和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
提案を持ち掛けたのは意外というべきか、彼女……氷雨からであった。腹が裂かれた彼女がその身を引き摺って近寄り、息絶え絶えの嗄れきった声音でそれを提案した。
動機は自身を殺そうとした相手への復讐のためであろうか?己がこの場で生存するためであろうか?何にせよ、その提案内容は俺の脳裏に過った勝利への可能性とほぼ一致していたのは事実だった。
彼女の保有する異能『肆陸瞞禮』は自身の認識を欺瞞するものである。そしてその効果は彼女がそれを認定した場合に限り触れているものにも及ぶ。鬼月葵の有する式の類似した権能や氷雨が投擲した針は手元から離れた途端に視認出来ていた事から、それらの条件は既に想定の範囲内であった。発動中は術的攻撃すらも通り抜けるとなれば想定以上……問題は制限時間であった。
曰く、異能による認識阻害の最大継続時間は二四時間以内に四六秒。既に俺との戦闘で相当制限時間を消費していた。一九秒……それが残された制限時間であった。
また彼女の異能は無敵ではない。種がバレれば直ぐに対策されるだろう。一撃で倒せなければ即座に適切なカウンターが来る筈だった。故に、単純に背負って透明になって肉薄するなんていう訳にはいかなかった。
油断させる必要があった。背後からの発破攻撃だけでは決め手に欠ける事は分かっていた。その上で発破攻撃を切り札に見せ掛けた。切り札を切り切ったと見せかけた。
背負っての突貫は、敢えて己を異能の対象から外した。氷雨が不可視となって、単独に見せかけて、反撃される瞬間に異能の対象に自身も加える事で火炎から身を守った。
まさにギリギリのギリギリでの無効化だった。それは自分が消える瞬間を見せぬため、相手に殺害した確信を抱かせるための保険であり、お陰様で身体の半分が焼け爛れる所では済まなくなった。薬で痛みが分からなくて良かった。思考が邪魔されずに行動出来た。
そして此方を殺したと思わせて霊力による身体強化を解いた所に氷雨の草鞋に仕込まれていた刃による急所への一刺し。心臓への突き刺し。……それで仕留めるつもりだった。降参ではなく、殺害で締め括るつもりだった。
生かす事は出来なかった。そんな余裕なんてなかったし、そんな義理もなかった。何よりも、生かしたくなかった。油断も、手加減も、一切なかった。
……だからこそ、これはきっと単純に俺の見立てが甘かったのだろう。
「心臓狙いたぁ、容赦ねぇな……!!」
「っ……!!?」
咄嗟に離脱する前に顔面に一発食らった。背負った氷雨ごと吹き飛ばされる。
「ひ、さめ……!!」
その激突の直前に咄嗟に氷雨を庇う姿勢を取る。直ぐに全身が地面と接吻する。咳込む。抱き締めた彼女の弱り切った吐息を確認して視線が交差する。話す事はなく、その余裕もなかった。
「はぁ、はぁ、……こ、のぉ!!」
焼け爛れた身体を鞭打って、上半身を起こした。それだけでも偉業だった。睨み付ける。
「痛ててて……畜生、本気で殺す気で抉ってくれたな。しかもこの場所、当て付けか?えぇ?」
その先で、血塗れでこれまた半死半生の男が胸元に深々と突き立てられている刃を強引に引き抜いていた。引き抜いて、放り捨てる。たらたらと垂れ流れる赤い筋。この出血量は……糞、そういう事かよ!!
「へへ。惜しかった、なぁ?俺の心臓は……逆向きでな?」
故の生存。俺の文字通りの止めの一撃は空振りに終わった。そして……。
「もう手札はない、だろ?寧ろあったら困るぜ……!」
「ちく、しょ……!!」
匠玄が嘲りながら歩み寄って来る。俺はそれに対して立ち上がる。いや、立ち上がろうとして、足が挫ける。あぁ、力が入らない……!!
(立ち上がった所で、どうなるって話だがな……)
もう武器なんて一つもない。逆転の芽なんてない。仕掛けが効果を上げるには時間が足りない。詰んだな、これは。
……いや、まだだ。それでも!!
「頑張ったとは思うぜ……?だが、これが地力の差って奴さ。諦めろ」
「諦めたら、其処で……試合終了だろが」
氷雨の胸を穿った槍が首元に突き付けられる。俺は空元気で言い放った。勝算?そんなのあるかよ。畜生。破れ被れだよ。
(思考が、朦朧とする……カウンター、出来るか、これ……?)
