和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 此方、第一〇章となります。未確認の方は活動報告をお読み下さい。

 本編前にファンアートのご紹介を致します。

 此方は貫咲賢希さんより、第九章章末牡丹イメージとなります。卑しい女ずい……
https://www.pixiv.net/artworks/108761164

 此方はkouiuteさんよりAIイラストです。R-18多めです
・エロコス佳世嬢(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/108789248
・エロコス雛姫(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/108997129
・エロコス葵姫(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/108761784

 尚三人共、ロイヤルアイシング元ネタ出力の模様。

・三章章末・前葵姫(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/108762302
・第九章 章末・泣き顔縋りつき葵姫
https://www.pixiv.net/artworks/108997085
・卑しい栄養補給する牡丹ちゃん(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/108997448

 素晴らしいイラスト、誠に有難う御座います!


第一〇章 過去の思い出は美化されるものだよねって件
第一三二話 死んでもいいわ●


 満月の夜だった。青白く大きな月が、森に覆われた北国の雪山をほんのりと照らし出していた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 雪が積もる鬱蒼とした森の中を進み行く幾つもの人影。その中に一人だけ明らかに動きの鈍い者がいた。荒い息を吐きながら必死に同僚達に追い縋る影。

 

 装束と面で一見すると分かりにくいだろう。それは成人もしていないであろう十代半ばを過ぎた少年であった。一旦休憩とばかりに木々の陰で止まり、背を丸めて肩で息をする情けない少年……。

 

 ……まぁ。つまりは俺の事である。

 

「……大丈夫か?ヘバッたのなら休むか?」

 

 暫しその場に留まっていると、その惨状を見かねたように一人の同僚が傍らまで駆け寄って来た。傍らまで来て、耳元で囁くようにして掛けられる提案。その声音から相手が顔見知り……八尋だと分かった。

 

(下っぱは揃いも揃って小面なせいで、一々声聞かないと誰か分からなくなるのが困るなぁ……)

 

 内心で苦笑気味に俺は嘆息する。息を呑む。そして顔を上げる。

 

「はぁ、はぁ……へっ、これくらい平気さ。気にせず先に進んでくれよ?」

 

 俺は口の中一杯に鉄の味を感じながら不敵に笑って見せた。……面をしてるから見えないだろうけど。

 

「……強がりやがって。ほらさっさと逝くぞ。遅れるなよ?」

「了解……あれ、今の文字少し可笑しくなかった?」

 

 疑問への答えは返る事はなく、俺は肩を竦めるとただただ必死に皆に追い付かんと走るのを再開する。

 

 ……そう、俺達は黒い影となって森を駆けていた。言葉は最低限に。豪快に疾走しているのに音は殆ど立つ事はなく足跡もまた同様に。特殊な歩行方法と呼吸方法を連動して使う事で常人には有り得ぬ程に全力疾走を継続し続ける。……俺以外は。

 

「糞っ……駄目かっ!」

 

 顔を上気させながら思わず舌打ちする。残念ながら俺は未だに呼吸法の方は会得し切れておらず、先程息切れしたのもまたそれが主要因であった。情けない事この上ない。何度も練習はしているのだがなぁ?

 

「……っ!!」

 

 先頭に立つ仲間がそれに気付き手信号で合図する。同時に俺達は疾走するのを止めて各々物陰に隠れた。そして、木々の陰から覗き見る。その巨大な影を。

 

「………」

 

 大樹の陰に隠れた俺はゆっくりと『それ』の影を覗きこむ。同時に息を呑んだ。

 

 漆黒の巨大な影が月明かりに照らし出されてその姿をはっきりとさせていく。

 

 全長は少なくとも二丈……六メートル以上はあるだろうか?鹿であった。前衛芸術染みた派手な角を生やした巨大な鹿の怪物であった。確かうろ覚えであるが鹿で最大種たる箆鹿でもこれの半分だった筈だ。それどころか木陰から覗く限り、その頭部には眼球が二つ以上存在した。何なら草を咀嚼する顎は四つに裂けていた。明らかに自然の存在ではない。

 

 妖……人理の外にある超常の存在。妖気を纏う、異形の怪物共だ。

 

