和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 Xin.さんよりファンアートを製作して頂けましたのでご紹介致します。
・過去編葵様
https://www.pixiv.net/artworks/121289730
・第八章雛姫場面
https://www.pixiv.net/artworks/121289697

 素晴らしいイラスト有難う御座います!

 また本作も四年目という素敵な数字に入りました。今後とも宜しくお願い致します。


第一七六話●

「「「すーいかのたーねとーばしー♪」」」

 

 合唱するような小僧共の共鳴。そしてシャリシャリという音。遅れてペッという下品な、子供らしい舌打ち音。

 

「こら!何やってるんだ!行儀が悪いだろ!!」

 

 二本の鹿角の生えた年長組の少年の叱責に慌てて小僧共は退散する。恐らくこの前西瓜を食べてた客人の姫が豪快に種飛ばし大会(参加者一名)をやっていた影響と思われた。ドナドナする監視役の青年がいないのを良い事に真似をした、という所であろうか?因みにチビッ子でも女子勢は参加していない。「男子ってこどもだよねー?」等と澄まし顔で語っている。この後雛遊びするつもりなのを思えば天に唾を吐くような発言である。

 

「全く……あとで頭グリグリしないとな」

「取り敢えず片付けだよね。……もう、こんな遠くまで飛ばしてくれちゃって!」

 

 飛ばした種を片付けつつの年長組のぼやきである。見張り役がいないとこれである。やんちゃな事だ。

 

「種と皮は別々にしろよー?あとで使うんだからなー?」

 

 受け皿手に呑気に宣うのは同じく年長組に属する獣面の少年である。種は植えるだけでなく炒めて菓子の代わりに、皮は漬物にも出来るのだ。

 

「種に皮、ですか……」

 

 若干げんなりとして所業を見やるのは陽菜である。赤穂家でも、西土の豊かな地元でも西瓜の種や皮を食らう経験を彼女は知らない。それは酷く貧乏性であるように思われた。

 

 ……流石に実り豊かな央土である。普段から生活が酷く逼迫している訳ではない。それでも吾妻の孤児院ではこのような飢饉の時のような食事を時たま用意していた。其処にはいざという時に己の腹を満たせる知識を与えてやるという意味合いがある。真に食える物と食えない物を区別して知る事は生き残る秘訣である事を狸の孤児院長は知っていた。

 

「ぽりぽり……そーいや、茜の奴何処?アイツなら種飛ばし参加してそうなんだけど?」

「そう言えば、朝餉から見てないわね……ていうか何で食べてるの?」

 

 回収した西瓜の皮を齧りながらヤンチャ娘の不在に気付く獣面の少年と返答に追加の突っ込みを入れる猫耳娘であった。因みに単なる悪食の摘まみ食いである。

 

「アイツなら確か梅と一緒に兄ちゃんについていってたぞ?」

 

 兄ちゃんと言えば該当する呼ばれ方をする者は数いれど、嘗ての妖狐の一件を経験している年長組にとって単に「兄ちゃん」と言えば該当するのはただ一人であった。それは確かに信頼の証であった。

 

「見舞いか?にしては少し遅いけど……茜の事だからな。べちゃくちゃと白の奴に捲し立ててるのかな?」

「風邪だっけ?連行した方がいいか?」

 

 年長組の間で恐らく迷惑かけまくっているだろう茜の回収が議論される。それだけ茜は問題児扱いだった。

 

「……そう言えば宮鷹の姫様も西瓜を持って行きましたね」

 

 そしてそんな年長組の子供らの会話に、陽菜は西瓜をお出しする時の会話を思い出す。見舞い用に家人扱、そして己と何故か余分に西瓜を拝借して行ってしまったものである。恐らくは何処からか余分な客人の事も知っていたのだろう。

 

「あー、じゃあ下手にお邪魔しない方がいいかもなぁ」

 

 身内だけならばいざ知らず、彼ら彼女らにとっては天上とも言える身分の姫君がおわすとなれば下手に首を突っ込んで気分を害する事は避けたかった。

 

 年長組は年下の家族よりも自分達の立場を一層理解している。年少組がじゃれて姫と遊ぶ間にも粗相がないか、面倒事にならぬかとそれとなく監視はしていたのだ。そして現地に信頼する保護者代理がいるならばそれに任せるのが吉であるように思われた。

 

「しかし、何時まで彼方に屯しているんでしょうか……?」

 

 一方で家事を手伝う赤穂の女中は何時までも帰らぬ家人扱に宮鷹の姫を訝る。元々警戒するように主君に言われていて、特に姫の方は悪い噂は良く聞いていた。先日の一件もある。如何わしい予感に顔をしかめる。

 

「いやいやまさか。……まさか、ですよね?」

 

 流石に見舞い相手の部屋で、連れ子のいる中で等とは思わない。思いたくない。其処までいったら獣である。時と場所は弁えるべきだろう。

 

