和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第一七一話

 都の四方に設けられた大門。其処を抜けた先に続く十字の大通りは所謂商店にとっての一等地である事で知られている。

 

 当然の話である。大通りは各土から都に訪れた人々が真っ先に目にするまさに都の顔なのだ。豪奢に飾った店の連なりは店員も、そして客人もその多くが身嗜みの良い中流階級以上である。

 

 そして橘商会傘下、舶来の茶菓子を取り扱う南蛮茶屋、喫茶店はそんな通りの顔としては新参者なれども都の若い風流人らの間では既に一定の評価を得ていた。

 

 公家の若君、地方から上京した書生に芸人、大店の跡取り息子らに高級遊女、出自の違う知識人らが店に足を運び南蛮の茶と菓子を手にして一期一会で語らう……風紀を乱すと一部の年寄りは顔をしかめるものの、若者を中心に高い人気を博し繁盛していた。

 

「私達からしてもその方が都合がいいもんねぇ?」

 

 都に幾つか構える南蛮茶店の一つ、北街大通店の店子、仮名を京華と名乗る妙齢の女は裏手で茶を淹れながら嘯いた。南蛮意匠を取り入れた鮮やかな袴を着込む都娘の顔立ちは化粧もあって美人といって良い。そしてそれは彼女だけではなくて地方含む南蛮茶屋の店員全員に言える事だ。

 

 看板娘とは昔からいうが、橘商会の南蛮茶屋は店員の外見の質が特に高い事で知られていた。あからさまな迄に採用段階から考慮されていて、しかも店側から態々衣装と化粧代が下りる程であった。明らかにそれ目当ての客を見込んでの経営戦略であった。

 

 見世物にされる事自体は店の娘達は文句はなかった。寧ろドンと来いである。春を売る事は禁じられていたが南蛮の作法の模倣として持て成す店員に特別に小遣いをやる事を推奨している。これが意外と倣う客人が多かったのだ。確か「ちっぷ」といったか?

 

 何にせよ、人気の娘ほどこれが馬鹿にならなかった。そしてこの副収入目当てに店員の娘達は一層着飾るし、場合によってはこれを面白がって物好きの花魁や若旦那らが娘共を「育てる」ために所作振る舞いを教えたり、装飾品を買い与えたりするなんて戯れもあった。あるいは浮世絵師に己の絵を描いて貰ったり、歌人に歌を歌って貰うなんて事例もある。

 

 複数の貴公子らを競わせて、店の筆頭店娘に君臨、そして彼らとは全く関係ない豪商の妾に収まって見せた玉の輿の豪の者もいた程だ。やはり道徳家にはこれを風紀の乱れとして直訴して、検非違使共が店に来る事件もあったが店員と客全員に罵詈雑言と物を投げつけられて退散した。

 

「アレは最高に笑えたよねぇ?」

「そうそう。偉そうに改めなんて言っといてさぁ。御公家の坊っちゃんらが出てきたら怖じけちゃって!!」

 

 思い出したように語れば同じように茶菓子を運ぶ用意をしていた同僚、梓という仮名の娘が応じるようにけらけら笑う。普段権力を笠に着ている連中がほうほうの体で逃げ散る様は傑作であった。

 

「なぁにが破廉恥で不道徳よ。夜鷹にでもなれっての?それとも遊郭?」

 

 退魔士家でもなければ女の稼げる仕事も、成り上がれる仕事も限られる。良い所のお姫様ならば御家でお人形のようにちょこんと座っていれば良いだろう。彼女らは違うのだ。親が死ぬのも逃げるのも、不具になるのも職を失うのも世の中珍しくはないのだ。

 

 風紀が乱れるというが橘商会の茶屋はまだ福利厚生は手厚いものと言えた。尻を触られる事や卑猥な言葉を投げ掛けられる程度の事はあろうがそれくらい苦界に堕ちるよりずっとマシだ。逞しい女は掌叩いてお代を請求してみせる。

 

「貴女だってそう思うでしょ?ねぇ?」

「あはは……」

 

 茶屋娘は三人目に呼び掛ける。皿を洗う垢抜けない一番年下の娘は苦笑いする。恋葉の仮名で先月採用されたばかりのこの少女は雅な出で立ちながら何処かまだ田舎臭い。実際、彼女は二月前まで土弄りが仕事であった。

 

 都を中心に各地の街に流入する難民。この下働きの家族も貯金が枯渇する寸前でもう少しで夜鷹か色街送りだった。検非違使共め、下らぬ事するくらいなら妖退治でも行って来れば良いのに。

