和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 寛さんより、孤児院のファンアートを頂けましたのでご紹介致します。因みに蜥蜴染みた子は地味に第一章主人公より腕力あったり
https://www.pixiv.net/artworks/120464538

 素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います!


第一七三話●

「はぁ……。はぁ……」

 

 それが己自身の吐息である事を理解するのに暫しの時を必要とした。

 

 全身が暑くて、熱かった。胸の奥から煮え滾るように。重くて、痛くて、気怠かった。朦朧とする意識……。

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………」

 

 消え入りそうな呼吸。頭が痛い。辛い。喉が渇いた。熱い。熱い。熱い……。

 

「くる、しぃ……」

 

 それは絞り出すような呟きだった。若干嗄れていた。何とか炊事場までいって水を飲もうとして、しかし碌に動けない。寝床から起き上がる事すらも。

 

「うぅ……」

 

 茹だるように汗を噴き出していた。装束は濡れていた。布団もだ。不快感に全身を包まれる。痩せ我慢ももう限界だ。

 

「だれか……」

 

 誰か助けて……そう呼ぼうとして、しかし客人用の部屋には誰もいない。孤児院の者であり、しかし同時に客分でもある故の己の選択であった。己が分け身が嘗て行おうとした非道な事を思えば孤児院の仲間達と同じ場所で寝る事にどうしても抵抗があったのだ。そしてそれが今、大きな仇となっている。

 

「だれかぁ……」

 

 今一度囁くように、消えいくように呟いた。あるいは溶けるように。

 

 自分は一人だ。独りだ。独りぼっちだ。怖くて、恐くて、ある意味では懐かしい感覚だ。

 

「おかあ、さん。ねえ、さま…………」

 

 虚空向けて呼び掛ける。虚無に向けて哀願する。 昔求めて、縋って、今は亡き過去の大切な人に向けて。

 

「ひめ、さま……あ、ぅ……」

 

 そして今の大切な人を呼んで、そして最後にあやふやに思い浮かぶその人は……。

 

「と、も……ひやっ!?」

 

 必死に紡ごうとした直後、冷たい感触が額に当たって愛らしい悲鳴が漏れた。

 

「汗、拭くぞ。……起き上がれるか?布団と寝間着は替えた方がいいな。着替え、一人で出来るか?」

 

 冷たい布巻によって覚醒した意識は、傍らの人の掛ける優しい言葉をはっきりと認識していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 子供というものは脆弱だ。代謝能力が高くとも限界がある。未成熟故に、其処に衛生や栄養、医療技術的要因もあって現実の歴史においても近代に至るまで乳児幼児は無論、それ以降の死亡率も極めて高かった。七五三のような行事が生まれた理由であり、抗生物質が偉大と称賛される所以だ。

 

「う"、う"……」

「駄目だな。まだ熱がある……」

 

 布団に伏せる白狐の額に触れての所感。呻く少女の白い肌は、今はほんのりと紅く火照っていた。朝方に比べれば多少マシではあるが……まだまだ朦朧気味の眼差しが此方をぼんやりとして見やり続ける。

 

 子供は風の子という。同時に風邪は子供にとってある意味兄弟姉妹のようなものだ。避けられぬ宿命である。朝方早くにそれに気付き、急いで彼是と整えて寝かしつけての昼下がり。残念ながら回復にはまだまだ程遠いようであった。

 

「夏風邪か?いや、しかし……」

 

 鬼月家預かりになって以来何年も経つが覚えがある限りで白が風邪になったという記憶はない。環境的な要因であろうか?子供というものは小さな変化に敏感だ。ましてや、この孤児院には面倒過ぎる危険人物がいる……。

 

「……もしや、何かされたか?」

 

 思い浮かんだ可能性。しかし質問への返答は否定であった。白い頭を小さく横に振った。吾妻雲雀の呪いが発動していないというのならば恐らく事実であった。穿ち過ぎか?

