和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 今回はファンアート多めの紹介になります。

 先ずは貫咲賢希さんより、キスの日イラストです。二枚目あざとい。あざといずい。
https://www.pixiv.net/artworks/108375518

 RひつじさんからはAIイラスト、佳世ちゃんです。この可愛いお嬢様が実は飴玉舐めて貢ぎ癖の被虐趣味ってマジ?
https://www.pixiv.net/artworks/108183301

 此方は古明地さんより、主人公です。個人的に主人公に対する深い愛情()を感じますね!
https://www.pixiv.net/artworks/108334552

 また此方はkouiuteさんより、AIでの葵姫のイメージイラスト二枚となります。皆様はどちらの画風が好みでしょうか?
https://s.pixai.art/a/1617008039532063783
https://s.pixai.art/a/1616903596512030480

 皆様、素晴らしい作品の数々、有り難う御座います!!


第一三〇話●

 玉藻姫。佐伯邦、佐伯白犬族の族長の娘。朝臣蝦夷筆頭の首長の姫君として生まれた彼女は、しかしながらその肩書とは二重の意味で打って変わった人物であった。

 

 元が蝦夷とは言え、白犬族が扶桑国朝廷に従属して千年近い年月が経過していた。その習俗は代を重ねるごとに宗主からの文化移入により扶桑化していき、特にそれは上流階層程に顕著であった。

 

 事実、佐伯邦邦都、そして邦庁は完全に央土が都の模倣であり、その家屋の様式は内装に至るまで扶桑風のそれであった。玉藻姫の装束や身の回り調度品、仕込まれる教養とて同様だ。その子細に僅かに嘗ての蝦夷の慣習と意匠が垣間見えたものの、本当にそれだけの事であった。見掛けの振舞いだけならば公家の娘と区別はつくまい。

 

 その一方で、彼女は確かに蝦夷の姫君であった。扶桑国の姫君の多くは野山に足を踏み入れる事はない。いや、屋敷の中でもなければ己の足で出歩くなんて事も滅多にしない。衣装や履物が土草で汚れる事を毛嫌いし、虫がいれば悲鳴を上げて、獣の臭いには眉を顰めて御簾の内で扇片手にしなだれるのが典型的な扶桑の優美な姫君の振る舞いであった。

 

 玉藻姫は違った。動きにくい単を脱ぐ事に躊躇はしなかった。野花を愛して、虫に触れる事に抵抗なく、姫君に似つかわしくない程に口を開けて唄えば獣鳥は傍らに寄り添っては一切の警戒もせずに眠りこける。瓜坊に小熊は小さな足で迫っては彼女に甘えて、母獣はそれを気にも留めない。子猿は友に対するようにして果物を差し出して、野鳥は彼女に合わせるようにして共に唄う。

 

 それはある意味で先祖返りであったかもしれない。朝廷の記録を遡れば白犬族の族長の血筋は元々は巫女の家系であったという。奉る白犬の獣神を宥める鎮神の巫女……恐らくは微弱な霊力持ちであり、特定方面にそれを特化させた異能擬きの家系であった。

 

 扶桑国に従属して代を重ねる内に次第に……あるいは意図的に薄まっていたその力は、しかし彼女には色濃く受け継がれたようであった。

 

 白犬族の族長……佐伯の邦守一族からすればそれは決して恩恵なぞではなかった。忌むべき呪いに等しかった。遥か古の昔に風化した筈の人外の力を、その残滓に近いとはいえ発現したと言うのだから。

 

 事が知れれば朝廷の殿上人からどのように見られるか……源流が蝦夷とはいえ、最早殆ど扶桑化していた邦守一族にとって今後の中央との婚姻に支障を来しかねない案件である。事は隠密に穏便に、しかし確実に隠匿する必要があった。

 

 姫君本人が始末されなかったのは温情であったと言えるだろう。代わりにその眼前で壮絶な警告が執り行われた。

 

 森で唄う姫君の元に口の堅い蝦夷の兵共がやって来た。一体何事かと首を傾けた姫君はある意味箱入りであった。

 

 ……次の瞬間には姫君を慕う獣共は次々と切り伏せられた。飛び散る血飛沫に少女は戦慄して怯えきる。兵共がそんな姫君を丁重に『保護』すれば、彼女は二度と野山に足を踏み入れようとはしなかった。

 

 それで良かった。その微弱な異能は所詮は獣共と戯れる程度の事しか出来ない。御簾の内に、屋敷の内にて閉じ籠っている限り、文明の内で姫君として生きる限りはその特異性が露見する事はほぼ有り得ないのだ。

 

 族長であり邦守である父からすればそれは一族と部族のための保身であり、しかし確かに娘に対する善意でもあった。尤も、それを素直に受け入れる事が出来るかは別問題である。

 

 相当の衝撃であったのだろう。そして己の否定をされたようにも思えたのだろう。太陽のように天真爛漫だった少女は一件以来内気で気弱で、周囲の様子を窺い続ける陰気な姫君と成り下がった。身内にすら偽りの仮面を被り、精々自身の素を見せられるのは世話役でもあった若い家臣くらいのものである。萎れた花、そのように評すべきであった。皮肉な事に扶桑国の美的感覚ではその方が一層魅力的に映った事だろう。

 

 出会いは突然であった。屋敷の広い庭先の散歩……その最中に藪の内から見出だした弱りきって倒れ伏すその幼獣を一目見て、姫君はそれが唯の獣ではない事を理解してしまった。同時にその辿るであろう末路に顔を青ざめさせる。そのような存在が屋敷に、この邦に居てはいけないのだから。

 

 隠してしまったのは思わずの事で、こっそりと己の部屋にて匿ってしまった時には最早引き返しようがなかった。世話役にこそ発覚したが、その忠誠心から口を閉じてくれた事に、共に名前まで考えてくれた事に姫君は深く感謝する。

 

