和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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累計二〇位、お気に入り登録者数一〇位とか感動の余り心臓発作で死にそう


御愛読者の一人から本作の二次R-18作品を執筆して頂けたようなのでそちらもどうぞ。(多分R-18で鬼月葵で検索したらヒットします)
他の方も興味があればガンガン書いて下さいませ。作者は可哀想なのでもイケるタイプなのでシチュエーションの遠慮はいらないぞ!!(唐突な性癖暴露)


第一五話 指切りの歌は良く考えると怖い

 『闇夜の蛍』の前日譚『狐児悲運譚』における物語の流れはこうだ。

 

 都を守る退魔士達によってズタボロにされた所を、自らの魂を何十と切り刻む事でどうにか生き残った妖狐。分身達は都とその周辺で人食いに精を出す一方で唯一つ、特殊な分身を分けていた。それが自らの存在の根源たる『半妖』としての自分自身である。

 

 狐璃白綺は只の凶妖ではない。より正確には極めて珍しい半妖から凶妖にまで至った存在である。

 

 こればかりは吾妻雲雀も想定していなかっただろう。半妖という存在自体が決して多くはないし、半妖は人間に迫害され、妖にも食われやすい存在だ。凶妖どころか完全な妖に至る者すらまず殆んどいないし、そんな存在が分け身をした結果どうなるかなぞこれまで事例の報告もなかった筈だ。何よりも化け狸の半妖として相手の嘘や演技を見抜けるだけの観察眼があるからこそ足を掬われた。

 

 実際問題、白い狐の少女は何一つ嘘はついていなければ邪な考えなぞ全く抱いてもいない。凶妖としての、妖としての邪悪な部分から削ぎ落とされて、自身のこれまでの残虐な所業の記憶も引き継いでいない彼女は本質的に只の無垢な半妖の子供に過ぎない。

 

 しかし、同時に彼女は間違いなく九尾の凶妖狐璃白綺の分け身であった。故に彼女が何処にいるかを他の分身達は把握していた。尤も、残る分身達は当初、この情けない分身を捨て置く積もりでいたのだが……。

 

 半妖としての、少女としての記憶と意識を保持するこの根源たる分身を、しかし他の妖としての分身達は疎んでいた。文字通り血反吐を吐く程の困難を切り抜けて凶妖にまで至った彼女らにとって脆弱で臆病で、泣き虫で弱気なただただ搾取されて虐げられるだけだったあの頃の自分は捨て去りたい恥部に過ぎない。本来ならばこの機会に自らの存在から切り離し、何処ぞで野垂れ死にしようと問題もなかった筈なのだ。事実、小説内では分裂したばかりで意識も記憶も曖昧な彼女はふらついた足取りで夜の新街を不用意に歩いた結果破落戸共に見付かりそのまま私刑にあってしまう。そして、本来ならば彼女はそこで死んでいた筈なのだ。

 

 半妖の少女が幼少期のように、初めて人を殺した時同様に謂れのない悪意に晒されて、私刑に遭い、死にかけた所を吾妻雲雀に助けられ孤児院の新しい住民となる……それが新たな悲劇の幕開けだった。

 

 考えても見ろ。そこらの人間と半妖、どちらが力を取り戻そうとしている妖にとって糧として有用か。ましてやそこに様々な理由があるとは言え一時は陰陽寮の頭にまで至った孤児院の院長がいれば一度捨てたこの分身に再び関心も持とうというものだ。

 

 そして、不運は重なる。吾妻雲雀は平和呆けをしていたが、それだけではない。いや、正確にはそれらの不運と状況を観察して狙われた以上考えが甘かったのも事実であるが全体を知る第三者からしてみれば確かにあの悲劇は不運が重なった結果だったのだ。

 

 吾妻雲雀が指定した結界の条件付けは長らく感想スレや考察サイトでも平和呆けしすぎた事によるガバとして指摘され、叩かれたがその後のファンブックや他の外伝作品によって設定が更に公開された後はそれも減った。『闇夜の蛍』及びそれに付随する作品世界においては彼女の行動は少なくとも界隈の一部で指摘された程にはお気楽な考えによるものではなかった事が判明したからだ。

