和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
「よし。お行きなさい」
少女の命と共に文は式鳥となり、翼を広げて飛び立って行く。向かう先は都の方向。赤穂家の邸宅に向けてである。
邸宅に詰める分家やら雑人やらに向けた指示の文を放った赤穂紫はそのまま孤児院の厩に向かう。既に車の用意は出来ていた。己が邸宅に辿り着く頃には既に向こうでも用意は出来ているだろう。
「姫様……!!」
「陽菜、暫しここを頼みます。半日、遅くとも明日には戻っていると思います」
送り迎えの女中への指示。孤児の数が数である。監視と牽制の意味合いもあって女中と家の下人を一人ずつ置いていく予定であった。
「非礼なのではありませんか?折角態々姫様が出向くというのに見送りがないなどと……」
「彼方も忙しいのでしょう。今更目くじら等立てませんよ」
出立する紫は目上であり、厚意から出向くのだ。見送りくらいするべきものと陽菜は思うが、当の紫は淡々と評した。紫からすれば礼を以ているようで偶に辛辣な鬼月の家人扱の振る舞いは最早慣れたものであった。世間の目がある訳でもなし。気にしても仕方ない。
(それに、暇という訳でもないでしょうしね)
数日の宿泊であるがそれだけでこの孤児院でのあの男が暇をしている訳ではないのは理解していた。寧ろ陽菜のように手伝いがいなければどのように家事を回していたのか若干首を傾げる所であった。看病もある。煩わせるのは良くない。
「姫様、それは余りにも甘いのでは?」
「礼は大事ですが常に拘り執着するのもまた賎しいものですよ。ましてや、自分からそれを求めるのは。徳があれば自然と礼を向けられるものです」
尚も食い下がる女中を嗜める紫。尤もこれは一種の儀式である。女中の立場を守る意味合いもある。
「そちらこそ、置いていく事になって済みませんね」
「いえ。そのような……」
紫の謝罪に恭しく頭を垂れて応じる陽菜。そこには主君への確かな敬意があった。その態度に紫は満足する。
(……あの下人、手を出したりはしないでしょうね?)
男は獣である。ましてや女中なら軽い気持ちで手込めにするなんて蛮行も有り得た。
(いや、まさか……)
流石にこれまでの付き合いから其処までは……いや、しかし。あの寝床での光景を見てしまうと自信を持てない。というかあの男は何だ。あんな女に色目を使うなぞ。穴があれば何でもいいのか?胸か?胸なのか!?破廉恥な……!!?
「姫様……?」
「へっ?……こほん!では、そろそろ私は行きますよ」
女中の言葉に我に返って咳払い。踵を返して車に乗り込む。乗り込んで……宮鷹の姫と鼻を突き合わせる形で相対する。
「ふぇ?」
「ばぁ!」
「うきゃああっ!!?」
「姫様ぁ!?」
突然の対面にびっくり仰天。転がり倒れるのを慌てて後ろから女中に支えられる。因みに支えられてなければ後頭部直撃陥没から頸骨骨折のコンボを食らう所であったのは誰も知らない。
「な、な、何をしてるんですかっ!!?」
「ナニって、隠れんぼ?」
心臓を破裂しそうな程に高鳴らせて叫ぶ紫にニヤニヤ笑いながら返答する忍鴦。
「か、隠れんぼぉ!?」
「あー、おしどりのおねーちゃんみつけたー!!」
紫が素頓狂な声を上げて直ぐに背後からの子供の声。振り向けば年少の子供らが何人もわらわらと駆け寄って来る。
「あらあら、見つかっちゃったねぇ?」
「むらさきのおねえちゃん?どこいくの?あそんであげよっか?」
