和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
『誰の掌だろうねぇ?』
鬼月のいと高貴にして華麗なる二の姫君の行動は俺の想定の斜め上を行っていた。夜間に朝廷の官吏連中を脅迫までして禁地に赴くのも大概であるが問題はそれに留まらない。
此度の禁地遠征の目的は朝廷から要求されている禁地自生のアイテムである。それを姫君は夜間に赴き夜が明ける前には確保したという。快挙である。偉業である。其処までで終えていれば。
関所に辿り着いた一羽の渡り鳥が突如として話し出した。警備の兵共は慌てふためき妖の類いではないかと寄って集って武器を向ける。
近場にいた火長が以前の類似の例からそれが式神であると見抜いた。動揺する兵共を落ち着かせて呼び掛けに答えれば関所を監督する大属を呼び出せと高圧的に言うではないか。渋々と大属が顔を出せば式神は一方的に捲し立ててその場にいた皆を唖然とさせた。
陽動を兼ねて本隊はより奥地に赴くとして、隠行衆に目的の品を運ばせる等と姫君は言って見せた。それが何れだけ身勝手な話なのかは言うまでもない。
「他ならぬ朝廷からの、内裏の貴人方からの要望の品である。本来ならば姫君が直々に責任持って移送するべきもの……そうは思わんかね?」
「……蒙昧無知の一下人としては残念ながら判断しかねます」
場所は大番所三階の執務室、椅子に座る大属からの問い掛けを俺はするりと受け流した。たかが下人とは言え言質を与える訳にはいかなかった。俺はあくまでも鬼月家の下人である。鬼月家の不利益となる言を口にするわけにはいかず、ましてや独断の判断なぞ有り得ない。己が考える事のない歯車である事を強調する。
本来ならば俺が眼前のお役人と顔合わせして会話する状況そのものが馬鹿馬鹿しい話であった。残念ながら暴虐非道のお姫様は己の連れた人員を一人残らず禁地旅行に同行させてしまった。お陰様で後追いで来た俺が武器や装備を不帯の上でこうしてお小言を聞く羽目になっていた。
「…………」
コツンコツン、と机を指で叩きながら大属は俺を見つめ続ける。暫しして漸く深い深い溜め息を吐き出して背凭れに乗り掛かる。
「詮なき事だな。君のような立場の者に当たった所で事態は好転せん。分かってはいるが部下に不満が噴出していてな。形ばかりの追及が必要だったのだ。許して欲しい」
「はぁ……」
そちらの都合だろ、と突っ込みは入れない。善意ではない。横目で見て直ぐに分かる布で突貫で塞いだドデカい穴を見れば……そりゃあそれくらい意趣返しはしたくもなるだろう。ぶっちゃけ同情の念すら感じていた。
「君と、それに部下かな?その処遇について姫君の式は何も言わなかった。このまま後追いして姫を追うのも良し、あるいは帰還を待つのも良しだが……どうするかね?」
「それは……何とも判断しかねます」
想定外の事態に俺自身迷っていた。あのロリゴリラめ、勝手に動いて此方の計画を滅茶苦茶にしてくれる……!!
「だろうな。後続隊については知っているかな?」
「噂程度ならば」
下っ端の俺は詳しくは知らない。説明も受けていない。原作に準拠するならば自分をヤッた妖共をコロコロした後に合流した自派閥の救援隊の事だろうか?
