和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 kouiuteさんより製作して頂けたAIイラストをご紹介致します。R-18多めですのでご注意を

・第六六話佳世ちゃん
https://www.pixiv.net/artworks/109410176

此方はR-18
・雛の拘束プレイ(R-18)
https://www.pixiv.net/artworks/109326600
・白(現在・R-18)
https://www.pixiv.net/artworks/109409617
・白(未来・R-18 )
https://www.pixiv.net/artworks/109409716
・コスプレ好きの商家令嬢(R-18 )
https://www.pixiv.net/artworks/109410113

素晴らしいイラスト、有り難うございます



第一三四話●一往一来、一喜一憂、一罰百戒

「……では続いて、その異能の応用技を試してみようか?」

「はいっ!」

 

 鬼月家本家の屋敷の一角、退魔士用の鍛練場にてその師弟はいた。優しげな声音の呼び掛けに、幼さが残る少女の強い応答が透き通るようにして鳴り響く。

 

「これ迄の実験の結果からいって君の異能の本質は変質だ。水遁と土遁の性質を混合した霊気を付与して、対象を浸食する。腐食という形でね」

 

 線の細い端正な青年はしゃがみこんで弟子と同じ視線に立って説明する。まだ十代半ばになるかどうかという少女はそんな師の言葉を真剣に聞き入っていた。それこそ一言一句すらも絶対に聞き漏らさぬとばかりに。

 

 何故ならば彼女にとって、眼前の師こそが唯一信頼出来る大恩ある人物であり、その口から紡がれる説明は己の力を御するに不可欠であると信じていたからだ。

 

 そしてこの力で以て、己の師に役立てる事は彼女の至上命題であった。故に、その物腰は何処までも真摯的であり、果てしなく健気で……。

 

「其処から考えるに君の異能は理論上は直接触れるのみならず……少し待ちなさい。何の御用かな?」

『やっほー?』 

 説明を途中で切って、師は立ち上がった。あっと呟く前に師は振り返っていて、少女もまたそちらへと視線を誘導される。

 

 視線の先に佇んでいたのは十代半ば程だろうか?黒装束に面を被った人影。退魔士に使役される者共。下人。その一員であろう少年が手に幾本かの巻物を抱えて控えている。

 

「失礼を。允職より処理した書類の提出を仰せつかっておりまして。助職殿にお渡しをと……」

『おわたしおー?』 

 恭しく頭を下げて口を開く少年。その行為に少女は不快感を抱いた。

 

 折角の己と師だけの空間に異物が空気も読まずに入り込んだ事実そのものが許し難かったのだ。思わず目尻を上げてきっと睨み付けていた。先方の下人の反応が無い事がより一層不愉快だった。まるで己の存在が軽視されているようで、昔の周囲の連中を思い出して苛立って来る。腹立たしい。

 

 それは完全に八つ当たりであった。それを分かっていても少女はただただ眼前の少年の存在そのものが疎ましかった。己と師の世界を犯す下等な異物を、家人宮水家の娘、宮水静はひたすらに蔑む。

 

「……分かりました。御苦労、そちらにでも置いておきなさい。後程中身を見分しましょう」

「はっ」

『そんな目で彼を見るなよ』 

 数瞬の沈黙の後に師が応じた。指示を出す。下人の使いっ走りは再度一礼の後に示された場所に巻物を安置する。さっさと立ち去れ……その光景を観察していた静は内心で吐き捨てる。残念ながら、そんな彼女の要望は実らない。

 

「……どうしたのかな?」

 

 何時までも其処から離れぬ允職補佐に向けて、助職が問い質す。それを待っていたのように、下人は口を開いた。

 

「助職殿……意見具申、宜しいでしょうか?」 

「っ!!?分を弁えなさい!!役職もない唯の下人の分際で、意見を述べるなぞ……!!」

『必死だねぇ?』 

 班長ですらない下人の下っ端の度しがたい所業に思わず静が声を荒げていた。己の師の立場を軽視されたように感じられたのだ。侮辱的で、恥辱的で、静は義心から下人を叱責せんとする。しかしながらその言葉が最後まで紡がれる事はない。

 

「静、君に発言を許した覚えはないよ?」

「っ……!!?」

『怒られたー』 

 師の発言と静の沈黙はほぼ同時であった。口蓋が動かない。唇はきつく締められていた。言霊術であると静は即座に悟る。

 

 言の葉呪いを乗せた霊術の一種。震わせた音を通して脳の神経の一部を操る催眠術である。卓越した使い手はそれこそ何気ない会話で以て相手を意のままに操る事も、言語を理解し得ぬ獣や虫、挙げ句には妖までも使役してみせるという。師の言霊の技の腕前に静は何よりも先に感嘆と驚愕、そして畏敬の念を抱く。

 

 ……そして、改めて非礼に余りある眼前の下人を睨み付けていた。

 

「意見具申、か。きちんと立場を考えての発言かな?」

「非礼は重々承知です。その上で何卒御願いを……」

『手打ちされるのー?』 

 師の確認の言葉に跪いて件の下人は再度嘆願する。

 

「……内容だけは聞いておこうか?」

「ははっ」

『聞くだけー?』 

 殆んど土下座に近い姿勢となって、下人は述べる。どうやらこの者、先日指名された任に不満があるようであった。

 

「恐れながら、二の姫様は鬼月一族直系たる高貴な出自。万全の備えを取るならば御傍に控えるものが若輩では同行は荷が重いものと考え……」

「ほぅ、其処まで二の姫の安否を気遣うとは。すると允職補佐としては二の姫を殊更その身を案じる立場にあるという事かな?」

「っ……!!?」

『ごりら!!』 

 眼前の下人が意見を述べれば、師は間髪容れずに其処を指摘する。それを前にあからさまに動揺の素振りを見せた。静は一層、下人を警戒する。

 

 静も深くまでは知らぬが、鬼月の一族の次期当主の座を巡って有望な候補者が複数人擁立されている事を彼女は知っていた。未だ正式には決まらずに対立があるとも、己の師がかつてその候補者の一人として擁立された事がある事もまた……。

 

「允職殿も同意見なのかな?それとも、これは独断の判断かな?」

「……独断となります」

『独身!』 

 師の追及に、暫しの沈黙の後に淡々と答えた下人。静の警戒が解ける事はない。下人の発言の意図を訝る。本当に二の姫の身辺の守りを固めるためか、あるいはその逆か、若しくはこの会話を行う事自体が狙いなのか、誰の指示を受けているのかを……余計な火の粉が師に振り掛けるというのならば、弟子は未熟ながらも全力で以てそれを払う覚悟だった。

 