 

「何にせよ、安静が先決だな。……布巻、変えるぞ?」

 

 先に了承を得てから俺は行為を行う。寝間着を若干剥いではだけさせる。両脇に挟んでいた濡らした布巻を入れ替える。

 

「うぅ……ひゃうっ!!?」

 

 されるがままに恥ずかしげに唸り、そして嬌声が漏れる。狐尾と狐耳がピクピク震える。井戸水で目一杯冷やしたものなので当然であった。

 

「うぅ、普通はおでこだと思うんですが……」

「実は此方の方が効果があってな。……嘘じゃないぞ?」

 

 風邪の熱は身体の免疫反応であり、しかし同時に熱が上がり過ぎ、続き過ぎるのも良くはない。適度に冷やしてやる必要があり、脇の下はリンパ節が集まる場所である。額よりも冷やす場所としては効果的であった。

 

「ほら、着直せ。水要るか?」

 

 寝間着を直し、湯呑に注いだ冷ました白湯をゆっくりと飲ませる。適度に飲んだ所で寝かしつけて薄い布団を被せる。

 

「飯は、何時がいい?量は?」

「……もう少し、あとでお願いします。少なめで大丈夫です」

 

 体つきからして食が細い狐であったが、この分では普段より更に幾分か少な目の方が良いようだった。栄養は大事だが戻しては意味がない。

 

「分かった。水を多めにして粥でも作るか……」

 

 赤穂の女中に要望する夕餉の献立を考えながら俺は眼前の少女の頭を撫でる。慰めるように優しく撫で上げる。蒼い瞳が目元を細めながら見つめる……。

 

「鈴を横に置いておく。何かあったら鳴らせ。水瓶もあるから小まめに飲めよ?……済まんな、ずっと看病は出来ん」

 

 監視やら世話やら、一人では到底手が足りない。残念ながら白一人のために幾晩も付きっきりは不可能だった。

 

「分かって、ます。気にしないで下さい……静かに寝ておきます」

「……あぁ」

 

 暫く見守って、少女がうとうととしてきた所で立ち上がる。 静かに障子を引いて、部屋から立ち去る。部屋を出て直ぐに幾人かの餓鬼連中がいた。

 

「しろおねーちゃんだいじょうぶなの?」

「ただの夏風邪の類いだとは思う。兎も角安静第一だな。……部屋に入るなよ?体調が悪化しかねんし感染りかねん。世話を焼かせてくれるなよ?」

 

 俺の物言いに年少組はブー垂れるが年長組が宥めながら肯定する。

 

「あらあら、冷たい事。一人で部屋で風邪に苛まれているというのに放置なんてねぇ。代わりにお世話してあげてもいいけど?」

 

 そして餓鬼連中の背後から現れるのはこの孤児院における最大の危険人物であった。相変わらず着崩れた装束姿での登場であった。餓鬼の一人から「かぜひくよー?」と言われて「汗かきだからいーの」等とほざく。

 

「……いえ。其処まで必要ありませんよ。子供の風邪なぞありふれた事でしょう?態々お手間を取らせる事ではありませんよ」

「風邪、ねぇ?」

「何か疑問でも?」

「なぁんにも?」

 

 意味深げな反芻に探りをいれても軽く受け流されるだけであった。やはり何かしたのか?だが白は……吾妻雲雀の呪いが発動しないのも奇妙な話であった。白を含めて保護対象たる子供連中に危害を加えられれば即座に報復がやって来るという話だったが。

 

(よもやマジカルでも、元陰陽寮頭を誤魔化せるような欺瞞は出来ねぇよな……?)

 

 文字通りに年季が違う。術の技巧で勝ち目があるとは思えないが……糞、何を何処まで警戒すればいいのかが分からねぇ!!

 

「何か御手伝いした方がいいならしてあげるけど?それとも、御仕事終わった後の慰安が御好み?」

「……客人らしくして頂ければそれで構いません」

 

 いらん事はしてくれるなと、言外に釘を刺す。というか何か昨日から屋敷の庭に遊具生えてんだけど?何かいらん事した?

 

「あ、それ私が植えたのよ」

「でしょうねぇ!!?」

 

 夕方くらいから延々とお馬さんの発条遊具乗ってたもんね。いやちょっと待てよ。可笑しいだろ。

 

「可愛い子供達へのお土産その二、って所?」

「その一は海鼠?」

「そっ。皆楽しいでしょ?」

 

 やんちゃな小僧共中心に万歳での応答。だが俺は知ってる。耐久試験とか言って昨日の夕刻頃から夕餉頃までひたすら騎乗していた事を。揺らしながら喘ぐの止めろ。何の耐久試験なの?