「そうか。そちらと合流する手もある。まぁ、何にせよ君らに対する何らの指揮権を持たぬ以上、自由にするといい。此処に暫し留まるならば部屋も用意する。元よりこの関所の存在意義の一つだからな」
「痛み入ります」
俺は一礼して謝意を示す。形式半分であるがもう半分は心からであった。ロリゴリラ姫の理不尽さを思えば尚更であった。少なくともこの人物は権限以上の事を無理強いして来ないし此方の意見を聞く事は出来るのだから。
「宜しい。時間を取らせたな、退出を許可……」
「大属!!失礼します!!」
俺に部屋からの退出を許可しようとしたその直後の事であった。扉を開いて一人の軍団兵が息を切らせながら参上したのは。
「……何事か。部外者の前だぞ。そのような無様な様を見せるでない!」
余りにも慌ただしい登場に叱責の言葉を放つ大属。朝廷の権威に傷をつけるような態度を注意する。
「も、申し訳御座いません!!しかし、禁地内にて異変が……!!」
叱責に謝罪しつつ、それでも早口にて兵は用件を捲し立てる。その内容を聞き終えた時、俺は思わず大属と顔を見合わせていた。
とてもとても、嫌な予感と共に。
ーーーーーーーーーーーー
事態を把握したのは即座の事で、その報告は迅速であった。歩廊上を巡回する軍団兵がそれに気付いた。深い深林の遥か向こうから立ち上るそれに気が付いた。
「赤い……煙玉!!?」
歩廊を登って報告内容通りに眼前にて映りこむその光景に、俺は事前に知らされていても絶句した。赤い煙幕、煙玉、その煙の意味するものは『緊急の支援を求める』である。
「馬鹿な。有り得ない……」
何が驚くべき事かと言えばこの煙玉は単に己の命の危機程度では使う代物ではないからだ。通常の任務では配備される事も有り得ない。つまりはこの煙玉を使用した者はそれだけ重要な任を受け持ち、切迫した状況にある事を意味していた。
そして今現在知り得る情報に基づき、あの煙玉を使うような事がある者と言えば……。
「門を!!早く門を開けて下さい!!援軍を、早く!!」
同じように関所の歩廊上にてその光景を呆然として見つめていた関所の官吏や兵士達は俺の叫びに仰天する。突然の、しかも立場を弁えぬ行為に敵意よりも困惑を見せたのは彼らもまた事態に動揺しているからだと思われた。
「援軍と言っても……」
「禁地に入るなんてそんな事……」
赤い煙が広がる深林と同僚と、そして俺を交互に何度も見て彼らは迷う。如何にすれば良いのか判断しかねていた。
「……!!大属殿!」
埒が明かぬと俺はこの場の責任者に呼び掛ける。俺が何を言っても権限がない以上意味がない。この関に詰める人員を動かせるのはこの官吏だけであった。しかし……。
「駄目だな」
ひたすら深い森林を見つめていた大属は、厳しい口調で断言した。
「っ!?何故ですか!!?あの救援を求めているのは……!!朝廷からの要望に応える事が出来なくなりますよ!?」
「この関の存在意義は化物共を外に出さぬためにある。そして兵共が駐屯する理由もだ。その事は規定にも定まっている」
関所に常在する軍団兵は禁地より出でる魑魅魍魎を抑える事を前提とした装備と編成、訓練を受けていた。断じてその禁地の内に足を踏み入れるためではない。内部からの救援要請に応じる事すらも禁止されていた。
仮に足を踏み入れても犠牲がどれだけ出るか、そしてそれで欠員が出れば関所を守り切れるのか……大属の判断は縦割りの官僚主義的な判断であったが己の職務とその意義を見失ってはいなかった。
「しかし……!!くっ!?」
尚も食らい付こうとして、再び軽い爆発音が響いた。二発目の煙玉である。一刻の猶予もなかった。
「糞……!!」
俺は踵を返す。行く先は先程までいた大番所、正確に言えばその門前である。
その他大勢同様に、立ち昇る煙に困惑していた番所の検問役を見つける。その番兵に預けていた装備と手荷物を半ば無理矢理に取り戻す。
「返して貰うぞ!」
「え、あっ……おい!!?」
制止の声も無視して俺は駆ける。再び関の歩廊上に登ると三発目の煙玉の音が響いていた。俺は覚悟を決める。
「何をするつもりだ?」
「俺は鬼月家の下人です。その役目を果たしに行くのですよ!!」
問い掛けに俺は官僚的な理論で以て応じた。俺は関所の兵ではない。鬼月家の家臣である。関の官吏に指図されて従う道理はなかったのだ。
「何を勝手な事を……!!?」
「構わん。行かせてやれ」
「大属!!?」
俺の言葉の意味を察して、その行動を阻止せんとする軍団兵と官吏共を、しかし関の責任者は制止した。思わず驚愕する彼らに大属は説明する。
「元より鬼月家の一団に対する禁地入場の認可は出ている。本隊と同行したいというのならば行かせてやれ。……まだ日は暮れていないしな」
実に官僚的に、それでいて嫌味を混ぜた物言いであった。それだけロリゴリラ様には思う所があるのだろう。
「……感謝致します」
「感謝される謂われはない」
俺の謝意への否定の言葉。しかしそれ以上話す必要はなかった。俺は一礼した次の瞬間には歩廊から飛び出していた。深林側に向けて、である。
「お、おい……!?」
「死ぬつもりか!!?」
大の男四、五人分はある関から飛び降りた事に幾人かの兵と官吏が驚愕した。足を折るか、下手したら死ぬ可能性も十分にある高さである。まさか門からではなく歩廊から飛び出すとは思ってなかったようだ。
無論、俺も死ぬつもりはない。
「よいっと……!!?痛っ!?」
落下の瞬間に槍の柄で勢いを殺して、そのまま回転して衝撃を分散して着地に成功する。少し尻が痛いが……頑張る!
