和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

157 / 255
 先ずはファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 此方Aikyさんより、川涼みする葵様となります。素晴らしいイラスト、誠に有難う御座います!
https://www.pixiv.net/artworks/111295483


 また、更新が遅れた理由については既に活動報告にて記載済みとなりますが今現在も病み上がりで体調不良を引き摺っており、今後も暫くは更新が遅れると思われます(十日に一度程の頻度になると思います)、その点につきましてどうぞ御容赦下さいませ


第一四一話●

 この数日『黙呪深林』が騒々しくなっている事を妖達は感じ取っていた。特に先日深林の広範囲の妖共が反応した芳醇な甘い香りは、結局我慢出来ずに釣られたものの殆どが生きて帰る事はなかった。

 

 虐殺に等しい所業の結果、深林に勢力の空白地帯が生まれた。山脈と関所によって封鎖される『黙呪深林』はそれでも広大で、しかしながらやはり生息する妖の総量からすると過密であり、実際深林内では妖同士による食って食われての弱肉強食は日常茶飯事であった。

 

 鬼月の姫君によって殲滅された妖の数は優に五千に上る。大半が小妖幼妖とは言え数百もの中妖、十数の大妖すらも其処には含まれていた。それが根刮ぎ消え去ったらどうなるか。答えは簡単、流れるのだ。

 

 無人地帯ならぬ無妖地帯と化した深林に周辺の過密地帯から妖が流込む。先ずは苛烈な競争に敗れた低級妖怪から、次いで後れて己の縄張りを広げようとする上級妖怪が空白地帯を埋める……。

 

 そのような経緯から己の普段活動する範囲から逃れた中妖は、慣れぬ新天地を進んでいた。道中で数体の小妖を喰らって、己の巣を選定していく。

 

 上機嫌だった。原生林より流れたそれは、最奥地においては弱者であり常に餌にされる事に怯える存在であったから己が捕食者として立てる事に悦びを感じていた。

 

『ッッッッ!!?』

 

 その匂いを感じ取った。人よりも遥かに鋭敏な嗅覚がそれを捉える。捉えると共に走っていた。それは最早本能であり、条件反射であった。中妖として、多少なりとも知恵がある身であっても逃れられぬ誘惑……!!

 

 走る。走る。途中で同じく引き寄せられたのだろう低級の妖を食い殺して走る。見つける。竹筒の水筒を見つける。

 

 伊達に原生林で生きて来た訳ではない。蓋の開いた水筒への警戒も、その周辺への警戒も忘れない。罠や伏兵の類いがいないかを見て回る。……どうやら問題はないらしい。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、妖は距離を詰める。竹筒を観察する。中身を見る。舌を伸ばす。唾液をダラリダラリと流しながら鞭のように長い舌を器用にうねらせてその先端を竹筒に詰まった汁の表面を撫でる。

 

『!!!!』

 

 叫喚。驚嘆。妖は目を見開く。それは甘露だった。何と濃厚な霊気か!まるで何十年も前に啜った大妖の骸から流れる血のような、いやそれよりも遥かに甘美な味!!こんな素晴らしいものがこの世に存在するなんて!!

 

 それはまさに麻薬に類した。一度口にすれば決して忘れる事は出来ぬ。二口、三口と舌を浸す。その度に多幸感に包まれて嘆息する。唸る。呆然とする。幸福に身を委ねる。

 

『グオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!』

 

 至福の時間は長くは続かない。乱入者が現れる。此方を威嚇するのは同じく中妖。ギョロリと大きな眼球が蠢く。視線の先に何があるのかを察して一番乗りの中妖は怒り狂う。無遠慮に見られた事への怒りだった。この最高の御馳走は垣間見る事すらも己で独占するべきだった。権利の侵害であった。

 

『グル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙!!』

 

 せせこましく横取りしようとしていた足下の小妖共を踏み潰して狼藉者を威嚇する。二番手もまた譲らずに威嚇を続けて、両者は譲る事はない。あり得ない。業を煮やして両者は激突する。

 

 激突する前に横合いから飛び出した大妖に纏めて踊り食いされた。

 

 ゴリゴリバキバキと、前菜を頂いた大妖は主菜に取り掛かろうと竹筒を見る。視線を移す。数体の中妖。そして大妖。

 

 予定変更だった。竹筒の中身は食後の甘味である。横槍を入れた大妖は、己の勝利を無条件で確信しながら咆哮した。

 

 まるで蛾の火に赴くが如く、次から次へと妖共は引き寄せられていった。竹筒の中身を求めて……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

「それで?中身は何だって話か?んなもん知れた事よ!!」

 

 限りなく無人、否、無妖となりつつある深林を全力で駆け抜けながら俺は誰に向けて言った訳でもなく、勿体ぶった口調で吐き捨てていた。いや、実際俺誰に言ってんだ?

 

「屈辱よ……こんなの屈辱だわ。こんな、こんな……高貴な扶桑撫子のやる事じゃ……けど、背に腹は……だけどこんな恥辱……そうよ、これは悪い夢よ。悪い夢なのだわ。うふふ、そうね。早く醒めないと……」

 

 一方で背後を意識すれば呪詛染みた震え声で延々と独り言を宣い続ける姫君が縄で固定された状態で背負われている。顔を見れば多分ハイライトも消えているだろう。レ○プされていないのにレ○プ目である。完全にドリームランドにトリップしていた。

 

 俺のせい?生き残るためだ。仕方無い、仕方無い……採取は氷雨にして貰って俺は設置しただけだから、多少はね?