「……」

 

 立場的に己がどうこう介入出来る話でもない。信じて待つのが精々だろうか?信じて良いのか?信じさせてくれ。

 

「せめて姫様がお帰りになられる前には顔を出して欲しいのですが……」

 

 色々と清廉な主君のためにも、どうか何事ないようにと女中は儚く嘆息する事しか出来なかった。

 

「姉ちゃん。溜め息は幸せ逃げるよ。いる?」

「いりません」

 

 取り敢えず差し出された皮は拒絶した。これ、漬るのは自分がやるのだろうかと思うと皿の上の皮を見て禁断の二度打ちな溜め息が出て来た。

 

 ……因みに味付けのために炊事場の漬物壺の中身を味見したら意外とイケた。赤穂の本家に帰ったら次男坊様の酒の摘まみにしようと思った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 扶桑國北辺地のとある開拓村。人口は百五十人程、成立してまだ半世紀程の歴史しかないこの小村の一角にその家は、弥弧の姓を冠する一族の家がある。

 

 弥弧家は三人の家族で構成されていた。家主である母とその子である二人である。

 

 それだけならば良くある家系と言えただろう。父親に限らず、家族の欠ける家なんて珍しくない。怪我や病気、妖害……この世界は命は軽く、死は余りにも身近だ。それだけならば、何も注目するに値しない。

 

 特異であるとすれば母は寡婦ではなくて、婚姻すらしてない事であり、長男とは血の繋がりはなくて、末の娘は半ば人ではない事であった。

 

 辺境のこの村で一番の美人と評判だった母と、しかし求婚しようという者は誰もいなかった。大乱の時代に呪われて、狐憑きの家として蔑まれ疎まれた家系の、今や最後の生き残り……呪いという物が本当に存在するこの世界で美しさに惑わされて求愛するのは余程の愚か者であり、その血脈を残す一助となろうなぞ犯罪にも等しかった。彼女が生かされていたのはその呪いの経緯に連なる温情と畏れに過ぎない。

 

 血の繋がらぬ長男は溢れた捨て子であった。ある日村に放り投げられた誰にも引き取り手のいない赤子を、天涯孤独となった娘は夫も子も作れぬ寂しさもあって拾い育てた。村人共らの間で広がった「捨狐」で「拾狐」という呼び方はある意味で上手い例えなのかも知れない。母と違って村を歩く事、協同の仕事が出来る事は直接の血縁関係がない故の寛大な処置であった。別に嬉しくもないけれど。

 

 村の者達が知る弥弧家の構成はこの二人だけだ。狐憑きの娘とその狐児……三人目の家族を知るのはおれと母、身内だけである。

 

 山菜を採りに山に分け行った母が遭難したのは何年前の事だろうか?幾日も帰らぬ母を、しかし誰も探そうとはしなかった。それどころか死んだものとして少ない財産を村でどのように分け合うのかと談義していたものだ。俺は下手したら売られる所だった。

 

 帰って来た母に村の者は内心で落胆した事だろう。俺は持ち帰って来た果実に肉に魚に山菜を訝しんだ。俺を慰める血の繋がらぬ母には、確かに動揺があって、山での話を決して語ろうとしなかった。

 

 病と称して小屋に籠り切り、病んで病んで病んで、病みながらも膨らんでいく腹でおおよその理解が及んで、産まれたと同時に我が子の首を絞めんとするその人は、しかし無邪気な泣き声に隈に血走った眼に浮かぶ覚悟が揺らいでしまっていて……例え人ならざる獣の尾耳があろうとも、確かにそれは腹を痛めた血の繋がった娘だったのだ。

 

 だから俺は妹として認めた。母のために。そして母の背中を押して、母は俺の言葉に甘えた。そして今がある。

 

 内に籠る血の繋がらぬ妹を育てるために、俺は今日も働き……。

 

「今日の仕事はここまででいい。おい、皆集まれ。ほら、早くしろ!」

 

 山林の境界での倒木と薪割り。冬に備えた燃料確保のための賦役。その日の目標を終える前に監督役は俺達村の男衆を呼び掛け集める。

 

「もう……?」

「どういうこった?まさか哀れんで切り上げって訳じゃあないだろうに」

 

 吹雪の中で仕事の手を止めた男共は口々に困惑の言葉を呟く。村長も役人も、雪程度で村人を労るような人格者ではない。三年前の飢饉の時には年貢を無理矢理取り立てて村の家族が一つ飢え死にしたのを彼らは知っていた。

 

「給金は……どうなるんだ?」

 

 枝木集めをしていた俺は不安の言葉を口にする。仕事を早めに切り上げられて、同じ賃金が出るような甘い話はないだろう。余剰の燃料の一部を頂戴する役得もこの分では無さそうだった。それは困る。金も燃料も、これから来る本格的な冬に備えたら必須の筈であったから……。

