和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 Xin.さんより製作して頂いたヒロイン染みた雛のイラストをご紹介させて頂きます。前回紹介し忘れてしまいました。大変申し訳御座いません。
https://www.pixiv.net/artworks/121504612

 素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います!


第一七八話●

 北辺地の名もなき村の外れ。その小屋一帯では不気味な程に静寂が続いていた。

 

「……」

 

 傍らの猟犬を抑えながら、猟銃を構え、何処までも気配を消して猟師は雪原に伏せる。その小屋を窺う。

 

 本当に本当に、粗末で小さな小屋だった。この村においては平均より若干小さくて草臥れた印象を与える家であった。そんな小屋を、猟師はひたすら凝視し続ける……。

 

 撃った弾は計三発。撃ってから即座に移動して方向を変えた。誘導である。罠である。潜んでいる方向を敢えて理解させて、反対側から逃げ出そうとした所を仕留める。それは単独で行う狩り故の策であった。念のために玄関前、現在張っている場所の死角には虎挟み等の仕掛け罠をたっぷり雪の中に埋めているが……。

 

「……糞っ!」

 

 何時まで経っても出て来ない事に猟師は舌打ちする。悟る。立ち上がる。小屋へと向かう。疾走して、裏戸口を強引に蹴飛ばす。小屋の中を見る。

 

 ……中は空っぽだ。誰もいない。若干散らばる家具。囲炉裏から上がる微かな煙。土足で足を踏み入れる。やはりだ。

 

「読まれてたか」

 

 内から玄関を、正面戸を引く。雪原には足跡。追おうとして、第一歩を踏み出そうとして……引き連れた犬の咆哮に直ぐに足を止める。

 

「……」

 

 雪面をじっと見る。足を引っ込める。微かな雪面の違和感。試しに槍を雪原に押し込めば飛び出して来た毒塗の虎挟み。槍に深く食らい付く。御丁寧にそれは足跡の直ぐ側に埋められていた。

 

「謀ってくれる」

「おい!?何だ今の銃声は!?」

 

 忌々しげな呟き。続いて響く叫び声。猟師の銃声に反応して遠くから続々とやって来た村人共。何が何だか分からぬままに集まる……。

 

「不用意に動くな!足を挟まれるぞ!!」

 

 猟師は怒鳴って村人共を静止する。鬼気迫る怒声に怖じけて足を止めた彼らは、それでも猟師を困惑しながら見つめる。

 

「何が、何があったんだ……?」

「まさか、弥弧の家を撃ったのか?」

「祟られるぞ!?お前さん、一体何をしているんだ……!?」

 

 土足で狐憑きの家に上がり込んで、挙げ句に発砲までしてくれた猟師を見て心底動揺する男達。恐るべき暴挙が公衆の面前に晒される。

 

「……選択肢を間違えたな。折角穏便に終わらせてやろうとしたのに」

 

 逃げ出した家の住民共を思ってぼやく猟師。これではもうどうにもならない。せめて大きな騒ぎになる前に静かに処理してやろうと思ったが……もう、手遅れだ。折角の厚意を無下にしてくれた。生き意地の悪い卑しい獣め。

 

「化物だ!化物が村に隠れ住んでいた!!」

 

 そして猟師は叫んだ。訴えた。

 

「この小屋は燃やせ!獣の巣だ、燃やし尽くせ!!村の上役達にも伝えろ!弥弧の家に化物がいたと!」

 

 唖然として村人達は互いの顔を見やる。驚愕して、愕然とする。

 

「仕留め損ねた。討伐隊を組織しろ!村の恥を逃がすな!……絶対に生かして帰すな!!」

 

 猟師の荒々しい宣言が、村に響き渡った。それは狩りの合図であった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

「はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 

 雪道をひたすら進む。雪を掻き分けて進む。三人で、必死に必死に逃げる。

 

 仲間がいない事は、罠がある事は白那が言い当てた事だ。それは鋭敏な人外の五感が為せる業だった。

 

 即座に着込めるだけの服を着込み、予め何事かあった時のために纏めていた荷を背負って、逃げ出した。罠に小細工をして村から逃亡した。

 

「はぁ、はぁ、はあぁぁ……!!?追っ手は、追っ手はいないかっ!?」

 

