和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 製作して頂いたファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 Xin.さんからは此方二点です。
・牡丹イラスト
https://www.pixiv.net/artworks/122074182
・葵姫カラーイラスト
https://www.pixiv.net/artworks/122231310

 此方は噗姆さんより、蒼鬼様のイラストです。恐らく履いていないと思われるが……。
https://www.pixiv.net/artworks/122089146

 お二方共、素晴らしい作品誠に有り難う御座います!


第一七九話●

 人妖大乱は扶桑国にとって未曾有の戦乱であった。十数年に渡った魑魅魍魎共との戦いで国土の三分の一が荒廃し、領民の半分近くが失われ、挙げ句央土に食い込まれて都の直ぐ傍でまで戦いがあった。一時期は旧都への遷都まで議論された程だ。

 

 元より人外の怪物共に対して扶桑の民衆は敵意を隠す事はなかったが、建国以来人界を拡張させて来たこの国の朝廷と民草には驕りがあった。刻を必要としてもいつか人種が怪物共を凌ぎ地平線の先まで平定するであろうという驕りが。

 

 大乱はその驕りを打ち砕き、そして恐怖をもたらした。建国期に比べれば遥かに恵まれた状況であるとは言え時計の針が数百年は巻き戻るような甚大過ぎる犠牲……それは扶桑国を恐慌させるには十分過ぎた。

 

 大乱終結から名君として名高い玉楼帝が即位するまでの四百年近くの間、扶桑国は執拗なまでに、病的なまでに妖に対して過敏となった。辺境の村にまで触れを出してただ一匹の下等な妖までも討ち果たす事を厳命した。無論、官軍も武家も、そして専門家たる退魔士も不足していたから大案以外は現地の者達の責任で以て討伐する事となった。査察は厳しく、妖の存在を認知しながら放置したと知られれば地元の長の処罰に領民への罰金が課せられた。周囲の村からは軽蔑され、行商人は寄り付かず、百姓の輿入れすら支障を来す程であった。

 

 故に、この時代においては妖の発見からその対処に妥協はなく、容赦もない。手段は選ばない。

 

「おお、来たか……!?」

 

 村長と駐在の役人連中がどよめきながら彼らを目撃する。雪に覆われた街道の向こうから、辺地の村に見慣れぬ人影が続々と訪れる。

 

 ……元官軍兵士、不良武士、暴力巫女、修験僧、モグリに勘当退魔士崩れ、蝦夷に舶来の放浪者。北辺地から一攫千金を求めて化物の血に飢えた畜生共が村に集結。到底品行方正とは無縁な危険な雰囲気を纏わせて、続々到着……!!

 

「おお……!」

 

 百姓に到底出せぬだろう剣呑過ぎる気配に思わず村長達は息を呑む。彼らは純粋過ぎる程に暴力が染み込んだ来訪者達に一同に気圧される。

 

「……話は聞いた。依頼だって?」

 

 来訪者の一人が、男が村長に問い掛ける。唖然としていた村長は我に返るとうんうんと頷く。

 

「村で代々猟師をしている者からの報告だ!!化物とそれを匿う家族を討伐して欲しいのだ!代金は弾む!村の者総出で集めた!!先日熊妖怪の……」

「待て待て。捲し立てるな。……必要な情報は其処じゃねぇ」

 

 とある退魔士家から狂暴さ故に勘当されたそのモグリの男は唾すら撒き散らして叫ぶ村長の言葉を遮る。そうだ。大事なのは其処ではない。

 

「数、特性、言動、知性の程度、今の追跡の状況……分かる範囲でいいからさっさと吐けや。吹雪が来るようになったら流石に逃がしかねんからなぁ?」

 

 村に隠れていた化物を逃がす、それが如何なる処罰の対象となり得るのか思い出して青ざめる村長と役人達。故に必死に彼らは説明をしていく。

 

「成る程、成る程。あい分かった」

 

 そして一頻りに話を聞き終えた彼ら彼女らは即座に踵を返す。山の方角へと向かう。

 

「ええ!?も、もう行くのか!?」

「作戦は!?休憩はせぬのか!!?」

「んなのあるわけねぇだろが」

 

 村長と役人達の困惑の言葉への、投げ捨てるような雑な返答。そうだ。休息なぞなかった。山に一直線に、獰猛な気配を纏わせて出立する。それはまるで金の鉱脈を見つけた山師連中を思わせた。

 

 それ正しく金鉱目当ての黄金熱走ゴールドラッシュならぬ化物のタマ目当ての妖命熱走モンスターラッシュ!女子供を装い命乞いする化物の頭蓋の中身を冷酷非情にぶちまける事を"正義"と確信している常識人共。彼ら彼女らにとって大事なのは一目散に、そして誰よりも早く目当ての獲物を狩り殺すという目的のみ……!!

