和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 kouiuteさんより、AIイラストの製作を頂けましたのでご紹介致します。

・鬼月葵及び雛・刀差し式神付き
https://www.pixiv.net/artworks/108445766
・鬼月葵
https://www.pixiv.net/artworks/108445742
・第一〇六話バナナ牡丹
https://www.pixiv.net/artworks/108493209
・白若丸
https://www.pixiv.net/artworks/108493296
・鬼月胡蝶
https://www.pixiv.net/artworks/108506628
https://www.pixiv.net/artworks/108506628
・毬
https://www.pixiv.net/artworks/108510083

 個人的には特に最初の鬼月姉妹の絵柄が良いですね。雛の表情がとても良いです。

 素晴らしいイラスト、有り難う御座います!!



第一三一話●

「騒動も、そろそろ落着ですかな……?」

 

 白木関街の国衙にて、黒煙と炎が疎らに上がる街の状況を見下ろしていた長官は安堵したように息を吐く。

 

 上洛団として滞在していた退魔士と街に駐留する軍団による妖共の掃討は終局に向かいつつあった。最早街中を跋扈していた魑魅魍魎共はその大半が死滅している。一部市街が炎上、あるいは崩壊しているがそれは何ら問題ではなかった。

 

 富裕層と工業団地、中央市場、官の施設等はガッチリと守られている。被害を受けたのは貧民街と難民区画程度のものだ。数百もの犠牲者の大半もそちらの出身であろう。同じく問題はなかった。少なくとも街の長官達にとっては。

 

「いやはや、左大臣には全く感謝せねばなりませぬな。この程度の被害で叛徒共の手駒を全て絞り出せましたからなぁ」

「それだけではありませぬ。犬共に向けても良い警告になりましょうな」

「我ら朝廷の力を見せつけられたのです。まかり間違っても馬鹿な真似はしますまい」

「左大臣も悪い御方だ。裏ではこの一件を出汁に奴らを完全に屈服させるつもりらしい」

「なぁに、潰さぬだけ温情というものですよ。謀大臣ならばそれこそどうなる事やら……」

 

 議場に集う他の高官共が互いに意見を交え合う。感嘆、驚嘆、慢心、冷笑、侮蔑、そして嘲笑……出席者の見せる態度はとてもではないが陽の気があるものではなかった。

 

「……して、姫の身は?」

「お待ちを……どうやら無事、保護致したようです」

 

 長官の問いに背後の女が僅かに間を取ってから答えた。鬼月菫、この国衙と高官共の守護としてこの場に同席する退魔士が悠々として答えた。

 

「それは結構。蝦夷の出とは言え姫君は姫君。帝の御側にお仕えする大事な御体ですからな。怪我一つ負わせる訳にはいかぬ」

 

 長官は再度安堵の嘆息を吐き出した。このような陰謀に巻き込まれた事、その矢面に立たされた事への面倒臭さが垣間見えた。

 

 ……尤も着任から三年もの間、これだけの数の怪物が任地範囲内で拵えられ続けていた事実を感知出来ていなかった点を責められれば到底文句は言えない。

 

「左大臣殿はこの一件に際して現地の責は問わぬとの仰せです。自身も、宮鷹の占術師の言が無ければ知れなかったのだから、と」

 

 鬼月当主夫人は恭しく長官に向けて擁護の言葉を掛ける。彼女もまた、内心の面倒臭さを感じていたが他の出席者達とは違い、立場もあって欠片もその素振りは見せはしなかったが。

 

 話は十日程前に遡る。密かに白木関街の長官共に上洛団代表、二者に向けて簡易式による伝令が届いた。それがこの凄惨な茶番劇の始まりであった。

 

 陰陽寮占術院、巫女や各種占術師を擁するこの部局の役目は扶桑国の、朝廷の存続と襲い来る災厄の予測と回避にあるという。

 

 無論、精度の高い占術というものは相当に才能に依存するものでありその解釈もまた個々人に依存する性質を有している。また人員数の関係から全ての災厄を予測出来る訳でもなく、予測出来ても対策が出来るかは別問題でもあった。人によってはどうしても嘘臭く、その存在意義が見出だしにくい部門とされる事も少なくない。事実、過去数度に渡って歳出削減を兼ねて廃止を検討されてきた部署であった。

 

 そんな彼の部署に派遣されていた宮鷹の一族の術師が預言をした。近い内に迫り来るだろう災厄を。預言は陰陽寮を通じて極秘の内に左大臣の元に届けられ、極秘に命は下された。

 

 その結果が此れである。当初は危険を伴う欲張った策略であるようにも思われたが……全ては予定調和の内。どうやら目論見通りに最小限の損失で以て望みうる最大限の利益を得られそうであった。

 

「預言では確か……この街のみならず都にすら大いなる災いが起こるのでしたかな?いやはや恐ろしい話だ。この騒ぎを見れば到底出任せとは思えませんな」

 

 子細こそ預言を不確定なものとする因子となり得るために長官らには伏せられていた。しかし街に溢れた怪物共の存在を思えばそんな事は最早気にはならないだろう。一歩間違えば取り返しがつかぬ事になっていた事を心から実感していた。

 