 衣服の下が汗だくになって、酷く高鳴る心臓の鼓動。荒い呼吸。鉄味の唾を呑み込んで、血走った眼光で背後を振り返る。足跡が出来るだけ残らぬように雪原から突き出る岩肌や植物の上を踏みつけて山道を進んでいた。今の所、視認出来る範囲に人影らしきものは見えない。

 

 ……それは余りにも余りにも、儚い希望であった。

 

「はぁ、はぁ……んっ、はぁ。行こう。直ぐに、追い付いて来る筈だ!!」

 

 荷を持った女子供の三人。それも雪の積もる山道。誤魔化せたのも少しの間であろう。追いかけて落ち着くのは難しい話ではなかった。呼吸を無理矢理整えて発破を掛ける。

 

「にいさま、にいさまぁ……おいえ、おいえかえろ?もう寒いよ。疲れたよぉ……」

 

 小柄な身体に何枚も防寒具を着こんで、背には身体相応に小さな荷を背負う妹の泣き言。普段殆ど家から出ない彼女にとっていきなりこんな遠くまで遠出するのは不安そのものだった。恐怖だった。彼女の世界は家の中で完結していた。しかし……。

 

「駄目に決まってるだろ!」

「ぴゃっぁ!!?」

 

 思わず怒鳴り付けるように声を荒げる。子狐の悲鳴が上がる。

 

「あ……」

 

 怒鳴った後に己の行為を理解する。目の前には半ば放心して涙目で怯える妹の姿。此方に向ける視線に恐怖が篭っているのは初めての光景かも知れなかった。

 

「え、えっと……」

 

 何を言うべきか言葉が出てこない。沈黙してしまう。重苦しい空気が広がって、それが一層言葉を詰まらせる……。

 

「こら、お兄ちゃんなのに妹に怒ったら駄目でしょ!!?」

 

 事態を打開したのは母の叱責だった。俺を叱りつけて場の雰囲気を変える。

 

「もう!弟妹や女の子には優しくしないといけないのに!そんな乱暴な子じゃあ誰もお嫁さんに来てくれないでしょ!?」

「えぇ、それは……」

「言い訳しない!」

 

 流石に言い過ぎではないかと自己弁護しようとしたら母親の特権を使って絶対君主となる。頭をていっ、と手刀でこづく。いや、地味に痛い。

 

「いててて……」

「男の子なら我慢しなさい!白那、ごめんね?疲れるわよね?よしよし……」

 

 若干演技がかって俺に懲罰を下して、未だ放心する妹を抱き締めて宥める。宥めて、言い訳をする。

 

「疲れているのは皆一緒よ?けどね、駄目なの。家から出ないと、怖い人達が来るからね?お兄ちゃんもお母さんも、白那と一緒に怖いのから逃げるの。だからね?お願い、貴女も一生懸命に頑張って頂戴?」

「……うん」

 

 抱き締めながらの母の懇願する言葉に、白那は数瞬の沈黙の後に頷いた。

 

「……白那。ごめんな?怖い声出したな?」

「ううん。いいの。にいさま、ごめんなさい。わがまま言わない。白那、にいさまやかあさまと一緒にがんばる」

 

 俺も母に続いて謝意を述べれば、白那はふるふると首を横に振って宣言する。実に健気な子供らしい振る舞いだった。

 

「そうか。……うん。分かった、行こうか?」

 

 俺はそんな妹を見て、母と目配せして、再び前に進み始めた。追っ手がやって来る前に少しでも、少しでも、遠くに逃れなければならなかった。

 

 例え、それが何処も辿り着ける場所の見出だせぬ当て所のない逃避行であったとしても……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

『(; ・`д・´)ウオオオオッ!タゼイニブゼイダァ!!|д゚)アベシッ!?』

 

 白い蜘蛛が門に向けて突き進む。突き進み、途上でそれ以上進めなくなる。不可視の壁にぶち当たる。

 

『(`;ω;´)イタイワッ!!』

『だから言いましたのに』

 

 頬を撫でて涙目の蜘蛛に向けた蜂鳥の冷たい眼差し。予想出来ていた状況であった。半妖ですらない存在が、このような矮小なる存在が真正面から突撃して中に入れると思う方が可笑しかった。

 

『( TДT)イモウトヨアタマナデナデヨ!』

『何故私が慰めないと……って撫でられるの私ですか!?』

 