 

「共食いに脚の引っ張り合いは禁止。止め刺す前なら横取りは良し、共同で殺った時は均等に山分け……まぁ、何時もの通りでいいよな?」

 

 この辺りで一番名の知られる非正規の退魔専門家の語る方針を、同業者らは一同に無言で肯定する。彼ら彼女らは組織ではなく要請で集まった個人事業者らの寄り合いに過ぎない。故に下手に協力し合う事はない。だが同士討ちもまた一銭の価値もない。故に古くからの慣習に従う。

 

「んじゃあ、そういう事で。地元の連中に後れを取るなよ?達者でな?」

 

 掛け声と共に各々が散っていく。霊力による身体強化、あるいは術、呪具を使っての散開。そして追跡。ここから先は全員が潜在的な商売敵であった。出し抜いて、目標の首を持ち帰らねばならぬ。

 

 こうして僅か数瞬の内、雪原に屯していた人の気配は全て立ち消えていた……。

 

 

 

 ……狐が虚空の中で嘲笑した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「にい、さま……いたいよぉ」

 

 雪山をひたすら掻き分け進んで六日後の昼下がり。泣き声混じりの妹の声に俺と母は足を止める。

 

「母さん」

「えぇ」

 

 互いに目配せして俺は白那を敷物の上に座らせる。そして履かせていた雪沓を外し、足袋を見る。踵と親指の付け根部分が変色しているのを見て俺は舌打ちする。

 

「脱がすぞ。いいな?」

「う?うん……?ひぎっ!?」

 

 俺の要求に良く分からぬままに頷いて、そして足袋を脱がすと共に剥がれる歪な音が鳴り、幼児の小さな悲鳴が上がる。俺は顔を歪める。

 

「靴擦れか……」

 

 水脹れして、血が滲み、汁が染み出る足を見ての結論だった。妹の白く細く小さな足は、しかし踵部分と親指の付け根近辺が腫れて、足袋を脱がれた時に固まった血と汁と共に皮が捲れていた。見ているだけで痛々しい。

 

「ひぐっ、にい、さまぁ……」

「消毒するぞ。染みるが、我慢……出来るか?」

 

 俺の問い掛けに怯えながらも、涙目になりながらも、ウンウンと頷いて覚悟を決める妹。母から水筒を受け取って足に掛けていく。菌を洗い流していく。上がる悲鳴に、しかし俺は心を鬼にして手当てをしていく。

 

「軟膏は……これか。母さん、包帯頼める?」

「えぇ。分かったわ。……白那、我慢よ?ね?」

 

 う"ーう"ーと泣き顔の妹を母と共に慰めながら処置をしていく。傷口を塞ぎ、化膿を抑止するための酒精を含んだ軟膏を塗りたくる。そして綿布を当てて、包帯で足を包んで行く。出来る限りの妥当な手当て、半妖たる妹は普通の人より抵抗力も強い筈。よもや足が腐るなんて事はないと思いたいが……。

 

「歩けるか?……そうだな。無理だよな」

 

 一応確認の言葉を掛けるが首を激しく横に振っての返答。当然だった。少なくとも数日は安静にしなければなるまい。だが、追手はこうしている間にも迫っていて……。

 

「母さん。荷物、少し持てる?」

「まさか……貴方、白那を?」

「仕方ないよ。取り敢えず今日は、さ?」

 

 もう水食糧も目減りしていて軽くなって来ているのが幸いだった。荷物の一部は前に回して、一部は母に背負って貰って、背中を空ける。背中を差し出す。

 

「ほら、白那。背負ってやるから、来な?」

「う"ー……にいさま、重くない?」

「体重気にするような歳かよ。ほら、早く来い。兄ちゃんなめるな」

「……えいっ!」

 

 迷う妹を催促する。暫し迷っていた白那は、しかし母を見て、母が小さく頷くと意を決したようにのし掛かって来た。

 

「うおっと?……んっ。首に手回せよ?足触るけどいいな?」

「うん!」

「うげっ!?」

 

 妹の足に手を回して固定して、落っこちないように指示をすれば強く首元に腕が絡み付く。待て、流石にもう少し弱くして!?ち、窒息するから!?