「全く、大仕事でしたな」

「蝦夷共に向けて口裏合わせて知らぬ振りをするのも大変でしたよ。思わず笑い声を漏らさぬかひやひやしたものです」

「当初詳しい内容が知れぬとなっては不快でしたが……却って良かったかも知れませぬ。ここまで仕出かす連中ともなれば、記憶を覗かれる危険もありましたからな」

 

 蝦夷共や他の退魔士家との祝宴、また行方不明の蝦夷の姫君の捜索に向けた相談……それら全てで「何も知らぬ事勿れ主義の官人共」を装うのは骨が折れた。いや、実際彼らはそのように評するに相応しい人間ではあったがそれは無能とはまた意味合いが違うのだ。人格と能力は比例はしないし、競争激しい扶桑国の官界で立身出世に成功する者は無知蒙昧な愚物ではないのだ。

 

 ……才能を誤った方向で活用していたとしても。

 

「……皆に改めて伝えるが、この一件については他言無用だぞ?我らが事前に事の全てを把握していた等と知れる訳にはいかぬわ」

 

 場の気の緩みを察したのだろうか?会話を聞いていた長官は振り向きながら場の者達に念入りに釘を刺した。言われるまでもない。皆が皆、神妙な態度で頷いた。

 

 反乱分子の殲滅、そして佐伯白犬族に対する水面下での警告と圧力。政治的な貸し……全てを知る者は極少数、多くの者達には偶然の帰結であると思わせる。朝廷は被害者であり寛大な宗主たるを知らしめる事が肝心だ。

 

「問題は忌まわしい化外の神格二柱ですな」

 

 重々しく壮年の軍団長が口を開いた。同時に周囲の空気は一気に緊張に包まれる。神格……その厄介な存在に今更ながら彼らは待ち受ける危険性を思い出したように見える。

 

「姫君の保護の完了……玉藻姫の下に忍び込んでいたという一柱は無事処理されたと見て良いのでしょうか?」

 

 軍団長は菫に向けて問いかける。確認であった。元よりこのような迂遠な手段を取った理由の一つでもある。姫君の傍に忍ばれていては此を強硬的に排除する訳にはいかなかった。白犬族との関係を公に拗れさせる訳にはいかぬ。

 

「抜かりなく。……既に捕らえているようですわ。処分も時間の問題、心配は無用で御座います」

 

 問いに淀みなく言及する菫の態度に場の出席者達の緊張は弛緩する。今すぐこの場で確認する事は叶わぬが見る限り嘘偽りを口にしている訳ではないようだ。政に関わる彼らはその意味で他者への観察力に優れていた。

 

「それは一安心ですな」

 

 特に質問者たる軍団長は心からの言葉を紡ぐ。退魔士共が上手くやれなければ次に矢面に立つのは自分達である事を理解しての発言であった。

 

「して、今一柱の所在はどうなのですかな?」

 

 議場の出席者の一人が更に尋ねる。知らせによれば、叛徒共の用意した神格は二柱であった筈だ。古の昔、この山脈に跋扈していたという忌むべき獣神共……よくもまぁそんな物まで揃えてくれたものだ。

 

「そちらも御安心を。既に手は打っておりますわ。罷り間違っても街に足を踏み入れる事は御座いません」

 

 にこり、と微笑みながら万全の備えへの自信を見せる菫であった。

 

「……それは、心強いお話ですな」

 

 今度は長官が僅かに間を置いて呟いた。菫の態度に微かな疑念を抱いて……しかしそれが自分達を欺き貶めるためのものではないと見抜いて、会話を切る。

 

 退魔士界隈とて朝廷の内部と同じだ。その内には醜い陰謀と権力闘争で満ちている。この状況を利用して誰かを陥れるくらいの事はしていても可笑しくない。構わなかった。それが朝廷と自分達に害をもたらすものでないのならば……人の皮を被った化物同士、好き勝手に食い合うがいい。化物の相手は化物である。

 

「腐っても神格……承知の事でしょうが、事後についてもくれぐれも手抜かりなく願いますぞ」

「勿論ですわ。全ては想定の内、御安心下さいませ」

 

 長官の言葉に応じるように、夫人は嘯いた。胸を張って、微笑みながら恭しく、そして悠々として応じる。

 

「健気なあの子であれば。委細手抜かりなく全て受けとめてくれるでしょうから……」

 

 南方に広がる峻険な山脈を向いて眼を細めて、心底哀れみを込めて、囁いた……。

 

  

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

「御願い。どうかこの一件の締めくくりは、僕にやらせて欲しいんだ」

 

 精一杯の誠意を込めた、蛍夜環の必死の要望に、しかしながら元稚児の術師はあからさまに眉を顰めた。当然であろう、その発言はどうにか収拾されようとしていた事態をまた拗らせる一因になりかねなかったのだから。

 

「始末を、ねぇ」

「環さん、貴女……神殺しの所業をなめているのですか?」

 

 宮鷹の女術師はにちゃりと面白げに微笑み、赤穂の末娘は憮然とした表情を浮かべて警告する。

 

「思いつきで口にしたのでしたら取り消す事です。何を企んでいるのかは知りませんが貴女は認識は余りにも甘過ぎます」

 

 紫は語る。神格殺しは如何に慎重に為さねばならぬのかを。

 

