

 

 暫しの沈黙の後、宮鷹の術師はぱっと人質を手放した。半ば支えるような捕らえ方をしていたからだろう。手放された途端に尻餅を搗く蝦夷の姫君。

 

「環さん、大丈夫なのですか……!!?」

「姫様……!!」

 

 事態が終息した事を、これ以上の抵抗が無い事を確認した鈴音が駆け寄る。何なら紫も同様だ。一方で白若丸は屋上に待機しているようだった。

 

「大丈夫、僕は怪我一つ……怪我一つ、してはいないよ」

 

 仲間の呼び掛けに反応して環はそちらに顔を向けようとするが、即座に己の油断を戒めて視線を宮鷹の術師に固定する。不審な挙動を欠片も見逃さぬように、監視し続ける。それが今の彼女の務めだった。気を抜いてはいけない。

 

「『締縄蛇』……もう良いですよ、環さん。此処は私が承りましょう。それよりも、姫君を」

 

 前に出た紫が己の妖刀の力の一面を解放する。刀身が捩れて変貌する。全身刃で構成された蛇が忍鴦の身体に触れるか触れぬかと言う隙間だけを残して巻き付いていく。少しでも動けば肌は鋭い刃で切り裂かれる事だろう。文字通りに術師は最早、指一本動かせない。

 

「うん、有り難う」

 

 環は紫に礼を述べるとやっと後方へと退いた。短くも濃厚な時間であった。怪我こそなくても肉体的にも精神的にも環はかなり疲弊していた。若干ふらつきながら彼女は鈴音の方へと向かう。当の鈴音はと言えば先程まで人質とされていた蝦夷の姫君を引っ張り出して忍鴦と距離を取ろうとしていた。

 

「す、すみません。その、足が……」

「分かって、います。うぅん……い、行きますよ?」

 

 姫君はどうやら足が笑ってしまい自分では歩けぬらしい。鈴音は大して強くない腕力でそんな姫君の脇に手を回して引き摺り出していた。

 

「鈴音……怪我は、ないかい?」

「姫様……」

 

 この騒動以前の気まずさを思い出した環は一瞬だけ躊躇するも、それを振り払って己の友の傍らに寄り添って呼び掛ける。鈴音もまたそんな環の姿に心情を察する。

 

「色々……大変だったね?」

「いえ……私は怪我は、先程は有り難う御座います。それに……助けに来てくれたの、ですよね?」

 

 鈴音の礼と確認の質問に小さく環は頷いた。鈴音はそんな主人に何処までも深く謝意を示す。

 

「忝なく思います。……すみません。恐らく、御迷惑をお掛けした筈です」

「気にしないでよ。御互い様さ」

 

 御互い様……その言葉に鈴音は一瞬困惑して、直後にその意味を理解する。顔を見合わせる。環は何処か緊張したような、照れるような複雑な表情を浮かべていた。

 

「……後程、御話する時間を頂いても?」

「勿論さ。僕達は友達なんだから」

 

 互いに小さく微笑み合って、直ぐに気を引き締める。蟠りを解消する切っ掛けは得た。ならば今は目下の事態に対処するべきだろう……。

 

「……?」

「?どうしたんだい、鈴音?」

「あ、いえ……え?そんな……」

 

 ふと、何かに気付いた女中は自身の頬に触れて周囲を見渡す。見渡して、首を傾げて困惑する。環が尋ねるが鈴音は何をどう説明するべきなのか言葉が見つからぬようでただただ動揺するのみだった。

 

「貴女達、何を気を抜いているのですか?まだ危険は……!?……蝦夷の者達ですか」

 

 そんな背後の環達の様子に紫は叱責しようとして、直後に身構えた。階段を上って部屋に躍りこんで来る気配を警戒して……直ぐ様それが蝦夷の戦士の出で立ちである事で安堵する。

 

 彼らについては師を通じて事前に話は出来ていた。そもそも足の遅い蝦夷の兵が集まるまで待っていては遅過ぎるとして紫達は突貫したのだ。そして、紫達は務めを十分に果たした。

 

 後は姫君を手渡して、宮鷹の術師と女中を尋問するだけだ。前者は本気で、後者は形ばかり……いや、その前に街中で暴れる化物共の掃討が必要か?何にせよ、山場は越えたと言えよう。紫は蝦夷達相手に引き継ぎの段取りを交えようと口を開き……。

 

「ふふふ」

「?何を笑っているのですか?」

 

 手を貫かれて動けぬ容疑者の漏らした嘲りに、紫は声を掛ける対象を変更する。最大限の蔑みを込めて、詰問した。

 

「だってそうでしょ?もう一件落着だなんて思ってるんだから」

「っ!?往生際が悪いですね。何をまだ企んでいるのですか?」

「企み、ねぇ?」

 

 意味深な発言に嫌な予感を覚え、紫は再度刀に手を添えた。最大限警戒して、いざとなれば何時でも首を切り落とすつもりで身構える。そんな紫の姿に忍鴦は心底愉快げに、滑稽とばかりに口元を歪めた。