 

「けほっ、けほ……あー、よし。母さん、いける?」

「貴方こそ、大丈夫なの?」

「……頑張る」

 

 妹が力を弱めて首を解放された俺は噎せて、咳き込んで、息を整えて母に尋ねる。俺と妹の荷の一部を持った母は逆に心配そうに確認してきた。俺は誤魔化すように応じる。

 

「……足元、プルプルしてるけど?」

「……大丈夫」

 

 ……意外に妹が重いとは絶対に言わない。白那も女の子で、流石に尊厳破壊するのは可哀想だ。

 

「じ、じゃあ……出発進行!」

 

 半ば誤魔化すような掛け声。そして俺達家族の山登りは再開した。先程よりもずっとずっと遅い山登りが。牛歩のような歩みで。延々と、日が暮れるまで。

 

「……」

 

 そして妹を背負い山の奥を分け入りながら、俺はその時が来た事を覚悟した……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 日が沈む。墨で塗り潰したような漆黒の闇が広がっていく。真っ暗な黒の満たす中を野鳥が鳴き、虫が鳴くだけの冷たい山の世界……そんな中を、人影が蠢く。

 

 俺は、山の奥へと進む……。

 

「……」

 

 殆ど手ぶらで、足音を立てずに、足跡を残さずに、一度だけ髪を引かれるように振り返り、けれど直ぐに覚悟を決めて前を向いて……。

 

「にいさま……?」

 

 背後からの予想外の声に思わず息を呑む。そしてゆっくりと振り返る。闇の中に青い双瞳と、銀の糸が耀く。

 

 ……直後、曇天の曇り空が微かに晴れる。僅かな雲の隙間から注ぎ込む月光が山を照らす。そして彼女が姿を浮かび上がらせる。

 

 歩けないから四つん這いで、やって来た妹は、不思議そうに困惑して此方を見つめ続ける。それはまるで世間知らずの子供そのもので、欠片も何も予感しているようには思えなかった。

 

「にいさま?どこいくの?雪隠?」

 

 首を傾げての妹の質問。純粋無垢な程に無警戒に、訝る事もなく、ただ質問する。

 

「……霜焼けするぞ。早く洞窟で寝るんだ」

 

 もうこんな奥地まで来たら事前に見つけていた隠れ家なんてない。けれどどうにか見つけた洞窟で三人で隠れて、魔除けの符を貼って、身を寄せあって寒さに耐えて、俺は見張りを名目に抱き合い寝入る母妹から離れて外で見張り役をしていた。

 

 ……見張りを隠れ蓑に、離脱しようとしていた。

 

「……にいさま?」

「ちょっと忘れ物を探しにな。直ぐに戻るから気にするな」

 

 困惑する妹をあしらうようにそう言って、洞窟に戻るように言う。

 

「うそ……」

「白那……?」

「にいさま、洞窟まではこんで?」

 

 聞き取れぬ小声に妹の名を呟くと、当の妹は両手を向けてねだる。甘える。俺は若干迷うが……断るのも怪しまれかねないと考えて御願いを聞き入れる。

 

「仕方無い奴だな。全く……」

「えへへへ……」

 

 妹を抱っこして、洞窟へと引き返す。白那は俺に密着すると胸元に顔を埋めてむずがるように笑う。

 

「白那は何時まで経っても甘えん坊だな?」

「にいさまとかあさまの事大好きだもん!にいさまもしろなに甘えていいよ?」

「んな馬鹿な」

 

 年齢と体格の差を思えば俺が白那に甘えるのは余りにも情けない光景であろう。想像するだけで恥ずかしくなる。

 

「はずかしくないよ!!わたしね、わたしね!大きくなったらにいさまのめおとになるんだもん!だからね、お嫁さんに甘えていいんだよ?」

「へいへい。考えておくよ」

 

 抱っこされる白那の宣言と提案を軽く受け流す。別に内容自体突飛なもの……というか突然のものではなかった。

 

 狐憑きの家に婿に来る者も嫁に来る者も期待なんて出来ない。ましてや外に出せぬような半妖なんて……母が冗談半分に言った事を、しかし白那は鵜呑みにしてしまった。以来度々似たような事を語っていた。

 

(どうせ、夫婦の意味なんて分からんだろうに)

 

 普通とは違う家族で、しかも他所の家族なんて知りようもなくて、この白狐の妹にとって夫婦がどういうものなのか良く分かっていないように思えた。多分ずっと一緒に仲良くするものくらいの認識なんじゃ無かろうか?この妹は何もかも視野が狭く、世界も世間も知らない少女だった。

 

 ……そんな風に育ててしまったのは俺と母さんのせいなんだけどな。

 

「むー……!」

 

 俺の思考を察してか、抱っこされた状態で見上げながら頬を膨らませる白那。頬を突いてやるとぷしゅっと息を漏らす。苦笑すると一層不機嫌そうになる。悪い悪い……。

 

「白那、俺や母さんに甘えるのも分かるけどな?大きくなったらそうは言ってられんぞ?大人になったらあれもこれも自分でやらないといけないからな。……お嫁さんになったらそれこそ母さんのやってる仕事全部自分でやらないといけないんだぞ?」

