和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
・漢服風葵様
https://www.pixiv.net/artworks/110159096
・職業・衣装コスプレ葵様。多分代金は佳世ちゃん持ち
https://www.pixiv.net/artworks/110161695
https://www.pixiv.net/artworks/110161566
此処からはRシリーズなのでご注意を
・毬ルート(R-18・G注意)
https://www.pixiv.net/artworks/109772148
・黒蝶婦ルート(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/110003953
素晴らしいイラスト、有り難う御座います!
『はぁ……はぁ……!!』
湿地を抜けて、森を駆ける。視界が激しく揺れる。霞れる。息を切らしてそれでも必死に駆け続ける。背後から迫るおぞましい気配共から逃れるために。彼女を助けるために。
『はぁ……はぁ……はぁぁ゙っ゙……!!』
激しい息遣い。口の中に広がる鉄の味。耐えきれず思わず下を向く。吐き気がする。苦い胃液が垂れる。滝のように流れる汗が地面にボタボタと落ちる。
それでも絶対に足は止めない。止める訳にはいかない。自分だけなら兎も角、彼女まで犠牲にしてはならなかったのだから。
『大丈夫だっ!!大丈夫だからなっ!!?もう抜けた。ははははっ、どうだ!?抜けてやったぞ畜生め!!』
前を向け直したのと同時に焦燥と恐怖を誤魔化して歪に嗤った。勝ち誇るようにして装った。もう自身でも何を言っているのか分からなかった。ただやるべき事だけは分かっていた。
背中に負う温もりはどんどん冷たくなっている。反応はない。時間はなかった。焦る。慌てる。走る。走り続ける。走れ。走れ。走れ……!!!!
『はぁ、はぁ、畜生……畜生……!!』
どうしてこうなった?どうしてこんな事になった?分からない。どうして……どうしてよりによって俺が生きているんだ?俺なんかが?また、また俺が……!!?
『とも、べ……?』
『っ……!!?しっかりしろ!!生きてるな!?生きてるんだよな!!?』
微かに漏れる呟きに、俺の絶望しきっていた表情はしかし光明を得ていた。必死に逃げながら呼び掛ける。呼び掛け続ける。意識が途切れぬように。己がまだ間に合う事を信じるために。もう繰り返したくはなかった。あんな思いは一度きりで沢山だった。
『眠く、なってきた……置いていっても、いいよ?』
『馬鹿言うな!?今更じゃねぇかよ!!?それこそ、お前だって同じだろうが……!!?』
本当に今更な話だった。一番の危険は抜けきったのだ。此処で全ての努力を無駄にするなぞ馬鹿げている。何よりも、その言葉は本来俺が口にするべき筈だったのだ。
助けを求めてみっともなく命乞いした俺が、同じ場面で彼女を見捨てるのは余りにも卑劣過ぎる。
『は、はは……強情、だね?格好つけてる?』
『女子の前で格好つけるのは男の特権よ……!!』
比喩ではなくて乾いた苦笑に、俺は同じく笑って応じる。あからさまに強がりの笑い声だった。必死さは隠せていない。装う余裕もなかった。その様に耳元で呆れたように小さな冷笑。
構わなかった。少なくとも笑われている間は彼女は生きているのだから……。
『じゃあ……うん。お願いしようかな?重く、ない?』
『少しな!』
『……あとできな粉餅奢って。高いの』
『マジかよ!!?』
一刻の猶予もない緊迫した状況で、ふざけた会話をしていたのは現実逃避であったのだろうか?迫り来る現実から目を逸らそうとしていたのだろうか?違うと思いたかった。俺は確かに必死だった。必死に助けようとしていた。その筈だった。そうに違いなかった。
そうでなければならなかった。
『ははは。……ねぇ、頼まれてくれない?心配事が、あるの』
彼女が最後に求めた願いは、しかし何れだけ集中していても余りにも掠れていて……。
「おい馬鹿、起きろ。……出発準備だぞ」
「……あぁ」