 

 そもそも『闇夜の蛍』の世界においては妖が本当に存在するし、ましてや御守りや藁人形の呪い、おまじないの言葉にすら本当に加護がある世界観である。そんな世界においては誰かを家に上げるという行為は現実世界以上に重要な出来事であり、子供ですらそれくらいの事は理解している。ましてや、迫害やら人身売買や実験の対象になりかねない半妖の子供なら尚更だ。吾妻自身も良く躾をしている事もあり、子供だからといって適当に口八丁だけで家の中に招かれるなぞ到底不可能だ。

 

 同時に吾妻が結界に加えた条件はある意味妥当ではあった。妖力の有無やその容量で出入りの遮断はリスクがあった。前述のように孤児院を害する可能性があるのは妖だけではない。寧ろ、平時に危険なのは人間の方であるし、実際過去には襲撃もあった。人間であれば警戒しなくて良い訳ではない。

 

 それどころか妖力で区別してしまえば何かの拍子に子供達が孤児院から出てしまっては戻れなくなるし、あるいは他の半妖の子供が助けを求めても中に入れられなくなってしまう。実際に吾妻の保護した半妖の中には破落戸に襲われて逃げこんだ者や、人身売買の場から脱出した者もいるのだ。そんな子が吾妻雲雀が留守中に孤児院を頼って逃げこもうとして中に入れられなかったらどうなるか……。

 

 何よりも、仮に孤児院に大人がいたとしても化け狐の侵入する策の前では無意味であっただろう。あのような外道過ぎる手段を使われたら大人が何人いても、十中八九侵入を許した筈だ。寧ろしっかりしていて真面目で、倫理観がある者程引っ掛かり易いかも知れない。

 

「そして誤って化物を招き入れた所で蹂躙されて踊り食い、しかもその後は………」

 

 正直口にしたくもない程にあの所業は余りに下劣だった。現実ではない、小説の文章としてですら嫌悪感を抱かせる内容、ましてやそれがこれから実際に起こり得る状況である事を思えば愉快ではない。

 

 そして、より問題なのはこの件については介入が思いの外難しい事であろう。橘商会に対するイベントは恩を売るためという口実でゴリラ様を動かす理由にはなり得る。

 

 では孤児院は?残念ながらゴリラ様等をここでけしかけるのは困難だろう。連座とは言え不祥事で陰陽寮頭を引退させられた半妖を助ける理由なぞない。いや、そこまでなら交渉次第では不可能ではないかも知れない。しかしながら鬼月家にとっても、姫様にとっても孤児院の半妖の子供まで助ける義理はなく、当然ながらそれがなければ吾妻雲雀と協力するのは不可能だ。

「俺が一人顔を出しても信用されないだろうしな」

 

 幾ら嘘か真かを見定められる狸の半妖とは言え、外套で正体を隠して現れても疑惑しかないだろう。正体を見せても鬼月家に対して何を思うか知れたものではないし、そも下人の言葉ともなれば頭を弄られている可能性も考えて容易に信用すまい。というか最初に出会したあの時の印象からしてサーチアンドデストロイされる可能性も少なからずある。気軽に接触出来ない。

 

 そして、何よりも俺からすればここで雌狐を完全に仕止めてしまいたかった。既にある程度俺の顔も、ゴリラ様の顔も割れている。原作スタートの時点でこれがどんな影響を与えるか分かったものではない。雌狐が原作の行動からどのように逸脱するか知れないので、恐らくは原作通りに行動するだろう最初のイベントである孤児院での踊り食い祭りで勝負をつけたい。糞、ゴリラ様が遊ばずに一気に勝負をつけてくれればこんな苦労をせずに済んだのにな……!!