「……御当主様と長老方からの、名誉ある御指名だ。私の及ぶ所ではないよ。異論あるならば別口から申し出る事だね」

「はっ。承知致しました」

『袖なくされたねー』 

 師からの説明に、下人は地面に額を押し付けて答える。そして卑屈げに退出した。

『可哀想にねー?』 

「お師匠様……」

 

 呟くような呼び掛け、そして遅れて静は己に掛けられていた呪いが解かれている事を理解する。

 

「……待たせたね。鍛練を再開しようか?」

 

 そんな弟子を見下ろして師は、下人衆助職鬼月思水は何事もなかったかのように語るのだった。

 

 その色彩の違う双瞳の風貌に、相も変わらずの貼り付けたような微笑みを浮かべて……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「ははは、そして袖なく振られたって訳か?」

「……笑い話じゃないんですけど?」

『私は振らないよー?』 

 どさ回りの果ての果て、場所は呪具師衆の工房が立ち並ぶ敷地の隅に設けられた薪小屋近辺。ひたすらに高笑いを続ける男に向けて俺は口を尖らせる。

 

「なぁに言ってんだ?寧ろ笑うしかねぇ話だろうがよ。その場で首が飛ばなかっただけ儲けものってもんさ」

『すぽーん!』 

 俺の雑人時代の知己。年上の悪友。呪具師衆参番組若頭である久賀猿次郎は積まれた薪の上で胡坐を掻いて似つかわない正論を宣ってくれる。鬼月の家に仕える若手の呪具師達の中でも特に鍛冶を得手とする男は肩を竦めながら硬く皮膚の厚くなった腕で顎を摩る。摩りながら此方を見下ろして吟味する。そして続ける。

 

「……しかしお前さんも奇妙な奴だなぁ?あの姫様に御同行出来るんだぞ?泣いて喜ぶべきじゃないか?言っちゃあ何だが面だけはかなりの別嬪様だぜ?」

「性格は如何に?」

「俺如きが語るなぞ、畏れ多い事よ」

「逃げやがった……」

『私の方が可愛いし優しいよー?』 

 ニタニタと神妙な笑みを浮かべる猿次郎。言わぬが花、沈黙は金、壁に耳あり障子に目ありという事であるのだろう。己の立場を危うくする致命的な陰口は語らないのがこの男だった。世渡り上手な事で。

 

「お前さんが下手過ぎるだけだど阿呆め。雑人だった頃がいい例だ。折角姫君の御傍仕の座に居座る機会だったろうによ。全部棒に振った挙げ句にこの様、どうだ?汗水垂らして食う飯は旨いか?」

「塩味が濃い飯を旨く感じるようになりましたよ」

『辛いのは嫌いー』 

 正確には味覚が戻ったともいう。農村で野良仕事していた頃と同じだ。雑人見習いとなってからは味の薄い飯ばかり馳走になっていた。一緒に食べていた雛が味がしないと散々に愚図るので何度こっそり塩や醤油を隠れて追加投入した事か……俺自身は雑人している内に舌が順応してしまい、逆に下人堕ちした最初の頃は用意された飯が辛くて堪らなかった。我ながら味覚は簡単に変わるものだと驚愕したものだ。直ぐに慣れたけどな。

 

「又聞きだがな、二の姫君は確かに正式には実戦処女だがその才能は中々の物らしいぜ?それに非公式だが出会した大妖共をそれこそ何体も千切っては投げ千切っては投げと爽快なものであったらしい。随分と矜持が高い完璧主義者でもあるらしいからお前さんら下っ端にまで仕事は回らんさ。正直普段やっている任務よりもずっと楽だと思うんだがなぁ……?」

『そう思うー?』 

 猿次郎は腕を組んで首を傾げて俺を諭す。その言は事実であろう。俺が必死に此度の任から逃れようとしている事を奇妙に思うのは当然の反応であった。

 

「それは承知していますよ」

『笑止!』 

 それこそつい先日大妖が秒殺された光景ならば目撃済みである。その腕前は疑うべくもない。問題は其処ではないのだ。そんな所ではないのだ。もっと根本的な問題なのだ。

『滑稽な奴だよねー?』 

 鬼月葵が父の愛を求めて信頼している以上は彼女がどれだけ霊力を持とうとも、どれ程の才覚を有していようとも、それは何の意味もないのだ……。

 

「それでも、か?」

「それでもです」

「理由を聞いても?」

「勘弁して下さいよ……情報は隠し持っている事に意味があるものですからね?」

『私と貴方の秘密ー』 

 原作知識です、等という訳にはいくまい。それっぽく意味深げに騙って誤魔化す。陰謀渦巻く鬼月家であればこれで意外と通じるものであった。そして好奇心は猫を殺すものだ。厄介事は御免というのがスタンスの猿次郎ならば適度に配慮してくれる事であろう。

 

「……また一人で抱えこみやがって」

「はい?」

「独り言だってんだ。……それで?態態なけなしの金で買った酒で俺をどうしようってんだね?えぇ?」

『お酒は好きじゃないなぁ』 

 何事か呟いた事に反応するが、当の猿次郎は傍らのそれを……酒瓶を持ち上げると二度三度と覗き込むようにして検分し始める。検分しながら俺に向けぶっきら棒に尋問する。

『お菓子が良かったよー?』 

「ははは……今更惚けないで下さいよ。俺が賄賂を差し出す際には何が望みか、知ってる癖に」

『腐敗の臭いがする!』 

 俺の雑人時代にせっせと構築し、その大半がおじゃんとなった後も辛うじて残った幾つかのコネクション。その一つが眼前の呪具師衆の男である。今や見習いから卒業し一人前の呪具師として認められている彼に向け、俺は本題を透かし見せる。これまで散発的に行った取引を例にして目的を暗示する。

 

「しかしなぁ、道具の便宜を図れっても……上等な代物は主家なり家人連中向けで出せねぇぞ?」

『諦めろー』 

 呪具師の顔馴染は渋い顔で確認をしてくる。呪具師衆の製作する呪具の内、一級品は当然のように鬼月家とその傘下の家人共に向けたオーダーメイドである。在庫に余裕がなければ個々人の特性に特化させているので俺が扱える代物ではない。鬼月家の収入源の一つでもある庶民向けの販売品は回せるだろうが性能は知れていた。

 

「構いません。余り物の間に合わせでも結構。一つでも多く手札が欲しいんです。何卒、この通り……!!」

『幾つか隠してやるもん。この前みたいに』 

 俺は深く、本当に深く頭を下げる。嘆願する。懇願する。殆んど命乞いに等しく、実際半ば以上命懸けであった。 

『大丈夫、貴方は私の物』 

 鬼月家の二の姫の正式の初陣。妖共の巣穴の討伐……それがモブ連中にとっての特級の死亡フラグなのは明らかで、その面子に加入する俺が生き残るために選べる選択肢は決して多くはなかった。

『最後は私の手の内に』 

 確実なのは、どうにかして参加メンバーからの脱退する事であるが……現状では望み薄であった。あの手この手と少ない人脈を通じて抵抗するが、何処もかしこもなしのつぶてであった。允職の補佐役擬きが立場に託つけて理由をでっちあげては接触を図るが顔合わせすらも覚束無い有り様だ。

『私と二人ぼっち』 

 というか下人衆助職たる鬼月思水から余り愉快でない話まで聞いてしまった。嘘だろ?サイコなダディに指名されたの?がはは、死んだな!棺桶入ってくる!