同僚に肩を揺らされて俺は意識を取り戻した。あるいは夢から醒めた。周囲を見渡せば鬱蒼とした森の中。五感を研ぎ澄ます。己が感じる限り化外の気配はない。
俺は岩の上にいた。森に鎮座する大岩の上、そのてっぺんに。周囲を見渡せるように。……寝ていたら何の意味もないが。
(本当に、意味がないな)
周辺監視役がこれでは怠慢なんて話ではない。今回は幸いにも何も無かったがあくまでも幸いにも、である。偶然に過ぎない。そしていざ事が起きた時には責任を取れば済むなんていう簡単な話ではなかった。
「驚かせやがってよ。居眠りしてたのか?珍しい事もあるもんだ。寝てる間に喰われちまったらどうするつもりだ?」
「どちらかと言えばバレて首が飛ぶ方が怖いな」
呆れ果てた同僚の言に俺は心からの感想を述べる。冗談と思ってか肩を竦める同僚。冗談ではない。ロリ時代なら兎も角、本編時代のゴリラはパワハラ上司を超えたパワハラ上司だ。俺如きの命なぞ虫けらを潰すに等しい事だろう。幾ら愛する御父上の推薦を受けていても限界がある。カッとなってつい殺ってしまったなんて事も有り得る。
「ほれ行くぞ。飯の時間だ」
「内容は?」
「粥」
「何時も通りか」
「いんや」
俺が冷笑すると同僚は、筑波は首を横に振って否定する。
「何時もよりも明らかに薄い。俺達の配分が着服されてやがるな。姫様の雑人共の仕業だ」
「それはまた……」
素晴らしい忠臣方な事で。
「直訴しても仕方ないな。堪えるとしようか」
俺は諦念して岩から降りる。筑波の後に続いて炊事の白煙たなびく森の向こうへと向かう。
「あぁ。そうだ筑波」
「……どうした?」
「有り難う。助かったぜ」
悪夢から覚ましてくれた事に、俺は心から感謝した……。
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北土でも流石に暑さを感じ入るようになる清麗帝の御世六年、水無月の下旬。鬼月谷よりその一隊が出立していた。朝廷からの命により禁地に向かう鬼月の二の姫の一団だ。
構成は牛車は一台、馬車は六台。随行する人員は計四六名にも及ぶ。内訳は即ち身の回りの世話を行う雑人共と女中共が合わせて一五名。隠行衆が四名。薬師が一名。臨時雇用の人足が二〇名。そして……下人衆より五名である。
目的地は扶桑国北土第三等禁地『黙呪深林』。目標は其処に巣くう化物共の間引きであり、それ以上にその地に自生する希少な霊草の確保である。
『意富加牟豆』、一部の濃厚かつ特殊な霊地にのみ自生するそれは朝廷のさる匿名の貴人からの秘密の依頼でもあった。成功の暁には鬼月家に対する朝廷の信頼は磐石なものとなるだろう。千載一遇の機会であり、鬼月家次期当主を決するに十分に値する任務でもある。
「表向きは、な」
谷を出発する事四日目。目的地まで距離にして八分目の所。街道を行進する一団の一角にて槍を担いで徒歩で進み続ける俺は天を仰いで幾度目かの嘆息をする。
そんな事は建前でしかない。少なくとも依頼を引き受けたサイコファザー様にとっては。
余りにも大きい釣り餌。父の期待に応えるためにも、姉との当主を巡る対立に決定的な勝利をするためにも、この依頼を断る選択肢なぞないように思われた。それどころか、姉でなければ他の一族の者でもなく己に仕事を回した事にロリゴリラ様は大層喜んだ事だろう。己が期待されていると。
実際は狡猾な罠であるわけだが……。
「……先輩……先輩?」
「んんっ!?氷雨か?どうした……?」
傍らを共に歩いていた小柄な小面に俺は取り繕って尋ねた。もしかしたら何度も呼び掛けられていたかもしれない。
「あ、いえ。すみません……」
俺の声音が上擦っていたからか、あるいは少し強い語調だったからか、心底恐縮する氷雨。その態度にやはり子犬を連想して、そんな思考を押し退けて改めて俺は確認する。
「別に怒っているわけじゃねぇよ。単純に用件が気になってな。教えてくれよ、気になるだろ?」
「それは……いえ、ずっと何か考え事してるみたいだったので、つい」
どうやら随分と上の空であったらしい。頼るべき先達が馬鹿みたいにぼんやりしてたので不安になった、という所だろうか?