 

「貴方も耐久性試してみる?」

「結構です」

 

 少なくともこいつの言ってるのは遊具の耐久試験ではないだろうから。

 

「さぁて。少なくとも『遊具』ではあるけど?……くすくすくす。まぁそういうなら、私は御言葉に甘えて戯れておきましょうかねぇ?」

 

 思わせ振りに、意味深げな『遊具』の強調。艶かしく流し目をして、淫姫は背後を振り向く。

 

「そういう訳だから~!皆、今日は御姉さんと百人一首でもしなぁい?」

 

 いっそ清々しい子供っぽい餓鬼共への提案。女子勢中心にきゃあきゃあと喜んで賛同する。

 

「よしよし良い子良い子♪それじゃあ他の子達も呼んで遊び耽りましょ♪さぁさぁ出発進行!!」

 

 餓鬼よりも遥かに餓鬼っぽく振る舞いながら、忍鴦は子供らを引率して居間へと向かう。俺はその項処か背筋まで覗く露出狂な後ろ姿をただただ見送る事しか出来なかった。

 

「あ、あの。伴部さん……」

「あの姫様は余り良い噂は無くてな。年少組の事は良く見ておいてくれ。違和感があった教えてくれ。数の方も注意してくれ。余り少人数で目の届かない所に居させないように、な?」

 

 剣呑な雰囲気に不安を感じたのか、年長組の少年が呼び掛けて来た。俺は直ぐに殺気を圧し殺すと場に残る小僧達に頼みこむ。俺一人ではどうやっても目が行き届かなかった。

 

「はい。だけど……本当に何かするんですか?」

「分からん。何も無いのが一番なんだがな」

 

 関街では結果的にはやらかさずに務めだけを果たしたと聞くが……把握出来ていないだけで本当は何かやらかしていた可能性も十分に有り得た。

 

「……分かりました。家族の皆のために、目を光らせておきます!」

「監視だけでいいからな。皆、無茶はするなよ?動くのは俺がやる。俺が駄目なら……あのおかっぱの姉ちゃんに頼んでみろ。袖にはしない筈だ」

 

 代案は赤穂家に対する無礼そのものであったが背に腹はかえられない。紫なら何だかんだ言っても無視しないとも踏んでの指示であった。身体強化だけでも彼女は並の男なぞより遥かに強かった。呪い主体の宮鷹の姫を押さえるのは容易な筈だ。この孤児院では不用意に呪いは使えないし、淫姫は吾妻の術の保護対象ではない。

 

「おかっぱの御姉さん、ですか……」

 

 年長組は俺の言に互いに顔を見合わせた。

 

「余所者だから不安なのは分かる。不機嫌そうだしな。だが人柄は信頼出来るのは確かだ。……母ちゃんに任命された俺の言葉だ、信じろ。な?」

 

 不安を取り除くように俺は懇切丁寧に説明する。指示を出してもそれに従うかは最終的には何処まで指示を信頼出来るかである。躊躇せぬように、安心して動けるように俺は宥める。

 

「い、いえ伴部さんの言葉を信用出来ないって訳じゃあないんですが……」

 

 代表するように少年が応じる。歯切れ悪く応じて、他の餓鬼連中とまた互いに顔を見合わせる。

 

「どうした?何か問題が?」

「いえ、誠実な人だとは思うんですけど……その、凄くおっちょこちょいで正直頼りないなぁと」

「…………」

 

 少年の言葉に同意するような他の子の肯首。それは純粋無垢な子供故の、残酷で無慈悲な宣告であった。

 

 何と言うか、その。もう少し手心をってものをさぁ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

「宮鷹の姫?……あぁ、あの放蕩で有名な。それが何か?」

 

 普段の南蛮意匠の装束ではなく、扶桑の礼装に身を包んだ橘家の令嬢は小さく首を傾げた。愛嬌のある純情そうな微笑みは男にとっては庇護欲を誘い、女にとっては不快感を抱かせる代物であった。

 

「彼の所にいるみたいなの。勝手に転がり込んで来たようね。式で確認したわ」

 

 吾妻雲雀の孤児院自体は術的な警戒が強過ぎてたかが式神如きでは突破は敵わない。だが内部に入らぬならばやり様はあるものだ。葵の式は確かに孤児院に向かう件の姫の姿を見たし、上空からもある程度中の様子は視認出来る。間違いない。奴はいる。

 

「色街ではかなり有名だそうですね。誰それ構わず、それこそ年齢も性別も身分も美醜も問わず……本当に見境なしと聞いていますよ」

 

 あるいは、運命の掛け違いで彼と巡り合う事なければ自分も件の淫姫の餌食になっていたかも知れない。あの爺共は自分を接待のための玩具にしようとしていただろうし……途絶えた可能性を思い、佳世はあからさまに嫌な顔をする。嫌そうな顔すら愛らしくてあざとかった。

 

「そうよ。そんな薄汚い牝豚がよりにもよって彼と一緒にいて同じ空気を吸っている訳ね」

「それは困りました。あんなのと同じ屋根の下なんて知られたら折角御栄達されたというのに悪い噂が立ちかねませんよ?」

 