 

「全員揃ってるな?今日の仕事はもう終わりだ。薪と枝は蔵に納めて撤収だ。早くかかれ」

 

 鋭い命令口調で監督役の男は命じる。その態度に男衆は互いに顔を見合わせてから文句を言う。

 

「待てよ。それじゃあ此方が困る」

「薪が足りな過ぎる。これじゃあ一月後には皆凍え死んじまう。俺らを殺すつもりか?」

「急に仕事の切り上げだなんてどういう事だ?理由を教えてくれよ?」

 

 口々に放たれる文句半分の質問。監督役はそんな男衆を宥めながら説明をしていく。

 

「待て待て。落ち着け。騒ぐな。……これは止むに止まれぬ理由があるのだ」

「理由?口減らしか?」

 

 口の悪い村人の一人が吐き捨てて周囲が冷笑するが、そんな空気も次の瞬間には凍り付く。

 

「馬鹿を言うな。……北の山で妖の姿が確認された。小妖だ」

「……っ!!?」

 

 監督役の言に皆が息を呑む。俺も息を呑む。最悪の事態を想定して、緊張する。

 

「……どんな奴なんだ?」

 

 隠しきれぬ震えた声音で俺は問い掛ける。幾人かの村人は俺が発言したのを物珍しげに視線を向ける。しかし直ぐに返答を求めて監督役を凝視する。

 

「熊だ。まだ小熊だが妖肉でも食ったか、顎が裂けて腕は四本も生えてる化物だったらしい。猟師が撃ったが三発食らっても疾走して逃げたそうだ」

「おいおい……」

 

 手負いの怪物。その存在にざわめく男達。不安げに互いを見やる。怯える。俺だけが内心で安堵していた。

 

「はぁ……」

 

 狐ではない……それが何よりも安心出来る事実無根だった。少なくとも妹の存在が知られた訳ではなく、狐憑き故の因縁を向けられる心配もなかった。それは幸運な事だった。

 

「村に仕掛けて来る可能性がある。防衛を固める必要がある。明日、見廻り組と討伐組を編成する。武器は各自用意しておけ」

「本気かよ……」

「官軍か退魔士でも呼べばいいだろうが」

 

 監督役の宣言に男衆達は小声で語り合う。表だって反対しないのは妖の存在をそれだけ重く見ている証明であった。

 

 妖……人理の外にして理解の外にある怪異。それを放置する事は有り得ぬ事で、一刻も早く討伐するべきなのは当然の理であった。怪物共が仕掛けて扶桑の人口を激減させた大争乱はたったの百年前の事、民草の間でも口伝でその悲惨な有り様は根強く心に刻まれていた。妥協は有り得ぬ事だった。それが普通だった。

 

(ウチの家が、普通じゃないんだろうな……)

 

 腹を痛めて産んだ子とは言え、半分怪物の存在を匿い養うなぞ聖人が助走をつけて殴り殺しに来る事案だ。妖が人の女を襲う事は良くある事で、孕まされる事案も度々あるという。産まれた子の大半はその場で絞められ、あるいは流されるか捨てられるという……。

 

(けど、今更……)

 

 今更捨てるのも、絞めるのも、到底あり得ない話だ。純粋無垢に俺に、母に甘える妹にそんな事するなんて……残念ながら俺はそこまで冷酷にはなれなかった。絆されてしまっていた。あるいはこれが妖狐による蠱惑の力なのだろうか?いや、まさか。

 

「……それと小僧、お前はいい。自宅の見廻りでもしていな」

「……はい?」

 

 そんな事を考えていたために、俺は己が呼び掛けられていた事に気付くのが遅れてしまった。一瞬固まり、そして監督役の男の命令を理解して困惑する。

 

「……いいんすか?」

「餓鬼なんざ大して役に立たねぇんだよ。お前さんの家は離れだしな。母ちゃんの御守りをしてろ。流石に一人残して食い殺されたら無念で祟りにでもなりかねねぇ」

 

俺の確認の言葉に監督役は心底嫌そうに返答する。敬して遠ざける……というよりは何時起爆するか知れぬ爆弾、腫物に対するような態度であった。そしてそれは母が今日まで迫害されつつも奪われる事はなく生きて来れた理由であった。

 

「……了解です」

 

 周囲の痛い視線に気まずくなりながらも俺は応じた。実際、命の危険があるのに討伐も村の巡回も遠慮したかった。楽出来るならばそれに越した事はない。

 

 ……妹の事もある。余り家から離れたくはなかった。

 

「……よし。じゃあ残りの割り当てを行うぞ」

 

 俺の態度に暫し訝るように見ていた監督役は、しかし直ぐに残る村人共を討伐と巡回其々に氏名を呼んで割り当てていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳なんだ。危ないから山には暫く行かない方がいいだろうな。もしかしたらこの小屋にも見廻り組が顔を見せて来るのがいるかも」

 

 さらりと賃金未払いで代わりに幾らか薪を押し付けられて自宅に帰った俺は、雪を払いながら母に向けて報告していく。訪問された際には白那は隠さねばなるまい。押し入れにでも潜んで貰う。

 

「貴方はここに残るのよね?」

「そうみたい。流石に家の周囲は少し見て廻る必要はあるけどさ」

 

 それでも、他の男連中に比べればまだマシであった。狐憑きなんて風評も時には役に立つもの……という事であろうか?