槍を振るわれた瞬間に放つ反撃は、しかし頭の中で考えてはいても実行出来るか怪しかった。麻酔してるのに全身が悲鳴をあげていた。重い。痛い。固い。これで咄嗟に動けるかと言えば……無理臭いな。
(済まない、氷雨。済まない、皆)
後輩に謝罪する。死した多くの仲間に謝罪する。敵討ちは難しいみたいだった。
「済まねぇ、葵……」
最期。槍が振るわれる直前に、此方を絶望に満ちた視線で見据える葵に向けて、謝罪した。期待を裏切ってしまった幼子に向けて、心から懺悔した。葵が何かを叫ぼうとする。しかしそれより先に槍が俺の首に迫り来ていて、そして、そして、そして……。
『ソコカア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!』
「あ?なに……うおっ!!?」
……そして、巨大な腕が匠玄に横合いから襲いかかった。
誰にとっての幸か不幸か。鬼月匠玄への因果の応報は、まだ終わらないようであった。
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園芸・農業においては挿し木、あるいは挿し芽と呼ばれる行為が存在する。植物の茎や枝葉といった一部を切り取り土に植え込む事でそれ自体を一つの新たな個体として繁殖・成長させるのである。一部の植物の人工的な栽培においては珍しくもない技術であり、同時に植物という生命の逞しさを証明する事例であるともいえる。
植物妖怪の逞しさは通常のそれの比ではない。ましてや霊気満ちる地において、凶妖が素材となり、その断面が奇麗に切り落とされていたのだとすれば猶更に。
蠅取草の凶妖は確かに死んだ。無惨に死んだ。だが、その腕は?鬼月匠玄が尋問と娯楽を兼ねて切り落とした両の細腕はその断面が余りにも奇麗に切断されていたために状態は良好、その事が誰もが予想しなかった復活の芽を残す事に繋がった。
土の養分を吸出して急速に復活と成長を果たした蠅取草の「腕」の格は素体が強大な存在であった事もあって大妖級。そして母体の記憶をその細胞に刻んだ「腕」は追跡した。己を貶めた人間に復讐するために。
……尤も、その欲求は結界の存在によってそれも妨げられ、仮にそれが無くても万全の状態の匠玄であれば例え寝込みの襲撃や死角から不意打ちであろうとも余裕で対処されて駆除されていたであろう。
そう。呆気なく駆除されていた筈だ。万全の状態ならば。
『ミィ゙ィ゙ィ゙ツケタァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙!!!!』
「がぁ!!?」
幼い女児のようでいて、くぐもった獣の唸りのようでもあるおぞましい轟き声。同時に蔓を乱暴に纏めたような不格好な巨腕が匠玄を、蠅を捕らえる食葉のように瞬時に捕らえた。掴み上げた上で有らん限りに握り締める。握り潰す。
「がっ、はぁ!?はっ!!?」
『ア゙ハハ!ア゙ハハハハハ!!ア゙ハハハハハハハッ!!!!』
豪快に骨が砕けて、肉が潰れる音がした。腕の化物は遠くまで響き渡るような高笑いを捲し立てる。腕の中で仇を玩具のように弄ぶ。勝ち誇る。
「っ!?今、なら……!!」
我に返った俺はこの機会を逃さない。足を無理矢理立たせて、氷雨を背負えば血反吐吐きながら葵の元に向かう。
「伴部!?伴部よね!!?生きてる、生きてるのよね……!!?」
俺が来るのを見ると、目元に涙を浮かべて幼子は仮名を呼んで手を伸ばす。麻痺した身体でそれを行うので転げそうになるのを支える。支えて、頭を撫でる。
「当たり、前でしょう……?信じるように腕を突き出したんですから、ね?」
前日の蝿取草からの逃亡劇。それに先立って互いに咄嗟の意思疎通のためのジェスチャー・合言葉を幾つも決めていた。その一つに相手の名を呼んで拳を上方に突き出す所作があった。その意味は「信じろ」である。お陰様で葵は匠玄の提案を拒絶した訳であるが……どうやら彼女への義理は果たせたらしい。
「氷雨を、頼みます。まだ、やる事がある。……氷雨。後少しだけ、頑張ってくれるか?」
「……」
葵に氷雨を見守るように頼む。氷雨を見る。幾度目かの視線の交差。何を考えているのか、その瞳に映る感情は複雑で、俺には表現し難い。
だが、やるべき事は変わらない。俺は奴の元に向かう。
「良い気味……ですね。衆頭殿?」
「ぐっ。ふっ……糞餓鬼が!!調子に乗りやが、って……!!」
限りなく瀕死の匠玄は巨腕によって地面に倒れて押さえつけられていた。周囲を見れば同様の怪物の骸がもう一つある。どうやら腕の怪物は二体いたらしい。見た限り葵達とのやり取りの間に一体はどうにか返り討ちにしたようだが、其処に更に一体御代わりして来て流石にどうにもならぬようだった。
いや、違う。それだけではない。……どうやら効力が出てきたようだな。
「ふ。ぐぅ……。こいつはぁ、毒かぁ……!!?」