 嘲るように語って見せる葵の振る舞いに、何処までも冷たく商家の娘は囁いた。口元を単の袖で隠して歪む口元を隠す。彼女にとって其程までに穢らわしく思えたのだ。口にする事それ自体に嫌悪感を抱く。

 

「……随分と嫌っているのね?世間では同じ放蕩娘枠でしょうに」

「妬み僻みから来る名誉毀損というものです。あんな盛った牝豚と同じにされたくありません」

 

 同じ上流の身分の、権力と金で好き勝手に遊ぶ小娘……佳世からすれば酷い風評被害であった。

 

 佳世の所業はあくまでも彼に尽くすために、彼に捧げるために、彼に貢ぐために、彼を信仰するために、彼に役立つために……佳世は己の行為を神聖なる神事と見なしていたし、至上の功徳と信じていた。己の快楽と欲望のために放蕩するような色情魔と同じにされては敵わない。彼に失礼だ。

 

「そも、私の行いで不幸になった者なんていません。寧ろ三方良しというものです。どう考えても善行じゃないですか?」

 

 牝犬共を買い漁っている話なんて正しく感謝して欲しいくらいだった。相場よりも結構高めに買ってあげているのだ。家族から直接仕入れる時にはその後の職探しやら何やらの面倒も見てやっている。買った牝には教養だってつけてやっている。衣食住は上質の物を完備だ。損したのは買い負けた牡豚共だけ……いや、商売の競り合いで損も何もないだろうから気にする事はあるまい。こそこそ動いているっぽい邪教団を潰して希少品な贄牝共を回収したのもまぁ今更だろう。

 

 彼のために身を、心を、尊厳を、命を、全てを捧げる機会をやっているのだ。彼の悦びのための礎となる……雌として至上の幸福の機会を与えてやっているのだ。本来なら儀式の生け贄か、あるいは色街行きなり夜鷹墜ちして詰まらぬ雄豚共の捌け口にされ潰される運命だったのを思えば、まさに啼いて感謝されるが当然の道理であろう。商家の娘はそれを心から確信していた。自分は大分徳を積んでいると。

 

 そして功徳を積み重ねたその褒美として、佳世は彼に乱暴に、激しく、執拗に「可愛がって」貰って……。

 

「んっ!?はぁぁ……」

「……あら。イケない事。想像しただけで溢れたの?厠に下がる?」

「大丈夫です。濡れただけですから」

 

 扇子で口元を隠しての嘲りに向けての屈託のない純情な笑顔。傍から見たら屈託も純情もないが彼女らにとっては平常運転であった。血が溢れなかっただけ慎ましいくらいだった。

 

 グチョグチョな下腹部の惨状は無視である。

 

「流石にこのような場で流血沙汰は、かしら?」

「そうですね。時と場所は選ばねば。礼儀は大事ですからね」

 

 葵の言に微笑み肯定。そしてここに来て漸く佳世は御簾の向こう側に視線を向けてその存在に欠片だけ意識を向ける。

 

 ……ここはとある高貴な公家屋敷の庭園だ。己の権勢を示すために執り行われた舞踊の宴。しかし出席者たる貴公子達の注目は豪勢な馳走でなければ見事な舞いや演奏でもない。

 

 共に父の代理として出席する姫と令嬢は、しかし御簾の内にその姿を隠しても尚男共の熱い注目を浴びていた。家名と資産は勿論、ちらりと御簾に籠る前に見えた美貌が先客達を夢中にさせて、後から来た者達は先客の語るその噂話に魅了される。隙間を覗いて二人の尊顔を拝めた者は嬉々としてそれを自慢する。そして一層の耳目を集めるのだ。

 

「私が言うのも何ですが、主催者に対して失礼ですよね?これじゃあ立つ瀬がありませんよ」

 

 特に若い貴公子共は此方にばかり意識が向いてしまっていて、親が慌てて屋敷の主人の機嫌を取る等という有り様だ。きっと後で拳骨食らって叱られるだろう。全く宴席を文字通りに楽しむだけとは呆れたものだ。

 

「目立たぬように隠れてあげたのに、これだと逆効果ねぇ」

 

 隠していた方が興奮する、という性癖があるというがその類いであろうか?何にせよ暇人な事だと思う。そして彼の場合はどうなんだろうかと一瞬考える。個人的には恥じらう己の装束を乱暴に引き裂いて組伏せられるのが風流だと葵は思っている。

 