 家族に、他の家臣らに見つかれば己への叱責なぞ可愛いもので、この幼い命には先ず未来はないだろう。世話役が図書の奥で見つけ出してくれた埃を被った古文書を読み込めば、到底同胞達はこの仔を生かしておく筈がないのは明白だ。どうしてあんな所に?そんな疑念はあったがそればかりは分かりようもなかった。この仔犬が人の言葉を話せる筈もなし、話せるとしても幼子が理路整然と説明出来るか怪しい限りだ。

 

 問題はそんな事ではなかった。

 

 いつかは別れなければならぬ。野に逃がさねばならぬ。それでも己を母のように慕う純真無垢の獣が愛しくて、必死に尻尾を振って遊びをねだる仕草は愛らしくて……手放そう手放そうと考えても、実行に移す事は叶わなかった。

 

 何時からの事であっただろうか?その優美な銀色の毛に斑点が出来て、次第に身体が腐るように湿疹が広がったのは?薬を使っても全く効果がなかった。その出自を思えば唯の薬では駄目なのだろうか?苦しそうに倒れ伏して悲しげな眼差しを向けて来る姿に心が抉られる。自身の無力を思い知らされる。

 

 世話役が口にする。あるいは土地が悪いのではないかと。本来己の根差す霊脈から離れている故に身体が冒されているのではないかと。だとしてもどうすれば良いというのだろうか?自分の立場でそんな遠方にまで訪れる事なぞ出来よう筈もない。このまま、弱り果てて死に絶える様を見ているしかないというのだろうか……。

 

 だからそれはある意味で運命的に思われた。朝廷の殿上人からの提案に、父は大層喜んだ。意識的には最早同胞たる民草よりも中央の公家に近い感性の邦守からすればその呼び掛けは大変な名誉であった。問題は誰を送るかで……元より相応しい血筋の候補が少ない中、彼女は自分から進んで志願した。不純で無礼な動機であるが、他に手はないように思われたのだ。

 

 父の喜び様に罪悪感を覚えたものの、これを逃せばもう機会なぞないであろう。家のため、同胞のためでもある。忠義を尽くしてくれた世話役にとっても都に同行すれば更なる栄達の道が拓かれる事間違いない。ただ、途中で少しだけ抜け出すだけだ。

 

 そう、都会に浮かれた小娘がちょっとした悪ふざけをするだけ……実際、彼女は友のように接していた幼獣を故郷に帰したら直ぐにでも戻るつもりでいた。己の義務は果たすつもりでいた。

 

 まるで狐か狸に化かされたようで、どういう事なのか何時まで経っても街から抜け出す事が叶わなかった。困惑、焦燥、今更連れ帰る事は出来ない。次抜け出そうにも監視は厳しくなっているであろう。それどころか検分されて友の存在が発覚してしまいかねない。そうなれば……!!

 

 恐怖が姫に帰還の選択肢を奪ってしまった。そして迫り来るのは脱走に気付いて差し向けられる同胞からの追っ手。捕らえられる訳にはいかなかった。少なくとも目的を果たすまでは。

 

 だから逃げる。逃げる。逃げ続けて……そうして物語はとある女中との邂逅に繋がって、運命は交差して、新しい頁が紡がれる。

 

 絶望と驚愕という形で急展開を迎えた……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

「えっ……?」

 

 違和感は突然に。助け出された蝦夷の姫君は礼を述べようとして、次に口から漏れ出たのは困惑の呟きだった。

 

 懐で何かが動き回る感触、それが何かを理解して、どういう事なのかに思考が移った時には全てが遅かった。

 

 直後、懐にずっと忍ばせていた友が、眼前の退魔士に向けて躍り出ては牙を剥いていたのだから。

 

「銀花?だ、駄目よっ!!?」

『グオオオオオオッ!!!!』

 

 玉藻姫の咄嗟の静止も意味はなく、刃のように鋭い犬歯は吸い込まれるようにして退魔士の柔肌に迫り来て……。

 

「ちぃぃっ!!?」

 

 喉元を食い千切られる寸前であった。思考は全く何も理解出来ていなかったにもかかわらず、その行動は天才的とすら言える程に的確だった。肉薄した牙に向けて殆ど反射運動で突き立てた脇差。立ち並ぶ犬歯が刃に食らいつく。涎が撒き散らされる。巨犬の重量が正面から突っ込んで来た事で少女退魔士は背中から床に倒れこんでいた。

 

「姫様!!?」

「な、何がぁ!!?鈴音、来ないで……!!?」

 

 突然の出来事を呑み込み切れずに驚愕したのは殆どその場にいた全員で、鈴音が駆け寄ろうとするのを環が咄嗟に静止する。のし掛かられながらの獣の牙と脇差で以ての鍔迫り合いしながらの叫びである。

 

『グルルッ!!グル゙ヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ッ゙!!!!』

 

 直ぐ目の前で捲し立てられる狂ったかのような野獣の唸り声。生暖かい吐息が顔に当たって環の心を怖じ気づかせる。怖じ気づくが……ここで気圧される訳にはいかなかった。

 

「くっ!?こ、このお゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙っ゙!!!?」

 

 環は殆ど雄叫びに近い叫びと共に脇差を振るった。食らいつく猛犬ごとである。か細い華奢な腕が獣の牙を押し退けたのは決して火事場の馬鹿力ではない。霊力によって強化された腕力であればこそ可能な所業であり、ともすれば獣の下顎をそのまま切り落としてしまっても不思議ではなかった。

 

『グルゥッッッ……!!?』

 

 絶妙な瞬間であった。環が腕に力を入れる一瞬前に脇差に噛み付いていた牙を放していた巨犬は刃が振るわれる寸前には後方に跳躍していた。脇差の切っ先が空を切る音が虚しく部屋に響き渡る。すかさずに飛び上がって体勢を立て直す。襲撃者が何物なのかを目撃する。

 

「狼……いや、犬!!?」

 

 それは人を食い千切れそうな程に大柄の狼犬であった。玉藻の姫の懐から飛び出して来たのを思えば信じられぬ大きさだが、それは人理の外の存在である。幾らでもやり方はあるだろう。問題は其処ではない。

 

