和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
此方、古明地さんより主人公+妖母様(パロディ風)です。特に一枚目の妖母様はホラーとエロチックが上手く混ざっていて素敵ですね!
https://www.pixiv.net/artworks/112236917
素晴らしいイラスト、有り難うございます!
あと、この前UAが1000万超えている事に遅ればせながら気が付きました。本作をお読み頂いている皆様のお陰です。前話前書きにも追記してタイトルも記念物にさせて頂きました。本当に有難う御座います。今後とも、どうぞ本作を宜しくお願い致します。
時は騒がしさも収まりつつある夕暮れ刻。弱肉強食の禁呪の深林の泥土を一匹の幼妖が這い回る。
深林の食物連鎖の限りなく最下層にある矮小な蜥蜴妖怪は、しかし今日という日に限っては上機嫌だった。当たり前の話であり、彼を捕食するような上位妖怪の悉くが余所者共に屠られて、その血肉は今や己を含む取るに足らぬ低級の妖共の糧となっていた。
大地は焼けていた。闖入者による仕業だ。こんがりと程好く焼けた中妖大妖共の骸には、強烈な匂いを何里にも渡って放っており、それに引き寄せられた先客で既にごった返していた。文字通りの千客万来だった。
蜥蜴は迫る。威嚇される。無数の先客共が唸り、牙を剥き、咆哮する。堪らずに蜥蜴は引き下がった。低級な妖共の中でも蜥蜴は一際に矮小だった。
名残惜しげに振り返り、しかし団栗のようでいてそれでも越えられない力の差を理解して、蜥蜴は仕方なし他の獲物を探す。無茶をしない事、それがこの蜥蜴が過酷なこの深林で今日まで生き残って来た秘訣である。
……見つけた。極上の肉を。
蜥蜴はそれに向けて疾走する。その傍らに辿り着く。舌で舐めてその品質を品定めする。最高だった。先程見た骸よりも遥かに上質。しかも未だに誰も群がっていない。一番乗りだった。
蜥蜴妖怪は歓喜した。興奮した。この御馳走を独占出来る事を心底喜んだ。これを食らい切れば己が一段階も二段階も格を上げられる事を蜥蜴は本能で理解した。
……翳りが蜥蜴を包む。それが最期に見た光景だった。
グチャリ、と肉が潰れる音。咀嚼音。休眠。そして静寂。しかし、それは直ぐに覚醒する。
己が目覚めるのに必要な栄養を満たして、打ち捨てられるように放置されていたそれはピクリと動いた。ビクリと、蠢いた。
ゴソゴソゴソと、まるで何かを探し回るようにのたうち回る。のたうち回って身を捻って、痙攣して、血肉に刻まれた全てを読み返して……そして理解する。此処に至る全てを。理解する。己が為すべき事を。復讐を為すべき相手を。
『……』
暫しの沈黙。そしてそれは変質する。己の存在を作り替える。生やして、伸ばして、作り出して、起き上がる。
己で以て、己を持ち上げる。
『…………』
手に入れた新たな視界にギョロリギョロリと辺りを見渡して、その行く先を見出だして、それは這いずり始めた。目的を果たすために。
果たして、それが向かう先は……。
ーーーーーーーーーーーーーー
「先輩の愛の鞭、食らえやぁ!!」
「かはっ!!?」
夕暮れを背景に、そんな掛け声と共に俺は上司先輩の理不尽タックルを鳩尾に打ち込んだ。同時に漏れ出るのは少女の咳き込んだ悲鳴で、俺はそれすら無視して一気に彼女を押し込んだ。
河原に共に、突っ込んだ。水飛沫が盛大に周囲に舞い散る。
「こ、こん、の…!?」
「おらおらおら!!容赦しねぇぞこらぁ!!」
そして始まるのは乱闘騒ぎだ。野蛮な肉弾戦の格闘戦だ。互いに体術でまるでプロレスのように相手の動きを封じんと鎬を削る。
いや、正確には俺の相手の立場は反則上等な悪役女子レスラーであったが。
「こい、くっ……!?」
「凶器は、反則だぜ……!!?」
袖口から引き抜こうとした暗器を、しかし俺はレフェリーを気取りながら封じる。即座に腕に手刀を打ち込んで振り払わせる。尚、針が突き刺さった方の腕でやったので此方もダメージ大である。痛てぇ。だが……!!
「ぐううぅ!!?」
「はっ、やっぱり身体強化が下手だな!!?そんな華奢な身体で!!だから弓矢にしとけってんだよ!!」
両腕を押さえた俺は叫ぶ。氷雨は顔を紅潮させる程に力を振り絞るがそれでも拘束は解ける事はない。単純に男女の腕力の差、身体強化の差、そして体術で以て封じられているからだ。馬鹿め、格好つけずに飛び道具で仕掛ければ良かったものを!!
「これで手籠めってな!!」
「なめるなぁ!!」
「いぎぃ!!?」
勝利宣言の直後に胸元に走る衝撃。しなやかな両足による胴体への蹴りが俺を仰け反らせる。両腕の拘束が弛む。氷雨はそれを見逃す程に無能ではなかった。
「痛っ!?いた、い゙でぇ!!?」
振り解かれて自由になった腕による裏拳。ビンタ。拳骨。最低限の動きで以て連続で仕掛けられる攻勢。止めに突き立てた二本の指による目潰し……!!