「すいかたべないのー?おやつでるよー?」
それ程残念では無さそうに残念がる忍鴦。子供らはそんな忍鴦から傍で女中に支えられる紫に意識を向けると車と相互に見て尋ねる。
「こほん、私はこれから医者を探す必要があるのです。遊び相手をしてやる暇はないのですよ!」
「おいしゃさん?しろおねえちゃんの?ほんと?」
紫の言を不思議そうに言い聞き入れた小僧共はそれを理解すると途端に笑顔になって皆で彼女を囲んで行く。
「ありがとーね!」
「しろおねえちゃんのことおねがいね?」
「むらさきおねえちゃんのすいかのこしておくね?」
「ばんごはんにはかえってくるのー?」
「え、え、え、えっと!!?」
目を輝かせての賛辞の嵐。これまでの微妙な距離感が一気に縮まって困惑するのは当の紫である。無下に押し退けて引き離す訳にも行かずただただ動揺するのみだ。女中はまだ紫を支えているので此方も何も出来ずにいた。
……二人は知らぬ事であるが、孤児院の子供らは決して幼い世間知らずではない。
自分達の立場を多少の差はあれど皆理解していた。吾妻の元に辿り着くまでに悲惨な経験をした者もいるし、衣服を脱げば目を逸らしたくなるような傷のある者もいるのだ。外の世界が、大多数の大人が、普通の人間が自分達をどのように見て扱うのか、知っていた。だからこそ紫の行為に対して正直に驚いたし、この数日の彼女の何処か抜けた振る舞い、誠実な態度も合わさって子供らは一気に距離を詰めて来たのがこの状況を引き起こしたのである。
「おい!衣装が汚れるだろ!」
小汚ない小僧共め、姫様から離れろ……牛車の御者の言わんとした事はこの世界の常識においては必ずしも差別でも不当でもなかった。実際、小僧共の土なり砂なり泥のついた掌では上等な紫の装束を汚しかねないのも事実だった。何にせよ、御者の叫びは最後までは紡がれる事はなかった。
「はいはいはい!紫のお姉ちゃんを困らせな~い!もう出発進行なんだから、みんなでお見送りしましょうね~?」
拍手と共に見事な手並みで宮鷹の姫は子供らを統率して先導して見せた。あっという間の事態に唖然とする紫は、それでも遅れて礼を述べる。
「……助かりました。感謝します」
漸く女中の支えからの発言。そんな紫に対して忍鴦はにこやかに応じる。
「いいのいいの。それより早く行っちゃいなさいな。こうしている間にも白い仔は苦しんでるでしょ?早く行動してあげないとねぇ?」
「それは……そうですね」
「私も仕事が増えて溜まってるお世話役を慰め続けるのは大変だしねぇ?」
「同感で……って何いってるのですかこんな所で!?」
爆弾発言に応じそうになって慌てての突っ込み。子供が沢山いる中で言うべき言葉ではないと咎める。
「あれ?何か可笑しい事いった?ねぇ、疲れている鬼さんのおねだり聞いて頭撫で撫でしちゃあ駄目?」
「ぬぬぬぬ……!!?」
嵌められたと、紫は顔を赤くして憤怒する。これではまるで卑猥な事を想像した自分が厭らしいみたいではないか!?というか撫で撫で?いい歳して撫で撫でさせるのか、あの男は!?
……当然ながら風評被害である。
「陽菜、くれぐれも気を付けて下さい。彼の姫は悪い噂が絶えませんので。身分の事は気にせず、私の命令です!!」
「は、はぁ……」
言いたい事は理解するし納得するし助かるが、それ以上に主君の羞恥に染まる光景に女中は情けなくそう答える事しか出来なかった。というか若干涙目である。怒るだけなら兎も角一体何故?