 

「状況が状況ですので理解は致しますが……」

 

 直ぐ傍を駆ける氷雨が歯切れ悪く呟く。面越しでも分かる程の憐憫の視線をロリゴリラ様に向けていた。若干此方を非難する視線も交じる。いや、お前も反対しなかっただろ!?

 

 ロリゴリラ様は妖共にとって最高級の御馳走だ。本人は麻痺の影響で体外に漏らす霊力は制限されているが、体内は?外に駄々漏れしない分は中に溜まっているものだ。溜まっているものを出せばいい。実に黄々しかった。乙女の尊厳は一時的に御隠れした。

 

「御叱りならば全て終わった後で御願いしたいですね!!取り敢えずはここを切り抜けるか……!!?」

 

 必死に周囲を見渡しながら俺は、俺達はひたすら道なき獣道を突き進む。妖は殆どいなかった。居ても逃げ切れるようなトロい連中か雑魚ばかり。余程に多くが陽動に引っ掛かったらしい。このまま上手く安全地帯にまで辿り着ければいいんだが……!?

 

『グオ゙オ゙ッ゙!!?』

「うおっ!?不味い!?」

 

 茂みを突き進んだ先が小さな崖となっていて、丁度其処にいた猪妖怪の背中を踏みつけての三段階着地。背後を見る。ギリギリで踏み留まった氷雨を見上げて、続けて此方を振り向いた単眼猪と面会する。大方中妖手前の小妖。大人三人分はあろう脂肪たっぷりの恵体。

 

「……こんばんわ?」

『グオオオオオオッ!!!!』

 

 挨拶すれば返答が来た。突貫して。俺は慌てて身を捩る。轢き殺されかける。遅れて背後から地響きのような轟音。大木にでも突っ込んだらしい。

 

「何やってるのよ!!?」

「仕方無いでしょう!?下人の探知能力なんて期待っ゙っ゙っ゙!!?」

 

 唸り声に視線を向ければ木の幹に突っ込んでいた猪妖怪が食い込んだ牙を無理矢理引っこ抜いていた。ミキミキという繊維質の引き裂かれる雑音。

 

『ブォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!!!』

 

 威嚇の咆哮とともに幹が崩れた。へし折れて、粉塵と共に周囲の木々を巻き添えにして倒れる。

 

「きゃっ!!?」

「氷雨!!?」

 

 崩れた木々の一本が崖っぷしに残っていた氷雨の元に崩れ落ちた。崖の影と崩れる大木によって氷雨の姿は見えなくなる。

 

「無事か!?氷雨、無事なのかっ!!?」

「大丈夫です!!それよりも、先輩は……」

 

 氷雨の声は掻き消される。耳を澄ませる時間もなかった。猪妖が此方に迫って来たからだ。

 

「避け……糞っ!!?」

 

 直進しか出来ぬ単細胞である。横方向に跳べば避けられると思っていた。倒木が進路を塞いでいた。

 

「揺れるぞ!!」

「きゃっ!!?」

 

 俺はガッチリとロリゴリラ様を背負い直すと走り出す。背後からは猛進してくる猪。俺は一寸先も分からぬような深い茂みに飛び込む。遅れて背後から枝木をバキバキと豪快にへし折る音が鳴り響く。

 

「追い付かれるわよ!!?」

「分かってるわい!!」

 

 だからこその茂みだった。視界を塞ぎ、タイミングを見計らって横に逸れれば向こうも此方を見失、う……っ!?

 

「痛っ!!?」

 

 全身に切り裂かれるような痛みが走る。原因は直ぐに分かった。葉であった。葉っぱだ。鋸の刃のように鋭い枝葉、所謂鋸葉である。……正確に言えばそれを更に鋭くしたものであるが。

 

「『錆紫蘇』の茂みっ!!?よりにもよってこんな時に!!?」

 

 背後の葵が葉の正体を叫ぶ。『錆紫蘇』、その名に覚えがあった。ゲーム作内にもあったアイテムだ。

 

 フレーバーテキストによると確か霊脈に生い茂る霊草の一種だった筈で、土中の霊気と共に金属微粒子をも取り込むそれは表面が鋭い金属質でコーティングされている。

 

 それはある種の鉱脈であり、製薬する以外にも纏めて溶鉱炉に投げ込めば低級ながらも霊鉄が錬成出来る仕様だった。この禁地の特色と存在意義を思えば確かにこの霊草が豪快に生い茂っていても何ら不思議ではなかった。

 

 問題はよりにもよってこのタイミングで触れると危ない霊草とエンカウントした事である。

 

「ぐっ、くっ……!!?」

 

 触れたものは何でも切り裂く、という訳ではなかった。カッターナイフの刃よりは鋭くないだろう。問題はそれでも装束の隙間が痛いし、装束越しでも無傷ではない事で、しかも背後からは猪が迫っていた。畜生め!!お前さんは毛皮でノーダメかよ!!