 ……因みに葵の嘲りも、先程までの浅ましい会話も御簾の外の連中には聞こえていない。葵がこっそりと遮音の結界を貼っているためだ。巧妙故に屋敷警備の退魔士共も気付けていない。気付いてもその程度ならば目溢ししてはくれるだろうが。

 

「……こほん。それで、どのように致しましょうか?」

 

 咳払い。そして改まっての同志にして上司、敬い立てるべき暫定の正妻に向けての問い掛け。件の忌まわしい淫売をどのように扱うかの相談であった。命令があり次第佳世はそれを金に物を言わせて実行するつもりだ。

 

 これは彼の近くで彼を見守り彼の公的な妻となるだろう葵の名と立場を守るためである。妾であり愛人であり道具たる立場を理解している佳世は彼のために世間で恥や顰蹙を買う事を欠片も気にしない。彼のための雑巾、その役割を弁えている……。

 

「どのように、ねぇ」

 

 間延びしたような呟き。暫し考えに耽り、そして嗜虐的に微笑む。

 

「好きにやらせておけばいいんじゃないかしら?」

「姫様、そんな……」

 

 からかうような葵の言に唖然とする佳世であった。同時に困惑もする。どうしてそのような事を言うのかと。

 

 佳世も眼前の姫も、彼の心の強さに心酔しているし称賛している。そんな彼の側面を愛している。同時に矛盾するようでもあるが、そんな彼の堕落を強く願ってもいた。

 

 目付きが悪くて、ぶっきら棒で、しかし確かに優しさがあって、芯のある勇気があって、意地があって……それは彼の魅力である。そしてだからこそそれを甘やかせて、堕落させたい誘惑もあるのだ。

 

 人は、男は、生あるものである常世の存在である以上は何処まで言っても本質的に欲望の塊だ。特別な彼もまたその例外ではあり得ない。常人よりも遥かに厚い彼の理性の面皮をひん剥いだ後、晒し出された禍々しいまでの獣欲を佳世は欲していた。

 

 地獄の中でも理性で以て人を思いやれる人がそれを取り繕う余裕すらもなく、剥き出しのままの牡となって必死にそれを満たそうとする有り様……それは最大の需要である。価値ある光景である。彼に対する最大の奉仕であろう。抑えていた分だけ吐き出した全力の快楽は凄まじい筈だ。人の望む最高の需要に最高の商品を供給する。顧客満足度十割である。

 

 そして、眼前の姫もまた佳世と同じようなものだ。尊崇する彼が、しかし寝所では獣に堕ちる有り様を求めている。だからこそ横槍を入れてそんな彼の堕ちる光景を盗もうとする淫売の存在は、本来目障りな筈で……。

 

「いいんですか?よりにもよってあのような女相手に伴部さんが……」

「まさか。あんな小汚ない女相手に彼が一線を越えると思う?」

 

 両手の袖で口を隠してころころと鈴の音色の如く笑い囀ずる。正妻を自認する女は自信満々といった風に嘯いた。

 

「あの淫売相手なら雑に手を出しても問題ないでしょう?人は低きに流れるものです。問題ない相手に誘われたら……それでも彼が内なる欲を晒し出さないと思いますか?」

「あの程度の女の魔性で堕ちるなら苦労はしないわよ。……ふふふ、この私がこれまで何度彼を誘ったと思う?」

 

 自慢するような苦笑であった。一瞬佳世は嫉妬する。嫉妬して、合理的に判断して納得する。

 

 佳世は己が平均よりずっと上等な身体だと客観的に理解している。しかし同時に……そうだ。悔しいが同じ女として葵の身体を認めざるを得ない。圧倒的だ。圧倒的に、優れている。

 

 この女の美貌は無論、その細い項も、染み一つない白い背中も、白鳥のようにしなやかな足も、曲線豊かな肉付きの良い太股も、母性を想起させる淫靡な腹も、身動ぎするだけで揺れる魅惑の乳房も、桃のように甘そうな臀部も、それ以上の女の秘所すらも……きっと彼女はその全てを彼に見せつけて来たのだろう。有象無象の牡ならば理性を失って狂うような状況だって用意して来たのだろう。にもかかわらずこの女が未だに清純で純潔なのはそういう事なのであろう。いや、それ以前に……。

 

「信頼されている、という事ですか?」

「妻なのよ。夫を信じるのは当然でしょう?」

 

 欠片の疑念もない自信満々な物言いに佳世は敗北感に満たされる。彼への想いでまたもや負けたと想い知る。あぁ、何処までいっても自分は敗北者らしい。

 