「それは流石に危ないわっ!!?」
最後の一撃だけは慌てて回避する。回避して、足払いを仕掛ける。立ち上がろうとしていた氷雨はモロにそれを食らって再び河原に身体を突っ込んだ。豪快に水飛沫が飛び散る。
「少々!手荒に行くぞ!!?」
意識を刈り取るべく、俺は氷雨の顔面を掴んで河原に押し込んだ。殺すつもりはない。酸欠三歩手前くらいにまで追い込んで意識を混濁させるつもりだった。
「んっ、んんんんんっ!!?」
「動くな!!糞、許せよ……!!?」
ジタバタと暴れる氷雨の姿にかなり良心を抉られるが、俺は心を鬼にしてそれを続ける。俺の腕では体術のみで彼女の意識を失わせるのは困難だった。下手に怪我させるよりはこの方法が一番後遺症がないと判断した。
心の中で数字を数える。五十数えるまではドンドン必死に暴れ回っていたのが百数える頃には次第に緩まる。そして二百数える頃には弱々しくなっていく……。
「くっ。余り、やりたいものじゃあないな……」
抵抗が静かになっていく氷雨の様子を見て俺は吐き捨てる。殺人事件やってるみたいで本当に嫌になった。
「はぁ、はぁ、……そろそろ、か?」
二百五十まで数える頃には殆ど動かなくなる氷雨を見て、流石に不味いかと考えて力を緩めた。殺すつもりはないのだ。頭を水面から上げれば朦朧とする氷雨の表情。俺は急いで彼女を呼吸させようとする。指で口を抉じ開けて水を吐き出させようと図る。
擬態だった。
「……!!」
「ぐおっ!?肺活量がいいな、おい!!?」
パッと見開いた瞳は明確に覚醒していた。頭突きが来た。御丁寧にも鉄製の額当てで以て此方の生頭にゴッツンコである。軽く脳震盪する。畜生がっ!!?
「はぁ!!」
拘束から脱して、氷雨は徒手格闘を挑んで来た。持ち前の身軽さを全面に押し出した俊敏な動き。此方は揺れる意識と視界。だが、甘い!!
「軽いん、だよ!!」
「なあっ!!?」
喉を潰さんとして放たれた手刀を、しかし腕を掴んでそのまま背負い投げしてやった。普段の食事が心配になる程軽過ぎるくらいに軽々しかった。
「かひっ!?」
「まだだぜぇ!!?」
川底に背中から叩きつけられて盛大に水が跳ね返る。悲鳴が上がる。慈悲はない。俺は外聞も気にせずに其処に馬乗りになる。華奢な身体に男の体重を乗せきって、殆ど強姦紛いに組伏せる。
此処に至っては手段は選べない。選べる相手ではなかった。乱暴に拘束された氷雨が普段の印象からは想像出来ないくらいに荒々しく息を立てて、キッと真っ直ぐ睨み付けて来る。
「ふぅー、ふぅー……殺せ!!」
「殺さねぇよ!!というかくっ殺かよ!?」
生くっ殺だよ。何気にエロゲ世界に転生してから初めて聞いた台詞だよ。いっそ感動すらしたよ。俺は竿役かよ。つまり俺は巨根オークだった……?
「くっこ?何を言って……嘘っぱちを、言うな!!出任せなんかに騙されないもの!!」
「出任せなんて、言うかよ……!!落ち着け!!騙されてるのはお前だ!!落ち着くんだ、俺の言葉を聞け!!」
俺は氷雨に呼び掛ける。記憶操作か、思考操作か、何にせよ落ち着かせなければならなかった。彼女に自身の認識が操作されたものなのだと自覚させなければならなかった。
「誰が、聞くもんか……!!そうやって、これまでだって嵌めて来たんでしょ!?」
「嵌める!?何言ってんだ!!?冷静になれよ!!?」
氷雨の言に俺は困惑する。一体どんな洗脳を食らったのかと実行者に苛立つ。
「煩い!!毎回っ!自分だけは生き残っておいてほざくな!姉さんの時だって!お前は……そうでなかったらどうしてお前だけ生きてるの!!??」
「姉さん!?おい、本当何を言ってんだよ!!?」
氷雨の言の意味が、その意図が、少なくとも極限状態の俺には分からなかった。
「忘れたのなら、教えてあげる……!!鹿江姉さんの事……貴方の監視役だった、仮埜依姉さんの事よ!!」
氷雨の荒々しく殺意すら滲ませた叫びに、しかし俺は怖じける事も驚愕する事も、怒る事もなかった。ただ唖然とする事しか出来なかった。
「鹿江……?監視?」
僅かの沈黙、そして漸く振り絞るように出てきた言葉は、御世辞にも文章ではなく単語の羅列に過ぎなかった。接続詞なんて、忘れてしまっていた。だってそうだろう?アイツの事なんて、一度だって氷雨に教えた事なんてなかったのだから。
俺のせいで死んだ、年下の先輩の名前なんて……。
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下人衆屋代班所属、名を鹿江。下人としての経歴は約二年、屋代班の班員としては一年。弓手であり、班内ではそれ故に探知と斥候、後方支援の役目を割り当てられた彼女は班員としては俺の先輩であり、その癖実は年齢は俺よりも一つ年下だった。
群青味のある髪は肩口まで。班内では一番の年下で、背丈に至っては下人衆全体でおいてすらかなり低く、それこそ俺の胸元に漸く頭の端が届くかどうかという始末で本人もあからさまに気にしていたように思う。その裏返しのように経歴の長さを理由に俺には先輩風を吹かせて見せて、その態度には心底辟易させられたものだった。
格好つけで、気が強く、何処か抜けていて、しかし目下に世話焼きで、甘えん坊な所もあって、何よりも表裏のない愛嬌一杯の笑顔は衆内の誰からも愛されていた。共にいるだけで笑顔と元気を貰えるような陽性の少女……それが鹿江だった。
……俺の愚かさ故に死なせた、嘗ての仲間の一人だった。
そんな彼女が、姉?