 仄かに纏う神気。そしてそれを塗り潰す程に濃厚な妖気。それはまるで巨犬の風貌そのものと同じ有り様であった。元は白雪を思わせたであろう鮮やかな獣毛はしかし、その半ばが腐り落ちていた。

 

 まるで和紙に墨を垂らしたように白を黒が……いや、もっと禍々しく穢れていた。冒されていた。獣の眼光は眼球が飛び出さんばかりに見開かれていて、涎は垂れ流しにされていた。まるで狂犬病に掛かっているかのようだった。此方に向けてひたすら唸って威嚇する。尋常ではない。

 

 そして、脅威は眼前の怪物だけではなくて……。

 

「っ……!?何のつもりだいっ!?自分達が何をしているのか分かっているの!!?」

 

 正面に向けて脇差を向けていた環は困惑して驚愕して焦燥する。当然だろう。味方と考えていた蝦夷の兵共があろう事かその手に携える刀を槍を、自分達に向け始めるのだから。環の呼び掛けにも彼らは一切反応すらしない。それどころかその有形の敵意は巨犬を挟んだ先にいる彼らの姫君にすら向けられていて……!!

 

「ひ、姫様……!?これは一体!?」

「鈴音、離れないで……!!」

 

 背後で同じく混乱する友に向けて環は叫ぶ。事態は急転直下で最悪に向けて突き進んでいた。紫を見る。彼女もまた事態を呑み込み切れていなかった。そも、彼女の妖刀は宮鷹の術師を捕らえるのに使われていた。先程の環に対する襲撃がそうであったように動ける筈もなかった。赤穂の娘は如何に手を打つべきか視線をひっきりなしに動かして迷い果てていた。蝦夷の姫君に至っては間を阻む巨犬のせいで助けにいけない。

 

『グオオオオオオッ!!!!』

「っ……!!」

 

 どうするべきか、頭を必死に回して事態の打開を思考して、しかし刻はそれを待ってくれない。眼前の獣が吠えた。視線をそちらに向けるのと獣が跳躍したのは同時の事だった。

 

「こ、この……!!?」

 

 鈴音がいる以上、避ける訳にはいかなくて、咄嗟に受け身の姿勢で彼女は身構える。そして……直後、巨犬は環の脇を通り過ぎて背後の蝦夷共に向けて飛び掛かった。

 

「えっ……!?」

 

 刹那に生じた事態に口を開いてポカンと唖然する環。直前まで明確に向けられていた敵意が逸れた事の理由を図りかねて混乱に拍車が掛かる。鳴り響く怒声、悲鳴、騒音、金切音。蝦夷の者共が巨犬を囲い、巨犬はその巨躰で以て、その牙で以て、その爪で以て包囲の内で暴れ回る。事態に付いていけない。環だけではない。誰もがそうだった。

 

 彼女以外は。

 

「あーら、よっとね?」

「きゃっ!?」

「なっ!!?」

 

 直後、影が舞った。一瞬天女の羽衣を思わせた出で立ちは実際は散々に裂けて垂れ下がる装束で、結果として半裸に近い露出姿となった人物は、しかし傷までは負っていないからか欠片もそれについては気にもしていないようで、脇には蝦夷の姫を抱えて環の傍にまで辿り着く。

 

 刀で開いた掌の穴より血を垂れ流し続けながら、宮鷹の容疑者は環の傍らに着地する。

 

「お!?ど、どうやって……!!?」

「見て分からない?抜けて来たんだけど?あーぁ、やっぱり裂けちゃった。結構お高かったのよ?この衣装」

 

 眼前の光景が信じられないとばかりに唖然とする環。その声にならぬ言葉に宮鷹の術師は身体をクルクルと戯れるように回して手品の種を見せつける。

 

 仕掛けは単純明快。その装束は見掛け以上に相当な厚着で、その身体は予想以上に細身だった。妖刀による捕縛は、しかし密着はしていなかった。装束が無惨に裂ける覚悟があれば、身体の柔らかさに自信があれば、脱出は確かに不可能では無さそうだった。

 

 全身の衣装の切れ目から覗く、白い白磁の肌。肉の薄めの四肢。そして仄かながら確かに膨らみのある胸元……。

 

「え?膨らみ……?」

「ほらほらお蛇さん。さっさとそいつらやっちゃいなさいなぁ?」

 

 最後の事実に思わず驚く環。そしてその衝撃を塗り潰すように術師の振り向き様の掛け声と轟音が連なるようにして鳴り響いた。

 

「勝手に抜け出しておいて何をほざく……!!?」

 

 紫の怒声と同時に巨大な刃の蛇が暴れ回った。環達を、蝦夷の姫君を守るように、周囲の襲撃者共を退けるように、妖刀はのたうち回る。巨身そのものを使って、あるいは撒き散らす建材の類いで以て下手人共を吹き飛ばしていく。環が視線を向ければ紫は忌々しげに宮鷹の術師を睨み付けていた。しかし警戒はしても手は出さないようだった。

 

「紫さ……」

「気持ちは分かりますが、今は抑えて下さい。……少なくとも、『今は』味方と認識して構いません」

 

 環の言を聞く前にそのように言い切る紫。本当に腹立たしげな雰囲気を纏いつつ、苦虫を噛みながら、それでも断言する。

 

 どうやら、紫の中では既に宮鷹忍鴦という人物は暫定的に敵の括りから外されているようであった。環の気付かぬ内に何等かの交渉が行われたのだろうか?

 

(この状況……確かに不自然な事ばかりだけれど、其処まで信用出来るのかい?)

