和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
「お父様。一体、何方とお会いするのですか?」
「うむ。それは……」
父、鬼月矢島と共に一族本家の屋敷縁側を歩む鬼月綾香は若干拙さの残る舌で以て尋ねた。流石に幼子とは言えぬものの、そのまだまだ幼い顔立ちで心底奇妙げに首を傾げる。加えれば化粧に髪結い、礼装とで粧しこんだ彼女の出で立ちは天女のように愛らしい。
……少なくとも矢島はそれを確信していた。故に自慢の娘に視線を下ろすと黙り込んだままうっとりとニヤケていた。つまりは親馬鹿であった。
「……?お父様?」
「んん、……あぁ。それはだな。まぁ待て。もうすぐ着く。……ここだな。衣笠鬼月、矢島です。失礼をば」
取り繕うように咳払い、そして娘の質問に答えようとしていた父は、しかしその前に縁側の一角で足を止める。そして恭しく挨拶の口上を述べると眼前の障子を引きながら入室した。
「ここは……?」
父の導きに従って同じように部屋に足を踏み入れた。応接間を兼ねた小さな茶室、その中央に控えていたのは尼僧であった。品の良い老女が優しく微笑む。この人は……。
「煙明院様……!?」
「あらあら、綾香さん。また大きくなりましたね?それに可愛らしくなって……その礼装、華がありますね?良く似合っておいでですよ?」
「あ、有り難う御座います……!?」
老女からの呼び掛けに対しての綾香の反応は若干慌ただしかった。目上で面識があり、何よりも珍しかったからだ。
垣田鬼月家当主代理を務める煙明院は幼馴染の一人である鬼月刀弥の祖母であるが基本的には割り当てられた領地から出る事はない。それこそ孫である刀弥と共に年始や祭祀で同行する時くらいのものだ。実際、綾香が今一人の友と共に刀弥と見知ったのは年始の挨拶での事だった。
つまり、経験則が正しいとすれば……。
「よぅ。久し振りだな、綾香?」
煙明院の陰からひょっこりと現れるのは悪餓鬼味のある少年。顔馴染の幼馴染の一人。ぱぁ、と綾香はその父親自慢の愛らしい顔立ちに満面の笑みを見せる。
「刀弥!久し振り!……です」
昔のように立場も考えずに元気良く応答し、周囲の大人達の事を思い出して慌てて畏まる。大人達の顔を窺う。父は若干困り顔で、尼はにこりと笑顔を向ける。序でに友も見れば此方を見て沈黙していた。何故だろうか?視線を向けると逸らされた。分からない。
くすくすくすと、そんな様子を観察して老婆は微笑んだ。
「いいですよ。そんな取り繕わなくても。ウチの刀弥こそ御免なさいね?口が悪くて悪くて……さぁさぁ。席に座って下さいな。御茶でも致しましょう?積る話もありますしねぇ」
「わぁ!頂きます!」
そういって菓子請けを見せて手招きすれば綾香は即座に陥落した。とてとてと小走りで向かうのを、叱責する瞬間を失った矢島は肩を竦めて嘆息する。嘆息して、一礼と共に入室した。そうして、御茶会が始まった。
「……そうそう。ウチの刀弥に最近『異能』が発現したのは御存じかしら?」
暫く茶と菓子を楽しみながら雑談に興じていて、ふと尼僧がその話題を口にした。極々自然な流れで、孫の『異能』について自慢げに語りだした。
「婆様。それは……」
「いいじゃないですか。折角発現したのですよ?貴方だってはしゃいでいたではないですか?」
孫の嫌がる態度も軽く受け流し、煙明院は矢島達にその力について説明する。『浄火』の異能について、揚々として説明する。
「ほぉ。妖気にだけ反応する火炎ですか。それはまた便利な事ですなぁ。しかも新しく発現した『異能』と来ている。此れからの鬼月の中核を担う期待の星ですな」
矢島は心から喜ぶように刀弥の異能を褒め称えた。実際、それは惜しみ無く讃えるに値するものであった。
小身の家や赤穂家のような一部の特殊例であれば兎も角、大身の退魔士家の主流派においては多種多様な技能・異能・戦法を備える退魔士を満遍なく揃える事を好む傾向にあった。
何せ一族全体でただ一種の戦い方に特化しては妖の権能次第では、最悪誰一人としてまともに抵抗出来ずに皆殺しにされてしまう事も有り得た。婚姻や家人の採用、あるいは外部から専門家を呼び込む事で退魔士家としての技術や知識、術の「幅」を広げる事は生存の上で最早義務に等しい。
実際、幾つか例として挙げるならば衣笠鬼月家は主に刀槍弓等の武具の技能をその戦法の中心に据える分家である。あるいは煙明院を当主代理とする垣田鬼月家は火遁術とその応用に強い。糸井鬼月家は代々式神術に造詣深く、家人であれば宮水家は水遁を応用した索敵に優れていた。
そして刀弥の『異能』はその点で垣田鬼月家の系譜にありつつもまた変質した新たな力である。鬼月一族にとってそれはまさに血族の生存と繁栄の一助たり得る朗報であり慶事であった。加えて……。
「妖のみに通じる業……我々衣笠の分家との相性も良いですな」
