和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 噗姆さんより葵姫のファンアートを製作して頂けましたのでご紹介致します。視点の角度もあって色気が凄い。
https://www.pixiv.net/artworks/122448478

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います!


第一八〇話●

「文は既に届いていますね?」

 

 内裏にも程近い赤穂家の都別邸。牛車を降り立ちその門前まで辿り着いた末娘の端的な問い掛けであった。内心で凛々しく出来た事に満悦の紫。

 

 ……尤も、出迎えた雑人や女中らはと言えば互いに困惑するように目配せし合う。

 

「……どうかしましたか?」

 

 普段とは違ってはっきりとしない態度に怪訝げに紫が問えば、幾人かの者が漸く口を開く。

 

「あの、その……」

「何の事なのだか、さっぱり……」

「ふぇ!?」

 

 恐る恐るの、そして想定外の返答に紫は間抜けな表情を見せた。慌てて己の放った式と視覚を共有する。

 

 ……完全に式の反応が消失している。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 一体何事が生じたというのか。ここは央土である。妖に破壊されるなぞ有り得ぬ事だ。都の結界?否、放った式は朝廷の認可する霊紙を折りた代物だ。間違っても焼き捨てられる筈もなし。そも、式が失せた事にこの瞬間まで全く気付き得なかったというのはどういう事か?

 

「姫様、一体何事があったので御座いましょうか……?」

「行きとは人数が違いますが……もしや何か問題が?」

「縁者の元に外泊と聞きましたが……帰宅が言付けよりも大分早う御座いますね?」

 

 そして困惑して硬直する紫に向けて女中雑人達は一斉に疑問を口にした。怪訝そうな表情で己の主君を見やる。紫は彼ら彼女らの問い掛けに一層動揺した。

 

 実の所、一部の者達除いて紫は外泊の詳細を深く語っていなかった。嫁入り前の娘が半妖の孤児共と淫蕩で知られる姫と下卑な生まれの成り上がり家人扱と一つ屋根の下で宿泊します等と正直に話せば特に年寄共が猛反発する事必至であったのだ。

 

 表向きは鬼月の縁者と共に隠行寮と懇意の元退魔士の屋敷を訪問する、という説明。嘘は言っていない。方便は大切だ。疚しい所はない。過保護や面倒事を避けただけの事である。あるのだが……。

 

「え、えっとぉ……それはぁ……」

 

 慌てたり動揺すると途端に早口になるか言葉に詰まるのが赤穂紫という少女であった。特に内弁慶ならぬ外弁慶な彼女は内の者にはこういった場合は大抵無口になる所があった。

 

「紫様?」

「お顔が赤いですぞ?体調が悪いのでしょうか?」

 

 だんまりとして顔が緊張で悪い意味で紅く染まる紫。猫背になって縮こまる彼女の態度に皆が心配げに呼び掛ける。呼び掛けの連続に一層彼女は黙り込む。悪循環であった。皆が主君を訝しむ……。

 

「あら、悪いわね。伝言を伝え忘れていたわ」

 

 ……突如として紡がれたその謝罪の声音は、まるで奏でられた鈴の音のようであった。

 

「えっ!?お、従姉様!?」

「お邪魔させて貰ってるわよ。……言ったでしょう?私の直感は当たるのよ?」

 

 突然の登場、それも己の屋敷の奥から。まるで自宅のように堂々とした振舞いで現れた鬼月の従姉に紫はただただ唖然とする。当の桃色の姫はと言えば後を追うように駆けつける屋敷の女中達に悠然と宣った。恐らくは従姉の接待役を務めていたのだろう。己が帰宅するまで何を話していたのだろうか?

 

「お、従姉様、これは……」

「目の前を蝿みたいに通り過ぎちゃうから、思わず潰してしまったのよ。本当にご免なさい。悪気はなかったのよ?」

「は、はえぇ……?」

 

 完全に叩き潰されて紙切れとなった式の残骸を見せびらかす葵。紫は顔をひきつらせて嘆息する。どのように反応するべきなのか迷っているようであった。

 

「お、鬼月の姫様。し、式が来ているのであれば教えて頂いても宜しかったでしょうに……!」

 

 老境の雑人頭が怖じ気つつも葵に向けて苦言を口にする。主君からの伝言を勝手に途中で止められれば当然の反応ではあった。葵の身分と性格と力を思えば勇者と言えた。

 

「だから謝罪したでしょう?それくらい水に流しなさいな。ねぇ?紫?」

「え?え、え、えっとぉ……盧滋郎、従姉様には後程私から言っておきますので、ここは下がりなさい!家への忠義は分かりますが貴方には荷が重い事を理解しなさい!」

 