「そうか。いや……少しな。故郷はどうなってるのかなぁと思ってな」
誤魔化すようにして俺は視線を横に逸らす。
視界に広がるのは高く天に伸びては風に揺れる青々しい稲穂。豊作を約束された瑞々しい水田は霊脈の恩恵そのもの。俺の故郷では先ずお目にかかれない光景……。
「故郷、ですか?」
「あぁ。ドのつく田舎の寒村でな。土地も霊脈から外れていて痩せてんだ。この辺りとは大違いさ」
堂々と稲作なんて出来ねぇくらいの冷たい土地だった。米は年貢の分だけ作り、残る土地には寒さに耐性のある雑穀を植えていた。……現実の江戸時代東北のように無理矢理にでも米作りする命令がなかったのは幸いだ。してたら我が家は飢饉で全滅である。
「開拓村、ですか?」
「知ってるのか?お前もその手の口か?」
即座に言い当てた氷雨に向けて興味本意で尋ねる。しかし氷雨は首を横に振った。
「いえ。私は……梔子班長が前に言ってたので……」
「班長が?」
「はい。昔飢饉の時に売られたと……」
「成る程」
初耳の話であるが珍しくもない。態態自分で語らないだけで下人の調達先なんてパターンが知れている。この分だと恐らく深酒でもしていた時に口走った、といった所か……。
「まぁ、俺も似たようなもんさ。仕方ねぇな。食いたい盛りの弟妹が三人もいてな。ちゃんと金は貰ったんだから奉公はしねぇとなぁ」
明らかに家族の受け取った報酬と仕事の危険度が合ってない……事もないのか?前世だって命の値段と重さは地域差があるからなぁ。
「……兄妹がいるんですか?」
「ん?あぁ。その分だとお前もか?」
俺の逆質問に慌てて縮こまる氷雨。
「は、はい。姉が……」
「そうか」
元気にしているのか?と聞こうとしたが直ぐにそれは止める。状況が状況だ。俺の場合は拗れずに済んでいるが人によってはデリケートな話になるかも知れなかった。それに……。
「っ!!?」
「来たかっ!!?」
氷雨は優れた探知能力で気配を察知して、俺は経験則からそれに感づいた。直後にそれは現れる。
『ッ!!!!』
稲穂を泥水ごと天高くに吹き飛ばし、水田の底から顔を覗かせたのは蚯蚓であった。大蚯蚓の群れである
「うわぁぁ!!?」
「妖かぁ!?何でここに!!?」
怪物共の突然の、そして想定外の登場に隊列を構成していた人足共が慌てふためく。彼らが使役する馬に至っては言うまでもない。興奮して馬車の拘束具に留められているのも忘れて暴れ回る。一刻も早くこの場から逃れんとする。隊列が崩れる。混乱が更に加速する。
それはいい。臨時雇いの人足共は妖退治どころか相対時の心得すらないのは当然だ。問題は鬼月家から派遣された人員で……。
(何もしやがらねぇ!!)