 

「そう。良かった。じゃあ暫くゆっくり休みましょう?近頃は酷く寒かったから……家で温まってね?」

 

 今生の母、稲……弥弧家のお稲の名で知られる三十路前の母はそんな俺の報告に、しかし穏やかな口調で以て労いの言葉をかける。囲炉裏に薪を足して、俺に囲み温まるように勧める。

 

「にいさま?にいさま家にいるの?ずっと!?」

 

 そしてとてとてと帰って来た俺に向けて家の奥から駆け寄って来る幼子。期待の籠った視線で以て見上げて来る白い妹の姿に、俺は何とも言えぬ苦笑いを浮かべる。

 

「ずっとじゃないぞ。妖が退治されるまでの間さ」

「それまではお家にいるんだよね!?いるんだよね?忙しくないよね!?じゃあさ、遊んでくれるんだよね!?」

 

 俺の訂正の言葉に、しかし俺と母の間に入り込みながら嬉々として言葉の弾幕を放つ妹。俺の語る内容の意味を深く考えてなければその危機感もないように思われた。ただただ、遊び相手が出来た事を喜んでいるようだった。

 

 ……碌に家から出られない妹にとって、遊び相手は家族しかいない。家内と家族だけが世界の全てだ。その家族も仕事と家事で構ってやれる訳ではない。遊びたい盛りの年頃にとっては拷問に等しいのだろう。世間を知らぬ事もある。約束を守って家から出ないだけお利口であるのかも知れない。

 

「家の周囲の見廻りはあるぞ。それに内職も。手隙な分、手伝うよ。仕事ないからって無駄飯食いする訳にはいかないだろ?」

「えー!?うー……」

 

 俺の進言に白那は落ち込んだように唸る。項垂れる。文句を言わず、逆らわないのは理がどちらにあるのか悟っているからだった。幼く思えて、妹は達観していた。

 

「……」

 

 だんまりする白那を挟んで俺は母と視線を交える。困った微笑みを浮かべる母。俺は肩を竦める。互いに承諾。そして白い妹の頭を撫でる。びくりと震えて此方を見上げる白那……。

 

「分かった分かった。時間作ってやるから落ち込むな。それで?何の遊び……「にいさまぁ!!」うおっ!?」

 

 仕方なしに妹の願いを聞き入れて、慰めの言葉を半ばまで言った所で飛び掛かるようなのし掛かりであった。受け止め切れずに思わず尻餅して倒れる。

 

「いてててて……全く、危ないだろう?」

「ごめんねにいさま!それでね、それでね!じゃあ御手玉して!御手玉勝負!それとね、雛遊び!それとそれと……!!」

 

 俺の文句なぞ気にも止めぬとばかりに馬乗りとなった狐妹は目を輝かせて次々とやりたい遊びを述べて行く。それは獣のような興奮具合だった。妖らしい感情優先の本能の発露であったかも知れない。いや、待て。腰振るな。重みが来る。痛い痛い!

 

「こら、興奮し過ぎですよ?おどきなさい、白那!」

 

 見かねて母が妹を俺から退かす。我に返ったのか少し恐縮して此方を見る白那。一見あざとくも思えるが、流石にそれは穿ち過ぎであろう。俺は深く深く嘆息する。仕方ない。

 

「……取り敢えず、御手玉からだな。草鞋編みが終わった後にやろうか。……それまで我慢出来るな?」

「……!!うん!!」

 

 俺の言に、白い妹は何処までも元気に頷いたのだった。

 

 

 

 次の日の朝。夜の見廻りをしていた村の男が二人。食い荒らされた状態で家に近い村の外縁で発見された……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

「喜介と一樹が……」

「酷いもんだ。これが人にやる事かよ」

「化け物だ。これ位やるさな」

 

 白い雪原に散らばる赤い斑点。肉が片付けられる光景を見ながら村人達は囁く。

 

「おい、小僧。悲鳴は聞こえなかったのか?」

 

 男衆の内、年長の男が問い掛ける。集まる視線。俺は首を横に振って応じる。

 

「少なくとも、俺は聴かなかった。母さんも聴いてない」

「そうか」

 