 冷たい眼差しでの桃の姫の返答。紫は促された言葉に反応して家臣を控えさせる。助け船でもあった。鬼月葵は何処までも優美で華麗であるがそれ以上に苛烈で激烈である事も事実。ましてや雑人如きでは「思わず」散らせてしまうくらい十分に有り得る話なのだ。だからこその、紫の命令……。

 

「……ははぁ」

 

 瞬間的に向けられた桃色の姫の視線それだけで額に汗を流して背筋を凍らせていた雑人頭のどうにか取り繕っての返答。そして引き下がって他の雑人女中の中へと戻る。衝撃で心不全にならずに良かったと紫は内心で安堵して……従姉に向き直る。

 

「その、従姉様……一体、何用で此方に?」

「あら、冷たいわね。従妹の顔を見にいこうと思っただけよ?何か不都合?」

「い、いえ。そんな事は……」

 

 尊敬する従姉の言葉は、以前ならば舞い上がるように嬉しい言葉であったろう。しかし鬼月の屋敷に泊まっていた時期に自分から訪問しても彼是と間が悪く殆ど顔合わせが出来なかった事、そして逆に一度も訪問して貰えなかった事を思い返すと何とも言えぬ気持ちになる。

 

 もしかしなくても、あの家人扱と顔を合わせた回数が多いのではないか?赤穂の娘からすればそんな事すら余計に思い浮かぶ程で……。

 

「……式の伝言、読ませて貰ったわ。医者が必要なのね?」

「え、えっと……はい!その通りです!」

 

 紫の反応を見て、微かに目元を細めてから紡がれる葵の指摘に、大事な事を思い出したようにはっと頷く紫。

 

 そうである。今は自分事で彼是考えている暇なぞない。こうしている間にも熱で魘されている幼い扶桑の民草がいるのだから。

 

「丁度良かったわ。此方にも薬師が同行していたから。……我が家で勤めている者でしょう?なら処置に我が家の薬師を使うのが道理とは思わない?」

「それは、しかし……いえ、御心遣い感謝致します!」

 

 葵の申し出に、一瞬だけ迷いつつも誠意を込めて紫は快諾した。何か仕込まれる恐れを思えば確かに他所の家よりも自家の薬師を使おうとするのは決して無礼な行為ではない。それに紫は優先するべき事が何かを履き違える事もない。寧ろ、敬愛するべき従姉が己を助けてくれた事が彼女には純粋に嬉しかったくらいだ。

 

 そう。それはもう純粋に純粋に……。

 

「……そう。ならさっさと行きましょうか?」

「はい?」

 

 言うが早くスタスタと、鬼月の二の姫は紫の横を通り過ぎると牛車に乗り込んだ。紫の牛車に。しかも何故か上座に。

 

「えっと……従姉様?あの、その席「何か異論?」いえ、ありません」

 

 色々言いたい事があったが従姉の被せるような質問返しの前に、その圧倒的な圧に紫は沈黙させられた。予感がする。これ以上意見したら悪い予感がする。具体的には己の装束が細切れになる気がする。

 

「何してるの?早く乗りなさいな?」

「はいぃ……!?」

 

 背筋に走る悪寒にぶるりと震えていれば葵の催促。紫は慌てて駆け寄って、牛車に乗り込んで……。

 

「貴女じゃないわ」

「いたぁ!?」

 

 凸ピンを食らって仰け反る紫。額を押さえてひっくり返りかける。因みに完全にひっくり返ったら角度が捻れて脊髄損傷する所であったのを知る者はいない。背後から何者かに支えられてどうにか紫は最悪の事態を逃れる。

 

「大丈夫でしょうか……?」

「あ、た、た、た~……あ、有り難う御座います。えっと、貴女、は?」

 

 若干涙目になりながらも、赤穂の者は決して礼を忘れない。呻きが交じる問い掛けを口にすれば支える娘はそのままの体勢で礼をする

 

「鬼月家仕薬師寺家分家。薬師衆允職、毒澤薬子で御座います。……どうぞお見知り置き下さいませ」

 

 妙齢の薬師は、主君とは真逆な程に恭しく赤穂の姫君に向けて名乗りを上げるのだった。

 

 ……内心で厄介事の巻き添えとなる事への呪詛を吐き捨てながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 全身が冷たくなる。極寒の暗闇に意識が沈んでいく。正しくそれは『死』の実感……。

 

(それ程……怖くはない、な……)

 

 どういう訳かこの感覚自体は慣れていた。今更恐ろしいとは思えなかった。古い友人とすら思えたくらいだった。俺の意識は寧ろ……。

 

(それよりも、母さんは……白那は……?)

