和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 Xin.さんよりファンアートを製作して頂けましたのでご紹介致します。
・妹を騙る白狐
https://www.pixiv.net/artworks/121700232

 あざといずい……。素晴らしいイラスト、誠に有り難うございます!


第一七七話●

 どうして?それが命の危機にあって尚湧いた最初の疑問だった。俺は眼前の光景が信じられなかった。

 

「にいさまにっ……!手をっ、出さないでぇ!!」

 

 白狐の妹の叫び。そして不安定に揺れる火の玉が数個、口裂熊の顔面へと叩きつけられる。妖気を帯びた炎は普通のそれとは違うという。小さな火球は、しかし熊に当たって弾けて、獣の悲鳴が上がる。

 

「っ!!?」

 

 俺は生まれた間隙に身体を引き摺って危機から脱する。急いで距離を取る。そして叫ぶ。

 

「白那、どうして……!?」

「だって!だって!にいさまがぁ……!!お母さんがぁ……!!ひっ!!?」

 

 勝手に家を出た事、化物の前に出てきた事への糾弾の、妹の泣き声交じりの弁明。直後の咆哮。妹は怯えながらもがむしゃらに周囲に火の玉を生み出す。

 

「えっと、えっと……ええいっ!!?」

 

 それは完全に感覚的で、己でもどのように行っているのか分からないのだろう。生み出しては放たれた火の玉の動きは酷く不安定で、それでも辛うじて命中する。火傷の前に小さく鳴き声を上げる怪物。

 

 仕留めるには余りにも不足していて、却って挑発する行為に等しかった。

 

『グオオッ!!オオォッ!!』

「ひぃっ!!?」

 

 八つの眼光に睨まれて白那は立ち竦む。作り出そうとしていた火の玉は霧散する。怯え切る。それは明白な隙であった。一歩、怪物が歩を進める。突貫せんとする。

 

「させねぇよぉ!!?」

『ギャウ!!?』

 

 隙が生まれていたのは熊も同様だった。俺は血の付いた衣服を脱ぐと、それを熊の顔面に投げるようにして覆い被せていた。その上で跳ね上がる。跳ね上がって握った槍の穂先を熊の額に突き刺す。深く深く突き刺した。一層高い獣の悲鳴。即座に駆け抜けて逃げる。遁走する。全力疾走……!!

 

「にいさま、すごい!!」

「馬鹿!呑気に……!いいから、逃げるぞ!!母さんも早く逃げて……!!」

 

 妹の純粋な称賛の言葉を切り捨てて、此方に向かう母に向けても急かして叫ぶ。

 

「糞、化物め……!!」

 

 唸る声に熊を見れば、背中から生やした隠し腕も含めて、四本の巨腕で以て衣服を剥がそうと必死に格闘していた。槍の穂先で額に打ち止められた衣服は、しかも熊の無数の爪と牙に引っ掛かりズタズタとなっていた。そしてそれ故に剥がれずに熊の視界を塞ぎ続ける……。

 

 それでも所詮、時間の問題だった。

 

「……っ!早く行こう、長くは持たな『グオ"オ"オ"オ"オ"ッ"!!!!』くっ!!?」

 

 俺が叫んだのは悪手だった。声に反応して、視界も開けていないのに熊は突撃してきた。怒鳴るような咆哮は地を震わせるようだった。その殺気に、悪意に、敵意に、俺すら立ち竦む。妹はなおの事。逃げられない……!?

 

「っ!?二人とも……!!」

 

 慌てて駆け付けて来ていた母は、躊躇なく俺と妹を抱き寄せた。自身の背を怪物に向けて、咄嗟に俺達を抱き締める。悪足掻きであり、母の意地であった。無意味でも、それでも子をどうにかして護ろうとした健気な行いだった。

 

 そうだ。無意味な行いだった。

 

「母さん!?くっ……!?」

 

 母の行為への驚き。何をするべきか考える時間はなかった。熊が来る。巨躯で以てやって来る。

 

(駄目だ。轢き殺される……!?)

 

 最悪の答えが導き出される。俺は己と家族の終わりを幻視して、無力を突きつけられて絶望する。後悔する。手遅れだ。そして……。

 

 パァーン、と。乾いた音が雪原に響いた。

 

『ギャ!!?』

 

 頭を狙っての一撃だった。飛び散った血飛沫が白雪を朱黒く染める。衝撃に立ちつくす熊。ゆっくりと音の鳴る方向へと振り向いた。

 

 二発目の銃声が無慈悲に鳴り響いた。仰け反る熊妖怪。片目を破壊した。頭蓋の骨と肉が飛散する。

 

「な、なにぃ……!?」

「しっ、静かに!……母さん!」

 

 初めて聞いた銃声に耳を押さえて心底怯える白那。そんな白那に沈黙を命じて、俺は母の顔を見る。母も俺を見た。同時に頷く。どうやら、同じ意見らしかった。

 

 そうだ。同じ答えだった。誤魔化すなら……今しかない!!