 

「先輩から助言よ。イケそうな客相手にはガンガン攻めなさい。遠慮してると金蔓は捕まんないわよ?」

「か、金蔓……」

 

 あんまりにもあんまり過ぎる物言いに苦笑いがひきつる新人であった。

 

「純々してるんじゃないの!逆に食われるわよ?客なんかねぇ、小判が歩いて来てるくらいに思っときなさい。人間相手してると思うと疲れるんだから」

「あー、否定はしないけどこの子みたいに明け透けには駄目だからね?そんなのだから何時まで経っても嫁にも妾にもなれないんだから」

「おい、待て何つった?」

  

 新人に有り難く御教授している最中での同僚からの背中撃ちだった。何気に気にしていたのだ。言ってはならん事を言った。戦争だ。

 

「お前達、お喋りはいいからさっさと給仕に行けっての!茶が冷めるぞ!?」

 

 厨房からの小太りの調理師の指摘に看板娘達は慌てて発進した。暖簾から出てきた時には毒舌と悪態を吐きまくっていた先輩二人は完全に猫被りしていた。きゃぴきゃぴぴゅあぴゅあなんて擬音がしそうな程、馬鹿っぽい甘え声で客の元に向かい御褒美を求める。ある意味で職人だった。

 

「が、頑張らないと……!!」

 

 先輩達の豹変ぶりに唖然としつつ、新人の娘はお金のために気を引き締める。盆を手にして若干ひきつった愛嬌を振り撒きつつ注文の席へと向かう。

 

「御待たせ致しました、御主人様♡恋葉特製の紅茶と卵包炒飯になりまぁす!今なら番茄醬でお好きな絵をお描き出来ますが如何しましょうか?」

 

 猫撫の甘声での連絡と質問であった。恋葉自身、内心で悶絶しそうな気持ちになるが銭のために必死に耐える。

 

(相手を小判と見ること……!!)

 

 今更に先輩の気持ちを理解して、顔を笑みで固定して客人の顔を見る。相手の顔を銭と思い込まんとする。

 

「……ん?あぁ。茶は此方で貰うよ。料理については、そちらの姫様に」

 

 卓上にて書き物をしていた青年は恋葉に向けて淡々と命じた。怜悧な目付きと抑揚のない口調、冷たさすら感じる知性のある視線……。

 

「……」

「……聞こえてる?」

「あ、はいいっ!!」

 

 茫然としていると、怪訝そうに目元を細めての問いかけ。恋葉は慌てて返答した。

 

(嘘、どうしよう!結構好みだ!!)

 

 村娘故に故郷の男衆は野暮な者ばかりだった。故に日焼けの少ない白めの肌に痩せ型の体つきの役人風の青年は、その眼鏡越しの鋭い目付きと低い声音もあって恋葉の好みに完全に直撃であったのだ。

 

「こ、此方紅茶になります。さ、砂糖は幾つお入れしましょうか?」

 

 卓上に紅茶を注いだ南蛮茶器を置いて、砂糖入れを手にして首を傾げての質問。

 

「自分で入れるから、置いておいてくれ。それよりも……」

 

 役人風の青年は相席する娘に視線を向けた。恋葉も釣られてそちらを見れば十代なるかどうかという小娘が己をジト目で見ていた。ムスッと不機嫌そうだった。

 

「ええっと……此方、卵包炒飯になりまぁす……」

 

 青年の呼び方とそれなりに良い衣装から少なくとも唯の平民ではなかった。見透かすような非難がましい視線に気まずげに恋葉は料理を置く。

 

「では、私はこれにて……」

「姫、何か描いて欲しいものはありますか?」

 

 一目散に退散しようとして間接的に引き留められる。少し泣きたくなった。

 

「……」

「姫?」

「……猫さん!」

 

 不満げにしていた幼子は、しかし青年の言に高い声で答えた。若干刺々しい幼声。気にせず青年は恋葉に要請した。

 

「だそうです。御願い出来るかな?」

「よ、喜んで描きます……にゃん」

 

 顧客の要望に可能な限り笑顔を固定して答える新人。接客指南書に従い最後に猫声で返答したら滅茶苦茶怖く睨まれた。もうしない。

 

「えへへ、そ、それではぁ……」 

 

 ガン飛ばして来る姫様を見ないようにして恋葉は猫ちゃんを描いて見せた。意外とお気に召したのか「猫さん!」と子供らしい高い声を上げる姫。

 