 

 母は、妹は、無事であろうか?逃げ切れたであろうか?それだけが唯一の心配で、唯一の心残りだった。

 

 家族は最も近しい繋がりである。家族は支え合うものだ。助け合うものだ。ならばこそ、捨て子の孤児に過ぎぬ己を実の子のように養ってくれた母のために、己を実の兄のように慕ってくれた妹は尚更に大切で、彼女らを巻き込んでしまった己の存在そのものが疎ましくて、それが一層心残りだった。

 

『……それが例え御遊戯でも?』

 

 耳元で囁くような甘過ぎる声音。視線を向ければ翠色の瞳と相対する。落下していく感覚も無視して、俺は瞳孔の向こうに己を見る。

 

「だからって、捨て置いていい理由になるのか?」

 

 俺は即座に反論する。いや、寧ろだからこそ……この事象の本質を理解すればこそ、俺は動かねばならなかった。それが義務であると確信していた。

 

『本当の家族なんて一度も知らないでしょうに。いえ、だからこそそこまで狂う程に求めているのかしらぁ?』

 

 禍母たる神格は首を傾げて考察する。俺を観察して本質を見抜く。否定はしない。しかし言われて嬉しい話でもなかった。

 

『母として教えてあげる。そんな考えだから貴方は何度も誤つのですよ?……何より!家族ならばこんな近くにいるではありませんか!!うきゃん!』

 

 取り敢えず両手を広げて迎え入れようとする化物の顔面をグーで殴っておいた。仮に甘えてその豊満な胸元に顔を埋めれば途端に蟷螂めいて頭からムシャられるのは分かりきっていた。いや、ここは物理的な世界ではないのでアレだが代わりに精神が喰われるだろう。甘えていたらきっと、二度と戻れなくなっていた。

 

『ですけれど、少なくとも今は私に委ねるしかない……そうでしょう、坊や?』

「……」

 

 顔面がめり込む位殴ったのに拳を引き抜いたと思えば完全無傷の母の宣言。心象世界。精神世界とは言えこれは……随分と侵食されているようである。

 

『母は寛大ですからねぇ。坊やが望むのならば加減はしてあげますよ?』

「信用出来るが信頼出来ないな」

 

 ニコニコ微笑みながらの提案に、しかし俺は表情を渋くさせる。この化物は嘘を言うつもりはあるまい。母は何処までも誠実だ。しかし程度を知らぬ。平気で神の尺度で人を測るのだ。故に、其処に致命的な齟齬が生まれる。しかし……。

 

「気付けには必要、か」

 

 本当に苦渋の苦渋の決断。同時に無数の翠髪が俺に巻き着いて包み込んで行く。甘くおぞましく残る意識を犯していく。

 

『さぁ。全て母に委ねましょうねぇ?』

「んな訳あるかよ」

 

 満面の慈母の笑みに吐き捨てたのと、視界が呑み込まれたのは同時の事だった……。

 

 

 

 

 

「此れだけ撃てば、流石に生きていまいだろうな」

 

 何発も何発も、念には念を入れての発砲。毒を染み込ませた鉛玉を頭蓋と心臓、腹にも何度も撃ち込んだ猟師が、仕事終わりの一服とともに紡いだ言葉……それは決して油断ではなかった。厳然たる事実であり、豊かな経験則から来る真理であった。

 

 化物も無敵ではない。寧ろ銃器には比較的弱い方だ。毒を使い、急所を狙い執拗に、確実に殺した。達成感すらあった。精神を落ち着かせるためにも煙草は不可欠だった。魔除け虫除けを兼ねた煙草を短い安物の煙管で以て吹かす。

 

「ふぅ……。狡猾な化物だ。結局何時から潜んでいたのやら」

 

 チラリと骸を覗いてから呟く猟師。人に化ける怪物なぞありふれているが……よもや赤子から?いや、まさか。しかし、河童のような代物ならば有り得るか?

 

「欺瞞していた足跡は、あと二種類あった筈だ。一つは狐憑きとして、今一つは?まだ化物が隠れている?」

 

 十分に有り得る話であった。狐憑きには身寄りはない。身を寄せて潜むには絶好の相手であったのかも知れぬ。となれば村のこれまでの処遇は悪手であったか?