「そうだ……連れには残るように伝えて下さい!」
深林に赴く直前に俺は関の上に向けて叫ぶ。氷雨に留まるように伝える。返答を聞く前に俺は駆け出していた……。
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「あっ……?」
混濁する意識が甦る。男は思う。此処は果たして何処かと。そして追憶する此処に至るまでの記憶を。
遠征隊の長たる我儘姫様の命に困惑しつつ、しかし反論のしようもないのだから従うしかなかった。問題は誰が向かうかという事だ。相談の結果二班ある隠行衆の内自分達の班が引き返す事となった。
この時点では貧乏籤を引いたとは思わなかった。このまま何を考えているのかも知れぬ姫に付いていって深林の奥に奥にと突き進む事も無謀な事だと思えた。
故にとっとと引き返す事が出来るのならばそれに越した事はなかった。どうせ道中に潜んでいた妖共は根刮ぎ肉片と化しているだろうし、姫様が更に奥地に向かうのならば大多数はそちらに引き寄せられるだろうという目算もあった。
確かに間違ってはいなかった。生きている妖共は確かにそうであった。問題は例外がいた事か……。
「ありゃあ、無いだろ……?」
骸が動いていた。グチョグチョに潰れた身体を継ぎ接ぎのように結合させて群れる骸の群れに鉢合わせした。寄生型であろうか?余りにも想定外だった。
必死の逃亡、撤収。足止めを受け持った相方がどうなったのかは知れぬ。自分は風呂敷に包んだ荷を運ぶ。そして、そして……。
「どう、なったんだっけ……?」
其処まで思い出して、しかしその先は朧気で、しかも深く考える時間はなかった。
唸り声が幾重にも重なる。視線を向ければ狼共がいた。正確には狼共の骸がいた。
骨肉が剥けた皮から覗き、目玉は潰れていて、手足は曲がり、臓物を溢した狼妖怪共。扇子の一撃の余波だけで死に絶えた怪物共。その半壊した頭部から突き抜けているのは茸だった。
脳を支配して頭蓋骨を突き破って生える菌糸。冬虫夏草ならぬ生妖死草とでも言うべき代物。宿主がくたばったので渋々と身体を操り栄養源の確保に動いているようだった。
「……糞っ垂れ」
撃退しようにも逃げようにも身体が動かない。救援は……この分では難しいだろう。即ち、「詰み」である。
どの道、長くはなかったが。
狼の身体を使役する菌共が吠える。遠吠えする。喜びの雄叫びを上げた。一斉に飛び掛かって来る。数瞬先の事態を幻視して、隠行衆の青年は苦し紛れに短刀を構えた。せめて一体、刺し違える覚悟を決めて……。
直後、黒い影が横合いから槍の一振りで骸の首を跳ね飛ばした……。
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「畜生がっ!!」
間一髪だった。紙一重だった。目標は三体だった。俺は直後には目一杯の身体強化で勢いをつけて槍を突き立てていた。
『キャッ……!!?』
反撃の隙も与えずに一撃で以て一体の狼の首を切り落として、直後に俺はそのまま槍を大振りして近場にいた今一体を叩き飛ばす。そして気付いたそいつらが元より死んでいる事を。
「寄生型かよ……!!」
頭から間抜けに生やした椎茸から俺は察した。こいつらには打撃は限り無く無意味であると。無力化するには頭部を完全に粉砕するか、燃やすか、あるいは……。
「首を落とすのはイケそうだな……!!」
飛び掛かる骸狼の爪を槍の柄であしらいながら俺は断言する。先程切り落とした狼の首はまるで溺れているかのようにのたうち回ったかと思えば頭は渇れていき、遅れて茸も萎れていく。栄養不足による渇死といった所だろうか?所詮低級か、有難い。問題は……。
『グオオオッ!!』
撥ね飛ばされたゾンビ狼が反撃するかのように突貫してくる。頭から滅茶苦茶菌粉撒き散らしながら。
「近くで応じるのはどう考えても不味いよなっ!!?」
だからこその投石であった。懐から投石器を出して、構えて、転がっている石を放つ。空を切る音。頭の上半分が茸ごと後ろに飛び散る。姿勢を崩したゾンビ狼は最早起き上がる事はない。
「脳か、あるいは茸をやったのが良かったのか……!!?」
考察の直後に殺気。そのままの姿勢で槍を背後に引く。激突の衝撃とキャウンという悲鳴。残り一匹……!!