 

「白那、小さく背をくぐめてね?お兄ちゃんの陰に隠れるの!」

 

 そういって母は俺は白那を影に隠すようにして走り出す。家に向けて遁走する。今ならいける筈だった。白那の存在は隠さねばならなかった。人が集まれば、熊が死ねば、注意は此方に向きかねない。猟師は熊の相手に集中していて此方の事なんて欠片も気にしてないだろう。今しかない。今しかなかった。

 

「……」

 

 そして家の戸口に入る直前に振り返った俺は見た。倒れる熊に向けて猟師が追い討ちの一発を撃ち込む光景を。

 

 それは化物への侮蔑に満ちた、情け容赦のない一撃……。

 

「……」

「……にいさま?」

 

 移った視線。先に家内に逃げ込んだ白那からの呼び掛け。狐耳と狐尾の異形の妹の姿。それに先程まで戦っていた化熊とが重なる。

 

 銃口が妹に向けられる光景を幻視する。

 

「怪我は、ないか?」

「うん!大丈夫!!」

「白那、早く奥に……ね?」

 

 沈黙を破り紡いだ言葉に、妹が元気良く答える。精一杯笑顔で以て、此方を笑顔にしたいとでも言うように。そんな妹を母は家の奥に連れて行き、何時でも客人がやって来ても良いように取り繕う。同じく目立った怪我は無さそうだった。

 

「……」

 

 心の底から、良かったと俺は思った。

 

 背後から、止めの一発の銃声が鳴り響いた……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 熊妖怪の一件が解決した村はお祭り騒ぎだった。そしてその恩恵は俺達一家にもやって来た。

 

「これは弥弧家の取り分だ。とっておけ」

 

 村の上役が態々訪れて巾着袋を手渡した。中身の金額は計七百と四六文である。野良仕事にして一週間分の金額だった。

 

 熊はこの時代において金目の代物だ。そして妖の骸もまた物によるが金となる。まだまだ妖として日が浅く完全に妖化してなかったのが功を奏したという。胆に熊の手、毛皮、脂、肉……妖に変質していたものも、熊のままであった部分も、猟師と村の人脈で相応の値で売れたという。

 

 売上利益の三割が村の上役達が税として、四割が猟師の収入としてその懐に入った。また殺された村人の家族の取り分で一割程度、そして残りは討伐に協力した村の住民への分割する訳だが……。

 

「少し、多めのように思うのですが……」

「気にするな。胆だけでも十五両も値がついたからな。若干妖化していて値下がりすると思ったんだが……物好きの公家がいるらしくてな。逆に相場より高く売れたらしい」

 

 恐縮する母に向けて淡々と答えたのは、上役と同行する猟師である。

 

 十五両、四割が猟師の取り分となると胆だけで六両の稼ぎという事だ。一両あれば一月食える事を思えば弥弧家に渡す報酬なぞ彼からすれば端金であるのだろう。因みに本来の相場は九両程度だそうな。

 

「ですが……」

「伊助から話は聞いた。あの化物の足止めをしていたそうだな?顔面に槍も刺さっていた。良くやったものだ。死ななくて良かったな?」

 

 上役が若干皮肉を込めて母の後ろに控える俺に宣う。軽いノリに俺は卑屈に苦笑いするしかなかった。欠片も緊迫感がない。多分俺が死んでても大して哀れむ事はあるまい。運の良い餓鬼だと思っているのだろう。命の扱い軽ーいよおい。

 

「それは……本当に幸運でした。本当に、本当に……」

 

 嫌味に近い台詞に、しかし母は俺を傍に寄せると心底同意するように言葉を紡いだ。絞り出すような言葉だった。あの騒動の後、一段落してから母は俺の身体を何度も何度も確認して大丈夫なのかと涙ながらに尋ねては抱き締めていたものであった。それはもう、まるで血の繋がった実の母親のように……。

 

「……」

「……」

 

 上役も猟師も、そんな母の態度にこれ以上皮肉や嫌味をいうのも憚られたようであった。そも、狐憑きの彼女に対して必要以上に不当に扱うのは危険過ぎる。互いに視線を交えた後、話を切り上げる。

