和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第一七二話

 この世界において人の支配の及ぶ地は決して多くはない。

 

 海に、山に、草原に、あらゆる地に怪物共は棲息している。現存する人種国家の大半が、それこそ地図の上でこそ広大な領域を支配していても実態は都市と街道の点と線しか支配していないという事例は枚挙に暇がない。

 

 面として土地を支配している、と言えるのはそれこそ曾ての西方帝国の『本土』や大陸王朝の『中原』、あるいは天竺にあるという『聖域』くらいのものであろう。比較的人の力が強い扶桑国においても央土以外は怪しいものであった。

 

 ……地図上においては扶桑国の辺境、しかしながら実態の統治は殆ど及ばぬ山奥の地。度々巡回の兵や猟師、樵が足を踏み入れる程度の未開の領域。其処に彼女らはいた。

 

『それでさぁ!その坊っちゃんどうしたと思う?何と自分の親父刺しちゃったのよ!!』

『え~、それマジ?超ウケる!!』

 

 姦しくお喋りに興じる女達。美しい美貌に、同じくらい鮮やかな装束に身を包む美女の花園。しかしそれは異様だった。逞しく鍛えた男でも苦労する深い森の中にどう見ても華奢な娘共が当然のようにいるのだから。

 

 老練な猟師であれば即座に隠れて火縄銃を向けていた事だろう。樵は息を潜めて去り行くのをひたすら待った事だろう。その正体は山で生業をする者達なら直ぐに思い至る筈だ。妖狐、人に化けて悪辣に騙り貶める残虐なる化物共……。

 

『あはは!甘い甘い。私なんて武士の餓鬼騙して仇討ちさせてやったのよ?』

 

 森に似つかわしくない姿は人界に潜んで戯れていた時そのままに。甲高い声でけらけらと語るのは吐き気すら催す邪悪な武勇伝である。

 

 ある狐は商家の女中となり幻術で店主とその息子を惑わせた。店主の手籠めにされたと泣き腫らし、息子を同情させて痴話騒ぎを起こさせた。店主は背中から刺し殺されて、息子は父親殺しの罪で打ち首となったのだとか。

 

 ある狐は裕福な鴛鴦夫婦を破局に追いやったのを誇る。いたいけな無垢の少女を装って、保護した夫を惑わした。一方で妻には麗人を装って近付き、互いの姦通を詰らせて刃傷沙汰に追いやった。

 

 三人目の狐は自慢の滑稽話を語る。ある武家の娘を殺してその皮を被る。許嫁の父に近付いて誘惑して、犯させる幻術を見せさせた。世を嘆いて自殺して見せて、あとは両家が血で血を洗う凄惨な仇討ち合戦。最後は両家共にお取り潰しである。狐はそれを終始鑑賞して笑い転げた。

 

 各々が語る様には一切の後ろめたさはない。陽気な笑い声が鈴のように鳴り響く。妖狐とはかくも悪意に満ち満ちた存在なのである。

 

『……ん?』

『どうしたの、翠晶?』

 

 違和感に耳を揺らし、五尾を揺らした翠狐に、残る二匹が怪訝な視線を投げ掛ける。

 

『いえ。今妙な感覚が……?』

 

 妖狐という存在は狡猾だ。狡猾故に賢い。その知性故に油断せずに獣共は気配を警戒する。警戒するが、しかし……。

 

『……何もないじゃない?』

『気のせいじゃないの?こんな辺鄙な山奥よ?それに、私達を誤魔化せる程の奴なんてそういないわよ』

 

 五尾が二匹に四尾が一匹。九尾の大妖狐には遠く及ばぬが、そも一本尻尾を増やすのに本来ならば百年は要するのだ。そして妖狐は幻術に長けて、獣妖故に感覚は鋭敏だ。その探知を逃れられる存在はそういない。平均的な退魔士ならばお喋りしながらでも察知するのは十分に可能だった。

 

『……そういうものかもね』

 

 尚も納得出来ず、しかし幾度気配を探ろうとも探ろうとも何も感じない。狐璃翠晶の名を名付けられた妖狐は首を傾げつつも結局仲間とのお喋りを再開した。警備の任を受け持っていた彼女らであるが、一体こんなド辺境に誰が訪れるというのだろうか……?

 

「……」

 

 隠行と幻術を併用する化狸が彼女らの真横を堂々と通り抜けて行く様を、しかし結局一匹として感知する事はなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 「ん、んん……」

 

 夏を思わせる蒸し暑さに、俺は脳を不快感をお供として覚醒させる。夏物の布団は薄く風通しを良くしていたが、それでも蒸せるのか全身に熱を感じていた。衣類の内側が汗ばんでいるようだった。

 

「う、うん……」

 

 重い瞼を開くのに難儀する。柔らかい枕に顔を沈める。心地好い感触。甘い香り。そう。それはもう、思わずずっと埋もれていたくなる程で……。

 

「ふぅん。そんなに気に入ったわけ?何だったら赤子みたいに甘えてみる?」

「……」

 

 目と鼻の先で投げ掛けられる言葉。嗜虐的に此方に向けて問い掛ける放蕩姫の姿。濁った泥のような眼差し。

 

 寝床で自身を抱き枕として差し出している半裸の宮鷹忍鴦と、それに抱き着いて寝ている俺であった。夏場に一晩中密着していたのか、湯気を感じる程に互いに汗だくだった。搾ったら衣服から滝が流れるのではないかと思える程だった。それが現実であった。

 

「何故……?」 

「何故って、御仕事終えたとと様への御褒美?」

 

 どうしてここにいるのかという質問に対する添い寝の理由の返答。会話がズレていた。というかとと様って何だよ。とと様って?