「こんの……!!?」
俺はそのまま槍を振り回して踊るように一回転した。遠心力で勢いを増した槍の刃は立ち上がろうとしたゾンビ狼の頭を綺麗に切断した。スゲエ、スプラッタ映画みたいだな!!
「ははっ、近頃は本当に調子がいいな。こいつはまさか漸く俺の秘められた力が目覚めて……!!?」
三匹のゾンビ狼を仕留めた事で油断していた。冷静に考えれば相手が三匹なんて誰かが保証してくれた事ではない事くらい分かる筈だったのだ。咄嗟に気配を感じ取って身構えて、槍を振るう。空振った。槍を避けた狼は此方の頭向けて牙を突き立てて……。
『キャウン!!?』
何かあったのだろうか?突然悲鳴を上げて俺から距離を取るゾンビ狼。まるで静電気を浴びたか裁縫中に指に針を刺したかのような慌てようだった。ゾンビ狼は白濁した眼球で此方を見て……次の瞬間には脳天を横合いから矢で貫かれる。
「……!?氷雨か!!?」
弓を構えた後輩の姿に驚愕し、しかしながら俺は物事の順序を忘れてはいなかった。周辺を見渡して警戒して、これ以上の脅威が存在しない事を確認して俺は駆け寄った。
地面に転がる隠行衆の元に向けて駆け寄った。
「お前、意識はあるか……!!?」
「ん、あ……てめぇは、置いてけぼりの……」
呼び掛けに反応はあった。同時に目元以外を隠す黒い口当てが一層黒く滲んでいた。吐血であった。
「連絡はぁ……届いているか?」
「関から知らせは受けている」
「そりゃ、良かった……例の物はぁ、悪い、化物に盗られた。あ、彼方の方向だ……!」
震える声音で隠行衆の青年は方角を指し示す。地面に血痕が点々と続いていた。
「……分かった。後は任せろ。もう一人いる。お前は関所で手当を」
「い、らねぇよ。自分の事は分かってる……助からねぇだろ?」
隠行衆の言葉に俺は沈黙で応じた。視線を移す。足はない。腹は裂けて中身が見えた。関の設備では無論、応急手当でも先ず間に合わぬ。
「それより……荷を、な?」
己の命を懸けたのだから、せめてそれは果たしてくれと要求される。
「……言付けはあるか?」
「余裕あるなら、囮引き受けたダチを頼む。それと……懐の薬くれ。痛てぇ」
「分かった。任せろ」
応じながらおれは指示通りに相手の懐から丸薬を取り出す。麻酔の効能のある痛み止めである。頭巾を外して水と共にそれを飲み込ませる。
「はぁ、はぁ……へへ、助かった、ぜ……」
それが最後の言葉で、それきりであった。暫し、俺はその場に留まる……。
「先輩……」
「関の方で止められなかったのか?残るように伝言していた筈だが……」
「す、すみません。その事態が事態ですので思わず……」
俺の指摘に何処までも恐縮したように上目遣いで呟く氷雨であった。独断の命令無視、しかしながらそれに助けられたのも事実であって敢えてそれを追及するのは余りにも厚顔無恥というものだろう。
「終わり良ければ、という訳でもないのだけどな……」
「はい?」
「助けられたのは感謝するぜ?問題は引き返すのは……今更だな」
目的を思えば今から氷雨を関に返すのも道理に合わない。俺達の目的は朝廷から要請された荷の回収である。
「退魔士無しでの禁地旅行だ。危険だぞ?覚悟は出来てるな?」
「が、頑張ります……!!」
「いや、頑張りますって……」
努力の話をしているのではないのだが……何処かピントの外れた返答に若干気が抜けるが、直ぐに己がいる場所が一級どころか特級の危険地帯である事を意識して気を引き締めて警戒を厳とする。
「荷は、薬や小道具は持ってるな?」
「はい。私は外にいたもので」
腰鞄に触れて氷雨は答える。番兵から武装解除も何もされていないという事。元より準備万端という訳であった。ならば……これ以上言う事はないな。
「先行する。お前は側面と後方警戒を。身体強化して、走るぞ。血痕を追う!」
「了解です……!」
緊張しつつもはっきりとした氷雨の返事に俺は頷く。そして、傍らの骸を一瞥する。……悪いな。後で回収してやる。少し、我慢してくれ。
「行くぞ……」
俺は深い深い深林の奥に向けて駆け出した。氷雨が後に続く。向かう先に何が待ち受けているのか、今の時点では想像もつかなかった。ただ……。
「畜生!!どうして、来ないんだ……!!」
ただ俺の心中に渦巻くのは、件の姫君がこの事態に対して未だに欠片の反応がない事に対する限りなく八つ当たりに近い苛立ちであった……。
ーーーーーーーーーーーーー
「……?」
扇子を振るいながら、幼い姫君は怪訝な表情を浮かべた。違和感を覚えたからだ。予感?第六感?何はともあれ、何処か遠くで何か異変が生じている……?