額に玉粒の汗を大量に流して叫ぶ匠玄。息は荒く、顔色はあからさまに悪い。
「御名答。姫様に仕掛けた奴よりは強くないみたいだが……今の貴方には致命的でしょう?」
氷雨が所持していた遅延性の麻痺毒を、突き刺した仕込み刃に塗っておいた。未開封の新品だったのもあってそれはもうたっぷりと。その効果が漸く出たらしい。
「溝滓がぁ!!あの牝餓鬼ぃ……人の足、引っ張ってんじゃねぇ゙よぉ゙ぉ゙ぉ゙!!!?」
匠玄は吠える。氷雨に向けたものだった。味方でありながら俺達には毒を使わなかった癖に自分には使って来たのだから、気持ちは分からなくもない。
何処までいっても、因果応報であるのだが。
「衆頭殿。勝負は決着しました。降参するつもりはありませんか?」
「はぁ、はぁ……降参だぁ?何を、馬鹿な事を……うぎぃ!!?」
俺の淡々とした提案に、しかし衆頭は論外とばかりに拒絶する。拒絶して、直後に腕に締め付けられて悲鳴を上げる。ゴリゴリと、クチュクチュと、プシャァと、人から鳴ってはならぬ音が響き渡る。
「降参しろ。さもないとお前を此処で殺すぞ?」
俺は今一度、今度は高圧的に要求する。俺の宣言に鬼の形相で睨み付けて来る匠玄は、しかし彼に出来る事は、何もなかった。もう一押し、だな。
「……それとも、奴らに生きたままに喰われたいか?」
「つ!!?」
耳を澄ませば遠くより雑多な妖共の歓声。匠玄が内側から結界の要を焼いてくれたお陰であった。回りに回って彼自身の首を絞める。時間はない。
「……ぐっ、ふ!?糞っ!!糞っ垂れが!!……分かっ、た。分かったから。降伏、する。……だから、早く、助けろ!!」
流石に迫り来る運命を前に命が惜しくなったのだろう。一瞬だけ葛藤するが直ぐに衆頭は降参を受け入れた。助けを求めた。
「あぁ。分かった」
俺は衆頭の言葉を淡々と受け入れる。それと同時の事であった。俺と衆頭の身体に巻き付いていた謐鬼が煙のように消え失せたのは。尤も、この気配からして呪いの拘束力自体は変わる事はないようだ。あくまでも見えなくなっただけであろう。どうでも良い事であった。
「では先ず……」
俺は囚われた匠玄の懐から此度の手合わせの戦利品を手に入れる。封印用の風呂敷。それを巻き付けられた果実の感触を布越しに実感する。封印によって霊気こそ漏れてはいないが、それでも手元にあるその存在感の巨大さに思わず圧倒される。実際、匠玄を捕らえる腕も、僅かに此方に反応していた。……此処で風呂敷を広げたら不味いな。早く退散しなければ。
「……そうだ。序でにその外套も頂きましょうか?」
上級の認識阻害効力のある外套もオマケとばかりに引っ張り取って拝借する。まるで追い剥ぎのようだなと内心で冷笑した。実際、相当な屈辱だったようで匠玄は顔を恥辱に紅潮させていた。
「糞があぁぁぁ、勝ったからって調子に乗りやがってえぇぇ……!!悠長にしてないで早く、助けやがれぇ!!」
「あぁ。分かった。ほらよ?」
怒声。要求。耳が痛くなる。うんざりする。仕方無く、俺は彼の目の前にそれを置いた。
先程彼の胸元に突き刺されていた、草履の仕込み刃をそっと置いた。
「……は?」
「大妖相手に、有象無象の妖群に、今の俺が勝てる訳ないでしょう?……呪いで契約した訳でもない。俺に出来る「助ける」と言える誠意は此くらいですよ」
半ば皮肉るように、俺は悪意を込めて嘯いた。匠玄は目を見開いて刃と俺とを交互に見やる。嵌められた事を理解して、目を見開く。
「こ、こここここ、…………!!!?」
「……では」
動揺する衆頭を置いて俺は立ち去り……直後、閃光が傍らを颯爽として通り過ぎた。鋭利な刃が何物も傷つける事なく虚空に空しく抜ける。振り向いて、俺は嘲った。
「呪いの効果、忘れてるのか?もう俺に危害は加えられないだろう?」
本来ならばきっと外れるなんて事はあり得なかった。呪いによる加害行為の禁止、それが彼の投擲の腕を鈍らせたのだ。
「きさまぁぁぁぁ!!ふざけやがってててててぇぇぇぇっ!!!!??」
「……楽に逝ける手段、ふいにしたな」
血走った眼光。此方に悪鬼の如きの形相を向けてひたすら獣のように咆哮する匠玄。それに対して俺は何処までも冷めた口調で一言だけ吐き捨てた。そしてそれきり彼の事は最早無視した。呪詛の言葉も、最早俺には届かない。
自業自得。……彼の末路は、何処までもそれだったのだ。
「殺す!!殺す!!絶対にてめぇは、……うぐぅぉ、!?て、てめぇらはぁ、ぶっ殺す!!覚えぇて……やがれ!!忘れるなよぉ!!必ずてめぇらを。ひぐっ、てめぇらを、メチャクチャにしてやるからなぁ……!!??」
「姫様、行きましょう。氷雨、ここだと霊果を解放するのは危ない。少し移動してから、治療しよう」
雑音は無視して俺は二人に説明する。氷雨を背負って、葵を抱き締める。外套を羽織って、破られた結界の内へと侵入して来ているだろう数多の魑魅魍魎共から存在を薄める。襲撃されないかどうかは、後は運次第だった。