 蜘蛛は妹をあやすように蜂鳥の頭を撫でる。いやちょっと待てよ。可笑しいだろ。

 

『( ;∀;)イモウトトトモニカコクナタビヲツヅケテキタノ!コノテイドノクナンデメゲナイワ!』

『存在しない記憶語るの止めてくれませんか?』

 

 あと自分は妹ではない。勝手に姉妹するの止めろ。父親は奴か?私は父親で慰める変態なのか?勘弁して欲しい。

 

『(≧ヘ≦ )コウナッタラシカタナイワ!キリフダヲツカウワヨ!』

 

 そして蜘蛛がこれ見よがしに掲げるのはぴしぴしと跳ね逃げようともがく釘である。

 

『それは『迷い家』の……そんな物が何になるので?』

 

 いつぞや、子蜘蛛神が勝手に回収したという『宝物』である低級の憑喪神。到底小妖程度の力もない魚程度に動くだけの釘である。そんな物を見せつけた所でどうにかなるとは牡丹には到底思えなかった。というかこの釘滅茶苦茶嫌がってる気がする。

 

『( ´,_ゝ`)ミクビルナヨイモウトヨ。(* ゚∀゚)ミセテアゲヨウセイケンノシンノチカラヲ!!』

『いや、何を……いや、嘘でしょう!?』

 

 結界向けて蜘蛛が突き刺した釘。それは確かに呪いを貫通していた。貫通してグルリと小さな穴を開ける。結界だけでない。有象無象の様々な呪いを纏めて貫いていた。針の一穴でならぬ蟻の一穴ならぬ釘の一穴で蜘蛛の一穴である。可笑しいだろ。お前に何でそんな事が出来る!?

 

「おー、すげぇ。まさかそんなちんけな釘で真正面から貫くとかマ?」

 

 さしも蒼い鬼もこの行為には感心したようで木から降りて興味深く観察する。いや感心してる場合か?

 

『(; ・`д・´)サァイクゾイモウトヨ-!!ダイボウケンヨォォ!!』

『いやいや、待ちなさ……あぁ。もう!!勝手に!!?』

 

 静止を完全無視して突撃する白い蜘蛛。蜂鳥は引き摺られるようにそれに付いて行くしかなかった。蜂鳥の式の性能ではこの白い蜘蛛を止める事は出来なかった。

 

「おー、気を付けてなー?」

『他人事だからって!!』

 

 取り敢えず背後からの鬼の激励に、蜂鳥は悪態を吐き捨てた。蜘蛛と鳥は、結界の向こう側へと消えていく……。

 

「……そんで?何の用?」

『あー、君に用がある訳じゃあないんだけどね?』

 

 手を振りながらの背後への鬼の質問。虚無の空間からいつの間にか現れる白い怪物。改造妖。『爬戸蜚屠蚕』。眼球のない大口寸胴の巨大な蚕虫。それが流暢な言葉を紡ぐ。違和感しかなかった。

 

「アイツか?それこそ淫魔娘か?」

『あの娘に関しては是非一度会ってみたいね。体内に残る虫の死骸は標本として欲しいし。体液も採取したいかな?』

「多分お前さんの命と引き換えなら快くくれるぜ?」

 

 当然面で宣う亡霊の傀儡と鬼の軽妙な会話であった。松重の孫娘が見たら憤慨している事であろう。己の尊厳を無視し過ぎだ。尊厳破壊を越えた尊厳破壊である。

 

「その口振りだと、目的は三人目かね?」

『ちょっと面倒な事になってるそうじゃないか?一応師としては助太刀した方がいいのでは、とね』

「嘘つけー。道具が自滅するのが困るだけだろー?」

 

 大昔から残酷でも冷酷でもないが、冷淡な性格なのは知っている。他人に情と言える意識を向けた相手も機会も指で数えられる程で、それとて色々とズレているのを見聞きしている。少なくともあの程度の輩を助けるのに善意はないだろう。肚の中に詰めた標本回収のためといっても驚かない鬼だった。それどころか肚自体を標本として回収するかも知れない。

 

『心外だな。……死なれたら困るから来たのは認めるけどね』

 

 心から不本意そうに語る。直後の肯定。質が悪い。

 