得物を戦いの中核に据える衣笠分家は周辺被害を極限した針の穴を通すような一点集中の業に秀でる。しかしながらその性質上必然的に近接戦に縺れこむ確率が高く、範囲攻撃の手段も乏しい。その点で敵味方の誤射なく面制圧出来る刀弥の『異能』は確かに衣笠分家と協同する上で相性が良かった。
「今はまだ修練が必要でしょうが……十年後には衣笠の家とも轡を並べて共に戦えましょう」
「その時には娘共々、頼りにさせて貰いましょうな。綾香もそう思うだろう?」
「え、う、はい……?」
突然投げられる父の言葉に困惑しながらの肯定。そして幼馴染を見る。刀弥は何処かげんなりとした態度で大人達を一瞥していた。残念ながら、友の行為のその意図は分からなかった。
「ふふふ、此方こそ嬉しい御返事ですわ。今はこんなヤンチャ者ですけれど……行く行くは垣田分家の当主として、何処かの衆頭にも推したいと考えていますのよ」
「それはそれは……煙明院殿が其処まで推されるとは、これは中々の有望株と見るべきですな。益々、末長く良好な関係を築きたいものですなぁ」
「うふふふ。本当にその通りですわねぇ」
「阿呆臭……」
大人組の和やかな会話。小さな小さな幼馴染のボヤき。何かを狙っているような会話の違和感……。
「……お父様。そういえば、ずっと気になっていた事があるのです」
漸くと言うべきかも知れぬ。何とも言えぬ場の空気の流れを感じて取って、それを誤魔化すためもあって、綾香はふと話題に託つけて長年の疑問を口にする許可を求めた。
「どうした、綾香?急にそんな事を……何が気になるのだ?」
娘のそんな意図に気付く事なく、首を傾げる父親。傍らの尼の方は誤魔化されずに横目に綾香を見つめていた。口は開かない。彼女の発言の続きを待つ。
「はい。将来有望って話で思い出しまして……各衆に所属する一族の御方々についてです」
「ふ、む?それが、どうかしたのか?」
父親の不思議そうな表情での催促に、綾香は恐る恐ると続きを述べていく。
「あの、衆の頭職や助職に任じられるのが実力を評価されている証だというお話は分かります。分かるのですが……その、私も皆様の事は尊敬しているのですが……その……」
「その?」
「そのぉ……下人衆の衆頭様が、どうして選ばれたのか、幾ら考えてもずっと分からなくて……」
「なっ、!?綾香、それは……!?」
その爆弾一歩手前の発言に矢島は卒倒寸前になる程絶句した。当然だろう。それは余りにも無礼な台詞。しかも眼前に煙明院がいる中での発言である。未だ幼い綾香の口にした言葉である事を差し引いても本来ならば眉を顰めて咎められても可笑しくはなかった。
……そして、席の年長者らが叱責しなかったのは綾香への甘さ以上にその言葉が確かに的を射ていた故にであった。
「綾香、それは、だなぁ……」
「純修郎殿が衆頭の地位にあるのがそれ程に不思議ですか?」
綾香の質問にどのように答えるべきか悩む矢島。一方で眷属をあからさまに辱しめられた煙明院は、しかしながら一欠片の怒りも見せる事はなかった。ただ質問を返すのみであった。
「いや、それは……はい」
綾香自身、遅れて発言の不味さには気付いたらしかった。慌てて誤魔化そうとして、しかし尼僧の瞳を見ると訂正するのも逆に厭らしく思えて頷いた。矢島は目眩がした。
「……まぁ。気持ちは分かりますよ?彼の素行の悪さは分家内でも頭を抱えておりましてね。実質、分家としては勘当しているのですよ」
「そうなのですか!?」
煙明院の発言に綾香は心底驚愕した。初めて聞いた話であり、また勘当という処罰の重さにも衝撃を受けたからだ。
「じ、じゃあどうして衆頭様は……!?」
「私からも罷免の薦めはしたのですが。しかしながら当主の決定。しかも、道理は通っていますからね。どうにもなりませんでした」
煙明院は深く深く、溜め息を吐いた。そして孫を見て「貴方はあんな風になっては行けませんよ?」と半ば独り言のように囁く。
「婆様。道理ってどういう意味なんだ?会った事ねぇけど、そんなに評判が悪い身内なのに頭職に就けるって良く分からねぇんだけど?」
祖母の困り果てた態度を物珍しげに見つめて、刀弥は純粋に疑問をぶつける。
「刀弥、口が悪いですよ?……そうですね。このような目出度い場で血生臭い話をするのも気が引けますが、反面教師とするためにも教えて上げましょうか」
孫の言葉遣いを注意してから、仕方なさげに畏まる。そして綾香共々に説明をしてやる。
「下人衆は隠行衆と並び戦闘を前提とした衆である事は知っているでしょう?荒事専門、しかも常に背後にも気を付けねばならぬ衆でもあります」
下人は皆霊力持ちであり、下人衆の存在意義の一つには霊力持ちを世間に野放図せず、間引きする意味合いがある。そして霊力持ちからすれば態々危険を冒して化物退治するよりも盗賊等の犯罪で食べていく方がずっと気楽に長生きして過ごせるのだ。故に自主的に下人になりたがる霊力持ちはまずいない。
そのような理由もあって、下人衆は根本的に忠義忠誠とは無縁、洗脳と脅迫、力で以て分からせて支配する組織である。だからこそ、下人衆の頭と助にはそれに相応しい人材である事が求められていた。