 

「喰われていないのは呪いによるものか、あるいは体裁を繕うためか……」

 

 狐憑きの呪いの具体的な内容まで猟師は知らぬ。何を以て祟りが来るのかも分からぬ。出来得る限りの非接触、それが村の因習だった。そして彼が物心ついた時にはもうあの呪われた家の血筋は娘とその母しかいなかった。老婆に近い程に弱っていた母親は程無く死んで、長らく娘がただ一人で孤独に生と呪いを繋いでいた。

 

 そんな娘を、猟師はそれをただただ遠くから無力に眺めているだけで……。

 

「……撃たぬ訳にはいかんな」

 

 ここまでの騒ぎ。白日の下に晒された罪。大乱を経験して、未だにその傷深く癒えぬ時代。世間は女の所業を決して赦す事はない。人界への裏切りであり、売国に等しい。国賊である。下手すれば村そのものに連座すらも……身内の恥は雪がねばならぬ。それが決定事項であった。

 

 最早何も覆らぬ。言い逃れは出来ぬ。ならばせめて長く苦痛と恥辱を味わわぬ内に……。

 

「ふぅ……」

 

 再度煙管をふかせて己を落ち着かせる。現実を受け止める。取り敢えずこれからの事を整理しよう。一服し終えたら傍らの骸に間に合わせに水筒の油を撒いて焼く。本格的な処理は後続に任せて先行する。そして、追い立てて、全てを片付ける。

 

 為すべき事を為す。それを胸に刻み、再度自覚する。よし。これで良い。これで……。

 

「ん……?」

 

 それは生き物の兼ね備える形容し難い第六感というべき感覚。視線と悪寒。予感。相棒の猟犬が突如吠え出したのと猟師が振り向いたのは同時だった。

 

 ……餓鬼の骸の内から溢れ裂き、裏返るようにして現れたそれは形容するのも憚れる、いや形容するに足る言葉が見付からぬ凄まじき有り様であった。

 

「あ、ぁ……」

 

 余りの衝撃に唖然とする猟師。無数の触手をうねらせて、無数の眼球が辺りを見渡し、無数の手足で雪原を彼方此方と当てもなく這う醜い化物の光景。

 

『……。……!!!!』

 

 そして、痴呆のように周囲を鑑賞していた眼球は、直後に気付いたように一斉に猟師を凝視した。激しくなる犬の威嚇、そして身の毛のよだつ視線に猟師は考えるよりも先に煙管を捨てて火縄銃を構えていた。

 

 鼓膜を切り裂くようなおぞましい轟き。発砲。大股で迫り来る巨体。先込め式の火縄銃に次弾装填の暇はない。

 

「このっ……!!?」

 

 脇差を引き抜いて振り上げる。触手が絡め取って来る。首を、手首を、足首を、激しく巻き付き締め付けて来る。

 

「くそ、くそっ!?くそがぁぁぁっ!?」

 

 迫り来る命の危機に猟師は必死に暴れ回り、せめてその粘液にまみれた赤黒い身に一太刀浴びせんと抵抗して、そして、そして…………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 苦悶の悲鳴が白い狐耳を震わせた。飛び散る鮮血が青い空と共に視界を彩った。いつの間にか幼児は押し倒されていた。

 

「え……?」

 

 漏れる困惑の呟き。何が発生したのかそれすらも未熟な思考は認識出来ていなかった。遅れて母が己を雪の上に倒して覆い被さっている事を理解する。

 

「かあ……さま?」

 

 行為は理解した。しかし行為の意味を理解出来ずに白那は母を呼んだ。呼んだ母は、しかし苦渋の表情に額に汗を流すのみであった。傷に堪えるように身を震わせる。

 

「かあさ……」

「狐憑きめ。村の裏切り者めが!」

 

 今一度母を呼ぼうとした声は荒々しい罵倒によって掻き消される。反応して視線を向ける。漸く幼い狐は己と母を取り巻く状況を認識した。

 

 自分達を囲むようにして佇む人形共。農具を、武器を手にして見下す存在達が、家族以外との関わりのない白那にとってはまるで悪鬼共の集団に見えた。

 

「し。ろな……怪我、は?」

「おかあさま!!」

 

 己を取り巻く理不尽な状況に怯えていた白那の意識を引き戻すのは弱々しい母の呼び掛けで、白那は母を抱き締め返して応じる。

 

「お母様だと?」

「おぞましい。化物相手と?」

「穢らわしい。淫売が!!」

 

 白那の言に反応したのは、寧ろ周囲であった。汚物を見るような目付きで母娘を見やる。身の毛をよださせて、顔をひきつらせる。

 

 分からない。分からない。どうして彼らがこんなおぞましい表情を浮かべて自分達を見るのか。どうして自分達に危害を加えるのか。白那には分からない。世間の常識も価値観も、分からない……。

 

「観念しやがれ!」

「皆殺しだ!ぶっ殺して焼いて捨てちまえ!!」

「待て、始末した証拠がいる。首は切り落とすんだ!」

「何だっていいだろ!取り敢えずさっさと駆除してやれやぁ!!」

 

 怒りと恐れと悪意と正義感がない交ぜになった熱気に満たされる。男達が吼える。農具を、武器を手にして親子を凝視して……。

 