 

 そして……紫水晶色の瞳を照らし出しながら、厳然たる事実を口にする。

 

「そもそもの話なのだけど……どうして貴女達は御相手していた化物共の飼い主が私だと思ってる訳?」

「……は?」

 

 唖然と呆然。そして驚愕。捕らえた下手人の発言の意味を、あるいは意図を理解出来ず紫は混乱して……直後、第六感から来る予感が彼女に反射的に振り返させた。

 

「環さんっ!!危険ですよ……!!」

 

 思考するよりも先に発された警告の叫び。そして彼女が目撃したのは姫君の懐の風呂敷から環に向けて飛び込んで来た腐りかけた犬神のアギトで……。

 

 

 

  

「何っ!?……っ!!?」

 

 屋上にて周辺監視の任を担っていた白若丸は、突如として室内で発生した轟音に、その重大な問題に驚愕する。慌てて部屋に突入しようとして、術師は直ぐにそれを取り止めた。

 

 当然だろう。蝦夷の戦士の出で立ちをした連中が地上から屋上向けて飛び込んで来たのだから。ましてや妖気なんて纏わせていれば……まるで下人衆のように面で風貌を隠した人影が武器を構える。武器を向ける。殺気を向ける。

 

「……お前ら、正気か?」

 

 その行為、その所業、その狙い、それら全てを察した白若丸は眉間に皺を寄せて問いた。その常軌を逸した全てに向けて。式符を手にして、警告する。

 

 掛けられた問いの返事は、言葉で返って来る事は無かった……。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 かつて、霊脈通る天然の要害たる白木の山地には二つの蝦夷の部族が居住していたという。

 

 一つは雪色が山犬を奉る白犬族。一つは夜山を支配する大飛鼠奉じる鈍飛鼠族……二柱の獣神、そして隣り合う部族が二つ。それが何をもたらすのか、余りにも分かりきっている話であった。

 

 霊脈の支配権を巡った二神の争いはそれを信仰する部族にも波及した。二神の格はほぼ互角、部族の規模もまた同様。拮抗する力の衝突は即ち消耗戦を意味していた。両部族は何時終わるかも知れぬ戦いを延々と続ける。延々と、争いの縮小再生産をし続けたのだ。

 

 ……終わりなきように思われた争いは突如として終止符が打たれた。山脈の南に広がる平野より来訪した異邦にして異教の大軍勢。それは彼らよりも遥かに数が多く、遥かに良い武器を持ち、彼らの知らぬ術を使い、その王の携える神器の前には彼らの神は無力だった。

 

 一方の部族は早々に恭順の意を示した。族長は異邦の王に頭を下げて、それどころか部族が信仰する神すらも捨て去った。反発する一部の同胞を自ら粛清までしたという。

 

 今一方の部族は大いに反発した。山地にて散発的な襲撃を行い、他の蝦夷の諸部族と盟を結んで南から押し寄せた大軍勢に抵抗した。そして散々に敗北した。

 

 戦後、真っ先に服従し戦から道案内、補給の手筈まで整えた白犬の一族は格別に厚遇された。故地の里こそ地理的な重要性から朝廷に明け渡す事になったが代わりに宛てがわれた邦は以前よりもずっと広く、ずっと豊かな土地であった。官位を授かり、佐伯白犬族は朝廷に付き従う蝦夷の代表という栄誉を得た。

 

 鈍飛鼠の一族は実質的に崩壊した。部族の大半は死に絶えて、幾らかは白犬の一族に吸収された。更に極一部は尚も山地にて細々と抵抗を続けたが半世紀も経た頃にはそれもばたりと途絶えたという。

 

 部族を従えて山地の支配権を巡り争い合っていた獣神二柱は、官軍に同行していた術師らにより討たれたと記録されている。

 

 全て、千年近く前の事である。最早忘却の彼方にまで消え失せた過去の出来事だ。歴史書の一頁に過ぎない。……少なくとも朝廷と白犬の一族にとっては。

 

「踏みつけた者は兎も角、踏みつけられた者は恨みを忘れない、か?」

 

 墨汁で染め上げたような闇の中で、俺は小さく……本当に小さく囁いた。

 

 雪の残る峻険な山岳に微かに垣間見える道なき道を進む。道は整備はされていない、しかし確かに何者かが、あるいは何物かが利用した痕跡が其処にあった。それも頻繁に、近い間に……。

 

「……」

 

 緊張感から俺は面の下から冷たい息を静かに吐き出していた。呪具でもある外套に触れる。暫し逡巡……戯れ言ほざく普段の同行者がいない中での静かで重苦しい沈黙は何処と無く普段より長い時間を必要としたように思われた。

 

 ……漸く覚悟を決める。俺は無言の内にその先を進み続ける。

 

「洞窟か」

 

 何れ程の時間が経過したのだろうか?険しい道程を進みきった先に漸くそれを見出だした。洞窟の出入り口を観察して、門番の有無を確認した俺は洞窟に向けて足を一歩進める。そして……背後の岩肌から飛びこんで来た『垢舐め』を組伏せる!!