 

「まぁ、そういう事で選択肢は限られる訳だが……ははは、ある意味これは一番不味い選択をしたかな?」

 

 外套で認識阻害した俺は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。場所は都の新街でも特に治安の悪い悪所、賭場は勿論脱税した塩や酒売り、無認可の屋台にモグリの呪術師の道具屋、舗装もされず、すえた臭いがして時たま死んだ動物や人間の死体が転がるぬかるんだ地面に佇むのは夜鷹の群れに柄の悪い無頼漢共……俺はそんな町並みを一人の老人を尾行するように歩いていたのだが……。

 

『グルルルル………!!』

 

 設定資料でもあった悪所の路地裏にぽつんと構えられた古書店、老人がそこに帰り、続いて俺が入店した時に目の前にいたのは巨大な熊だった。正確に言えば野生の熊が長い時間を経て妖として大成した存在『鬼熊』だ。赤く光る瞳に身の丈は優に二丈はあろう。最低でも大妖程度の格はあろうか。俺の顔を覗こうと顔を近づければ生温かい鼻息と吐息が顔に当たる。当の鬼熊の方は外套のせいで此方の顔を認識出来ないようだが……。

 

「ふぉふぉふぉ、御客かね?にしては随分と物騒なものを携えとるがの」

 

 その愉快そうな声に視線を移す。「迷い家」同様に何らかの細工をしているのだろう、内部が店構えよりも遥かに広い古書店の一角で、安楽椅子に座る白く長い髭を蓄えた皺だらけの老人が残虐な笑みを浮かべて此方を見ていた。その膝にいるのは黒猫で、尻尾が二本ある事から明らかに只の飼い猫ではない。

 

「……お初にお目にかかります。彼の有名な陰陽寮の賢人、松重家の道硯翁にお会い出来た事感激の至りで御座います」

 

 俺は内心の恐怖と動揺を抑えて、両手を組んで挨拶をする。そうだ、大丈夫だ。これくらいの事は元々想定済みの事だ……うぅ、お腹痛い。この前の狐との戦闘で肋骨折れたんだぞ?薬で痛み誤魔化すのも限界があるってのにな。

 

「朝廷の刺客、ではなかろうな。ここらの、素人に毛の生えたモグリ共よりかは心得はありそうだが……儂を殺すには実力が無さすぎる。幾ら朝廷の馬鹿共でもよもや貴様程度の刺客はよこすまいな」

 

 ニヤニヤと自身の考察を口にする老人。それはまるで俺に言い聞かせるような言い様だった。となると……。

 

「………」

「……ふむ、言霊術を警戒したか。その判断は正しいぞよ?今答えておればそのまま主は自然と自身の事について口にするように誘導されていたからの」

 

 愉快そうに老人は企みを認めた。言霊とも言うが言葉に力を込めて音から耳に、そして脳に響かせてある種の催眠状態に陥れる言霊術は一度気がつけば意識をはっきりとさせる事でその術中から逃れる事も出来るが、いざその場で使われているかの判断が難しい。相手が妙に長く、そして説明するように、ないし誘導するように会話を仕掛けて来たら最大限警戒が必要だ。俺の場合は口の周りを噛んでその痛みで意識をはっきりとさせる。痛みは脳の覚醒に丁度良い刺激であるし、口の中ならば血の臭いが外に漏れて妖を引き寄せにくい。

 

 ……後で口の中が口内炎になって困るけどな。傷口に塩塗っとかないとなぁ。

 

「……然る一族に仕える者であります。一族の名と、私の名について口にするのは御容赦下さいませ」

「そうであろうな。素性を知りながら儂相手に素直に名前を口にするのは阿呆よ」

 

 くくく、とくぐもった笑い声を上げる老人。

 

 ……道硯翁こと、元陰陽寮斎宮助兼理究院長である松重道硯は原作のゲーム及び幾つかの外伝作品に登場する悪役であり、助言キャラでもある。その実力は語るまでもない。チートクラスの人外が犇めく陰陽寮で数十年の間そのナンバーツーに君臨していた実力は本人が本質的に戦闘よりも研究者気質である事を考慮しても一級であろう。所謂外道キャラではあるが同時にある意味ではこの世界において最も信念と義務感に満ちた存在でもある。故に今回俺は接触を試みた。

 

「して、何用かな?鬼月の下人よ。態態誰にも話さずに指名手配されておる儂に接触を図るなぞ暇潰しではあるまい?」

「………」

 

 その発言に俺は一瞬言葉を失った。おい、バレとるやんけ。……気付かない間に幻術にでもかかったか?