「……頑張る?」

「何故暫く沈黙した?そして疑問形?」

 

 本当にこいつは大丈夫なのか、不安になる。……一人で自立出来ない理由の大半が環境のせいであるのだから文句は言えないが、だからといって現実が配慮してくれる訳ではない。

 

 ……あぁ。本当ならもっと色々教えてやりたかったかな。

 

「……にいさま?なに、考えてるの?」

「……明日の朝飯?」

「嘘」

「……」

 

 洞窟に辿り着いて横たわる母の側に来た所での妹の指摘だった。欺瞞は即座に見抜かれる。これまでなかった疑念の視線を初めて向けられる。

 

「にいさま、隠し事してる。分かるよ?心臓すごいどくどくしてるもん」

 

 真っ直ぐと直視で向けられる視線。僅かに震える声音。何かに気付いて……何かを初めて知ろうとしている妹。

 

「……良いから寝ておきなさい。下らない事考えてる時間はないぞ?ちゃんと寝ないと怪我は……「下らなく、ないよ!!」

 

 俺の注意の声を掻き消すように白那は声を荒げた。此方を必死の表情で凝視する。

 

「にいさま、おさがしものなら朝にやった方がいよ!白那も手伝うよ!?そうしよ?にいさま、何か変だよ!?ふんいきおかしいよ!?」

 

 初めて感じる何かを恐れるように、必死に必死に捲し立てる白い妹。

 

「……勘の良い餓鬼は嫌いだよ」

「ふぇ?」

 

 俺の吐き捨てた暴言の意味を、白那は理解出来ぬようであった。いっそ間抜けにも思える呆けた面で此方を見つめる。

 

「足手纏いばかりで面倒なんだよ。お前も、母さんも、……俺は一人で逃げるつもりなんだ。その方が気楽で速いからな」

 

 そして妹を地面に放り捨てる。尻餅して痛いだろう妹は、しかしそんな事は気にせずにただただ唖然として俺を見上げる。青天の霹靂、それを理解すら出来ていないような反応……。

 

「にい、さま……?」

「五月蝿ぇよ。毎度毎度と下手に出たら遠慮せずに甘えて来やがって。あぁ。もう我慢の限界だ!」

 

 俺は何処までも蔑みを込めて歩けぬ白い狐を見下す。

 

「にいさま?にいさま?どうして……え、どうして?」

 

 少しずつ少しずつ、俺の言葉を咀嚼して、意味を取り込んでいき、みるみると青ざめていく妹。俺は踵を返して洞窟から出ようとする。手を掴まれる。振り向けば膝立ちで縋り着く狐の姿。

 

「触るな、獣臭い!」

「ひっ!?」

 

 手を振り払う。怯えて退いて、足の痛みに女の子座りでぺたりと座り込んで、白那は此方を怯えながら見つめる。

 

「にいさま?怒ってる?しろな、なにかした?なにか悪いことした……?」

 

 未だに俺の態度を理解出来ずにいる妹。いや、態度を理解していてもその原因を認識出来ていないようだった。

 

「ちっ!!」

「ぎっ!!?」

 

 舌打ち、おかっぱ頭の銀髪を掴む。敵意を剥き出しに睨み付ける。上がる小さな悲鳴。

 

「に、にぃ……さまぁ?」

 

 白い狐は兄の豹変と向けられる感情に怯えきる。怯えきりながらも必死に笑みを浮かべて此方を見上げる。儚い希望を信じるように媚びるように笑顔を向ける。

 

「ご……ごめんね?しろな、にいさま怒らせた?あやまるね?だからね、ゆるして?あさごはん、わけてあげるから、明日はがんばって一人であるくから、だからね?だから、ゆるして?にいさま?にいさま……?」

 

 必死に必死に、俺の怒る理由を考えて、論点ズレて謝って、謝って、そして、俺の鋭い眼差しにそんな言葉も失って沈黙して……。

 

「にいさま……」

「全部お前のせいなんだよ。関係ない俺がこうやって逃げるのは。分かるか?お前のせいなんだよ……!!」

 

 俺は白那に事実無根を突きつける。残酷に突きつける。

 

「あぁ、そうさ。お前の事はずっと鬱陶しかったよ。疎ましかったよ。……はは。いっそ、これで清々するよ。お前とは永遠におさらばさ。母さんと達者で暮らしな?」

 

 俺は掴んでいたおかっぱ髪を手放す。それはまるで投げ捨てるように、見捨てるように。解放された白那は、しかし逆に大切な物を喪失したかのように顔をひきつらせる。

 

「にいさま……?」

「最初から……俺はお前の兄貴じゃねぇよ。勿論、家族なんかじゃねぇ。お前と違って母さんと血が繋がってるわけでもねぇ。家族ごっこだよ。ずっと、ごっこ遊びさ。マジになってんじゃねぇよ?」

