和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 此方ufo555さんより、葵様のカスタムオーダーメイドmodです。ダウンロード可能の模様。この方面は詳しくありませんがもしかして踊ったりしちゃうんですか……(衝撃)
https://www.pixiv.net/artworks/113703641


第一一章 外伝の内容が本編並みに厄介な場合もあるよねって件
第一五〇話●発情は突然に


 公家。あるいは公家衆……それは扶桑国における特権階級である。それこそ、退魔士家や武家以上の身分に当たる。

 

 源流はそれこそ扶桑国建国以前に遡る。扶桑国建国以前、各地に点在していた唯人の隠れ里。大規模な物でも千人や二千人其処らの集団……しかしながらそれは奴隷王朝を除けば、当時のこの島々の人間達にとって最大規模の社会集団であった。

 

 神々に、あるいは魑魅魍魎共、奴隷王朝の悪逆な圧政者達……怯えひれ伏し、隠れ忍び、時として生け贄を捧げて、それでも気分一つで滅びてしまいかねない脆弱な生き物。それが当時の唯人達という存在であった。

 

 危険を侵し、各地を行商紛いに旅する青年が、音頭を取り、人々を束ねて化物共を騙して、豊穣の大地を盗み取って見せた。そして建国された極東の唯人の国が扶桑国である。そして隠れ里の里長達は最初期の公家に任命された。

 

 時代が進み、扶桑国がその領域を広げ、人草を増やす中で地元を基盤としていた公家達は都に移り住むようになり、分家が別けられて、あるいは外部の集団を取り込み新たに新興の家々も建てられた。古き家は特に殿上人の血筋として尊ばれた。

 

 長きに渡る特権は腐敗を促した。あるいはその支配への不満を噴出させた。しかしながら公家にとって最大の武器はその陰険な政治力であり、人の感情の機微を利用した謀略である。

 

 過去幾度か試された退魔士家や武家の反乱は、分断と相互不信、仲間割れの果てに鎮圧された。寧ろ公家の権限は拡大された程である。それこそ、朝廷の頂点に君臨する帝すらも、何時しか傀儡に近い扱いとされる程に……。

 

 ……栄光の中にあるように見える公家も全てがそうではない。公家の数が増えれば格差は生まれる。謀略は身内にも向かう。権力闘争は世の常だ。あるいはそれ以前の理由によって立場を追われる事もある。

 

 彼女にとって、葛姫にとって家は意識が明瞭とした時には傾いていた。傾いても尚、誰も何もしなかった。胡座を掻いていた。

 

 先代の宮廷闘争に敗れた美芳家は下級の公家であり、元々家計は宜しくはなかった。地方に有する荘園は小さく、本来ならば宮中に出仕して俸禄を得るか、あるいは技芸の教師として報酬を得るかせねばならぬ筈だった。

 

 父でもある当代の当主は放蕩者であり、怠け者であり、常に愛妾を侍らせて泥酔していた。宮中に出仕することは家の誇りを理由に拒絶して、教師となる事も卑しい武家や退魔士家や商人相手に出来るかと拒む。

 

 その癖公家らしい生活は改めず、ジリジリと先祖が貯蓄していた資産を切り売りしていき屋敷の宝物は次第に目減りしていく。五歳の頃には蔵は空になっていて、十歳の頃には荘園は全て売り払っていた。

 

 限界はいつか訪れるものだ。雑人共女中共は家を捨て、ヒソヒソと他所に仕える事を相談し合う。余りの素行の悪さから典礼省からは遂に身分を剥奪されて、左大臣からすら援助を絶ち切られた。散財する上に要らぬ事ばかり囁く妾は気づけば何処ぞにとんずらしていた。

 

 気付いたら売られていた。がらんどうの屋敷、夜逃げした父、残された娘。借金取り連中に無理矢理に連行された。

 

 待ち受ける屈辱は分かっていた。自裁すら覚悟したが拘束されてそれは果たされなかった。元公家の娘という商標と共に売りに出された。地主や遊郭の旦那共に無遠慮に値踏みされて、品定めされて……買い取られたのは年下の豪商の娘だった。

 

 欠片も安心出来なかった。品質の見極めは男共以上に厳格で容赦なかった。顔立ちを見比べられて、歯並びを検分されて、装束を剥がされて身体を観察されて、挙げ句には純潔まで確認させられた。唯の女中を買うだけならばこんなに吟味はしない。

 

 いや、確かに女中ではあったのだろう。客人に対する『接待』の意味合いがより広いだけの事で……連れていかれた屋敷は中々の豪邸だった。それこそ己の生まれ育った屋敷よりずっと大きく、ずっと豪奢だった。働く女中共の数もまた同様に。

 

 御同類達が手当たり次第ではなく拘り抜いて厳選されているのは一目で分かった。己が此処に迎え入れられるに足る一級品なのだと理解して、優越感を抱くと共に惨めにもなった。

 

 結局は同じなのだ。外面を飾り立てても所詮は同じだった。己は搾取される存在だ。遊女共と変わらない。檻の中で、欲望のままに弄ばれるだけの穢らわしい玩具なのだ。

 

 だから、だから……。

 

「ひっ……!?」

 

 薄暗い廊下。背後からの気配に葛は振り向いた。此方にゆっくりと迫る巨影。足が震える。滲み寄る邪気が肌を刺す。

 

 己に待ち受ける運命が嫌で、嫌で、嫌だった。己の運命を切り開けるのは己だけで、だから探した。逃げ道を。警備の確認に来たという専門家の訪問に託つけて、同じく逃亡を望む者達と行動を起こした。

 

 屋敷の建て替えに際して閉じられたという地下迷宮に足を踏み入れたのは大工や用心棒共の話に聞き耳していたから。魑魅魍魎が残滓が残っているからと、広過ぎる故にその清掃は後回しにするという話を聞いていた。金品を持ち出して、入り込んだ。所詮は残り滓と、走って逃げれば大丈夫だと甘く見て。

 

 本当に、本当に、甘く見すぎていた。残滓の雑魚ばかり……それはあくまでも用心棒共の基準であったのに。

 

 傘の化物に驚かされて、散り散りになってしまって、暗闇の中で逃げ続けた。化物共から身を隠して、必死に出口を探して、そして、追われた。逃げた。逃げた。逃げ続けた。汗だくになる迄。草鞋の紐が千切れるまで。

 

 ……そして、袋小路に追い込まれた。

 

「あ、ぅあ……!?」

 

 暗闇からその輪郭が浮かび上がる。肥満体。脂ぎった巨大な頭。たるんだ頬と目蓋。毛深い醜男の顔面はそれ自体が胴体で、異様に長い手足が生えていた。常に笑みを湛える姿は寧ろ恐ろしかった。股部から生える異形の肉塊が蠢く様が、何よりも恐怖を覚えさせた。

 

『五体面』……巨大な頭が胴体となって手足を生やした妖。中妖としては最下位にあるそれは、腕力こそ相応のものがあるが大した権能がある訳でもない。頭に比して知能がある訳でもない。モグリの退魔士であれば確実に、下人でも数人で挑めば十分以上に勝ち目のある雑魚である。

 

 小娘にとっては、勝ち目なぞ欠片もない化物だ。

 

「い、いやぁ……!?」

 

 その場に頽れる。打ち震える。書物でしか知らぬ異形の怪物。それを直に見て怯え尽くす。理外の存在を見ての、当然の反応だった。

 

『イヒヒヒヒッ!!ヒヒッ!!ヒヒヒヒヒッ!!』

 

 下卑た高笑い。涎を垂らして走り寄って来る。いっそ滑稽な走り方は、しかしそれでも葛にとっては死神の足音だった。数瞬後に訪れる絶望を確信して嗚咽を漏らす事も忘れた。沈黙の中に涙を流す……。

 

『イヒヒヒヒヒ!!ヒヒヒヒッー!!』

 