 

『ギッ゙……』

「黙れ」

 

 ゴキッ、と言う音と共に化物は沈黙する。捻り切った首を放り捨てる。周囲の気配を探る。物音は無い。……誤魔化し切れたか?

 

「いや……」

 

 洞窟の奥底からそれは飛び出した。巨大な影。無数の真っ赤な眼光。擦れ違い様に迫り来る鉤を身を翻して回避する。そのまま巨影は高速で白木の街に向かって……結界に顔面から激突して落下する!!

 

 此処に仕掛ける前に隠密に張っていた結界。四方に受け取っていた呪具を基点として結んだそれを解除する手段はただ一つのみ……!!

 

「さぁて、お出でなすった!!」

 

 カラクリを理解したのだろう、墜落した影は木々を薙ぎ払い、地面を抉って眼前に向けて飛び込んで来た。暗闇の中からその姿を見せつける。

 

 異形の四枚羽を。でっぷりと膨らんだ腹を。惨めな程に短い足に酷い腐臭を。そして……おぞましい双貌を!!

 

『『ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!!!』』

 

 羽を限界まで打ち広げて、二つを一つに繋げたような大顎を裂ける程に広げた。重なる金切音。双貌の醜き獣が高らかに咆哮する。目と鼻の先で放たれる、威嚇の鳴き声。

 

「飛鼠……確かに蝙蝠ではあるがよ」

 

 何も知らぬ唯人であれば震え上がり卒倒しかねないだろうその光景は、しかし今の俺からすれば困惑と呆れの感情の方がずっと大きくて、思わず肩を竦めてしまう。

 

 何処ぞの妖魔本、魔導書の類いを利用したのだろう。土地と神格の残滓を結びつけた再臨の儀式の結実……実際は違うのだけれど。

 

 代替わりやその他の保険を掛けていなかった神格を復活させる手間暇は途方もない。相当入念にかつ膨大な生け贄を捧げねばなるまい。流石にそこまですれば朝廷にバレるだろう。国家事業でなければ実行は非現実的だ。

 

『偽神祭儀』……ついこの前も迷宮で贄とされた何処ぞの混沌は、文字通りの意味で変幻自在であり、大本の性格が愉快犯染みている事もあって赤字出血大サービスな代価で降臨してくれると来ている。

 

 望まれた造形で以て、望まれた力を持って、望まれる性質で以て……しかし何処か嘲笑うように僅かに明確にそれら歪めて、偽の神名を得た化物は現世に産み落とされるのだ。

 

『氷牙澄夜之飛鼠命』、その猿真似の偽造品。まぁ、今回の場合はもっと酷いかもしれないが。

 

 ……いやだってこれ、ガワ使い回しだよね?最早完全に手抜きだよね?明らかに雑にルログってるよね?混沌神、多分ポテチでも食いながら分け身してたろ?最早オリジナルからすれば尊厳破壊だな。

 

『『ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!!!』』

 

 俺の内心の突っ込みを肯定しているのか否定しているのか判断に困る咆哮の二重奏が鳴り響く。悪臭が涎の飛沫と共に俺に振りかけられる。取り敢えず俺の事を歓待していない事だけは確かだった。まぁ、構わんさ。

 

「此方としても、出来るだけ手短に終わらせたいものでね?」

 

 恐らくは無事であると思うが、皆……特に妹の身が心配だった。俺にこの糞っ垂れな無茶ぶり任務をくれたあの女は身の安全を守るために最大限便宜を図る事を保証はしてくれたが……何処まで信用出来るやら。

 

(呪術的な契約は結ばせて貰えたが……あの狂った夫妻が相手だと欠片も安心出来ないのが悔やまれるな)

 

 夫人相手ならば本人よりも夫の命を天秤に掛けるべきだし、夫相手ならば最愛の娘の命を質に入れなければ意味がない。流石に雛に其処までは強いる事は出来まい。今の俺が、そんな恥知らずな要求は出来なかった。

 

「後は祈るのみ、か」

 

 俺は腹を括って得物を引き抜く。短刀を、引き抜く。

 

 菫紋の黒染め短刀を鞘より引き抜いて、化物と相対する。

 

『『アアァァァァァッ!!?ア゙ッ゙、ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!!?』』

「……ぶっつけ本番か。頼むから変な仕込みはしてくれるなよ?」

 

 手元の短刀をくれてやがった夫人に向けて、俺は独り言を吐き捨てた。汚れ仕事のために貸与された逸品は、しかし本当に信用出来るか知れなかったのだ。とは言え……これからやる事にゴリラ様の物を使いたくもなかった。

 

『『ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!!!』』

「死ねやこらぁっ!!!!」

 

 一瞬後、超音波による不可視の攻撃を避けた俺は眼前の双頭の怪物に向けて突貫を敢行していた……。

 

 

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