『永遠に』 

 ……いや待て。ちょっと粘着質過ぎない?これ迄散々放置プレイしてきたのに今更愛娘の復讐しにきたの?有り得そうだから怖いわ。いや、流石にロリゴリラのオマケだろうけど。

『悠久に』 

「其処まで必死になるんならいっそ雛様にでも泣きついたらどうなんだ?俺ならどうにか口添え出来るぜ?」

「流石にそれは……」

『雛ちゃん?』 

 猿次郎の提案に俺は顔をしかめる。手段を選んでいる余裕はないが、彼女に助けを求めるのは恥知らずであった。先方がどう思うか、いや仮に成功したとしても……問題の先送りに過ぎないだろう。下手したら次の手が読めなくなる。悪手だ。

『あいつには渡さない』 

「……いえ、それは止したいです。二の姫の関わる案件です。雛様の口添えなんて貰っては要らぬ荒波が立ちかねません」

『あいつの助けなんていらない』 

 原作で、概略ながらロリゴリラが食らった罠の内容は触れられている。完全に同一かは知れぬが分かっているならばまだ対策のしようはあるものだ。どのような形で終わらせるかは議論の余地はあるが……雛を関わらせるくらいならば罠に突っ込んだ方がまだマシだ。

『あいつは蚊帳の外で十分よ』 

「じゃあ隠行衆頭殿はどうだ?お前さん、随分と胡麻擦ってたろ?色々と期待されてたそうだし……昔の誼で少しは便宜を図ってくれるかもだぞ?」

「期待ですか……その分失望も大きいでしょうがね」

『豚さん?』 

 信用は得るのは大変でも失うのは一瞬の事だ。ましてやあの豚や……隠行衆頭の性格を考えれば尚更である。その辺りサイコファザーや拗らせ若作りババアと家族だってのが分かるな。流石に原作での描写を見るに大分マイルドなのだろうが。

『葉山と一緒に出掛けたわ』 

 まぁ、どの道その辺りは分析しても意味のない事で……。

『出掛けさせていたわ』 

「聞いた話だと隠行衆頭は不在だそうですよ?先日白奥まで出向いたとか」

『念入りに準備してるみたいだね?』 

 俺は屋敷をどさ回りして得た大して意味のない情報を呪具師に教える。この情報を知れたのは限りなく偶然であった。厩で屯していた牛飼連中が酒混じりの雑談で駄弁っていた。どうやら自身の牛車は残して一部の部下共とこっそりと抜けているそうだ。

『執念深いわよね』 

……鬼月家内の香ばしい陰謀の匂いがするのは気にしないでおく。流石に俺は関係無いだろうし。

 

「マジか。糞、俺は知らんぞ……?」

『男の嫉妬は怖いわぁ』 

 猿次郎は首を捻って訝る。耳敏い彼でも知らなかったのだから本当に隠密の内に谷を出ていったのだろう。残念ながら人の口に戸は立て切れないという事か。まぁ、どれだけ上で綿密に機密保持しても末端が馬鹿をやるなんて事例は枚挙に暇がないものだ。下人だからこそ手に入る情報がある、それだけの話であろう。

 

「となると後は……いや、本当に手詰まりと言う訳か」

『あっきらめろー!』 

 何かを言おうとして、しかし一瞬黙り込んだ後に猿次郎は顔を顰める。その仕草に俺は僅かに違和感を覚えるが……しかしその事を指摘する暇もなかった。猿次郎が提案をしてきたからだ。

『うん?』 

「あい分かった。此処は昔の誼もある、一肌脱いでやるとするさ。一つ条件があるがな?」

「条件?」

『ちょうちょ?』 

 猿次郎の言葉を反芻すると、当の本人は頷きながら話を続ける。

 

「俺から便宜を図って欲しいってんだろ?幾ら賄賂有りとは言え、それだけじゃあ割に合わんだろう?だからよ?俺の出世にも協力しろ」

「……たかが下人に何を期待しておいでで?」

『ばばあだ』 

 顔を近づけて囁く猿次郎に向けて、俺もまた言葉を忍ばせて尋ねる。

 

「頭を貸せ。お前さんは雑人見習いの頃から妙に発想豊かだったからな。雛様喜ばすのに色々玩具作ってやっただろう?お前が提案して俺が作るって形でよ?」

「……あくまでも玩具ですよ?」

『耳元で助言してる』 

 俺は懐疑的な表情で以て猿次郎の言葉に意見する。確かに遊戯もあるし、それ以外にも鼠花火だとか吹き戻しだとか、挙句に半年掛けて製作した護謨動力飛行機は雛がはしゃぎ過ぎてその日の内にぶち壊して製作に関わった全員の顔を宇宙猫にしてくれた。

『忌々しい』 

 御察しの通り、どれもこれも俺の前世の記憶から着想・発想した代物であり、数少ない俺の前世が役立った事例である。しかし……やはり何処までいってもそれは所詮玩具の枠を超える事はない。

 

「其処は俺らの腕の見せ所よ。職人の世界も中々年功序列でな?師匠らや先輩方と同じ土俵で戦ってたら何時まで経っても上に上がれねぇわけよ。ならば搦め手を仕掛けるしかあるまい?」

「俺が使って功績を立てれば儲けものと?」

「駄目な時は何処ぞの下人がガラクタを拵えたってわけだな。悪い提案じゃあないと思うんだがな?」

「寧ろ、選択肢がないというべきでは?」

『……いいもん』 

 俺の返答に猿次郎は実にいい笑みを見せてくれた。いい笑みで何も言わない。……素晴らしい友であると思うよ。全面降伏するしかあるまい。

『押入の彼の下着盗んでやる』 

「良い案があるなら粗削りでもいい。一両日中に纏める事だな。出立まで期日はないのだろう?」

「一応まだ希望は捨てていませんよ?」

『ざまぁみろ』 

 猿次郎への要請は早めに最悪に備えているだけだ。望み薄であろうとも希望を捨ててはいけない。諦めたら其処で試合終了だって某有名作品でも言ってた。

 