牛車を取り巻く雑人共は、牛車どころか己が避難する素振りすらなかった。まるで危機感が皆無に思われた。俺は舌打ちする。
「各員、武器を取れ!戦闘用意!!牛車を御守りしろ!!」
牛車の盾になるように隠行衆が二人、前に出たのを確認したのと俺が氷雨以下の他の下人に叫んだのは同時だった。そして言うや早く、俺自身は槍を構えて巨大蚯蚓の怪物に立ち向かう。霊力で脚力を強化して猛進する蚯蚓共に穂先を向けて……。
バシャッ。
その巨体の大半は液状になる程の風の衝撃で引き裂かれた。ドス赤黒いジュースが頭からぶっかけられる。鼻腔はあっという間に生暖かく肉々しい臭気に満たされる。
「……はい?」
訪れた静寂に俺はただそう呟く事しか出来なかった。
「ほら。一々そんな雑魚に騒ぎ立てない。みっともないわね、貴方達」
背後を振り向けば牛車の窓から優雅に扇子を扇いで覗くロリな桃姫様がおわした。指を弾けば水田に沈む化物共の骸が全身燃え盛る。不可思議な事に水田の稲穂には殆んど延焼していなかった。
「誰か……あぁ。お前、丁度いいわ。身体洗う序でにここの村の連中に説明宜しくね?」
俺に向けて心底詰まらなそうにそう命じたロリゴリラ様は、それきり窓を閉めてしまった。隊列は再び秩序を取り戻して行進を再開する。
「……もしかして俺、かけられ損?」
俺は置いてけぼりにして行進し続ける隊列を見やって、そんな事を呟いていた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……あのぅ、大丈夫ですか?」
「臭う?」
「……臭います」
「そうすか」
それは水田を所有する村から見て、川下に位置する森の水場にての会話であった。
「災難だったが、堪らんね」
ロリゴリラ様のお陰で無事挽き肉汁ぶっかけを食らった俺はそのままの姿で水田を所有する村に訪問した。取り敢えず武器を手にした村人総出で田舎らしい温もりに溢れた歓迎をしてもらった。このままだと血祭りに上げられる所だった。
どうにか会話が可能だったのは何故か一緒に同行してきた氷雨のお陰であり、てんやわんやの挙げ句、荒れた水田とウェルダン蚯蚓ハンバーグの後始末についての話を纏め、俺自身もまた水洗いの許可を(どうにか)貰える事になった。村から徒歩一刻以上かかる水場で装束を洗い、自身の生臭い体臭も流す。……まだこびりついてるみたいだけど。
「時間が経ち過ぎたな。糞、石鹸がありゃあなぁ……」
夏らしい喧しい蝉の合唱をBGMに、ほぼ全裸となって何度も何度も身体を洗っている俺はぼやく。残念ながら下っ端には石鹸なんて上等な代物滅多に回って来る事はなかった。
「氷雨、どうだ?周囲の様子は?」
「ひゃい!?えっと……それらしい気配は小動物だけ?です。自分の分かる範囲では、ですが……」
周囲を窺い続けていた所に話を振られた氷雨はオドオドとして、次第に小声になりながら答える。大層自信無さげな返答であった。
「そうか。信じるぞ?」
「出来れば、余り信用してくれない方が……」
「さっきの蚯蚓だって気付けただろうが。自信持てよ」
恐らく隊列の中でも最初……とは言わずとも二、三番目には気付けていただろう。十分だ。十分に信用に値する。
「ですけど……」
「昼も夜も警戒するのも疲れるんだぜ?梔子先輩からもお前さんの適性は聞いてんだ。まぁ、頑張れ」
「そんなぁ……」
先輩からの仕事の押し付けに泣き言を漏らす後輩であった。パワハラ?知らんね。
「……にしても暑いなぁ」
茹だるような日光に額に流れる汗を拭って愚痴る。温暖化もヒートアイランド現象も起こっていないのに中々の暑さであった。百姓の息子からすれば冷夏も困るが猛暑も困る。故郷は大丈夫だろうか?
「服が乾くのはいいが……というか合流がダルいな」
扶桑国の夏は湿度が高い。黒装束なら尚更蒸し暑い。そんな中で先行する一団と合流というのは……あぁ、嫌だ嫌だ。到着する頃には折角水浴びした後なのに汗だくだ。
「どうしますか?」
「……出立する前に昼飯といくか。合流は最悪夜にすりゃあいい。どうせ禁地に足を踏み入れるのは明日からだしな」
目的地たる三等禁地の境界まで、一団の速度では夕刻までには辿り着くと見られた。尤も、到着して直ぐに突入とは行くまい。夜は妖の時間だ。禁地手前に設けられた朝廷の関所で一晩休息を取る予定だった。
「と言うわけで火種を頼むぞ?」
「火種、ですか?ですが手持ちの食糧に火が必要なものはありませんが?」
俺の要請に首を傾げる氷雨。干飯を中心とした干物祭な下人衆の携帯食糧に確かに火は必要ない。携帯食糧には、だ。
「つまり……こいつは別ってこった!!」
「ふえっ!!?」
叫び声と同時に俺は傍らに置いていた槍を川底に向けて銛の如く鋭く投擲していた。突然の行為に驚愕する氷雨、それを他所に俺は即座にその槍の元まで駆け寄り激しく揺れる槍の柄を深く突き立てて押さえる。ぎゅっと……深く、深く、突き刺し続ける。
「な、何をして……」
「こんなものだな。……よぉし、受けとれよ!!?」
暫くして、漸く槍の穂先の更にその先の存在の抵抗が弱まっていっているのを確認した俺はそれを槍ごと引き抜いた。そして……地上の氷雨に向けて放り投げる!!