 

「下人……!?」

「姫様、御身を低く!!傷が出来ますよ!!」

 

 叫ぶロリゴリラに向けて俺は警告した。万全状態ならばいざ知らず、麻痺状態の彼女の柔肌では低級の刃でも傷つきかねなかった。頭や手を隠すように俺は呼び掛ける。俺自身の身体を盾とする。それを確認して……俺は突っ走る!!

 

「痛い痛い痛い痛い……!!!?」

 

 ザクザクザクザク、皮膚が浅く切れる。霊力で身体を強化するがやっぱり痛い。面なんて表面が削れる嫌な音が止めどなく響く。畜生!!そうだな、もう血管や首は守れればいいよこの野郎!!

 

「貴方、正気……!!?」

「他に手段があればどう、ぞ……!!?」

 

 背中のロリゴリラ様の指摘に投げやりに反論、した直後に足首に感じた違和感。下を見る。口があった。足に噛み付く虎挟みのような何か。特大の蝿取草……あ、これ不味いパターンだ。

 

「姫様、絶対に離さないで……」

 

 ロリゴリラへの警告。一瞬後に身体が引き摺られる。猪の悲鳴が聞こえた気がした。幼い子供の悲鳴が聞こえた気がした。

 

「ぐふっ!!?」

 

 何かが頭にぶつかって、俺の意識は暗転した……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

「下人……下人……!!?」

 

 何れだけ意識が遠退いていたのだろうか?ぐわんぐわんと頭の中で言葉が反響する。頭痛がする。吐き気がする。何もかもがあやふやになる。

 

「っ……!!?な、何が……?あ゙あ゙あ゙、ぅ゙……!!?」

 

 覚醒する感覚と共に襲いかかる激痛に俺は完全に意識を取り戻す。足を見る。そして認める。痛みの正体を。

 

「パック……蝿取、草……!!?」

 

 俺が目にしたのはまさに俺の左足の脛を中心にガッツリとして咥え込んだ緑色の存在であった。それは食虫植物、まるで蝿取草のようであった。

 

 ……赤色だったらどちらかと言うと配管から出てくるパックンなお花に見えるけど、って!!?

 

「ぐ、ぐ、ぐっ……!!?」

 

 兎も角も、腐っても通常よりは頑丈に縫われている下人用の装束、其処に薄くとはいえ鉄板まで仕込んでいたのである。それを、痛たたたっ……それを、こんなの……!!?

 

「き、傷が出来るまでは行っていない、か……!?」

 

 挟まれている足を見て俺は判断する。幸い、圧迫されているが肉に突き刺さってはいない。突き刺さっていないだけでもしかしたら骨に皹が入っているかもしれない。周囲を見渡して俺は忌々しさに舌打ちする。

 

 小さい物は精々鼠を、大きい物は熊でも丸呑み出来そうな蝿取草の捕虫葉……いや、どちらかと言えば捕肉葉とでも言うべきか?肉食獣の顎のような造形のそれが広がっていた。幾つかは閉じていて、目を凝らせば隙間に何かいるのが分かった。

 

 ……中には逃れんとして動いているのもあるが多くは沈黙し続けている。ははは、まるで悪夢のような光景だな。

 

「妖化した蝿取草って所か?っ……!!?」

『ブホッ!!ブホホホッ!!?』

 

 相手の正体に当たりをつけると、突如鳴り響いた必死の咆哮にさっと視線を向けた。

 

 猪がいた。意識が絶たれる直前まで俺達と鬼ごっこしていた大猪妖怪だ。身体の後ろ半分をパックンされてのたうち回る。のたうち回ってその振動に反応してたニョキニョキニョキと辺りの捕肉葉が這い寄って来た。前足を小さな顎が咥えて、大顎が頭にかぶりつく。喉元に、そして横腹に……。

 

「成る程、暴れる程早く殺されるってわけか……」

 

 その身で以てこの場での禁じ手を警告してくれた猪に哀悼の意を込めて念仏を唱えてやる。適当だけど。さて、そうなると……。

 

「無理に外そうとしたら二の舞か?しかし……」

 

 ズキズキズキズキとひたすら痛む足に顔を歪める。こうしている間にも体力は消耗する。しかも蝿取草がベースなのならば閉じた顎からは溶解液が滲み出しているだろう。実際、足に妙な湿り気を感じていた。このままでいてもゆっくりゆっくりと足が溶ける……悠長にしている暇はない。

 

「下人……」

「慎重に、解除します。周囲の反応を監視して下さい」

 

 腰元から短刀を引き抜いて俺はロリゴリラ様の声に応じた。そして眼前の作業に集中する。

 

 足はどうやら膝と脹ら脛を挟み込むようにして牙が突き刺さっているようであった。膝側は鉄板を仕込んでいるのでまだいい。問題は脹ら脛側である。

 

(脹ら脛は弾力がある。多少の無理は利く、か?)