 

 先程まで血を流し合うような関係であった事を思えば環は容易に信用出来なかった。宮鷹忍鴦、その者の立ち位置を図りかねていた。敵の敵が味方とは限らないではないか?そもそも……。

 

「余所見しない。ほぉら、後ろに新手よ?」

「っ……!?」

 

 不意に投げつけられる血塗れの刀を受け取った環は条件反射的に背後に向けて刀を振るっていた。金切音が鳴り響く。刀を振り下ろしていた蝦夷共が二人。その凶行を辛うじて受け止める。受け止めつつも環は動揺を隠せない。

 

「……っ!?ど、どうしてっ!!?どうしてこんな事を……!!?」

「そんな事、知れてるじゃないの?」

 

 襲撃者達の蛮行に環が叫べば代わりに答えを返したのは宮鷹の術師であった。同時に環の眼前で鍔迫り合う蝦夷共が突如伸びた枝木によって串刺しとなる。飛び散る血漿、痙攣する肉体、吸い出される体液……環が振り向けば、其処にいたのは枝木を掌より伸ばした宮鷹忍鴦の姿……いや、正確には生やしたというべきなのであろうか?

 

「それ、は……!!?」

「これ後で大変よ?種が風穴に入り込んじゃったもの。張った根、全部引き抜かないといけないのにぃ」

 

 環自身が貫いた掌の傷口から生える吸血植物に、環はその理由を察して言葉を失う。恐らくは環が拘束のために煙管ごと術師の手を貫いたのが原因だった。火皿に仕込まれていた妖木の種が傷口に食い込んだのだ。使役者の血を吸って発芽して、挙げ句には根を下ろしてそれは腕と同化した……考えるだけで恐ろしい事実であった。

 

 いや、それよりも今は……!!

 

「……!!や、止めて!!遣り過ぎだよ!?これ以上吸血したら死んじゃう!!」

 

 忍鴦の腕の状態に戦慄しつつ、震える声音で環は要請した。

 

「僕らは退魔士だ!!妖退治が務めだ!!武士でも兵士でもない!!人殺しは仕事じゃない!!無力化するだけならもう十分な筈でしょ!?」

「人殺し、ねぇ?」

 

 環の必死の嘆願に僅かに振り向いた忍鴦は冷笑する。嘲笑する。そして、傷口から伸びる妖木の蔓が蝦夷の襲撃者共に巻き付き、その面を剥がす。

 

「ひっ……!?」

「こ、これは一体……!?」

 

 環だけでなく、鈴音や玉藻の姫まで戦慄した。当然だろう。面を剥いだと思えば現れるのは蝙蝠染みた変貌を遂げた人面であったのだから。

 

「形だけ整えた妖にしては良く立ち回ると思ってましたが……やはり妖化の一種ですか!!」

 

 尚も周囲の蝦夷共を妖刀を使役し蹂躙していた紫が吐き捨てる。妖化の術。人外の因子で以て肉体を変貌させる禁術。それも、これは肉体の一部を取り込むなんてものではない。肉体の構成要素それ自体が相当改変されているように見受けられた。

 

 おぞましき事この上ない、存在そのものが冒涜的な代物だ。

 

「体液を取り込んで内側から改変してるみたいねぇ。多分、臓物の構成や数も違ってるのでしょうね。……ねぇ、こんな面で人間扱いするのは正しいと思う?」

「そんな事……!!」

 

 反発しようとして、しかし、囚われの人外が怪物然とした奇声を上げれば思わず黙り込んでしまう。

 

(駄目だ!何か、何か話さなきゃ……!!)

 

 妖化した人間と言えば環の友や恩人もそうである。反論するべきだった。しかしこの見た目では……人を見掛けで判断するなと言うのは綺麗事である。ここまで外見が化物染みていると、ましてや味方でもないのだ。弁護も反論も自信を持って言える筈がなかった。

 

「……答えは出たようね?」

「っ!?や、やめ……っ!!?」

 

 言い返す言葉が出てこずに沈黙した事を返答と受け取った忍鴦は目元を細めて冷笑した。そして静止の言葉も聞かずに止めを刺した。額に突き刺される蠢く枝木。痙攣する人外の元蝦夷の身体。吸血木が何を啜っているのかを理解して環は吐き気を催す。

 

 ばたりと、体液を失った肉の塊が二つ床に落ちる。まるで生塵を捨てるかのような扱いであった。環はその無慈悲に過ぎる所業に生理的に怒りが滲み溢れる。

 

「き、君って奴は……!?」

「あら?異論があるのなら聞き受けるけれど?ただ、お姫様や貴女の女中の身の安全を思えば何事も確実に片付けるのが一番、違うかしらぁ?」 

「きゃっ!?」

 

 環の背後に流し目を送り、そして抱える蝦夷の姫を床に手放しながら忍鴦は心底意地悪げに問い掛ける。

 

 環は黙りこんだままで、しかし向ける視線は剣呑そのものだった。宮鷹の術師の言葉は正しく正論ではある。同時にこの術師にだけは言われたくない言葉であった。本を正せば、この女もこの騒動の元凶の一因ではないか……!?

 

「あらあら、そんな情熱的な目で見ないで欲しいのだけどねぇ?場を掻き乱しておいてと言いたいのでしょうけど……寧ろ一柱だけ相手するだけで済むのだから、これはまだかなり『マシ』な状況なのよ?」

「マシだって?ふざけた事を……っ!!?」

 

 忍鴦の物言いは環を大いに憤慨させるものだった。これが、この悲惨で多くの命が失われた状況がマシ?余りにもふざけているではないか!?

 

「止めなさい、環さん。その女の言は確かに正しいです。この状況は確かにまだマシではあるでしょう」

「紫さん!?」

 

 どうしてそんな事を?思わず追及しそうになる環を睨み付けて制する赤穂の娘。

 

「文句も説明も、後程聞きましょう。ですが今はそんな悠長な事をしている暇はありません」

 

 確かに何時までも仲違いの言い争いをしている暇なんてなかった。その物音に、全員の視線がその獣に向けられる。

 

『グルルルルルルルッ……!!』

 

 唸りながら、巨犬が環達を睨み付けていた。全身に深々と刀や槍を生やしながら、である。

 

「意外と早くに終わりましたね。このまま共倒れしてくれるのが一番でしたが……其処まで願うのは欲張りというものでしょうか」

 

 周囲で暴れさせていた妖刀を引き戻し、巨犬の正面に差し向けながら紫は舌打ちする。

 