 

 俺の一瞬の沈黙に老人は楽しげに膝の化け猫の頭を撫でる。そして鬼熊に指で指示をした。ずしんずしんと大きな足音と共に下がる化け熊。

 

「声を上げたり不用意に否定しないだけマシかな?いやなに、先日商隊が襲われた事件を聞いておってな。式で少し探らせていただけの事よ」

「………翁に一つ、御依頼したい案件がある由にて」

 

 俺は動揺を悟らせないように淡々とした、感情を殺した口調で申し出る。

 

「ほぅ、儂に依頼とな?正気とは思えんな。本来ならば儂の存在を知り次第国に申し出るべきであろうに。ましてや依頼とは。発覚すれば主は打ち首の上獄門に処されよう。まさか理解していない訳はあるまいに?」

 

 朝廷の、帝の定めし法を破り禁術やその他の儀式についての研究を秘密裏に行っていた事で朝廷から追われる老人は俺に問う。んな事は百も承知なんだよ。

 

(落ち着け。ここからが勝負だ。相手を失望させる言葉は使うなよ………)

 

 外套に顔を隠した俺はこの場に漂う死の気配に精神をへし折られそうになるのに耐える。そうだ、ここで目の前の爺を失望させたら終わりだ。

 

 表向きの設定だけだと只の邪悪で利己的なマッドサイエンティストであるがそれは擬態だ。目の前の老人は実際は彼なりに正義を信じ、民草を愛する退魔士である事を忘れてはならない。

 

 ゲーム内では特に半妖や極一部の善良な妖、更には犯罪者とは言え人間相手にすらその酷い所業から主人公達から敵視される翁であるが彼自身は人間を極めて愛している……らしい。人間を守り、繁栄させる事を至上の目的として規定し、そのためならば自らの命すら惜しまない。

 

 逆に言えば彼にとって妖は当然として半妖、そして社会の足を引っ張る犯罪者等はどうなろうが構わないというスタンスだった。いや、前者二つに至っては将来的に皆殺しにしようとすら目論んでいる程だ。そしてそのための禁術の研究であり、その研究のために多くの半妖や犯罪者を実験の材料として来た。

 

 故に表面的な行いのみを見て只の利己的な外道として交渉したら痛い目にあう。幾ら金を積もうとも、利益を提示しようとも彼は民草の命や財産が脅かされるような事も、ましてや社会を混乱させるような事もしないし許さない。そこを勘違いすれば怒りに触れて呪い殺される事になろう。ある意味ではこいつも地雷キャラだ。ゲーム内でも終盤のルート選択次第で敵にも味方にもなる。

 

 そして、俺はまさにその設定を利用しようとしていた。

 

「吾妻雲雀、御名前はご存知でありますね?」

「……ふむ、彼女か。確か今はこの街の外れで化物共を育てているそうだの?くくく、奴が追放された原因が距離があるとは言え同じ街にいようとはよもや奴も思っておるまいだろうな」

 

 仙人を思わせる白い髭を擦りながら、思い出すように翁は答える。その表情は明確に愉悦に満ちていた。

 

「はい。しかしながら元陰陽寮頭にてかの大乱を戦い抜いた功労者で御座います。半妖とは言え長年朝廷に、そして民草に尽くしたその功績は否定出来るものではありますまい」

 

 俺は一般論で彼女の事を弁護する。

 

「して、奴の話題が依頼と何の関係がある?」

「彼女に危険が迫っております。それも、命に関わる類いのものであります」

「………」

 

 俺の言葉に何か考え込むように沈黙する翁。一分程経過しただろうか?沈黙が場を支配する中、彼は漸く口を開いた。

 

「鬼月の下人がこの時期に、先日の事件にここ最近街で徘徊する狐共、そして奴が最近拾った化物を思えば大体予想はつくな。しかしながら、あの程度の化物にあの女が不覚を取ると思っているのかな?」

 

 曲がりなりにも、元陰陽寮頭。凶妖だった時ですら都を守る退魔士達と碌に戦えなかった獣如きが彼女に勝てるのか?まともに考えれば論ずるに値しない戯れ言だ。しかし……。

 