 迫る死。刹那に走馬灯が流れて、己が生まれた意味を自問していた。誰にも大切にされず、誰にも愛される事のなかった事を認めた。無意味で無価値だった常世での短い生涯を思って、思わず嘆息した。諦念の吐息だった。

 

 目と鼻の先まで怪物は来ていた。詰まらぬ一生の、その終わりは直ぐ其処に。絶望の泣き笑い。そして、そうして…………肉塊は豪快に吹き飛んだ。

 

「ふぇ……?」

 

 毬玉のように跳ねて跳ねて、跳ね飛んで壁に突っ込んだ化物。唖然として、直ぐにその存在を認めて身構えて、そして呆然と見上げていた。

 

「五人目……これで全部だな!?全く、接待どころじゃねぇ!よくもまぁ世話を焼かせてくれるもんだな、小娘共め!!」

 

 槍を肩に担いで、此方に向けて呆れたように言い捨てるのは面を嵌めた黒装束。叫ぶのは詰るような物言い。

 

「あ、ぅぁ……」

 

 同時に、声音には確かに焦燥から来る息の乱れがあって、確かに安堵の感情があって、確かに自分の身を案じていて……。

 

「ゔゔゔ……」

「あ?おいおい、泣くんじゃねぇ!?糞、何処か怪我したか……!?」

 

 何の背景も、何の経緯も、何者なのかも分からずとも、今はただその事が嬉しくて、元公家の少女は情けなく泣き腫らす。

 

「ゔゔゔゔっ゙……!!」

 

 己のために誰かが命を懸けて来てくれた事に、ひたすら泣きじゃくったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 それはまさに青天の霹靂だった。

 

 扶桑国央土都を囲む山脈が一つ、多田羅山。その天辺に建てられていた旧薬師寺家邸宅。長年打ち捨てられていたその屋敷は、しかし取り壊された上物は飾りに過ぎない。その退魔士家邸宅としての機能の中枢は地下に存在する。薬師寺家秘伝の、失伝した秘薬秘書、研究成果の実験場にして保管庫……。

 

 原作のゲームではサブミッションなダンジョンとして侵入可能で、この世界線においては建て替え工事に際して橘家が依頼した退魔士連中によって大方清掃された。

 

 関街の一件が一応収拾されての上洛。都に到着した次の日に俺はその屋敷に赴いた。以前橘のご令嬢から依頼された屋敷の訪問、警備体制の確認。それに託けた屋敷の案内と持て成し……もう少し引き伸ばされるかと思った認可はすんなり下りて、警備の用心棒らの怪訝な視線を受けながら衛門を潜って敷地に足を踏み入れる。踏み入れて、ひたすらに山道を登り続けた。

 

 途上で幾つか防犯用の仕掛けを確認して、状況や改善点を書き起こして、漸く屋敷の本殿まで辿り着いた。辿り着いて、いきなり騒動に巻き込まれた。

 

 取り敢えず地下から地上にまで上がって屋敷の者達を慌てさせた唐笠お化け(下位小妖)を秒殺した。その後にその傘妖怪に追われて地上まで逃げ帰った女中から話を聞いて俺は地下に降りた。降りて、そのまま出入口は塞いで貰った。

 

 退路を絶ったのは他の化物が上がるのを防ぐためで、警備の用心棒や男手が来るまで待たなかったのは地下に迷いこんだ者達を一刻も早く助ける必要があったためだ。

 

 無論、帰るための策は用意していた。このような迷宮でのお約束、アリアドネの糸である。紐の束を用意して、それを垂らして道標とする。回収しなければならぬ不明者は五人。幸運にも全員を生きたまま、五体満足で見つけ出した。そしてもと来た道を引き返そうとして……。

 

「案の定、だな」

 

 紐を伝って行った道を遡っていた俺は呟く。眼前にあるのは切れた糸。いや、正確には糸の燃え滓。恐らくは侵入者対策の呪術的防護策の一種……。

 

「仕事が雑かよ。それくらい解除してくれよ」

 

 内部に蔓延る罠やら改造・式化したのも含めた妖共も付せて、俺はこの山の清掃した退魔士連中に嘆息気味に愚痴った。いや、確か封印処理してたのを思えば中に入るのがそもそもの間違いなのだが……。

 

 地下の入口の封印は確かに厳重だった。大妖が内側から突貫してきても耐えきるだろう。故の内部の処理の雑さか……残念ながら封印の外から開けて来るのは想定外だったらしい。あからさまに封印されてるからね、当然だね。

 

「妖共をなめてた……そうだな?」

「……」

 

 俺は傍らの小娘共を一瞥して確認する。歳の程は下は十に達してるか怪しくて、上でも十五になっていないだろう。ある者は俯き、ある者は目を逸らして、あるいは怯えて、涙目でひくひくと啜り泣く。図星であり、正解だった。

 

「発起人はお前さんだな?全く、呆れたもんだ。今まで幼妖だって見た事ないんだろう?無茶してくれる」

 

 一際縮こまる元公家生まれらしい年長の少女に一言小言。そうでなくてもこの無謀な冒険に出た連中は全員央土出身だとか。四方の土と違い、山林の雑魚妖怪すらも粗方掃討されている央土は、妖と一度も出会さずに一生を終える者も少なくないという。

 

「ご、めんな……さぃ……」

 

 殆んど消え入りそうな声で、葛という名の娘は呟いた。謝罪であった。小声なのは渋々というよりも恐怖からのものに思えた。数人のお仲間がそんな彼女に抱き着き、傍らに寄って、不安げに此方を見上げる。

 

 ……どうやらこの娘、意外と人望はあるらしい。

 

「……謝罪なら、俺じゃなく御主人様に言う事だな。こちとら、仕事で来ただけだからな。それっ!!」

「えっ、きゃっ!!?」

「ひゃっ!!?」

 

 取り敢えず跳躍。突撃。携える槍で闇の中から此方に向けて飛びかかって来た妖共を直後に数体切り捨てる。撫で斬りである。全て幼妖、雑魚だった。悲鳴が上がったのは突然なのもあるがそれ以上に化物のビジュアルによるものと思われた。何せ全部蟲妖怪、地面に倒れても尚も痙攣して足を動かしていた。取り敢えず俺は槍にこびりついた体液を払う。

 

「こ、これ……」

「餌が集まれば猛獣も集まるものってな。寧ろ、お前ら良くこれまで無事だったもんだな?……おい」

 

 俺の殺気を込めた呼びかけに全員が此方をさっと見上げる。互いに抱き締め合って怯えながら注目する。それは俺の狙い通りだった。彼女らのためにも真剣に聞かせる必要があった。

 

「絶対に離れるな。互いに手を掴んでいろ。静かにするんだ。大した連中はいないが俺一人だと全員無傷で帰還させられるか分からん。……分かったな?」

 

 厳しく厳しく、念入りに警告する。コクコクと一同に青い顔になっての頷きの返事。土壇場で恐慌する可能性を思うと信用は出来ないが……まぁ、一言も何も言わぬよりは効果はあると信じたい。

 

 ヤラカしたとは言え、相手は子供だ。馬鹿野郎連中だが悪人という訳ではないのだから。

 

「それじゃあ行くぞ。……どうした?」

 

 先頭で暗闇の中を進もうとして、袖を掴まれて振り向いた。回収した中で最年少の小娘が不安げに此方を見上げる。見上げながら袖を何度も引っ張って口を動かす。

 

「あ、あの……にぃ。おなまえ?」

 

 舌足らずでの質問。周囲が慌てて止めようとするのを静止して、俺は今更に気が付いた。己がこいつらに何の名乗りもしてなかった事に。

 

(そりゃあ、確かに問題だな)

 

 自己紹介無しは流石に凄く失礼だった事を認めて、その必要性もあって、俺は少女の問い掛けに答えた。

 