「えぇ!!?うきゃっ!!?」
「ナイスキャッチ!」
槍から抜けて、天高く放り投げられたそれを氷雨は動揺する素振りとは裏腹に両手で抱き抱えるようにして受け止めて見せた。俺は口笛と共にそれを称賛する。
「ないす?ええっと、これは……魚?」
俺の言葉に困惑して、しかしそれ以上に氷雨は両手で抱えたサプライズが気になって視線を落とす。そして自信無さげにその正体を口にした。
「当たりだな。この時期にここまでの大物ってのは珍しいが……春に産卵し損ねたかな?」
俺が銛ならぬ槍突きしたのは鮭の近縁種でもあり、前世の日本においては最大の淡水魚であった。
名は伊富。あるいは伊富魚。幻の魚とも称されたのは現代においては最早絶滅危惧種であるためだ。寿命は二十年、旬は肥え太った冬。旨い。
「携帯食糧だけじゃあ味気無いからな。……他の連中には秘密だぞ?怒るからな?飯の恨みは深いぞ?」
「ははは……きゃっ!!?ま、まだ動いて!?」
昔、允職が俺にこの魚を御馳走した時を真似て俺が宣えば当時の俺そのまんまの何とも言えぬ笑い声を漏らす氷雨。同時に伊富も暴れ出したのまでトレースせんでいいぞ?
「わっ!?わっ!!?わわっ!!??」
「御馳走なんだ、絶対に川に落とすなよ!?向こうだ、向こうに放り投げろ!!」
「ふえぇ!!?」
文字通り必死に暴れる大物の伊富を抱き抱えてふらつく氷雨。俺は彼女の方に向かいつつ命じる。混乱状態のままに氷雨は指示通りに内陸の地面に向けて魚を放り投げた。
ズルッ!!
「「あっ」」
同時に足を滑らせて川にドボンしたけど。
「けほっ、けほっ!!?」
「何やってんだかなぁ……」
川から起き上がった氷雨。黒装束は完全にびしょ濡れになっていた。
「予定変更だ。俺が焼いとく。汗だくだろうし、ゆっくりと水浴びでもしてろ。……服はちゃんと乾くように絞っとけよ?」
「……はい」
俺の指示に、氷雨は縮こまりつつ消え入りそうな声音で応じた。その顔は俯いていて窺い知れない。
陸に打ち上げられた伊富が、ペシペシペシペシとひたすら跳ね続けていた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、あの……ちゃんと干しておきました!」
「ん、御苦労様」
焚き火の前で作業していると背後からそろそろ聞き慣れたオドオド声が響いた。俺はそれに振り向く事もなく答える。
「えっと……何をしてるんですか?」
「料理。まぁもう少し待ってな」
焚き火の上で石焼きの蒸し焼きにされる魚を一瞥して、俺は不敵に笑う。当然ながら氷雨はまだ何も分かっていないようだった。こいつは楽しみだな。
「弱火で後半刻……の半分って所か」
日の高さで経過時間を推し量る。芯までしっかり熱を加える必要があった。故の長火である。
「くんくん、……この匂いは?」
遅れて気づいたらしい氷雨が匂いを嗅いで首を傾げる。不愉快というよりは怪訝といった態度であった。良かった、口に合わないと言われたら骨折り損だったが……この分だと実際に食べる時も問題なさそうだ。
「其処に俺の椀があるだろ?お前のも一緒に寄越せ。もう少ししたらよそうぞ。因みにお前としては脂身は多い所か少ない所、か……多い方だな」
俺は氷雨に指示を出す。すかさずに差し出された椀を受け取ろうとして……俺は思わず呟いていた。
「はい?あの、私はあっさりした方が好きなのですが……」
「……此方の話だ。気にするな」
「はぁ……」
困惑する氷雨に向け淡々と俺は話を打ち切る。淡々と平静を装って、打ち切った。
(頭の分もいってるんじゃないか……?)