 神格は何故神格なのか。それは神力を有する故である。霊力、妖力同様に理に介入してそれを捻曲げる力。その中でも最も上質で濃厚な代物。大量の「気」を抽出し、純化した物である。

 

 神格が霊脈を求める理由、信仰する者を求める理由は正にそれであり、条件を満たした妖が神格に変質する理由でもある。霊脈からはほぼほぼ無尽蔵な霊気が供給される。信仰する者に対して神格はその縁を通じて呪いを掛ける。生命力でもある霊力を僅かながらに収奪する。

 

 取り立てた大量の霊力を徹底的に圧縮して、濃縮して、抽出して産み出されるのが所謂神気であり、その効能は霊気や妖気とは一線を画する。霊気妖気では不可能な程の奇跡をいとも容易く叶える事が出来るのだ。まさしく、神の力である。

 

 そんな代物を人外の存在が自在に操る……人にとってそれは恐るべき事実であった。特にそれを害するに当たっては。

 

 退魔士や妖にも己の死に際して下手人を呪う仕掛けを施す者もいる。無論、己の存在が失われても尚長期に渡って相手を苦しめる呪いを編み出すのは決して容易なものではない。其処らの三流退魔士や雑魚妖怪に出来る事ではない。

 

 逆に言えば神格にとってそれは容易な事だ。寧ろより陰湿で、より陰惨で、より悲惨な呪いを仕込む事が出来る。神罰である。祟りである。神を害した報いである。

 

 古い記録によれば不用意な神殺しによって多くの災厄に見舞われたという。下手人が呪いによって苦しみ悶えて死ぬだけならば可愛い方だ。その縁者、子々孫々にまで不条理に苦しめられた事もあるし、不可思議な病によって多くの民草が死に絶えた事もある。無数の妖を呼び寄せて、あるいは津波や地震、飢饉に熱波を引き起こした事もあるとか。

 

 因みに紫は何も知らぬ事ではあるが、何処ぞの下人に寄生している代替わりした子蜘蛛はこの手の神罰の変形である。神格の特権たる代替わりと神罰、しかし堕ちた蜘蛛に残された神力ではその双方を果たす事は到底不可能であった。故に二つを重ねて見せる事でそれを達成した訳である。知恵を絞って下された最善の判断であった。結果としては前代にとって色々斜め上のものとなったが……また山姥の場合は元々ほぼ妖に堕ちきっていた上に持参していた翡翠の塊は妖気神気諸ともなけなしの神罰まで呑み込んでしまっていた。

 

 ……兎も角も長い歴史と無数の犠牲から得た教訓、それは神格を神格のままに不用意に殺してはならぬという事だ。あらゆる手段でその格を貶めて、神から怪物に堕落させる。その後に殺す事で権能によるしっぺ返しを回避するのだ。あるいは蛍夜郷のように土地に縛り付けて土地に豊穣をもたらすための肥やしとする手段も編み出される事になる。

 

 禁術に知見ある宮鷹の女であればこそ、紫はこの場を任せたのだ。彼女であればその異能も合わさり安全かつ速やかに堕ちた神を殺処分してくれるであろうと見越して、それを……。

 

「まさか首を落とせばそれだけで済むとでも思っているわけではないでしょうね?だとすればそれは浅慮というものですよ?」

 

 禁術に犬神の顕現があったのを思い出す紫。即席の神罰を拵えて呪うべき相手に差し向けるそれは確か最後の仕上げに捕らえた妖犬の首を切り落とすのだったか……もしかしたら同じように首が飛んで襲って来るかもしれない。

 

 実際の所、その程度ならば可愛いものであろう。

 

「分かってるよ。そんな事は……けど、試したい事があるんだ」

 

 紫の警告に僅かに竦みつつも、環は強い口調で答える。明確に、決意をもって要望する。

 

「……」

 

 勇気があるというべきか、あるいは無謀というべきか無知というべきか、紫は何とも言えずに口を開けるしかなかった。視線を移す。黒蝶婦の弟子に、そして宮鷹の女術師に視線を向ける。二人の意見を、あるいは反応を求める。もしくは反論か……。

 

「……論ずるに値しないな。術式の基本も分からないだろうに、口先だけは達者だね」

 

 白若丸の言は容赦ない程に辛辣だった。そして常識的であった。素人に毛が生えた程度の新人退魔士が、しかも単純な身体強化と合わせた刀術使いでしかない環が出過ぎた物言いであった。考慮するのも論外に思われた。

 

「ふぅん。まぁ、いいんじゃないの?」

「っ……!?」

 

 だからこそ、宮鷹の女術師の言葉に白若丸は虚を突かれたように唖然として次に驚愕して、最後に溢れ出すのは不快感であった。

 

「悪ふざけなら、そろそろ止めて欲しいのだけど……!?」

「悪ふざけなんて滅相もない。此方は本気の本気よ?」

 

 怒気を込めた元稚児の文句に間髪いれずに放たれる忍鴦の言。尚、質が悪かった。

 

 元々一目見ただけで不愉快な雰囲気を醸し出していたが、会話する度に元稚児の術師はこの宮鷹の女に対する嫌悪が積み重なっていく……問題は、この女の腕が『今は』己より上である以上この場では頼る他ない事か。