 気まずい空気。俺の言は決して嘘ではなくて、村の者達も理性では批判しない。昨日の夜は軽く吹雪だった。雪は音を吸収するものだ。距離が一番近いとは言えそれでもそれなりに遠かった。そも、悲鳴を上げる前に殺された事は十分にあり得た。

 

 それはそれとして、やはり一番近くにいた者へどうしても悪感情が向こうというものだ。その家が呪われていれば尚更に。敢えて放置したのでは?そんな疑念を心の隅に抱くのは自然な感情であった。

 

(……貧乏籤だな)

 

 せめてもっと遠くで食われて欲しかった。思わずそんな酷い事を思ってしまい布に包まれて運ばれる肉を一瞥して反省する。こいつらがいなければ一直線に家に訪問されてた可能性があるではないか。家族三人仲良く御馳走されてたかも知れない。罵倒は筋違いだ。

 

「……熊の変質した妖ならこれは単発の襲撃では済まないな」

 

 村と村長役人らの用心棒を兼ねる猟師の若者、玉井の伊助が沈黙を破って口を開く。代替わりしたばかりの若い猟師の、しかしその言にその場に居合わせた者らはざわめいて互いに顔を見合う。不安と恐怖に戦く。

 

「熊は執着的だ。それに生意気だ。人の肉の味を覚えた。簡単に食える獲物と理解しただろうな。この村は奴にとって餌場扱いだ。何度でも来るだろう。食い尽くすまでな」

「そんな……」

 

 村人の一人が愕然とする。殺された二人は惨い有り様だった。それが続くと?

 

「家に上がり込んで女房も餓鬼も食らうさ。熊は、妖は、そんなもんだ」

「引き摺って巣穴まで運ぶかも知れんな。この冬場に起きてるってなると食い扶持がいる。保存食にするかもな」

 

 猟師に続いて中年の樵の男が続ける。同じく村の用心棒を兼ねた筋肉質の男は、実際仕事柄妖に出会す事がありこれを斧で殴り殺した経験もあった。二十年前には村を襲った巨大な虫の怪物を両手に斧でぶつ切りにして英雄として讃えられたという。そんな男の言は村人達を心底震え上がらせる。

 

「……他人事みたいに!!伊助、てめぇがこの前出会した時にちゃんとぶっ殺せてたらこうはなってねぇんだろうが!!?手負いにしたから来たんじゃねぇだろうな!えぇ、その銃は玉無しか、あぁ!!?」

 

 男衆の代表の一人の糾弾。掴み掛からんとするのを猟師は火縄銃を構えて威嚇する。慌てて樵の男が宥める。

 

「止めろ!村の奴同士で啀みあっても仕方ねぇだろ!!伊助、銃を下ろせ!下ろせ!!」

「……」

 

 樵の大樹の言葉に舌打ちと共に火縄銃を構えるのを止める猟師。

 

「……兎も角、上役らに報告しねぇとな。さて、どうなる事かね?」

 

 樵の嘆息。籠城して専門家なり官軍なりが来るのを待つか。あるいは全員で山狩りするか……。

 

「……罠を仕掛けるか?」

「罠?」

  

 猟師の言葉に樵は訝る。

 

「食い残しの肉を使う。待ち伏せして、袋叩きにする。熊相手なら結構上手く行く手だ」

「そいつは……」

 

 樵は周囲を見る。軽蔑するような村人らの視線。

 

「葬式やって、埋めるのも出来てねぇんだぞ?罰当たりな事を……!家族に誰が説明すると思ってんだ!?」

「言った筈だ。熊は執着的だとな。どうせ埋めても掘り返す。だったら有効活用するべきだ」

「人でなしが!」 

「相手は人じゃないからな」

 

 男衆の代表の罵倒への淡々とした返答。血も涙もない作戦。しかし……専門家としての言葉を無視出来ない。

 

「……方針を決めるのは上役らだ。提案はするべきだな。それと、躯は村に入れるな。家族の元にも送るな。話が本当なら危険だ。村の端にかき集めるだけにしておこう。……誰か、見守り出来るか?」

 

 樵の問い掛け。誰も応じない。応じたくなかろう。熊妖怪と相対したらどうすればいいと言うのだ?食い殺されるのがオチである。

 

「見つけたら阻止する必要はない。笛を鳴らして呼べばいい」

「じゃあ自分が残れよ」

 

 村の男の一人が愚痴るが、猟師は鼻を鳴らすのみだ。役人やら村長に専門家が直接説明しないのでは説得力も緊迫感もないであろう。

 

「馬鹿言うな。……おい。弥弧の小僧。お前は家に近いな?」

 

 ……あぁ。この流れは予想出来てたよ。

 

「……あー。せめてさ、御守りと武器もくれない?」

 

 取り敢えず、可能な限り物を貰うのが最善だろう。はは、やってられねぇよ……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