「即ち、必要とあらば連中を一人で確実に、短期間の内に残さず殲滅出来る力量が求められます。つまり手練れである事ですね」
「じゃあ婆様。つまりそれって……」
その言わんとする事に気付いた刀弥。煙明院は頷いて肯定する。そして口を開いた。
「えぇ。あのような者が百近い人員の頂点にある理由は至極単純な話なのですよ。あの者の腕前が全ての下人共を合わせたものより上であるからです。そして、他の候補者らを相手にしても尚上手故に……実に不愉快な話でしょう?」
本当に本当に不愉快そうに、尼は口元を隠して疎ましい現実に顔を顰めた……。
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「本当に本当に嘆かわしいぜ。楓巴の野郎はどんな教育をしたのだかな?後でキツくキツく、可愛がってやらねぇとな?『弟子の小僧の礼節がなってねぇ』ってなぁ?」
くるくるくるくる、古ぼけた槍を回して弄び、下卑た笑みで以て下人衆頭は宣う。一方で下人の思考は半ばフリーズしていた。衆頭から暴露された事実必死に拒絶していた。
弟子?師の?槍捌きは確かに、しかし此れはこの屑の技で、けれど師から教えられて必死に身に付けたもので、けれど本を正せば結局はあの男の技で!何よりも、何よりも……!!
「何を、交換条件にした……?」
「あぁ?」
「お前が、たかが下人に対して善意で槍術なんて教えない筈だ。師に、允職に、何の条件を提示された……?」
振り絞って吐き出した言葉がそれであった。こんな時に聞くべき話ではないのに。鬼月の二の姫や、何より手負いの部下の事があるのに。それなのに、青年は尋ねていた。尋ねるという衝動を抑えきれなかったのだ。
「さぁて。何だったかねぇ?ただ、覚えているぜ?十年くらい前かな?最初に懇願してきた時の醜態はよぉ?」
そしてけらけらと、匠玄は嗤った。
「死にたくない死にたくないってな。妖に襤褸雑巾にされた身体で必死に必死に教えを求める姿をよ。傑作だったぜ?」
「っ……!!挑発、かよ……?」
「事実だよ。……允職までのしあがったのは意外だったがな。まぁ、師の教えが良かったのだろうなぁ?」
匠玄は己の功績を高らかに誇る。そして、一層下卑た笑みを見せつける。
「それに……それはそれで楽しめたさ。毎度毎度嘆願のために来るのが楽しくてなぁ!どうぞ部下のためにってよ、それ見たくて態と予算や物品の支給を締め上げたっけなぁ!!」
「死ねよ糞がああぁぁぁ!!!!」
気付けば下人はその言葉の全てに対して、罵倒していた。血反吐を吐きながらも下人は走る。薬で麻痺していても肉体自体は壊れかけ寸前で、それでも姿勢が崩れる前に更に一歩進む事で食い止めて、走って走って走って、その手に携える槍を振るう。怒りを込めた渾身の一撃は呆気なく逸らされて、蹴り飛ばされた。真っ直ぐ一直線に吹き飛ぶ。
「がはぁ!!?「ほぉら、姫様の前で頭が高いぞぉ!!?」ぎいっ!!?」
「伴部……!?」
横方向に吹き飛ぶ途中で今度は下方向に叩きつけられた。下人を吹き飛ばしてから、それに跳躍で追い付いて槍で地面に向けて殴られたのだ。挙げ句にはそのまま頭を踏みつけられる。青年の激痛に漏れる苦悶の悲鳴。それに重ねて聞き覚えのある幼い絶叫が下人の仮名を呼ぶ。
「ぐ、ぎ、ぃ……!!?」
地面に捩じ込まれる彼の霞む視界に、桃色の姫様が映り込んだ。
「姫、さま……ぎぃあ゙っ゙!!?」
「おらおらおら。二人きりの世界に没頭すんじゃねぇよ、糞餓鬼共が!!」
下人が呼び掛けようとして、更に頭にかかる圧迫は重くなる。嘲笑われて、唾を吐き捨てられる。下人は、文字通りに踏みにじられていた。視線をどうにか上に上げれば忌々しい男が槍を肩に乗せて此方を見下していた。
「止めなさい!彼の頭を潰すつもり!!?」
「その積もりなんですがねぇ?姫様としてもその方が良いでしょう?」
「何を言って……!?」
声を荒げる葵に向けて、匠玄はニタニタと小馬鹿にする。そして理由を宣う。
「いやいや。実際そうでしょうに。この手合わせの契約内容をお忘れで?こいつが降参してくれやがったらどうなるのか。思い出したらどうですかねぇ?」
「そ、れは……!!?」
降参した場合、下人は葵を締め殺す契約となっていた。そして、あれだけ声高々に宣言すれば葵がそれを知らぬ道理はない。
「こうして極限まで苦しめているからこそ、コイツは降参の言葉も出せないんですぜ?……それとも、姫様にはコイツが其処まで信用出来る相手とでも?」
「少なくとも、貴方よりはね……!!」
即答であった。しかしそんな反応は衆頭にとっては想定内である。
「それは酷い。賤しい下人なんぞを信用して私にはこうも……心外にも程があります、な!!」
下人は腹を蹴りあげられる。もう内容物なんてなくて、胃液と血だけを吐き出した。惨めに倒れ伏す。衆頭によって首筋に槍が添えられる。
「姫様よぉ。一つ提案があるんだが、どうだい?」