「そうか、じゃあ頑張りな。……一応言っておくが、いざって時は本当に恥も外聞もかなぐり捨てて頼れよ?命あっての物種だからな?」

『慌てふためけ』 

 それは恐らく雛の事を言っているのだろう。少なくとも猿次郎は彼女に泣きつけば何とかなると考えているらしい。まぁ、彼女のファザーなファーザーのアレ具合が分からんだろうからなぁ。

『気取り屋め』 

「承知してますよ。……何時だってね」

「……じゃあな」

『そんなのだから大事な人失ったのよ?』 

 俺の返答に、尚も納得し切れていない呪具師は、しかし酒瓶を手にすると端的にそう答えて話を切り上げた。立ち去るその背に俺は謝意を示して一礼する。

 

「ん……?」

『また失え』 

 ふと視界の端に紫紺色の蝶がはためいていたような気がして、しかし振り返った時にはそんなものは影も形も見えはしなかった……。

 

『くすくすくす』 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「さて、と。後どうにか便宜を図って貰えそうな所と言えば……何処だ?」

『頑張るねぇ?』 

 一つ一つと出会うべき相手を潰していき、その多くが徒労か僅かな見返りに終始する中で俺は次に向かうべき相手を思い浮かべる。雑人衆のお偉いさんらは……寧ろ駄目だな。変に動き回ってるのを知れたら突き出されかねん。となると……。

『ずっと乗ってるからそろそろ疲れちゃった』 

「って……うおっ!?」

「きゃっ!?」

『きゃっ!?』 

 考え込み過ぎていて正面を見ていなかった。気付いた時には俺は正面から激突していた。自分と、そして相手もまた互いに尻餅を搗いて地面に倒れる事になる。不味い!?相手が目上だったら厄介な事に……!?

『いたーい』 

「申し訳ありません、お怪我は……氷雨、か?」

「貴方は……確か伴部さん、ですか?」

『うー、背中から落ちちゃった』 

 慌てて相手に謝罪の言葉を口にして、その正体を理解した俺はその名を呟いていた。先方もまた痛めるおでこを面越しに撫でていて視線を此方に向けると半ば疑問形で名前を口にする。まぁ、班が違う上に現場に出たばかりの新人なのだから当然の話であった。

『むー』 

「済まない。余所見していたんだ。……手を貸しても?」

「あ、有り難う御座います」

『余所見は駄目よー?』 

 先に立ち上がって手を差し出せば少し遠慮がちにその手を取る。引っ張り上げて、立ち上がった氷雨。真っ黒で汚れの分かりにくい装束を叩いて砂を払う。遅れて抱える手荷物に俺は気が付いた。

『私も引っ張れー』 

「それは?」

「え?いえ……ちょっと、見舞品を」

『よいしょっと。甘い匂い?』 

 思わず口にした質問は後から無遠慮に感じられたが、氷雨は僅かに迷っただけで素直に答えた。それが生来の性格から来るものなのか、上下関係から来るものなのか、下人としての教育によるものなのかは判断しかねた。しかし……。

『オヤツの予感!』 

「見舞品?……もしかして、梔子班長のか?」

『私にけんじょーしろー!!』 

 俺の当てずっぽうの応答に、氷雨はゆっくりと頷いていた……。

 

『お菓子くれないと悪戯するぞ?』 

 

 

 

 

 

「何だ?よりによっててめぇら二人が雁首揃えて御訪問なんざ、どういう風の吹き回しだ?俺を八つ裂きにでもしに来たのか?えぇ?」

『御開きかもしれない?』

 割り当てられた畑の土の掘り起こしを人の二倍程の時間をかけて終わらせた男面……元下人衆班長梔子は、招かれざる客とばかりに俺達に向けて言い放った。

 

 場所は鬼月家本家屋敷敷地の外。無縁仏の乱立する裏手の山を更に越えた先にある小村である。人口は三十人余り、その全員が五体満足ではなかった。事実、畑のど真ん中で毒づく梔子も片足が異様に捩れている。

 

 此処は任務の最中に死なずとも再起不可能となった元下人共の流れる末路であった。霊脈により肥沃なれど地形故に耕作のしにくい土地を宛てがい、粗末な小屋と農具を与えられて彼ら彼女らは自給自足の生活を強いられる。放棄されたように見せかけて監視体制自体は持続しており、下人時代の呪いもまた継続して不穏な兆候が見られれば呪蛇は牙を剥く事になる。

 

 村の名称は安永村。あるいは組織名称としては安永院。一応下人衆の外郭組織として下人の福利厚生のために設立された部署であった。福利厚生とは……?

 

「班長殿、流石にそれはないでしょう?折角山越えて見舞に来たと言うのに……それに自分は付き添いですよ」

『私もだよー』

 相変わらずの憎まれ口に俺は一周回って苦笑して、氷雨を見る。傍らの新人下人はオドオドとした態度で手荷物を差し出す。

 

「あの、此方……粗品ですが、どうぞ!」

「……なんだ、そりゃあ?」

『さぁ、何でしょう?』

 風呂敷にくるまれた眼前の荷を心底警戒して見つめる元班長。氷雨と俺と、荷を何度も何度もグルグルと見比べる。そして思い付いたように言い放つ。

 

「おい、伴部。てめぇが広げろ」

『御開帳?』

 杖代わりの鍬を強く握り締めての言葉だった。全く、とことん用心深い性格な事である。……だからこそ今日まで生きて来れたのだろうが。

 

「何だ、その目は?気持ち悪ぃ」

「気持ち悪いって……はいはい、承知しましたよ。氷雨、いいよな?」

『食べていい?』

 俺は梔子の言葉に呆れ半分に応じて氷雨に許可を取る。首を縦に振っての肯定を確認してから俺は風呂敷を開く。木箱があった。木箱も広げる。

『御開帳!!』

 木箱一杯に詰まっているのはかりん糖であった。それも甘藷に蜂蜜をかけたかりん糖を、である。甘い香りが辺りを満たす……。

 

「……何だぁ、そいつは?」

「見た通り、芋かりん糖ですが?」

「そんな事を言っているんじゃねぇ。何でそんな物を此処に持って来てんだってんだよ」

『私への貢物だー』

 此方の返答に大層不愉快げに梔子は吐き捨てる。猜疑心に満ち溢れた口調。それは下人時代よりも一層強く滲み出ているように見える。

 