「酷い事。一人だけなんて……」

「誰も残りたくないだろうし。……まぁ、適当に誤魔化すよ。ずっと見張る訳じゃないしね」

 

 差し入れの握り飯を持って来た母への言。丸太の上で座り込む俺は塩味の利いた飯を受け取るとそのまま豪快にかぶりつく。うん、旨い。

 

「私も、居ましょうか?」

「母さんがいてもどうにもならないよ。……白那は?」

「不貞腐れてるわ。遊ぶの楽しみにしてたから……」

 

 昨日は夜まで御手玉で遊んでいたものだ。今日は雛遊びの予定だった。その予定がおじゃんになって妹はご立腹らしい。

 

「悪い事したね」

「気負う事ないわ。ごめんなさいね、何時も大変なのに。休ませてあげれたら良かったのに……」

  

 俺の苦労を思って心苦しそうにする母。

 

「別にそんな気にしなくても。……それよりもそろそろ帰った方がいいんじゃない?何時までもあいつを一人にしておくのは良くないでしょ?」

 

 それこそ、家に妹一人残して妖に襲われたら……家には御守りを置いてあるが所詮は庶民に広く提供するための官給の粗悪品である。実際の所、何処まで効果があるかと言えば妹の存在が一周回って心配にさせる。半分だからだよね?純度十割なら効果あるんだよね?信じていいんだよね?

 

 ……信じる者は救われる筈だ(白目)

 

「荷物は纏めてるわ。いざとなったら荷を背負って、あの子抱えて直ぐにでも家から逃げられるわ。安心して。……貴方も、何かあったら直ぐに逃げるのよ?無理はしないでね?」

「当然だよ。死人守るために死にたくないし」

 

 離れた場所に集めて藁で覆った躯をチラ見してから俺は宣う。事実だった。いざ本当に怪物が出てきたら即刻逃げ隠れするつもりである。流石に餓鬼相手に文句は出まい。……出ないよね?

 

「……御飯、楽しみにしててね?頑張って豪華にするから」

「そんな張り切らなくても……何時の通りでいいよ。冬本番前なんだからさ。貯蓄はしとかないとさ」

 

 蟻と蟋蟀は易しい話だ。現実は必死に節約してても冬場に凍え死に飢え死にする奴だっているのだ。こんな事で貴重な備えを使うべきではない。

 

「だけど……いえ、分かったわ。言う通りにしましょう」

 

 喰い下がろうとして、しかし俺と顔を合わせると最後は受け入れる今上の母。己の分を分けてでもと思っていたのだろうが俺の目を見てそれを断念したようだった。人が望まぬ事を行うのは善意ではない事をこの線の細過ぎる人は知っていた。望まれぬ善意は時として相手の負担となるものだ。

 

「本当、苦労ばかりかけて……駄目な母でごめんなさいね?」

「その駄目な母さんがいないと俺は生きてないんだから、まぁお相子だよ?」

「ふふ。酷い言い様ね?」

 

 そういって母は手拭いで俺の口元を拭く。俺に上着を着込ませると握り飯を包んでいた笹の葉を折り畳み片付ける。そして、俺に迫ると抱き締めた。

 

 ぎゅっ、と。優しく抱擁する……。

 

「母さん……」

「無茶はしないで。ね?」

 

 祈るような囁き。何れだけそうしていたか。漸く腕中から母は俺を解放すると、今一度優しく微笑む。そして母は手荷物を纏めると自宅に向けて踵を返す。

 

「……そんな、赤ん坊じゃないんだからさ」

 

 流石に子供扱いに過ぎる。若干恥ずかしくなり、しかし俺は去り行く母の背を暫し見守る。その姿が遠くに見えなくなっていくのを見送って、改めて見張りの仕事に集中する。何せ……。

 

「油断大敵ってな」

 

 握り締めて見下ろすのは拝借した短めの熊突槍。俺の唯一の武器ではあるが正直妖相手に何処まで効果があるかは怪しかった。気休めだ。懐には御守りを仕込んでるが此方は多少忌避させる程度の効果があれば良いといった所か……。

 

「いざ遭遇したら鈴鳴らす暇あるのかね?」

 

 逃げの一手、あるいは隠れるか……少なくとも戦うのは無しだ。というか鈴鳴らした途端に突っ込んで来た化物に殴り殺されかねん。

 

「はは、洒落にならんなぁ」

 

 正しく貧乏籤である。糞、弥弧の家は村に親戚なんていないし、そもそも俺が村外生まれの外様だからって……あぁ。駄目だ。一度考えると恨み辛みがどんどん浮かび上がって来やがる。人とはかくも醜く賎しき事の証明って訳だなって……。

 

「……?」

 

 下らぬ愚痴を頭の中で思い浮かべていた俺は、しかし直後悪寒に身を震わせる。身を震わせて、本能的に丸太の陰に身を隠していた。沈黙する。息を潜める。ゆっくりと、顔を覗かせて雪原を見やる。

 

(噂をすれば、かよ……!!?)