「家人扱下人。名は伴部。呼び捨てで構わん。……まぁ、短い間だが宜しく頼むぞ?」

 

 本当に端的に、俺は自身の仮名を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湿って黴臭い廊下の奥の暗闇から、屋根から、足下の床から、横合いの障子土壁から、出てくる出てくる改造妖共。退魔士基準ではどれもこれも取るに足らぬ雑魚である。練度が高ければ下人でも単独で対応可能だろう。実際、俺はアンブッシュ仕掛けるのを作業的に槍で薙ぎ払う。薙ぎ払いながら、黙々と回廊の奥を行く。

 

「意外と、数があるな」

 

 前回やって来た連中からすれば出入口の封印の強度もあって後から掃討すれば良いと捨て置いたのだろう。あるいは地下の薬や書の確保こそ優先したか。悪徳業者ではないのだろうが……もう少し勤勉に仕事して欲しかったなぁ。

 

「其処動くな!!」

「えっ……!!?」

 

 気配を即座に察知しての最後尾の糞餓鬼に警告。苦無の投擲。その頬を掠めぬギリギリを通り過ぎて背後から迫る妖の頭蓋を打ち砕く。弱い連中から襲うのも妖のお約束だった。

 

「……」

「……よし。この辺りは粗方片付けたな。行くぞ」

 

 己が食われる寸前だったのを理解してか呆然とする少女に対して、俺は呼び掛ける。お仲間連中にも諭されて、漸く足を動かした。暗闇の中でコツコツと鳴り響く足音……。

 

(隠行しろ、とは言えんからな……)

 

 訓練も受けていない子供が足音を隠すのも、呼吸音を立てぬのも、ましてや気配を消すのなんて不可能だった。加えるならば女の子供で霊力以外は役満だ。回収するまでに一人も喰われてなかったのが奇跡に等しい。

 

 故に諦めて、自身の霊力を敢えて晒け出して餌としていた。問題はそれでも餓鬼優先してくる化物も少なくない事か……。

 

「……」

「何だ?どうかしたか?」

 

 幾度も襖を、障子を開き、廊下を曲がり、進んでいると、先頭で袖を掴んでいた公家娘が引っ張って合図をしてきた。振り向いて尋ねると、彼女もまた振り返って己の背後の仲間に目配せする。どうやら呼び掛けは二番目の者からのものらしい。

 

「あの。その……この道で大丈夫、なんですか?糸も切れてたのに……出口は、あるんですか?」

 

 疲労と不安を滲ませての囁き声。残る連中が賛同するように此方を見る。どうやら、俺が適当にこの迷路をさ迷っているのではないかと邪推したらしい。疲れ具合を見るに休憩もしたそうに見えた。

 

「出口、か。その点については安心しろ。入口には戻れんがちゃんと出口については見当はついている。あとは酉と巳だ」

「酉と、巳……?」

 

 俺の言葉に困惑するように首を傾げる餓鬼連中。どうやら俺が何を見てこれまで進んでいたのか分かってなかったらしい。

 

「それはだな……待て、静かに」 

 

 その気配を察知して俺は合図を送った。餓鬼連中を黙らせて、耳を澄ます。暗闇に潜む、邪気を警戒する……。

 

「……」

 

 沈黙。沈黙。沈黙……向こうから、何か来る……?

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……五、六か。それと……」

 

 背後をちらりと見る。此方は八といった所か。どうやら挟まれたらしい。正面から気を引いてから背後を脅かすといった所か?俺一人ならばどうにでもなるが……。

 

「っ?どうし……っ!?」

『ソデ、チョウダ……』

 

 思考の途上で掴まれた袖に反応して振り向いて、即座に袖を裂いた。相手が話し終える前に破り捨てていた。

 

 袖を掴む者は糞餓鬼共ではなかった。人ですらなかった。笑う地蔵だった。袖捥ぎの、地蔵。

 

「散れや、ワレェ!?」

『ソデ、ワァ、ソデ、オソデ……オゾ、イギィ!?』

 

 破いた袖を貪る所に顔面から最大強化した槍の刺突で頭部を粉砕する。何ならそのまま吹き飛んで暗闇の奥に消えていく。

 

「な、何今の……!?」

「袖捥ぎ様だよ!!」

 

 驚愕する餓鬼の叫びに俺は答えた。『袖捥ぎ様』、精霊的性格を持つその妖の性質は袖に連なる概念攻撃だ。

 

 一度、問い掛けに応じて袖を差し出さなければ相手を転がす。二度、袖を寄こさなければ相手を痙攣させて、三度目には相手を失神させる。地蔵と贄さえあれば儀式で製作出来るそのお手軽さから退魔士家においては一家に一柱養殖される人造の路傍神。

 

 ……因みに一度仕掛けた相手には二度と仕掛けられない縛りがあるものの、俺には保護するべき対象がいたのでサーチアンドデストロイした。所詮は権能一芸特化の養殖品、付喪神に近いので祟りの心配もない。秒殺である。

 

 尤も……。

 

「流石に穂先が折れたな……!!」

 

 完全に穂が欠けた槍の先を見て舌打ち。一応地蔵という事もあって材料は石材、硬かった。良品の槍でも流石に厳しかったらしい。

 

「走るぞ!!」

「えっ!?きゃっ……!!?」

 

 俺は先頭の餓鬼の腕を強く掴んだ。掴んで走った。後続まで引き摺るように駆け抜ける。

 

「おら、くれてやる!!」

 

 正面を走りながらの槍の投擲。廊下の向こうから見計らったようにして現れた猿を貫通して壁に固定させる。その横を通り過ぎながら止めに首を苦無で掻っ切った。

 

 一番厄介そうな先頭は仕止めた。後は雑魚だった。蹴り殺して、殴り殺して、苦無を突き刺した後に引き抜いて投擲した。俺を無視して餓鬼共に迫っていたからだ。

 

「結局正面突破か!!」

 

 振り向き様に最後の一体を手刀で吹き飛ばす。足を再び動かす。走る。走る。走らせる……!!

 

「はぁ、はぁ、!?はぁ……!!?、ま、待って、もう!!?」

「我慢しろ!!走れ!!走るんだ!!!!ちぃ!!」

 

 体力と肺活量の問題から引率する餓鬼が走れる距離には限界があった。常に持ってて良かった煙玉と閃光玉を背後に放り投げる。背後から鳴り響く悲鳴。時間を稼ぐ。

 

「まさに迷路だな!!?」

 

 途中の廊下を右折して、左折して、横路に逸れて、障子を開いて進む。『迷い家』か、あるいは別途の呪いか何かで拡張されている空間……確か、清掃組は戻って来るのに三日掛かったのだったか?

 

 ……残念だな、俺はそんなに掛からんよ。

 

「こいつだ!!」

「わっ!?」

「急に止まらないでっ!!?」

 

 突き進む廊下の途上の障子で漸くそれを見つけて急停止。文句が漏れるが気にしない。それよりもずっと事は重要だった。

 

 視線を上げる。障子の上方、所謂欄間と呼ばれる装飾部。其処に記された埃を被った紋様こそがこの迷宮の道標。

 

 動物が鮮やかに彫り象られた欄間。五人の回収を終えた俺はずっとそれを意識していた。最初に見つけたのは子で、次に丑、三番目は未……十二支の動物だけを重複なく、薬師の仏を守護する武神を象徴する動物を選んで障子を開いていた。そしてこれはその十一番目。酉の造形で刻まれた木彫り欄間!!