「しぃ。お静かに、はしたないですよ。……有り難う。これで、足りるかな?」

 

 姫に注意をした青年役人は冷たい表情を温もりある笑みに変えて握り拳を差し出した。一瞬その落差に見惚れた恋葉はそれでも直ぐに思い出したように両手を差し出す。そして受け取った。ずしりと感じる重み。

 

「えっ、これ!?」

 

 受け取ったものが丁銀と知って思わず凝視する。先輩が客の顔を小判と思えと言っていたが流石に太客でなければ金貨なんて「ちっぷ」で貰えない。銭か、良くて小玉銀である。丁銀を受け取ったのは初めてだった。

 

「足りないかな?大判小判は流石に懐事情がね。勘弁してくれるかな?」

「い、いいえ!!大丈夫です!あ、有り難う御座います!」

 

 青年の謝罪に寧ろ頭を深く下げて謝意を示す恋葉。まだ家族は仕事を見つけられていない。己の稼ぎが家の頼みだった。これだけあれば今月は間違いなく食べるのには困らない。

 

「そうかい。もしかして田舎からの御上りかな?都は色々大変だろうね。頑張ってくれ」

「は、はいっ!!」

 

 最後の最後の微笑みと激励が止めだった。冷たい表情と目上の立場、其処に優しい言葉と金の落差に完全に心を射貫かれた。頬を赤く染めつつ、しかし傍らの姫を見ると良からぬ事が無い内にそそくさと退出する……。

 

「……」

「姫、食事が冷めますよ。温かい内にお食べ下さい」

 

 店員を見送って、御茶を呑み、手元の書き物を続けていた青年はふと、対面の姫の視線と手元に気付くと勧める。折角お腹を空かせたとして注文した料理を、しかし匙は全く掬ってはいなかった。

 

「姫?」

「……お給金、少ない?」

「金というものは幾らあっても足りないって事はありませんよ」

 

 先程の会話を聞いていたのだろう。子供らしい風貌の上司の娘は、マジマジと青年を見やり続ける。

 

「何考えているんです?」

「お給金払ったら、さっきのみたいにお願い聞いてくれる?」

「今でも、姫のお願いには可能な限り応えますよ。駄目なものはお金を貰っても駄目ですね」

「むぅ」

 

 意図を察して事前に提案を潰した役人の青年。父親は己を引き抜いてくれたのでその娘には義理はあるが、それだけの事である。今でも分不相応等と陰口があるがもっと上の女を目指したいのが心情であった。嫌われたら困るが懐かれ過ぎるのも面倒だった。

 

(程好い関係性……それが丁度いい)

 

 眼鏡の曇りを一度拭きながら青年は冷たく考える。御守りは面倒だ。さっさと上司には帰って来て欲しいものだった。

 

「ねぇ。じゃあ御飯食べたあと買い物してよ。それくらいいいでしょ?」

 

 姫の甘えるようなおねだり。距離を詰めるための抜け道探しであろうか。残念ながらそれくらい想定内だ。

 

「えぇ。そう言えば通りの菓子店で安道奈津が売ってましたね。食べ終えたら買いにいきましょうか?」

「っ!いこ!売り切れる前に!!」

 

 その小豆餡を仕込んだ揚げ菓子は都の老舗から暖簾分けされたという北土の茶屋発祥という。伝統に煩い本家が色物新商品を開発するその分家を呼び出して詰問して、責立てて、しかし結局最後は南蛮喫茶の人気に対抗するために逆輸入する事になったのだとか。

 

 新しい物好きの都の富裕層はあっという間に一連の新菓子群を受け入れて、安道奈津はその一つだ。長らく地方にいたために姫は噂ばかりで実際に食べた事はなかった。期待は人一倍であろう。

 

「はむっ、はむむっ……!!」

「早食いはいけませんよ?」

 

 年頃故に最後は花より団子だ。パクパクと卵包炒飯を食べる姫を宥めながら役人の青年はふと思い出す。 

 

(そう言えば、隣は細工品売りだったかな?)

 

 高級品には手が届かぬ物達向けの、模倣品の装飾品が売られていた筈だ。チラリと見た限り其処まで粗悪という訳でもなかった。

 

「……」

 

 青年は手元の完成させた文を見て、考える。そして相席する姫を見る。

 

(一緒に買っておけば誤魔化せるかな?)