「花水木亭は知ってますよね?彼処の御嬢さんがそろそろと菓子作りの練習を始めたようで。どうやら質より量という事で色々と失敗覚悟で菓子を作りまくっているそうです」

『そーなんだ』

 実際、木箱の中身は形が不揃いで、焦げている物もあった。

 

「まぁ、そのお陰で我々の安い給金でも一番御安い品ならばたっぷり買えた訳ですが」

「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ?誰がそんな事を聞いている?」

『じゃあ、今度忍んで食べに行こー』

 俺が懇切丁寧に教えてやれば、梔子は鋭い眼光で睨み付けて来る。やれやれ、気難しい人だ。

 

「あ、あのっ!!」

『んー?』

 俺と梔子の間の不穏な気配を感じ取ったのか、それを遮るようにして叫ぶ氷雨。俺と梔子の視線が同時に彼女を見ればぎょっと一歩退いて身を縮こませる。

 

「い、いえ……。その、先日初めての御給金が出ましたので……班長殿の見舞品を、と。あ、あの……御迷惑でしたか?」

『初任給!』

 任務の時にも見たようなオドオドとした所作で、掠れて消え入りそうな囁き声で彼女はどうにか説明しきる。どうやら生来のものらしいその臆病な態度を俺と梔子は無言で見つめ続ける。暫く経ってから、梔子は舌打ちした。

 

「白湯なら用意出来るだろう。来るがいい。……土産持ちなら他の連中も無下にはせんだろうさな」

『賄賂?』

 面の下で苦い表情を浮かべて梔子は呟いた。氷雨は面の下からでも分かるくらいにぱっと笑みを浮かべる。此方を見る。俺も頷く。共に梔子の後ろに付いていく……。

『れっつごー!!』

 梔子の先導に従って辿り着いた小屋は、事前に知っていた通りに襤褸だった。一般の下人衆の押し込まれているそれと同じで雑魚寝前提の隙間風入りまくりのデカイだけの古小屋だ。ガタついた引き戸を若干苦戦しながら引く梔子。

『ぼろーい』

「おい、白湯を用意しやがれ。それと邪魔な物は退かせて場所作れ。……さっさと準備しねぇと分け前はやらねぇぞ?」

『やらねーぞー』

 外見通りに乱雑で痛んでいる室内。男面を被る其処の住民らに向けて梔子は叫ぶ。

 

 皆が皆、何処かに怪我や傷を負っていた。手足の一部が可笑しい方向に曲がっているのは可愛いもので、四肢の一つ、あるいは複数が無い者、目に包帯をしている者。あるいはそれら全て……寝ていたり、あるいは何らかの遊戯をしていたりしていた彼ら彼女らは一斉にギョロリと闖入者を見つめる。

 

「……梔子?どうしたんだよ急に。其処の二人は誰だ?まさかもう新入りか?」

「んな訳あるかよ、高砂。少なくとも片方は俺が指導してやったんだ早々ヘマするかよ。……見舞に食い物だとよ」

『私への貢物だー』

 胡座に将棋をしていた片腕の男の言葉に梔子が皮肉げに宣う。ひょいと氷雨から木箱を取り上げて中身を見せつける。甘い香りに室内の者達の態度が変わる。

 

「おいおい、そいつは……」

「もう一度言うぞ?おこぼれが欲しかったらさっさと動きやがれ」

『働けー』

 梔子の再度の指示に今度こそ動ける者は皆慌ただしく動き始める。

 

「おい、薪用意してくれ。龜の水沸かすぞ!」

「塵取り寄越せ!其処の塵も退かせ!」

「麦焦がしがあった筈だな?折角の御馳走だ。そいつも使っちまうぞ!!」

『私の分も用意してねー?』

 てんやわんやと午後の御茶会の準備を始める元下人達。御茶なんてないけど。

 

 暫くして小綺麗になった部屋で動ける元下人共が円となって木箱を囲む。白湯に麦焦がしを溶かした湯呑を手にする。音頭を取るのは梔子だ。

 

「いいかてめぇら。今回の御馳走は俺の人徳の為せる業だ。そうだな、氷雨!?」

「は、はいっ!!?」

『私への供物だー』

 半ばパワハラ染みた呼び掛けに氷雨が竦み上がって答える。梔子はそんな元部下を鼻で笑って再度周囲を見渡す。

『私を褒め称えろー』

「そういう訳だ。今後も見舞に飯持ってくる連中がいるとすりゃあ、それは俺のお陰って事だ。それを独占するのも分け前をやるのも俺の胸三寸って事だ。それを忘れんじゃねぇぞ!!?」

「変わらねぇ……」

『逞しいねー』

 梔子の物言いに俺は思わず呟いていた。下人時代もそうだったが、自分の権力を少しでも高めるのに余念の無い人だと思う。無能ではないが卑しくて上昇志向が高過ぎる。その野心家ぶりが允職選考から外された理由なのだが……何処まで自覚があるのだろうか?

 

「そういう訳だ。よし、食うぞてめぇら!!」

『いただきまーす』

 梔子の言を開幕の合図に次々と木箱に群がり始める。湯呑を飲みながらワイワイと騒ぎ始める。

『ぽりぽりぽりぽり……』

「いやぁ、お前さん達。中々見所あるなぁ。此方に物贈ってくれる奴らは少なくてな?助かるぜ」

「そうそう。先達は敬わんとな。若手の癖に見所があるなぁ!!」

『そうだぞー年上は敬えー』

 ボリボリとかりん糖を齧りながらまるで酔っ払いのように語る元下人達であった。酒はない筈だが妙に息が酒臭い。……あ、酒粕がお出しされて来やがった。誰か密造酒造ってんな?

『酒臭いのきらいー』

「おっと。黙っていてくれよ?数少ない楽しみなんだからな?呑まんとやってられんさ」

「どうせどいつもこいつも此処に来て彼是調べたりはしないわよ。お陰様で自由なものよねぇ」

『これぞりばてぃ?』

 俺が察したのに勘づいて、冷笑と皮肉も含んだ物言いで元下人達は語る。使い物にならなくなった下人達の行き着く先。塵捨て場に近い其処で漸く彼ら彼女らは細やかな自由を満喫しているらしかった。決して、楽ではないが……。

『ふりーだむ、自由を掴めー』

 茶会というには乱雑とした騒ぎは次第に大きくなる。話を聞いて早めに野良仕事を切り上げた者達が文句を言いながら加わって、悪口交じりの世間話を語り始めて、何処からか御古の楽器を持ち出して楽曲も何もあったものじゃない演奏を始める。氷雨は周囲を囲まれて彼是と愚痴聞き相手にさせられていた。

『……取り敢えず言って見た』

 いやまぁ……俺もなんだけれどな?