 

 俺は冷笑する。己のずっと兄と呼び慕っていた白狐を嘲笑う。彼女の認識を馬鹿にする。否定する。

 

「俺一人なら逃げられるんだ。伸び伸びと一人で生きるさ」

「にいさま?冗談、だよね……?」

「にいさまにいさま五月蝿いっていったろうが。しつこいぞ」

「にいさまはにいさまだよ!?」

  

 俺の指摘を、やはり白狐は論点ズレて、優先順位ズレて否定した。

 

「にいさま、ごめんなさい!しろな、沢山あやまるよ!?だからもうこわいこといわないで!?しろな、がんばってにいさまの役に立つよ!?だから、だから、やめてよ!おねがいだから、もういじわるしないでよぉ……!!?」

 

 感極まって、目元からみるみると涙を粒を浮かべて、懺悔する。謝罪する。贖罪する。己を赦して貰おうと必死に乞い、必死に恋い、必死に請う。

 

 ……その言葉の数々が、彼女が事態を正しく理解出来ていない何よりの証拠だった。

 

「黙れ!五月蝿いって言ったろうが女狐め……!!?」

「ひぐっ!!?」

 

 人一倍の怒声に、肩を震わせて幼児は黙り込んだ。しゃっくりするようにひくひくと声を漏らして、鼻水を啜り、目元はもう真っ赤に腫れていた。放心したように口を開きっぱなしだった。目の前の俺の存在を信じきれず、認識し切れていないようだった。思考停止しているようにも見えた。

 

「……白那?どうしたの?」

 

 俺達の会話に、母が眠たげに起き上がる。援軍を得たかのように妹の顔に笑みが浮かぶ。殊更疲れて深く眠っていた母は若干不機嫌そうに目元を擦る。

 

「あのね、あのね!かあさま!にいさまが……!!」

 

 妹は母に縋りついて説明していく。拙く、辿々しく、必死に説明していく。母はそんな妹の言葉を途中までしか聞いていなかった。彼女は察したように瞠目すると、此方をゆっくりと見つめる。複雑そうな表情で重苦しく、口を開く。

 

「……いくつもり、なのね?」

 

 育ての親が、絞り出すように問い掛ける。俺は冷笑する。

 

「恩知らずで、悪い?」

「……えぇ。悪いわね。とっても悪い子」

 

 おどけるように答えれば、視線を伏せて暫し沈黙し……重々しく肯定した。

 

「正直、母さんの叱る時全く恐くなかったよ。だからこうなるんだよ」

「えっ……!?」

 

 文字通りに捨て台詞を吐き捨てて、俺は洞窟の出口向けて踵を返す。驚愕し切った白那の声が溢れる。

 

「かあさま!?いいの、かあさま!?にいさまが、にいさまがいっちゃうよ!!?」

 

 立ち去る俺と母を相互に見比べて信じられないとばかりに驚愕する白狐。母の身体を揺らして必死に訴える。

 

「かあさま!?かあさま!?寝ぼけてるの!!?にいさまがいなくなっちゃうんだよ!?かぞく一緒じゃなくなっちゃうんだよぉ!!?」

「白那、お兄ちゃんは……彼はもうお兄ちゃんじゃないの。忘れなさい」

「なにいってるの!?おかしいよ!?にいさまもかあさまもおかしくなっちゃってるよ!!?こんなの、こんなの……って!?」

 

 母の意思に信じきれぬと声を荒くして、白那は離れる俺の背中を見ると後を追う。追おうとして足の痛みに転げて、四つん這いになって追い縋る。

 

「にいさま、にいさま!!?なんで行っちゃうの!?にいさま、にいさまぁ!?しろな、今こけたんだよ!?いたいよ!?なぐさめてよ!!?いつもみたいにかまってよ!!なんで、なんでぇ……!!?」

「白那……もう。お止めなさい」

 

 何度も何度も訴えて、泣きじゃくり、泣き喚き、非難する。

 

「……」

 

 俺は止まらない。欠片も止まらない。幼児の要求を無慈悲に無視する。

 

「いや、にい"さま"!!いや"、い"や"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!!??」

「……」

 

 悲鳴を振り払う。全てを振り払う。求める泣き声が遠くに消えるまでひたすら前を向いて立ち去って行く。

 

 母を捨てて、妹を捨てて、縁を切る。俺は……これから赤の他人だ。二人とは、二度と会う事はないだろう。

 

「……さようなら」

 

 殆ど独り言のように俺は呟いた。そして懺悔した。大切な家族の心に傷痕を残す事を悼む。

 