 

「あら?餓鬼達の御世話を夜中までやっていたでしょうに。忘れたの?」

「父親扱いして呼ばれる言われはありませんが?」

「旦那様扱いなのかもねぇ?」

 

 色香と淫臭立ち込める中での剣呑な会話であった。そして遅れて気付く。部屋に残る微かな匂いの残滓に。

 

「香?」

 

 香炉からうっすらと上る煙。安眠を促す香薬。それが俺が夜間に目覚める事なく、挙げ句に抱き枕していた事にも気付かなかった要因で……。

 

「……っ!!」

「……にひっ」

 

 チュンチュンと障子の向こう側から鳴る小鳥の鳴き声が妙に耳に響く。口元を釣り上げて淫姫が嗤う。俺は息を呑み歯を食い縛る。周囲を確認する。武器の置場所を確認して、家具の位置を確認して、互いの姿勢を確認して、計算する。それはここから万一にでも荒事に縺れこんだ場合の想定で……。

 

「下人!いえ、家人扱!まだ寝ているのですか!?」

 

 直後障子の向こうから鳴り響いた元気な叫び声。ドンドンと威勢良く足音がする。その正体は明らかで……何か凄く嫌な予感がするような?

 

「ここにいましたか!!」

 

 宣言と障子が開くのは同時で、目映い日差しが暗い部屋に射し込める。

 

「ふふんっ!情けない限りですね!いい歳して寝坊等と……まるで此の屋敷の小僧共のようで、いいえある意味それ以下ですね!まさに子供そのも、の……?」

 

 汗だくで暗い室内で褥を(無許可で)一緒にしている宮鷹の姫と俺を見て、赤穂紫は硬直して、唖然として、凍りついていた。眼前の光景が何なのか、何を意味するのか、ナニなのかを理解し切れていないようであった。

 

「な、にぉ……?」

「えっと、あー、これはだな……」

 

 呂律が回らなくなる程混乱している紫に、俺は弁明しようとして直後に身体を引き寄せられる。はだけた女の汗ばんだ胸元に抱き寄せられる。

 

「そうかっかしなくていいのにぃ。折角朝から夜まで健気に子守していたんだから、御褒美をあげないと。ねぇ?」

 

 頬同士が触れ合う距離で甘える声で求められる同意。あからさまな程にあからさまな嫌がらせだった。俺は紫を見る。愕然として口を開く少女の姿。

 

「ご、ほうび!?」

「そ、御褒美。ふふふ、凄い腕力で絞められちゃってさぁ!逃げれないくらい。本当、(腕が)ぶっとくて、凄かったなぁ?」

 

 そんなこと言いながら流し目の淫姫。おいやめろ。主語や述語や名詞をちゃんとしろ。省くな。

 

「す、すご、ふとっ……!?」

 

 俺の訴えは紫の耳には入らない。ただ忍鴦の言に反応してみるみると紅潮する頬はもう茹で蛸を越えた茹で蛸であった。感情の抑制が利かないのか其処に加えてみるみると目元に涙が溜まっていく。そして……。

 

「と、時と場所を選ばぬ破廉恥共め!私が直々に成敗……うおぉっ!!?んぎゃっ!?」

 

 怒声と共に暴走したように引き抜こうとした妖刀は、しかし何故か刀身がぎっちりと固定されている故に鞘から抜ける事はなくて、寧ろ柄を力み過ぎた結果前屈みに彼女は布団の上に顔面を突っ込ませて昏倒した。因みに目を回して呻いている。

 

「……ださ。詰まんないの」

「えっと、何だ……取り敢えず、グッジョブ?」

『……』

 

 持ち主自身の、恐らく訪問前の警告に従って鞘から抜けぬように刀身を膨らませていた沈黙の蛇刀に向けて俺は謝意を示すのだった。

 

 ……主に紫自身の生命を守った事に対して。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 宮鷹忍鴦が無理矢理気味にお泊りをしてきやがったのはどうにもならないとして、どうして赤穂紫が朝っぱらから出て来たのか?……あぁ。そうさ。大体予想通りの猿展開だよ。

 

 前日、二度目の訪問(菓子折りは都老舗の金鍔である)で彼女は同じく訪問中の宮鷹の姫とエンカウントした。エンカウントした上にその土産物によって頭から白濁をぶっかけられて気絶した。問題はその後だ。

 