「……伴部」
「……何でしょうか?」
歩き出すと、抱き締めた葵から仮名を呼ばれた。俺は応答する。
「貴方は悪くないわ。誇りなさい、私を守れた事を。そして守りなさい、今後ともね」
傲慢不遜な物言いは、しかしその真の意味を俺は理解していた。言わんとする意図を理解していた。寧ろ、幼子相手にこんな配慮に満ちたことを言わせるとは……全く、情けないな。
「……えぇ。そうですね」
俺は素直に応じた。背後からひたすらに洪水のように放たれる怨みの声を振り払う。実際、奴は善人からは程遠かった。そして悪逆で、悪辣で、悪質だった。奴は奴に相応しい行為の数々の代償を支払った。それだけだった。その意味では俺の行いは何も言われる筋合いはなかった。どの道、三人背負う事も、妖共を食い止める事も、出来る訳ないのだ。
そう、だから何も言われる筋合いはない。しかし……。
「人を呪わば穴二つ、か」
前触れもなく、何故か独り言のように紡いでいたのはそんな単語であった。自分で紡いで、嫌な気分になる。それは、まるで何かを暗示でもしているようであった。
「はは。馬鹿な……」
誤魔化すように、俺は小さく笑った。
残念ながら、暫く良い夢は見られそうにはなかった……。
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「……この辺りなら、まだどうにかなるでしょう。化物共が来ても直ぐに気付ける」
呪詛から逃れるように暫く歩き続けて、川辺に近い見晴らしの良い小丘を見つけた俺は漸く二人を降ろす。葵に外套を被せて、氷雨の傍に寄る。
「氷雨、我慢してくれよ?」
「……」
事前の予告に氷雨は無言で頷いた。そして俺は氷雨の腹部の装束を捲ると、白く柔らかい肌に刻まれるその痛々しい傷が外気に晒された。
見掛けだけならば俺の方が酷い。傷の数も多い。しかし見掛けだけでは比較出来ない。腹を槍で深く深く抉られた傷は、ある意味で俺の無数の傷よりもずっと致命的だ。血は布地を押し込む事で無理矢理止めていた。布は真っ赤を越えて赤黒い。痛みは追加の丸薬でどうにかして抑えている。それでも……。
「やはり衰弱の具合が酷い」
見ただけで分かる。今すぐにでも根本的な治療が必要だった。
……まぁこうやって余裕ぶって長々と説明出来るのは、それが出来る状況であるからなのだが。
「姫様」
「えぇ。合言葉は『才色兼備』よ」
呪具でもある風呂敷は、合言葉を紡げば呆気なく結び目は緩んだ。因みに聞いた話によればこれが手順に従わず無理矢理解こうとしたら結び目の先が伸びて相手を絞め殺しに来るらしい。怖いものだ。
「……良いのですね?姫様?」
俺は改めて葵に確認する。再三の確認であった。何せこれから扱うのは朝廷から要望されていた奇跡の霊果。偽の依頼に託つけた国からの極秘の注文品、それを勝手に使うのだ。ひょっとしなくても大問題である。
それでも、今の手持ちで氷雨を救うにはこれを使う以外に手がないのもまた、事実だった。
「……汚名は受け入れて上げるわ。幸い、誤魔化す手段はあるもの」
不承不承の体で、しかし何かを思い出したように神妙な顔つきになって……最後には嘆息と共に葵は俺の要望を受け入れた。
「有り難う御座います。……一欠片、食べさせるだけで良いのですよね?」
「小さく、とっても小さくね。最悪取り込む霊気の量が多すぎて破裂するわよ。気を付けなさい」
「……了解です」
葵の注意に俺は表情を引き攣らせて頷く。流石に助けようとして破裂させるなぞ洒落にならない話だった。
「……さて、余りふざけている時間はねぇな。氷雨、これで助かるぞ?キツいだろうが吐かずに食べてくれよ?」
励ましの言葉を掛けて、そして俺は回収していた槍の穂先を短刀のように手にして風呂敷を広げていく。包まれた布地を一枚ずつ広げていく。その回数は計八度。一枚一枚広げる度に眼前の存在感は増していき、息を呑む。その神々しい気配に緊張すらしてくる。震える手を奮い立たせて動かし続ける。
「よし、これが最後だ……」
最後の一巻に手を掛ける。怖気づく気持ちを抑えつける。広げていく……そして、遂にそれを目撃した。奇跡の霊果を。
……封符が全体に貼り付けられた桃の実を。
「……は?」
それが俺の第一声だった。唖然として、愕然として、事態を呑み込めぬままに呆然とする。
「っ!!」
そして槍の穂先で咄嗟に桃を突き刺した。いや、突き刺さる事はなかった。穂先が金属音と共に欠けたからだ。まるで、分厚い鉄板に弾かれたようだった。
「糞!?馬鹿な!?ふざけるなよ!!?」
俺は事実を受け入れられずに何度も何度も穂先を突き立てる。突き立てる。突き立てる。
「糞!糞!糞!冗談はよせよ!?なぁ!!?」
振るう。振るう。振るう。欠ける。欠ける。欠ける。砕けた。素手で符を剥がそうとする。直ぐに指の爪が裂けた。出血する。お構いなく、俺は封符に挑みかかる。びくともしなかった。