 

「……そうか。では失礼するとしよう」

「明日から山仕事は再開する予定だ。その稼ぎだけでは流石に年を越せまい?行けるのならば早く出て来る事だな」

 

 猟師、そして上役の言葉である。去り行く二人に母共々会釈して見送る。戸口を閉める。

 

「……明日からだってさ。早くて良かったね」

「出るの?もう少し後からでもいいんじゃない?」

「上役も言ってたでしょ?その金だけじゃ厳しいよ」

 

 本格的な冬籠りとなれば行商すら殆ど来なくなる。暖を取り、飯無しでは飢え死にか凍死である。今年の収穫は良い方ではなかったし、食べる口は二つだけではなかった。村が雪に閉ざされる前に買い溜めしなければならない。金が必要だった。

 

「だけど……危なくないの?」

「もう駆除されたんだから問題ないでしょ?心配し過ぎだって」

「だけど……」

 

 理屈では分かっているのだろう。けど感情で母は俺を外で働かせる事にどうしても抵抗があるようだった。下手に臨時収入が転がって来たのもそれを後押ししているようだった。

 

「お母さん、にいさま、もう……大丈夫?お外のこわいの、ない?」

 

 俺と母の会話を止めたのは部屋の奥からの質問であった。押入れの襖が小さく開いて隙間から此方を覗く幼い表情……。

 

「……え、えぇ。……もう、皆さん帰ったわ。出てきて良いわよ?」

 

 外の様子を確認してからの母の応答。それに応じて出てきた妹は俺に抱き着いて母を見る。

 

「お母さん、にいさまも、仲良くしてね?家族は仲良く……だよね?」

 

 上目遣いで、悲しげな表情を浮かべての妹の嘆願に俺も母も何も言えなくなる。

 

「白那……そうだな。仲良く、だよな?」

「喧嘩している訳じゃないのよ?ただ御互いに心配しているから……ご免なさいね?不安にさせちゃったのね?」

 

 ぎゅっと抱き着く妹を俺は宥めて、母は慰める。そんな俺達を見上げて白那はウンウンと涙目で頷く。

 

「……母さん。明日は家に残るよ」

「……いいの?」

「明日だけね。……あの時は白那も頑張ってくれたんだ。御礼に遊んであげないとね?」

「ほんと!!?」

 

 俺の発言にぱぁっと笑顔になる白那。喜びを剥き出しにして、信じられないとばかりに驚いて、そして母親も見る。望む言葉を俺も母も察していた。

 

「……そうね。明日は三人で仲良く遊びましょうか?」

「うん!うんっ!!」

 

 仕方ないとばかりの母の承諾に、これまでで一番の応答。目を輝かせて俺と母の提案を受け入れる。何処までも喜びに満ち溢れていた。それは哀れにも思えた。この少女にとって、世界は何処までも家族三人で完結していた。

 

(それでも……)

 

 友達も作らせてあげられず、外の世界を教えてあげられない。それでもどうにもならず、ならばこそ少しでもこの白い妹の求めに応じるべきであった。それが家族としての、兄としての義務であろうから。

 

「えへへ。楽しみぃ!」

 

 興奮すらしている白那の笑み。その頭を撫でてやればむずがるように一層の喜悦。幸せの絶頂とばかりに尻尾を激しく振るい、幼い美貌を表情を蕩けさせる。

 

「……あぁ。楽しみ、だな」

 

 何時までもその頭を撫でながら、俺は贖罪するかのように妹の言葉に返答していた……。

 

 山で村の男が五人殺されたのが確認されたのは、翌々日の事であった……。

 

 

 

 

 

「どうなっているんだ?こりゃあ……」

「こりゃあ挽き肉より酷ぇ有り様だ」

「妖は駆除出来た筈だろう?何でこんな……」

 

 村の男達は仲間の無残な骸を見下ろしながら囁き合う。先日の口裂熊に食われた骸も悲惨なものであったが彼らが見るそれはそれに勝らずとも劣らぬものであった。

 

「上半身が消し飛んでいるな。肉片は……あれか」

 

 樹木の幹に染み込むようにこびりついた真っ赤な汁を一瞥する猟師。険しい表情を浮かべて思慮に耽る。

 

「五人、五人だぞ?見た所碌に抵抗も出来ぬ有り様だ。幼妖や小妖じゃないぞ。こりゃあ」

 

 樵の中年は唸る。村人程度でも小妖ならば囲んで農具で撲殺出来るものだ。少なくとも余程の事がない限りはこんな風に一方的に殺される事は有り得ない。

 

「あるいは……」

 