そんな彼女が、監視?
「何を、言っているんだ……?」
口にした言葉は何処までも震えていて、それ以上に困惑していて、何よりも混乱していた。言葉を理解仕切れず、処理仕切れなかった。何一つ、呑み込めなかった。
アイツが、監視?俺の監視?そんな馬鹿な事、何のために?だったらどうしてアイツは……いや、だからこそ?だとすれば……待て。それはいい。それは後で考えればいい。それよりも……。
「姉?あね?一体どういう……?」
「いやあぁ!!」
「くぅ゙っ゙!?油断したっ!!?」
感慨すら含んだ驚きと罪悪感と、恐怖に満たされていた俺は、それ故に一瞬現実を忘れていて、優秀な下手人は目敏くその隙を突いた。弛緩した拘束を擦り付けて見せて、眼前で放つのは閃光玉だった。
「不味いっ!!?」
咄嗟に瞼を閉じる判断。しかし光は閉じた瞼越しからも十分過ぎる程に瞳を照らして、そして曇らせる。手の内から後輩を逃した俺は慌てて立ち上がって周囲を警戒する。徒手格闘の姿勢を取る。僅かに遅れて、俺はその危険性に思い至る。
(不味い!葵が……!!?)
今の氷雨があのファザーの手先であるのならば、葵の身の上を最優先で守らねばならなかった。今の俺の唯一の弁明をしてくれる者であり、無罪を証明してくれる希望は、しかし仮に死せばそれは即ち、俺の死すら意味した。
「姫様、隠れて!!人質にされます!!返答もしないで!!」
「違うわ!!狙いは貴方よ!!位置を気取られるわ!!」
「!!?」
思いがけぬ返答に、警告に、俺は驚愕し、しかし身体はこれまで培って来た鍛練と経験に忠実に動いてくれた。
「そこぉ!!」
僅かな足音を察して、振り向いて拳を突き上げる。直撃を確信して、しかしそれは空振りに終わる。
気配が、霧散する。
「馬鹿な!?あぐっ!!?」
有り得ぬ事象に動揺して、しかし即座に防御姿勢を取ってその場から身を翻したのは正解だった。
「糞っ!!?勘がいい!!」
「ぐおっ!!?」
浮かび上がるように再度至近に気配を感じ取り、同時に思い出したように襲いかかって来たのは首筋への激痛。衝撃。殴打は、恐らく本当は頭蓋か喉仏狙いだったに違いなかった。このまま、主導権を奪わせる訳にはぁ……!!
「この、辺りかぁ!!?」
「っ!!?」
破れかぶれの裏拳連打。しかし幸いその内の一発が掠れたのを感じた。動きが鈍い。やはり氷雨も同じく閃光玉で五感が鈍っている……!!
「くぅ……!!」
「っ!!?待て!!」
流石にこれ以上泥試合をしても仕方無いと悟ってか、氷雨が逃げようとするのを俺は察知した。やはり俺同様に閃光と爆音で脳震盪手前の状態に陥っているようで、その足取りはふらりふらりと不安定に見えた。
「逃が、すかっ!!?」
今度こそ、逃亡を図る氷雨を追い縋らんとして俺は掠れ揺れる視界の中で駆け出した。氷雨の小さな背中が霧の中にブレながらも浮かび上がる。俺は身体強化してよろけながらも其処に向けて肉薄する。そして……。
ズルッ!!
「あれっ!!?」
そして、直後に川石に足を滑らせて前屈みに突っ込んだ。氷雨の背中に頭突きを食らわせるように。一直線に、激突する。
「うきゃっ!?」
「うおっ!!?」
悲鳴と共に、まるでドミノ倒しするかのように氷雨も前屈みに崩れて、そんな氷雨によろける俺は支えにするしかなくて、思わず滑稽な体勢で両手を伸ばしていた。
そして、俺はそれを鷲掴みするように握り締めた。……フニュッ、と。
「ふひぁぁ!!!?」
場にそぐわぬ嬌声が響いた。柔らかくて弾力ある感触を両手に感じていた。場の空気が突然弛緩した。沈黙した。
「……え?」
「ひゃん!!?」
場の変化に俺は困惑と共に前屈みの馬鹿みたいな体勢で停止していた。今一度、両手が柔らかい物を揉んだ。氷雨が再度驚いたような嬌声を上げた。実に艶かしい声音だった。
何か、俺の人としての人としての尊厳が死んだような気がした。
「……氷雨?」
恐る恐ると殺し合っていた後輩の名を呼ぶ。彼女は振り向いた。プルプルと震えていた。涙目だった。ギルティだった。そして多分、効果は抜群であった。
……毒を食らわば皿まで、である。
「おりゃ」
「ひゃうん゙ん゙ん゙!!?」
取り敢えず今一度迫撃を食らわせてみた。期待通り以上に跳び跳ねた。そのまま腰抜けの腰砕けになった所を俺は見逃さなった。
「おらぁ!!おらぁ!!おりゃあぁぁぁぁ!!!!」
「あっ、きゃっ、わあっ!!?ふぃぃっ!!??」
何がとは言わぬが連打して、それによって彼女の足腰が弱くなった所に一気に背中から押し倒す。感度たか……おいそこ、後背座とか言うな!!