「隠行衆の報告通り、中妖にしてはちと大きいな。……食ってやがるのは霊草か?」

 

 此度の任に当てられた下人衆二個班+一名を統括する翁面の上司が……下人歴十年余りとなる梔子が静かに舌打ちした。「霊草」、それは霊脈の恩恵を受けて理外の効能を得た植物の総称であり霊薬の原料ともなる貴重な存在だ。

 

 因みに内在する霊力が変質、あるいは妖気を吸収した存在は稀な事であるが植物妖怪へと変貌する……まぁ、今はその話はいいか。

 

「此方にはまだ気付いていません。囲みましょう」

「あぁ。弓持ちは四方に展開しろ。合図と共に首から上に向けて一斉に放つんだ。鏃に毒を塗るのを忘れるなよ?」

 

 同じく班長であり此度の下人部隊次席たる白戸が提案すればそれに頷き梔子は弓持ちの手下共に命令する。一方向から射ると反撃の的を絞らせてしまう。四方八方から射る事でどれに向けて報復するか、一瞬の迷いを生じさせる狙いがあった。

 

「弓隊は射撃しながら離脱する。奴は迷うだろう。何れから食い殺そうかをな。其処が狙い目だ。目立つ餌を見せて罠に掛けるぞ」

 

 弓持ちが集団から離れると上司は更に指示を出す。同時に俺は嫌な予感がした。

 

「囮に向かって突っ走って来た所に後ろ足を斬るぞ。刀持ちと斧持ちは薮にて待機。槍持ち、それで駄目なら尻に槍を投擲しろ。……伴部!!」

 

 そして指揮官殿は心底面倒そうに俺の与えられた『名』を呼んだ。面の隙間越しに互いの視線が交差する。冷たい眼光が俺を射抜く。

 

「弓持ちが引いたら出ろ。あの獣道を走って俺らが伏せる場所まで誘導するんだ」

 

 それは限りなく捨て駒扱いに近い指示であった。

 

「おい、梔子。それは……」

「班の連携を崩す訳には行かないだろうが。その意味でこのオマケは丁度良い。……運も良いようだしな?」

 

 俺の経歴を思い起こして皮肉たっぷりに言い捨てる梔子。其処には厄介者を遠ざけようという忌避感と警戒感が見て取れた。

 

「……はっ」

 

 そして……あらゆる意味で俺はそれに反論出来る道理はなかった。

 

「……」

「……」

 

 周囲の下人連中からの窺うような視線を受けつつ、俺は指示を受けた地点に向け離脱していく……。

 

「落ち込むな。……ヤバくなったら援護するからな?」

「あぁ。頼むよ」

 

 擦れ違い様に八尋が囁き、俺は短く応じる。何とも言えぬ気まずさを押し殺して藪の内に入った。得物たる槍を強く握り締めて改めて目標を覗き込む。

 

 情報によれば目標たる中妖は二体。一体は既に対応の者が向かっていた。俺達はもう一体……つまりあの化け鹿を仕留めねばならなかった。話が確かならば既に二つの村を襲い、街道で商人の車を襲い、十数名の犠牲が出ていた筈だ。確実に始末せねばならない。

 

(害獣駆除……なんて可愛い話じゃねぇんだがな)

 

 中妖相手となれば最低でも一個班が必要だ。しかも今回の個体はかなりデカい。大妖に脱皮しかねない大物だ。もしかしたら何らかの権能持ちかもしれない。とならば二個班でも複数犠牲が出ても可笑しくない。

 

(ははっ。改めて中妖が雑魚扱いって、冗談だろ?)

 

 今生以前の記憶を掘り起こし、俺は内心で失笑した。ハードな世界観を設定してくれたシナリオライターや脚本家共に呪詛を吐きたくなった。

 

 ……それにハマっていた分際であるのは無視する事とする。

 

「っ……!!?来たっ!!」

 

 直後に空を切る音に俺は現実に引き戻された。怪物の悲鳴が森中に響き渡った。頭部や首部に向けて十を超える矢玉が降り注いだ。霊力で筋力を強化した上で放たれる強弓であった。安い鎧ならば容易く貫通して見せるそれは、しかし人理の外側の存在にとっては致命傷とはなり得ない。寧ろ怒り狂って咆哮した。

 

 僅かに漏れる気配から森の中に潜む弓持ち連中が静かに、そして迅速に退避を開始したのを悟る。同時に俺は薮から勢い良く飛び出していた。手にした槍で叫びながら後ろ足を一突きする。霊力で強化した、全身全霊の一突きだ。

 

 ……丸太程の太さの脚部に小指一本分突き刺さった。可愛いね!!