「自分が蒔いた種で墓穴掘ってるのは笑えるよなぁ?漫才みてぇ!」

『まぁ、死んでもいいからぶらぶら御乱行している娘だからねぇ。いや、出来るだけ周囲に迷惑かけて死にたいのかな?』

「尚、そんな具合に仕上げたのは発言する本人の模様……ごくっ。てぇか?」

 

 淡々と分析する亡霊に、瓢箪の中身を呷って上機嫌に茶々を入れる鬼。尤も、亡霊からすれば鬼の物言いは怒るようなものでもない。鬼というのはこんな代物だと承知している。

 

『私が欠片も関与してないとは断言出来ないね。だけど本質的には彼女の実家の責任だろうさ。せめて、壺から生き抜いたのが片割れの方ならもう少し安定していたんだろうけどね』 

 

 彼方の長老組も正直困った筈だ。最後は天運に任せねばならぬ儀式とは言え使い勝手の悪い方が残ってしまったのだから。

 

 あるいは、それも復讐だったのかも知れないが……残された方にとっては正しく貧乏籤だろうと亡霊は想像する。

 

「占術を伝えた奴がどの口でほざきよる」

『触りを教えただけでどのように使うか指南した覚えはないよ?』

 

 運命を、森羅万象を占う呪いを広く教え伝えたのは確かに亡霊だ。しかし彼が伝えたそれは所詮は占いに過ぎない。それを濃縮して露悪的に昇華させるに至る経緯に彼は関与してはいない。

 

 ……期待して、観察して、感心していた事は否定しないけれど。

 

「はいはい。そういう事にしといてやるよ。へらへらしているように見せて頑固だねぇ?」

『恐縮だね。……それでは、そろそろ横を通行させて貰っても?』

 

 のらりくらりと己の責任を回避しつつ無駄話が終わった事に通行許可を申し出る亡霊の端末。だが……。

 

「だぁめ」

『理由を聞いても?』

「なーんか気に入らないから」

『実に鬼らしい答えだね』

 

 子供染みた口調での拒絶の言葉、そして滅茶苦茶にも思える理由。理由にもならぬ理由。しかし亡霊からすれば妙に納得出来るものだった。寧ろ、この鬼が理路整然に理由を述べたら唖然としただろう。気分と感情を優先するは鬼の鑑であり誉である。 

 

「別にお前さんの玩具がどうなっても俺としてはどうでもいいしぃ?あのお嬢さんがお前見てブチ切れる様はまぁ酒の摘まみにはなるんだろうけどさぁ?」

 

 酒を一口呷っての放言。結界の内。孤児院の内で行われている所業は確かに退屈だ。下らない。それならば蜂鳥が憤慨する様を見れた方が確かに愉快ではある。だが……。

 

「ちょっと、お前さん達を困らせる方が楽しいかなぁ、と思ってさ。済まんね?」

『いやいや、君の事ならば今更さ。迷惑なら散々掻いているよ。気にしないでおくれ』

 

 心の籠らぬ謝罪に誠心誠意の返答。実際問題、この鬼があからさまに首を突っ込んで贔屓したらそれこそ全てがひっくり返りかねない。それに比べれば……赤穂一族の本家筋と同様に、この鬼に関しては舞台に上がって好き勝手にされぬようにしてくれればそれで万々歳だった。

 

 ……全く以て、拗らせて吹っ切れた癖に面倒な皇女様である。実に女々しくて未練がましい。

 

「そっかそっか。そりゃあ良かった!」

 

 微かに嫌味の含んだ返事に、しかし常時酒の入った鬼の頭は欠片も気にする事なく機嫌良く受け入れる。受け入れてガブガブと瓢箪の中身を呑んではゲップしてみせる。顔は悪くないが最低な所作であった。何時もの事である。

 

『……仕方無いね。それじゃあ退散と行こうかな』

 

 この大鬼相手に挑むのは無謀であり無意味であり徒労である。故に運を天に任せる。弟子姫が上手くやれる事を祈ろう。巫女だけに。亡霊は端末を踵を返して引き下がらせる……。

 

「そうだそうだ。此方見て?」

『一体何だ……』

 

 鬼の呑気な呼び掛け。振り向く端末。声は途中でブツリと途切れる。寸胴の改造妖の上半分が肉片となって四散する。

 

「お前さ。さっき内心で人を女々しいとかでも思ったろ?余りなめてたら分からせるぞ?」

 