「こ、このっ!?このっ!!?」
「暴れるなっ!!おら!おら!はっ、これでもう動けないだろ!!?」
俺は前倒しにした氷雨の両手を急いで縛り上げていく。紐代わりの長布は葵が唯一羽織っていた単から裂いて拵えた急造の間に合わせ品であった。手首を後ろから、人体構造的に抜け出せないように締め上げる。
「こ、のぉ……!!?」
「無駄な抵抗は止めろってんだ!!……却ってきつく締まって痛くなるぞ、諦めろ」
俺は善意から警告する。俺は彼女を傷つけるつもりも、後遺症を残す気もなかった。
「煩い、変態!!強姦でも、するつもり……!?」
「しないわ!人を獣みたいに言うな!」
心外にも程があった。そんな邪な考え思い浮かぶ暇なんてなかったわ!……第三者からの感想は脇に置いておく。
「じゃあ死姦!?強姦よりはマシかもね……!!」
「余計しねぇよ!!先輩になんて口利いてくれやがる!!」
罵倒と共に拘束を強くする。こいつ、意外と口汚いな!?
「ぐぅ゙っ!?う、嘘つけ!さっきだって……厭らしく揉んで来た癖に!!ド変態!色情魔!頭摩羅棒!!」
「何だとごらぁ!!?お前だって、屋敷で当てて来てたじゃねぇかよ!!?ムッツリか!?ムッツリ助平なんだな!!?男に飢えやがって!!」
「わあぁぁぁぁぁっ!!?其処、ほじくり返すなぁ!!?」
拘束する者とされる者とで交える会話は何時しかシリアスからかけ遠く離れていた。互いに売り言葉に買い言葉。殆ど子供の喧嘩であった。
「……なんで痴話喧嘩なんてやってるのよ。アンタ達」
霧が晴れて、その様子を目撃した葵の感想は観察眼に相応しく的確であった。
本当何をやっているのだと、俺自身も心から思った……。
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紆余曲折あって、漸く拘束は完了する。両手は後ろ向きに曲げて、両足もまた足首で交差させてキッチリガッチリと締め上げて、流石に猿轡はしなかった。する訳には行かなかった。
「拷問の、ため?」
「質問のためだな」
敵意マシマシで睨み付けて来る氷雨の言を俺は訂正する。訂正して、焚き火を挟んで相対する。
時刻は夜間、場所は前日に一泊した夜営地での事である。この馬鹿げた地獄での二日目の夜……。
「……」
周囲の警戒のために一巡して、一望する。見える範囲では誰も潜んではいない。少なくとも俺にはそのように見えた。……全く信頼は出来なかったが。
「取り敢えず、改めて自己紹介してくれないか?お前は誰だ?」
「……鬼月家隠行衆梟察使、名は婢簑眼」
「……そうか。俺は下人衆の名もなき下っ端、名は伴部だ」
「……矛盾してない?」
「細かい事言うなよ。語感だよ、語感」
突っ込みに対して俺は正直に答える。答えて、眼前の少女の口にした自己紹介について考える。
(これは、どう見るべきかな……)
捕らえてから、改めて考える。彼女の立場を。彼女が何者なのかを。
「下人衆の新人だったと、俺は記憶しているんだがな?」
「確かに……下人としては新人だけど?」
「トンチかよ」
それ以前の経歴については言及していないだけと。確かに新人としては優秀な索敵だったと思う。内気にしては機転が利く所もあった。将来有望だとも感じた。確かに不自然といえば不自然な腕前だとも思った。しかし……。
(そう思い込んでるだけ……だと嬉しいんだがな)
サイコファザーの力を使えば不可能ではない。何なら通常の洗脳でも念入りにやれば可能だろう。それなら納得出来る。氷雨は単なる被害者だ。しかし……。
「姫様」
「嘘はいってないわ。少なくとも私の目から見れば」
傍らに安置していた殆ど襤褸の単一枚羽織っただけの艶かしい出で立ちの姫様に問えば、淡々とした答えが返って来た。その観察眼で嘘偽りを口にしていないと保証をする。
(尤も、本人の認識下における言及の範囲内という枕詞が必要だろうが……)
嘘は言わずとも真実を言わない、あるいは言葉を選んで矮小化して誇張する。もっと言えば記憶を改竄してしまうという荒業だってあった。葵の観察眼は技能である。流石に其処までは見抜けない。嵌めてくれた雑人連中も恐らく其処を抜け穴にしてたのだろう。案外あいつらは器用だったのかも知れない。
まぁ、それは兎も角……。
「確認します。記憶の改竄。姫様の知る限りで大々的には可能でしょうか?」
「……一時的なら可能よ。ただ、変更点が多い程に違和感は大きくなるし、精神的に不安定になるわね」
葵は記憶改変について書物から得た己の知見を説明していく。
「根本的に、精神操作による記憶改変は記憶を書き換えるのではなくて上塗りするものなのよ。それも、塗り潰すというより正確には紙を重ねて上書きするのに近いそうね。捏造された記憶の下には何時までも本物の記憶は残っている。何なら潜在的には却って強固になっているなんて説もあるわ」