爆でも巨でもないが、年頃と食生活を前提としたら意外と実り豊かで少し驚いた。遺伝だろうか?雛の方がまだ飯は良さそうだが……。
(それに……目のやり場に困るなぁ)
動き易くするためではあるんだろうが……脇も横乳も見える袖無しのタイツ染みた超密着型肌襦袢+膝上まで切ったほぼミニスカ裾よけの倒錯した組み合わせはやっぱりエロゲ時空だよなぁ。しかも濡れてるし。何か微妙に着崩れて谷間覗いてるし。
「……?」
しかも面を外した幼げな顔立ちと表情で分かるが彼女自身は余り気付いていないというか、警戒心が薄いのが更にイケない。自衛くらいはして欲しい。悪い男に引っ掛かるぞ。
「あ、あの……何か、気に入らない事……でも?」
「いや、そういう事じゃあないんだよ。……まぁ、先ずは飯にするか?よし、こいつを……」
余り長々と話して墓穴を掘っても仕方ない。今は飯である。俺は手筈通りに焼け石から魚を離脱させる。用意していた石台によく焼けた丸焼き魚を鎮座させる。
「先ずは紐抜きだな」
「紐?」
「そう。紐」
言うや早く、俺は調理用の刀子で魚の腹を切る。正確には魚の腹を縫い綴じていた紐を切った。
そして見せつけてやる。その中身を。
「ふわぁ……中に具?」
腹を開いたと同時に周囲に広がる香りに目を輝かせて感嘆の吐息を洩らす氷雨。俺が作ったのは気取った言い方をすればファルシであった。内臓と骨を一部撤去した後に水に浸した干肉に干飯、近場で採取した茸や葉物等を切って砕いて突っ込んだ。そして魚諸とも加熱するフランス風の詰め物……擬きである。
「切り分けるぞ。……ほら、骨に気を付けろよ?」
「はい!」
椀に具と魚の身をよそって手渡す。注意の言葉に元気よく答えて氷雨は匙で一口掬うとふぅふぅと可愛らしく息を吹き掛けて冷ます。ぱくりと一口、そして衝撃を受けたように目を見開く。
「これって……!!?」
「不味かったか?」
「い、いいえ!!寧ろ、この味……濃厚で、醤油と、何?」
「バター……醍醐味って奴さ」
俺は空になった竹筒を見せつけて偉そうに語った。
バター自体の製法は比較的容易なものだ。それこそその発見は水筒に容れていた牛乳が長旅で固まっていた事だとも言われている。牛乳を飲む習慣が殆どないのをいい事に牛舎に忍び込んで採取した。延々と牛の乳を搾り続けていたのを周囲が奇人扱いしていたのは気にしない。どうにかして出来た代物は井戸の底に沈めて冷やしている。生産量はたかが知れてるがね。
「貴重品だ。感謝しろよ?」
今回中に詰めた具材にまさにその貴重な欠片を混ぜた。醤油と共演しての醤油バター味である。まぁ、暑いと悪くなるのでさっさと使っちまうに限る。氷雨の反応が見られただけで満足してやろう。
「御代わりもあるぞ。我慢はしなくていいからな?」
「御代わりを!」
「早えーよ、ホセ」
口元に食い残しを引っ付けたまま椀を差し出す氷雨に突っ込みつつ先程より多めによそってやる。俺もまた時期にしては脂身の乗っている魚の身と詰め物をかき混ぜて共に頂いた。ウメェ。まさに役得だな。
「ふぅふぅ……はむっ。はふっ!」
「……ははは。まるで雪音だな」
一口二口と普段よりも早いペースで飯を頂きながら、俺は正面で飾り気ないいい食べっぷりをする氷雨の姿に苦笑する。村の家族を、妹を思い出したのだ。まぁ、アイツは氷雨よりずっと元気でヤンチャだったがな。両親や弟に迷惑かけてないといいんだが……。
「はい?」
「いんや。此方の話よ。それよりも……」
独り言に反応する氷雨を誤魔化して、俺は考え込む。予定を詰める。
「食い終わって、半刻もしたら装束も乾くだろう。腹休めも必要だしな。それから出るぞ。……そんな流れでいいか?」
「自分は……先輩の指示に従います。ですが姫様は……」
余りに遅すぎると叱られるのではないか?そんな不安を覗かせる氷雨。