 

「入るぞ!!」

 

 勢い良く障子を開く。その先には何もいない。餓鬼連中を先に入れて、最後に俺は入って障子を引いた。眼前にいたのは恐らく中妖級の改造妖。轟きながら此方に突貫していた。

 

「あばよ」

 

 障子が閉まった。轟きが止んだ。静寂が辺りに満ちた。障子の向こうに気配はない。静かだ。もう一度開けてしまったら重複して振り出しに戻るのでしないが、恐らく次に障子を開いたら向こう側は別の廊下に繋がっている事だろう。

 

「正攻法で探していたら延々に迷うって訳だな」

 

 肩を竦めて俺はぼやく。それは時間稼ぎの小手先の罠。三人に一人は一日もさ迷っていれば仕掛けに気付くような代物だ。悪質な『迷い家』に迷うよりはずっとイージーな迷宮である。

 

「さて、最後は巳か……大丈夫か?進めるか?」

「~~~!!」

 

 ぜいぜいと、肩で息をする小娘共に尋ねる。息切れした赤ら顔で首は全員横に勢い良く振られる。正直な事だった。少し、休憩が必要か……。

 

「暫くは休んでいい。……そうだな。此れくらいしかないが我慢しろよ?」

 

 差し出すのは竹の水筒、そして巾着袋。巾着の方には栄養摂取のために薬草汁等を混ぜ込んだ飴が入っている。保存食であった。常備携帯を心掛けている装備だ。

 

「順番に、一人だけ多く飲んだりはするなよ。飴は水の後にしろ。喉が詰まるぞ」

「……にぃは?」

 

 年少の小娘の一人が尋ねた。にぃって何だよ。にぃって。お前の兄貴になった覚えはない。家族を増やすな。

 

「この程度問題ない。……いいから飲め」

 

 突っ込みは胸に納めて、適当にあしらう。全員仲良く飲み終えたのを確認して、皆が落ち着いたのを確認すると脱出のための探索を再開した。

 

 探す。探す。巳を探す。

 

「こいつじゃない。こいつでもない……」

「あれは?」

「違うな。ありゃあ蚯蚓だ」

「あれはー?」

「良く見ろ。小さく手足がある。蛇足でなきゃあ蜥蜴だ」

 

 見つけたのは引っ掛け問題みたいな彫刻ばかり。意図的ですらあった。これまで探した他の動物の欄間はもっと分かりやすい筈だった。

 

「となれば……」

 

 俺は廊下両脇の障子を全て無視する。突き進む。そして……。

 

「あっ」

「やはりな」

 

 見つける。廊下の最奥の障子を。そして見出だす。巳を彫った見事な欄間を。

 

「……ん?」

 

 同時に俺はそのこれまでとの違いに気が付いた。直ぐに足を止めて距離を取る。それを確認する。何か、飾られている?こいつは……。

 

「っ!!?手負い蛇か!性格悪ぃぞ!?」

 

 気付いた時には手遅れだった。障子の上に掲げられていた串刺しの蛇の木乃伊を見て舌打ち。木乃伊の首がグリッと此方を向いた。乾いた音を響かせながら脱皮すると明らかにその皮に収まらぬ瑞々しい巨体で以て復活する。

 

『シャアアァァァァッ!!』

 

 細長い舌を伸ばし、八つ当たり気味に喚きたてて突貫して来た。手負い蛇の呪い。恐れを糧に、恐れた者に襲いかかる。糞っ垂れが!?

 

「畜生!!やりゃあいいんだろ!?やれば!!」

 

 引き抜くのは短刀。黒染の霊刀、『悪帰守丸』である。構える。相手の顎の迫る射線を見据える。そして疾走する。それで十分だった。

 

 固定していた短刀向けて、真っ正面から飛びかかった蛇は顎から食い込んだ刃によって鰻宜しく腹開きになった。赤い血飛沫を撒き散らす。撒き散らして、尚も半分になった身体で以て背後の餓鬼連中向けて襲いかかる!!

 

「ひっ!?」

「あぁ、成る程そっちかよ!!」

 

 唖然とする餓鬼連中とは違って、俺は納得した。元より狙いは俺ではなかったのだ。そりゃあ女子の餓鬼が蛇好きなんてパターンは一般的じゃねぇもんなぁ!!?

 

「間に、合わせる!!」

 

 踵を返して、跳躍。足に意識を集中させる。妖気を込めた。脚部に限定させた、一瞬だけの異形化……それで俺は追い付けた。

 

 短刀を振るった。首を落とした。それでも足りぬならと身体までぶつ切りにした。それで始末は終えた。ゼリー寄せに出来そうだった。

 

「怪我は……ねぇな?」

「は、はぃ……」

 

 半分の首だけになっても尚もしつこく動き出そうとしていた蛇の頭を踏み潰して、俺は確認した。振り向けば何度目だろうか、互いに抱き合って怯え尽くす問題児連中。小さく消え入りそうな声で答える。人外を見るような視線……それは正しくて、誤りだった。

 

 ……確かにこの皮を剥いだら俺は間違いなく化物で、しかしこの程度の立ち回りならば平均的な退魔士はやって見せるだろうから。

 

「……そうか。行くぞ。恐らく出口は近い」

 

 俺は彼女らに若干高圧的に移動を命じた。手負い蛇の呪いのような凝った仕掛けが設けられていた事を思えば俺の推測はほぼ間違いなかった。

 

 警戒しながら俺は短刀を構えて障子の前に立った。簡易な機械仕掛けの罠がないか確認する。問題無さそうだった。尤も……。

 

「……開けた途端、最後に何かデカいのが来るかも知れん。腹を括れよ?」

 

 俺が振り向いて警告する。小娘連中は一様に頷いた。何処まで想定しているか知れんが……まぁ、その意志は尊重しようかね?

 

「……よし、行くぞ!」

 

 数瞬の逡巡。覚悟を決める。全てを先頭として切り開く覚悟だった。息を呑んだ。手を伸ばす。そして……勢い良く障子を開く!

 

「警戒!!」

 

 足を踏み入れた。周囲を見渡す。廊下だった。廊下の、一本道が続く。静寂。静粛。何もない。何も……。

 

「「「「「…………」」」」」

「おい止めろ。そんな目で見るな」

 

 出口を期待していたのだろう。あるいは何か壮大な何かが待ち構えていたのだろう。肩透かしさせられたと俺を見て来やがった小娘共。俺は弁明する。おい待て待て。まだだ。まだ判断するのは早すぎるだろうが。まだ終わらんよ。

 

「それ、行くぞ。まぁ、見てろって……」

 

 空気を誤魔化しての再度の行進再開の宣言。渋々と、小娘共はそれに付き従う。

 

 どれ程進んだか?途中から廊下の両脇には廊下棚があって、みっちりと詰められるのは小さな仏像の数々……餓鬼仏像である。苦悩と飢えに苦しむ造形は悪趣味で、空気の埃っぽさと黴臭さも相まって進む者を不快にさせる。実際小娘共も不安と不満を綯い交ぜにしていた。

 

 進む。進む。進む。……これ迄とは違い、妖の類いは皆無だった。足下が妙にじゃりつくのは不可解だったが、それだけだった。何もない。ただ廊下が続き……漸く、その大部屋に辿り着いた。

 

「こいつは……」

 

 視界に映るそれを、俺は思わず見上げていた。

 

 内飾はまるで荘厳な仏殿のようで、事実中央に鎮座するのは象の如き巨体の如来坐像であった。銅を剥き出しにした錆び付いた古い座像……周囲を見れば俺達が現れた通路を含めて大部屋には十二の通路があった。どうやら、どの干支をトリに選んでも最終的に此処に導かれる仕様らしい。

 

「これは……どういう事?」

 

 暫しの沈黙の後、小娘らの誰かが思わず困惑し切って呟いた。

 

「出口は?」

「他の通路に行けばいいのかしら?」

 

 少女らは囁くように互いに相談する。何をどうすれば良いか分からないらしい。この部屋をどのように解釈するか戸惑っていた。俺は違った。俺は、次に為すべき事を理解していた。

 

「……少し待っていろ」

 

 座像の前で警告、そして俺は両手を重ねて座像に一礼する。そして……よじ登った。

 