 ぐちゃりと、血溜まりに膝をついて倒れる改造妖。その躯を見下して、実に実に爽やかな笑顔で、牙を見せつけて蒼い鬼は宣った。

 

 実に実に、狭量で偏執的でせせこましい所業であった……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 夕暮れが迫っていた。北の冬口特有の曇天の空から覗く日差しは、地平線の向こう側に去り行く。視界はゆっくりと、しかし確実に暗く霞んでいく……。

 

「……よし。あっちに行こう」

 

 進んだ道を戻る。残した足跡を今一度踏み締めて引き返す。そして跳躍して叢に跳んで足跡を誤魔化す。誤魔化して別方向へと向かう。古典的な偽装である。果たして何れ程誤魔化せる事か。猟師ならば見抜くのは難しくなかろう。

 

「ねぇ。そろそろ……」

「もう少し遠くに逃げたかったけど……」

 

 母の、稲の言わんとする言葉に俺は渋る。渋るが……確かにもう辺りが暗くなりつつあった。これ以上夜の山を彷徨うのは自殺行為だった。

 

「じゃああの辺りに……確か、あった!」

 

 巻き付けていた布の目印を見つけて母と妹を呼び寄せる。

 

「にいさま、これはなぁに?」

「秘密基地。……何てな?」

 

 雪に隠れるように覗く洞窟に向けての妹の質問と俺の返答であった。

 

 ……妹の存在が露見した時。あるいは何等かの理由で村から逃げる事になった時を想定せず、何も備えをせずにいる程に俺も楽天的じゃなかった。山奥に出向いての仕事の際に避難出来そうな、一晩凌げそうな場所を探すくらいはしていたのだ。徒労で終われば良かったんだけどな?

 

「少し待ってて。中を確認してくるから」

 

 家族にそういって洞窟に入る。獣はいないようだった。幾等か虫がいたのは排除する。安全を確保して俺は母と妹を呼び寄せる。出入口には官給品の魔除けの符を貼り付けておく。効果がある事を祈りたかった。

 

「いっそ、追っ手の方にいってくれたらな……」

 

 符を貼り付けてながらふと呟いた言葉に、その意味を理解して自己嫌悪に陥る。村の連中は別に好きではないが妖共の餌にしても構わないような奴らという訳ではなかった。俺達が追われている事だって当然の話で、本来ならば生まれたばかりの妹を頚ってしまえば終いの話だったのだ。

 

「にいさま……?」

「っ!?白那か」

 

 呼び掛けに思わず驚いて、傍らにまで来ていた妹を見下ろす。不安げに此方を見上げる白い狐……。

 

「はやく、中に入ろ?ご飯、たべよ?」

 

 袖を掴んでねだるように妹は語る。反応がない俺を見て、空元気のように笑みを浮かべて今一度「ね?」と呼び掛けて来る……。

 

「……あぁ。そうだな。飯にするか」

 

 妹の不安を打ち消すように頭をガシガシと撫でてやる。そうすれば先程までの不安顔も何処へやら。目を細めて気持ち良さそうに喉を鳴らす。洞窟の奥に向かう。敷物に座った母が飯の用意を終えていた。

 

「白湯。冷たくちゃってるけど……」

「ありがとう」

 

 母の差し出した水筒の白湯を呑む。家で事前に煮て消毒していたものだがとっくの昔に熱はなくて少し冷たいくらいだった。残念ながら火を焚くのは追われている身である以上不可能だった。

 

「食べ物は……これだけでいいの?」

 

 白湯で戻した干飯に幾等かの乾物と漬物。そして味噌だ。それも空腹を満たす最低限の量に過ぎない。

 

「何日山を歩くか分からないからさ。切り詰めといた方がいいよ」

 

 食糧の補給は絶望的だった。どうにか山の幸が手に入れば良いのだが……冬場も採れる山菜は限られている。

 

「にいさま、かあさま。ごはん……」

 

 そんな会話をしていれば白那が急かすように催促。成長期の子供は腹ペコだった。

 

「済まん済まん。……じゃあ、食べようか?」

「うん!」

 

 妹の願いを聞き入れて、俺達は飯を始める。椀の中で白湯で戻した干飯に、味噌を溶かして啜り、漬物を齧る……細やかな夕餉だった。

 

「うー……」

 