「……成る程。不安定になるとは?」
「現実との矛盾と解離が広がると精神への負荷が重くなるの。自覚すると特にね。次第に鬱になったり、あるいは発狂するか攻撃的になるか……」
「人を狂人扱いしないで!!」
ちらりと覗き見る葵の視線に、己の事を言われたと認識したのだろう氷雨は食ってかかる。その迫力に思わず葵は動けぬ身体で仰け反りかけて、倒れかかった。傍らにいた俺は慌ててそれを支える。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。驚いただけよ。……まるで獣ね」
相手も動けぬからと随分と尊大な物言いであった。俺は内心呆れながら再度正面を見据える。直後に氷雨が言葉を続ける。
「この記憶を、偽物扱いしないで!!記憶の真偽くらい、自覚出来るわ!!それこそ、貴方達なんかよりよっぽどに……!」
「訓練、でか?」
俺が質問すると氷雨は小馬鹿にするように蔑みの視線を向けて来る。
「そうね、記憶が復元される時の感覚は本当に気持ち悪いの。自分が曖昧になる感覚……お姫様は知ってるわよね?記憶改変はそれを自覚されたら次第に破綻していくって」
「……えぇ。そうね」
「私の記憶は破綻していないわ。整然と、植え付けられた記憶と本物の記憶の境界を認識出来てる。痩せ我慢なんかじゃないのは見て分かるわよね?」
「……」
何処か挑発的な問い掛けに葵は沈黙するだけだった。否定も、肯定もしない。ただ、俺の様子を伺う。
「……口が悪いな。猫被りか?」
「……さぁ?」
「記憶の改変は人格まで大きく変質はさせないって聞いた事があるんだ。あのドジ可愛い頃のお前さんが幻想だったとしたら残念だと思ってな」
「ド、ドジ……?」
俺の発言にひたすら敵意を向けていた少女は、突然不意討ちを食らったように絶句した。ははっ、期待通りの表情だぜ?
「そうだな。……あぁ。分かった。認めよう。現実と戦わなきゃな?」
そして、後輩をからかい終えた俺は頭を抱え、顔を解し、肩を鳴らして落ち着いて、そして、全てを受け入れた。
「伴部……」
「大丈夫です、姫様。問題ありません。何も変更はありません。寧ろ、一層責任重大になりましたよ」
ははっ、と俺は苦笑する。本当に、責任重大になってしまった。一人だけでも重いのにもう一人分、先輩二人分の責任が乗っかって来たのだからな。
「……何?そんな目で見ないで」
「そういうなよ。俺はお前さんの敵になるつもりはねぇんだからよ。……約束したからな」
「……?」
「鹿江から、頼まれてるからな。何かあったら便宜図ってくれってな」
「今更、その名前を口にするな……!!」
向けられたのはドスの利き過ぎる程に利いた声だった。怒りと憎悪が向けられる。俺はそれを素直に受け入れる。それは義務だった。
「姉さんはっ!お前と一緒だったのに死んだの!優秀だったのに!私より、私より霊力があったのに!技能だって、弓だって上手で……!!」
きっと姉の事を思い出してるのだろう。地を見つめて、歯を食い縛る。無念に打ちひしがれていた。
「どうして、お前だけが生きてるの……?姉が死んで、下人の貴方が?可笑しいのよ、巡った班は全て全滅してるのに、貴方だけが生きてるなんて……!!」
疑惑の目を、猜疑の目を、氷雨は……婢簑眼は向ける。それは尤もの話であって、何だったら他の下人からも同じ疑いを向けられていた。違いがあるとすれば、彼女には義理なんてものじゃなくて本物の家族であった事で……。
「鹿江の奴には、随分と助けられたよ。最後まで……助けられっぱなしだった。あるいは、俺が居なければ生きてたかもな」
「白々しい……!」
俺の口にする言葉を氷雨は切って捨てる。反論はしない。確かに白々しいと言われても仕方無い。
「恨んで貰っても構わねぇよ。広義で言えば確かに身内の仇だからな。……殺される訳にはいかないけどな」
「自分勝手なのね?」
「その辺りは近い内に話し合う必要があるな。だが、考えて欲しい。お前さんの尊敬する姉様は格下の監視対象相手に四肢どころか指一本すら持って行けずに終わるような奴なのか?」
「知ったような口で……」
「知っているよ。アイツがどんな奴なのかな」
そう、俺は知っている。アイツが、鹿江がどんな強い心の持ち主なのかを。絶望的な状況でも最善を尽くそうとした事を。仲間のために勇気を振り絞った事を。そして……最期まで抱き続けた家族への愛情を。
「……干し柿食うか?」
「……」
俺の提案に、氷雨はピクリと反応して、しかし即座に沈黙して此方を睨むのみだった。俺は苦笑して「欲しくなったら言えよ?」と補足する。
「さて、と。話が逸れたな。お前にはもっと聞かないといけない話があるんだったな」
彼女の出自や俺との因縁は、残念ながらこの場では本筋から逸れていた。実の所、もっと重要な話は幾らでもあった。陰謀の詳細、他の刺客の存在等々……現場の人間に何処まで伝えられているかも分からないが。