 

 一つだけだと誰に誰にと聞いて来て煩そうだった。安物なのだからと高を括る訳には行かない。女というのは面倒な生き物なのだ。

 

「本当に、仕方ないな……」

 

 ふぅ。と文を畳んで懐に戻す。無難に簪なり髪飾り辺りで良いだろう。一緒に封筒に入れて、飛脚に依頼せねば。今は同じ都内にいる筈なので自身で歩けば無料で済むのだが……先方の家の事を考えるとそれは宜しくはなかろう。

 

「全く、無駄な金をかけさせてくれる」

 

 小さく愚痴って、青年は温くなって来た紅茶を砂糖も入れずに呷った……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 宮鷹家。鬼月と並び北土三家と称される名門退魔士家の一つであり三家の中では最も古い歴史を持つ。

 

 元々は央土近辺を根城としていた呪師の一族であったとも伝わる彼らは扶桑国の北土進出・平定に際して従軍を命じられ官軍のために占術で以て寄与したとされている。

 

 後に、他幾つかの退魔士家同様に北土に封じられた彼らは当時としては珍しい呪い等の術式特化の家柄であり、直接的な退魔の役目よりも寧ろ裏方での汚れ仕事に奉仕し続けたという。それ故にこの家は数多くの外法の禁術を編み出して、朝廷の勅命に対しても法の穴を用いてその放棄を拒絶し伝承し続けているとされる。

 

 原作「闇夜の蛍」に登場する宮鷹家の登場人物として唯一にして印象深い存在、それが直系の末弟として記載される、宮鷹忍鴛である。界隈での通称は「マジカル羅魔棒」だ。

 

「巨根に目が眩んで何が悪い?世の中で起きている大体の問題は快楽堕ちで解決出来るだろ?」

 

「ふふふ。傲慢な牡を牝堕ちさせる事がこれほど快感とはね。これは癖になりそうだ」

 

「相手が禁欲的に時間と労力と金と愛情をかけて慈しんで来た娘を淫売牝犬に突き堕としてやるのさ。これはもう唯まぐわう事以上の快楽さ!」

 

 上記の台詞はアレ過ぎる人物だらけな「闇夜の蛍」においてもかなりインパクトを残す迷言であり、そして宮鷹忍鴛の口にする台詞としては極々平凡な平常運転の内容に過ぎない。これより印象に残り過ぎる台詞を「ダース・タマキルート」において彼は毎秒のように口にし続けていた。

 

 色欲と悪意の権化のようで、何故か闇堕ちした蛍夜環に対しては友情染みた謎の好感を見せていた宮鷹の青年を、当然ながら俺は最大限に警戒していた。

 

 何せこの世界はゲーム準拠の世界としてもゲームそのものではない。ダース・タマキルート以外では殆ど出番がないとしても現実においては存在が消滅する訳ではないのだ。そもそもルート何て主人公がTSしてる時点で最早あってないようなものである。妹とエンカウントした暁には阿修羅になる自信があった。特攻してでも守り抜くつもりであった。

 

 さて、そんな厄介者に関する現状の問題は二点だ。一点は奴の穢れし違法建築塔が何か撤去されている事。そしてもう一点は……。

 

「ふぅん。中々悪くないかなぁ。獣の住処にしては、まぁ立派じゃない?」

 

 当然のように客間まで来て胡座を掻く歌舞伎装束の妖艶な麗人。スリット染みている下腹部は多分穿いてない。ギリギリのギリギリを狙った絶対領域であった。嫌でも目に入る影を一瞬見やり、そして顔に視線を向ければ底意地悪い微笑を向けられる。確信犯というものであった。

 

「……」

「警戒してる?まぁ気持ちは分かるけどね?放蕩姫の噂は聞いているわけか」

「関街では御世話になったと聞いております」

 

 此方の隠しきれぬ剣呑な気配を察して、というよりも態とらしく不名誉な渾名の一つを宣って見せる宮鷹の姫。俺はと言えばそんな彼女に形式ばかりに謝意を伝える。本当に形式だけであるけれども。

 

 妹を誘拐して危険に晒した奴に、どうして好意が持てよう?ましてや主人公同様TSしているとは言えあのマジカル色狂いに対して、である。

 

 ……主人公がTSしたから合わせた訳じゃあないよな?