『ギャアアッ!!』
「っ!!?」
それは一瞬意識が逸れた事が生んだ失態であった。扇子の風撃で消し飛んだ数十もの怪物。しかしその一撃は若干威力不足で、幸運にも即死を免れた一体が身体の半分を失ったままに肉薄する。虫妖怪は他の妖と違って雑魚でも生命力が強い特徴があった。
「失せろ!!」
忌々しげに葵は扇子で虫を殴り付けた。大型犬程の大きさの虫妖怪は扇子によって、より正しくは扇子に纏わせた霊力によって塵芥と化した。
「気持ち悪いのよ、化け物め……!!」
何処までも蔑みを込めた呪詛を吐き捨てる。幼い姫君は周囲を見渡す。最早それ以上後続の怪物共はいない。打ち止めだ。
ただの一時的な事であれども……。
「はぁ、はぁ……あはは。惜しい惜しい。残念だったわねぇ?」
見通しを良くして全方位警戒と迎撃のために陣取った牛車の上。しかし今は膝を折って深呼吸をする。夏夜の蒸し暑さから幾重にも重ね着した装束には汗が染み込んでいた。嘲るように宣う台詞は、失敗を塗糊する虚勢であった。
「喉が、渇いたわね……」
「姫様、どうかなさいましたでしょうか?」
「っ……!!?」
ぼんやりとしていると、突如牛車の傍にやった来た雑人の言葉に葵は内心で驚愕していた。意識散漫になっているのだろうか?呼び掛けられるまでその存在に気付けなかったのだ。
「……冷たい茶を。早く用意しなさいな」
「ははっ!!」
驚きを誤魔化して命じれば、深々と一礼して雑人は下がる。取り敢えず喉を潤して、疲労から来る眠気を退ける必要があった。
約半日に渡って何れだけの妖を屠ったのだろうか?千や二千では到底足りない。さしもの己でもはしゃぎ過ぎたのだろうか?先程の雑人の呼び掛けもそうであるが五感が若干鈍っている。鍛練ではこの程度ならば問題なかった筈だが……鍛練と実戦は違うという事だろうか?
「情けない限りね……」
「姫様、お顔が優れませんが……お休み致しませんか?」
「無用よ。それより茶、早くしなさいな」
「ははぁ。今此方に!!」
女中の進言を却下して再度茶を催促すれば、漸く雑人より冷えた茶が差し出される。
「良く冷えてるわね。……誉めてつかわすわ」
湯呑を奪うように受け取り、ゴクゴクと勢い良く呷る。品がないと後から気付いたがそれよりも今はこの冷たい水気が欲しくて堪らなかった。
夏の暑さから来るのだろう目眩と頭痛を退けるのに、それは必須であったから。最早、先程抱いていた違和感も彼女の心中には残っていない。ただただ、彼女は眼前の課題への対処に夢中で手一杯だった。
この演目を書いた脚本家の想定通りに……。
『黙呪深林』の構造については彼女は学んでいたし、記憶もしていた。
峻険な山脈に囲まれた森林地帯は郡丸ごと……とはいわずとも郡程度ならば半ばまで呑み込む程の面積を誇る。そして其れほどの規模を誇る深林地帯は大きく三つに区分け出来る。
区分けした者はかつてこの禁地の平定を命じられた退魔士達と同行の記録官による。その環境の特性、過酷具合からおおよそ三つに分類したのだとか。
四方の関所から足を踏み入れる事が出来る大森林外縁部を『人交林』と称した。朝廷と妖共の勢力の境界線であるこの地域は定期的な間引きと霊脈の中心部から遠い事、それ故により奥地での生存競争に破れた比較的低級の妖が多い地である。無論、唯人が迷いこめば一日持たない事に変わりはない。
中心部と外縁部を挟む境界地域を『囀蠕林』と称した。記録によればこの深林は単純な妖の生息量においては残る二つよりも遥かに多いとされている。またそれ故に激しい生存競争が繰り広げられており狡猾な罠も多いと記されている。
三つ目の最果ての地。無数の大妖と一部凶妖級に至っている可能性がある個体が観測されている『厳生林』は此処に辿り着くまでに当時派遣された退魔士が複数犠牲になる程の危険地帯であった。三つの深林の中で最も妖の生息数が少ないと見積もられているが、面積としては深林の半分近くを占めている。それだけ一個体当たりの支配する縄張りが広大であると言えよう。
朝廷が『黙呪深林』の資源の多くを最初の『人交林』より採取していた。単純に一番安全である事もあるが問題はそれ以上である。