 

 俺は先ず装束の、踵辺りまでの布地を切り裂いた。膝が丸見えになる。次に用意するのは水筒だ。水を足にかける。少しでも摩擦を軽減するためだ。箸を用意する。牙の隙間からつっかえ棒として差し込み顎内で立てる。最後に習性は分からないが蝿取草が血に興奮しないように目標周辺に包帯を当てる。そして……。

 

「隙間に……挿し込んで……っ!!」

 

 脹ら脛の薄皮を削る覚悟で短刀を差し込んだ。グイグイ、と若干無理矢理に入れ込む。刃に脹ら脛が切れる。軽い出血は包帯で受け止める。僅かにピクリと顎が震えた気がしたがそれだけだった。どうやらまだ誤魔化せているようだ。

 

 ヒントは地雷を踏んだ時の脱出方法。映画で見たものの見よう見真似、それ以下だ。確かアレだと地雷が重量変化で反応しないように靴と地面の隙間から刃物を捻こんで押さえこんでいていた筈だ。ゆっくりと足を離して最後は重しを乗せて救助する者も脱出する……俺がやろうとしているのはその応用……。

 

「水より油の方が滑るんだがな……!!」

 

 ゆっくりとゆっくりと、慎重に慎重に。短刀と箸とで捕肉葉を開いて足を抜いていく……。

 

「何か、来た……!!」

「っ!!?」

 

 耳元で圧し殺した囁き声での警告。視線を移して俺は即座に意味を理解する。そして彼女を隠すように倒れる。死んだ振りをする。

 

 暫くして地鳴りのような震動が辺りに響いた。何か巨大なものが傍を通っている。薄っすらと、本当に薄っすらと、俺は目を開く。そしてそいつの姿を目に焼き付ける。

 

 通常のフラワーがいればボスもいるという事だった。この前相対した化け鹿並みの背丈。身体に比べて異様に巨大な捕肉葉。二足歩行の蝿取草……恐らく大妖。恐らくこの辺りの蝿取草共のボスだった。

 

(妙に大きな道があると思えば、こいつの通り道か……)

 

 ブラブラと、目があるとは思えない頭部で以て周囲を見渡すボス。俺は死体である事に努める。背中のロリゴリラ様が僅かに震えているが俺は何も出来なかった。少なくとももう中は空っぽなので失禁の可能性はないのは幸いである。

 

『…………』

 

 暫く近くで佇み続けていたボス様は、しかしそのうち気分が変わったのかドスンドスンと地鳴りを響かせながらその場を後にしていく……。

 

「……行ったか」

 

 起き上がると共に深呼吸。それは永遠にも思えた。心臓は激しく鼓動しっ放しだ。死ぬかと思った。

 

「もう、大丈夫なわけ……?」

「引き返して来る可能性はあります。早く逃げるが吉ですよ。……警告有り難う御座います。引き続き、周囲の警戒をお願いします」

 

 そして俺は地雷ならぬパックン撤去作業を再開する。

 

「頼むぞ……」

 

 乾いた足に溶解液を薄める目的もあって水筒の水を更にかける。僅かに痺れる。表皮が少し蕩けて来たか?糞、あのボスのせいで無駄な時間を使ったな……!!

 

 ……それから更にどれ程の時間をかけただろう?気が滅入る程の時間を掛けて、どうにか俺は足を引き抜いた。引き抜くと共に竹筒の水筒を押し込んで誤魔化す。バクリ!と水筒に牙がめり込んでパキパキと押し潰される音が響き渡る。序でに箸もへし折れたがこの際は仕方無い。

 

「くっ……!!?」

 

 俺はどうにかして立ち上がる。噛まれた足が痛い。深く食い込まれた訳でなくても圧迫によって鬱血していたし、止まっていた血管の血が一気に流れ込んで来て痙攣する。

 

「大丈夫なの……?」

「槍があれば良かったんですがねぇ?」

 

 メインウェポンは目覚めた時には無くなっていた。パックンして引き摺られた時に手放してしまったのだろう。最早何処にあるのやら……。

 

「……行きましょう。時間がない」

 

 天を見る。日が落ちる。暗闇になる前に目的地に辿り着きたかった。

 

(氷雨は……先に到着しているといいんだが……)

 

 事前に約束していた。分断された際には各々独自に目的地に向かうと。到着したら二日間は其処に滞在すると。それ以降は……彼女は無事だろうか?

 

「……誰の事考えてるわけ?連れの奴?」

 

 氷雨の安否を心配しながら蝿取草の楽園を抜けていると背後からの不満げな呟き。連れの奴とはまた酷い物言いだ。お前さんのトイレ係だろう……痛っ!?頭突きされた!!?

 

「……痛たたた……止めて下さいよ。此方だって怪我してるんですよ?」

「何か失礼な事考えていなかった?」

「まさか」

 

 冤罪も甚だしい……冤罪だよね?