「えぇっ……!?」

「罰、当たりますよ!?」

 

 小娘共がわりと本気で慌てて俺の行為を咎めて、制止する。信心深くてご苦労。その反応もきっと仕掛け人の想定内である。前もって礼はしたからセーフセーフである。

 

「そういう事で登り切る!」

 

 形ばかりの謝罪をしながら、容赦なく俺は座像を登った。登り切った。仏の登頂で立つ。周囲を見渡す。そして、天井を見る。

 

「……意外と高い、か?」

 

 必死に天井に片手を伸ばす。足と今一方の手で支えながらかなり無茶な姿勢で背を伸ばして天井に触れる。ペタペタペタペタと触れて、押していく。それを見出だす。

 

「こいつか!」 

 

 ぐらつく天井の木材の一枚。それを勢い良く押し出した。吹き飛んだ。光が差し込んだ。ビンゴ!!俺は跳ねて吊り上がる。上半身だけ、光の向こう側へと乗り上げる。

 

「よし、問題ない。間違いなく外だ」

 

 身を乗り出して周囲を見渡して、出口の先に今更に罠がない事を確認した。性格が悪い退魔士ならやりかねない事だったが……流石にサブミッションステージ、流石に其処まで悪質ではなかった。有情である。一旦戻る。

 

「一人ずつ、揚げて行くぞ。上に上がっても油断はするな。周囲は警戒しておけ」

 

 上で見た外の光景は山林だった。一見する限り植生からして何処か遠くにワープしている事はないとは思う。多田羅山の何処かであろう。……それでも一応、念は入れておく。

 

「よし、先ずはお前からだ。来い」

 

 如来坐像から降りると、餓鬼連中の中では中間程の年頃の娘に呼び掛けた。澪……だったか?呼びかけに仲間を見渡した後、おどおどと寄って来る。

 

「しっかりと掴まれよ?」

 

 そういって俺は腰を掴んで持ち上げる。片腕で抱っこする。上を向く。

 

「……まるで、蜘蛛の糸か」

「え?」

「此方の話だよ。気にするな」

 

 此方を見て首を傾げる餓鬼にそう言い捨てた。暗い室内。座像。そして一筋の外の光を見ての、ふとした独り言だった。誤魔化したのはとある懸念……いや、まさかな?

 

「行くか」

 

 そして再び坐像を登っていく。頭頂部まで辿り着けば腕に乗せる。腕を上げて天井上まで上げる。外に上がらせる。限界まで腕を伸ばしても尚もギリギリで、少女は這うようにしてよじ登って……どうにか外へと脱出する。

 

「さて、次だ。ぱっぱとやるぞ?」

 

 座像の足元に降りて恥ずかしげな二人目、そして生真面目そうな三人目、最年少な元気な四人目がはしゃぐのを無視して抱っこして座像の上で先行していた連中に引き上げさせる。そして、五人目……。

 

「ほれ、最後だ。来い」

「私も……?」

「他に誰がいるってんだよ」

 

 気まずげにしていた最年長の企ての首謀者に向けて俺は言い放つ。手招きしてさっさと来いと催促する。

 

「いいの?」

「全員回収が俺の仕事だ。……早く来い」

「……うん」

 

 そしてトテトテと此方へと向かう小娘。俺は手を伸ばして……跳躍して拳を振るう!!

 

「伏せってろ!!」

「きゃあ!!?」

 

 無理矢理葛の頭を下げさせて、闇の中から飛び出した影を殴り飛ばす。

 

『ギッ、ギ、キ……!!』

「な、何なの……!?」

 

 吹き飛ばされた矮小な人影が唸る。黄色い眼光が黒の中で妖しく輝く。俺は葛を背にして身構える

 

「餓鬼餓鬼言ってたからか?本物が出てきたな……!!」

 

 それは文字通りの意味での『餓鬼』だった。飢えた鬼で餓鬼。正確には純粋な鬼とは似て非なる紛い物。鬼を模した悪霊の類い。

 

 処した罪人を材料とした、生きた骸。

 

『シャアァ!!』

「失せろ!!」

 

 飛びかかって来た餓鬼を今度は蹴り飛ばす。霊力で強化した蹴り故に愉快なまでに飛んでいく。暗闇の中に消えていく。

 

 ……暗闇の中で肉が裂ける音が漏れる。骨が折れる音が漏れる。悲鳴が響く。遅れて四方八方から漂い始める腐臭。暗闇の中で蠢く無数の影。

 

 ……おいおい待てよ。こりょあまさか!!

 

「あぁ、あの趣味悪い像はそういう事かよ!?」

 

 この大部屋の通路上に並べられていた餓鬼像を思い出した。

 

 暗闇の中から何百という餓鬼が現れた。三六〇度、全周囲から、恐らくは一二の通路全てから。飾られていた餓鬼像の内から、土塊の外郭を叩き割って!!

 

「ひっ……!!?」

「葛、掴まれ!!」

 

 葛を抱いて、俺は座像をよじ登った。背後から一斉に鳴り響く餓鬼の悲鳴。

 

「っ!?素早い!!?」

 

 多種多様な醜い造形の怪物共の内、何体かは猿のように俊敏に跳ねて、あっという間に俺達の元まで来る。牙と爪を立てて迫り来る。裏拳で吹き飛ばした。短刀で切り伏せた。よじ登る。よじ登る。だが……。

 

「間に合わねぇ!!?」

 

 余りにも早すぎた。素早すぎた。気付いた時にはもう足に掴みかかって来ていた。横合いから来る連中を殴り落とす。

 

「ひっ!!?」

「臭い息するんじゃねぇ!!」

 

 餓鬼の一体が葛の腕を掴む。顎を開く。虫歯だらけの汚い歯並び。悪臭。その口に拳を叩き込んだ。歯が豪快に砕けて悶えた。殴って転落させる。

 

「葛っ……!?」

 

 天井からの悲鳴。上を見る。此方を見下ろす小娘連中。周囲を見る。俺は決心する。一度成功したのだ。行ける筈だ……!!

 

「葛ぁ、腰折るなよ!!?」

「何を……きゃあ!!?」

 

 彼女が最後まで言い切る前に俺は実行した。葛を放り投げた。直上向けて、全力で。少女の悲鳴が上がる。光の差す方向へ突っ込んで、その向こう側へと消えていく。

 

「上手く行ったな……!!」

『キキキ!!』

『キッキッ!!』

『シャアァァァ!!』

 

 全周囲から餓鬼に群がれる中で、俺は不敵に嗤った。諦念ではなく、勝利を確信して。

 

「これで、手加減は無しだ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁっ!!?痛っ!?うう……!?」

「葛!?」

「大丈夫!?怪我は!!?」

 

 夕焼け空の地上に放り投げられた葛。尻餅して着地して、臀部を押さえる。駆け寄って来た仲間達に涙目で頷いて、いきなりの事に文句を言おうとして、直前の事を思い出す。

 

「嘘っ!?」

 

 己を放り投げたあの青年がどうなったのかを理解して、葛は罪悪感と恐怖で顔を真っ青にする。

 

「嘘、嘘嘘っ!!?」

 

 血相を変えて、葛は立ち上がる。ふらつく足取りで己が飛び出した穴へと向かう。

 

「葛さん!?危ないわ!!」

「駄目!何が出てくるか……!?」

 

 静止せんとする逃亡仲間達。しかし葛は振り向いて反論する。

 

「だけど……助けないと!!あの人、見捨てるつもりなの!?」

 

 葛が訴えれば仲間達は口をつぐむ。彼女達とて葛の言に異論がある訳ではない。しかしながら、自分達に何が出来るというのか?彼女らの怯えた瞳はそう物語っていた。

 

「だからって、何もしないのは……っ!!?」

 