 

 的中した予感に毒づく。そして改めてそれを確認する。

 

 身の丈は大の大人を超えているだろう。真っ黒な毛むくじゃらの肢体。唸るような獰猛な声。顔は伸びきった毛皮で見えない。ただただ毛の隙間から覗く牙と眼光だけが分かった。林から現れた四足の邪獣が雪原を踏み締めてやって来る。

 

「子熊?あれが?嘘だろ……!!?」

 

 猟師が見たのは子熊の筈で、しかしあれが子熊とは到底思えなかった。いや、妖なんて人並みのデカさの虫がいるのだから可笑しくはないのだが……。

 

(何にせよ、荷が重い!!)

 

 手持ちの熊突槍ではどう考えてもあれを殺せるとは思えない。油断しなくても突貫して来たら食い殺される。鈴?冗談は止めてくれ。自殺だよそれは。

 

(やり過ごす……そうだ。やり過ごすんだ。それが正解だ……!!)

 

 俺は最善の道を選ぶ。幸い、村にまで来た化物は藁莚が被せられた躯片の方に執心のようだった。白い息を吐きながら鼻息のようなものを鳴らして筵の下の物をまさぐる。少しして筋肉が千切れて骨が砕ける音……食ってやがる!!

 

(畜生、臭いがここまで来てんだろうが!!?)

 

 丸太を挟んで、距離は十歩程か。腐肉臭、硫黄臭、獣臭、悪臭の混合臭……それが俺の鼻孔を擽りを疼かせる。身震い。恐怖。吐き気。それを堪える。手に握る槍の感触を確める。

 

 耐えろ。耐えるんだ。気取られるな。声をあげるな。仕掛けるな。相手は化物だ。敵う訳がない。唯の熊ですら危険なのだ。妖ともなれば子であろうと下等であろうと俺如きで手に負える相手じゃない。だから、堪えろ……!!

 

「すぅ……!!はぁ……!!」

 

 静かに静かに深呼吸。破裂しそうな心の臓の高鳴りを抑えつける。丸太の陰から覗き込む。御食事に夢中のようだった。此方には気付いていない……。

 

(腹一杯になったら帰っちまえ……!!)

 

 心の中で叫ぶ。願う。祈る。化物が現れてまだそれ程時間は経ていない筈なのに、もう何刻も隠れているような気がした。恐怖と緊張に動悸が激しくなり、そして汗の粒が額に噴き出して来る。汗の匂いで気付かれないか不安になって涙が溢れて来る。

 

『グウ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"………!!』

 

 ボリボリと、ガツガツと、ブチブチと。身の毛がよだつような物音は唸り声と共に終わる。沈黙が空間を満たす。

 

「…………」

 

 静かに、静かに、ゆっくりと。顔を覗かせる。慎重に、慎重に。躯を二度荒らした妖熊を目撃する。固まったようにその場に留まる怪物は、直後ゆっくりと動き出す。足跡を見下ろしながら。

 

 母の草履の跡を手繰って家の方向に……。

 

「おい、待て……」

 

 待て。待てよ。おい化物。何処に行くつもりだ?その足跡を追って……。

 

「何を、するつもりだよ……?」

 

 刹那に脳裏に過るのは最悪の光景。扉を砕いて、母に、妹に、悲鳴が上がって、おぞましい音がして。きっと村の連中は助ける訳がない。助けるよりも、寧ろ確実に仕留めるために囲んで、良く狙いを定めて、何だったら油をぶちまけて丸ごと焼くくらいはしてしまいそうで……。

 

「っ……!!?」

 

 身体が動いたのは殆ど本能的だった。身を乗り出して、駆け出して、槍を深く怪物に突き立てる。横腹向けて穂先を突き刺す。短い獣の悲鳴。行動した後に己の無謀な行いを理解した。

 

「あ……」

 

 突如として訪れた静寂。そしてのっそりと、怪物が此方を見る。垂れ下がった長毛の隙間からの視線を感じ取る。ここに来て初めて俺は気付いた。化物の目玉が八つもある事を。グルリと口先を囲むように埋め込まれている真っ赤な眼球を……。

 

「ひっ!?」

 

 思わず槍を引き抜いて下がる。それは正解だった。鼻先を何かが掠める。一瞬遅れて痛み。薄皮が裂けて噴き出す血飛沫。

 

「うあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!?」

 

 咄嗟に顔を押さえる。叫ぶ。槍を振るう。威嚇する。距離を取る。行為は正しかった。反撃に怪物は迫り来るのを止めて咆哮する。ガバリと口元が裂けて三つの舌が踊る。四つの顎が晒される。無数の犬歯から銀糸が垂れ下がる。それは怪物そのものだった。昔のハリウッドSFホラーに出てきそうな顔面の造形……!!