「提、案……?」
匠玄の発言を、葵は震える声音で反芻した。
「そうさ。呪いの契約さ」
愉快げに宣って、衆頭は懐からその巻物を取り出した。そして語り出す。
「俺の仕事には姫様、アンタを散々に追い詰めてからの殺害があるんだが……生憎と期限は設けられていねぇんだな。つまり何時お前さんを殺すのかも自由な裁量ってのがあるのよ」
「……衆頭殿?」
葵の傍らに控えていた薬師がこの予定外の事態に困惑する。衆頭はそんな仲間を完全に無視して話を続ける。
「お前さんの才能自体は悔しいし憎たらしいが本物さ。それこそ今のてめぇでも万全だったら鬼月で抑えられるような奴は五人くらいだろうな。いやはや、末恐ろしい話さな」
「衆頭殿!何をおっし、「煩い」ゃ……?」
話に割り込もうとした薬師は、死んだ。槍の一振りで以て首があっさりズレ落ちた。綺麗な断面図を作って遅れて血が噴き出す。噴き出した血が周囲に噴水となって飛び散る。下人にも、衆頭にも、そして葵の頬にも数滴……首無しの骸が、下人の直ぐ傍らで倒れ伏す。
「あ、ぁ……」
「お目付け役ご苦労様だよな?どうせ俺だって任務終わったらお役目ご免だったんだろう?分かるぜ?俺だって似たようなこと考えてたからなぁ?ほれ、このようにな?」
唖然とする葵も無視して、匠玄は骸に語りかける。そしてジリジリと糸人形が操られているかのように迫る恵比寿面を見やった。
「や、やめ、ろ…「失せろザーコ」っ!?」
足下の下人が呻きながらもそれを止めようとして、しかし無意味だった。葵の傍らの二人、二体の頭が面虫ごと粉砕された。更に周囲を囲む他の恵比寿面は瞬間的に吹き荒れた業火の嵐の前に焼き尽くされる。焼却される。初歩的な火遁の霊術によるものだった。尤も、威力は明らかに初歩的とは言い難かったが。
「……これで邪魔な連中は消えたな。さて、では本題と行こうかぁ?」
「っ……!!?」
肩を鳴らして口笛吹いた匠玄は事態を理解し切れていない葵の顔を掴む。無理矢理顔を向かせる。見下す。
「契約内容はこうさ。てめぇが俺の婢として身も心も才能も、全てを捧げるならお前さんの延命を約束してやるよ。そうだな、取り敢えず五年を目処にして、それ以降はお前さんの実績で殺すまでの期間を延長するって所さ。……こんな深林の中で腐った骸晒すよりかはずっと良いと思うがねぇ?」
お前さんにはそれ以外に生き残る道はないだろ?と忠告、いや脅迫する衆頭であった。そして、葵の聡明な頭脳はそれが事実である事を良く理解していた。
しかしそれは己の人生全てを他者に奪われる事であり、父への信頼を捨てる事であった。そして、何よりも……。
「……」
視線を逸らす。踏みつけられる下人を見る。何処までも無惨で惨めな青年が其処にいた。全身襤褸襤褸で傷だらけの痣だらけ。虫の息。到底、逆転出来る見込みがあるようには見えなかった。少なくとも彼女には。
「……」
葵は考える。己の最善の判断を。考える。己が生き残れる選択を。その道は、その道は……。
「ひ、め、さま……」
「伴部……」
惨めな敗残者の息絶え絶えの独り言のような呟きに、しかし葵は応答していた。腕が、伸ばされる。震える拳が彼女の元へと向けられて……。
「外野は首突っ込むんじゃねぇよ!!」
「がっ!?」
勢い良く踏みにじられる拳。ゴリっと嫌な音がする。少なくとも皹は入った筈であった。葵は息を呑む。それは決して己と無縁の光景ではなかった。提案を拒絶した時、彼女に待ち受ける運命、その一端……。
「……さぁて。答えを聞こうか?御姫様?」
「……」
足下の蛆虫の事は一顧だにせず、匠玄は再度問い掛ける。鬼月葵は現実に引き戻されて決断を迫られる。考える。考える。考える。結論を、導き出す。
「……そうね。ここでお前の提案を呑み込むのが一番妥当なのでしょうね?」
「当然さな。じゃあ、正式に契約を……」
「断るわ」
「あ゙?」
契約締結の準備をしようとしていた衆頭は、葵の拒絶の言葉に剣呑に睨み付けた。
「糞餓鬼。てめぇ、自分の立場を……状況理解してんのか?」
「えぇ。当然よ。その上で言ってるのよ。……私に触れるな、下賤の狼藉者め!」
絶望的な状況でも尚尊大な葵の罵倒に、匠玄は怒りも遂に頂点に達した。
「いい度胸だ!!じゃあ仕方ねぇ。お望み通り、散々な目に遭わせてからぶっ殺してやるよ!!その前に先ずは……何っ!?」
ずっと葵に気をとられていた匠玄はその音色に漸く気が付いた。足下の下人の行動に。口元に小さな笛を咥える下人。骸の懐から取り出した妖笛。それを、音程も気にせず一気に吹き鳴らす。
「何を……!?」
その意図を図りかねて、しかし考えるよりも先に身体は最善の行動に向けて動き出していた。即座に槍で口元を引き裂こうとして、しかし遅かった。その前に奴らは反応していた。
葵の左右で蹲る、面虫ごと頭を潰された二つの骸。その腹からソイツらは躍り出た。腹を引き裂いて卑猥な頭部を見せつけて、奏者の見据える方向に狙いを定めて、飛び出した!!