「はっきり申し上げましょう。吾妻雲雀は食われます。そして、あの孤児院の住民も全て。そこまで言えば貴方程聡明なお方であればその危険性は御理解頂ける筈です」

 

 あの半妖達の中には相当貴重な妖の血を引く者も交ざっている。ましてや陰陽寮の元頭を食らえばどれだけの力が得られるか……下手すれば分け身をする前よりも強大な妖に生まれ変わるかもしれない。そうなればさしもの都の退魔士でも不用意に手を出せまい。

 

「……あの女が随分と甘かったのは事実であるがな。奴が頭になってから寮の空気は随分と弛緩したものだ」

 

 翁は思い出すように口を開く。設定によれば彼女が、吾妻雲雀が陰陽寮頭に就任していた時代、所属する退魔士達の関係はかなり良かった事が設定されている。

 

 鬼月家がそうであるが退魔の一族は内部が殺伐としている事が少なくない。呪いが本当にある世界であり、あからさまに才能と血筋の差がある世界であるのだからさもありなんである。しかも、特に先手必勝とまではいかないが嵌め技や即死技も多いので余計その傾向が強い。(だからこそ姉御様の権能はかなり反則だったりする)

 

 陰陽寮でもその点は変わらず、互いに功績を巡って足の引っ張りあいがあるし、我が強い者も多く、切磋琢磨していると言えば聞こえは良いがかなり職場の空気は悪かったらしい。吾妻雲雀はその点で半妖としての苦い経験や年の功、顔の広さもあって寮内での仲介役、潤滑油役として活躍して寮内部の風紀の改善と協力と協調関係の構築で功績を立てていた。

 

 ……尤も、彼女が追放されてからは再び空気が悪くなったらしいが。忌々しい狐を逃したのも巡り巡れば退魔士達が実力は災害クラスなのに連携不足な事が原因だと制作スタッフは指摘していたりする。

 

「態態化物を肥やしてやり、貴重な戦力を失うのを放置してやる事もありますまい。多くは望みません。ただ、ほんの僅かながら某に協力をして頂きたいのです」

 

 俺は膝を曲げて恭しく頭を下げる。年長者に対して協力を求める者として。

 

(ここで素直に協力を取り付けられれば最善なのだが………)

 

 しかし………。

 

「安易に応じる、訳にはいかぬなぁ」

 

 ……そう簡単には問屋が卸さないのは想定していたさ。

 

(この男が疑念に思うとすればこれが朝廷が仕掛けた罠である可能性、あるいは報酬か。それとも………)

「傍らに化物を侍らせた男の言葉をどこまで信用すると思う?ましてや相手は大嘘つきの鬼となればの」

「っ………!!?」

 

 俺は外套に隠しつつ視線を横に向けて苦虫を噛む。おいおいおい、よりによってそれかよ……!!

 

(いや、ある意味当然過ぎるな……!!)

 

 一応隠れていないか調べてから出向いたのだが……どうやら、俺の目が節穴だったらしい。これは鍛練をやり直さないといけない、等と目の前に集まるドス黒い妖気を見ながら俺は思う。

 

「これは少し驚いたね。彼が随分と尾行を気にしていたから俺もかなり入念に隠行したんだけどなぁ。こんなあっさりと見つかるなんてね」

 

 托鉢坊主の姿をした鬼はかなり困った笑みを浮かべていた。翁はそれを見て目を細めるも――

 

「――ほうほう、まさか生きていたとはの。彼の悪名高い碧い鬼が未だに生きておったとは。しかもよりによってこんな場所でとは!」

 

 翁は自身が見抜いたにも拘わらずかなり驚きに満ちた表情を浮かべていた。流石に鬼であることまでは把握していたようだがあの碧子様であるとまでは見抜き切れなかったようだ。

 

(これは不味いな……)

 

 妖嫌いの翁の前であの悪名高い鬼が出てきたとなると、俺の信用ガタ落ちだ。最悪ここから生きて出られるかも分からない。鬼は兎も角、俺如きではまず目の前の枯れた老人には勝てない。

 

「……さて、鬼月の下人よ。これは如何なる事かな?朝廷どころか、まさか化物の紐付きであったとは。返答次第では主の依頼を退けるだけでは済まんぞ?」

 