 女中の非難については一度脇に置いておく。詰る女中に対しての卑猥過ぎる淫姫の返答、嘲りも置いておく。取り敢えず掃除して、調理して、丁度起きて頭から生臭い状態で涙目になっていた紫に、俺は風呂に入るように勧めた。

 

 元々は糞餓鬼連中のためのものであるが、流石に客人の貴人のぶっかけ被害者を後回しは畜生の所業である。紫自身も白濁垂れた頭で屋敷に戻るのを拒絶した。色々酷い勘違いされそうだから当然だ。というか最悪伝言遊戯の末に俺の元に赤穂家のヒットマンブラザーが仕掛けて来る展開もあり得た。それだけは御免であった。

 

「私もここに泊まりますからね!」

 

 風呂上がりの紫の宣言は突然の事で、唯でさえ厄介な事態を更に厄介にした。本人曰く鬼月と宮鷹の仲は決して良好ではない、ましてや悪い噂のある宮鷹の姫を世間知らずの家人扱と一つ屋根の下に置くのは論外、面倒事にならぬように目付をしてやろう……そんな旨の事を宣っていたが、個人的にはそれなら二人纏めて出ていって欲しかったな。

 

「今更詮無き事ではあるんだがな……ふぅ。臭いはないな?」

 

 紫の宣言の翌日、場所は孤児院の裏手。裸一貫に桶の水と手拭いで以て汗だくだった身体を洗い、拭き、清める。体臭を確認する。よし、変な臭いはもうこびりついてないな。

 

「伴部さん、もういいですか!?」

 

 檜垣の向こう側からの呼び掛け。「少し待ってくれ」と答えて俺は黒装束に着替える。そして寝間着と手拭いを纏めて水の入った桶に投げ込んだ。

 

「もういいぞ?」

「は、はい……えっと。それ、洗濯物の中に一緒に入れておけばいいんですかね?」

 

 桶を見ながら白が恐る恐ると尋ねる。日々の洗濯は電化製品のない時代は重労働であり、洗濯物の量自体も餓鬼の多さから流石に吾妻一人では無理らしく、年長組も含めての持ち回りの共同作業だ。孤児院に戻って来た白もその例外ではなくて今日は彼女も洗濯係であった。俺に向けて洗濯物の回収を確認する。

 

「気持ち悪いなら別枠でもいい。放っておいてくれたら自分でやっておくぞ?」

「い、いいえ!そんな事は……!?大丈夫です、伴部さんの汗なら慣れてますから!」

「それはそれで問題な気もするな!?」

 

 白のナチュラルなようで健気なようでいて問題だらけの発言への突っ込み。何だろう?妖母の影響なのか?妖とのエンカウント率的に、何かアイツ妖種に効くような変なフェロモンでも分泌してたりしない?

 

「余り勘違いされそうな言い回しは止めてくれ。それと飯は……どうだ?問題無さそうか?」

「えっと……はい。指南書を読み込みながらやってましたので。味見もしましたが問題なさそうでした」

「そうか。……じゃあ行こうか?」

「はい。あ、私は此を運んでから行きますので、御先に行って下さい!」

 

 うんしょ、と桶を持ち抱えての白の勧め。洗濯物置場までの距離は大したものではない。俺は勧めに従って先に失礼する。

 

「気を付けろよ。溢してずぶ濡れなんて事になるなよ?」

「大丈夫ですって!」

 

 俺の忠告にプンスカとばかりに頬を膨らませての白の返答。苦笑して、謝罪して、俺はそそくさとその場から立ち去った。彼女との会話は前途多難で課題が更に追加されたこの任務中のある種の清涼剤であったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「ふぅぅ……ふぅぅ……」

 

「んっ、はぁ、ぅ……」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

「このような献立で宜しいでしょうか?」

 

 厨房では割烹着姿の女中が料理を見せながら不満を隠し切れぬ表情で尋ねて来た。彼女の態度はある意味当然の道理によるものであった。

 

 赤穂紫がお泊まりを宣言したのを、究極的には女中には止める事は出来ない。諫言が聞き入られないならば最後は従うしかない。それは良い。

 

 問題は受け入れ先の俺が寝坊した事で、お陰様で朝餉を拵える役割が回って来た事で、しかも主人が俺と宮鷹の姫が同衾しているのが発見されて、止めは何か主人が転んで目を回した事で彼女の俺に対する印象は下方修正の一途を辿っていたのだ。

 

「……あぁ。これでいい。その、上出来だ」

「それは結構で御座います」

 

 粥飯、豆腐汁、茄の煮物、胡瓜と海鼠の酢の物…ひょっとしなくても海鼠は昨日紫の顔面にぶっかけした奴らである。下処理して今日のご馳走であった。

 

 ……自分の主人にぶっかけしたのを調理する心境って何なんだろうな?