「待て待て。まだ殺すな」

 

 今すぐにでも母娘を血祭りに上げんとして興奮する村人達を抑えつけるのは彼らよりも余程上等な出で立ちをした男だった。白那が時より障子の隙間から覗いて知る外の「村」の奴らではない。村の者達以上の家族ではない余所者。退魔士。村が依頼して呼び寄せたモグリの専門家……それが村人共を静止する。

 

「待て!?ふざけるな!余所から来たアンタにはどうでもいいだろうがな、妖獣と交わった女がいるなんて知られたら村の悪評なんだ!!もう余所から嫁が来なくなっちまうだろうが!?」

「そうだ!それに餓鬼の方は本物の化物だ!何か妖しげな術を使って来る前にさっさと……!!」

「そこだよ。良く考えろ。その餓鬼の種の出所は何処だ?えぇ?」

 

 モグリの指摘に沸騰間近だった男共が一気に沈黙する。代わりに周囲を満たすのは戦慄であった。

 

「ここで殺してはいお仕舞いとは問屋が卸すかよ。他にも餓鬼がいる可能性もある。やるからには根刮ぎと、徹底的にやらんとな?……見過ごしたら次の日にはお前さんらの嫁なり娘が腹膨らませてるかも知れんぞ?」

 

 容赦のない、そして十分過ぎる程に有り得る指摘に、男共は青ざめる。それは余りにもおぞましい想定だった。あってはならぬ惨劇だった。

 

「洗いざらい吐かせるぞ。引き離せ」

「ひっ!?かあさま!?おかあさまぁ!!?」

 

 モグリの命令に村人共は親子を引き剥がして引き離した。白那は子供らしからぬ腕力で抵抗するが殴打されれば痛みと恐怖に母を手放す。村人共は見掛けにそぐわぬ白狐の力に内心で深く恐怖する。油断したら自分達も怪我をしかねない。化物め。

 

「さぁて。では楽しい時間の始まりだってな?」

「お、お願いします。娘は……娘は、悪い子じゃありません。どうか、お目、溢しを……!!」

 

 モグリが嬉々として宣うのに続けての稲の絶え絶えの嘆願。当のモグリはそんな稲を一瞥すると菩薩の如く微笑み……そして思いっきり足蹴とした。

 

「なめた事ほざいてんじゃねぇぞ、クソアマァ!!?」

「ひぐっ!!?」

「おかあさま"ぁ"!!!?」

 

 怒声、悲鳴、悲鳴の重奏。白那は泣きながら母を何度も呼ぶ。

 

「お"かあ"さ"ま、おか"あ"さま"ぁ"!!?や"めて、やめて"ぇ!?どう"して"、どう"してこんなぁ"!?」

 

 幾度も足蹴にされて、ただただ踞ってそれに堪えるしかない稲の悲惨な姿に、無力な娘は泣きじゃくって訴えるのみであった。白那には分からなかった。どうしてこの「こわいの」達が自分達を虐めるのかを。三人で仲良く暮らしてただけなのに。勝手にやって来て襲って来て、こんな仕打ちをされる理由が分からなかった。理不尽だった。

 

「ひどい"よ!?ひどすぎる"よぉ"!!?お"ねがいだから"やめて"よ"ぉ!?かあ"さま"を"いじめないでよぅ!!?」

「おいおいおい。こいつは何ほざいてんだ?何他人事みたいに騒いでやがる?」

 

 モグリは倒れ伏す稲の頭を踏みつけた状態で動きを止めると、寧ろ困惑した態度を見せた。そしてそれは周囲の村人共も同じだった。

 

 驚くべき事である。この餓鬼は、餓鬼の姿を装った化物はまるでこの状況に陥った理由が己は無関係かとでも思っているのか?

 

「箱入り娘。箱入り狐ってかぁ?それともなんだ?無垢でも装って油断でもさせようってか?そらよっと?」

「ふぇ?ふぎぃっ!!?」

 

 モグリの発言の意味を理解出来ず、理解する時間も与えられず、白那は悲鳴を上げた。引っ立てられたかと思えば横腹に叩きつけられた蹴りの一撃。驚愕に見開かれた眼。込み上げる吐き気。胃液と少量の吐瀉物がぶちまけられた。ぐったりと雪の上に伏してヒューヒューと息を漏らす。何よりも彼女は己を取り巻く状況と叩きつけられた痛みを理解出来ていなかった。

 