 

「……冗談はこの辺りにしましょう。ゆっくり、慎重に、しかし急いで、向かいましょう」

 

 またパックンされては堪らない。足下の地雷……ではなく蝿取草に注意しながら俺は進んでいく。幸い、ボスとはそれ以降遭遇する事はなかった。

 

「川の、せせらぎ……?」

 

 途中から微かに聞こえて来た水の音。それに導かれるように俺達は更に先に向かう。それはある意味で正解であった。

 

 捕肉葉の樹海をくり抜くように通る道を曲がる。その先に迷宮の出口が見えてきた……。

 

「彼処が……」

 

 遠目に見えた蝿取草の森の終わり。その先に広がるのは普通の木々による深林である。その光景はあからさまに過ぎて罠ではないかと思えて来るが……。

 

「他に、行き先もないしな……」

 

 今更引き返してもボスと出会す可能性が上がるだけ、ならば先に向かうしかなかった。足を早める。一層周囲を警戒する。警戒しつつ突き進む。そして……足を止める。

 

「っ!?どうしたのよ!!?」

「マジかよ……」

 

 背中のロリゴリラ様の困惑に、しかし俺はただ舌打ちするのみだった。視線の先にあるのは丁度人一人を呑みこめる程の大きさの蝿取草の捕肉葉。閉じきったその隙間から伸びるのは腕である。

 

 人の腕。隠行衆の装束が覗く……。

 

「……糞っ」

 

 俺は舌打ちしてその場から立ち去る。もう手遅れなのは明らかだったから。

 

「ねぇ、あれって……」

「……この業界に勤めていれば何時かは有り得る話ではあるんでしょうがね」

 

 その先については言わない。言う必要もなかった。言わなくても此方の心中についてはある程度理解しているだろうから……。

 

「……」

「……」

 

 漸く食肉の樹海を抜けた。互いに無言だった。喜びはなかった。達成感もなかった。ただ淡々と、義務を果たしただけでしかなかった。

 

「行きましょう。早くしないと日が暮れ……」

 

 其処まで口にして俺は固まる。最後に振り返って見た光景に驚愕しての事だった。

 

 捕肉葉の隙間から出る隠行衆の腕が、確かに動いていたから。

 

 ……まるで助けを求めるかのように虚空に手を伸ばしていたから。

 

「っ!!?姫様、其処から動かないで!!直ぐに戻りますから!!」

「えっ、ええっ!!?」

 

 周囲を見渡す。手頃な岩場を見つければ其処にロリゴリラ様を下ろして、残り少ない妖避けの符を起動させる。彼女の隠れる岩場の隙間に向けて、保険として貼り付ける。

 

「貴方まさか、正気……!?」

「勿論でしょう!?」

 

 唖然とするロリゴリラ様の言に即答し、そして駆け出す。助けを求めるその手元に向かって。

 

「今行くぞ……!!」

 

 走る。走る。走る。近づけば「助けて」という掠れるような声音すら聞こえていた。俺はそれに合わせて更に急いで向かう。

 

「大丈夫だ!!諦めるな!!今、助けるからなっ……!!?」

 

 必死に向かう。一心不乱に向かう。罠である可能性を完全に忘れて。

 

 今思えば本当に愚かな判断だった。若気の至りであり、極限状態で犯した浅慮であっただろう。

 

 何かが嗤って、俺の背後に立っていた。

 

「何っ……があ゙ぁ゙!!?」

 

 それに気が付いて、それが何なのかを理解する前に、背中に舐めるような激痛に俺は悲鳴を上げていた。岩場の陰から顔を覗かせるロリゴリラ様もまた、驚愕の表情を浮かべていた。歪めた顔で振り向く。そして御対面する。俺の背中の肉をザックリ削った捕肉葉を。

 

『逃げようだなんてぇ、許さないわよぅお肉ぅ?』

 

 何処までも仄暗い嗜虐の笑みを浮かべて、蝿取共の女王が嘯いた……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 その蝿取草が妖化を果たして何れだけの時を刻んだか。少なくとも百年二百年では全く済まないだろう。

 

 人の時間感覚では余りにも長く、しかし唯でさえ与えられた時間が長い妖の中でも、植物系のそれらの精神は一層悠長だ。彼ら彼女らは時として獲物を来るまで年単位の時間すら平然と待ち続ける。灼地には迷い落ちる獲物を百年待ち続け、一度捕らえれば更に百年かけてジワリジワリと養分を搾り取るような極悪な存在すらいるのだとか……。

 

 この禁地の妖の密度は異常な程に過密で、故に獲物に困る事はなく、寧ろ供給過多ですらあったかも知れない。通常の蝿取草ならば頻繁に獲物が来ると逆に枯れてしまう所だが其処は妖、この程度何という事はない。

 

 ひたすら獲物を食らって食らって食らって、余剰の養分で以て餌を捕らえるための眷属とでもいうべき物も増やした。

 

 食らった数が千を超えて二千を超えて……それはある日気がついた。自意識に。己が明確な知性を持っている事に。自我というべき代物に。それを獲得して凡そ五十年以上経てからの事である。

 

『あぁ。また美味しそうなお肉だぁ……!!』

 

 尤もそんな事なぞどうでもよくて、凶妖にまで成り上がった蝿取草は相変わらず己の巣に誘われた獲物を食らい続けるのだ。

 

 そして逃げる獲物は決して決して、逃がさないのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

『それにつけても本当に珍しいお肉だねぇ?毛は少ないしぃ、風味も違うねぇ?』

 

 ペロリ、と捕肉葉にこびりついた血肉を掬って咥えて、凶妖は感想を述べる。妖艶な雰囲気からかけ離れた、あるいは見掛け通りの幼い口調で以て味を評する。

 

「ば、かな……冗談、だろ?」

 

 地面に踞る俺は息絶え絶えに苦笑する。苦笑する他ない。これは流石に斜め上過ぎた。

 

 眼前に君臨する凶妖は、大顎のように開いた蝿取の巨大な葉に鎮座するようにして座っていた。それはまるで二枚貝の中に控えるマーメイドのように。

 

 見掛けは十代前半。浮世から遊離しているような独特の美貌の、あるいは魔性の風貌で、露出気味のその全身には刺青が刻まれていた。見方によっては蝦夷の娘にも見えたかも知れない独特の出で立ち。……明らかに全身の彼方此方から人ではない器官が伸びていたが。

 

「よりにもよって……ここで、エンカウントするかっ!!?」

 

 禁地である。大妖が何体もいるのだから凶妖だって複数生息していても可笑しくない。当然だ。しかし……よりによってこのタイミングで俺の目の前に出てくる必要はないだろうによ!?