「行者、出して下さい!!!!」
「は、はいぃ!」
普段の主君とは思えぬ程ムキになっての命に慌てて応じる車の行者。手綱と鞭で牛共を進ませ始める。
「行ってらっしゃーい♪どなどなどーな♪どーなぁ♪」
「喧嘩売ってますよね!?」
手を振りながら出発する牛車に宮鷹の姫が煽動する形での年少組の合唱。尚、合唱する歌の内容に車の窓から突っ込みを入れる紫である。ぎゃーぎゃー喧しい声が響く車が田園の道を進んで離れていく……。
「……」
「さぁて、女中ちゃん。そろそろ八ツ時近くなって来たから用意お願いね?」
非難がましい視線を向ける陽菜への欠片も悪びれぬ淫姫の要求であった。
「……はぁ」
「あぁ、そうそう。白狐ちゃんの分は食べやすいように四角切りしておいてね?あとで私が持っていくから♪」
宮鷹の姫の思い出したかのような注文の付け加え、それに女中は怪訝な表情となる。
「家人扱様ではなく?」
「彼、忙しいからね?じゃあそういう事でね~?」
女中の指摘を何ともないように受け流して、姫は小僧共を引き連れてその場から立ち去っていく。実に呑気で子供らしかった。
「……そう。彼、今離れられないだろうから♪」
唇をペロリと舐めて、淫姫は誰にも悟られぬように口元を釣り上げて……。
ーーーーーーーーーーーー
狐璃白綺。人と妖狐の血を継ぐ混血児。四百年余りの「短期間」の内に九つの尾を生やす事になった驚異の狐。加虐と暴力を好む異才の白狐。
そして、既に祓われた過去の存在……その、筈だったのに。
「実に間抜け面だなぁ?どうした?私がここにいるのがそんなに不可思議か?」
己の尻尾を纏めて丸めて、椅子のようにして、脇息のようにして、肢体を晒した狐は尊大に胡座に頬杖の姿勢で以て嘲る。赤い舌をチロリと出して口元を歪める。それは正しく「闇夜の蛍」にて登場する残酷な女狐そのものであった。
「どうして、お前が……?」
「どうして?決まっていよう。私だからさ。何か問題でもあるかな?」
疑問に対しての嘲笑交じりの傲慢な返答。俺は面の下で歯を食い縛る。
(復活した?狐璃白綺が?バッドエンドルートってでも言うのか?そんな馬鹿な?)
狐璃白綺周辺については殆ど完全に原作ブレイクされてる筈であった。特に原作の狐璃白綺は既に退治されている。実際にこの目で見たのだ。それがこんな……これまでずっと欺瞞されていたとでも言うのか?
「どうする、つもりだ?こんな事をして……何を企んでいる?」
俺の問い掛けへの返事は、頬を掠める尾の一振るいであった。落書き染みた面の左側が消し飛んで頬肉が覗く。
「彼是と質問出来る立場なのか、猿?」
「……」
脅迫染みた狐の質問返し。俺は周囲を見やる。捕らわれの餓鬼二人を横目に覗く。火の粉が掛かる事を理解して押し黙る……。
「ふふっ。宜しい。素直な奴は可愛げがあるぞ?」
俺の静かな態度に満足そうに御満悦。噴き出すように嘲笑う。その加虐的な表情は俺が沈黙に至った理由を見透かしているようにも思えた。脅迫のネタを見つけたとでも思われたのかもしれない。
(こいつ……一体、何処まで力を取り戻している?あの尻尾は本物か?何処まで記憶がある?何処まで此方の手を知っている……?)
眼前の狐が何処まで最盛期の狐璃白綺の力を振るえるのか、それはこの状況を切り抜ける上で重要な要素であった。妖狐は狡猾だ。九つの尻尾が本物かは分からない。幻術の可能性もある。あるいは白の記憶を持っているのかも問題だった。此方の戦法、切り札を知られるのは不味い。いや、そもそも……。
「子狐は何処だ、か?」
俺の思考を読み取ったかのように狐は嘯いた。そうだ。それが疑問だった。
白綺が復活している事は認めるしかないとして、どのような形で甦ってくれやがったのか……原作狐は力を取り戻した結果であったが、俺のこれまで付き合って来た幼い少女は原作のそれとは違う筈だ。白は幼い記憶を寄り集めて捨てた残り滓の筈だ。悪逆無道の狐璃白綺とはイコールであってノットイコールである筈だ。そう認識していた。信じていた。しかし、これは?