 

「は!?SF?何だ、それ……!?うおっ!?」

 

 己の脳裏に過った良く分からぬ単語に、その意味に困惑して唖然として、振るわれる拳に無理矢理現実に戻される。身を翻して辛くも避ける。背中に引っ掛かれた感触を感じ取る。痛い……!?

 

「畜生っ!?」

 

 起き上がりながら必死に槍を振るう。振るう。振るう。がむしゃらに振るって距離を詰められるのを阻止する。押し倒されたらお終いであった。

 

「来るな、来るなぁ!!来るんじゃねぇ化物がぁ!!?」

 

 ブンブンブンブンと、空を切る槍の音。怪物は距離を取って隙を窺う。窺う故に俺は槍を振るい続ける。そして、鈴を鳴らす暇はない。失敗を悟る。これならば最初に鈴を鳴らしておけば良かった……!!

 

「糞、糞、糞ぉ……!!」

 

 槍を振るう。突き立てる。威嚇する。必死に必死に穂先を見せつける。何時までも激しく槍を振るう事は出来なくて、息が上がって動きは鈍って、けれど俺に出来る事はそれしかなかった。

 

「来るな、来るなぁ!来る"な"ぁ"ぁ"!!?」

 

 振るわれる拳に向けて振槍。大振りし過ぎて爪で弾かれる。あっという間に懐まで潜り込まれた。見掛けからは信じられない瞬発力だった。

 

「あっ……」

 

 視線が交わって、見下されて、翳りに呑まれる。脚が震えて思わず尻込みしてしまう。拳が迫り……。

 

「ああああぁぁぁっ!!??」

 

 甲高い女の子の叫び声。横から母が現れる。必死の形相で怪物の顔面にそれをぶつけた。風呂敷だった。正確には風呂敷に雪を詰めて素振りするようにして叩きつけた。眼前の獲物に夢中になってた故の不意打ちの成功。

 

「立って!立ち上がって!お願い早く……!!?」

「っ!?」

 

 伸ばされる手を掴む。引き上げられる。共に走り出す。鈴を鳴らしていた。背後から化物の荒々しい足音が響く。家に向けて走り出す。

 

「来るんじゃねぇ……!!?」

 

 走りながら背後に槍を振るって牽制。母は重石となる風呂敷を雪ごと投げつけた。華奢な母の抵抗は、しかし腕力が足りずに化物の手前に落ちて命中はしなかった。風呂敷を踏みつけて口裂熊は疾走する。

 

 距離が、あっという間に縮まって行き……!!

 

「母さん、逃げて!!」

「えっ!?きゃっ!!?」

 

 母を横に押し弾く。化熊の突撃する直線上から逃がす。振り返る。足を止める。前に出る。槍を振るった。上がる怪物の悲鳴。顎を穂先が掠めて血飛沫が散る。余りにも細やかな反撃だった。

 

『グオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"!!!!』

「うお"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!」

 

 咆哮に咆哮で応じた。無意味だった。ドシドシと迫り来る。完全に御冠であった。そして底を知られてしまっていた。俺に己を殺せる力量なぞない事を見抜かれてしまった。

 

「母さん、早く逃げて!助けを!!」

「けど……!!?」

「いいから!早く!?うおっ!!?」

 

 槍を掴まれて、槍ごと放り投げられる。槍の折れる音がした。雪原で上半身を起こす。槍の柄しかない。穂先は……。

 

「穂先……!?あった!!?」

 

 純白の雪の上に打ち捨てられた黒鉄色の刃。俺の唯一の希望。這いずる。急いで這いずり手に取る。喜色を浮かべる。

 

 目の前に太く毛むくじゃらの足が現れる……。

 

「……」

 

 沈黙して見上げる。見下させる。悲鳴が、名前を呼ばれる。酷く遠くからの声に思えた。そして迫り来る爪の一撃が何処までも緩やかに思えた。走馬灯。そんな言葉を思い起こす。

 

 死が直撃するまでの刹那に思うのはこれまでの人生。それは母の事であり、妹の事であった。二人との日々の思い出だった。

 

 そして、弟妹の事であり、両親の事であり、部下の事であり、姉妹の姫の事で、孫六達の事で、家人の少年の事で、主人公様達で、孤児院の事で、養護院の事で、エロゲをしていた時の背後の気配の事で……。

 

「姫?エロゲ?何を……っ!?」

 

 生じた疑問。疑念。それを深く考える暇はなくて、迫る爪に思わず眼を閉じて……そして、何も来ない?

 

「は?」

 

 瞼を開く。顔面に食らった火玉に悶える口裂熊。唖然として、予感に振り返る。

 

「にいさまに、にいさまに手をださないで!!」

 

 雪原の中、佇む白狐は火の玉を漂わせながら必死の思いで叫んでいた……。

 

 

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