「食らえや、ハラボテチェストバスター……!!」
迎撃する匠玄の足元から逃れる下人は、この場で彼しか理解出来ないであろう罵倒を吐き捨てた。
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『ハラボテチェストバスター』……原作『闇夜の蛍』においてファン達からそのように形容された存在は以前に語ったが主人公様を陥れる陰謀において活用された。主人公様を絶望させるために鬼月綾香の腹から飛び出すという形で作中に登場した。
……この言い回しで大体想像出来るだろう。陰謀の立役者連中が何者かが。そして俺は恵比須面を遠目で見た時にその可能性もまた一瞬思い浮かべ、そして槍を奪い取るために肉薄した時に確信した。その存在が彼の存在と限りなく類似の……それこそ背面の模様が違うだけの同一の存在であるのだと。
最早、最初から手遅れの存在であるのだと。
「許してくれよ……」
だとしても骸を辱める事が正しい訳ではない。利用して良い訳ではない。しかし……それ以外に手段が無ければ、どうか?
……ああ。分かってる。言い訳だよな?
「……嘆いても、仕方ない、な!」
俺は内心のあらゆる感情を棚に上げる。今はいい。今はまだ、いい。それよりも俺にはやるべき目先の使命があるのだから。あらゆる感情は今は後に回さなければならなかった。そんな甘っ垂れた心持ちで、今の状況は切り抜けられる程容易なものではない。
「にしても原作知識がこんな所で役立つとはな……!」
手元の笛を見つめて俺は呟いた。それは原作で綾香を輪姦するのに使われた物に類似していた。同一の物かは知らないどうでも良かった。ただ使用法が同じだったのが幸いだった。
原作の鬼月綾香はフェイスでハガーな亀虫に寄生されて傀儡となった善良な一般ピープルにR-18される。その上に同じ亀虫を顔面に貼り付けられて元気なバスター君をお腹にブチ込まれる事になっていた。
そして原作においてチェスト君達の使役方法の一つに笛が用いられていた。ノベル版ではもう少し踏み込んだ説明も……複雑な命令ならば相応に奏者の腕にも求められるが単純に「奴を殺せ」程度ならばより指示の仕方は簡単だった。目標目掛けてガン飛ばし、思いっきり吹けばそれで足りる。その結果がこれだ。生まれた隙に俺は薬で痛みを感じなくなった身体で全力で足下から逃れた。藪の一つに身を隠した。
骸の腹から飛び出した猿程の身体の化物二体、異様な小回りで定められた獲物を狙い、今も翻弄している。あの匠玄すら近距離からの奇襲であった事もあって体勢を立て直すのに苦労しているように見えた。あるいは腹から飛び出した時の驚き様から見てこの伏せ札について知らされてなかったのだろうか?事が終わった際の口封じ用であったのかもしれない。
「だが、やはり決め手には欠ける、か」
焼き払われた分も含めていたら、あるいは仕留められる算段だったのだろうか。二体では翻弄していてもこのまま押しきれるようには見えなかった。寧ろ、少しずつだが……押し返している!?
「化物め……!!」
三下染みた糞な性格だからといって弱者とは限らない。性格は能力を保証しないし健全な魂は健全な体に宿る訳ではなかった。
鬼月純修郎匠玄……その退魔士としての在り方は葵に近しい。特別な『異能』がなければ高位の霊術呪術が扱える訳ではない。しかし奴は基礎ステの化物である。高度に完成した技能と人並み以上の潤沢な霊力、身体強化、下位の術式を効率的且つ馬鹿みたいな霊力で以て発動すればそれは一撃必殺となり範囲攻撃になり得た。メラゾーマ並みのメラを撃って来る人の屑……それが奴であった。
……何処までいっても鬼月葵の下位互換でしかないパッとしない三下であるともいう。鬼月家屋敷における半ば嫉妬混じりの陰口だ。
(原作ではどうだったかな?現場組ではなかったと思うが……)
当時の下人衆頭がゴリラ妖姦の結果どうなったのか何処にも記述はない。此処までの状況から考えるに恐らくはゴリラ・リターンズによって虐殺された面子にいたと思われるが……。
「……どう、打開するかな?」
考察から現実へと意識を引き戻す。目先の問題、あの忌々しい男をどうするか、それが最大の問題だった。待て、これは……?