「喰ったのか?それとも内から目覚めたのか?想定しているのはそんな所か?くくく、さぁて、どうだと思う?」
愉快げに、試すように、化狐は問題を出す。その神経を逆撫でする態度に思わず俺は顔をしかめる。
殆ど裸の狐……それをどのように解釈するべきか迷う。妖狐の事である。人皮を着込めるのだ。食い殺した相手の服を着込むくらいは平気でするだろう。此方を迷わせるために欺瞞している可能性もある。何処かに白を隠している事も有り得る。そして、それを俺は調べる事は出来ない。
(拘束されて、しかもこの空間……幻術の延長線上か?完全に掌の上、手込めにされてるな。これでは何も信用出来ねぇ)
日の出に訪れた時とは完全に様相の変わった空間は、高位の幻術によるものであった。いや、この水準まで行くと半ば現実改変であろう。最上位の幻術使いは幻術を物理的に且永続的に具現化して見せると知られている。狐璃白綺は妖狐としては脳筋だがそれでも妖狐の逸材だった。条件制限すれば一室を幻術で改竄して支配するくらいは出来よう。俺の今の状態と認識、五感の全てが信用出来ない。極論、五体満足かすら分からないのだ。
(原作だと条件次第で達磨にされてたっけか?)
レベルアップと好感度で原作では白狐は復活するが、微妙にそれまでの道程で主人公様の扱いに差異が出る。尚、どれも碌でもない。具体的には達磨やら妖化やら家畜やら愛玩動物である。製作陣曰く環君は可哀想可愛いらしい。悪魔を超えた悪魔かな?
俺は原作主人公ではないし、そもそも原作とは白綺の状況が違うので同一視は出来ないが……流石に達磨は勘弁して欲しいものだった。いやマジで大丈夫だよね?
「くははは!!そう深刻な表情は止めろ。……大体何を考えているかは分かるぞ?安心しろ、下手に傷つけたら貴様の血の因子がどう暴走するかも知れんからなぁ。手足を千切ったりはしてないさ。勿論、五臓六腑を引っこ抜いてもいないぞ。実に残念な事だな?」
妖狐は最後に心底残念そうに嘆息する。彼女にとっては御馳走を前にしてお預けされているようなものであるのだろう。俺の血肉は退魔士達にとっては格好の実験材料であり、妖共にとっても珍品の絶品だ。嬉しくないが……皮肉な事にだからこそ俺は生きているのだろう。
……狐の話す話である。嘘が交ざってる可能性は十分有り得た。話半分に聞くのが吉である。
(俺単独で活路を見出だすのは困難か。外部……には期待出来ないか)
吾妻雲雀が帰って来るのにはまだ日を要する。普段俺を監視してる連中もこの孤児院まで式を送り込めている可能性は低い。異変に気付ける確率は低いと言わざるを得ない。となると戦力として換算出来るのは赤穂と宮鷹の姫だが……はは、どちらも駄目だな。
(紫は出ていく所、もう出ていったか?気付いても殺されかねんな。期待出来ねぇ)
何なら部屋に入った途端アンブッシュで首が吹き飛ぶ光景が容易に想像出来た。というか白綺バッドルートの一つで実際主人公を逆レしていた所に不用意にやって来て尻尾で吹き飛ばされてる。
宮鷹の方に至っては遭遇と同時に寧ろ口八丁手八丁して味方にしかねない。救妖衆には妖狐共も参加している。原作でも間接的に奴らと白綺に面識がある……というかルートによっては白綺を利用して使い捨てる連中の一つが救妖衆である。つまりは騙して悪いがを出来る程度には交渉出来る余地がある訳だ。
……詰み。そんな単語が一瞬脳裏に過る。
(いや待て。可笑しくないか?)
ここまで考えて俺は漸く見落としに気付く。そうだ。何故この狐は捕らえた餓鬼共を喰っていない?そも、どうしてここから逃げ出さない?どうしてこの部屋に留まる?
(呪いか……!!)
見出だした希望。餓鬼共への危害はこの孤児院に掛けられた呪いの発動の条件だ。ならば人質たるは餓鬼共ではない。俺だ。そして……俺もまた下手な危害は藪蛇となる爆弾だ。つまり!
(この狐も判断に迷っているな?)
白綺にとって、この孤児院は牢獄であり隠れ家なのだ。内にいる間は己の存在を世間から隠せる。同時に中の存在の殆どに手出しする事は出来ない。爆弾たる俺を除けば手を下せるのは赤穂から来た者達と宮鷹の姫くらいだ。そして白綺にとっては一線級の退魔士相手に正面からぶつかって確実に勝てる自信はないのだろう。だからこそのこの状況、この手詰まり……!!