 間違いなく手加減されたであろう霊力の圧力は、しかしそれだけで俺は気絶しそうになった。そうならずに済んだのはこれまでの経験のお陰だ。全く嬉しくないが。

 

「……この場に鬼を導いた無用心は謝罪しましょう。しかし、某が鬼の紐付き等というのは心外というものです」

「そうそう、その通りさ。流石にそれは侮辱というものじゃないかなぁ?」

 

 意識を繋ぎ止めて辛うじて口に出た俺の発言におちゃらけたように鬼が横槍を入れて来た。おい。

 

 俺が外套越しに非難の視線を向けるのを、しかし鬼は気にする素振りも見せない。そして………。

 

「そうだね。ここからは少ーし恥ずかしいお話になるからね。少しだけ眠っていて欲しいな?」

「えっ?」

 

 次の瞬間、首筋に叩きつけられた衝撃に俺はその意識を暗転させた。意識が途絶える直前、最後に見たのはすぐ目の前で楽しげに笑みを浮かべる鬼と、目を見開いて驚いた老人の姿だった………。

 

 

 

 

「……まさか驚いたな。貴様程の化物が、只の下人相手に彼処まで手加減して慎重に意識を刈り取るとは」

 

 老人の驚愕も無理はない。千年前、この碧鬼が都でどれだけの残虐な行いをしたのか、その記録ははっきりと残っている。民草に対して毎日一町単位で一人生け贄を選ばせる、食い殺した人間の骨で自分の屋敷を造る。内裏の結界が強固過ぎるために門の前に命乞いする民草を人質に並べて帝を脅迫する……そんな事はほんの余興に過ぎない。都を恐怖の底に追い落とした四凶の名は伊達ではない。それが……。

 

「後遺症なんて出来たら困るからね。当然の行いさ」

 

 適当に振るうだけで人体が消し飛ぶ程の腕力を持つ鬼にとって相手の肉も骨も削らず、後遺症も作らずに意識を刈り取る衝撃を与えるのはどれだけ難しい事か。ましてやそうやって倒れた人間が頭を床にぶつけないように優しく抱き支えるなぞ、何よりも相手を慈愛に満ちた目で見つめるその表情……到底あの悪名高い鬼と同一の存在とは思えないだろう。

 

「あー、何処か寝かせられる場所はないかなぁ?……おい、そこの熊。何か持ってこい」

 

 指向された妖力の濁流が鬼熊に向けられた。捕獲された後式神として魂まで改造された大妖は生来の狂暴性を完全に失い子犬のようにプルプルと震える。鬼はそんな雑魚の態度に不快感を募らせてその首を切り落とそうかと考えが……。

 

「源武、そこに丁度敷物と布団があった筈だ。持ってきなさい」

 

 主人たる老人の命に慌てて熊の化物は従う。びくびくとしながらその大きな腕でちびちびと敷物に枕、布団を畳の上に用意すれば鬼は途端に機嫌を直して所謂お姫様抱っこした下人をそこまで運び、丁寧に横にする。

 

「いやぁ、助かった助かった。流石にずっとお姫様抱っこだと彼も身体が痛むからね。肋骨が折れているから無理はさせられないよ」

 

 そうやって横にした人間に布団を被せた後、枕は投げ捨てて膝枕する鬼。そのまままるで母親か何かのようにニコニコと笑みを浮かべる。

 

「……その人間に、随分と御執心なようだな。碧鬼よ」

「当然さ。彼は俺の一番の御気に入りだからね。こういう時くらいは大切に扱わなきゃ」

 

 欲望に忠実で、我慢を知らず我が儘で、その癖飽きっぽく他者に対してばかり気難しい鬼が随分と殊勝な態度な事だった。

 

「この者との関係を聞いても?」

 

 故に翁は尋ねる。鬼は何を切っ掛けに怒り狂うか分かったものではない。この二人の関係を知らなければ次の瞬間何が起こるか知れたものではないのだ。

 

「俺の英雄さ」

 

 鬼は短くまずそう言った。そして、続ける。

 