 

「関街?あぁ、そんな事もあったわねぇ。……気にしなくていいけど?此方は此方で自己都合で動いていただけだしぃ?というか貴方には関係ない事でしょ?あの場にいなかったわけでしょ?」

「されども、主家が御恩あるとなれば」

「嘘つき」

 

 俺の言を遮って、姫は語った。視線を上げる。重なる。嘲りと蠱惑を混ぜ込んだ底冷えするような冷淡な笑みが視界に移り込む。

 

「形式ばらなくても悪意……敵意?がある事くらいは分かるの。これでも人の機微には敏感でね。あぁ、此方はもっと敏感に開発してるけど?」

 

 心を読めると宣いながら、ふざけるようにギリギリの袴を更にギリギリのギリギリまで持ち上げる。鼠径部が晒される。本当にギリギリのチラリリズム。太股は丸出し同然だった。

 

「ここは幼子がおりますれば、余りそのような事はお止め下さいませ」

「童の筆下ろしの経験なら豊富だから安心してよ。あぁ、大丈夫、娘子相手もイケるから」

「お戯れを」

 

 そんな話してんじゃねぇよ、と遠回しに修飾しながら口にする。此方の態度にマジカル姫様は詰まらなそうに頬杖をし始める。

 

「ノリが悪い事。もしかして男色?それとも小児性愛?まさか獣愛主義?あるいは……」

「公私は分けるものでありましょう?」

 

 それ以上の名誉棄損を止めるためにピシャリと言葉を遮る。正直もう帰って欲しかった。吾妻が念入りに呪いを仕込んでいるので狼藉した途端に蛸殴りにされるのは確実であったが逆説的に言えば害意ある呪いやら武器を使わなければやり様があるというものだ。『闇夜の蛍』という作品はとにかく敵役連中は法律に異能に呪いの穴を突いて来る連中だらけなのだ。

 

 そも、眼前の姫については関街での一件以来独自に色々情報を集めていた。そして其処から分かる人格振る舞いだけでも餓鬼だらけの孤児院に何時までも居座るなんて事は到底許容し難い話であった。というか狸母ちゃんがひょっとしなくてもブチ切れる。

 

 問題は、俺の立場では出ていけというのは困難極まる点である事で……。

 

「だから客間に餓鬼共は人払いしている、って事?」

「……っ!子供というものは騒々しいものですので」

 

 応対の間際の事だ。俺は白の他、年長組に指示して客間にもそこに通じる縁側に庭先にも絶対に向かうなと厳命していた。鉢合わせからあれよこれよと口車に乗せられて誘拐コースが一番怖かった。餓鬼連中が自主的に行う行動は吾妻の呪いでも制約は難しい。難攻不落の城とて内からの攻略には弱いものだ。これはもう対策しようにも限界があるものだった。

 

「面倒よねぇ?糞餓鬼は分からせてしまうのが一番でしょうに。痛いのも気持ちいいのも禁じられているんでしょ?身体に分からせるっている手っ取り早い方法が出来ないのは大変よねぇ?本当、御苦労様なこと」

「……」

 

 俺の無言の反応に、一層蠱惑的に、からかうように、試すように宮鷹の姫は嗤う。

 

「そうだ。折角だし、御手伝いしてあげましょうか?」

「手伝い……?」

 

 まるで今思い付いたとでも言うように喜楽の表情豊かに淫姫は語る。

 

「そう。御手伝い。子守りの手助け」

「宮鷹の姫ともあろう方にそのような雑事をさせるなぞ……恐縮なれば御遠慮させて頂きたく思います」

 

 言葉は飾っても、実際は拒絶であった。こいつに子守り?子育て?馬鹿げてる。何を企んでいる?

 

「遠慮なんてしなくていいのに。厚意は拒絶せぬのも礼儀というものだけど?」

「名門宮鷹の家の者を煩わせる程の事ではありませねば……」

「安心してよ。家からは放任の身の上だから。生きているのと、必要な時に戻って来るなら何時でも何処でもナニしていても無問題な訳」

「しかし……」

 

 そういう話をしているのではないのは先方も百も承知であろう。悪質極まる押し売りだった。何とか話を受け流さねば……。

 

「……ふぅん。詰まらないの。だったら別ので遊んじゃおうかな?」

「別の……?」

「話聞いてるか知らないんだけど、この前鬼月の御客さんと御茶会しようとしてお流れになっちゃって。……折角だし、仕切り直しに何処かにお誘いしようかって思って。歌舞伎鑑賞とかぁ?」

「……っ!?」

 

 マジカル淫姫の言葉は静かに俺に衝撃を与えた。それは悪夢といっても良かった。絶対に避けねばならなかった。

 

 原作『闇夜の蛍』において、ダース・タマキルートに入るためには幾つかの条件と選択肢がある。マジカル魔羅棒に誘われての歌舞伎鑑賞はその一つであった。

 