「開け!開け!開けってんだよぉ……!!?」
「伴部!?駄目、止めて!!」
俺の指の惨状を見て、葵が悲鳴に近い声で静止の言葉を叫ぶ。しかし俺は止めない。止められない。止める訳にはいかなかった。
「なんでだ!?何でだよっ!!?どうして、こんな!?こんな冗談笑えねぇよ!!?」
俺はパニックになって叫ぶ。桃を地面に叩きつけて怒鳴る。ドスっと地面が硬い物にぶつかる音がした。限りなく表面をなぞるようにして桃に貼られた結界は頑強で、中身を奇麗に守っていた。その事が一周回って憎らしい。
「本当に、本当に……笑えねぇ!!葵、これは、どういう事なんだよ!?」
「知らないわ!私が設定したのは合言葉だけで、そんな直接符を貼り付けるなんて真似は……!!?」
八つ当たり気味に葵を問い質せば彼女もまた混乱しているようであった。それは俺の希望を打ち砕くものであった。彼女の貼った封符である事、その可能性が失われた事を意味していたのだから。
「じ、じゃあ。じゃあ、どうして……糞、アイツらかぁ!!?」
困惑、そして遂に俺は嵌められたのだという現実を直視した。下人衆頭と薬師は確かに霊果を渡す事を契約した。しかし、どんな状態で渡すかは明言しなかった。契約の直後の何処かの段階で、奴ら封符を貼り付けていやがったな……!!?
「畜生!!あのド屑め、目の前でぶっ殺してやれば良かった!!!!」
単に怒りを吐き出すためだけを目的に、俺は叫ぶ。叫ばざるを得なかった。怒りの発露。発散。それでどうにか俺の思考は冷却されて、そして現実に引き戻される。高速で頭の中が回転する。
(糞っ!!どうする!?どうする!?一体、どうすればいい……!!?)
今すぐに引き返して奴に解かせるか?いや、奴が生きているかも分からない。最悪あの腕や他の化物共に出会す。そもそも見捨てたアイツが従うか分からなければ、氷雨の体力だって……!!糞!?俺は、また選択を誤ったってのかよ!?
「葵!?何か、何か手は……!!?」
俺は自身よりもずっと霊術呪術に詳しい葵に助けを求めた。恥も外聞もない。年下でも構わなかった。氷雨を救えるならば土下座もするし足だって舐める覚悟だった。それで済むならば……!しかし、葵の表情は険しい。
「……駄目よ。この封印は強力だわ。貴方じゃどれだけやっても解除出来ないわ。私なら……けど、御免なさい。今の状態じゃまだ、無理よ」
首を横に振って、紡がれた言葉は欠片も期待したものではなかった。聞きたくもない、謝罪の言葉だった。
「……っ!!煩い!!そんな言葉が、聞きたいわけじゃねぇんだよぉぉ!!」
「ひっ!?」
咄嗟に俺は怒鳴っていた。怒鳴って、葵を押し倒して、首根っこを掴んで理不尽に脅迫していた。
「考えろ!何か考えろよ!!天才のお前なら、出来る筈だろが!!とっとと思い付けよ!!早く!何か思いつけよぉ……!!!!」
俺は叫んで、叫んで、叫んでいた。要求して、要望して、歎願していた。必死だった。ここまで来て、漸くだってのに、なのに、なのに……これは、こんなのはあんまりだろう!!?
「いや。やめて、と、もべ……」
「っ!!?いや、違う!?こ、れは……!!?」
此方を見上げる幼子の怯えきった表情に、俺は自身の行いの愚かしさに遅れて気が付いた。さっと彼女から降りる。
「違う、違うんだ。けど、けど……!!?」
それでも激昂は収まらない。己の吐露する激情がどれだけ八つ当たりの類いのものかと分かっていても、それでも抑えきれなかった。抑えきれる筈がなかった。
「だって、こんな、だってよぉ……!!?」
この感情の矛先を誰にも向けぬように、内に溜め込むように頭を抱える。悲惨に顔を歪める。まるで頭の中が丸ごとミキサーされたみたいにグチャグチャになって来る。自責と怒りと絶望に呑まれて、何をどうすれば良いのかも、何を優先すれば良いのかもあやふやになってしまっていた。あぁ、糞!思考が纏まらない……!!?
「!!?」
……ふと、袖を誰かに摘ままれた。はっと振り向けば、此方を弱弱しく見上げる後輩の姿があった。
その暗くなっていく瞳からは、間違いなく刻一刻と生気が遠のいていた。
「!!?氷雨か!?大丈夫だぞ!直ぐに、直ぐにどうにかしてやるからな!?だから、もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ、な?」
俺は氷雨の傍らに寄る。そして励ます。謝罪する。ひたすらに希望を口にして慰める。
「もう、いい……」
息を呑む。返答の言葉は、俺を何処までも絶望させた。
「氷雨、諦めるなよ……な?まだ、希望はあるだろ?挫けるなよ、な……?」
「もう、いいの。全部、因果応報、だから……」
「応、報……何が?」
その弱々しい言葉を反芻して、困惑して、しかし俺は彼女の言わんとする事を察する。彼女の果たして来た任務が、今回が初めてだと誰が言えようか?