「はむ」
「うおっお!!?何を!?」
状況の分析と打開への集中は、直後に耳を咥えられて中断する。首を横に向ける。いつの間にか獣のような四つん這いで傍らに移動していた狐の嘲笑。
「難しい表情をしていたからな。大方どうやって一杯喰わせようかと思案していたのだろう?それを許すと思うか?」
「くっ……!?」
下手に傷つけたら俺の皮が剥がれて化物と御対面しかねない。だから児戯で以て思考を散らせる……そんな所か。
「中々甘美な味わいでもあるからな。ぺろっ。……正しく特上の慈味だな?」
「ぐっ……!?」
今度は喉元に舌が這い寄る。緊張で噴き出ていた汗を収集される。喉仏に浅く犬歯が食い込む。甘噛みだ。思わず竦み上がる。このまま噛み千切られるのではないかと言う恐怖。命を握られた感触……。
「くははは。良い気味だ。前の時は喰わされてばかりだったからなぁ?そういう哀願するような表情を待っていたぞ?」
俺が苦痛と苦悩と恐怖に悶絶する様を愉快と宣う白狐。正しく邪悪な妖狐そのものであった。其処に俺が知る幼い白狐の面影はなかった。
果たして白は何処にいるのか。それが何よりも気掛かりで不安だった。
「ふん。気に入らん事でも考えてるな?生意気な猿な事だ。……退屈だな」
喉元から牙を離し、シュルリと流れるようにして四つん這いの狐は俺の懐から立ち去った。立ち去って、適当な場所にて尻尾を束ねて凭れ掛かる。凭れ掛かって、何処からともなく椀を出す。それは……。
「拝借したぞ。アレの飯かな?素麺とは、また風流な事。あれには勿体無いくらいだな?」
「……肉食からすれば残念なんじゃ、ないのか?好物は人の頭だろ?」
橘一家への脳味噌プリン事件がそうであるように、猿脳ならぬ人脳をレンゲで掬って舌鼓を打っていたのがこの白い化狐である。確か「義姉様」から教えられた伝統ある食べ方だったか?伝統とは?何にせよ、肉肉しさがない素麺を褒めるとは意外だ。
「心外な、人肉の中では確かに一番脂身のあるがな。別に味覚が人と大きく異なる訳ではないぞ?きつねうどんも紅葉饅頭も旨いじゃあないか?」
「さいですか」
お前の好みなんざ知るかよ。油揚げなんかより鼠喰ってろ。
「では馳走となろう。……ふむ。涼を感じられて中々良いじゃないか?」
鋭い爪の伸びた指で手掴みで麺を口に放り込んで、刻んだ胡瓜は摘まんで齧りつき、小ぶりな蕃茄を舌の上で暫し転がし弄ぶと飽きたのかぶちゅりと牙で押し潰す。美貌とは打って変わっての獣染みて子供染みた喰い方であった。何処となくその有り様に既視感を抱く……。
「……」
「はっ。そんなじっと見てくれるな。物欲しいのか?」
「百姓より下品な喰い方に辟易しただけだよ」
「はっ!」
「がはっ!?」
俺の罵倒に破顔したように笑う。笑って、直後に狐の尾は俺の腹を突き上げるようにして殴りつけて来ていた。
「げほっ、!?けほ、……うげぇ!?」
内臓への衝撃。思わず胃液が逆流して朝に食った麺を勢いよく吐き出す。酸味のある悪臭が広がる。糞、これは……!?