 

「……冗談の類いでないのならば、それも元々の予定なので?」

 

 重々しく、探るようにして赤穂の末娘が尋ねた。その言い回しに、その言葉の意味を掴みかねて白若丸と環は若干怪訝な態度を見せる。

 

「……『視る』限り、少なくとも悪い事にはならないかしら?」

 

 嘘臭い、愉快犯のような軽薄な微笑みと共に答えは返って来た。暫しその場の全員が沈黙する……。

 

「そうですか。……その目付き、ここで適当に諌めた所で納得はしないのでしょうね」

 

 数拍の逡巡の後に、紫は相当に呆れながら口を開いた。その言葉の意味を理解した環は笑みを浮かべると共に困惑も見せる。

 

「……いいの?」

「自分で言った事ではないですか……それだけの覚悟があるのでしょう?違いますか?」

「おい、勝手に話を進めるなよ……!!」

 

 事態に置いていかれた感がある元稚児が話の流れに横槍を入れた。不満と敵意をあからさまに見せつけて反発する。

 

「そいつに始末をつけさせる?馬鹿言うなよ!?遊びじゃねぇんだぞ!!?」

「あらあら可愛い子。除け者扱いされて拗ねたのかなぁ?」

「触るな!!」

 

 紫の決定に文句を言い立てつつ、ふわりと傍らから抱き締めにかかった来た宮鷹の女術師の両の手を叩いて退ける。顔を歪めて宮鷹の女を蔑む。その嫌悪感に満ちた表情を心底見物とばかりに見返す。

 

「白若丸くん……」

「専門家として素人が首を突っ込む事への不満は分かります。ですが……今回は話が別です。保証があるようですしね?」

 

 白若丸の反発に恐縮する環。一方で紫はそんな身内を精一杯宥める。同時に彼女は既に内心で己の内にあった環に対する疑念とこの状況を結びつけていた。

 

 詳しい仕組みは調べねば分からぬ。しかし……そうだとすれば合点がいく。そしてこの機会に蛍夜環が己の異能を自覚するのならば、それに越した事はない。先程の立ち振舞いを思えばそれが最善だ。鉄は熱い内に叩かねばならぬ。

 

 そう、その力の感触を覚えている内に……。

 

「ふざけ……っ!!?」

 

 尚も納得出来ずに猛反発せんとしていた白若丸は、しかしそれを中断する。己が式としていた締縄に囚われていた堕ちた神犬、それが拘束を解かんとしてのた打ち回る。白若丸は舌打ちと共に式により一層強い締め付けを命じていた。懐に仕舞いこんでいた封符を放つ。

 

 数十枚もの封符が巨犬に貼り付く。しかし貼り付いた符はその端から少しずつ焼け焦げていた。所詮は数を重視した使い捨ての符故に、膨大な妖気と神気を封じ込めるにはどうやっても不足していたのだ。

 

「こいつ、これだけやられておいてまだそんな力が……!!っ!?おい、環!?」

 

 無駄な抵抗を重ねる神犬に舌打ちする白若丸は、直後に己の傍らを通り過ぎていく環に静止の言葉を叫ぶ。しかし、当の少女がそれに反応する事は無かった。

 

 唯々視線は、眼前の人ならざる存在のみを見据えて……。

 

『グルルルル……!!』

 

 顎を封じられて、身体の身動きを封じられて、それでも神犬は喉奥から獰猛な唸り声を上げ続ける。目玉が飛び出さんばかりに見開かれた眼孔は、環を凝視し続ける。警戒して、威嚇して、敵視し続ける。明確に向けられ続ける殺意に環は思わず息を呑む。

 

「大丈夫……大丈夫だから……」

 

 無意識に呟いた言葉は神犬に向けてか、あるいは己自身に向けてか?一抹の不安……もし失敗したら最悪至近から拘束を解いた巨犬に頭蓋を食い潰されるだろう。命がけで無謀この上ない所業だ。それでも……!!

 

(それでも……やってみる価値はある筈だ)

 

 少しでも悲しむ人は少なくしたかったから。そのために退魔士になったのだから。そのための……そのための力だと、思いたかったから。

 

「神気が面倒なら……それを奪えば良いだけだ」

 

 捕らわれた神犬の鼻先に触れて、環は呟いた。そして彼女は発現させる。己の内に眠る力を。

 

 漸く、朧気ながらに感じ取れるようになってきた、己の異能を。収奪の異能を。

 

 一縷の希望を掴み取るために……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 あるいは、蛍夜環はその力を幼い心で無意識の内に自覚していたのかも知れない。その上で彼女は己の力に枷を掛けていたのかも知れない。

 

 珍しい話ではない。強過ぎる力を無知にして無力な身の上で扱っても身を滅ぼすのみである。心・技・体とはよく言ったものである。心の強さ、技術、そして頑健な肉体、唯の武器とて扱いを誤れば己を傷つける。ましてや己の身に宿る力はより一層その影響を受けるものだ。刀や槍のように手放す事すら叶わない。永劫に離れる事は出来ぬ。嫌が応にも付き合っていくしかない。

 