 

「いや、硬ぇーよ」

 

 余りの理不尽さに思わず俺は突っ込みを入れていた。

 

『グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!』

「ちぃ!!?ここは逃げるが勝ち!!」

 

 直後に振り向いた化け鹿が、顎の内側に生やした無数の鋸状の歯を見せつけて威嚇した。俺は即座に踵を返して逃走する。先程以上に全身全霊の逃亡である。

 

「逃げるは恥ではないし役に立つ、前の班長から教えられた貴重な教えだって……うおおっ!!?」

 

 全力疾走で走り抜ける俺は咄嗟に振り向くと共に迫り来る牙を見た。条件反射的に身体を捻って射線から逸れた。どデカイ怪物の影が過ぎ去る。数瞬遅れてたら牽き殺されていた。怪物がそのまま勢い余って俺を置いて森の先へと突き進む。

 

「糞、仕方ない。このまま殺れ!!」

 

 直ぐ傍からの叫び。振り向けば薮から顔を出した梔子がいた。直ぐ様大鹿の進行方向足元の左右から刀と斧が飛び出した。突き進む大鹿の後ろ足を引っ掛けるようにして刃が向けられる。そして……当てられた刃は即座に弾かれる!!

 

「冗談だろ!?」

 

 余りの勢いに下人達の腕力が持たなかったのか。斧も刀もあらぬ方向に飛んでいき、あるいはへし折れては痺れたように腕を押さえる班員達。面超しでも分かる程に苦悶する彼ら彼女らは、しかしながら即座にその場からの離脱を図る。その場に留まる事が何を意味するのか皆理解していた。

 

「槍持ち共ぉ゙ぉ゙!!」

 

 それを援護せんとして梔子が呼び掛ける。殆んど怒声に近いそれに反応して槍持ち達が手にした槍を投擲していく。霊力で筋力を強化した上での投擲は、オリンピックの槍投げ競技でもメダル確実であった。股関節部目掛けて突き刺さる数本の槍。驚いて一度二度と跳び跳ねる化け鹿。……それだけの事であった。

 

「駄目だ、この程度では止められん!!」

「臭い玉だ!!鼻を潰せ!!糞、退避して一度仕切り直すぞ……!!」

 

 白戸が叫ぶ。即座に梔子が指示を出す。討伐中止の指示を出す。投げ捨てられる投擲玉。ぽんっと爆発すれば猛烈な刺激臭が周囲に広がる。獣妖ならば嗅覚の鋭さが仇となって泣き叫ぶ程のものだ。

 

「撤退!撤退だぁ!!さっさと逃げるぞ!!」

 

 そう言ってる本人が一番に離脱を始めていた。一旦散り散りに散開するのは弓で射た時同様に的を絞らせないためだ。

 

 まぁ、何かあの鹿、他に一切目もくれずに俺を凝視してるんですけどね?

 

「また囮かよっ!?」

 

 俺は絶叫しながら何度目かの全力疾走を再開する。全力での逃亡中である。化け鹿のその憎悪に燃える眼光と言ったらとんでもなかった。『馬鹿』とはいうが……これってもしかして全部俺が原因と思ってたりする!?

 

「伴部!?」 

 

 化け鹿に追われる俺を見かねてか、八尋が支援とばかりに短刀の類いを投擲したが余り意味がなかった。たかが投擲の短刀一本では、この化物は止められない。

 

「不味っ……!?」

 

 あっという間に距離を詰められる。そして化け鹿が咆哮する。首を下げる。掬い上げる。殆んど凶器のような鋭利な刺だらけの角が迫り来る。直撃したら吹っ飛ばされるだろうしそれ以前に無数の刺が突き刺さって最悪即死するかもしれない。回避を図る。間に合わない……!!?