 生まれてこの方、恐らく飛び抜けて遠く長く歩き続けた事だろう。空腹感からあっという間に椀の飯を食べきってしまった妹。物欲しげに、心細げに空の椀を見つめて唸る。

 

「白那、食べ掛けだが……食べるか?」

 

 その様が余りにも哀れに見えて、何よりも腹が減ってるだろうにおねだりはしない所がいじらしくて、俺はそんな事を提案する。椀の半分程残る飯を見せれば途端に瞳を輝かせる白狐。しかし即座に首を横に振るう。

 

「にいさま、にもつ重かったでしょ?わたしよりたくさんお腹へってるはずよね?だから、いい!」

「白那……」

 

 自分も耐え難い程腹が減ってるだろうにもかかわらずの妹の健気な返答だった。心配をかけぬとばかりににへらっと笑う。幼くて純粋なその優しさに此方が酷く罪悪感を抱く。思えばこの小さな家族にお腹が膨れるまで食べさせて上げられた経験は一度もなかった。

 

「……白那、お母さんのご飯、食べていいわよ?」

「えっ、でも……」

「母さん、それは……」

 

 傍らで話を聞いていた母の提案に妹は困惑して、俺も自分の物をやるからいいと断らんとする。しかし、母はそんな俺達の機先を制する。

 

「こういう時くらい、お母さんの言葉を聞きなさい。白那は小さいし疲れているでしょ?体が弱っているのに遠慮しちゃ駄目。倒れちゃうわ。……それに、伴部。男の子の貴方は力仕事して貰わないといけないんだから、絶対に我慢してはいけないわ。いざという時には貴方が頼りなのよ?だから、ちゃんとお食べなさい」

 

 そういって白那に椀を差し出した。同時に俺には前に冬越えのために採取していた冬苺をたっぷり詰めた袋を押し付けんとばかりに差し出す。

 

「お食べなさい。分かった?」

 

 二度目の、一層高圧的に思える母の命令。しかし普段の母の性格を思えばそれは寧ろ優しさだった。食事への免罪符だ。母は、母としての役目を精一杯果たさんとしていた。

 

「にいさま……」

 

 どうするべきか、理性と本能に迷いながら白那は俺を見る。俺の判断を仰ぐ……と妹の小さな腹から鳴り響く情けない音。しゅんと白い狐は耳と尻尾を萎れさせて眉を凹ませる。

 

「ううう……」

「ふっ。……母さんが言ってるんだ。食べなさい。……分かったよ。御馳走させて貰うよ」

 

 己の情けなさを恥じる妹に小さく苦笑。そして俺は巾着を受け取り、冬苺を一粒ずつ頂く。実を齧る。潰す。口内で弾ける果汁。正直甘味は強くない。しかし確かに栄養はある。御馳走だった。俺は見せつけるように旨そうに食べてやる。

 

「い、いただきます!!」

 

 白那ももう空腹が限界だったのだろう。俺の食事を見て踏ん切りをつけた。涎を滴しながらの宣言である。

 

「はふっ、はむ。ふむ……!!」

 

 そして両手で椀を受け取ると必死に食べ始める。最早流し込むような勢いで食べて、みるみる内に幸せそうに頬を緩める。それだけ腹が減っていたのだろう。腹が満たされて笑顔になる光景に、俺も母も安心する。思わず頬を緩める。

 

 それは細やかで、しかし楽しい食事の時間。だが、それも長くは続かない。食べ追えた頃には洞窟の外はもう殆ど真っ暗になっていた。

 

「二人は先に寝ていなさい。交代で、ね?」

 

 見張りは先ずは母が、交代で俺となった。白那は一番体力がない。じっくり休ませてやるべきだった。本人は自分も手伝うといったが宥めて寝かしつける。洞窟の奥で、敷物に防寒着を重ね着させて寝かせる。

 

「母さん、本当に大丈夫?」

「心配してくれるのは嬉しいけれど、お母さんを甘く見すぎよ?これでも大人なんだからね?」

 

 洞窟の出入口で岩場に座り込む母に呼び掛ければ返ってくる苦笑。そして、複雑な表情で此方を見つめる……。

 

「……ご免なさいね?大変な事に巻き込んじゃって」

 

 母の沈痛な声音による謝罪の言葉。何についての謝罪かは言うまでもない。彼女が迷わなければきっとこんな風にはならなかった。だけど……。

 