 何よりも、その罪を面前で謝る機会が二度と来ないだろう事を思って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 ……暗闇の刻が過ぎ去り、朝がやって来た。

 

 ひたすら広がる山中の銀世界。純白の大地は日差しで照らされて煌めく。それはもう魅事の光景であった。

 

 ……その一角に、簑を着込んだ人影が木の幹に凭れていた。

 

 三角座りで身を丸め、頭を垂れるように、まるで身を縮めるようにして、疲れきったかのように身動き一つせず。ただただ踞る。

 

 突如、山の中で銃声が鳴り響いた。一度鳴り響き、二度鳴り響いた。止めとばかりに三度目も……。

 

「……」

 

 遠目に猟師は観察する。仕事柄鍛えられた視力は撃ち抜いた人影の装束に赤い斑点が浮かび上がり、それが広がって白い地面を汚すのを確かに確認した。

 

「……」

 

 気配を探る。周囲で此方を監視する視線は感じない。五感を疑う。呪具で以て幻術の可能性を疑い確かめる。自己認識においては綻びらしきものは感じられない……。

 

 それでも、本来ならばせめて仲間が来るまで今のままに忍んでおくべきであったろう。相手は一人。つまり何処かにまだ潜んでいる可能性は十分にあり得た。追跡していた足跡は途中まで複数のそれであった。一人ではあり得ない。だが……。

 

「……仕方あるまい」

 

 だからこそ、猟師は立ち上がる。弾を込めたまま、火縄を焼いたまま、何時でも発砲出来る状況で迫り行く。もたもたしていたら足跡の痕跡が消えるからと山に棲息する妖の危険すら押して一人先行していた彼は、寧ろ村の者達が来る前に事を終わらせる必要があった。

 

 二度三度、周囲の茂みを警戒。そして己が撃った相手へと向かう。迫ればそれだけ滴る斑点が、雪の上に広がる赤々しい溜まりが明瞭となっていく。

 

「……」

 

 油断はしない。毒を染み込ませた鉛玉だが妖が相手となると仕留めきれない可能性がある。火縄銃を片手に構え、更に腰元から刃を引き抜く。投擲。突き刺す。無反応……。

 

「……?」

 

 感じる違和感。俯く人形を足蹴にする。笠を蹴飛ばす。晒される骸の虚ろな顔……ではなくて固めた雪の塊であった。

 

「なっ!?」

 

 慌てて簑を引き剥がす。巾着から赤い汁が零れていた。冬苺を潰して水で溶かした汁。まるで流血しているように玉で空いた穴からだらだらと垂れ流れていた。

 

「糞餓鬼が……っ!!?」

 

 嵌められた事を悟って踵を返す。足跡を必死に探す。何処だ?何処から偽装された?欺瞞された?奴は何処まで遠くに逃げた!?猟師は彼方此方と雪の上を目を見開きながら凝視する。目を皿にする。

 

 だから気付かない。蹴飛ばした雪の人形の下からモゾモゾと這い出て来る俺の姿に。

 

 だから気付けない。猟師の背後から石を手にして襲いかかろうとしていた俺の姿に。

 

 俺は圧し殺した殺意と悪意を以て、忍び寄り忍び寄り、そして……。

 

「ちぃ……!?」

「畜生がぁ!!?」

 

 俺が後頭部に拳大の石を叩きつけようとする前に振り向いた猟師の発砲。咄嗟に石を顔面の手前に置いて正解だった。打ち砕かれる石。砕け散って破片が肌を切る。構わない。まだ此方には……!

 

「シねぇ……!!」

 

 引き抜いた手鎌。普段は農作業のための、稲刈りのためのそれを振りかぶって振るう。躊躇はない。躊躇している暇はなかった。追跡の専門家たるこいつを殺さなければならなかった。そうしなければ、そうしなければ……!!

 

「なめるなぁ!!」

 

 近接用の脇差を引き抜いて手鎌と鍔迫り合う猟師。金切音が鳴り響き、互いに反動で仰け反る。しかし、体格の違いは結果に直結した。俺が転げるのとは打って変わって、猟師は体勢を維持する。身構える。最早正面から仕掛けても勝ち目はなかった。貧農の糞餓鬼と熊も妖も駆除する大の猟師では勝敗は見えていた。

 

「くそ、くそぉ……!!」

 

 俺は背を向けて全速力でその場から逃亡する。勝ち目が皆無の戦いに意味はない。いや、俺の目的からすれば逃亡こそが不可欠だった。少なくともここで死ぬ訳には行かなかった。

 

 せめて、少しでも追っ手達を二人から切り離すためには俺が囮になる以外に手はないのだから……。

 

「っ!!?」

 

 一瞬様子を窺うために背後を見る。猟師の所作に息を呑む。手元のそれを構える様子に俺は取るべき行動は分かっていた。

 