 

「何か?」

「あ、いや……旨いと思って」

「有り難う御座います」

 

 少し前までは向こうの方が上の身分で、今は俺の方が多分上の立場で、上記の経緯から来る何とも言えぬ空気の中で俺は薮蛇にならぬように味見に集中して、褒め称えるようにして答えた。当然のように形式ばかりの冷たい返事が来る。

 

「甘味には西瓜を、井戸水で冷やしておりますので後程御召し上がり下さいませ」

「分かった。助かる。その……それでは運びましょうか?」

 

 逃げるように提案。何か敬語になっていた。圧がキツい。視線を女中から逸らす。鍋を持って餓鬼共が待ち構える居間に向かい……。

 

「そうねぇ。じゃあ次は古典・桃太郎でもお話してあげましょうか?川から流れて来た桃を食べて若返ったお爺さんとお婆さんは昔の情熱を思い出しました。美しい姿の妻に、牡と化した男は飛びか「いや、待てやこらぁ!!?」

 

 居間で何か当然面で純粋無垢な年少組に大人の昔話を語ろうとする淫姫向けて、俺は大声で突っ込みを入れる。

 

「何?騒がしいんだけど?可愛い子供達に楽しいお話している所なんだけど?」

「楽しいの意味違うよね!?」

 

 そもそも可愛い子供達なら卑猥な御伽話聞かせるの止めろや!

 

「御伽話じゃないわ。紙芝居だけど?」

  

 そういって足下の畳を指差す宮鷹の姫。俺はそれに釣られて視線を向ける。

 

 ……何か青い人形の折紙が赤い人形の折紙をパンパンしてた。オーイエスみたいに喘いで反り返ってた。多分色々佳境にあった。爆発寸前だった。

 

「ねぇねぇ。このやっこさんなにしてるの?」

「おうまさんごっこ?」

「ふふふ、惜しいわね。それは騎乗位じゃなくて後背位「よーし餓鬼共、飯の時間だぞぉ!!」

 

 色々と達する直前に折紙を踏み潰して俺は鍋を卓の上にドンと置く。全員に注目しろとばかりに大声で宣言する。足下ではぴくぴく折り紙の奴が呻いていた。あ、力尽きた。

 

「酷い事。尊い尊い命の揺り籠なのに……」

「紙だよね……!?」

 

 俺の所業に嘘臭く泣き真似するTSマジカル姫。ちびっ子連中は「うあぁぁぁ、お爺さんとお婆さんがぁ!」とか「おにさんをこえたおにさん!!?」とか「うそだ!こんなことが、こんなことがゆるされていいの……!?」と悲鳴を上げている。あの、オリジナルで語録使うのは規約違反っすよね?

 

「あー、もう!ほらほら、おふざけも遊びも終わりだ!席につけ、席に!飯にするぞ。早く座れ!!鬼さんにドナドナされたくないだろう?いい子にしてろ!!」

 

 取り敢えず騒ぎ立てる糞餓鬼連中を静かにさせて飯の時間だと分からせる。多少脅迫しないと年少組は延々と語録で非難してきそうだった。

 

「よし、席に着いたか?えっと、紫様は……」

「……問題ありません」

 

 事態を収拾して、兎も角も糞餓鬼共を座らせて鎮める。何か当然面で卓を囲む淫売の姫は置いておくとして、仏頂面で正座する紫に呼び掛けるが淡々と返される。そして沈黙される。

 

「ふふっ」

「ちっ」

 

 原因は明らかで、元凶に視線を向けると薄ら笑いをされて、落書き面の下で舌打ち。

 

 赤穂紫は抜けていて不運で空気の読めぬ所があるが、それでも清廉潔白な性格である事に間違いはない。人格的には斜め上の、あるいは斜め下の、裏側に捻じ曲がるような解釈もしない安心出来る存在だ。故に協力出来れば心強いのだが……今朝の一件によってその希望は破綻寸前に思われた。

 

(彼女にとっては最早俺は餓鬼の御守をする立場の癖に同じ屋根の下で早々に淫乱淫売の女とハッピーハッピーしやがった猿、といった所か……?)

 

 蔑みを含んだ冷たい視線から彼女の認識に当たりを付ける。赤穂紫は善良で気狂いヒロインズ共に比べたら遥かにマシとは言え、早とちりしやすいキャラであった。何だったら彼女の中ではもう孤児院の餓鬼連中を淫欲の魔の手から守れるのは自分だけと思ってそうであった。

 

 ……仕方ない。この際最悪協力出来ないのは諦める。彼女が餓鬼連中の保護に目を光らせてくれるならば越した事はない。期待するとしよう。……餓鬼連中には悪戯しないように注意しとこ。

 

「……頂きます」

 

 其処まで考えて、俺は重々しく手を合わせて同じくらい重々しく掛け声を口にする。餓鬼連中がてんでバラバラにそれに続いて、姫二人は静かに豊穣の恵に感謝の言葉を述べた。

 

 朝餉の時間が、始まる。

 

「おしどりおねえちゃん、これあげるー」

「あらあら。有難う、おチビちゃん?」

 

 口の中に物を入れてのお喋りは禁止であるが食事中のお喋りは禁じていない。故に食卓で会話が交わされる事自体は不思議ではない。ましてや怖いドナドナしにきた男よりも物珍しいお姫様の方が警戒されないし興味を惹くのも当然の摂理ではある。

 

「ねぇねぇ。あとでまたおはなししてー?」

「こましよー?」

「ちがうって。けまりするんだってぇ!」

 

 ……いや。このマジカル、糞餓鬼連中から人気あり過ぎない?紫の方に声掛け殆どないんだけど?何か少し気まずいんだけど?