誰が、彼女がこれ迄誰も殺して来なかったと言えようか?
「だからって……!!?」
俺が必死に言い返そうとして、しかし言うべき言葉が見つからずにひたすら苦悶する情けない姿を氷雨はただただ困ったように見つめる。腕が伸ばされた。頬に、冷たい手が触れた。血塗れの掌が、頬を濡らした。
「姉さん、の。言葉は……忘れて」
必死に単語を繋ぎ合わせて、氷雨は俺を苦しめる言葉を口にした。慰めるために、口にした。
「忘れろだなんて……そんな事、出来るわけないだろ?」
必死に俺は拒絶する。そんな不義理な事は出来る訳がなかった。それは裏切りであり、恩知らずであり、下劣に過ぎた。それでも、死にかけの少女は首を静かに横に振った。
「いいの……」
「いいのって、姉さんの遺言なのにか?」
「多分、其処まで望んでのこど、ばじゃ、けほっ。なぃ、かったろう、から……」
けほけほ、と喀血する。俺は慌てて氷雨が喉を詰まらせないように抱えていた。弱々しくて、荒い吐息が爛れた胸元に触れた。ひりっと業火に焼けた表皮が痛む。
……腕の内の彼女の身体は逆に酷く冷たかった。自身の身体のせいで一層思った。まるで、氷のようだった。
「氷雨……」
「この、まま、で……お、ねがぃ……ねぇ?」
弱々しく、氷雨が懇願した。それはせめて一人寂しく死にたくない故のものだった。せめて、誰かに見送られたいという細やかで健気な願い。
……姉が最期に願ったのと、全く同じ願い。
「……!!?氷雨ぇ……ひさめぇ……!!」
「……」
気付けば崩れ落ちる掌を掴んでいた。あの時と失敗と重なって、けれど抗いようもなくて、俺はただただ譫言のように彼女の名を口にする。幾度だって口にする。暗殺者たる婢簔眼ではなく、後輩たる氷雨の名を。
それが良かったのか分からない。あるいは彼女の人生を否定する行為なのではないかとも内心で不安になった。それは彼女の望む呼び掛けではないかも知れぬと恐れた。
……少なくとも彼女は不快がる事もなく、ひたすらに呟かれるその名を静かに受け入れ続けてくれた。
そして、何時までも俺は救う事の出来ない彼女を抱き続けて、続けて、続けて…………。
「……?」
すっかりと、氷のように冷えきってしまっていた華奢な躰から俺は身を剥がした。いつの間にか滝のように流していた涙を拭って、俺は小さく呟いた。
「何、が?お前は、一体……?」
突如としてぽっかりと空いてしまった感情の空白。朝の霞のように溶けてしまった名前と思い出。見えているのに認識出来ないその終の表情に、俺はただ訳も分からずに茫然自失とするしかなかった。
怒りも、悲しみも、先程まで溢れんばかりに抱いていたあらゆる感情が、軸を失って虚しく宙ぶらりんになってしまって……。
「……」
「……葵?」
視線に振り向いた。俺が守るべき幼子が、名状し難い眼差しで以て俺を見つめ続けていた……。
鬼月家秘匿呪槍『朝露散』。かつて谷に巣くった鬼共の、宝物庫に保管されていたというその槍が持ちうる効果は……攻撃対象者の認識阻害。
その槍傷にて死した者は、より親しい者達程にその記憶と存在を忘却される。殺された者を、完全に記憶するは殺害した本人唯一人。
正しく、鬼月家が朝廷にすらひた隠す、卑怯卑劣な暗殺の呪具である。
行き場を失った感情が、特に強く影響を受けた者の精神に何れ程に作用するのか、使用の事例の少なさからそれを記録した資料は存在しない。
少なくとも、善き影響はしないだろう事だけは、確かであった。
……人を呪わば、穴二つ。呪われたのは、果たして誰なのだろう?