 

「待たせたわね!」

 

 刹那、視界に横槍を入れるように黒髪が凪いだ。化物の悲鳴が上がった。鼻柱を切り裂かれて尻込みする大鹿。それを実行した人物はさっと振り向いた。

 

「相も変わらす、貧乏籤を引くわね?今度、お祓いしに行って貰う?」

 

 槍持ちの般若面。そして装着していたその面を少しズラす。好い歳した大人が悪戯っ子染みて舌を出して宣う。

 

「……いや、そんな金ないんですけど?」

 

 決め顔なドヤ顔をしてくれた鬼月家下人衆允職、名を楓巴。己の上司であり師である女性に対して、俺は心底呆れ返って突っ込みを入れていた……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 鳴り響くは咆哮。怒り狂った咆哮。憎悪に満ち満ちた怪物の轟き。俺と允職は視線を移す。此方を睨み付ける鹿の怪物を見つめる。鼻の先をも文字通りに抉られた血血塗れの風貌が見下す。

 

「允職……!!」

「前に出ちゃあ駄目よ?何処か隠れなさいな。……さぁて、ここは先輩として一肌脱いで見せましょうか!!?」

 

 離脱を勧めようとして、それを遮るように允職は余裕綽々に嘯く。槍をクルリクルリと踊るように回して見下すように化鹿を見上げる。その態度に屈辱を感じたのか顎を裂いて禍々しい咥内を見せつける。哺乳類よりも虫に近い出鱈目な構造の顎を。そして……突貫する!!

 

「来た……!?」

「望む所!!」

 

 猪染みて角を掬い上げるようにしての突進。それを允職は寧ろ正面から突っ込んで相対した。無謀だった。自殺行為だった。

 

「と、思うじゃん!?」

『ギャオオオッ!!?』

 

 衝突の直前だった。何か……恐らくは礫の類い……を允職が投擲したのを俺は認めた。それは寸分違わず鹿の眼球に直撃した。思わず悲鳴を上げて首を振るう化鹿。その鹿の角に掴まって、一気に飛び上がる允職……!!

 

「なぁ!?」

「そしてぇ!!」

 

 仰天する俺を置いて、允職はひょいひょいと猿みたいに枝木のように伸びる角を足場に跳び跳ねて落下する。そして……その脳天に槍を突き立てんとした刹那であった。

 

『グオ゙オ゙ッ゙!!』

 

 いきなり正面を向いた怪物は允職を丸呑みにせんとして顎を開いて待ち受ける!!

 

「允職!?危な……」

「想定内だってのぉ!!」

 

 俺が叫ぶのを掻き消して允職は嘲った。放り捨てるは炮烙玉であった。爆発音と共に鳴り響く絶叫はこれまで以上だった。強固な毛皮と厚い脂肪で守られているならば兎も角、柔い口内で飛び散った破片は容赦なく怪物に激痛を与えた。それを想像するにはあまりあろう。少なくとも口内炎なんて可愛いものではない。

 

「そしてぇ……悶える鹿には槍を突き刺す!!」

 

 允職がそう言うのと喉元に自由落下しながら槍を手に突っ込んだのは同時だった。深々と、槍は柄の半ばまで突き刺さっていた。允職が手を離してその場から跳躍して離脱する。遅れて、化物も崩れ落ちる。

 

「允職!?御無事で……!!?」

「当然だろうが!!ほらっ、お前ら!!ぼさっとせずに殺る殺る!!まだ死んだなんて確定してないんだから!!首落として心臓抉るまで油断しない!!それでも油断しない!!」

 

 梔子が慌てて戻って来たと思えば允職はかなり雑に言い捨てる。言い捨てて命令する。梔子はかなり不愉快げに唸り、しかし舞い戻って来た部下達に死体蹴りを命じた。虫の息の怪物に面を備えた黒装束達が群がって袋叩きを始める。

 

「……」

「ほら、お前さんもサボらない!!それとも何処か怪我した?応急手当しようか?」

 

 急展開、そして呆気なくくたばった中妖の存在に呆然としていればいつの間にか傍にまでやって来た允職が問い掛ける。

 

 恐らく、先程まで別の中妖を始末してきたであろう師が、呼び掛ける。

 

「……いえ。大丈夫です。怪我なんて……うおっ!!?」

 

 直ぐ様その場から歩き出そうとして俺は転げる。今更気づいた。膝が笑っていた。恐怖と緊張から足が震えきっていて、硬直していて、痙攣していた。というかこれって……少し漏れた?