 

「不機嫌そうなのが理由じゃないかと。あと……」

 

 俺の疑念に傍らから耳打ちする白。今朝の騒動もあってピリピリしている所に、しかも彼女は妖刀なのもあって傍に常に得物を置いている。加えれば気難しそうに控える背後の女中。それらの要因からどうも子供としては近寄り難いようだった。

 

 その点、肩肘張らずにおふざけ上等のマジカルの方が気安いのかもしれない。あぁ、糞。いきなり想定外の状況だ……。

 

「はいはい。喧嘩しないのぉ。みーんな仲良くしましょうね?お姉さんなら一晩中遊んであげられるから、争っちゃ、だぁめ。分かったかな?」

「「「はぁい!!」」」

 

 喧嘩になりそうな所を宥める忍鴦。言ってる事は普通なのに卑猥に感じるのは気のせいではない。棒のある方もショタロリと「遊んで」いたのだ。絶対似たような事考えていた。吾妻の呪いがあるからあからさまには何も出来ないとは思うが……どんな裏技使って来るか知れない。

 

「私が、頑張って監視しますっ!」

 

 俺の心配を察して囁く白。同じ子供なので自然と監視出来る立場である。

 

「……危ないと感じたら直ぐに叫べよ?」

「了解です!」

 

 俺の心配に、心から同意とばかりに頷く白狐。二人の心が一つになる瞬間だ。絆が深まる。……嫌な深まり方なのは気にしてはならない。

 

 何にせよ、残る日数をどうにか無事に切り抜けたいものであった。

 

「……あ、海鼠旨い」

 

 疲れを取るためもあって、酢の物に手をつけての俺の呟きであった。視線に気付いて向けばニヤニヤしながら口の上で海鼠の塊を弄ぶ女がいた。

 

 凄く凄く、愚弄を感じた……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 白にとって吾妻雲雀の孤児院は思い出深いものであった。

 

 身を預けていた時間は短かったがそれでも当時の記憶も記録も曖昧で右も左も分からぬ有り様であった時に、己を受け入れてくれた孤児院がどれだけ有り難かったか。己の「本体」達が引き起こした所業を思えば、尚更に。

 

 あの所業の後でも吾妻も、彼女の子供達も白を受け入れてくれた事がどれだけ嬉しかったか……だからこそ白狐はその恩義に報いるために、そして自身の恩人の御願いに応えるために、勝手に孤児院に泊まり込む余所者を監視し続けるのだ。

 

 尤も……。

 

「そうら。私の勝ちね」

「えぇっ!?どうして?どうしてかてないの!?」

「つぎぼくがやる!!つぎこそかつよ!!」

「もういっかい!もういっかい!!」

 

 尤も、庭先で良い歳して幼子達と独楽遊びする女の姿を見続けているとどうやっても己の行いの意味を自問自答せざるを得なかったが。

 

 朝餉を終えて、食後の甘味としての西瓜で庭先で勝手に種飛ばし大会して注意された宮鷹の姫は、恩人たる彼が年長組と共に掃除や洗濯といった家事に取り組む中で遊んでいた。正確には元気溌剌でじっと我慢の出来ない年少組の子供らと年相応に遊んでいた。当然ながら年少組らの年相応の遊びで、である。

 

 というか、この女さっきから強くない?子供の遊びに何本気になっとんねん。無双してんねん。普段から餓鬼の遊びに興じているかのような強さである。強さの次元が違う。

 

「おねえちゃん、つよすぎるよ!!」

 

 連戦して連敗すれば流石にそんな文句も飛んでくる。頬を膨らませてムキになったように少年が叫ぶ。当の女はそんな子供の反応に悠然と微笑む。

 

「そうねぇ。じゃあ次は坊や達みんなでかかってらっしゃいな。全員で寄って集って揉みくちゃにして、一人でも残ってたらみんなの勝ちにしてあげる」

「ほんと?じゃあみんなでいくぞ!たぜーにぶぜーだ、いっけぇ!!」

 

 聞く者によっては卑猥に思える内容を厭らしく宣う忍鴦。聞き入れる子供達の方は素直に純粋に内容を聞き入れて、元気良く戦いを挑みかかる。

 

 ……結果は惨敗だけど。

 

「どーしてぇ!?」

「ずるっ!ずるしてる!!ぜったいずるしてるよ!!」

 

 ブー垂れる子供ら。子供によっては尻尾やら耳やらジタバタ振って勝ち過ぎている年上の遊び相手を激しく糾弾する。

 

「あらあらあら。……皆で私を虐めるの?酷いわぁ」

 

 拗ねる少年らに対して忍鴦の繰り出した一手は嘘泣きであった。わんわんと両手で顔を覆えばざめざめと泣き腫らす。涙の粒を浮かべて女の子座りでへたり込んで泣きじゃくる。

 