「他に何人潜んでる?名前は?……まぁ、口を割らんか」
幾度か問い掛けても返答はなくて、視線すらも向けられなかった。目を閉じているのは覚悟の表れか。拷問はするつもりはないのだけどな。
「指を折るくらいならいいんじゃないの?」
「怖い事言いますね……本当の事言うとは限りませんよ?」
さらりと痛い事(物理)を口にする葵に俺は正直ドン引きした。これ迄もこれ迄ではあるが実際に口にされるとやっぱりエグいよ。
「何にせよ、暫しは待ちですね。幸い、幾らか装備は頂戴出来ました。手の者も捕らえた。状況としては朝方よりはマシですよ」
「怪我を勘定に入れないならそうね?」
凝固した血が貼り付いた手の甲を見せつけて葵は嫌味を口にした。氷雨を捕らえるための囮と本命の入れ替えトリック。そのための偽装の一環として、葵の掌に針を突き刺して手傷を負わせていた。姫様の掌を敢えて貫通する筈がないという先入観、多少の肌の色合いやサイズは遠目からなら誤魔化せると踏んでいて、それは予想通りだった。
……当然ながら血管や骨を避けて止血もしているが掌を貫通した痛みは尋常ではなかった筈だ。文句を言われるのは仕方無い。文句だけで済むのは幸いだった。復活した瞬間にブチ殺されないのを切に願う。
「申し訳ありません。其処についてはどうか御容赦を……」
「誠意の返済は口でなくて行動で示して頂戴な」
「アッハイ」
長々と謝罪して誤魔化そうとして、一瞬で切って捨てられる。多分返済は複利付きなんだろうなぁ、屋敷帰りたくねぇ。
「ごほん。まぁ、気を取り直して……あー、姫様。少し席を離しても?」
俺はそれを実行する前に前以て葵に許しを貰わんと要請する。
「あら、どうして?また釣り餌として?次は何が釣れるのかしらね?」
皮肉な物言いは、己を二度も餌にするつもりなのかという意味だと思われた。確かに今も何処かで下手人共が此方を監視している可能性は十分にあった。しかし……。
「少なくとも今は問題ない筈です。今は夜ですから」
襲うならばもう襲っている筈だ。葵の毒が抜けきってしまっては遅過ぎる。それが無いという事は精々監視役程度しか近場にいないという事で、仮に後から襲撃組が来るとしても夜は深林を抜けれまい。文字通りの魔境を抜けるとしたら流石に深林に犇めく妖共の咆哮で気付く筈であった。
「そうだよな、氷雨?」
「……」
相変わらずの無言、しかし僅かに視線が揺れるのを俺は見逃さなかった。葵を見る。小さく頷く。やはりな。少なくとも荒事に自信がある奴は近くにはいない。気を緩めるなら寧ろ今しか無かろう。
「仕方無いわね。それで、何のために席を外す訳?隠れ食い?それとも、皮つるみでもする訳じゃあないでしょうね?」
「花を摘みに行くだけですって。……直ぐ、戻りますよ」
葵のからかいを受け流し、俺は焚き火で照らされる空間から遠ざかる。光が遠ざかる。闇に、包まれる。
「えぇ。直ぐに戻りますよ……」
この筆舌し難い感情を整理し終えたら、とは言わなかった。眼が潤むのを堪えるは限界で、年上としてそれを見せるのは余りにも情けなかったから……。
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「……ふん。自分の怪我は勘定に入れないのはどうなのかしらね?」
「……」
花摘みに向かう下人が闇に消えて行くのを見送って、葵は呟いた。呟いて、掌の傷を撫でて、問い掛けた。婢簑眼は返答しない。その態度に、しかし葵は却って嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あらあら、随分と意固地なのね?自分の立場……分かってるの?俎の上の魚の分際で」
そして痺れる足を無理矢理に伸ばす。白魚のような白くて華奢な生足が単から覗く。そのまま葵はいたぶるようにして足の指先を、捕囚の頬へと押し付け、悪戯するようにつつき回す。
「ふにゅ!?にゅ!?……くっ。煮るなり焼くなり、好きにしたらいい。どうせ、貴女達の運命は、変わらない」
「負け犬の遠吠えは見苦しいわねぇ。まぁ、私にとっては惨めさを忘れられて心地いいのだけれど」
「っ……!!」
婢簑眼の頬をぐいぐいと足指で圧迫しながら同時並行で即座に切れのある返答をするのは、二の姫君の聡明さと性格の悪さの証明であった。苦々しげに姫に鋭い眼光を向ける婢簑眼。そして葵にとってその視線は寧ろ痛快であった。
「それにしても……姉、ねぇ。私には分からないわね。そんなもののためにこんな暴挙の矢面に立つなんてね」
姉という存在があらゆる意味で敵でしかない葵にとって、眼前の娘のこれ迄の発言は正直理解し難かった。所詮は他人、己の命まで賭けて復讐を図るなぞ馬鹿げているように思えた。
「お前なんかに、分からない」