 

「うわ。恥ずかし!!赤ん坊じゃないんだから止めなさいよ。……おしめ替えて、欲しいの?」

「んなわけないでしょうが!!?」

 

 羞恥心もあって、忌憚も容赦も無さすぎる指摘に俺は悲鳴を上げていた。上司と部下の関係も糞もない。人の尊厳を破壊するのはマジで止めて欲しかった。……例えば指摘が事実であるとしても。

 

「はいはいはい。分かった分かった。アンタの失禁は秘密だってさ。お前と私、男同士の誓いって奴よ!」

「貴女、女っすよね?」

 

 何ならこんな大声で暴露されたら秘密も糞もなかった。おら見ろ!何人か此方見てるじゃん!?完全にモロバレじゃん!?もう手遅れじゃん!?

 

「はっはっはっはっ!!」

「マジで殺したくなってきた……」

 

 誤魔化すような高笑いに軽く殺意すら抱く俺であった。ほら見ろ。どいつもこいつも呆れ果ててやがる……。

 

「糞っ垂れ。……こんなのが允職だなんて終わってるぜ?」

 

 俺はそろそろこの不真面目師匠の相手をするのを止めて、死体蹴りの仲間入りをせんと槍を杖にして踵を返す。よろよろとリンチされている鹿の骸の元へと歩を進める。小言で文句を呟いたのはせめてもの抵抗であった。

 

「大丈夫なのか?無理しなくても……」

「あぁ。気にしないでくれよ?……允職の相手するよりはマシさな」

 

 ノロノロとやって来た俺に向けて八尋が気にかけて来るので軽く毒づく。己の恩人であり師であるが親しき仲にも礼儀ありである。此くらい文句は言われたくもない。

 

「たく。もう少し真面目に威厳を持ってくれた、ら……?」

 

 俺が半ば独り言のようにぼやいたその直後の事であった。突如の事だった。突然、前触れもなくそれは引き起こされる。

 

「えっ……!?」

「っ……!!?此れは……!」

 

 地響きがした。咆哮がした。俺達は一斉に振り返る。見上げる。唖然として、総出で見上げる。

 

「……は?」

 

 鹿がいた。先程駆除したのと同じ鹿の形をした怪物がいた。何か体長が倍くらいありそうだけど。

 

『ヴヴヴヴヴヴヴヴッ゙!!!!』

 

 獰猛に鹿は唸る。八つの眼光は先程仕留めた鹿を見て、俺達を見る。明らかに怒り狂っていた。

 

 ……あー、親御さんですかぁ。

 

「允職……」

「……白戸、梔子共々頼んだわよ?」

 

 殺気に満ちた静寂の中、囁くような白戸の問いかけがした。允職が鋭い声音で命じたのを俺は見た。角度の問題から顔は窺いしれない。ただ、腰元より予備としての脇差を引き抜いていた。背後では幾人かが炮烙玉をゆっくりと懐から取り出して……。

 

「今だ!!退避!!総員退避しなさい!!」

『グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!!!』

 

 突如としての允職の叫び。命令。それに呼応して投擲体勢を取る幾人かの下人達。ほぼ同時に怪物もまた剥き出しの顎で咆哮して……大地が抉れた。

 

「っ……!!?」

 

 間一髪でその場からの離脱に成功した俺は先程まで突っ立っていた場所の惨状に戦慄する。

 

 恐らくは頭を振り上げたのだろう。角で掘り返したのだろう。クレーターでも出来たようだった。木々も、岩も丸ごと掘り返されていた。多分ちょっとした小屋ならば二、三軒は入るだろう大穴だ。周囲を見渡す。幸いなのは巻き添えを食らった奴がいない事か……?