「母さんは悪くないよ」

「だけど、私は……あの時、覚悟出来ていたら、こんな事にはっ!」

 

 震える声音で悔恨すら含んだ物言いで、頭を抱えて母は囁いた。苦悩に満ちた表情を浮かべて後悔して、贖罪して、懺悔して……。

 

「貴方まで巻き込んで……いっそ、二人だけなら、静かに暮らせて行けたかも知れないのにっ!」

 

 一筋の涙を流して、母はそんな事を口にする。しかし彼女の言う事を単純に責められないだろう。母はただただ静かに平穏に暮らしていたいだけの人だった。

 

「……白那は大事な妹だ。家族だよ。だから、母さんは何も悪くない。俺も後悔はしてないさ」

 

 慰めるように、これまでの日々を俺は肯定する。それは心からの本音だった。妹との日々は、思い出は、決して悪いものだとは思わなかった。はっきりと、素晴らしい日々だったと言える。だから、母にもそれを否定して欲しくない。

 

「母さんも、白那が嫌いな訳じゃないでしょ?」

「それは……」

 

 俺の指摘に口ごもる母。葛藤。それは否定する事への葛藤だった。

 

「そもそも、白那がいなかったら俺達はこの前の熊に食われてたよ。それだけでも、帳尻は合うと思うよ?」

 

 そして俺は冗談めかして宣った。冗談めかして、しかし事実だった。妹の蛮勇は確かに俺達家族を救った。それは否定しようのない事実だ。

 

「……そう、よね。うん。その通りだわ。ご免なさいね。こんなお母さんで。寧ろ、本当は逆なのに、私こそが貴方に言うべきなのでしょうに」

 

 俺の言葉を受け入れて、噛み砕いて、咀嚼して、頷いて、母は語る。謝罪する。自分が弱音を口にした事を。大切な家族を否定して拒絶しようとしてしまった事を。己のあさましさを反省する……。

 

「だから謝らなくてもいいのに。……気をつけて。符があっても何処まで信用出来るか分からないからさ。何かあったら直ぐに起こしてよ?」

「えぇ。分かったわ。……お休みなさい」

「うん。お休み」

 

 万一のために念を押しした後、俺は洞窟の奥に向かう。向かって、妹の横たわる寝床に辿り着く。厚着して、敷物の空き場に横たわると目を綴じる……。

 

「……にいさま?」

「……起こしちゃったか?」

 

 呼び声に目を開く。横になりながら此方を窺う白い狐子の姿が映りこむ。首を横に振って俺の発言を否定する。

 

「起きてた」

「そりゃあ悪い奴だな。ちゃんと寝とけ」

 

 碌に外出した事ない餓鬼なのだ。これでは明日直ぐにへとへとになってしまいかねない。食って寝て、英気を養わなければならぬ。

 

「だって!にいさまも、かあさまもいなかった、から……」

「あぁ。それは……」

 

 白那の言い訳、言い分に納得する。白那が生まれてから、寝る時は何時だって三人一緒だった。あの家で、三人川の字になって。それが白那にとっての就寝だった。ここは家ではない。家族三人ででもない。不安で眠れないのだろう。哀れな話だった。

 

 ……あの家は、多分今頃焼き捨てられてるんだろうな。

 

「にいさま」

 

 長年住んでいた小屋の末路と持ち出せなかった家財を想っていたら白那の呼び掛け。此方に少し近付いていた。窺うように此方を見つめる。

 

「……どうした?」

「もっと、近くで寝ていい?」

 

 心細げな提案。俺が手招きで応じれば眉を萎れさせていた妹がぱぁと明るくなる。そして……懐向けて突っ込んで来たぁ!?