 猟師は小さく呟く。その言葉の後半を遠くにいた俺は聞き取る事は出来なかった。

 

「どうするのが適切だと思う?」

 

 監督役の役人は困り果てたように用心棒達に尋ねる。先日の犠牲者も合わせれば七人である。働き盛りの男が七人。百五十人の村で数日の内にそれだけの犠牲……村の運営に悪影響をもたらす事必至だった。そして犠牲はこれで打ち止めとなる保証はない。

 

「この損傷具合、流石に俺達だけでどうにか出来るとは言えないな」

「となると……援軍がいるか?」

 

 樵は渋い表情を浮かべる。援軍……官軍か、退魔士か、武家か。何にせよ用立てがいる。そして要請した所でやって来るのかは不明瞭だ。特に大乱で人手不足の退魔士家は。連中は大案優先でこんな小さな村の依頼なぞ後回しだろう。

 

「何にせよ、村長らに相談しねぇとな」

 

 樵の中年は天を仰ぐ。どうやら今年は厄年だと嘆息する。

 

 俺にとっても厄日だった。折角の出勤したというのに……昨日は給金が支給されてたようだがこの分だと今回は解散は確実だろう。空振り、賃金は無しという事だ。これでは臨時収入も差し引きで零になってしまう。妹は食べ盛りなのに勘弁してくれ……。

 

「解散だ。解散!!当番は骸の処理をするぞ!!残りは殺られない内にさっさと女房の所に帰れ!」

 

 俺が陰鬱な気分になっていると樵の宣言。運悪く死体処理に任じられた連中は愚痴り、残りはブー垂れながらもそそくさに帰路に就く。二次被害なんて誰も食らいたくないのだ。

 

「おい。待て」

 

 俺もまた帰宅しようとしていたらふと呼び止められる。振り向けば気難しい表情の猟師の姿。

 

「えっと……何ですか?」

 

 よもや先日折れた槍の弁償しろとでも言うのだろうかと身構える。

 

「そんなケチ臭い事は言わねぇよ。……どうだ、身体の調子は?」

「身体の調子?」

 

 猟師の珍妙な質問に俺は怪訝な表情を浮かべる。

 

「先日の化物の検分の際にな。あの顔面に被った服はお前のだろう?切り裂かれた痕があった。問題はないのか?」

 

 あぁ。と俺は合点がいく。

 

「多分薄皮だったので。もう塞がってますよ。ほら、この通りに」

 

 服を捲って背中を見せてやる。薄い傷痕が残る背中は、しかしそれだけである。

 

「……そうか。息災で何よりだ。二人暮らしだからな、お前が駄目になったら家が回らなくなるだろう?」

「それは、まぁ……」

 

 死体と一緒に留置きさせてくれた奴がどの口でとも思うが……言わんとする事の道理は分かる。

 

 弥弧家の稼ぎの大部分を稼いでいるのが俺だった。俺が不具なり死んだりしたら母と妹は……先々を思うとそれだけで憂鬱になる話だった。

 

「野垂れ死にする筈の捨狐を育てて貰ったんだ。親孝行はせんとな?」

「当然ですよ。だから今日も働いている訳です。……空振りになりましたけど」

 

 解散となって去り行く村の住民を一瞥しての返答である。本当、こんな事さっさと終わって欲しいものである。

 

「……そうだな。さっさとけりをつけるべきだな」

 

 猟師の男は淡々と呟く。沈黙して、周囲を見渡す。

 

「……?」

「……もういい。行け」

 

 背を見せて立ち去る猟師に、俺は首を傾げて訝る。訝るが……結局何時までもここに居たくなかった俺はそそくさと帰宅の途に就くのだった。

 

 あるいは、これがその後の運命の分水嶺かも知れなかったが、この時点でそれを予見する事が出来なかった……。

 

 

 

 

 

 

「にいさま!あーそーぼっ!!」

 

 家族三人で囲炉裏を囲み、昼餉の湯飯を食べた後の白那のおねだりだった。期待に満ちた笑顔で駆け寄って甘えて来る白い狐の妹。

 

「……母さん。草鞋の進捗はどう?」

 

 取り合えず最初に尋ねるのは内職の具合である。妹がう"ーっと不満げに唸るが頭を撫でて適当にあやす。

 

「そうねぇ。……結構藁も目減りしてるから、次に買取りが来るまでには十分間に合うと思うわ」

 