「……むぅ。狡いです」

 

 自分だって機会があれば一糸も纏わぬ己の肢体を彼の脳裏に植え付けてやりたいのに。彼に直接復讐のための道具になるように言われたいのに。彼の命令を聞きたいのに。使って欲しいのに。美味しい所は何時もこの姫の取り分だ。拗ねたくもなる。

 

「ふふふ。そう言わないの。貴女の事は凄く評価しているのよ?」

 

 そうやって葵は公認の妾の筆頭を宥めた。だから接待屋敷の存在を認可してやっている。彼処は彼のための保険だ。最悪の際の駆け込み寺。隠れ家……。

 

「そうそう。結界は?」

「それは無論、金を惜しまず確かな者を」

 

 縁を辿っての呪詛殺しは希にある事だ。その対策の一つが結界である。内の者を隠す結界。佳世は結界術の名門の者共を幾人も雇い入れて屋敷に幾重にも結界を張った。内と外を繋ぐ縁を切り、迷わし、呪いが辿れぬように……彼の身体に刻まれた蛇の呪い対策。それ以外の呪いへの護り。いいや、何よりも彼を捕らえんとする追っ手の対策だ。

 

「地下も用意しております。其処は上物よりも一層強力な結界を。迷宮でもあります。備えは万全です」

  

 彼が初めて訪れた時に仕掛けた自作自演。それを理由に改めて地下の妖共を掃討した。掃討して、残骸を利用して城とした。地下の城。彼のための秘密の御堂。

 

 そうだ。御殿ではない。それは祭るための御堂だ。変わり果てた彼を匿い養い持て成すために。御神像は彼である。供物共を集めては朝も夜もなく永遠に続く狂楽夜会のための秘密基地……人に戻れぬ彼には悪いがこれはこれで中々そそる光景に佳世には思えた。彼も己の生を繋ぐための保険があると知れば喜んでくれるだろう。

 

 当の本人が知ったら確実に「魔女だぁ、魔女がいるっ!」と絶叫していた事だろう。炮烙玉を投げながら邪教の神殿を爆破しようとしていただろう。残念ながら件の人外人は何も知らない。知らない事は幸せだ。

 

「失礼致します、此方を」

 

 淫靡な語らいの途中、背後から呼び掛ける声。振り向けば佳世が連れて来た殻継の護衛の娘の姿。その手には懐紙が一つ……。

 

「恋歌?無粋ねぇ?」

 

 乙女同士の清純な恋話の途中への割り込み。しかも他所様の御屋敷での席での事である。非礼だ。早漏野郎だ。一抜け狙いか、浅ましい。

 

「どちらに向けてでしょうかね?」

「さぁてね。どちらにせよ、詠む必要はないわよ」

 

 中身を見ればどちら宛てなのか知れるだろう。しかしそれに何の意味がある?懐紙に手を触れたそれだけで勘違いされては敵わない。変な縁を結ばれては困る。故に葵は嗜虐の笑みを浮かべて一度結界をひっそり取り消した。そして唄う。詠まずの返歌を。

 

御簾内の 虫鳴疎む 昼下がり 刻が違えば かえさんものよ

 

 演目が、戯曲が奏でられる中でも姫君の歌は場に調和するように鳴り響いた。生来の美声もあって澄みきった歌声は客人全員に届き、また、その表裏の意味もまた……。

 

「鳴虫?帰す?」

「いや、まさか……」

 

 男共が互いに見やった。表向きに解釈すれば夜に鳴く風流な鈴虫の音色を、しかし昼間の宴席の今はお邪魔虫で疎んでしまうといった内容だ。しかし……。

 

「虫鳴……」

 

 奇妙な歌である。鈴虫は昼には鳴かぬ。そもそもこの席で鈴虫の音色は聴かぬ。何よりも即興の内に雅な名歌を詠む事で知られる鬼月の二の才姫にしては何処か完成度の低く、それでいて意味ありげな歌であった。

 

「かえさんものよ……ですか」

 

 その意味を即座に佳世は理解した。また随分と雑な歌である。辛辣でもあった。彼女の気性を良く知る者であれば血の気が引いていたであろう。

 

 鳴虫ではなく虫鳴とは、相手を自然に虫扱いか。しかも「かえさん」と来ている。聞く者次第では分かる、悪意を何処までも丁寧に包装した凶悪な扶桑歌だ。返さず、帰さず、何よりも還さぬ……。

 

「……」

「……」

 