そう言えば、こいつが俺が連行された所を允職に通報してくれたんだったか……。
「……先程言ったが、どうせ任務は明日からだろうさ。それに、仮に合流出来なくても俺達下人の数なんざあの方は気にしちゃいないさ」
俺は氷雨を安心させるように、そして言い訳するように宣う。実の所、適当に誤魔化して彼女がバッドエンドするのを待とうか等と言う誘惑もあった。
何かのトラブルで合流出来ず、合流した時には最早ロリゴリラは陰謀で手遅れに……一時離脱はゴリラ様の指示であるから俺に責任は来ないだろう、という儚い希望があった。本当に儚いがね。
(……馬鹿馬鹿しいな)
ゴリラ様が帰って来なかったら捜索隊の先遣として突っ込まれる可能性もある。そうでなくても俺もまた陰謀の狙いであるなら因縁つけられて処分されかねない。この路線で逃げるのは悪手だろう。正直身体洗っている際に脳裏に過った策であるが深く考えれば穴だらけだ。論ずるに足りない。
「問題はどう立ち回るか……」
雑人連中や隠行衆には出来る限り自分達でどうにかして貰おう。俺の掌は其処まで広くない。たかが下人には荷が重過ぎる。だが……。
「……」
気付かれぬように本当に一瞬だけ氷雨を見た。俺の命は最優先なのは当然として、身内の下人衆は出来るなら助けたい。特に氷雨は……俺よりずっと若い素人の部外者だ。こんな陰謀で死なせたくない。
……代償としての意味合いがあるのだろう事からは、目を逸らす。
「……先輩?」
「少し、脂が強かったかもな。胃もたれしちまったよ」
食事の手が止まる事を、俺は苦笑しながら誤魔化していた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
北土の峻険な山脈の合間を縫うようにして広がる扶桑国北土第三等禁地『黙呪深林』。その分布はこの地を通る霊脈の上を忠実になぞる形となっている。
その進出と編入以来、過去数回に渡ってこの地を焼き払おうと画策してきた朝廷であるがそれは何れも失敗に終わった。木々を切り落としながら奥地に入り込めばまるで見えざる意志に導かれたかのように樹海に潜む怪物共が雪崩となって押し寄せたからだ。
数百の兵が喰われ、その後複数の退魔士家に命じての殲滅戦が実行されたが、其処で判明した事実が朝廷にこの地の禁地化を決断させた。
以来四百年。朝廷は山間部を封鎖する形で幾つかの関所を設け、数年に一度の周期で外縁部の木々と妖の駆除を行う事でこの深い森の更なる拡張を抑えこんでいる……。
禁地を封じる最大の関所たる『南関』は文字通り深林から見て南方にある故の呼称だ。詰める兵員は凡そ二百名。それ以外の者も含めると更に百名は上乗せされるだろう。大きめの村程の人口だ。この禁地への任務に赴く退魔士家のための宿場としての機能もあり歓待のための備蓄も多い。
そうだ。歓待のための備蓄だ。歓待する相手は貴人であり、身分ある人という事だ。故に食材は無論、皿も膳も、部屋の調度品だって安い旅館と同じとはいかぬ。限界はあるにしてもそれなりに配慮した仕様を意識している。
少なくともこの『南関』の責任者である治部省禁監寮の大属は己の仕事に対して誠実であった。禁地の関は人界と人理外の境界を遮り守護する最前線であり、退魔士という存在に対して偏見がない訳ではないが少なくとも一定の敬意は忘れた事はなかった。
……とは言え、何事にも限度はあるものだ。
「はぁ……」
執務室の文机に相対する中年の大属は深く深く嘆息する。頭を抱えて困り果てる。
「此方で用意した馳走は?」
「不味い貧相田舎臭いと散々です。挙げ句には自分で拵えると厨房を占拠させました」
「占拠させた、か」
「はい。雑人連中を使って」
部下である補佐官が答える。心底疲れ果てながら。