「失敗した、か?挑発して重傷になろうとしたという所だろう?お前の考えは読めてるさ」
敢えての挑発。重傷によって内の因子を刺激して、狐に仕掛ける。それは白綺を白と認識して俺の身体と孤児院の呪いが発動しても強行突破出来るようにという期待もあっての事だった。あの白と眼前の化狐の関係性が不明瞭な以上、傷を負わせるにはこうでもしなければ……残念ながらそれは読まれていたようだ。打撃の傷は明らかに俺の意識を切らさぬように手加減されていた。
「げぼっ、けほっ、ちく、しょ……!!?」
「自己犠牲は尊いかも知れんがな。何度も安直に同じ手を使うのは唯の阿呆というものだな。くくく、行動の意味が読めて助かるぞ?」
白く細い足を組み、嘲笑う剥き出しの女狐。残虐な美貌での酷薄な微笑み。
言うなれば事態は八方塞がりだった。千日手である。互いにここから逃れる事も出来ず、致命的な加害行為もまた封じられている……。
「いいや。それは違うな」
ガツガツと素麺を粗方食べ終えた狐は俺の思考を意地悪く否定した。
「前の御礼参りもある。貴様は徹底的に利用してやろう。狐らしく、骨の髄までしゃぶり尽くしてやる。己から望んで糧となる様に、な?」
まるで悪戯を思いついたかのようにして白狐は宣言する。白く細く、それでいて肉感的てもある身体を惜しげもなく晒しながら。
「それは、まさか……」
「そうさ。そのまさかさ」
そして白狐はまた迫る。四つん這いで迫る。舌を伸ばして、豊かな胸は雪のような白髪と共に垂れ下がり揺れる。邪悪な美貌が迫り、迫り、迫り……。
「甘くて冷たい夏の救世主、西瓜大尽様の御参上~♪何てねぇ?」
まるで何処でもな扉宜しく、何もない空間が障子開いて淫姫がお皿を両手に持って入室した。山盛りだった。
「……」
「……」
「……」
三者三様に硬直して互いを見やる。目を白黒させて、唖然として……最初に事態を呑み込んで先手を打ったのは宮鷹の姫であった。
「内々にお楽しみ中?仕方無いかぁ。じゃあ西瓜は後でまた持って……きゃん♪」
にこにこ顔で仕方無いなぁとばかりに退室しようとして、淫姫は尻尾で拘束された。囚われのお姫様の一丁上がりである。
「捕まっちった。助けて?」
「俺が助けて欲しいんだけど!?」
取り敢えず、折角の機会をふいにした淫姫に向けて俺は遠慮も何もかなぐり捨てて突っ込んでいた……。
ーーーーーーーーーーーー
「あはは。これは参ったわねぇ。まさかあの虫も殺せないちんちくりんの幼児がこんなに御立派になっちゃうなんて。本当、立派に……私よりもかなり大きい?」
「この状況で何処の観察を……?」
逆さ吊りの簀巻きで囚われた淫姫向けての突っ込みであった。
「全くだな。下品な事この上ない。猿は牝も猿か。年中発情期とは何とも醜い事だな?」
一方淫姫の持って来た西瓜を頂戴している白狐の感想である。いや、お前はお前で食うんかい。素麺そこそこ量あったよな?成長期か?成長期なのか?
「嘘、あの果実がまだ成長する可能性があるわけ?流石に嫉妬しちゃいそうなんだけど?」
「この状況で糞どうでもいい事言うの止めてくれません?」
淫姫のふざけた態度に思わず危機感の欠如とでも言ってしまいそうになる。いや……。
(それとも、本当に危機感がないってか?)
原作の汚れし巨塔を装備していた方も大分刹那主義だったか。明らかな厄介事に修羅場にダース化した環共々首を突っ込んでいた。無駄に闇墜ち主人公のために危ない橋を渡っていた。ファンからは心の友扱いだったか。多分単純に危機管理の意識が薄弱なだけである。
……あるいは、こいつが事態を仕組んだのだとすれば丸め込む算段でもあるのかも知れない。
「しゃく……。うむ、これもまた旨い。よもや鴨が葱を背負ってやって来てくれるとは思わなんだ。礼を言うぞ?」
「御礼なんて……ちょっと揉ませて貰っていい?」
「断る」
「酷い」
西瓜の味にご機嫌な狐と、何故か同じくらいご機嫌な宮鷹の姫の会話である。何やっとんねん。
「もしかして女の子同士のは苦手な方だったりする?お狐様はその辺り割と緩いって読んだのだけど?」
「猿とやるのが反吐が出ると言っているのだ」
「確かに妖狐の尻尾前戯は人には真似出来ない高等技術よね」
「この危機的状況での猥談は……?」
因みに設定によれば「御姉様」率いる狐共に回収して暫くの間は一方的に白狐は蹂躙される側だったとか。尚、尻尾が増えると逆に蹂躙する側に回ったとか。最終的には「御姉様」筆頭とした一部幹部除いて基本攻めの責めする側で群れに君臨していたという。設定集の記載である。いや八穴責めってなんだよ。人体にそんなに穴ねぇよ。
「人間ってものは暇だと下の事ばかり考えるものでしょ?」
「否定はしないが今の状況って暇なんすか?」
新大陸の停電事案じゃあるまいに。
(というかこの会話は何なんだ……?)