 正確には非公式の女歌舞伎。お気に入りの演者を狙って楽屋に一人向かう魔羅棒に、環は置いて行かれる。そして探そうと席を立った所で暗い観客席で彼は出会す事になる。御忍びで観劇していた左大臣と。

 

 鑑賞しながら歌舞伎の歴史、演目の歴史、そして巫女の歴史について語る左大臣はそして言葉巧みに主人公の心中を聞き出し、その悲しみと絶望と、力の渇望を吐露させていき……それはまさに闇堕ちの第一歩であった。

 

「……承知致しました。其処まで仰るのであれば、お受けさせて頂きましょう」

 

 俺は殆ど反射的にそう口にしていた。口にして、やってしまった事を後悔する。軽率な発言をしてしまった事への失敗を悟る。しかし、もう遅かった。口は禍の元である。

 

「ふふっ。それは結構。明日から楽しみ。お泊まりの用意、御願いね?」

「……泊まり?」

「まさか、夜道を姫一人歩かせて帰らせるつもり?」

「お一人で来られるのですか?」

「自由放任って言ったと思うけど?」

「……」

「じゃあ、そういう事で失礼。……お土産も用意しておくから、お楽しみにしていてね?」

 

 唖然とする俺を尻目に立ち上がり、宮鷹の姫は退室する。紫の時と違い、障子を開いても慌てる子供共はいなかった。唯一人、白い狐の少女だけが縁側に控えていた。

 

「あら、可愛らしい獣仔な事」

 

 無言の白を見下して、宮鷹の姫は宣った。

 

「見送りは不要。じゃあまた明日♪」

 

 俺に言い捨てて、ご機嫌に淫姫は去っていく。紫の時と違って、俺はそれを追いかける気力は無かった。ただ、その場で項垂れて頭を抱える……。

 

「伴部さん……」

「ははっ。困ったな、こりゃあ……」

 

 渇き切った声で、誤魔化すように苦笑する。苦笑しようとして、しかし声はそれすらも出来なかった。疲れ果てて、困り果てた虚しい呟き……。

 

「あの発言、環さん達の事ですよね……?」

 

 恐る恐ると尋ねる白。

 

「分かるか?」

「おおよその内容は聞いてます」

「そうか……」

 

 恐らくは葵経由であろう。

 

「そんなに、心配でしたか?」

「はは。まぁ、余り接触させたくはないな」

 

 原作よりは追い詰められていないが、そもそもTSしているが、何が切っ掛けで暗黒面に堕ちるか知れないし、左大臣の反応も怖い。最悪闇堕ちさせるために希望を摘まれる可能性だってあるのだ。

 

 ……環の傍らにいる可能性が高い雪音。その存在を左大臣連中がどのように評価するのか。それを思うだけで俺の身は震える。

 

(葵は……何とかしてくれるか?)

 

 俺の足に縋り付いた少女の事を思い返して俺は迷う。彼女が何とか保護してくれる事が最良。しかし、期待出来るか?原作の振る舞いを思うと、とても……。

 

「……伴部さん?」

「……うおっ!?」

 

 悩み、悩み、悩み、気付いた時には目と鼻の先にいた白の顔に思わず俺は身を仰け反る。

 

「大丈夫ですか?凄く苦悩しているみたいでしたから……」

 

 本当に、本当に、心配そうに俺を見上げる白狐。健気過ぎる姿は一周回って見る者によってはあざとさを感じさせるかも知れない。いや、性格と間柄を思えば流石に演技ではないだろうが……。

 

「そりゃあな。……済まねぇ。厄介な事になっちまった」

 

 取り敢えず、ここに来て漸く俺は謝罪した。本来ならばもっと早くせねばならぬ事であった。白を、孤児共を、危険に晒す羽目になったのだから。

 

 ……吾妻に知られたら半殺しにされそうだ。

 

「あ、謝らないで下さい!私も手伝いますから!この家は吾妻さんのお陰で危ない事は出来ない筈です。きっと大丈夫ですよ……!!」

 

 白は慌てて俺を慰める。共に切り抜けようと励ます。実に健気だった。

 

「……あぁ」

 

 健気で前向きな姿に、そして深く理由を聞いて来ない優しさに俺は謝意を込めて返答した。

 

「……そうだ。下郎餅は食べるなよ?少なくとも色々怪しいのが入ってないか確かめてからだからな」

 

 薬飯は原作のマジカルにとっては基本技である。

 

「あの、それが……もう皆で寄って集って食らい尽くしてます」

「……」

 