 室内に突入してきた妖化した蝦夷共の数は二十名。紫の妖刀により追い散らされた者が六名。忍鴦が始末したのが二名。残る十二名の骸は巨獣の足下に転がる。食い千切られて、噛み殺されて、踏み潰された下手人共……。

 

「腐っても堕落しても神格という事だろうな。流石に三下の妖化兵なんかじゃ相手にならないよ」

 

 そんな事を言いながら天井に空いた穴から飛び込んで来たのは白若丸だった。屋上で同じく襲撃してきた蝦夷の下手人六名に、紫により追い払われた六名、計一二名を封符で捕らえ終えた術師は漸く参戦する。

 

「容疑者の確保、御苦労です。私の首削ぎでは捕らえながらアレの相手をするのは骨が折れますから」

「あぁ。まぁ、手隙でも荷が重いと思うけどな」

「むっ……!?」

 

 紫の礼に対して白若丸は一言以上に多い返答で以て応じた。眉を顰めて憤慨する紫は、しかしこほん、と咳払いをすると気を取り直して正面を見据える。

 

「強い妖気に……仄かに神気が混ざってますね」

 

 脳裏に過るのは過去に相対した地母神と山の神、あるいはその末路の姿。

 

 堕神、神格が妖格にまで零落した存在。しかし、これは……。

 

「『氷牙齦蝦白犬命』」

「え……?」

「アレの名前。正確には代替わりしてる上に堕ちかけてますけど。……名は体を表すといいますが『銀花』とはまた可愛い名前をお付けしたものですねぇ、姫様?」

 

 足下でへたりこむ玉藻姫を見下ろして忍鴦が問えば、姫君は今にも泣きそうな表情を浮かべる。そしてそれに反応するように邪犬は吠える。環達戦闘要員は慌てて正面に出て、鈴音は玉藻姫を後方に避難させんとする。

 

「怖い怖い……」

「今の神名、聞き覚えがありますね。かなり昔に討伐された妖神だったと記憶していますが……」

「どうやら完全に滅してはいなかった、という事ね。それどころか狡猾な事に嘗ての巫女の血筋に取り入ろうだなんて……本当、良い度胸してるわよねぇ?」

 

 その言葉が切っ掛けであった。直後に駿足で飛び掛からんとする巨犬は、しかしそれが果たされる事はなかった。背後から舞い踊る無数の符が襲いかかったからだ。

 

『ギャウ!!キャン!!?グウウウウウウゥゥッ!!?』

 

 忍鴦の仕掛けた術は別に特別な物ではない。硬化の呪いで強化された刃の如き鋭さを備えた符、それが四方八方から白犬……否、最早灰どころか黒犬と言った方が良い堕神を翻弄する。硬い毛皮の隙間に、あるいは傷口に潜り込んで肉を裂く。

 

『グルルル!!?グルル、グウウウウウウゥゥッ!!??』

 

 暴れまわって幾枚かの符を引き裂くが余りにも空しい努力だった。まるで蜂に翻弄される熊のようであった。致命傷には程遠い。しかし着実に血は流されて、肉は削げていく。

 

 問題は、何時までも式符で遊んでくれるかという事か。

 

『グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!!!』

 

 埒が明かぬと悟ったか、身を翻して式符と一瞬距離を取った巨犬は、直後に一気に環達の元に向けて猛進する。顎を広げて特大の咆哮と共に突貫する。

 

「首削ぎ!!」

 

 その呼び掛けだけで以心伝心していた。刃を固めた蛇は即座に犬の進路を塞ぐ。顔面を裂き開く。

 

 即座に、その顔面が吹き飛ばされる。巨犬の前足の爪の一閃であった。まさしくそれは神犬に相応しい一撃であった。

 

 残念ながら、蛇にとってはそれは無意味であった。

 

『ッッッ!!!!』

『グオオッ!!?』

 

 頭部を失って伏した刀蛇は、しかし即座に尾が正確無比に傍らをすり抜けんとした巨犬の身体を叩きつけた。横腹に向けて振るわれた一薙ぎが犬を壁にめり込ませる。吐血する神犬。

 

「銀花ぁ!?」

「そぅら、鬼さん達が追い付いたわよ?」

 

 眼前の惨たらしい光景に悲鳴を上げる玉藻姫。その直ぐ傍で宮鷹の女は嘲る。壁から這い出た巨犬に向けて、先程撒いた式符が再び迫り来る。正面から、まるで濁流のように、雪崩れ込む。

 

 神犬の悲鳴が部屋一面に鳴り響く。鮮血が飛び散る。環や鈴音はそのいたぶるような光景に顔をしかめる。蝦夷の姫君に至っては顔を蒼白とさせていた。

 

 残る者達は欠片も同情せず、油断もしない。

 

「赤穂のご令嬢?」

「分かっています!!」

 

 宮鷹の術師の呼び掛けに即座に、そして不快げに紫は応じた。ほぼ同時に咆哮が轟いた。放たれた冷気が部屋を冷やして、至近で被った無数の式符を纏めて凍結して粉砕した。紫の命に従った頭のない刀蛇が割り込む。凍結した胴体が直後に来た衝撃で破砕される。

 

 全身を削られて血塗れの犬が肉薄する。

 

「させません!!」

 

 振るわれた爪を紫は予備の刀で塞いだ。二撃目も同様に。三撃目で刀は捻曲がった。相応の業物である筈の刀が、である。

 

「っ!!?」

「紫さん……!!」

 

 流石に驚愕する紫の頭に向けて振るわれようとしていた殴打を阻止したのは横合いから反射的に突きつけられた環の刺突であった。巨犬の腕に深々と刀が突き刺さる。狙った訳ではなかったが式符によって獣毛が削られて痛々しい裂傷が露出していた部位であった。

 

『グオオオオオッ!!?』

 

 激痛から来る悲鳴。其処に環の体重が乗る事で神犬は姿勢を崩した。腕の一撃は空振りに終わる。床に倒れる神犬。

 

「『締め上げろ』」

 