「ぐっ……!?」

 

 銃声が鳴り響く。俺は伏せる。頭上を弾が掠めた気がした。立ち上がる。木々を盾に走り抜ける。火縄銃は連射出来るものじゃない。問題は相手が此方を見失わないようにしなければならない事だ。付かず、離れず、母が、白那が隠れる洞窟から引き離す。後続のお仲間達も引き連れてくれれば上等で……。

 

「口笛?」

 

 直後、此方に向けて駆け抜けながらの猟師の口笛。その行動の意味に一瞬困惑する。答えは即座に明示された。

 

『グルルルルッ!!』

「なっ!?ぎゃっ!?」

 

 横合いから突貫してきた猟犬に俺は襲撃される。妖駆除用の鋭い付け鉤爪が俺の腕を切り裂く。深い傷に俺は鮮血を撒き散らして腕を押さえる。

 

「こんちくしょおぉがぁ!!?」

 

 動物愛護法も糞もない。畜生の分際で襲って来やがった犬に蹴りを入れてやろうとして、しかし猟犬は即座に距離を取って威嚇する。

 

「よし、そのまま足止めしてろぉ!!」

 

 猟師の叫び。足音。迫り来る気配。視線を向ければ火縄銃の装填作業をしている猟師の姿。遮蔽物を探す。駄目だ。手頃な物はない。猟犬に隙を見せる。次の一撃を紙一重で避けられるとは俺は思っていなかった。

 

「ならばぁ……!!」

 

 遮二無二、手元の火縄銃の装填作業をして意識が逸れている隙を突いて俺は突撃した。手元の鎌で今一度迫る。それは失敗だった。

 

「不意討ちを、二度も食らうかっ!」

 

 あからさまな装填作業は見せ札の欺瞞だった。此方が迫った所に足下の雪が蹴りあげられる。四散する雪の結晶に思わず怯む。目を瞑る。衝撃。猟犬の突撃で吹き飛ばされる。

 

「かはぁ!?はぁ、はぁ……!!?」

 

 雪に顔面を埋めた俺は節々の痛みも堪えて起き上がる。そして見上げる。真っ黒な銃口を。

 

 ……即ち、詰みであった。

 

「はぁはぁ……化物め!」

「同居していただけで同類扱いは、酷いな……?」

 

 息切れしながらの、しかし何処までも嫌悪感を剥き出しにしての猟師の言葉に、せめて言い返してやる。しかしながら、言い返した俺を猟師は一層敵意を向ける。

 

「二つ質問だ。正直に吐け。一つ、狐憑きの女は何処だ?どうしたんだ?」

「……」

 

 猟師の追及に、俺は黙る。母の居場所を、白那の居場所を、向かう方向を言う訳には行かなかった。例え、己の命を犠牲にしたとしても……。

 

「……功徳を積むつもりもないか。ならばもう一つ。何処からだ?あの時か?それとも、もっと前なのか?最初から、なのか?」

「……?何の、話だ?」

 

 猟師の二つ目の、悲壮にすら思える震える声音に、問い掛けの内容に、俺は思わず困惑の言葉を口にしていた。何の話なんだ……?

 

「今更知らばっくれるな。正体は分かってるんだよ。あの血の量。あれだけ衣服に染み込んでいればどれだけ深く食い込んだのか位、分かるんだよ……!!」

 

 忌々しげに火縄銃を構え直しての罵倒。侮蔑、軽蔑、差別、怒り、そして……怖れが猟師の眼の奥に見て取れた。

 

 ……恐怖?何故?どうして?いや、まさかそんな事は?

 

「……何かの間違いだ。勘違いだ。冗談止せよ?まさか、まさかそんな妄想、落ち着けって?話し合おうぜ?誤解だって「ならば自分の身体を見てみろ!!」

 

 俺の説得の言葉に被せての猟師の指摘。鬼気迫る叫びに怖じけて、慌てて己の身体を見る。

 

 ……真っ赤に血に濡れていた。

 

「……はい?」

 

 腹部が、胸板が、装束が真っ赤っかに染め上げられていた。赤くて、赤黒くて、染料からは生臭さと硫黄臭と鉄臭がした。細々とした衣服の穴から溢れ出す液体は、無数の散弾が背後から貫通していた事を証明していた。

 

「……」

 

 恐る恐ると後頭部に手をやった。気味の悪い感触と音がした。掌を見る。真っ赤で、桃色や白色の欠片がへばりついている。

 

「けぼっ……」

 

 思い出したように、今更に俺は吐血した。銃口を、再び見上げる。

 

「化物が」

 

 何処までも何処までも、本当におぞましい物を見るように吐き捨てられる言葉。俺はそれに心底同意していた。だってそうだろう?弾で蜂の巣になって頭が砕けたのに、どうして平然と話しているんだ?