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「……」
それから、何れだけの刻を経たのだろうか?幼子を背負い、外套を纏い、俺は歩んでいた。
「……」
歩く。歩く。歩く。ひたすらひたすら前に向けて、進み続ける。誰かも分からぬ骸を困惑したまま安置して。空いてしまった穴から目を逸らして。何かに急かされるように。己の為せる事を為すために。切り捨ててしまった数多の犠牲から目を逸らして突き進む。せめて、まだ救えるこの幼子だけは救うために。
自分が、「今」に押し潰されてしまわないように……。
「伴部……」
「……もう、少しです。一番最初の安全地帯は、もう目の前です」
背負う姫君の呼び掛けに、俺は安心させるように答えた。笑みを張り付けて、顔の焦げた肉が裂けるのも気にせずに。
「……」
数瞬置いて、首に回す力が強くなった。しかし所詮は子供のそれで、まだまだ弱い力で人を絞め殺すには全く足りない。それでも、俺は自身の首にかかる力の存在そのものに何処か安心してしまっていた。いっそ、このまま絞め殺されても悪くないなんて思ってしまった。
……ははっ。駄目だこりゃ、もう壊れてやがる。
「……恨むのなら、私を恨みなさい」
「……姫様?」
何かを察したのか、葵の感情の殺した声に俺は無理矢理にでも正気に引き戻された。
「ここまで事態が悪化したのは私の過失よ。だから私を恨みなさい。貴方のような末端が罪悪感で苦しむのは到底お門違いよ」
「ですが……」
「ですが、じゃないわ。口答えするのはお止めなさいな。自身の立場と、力量を見誤るんじゃないわよ。……私に、これ以上恥を上塗りさせるつもりなの?」
生殺与奪の全てを依存した無力な少女は、俺を手厳しく叱責した。叱責という体で、多分慰めていた。
「……子供の分際で、生意気ですね?」
「万全なら、その子供に勝てない奴の言葉かしら?」
「はっ。然り、ですね」
乾いた笑い声。それきり沈黙する。沈黙して、前進を続ける。何れだけ経過したのだろう?ふと、言葉が漏れた。
「力が、欲しいな」
「……」
「強くなれば……今よりもずっと、ずっと……手が届いて、背負えるのにな」
殆んど独り言のように紡いだ言葉が何かの言い訳なのか、それとも己の心に渦巻く感情の正解なのかも分からなかった。それを理解するには余りにもあらゆる感情でぐちゃぐちゃになり過ぎていた。心の整理が必要だった。時間が必要だった。
だが、その前に……。
「……早かったわね?」
結界の内に入った俺はこの騒動の始まり以来ずっと覚悟していたその呼び掛けに深呼吸する。背負う葵がそれを認めてぎゅっと怯えたように抱き着いて来るのを宥める。そして改めて正面を向き直った。
野宿の焚き火。丸太の上に座り込む鬼面を装着した人影の姿を、下人衆の允職たる者の姿を、認めた。
全て、「想定内」だ。
「允職……」
「まぁ、座りなさいな。……話を、しましょうか?」
鬼月家下人衆允職・楓巴……彼女は鬼面を外すと憔悴して、悟りきった微笑で以て、俺に着席を勧める。
……それは、恐らくこの酷い観劇の締め括る、最後の幕であった。
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「『篭火』」
詠唱が反響した。濁流となった業火が大地を舐めた。
「『滴雫』」
詠唱が反響した。高速で打ち出された水撃が大樹を抉った。
「『土煙』」
詠唱が反響した。周囲を巻き込んだ砂嵐は、魑魅魍魎共の肉を瞬時に削り取る。
「相生・相剋、比和……はぁ、はぁ、重ねて、相乗・相侮、げほっ。基礎術極意・『超新星』……!!」
そして全てが爆ぜた。吹き飛ばされた。破滅した。大地が抉れ、林は死滅する。原形も残らぬ程に粉砕された血肉がどっと天より降り注ぐ。地表を赤黒く染める地獄絵図。
……暫くして、漸く血生臭い豪雨が降り止んだ。そしてその者が顔を出した。
「はぁ、はぁ……畜生がぁ。人を、馬鹿にするんじゃねぇぞぉ……雑魚共がぁ……!!」
無数の骸から這い出て、現れる男は何処までも深い憎悪を滾らせて呪いの言葉を吐き出した。ぜいぜいと、荒く震える息と共に、鬼月純修郎匠玄は修羅場から帰還した。
それがどれ程熾烈な戦いであったかは、彼の周囲に撒き散らされた無数の残骸からも一目瞭然だ。軽く五、六体は数えられる大妖、中妖以下は数えきれず。何よりも彼自身の負った深手が何よりもそれを物語る。
片腕は肘から先が持って行かれていた。反対側の足首も失せている。横腹の肉を削がれ、頭皮も一部ひっぺ返されていた。白い骨すら薄らと覗く。切り傷、噛み傷の類いは数知れず。
それでも男は生き残った。血ごと毒を抜いて自由を取り戻し、扱った術の殆んどは初歩の初歩、しかし圧倒的な出力で以て扱う事で群がる化物共を殲滅した。それは最後の大技とて同様だ。五行の属性を増幅させ、反発させ、融合させて、そして解放する術は、しかし媒介する各種術は見習いでも出来るものであり、五種同時の発動も難しくない。ただ注いだ霊力の量が余りにも膨大だった故に本来ならば小妖程度しか殺せぬ術が大規模かつ高威力になっただけである。