 暴力と言えるものを、白那は碌に見た事も感じた事もなかった。彼女の記憶において常に共にいた母と兄は己を慈しむ事はあっても悪意を向けた事はなかった。昨日の夜中に兄に放り投げられての尻餅に髪を掴んで引っ張られた事……それすら白那には前代未聞の青天の霹靂で、未だに信じられない出来事であったのだ。ましてや、見ず知らずの大の男に蹴りつけられるなぞ直前まで想像出来なかった。蹴りつけられた後すらも理解出来ない。ただただ痛い事だけが分かった。

 

「しろなあぁぁぁっ!!」

「煩い、淫売の牝が!!」

 

 娘に振るわれた暴力に、母が絶叫する。即座に村人の一人に頬を叩かれて黙らされる。白那への蹴りよりも乾いた音が雪の世界に鳴り響く。

 

「げほっ、!?けほっ……かはぁ、!?いたい?おなか…いたぃ、…きもち、うぇ!?」

 

 倒れ伏す白那は涙目となって譫言。呟く。何が起きているのか分からぬある意味で間抜けな表情だった。込み上げる吐き気にまた嘔吐する。

 

「……この分だと餓鬼は阿呆か?」

「先生、それは?」

 

 白那の反応に対してのモグリの言葉。村人の一人がその意味を問えば鼻を鳴らしてモグリは白那の頭を踏みつける。幼児の苦悶の声が上がる。

 

「狐……に一応見えるな。つまり妖狐って訳だが、こいつらは本来頭がキレて油断ならねぇ連中なのよ」

 

 これまで一尾二尾程度の下級とはいえ実際に狐を駆除してきた経験のあるモグリはそれを基に語る。

 

「逆に言えばこいつらの態度ってのは全部計算尽くって訳さ。見る者を同情させて、見る者の心を振るわせて、見る者の意志を揺さぶるのさ。そりゃあもう別嬪な表情で綺麗な笑みや涙を見せてくれるものさ。取り繕った仕草よ」

 

 本物の笑顔や泣き顔はみっともないものだ。美しく見えるとすれば十に八九は演技と見て良い。追い詰められた狐が演技で追手を騙して惑わすのは古典の物語の御約束だ。

 

「その点こいつは!」

「いぎぃっ!?」

 

 踏みつける力が増して白那が声をあげた。取り繕いのない獣のような苦しみの叫びだった。地面が雪とは言え少女の頭に掛かる圧力は決して優しいものではない。

 

「聞いたろ、今のエグい声。こいつはぁ演技じゃあない。……多分な?」

 

 狐ならば、同情を誘うように甘い悲鳴を奏でるものだ。

 

「本来、こいつらはギリギリまで油断を誘うために厚化粧で本性を隠す代物さ。今みたいな無様な鳴き方はしねぇ」

 

 つまり狐としては出来損ないという事だ。世間知らずの無知の阿呆という事……。

 

「はぁ。えっとそれじゃあ……ぶち殺しますか?」

「ばぁか。何聴いてたんだよ。……そうだな。おい、誰かこいつに猿轡と目隠しをしろ!」

 

 意味を良く理解出来ていない村人の言に、モグリは嘲り命令する。直ぐにその場にいた男の一人が実行する。

 

「おら、さっさと口開けろ!」

「ふ、ぎぃ……ん"ん""んっ"!?」

 

 無理矢理起こされての猿轡。もがくが頬を叩かれて黙らされて、更にキツく布を巻き締めて目隠しされる。涙と鼻水で直ぐに目隠しに染みが浮かび上がる。恐怖に痙攣する幼い身体……。

 

「よし、これでいい。面も声も分からなければ間違っても騙される馬鹿はいねぇだろ?」

「成る程……」

「ですがどうするんですかい?ぶち殺すなら頭搗ち割れば一発でしょうに」

 

 モグリの説明に頷いて、しかしそれでも疑問は残る。この化狐をさっさと殺さぬ理由は?

 

「だからいったろ?化物はこいつ一体とは限らねぇってな」

 

 そしてモグリは狐憑きの女の元へ、しゃがみこんで問い掛ける。

 

「ふぅん。色白の別嬪さんじゃねぇか、えぇ?」

「……」

 

 首元を掴んで無理矢理に顔を引き寄せての軽薄な物言いは、しかし口調は冷たい。稲は痛みと恐怖に黙りこむ。

 

「勿体ない話だよなぁ?よりにもよってこんな美人様をねぇ?なぁ、教えてくれよ。お前さんと懇ろした化物は何処のどいつだ?姿は?数は?特徴は?尻から捻り出したのは何匹だ?正直に教えてくれたらよ、助命嘆願の口利きくらいしてやってもいいんだぜ?」

 

 モグリの語るのは誘惑だった。取引の要請だった。軽薄な男は、しかし仕事には余念がない。やるからには根刮ぎ……そうだ。根刮ぎだ。そのために目の前の女から全てを聴き取る必要があった。