 因みに何の異変もなかった。取り敢えず食い散らかした奴全員おやつ抜きにした。身から出た錆であるが、初手から前途多難であった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「やぁ。どうだい?一つ乗って行くかい?」

 

 人気の少ない夕刻前の農道を、傘を手にして歩む宮鷹の姫に向けての提案であった。

 

「あらら。それはもしかして逢い引きの御誘い?残念だけど……って、貴方ですか」

 

 蠱惑的に誑かすように微笑んで、しかし車の窓から覗く顔を見て即座に詰まらなそうなものへと変える。亡霊の傀儡が其処にあった。げんなりと、やる気もヤル気も削げる。これが他人であれば相乗りと引き換えに車まぐわいくらい許してやっても良かったのだが。

 

「其処まで残念がられる言われはない筈だが……それよりどうする?乗るかい?安心してくれたまえ、何も仕掛けはないよ。ここから目的地まで歩むとなるとこの初夏の季節だ。汗だくは淑女には似合わない」

「そっちの方がいいって趣味もあるんじゃないの?」

「少なくとも今回は違うんだろう?」

「ちっ」

 

 舌打ち。観念。仕方なしに同乗する。車中に足を踏み入れると実に涼しい空気が肌を撫でた。思わず目を白黒させる。

 

「何これ、『迷い家』?」

「残念。雪精だよ」

 

 言うや否や、役人の出で立ちの亡霊の背後からわらわらと現れる掌程の妖精共。面を被り藁で身体を覆うチビ助共は車の彼方此方と勝手に歩き回る。その身体からはひやりとした冷気を放っていた。

 

「これはまた随分と珍妙なものを作ったわね?人工?養殖?」

「どちらとも言える。……妖精共は神格や妖の亜種だよ。霊脈から溢れて出す霊気が作り上げた仮初めの命だ。あるいは命のように振る舞う現象だ。短命の、事象だ」

 

 それはある意味で神秘と言えるし、見方を変えれば飽和した霊気を消費するための単なる自然現象であった。野火や雷に近いかも知れぬ。雪精はその一種。人の手の入らぬ辺境の霊脈で冬季にのみ見られる現象であった。……本来は。

 

「大臣の氷室を借りて実験してね。霊水を核で覆って保存しておいたんだ。核は霊力の方向性を固定する形で形成していてね。央土の霊脈の枝葉と接続して、見事にこの雪の精共が仕上がったという訳さ」

 

 パチパチパチと拍手すれば意味を理解しているのか知れぬが真似るように雪の精共も同じように拍手する。それは山彦に似ていた。単なる反射である。愛らしくも滑稽な様である。

 

「ふぅん。発想はそれなり?けど、貴方程の退魔士が、また随分と下らない実験をするじゃない?」

 

 それこそ目の前の存在は贄を大量に用意しての禁術の大儀式だってする化物なのだ。それが珍妙なりとて今更こんな小さな小さな実験をする理由が理解出来なかった。例えるならばそれは鬼殺しの呪刀を打てる匠が態々包丁を意匠に凝って打つようなものである。余りにも不釣り合いであった。

 

「いやいや、基礎研究は大事だよ。世の中の技術も日々発展してるしね。壮大じゃなくても、昔は出来なかった類いの繊細な実験も出来るものが増えた。研究者としては喜ばしい限りさ。いい時代になったものさ」

「それは御苦労様。禁忌を犯し、祖国を裏切った大逆人の癖に本当に楽しそうな事ね。……お姫様の面倒も愉快げにしていたしねぇ?」

 

 過去どれだけの口に出来ぬようなおぞましい所業を重ねて来たのか、それを想像して、思い返して、忍鴦は詰る。何だったら嫌味も忘れない。左大臣の養子にして実孫娘を、この亡霊は大層愉快げに世話をしていたのを彼女は知っていた。当の孫娘はと言えば毎度嘘臭く微笑むこの亡霊を、仁徳豊かで尊敬する祖父に取り入り利用せんとする侫臣として剥き出しの敵意を向けている。

 

 ……本人は全く意に介していないし、何なら大好きな祖父の真意を見抜けぬ所は愚かしくて堪らないが。両親の死が祖父の差し金だと知ったらどんな間抜けな顔をしてくれるであろうか?

 

「そう虐めてあげないで欲しいね。そういう風に愚かに育てたんだから仕方ないだろう?可愛らしいじゃないか?」

「性格悪」

 

 以前手塩に掛けて仕込んでやっていたという松重の娘もであるが、本当に悪質な亡者である。左大臣も大概だが、この男はこの男で愛情表現が歪んでいるのではないか?