そして生き残った。はっきり言って偉業と言えた。
……男の顔に、欠片も喜びはなかったが。
「畜生、畜生、ドチクショウガアァァァァッ!!!!」
妖よりも妖染みた咆哮。傷の痛みすら忘れる程の圧倒的な憤怒。さもありなん、匠玄にとって今の状況は屈辱に他ならない。
「どいつも!こいつも!なめ腐りやがって!!大人を!馬鹿にすんじゃねぇぞぉぉぉっ!!??」
殺意と怒りは妖よりも寧ろ人に向けて、己を貶めた餓鬼共に向けて。其処には己の所業への反省は微塵もない。
そう。相手を侮り過ぎた事も、手加減し過ぎた事も、信頼関係を軽視した事も、味方を切り捨てた事も、何も反省していない。
血の通った実の『娘』の腹を突き刺した事への反省すらも。寧ろ……。
「はぁ、はぁ、はぁ……親の足を、掬うなんざぁ、不孝者め。はっ!ざまぁ、見やがれ……今頃大慌てだろうさなぁ!!」
霊果に仕掛けていた保険を思い、男は嗤う。その結果身内がどうなろうが彼は何も気にしていない。ただただ悪辣に嗤う。良い気味だと。その苦しみながらくたばった様が拝めないのだけが残念だが。
「構わねぇ……奴らから聞けばいい。ははっ、甘く見るなよ?契約の!裏を掻く手段なんざぁ、幾らでもあるんだからなぁ……!!」
憎悪の対象たる残り二人の顔を脳裏に浮かべて匠玄は高笑いした。瀕死の身で驚く程に嗤った。未来を期待する。彼らの顔が絶望と苦痛に歪む様を思って暗い悦びに浸る。
そして、復讐に身を焦がす男はそのために一旦身を隠し、行方を眩ませんとして起き上がり……。
「物語に、端役の蛇足はいらねぇのよな?」
「あっ?」
影が走った。艶かしい嘲笑が響いた。迫り来る禍々しい『呪錨』それこそが鬼月匠玄の見た最期の光景だった。
反応すらも出来ずに頭が飛んで、蹴鞠のように跳んだ。跳ねて跳ねて跳ねて、藪に突っ込んで更に何処かに転がっていった。その様を一瞥して、軽やかにステップしての満面満足の笑み。鬼の破顔したスマイルフェイス。
「こうれにて、キレイサッパリ、スッキリー……なんってな?」
碧い鬼の何処までも軽い軽口調子。おどけたように五七五で唄を歌った。趣の欠片もない本当に本当に酷い唄であった。
……鬼にとってはどうでも良い事であったが。
「さてさてさて。それはそれとして序でに味見っと……あ、これ無理。雑味強っ!」
首なし骸の断面に爪の伸びた指を無遠慮に突っ込んで、捏ね繰り回し、血肉を摘まんで一口コメント。渋い顔してペッと吐き出す。残念ながら星一つも貰えそうにはなかった。
「霊力はいいよ?濃厚だよ?けどさー、そんなのは食べ飽きてるのよね?それに風味悪いのよなぁ?不摂生だよ、血がドロッとし過ぎてな。口触りが悪いよ。分かる?次はもっと旨くなって、出直して?」
厠座りでしゃがんだままに辛口の酷評を骸に浴びせる碧鬼。当然骸は応答しないし出直す事なぞ不可能である。身勝手な鬼はそれも気にせず、誰も聞いていない己の食の拘りをひたすらに力説し続ける。
「特に近頃の若者は駄目なのよね?どいつもこいつも銘柄ばっか見て!この前なんか久々に紅鬼の奴に会ったんだけどさぁ?アイツの飯は駄目だね。アイツは完全に情報食ってるよ。高級品に濃い味付けしたら良いと思ってるね。前に会った時より酷くなってる。もう、アイツの所には絶対飯食いにいかねぇわ!勝ったな、ガハハ!」
散々に捲し立て、勝手に結論を出して、勝手に満足する。その様は何処までも鬼らしい。鬼は相手に合わせないものである。
「まぁ、そういう事で……これは貰ってくな?」
話の脈を捻ってぶち壊し、殺した人間に態態許可を取るのは呪具の持ち出し。手負いの青年が放置した霊刀と呪槍をいつの間にか両手に持って、勝手に宣言。勝手に宣言して、くるりと踵を返す。
この場から立ち去った青年を千里眼で見据える。観賞する。
「見込んだ通りに上物だったね。一人くたばったのは……まぁ、香料代わりって所かな?中々演出も良かったぜ。悲劇は英雄の第一条件だもんなぁ?」
さて、問題は此度の幕引きだ。果たしてどうなるか……?
「ありきたりな展開じゃあ詰まらんよなぁ。ここまで来たんだ、旨く魅せて欲しいもんだぜ」
期待に胸を膨らませ、鬼は名作の名場面を待ち望む。血濡れの指を赤い舌でぺろりと舐めて、浮かべる表情は頬を紅潮させたはにかみ顔。それはまるで生娘のようで、まるで乙女のようで、気品すら溢れていた。
……余りにも話題からは乖離していて歪だった。
「手間取らせたんだ。……失望させて、くれるなよ?」
果たして此度の候補は己を喰らうだけの大物たり得るか。それとも散々に食べ飽きた乙級名物程度か……。
「さぁ、最終面接と行こうか?」
腕ちゃん達の元ネタはひょっとしなくても霊王様の両腕だったりする