 だからこそ、無意識の内に封じるのだ。それでも心の奥底ではそれを確かに認識しているのだ。そして何等かの切っ掛け……その力を扱うに相応の術を身に付けた場合か、あるいは心の急激且つ苛烈な変化に苛まれた時、その枷は外れるのだ。

 

 特に後者の好例が宮水静であり、あるいは鬼月雛もまた部分的に当て嵌まるだろう。宮水静の場合は身内に追い詰められた末に暴走気味にそれが発現し、鬼月雛の場合は以前より不完全ながら『滅却』の炎を発現させていたがそれが本格的にそれが目覚めたのは妖の襲撃を受けてからの事である。

 

 蛍夜環の育った環境は力を求める必要はなかった。蛍夜郷は安全と安寧の地でありその身は郷主の娘、姫君だ。命の危機に陥る事が無ければ誰の悪意や敵意を向けられる事もなかった。力を求める必要なぞある筈もない。……あの日までは。

 

 友を目の前で傷つけられた事実、温室育ちの上にその友が処断されるために連行されていた事、元々突然に追い詰められていた無垢な少女の心の枷が外れるのは当然の話であったろう。

 

 そして喰った。その存在そのものを奪い取った。収奪した。彼女の内のそれは『当然の権利』として、取り上げた。

 

 無論、本人には其処までの認識はなかった。当時の彼女はただただ感情の濁流に呑み込まれて我を忘れていた。殆んど本能のままの行いだった。それとて鬼月の下人が想定外の行動を取った事で正気に戻り、神の血を引く蜘蛛が奇跡を引き起こした事で鳴りを潜める。とは言え、一度外れた枷は最早戻りはしない。

 

 蛍夜環はその心は兎も角、技と体はこの数ヶ月の内に見違える程に成長を遂げていた。そして少しずつ自覚して、自認していく。己の内に眠っていたその力の輪郭を。

 

「っ……!!」

 

 いつの間にか自覚していたその力を環は解放した。慎重に、極限まで絞り切って、解き放った。己の身体からドス黒い影が広がっていく事に環は気がついた。顔をしかめる。覚悟していた事であるが愉快なものではなかった。

 

 他者から奪う力なんて……まるで欲張った泥棒のようだ。

 

(だけど、物は使い様って言うよね……!!?)

 

 溢れ出て、暴れ出んとする力の濁流を環は必死に御さんとする。絞りに絞って、本来の一分どころか一厘まで絞り切ったそれを、目標に向けて差し向ける。

 

 黒く染まり切った白犬向けて、差し向けんとする。

 

「な、何だよ。それ……?」

 

 環の身体から染み出るように発現する暗闇を目撃して、戦慄に似た呟きを吐き出したのは元稚児の術師であった。直ぐ傍らを通り過ぎるそれからさっと距離を取っては何度も何度も凝視する。ちらりと話だけは師から聞いていた。蛍夜郷にて発現したという環の謎の異能……しかし聞くのと見るのとではその印象はまるで違う。

 

(ふざけんなよ……!?何なんだよ、この感触はっ!!?)

 

 白若丸が感じ取ったのは濃厚な恐怖であった。死の気配であった。アレを不用意に受けたら命はない。少なくとも唯の人間では。多少の術式では防ぐ事も困難だろう。尋常ではない。白若丸は本能的に環と環の力を危険視していた。

 

(あれが、環さんの異能ですか……!!)

 

 白若丸程に呪術に対する見識が深くない紫はもう少しマシな感想を抱いた。同じく本能的な恐怖こそ抱くがその本質と根本までは理解出来なかったためだ。己よりも強大な力を持つ家族を幾人も知っている事も理由かもしれない。要は感覚が少し麻痺していた。無論、それでも環の異能の凄まじさは肌身で実感出来たが……。

 

『グオオオオオッ!!?グルッ!!グオオオオオオオオ!!!!??』

 

 薄く、しかし着実に己に纏わりつく漆黒の瘴気に、犬は確かに怯えた。恐怖した。身体を必死に暴れさせて拘束を解かんとする。無意味であった。そして……瘴気が獣毛に触れると共に悲痛な咆哮が上がる。

 

「っ……!!?ご免、許して!?」

 

 慌てて環は謝罪していた。力の調整を誤ったのだろうか?それとも食い方を間違えたのか?動揺が闇夜の瘴気にまで伝染して不安定となる。闇が震える。精細を欠く。それが一層犬の悲鳴に繋がる。

 

「どう、したら……!!?」

「このままで良いわよ?このまま続けなさいな」

 

 弱音を思わず呟いた環の耳元で甘い囁きが紡がれた。遅れて香水の匂いが鼻を擽る。横目に見ればいつの間にか密着するくらい近くにその女はいた。宮鷹忍鴦が、其処にいた。

 

「こ、こんな近くまで来たら……!?」

「だったら早く制御してしまいなさいなぁ。……安心なさい。路線は合ってるわぁ。鳴き声なんて無視しちゃっていいのよ?」

「けど……!?」

「自身の存在としての柱を食われるのよ?髪や爪なんて可愛いものじゃあないのよ?そりゃあ恐怖で悲鳴くらいは上げるでしょうよ?……歯を抜く小僧とでも思えばいいわ」

 