 

『けどぅ、驚いたよぅ?私のお口から逃げるなんてぇ?凄いねぇ。そんなによわよわなのに抜け出せるもんなんだねぇ?』

 

 俺の内心の苛立ちとは打って変わって、凶妖は何処か間の抜けた声音で宣う。心底吃驚仰天とばかりの物言いであった。一周回って嫌味のない子供らしい問い掛け。

 

「……」

『喋れよぅー』

「あぎっ!!?」

 

 沈黙に対して背中を容赦なく踏みつけられた。よりにもよって肉の抉られた傷口を。一見すれば華奢な生足としか思えぬそれで、見掛けからは信じられらぬような力で以て。ゴリッと嫌な音が響いた。美少女からの踏みつけは御褒美じゃなかった。

 

『あー、やっぱり話せるぅー。可笑しいと思ったんだよぅー。他のお肉は此くらいなら皆お口利けるもんねぇ。私頭いいんだよー?』

(言ってろ、化物め……!!)

 

 間の抜けた、場の空気にそぐわない口調で己の叡智を誇る草女。それに一々真摯に話を聞いてやる義理は、欠片もない。

 

(それよりも……)

 

 チラリ、と俺は踞ったままに視線を向ける。ピクリピクリと捕肉葉の隙間から突き出る痙攣する手首を一瞥して焦燥する。一体何時から囚われている?早く助けなければならなかった。

 

『余所見ぃ?』

 

 直後、人を偽った瞳孔が視界を塞ぐ。

 

「っ!?」

『ん゙ー?アレが気になるのぅ?良く出来てるでしょー?一生懸命考えた釣り餌ー』

 

 動揺する俺に向けて、化物は素直にあっけらかんにネタバラシをしてくれた。

 

 捕肉葉から突き出た手首を引っこ抜いて。その断面から伸びる蔓を引き摺りながら。

 

「そいつ、は……!?」

『考えたんだぁ。たまーにねぇ、仲間に呼び寄せられるのがいるんだよー。だからこうやって……ほぅら。神経を刺激するとね、元気に動くんだよぅ?』

 

 捕肉葉の内から伸びる蔓がうねれば、手首もまた痙攣したように震える。狂ったようにビクビクとのたうち回る。その様を誇るように草は見せつける。

 

『声もねぇ。ほらぁ。こうやって。「助けて、助けてぇ……」ってねぇ!』

 

 まるで化物の説明に対応するように、周囲の蔓葉が打ち震えながら憐れな哀願の風音を奏でる。草笛の要領だった。己の一部を管楽器のようにする事での擬似的な声帯模写……妖らしい狡猾さ。

 

「……身体はどうした?」

『んー?』

「その手首の、身体はどうしたんだ?」

 

 それが大事だった。だから尋ねた。化物の顔を直視して、問い質した。

 

『からだー?あー、美味しかったよぅ?』

 

 揚々として、天真爛漫な笑顔で凶妖は応じた。それは過去形の完了形であった。過去完了形。そうか。そうか……。

 

『あ、そうそう。忘れてたぁ。あのね、あのねぇ?聞きたい事があるんだぁ?』

「聞きたい事……」

 

 俺の呟きはどちらかと言えば独り言に近かったが、妖は応答と認識したように見えた。妖の自己完結的な認識は何時もの事だ。

 

『そうだよぉ。あのねぇ、あのねぇ?逃げ出したお肉は貴方ともう一つある筈なんだぁ。けどねぇ、探してもお肉くんはお肉くんしかいないんだぁ。だからねぇ、何処に隠れてるのか教えて欲しいんだぁ!』

 

 若干意味不明の説明を分析すれば、それは恐らくはロリゴリラ様に対しての指摘だと思われた。植物の思考回路や五感がどうなっているのか知れないがどうやら直接的に噛み付いていなくてもロリゴリラ様の存在自体は認識はしていたらしい。そして、その所在を問うているという事は……。

 

(符の効果か……)

 

 本当にチラリとだけ蝿取の園の出口の向こうへと視線を向ける。岩場の隙間からロリゴリラと視線が合った。緊張の面持ちで此方を見続けていた。その眼差しに込められた感情は複雑で言語化するには困難があった。

 

 少なくとも、焦燥はしていたが……。

 

「俺に、一緒に探せと……?」

「そーだよぉ。かくれんぼしてるお肉は今まで見た事ないくらいに美味しそうだったって言ってるからぁ。態態お昼寝を切り上げてねぇ、美味しいのから先に食べるんだぁ」

 

 苺は最初に食べる派かよ……待て、その言い回しは?