 秋の収穫時の取り分、そして内職用に態々買い取った藁の残りを確認しての母の返事。元々妹も多少手伝いをしていたし、俺も幾日か家で待機中に作業に携わっていたので例年に比べて進捗は進んでいた。残る材料も期限内に十分使い切れそうであった。これだったらもう少し買い取っておけば良かったと思ったくらいだ。

 

「ふふ。白那、お兄ちゃんと遊びたいから人一倍頑張っていたものね?」

「お母さん!それ秘密だよぉ!!?」

 

 くすりと笑っての母の暴露に白那が慌てて怒る。母はそんな妹の姿に謝りながらも笑いを堪え、母のそのような態度に針千本の如く頬を膨らませて妹は拗ねる。年相応に大変御立腹であった。

 

「う"ー!!」

「そんなに怒ってやるなよ、白那。な?」

 

 唸る妹をよくよく宥める。

 

「でも!でも!にいさまぁ……!」

「母さんの手伝いをしてくれたのは良い事さ。俺の代わりに支えてくれて有難うな?孝行者だな」

 

 そうやって褒めてやれば妹はそれ以上反発出来なかった。白那にとって、世の中は自分と母と兄で完結していた。俺が母の擁護をして妹を宥めてしまえば何も言えない。

 

「う"ー……にぃさま狡い!」

「歳の功って奴さ。うおっと!?」

 

 文句を受け流せば不意打ち気味に白い妹が抱き着いて来た。より正確に言えば胡座をかく俺の腰に手を回して強めに抱き着き腹に顔を埋める形となる白那。正面に白く小さな狐尾がくねくねくねりながらやって来る。

 

「う"ー……!」

「はいはい。分かった分かった」

 

 妹の唸りつつも無言の要求に応じ、俺は目の前に差し出される踊る白い尻尾に優しく触れる。優しく触れて優しく揉みしだく。その肉を、その芯を、筋肉を解すように。

 

「ふぁぁ……」

 

 嘆息にも似た深い深い温かな吐息。強く腰を締め上げていた腕が弛緩する。ぐったりと妹の全身の力が緩まるのを実感する。喉を鳴らして機嫌良さそうにうとうとする。白那は尻尾をこのように優しく刺激されるのを好んでいた。話によると落ち着いて気持ちが良いらしい。多分按摩のような感覚なのだろう。

 

「白那は本当にお兄ちゃんにそれしてもらうのが好きよねぇ」

「母さんのは余り好きじゃないんだよな?力加減?」

 

 俺の代わりに母が揉み解すと嫌がるのが妹であった。本人曰く「気持ちよくない」らしい。腕力の問題だろうか?そんなに力は入れてはないんだが……。

 

「にぃ、さまぁ……もっとぉ、もみもみってぇ……」

「分かった分かった。よしよし……全く甘えん坊だなぁ」

 

 子供っぽい……というか子供だから当然ではあるのだが、妹の幼い態度を見ているとどうしてもこれからが心配になってしまう俺であった。五年後十年後、良い歳してもこの妹は相変わらず同じようにしてそうに思えてどうにも仕方がなかった。杞憂であればいいんだが……。

 

「……。……?」

 

 突然の事だった。暫しの間うとうとと甘え抱き着いていた妹は、しかしふと腹に埋めていた頭を起き上がらせる。ピクリと狐耳を震わせて、沈黙する。口元を引き締めて何かを……警戒している?

 

「白那?」

「何?……誰……?」

 

 俺の呼び掛けに、しかし妹は反応しなかった。戸口を、その向こう側をひたすらじっと見つめる。威嚇するように、怯えるように。

 

「白那……?何か、いるのか?」

「もしかして……妖?」

 

 母は不安げに戸口からさっと下がる。俺は逆に鍬を手にして立ち上がっていた。家族で唯一の男として、俺には母と妹を守る義務があった。

 

「危ないわ。下がった方が……」

「大丈夫。それよりも母さんは白那を!」

 

 三人の中で一番食われる危険性があったのは白那だった。妹を守ってくれるように母に頼む。そして俺は突き上げ窓をそっと動かして、慎重に慎重に、外の様子を覗いて……。

 

「……!!?にいさま、だめ!!伏せてぇ!!」

「っ!!?」

 

 妹の叫び声に俺は咄嗟に反応していた。反応して、身を伏せる。遅れて雪原に響き渡る銃声。突き上げ窓に開いた穴。妹と母が恐怖に漏らす悲鳴。

 

「な、なっ……!!?銃声!!?」

 

 尻餅を搗いた俺は混乱する。何故銃声?鉄砲!?何故!?何故!!?誰が!?盗賊か!?そんな馬鹿な!!?