 確かに……忍鴦の何処か身も蓋もない言に、それでも自然に納得していた。ここまでの経緯もあって決して好感の持てる相手ではないがその助言は確かに聞き入れる価値はあった。素直に受け入れる。……謝意を口にする事はないけれど。

 

 尤も、問題は此で終わりではない。

 

『グルルルルッ!?グルルルルルッッ!!!?』

 

 何度も何度も牙の隙間から漏れ出る獣の唸り。暴れる。暴れる。暴れる。封符が、次々と剥がれていく。焼け焦げた末の物もあるが良く見ればそれだけではない。

 

「この黒ずみは……焦げ跡じゃねぇ。腐ってやがる……!!?」

 

 必死に神犬の封印を維持せんとする白若丸は苦虫を噛む。符の劣化、その原因は分かりきっていた。

 

「駄目ですよっ!!……何も言ってはいけません!!」

「っ……!!?」

 

 文句を言おうとして、横から紫が囁き声で制止する。苛立ちつつも白若丸はその意図を察する。ここで環の集中力を途切れさせたらそれこそ惨事になりかねない。其ほどまでに彼女の発現させている力は危険なのだ。

 

「……失敗したらどうするんだよ!?」

 

 忍ぶ声で白若丸は非難がましく問い掛ける。自分は責任なんて取れないぞ、という意味であった。

 

「……私が判断しました。いざとなれば私が方をつけます。貴方は避難を……玉藻姫が巻き添えを受ける可能性があります。それだけはお願いします」

「……呆れるな」

 

 はっきりと全ての責任を受け持つと明言した事に白若丸は言葉通りに呆れ果てた。其処は何とか言葉をこねくり回して周囲の者全員を責任問題に巻き込むべきであろうに……素直というべきか誠実というべきか単純というべきか。

 

(兄貴とは馬が合うんだろうけどな……)

 

 其処まで考えて舌打ちする元稚児であった。己の唯一にして最愛の人のためにここまで色々学んだのだ。それがこんな単純女に比較して負けるなんて事はあってはならなかった。有り得ない事だ。

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

 本当に馬鹿馬鹿しい発想を振り払って正面を見据える。今はただ眼前の事象に集中するべきだと己に言い聞かせる。

 

 白若丸の眼前では、事態は悪化しつつあるように見受けられた。

 

『グヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ゙!!!!』

 

 注連縄の一本が力ずくで引き千切られる。すかさず残る縄が隙間を埋める。やはり駄目だ。化物だけじゃない。それを拘束する呪具からまで気を簒奪している。そして所詮呪具は呪具である。堕落した死に損ないとはいえ神格とどちらが先に事切れるかと考えれば答えは見えていた。

 

「此方はもう手持ちはないぞ!?」

 

 宮鷹の女に視線を向ける。代わりの封符でも出せと合図する。先方がそれに気付いて横目に覗いて来る。笑った。それきりであった。

 

「ちぃっ……!!?」

 

 宮鷹の術師に期待するのを即座に諦めた。愉快犯め……!!

 

(最悪、この阿呆毛女の妖刀を矢面に立たせてやる……!!)

 

 ちらりと紫に視線を移して決心した。というかそれ以外に手段がない。師が先に到着出来れば良いのだが流石に期待は出来なかった。責任を取ると言ったのだ。あの脳内御花畑の異能に家宝を食われる危険くらいは覚悟しろ……既に元稚児の中ではそれは確定事項となっていた。

 

「安心しなさいなぁ。どうやら……制御は上手くいきそうよ?」

「えっ……うわっ!!?」

 

 内心の罵倒を見透かされたように女術師が嘯いた。不意を突かれての呼び掛けに仰天して視線を戻して、しかし直後に白若丸はそれを再び逸らす事になった。

 

 温かな光が、冷えきった部屋を包み込んだ……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁ……はぁ……流石化物!!あれで死なぬとは!!」

 

 蝦夷の青年は自嘲を含んだ声音で悪態をつく。血咳を吐き出しながら相手の人外具合を罵る。

 

 だってそうであろう?相応の業物の刀だったのだ。呪いまで仕込んだ扶桑国の名匠の一品だったのだ。

 

「反撃に此方の手首を引き裂いた上に、突き刺さった刀を引き抜いてくれるとは……!!」

 

 信じられぬ光景であった。怪物染みた姿に変じていても元は人であろうに。眷属と化した同胞を殺した時ですら動揺していたのに、あれは何だ?突き立てた刀は間違いなく貫通していた。首の後ろに飛び出していた。それを平然と引っこ抜いたのだ。

 

「うぐっ……!?くぅ……!!?」

 

 失われた左腕の手首。其処から流れる鮮血。必死になって止血する。薬で以て痛みを誤魔化す。出血多量で目眩がしてくるのを、どうにか意識を繋ぎ止める。

 

「彼方は、どうなったか……」

 

 ふと思い浮かべるのは白木の街に仕掛けた隊の安否である。いや、それは語弊があるだろう。正確には彼女の身柄もだ。……この状況である。結果は分かりきっていた。

 

「ざまぁない。安堵しているのですか?私は?」

 

 己の心情を自認して思わず笑えて来た。其処は怒るか嘆くべきであろうに。血族の仇の血筋の癖に、どうやら絆されてしまったらしい。

 