 

「誰に、聞いたって?」

『みんなぁ』

 

 そうして拍手をすれば奴らは地鳴りと共に現れる。通りすがりのフラワーのボス達が何処からともなく姿を見せた。眷属たる大妖が女王に侍るようにして。……五体も。

 

「これは、また……」

 

 圧巻だ。最低最悪だ。絶望だ。この場を切り抜ける難易度が飛躍的に高くなったのだけは確かである。

 

『それでねぇ、それでねぇ?美味しいお肉探し、手伝ってくれるよねぇ?』

 

 そして改めて俺に向けて問い掛ける。食べる予定のお肉に別のお肉の捜索を要求する。少しの臆面も躊躇も、ましてや遠慮もなしに。当然のように。

 

 妖らしい、自己中心性……。

 

(何時までも誤魔化す事は出来んな……)

 

 俺は思考をフル回転して考える。ノーは有り得ない選択だった。少しでも気に入らない返答ならば殺される。要求を受諾しても若干ご飯になる時間がズレこむだけだろう。適当に時間稼ぎをしても最悪飽きられる。

 

(……そして仮に俺が黙って死んだ所で、符が時間切れになれば彼方もお仕舞いってな?)

 

 まさしく八方塞がり。どの道を選択しても状況は最高だ。

 

 ……つまり、勝負の時という訳だ。

 

「それならば、所在を……知っていますよ?」

『っ!?それ本当ぅ!!?』

 

 息絶え絶えな所を無理して言葉を紡いだ俺にピクリと反応したかと思えば、肉薄するように迫る凶妖。俺の顔を覗きこむ。吟味する。まるで魂を見透かすように。

 

 嘘を言えば、直後に惨たらしく殺されるのを確信出来た。

 

「符で、妖には認識が阻害されているのですよ……。このまま探していても見つけるのは難しいですよ?」

 

 実際、お前さんは目と鼻の先にいても認識出来ていないもんな?

 

『お肉くんには分かるわけぇ?』

「無論です。何処に隠れているのか、導いて上げましょうか?」

『やったぁ!!』

 

 俺の提案にはしゃぐように喜ぶ凶妖。お肉扱いしている存在からの提案に呆気ないくらい簡単に応じるのも含めて、こいつらの精神性の異常さが際立つ。

 

「では、代わりに……支えて貰っても、良いですか?この身体では……歩く事もままならない」

 

 俺はへりくだって懇願する。哀願する。その様を見て、凶妖は下僕に命じようとして、待ったをかける。

 

「お待ち下さい。それは……貴女にとって、宜しくない」

『?どうしてぇ?』

「だって、獲物の場所が……真っ先に知れないではないですか?」

『んー?あぁ。成る程ぉ』

 

 俺の意見に一瞬で納得したのが正しく妖らしい思考であった。獲物の横取り……その前に下僕との信頼関係が何処まで薄っぺらいのかが明らかとなる。

 

 ……そして周囲の下僕共の酷い言われように対する余りにもぼんやりとした反応に、俺は確信する。やはり人の言語を理解しているのはこの凶妖だけであると。

 

『じゃあ、こうしよっかぁ?』

「うぐっ!!?」

 

 ひょいと化物の背後から触手が伸びる。俺の身体を摘まみ上げる。労りも思い遣りもない雑な持ち上げ。

 

『どっちーぃ?』

「……彼方です」

 

 催促に返答。そして団体客は動き出す。どうやらマーメイドごっこしている葉はそれ自体が眷属だったらしい。亀虫のような造形にぱかりと開く捕肉葉は羽を模したようで、玉座にてぺたんと座ったままに移動する食肉植物の女王。その後ろに更にボスが続く……。

 

「彼方です。ずっと、ずっと彼方に……」

 

 俺が指差すままに罠何て欠片も疑わずに化物達は進む。まぁ実際、罠何て仕掛ける時間も想定もしてなかったのだからその点では間違ってはいまい。

 

「……!!?」

 

 一方で、物騒な団体連れてやってくる俺を見て、驚愕するのは姫様だ。非難と敵意、恐怖すら滲ませて俺を訴えるようにして睨む。そして、逃げ出せずに身を竦める……俺はその全てに無反応を装う。

 

 そして、彼女からほんの十歩もせぬ場所で停止を命じた。

 

「お待ち、下さい」

『んー?どうしたのぉ?』

「火急、貴女にだけお話したい事が出来まして……」

 

 俺の要望は余りにもあっさりと通される。触手が手繰り寄せられて凶妖の顔が正面にアップにされる。

 

『何ぃ?美味しい話ぃ?』

「ある意味では」

 

 少なくとも、俺にとっては……な?