 

「糞っ!!直上!注意!!」

「っ!!?」

 

 允職の命令。咄嗟に天を見上げて俺は己の判断の甘さを罵った。抉られた物が何処に消えたのかについて俺はこの時まで考えが及ばなかった。

 

 降って来た。土砂だけじゃない。木々や礫、岩の塊までがたんまりと。まるで豪雨のようにだ。

 

「畜生っ……!!?」

 

 丁度落下地点のど真ん中のドンピシャに立っていた俺は再度その場から離脱を試みる。間に、合わないっ!!?

 

 無数の土で掠れる視界。節々に小さな礫が当たって痛みが走る。構わなかった。問題はもっと大きな石ころや大木である。疾走する。身を翻す。直ぐ傍らに巨木が落下してきたのが分かった。誰かの悲鳴が聞こえた。気にも止めずに離脱に専念する。

 

「此方だっ!!」

「うおっ!!?」

 

 允職の声がした。手を掴まれて引っ張られる。己が向かおうとしていた方向に岩が落下していた。地面に着弾すると共に砕かれて破片が四方向けて飛び散る。

 

「先手を取られたわね!?何やってる!?煙幕よ!!早く!!」

 

 忙しなく動く視界、認識が追い付かない。ただ抱き寄せられた感触がして、そんな叫び声がしたのは分かった。視界の端に移る白煙……。

 

「ほらっ!!ぼさっとしない!!走るぞ……!!」

「うおっ、お……!!?」

 

 先導する允職に牽引されるように俺は煙の中を走っていた。足が縺れそうになるのを無理矢理に動かして進む。文字通りに足手纏いにならぬように、必死に走る。

 

「ぐ、が、あぁ…………」

 

 ……直後、掠れた呻き声が俺の鼓膜を震わせた。

 

「允職っ、今声が……!!?」

「声?……梔子かっ!?」

 

 俺の指摘に一瞬遅れて允職はその意味を解する。彼女の視線の先には先程降り注いだ大木があった。そしてその下に影が一つ……否、二つ!!

 

「氷雨かっ!状況を言え……!!」

 

 允職が巨木の傍で膝を突く小面に向けて叫ぶ。

 

「班長殿が……!!あ、足が木に挟まれて……!!?」

 

 若い、というより幼い声音が震えるように応じる。直後に俺は梔子班に配属されて日の浅い新人の事を思い出した。

 

「痛てぇ……畜生、痛てぇ!!」

 

 その罵声に近い呟きに視線を移せば翁面が呻いていた。その片足は巨木によって下敷きとなっていって赤黒い血が地面に滲むように広がっていた。

 

「梔子……!くっ!?伴部、手を貸せ!氷雨は梔子を引っ張り上げろ……!」

 

 適当な岩を用意して脇差を鞘ごと足と大木の隙間に捩じこんだ允職が命じればその意図は明らかだった。俺もまた槍の穂先を捻じ込んでいく。そして霊力で以て槍を硬化し、己の肉体をも強化する。梃の原理に従って大木を持ち上げんと力を振り絞る。

 

「ふぐっ……畜生、畜生。だからこんな疫病神と一緒は嫌だったんだ、こん畜生め……!!」

 

 半ば意識混濁気味に梔子が吐き捨てる。それが誰に向けてのものなのか、少なくとも俺は理解していた。

 

「……」

「伴部、今は……」

「分かっています。……ぐっ、これでっ!?行けるか!?」

 

 沈黙に気付いて允職が呼びかける。俺はそれに応じて目先の役目を果たすべく全力を尽くす。

 

「班長、もう少しです!もう少し……!」

 

 俺と允職によって生まれた空間の隙間、其処に氷雨が脇を掴んで一気に梔子を引き摺り出す。

 

「こいつは……」

 

 梔子の右足は文字通りに潰れていた。断裂した肉、骨は木っ端みじんといかなくとも内部でかなり砕けているのは確実であった。少なくとも杖があろうが肩を支えられても今この瞬間を歩くのは不可能に思われた。

 

「ぐぅ……」

「梔子、大丈夫か!?お前達じゃあ……無理か」

 

 比較的大柄の梔子を背負うには俺や氷雨では難しかった。允職は梔子を背負わんとするがそれを押し止めるのは当の梔子自身であった。

 