 

「……娘は、家にずっと籠っていました」

「うん。それで?」

「悪い事は……何もさせていません。ですから、私の事は、どうやっても構いませんから、娘の助命を……」

「うん。駄目」

 

 供述と同時に娘の助命嘆願を求める稲に対する、モグリの即答の拒絶だった。

 

「っ……!そこを、何とか!」

 

 這いつくばって、土下座して、形振り構わずに娘の生存を求める稲。そんな彼女を村人共は何処までも軽蔑して、モグリは普段通りの表情のまま説明する。

 

「無理無理。生かす訳ないっしょ?だって化物だぜ?御上から抹殺が勅命よ?強いて言えばここで楽にしてやるくらいが温情ってものだぜ?」

 

 モグリの言は本当に温情であった。彼の計画では捕らえたこの狐は同胞を釣り出す餌にするつもりだったのだから。手足を切り落として助けを求めて鳴かせ続ける……狐共は「家族」や「義姉妹」の概念がある怪物だ。残酷で嗜虐的な癖にこの手の罠は有効だった。同じように社会性のある蟲妖と違い感情と自我が明瞭故であろう。

 

「そん、な……!?」

 

 娘の辿るだろう扱いに絶句する稲。モグリはそんな稲に賑やかに答える。

 

「まぁまぁ。腹痛めて産んだ餓鬼が可愛いのは分かるぜ?狐共は尚更顔が良いし甘言も上手いしな。とは言え化物は化物さ」

 

 妖の中には人に孕ませた後に子孫の生存を確率を高めるために創意工夫する連中もいた。見掛けで好意を抱かせるのは勿論、精神操作や麻薬めいた物質で依存させるなんて事もある。この手の女の扱いにモグリは慣れていた。

 

「餓鬼ならまた拵えときゃあいいのさ。何だったら俺が産ませてやってもいいぜ?霊力持ちが産まれたら用心棒に出来るかもな!」

 

 冗談とも本気とも知れぬモグリの言葉に絶望し、顔をひきつらせる稲。村人の何人かはその悪食具合に顔をしかめて霹靂する。化物と交わった狐憑きになぞ突っ込みたくなかった。尤も、少数の男達はモグリの言葉に興味を惹かれる者もいたのだが……。

 

「それとも何だ?お前さん獣姦好きだったのかい?そんなにヤッた奴の顔が好みだったか?」

「そんな事……!有り得ない!!」

 

 モグリの言葉に、今度は稲が条件反射的に即答した。そうだ。有り得ない。あれは決して愛ではなかった。

 

 ……あの冬は一際厳しかった。孤独に耐えきれずに引き取った息子を食べさせるのも困難だった。誰も助けてくれなくて、食い繋ぐために山に無理に入り、足を挫いて、どうにもならなくなった彼女にその巨大な影は提案したのだ。そして彼女はそれを拒絶する選択肢はなかった。

 

 屈辱の数日。見返りの手当と食糧。生きるために仕方なかった。一方的に始まり一方的に終わらされた死にそうな激痛。泣きじゃくった記憶……モグリの言葉は稲にとって正しく侮辱だった。

 

「だとよ、糞餓鬼。お前さんはお袋の穢らわしい記憶の残骸なのだとさ」

「っ!?」

 

 そして、稲の剥き出しの嫌悪感を吐き出させる事こそ、モグリの目的だった。

 

「う、ぅ……」

「白那……」

 

 弱々しく呻く目隠しと猿轡のされた娘。身を震わせる。稲もまた同様だった。彼女の吐き出した感情は、これまで一度だって娘に晒した事のないものだった。

 

「糞餓鬼。聞いたろ?お前さんがどうやって産まれたのかよ?」

 

 そしてモグリは意地悪げに白那に向けて宣う。稲は震える。震えながら首を振る。

 

「醜い化物によ、食い物のためにのし掛かられてよ?」

「やめて……」

「何日も何日もよ。えっぐいので泣きわめいてよ?」

「やめて……」

「おぞましい存在が腹ん中で大きくなって行く様なんざ怪談話以上さ」

「いや、やめて……!」

「ポンっと尻から出てきたのは獣の耳と尻尾付きの化物。到底人様には見せられない!」

「その癖寄生虫宜しく飯は食ってよ?傷物のこぶ付きじゃあ引き取り手なんていやしねぇ」

「駄目、駄目……!!」

「分かるか糞餓鬼?お前さんは正しく親の足を引っ張り、人生を食い潰した忌み子って奴なのさ!」

「やめてぇ!!」

「煩い、牝豚」

「ふぐっ!?」

 

 モグリの子への問い掛けは、同時に母の心を抉る凶器であった。悲鳴を上げてそれ以上の言葉を掻き消さんとした稲の頬を専門家は勢い良く叩いて黙らせる。

 

「ふ、ぎゅ……ゅ……!」

「し、しろ、なぁ……」

 

 腫れた頬を押さえる稲は、嗚咽の漏れる娘を見やる。痙攣して、目隠しの隙間から涙が止めどなく流れ続ける娘。何なら鼻水が垂れて、猿轡された口からは涎すら流れている。何も話せない娘の表情が、しかし絶望に歪んでいる事を母は察していた。

 

 己の存在が祝福されぬものである事を、薄汚れた忌むべき存在である事を、全て、認識してしまって……。

 

(まぁ、こんな所かね?)