 

「酷い言い様だ。可愛い子には旅をさせろ、てね。獅子は子を崖に落とすともいう。逞しく育てるための愛というものだよ」

「ふぅん。あれもそういう訳?」

 

 師であり、同志であり、協力者たる亡霊の物言いに対して脳裏に過る面の男の姿。指摘に対して役人の顔面筋は慈愛に満ちて歪む。菩薩染みているのが気持ち悪かった。やっぱりこいつの頭の螺は可笑しい。長生き?し過ぎた弊害だろうか?

 

「そうだね。あれは……どちらかと言えば掘り出し物って所かな?何にせよ、期待以上の親孝行者さ」

「アレに同情したくなったわね」

 

 傍らをひょこひょこ歩く雪精を摘まんでジタバタする様を弄び、心から思う。こいつにとってはあの男はこの雪精と本質的に同じなのだろう。無論、己や松重の娘も、あるいは蝦夷の男も同様。経過観察の実験台。あるいは標本……。

 

(まぁ、それでもいいけど)

 

 元よりその程度の扱いは織り込み済みだ。覚悟の上での師事であり、協力だ。だからこそ苦行を乗り越える事が出来たし今日まで生きていた。其処には恩……はないが取引である。受け取った分の代価は出さねばなるまい。

 

 彼女自身、全てが滅茶苦茶になる様は心から望む所でもあるのだから……。

 

「……到着したね」

 

 車が停まる。亡霊が窓を見る。いつの間にか夕暮れも落ちて星空が天に輝き出している都の外れ。囲いに覆われた出町。幻想的な光に満ちた鳥籠の街。虚飾の楽園。色の街……。

 

「中まで入ろうか?」

「止めといたら?流石に大臣の家紋の車でそれは不味いと思うけど?」

 

 家の恥を晒したときゃんきゃん孫姫が吠えそうだ。年頃の潔癖な娘である。そういう事を到底認められる器は無かろう。

 

「それはそれで反応が楽しそうなんだけどね。回らぬ頭で私を家から追い出そうと努力する姿は中々見ていて応援したくなるんだ」

「訂正しましょう。性格が悪いを超えて性根が悪いわね」

 

 ぽいっと雪精を放り捨てて忍鴦は車から降り立った。男装しているようで、花魁にも見える妖艶な娘の姿に門番共も行き交う客共も一瞬呆ける。助平親父共の中には何処の名店の遊女か囁き会う。大臣の立派な車から出てきたのだから尚更に。どの道この分では箱入り娘が吠える事になりそうだった。

 

「さてさて、それでは生きましょうか?」

 

 行って、生って、イって、逝こう。詰まらぬ常世であろうとも、苦界であろうとも、それは根源的な欲求だ。ならば精々面白可笑しく、悔い無きように。

 

「私と共に、ね?忍鴛?」

 

 紫水晶のように輝く魔瞳を撫でて、今一人の己の斬滓を撫でて、放蕩者は淫楽の街を踊り歩くのだった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「ふふん!という訳で下人、この私が再度来て上げましたよ!!今度こそまともに客の接待をして見て下さい。期待してあげますよ……!!」

「そして私も参上したわけ。……あ、これお土産。アゲル」

「へっ!?貴女は……って、うひゃああああっ!!?何ですかそれぇ!!?」

 

 仁王立ちでふんぞり返る赤穂家の姫君の頬にネバネバした極太棒が叩きつけられて絶叫が鳴り響く。因みに正体は中土鉄庫邦直送新鮮海鼠である。……あ、今ワタ吐いた。

 

「ぎゃあああああっ!?白くて粘って、ネバってぇぇ……!!?きゅん」

「姫様ああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 頭からぶっかけられた大量の白濁の糸に混乱と恐怖から処理落ちバタンキューする紫と、同じくらい悲鳴を上げて駆け寄る女中であった。下手人の歌舞伎者はと言えば両手に持つ赤黒いナニをしごいてニヤニヤと遊んでいた。ナニは敏感な躯き刺激を食らってブンブンくねりながら白い物をひたすら吐き出している。いや、何遊んどんねん。海乳塊遊?何それ知らん……。

 

「ねぇ。あれ、旨そう!咥えていい?」

「……調理してからな?」

 

 目を輝かせてギリギリ過ぎる台詞を口にした空気の読めぬ蜥蜴に向けて、俺は自重を求めるのだった。

 

 ……取り敢えず床に飛び散った生臭くて白いの片付けようかな?

 

 

 

 

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