やはり奥地は危険過ぎるのだ。前述のようにかつてこの深林の討伐作戦が行われた際には複数の退魔士が犠牲となった。禁地指定と撤収に対して幾つか設けられた結界による資源採取と休息のための安全地帯もまた、そもそも奥地においては其処に辿り着く自体が容易ではなかった。
度々発生する奥地での犠牲。特に人手の不足する中小退魔士家が噴出する中でその負担を緩和する必要があった。
遂に朝廷は時の左大臣の進言を容れて決断した。外縁部から採取可能な資源だけで国策としての呪具霊薬製造に充分な量を確保出来るとして『厳生林』での資源採取は三〇〇年前に、『囀蠕林』においては一六〇年前にその活動を凍結した。退魔士家の犠牲は減ったが幾つかの霊薬秘薬呪具の生産が困難となった。薬師寺家を筆頭とした幾つかの退魔士家が衰退した一因である。
……禁地の深林の奥深くには結界に守られたまま永らく採取されずに放置されている多くの霊草の自生地が点在していた。
「ここ、ね」
『囀蠕林』に足を踏み入れて半刻程か。更に千余りの妖を粉塵とした桜色の幼姫は小さく呟いた。気丈に振る舞いつつも疲労の色は隠しきれてはいなかった。眼前にあるのは結界の要たる苔の生えた古い地蔵である。
この先が安全地帯である事を指し示す指標……幸い、かなり長期間放置されているが結界自体は機能しているように思われた。
「……進みなさい」
姫君の命に従い一団は結界の境界を越えていく。未だ途中離脱した隠行衆を除き欠員のない一団は悠々と進んでいく。途中で数体の中妖が藪から飛び出して襲いかかって来たが即座に突風で肉片と成り果てる。
結界を越える。その先にあるのは何処までも穏やかな草原であった。甘味すら感じられる空気。これは……。
「甘草ね」
その匂いに葵は当たりをつける。彼女は既に学んでいた。この結界の地は特別な甘草が自生している事を。本来ならば薬染みた臭気を放つ甘草は、しかしこの地のものに限ってはその名の通りに芳醇な程に甘い薫りを放つ。そしてその効能もまた通常の甘草とは一線を画していて……記録によれば最後にこの地で採取が行われたのは一三〇年近く前であるらしい。
「まさに歴史に残る快挙って事ね。……人足共に伝えなさい。ここの甘草を刈り取るように。各々の採取量も量りなさい。それに応じて報酬は弾むわ」
雑人の一人に命じて、その指示が人足共に伝われば一斉に歓声が上がって我先にと広々とした甘草の草原に突撃を開始した。まるでかっ込むように草を刈っては支給された籠に必死に詰め込んでいく。籠一個につき三両の報酬は彼らの薄給からすれば破格であった。
そして葵もまた知っていた。彼らが回収する甘草は何れだけ安く見積もってもその倍の値の価値はあるだろうという事を。
「鬼月の名も上がろうというもの、ね……」
永らく回収も出来ずに放置されていた霊草の回収、そして無償での献上、それが朝廷に対して何れだけの貢献であるかは言うまでもない。その功績に比べれば多少の命令違反なぞ安いもの……少なくとも葵はそのように考えていた。
ただただ朝廷からの任に応えるだけでは意味がない。その程度の事は退魔士家としては当然の事であり、己の目的を果たす上では余りにも不足していた。
朝廷の望む結果を完璧に、それを遥かに上回る事……それで以て初めて「妹」たる己が正統にして正当な鬼月の次期当主たる資格を得る。少なくとも朝廷はより有用であり有益な己に注目するだろう。そして朝廷への貢献は、即ち鬼月の家を富み栄えさせる礎となろう。
「御父様も私がアイツなんかよりずっと出来た娘だって、改めて理解してくれる筈……」
そのためのこの所業。葵は事前の指導でそれを理解していた。態態奥地に点在するこのような安全地帯まで事細やかに教えこんだ理由を察しない訳がない。これは期待であり、試練であり、試験なのだと葵は即座に確信した。そして葵はその挑戦に当然のように応じた。
父からの自由課題を完璧に制覇してやろうと葵は子供らしく張り合った。よもや父も全てを制覇する事まで期待はしてなかろう。だからこそ驚かせ甲斐があろうというものだ。
そしてそれを果たして凱旋した時に思いを馳せる。父はきっと私を誉めてくれるに違いない。鬼月に偉大な業績と利益を生み出した己を抱擁してくれるに違いない。
自分を邪魔者扱いする母と違って……。
「……半刻したら出るわよ。この近くにもう一つ霊草の自生地があるわ。そちらに行かないと」