 人の同情を集める、魅せるための泣き顔だった。

 

「あー、おねえちゃんなかせたぁ!!」

「おかあさんがいってたよ、おんなのこなかせるやつはさいてーだって!!」

「どなどなだ!わるいのはどなどなされるんだ!!」

 

 室内で遊んでいた女の子衆が事態を察して忍鴦に駆け寄る。必死に慰めながら男子共を非難する。

 

「おにさんにちくってやるよーだ!!」

「ええっ!!?やめてよぉ!?」

「べーだ、やだもん!!」

 

 女の子の一人が舌を出して拒否。洗濯物をしてるだろう裏側の庭に向かい駆け出すと、あとは雪崩であった。次々にドナドナするのを探している鬼威さんに向けて走り出す。

 

 気付けば、一群となった子供らは忍鴦の元から全員立ち去っていた……。

 

「しくしく……冷たい事。貴女は告げ口も心配の言葉も掛けてくれないのねぇ、白狐さん?」

 

 縁側の障子の陰から、極々自然な形で監視していた白を明確に呼び掛けての宮鷹の姫の指摘であった。

 

「……流石に嘘泣きなのは分かりますよ?」

 

 一瞬の沈黙は動揺と、その事実を隠すためであった。まさか無視も具合が悪い。一般論で以て白は弁明する。

 

「詰まらない返答。無難で冷静ねぇ?」

 

 涙を拭った忍鴦の表情に最早先程までの儚い悲嘆の面影すらなかった。それどころか紡がれる言葉は何処か嫌味を含む粘つくような類いの代物であった。

 

「……」

「ねぇ。折角だわ。……少しお話ししましょうか?」

 

 踊るようにご機嫌に、縁側までやって来たと思えば腰を下ろした淫姫。腰かけて、己の直ぐ隣の床をポンポンと叩いて出迎える。

 

「……」

 

 ……白の立場で、それを真正面から拒絶出来る筈もなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「ずーっと見てたのだけど、貴女は御遊戯には加わらないのねぇ?」

  

 どうしようもなく誘われて傍らに正座で控えていた白。暫く続いた沈黙に倣ってひたすら景色を眺めているとそんな事を問われた。

 

「……流石に年少組程子供ではありませんので」

 

 そもそも子供だからと遊べる事自体が贅沢なのだ。中流階級以上は兎も角、農村でも街でも子供は労働力だった。一定以上の年齢ともなれば少しずつ家業を、家事を、手伝っていくものである。寧ろ、この女こそ年齢に行動が似つかわしくなかった。年少組との戯れを、確かにこの姫は楽しんでいたのだから。 

 

 年不相応な子供のような振舞い……。

 

「あらら。酷い物言い。貴女だって同じでしょうに」

「同じ……?」

 

 口にした訳でもないのに放たれた非難の言葉。それに気付くよりも先に浮かんだ困惑に白は首を傾げる。愛らしさすら感じる姿に向けられる蔑みと嘲りの微笑……。

 

「お惚けする気?それとも……まさか本気で宣ってる訳じゃあないでしょ?化狐」

「っ!」

 

 漸く白は女の言わんとする事を察して表情を歪める。口元を強く結んで侮辱に耐える。立場を思えば反論は悪手であった。下手に口答えすれば彼や二の姫、あるいは吾妻が責められる可能性すらあった。

 

 鬼月家の白丁、白は凶妖狐璃白綺の根源……小物故暗黙の内に見逃されているとしても、その事実を明瞭に認める訳には行かぬ事であった。

 

「……」

 

 だから耐える。口を噤み、否定も肯定もせず、ただ沈黙する。沈黙して、皆の名誉を守る……。

 

「なぁんて、自己陶酔してたりしてぇ?」

「ひっ!?」

 

 いつの間にか背後に回り込まれていた。耳元で囁かれていた。肩を竦めて怖じける。頬が触れる。吐息が肌を撫でる。暗い暗い紫水晶色の瞳が己を覗き込む。

 

 吾妻雲雀の孤児院に仕掛けた多種多様な呪いはその条件を満たさぬ故に発動しない……。

 

「不当な扱いにも我慢して皆の事を守ろうって事?くくっ、哭かせる事。……自惚れも甚だしいと思わない?」

「自惚れ……?」

 

 詰るように求められる同意の声。白は己を見下す眼差しを、しかし目を逸らす事が出来ない。

 

「だってそうでしょ?……分けられた身は他人だと思う?そんな訳ないでしょうよ?」

 

 分け身は魂の分割で、何処までいっても分けられた身同士は同一の存在。己自身。己の延長線。例えそれが幼き頃の脆弱な記憶と精神を寄り集めたものであったとしても、何処までいっても己自身なのだ。

 

「邪の道を選んだのは貴女自身。人を殺して食らったのも貴女自身。男を、村を、お遊びに滅ぼしたのも貴女自身。己の愚かな白さを捨てようと決めたのも貴女自身。貴女の行く末の選択……そうでしょ?」

 