 少女然とした声音は歌のように、それに従うように犬の身体に締め縄が巻き付いた。

 

 いつぞやの零落した神蜘蛛の巣穴で回収された糸、それを編んで作られた縄を簡易式とした一品。それは頑丈で、触れる者の肉に容易に食い込んで、逃れる事は困難だった。

 

『グオオッ!!』

「甘いわねぇ!!」

 

 床に平伏す神犬が最後の抵抗とばかりに首を上げた。放たれる冷気は先程よりもずっと激しく、あっという間に部屋を真冬の雪山のように凍結させてしまう。

 

 残念ながら、何処からともなく現れた無数の式符の壁によって防がれたが。

 

「無礼者め……!!」

 

 紫の使役する妖刀が身体を再生させながらその尾で神犬の顎を殴り付けた。泣き叫ぶような獣の悲鳴。それも直ぐ様蜘蛛糸の縄が蛇のように巻き付いて無理矢理黙らせる。

 

 完全に、その自由を奪われる。

 

「いや、銀花!?銀花ぁ……!!?ひゃっ!!?」

「こぅら、危ない所には行かないで下さいな。仮にも輿入れする大事な玉体であるのですからぁ」

 

 余りにも……余りにも悲惨な状態と成り果てた友の姿に、堪えきれずに駆け寄ろうとした玉藻姫。その肩を掴み押さえつけるのは宮鷹の女術師である。

 

「どうして?どうして、こんな……」

「どうして、と言いましてもねぇ。分を弁えぬ獣の当然の末路でしかないでしょうに。……そんな目で見ないで下さいな、赤穂のお嬢様?」

 

 目元に涙の粒を浮かべて嗚咽を洩らす玉藻姫。そんな玉藻姫に向けて猫撫で声で囁く忍鴦。紫が蔑みに似た視線を向けるのに気付けば冗談めかして毒づく。

 

「……玉藻姫には後程詳しい諸事情の聴き込みが必要です。お立場も思えば余り心情を害するのは如何かと思いますが?それとも、それで問題がないと『見ている』ので?」

 

 紫の指摘に忍鴦は肩を竦めた。口元は緩んでいて歪んでいる。苦笑であるが其処には僅かの困惑も見てとれた。

 

「……ご説明はお任せ致しましょう?」

 

 折れた忍鴦の返答に紫は小さく頷く。そして説明する。玉藻姫に向けて、眼前の怪物の状況を、その処遇を。

 

「どうやら格別に親愛があるようですが姫様、残念ながらアレは処理する他ありません」

 

 可能な限り穏やかに、しかし冷徹な言葉を紫は口にする。

 

「あの子が……まつろわぬ存在だからですか……!?」

 

 泣き崩れる姫君は、震える声音で問い質す。言葉こそ丁寧に、しかし隠しきれぬ非難の感情が滲んでいた。

 

「……それ以前の話です。御覧下さいませ。あの姿を」

 

 そうやって紫は拘束された神犬を指差す。その黒く冒された体毛を指して、指摘する。

 

「専門家たる我々が検分するに、あれは呪いの一種です。妖化の呪いの一つでしょう」

 

 神は絶対にして神聖不可侵の存在ではない。所詮は上位存在であってもそれ以上のものではない。引き摺り下ろす手段は幾らでもある。そも、扶桑国はそうやって代替わりすら許さずに下等な存在へと堕落させきった神格を始末してきた。

 

「あれだけ冒されていては最早戻る手立てはありません。……私の予想が正しければ姫があれと初めて邂逅した時は幼い仔犬でありましたか?」

「……はい。小さな、可愛らしい仔犬で、白い毛が綿みたいで人懐っこくて……」

「蝦夷の妖人共を食い殺したのは見ておりますね?」

「つ……!?」

 

 冷徹に、紫は指摘する。玉藻姫は数一瞬迷いつつも、頷いて肯定する。

 

「姫様の記憶されているあの獣はそのような事をする存在でしたか?」

「いいえ!!?そんな事!!そんな……恐ろしい事なんて……!!?」

 

 それこそ部屋に潜り込んでいた小さな虫にすら怯えて己の背後に隠れてしまうような性格だったのだ。それを、あのような……!!

 

「そうでしょう。しかし最早違うのです。御覧下さいませ、あの獰猛な唸り様を。今ですらこうして、姫を襲わんとしているのです。あれの頭は最早妖同様、既に貴女様が記憶されている仔犬ではないのです」

「っ……!?ですが、だけど……!!?」

 

 何とかして反論しようとしても、答えなんて出てこない。感情は反発していても、理性は紫の言葉を肯定していた。子供の幼い我儘ではどうしようもない。どの道、玉藻姫にはどうする力すらもない。

 

「退魔士の仕事は妖の退治。あの獣からしてみてもあのような惨めな姿で生き長らえるなぞ恥辱でしかないでしょう。助からぬ者に対する情けですらあります」

「情け……」

 

 紫の言葉を反芻する蝦夷の姫。まだ納得はしきれぬ出来ぬようだった。後一押し足りぬようだと紫は歯噛みする。

 

「それにつけてもよもや佐伯の一族の姫君の御側にこのように小汚い虫が潜り込んでいたとは驚きですねぇ?いやはや、宮中の貴人方の耳に届けばどのような事になるやら……」

 

 半ば以上脅迫に近い物言いに玉藻姫の表情は更に惨めに崩れる。齢にして十を漸く超える程度の箱入り娘にその言葉は痛烈に過ぎた。

 

「忍鴦さん言葉を慎んだらどうですか?姫への礼儀が足らないのでは?」

「確かにそうねぇ?朝廷に討伐された怪物を匿う姫君への礼は確かになっていませんでしたわね?」

 

 売り言葉に買い言葉であった。相手は帝の下に仕える身の上である。そしてそれは朝廷のために佐伯白犬族が兵を出す事との交換であるのだ。今更この取引を白紙に戻す事はあり得ない。蝦夷に譲歩させるのはまたの機会で良いのだ。今は兵が必要だった。

 