少し睡眠不足なのだろうか?頭痛がした。忌々しい。己がまだ子供だからであろうか?倦怠感もある。悔しい。忌々しい。
「姫様、薬師が顔を見せておりますが」
「……何用?」
雑人からの呼び掛けに額を抱えながら何処までも不快げに尋ねた。
「姫様、どうやらお疲れの御様子。禁地に足を踏み入れて以来、退治を続けておりましたからな、御無理はいけませんぞ?一度休息をお取りになるべきでありましょう」
妙に甲高い声音であった。視線を向ければ若干小柄で横に体の太い男の姿。
異相と呼ぶべきだったかもしれない。蛙染みて首も太くて目元も大きい。間違っても美形からは程遠い。
薬師服を着込む姿からその立場は言うまでもない。薬師衆薬生、鬼月家の薬園師も兼任している油目……某であった。残念ながら葵は詰まらぬ下々の連中の名を一々覚える程に暇ではなかった。ただ此度この者が同行する理由は知っていた。父の派閥に属しており、薬園師としての立場からこの禁地に生い茂る霊草への見識も豊かであったのだ。父の配慮の一つであろう。
尤も、だからといってその言葉を素直に聞き入れる訳にもいかない。
「冗談は止しなさいな。折角の機会、依頼品だけ持って帰るなんて詰まらないわ。せめてあと三、四箇所は回るつもりよ」
「左様でありますか……」
「それよりも、貴方こそ折角の機会。採取をしにいかずとも良いのかしら?検品用くらいならば採取しても気づかれなくてよ?」
「ご安心下さいませ。既に……」
そういって羽織を広げれば内側に結ばれた袋には幾つかの試験管が並んでいた。その半分近くが既に中が満たされている。
「……また随分と手が早いこと」
「姫様の仰る通り、またと無い機会ですからなぁ。私個人としては姫様の目的を制止するつもりは御座いませぬ。ですのでせめて此れを……」
そして勿体ぶって取り出す薬紙であった。折り畳まれた薬紙。広げれば白い粉が数匙程其処にあった。
「これは?」
「疲労回復のための栄養剤であります。御安心下さいませ、奇妙なものなぞは含まれておりませぬ。お疑いであればどうぞ御調べを……」
「……」
その立場は兎も角、醜い風貌への嫌悪感から葵は顔をしかめた。そして受け取った薬紙。指で粉薬を一摘まみする。匂いを嗅いで、一舐めする。
「っ……!!」
味覚の幼い舌の上に広がる苦味。幼姫は一層顔を歪めて、しかし検分には手を……舌を抜かなかった。
葵は才人だ。退魔士の血統のある種の到達点であり、完成である。故にその五感は疲労した今でもまだまだ鋭敏で、味覚もまた同様。少なくとも舌の上に直接乗せた薬粉を意識した状態でその構成が分からぬなんて事はあり得ない。
粉に含まれる成分を吟味して、其処に毒が含まれていない事を理解する。確かに栄養素は満点だ。……酷く苦いが。ごくりと呑み込む。
「……分かったわ。貰いましょう。んんっ!!誰ぞ、茶を寄越しなさい。うんと砂糖も入れてね!効能は兎も角、味に風情が足りないわ!!」
若干涙目になるのを耐えて気丈に振る舞う葵。咳き込みそうになるのを耐えれば雑人を呼んで茶を出すように命じる。風情がないというのは言い訳ではない。多分。
「……それでは私めは此にて失礼をば。この地には他にも興味深い物があるかも知れませぬ故探索を進めませんとな」
薬師は恭しく一礼の後にその場から下がる。ニコニコと微笑みながら踵を返せばこの安全地帯内の探索のために散歩を始めた。
「姫様、只今お持ちを!!」
「遅いのよ!!」
背後にて雑人の返事に葵の叱責。そして扇子で殴打するような音が続いた。相当苦味に耐えかねていたのだろう。淑女らしからぬ、ゴクゴクと喉が勢いよく鳴る音がし始める。
指示に忠実に従っているようならば冷水にたっぷりの砂糖を含んだ茶である。冷たさと甘さで以て舌先に残る苦味を必死で洗い流そうとしているらしい。
「…………」
微笑みを称えたままに薬師は今一度覗きこむように振り向いた。そして暫しの沈黙の後に、彼は歩みを再開する。
実に呑気で気負う事のない足取りでの散策であった。悪巧みも陰謀も、その手の類いなぞ到底してなさそうな軽やかな歩みであった。
『ククククッ』
何者かの忍び笑いが、僅かに響いた……。