 女は耳元で甘く冷たく囁きかける。語りかける。問いかける。真白く純粋な子狐の、子狐の皮を被った化物に追及する。

 

「純粋無垢の綺麗な頃の自分?けれどそれが自分で選んだのよねぇ?化物に成り果てる道を歩んだのよねぇ?その性根は変わらない。だって貴女自身なのだから」

「そんな、こと……!?」

 

 冷酷に冷淡に、女は狐を追いこんでいく。

 

「そんな事は、それこそないでしょ?寧ろ尚悪い。己が手を汚す存在だと知っているわけなんだから。急いでの突貫だった訳だし、完全に記憶と記録を分離しきれてもいない筈。実は少しくらいは覚えてるんでしょ?オトナの自分の所業をね?」

「うぅ……」

 

 それでは、到底真白とは言えない。酒樽一杯の高級な酒だって、一滴の汚水が混ざればそれは汚水なのだから。

 

「失敗したから身綺麗な経歴となって人生を再出発って事?だから子供の姿な訳?最高に哭ける事。腹を抱えて大泣きしちゃいそう」

 

 余りにも滑稽で、余りにも自己中心的で、余りにも傲慢な所業だ。己の分け身に罪を全て押し付けて御天道様の下で当然のように生きて行こう等と……。

 

「上手く逃げ切ったわねぇ。退魔士の名門に、元陰陽寮頭に保護されちゃって。流石狡猾な狐といった所?」

「違う……」

 

 黙るつもりでいた。我慢出来なかった。否定していた。弱々しく、そして荒々しく。しかし健気な反論は、寧ろ逆効果だった。

 

「違わない。違うというなら証拠を見せて?貴女が化物ではない確かな証拠をね」

「証拠って……!?」

 

 そんなもの、どうやって証明しろというのか?心を読ませろとでもいうのか?記憶を覗かせろとでもいうのか?そんな事……!!?

 

「出来る訳がないのは承知してるから安心しなさいな。どうせ、妖狐の事だし誤魔化し方は幾らでもでしょうしね」

 

 それこそ、白という存在自体がある種一つの見本である。己の人食いの化物としての側面を省く事で純情を拵える。純情な撒き餌とする。

 

「そんな事いっても……!!だったら、どうやって証明を!?んっ、んにゅ!?」

「しぃー。大声を出さない。お下品よ?」

 

 大声を上げそうになるのを、瑞々しい口元に指を押し立てて、黙らせる宮鷹の姫。至近だった。目と鼻の先にある淫姫の艶かしい美貌。甘過ぎる薫りが獣の鋭敏な嗅覚を刺激する。

 

 男は無論、女すら魅惑して、妖にとっては蠱惑的な甘香。そしてそれ以上の圧迫感……老齢かつ幼き狐の思考を犯すように鈍らせる。

 

 吾妻雲雀の呪いは、発動しない……。

 

「証明。ふふふ、証明ねぇ……そんなの、簡単な御話よ?」

 

 首を傾げる。吐息が触れる。甘く甘く女は囁く。

 

「晒せばいいの、本当の自分を。御せればいいの、剥き出しの自分を」

「……?」

 

 囁く。囁く。誘惑する。甘言する。染み込むように、溶け込むように、言葉が頭が頭の中に鳴り響く。しかし、何故か吾妻の呪いは発動しない……。

 

「私がその御手伝いをしてあげてもいいわよぉ?」

 

 そして、女は幼子の唇をなぞるようにしてすぅーと撫でて……。

 

「何をしているので?」

「ふぇっ!?」

 

 剣呑な少女の問い掛けと、淫姫が退くのと、白狐が我に返るのは同時だった。何が起きたのか判然とせずキョロキョロと周囲を見渡して、白はそれを目撃する。

 

 縁側の向こうに佇む紫髪の少女刀士の姿……。

 

「何をって……可愛い可愛い狐ちゃんと女子会していただけだけど?」

 

 ひょいと立ち上がる忍鴦は、悪びれる素振りは欠片もない。目を細めてふざけるようにして宣う。

 

「戯れも程々にしたらどうですか?見境なしに……宮鷹の家の名が泣きますよ?」

「泣くような名前なんてないから心配しなくていーの」

 

 のらりくらりとした物言いに、苦々しげに顔を歪める赤穂の姫。その態度に寧ろ忍鴦は楽しげだった。

 

「交ざりたいなら交ぜてあげてもいいんだけど?独りぼっちは寂しいものねぇ?」 

「余計なお世話……って誰がぼっちですか!?」

 

 蔑みに満ちた返答の途中で、心に突き刺さるような指摘を受けての紫の突っ込みであった。声を荒げての全力の否定に、口元を隠してころころと嗤う。

 

「失敬失敬。見ての通り戯れないと生きていけぬ性分でしてねぇ。……これより巫女としての日課があるので暫し失礼をば♪」

 

 少し前までの重々しい空気も何処へやら。鼻歌交じりに飄々として去り行く宮鷹の姫。その背中は悪戯成功した子供が逃げるようだった。つまり子供の振る舞いそのものだった。

 