 

「……母さんは、違うんだ」

「そうだと良いな」

 

 せめての最後の訴えに対する、猟師の同意するような返答。同時に鳴り響く銃声に俺は仰け反って、飛び散った顎が視界の端を掠めて、気付けば天を見上げていた。

 

「ふ、…ぎぎ……ぃ、あ……」

 

 鈍くなる思考。霞れていく意識。溶けていく自我……その中で俺は全てを理解する。ああ、そうだ。そういう事なのだろう。そういう事だったのだ。

 

「は、…が、おれ……の……」

 

 白那のせい?何て厚かましい。何て図々しい。何て浅ましい。全くの見当違いだ。間抜けな勘違いだ。ここに至って尚も、あいつの存在は露見していなかったのだ。この惨状は全て、全て俺の自業自得なのだ。全て……俺の存在そのものが招いた結果なのだ。

 

 俺が、存在している事それ自体の罪の帰結……。

 

「……」

 

 雪を踏み締める音が聞こえた。視界に映る猟師。汚物を見るように見下して銃口を向ける。止めの弾丸を込める。俺は風船から空気が抜けるような吐息をしながらただただぼんやりとその様を見つめる。避ける気も、逃げる気にも到底なれなかった。

 

 雪原に、一際大きな銃声が鳴り響いて……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

「うえっ、ひぐっ。うぇぇ……」

「大丈夫、大丈夫よ。お母さんは貴女の傍を離れたりしないから……」

 

 洞窟の奥で一晩中嗚咽を漏らす子供がいた。その子供を慰める母親がいた。

 

「に"ぃ"さ"ま"……ひどい"。ひどい"よぉ"!」

 

 鼻水と涙を豪快なまでに流して母親に抱かれながら尚も愚図り泣く。仕方ない事であった。この子にとって世界は己と家族と家の中だけが全てだった。家は兎も角、少年が立ち去ってしまった今となっては世界の半分を失ったに等しいだろう。その衝撃は想像もつかない。

 

「……」

 

 我が子の選択の意味を母は……稲は娘に告げる事はない。告げる訳にはいかなかった。娘の心に今以上の傷を刻む訳にはいかなかったからだ。優しい息子の願いを彼女は昨夜互いに視線を交差させるだけで理解しきっていた。だから……。

 

(……ごめんなさい)

 

 何処までも切実に、何処までも悲壮に、彼女は血の繋がらぬ息子に贖罪する。そして感謝して、祈る。どうか彼が上手く場を切り抜けて生き長らえる事を。

 

 ……あるいは、心変わりして本当にあのまま逃げてくれても、自分達を売っても構わないとさえ思っていた。そうだとしても、それを運命だと受け入れる。それはある種の諦念でもあった。ただただ、稲は全てを天に委ねる。無力な己に出来る事はそれだけしかなくて、頭の中は現実を受け入れるだけで一杯で……。

 

「……っ!!?」 

「……白那?」

 

 だから、胸元に抱き着いて泣きじゃくる娘が、頭上の狐耳をピンと立たせて首を洞窟の外に向けた事を、その意味を察するのに時間を要した。

 

「誰?にぃさま……?」

「えっ……?」

「きっとにぃさまだ!!」

「あっ!!?」

 

 白那の希望を見出だした叫び、そして稲の懐から跳び出して四つん這いになって外へと向かう。稲はそんな娘を止めるのが遅れた。例え足が痛んでいても、半妖の身体能力が馬鹿に出来ない証明であった。

 

 白狐は鋭敏な感覚で洞窟に迫る何等かの気配を察していて、何も疑いなくそれを戻って来た兄だと信じていたのだ。母と共に己の半身と呼んで良い程に大切な存在たる兄が、自分と母を本当に捨てるとは信じてなかったのだ。何かの冗談か、悪ふざけか。彼女はここに至ってもそれを期待していてその希望に縋っていたのだ。

 

「えへへ……!!」

 

 鼻水を啜り、涙を拭う。のこのこと戻って来た兄に怒って、泣いて、そして思いっきり甘えよう……そんな事を考える彼女の口元は自然と緩んでいた。

 

「にぃさま!!」

 

 そして洞窟から飛び出して大事な兄を呼んだ彼女が目撃したのは此方の頭上に向けた振り下ろされる……。

 

 




 けどね、猟師も怖かったと思うよ。散弾で背中蜂の巣になって後頭部ぶちまけたのに普通に走るし話しかけて来る子供なんて最高にホラーだもの。

 多分主人公の有り様見た時の猟師の表情は南極基地で飛び出して来た犬を発砲したラーシュ。
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