 

「感謝の印です。とっておいて下さい。一人で移動するのは難しかったもので」

 

 そして俺はそれを化物の胸元に押し付けた。余りにも自然な所作だったのだろう。油断もあってあっさりと俺の行為は成功する。成功しても尚、化物は首を傾げる。

 

『なぁにそれぇ?』

「タネマシンガン」

 

 そして俺はクラッカー宜しく糸を引いた。カチッと音がなった。ポンッと弾けた。

 

 そして直後に腕に激しい反動が襲い掛かり、凶妖の胸元に鉛玉がばら蒔かれた……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 久我猿次郎に依頼して取り揃えたアイテムの内で俺にとって数少ない切り札に類するのがこの取手付きの円筒である。

 

 一見すると古い塹壕戦の映画に出て来る柄付手榴弾型のそれは、しかし実際の用途は爆薬筒以下の自爆兵器であった。

 

 筒の一番底には火薬を捩じ込んで、その上には霊鉄の鉄屑を煮溶かして作った不揃いな鉛玉、最後には呪いを仕込んだ釘を筵を並べて紙と薄い鉄板で覆った。

 

 手榴弾やクレイモアにする程に火薬の質も量も期待出来ない。肉薄攻撃……それも態態零距離から相手に押し付けて爆破させる半ば以上特攻兵器である。猿次郎もまた完成品の説明しながら糞みたいな代物と御墨付きをしてくれた。

 

 構わなかった。大妖や凶妖とエンカウントして逃げられない際の保険としてあれば良かった。完成品は二個。その内の一つを今使った。

 

 猿次郎の評価は兎も角、この場において件の物品の効果は絶大だった。

 

『カッ゙ハ、!?痛イ゙!?痛イ゙イ゙イ゙イ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ッ゙!!!?』

 

 文字通りに胸元に不恰好な大穴を開けて、何だったらその周囲にも飛び散った鉛玉や釘で大小の風穴を開いた食人植物の女王は絶叫する。

 

「くぅぅぅぅっ!!?……ぐはっ!!?」

 

 そして俺はと言えば反動の腕の衝撃に痺れていた所を、蔓で以て投げ飛ばされた。木の幹に叩きつけられてえずく。えずいて咳き込んでそのまま地面に落下する。

 

 まだまだ、苦難は終わってはいない。

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙!!!!』

「ボスが来やがったな……!!」

 

 女王の負傷で恐慌に陥りつつもフラワーなボス共は此方に向けて咆哮する。捕肉葉を開いて俺を八つ裂きにせよと迫り来る。

 

「お前らには、こいつでも食らえ……!!」

 

 すかさず懐から投げ込むのは二つ目の匂い玉。ポンッと小気味良く破裂して、独特の臭いを周囲に撒き散らす。

 

 地響きがした。流石化物の森である。新規顧客は直ぐに来た。

 

『ブオオオッ!!』

『シャアッ!!』

『キキキキッ!!!!』

 

 知恵の浅い低級の妖共が草木を掻き分けて現れる。力の差も理解せず、あるいはそれすらも本能に屈服してボス共に向けて一直線に突貫する。叩き潰される。後続が臆する事なく飛び込む。乱戦が、始まった。

 

「い、今のうちに……!?」

『マテェ!!逃ガサナイゾ猿ゥォッ!!』

 

 身体を引き摺って逃れんとして、足を蔓が絡め取る。視線を向ければ人を模した化物。美少女の顎は裂けて牙を剥き出しに、ギョロリと硝子玉のような眼球が凝視してくる。

 

「糞っ垂れ……!!」

 

 苦無を引き抜く。蔓を突き刺して切り捨てる。四つん這いで肉薄してくる化物。閃光玉を投げた。視界が光に包まれる。周囲の妖の、凶妖の悲鳴が上がる。蔓が狂ったように周囲を薙ぐ。面を蔓が掠めた。

 

「うぐっ、!?ちく、しょう!!」

 

 面が半ば程打ち砕かれて、顔面に豪速球を食らったような衝撃が走る。耐える。どうにか耐える。痛がる時間はなかった。

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙!!ユ゙ル゙ザン゙!!ユ゙ル゙ザン゙ゾォ!!!?』

 

 背後からの呪詛も無視して俺は身体に鞭打って逃げる。息絶え絶えに、全身汗を噴き出して、それでも血だけは地面に落とさないように意識して。ただただひたすらに。

 

「はぁ、はぁ……!!」

 

 気配が迫る。死が背後から迫る。俺は必死に前に進む。閃光玉によって視覚は殆んど頼りにならない。曖昧な感覚でふらつきながらも逃れる。符の方向へ。岩場に向けて。

 

「手を、掴んで……!!」

 

 俺の腕を誰かが掴んだ。前を見る。閃光玉から放たれる光で掠れる視界の中で、しかし確かにそれを見た。

 

 俺と同じように身体を引き摺って、符の効果の外にまで手を伸ばした少女の姿を、確かに見た。

 

「……!!」

 

 掴み返した腕。互いに互いの身体を引っ張る。死がほんの数歩背後まで近付いていた。俺は渾身の力を振り絞る。

 

 蔓が、振るわれた。そして……。

 

 

 

 

 

 

『グゾガァ゙!!?ドゴニ゙ニ゙ゲダァ゙!!?』

 

 逃亡者達か息を潜める細やかな安全圏の直ぐ外側では、凶妖が怒り狂いながら周囲の妖共を腹いせのように塵殺し続けていた……。




 因みに元ネタは蟲惑魔シリーズ。深林内を探せば意外と簡単に御同類を見つけられます。正直凶妖の中ではかなり弱い方です。(一般人が勝てるとは言っていない)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。