 そして若い男共はそこまで考えは回らぬ。肉弾で凶妖を殺せる葵の力なぞ想像つかぬ。荒く狂暴な彼女の本性なぞ見えておらぬ。故に歌に怯える事はない。そんな事は後回しだった。ただただ目と目を交じり合わせて抜け駆けを企んだ裏切者探しを沈黙の内に始めていた。

 

 実に実に、滑稽な有り様であった。

 

「あはは、まるで人狼遊戯みたいですね」

「誰とは知らないけれど、上手く誤魔化せるかは本人次第という所かしらね。まぁ御勉強代と思って貰いましょう?」

 

 再度結界を結んでからの嘲笑を含んだ会話。まぁ、彼と違って血を流す訳でもないのだ。何がどうなっても可愛いものだろう。場を壊さぬだけ感謝して欲しいくらいだった。彼という存在がいるからこそ、葵は上品に袖にしたのだ。

 

「どうせなら彼に歌って欲しいくらいなのにね」

 

 殻継の護衛に下がれと命じて消え去った後の姫の言である。

 

「伴部さんって歌いませんものねぇ」

 

 佳世も頷き嘆息しながらの肯定。田舎的な、庶民的な、五七五の形式も、格式もない下品なそれならば手下共と歌っている所を見た事ある。しかしながら宮中で歌われるような扶桑歌を歌った所を二人は見た事がなかった。

 

「あの豚。教養といっても実学中心だったみたいなのよねぇ。役立たずめ」

 

 雑人見習いの頃に教養を仕込んでいたというがそれは役人としての算術読み書き算盤、法学に商法等々であって貴人としての雅な教えは最低限の触りだけのようであった。お陰様で彼の歌を聞けぬのだから腹立たしい。

 

「いじらしく御簾を挟んで恋歌のやり取り……乙女なら誰が羨む情景ですよね!」

 

 それこそ絵巻物では御約束の定番の場面である。佳世は頭の中が彼が光の君の如く己に向けて甘く唄う様を想像する。うっとりとする。最後は返歌の代わりに御簾を裂いて押し倒して貰えたら完璧だ。

 

「ふふふ。そうね。……今の内に触りだけでも教えて上げた方が良いかしら?」

「予習でしょうか?なら私の所で仕込むというのはどうでしょう?」

「貴女手ずから?」

「まさか、女中共を使います」

 

 手塩に掛けて調教した牝豚共を活用する事を佳世は提案する。それは彼に御供物を吟味する機会を与える事であり、牝豚共への飴でもあった。牝豚共の応対への反応を通じて今後入荷する物の種類を決めるのだ。

 

「ふふふ。それは面白そうねぇ」

 

 葵がほくそ笑む。嗜虐の笑みであった。以前彼が屋敷に訪れた後の反応ならこの令嬢から聞いている。彼によって狂わされた牝豚共……時間を置き、寝かして、熟成させて、彼が再び来た時の反応が如何なるものになるか、帰った後の反応がどのようなものであるかと想像するだけで愉快に思えたのだ。

 

 そして発情する牝豚共にいってやるのだ。一番は自分なのだと。

 

「どうですか?帰りに一度寄りに来ませんか?」

「そうねぇ。百聞は一見に如かず、確かに今の品質を見てみた方がいいかしらね?私からも色々仕込んであげた方がいいでしょうし」

 

 己の教養を牝豚を通じて彼に教えて上げるのだ。序でに序列も分からせて、開発もしてあげようか?

 

 ……葵にとっては珍しいくらいに善意と好意からの発想である。

 

「それは良い考えですね。あの娘達、まだ姫様の事は知りませんし」

 

 仕込んだ女共の序列の認識は、あくまでも彼が絶対的な頂点に君臨していて、その次に己であり、そして有象無象であった。多頭飼いは男の浪漫であるが飼育管理は面倒臭いものだ。佳世はそれを代行する役割がある。それを建前として牝豚共の頭を抑えて彼に媚を売る。しかし、そろそろ正妻の姫君もこの身分制度の内に加えなければならないだろう。

 

 ……想う男に対して何処までも被虐でも、佳世の本質は嗜虐であった。彼にそれを向けられぬ分、牝豚共をより貶める事で己の嗜好を満たしている側面があった。葵はそれを察していたが指摘はしない。彼に嗜虐が向かぬのならば、彼に貢ぐ供物の品質さえ問題なければどうでも良い事だ。

 

「その時には貴女の指導が何れ程のものか。見せて貰いましょうか?」

 