『私も自由欲しいなー』

「おーい。追加くれよー?胡瓜あるだろー?」

「此方もくれよ。人参がいい」

「自分で持ってこいや!!」

「干肉出すぞー。誰か食うー?」

『あ、食べるー』

 中央に鎮座していたかりん糖は何時しか無くなっていて、しかし何処からか漬物が出てきて、相変わらずボリボリと咀嚼音が垂れ流される。……もう茶会でも何でもないな、これ。

『むしゃむしゃむしゃ……』

「おい、一葉。これ食え。後輩共からの差し入れだとよ」

「あ、ぅ……」

『そいつ、長くないねー?』

 周囲の愚痴の聞き役をしていると、ふと偶然に視界の端にそれが映った。部屋の隅で五体が比較的無事な何人かの元下人が倒れ伏す幾人かの人影に白湯を飲ませて、かりん糖や漬物を食べさせていた。芋虫みたいにその場から動けぬ彼ら彼女らは、そんな世話役達の耳元で何やら囁いている……。

『まあ、人は何時か死ぬものだし』

「……」

「おい、伴部」

「え?うおっ!!?」

『死んだ後は食べたげよっか?』

 意識が逸れていたからだろうか。直ぐ傍らに来ていた梔子の存在に俺は呼び掛けられて漸く気付く事が出来た。

『んー?』

「えっと、その……?」

「少し面を貸せや。……その方がてめぇもいいだろう?」

『お面貸すのー?』

 此方が何かを口にしようとする前に紡がれた言葉に、しかし俺はそれを拒絶する選択肢は存在しなかった……。

『私も行くねー?』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「まぁ。あれだけ騒いでんだ。此処等で話しても聞こえはしねぇだろうさ」

『壁に耳あり障子に目あり!』

 小屋の裏手に回って、切り株の上に座り込んだ梔子が語る。語りながら古ぼけた煙管を取り出す。

 

「年季物だ。昔の上司……班長から貰った。そいつはその前の班長から貰ったそうだ。中古品だ」

『私は御古も貰えなかったなぁ』

 視線に気付いたのだろう、俺に説明してから煙管の火皿に荒く刻んだ混じり物入りの煙草を容れる。指を鳴らす。霊術による着火。そして口に煙管を咥えるとゆっくりと吸い始める。

 

「てめぇが此処に来たのは別に付き添いってだけじゃあないんだろ。えぇ?」

「……何処まで御存知で?」

『其処までー!』

 問い質すような梔子の台詞に俺は重々しく口を開く。

 

「質問を質問で返すのは頂けねぇな?人が班長止めたからって開けっ広げに生意気してくれるもんだ。いい根性してるな」

『大根みたいに?』

 此方が気まずげに視線を逸らせばけけけけ、と乾いた冷笑を漏らす梔子。

 

「残念ながら何も知らんよ。だがてめぇが俺を好いてない事は分かる。俺も嫌いだ。氷雨とはそんなに付き合いがある訳でもない、なら此処に来るのに下心があると考えるのが当然だよな?」

「……御明察です」

『皆下心ばっかりよ』

 そして俺は語る。此処に来た理由を。彼に会いに来た理由を。全て聞いて、返って来た反応は極めて猿次郎に似ていた。

 

「随分とまた変な努力をしてるな。折角の気楽な仕事だ。受ければいいのによ。運が良ければ姫君の目に留まる絶好の機会だぞ?」

『私の目には留まってるわぁ』

 俺が代わって欲しいくらいだとぼやく梔子。

『ずっとね?』

「そんな気楽に言わないで下さいよ。言ったでしょう?俺を推薦した連中が誰かを。俺の出自やら噂やら、総合したら余り愉快な想像が出来ませんよ」

『本当よねぇ?』

 梔子は俺が元雑人見習である事も、俺が元一の姫の世話役だった事も知っている。当主がかつて一の姫の母親に御執心であった事も、二の姫の母親、つまり正妻との関係が微妙だという噂だって知っているだろう。其処から想定される事態に頭が回らぬ訳でもあるまいに……。

『酷い罠が待ってるわぁ』

「陰謀ならそれはそれでいい。上手く立ち回れば成り上がれる機会到来じゃねぇか。二の姫は年に見合わぬ天才、いや鬼才だって話だしな。簡単には罠には嵌まらんだろうよ」

『末路が楽しみぃ』

 それが嵌まるんすよ。……いや、過程含めて詳細まで詳しくは描写されてないから何とも言えないが。

『あの勘違い娘がね?』

「それに俺に会ってもどうにもならん。俺がそちらに居た時に色々と胡麻擦っていたのでてめぇもそれを頼りに来たんだろうが……生憎と連中は冷たいみてぇでな」

『必死で日にち数えてるの!』

 煙を深く吐き出しながら梔子は嘆息した。使い物にならなくなったので捨てられたと白状する。

『頑張って褒められるんだって!』

「……本当ですか?」

「ここで嘘言ってどうなる?絶好の機会なのによ」

『馬鹿みたい!!』

 疑わしげに改めて問い掛けると此方を馬鹿にするように梔子は疑念を否定した。

『直ぐに思い知るわ』

「機会?」

「仮に謀略があったとしてだ。お前さんが上手く立ち回ればコネが出来る。そうなりゃあ俺にも再起の芽が出るってもんだからな」

「逞しいですね……」

『自分が道化だって!!』

 本当に逞しい。まだここで安穏とするつもりはないのだから。いっそ、惚れ惚れする程だ。

『自分が間抜けだって!!』

「馬鹿め。こんな所だからだよ。はっ、何が安永院だ。名前だけの塵捨て場の姥捨て山だよ。飯も物も自給自足だ。何も助けもありゃあしねぇ。病気になったら終いだぜ?」

『その時には手遅れだけどね!!』

 梔子は長々とこの新居の悪口を連ねる。良くもまぁここまで出てくるものだと感心するが、同時に同意せざるを得ない。それだけここの環境は悪かった。

『貴方だってそう』

 重傷のままに放り込まれた者の三人に二人は半年以内に死ぬ。年貢はないが五体満足の者もいないので畑仕事も遅々として進まない。武器の類いもないので肉を手に入れるには罠を仕掛ける。弱った者が多いので毎年葬儀しなければならない。無縁仏にまで自分達で運び込むのだ。娯楽も少ない。

『無駄な努力なのにね』

 幸い今は安定はしている。しかしそれは薄氷の上での事だ。梔子が此処の古参に聞いた話では十年程前は食糧不足や病の流行で私刑や口減らしがあったという。生々しい。

『早く此方に来たらいいのに』

「俺の知っている御上の事情なり秘密なら幾らか教えてやるよ。それ以上は期待してくれるな。恩は返せ」

「返したくねぇ……!!」

『そしたらずっと一緒』

 梔子の情け容赦なく遠慮もない発言に俺は上下関係も外面もなくただ心からの本音を漏らしていた。いや、確かに無いよりはいいけどさぁ!!