「分かりたくもないわね。詳しく知らないけれど、猫被りしている間は随分良くして貰っていたのでしょう?その癖あれだけ彼に沢山穴開けておいて……人の心とかないのかしら?」
葵の良心を抉ろうとする指摘に、婢簑眼は寧ろ鼻白んだ。
「拉致に拷問までしていて、掌返し?都合がいいわね?」
「えぇ、都合のいい女でしょ?」
捕囚の額を足指でつつきながらのおどけた物言いに、婢簑眼は舌打ち。この姫君には何を言ってもこんな風に返されそうだと思った。こんな状況でも良くもまぁふざけていられるものだと思った。
「……馬鹿みたい」
「お馬鹿さんなのは貴女もでしょ?もしや、短刀や針に毒を塗る発想はなかったのかしら?そんなのだからドジ扱いされるのよ?」
「それは……!!」
「命令、かしら?」
二の姫の指摘にかっとなって反論しようとして、しかしその前に姫は更に言葉を口にして遮る。そして更に嘲る。
「そうね。これまでの戦力の逐次投入具合からして……じわじわと追い詰めたいのかしら?計画したのは相当性格の悪い奴ね」
婢簑眼の髪を踏みつけながら葵は鼻で笑う。笑いながら「やっぱり御父様ではないわね」と嘯く。聡明で賢明な父はそんな性悪で不合理な人間ではないと葵は堅く信じていた。少なくとも彼女自身は。
「まぁ、だとしても全く何も塗らない手もないでしょうにね。即死しないのが条件なら、色々選択肢はあったでしょう?」
それこそ麻痺毒に遅延毒、土に汚すだけで雑菌で傷口は化膿する。いっそ妖の血やら糞尿でもいい。破傷風は確実だ。殺すなら時間をかけて、逃れられない苦悩を強いればいいのだ。
「……」
「少なくとも、私はあの下人にそう説明されたわ。貴女を死なせたくないようね?聞いてもいないのに、逃げながら色々と語ってくれたわよ?」
本当に死なせたくなかったのだろう。助命の確約をしてからも彼是と説明に託つけて言い訳染みた「見立て」を宣ってくれたものであった。正直葵はうんざりすらしていた程だ。あるいは毒気が抜けたというべきか。其処まで想定していたのだとすれば天晴れであるが……。
「あぁ、そうそう。……貴女、猫被りしていた時も姉の記憶は残していたでしょ?チラホラと、奇妙な視線を向けていたのを感じていたわよ?アレはそういう意味だったのね?」
「……だから、何?」
そして序でとばかりに幼姫の思い出したような指摘に、婢簑眼は冷たく問い返す。葵はその態度に餌に食いついた魚を見るような表情を浮かべた。底意地の悪い笑みだった。
「面白いわよね?私が見ていた間、猫被っていた貴女に殺意は感じ取れなかったわ」
「記憶を、操作していたからでしょ?敵意を向けていたら接近も監視も出来ないわ」
「知っている癖に。記憶の操作や改竄程度では本質的な性格は変わる事はないわ。だって所詮は偽りの記憶だもの」
偽りの記憶なぞ所詮は附属品だ。後付けした所でその者の価値観が変質する事はない。寧ろ、生来の性格や価値観から逸脱した記憶程植え付けても「ズレ」が大きくなり破綻し易くなる。正直、薬物等で錯乱させたり依存させる方が余程効果的に精神を根底から歪める事が出来るだろう。下人となっていても姉に関わる記憶が残っているのならば、其処に欠片の殺意もないのは奇妙過ぎた。
「……何が言いたいわけ?」
「貴女、下人だった時の方が素だったりしない?今の貴女、随分無理しているように見えるけど?」
「馬鹿な事を……」
言うな、と口にしようとして……婢簑眼は言い澱んだ。どうして澱んでしまったのか、己でも分からなかった。ただ、胸焼けするような不快感と苛立ちだけは認識出来た。
「……有り得ない」
そして独り言のように呟いた。暫しの間、場は重苦しい静寂に包まれる……。
「……はぁ。何はともあれ、鞍替えしたいのなら早く心を入れ替える事ね。私も別に物好きで下手人に手を差し伸べている訳じゃないのよ?あの下人が御願いしてくるから、仕方無く受け入れているだけなの」
「アイツに土下座して草鞋を舐めろ、という事?」
「そうやって強情を決め込んでいたらその内ね。何時までも寛大な人間なんていないわよ?」
二の姫の警告染みた勧めに、しかし婢簑眼は拒絶の意思を示すように黙りを決め込んだ。これ以上、話す事はないとばかりに、キツく唇を締める……。
「……本当に、お馬鹿さん」
そんな捕囚の態度に対して、詰まらなそうに葵は生足を戻した。戻して、冷たく吐き捨てた。その愚かしさを蔑んで。
……尤も、その呟きの言葉は決して婢簑眼にだけ向けられていた訳でも無い事に、葵自身も自覚していなかったのだが。
「……」
「……」
まるで刻が止まってしまったかのように。静けさが二人の間を支配する。結局、下人が戻って来るまでの間、それ以上彼女達の間で会話が交えられる事はなかった。
焚き火の音だけが、刻が過ぎ行くのを証明していた……。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ……」