「あの辺りならば、やれるか?」
衆頭とバスターズの戦いを見て、俺は勝利への道筋を導き出す。どうやら、近頃は運が良いらしい。まさかあの仕掛けが役立つとは。
……そもそもこんな事態に巻き込まれている時点で幸運も糞もないのは措いておく。
「刺し違えるつもりなら……行ける!!」
腹を括る。時間……そうだ。時間はなかった。早く決着を付けなければ、それは俺の責任だった。だから……!!
「っ……!!?」
突如手元に触れる感触に振り向いて身構えて、その正体を認識して俺は息を呑む。
「お前……」
驚愕、困惑、心配、そして何よりも……俺はこの修羅場を切り抜けるための最後のピースを手に入れた事を即座に理解した。
そして、俺は……。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『御当主様、そりゃあマジですかい?』
『うむ。そうだ。徹底的にやるのだ。徹底的にな……!!』
鬼月純修郎匠玄は鬼月家本家での一幕を思い返す。そして冷笑する。本当に執着的な当主だと彼は思った。
徹底的な絶望を。あらゆる尊厳の破壊を。信じていた全てを無惨に打ち砕き、心の支えとなっていた全てを貶めろ……その注文は本当に本当に、本当に偏執的だった。過剰であり、異様ですらあった。殺すだけならばもっと簡単に、もっと安上がりな方法なぞ幾らでもあっただろうに。
(本当に、女々しいこったなぁ。えぇ?)
正直呆れるばかりである。何処まで入れ込んでいて、何処まで疎んでいて、何処まで嫉妬しているのやら……この件に関してあの『朝露散』まで貸し出された時なぞ、流石に「其処までやるのか?」と思った程だ。正直ドン引き物であった。人の心が欠片もない。
とは言え、匠玄にとって話は確かに渡りに船ではあったのだ。小賢しく動き回る下人糞餓鬼も、鼻持ちならぬ二の姫も、彼にとっては目障りだった。己が栄達と成功を収める上での障害ですらあった。
だからこそ、彼は当主の話に乗った。そして、裏を掻こうとした。糞餓鬼は兎も角、二の姫の処遇に関しては特に……あの男にとっては己もまた潜在的脅威であろう事も、ここまで仕込んだ以上は余すことなく始末を着けたいだろう事も分かっていたから。
「ここまで縺れるのは想定外だったがなぁ!!」
『シャアッ!?』
背後から飛び掛かって来た改造妖の首を捕らえる。眼球らしき物が見えぬ卑猥な顔面には明白に驚愕していた。ジタバタと暴れる怪物は、しかし逃げられない。
握力が強まる。ミシミシと外殻で覆われた首筋から軋む音が漏れる。化物の幼体は迫り来る命の危機に怖じ気づく。
『シャアアア!!』
「煩ぇ!!」
死角より突貫したもう一体に振り向きつつの膝蹴りからの踵落としを食らわせて沈黙させた。同時に放たれた首を締め付けている個体からの尾突と舌撃を淡々としてあしらう。不意討ちは妖の基本技だ。
『シャア!?』
「吹き戻しかよ?」
舌撃を見ての嘲りの一言。そしてグリッと首を捻切った。
「さて、先ずは一匹」
千切った頭を雑に放り捨てる。飛び散る酸性の体液を、しかし匠玄は身体に纏った謐鬼を盾にする事で上手く防いだ。妖の血なぞ、元より浴びないに越した事はない。身代わりに酸を食らう謐鬼が悶えるが気にした事ではなかった。不細工なのに巻き付いているのだ、其れぐらいの役に立って貰う。
『シ、シャァ、アァァァ……』
「へいへい。お疲れさん」
『ギョッ!?』
踵落としで沈黙していた二体目の頭を思いっきり蹴りつけた。ボキッと頸骨がへし折れて表皮から突き抜ける。痙攣、そして絶命。手元の槍を使う事なくの駆除作業。
「あの蛙顔め。なんつー物用意してくれやがったもんだ。容赦ねぇ」
脅威の排除を終えて深く何度も深呼吸する匠玄。息を整えて思考を纏める。そして一層憤る。何が傀儡化用の亀虫だ。ずっとずっと質の悪い代物ではないか。殺意が高過ぎるぞ?
(しかも……間違いねぇ。ありゃあ蝶だった。年増婆め、邪魔立てか?)
小癪な真似をしてくれた下人が逃げ出す背中に一撃ぶち込もうとしたのを諦めたのは視界を塞いだ蝶によるものだった。その羽に纏う秘密の薬香によって一瞬、視界と思考を奪われた。お蔭様で下人を取り逃がし、しかも生まれた化物共にも何かをしている気配があった、誘導であろうか?体勢を立て直すのに相当手間取った。そして衆頭は既にその犯人の目星はついていて……。
「調子に乗りやがって牝婆が。後でぶち殺してやる……!!」
それこそ泣いて縋って謝ろうが知るものか。散々に貶めて苦しめて辱めて、散々に嬲ってから殺してやる。老い先短い婆が未来ある若者の命を奪おう等と、ましてや自分のような将来有望な才人に対してである。許される事ではない。穀潰しの老害め……!!