まるで意義を見出だせない雑談である。俺の危機感が馬鹿みたいに思えてしまう。まさか本当に考えなしに西瓜持って来て捕まった訳じゃないだろうな?
「楽しいお喋りの所悪いが、そろそろ脇道に逸れた流れを戻さんとな?」
「っ……!?」
そしてげんなりしていた所で遂に化狐は宣った。西瓜を食い終えて皮を放り捨て、改まって此方に向かう。威風堂々とばかりに裸体のままに。それは羞恥心の欠如……いや、違うな。犬猫の前で裸を見られても気にしないのと同じ原理なのだろう。俺は畜生扱いだった。
「俺を、洗脳でもするつもりか?」
顔を掴まれて、邪悪な美貌が視界一杯に広がる。俺の問い掛けに狐は嗤う。
「惜しいな。もっと面白い事だ」
俺の言葉を否定する狐。そして口裂け女のようににんまりと口元を歪めて続ける。
「これは御姉様から教えられた技でな。中々力を使うが……金の卵を産む鶏を手籠めするなら安いものさ。見せてやろう。妖狐の秘技の一つをな?改纂幻想……」
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シャクリと音がした。氷の染み込んだ土をほじくり返した音である。土の中の水分が氷結して霜となっているのだ。
シャクリと、再度音が響く。鍬によって掘り起こす。掘り返す。さくさくと固まる土を砕いていく。外気に晒していく。
所謂土作りであり、耕地である。土の地力を養うには害虫やその卵は害悪なのだ。この延々と続く作業は土の内で養分を食らう不届き者共を寒気で荼毘に付させるためにあった。
「いや、寒気で殺るなら荼毘は可笑しくない?」
「何独り言いってんだてめぇ?」
思わず呟いた独り言に突っ込みが入る。視線を向ければみすぼらしい出で立ちの小作人と雇農の姿。痩せこけて、労苦と日焼けと凍傷でがさついた険しい顔付き……それは決して優しいものではなかった。
「口を動かす前に手を動かせ。今日中にこの辺り全部掘り返すんだ。俺に余分に仕事させるつもりか?」
賃金は日当で均一だった。出来高でないのは監督役が計算を面倒がったためである。幾人かで担当区の畑を全て耕す必要があった。出来るまで誰も支払いを受ける事は出来ない。
「……そっちこそ。サボらないでくれよ?割り当て以外はやらないぞ?」
俺は毒づくように警告する。多めに此方に仕事を押し付けようとした大人共に、面積を計算して均等な耕作地の割り当てを提示した。口八丁手八丁で丸め込んだ。皆自分が多めに仕事したくないという理由から得た消極的な賛成……年下の提案に従った事に矜持を傷つけられたのか突っかかる奴もいる。
「けっ。生意気な糞餓鬼だな」
虫に食われた歯を軋ませての悪態。そして仕事の再開。俺も何時までも口を動かす訳には行かなかった。無言で土作りを再開する……。
「ほれ、給金だ。並べ並べ。さっさとしろ!」
雇農の仕事はそれから二刻程して終わる。しんしんと深雪が静かに降る中で地主に雇われた監督役が巾着袋を配って行く。
「……」
白い吐息を漏らしながら、紐を開いて中身を検分する。百文銭が一枚に幾らかの四文銭と一文銭……計百二十と六文である。
「…やっす」
明らかに相場より安い一日の報酬。半日以上働き詰めてこれは何という……しかし、監督役の側に控える用心棒連中を見たら誰も反抗なんて出来やしない。鉄砲を持った猟師に樵、モグリの退魔士まで……。
「……」
そそくさと俺はその場を後にする。冬も本格的に近付いている気が立つ時期である。給金の不平不満が漏れている中で一際年の低い糞餓鬼が残るのは自殺行為である。因縁つけられて、有り金全部拝借されて雪原に投げ捨てられるのは御免だった。