 葛は更に責め立てようとして、しかしその前に轟音が轟いた。火柱であった。蒼白い火柱が穴から立ち上がった。それは一瞬の事で、しかし遅れて彼女らの肌を撫でた熱風と焦げた匂いがその中にいた者達の運命を示唆していた。

 

「そんな……」

 

 葛は震える口元で呟いた。最悪の結末が脳裏に過って、今度こそ静止も聞かずに駆け寄り出す。他の者達も思わず続いていた。

 

「うっ……!?」

 

 穴の側まで来て、葛は袖で鼻を押さえる。肉の焼ける臭い。悪臭。死臭。それを本能的に忌避した。それでも、恐る恐ると彼女は穴の底を見ようとして向かい……。

 

「ひやっ!!?」

 

 穴に身を乗り出す前に出てきた影に転げた。何だったら背後にいた者達も幾人か同じく腰を抜かす。腰を抜かして、それを見上げた。

 

「……火を噴いた穴を覗く馬鹿がいるかよ。お前ら、もう少し危機管理しやがれ」

 

 焼け焦げた装束から覗くのは煤まみれの身体。それでも面だけは具えて、件の青年が姿を現した。呆れ果てた口調で、鋭い眼光で、しかし確か誰一人怪我していない事に安心するように温もりのある眼差しで、葛達を見下ろした。

 

「……あう」

 

 形容し難い感情と共に、少女の胎からは生臭い水音が零れていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

「ご免なさい。折角お呼びしたのに、まさかこのような騒動に巻き込んでしまうなんて……」

 

 別荘の一室で彼女は謝罪した。止血した俺の腕に包帯を巻いて蜂蜜色の頭を下げる。屋敷の主人、橘佳世の行為である。

 

 さもありなん。警備体制の確認を兼ねた屋敷の案内、そして持て成しの筈の席がいつの間にか化物共の巣くう地下での探検になったのだから。佳世からすれば様々な杜撰さを含めて恥を晒し尽くしたに他ならない。

 

 尤も、一年前ならば謝罪する相手は俺ではなく俺の飼い主連中であっただろうが。下人と家人扱下人の間にある立場の差は文面以上に大きかった。

 

 下人は允職だろうと下人、人の下。家人は家人、人であり、家臣であり、其処らの庶民以上の存在。家制度があれば尚更に。故に、家人扱いという文頭は重い。

 

 ……いや、この娘ならばそんなの関係なく同じように謝罪していたのだろうが。

 

「……いえ、問題ありません。それよりも間に合って良かったです」

 

 包帯を巻き終えた腕を動かしながら、俺は答える。事実だった。俺の傷は問題ない。だが馬鹿やった小娘共は一歩間違えていたら死んでいた。取り返しが付く事態で収まって幸いだった。

 

「むぅ。もう少しごねて頂いた方が立場的には助かるのですが……これだけ傷があったら、今更という事ですか?」

 

 燃えきった装束の代わりに貰った上着。それを着直そうとした腕を華奢な手で止められて、胸板近くに顔を寄せた令嬢は呟いた。吐息が当たる程に近付いて、じっと俺の身体を見て……。

 

「痛そう……」

 

 それは身震いするような視線、胸板の傷一つ一つに指で触れての甘くて冷たい囁き声……男を惑わす蠱惑の振舞い。

 

「まぁ。そういう仕事ですので……」

 

 俺は無難に答えた。そのまま半ば無理矢理に装束を着直す。雰囲気を淡々とぶち壊した。幸い、美人にも魅了の類いにも慣れて来ていた。

 

 あるいは、俺の思考と価値観が変質しているのか……何てな?

 

「折角の良い空気でしたのに」

「確かに山の上なので美味しい空気ですね」

「むー」

 

 俺の返しに佳世は若干不満げに頬を膨らませて、しかし直ぐに咳払いすると畏まった。

 

「……改めて、此度は御迷惑をお掛け致しました。この埋め合わせは誠心誠意行わせて頂きます。何か、お望みの物等は御座いますでしょうか?」

 

 正面で正座して、小さく会釈して佳世は尋ねた。まごう事なきあからさまな営業スマイルだった。少し怒らせたのかも知れない。

 

「それを私如きに聞きますか?」

「家人扱下人、それも当主直属の傍仕えともなれば、其くらいの権限はありますでしょう?」

「それは……」

 

 俺は否定しなかった。出来なかった。佳世の言葉は事実を突いていた。

 

「……確かに、何か申し出があれば後日報告にて自由に要望してよしと伺っております」

 

 それは実に曖昧で、明らかに試していた。此方の忠誠心と判断力を測るための実験……。

 

「では?」

「……そうですね。都に滞在中の鬼月家への情報収集と物資調達の便宜を頂ければと」

 

 口にしたのは何処までも無難な要望。下手な事を口にすれば後から記憶を読まれた時が怖い。踏みいった事は言えなかった。

 

「詰まらないですね。もう少し御自身の要求を口にしても良いでしょうに」

「はは、鬼月の者でなければ正式な家人でもない新参の身、余り我欲に走っては周囲の不興を買いますよ」

 

 本命の理由ではないが事実でもあった。唯でさえ綱渡りの状況で、この上夫妻以外からのヘイトを追加で背負う訳にはいかなかった。あくまでも、一歩下がって鬼月家に対する忠誠を示さなければならなかった。

 

「そういうものですか。……男の嫉妬って見苦しいですよね?」

「御返答は差し控えさせて頂きます」

 

 雄弁は銀、沈黙は金。壁に耳あり障子に目ありである。他人の悪口はべらべら口にするものではない。足を掬われる。お願いだから機嫌を直して欲しい。

 

「別にもうそれについては怒ってませんよ。……あ、そうだ!折角ですし、今宵はお泊まりしませんか?」

「泊まり?」

「はい。そうそう、お気に召したのがいましたら幾人か見繕いもしますよ?」

 

 少女が可愛い顔で何気なく口にした提案の意味に、今度は俺が顔を歪めた。此処に来てから見てきた面を思い返して、俺は確認する。

 

「……別嬪さんが多いとは思いましたが、そういう『接待』用も兼ねてましたか」

 

 そりゃあ買われた連中ばかりだし、逃げようとする連中もいる筈だ。原作の佳世の設定を思えば中々エグい因果であった。

 

「?、珍しいお話ではないと思いますけど?」

「承知はしております。非難するつもりもありません」

 

 首を傾げて不思議そうな顔をする佳世に、俺は前置きする。そうだ。非難はしない。

 

 前世と今世は違う。そういう文化、風習、常識なのだろう。どの道、俺が何を言っても世界は変わりやしない。彼女が買わなくても別の買い主の下で似たような運命なのだろう。何なら遊郭に売られて磨り潰されるよりは幾分マシなのは間違いない。しかし……気持ちはまた別問題だし、一言も口にしなくてよい訳でもなかった。

 

「……此度のような事例があります。せめて酷使するのはお止め下さい。因果は廻りますよ」

「人を呪わば穴二つ、驕れる者久しからず、自因自果……承知しております。私も色々ありましたし」

「それは……」

 

 佳世の自虐した物言いに、俺は藪蛇だったと狼狽える。その様を見て、南蛮娘は陽気に笑った。

 

「別に気にしていないので大丈夫ですよ?……私としても同じ女として、彼女達にも幸せになって欲しいなぁとは思っています。無理矢理にそういう風に使うのは自重しますし、可能な限り辛くないように配慮するつもりです。あふたーけあ!の用意は万全です!」

「そう、ですか……」

 

 俺は佳世の言葉を取り敢えずは受け入れて、それ以上突っ込むのは止める。そも、あくまでも俺は部外者で彼女の買い物に一銭の金も出している身ではない。彼女に先程の言葉を口にさせただけで大それた行いだった。立場を考えて引き下がる。とは言え……。

 

「残念ながら予定もありますので泊まりは、流石に」

「それは残念ですね……」

 