 

「いや。違う!?まさか……まさかっ!!?」

 

 溢れて来る数多の可能性。しかし直ぐに俺は答えを導き出す。鉄砲は上等だ。盗賊如きが持ってる訳もない。この村で鉄砲を所有している者は一人しかいない。そして……俺はその独特の銃声を既に知っていた。

 

「どうしてっ……!?」

 

 窓から本当に本当に小さく顔を覗かせて、俺は困惑と疑問の言葉を吐き出していた。

 

 雪原の遥か向こうで、恐らく獣皮を着込んだ若い猟師はこの家を凝視し狙い続けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 鬼月家の後援で建てられて、吾妻雲雀が運営する孤児院は以前の古いそれと同じく多重に邪の物を祓い、子らを保護する呪いが仕込まれている。

 

 一つ一つは決して複雑怪奇な代物ではない。不必要に隠匿してる訳ではない。見る者が見れば一見で知れる代物だ。面白みの欠片もない。

 

『厄介なのは組み合わせ、ですか』

 

 孤児院近くの街道樹に着陸した蜂鳥は、蜂鳥を模した式神は、その向こうで使役する半人の退魔士は抑揚に乏しい声音でそれを評価する。

 

『護法結界一等『清澄』、二等『祓白』、三等『亀甲紋』……間の仕込みに縛法の六等、絞めた所で破法の八等が控えですか。悪質な』

 

 扶桑国陰陽寮が公に公開している霊術・呪術がある。各退魔士家が其々の流儀に乗っ取り乱立させた術式群……朝廷は彼らと共に彼らの業もまた統制せんとした時代がある。相伝として秘術として、秘匿する術を可能な限り整理して系統として、人の道を外れる術は禁術に指定した。

 

 深く暗き術を禁じた一方で、陰陽寮は基礎的かつ有用で、既に多くの退魔士家にて共有されている術を纏めた。纏めた上で未だそれを知らぬ退魔士家に教え伝え、あるいは新興の家にも指導して己らの術を、戦い方を確立する上での基盤とするように導いた。

 

 それが『朝認基礎法術佰令』。あるいは単純に基礎術、法術等と称されるものであり、この孤児院に掛けられた術はその集合体とも言えるものであった。

 

 何処までも基本に沿った術の重ね掛け。しかし侮る勿れ。各々の術の精度と組み合わせの出来たるや。互いが支え合い、欺瞞し合い、相乗し合い、罠を仕込む。単調にして単純な術が鉄壁の防御となる。実に見事なものだ。そして実に面倒なものであった。

 

『式の立ち入りは禁じ、悪意ある道具も禁じ、中での行為にも制約ですか。しかし……』

『しっかしあの巫女崩れはどんな手品をしてくれやがった、かぁ?』

『……』

 

 蜂鳥は何処までも嘘臭いものを見るように隣に視線を向ける。酒臭いものを見る。器用に木の太枝の上で無礼に北枕の姿勢の蒼い鬼人……。

 

『……中に入りましたね?何故戻って来たので?』

 

 蜂鳥の向こう側から覗く少女の指摘。望んでもないのに年単位で関わってしまっているので態度振舞いで分かる。この鬼、孤児院の中を覗いてくれてやがるのである。その上で態々戻って来たのだ。

 

『あ?耄碌したか?まだ若いのに呆けるのはいけないぜ?何で俺様が残らないといけないんだ?』

『別に助けてやれとは……見応えがない、と?』

 

 鬼の返答はなく、瓢箪の酒を呷るのみであった。そしてそれで十分だった。いやしかし……この鬼をしてあの男に関わる騒ぎで詰まらぬ些事扱いとは。普段なら吐きそうな程に臭い体臭染み出させてはしゃいでいるだろうに。

 

『だってマジで詰まんねぇんだもん。お前さんも、帰った方が時間の有効活用だぜ?』

『私は娯楽で来ている訳ではないのですが?』

 

 相も変わらず焦点も論点もズレ切った化物である。皆が皆、お前のような愉快犯とでも思っているのか?……頭鬼ならあり得そうだから困る。

 

(というか、眠いし)

 

 ゴシコシと目元を擦る松重の娘。連動して蜂鳥も目元を擦るのは愛嬌である。近頃はどんどん夜型の生活になっていて朝昼に起きるのが辛い。恐らく妖化による影響だと思われた。

 

『夜になると疼くもんなぁ?いやはや三刻もぶっ通しでトンでるのは天晴れさ。あれだけやりゃあ、そりゃあ昼間は疲れて眠くもなるわな?』

『何故飛ぶではなくトぶなのですかね?』

 