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「歩廊の人員は倍に増やせ。国崩しは何時でも使えるように即応態勢を取らせるように。……邦司と近隣の駐屯地に増援の伝令を放つんだ。直ちにな」
禁地の内で何が起きているのかを知る事は出来ずとも、南関を監督する大属は己の権限の出来うる範囲で最悪の事態を想定して対応を開始していた。関の楼閣にて兵と官吏に忙しく指示を与えていく。
先刻入場を認可した……入場というには若干語弊があるが……鬼月の下人達に対して、大属は期待はしていても信頼も、ましてや盲信もしてはいなかった。
禁地の深林の直ぐ傍に居続けた身だからこそ分かる。幾ら多少の経験と知識があろうともあの魔境は一度足を踏み入れたならば生きて帰れる保証はない。正直八割方はそのまま化物の腹の中に収まる事を想定して、それを前提として大属は指揮をしていたのだ。
だからこその伝令。援軍の要請、関の警戒は最大限まで引き上げられていた。事態が収拾されるまでは関は緊張を強いられる事になろう。
「已む無きかな。無事に任が果たされるならば良いのだが……」
「大属。報告です。街道より此方に迫る一団ありとの事!」
嘆息していた所に入室した番兵からの報告。同席していた関の軍団長と補佐役が怪訝な表情を浮かべた。
「一団だと?何者だ?」
「それだけでは判断出来ん。何か分かるものは身につけていないのか?それくらい考えろ!!」
二人の指摘に番兵は一度慌てて引き返して、暫くして戻って来ると荒い息と共に改めて叫ぶ。
「御旗と牛車の家紋を確認!!鬼月家の一団と推定、遠目から確認する限り、数は二十名程!!」
兵の報告に楼閣に詰めていた者達は互いに顔を見合わせる。其処には納得ではなく疑念こそがあった。
「鬼月だと?連絡にあった護送役の後詰めか?」
「しかし、二十名だと?少な過ぎる。退魔士が複数いるのか?」
軍団長と補佐役が其々に語る。
「まぁ。そんな所ですわな。ウチの姫様が随分と世話になっているようで恐縮ですぜ?」
「っ!!?」
疑念と困惑に応じた声は聞き慣れぬものであり、視線を向けた先には彼らの見知らぬ者がいた。
「……鬼月家の方々は随分と人を驚かせるのが御好きなようですな?」
大属はゆっくりと振り返りながら返答した。視界に映りこむのは男であった。外套を着込んでいる姿は朧気で、何等かの呪いの効力が働いているように思われた。
「流石に姫様程じゃあありませんぜ?……本当に酷いヤンチャ振りな事だ。大切なお役目を雑に務めてくれるんですからねぇ?」
自身の一族の姫君に向けた冷笑。謙遜の類いではなかった。明らかな侮蔑の軽蔑であった。本来ならば部外者相手に向けるべきではない態度。……いや、問題は其処ではない。
(何故姫が勝手しているのを知っている?)
雑な務め……口振りからその意味合いは分かっていた。問題は先程此処に現れた人物がそれを知っている事だった。式で後詰めにも連絡していた?いや、先刻来た下人共は知らぬ事だった。そもそもこの男の態度から見て後詰めが事前に了承しているようには見えない。ならば後詰めにも連絡しているとは考えにくいが……。
「門、開けてくれない?なぁに安心してくれよ。ちゃあんと御注文の御品は回収してくるからよ?」
姫君に負けず劣らずのなめ腐った態度だった。楼閣に詰める官人共が不快げに顔を歪める。大属だけが仏頂面でも表情を変えなかった。問い、尋ねる。
「宜しく御願い申し上げる。回収は御品だけで?」
「あ?……あぁ、安心しろよ。ちゃんと片付けはするからよ。特に姫様はな、あんなのが骨一本でも中に転がってたら化物連中がとことん興奮するだろうからなぁ?」
「……」
大属は強く否定しなかった。出来なかった。彼の姫君が夜間に門を潜った途端に雪崩のように押し寄せた化物共の光景は、関の兵共を恐慌させたものだ。任を果たした以上はさっさと退出して欲しいと思うのが本音であった。
「……まぁ。生きたまま連れ帰れるとは限らんがね?」
危ない危ない禁地では何が起きるか分からぬから……鬼月の下人衆頭の言は的を射ていたが何処までも無責任で、何処までも薄っぺらかった。
少なくとも、身内の身を案じた言葉ではなかった。
禁地の門を、新たな一団が潜り抜けた……。