『楽しいのにね!』

「煩い餓鬼だな。……はぁ。この分だと取り越し苦労だったな」

「……取り越し苦労、ですか?」

『どうして必死に抗うのかなぁ?』

 げんなりしている所での梔子の零した言葉に、その意図を図りかねて俺は首を傾げる。そんな俺に向けて梔子は何処か緊張感の抜けた物言いで懇切丁寧に説明を始めた。

『貴方だって生きていて辛いのに』

「てめぇは色々と信用の出来ねぇ餓鬼だったからな。出自もそうだが、允職に取り入る早さもだし、立場を作る立ち回りも上手いもんだ。白戸の奴だって警戒してたのによ。今やお前に同情してくれる有様だ」

「というか白戸班長、俺の事警戒してたんすか……?」

『周囲だって味方なの?』

 知りたくなかった事実である。人間不信になりそうだ。

『理不尽はたぁくさん』

「過去形だ、安心しろ。お前は異物だったからな。当然の洗礼と受け入れろ」

「それは、まぁ……」

『楽になったらいいのに』

 元雑人見習の姫君の世話役というのは下人衆の下っ端からすれば毛並みが良すぎる。それが問題を起こして下人堕ちという処遇は確かに警戒されるだろう。『処遇が軽すぎる』と。

『どうして粘るんだろう』

 確かに、少し頭が回る者ならば裏があるのではと警戒する事だろう。

『もっと沢山苦しい思いしたら諦める?』

「お前さんの配属班が次から次へと潰れたのも怪しいもんさ。特に木賊の奴の班が全滅なんざ……お前さんだけが生き残った。允職の奴は信用して家で世話させてるが俺からすれば人に化けている妖同然だ。いや、寧ろ周囲がてめぇをある程度信用しているのが気味悪かったくらいだ」

「言い訳のしようがありませんね……」

『今回はどうだろうね?』

 梔子は前回の任務で俺を囮にしようとしたように、俺への態度は冷たかった。しかしある意味では彼なりに下人衆を思っての行動だったのかも知れない。

 

「今もその気持ちは変わらず?」

「……無縁仏に顔出してんのか?」

『お手並み拝見?』

 俺の発言への返答は想定していたものではなかった。俺は面の下で面食らう。

 

「……知っていたので?」

「此処に来てからだ。先客連中がてめぇを無縁仏で見たってな。殊勝なものだな?えぇ?」

「允職に連れられたのが始まりですよ。掃除や供え物の手伝いです。允職が忙しい時は一人で……まぁ、同居人としての義理ですよ」

『義理ねぇ』

 嘘はいっていない。初めての班が全滅した後、その供養を兼ねて允職に裏山の無縁仏に連れて来られた。それが今は允職のハードワークを緩和させるために一人で掃除に向かっているだけの事だ。

『そんなに入れ込む女?』

 まぁ、定期的に掃除に来る老僧がいるので其処までの重労働という訳でもない。供え物だって全額俺のポケットマネーという訳でもないしな?

『私には誰も供えてくれない』

「鹿江の好物、知ってたのか?」

「……はい」

『羨ましいなぁ』

 其処を指摘された俺は答えるまでに暫しの沈黙を必要とした。約束は守れなかった。その義理を果たしているだけの事だ。

 

「そうか。義理か」

『私へも義理を果たせよ』

 俺の返答に端的に応じて、梔子は俯きながら煙管を咥える。一吸い。そして此方を見る。

 

「……氷雨の奴は俺の指導した部下の中では一番新人でな。あの性格だ、正面の戦闘では余り期待するな。その代わりに索敵は比較的上手い。使う時にはそれを忘れるなよ?」

「梔子班長……?」

『……』

 突然の説明に俺は思わず彼を班長扱いで呼んでいた。その姿にもう何度目か分からぬ馬鹿にするような態度を取る梔子。

『……』

「お前の生き汚さなら班長くらいには成れるだろうさ。今回の件が上手く行けばもっとか?……何にせよ、部下を率いる立場になったら個々の実力や性格も勘定に入れねぇといかん。当然だよなぁ?」

「それはそうですが……氷雨は自分持ち、という事ですか?」

「他の連中に比べても一際早死にしそうな馬鹿だったからな。あのかりん糖、折角の初給金使い果たしたろう?」

『……』

 梔子の予想は恐らく正解だった。幾ら訳アリセールしていても下人の雀の涙な給金ではほぼ使い切っているのは確実だった。一応最低限衣食住は保障されているとはいえ……。

 

「他の班では持て余すだろうさ。現役だったら一人前になるまで世話してやったんだがな。……丁度いい機会だ。縁も出来たんだし面倒見てやる事だな」

「マジすか……?」

「情報の代金だ。それだけの価値ある情報を持っていると、俺は自負しているぜ?」

『……』

 面倒臭い展開になった事に面の下で顔を顰める俺であるが、背に腹はかえられなかった。俺に切れる手札は決して多くはなかった。

『希望を奪う』

 まぁ、教えられた情報は決して無価値ではなかった事だけは此処で言及しておく。有難う御座います、此畜生め。

 

『そんな未来は、奪ってやるわ』

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 氷雨と共に鬼月本家屋敷に戻った時には日は暮れていた。夕焼け空に烏共が無遠慮に鳴き喚く。

 

 そう。夕暮れ時である。一日の終わりが迫っていた。

 

「此処まで、かな?」

『家に帰ろー』

 氷雨と別れた俺は茜色の空を仰いで呟いた。彼方此方へと顔見せをし続けて来たが流石に夜にまでそれを行うのは憚られる。既に動き回りまくったので一部で怪しまれていても可笑しくはないが……態々それを後押しする必要はあるまい。

 

 ……それに允職の夕飯も作らんといけないしな。

『お腹空いたー』

「……帰るか」

『おー!』

 明けない夜はない。日はまた昇る。今日やるべき事はやった。残る仕事は明日に回せば良い。俺は内心の焦燥や複雑な心情をそうやって納得させると、允職の小屋に向けて踵を返す。腹を空かせて愚図る情けない師の姿は見たくなかったから……。

『ん?』

「あらそう。だったら今から私に付き合いなさいな?」

『にーげよ』

 生意気で幼い美声が背後から俺に呼び掛けた。

 