 

「いや、待て。かひぁ!?」

 

 制止する前に腹に突っ込んで来る妹。勢いが強くて軽く噎せる。

 

「……?どうしたの?何かあった?」

「な、何にもないよ!?けほっ。お、お休み!」

 

 俺の悲鳴に洞窟の口で見張りをしていた母が声を上げて尋ねる。俺はそれを誤魔化して、少し咳き込みながら懐に抱き着く妹を見た。

 

「白那」

「ご、ご免なさい……!」

 

 名を呼んで圧を掛ければしゅんと狐耳を萎れさせての狼狽と謝罪。此方をまた不安げに見やる。嫌われるのを恐れるような怯えた表情。……糞、そんな目で見てくるなっての。

 

「寒いんだな?ほらよ。ぎゅっとな?」

 

 妹の意図を理解して、抱き締め返してやる。体を密着させて、暖を取る。頭を撫でる。胸に顔を埋めて何度も喉を鳴らす。甘える。

 

「えへへ、にぃさま……あったかい」

「お前も温かいよ」

 

 代謝もあって子供程体温は温かいものである。白那の身体はある意味で懐炉だった。冬の冷たい空気を堪えるために、その温もりを味わうために抱き締める。抱き締めたら抱き締め返される。少しでも身体が触れ合うようにと。

 

 都会の者によっては厭らしさを感じるかもしれないが北土の寒村では珍しくはない事だ。人肌は薪を必要としなければ換気の必要もない。凍死を避けるための最も安上がりな暖の取り方だった。……流石に頬をしつこいくらいに擦り付ける白那は遣り過ぎな嫌いがあるが、まぁ、生まれてこの方の境遇を思えば仕方無いのかも知れない。

 

「にいさま……」

「どうした?」

 

 暫く黙って温もりを分けあっていたら、ふと掛けられる言葉。雪山を進んでいた事による疲れはもうどっと来ていて、夕餉を食べた末に横になれば眠気も来ていた。朧気になりつつある意識を繋ぎ止めて妹の声に応じる。

 

「おうち、もう帰れないの……」

「……帰りたいのか?」

「……」

 

 沈黙する妹。直接的に言うのは白那の心を傷つけると思っての婉曲的な言い方は、質問に質問に返す形は意地悪だったかも知れないと遅れて思う。

 

「……そう、だな。帰るのは、多分無理だ。もう、あの家はないよ。ないんだ」

「……」

 

 改めて現実を突き付ける。彼女にとっての世界の殆どを占めていたあの家にはもう戻れないと。もう存在しないと、残酷に宣告する。

 

 後に思えばはっきり言い過ぎな気もした。眠たくてそこまで配慮が出来なかったのだろう。

 

「済まないな。いきなりの事で」

「ううん。いいよ」

 

 俺の謝罪に、首を横に振る白那。そしてぎゅっと、一層強く、若干強過ぎるくらいに抱き着く。

 

「にいさまと、かあさまがいるから。わたし、大丈夫だよ?みんな一緒だから、安心だよ!」

 

 それは上目遣いでの、微かに無理した笑顔……。

 

「こわいの、家族一緒なら、こわくないよ。ね?さみしくないよね?」

「……あぁ。そうだな。兄ちゃんに任せろ」

 

 縋るように、信じるように問われて、そして俺は妹を守るように抱き締める事でそれを答える。

 

「……!!」

 

 妹もまた無言で、しかし喜ぶように俺を抱き締め返す。白い尻尾が俺の体を労るように撫でる。縋る少女の腕力はしかしとても子供らしくなくて、確かに人理の外のものなのだという現実を突き付けてくる。飾らない言い方をすれば、確かに懐にいるその子は化物の児であった。

 

(それでも……)

 

 それでも。例え人の力でなくても。人の身体でなくても。人以外の血が流れている存在だとしても。

 

「にぃさま?」

「……朝は早いぞ。寝てしまおう、な?」

 

 ひたすら頭を撫でながら、俺は意識を放り捨てて微睡みの底に堕ちていく。

 

 そう。例えどのような形であるとしても。この幼子は大切な妹で、大切な家族で、だから、だから、だから…………。

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、俺達は日の出とともに洞窟を出た。一日中歩き続けて、逃げ続けて、日が暮れる前に見つけ出した樹洞の中に隠れた。その次の日も朝早くに歩き始めた。生い茂る繁みの中に隠れて一晩を明かした。その次の日の昼頃……険しい山道で向こうの山にそれを見出だした。遠くに人影を見た。足跡を手繰るように進む数人の人影を。俺達が二日前に歩んだ道を辿るように。

 

 追い付かれるのはきっと数日中で。そして、手持ちの食糧が尽きるのはもっと早くて。もう、時間は残されていなかった。

 

 破局の時は、破滅の時は、もう直ぐ近くまで迫って来ていた。

 

 そして、決断をするべき刻もまた……。

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