「はっ、まぁいい。それは後のお楽しみって奴さな。先ずは……目先のてめぇからだよなぁ!?」
匠玄は手を振るった。それだけで深林の一角が爆ぜながら燃え盛る。何もかもを、焼き払う。基礎というべき火遁の低級霊術『燭』。しかし、この男が使えばそれは大術式へと変貌する。
「さっさと出てこいってんだよぉ!!それともよぉ!このまま運試しでも続けるか、えぇ!!!!??」
殆ど獣のような怒声。また腕を振るう。別の一角が吹き飛んだ。業火の前に焼き尽くされる。どうやら、下人が出て来るまで適当な場所を次々と焼いていくつもりらしい。そして、鬼月匠玄にはそれが出来るだけの霊力が十分過ぎる程にあった。
三度目の爆発が発生する。先程二回よりも更に大きく、更に壮大だった。余りの範囲と火力に、かなりの強度を持つ筈の結界を結ぶ要の一つが破壊された程である。それこそが狙いでもあった。
「俺は小娘連中には手を出せねぇ。だが、化物連中はどうかなぁ!?」
「糞がぁ!!」
あからさまな脅し。効果覿面だった。観念したのか、木陰から勢い良く飛び出す下人。同時に破れかぶれの投擲が放たれた。最後の針の投擲。あしらうようにして匠玄はそれを弾き落とした。その隙に槍を構えて突貫を敢行する下人……!!
「無駄な足掻きを!!」
明らかな軽装での突撃を匠玄は嘲笑った。技量も霊力も劣る分際で、槍一本で無策で突っ込むなぞ自殺行為以外の何物でもない。遂に窮鼠と化したか。残念ながら噛み付く事すらも出来まい。先ずはその槍を持つ腕を切り落として……!!?
「喰らえっ!!」
「っ!!?」
匠玄の間合いに入る直前にそれは実行された。下人が木の根元を蹴り上げたのだ。目潰し?いや、違う。直後に放たれたのは刃だった。
木の幹の中から回転しながら突っ込んで来た霊刀『透木湖』。その特性は植物とそれ由来の物体を抵抗なく通り抜ける事。
事前に刀身を木の幹の内に隠しておいて、柄だけが覗くようにして立てていた霊刀を、蹴りあげて不意討ちで打ち込んだ……!!
「危ねぇっ!!?」
間一髪で匠玄は短刀を叩き落とした。己がこの任のために婢蓑眼に貸し出していた呪具である。比較的低級とは言え鬼月に代々受け継がれる呪具故に、ずっと所在は気にしていた。下人の出で立ちから見て所持していない事は確信していた。だが、まさかこんな思い切りの良い使い方をしてくるとは……!!
「今ぁ!!」
「甘ぇんだよぉ!!」
体勢が崩れた一瞬の間隙を縫うように突き出された槍の一撃。寸前で匠玄はそれを受け止め切る。槍の柄同士で激突する。鍔迫り合いならぬ柄迫り合い。しかし、所詮は一瞬の事。地力が違う!!
「糞餓鬼がぁ!!しつけーんだよ!!とっとと死ねや!!」
「誰が、死ぬかぁっ!!?」
押し込んでから、姿勢を崩させて、槍を振り下ろす。柄で防御しようとした下人は、しかし槍自体は耐えられなかった。へし折れる。直後に背後に下がって切り裂かれるのは回避する。しかしながら匠玄は即座に姿勢変更して心の臓に向けて手にした槍を突き立てようとする。急所を、穿とうとする……!!
「これで、どうだ……!!」
下人はまるで苦し紛れのようにへし折られた槍の穂先を掴むとそのまま投擲した。尤も、匠玄は迫る刃を全く気にしなかった。彼は理解していたからだ。投擲されたそれが己に向かって来るものではない事を。
穂先が、彼の頬の直ぐ隣を掠める。薄皮一つも傷つかない。空振り。嘲笑う。
「下手っぴが!!もっと上手く狙えってんだ!!」
「はっ!狙ったよ!!」
「あぁ!!?」
発言とほぼ同時に嫌な予感がした。咄嗟に振り向いた。放たれた槍の穂先が木々の間に仕掛けられた何かに吸い込まれる。穂先が、糸を切った。カチッと音がした。祖父師は殆ど本能的に霊力で以て身体を最大強化する……!!