 時は金なり。此処で事態を拗れさせるつもりなのか?お前をここに派遣する事を許可した者は其処までの権限を与えているのか?紫は視線で以て疑問を訴える。

 

「……少々出過ぎましたね。御容赦を」

 

 紫の無言の問い掛けに折れた忍鴦が非礼を詫びる。芝居がかった慇懃無礼な謝罪であった。その態度に紫は更に不快になるが……しかし何時までもお喋りをしている暇はない。

 

「玉藻姫様、御覚悟は出来ますね?」

「……出来るだけ、安らかに御願いします」

 

 優しく、しかし急かすような確認の言葉。返るのは何処までも葛藤した末に絞り出された掠れた声音。紫は頷き玉藻姫に連れ添う。

 

「保護致します。行きましょう。最後まで見ても気持ちの良いものではありません。……頼まれてくれますね?」

「元より、そのために来たのだし?任されて貰いましょうか?」

 

 不真面目な返答に眉を顰める紫。鼻を鳴らして鈴音を見る。

 

「女中、玉藻姫様と暫し供を。貴女にも嫌疑がかかっています。精々誠意を見せる事ですね」

 

 言葉は刺々しく、しかしながらそれは紫なりの配慮でもあった。偉い者達が必要によっては下っぱの命を蜥蜴の尻尾にして事態を丸く収める事を紫も流石に理解していた。鈴音にこの役目を与えるのは救済のための大事な一手であった。

 

「白若丸さんは……」

「分かってる。後は任せろ。……もう少ししたら師匠も来るみたいだしな」

 

 紫の言葉を最後まで聞かずに元稚児は頷く。ほぼ同時に耳元に来た雀の簡易式から何やら耳打ちされて援軍が来るという報告も知れれば最早全てが杞憂であった。

 

 白若丸には捕らえた化物共の回収の手筈と宮鷹の術師の監視があった……一人では荷が重いかとも思ったがあの鬼月の御意見番が此方に向かっているとなれば馬鹿な真似はしまい。

 

「環さん、貴女もです。貴女の一番の目的は果たした筈です。早くあの女中の傍にいてやったらどうですか?」

 

 先に玉藻姫と鈴音を凍結した部屋から退出させてから紫は呼びかける。

 

「う、うん……」

 

 何処か釈然とせず、納得せず、しかし呼びかけられるままに環は部屋の扉に向かう。

 

「じゃあ首を刎ねるのと心の臓を同時に……出来るか?」

「安心しなさいなぁ。幸いこの腕に寄生した苗木のお陰で……」

 

 背後では淡々と術師二人が語り合っていた。宮鷹の女に至っては何処までも愉快とばかりである。神殺しを今か今かと楽しみにしているようであった。

 

 尤も、それを単純に悪趣味とは断言出来ない。先程の冷気すら下手な大妖ならば一撃で殺しかねない代物だった。本来ならば更なる権能を発現させる前にさっさと殺してしまうに限るのだ。

 

 そう。それは正しい行為で……しかし。

 

「……」

「……環さん?」

 

 足を止めて沈黙した環に向けて怪訝な表情で呼びかける紫。尚も環は沈黙して……踵を返す。

 

「?何しに戻ってきたんだ?」

「あらあらあら……」

 

 出戻りしてきた環の存在に気付いて白若丸は訝るように瞼を細める。今一方は……何故か楽し気だった。まるで待ちわびていたかのようにも思えた。

 

 そんな後者の態度に内心で苛立ちつつも提案した。己の内に眠る力を信じて、提案した。

 

「この始末。僕に……任せてくれないかな?」

 

 蛍夜環は顔を強張らせながら、しかし確かな決意を以て二人にそれを求めた……。  

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「この化物めっ!!さっさと、くたばりやがれってんだあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙!!!!??」

 

 喉奥から咆哮に近い叫び声を吐き出しながら、俺は黒い短刀を振るう。森林の中で、超音波攻撃で次々と粉砕される木々と岩。それらの粉塵に紛れて背後を取って、狙いをつけるのは後頭部。脊髄近辺だった。

 

『『ギャア!!』』

「っ……!!?」

 

 二重奏の獣声。同時に化物の顔面が此方を向いた。まるで梟染みて一八〇度グルリと頭を回転させた飛鼠は、ニチャリと笑って口を開いた。咄嗟に受け身の姿勢を取る。それは来た。

 

「っ!!!!??」

 

 激しい震動と共に吹き飛ばされる。数瞬後には木々を幾つも巻き込んで岩壁に叩きつけられていた。まるで漫画みたいにめり込んだ。全身から嫌な音が響いた。

 

「かっ、ふぃ……!!?」

 

 流石にめり込み続ける事はなくて、直ぐ様重力に従って地面に向けて落下する。激突と同時に更に嫌な音が鳴り響いた。込み上げる吐き気に従って嘔吐するのは胃液と血である。

 

「ぐっ……ゔ……?」

 

 一体、何れだけ遠くに飛ばされたのだろうか?流石に結界との境界線までは辿り着いてはいないようだった。視界が揺れる。頭痛が酷い。というか全身が痛い。何時も通りのお話だ。

 

(いや、流石に何時も通りとは少し違うな……)

 

 身体の状態を確認する。内部で破砕……液状化しているように思われた。うわぁ、これ酷……腕ぐにゃぐにゃしてる?肉だけじゃなくて骨まで汁になってない?

 

「呪術的な゙、加護を付与された上物の外套着てこれ゙とはな……!!」

 

 入鹿の使う咆哮とはまた違う。超音波故に鼓膜で感知出来ないのだ。その癖に音圧は濃密で、しかも身体の表面よりも寧ろ内部に対して損傷を与えているように思われた。表皮の下がミキサーされた気分だ。

 

 確か前世では癌細胞や結石を超音波で破壊する医療行為があったような気がする。指向的に分子構造それ自体を破砕するのだとか……身体の再生が遅いのもDNAか因子かが根本的に崩壊させられているのだろう。いやはや、まさかここに来てこんな相性の悪い相手が出てくるとは!