「いらねぇ……ぐっ、お、置いていけ……無理だ。俺は駄目だ。どの道逃げ切れねぇ」

「馬鹿いうな。お前がそんな諦めのいいタマか?いいから甘えておけ。お前さんのような頭の回る年長組は貴重なんだから!」

「けっ、襤褸切れになっても扱き使うつもりかよ……」

 

 梔子の言にそう言い捨てて允職。呻きながら文句言うのも無視して背負う作業を再開せんとする。俺と氷雨は周囲の警戒に移ろうとして……目が合う。化物と。

 

「允、職……」

「何だ?糞……」

 

 どうにかそれを伝えた俺。允職は振り向くと苦虫を噛み締める。周囲を確認すると脇差を構えて俺達の前に出る。

 

「伴部、氷雨。お前達は退避しろ」

「しかし……」

「お前達じゃあ足止めにもならないぞ?」

 

 允職の言葉が全てだった。俺や氷雨では時間稼ぎ出来るかも怪しい。梔子も最早どうやっても逃げられまい。允職のみが足止めが出来た。允職が食い下がる間に俺と氷雨が撤退する。それがこの場における最善……。

 

「ですが……」

「了解です」

 

 動揺する氷雨と代わって俺は即答する。氷雨はそんな俺に僅かに蔑みの視線を向けた。幸いそんなものにはもう慣れていた。

 

 毎回、所属する班で一人生き残るような死神なのだ。今更であった。

 

「そういう事ね。伴部、先導してやりなさい。……来るっ!!?」

 

 允職は俺に新人の面倒を押し付けると、直後に臨戦態勢に入る。鹿妖怪の咆哮が轟く。此方に向けて勢いよく猛進を開始する大妖。

 

 ……刹那、一迅の風が鹿の首を切り落とした。

 

「あ……?」

 

 その場にいた俺を含む全員が瞠目する。ドスンと小屋よりも大きな首が鮮血撒き散らしながら地面に落下する。遅れて身体は横向きに痙攣しながら倒れる。化け物の巨体が倒れたことで土埃が宙を舞う。

 

 そしてその土埃が止むと同時に俺は奴を視界に収めた。俺が良く知る……いや、一方的に良く知る忌々しい一族のその一員を。

 

「はぁ。こんな雑魚相手に何手間取ってんのかしらねぇ?」

 

 息絶えた化け物の頭部に佇む人影は少女だった。到底荒事に不向きそうな豪奢な着物を着こんだ女。十歳程だろうか、美しさと共に幼い子供。桜色の髪と瞳を宿した、背後の満月よりも目立つ美少女……。

 

 鬼月家本家次女、鬼月葵。傲慢不遜で尊大不遜な生まれながらに全てを手にした才女は俺達を何処までも嘲るようにして見下す。

 

「お、おま……」

「頭が高い」

「うおっ……!?」

 

 暫しの間、呆然と突っ立ってると幼女と視線が重なる。同時に響いた冷淡な声音に俺の身体は土下座を強要されていた。言霊術だと即座に理解する。いや、痛い!?痛い!?土に額めり込んでる……!?

 

「俺だけ……!?」

 

 よく見れば倒れ伏す梔子は兎も角、地面に捻じ込むような土下座を強制されているのは俺だけであった。允職も氷雨も普通に膝を突くのみであった。先程の台詞を思えば恐らく俺だけ馬鹿みたいに佇んでいたから罰を受けた……という事だろうか?いやいや、この姿勢首も額も痛いんですが……?

 

「うーん……」

 

 俺の内心の疑問と不満なぞ露知らず……多分知ってもどうでも良いと思いそうであるが……幼女は唸る。口元に扇子を当てて周囲を見渡す。

 

「……あ、けどくたばってる連中はいないのね?詰まんないの、これじゃあ出張った甲斐がないわね」

 

 恐らくは霊力による感覚強化によるものだろう、辺りの状況、残存する下人共を感知して彼女は宣った。それは余りにも残酷な物言いだった。

 

(あのサイコファザーに自慢出来ないから、か?)

 

 俺の脳裏に浮かんだのは設定であった。所謂『暴力系ピンクゴリラ』と称されるイカれ娘の過去設定。父親相手に自慢したかったのだろう。大した損害もなく駆除してしまったので己の行為が何れだけ有益なものであったのかを伝えられないと思ったのだろう。人というものは概して予防を軽視して、事が起きてからの始末を過大評価するものである。

 

(全く、好き勝手言ってくれるゴリラ様だ……!!)