無数の鉛玉を、匠玄は正面から浴びせかけられた……。
ーーーーーーーーーーーーーー
仕掛けは匠玄を狙って仕掛けたものではない。下人の青年がやって来るであろう後続の刺客に対して張っていたものだ。呪具師衆の旧友に注文していた肉薄攻撃用の火薬装備。予備を兼ねて二本製作されて、内一つは既に蠅取草の怪物に使用された残るもう一本……それが罠の正体だ。
本来ならば直接手で発破するそれを木々に固定して、後続の刺客が接触した所で投擲で糸を切って爆発するようにしていた。爆発で飛び散るだろう無数の鉄玉で追手の戦力を削り、同時に逃亡のための突破口を切り開こうという目的で仕掛けられたそれは、しかしながら機会を逸して使う事が出来なかった。
改造妖との戦闘で絶好の位置に匠玄が移動していたのが下人が罠を再利用した理由である。……式蝶が全てを見越した上で改造妖を香で以て誘導していた事までは知らない。偶然だと下人は信じていた。
何にせよ、鬼月匠玄は重傷を負った。幾ら直前で肉体を強化しようとも、纏わりついていた謐鬼を肉壁にしようが近距離過ぎて限界があった。高速で弾けた鉄玉だけで数百個、更に蓋の鉄板も裂けて数十もの刃となって飛び込む。火薬兵器の恐ろしさはその殺傷能力である。肉に食い込んだ不揃いな鉄玉は中で軌道を捩じ曲げて細胞組織を粉砕していく。
彼に向けて突っ込んだ破片鉄玉は計三五個、内謐鬼と身体強化で塞ぎ切ったのは二八個、つまりは七個の破片鉄玉が彼の肉にめり込んだ事になる。致命傷は避けた。避けたが、重傷に変わりはなかった。彼が知る限りにおいてそれはこれまで負った傷で一番重篤であった。
そして……。
「なめてんじゃねぇつっただろうがぁ糞餓鬼ィィィ!!!??」
「っ!!?」
即座に獣の如き叫び、悪鬼の如き形相。そして辺り一帯が灰燼に喫する。紅蓮の業火がうねりながら全てを舐める。下人の姿はあっという間に火炎によって掻き消される。
そうだ。鬼月匠玄は確かに一杯食わされた。間抜けにも罠に嵌まった。手傷を負った。重傷だ。だがしかし……それが何だというのだ?
その程度で鬼月匠玄を打ち負かそう等というのは、甘過ぎる見通しであった。
「死ね!死ね!シニ晒せ!!くたばれ、溝鼠があ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙!!!!」
下人の居た方角に向けて幾度も幾度も火炎を叩きつける。何なら周囲も業火で焼き払う。薙ぎ払う。祓う。徹底的に、焼却する。
それはまさに何者も生き残れぬ獄炎であった。逃れる術もない。逃げ切るには時間がなかった。小賢しい骨まで炭化しているに違いない。
「はぁ、はぁ、はぁ……ははっ!ざまぁねぇ!これで終いだぜ?」
鬼月匠玄は肩で息をしながら勝ち誇る。これで邪魔者は消えた。鬼月の生意気な姫君を守る約定も無効となった筈だ。あの糞餓鬼は傲慢にも提案を拒絶していたが……まぁいい。希望も潰えたとなれば心変りもしよう。何なら其処らの妖共と交わらせて自尊心をへし折ってもいい。
何にせよ、煮るなり、焼くなり、此方の思うがままなのだから。
「へへ。だがぁ……その前に流石に手当てはしねぇと、な?」
鉄玉によって出来た幾つもの傷、血が流れる穴を手で押さえながら匠玄はぼやいた。直ぐに死にはしない。だが、放置したら危険だ。とっとと傷口を処置が必要で……。
「あ?」
その血濡れの刃に、匠玄は気の抜けた声を漏らした。眼前の光景の意味を理解出来ていなかった。そう、己の胸元に突き刺さるその刃に。
草履の中に隠すような、薄い薄い、暗器の刃に……。
「て、め……?」
「……」
刃を突き刺した眼前の人影に遅れて気がつく。いや、認識する。一時的に『世界』から透明になっていた下人の男に。
「ど、して……だぁ?」
震える声音。胸元からタラタラと血を流しながら混乱する匠玄は、しかし直ぐにその疑念を氷解させた。下人の背中に背負われた『娘』の姿で全てを悟る。
「はぁ、はぁ……因果応報、って事だろう?」
本来ならば黒焦げの致命傷であるのを背負う少女のお陰で『生焼け』程度で済ませた下人は、匠玄の疑念に対する返答を何処までも蔑みながら吐き捨てるのだった……。
鬼月婢簔眼の保有する『異能』。その効果は『世界からの存在の透明化』。
即ち『異能』発動中は視覚を含む全ての感覚器官及び術式類による認識を拒絶する(結界等も対象の存在を認識出来ないため通り抜け、術的攻撃も同様。但し物理的障害・攻撃に対しては影響を受ける)。また彼女が触れている物体も彼女が認めた場合同様任意に効果を得る。第三者から見た場合突如として視界から消失するように認識される。
効果としては幻獣『避役』に類似するが時限性。二四時間以内に発動出来る上限制限時間は最大四六秒。分割(二三秒発動×二回等)は可能。本人の霊力・攻撃力が低い事、他者が恩恵を受けるには接触し続ける必要があるために上位妖討伐には不向き。主に対人間用の潜入諜報・暗殺に運用された。
今章の伴部君の過去についてどう思う?
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君(作者)に勲章をあげたいよ
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これ以上の芸術は存在しないでしょう
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人の心とかないんか?
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鉄鋼怪人を殺せばこの地獄は終わるのか!?