 俺の返答に心から残念がる佳世。しかしながら商人はめげないし、徒では起きない。

 

「そうです!お泊まりはしないとしても、夕餉くらいは御馳走させて下さいな?」

「……実はもう用意しちゃってまして、ですか?」

「正解です!」

「……仕方ありませんね」

 

 流石にこれは応じる他なかった。食べ物は粗末には出来ない。飢えを知る身からすれば尚更に。

 

「ふふふふっ!!ではでは!!皆さん、早く運んで下さいな!!」

 

 勝利を勝ち取った佳世がパンパン!と手拍すれば、控えていたのであろう女中らが障子を開く。料理を抱えて参上する。恭しく礼をして、御膳を整えてくれた。洋風中華風にアレンジされたのだろう会席料理が並んで二人分。

 

「御隣、宜しいでしょうか?」

「拒否したらどうなりますか?」

「啼いちゃいます!」

「子供ですか」

 

 呆れるように突っ込んでから、実際まだ子供だと思い出して二重に呆れる。そして原作通りだと目の前のこの娘がこの歳で夜な夜な泣かされているのだと思って何とも言えなくなった。

 

「どうかなさいましたか?」

「……御酌、御願いしても?」

「勿論!」

 

 佳世の顔をマジマジと見ていたら尋ねられて、誤魔化すように酌を願う。ニコニコと笑顔で蜂蜜髪の娘は応じてくれた。傍らで、演奏が流れる。

 

 少なくとも、原作よりは彼女と彼女の周りはマシになった筈だった。それで今は良いと思った。

 

 俺の存在で、運命が良い方向に変わった数少ない事例だと、信じたかった。

 

「そうそう。では早速一つ。……御父様から聞いたお話なのですが、暗摩の霊山で一騒動ありそうだそうです」

 

 一杯、御猪口を呷り、その美味さに急ぎ二杯目を差し出した所で令嬢は囁いた。俺は視線を御猪口から佳世に移す。

 

「暗摩、ですか。あそこは確か……」

「はい。今の都には退魔士も武士も多く屯しております。もしかしたら……あり得るかと。値上げがある前に必要な代物は調達した方が良いかも知れませんね」

 

 噂話をするように、佳世は嘯く。俺はそれを神妙な表情を浮かべて逡巡した。暗摩、暗摩か。原作では……いや、しかし今更原作通りなんて事はあり得ないだろう。それは分かる。だが、どう対処する?

 

「……」

 

 二杯目の御猪口を呷り、俺は思い詰める。自分で受け入れていながら、目の前の御膳へ箸を伸ばす気分には中々なれなかった。困ったものだ。

 

「伴部さん?」

「……いえ。今のお話、中々興味深いものでした。有難う御座います。助かります」

 

 首を傾げて訝しむ佳世に向けて、俺は微笑んだ。微笑んで、鉢の一つに箸を伸ばす。折角の飯である。喰わぬ訳にはいかなかった。無理矢理にでも胃に落とす。

 

「……あぁ、そうです。舶来の品で良い食中酒があったんですよ!!」

 

 暫しの沈黙の後、そういって佳世が立ち上がった。背後に回り込む。棚を引く音がした。

 

「えぇと。どれでしたかね?あぁこれこれ……」

 

 暫く物音がして、背後に立つ気配。肩口から洋瓶を差し出される。客人にラベルを見せ付ける南蛮令嬢。上物の葡萄酒を、見せつける。

 

 ……同時に背中に白魚のような細指を当てて、文字を書き示す。

 

「どうです?ご一献?酒が違えばお箸も進むかも知れませんよ?……もう一本ありますし、其方はどうぞ御当主夫妻方にお渡し下さいませ?」

「……」

 

 明るい口調でアッケラカンと話しながら、細腕が視界に映らぬように這うようにして首に回された。艶めかしい所作で以て堅い胸板に文字を書き起こし、令嬢は己の意志と旗色を密かに示す。

 

「お気に召して下さいますでしょうか?」

「……善く善く、御厚意については御伝えさせて頂きましょう」

 

 耳元での甘えるような囁き声に、俺は努めて平静を装って答えた。

 

 突如として突きつけられた己の行為の因果を思って、しかしそれは胸中に仕舞い込んだ。

 

 振り向かなくて良かったと、心から思った……。 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 彼女は謹慎を命じられていた。地下で泥と埃と汗で汚れた身を清め、清潔な新しい装束を着こんだ。そして己に宛てがわれていた自室で、布団に潜りこんでいた。そうして……悶えていた。

 

「~゙~゙~゙!!?」

 

 折角の新しい寝間着に汗をびっしょりと滲ませて、荒い息で、喘ぐ声音は流石に圧し殺す。ヒューヒューと呼吸が抜ける。達する。頭の中で全てが弾けた。痙攣、硬直、そして弛緩する……。

 

「ふぁぁ……」

 

 初めての感覚に、浮遊感と充足感に酔いしれた。同時に遅れてやってくるのは虚しさと悲しみであった。

 

 殆んど本能的に行った初めての慰め。その相手はこの場にはいない。枕を抱いてその事実を耐え忍んだ。内股に沈めていた指を引き抜く。湿ったままに己の装束に忍びこませる。己の胸元を摘まんで、揉みしだいて、捏ね繰った。

 

「んっ、はぁ……」 

 

 思う。思う。思う。ひたすらに、顔も知らぬあの人の事を思う。

 

 焼け焦げた装束から覗いていた肉体は見たことないくらいに傷だらけで、同じく見た事ないくらいに堅く鍛え抜かれていた。触れたらきっと鉄のようなのだろう。腕力はきっと、自分では少しも抵抗出来ないに違いない。

 

「はぁ、んん……!」

 

 鍛えていたのだ。きっと汗だって沢山流す筈だ。抱き潰されたら、きっと匂いで満たされて溺れてしまう。

 

「はぅ……駄目……」

 

 ぶっきら棒で、けど言葉の隅に確かに優しさが感じられて、意外と教養も悪くないように思われた。何よりも、強かった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 おぞましい怪物共の前に立ち塞がって、千切っては投げるを繰り返す様はこれ迄見てきた誰よりも格好良くて、己を放り投げた時の覚悟に絆されてしまって、業火の中から姿を現した時には思わず見惚れてしまって……。

 

「もっと、話せたら……」

 

 何も知らない。何も知る事が出来なかった。それが寂しかった。不安だった。

 

 どんな髪型が好みなのだろう。どんな性格が好みなのだろう。大きいのが良いのだろうか?薄いのが良いのだろうか?不安だった。己は中途半端だった。あの場には自分より大きいのも、薄いのもいた。自分なんて、全てが好みに合わなかったかも知れない。少しの興味も持たれなかったかも知れない。怖い。

 

 慣れてるのだろうか?未経験なのだろうか?どの道蹂躙されるのは分かっていた。前者なら翻弄されて虐められて、後者なら壊れるまで責め立てられて喰われてしまうのだろう。圧倒的に脆弱な己があの人相手に何か出来る筈はなかった。傍らにいただけで生き物としての「差」は分かっていた。その視線を向けられただけで、その圧力だけで全面降伏するしかない。彼女にとって、彼程の明白な「牡」は見た事がなかった。

 

 獅子と兎、あるいはそれ以上。絶対的に食らう側と食らわれる側。自分を守り、自分を独占し、自分を支配してくれる人……僅かの数瞬の間だった。たったそれだけの間に葛の脳裏に過る溢れんばかりの妄想。確信。信仰。同時に再び達してしまう。

 

「んっ、あぁぁ……!?」

 

 ビクビクと痙攣。浅ましくも涎をだらしなく垂らしてしまい、恍惚とする。温かな温もり。直ぐに来る冷たさ。所詮は空想で、人肌の暖かさは其処にはない。懐が疼いて、嘆き悲しんだ。

 

「あ、はぁ……」

 

 深く深く溜め息。空しくて、虚しくて、現実に絶望する。己に待ち受ける運命を思う。

 

 自分はどうなるのだろう?売られるのだろうか?あるいは折檻か。折檻ならまだいい。だけど……どの道自分は使われるのだ。見ず知らずの誰かへの接待に。

 

「いや……」

 

 漏れる声音は震えていた。それは嫌だった。せめて水揚げくらいは……それが叶わぬ願いと分かっていても、狂惜しい程にそれを願って、一層現実に打ちのめされる。

 

 全ては手遅れで、全てはお仕舞いだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ……怯える。絶望する。底知れぬ絶望に陥る。希望を見出だせなかった。こんな事ならあんな馬鹿気た事しなければ良かった。知らなければ少なくとも今よりも絶望しなくて済んだのに。

 

 いっそ、ここで喉を掻っ切ってしまう方が幸せなのではなかろうか……?