 佐伯白犬族の下層階級……否、白犬族に敗北してその名家に隷属する小作人と化した幾つかの蝦夷部族。攩野君雲はその末裔に生まれた……と思われる。

 

 このような表現になるのは、先祖代々支配者たる白犬族に対する敗北した部族長の末裔だという呪詛に満ちた口伝として知らされたからである。

 

 正直な所、攩野君雲からしてみれば千年も過去の事なぞ話半分でしか聞いていなかった。長い年月で何処まで尾びれが付いているか知れたものではないし復讐なんぞよりも今日の飯こそが重要であった。彼はその意味で現実主義者であった。

 

 幸運……いや不運は才能を見込まれて族長たる邦守に引き立てられた事であり、しかもその娘の御守り役を仰せつかってしまった事で、その立場故に水面下で企まれていた陰謀に巻き込まれてしまった事だ。

 

 最初話を持ち掛けられた時、何かの冗談の類いかと思われた。あるいは忠誠心を試すための秘密の試験ではないかとも。幾度かの勧誘の後に彼は上司に密告した。上司は翌日には事故死していた。全てを悟った。陰謀の根は深く、誰が味方で誰が敵なのか知れず、己が助かったのは単に都合の良い立場であったためでしかないのだと。

 

 気付けば既に引き返し様が無い程に関わってしまっていて、しかも当初は無謀と無策と思われていたそれは十分な勝算があるように思える程に充実した計画で……。

 

 他の者は分からない。己と違い立場に恵まれぬ者、周囲の妬みに恥辱を受けた者、そんな者が加わっているのは知っている。少なくとも自身には部族への怨念や復讐の感情はない……と思う。これはどちらかと言えば欲であっただろう。突如として転がり込んで来た野望への夢。歯車では終らぬというという欲望。本来ならば有り得ぬ立志への夢。しかし、この様となればやはり浅はかであったのだろう。

 

「全く、焼きが回りましたね……」

 

 道中で勝手した蝦夷の姫君の死。それが鍵となる筈だった。仔犬を利用して自主的に外に連れ出して、捜索に託つけた同胞が切り捨てる。自作自演だ。

 

 朝廷と白犬族との間に亀裂を生み、姫が隠していた堕ちた神犬をここぞという場所で晒し上げれば不信の種となり、支援者共が引き金となって起こる騒乱の最中に蜂起する。北土の不満分子と結んで地の利ある山脈で討伐軍を退ける。……全ては第三者による姫の誘拐で破綻したが。

 

「この分だと朝廷の自作自演、ですかね……?手の込んだ事をしてくれる。お陰で皆、逸ってしまったではないですか」

 

 思うにこれは、姫君を餌とした不満分子の炙り出しだったのだ。最悪、輿入れの話すらも布石だった可能性もある。誘拐された姫君……それは自分達にとっても想定外であった。いきなり死体が見つかるなら良い。行方不明だ。それを名目にした朝廷の調査、長引けばそれはこの白木の街での工作も露見する。その恐れが行動を逸らせた。

 

 来るべき決起に備えて用意していた戦力、姫君の居場所を突き止めた後に誘拐犯ごと始末するための刺客。狙い撃ちしたと悟られては訝れる。陽動に各所でも怪物共を放った。朝廷の管理の不届きから来た妖による姫君の死……朝廷側からすれば勝手に雲隠れして誘拐されて妖に殺されたのだ。両者の対立は激しいものとなろう。あわよくば本命の決起に際しての関街に駐留する軍団を疲弊させておくという意味合いもあった。

 

 全て、失敗に終わりそうだ。悪辣な。

 

「見果てぬ夢、か……。いや、まだ終われない……!!」

 

 攩野は此方に来る二つの人影に視線を向ける。面の下は人外の顔が隠れているのだろう、飛鼠神の体液を取り込んでその眷属と化した同胞達。見掛けによらず、怪物然とした力に加えて人としての知性と理性もある程度残している彼らは指示を待つように控える。

 

「残ったのはお前達だけですか?」 

 

 返って来たのは獣の鳴き声。肯定の返事。続いて遠方より轟音。肉の裂け、木々が砕けて、地面が抉れる音……我らに差し向けられた刺客は随分と豪勢に暴れ回ってくれているようだ。末恐ろしい速度で戦力が削られている事だろう。

 

 尤も、恐れをなして逃げる事も叶わない。

 

「奴自身が結界の要となっている以上、逃げる事は不可能です。再起を図るためにもここで仕留めるしかない。理解出来ますね?」

 

 二体……いや、二人は獣染みた呼吸音と共に頷く。

 

「宜しい。雑魚共で疲弊させた後に仕掛けましょう。我らが切り札を殺られる訳にはいかない。……少なくとも今は」

 

 協力者からの援助を受けて復活させたとかいう飛鼠神。この類いの知識も学んだ身としては余りに呆気ない復活の仕方に疑念も抱くが……最悪別の存在でも構わない。神格であればそれで良い。最悪死しても尚、神罰を以て災厄をもたらせる存在となれば貴重な戦力だ。ここで失う訳にはいかなかった。選択肢は、最早ない。

 