 

 ……そんな物の直撃食らってまだ生きてる俺も大概かも知れないが。

 

『『キキキッ゙!!ヒヒッ゙!!』』

 

 ぜいぜい息を荒げながら俺はどうにか膝立ちする。そんな俺の眼前に向けて勿体ぶって落着する飛鼠神擬き。口を大きく歪める。……ははっ、嗤ってやがる。性格悪いなおい?

 

『キキキキキッ!!』

『キキキキ!!』

『グオオオォォォォッ!!』

 

「そして、追加の御来客か……!!」

 

 夜闇の中から、遠くから、しかし着実に距離を縮めているのが分かる多種多様な鳴き声。事前に話は聞いていた。『垢舐め』に『水虎』それに『鬼一口』……禁術の産物共。この一連の騒動において予備として控えさせていたのだろう一隊。どうやら駄目押しに差し向けて来やがったらしい。まさに絶体絶命という訳だ。

 

「仕方無い゙、な゙!!」

 

 本当ならば穏便に短刀だけで終わらせたかったのだが……御約束の切り札を切るしかあるまい。俺は深く息を吐くと覚悟を決める。

 

 己の内に潜む衝動を解き放つ。そして……膨大な妖気と神気の奔流が全身より溢れ出す!!

 

『『キキキキキッ゙!!!!??』』

 

 予感と悪寒を感じ取ったのだろう。惚れ惚れする程の速さで慌てて飛翔する蝙蝠。同時に殆ど顔面が裏返る程に顎を広げて再び無音の衝撃波が放たれる。幾度も幾度も乱れ打ちされる。不可視の弾幕。徹底的な飽和攻撃。

 

 ……まぁ、もう其処にはいないのだけれど。

 

『地に、墜チろ……!!』

『『キ……』』

 

 首を捻って振り向いたと思えば顔面回し蹴りを食らった飛鼠神様。豪速球めいて垂直に地面に突っ込んだ。恒例の人形の怪物と化していた俺もまた、それに続いて突っ込む。追い討ちの腹部への飛び蹴りである。

 

『『ギッ、ギギ……!!?』』

『御飾リは、没収だッ……!!』

 

 顔面が半分押し潰されて、同じく腹部の一角が陥没した蝙蝠はみっともない姿勢で地面に捩じ込まれていた。其処に俺が『尻尾』を振るえば翼の一方が呆気なく切り裂かれた。噴き出す血飛沫に悲鳴を上げる偽神。それはそれは実に小気味良い音色で……いかんいかん。やっぱり化物になると思考が傾くな。あの馬鹿蜘蛛がいないのもあって油断するとあっという間に呑み込まれそうだ。

 

『キキッ!!』

『ッ……!!?』

 

 頭を振って必死に思考を引き戻そうとしていれば、その隙を突いて背後から抱き着いて来たのが『垢舐め』だ。咄嗟に振り払う。其処で飛鼠が暴れ回って俺を吹き飛ばす。吹き飛ばして、飛ぶ事も出来ずに四つん這いになって一目散に逃げ出す。

 

『待てヤ、コラ……!!っ!!?』

 

 地面に何度も叩きつけられて吹き飛ばされて、直ぐに猫のように姿勢を整えて追撃せんとするがそれは不可能だった。四方八方から襲いかかる禁術産の怪物共。寄って集って人を袋叩きにせんと迫り来る。

 

「邪魔ダァ!!!!」

 

 雑魚に用はない。突き進みながら爪で、牙で、尾で、全てを八つ裂きにしていく。血肉が次々と宙に舞う。途中からは相手にする事すらも面倒になってそのまま疾走していた。頭から『鬼一口』の口内に突っ込んで、その頭部を粉砕して通り抜ける。

 

 遠くに蝙蝠の尻が見えた。一気に突貫せんと脚部に力を入れる。跳躍の予備動作。跳ねる直前に左右の茂みより、更に襲撃者。人形の、刀で以て襲いかかる下手人共……!!

 

『ニンゲン……!?いやっ!!』

 

 飛び込んで来た存在が何物であるのか、即座に俺は理解する。跳躍を取り止めて爪を振るっていた。

 

『ギッ……!?』

『アガァ……!!?』

 

 案の定、紙のように引き裂かれて地面に叩きつけれる人形の影。即死ではなかったのだろう、響き渡る悲鳴は怪物のようでいて、しかし何処となく人の面影があって……。

 

『ッ……!!クソッ!!』

 

 後ろ髪を引かれる思いを振り払い、俺は蝙蝠を追いかける。元が人であるのは『河童』や『垢舐め』も同様。しかし前者は完全に精神は塗り潰されて怪物に成り果てているし、後者はあくまでも人の骸を使っているに過ぎない。

 

 だが、先程の妖人は……俺と同じだ。外見は兎も角、中身は人だ。人の思考だ。下手したら中身は俺よりも人らしいかもしれない。果たしてこの場合、何処からが殺人と言えるのだろうか……?

 

『無駄な事ヲ考エテ……!!』

 

 本当に無意味な迷いを振り払って、俺は再び前を見据える。さっさと目標を始末してしまおう。俺の身体が持たない。何時までもこの姿のまま理性を維持するのは困難で……。

 

『新手……!!っ!!?』

 

 振り向き様に俺は爪を振るう。爪を振るって、咄嗟に気勢が削がれる。新たなる襲撃者の正体を察して、思わず殺意が鈍る。腕と刀が、鍔迫り合う。

 

『お、前ハ……!!?』

「驚いたな。その化物のなりでいて、人相手は切っ先が鈍るとは……!」

 

 その罵倒に俺は怪物然とした表情を歪ませる。何処までも惨めに醜悪に、歪ませる。覚悟はしていた。だが……遂にその時が来たらしい。

 

「我らの悲願の邪魔立て、その対価は払って貰うぞ……!!」

 

 周囲の森から現れる蝦夷共に向けて演説するように、唯人の男は再度俺に向けて刀を振り下ろす。俺はそれに向けて爪を立てては腕を振るう。

 

 そして……。

 

 

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