「~"~"~"!!……はぁ、全く疲れる姫ですね!あのような、……!!?宮鷹の家は娘にどんな教育をしているのですか!!?」

 

 歯軋りして、立腹して、最後は何かを思い出して赤面して、吐き捨てるような罵倒。赤穂紫にとって宮鷹の姫は余りにも己と対極に過ぎた。会話するだけでも無駄な体力を浪費しているように紫には思えた。

 

「大丈夫ですか?あの姫は悪食だと聞いていますが……よもや半妖の少女まで範囲内とは思いませんでしたよ」

 

 本当に本当に、信じられないという紫の態度であった。お堅い価値観の家に生まれた彼女にとっては半妖も女も幼子も、到底手を出すべき存在ではなかった。

 

「え、えっと……?有り難う御座いました?」

 

 一方で話しかけられた白はまだまだぼんやりとした感覚が抜けきっていないのか、キョロキョロと周囲を見渡して、茫然自失気味に感謝。その姿にふんっと鼻を鳴らすおかっぱ頭。

 

「反応が遅いですね。……まぁいいでしょう。精々注意する事ですね。あの姫は悪い噂しかありません。己なら……こほん、如何わしい事をされる心配はないなんて油断はしない事です」

 

 仁王立ち気味に、胸を張っての紫の注意。薄い故に大した張りがないが指摘してはならない。

 

「はぁ……あ、いえ。分かりました」

 

 締まらない返事に、しかし慌てて身を引き締めての応答。

 

「私も何かやらかさないか監視はしておきましょう。……もし良ければ此方の世話役として借りてやりましょうか?あの男の所よりはマシだと思いますが」

 

 若干苦々しく、軽蔑して、羞恥してからの女刀士の提案。あの淫姫の存在にあの家人扱も大変だろうと親切心から自分も泊まってやろうとしたというのに、いざ蓋を開ければ一日目からあの様だった。

 

 あの濃い臭い、きっと一晩中激しく組伏せて果てに果てたのだろうか……?呆気なく甘楽して陥落したのには心底失望した。想像して悶絶して、一層蔑んだ。だが何時までも嘆いている訳にはいかない。

 

 こうなったらせめて小僧共だけは毒牙から救わなければ。半妖如きではあるが昔ならばいざ知らず、今では連中も帝がお認めとなった扶桑の民草である。ならばそれを守るのは明白な道理であった。

 

 故の提案。子供がいる同じ屋根の下で簡単に誘惑に負けてしまった男と敬愛する従姉の白丁を一緒にさせておくのは無謀過ぎた。見境なしにこの半妖すら喰ってしまいかねない。奴は人面獣心の野獣だ。油断出来ない。子供の半妖だからと安心出来なかった。

 

 それは正しく善意で差し出した救いの手であった。赤穂紫の寛大な心からの親切心であった。しかし……。

 

「お、御言葉には感謝致します。ですが……遠慮させて頂きたく思います」

 

 恐縮した態度での、しかしはっきりとした拒否の言葉であった。

 

「……物好きな事ですね?」

「わ、私は、伴部さんを信じていますので」

 

 若干詰る口調での追及へのひた向きな幼子の反論。紫は何とも言えぬ心情となりつつも再び鼻を鳴らす。

 

「私が彼是と強いる権利はありません。今回は引き下がりましょう。ですが、常に此方は出迎え出来る事は覚えておいて下さい」

 

 駆け込み寺として何時でも門戸は開けている、という事であった。子供は頑固で恐れ知らずだ。無理に強要しても仕方無い。逃げ道がある事だけを教えておけばいい……それが紫の判断だった。

 

「はい。有り難う御座います」

「礼はいりません。これも扶桑の退魔士としての、そして従姉様の親族としての義務ですから」

 

 そして踵を返して紫は立ち去る。格好が決まったと内心で鼻高々にしながら。……縁側を曲がる所で飛んで来た兜虫が阿呆毛に着地して大慌てしたのは気にしてはならない。武士の情けであった。

 

 ……そして、白もまたそんな紫を気にする心情ではなかった。

 

「……そうです。私は、伴部さんを信じていますから」

 

 それは本当に本当に小さく呟かれた独白。

 

「……」

 

 乾燥する唇を小さく赤い舌で舐めた。甘い甘い、油のような味がした。

 

「……」

 

 身体の内より、じんわりと熱が灯るような感触に囚われていく。衝動を胸に抱く。

 

「種」の萌芽は、今暫く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこというならいいもん!あさごはんのきゅうりたべてあげたのばらしちゃうもん!!」

「あああっ!!いうなよぉ!!?」

「あー、ぼーりょくふるった!!わるいやつだ!!どなどなだぁ!!」

「はさみいごやろー?ねぇー、いーでしょー?」

「おかあさんいつかえってくるの?ねぇねぇ?」

「おやつ!もうすぐおやつのじかん!!」

「一斉に話すなや、喧しいわい!!」

 

 同じ頃、感情行くままに当初の目的すら忘れた幼子共に包囲された黒装束は、耳を塞ぎながら突っ込みを入れていた……。

 

 

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