 

 親子の間を満たす空気をモグリは察していた。親子関係の破綻。最早二度とその関係は戻らない。仲睦まじい家族は戻ってこない。

 

 阿呆な狐の餓鬼に、人恋しさに忌み子に母性を抱く女……実に珍しく、実に心の責め易い母娘であった。そしてその関係を崩し、利用するのは容易だ。

 

 娘の生まれの醜さを自覚して、己の汚らわしさを自覚して、互いが互いへの秘めた感情を恐れて、何処までも絶望して苦しみ苛まれる……。

 

 これで良い。もう母親は娘の嘆願なぞしないだろう。口すら利く事が出来まい。少し追及すればベラベラと話し始めよう。そして、糞餓鬼の方も逃げる気力すら失せよう。自己嫌悪から自ら餌となる運命を受け入れよう。

 

 それは因習蔓延り学のない下民共と関わる田舎での化物退治の中でモグリの男が培った思考誘導……。

 

「おい、そこの。この糞餓鬼は彼方にでも連行しとけ。……あとでたっぷりと可愛がってやるぜ」

 

 狂暴に笑みを浮かべ、腕を鳴らしながらのモグリの命令。村人共は男の迫力に気圧されて、触れるのも嫌々ながら白狐を無理矢理に引っ立てさせる。微かな抵抗は、しかし余りにもか弱い。母は何か言おうとして、しかし何も言えない。

 

 連れ去られる娘を苦悶の表情に悲惨な眼差しで以て見つめ続けるだけで……。

 

「まだ若いんだろ?まぁ、餓鬼が死ぬなんて良くある事だから気にするなって。七つまでは神の子って言うだろ?……そういや何歳だ、あの狐?」

 

 消沈する稲を雑に慰めるモグリ。最後の方に詰まらぬ事を呟いたのは男の内心を如実に表していた。何にせよ、心がへし折れたのだから稲は気に止める事はない。良くも悪くも。そしてモグリにとっても同様だ。

 

 素直に話してくれたら良し。言わぬならば廃人にするつもりで記憶を読むだけの事。心を折ったのは心の壁を打ち砕き、容易に記憶を読み取れるようにという意図もある。

 

「まぁいっか。では若奥方、そうだな。先ずは旦那について詳しく……」

 

 そして、このまま母親の方に知っている化物に関する情報を洗いざらい吐かせようと考えて……。

 

「あ"?」

 

 それが直ぐ傍に向けて落ちてきた者に対するモグリの疑念の声音だった。天を見上げる。影が落下してきた。遅れてその場にいた全員が雪原に転がるその存在に注目する。注目して、その正体を認識して……。

 

「なぁ!?これはぁ!!?」

「伊助かっ!?まさかお前、伊助なのか!!?」

「ど、どうなっていやがるこりゃあ!!?」

 

 広がる悲鳴。喧騒。絶叫。村の男達は襤褸襤褸の虫の息の猟師を凝視して驚愕する。先行していた若い狩人の有り様に、彼らは恐慌状態に陥る。

 

「落ち着けぇ!!どこから飛んで……」

  

 モグリは慌てふためく村人達を叱責せんとする。しかしそれは果たされる事はなかった。張り上げた声は、しかしそれを上回る咆哮により掻き消されたからだ。

 

 それはまるで。数多の魑魅魍魎共のそれを重ね合わせたような名状し難き轟き……。

 

「……こりゃあ、藪から蛇なんて可愛いもんじゃねぇぞ」

 

 気配を感じ取り、想定外の事態に舌打ちしながらモグリはただ一人得物を手にして身構える。警告の余裕はなかった。地鳴りと共にそれはもう直ぐ其所にまで来ていた。

 

 刹那、森の木々が吹き飛ぶ。雪が吹き飛ぶ。雪の粉塵の中から巨影が浮かび上がる。

 

『『『『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』』』』

 

 文字通り数多の目玉と触手と脚を生やした肉塊の怪物が、四方に裂けた口蓋を広げて奇声を上げた……。

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