 第三者が勘違いするような事を言うのは止めて欲しい。妖化による攻撃的な衝動の発散と自身の身体能力を熟知し鍛えるための鍛練である。疚しい所は欠片もない。嗅ぎながら弄っているのは精々日に二刻程度だ。

 

 ……止めろ。厭な現実を指摘してくれるな。天狗共の里であの男の体液を大量摂取したせいでここ暫くずっと疼いて仕方ないのだ。これでもかなり自制しているのだ。分かれ。

 

『糞。これならいっそ前の身体の方がマシでした、か……ね……って、んんんっ!!?』

 

 冗談ではなく本気でそんな後悔をし始めて、しかし蜂鳥は途上で紡いでいた言葉に詰まる。偶然視界に映りこんだ光景に、存在に思わず驚愕して愕然として噴き出していた。

 

 それは本来ここにいる筈が、否。単独でいる筈がない存在で……。

 

『おやおや、中々逞しい餓鬼んちょな事で……』

『失敬……!!』

 

 飄々と評する鬼を置いて、蜂鳥が飛び立つ。そして孤児院前に到着したその存在の傍らにまで急行する。着地する。

 

『あなた……どうやって此処にまで?』

『(*>∇<)ノパパヲタズネテサンゼンリヨ!!イモウトヨ!』

 

 蜂鳥の詰問に対して、底抜けにお気楽げな思念波で以て白神蜘蛛が答えた。呑気そのものでウキウキと反省を促す舞踊を踊る。手にはビチビチと蜘蛛から逃れんとする釘が仰け反っていた。

 

『Σ(;゚∀゚)ノアッ!(。-ω-)コノザンテツケンハワタシノモノヨ?(。・`з・)ノアゲナイカラネ!』

『……いや、いりませんが?』

 

 まぁ、兎も角。凄く凄く、聴く者を脱力させる振る舞いと台詞であった……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 コトコトと。コトコトと。女中は小鍋を煮込む。都風の椎茸や昆布による旨味出汁ではなくて、代わりに醤油と塩と煮込む具材そのもので味をつける。

 

 筍に初蓮根、空豆……夏大根は辛味が強く固いため、特に良く煮込んでおく必要があった。

 

「こんな所でしたかね?」

 

 灰汁がそれ以上出てこない事を確認して、竈から鍋を離す。日陰の近くで味が染み込み冷めるのをじっくりと待つ事になる。ある程度冷めたら腐らぬように桶に溜めた井戸水に鍋を浸けるつもりである。

 

「……入鹿ですか?言っておきますが盗み食いは駄目ですよ?」

「気付いたか。というか信用ねぇな。おい」

 

 暫し前から感じていた気配に振り向いての蛍夜の女中の指摘。狼女は肩を竦めて友人の態度に呆れる。

 

「食い意地張った呑兵衛の事ですからね。安酒の摘まみに勝手に拝借しかねませんよ」

 

 何だったら郷では実際にしていた。晩飯の惣菜が消えたと思ったら用心棒連中と共に賭博して酒して食っていたなんて事は幾度もある。旦那様や姫様は呆れながらも流してくれたが本来ならば折檻なんて物ではない。

 

「俺だって時と場所と相手は弁えるさ。……にしてもしけた煮物だな?田舎風というか、寒村風か?」

 

 己が無謀でも愚かでもないと弁明して、入鹿は横から覗き見るように鍋の中を見る。練り物もなく、肉もなく、蒟蒻に揚げ豆腐もない実に粗末な煮物だった。ある物を適当に突っ込んだような辺境の貧しい村の調理法……。

 

「今日の飯、って訳じゃなさそうだな?」

「私用で調理した物です。手出し無用ですよ?」

 

 入鹿の質問への淡々とした返答。冷淡な振る舞い。鍋に蓋をする。

 

「出掛けるんだっけか?」

「姫様から聞いたので?……そうですが、何か?」

「折角なんだから、外で食えばいいのによ」

「勿体無いでしょう?」

 

 入鹿の言葉に対する若干蔑みを込めた返事。都の一部庶民や入鹿のような無頼漢は宵越しの銭は持たぬなんて言う奴は少なくない。その日食べるだけならば日雇いの仕事は都なら幾らでもあるものだ。飲食店の価格は都の物価や所得水準を考えれば決して高くはなかった。ある意味では地方よりもお得であるとも言われている。

 

 ……貯蓄と仕送りに余念のない鈴音にはどの道理解出来ない考えであったが。豊醸豊かな央土と霊脈の恩恵なき辺境の価値観の相違である。

 