 試すように、それ以上に愉快げに葵は嗤う。佳世も釣られて嗤う。遠目に見れば美少女達の雅で可憐で教養に溢れた会話が想像出来よう。貴公子共は少なくともそれを想像した。間違ってもこのようなおぞましく浅ましき妄言ではない。現実は無情だった。

 

「うふふふふ」

「楽しみでしょうか?」

「えぇ。そうね。確かに楽しみよ」

 

 朗らかに笑い声をあげる葵。実際楽しみだった。残念ながら令嬢の行っている計画は今の己では表だって出来ぬ事だ。彼を宥め、慰めるための酒池肉林の秘密の楽園……その有り様を葵は否定しない。

 

 寧ろ積極的に関わる。関わって、その功績を彼に褒めて貰うのだ。それは良妻としての当然の務めであった。夫を満足させるために万事を尽くす、当たり前の事だ。当たり前で……。

 

「ふふ。けれど……」

「……けれど?」

 

 扇子で口元を隠してくすりと姫は微笑んだ。うっとりと乙女のような純情の微笑。首を傾げる商家令嬢。そんな令嬢向けて葵は耳元まで顔を寄せる。寄せて、語りかけた。

 

「私達が勝手に作った序列よ?彼に滅茶苦茶にされて首輪嵌められて、牝豚共々雁首揃えて飼われるのも一興じゃないかしら?」

「はぁ……」

 

 耳元での囁きに甘い嘆息。その浪漫ちっくな情景を想像して、今度こそ橘の令嬢は白絹の下着を台無しにしていた……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 ある場所で狂事が行われていてもそれが全てではない。平穏とは何処にでもあるものである。

 

 平穏無事、少なくともその姫にとってはこの日はそのように過ぎていた。少なくとも今の所は。

 

「姫様、お願いがあります」

 

 何げない昼下がり。八つ時の甘味による軽食は公家たる逢見家の雅で伝統ある庭園を鑑賞しながら。平穏に。そう、平穏に過ごしていた所でのその申し出であった。

 

「鈴音?何だい、そんなに改まって?」

 

 銅鑼焼きを食べる作業を中止して、妙に恭しい親友の態度に首を傾げつつ環は尋ねる。何か要望であろうか?形式上は上下関係であるが今更そんな風に振る舞わなくてもいいと思うのだが。

 

「その、はい。数日程……暇を頂きたく思いまして……」

「暇?」

「はい。暇を。御迷惑をお掛けするとは思いますが……」

 

 本当に本当に、恐縮するような鈴音の声音。深々と頭が垂れ下がる。

 

「別に遠慮しなくていいよ?それよりも……数日でいいの?」

 

 女中が下がると言えば実家の葬式が最も定番である。流石に余程仕え先が悪くなければ冠婚葬祭を理由とすれば休暇は取れるもの、親孝行は大事だ。太っ腹な家なら旅費だって工面してくれる。しかしここは都である。親友の実家は北土の辺境の筈で、数日というからには葬式等ではあるまい。

 

「実家に行くなら費用を出すんだけど……」

「いえ。其処まで遠出するつもりはありません。本当に直ぐ近くですので」

 

 主人の好意に、しかし女中は不要である事を明言する。しかし、数日とは……?

 

(遊びたいのかな?)

 

 鈴音だけではない。生まれて初めての都滞在は環も同じである。長らく蛍夜郷の狭い世界しか知らなかった箱入り娘の姫にとってはこれまで見てきた場所は何処だって目新しいものであったし、都はその中でも飛び切りだ。友人も同じだろう。数日遊び惚けたい等と考えても可笑しくはなかった。

 

「何か、必要なものはある?用意しようか?」

「いえ。そんな大袈裟なものではありません。必要な物があれば自分で用意出来ます」

「!?そ、そう……」

 

 環は静かに、密かにぎょっと驚愕した。悪く言う訳ではないが友人は金に煩い方であった。無駄な出費を厭い、節約と貯蓄を好む性格だ。若干貧乏性といっていい。入鹿程がめつくはないが正統性を確保すれば淡々として経費で出費を落とそうとするくらいにはその辺りについては堂々としていた。そんな友人が自腹で……?

 

「……何か?」

「あ、いや……ううん。分かったよ!」

 

 何処まで環の内心を見透かしたのか知れぬが。若干怪訝表情を浮かべる鈴音に向けて取り繕う環。取り繕って、了承する環は、今更ながらそれに気付くのだった。

 

「……櫛?」

 

 そう。友人の頭に飾られた、其処まで高そうには見えない真新しい櫛の存在に。男の影の存在に。

 

 波乱の予感を、環は感じた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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