大きく欠伸をした。欠伸をして己の頬を叩いた。肩を鳴らして、首を鳴らして、深呼吸する。自身の感覚を確かめる。
「カフェインが欲しいな、全く……」
思わず零れるぼやきは切実だった。鬼月の姫君と捕らえた後輩を寝かせて、俺は一人焚き火を前で座り込み寝ずの番を続けていた。眠気覚ましに塩気の強い干物をひたすら噛み締めて、知らず知らずの内に眠ってしまわぬように脳と身体に刺激を与え続ける。疲労困憊の身体には中々辛い時間であった。
「……。っ!!」
パチパチと薪が弾ける焚き火をひたすら見つめ続けて……遂に俺はその気配を感じ取った。即座に意識を切り替える。眠気を振り払い、投石器を手にして立ち上がる。
……どうやら、その時が来てしまったようだった。
「……来たわね」
「えぇ。意外と大所帯ですね。……しかも、急に出て来ました」
いつの間にか目覚めていた葵が呟けば、俺は所見を口にする。本当に大所帯だった。少なくとも十人、しかも俺の探知出来る範囲内で突然感じ取った。俺が寝惚けていないのであれば、何等かの呪具によるものと思われた。
「この人数分揃えるとすれば、認識阻害の外套かしらね?アレの主目的は個人としての認識を誤魔化すためで視覚的に消える事は出来ないけれど、視界外の探知ならある程度偽装出来た筈よ。……そうよね、下手人?」
「……」
葵は分析と共に氷雨に同意を求めた。同じようにいつの間にか目覚めていた氷雨はただ沈黙して俺達を見つめる。おい待て、こいつは……。
「……気をつけて。油断したわね。草鞋に刃物を仕込んでいたみたいよ。足の拘束は解けてるわ」
「暗器類は全部没収したつもりでしたが……」
「甘いわね。いっそ、全裸にひん剥いておけば良かったのに」
呆れたように葵は毒を吐く。暗い深林の向こうから半包囲するように気配が迫る。傍らではいつ強襲してくるか分からぬ氷雨。前門の虎後門の狼……とは言わんな。前後ではない。前脇であった。……いや、大して変わらねぇよ。
「お許しを、姫様。想定が誤っていたようです。よもや事前に潜んでいたとは……」
本当に想定外だった。だったらもっと早く仕掛けても……それこそ氷雨と一緒にでも良かっただろうに。此方が寝ずの番で体力を消耗するのを狙っていたのか?だとしとも合点がいかない。
「そう……。謝罪はいいわ。それよりも、手立てはあるの?」
「正直何とも……努力は致しますが」
事前の想定がかなり狂ってしまった。これは氷雨は一度奪還されるのを覚悟しないといけないか?逃げ切れるかな?
「そう。期待しておくわ。精々励みなさい。帰ったら相応に褒美を取らせてあげるわよ?」
「捕らぬ狸の何とやら、ですか……!!」
葵の何処か呑気な、達観したような物言いに俺は投石器を闇の向こう側に向けて身構える。まだ打たない。引き寄せる。打ち出しと共に氷雨が仕掛けるのは確実だ。カウンターと葵を背負っての逃走、行けるか?
(行けるかじゃなくて、やるしかねぇ!!)
これから始まる何度か目の修羅場を覚悟して、深呼吸して緊張を落ち着かせる。そして、闇の中から現れるその気配に再び身を引き締めて……俺は驚愕に眼を見開いていていた。
足取りの悪い、あるいは隻腕の影が姿を現した。外套の下に覗く襤褸の装束は古びているが確かに下人衆のもので、しかし面は知らないものだった。恵比須面……?
「まさか!!?」
その正体を理解して、俺は驚愕して、困惑した。下手人共はその道のプロが来ると考えていたから。それが……どうして彼らが?企てた連中が何を考えているのか、それすらも分からず俺の思考は一瞬フリーズした。
致命的過ぎる判断であった。
「ぼさっと立ってるたぁ余裕だな。えぇ?」
「っ……!!?」
いつの間にか背後に立っていた人影。それは俺は無論、葵すら直前まで気付けなかった。着込んでいた呪具の効果だった。正面の者達よりも上等な外套。上位の認識阻害効果……!!
「お前は……!!?」
聞き覚えのある嫌な声に、俺は猛烈な敵意と共に振り返る。振り返って腰に忍ばせていた針を抜く。氷雨から没収した大針を突き立てる。狙うは首筋で、完全に殺しに掛かる。そうしなければ手傷も負わせられないのは分かっていたからで……。
「させない……!!」
「っ!!?」
同時に動いた氷雨に俺は意表を突かれた。両手は未だ拘束されているのに器用に立ち上がって、突貫する。俺の攻撃を妨害するつもりだった。
「不味っ……!?」
俺は己の失敗を確信した。頭に血が上っていた。氷雨の存在を一瞬忘れていた。眼前の忌々しい男が槍を構えるのを確認する。みすぼらしい槍は、しかしこの状況においては致命的だった。
「っ!?」
「伴部!?」
氷雨の激突。俺の姿勢が崩れて針の一撃は空振りする。槍が真っ直ぐ迫り来る。葵が悲鳴を上げる。俺は霊力を筋肉に通して身体強化を図る。駄目だ、間に合わない……!!
刹那、鮮血が舞い上がって……。