……俺の金も体も、俺一人のためにある訳ではないのだから。
「という訳で、失敬」
人目を避けて人集りを後にして、俺は雪道を帰宅していく。防寒着の簑がガサゴソと擦れ合う。一歩進むごとに草鞋が霜と霞を押し潰してシャリシャリと小さな足音が鳴る。曇天の空は一層暗闇に近付いていく。早く帰らねば。夜は人の時間ではない。
……暫し歩き続けて、漸く俺はそれを視界に収める。襤褸小屋の前にはか細い人影が佇んでいた。
「母さん、外で待ってなくても良かったのに」
「心配だったから。本当は仕事場まで出迎えに行けたら良かったのだけど……」
駆け寄って笠を俺に被せて簑に積もる雪を落としていく今生の母。バツが悪そうに謝るその人に俺は笑顔で応じる。
「別にいいよ。家空けられないのは分かってるんだから。それよりも、はい!」
母に巾着袋を差し出す。心苦しそうにそれを受け取って中身を確認する。
「……お疲れ様。頑張ったわね。お昼に罠で鳥が捕まえたから。鳥粥にしたわ。囲炉裏で温めてるから、早く行きましょう?」
「うん!」
心からの感謝の言葉。そして素晴らしい報告。山に入っての狩りが出来ない以上、我が家で肉を手に入れる手段は限られていた。買うか、簡単な罠で小動物を捕らえるか……しかも冬には鳥は渡るし、冬眠する獣も多い。幸運という他ない。
「あの子が籠罠を見ていてくれたお陰よ。……あとで褒めてあげてくれる?期待しているみたいだから」
最後のお願いが遠慮がちになった理由を俺は察していた。あいつは俺と違ってずっと家の中だ。家事や内職の手伝いもしているが、外に出せぬ以上はっきりいって程度が知れていた。そもそも彼女は……母が俺の内心を思って罪悪感を抱くのは当然だった。
……別にそんな心配しなくてもいいんだけどなぁ。
「分かったよ。ちゃんと御礼言っとくよ。家族のためにじっと見張ってたんだろ?当然さ」
屈託なく、心からの言葉であった。あいつの責任じゃない。怠惰じゃない。出来る事をやってくれているのだ。どうして不満があろうか?
寧ろ、子供として当然の事が出来ないのだから、同情するくらいで……。
「行こ!もう腹ぺこぺこなんだよ」
母の服の袖を掴んで年相応で不相応な事を口にする。これくらい子供っぽくした方が母は安心してくれるのを俺は知っていた。
「……えぇ。そうね」
母は優しく微笑むと、そんな俺の手を握って家の元へと誘う。家に辿り着く。戸口を開く。囲炉裏で暖められた空気が肌を撫でる。そして、小さな白い影が抱き着いて来た。
「にいさま!お帰りなさい!」
腹に顔を埋める幼子。雪のような白髪のおかっぱ頭。その頭頂部には獣のような耳が生えていた。
人にあるべきではない、狐耳……。
「今日、鳥捕まえたの!えらいでしょ!?」
暫くグリグリと腹に頭を捻こんで、そして顔を上げて満面の笑み。何処までも期待に満ちた眼差し。
「……あぁ。母さんに聞いたよ。偉いな。有り難う」
そして俺は彼女の期待に応える。頭を撫でてやれば、冷たい感触なのに心地好さそうに目を細める。何処までも幸せそうに頬を緩めていた。
「白……白那」
「なぁに、にいさま?」
彼女の名前を呼ぶ。首を傾げて彼女は応じる。此方の言葉を期待するように待つ。
「……ただいま」
「おかえりなさい!」
半妖の、父違いの妹は俺の帰宅の言葉に何処までも嬉しそうに答えていた。
……何処かで、女狐が幻想を嗤っていた。