「俺には分かるんだよ。一目で分かった。彼はきっと偉大な存在になれる。いや、なる。それこそ俺を討ち取れる程に、俺が討たれるに足る程にね。だってそうだろう?彼はね、これまで一度だって俺の期待を裏切らなかったんだからさ」

 

 そして、美女の姿をした化物は口元を歪める。人間には出来ない程に大きく、そのたおやかな唇の隙間から禍々しく鋭い牙を見せて。

 

「俺はね、英雄譚の完成を見たいのさ。だからこそ彼に協力しなきゃ、ね?あぁ、けど二人で昔みたいにはしゃぎまわるのも面白いなぁと思ったりしてるんだ。まぁ、その辺りは彼の気分次第だからね。俺が勝手に決めちゃ悪いだろうね」

 

 途中から鬼は質問に答えるというよりも只の自分語りをしていた。それはまさに自己中心的で身勝手な鬼らしい言い様だった。

 

「成る程……」

 

 そして、淡々と翁はその答えに納得する。元より鬼の返答なぞそんなものだと分かっていた。しかし、それだけでも多くの事が分かった。

 

(鬼に魅入られたか。憐れな事だの)

 

 老人は今更のように横たわる男に同情の視線を向ける。鬼に気に入られるなぞ、ある意味では鬼に食われるよりも遥かに不幸な事だった。

 

「あ、そうだった。はいこれ」

 

 ボキッ、というグロテスクな音が部屋に響く。そして鬼がぽいっと老人に何かを投げつけた。式にした化け猫が口でそれを捕らえて主人の下に持ってくる。

 

「これは……」

「依頼の代金兼彼が俺の手先なぞでない証拠、といった所かな?普段血反吐を吐いて頑張っているからねぇ。今回は俺のせいで話がややこしくなったようだから、その代金だよ。腐っても千年生きる鬼の一部だ、それなりに価値があると自負するけど?」

 

 鬼が投げつけたのは……指だった。恐らくは左手の小指、それ自体が千年生きた化物の一部である。実験や儀式の材料としての価値は相当なものであるだろう。いや、それ以上に尊大で傲慢で自尊心の強い鬼がたかが人間のために小指とは言えそれを千切って差し出すなぞ……。

 

「……たかが人間のためにこれ程の事を。あの悪逆な鬼とは思えんの」

「その言い様は困るな。悪逆で残虐で、悪名高くないといざ衆目で討たれても誰も注目してくれないからね。これは口外無用でお願いさせて欲しいな?」

 

 まるで悪戯好きな町娘のように、口元で人差し指を立ててそう宣う。

 

「まぁ、そういう事でお願いだ。流石に俺もこれ以上の妥協は誇りのためには出来ないよ。後の細かい話は彼としてくれたまえ。どの道今回俺は端役だからね」

 

 片目をつむってそう呑気に言い捨て、鬼はそれきり老人から興味をなくした。そのまま傍らで横たわる人間の頭を優しく撫で上げ始める。しかしそれを無礼と咎める事も、不快に思う事もない。老人はそれが鬼という存在にとって人間相手に最大限譲歩した態度である事を理解していたからだ。

 

「………どうやら、そのようじゃな」

 

 鬼の何処までも耽溺とした様子を見ながら老人は小さく呟く。そして、彼は理解した。鬼のその歪んだ価値観を、その愚かな企みを、そして横たわる男がどのような絶望的な状況に陥っているのかを。

 

「……ふぅむ、これは仕方あるまい、かな?」

 

 そして老人は髭を擦りながら仕方無く決心した。この男に協力する事を。せざるを得ない事を。そして、この男を鍛え上げなければならぬ事を。それが、それこそが目の前の狂気に満ちた愛を胸に抱いた化物を殺せる数少ない機会である事を理解したから。

 

 ……そして、逆に彼が誘惑と嘘によって道を踏み外して鬼へと堕ちぬために、その際に生まれ落ちたばかりの鬼を世界に解き放つ前にいつでも殺せるように。

 

 そう、それがたとえ目の前の狡猾な鬼の目論見通りであったとしても。それが両者の目的に沿う限りにおいては……。

本作品のタイトルについて

  • 現状のままで良い
  • 長杉ぃ!変更しちゃうのうぅぅぅぅ!!

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