「ケチ臭いな」

「ケチ臭くて結構です。……食べないで下さいよ?」

 

 友人の言葉にムスッとして去ろうとして、思い出したかのように鍋に封符を貼っておく鈴音。禁断の念押しの二度打ちをしておく。この狼女に良識がない訳ではないが酒やら飯やら賭け事が関わると余り信用出来ないと判断していた。

 

「分かってる分かってる。食べねぇって」

「信用したいものですね」

 

 過去の罪は消えず、信頼は一度で消え去る事の好例であった。ジト目で友人たる筈の女をを警戒し続ける。尤も、鈴音も暇ではない。暫くしたら諦める。一応念のために他の女中やら雑人向けて鍋への手出し厳禁の留め書きを置いて、炊事場から撤収する。

 

「……ケチ臭いってのはお前に向けてじゃあねぇんだけどな」

 

 鈴音の背中が見えなくなってから、入鹿はぼやいた。心から心配した言葉だった。

 

「入鹿……」

「余り良い男の気配はしねぇな。贈り物の簪探したぜ?安い代物さ」

 

 物陰から現れた友たるお姫様に向けての入鹿の辛辣な物言いであった。

 

 元から感じていた男の気配。其処に環からの相談があって、目新しい簪を観察して都で探して、見つけた代物は安物で。婚姻の際の贈り物としても使われる事のある簪があからさまに安い事に入鹿は鼻白んだものだ。

 

「し、か、も!お泊まりだぜ?お泊まりなのによ。男の癖に奢るつもりねぇんだぜ?というか厨房使わせないつもりかよ?ケチな奴だぜ、全くよ!」

 

 入鹿の罵詈雑言は容赦がなかった。甲斐性のある男ならばせめて口説く間くらいは馳走をしてやるべきであろうに。そうでなくても嫁となるのならば自宅の厨房を預けてやるべきだ。姑が煩いのだろうか?何にせよ馬鹿にし過ぎというものだろう。

 

「入鹿……鈴音は、もしかして」

「悪い男に引っ掛かった可能性大だな。都会の男は悪辣だな。純情な田舎娘を引っ掛けるなんてな」

「そんなぁ……!!?」

 

 青褪める環に、顎を擦って推理する入鹿である。

 

「因みに膜は無事だよな?」

「ええっ!?そ、それは……多分?」

 

 過去を振り返って夜遅くまで帰らなかった日が無い事を思い返し、何か服が乱れてたり動揺してたりする日がない事も思い返す。大丈夫。問題ない。友はまだ綺麗だ。……多分。

 

 何か猥談ぽくなって来た気がする。女は二人でも姦しい。

 

「これまで気付かなかった事を思うとな……」

「入鹿ぁ……鈴音が。鈴音がぁ……!?」

 

 楽観的な希望を打ち壊すような入鹿の指摘に、悲惨な泣き顔になる環。そんな環を宥める狼女。

 

「落ち着け落ち着け。まぁあいつの事だ。そんな軽い尻じゃないだろうさ。いや、軽いけど」

 

 三人の中で間違いなく一番軽い。入鹿が本気になれば肩に背負って疾走出来るだろう。暴れても全く意に介さない筈だ。そういう話ではない?それはそう。

 

「何処の馬の骨かは知らん。だが、手紙が書けるってんなら流石に阿呆ではねぇだろうさ」

 

 安い荒紙ではなかった事もある。経済的に碌で無しではない筈だ。職と学はあると見るべきだ。無かったら論外だ。

 

「問題は性根だな。……いざって時はぶん殴って、脅迫してでも良い旦那にしなきゃなんねぇ」

 

 友の恋や愛を否定したくない。愛する者とは添い遂げさせてやりたいものだ。しかし不幸にもしたくはない。ならば男には貧乏籤を引かせるべきであろう。入鹿にとって大事なのは友の幸せである。友の旦那の幸せなぞどうでも良いのだ。友を幸せに出来ぬのならば、出来るようにしごく事に何の迷いもない。友の兄も同意してくれるだろう。

 

 ……無論、彼方には立場がある。友のためにも、失うもののない自分が代わりに殴ってやるのは入鹿にとって吝かではなかった。

 

「け、けど……どうやったら?」

「そんなのは簡単な事さ。……環、お前隠行術は学んでいるよな?」

 

 友の行く末を思い不安げに尋ねる環。そんな彼女に対して入鹿は獣らしく妖らしく、意地と性格の悪そうににやけ笑いを浮かべて確認を取った。

 

 それは実に、単純明快な計画であった……。

 




 狐の尻尾は性感帯
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