 

 そういう設定なのは知っていたし、彼女に降りかかる多くの事象を思えばある意味で哀れでもあるかもしれない。それでも……それでも、やはりその物言いと態度は死線ばかり巡り合って来た身としては不愉快この上なかった。

 

「……」

 

 思わず、歯を食い縛る。理不尽なんてこの世界では当たり前の話だが、それでも我慢するには忍耐が必要だった。

 

「姫様の助太刀、感謝致します」

「あんたがこいつらの長?……あー、確か下人衆の允職だったかしら?」

 

 允職が謝意を口にすると、ロリゴリラは面倒そうにぼやき、己の記憶を手繰るように首を傾げる。そして漸く相手が誰なのかを思い出したらしい。残念ながら鬼月の一族でなければ家人でもない者の扱いはこんなものであった。

 

「ちゃんと上には説明しておいてよ?私が手を貸してやらなかったらお前達は皆殺しになってたって。功績の横取りなんてふざけた事したら分かってるわよね?」

「はは、必ずや」

 

 幼女の冷淡な脅しに対して、淡々と応じて允職はより一層深々と頭を下げる。その態度に、ロリゴリラ様は寧ろ詰まらなそうに見えた。路傍の石を見るかのように興味を失う。そして天を見る。

 

 恐らくは取り巻きの従者共なのだろう、数人の家人が簡易式に乗って迫り来るのが遠目から見えた。

 

「あいつら……トロいわねぇ。私の護衛役として不足過ぎるわ。そうは思わない?」

 

 冷笑するように空を見上げ、葵は語る。確か設定通りならば彼女はまだ正式には何らの任も受けてなかった筈だ。彼女が初めて正式な任を承るのは件の……となればこれは恐らく勝手な行動なのだろう。何処かに出向く行きか帰りかに近くで気配を感じたから出しゃばった、そんな所か?

 

「我らには及びもつかぬ事で御座いますれば……」

「……ふぅん。明言はしないなんて、生意気ね」

 

 末端の家人だって十分下人衆の三席よりも立場は上である。允職は恭しく己の無学を口にすればロリゴリラは不満げに吐き捨てた。彼女にとって己の発言への返答は是か是しか有り得ないようだった。

 

「まぁいいわ。じゃあこの死骸の処分はやっといてよ?それくらいは出来るでしょ?」

 

 足元の化け鹿の骸を蹴りつけて命令。允職が応答する前に彼女は最早その場から消え失せていた。巨大な龍を模した簡易式に乗って我が物顔で飛び立つ幼女。先程追い付いた家人共は唖然とした後、慌てて蜻蛉返りを強いられる……。

 

「……行かれたか」

「はぁ……はぁ……ぐっ、勝手な姫様なこった……っ!!」

 

 貴人が遠くに見えなくなったのを確認して立ち上がった允職。放置プレイを食らっていた倒れ伏す梔子は息を切らして小さく、そして忌々しげに愚痴った。己が重傷の中で無駄な時間を使われたのだから当然の怒りであった。

 

「あぁ。全くだな。……待ってろ。痛み止めと応急処置をしたら運んでやる。氷雨、散らばった連中を呼び戻しに行ってくれ。人がいる」

「了解です……!!」

 

 何とも言えぬ苦笑いを浮かべながら允職は応じた。直ぐ様真剣な表情を浮かべると取り敢えずの手当てを始めて、氷雨に命じる。氷雨は恭しく頷いて走り出すのだった。

 

「……あれ?ちょっと待て。俺の言霊術解除されてなくない?」

 

 そしてピンクペドゴリラ様が立ち去って少しして、俺もまた允職を補助せんと動こうとした所、漸くその事に気が付いた。身体が土下座状態のまま動かぬ……!?

 

 因みにこの言霊術が解除されたのは半刻程後の事であり、その頃には俺の筋肉は筋肉痛と関節痛で暫し動く事が困難になっていた事をここに追記しておく。

 

 はは。勘弁してくれよ…………。

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