歓待の席は険悪そのものだった。客人を精一杯歓迎した筈だが出迎えが貧相、部屋が汚い、前日の夜中から準備を始めていた飯もこの様である。今は雑人共に命じて関所の厨房を制圧して牛車に詰め込んだ自前の食材で料理を始めているのだとか……。
「全く、遠慮がないお姫様だ」
語調にはあからさまに不満と蔑みが込められていた。
実際、鬼月の姫君は実に横柄で尊大で無礼そのものであった。
名門にして旧家とは言え、鬼月家とて朝廷に仕える一家臣に過ぎぬ筈。対して関を管轄する軍団と官吏は朝廷に直接宮仕えする立場である。目上とは言わぬ。しかし一方的に蔑まれる謂れはない。面子を汚される謂れもない。折角誠意を込めての持て成しなのだ、配慮の一つはしてくれても良い筈だった。それを……。
「ここまでの問題児は前代未聞だな。鬼月家は何を考えているのだか……」
傍若無人とはこの事。確かにこれまで相手してきた退魔士にも奇人変人厄介者はいたがこれは……あのような分別も弁えられぬ小娘を送り込んで来た事に疑念と困惑が渦巻く。此度の任務は何年も前から予定が立てられている定期的な間引きではない。朝廷から要請された季節外れの特例の任務である。それだけに失敗は許されぬ筈。それを何故……?
「何故?当たり前じゃないの。だって私は鬼月の有象無象連中なんかよりずっとずっと、優秀なのだもの」
「っ……!!?」
大属と補佐官は驚愕して横に首を向けていた。其処に鎮座するのは桃色の美少女……いや、美幼女であった。目尻のつり上がった何処までも高慢な姫君。まるでずっと前から其処にいたかのように棚の上に座り込んで彼らを見下していた。……菓子を食べながら。
「勘違いしないで欲しいのだけど。此度の任務が鬼月の家に命じられた理由は適当じゃあないわ。動ける家で一番有望だったのが我が家だったのよ?そして我が家で任務を確実に果たせるのが誰かを真剣に考えた結果が私の選定よ?これが最善にして最適、お分かり?」
幼い姫君は嘯く。己の選定は当然の帰結であると。
「姫君、それは……」
「出立の準備して頂戴な。今すぐに」
大属が弁明せんとするのを遮って、姫君は命じる。すっと閉じた扇子を向けての要求だった。
「出立?でしたら日の出頃には完了を……」
「分からないの?今すぐって言ったのよ」
「馬鹿な事を……」
姫君の言葉に補佐役は愕然とする。夜は人外の怪物共の時間である。姫君はそんな今この夜中に森に、禁地に足を踏み入れようといっているのだ。無謀過ぎる。
「姫君。お考え直し下さいませ。此度の任務は失敗の許されぬものとお聞きしております。危険は少しでも避けるべきではないかと」
「同時に急かされてもいてね。今日明日の話ではないのだけど……少しでも早めに目的を果たそうというのは勤王に沿う働きではなくて?」
「しかしながら……」
姫君の我儘に反発半分心配半分で食い下がらんとする大属は、直後すぐ耳元を何かが掠めたのを感じた。ほぼ同時に背後で爆発を思わせる轟音が鳴り響く。
「……」
冷や汗を流しながら大属が背後を見やる。壁には鋏で紙を切り抜いたような綺麗な大穴が空いていた。穴の先、暗闇に幻想的な月が浮かび上がる。その光景にいっそ美事だと感嘆しそうになった。
半ば以上、現実逃避である。
「大属?宜しくて?」
視線を戻せば扇子を構えた姫君が悠々と宣う。今更ながらそれが大筒以上の凶器である事を大属は理解した。
即ち、選択肢は皆無という事である。
「……君、軍団長に連絡を。悪いが就寝中の兵を起こすようにとな。門を開けた途端に化物共が躍りこんで来るかも知れん」
関の責任者は補佐役に指示を出した。眼前の姫君にこれ以上の言葉は無意味であると悟ったからだ。
故にせめて、平穏無事に全てが終わる事を彼は心から願っていた。
この日の夜。鬼月の一団は禁呪の深林へと足を踏み入れたのであった……。