「は?」

『背中から分離ー!』

 振り返るのと幼い影が肉薄してくるのはほぼ同時で、いや少し迫り来る方が早かった。猛獣の如き眼光が掠れ見えた。吸い込まれるように何かが俺の頭に向かってきた。

 

「……っ!!?」

『間いっぱーつ!』

 これ迄の鍛練と経験から身体は自動的に腰元の短刀を引き抜いていた。振るわれる何かを防ぐように短刀で身構える。短刀は飴細工のようにぐにゃりと曲がった。想定内だった。

 

 短刀との接触で刹那に生まれた時間的猶予。同時に腕から受けた衝撃波が俺の身体を吹っ飛ばした。直撃を受けていたら頭蓋骨が粉砕されていたかもしれない。霊力を腕に通す事で短刀の柄を握る握力を強化したのは正解だった。咄嗟に考え付いた事ではない。防ぎきれず、避けきれぬ攻撃に対処する方策の一つとして允職から教えられていた技術である。

 

「おっ、とっとぅ!!?」

『がんばえー』

 吹き飛ばされた衝撃を上手く跳躍を繰り返しながら殺していく。同時に牽制を兼ねて相手がいるだろう方向にねじれた短刀を投擲していた。これらもまたほぼ無思考の条件反射であった。徹底的にこの手の動作を見に染み込ませなければ咄嗟の対応なんて困難極まる。

 

 ……問題は、その程度でどうにかなるのか怪しい事であった。

 

「背後っ!?」

『ばっくをとられた!!』

 一瞬チラついた影。対象が何なのかは考えずに放つは裏拳。深く考える猶予がなければ無礼なんて事も思い至る余裕もなかった。一瞬の反応の遅れが死に繋がる事を確信していたから。

 

「あら。意外と良い手を打つのね?」

「馬鹿……なあ゙がっぁ!!?」

『こうかはばつぐんだ!!』

 嘲りと僅かに感心する感想。同時に俺は『背後』からの声に驚愕して、悲鳴を上げる。肘鉄だった。軽い肘鉄が、俺の横腹に叩き付けられる。

 

 軽いなんて表現では表し切れぬ程の衝撃が内臓を震わせる。

 

(がっ!?気配に察知して即座に身体を捻って裏拳を放った筈なのに……どうして背後に!!?)

『恐ろしく速い瞬歩!!』

 痛みに意識が震えて、胃液を軽く吐き出して、しかし絶対に意識だけは失わぬように気力を振り絞って俺は後方に下がる。

『私じゃあ見逃しちゃうね!』

「あら、まだ動くの?しぶとい」

 

 からかうような嗤い声。残像を残して振るわれる影。全力で集中する。関節に霊力を込める。重心移動と梃子の原理と遠心力を意識して出来うる限りの最小限の動きで猛攻を避ける。一度、二度、三度……!!?

『欺瞞!』

「さ、避けっ……!!?」

 

 三度目を避けた、そう確信した時には終わっていた。擬態だった。寸止めの三回目に反応してしまった。埋まれる隙。改めて来る三度目の手刀。回避するのに身体を相当無理に捻っていた故に次の手は無かった。詰みである。

『いっけーごーりらー!!』

「……ふふっ」

「!!?」

 

 その一撃を食らう直前、俺は漸く相手の風貌を認識した。迫る幼女の容貌。笑っていた。嘲笑っていた。

 

 そして確信した。全ては予定調和の想定内である事を。手加減されていた。誘導されていた。掌の上だっ……。

 

「があっ……!!?」

『見ろ、まるで塵のようだ!!』

 瞬間的に意識が飛んで、蘇った時には視界はゴロゴロゴロゴロ、何処までも際限なく回転する。漫画染みたアクションで豪快に吹き飛ばされたのだと分かったのは一瞬後の事で、それを理解したと同時に俺は芝垣に向けて突っ込んで、打ち砕いて、突き抜けてた。

 

「うおおっ!!?」

「な、何だぁっ……!!?」

『下人のえんとりーだ!』

 上がる悲鳴は雑人共のものだった。芝垣の向こう側で雑談に興じていた二人組の雑人は闖入者である俺を見て数瞬の間訳も分からずに唖然とする。

 

「下人?一体どうしてこんな……いや待て、もしや貴様は恥知らずの……!!?」

 

 彼らは突然の事態に困惑して、動揺して、混乱していて、それでも現れた人物が何者なのかを片方は気付いて殆んど敵意を剥き出しにする。

 

 俺はそれを欠片も気にしていなかった。気にする暇なんてなかった。そんな余裕なぞ、あの小娘の前ではある筈もなかった。

『おっそーい!!』

「糞っ……!!?」

 

 生存本能に突き動かされて、俺は傍らで放たれる言葉を一切無視して即座に上半身を起き上がらせる。正面を見上げる。硬直する。『死』を確信した。

『ごりらのいかく!!』

 幼女がいた。先程の幼女が見下していた。狼が生まれたての子鹿を捕らえたかのような、果てしなく嗜虐的な微笑を浮かべていた。

『雑人はしめやかにしっきん!!』

 傍らで鳴り響いていた罵声は止んでいた。僅かに視線を横にずらせば雑人が二人、限りなく土下座に近い姿勢で地面に平伏していた。

 

「余所見とはまた随分と余裕ね?」

「ぐっ……!!?」

『あっ』

 空を切る音と共に俺の装着していた面が明後日の方向に向けて弾き飛ばされた。慌てて無表情を装う。額からひたすらに冷や汗を垂れ流してある意味素顔で俺は彼女と相対する。

『福笑いするー?』

「たかが下人の分際で、屋敷中走り回っては小生意気な言葉を言い触らしてしていたそうねぇ?」

『ナマイキ?』

 紡がれる言葉は幼くて可愛げもあって、甘くて生意気だった。気づけば喉元に冷たい感触を感じていた。触れるか触れないか紙一重で当てられたのは広げられた鮮やかな扇子。

『いいなー』

 ……走馬灯染みて幻視したのはゲームのスチール画。脳裏に過った単語は『首スパンキング』と『ネックレス』である。

 

「ねぇ。路傍の小石にも劣る身分で、私の傍に仕えて平伏す栄誉を降りたいなんて……無礼にも程があると思わない、溝鼠?」

『そんな性格だから友達いないんだー』

 鬼月家の二の姫は態とらしくに首を傾げながら何処までも尊大に、何処までも傲慢に、俺に向けて同意を求めていた……。

『どうせ偉そうにしてられるのも今のうちよ』

 

『どうせ家族の誰にも愛されていない癖にね!』

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