 殺るか殺られるか、実に単純明快だ。

 

「後が無い、ともなれば『これ』も使うべきか……おや?」

『ヴヴヴ……』

 

 懐から支援者から受け取っていたここぞという時に温存しておいた禁薬を取り出す。それの正体を直ぐに見抜いた人外人たる同志の片割れが直ぐ様腰元に吊るしていた得物を差し出した。止血を終えて、痛みが退いていくのを待っていた攩野は静かに震えるような深呼吸を続けて……漸く相手を見返す。

 

「それは……使えと?」

 

 問い掛けに向けて再度の、静かな頷きが返る。

 

「これはまた随分と古風な……蕨手刀ですか」

 

 本当に古い様式の刀であった。今主流の扶桑刀とは違い反りが殆んどないそれは古来、蝦夷が主流としていた刀である。尤も、本を正せばそれも扶桑国から流れ込んで来た代物ではあるのだが。……兎も角も、古い物であった。

 

「他の刀は……手元にありませんか。仕方ありませんね」

 

 言わずとも分かりきっていた答え。鞘から刀身を引き抜く。実に荒削りな刃であった。切れ味も良いとは言えない。まさに無いよりはマシという代物……。

 

「……先祖も、こんな気持ちだったのでしょうかね?」

 

 いや、恐らくは彼らは守るために戦っていたであろう。復讐の怨念を糧に、奪うために戦う我らとは違う筈だ。

 

『ヴヴヴ……』

「仲間はいる、ですか?成る程、それは確かに」

 

 唸る仲間が何を言わんとしているのか、攩野は直感的に理解した。理解出来てしまった。

 

 ……負の感情のみで集まった寄り合い所帯と思っていたが、どうやら知らぬ内に思いの外親密になっていたらしい。

 

「では、皆さん。行きましょうか?これ迄の苦難に比べたら……何という事はない」

 

 禁薬を呷って飲み干して、瓶を打ち捨てる。得物を手にして、繰り出した。背後からは二人分、足音が続く。

 

「そうだ。何という事はない……」

 

 覚悟は企てに加わった時からとっくに出来ていて、残る心残りも消え失せたのだから。

 

 恩義ある主君に仇を為す必要も、世話してきた姫君を破滅させる必要も、そして……何はともあれ共に歩んだ仲間を裏切る必要も無くなったのだから。

 

 だからこそ……。

 

「皆への冥土の土産に、その首くらいは置いていって貰いたいな……!!」

 

 暗い森の先で次々と化物共を千切っては投げる怪物に向けて、攩野は悲惨な笑みで以て刀を突き立てていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 ……其処は白木の街の外れの外れであった。

 

 塚である。かつて時の帝がこの地を平定した際に築いたとされる地元の獣神の首を埋めたとされる首塚……尤も、最早かなり昔の話であって今ではその面影を残すのみである。使われぬようになって久しい山道の途上に立てられた苔まみれの慰霊碑のみがその証明であった。

 

「まだ……みたいね?」

 

 突如、女の声音が鳴り響いた。先程まで誰もいなかった空間に人影が現れる。いや、実際の所は確かに其処に彼女はいたのだ。ただ、己の下僕が権能の範囲から抜け出しただけ。その恩恵を受けられぬようになった故に漸く認識出来るようになったと表するのが正しい。

 

「女子を待たせるなんて……酷い男な事。何処で道草しているのかしら?」

 

 強力な認識阻害の呪いを施した外套と頭巾で身を包む姫君は、しかし口にする言葉程に腹だってはいないようであった。寧ろ愉快げに、待ちわびるように、心踊らせる。まだ約束の刻限まで一刻近い余裕があった。

 

「彼は……彼方ね」

 

 そしてその鋭利な感覚が最愛の人の居場所を捉える。巧妙に隠匿された数里先の結界。それがこの事態においてどのような意味があるのか理解出来ぬ筈もない。

 

 ……彼に孤立無援の内このような仕打ちをする事への怒りは収まらぬが。

 

「……ふふ、駄目駄目。こんな顔で彼と顔を合わせるなんて、いけないわ」

 

 慌てて怒りに震える表情を隠す桜色の姫君。満身創痍であろう彼に、これ以上負担を掛ける訳にはいかない。夫に寄り添い支えるのは未来の良妻賢母としての務めである。

 

「そうよ。私こそが良妻賢母よ」

 

 イカれた母とも違う。イカれた姉とも違う。他のイカれた牝共とも違う。己が、己こそが彼の傍にて相応しい女なのだ。それだけが……あの日以来の己の目指す所なのだ。

 

 だから信じている。彼が来る事。彼が語ってくれる事を。彼が己を受け入れてくれる事を。ここで、待ち続ける。危険を犯しても尚もひたすらに。時間が経れば謹慎中の己が抜け出していた事が知れようが知った事ではない。そんな事よりもこの場にいる事こそが何よりも重要であるのだから。

 

「信じてるわ。だって貴方は……」

 

 その先の小さな囁きは遠方から聞こえる鈍い轟音に掻き消されてしまい、傍らに控える不可視の下僕は聞き取る事は叶わなかった。

 

 姫君と下僕は暫し、未だ疎らに黒煙立ち上る白木の関街を見下ろしていた……。

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