 

 

「駄目ですよ、所有物が勝手に壊れる権利なんてあるわけないじゃないですか?」

 

 

 愛らしい弾劾の宣告が、背後から響いた。

 

「っ……!?きゃっ!?」

  

 咄嗟に振り向いて、同時に押し倒された。まるで強姦魔にされるように強引に組伏せられた。蛞蝓のように、幼い令嬢の腕が葛の装束の隙間に捩じ込まれる。

 

「な、にを、「黙って下さい」んんっ!!?」

 

 首を絞めるようにして顎を掴まれて、持ち上げられる。口内に指が入り込む。黙らされる。同時に上がる嬌声は下腹部に侵入した異物によるものだった。三本だった。  

 

「は、ふはっ……!!?んんうっ!!?」

「指、噛んじゃ駄目ですよ?そんな事したら爪立てちゃいますからね?」

 

 己の内を蹂躙する佳世の愛らしい警告に葛は震え上がる。震え上がって、痙攣する。乱暴な狼藉がまだ初初しい彼女に耐えられる筈もなく、しかしそれでも暴れるわけにも行かず、ひたすら情けなく弄ばれるのみだった。快楽と痛みで、だらしなく涎を垂れ流す……。

 

「あーあー、情けないですねぇ。三本でこうですか?さっき教育した子は四本でももう少しマシでしたよ?あ、この感触は……」

「んんんんっ!!?」

 

 その薄い隔たり撫でられて、葛は怯えた。それは駄目だと本能が訴えた。抵抗しようとして、しかしその抵抗こそが何よりも危険で、少女はやはり、何も出来ない。

 

「うふふふふ。良い娘良い娘。そうですよ?暴れちゃいけません。破れちゃ駄目ですもんね?」

 

 優しく優しく撫でて撫でて、耳元で囁く。甘言。砂糖のような甘い声音。しかしながら状況はそんな声音から受ける印象から逸脱していた。異常。狂気。

 

「ふー、ふー……?」

「あはは。その目、どうしてって思ってます?安心して下さい。別にこれは罰ってわけじゃありませんから!」

 

 涙を流し、ひたすら震える眼差しで南蛮染みた買い主を見つめれば返って来るのは屈託のない笑み。澄みきった煌煌とした無垢な乙女の眼差し。しかしそれが一層恐ろしい。

 

「これはですね、御褒美ですよー?あー、あとは適性検査も兼ねてますかね?」

 

 ルンルンと呑気に佳世は宣う。意味が分からなかった。必死に言葉の意味を解釈しようとする前に更なる快楽が葛を襲った。己の中を更に愛撫されて、挙げ句には佳世が装束の内に己の頭を忍ばせて赤い舌を這わせた。葛の体の、最も敏感な部分の一つをねぶった。

 

「ふっ。ん!?ひぃ……!!?」

「あはは。結構哭きますね?他の娘達よりも反応がいいですよ?……えいっ!あ、ここ、弱いんですかね?」

 

 恥辱と快楽に身を悶えさせて、顔は真っ赤で、涙と鼻水と涎で顔は酷い有り様だった。その様を見てけらけら嗤う佳世。そして女中に挿しこむ数を四本に増やした。

 

「んんんんんっ!!?」

「あはっ、海老みたい!」

 

 仰け反った。海老反りした。佳世が愉快げに嘲った。どうして?どうしてこんな酷い事をするの?葛は本気で思った。これが罰でないのなら、どうしてこんな事をしてくるの……?

 

「どうしてって、予行演習ですよ?」

 

 葛の頂点から唇を離した佳世が心底不思議そうに首を傾げながら、愛らしく答えた。銀の糸がたらりと垂れ下がって葛の肌を汚した。予行演習?女中は必死に繋いだ理性で困惑する。

 

「そんな不思議そうにしないで下さいよ。さっきまで自分だってしていたんでしょ?随分激しく慰めてましたよね?見た限り、結構乱暴な雰囲気を想像してました?中々エグいですね?」

「っ……!!?」

 

 全て見られていた!その事実に恐怖し、恥じ入り、そして内をグリッと抉られて何度目か分からぬ痙攣。佳世の顔が葛の正面に来る。相も変わらぬニコニコとした太陽のような笑顔。

 

「正直笑っちゃいましたよ?だって一本でしょう?駄目駄目ですよ。そんなのじゃ本番で失敗しますよ?五本でも足りませんよ。いっそ……拳を捩じ込むくらいでないと!」

「んんんんっ!!?」

 

 佳世の宣言と同時に始まった蹂躙に葛の理性は蕩ける。溶かされる。同時にどうにか残る思考が佳世の言葉に戦慄する。ふざけるな、そんな物人間ではない。馬でもあるまいに!!?

 

「あー、けど確かに普段はもう少し小さいかも……けどまぁ、どの道逸品ですし、彼方の時にお相手する可能性も高いですし……まぁ、その時に考えればいいですね!」

 

 葛の視線による訴えに佳世は考え込む。考え込んで、一人で勝手に納得する。其処に葛への何らの配慮も考慮もなかった。そんな物は、佳世にとってはどうでも良かった。

 

 佳世は畜産家だ。上質な家畜を育てるための責任感はあるが、家畜それ自体の人格に関して、欠片も義務もなかった。どうせ、己が買わなければこいつらはもっと無惨に悲惨に終わっていたのだから。

 

「寧ろ感謝して欲しいくらいですよね!」

 

 ニコニコとして責め立てる。葛の理性を削り取っていく。耳元で鈴の音のように甘く囁く。

 

「私に全面的に従いなさい。そうすれば此度の事は全て不問にしてあげましょう。それだけでなく、貴女の望む極上の逢瀬も……」

「そ、そふぇ、ら……!?んんっ、ふっ!!?」

 

 快楽に溺れる。溺れる。溺れ狂う。ドロドロに蕩ける中で蜂蜜髪の娘の言葉は葛の心に染みていく。

 

「大丈夫、私に任して下さい。確か御公家の生まれでしたっけ?でしたら本番ではたぁんと着飾らないと行けませんね?単を着こんで、髪を整えて、櫛をして御化粧も!お香も焚きましょうか?……それで、全部容赦なくぐちゃぐちゃにされてしまいましょう?」

 

 甘く甘く、耳元で囁く。犯して侵して冒していく。教え込む。この物に己の最も幸せな運命と末路を。 

 

「あはは。さぁさぁ、従って下さいな!屈服して下さいな!共に狂い愛ましょう?今なら飴も口移しで貸してあげますよ!!」

 

 彼の欲望のための餌を、彼の復讐のための駒を、彼に貢ぐための肉を拵えながら、南蛮娘は純情に純粋にころころと笑い転げた。魔女のような魔性の笑顔で、嗤い転げた。

 

 舌の上に、髄まで啜って味の抜けきった「薄荷飴」を転がして、雌は牝の調教に洒落こんだ……。

 

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