和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 Xin.さんよりファンアートの製作をして頂いたのでご紹介致します。寝そべり雛姫です。純情で正統派の乙女らしくて素敵ですね(遠い目)
https://www.pixiv.net/artworks/122754827

 素晴らしいイラスト、誠にありがとう御座います!

 




第一八一話●

「さぁて。私の可愛くてお馬鹿な妹達。ここで一つ楽しいお勉強の時間と洒落こみましょうか?」

 

 それは雅で趣のあっただろう御屋敷の広間にて。大仰な上座にて長髪を弄び頬杖をする黒い狐の甘く間延びのした宣言であった。

 

「…………」

 

 敬愛し畏敬する義長姉の突然の言葉に、返り血が壁に染み込み床には馳走が散乱する部屋の彼方此方で好き勝手にしていた妹達は、例外除いて一斉に視線をそちらに向ける。その素直な態度に狐は慈しみ冷たく微笑む。

 

「……勉強、とは?正しくこれが義姉上からの御指導の一環であったと考えておりましたが?よもやこれ以上の何かが?」

 

 真っ先に答えたのは部屋の隅にて戦利品たる数振の刀を吟味していた青狐であった。刀にこびりついた脂と汚れを拭って鞘に納める鋭い目付きの麗狐は実に怪訝そうに眉をひそめる。同族にしては生真面目だが抜けた所も多い義妹は、義姉の言の意味する所を今一つ呑み込めていないようできょとんとしていた。

 

「そうそう。そうですともぉ。実に魅事ではありませんでしたか?幾重の魔除けに結界も、よもやここまで呆気なく潜り抜けてしまうのですからぁ」

 

 衣装箪笥から拝借した絢爛豪華な装束を彼是と着込み、立ち見鏡でくるりくるりと回りながら見栄えを確認するのは桃狐。余所様の髪飾りに化粧、香水までしてうっとりと己の彩った姿に嘆息する。姉妹の中でも殊更自惚れの強い義妹である。

 

「いやぁ、それにしてもチョロい連中でありましたよねぇ?特にあの糞餓鬼、ちょっと耳元で囁いてやるだけでボロボロと仕掛けをゲロってくれまして!あははは、退魔の家の者として不心得が過ぎますよねぇ?」

 

 黄狐は壁に吊るした収穫物から、毛皮を剥ぎ取りながら腹を抱えて大笑い。笑い過ぎて目元に涙の粒まで浮かんでいる。義長姉は薄く笑い、内心で大幅減点する。姉妹の中でも特に長生きで尾の数も己に次ぐ義妹であるが、淑女にしては口は悪いし軽薄で、何よりも下品な所があるのは頂けない。その内油断して尻尾を引っこ抜かれるのではあるまいか?

 

「あの程度の児戯、お勉強という程のものではないでしょうに。話術詐術色仕掛けは我らの有り様の基礎の基礎。生来の美貌を使えば易く出来て当然の事よ。……ねぇ、貴女もそう思うでしょう?」

 

 妹達のご機嫌取りを含んだ太鼓持ちを軽くあしらい、義長姉は問い掛けた。広間の卓上に腰かける白い狐に。血生臭さが満ちる中、未だ卓上を彩る豪華な馳走を平気で素手で喰らう義末妹に……。

 

「……何でしょうか?」

 

 己に向けての呼び掛けに数拍遅れて気が付いたようで、脂の乗った猪肉の東坡煮を摘まむ手を止める妙齢の白狐。十代後半程度に見える無愛想な娘は、しかし頭頂部の獣耳と尻から伸びる五本の尾からして、やはり人ではない。

 

 扶桑の地を荒らす妖狐共の群れ。その中でも特に危険視される群の一つ狐璃の義姉妹。その末に籍を置く義妹は口元を汚す甘タレを袖で拭う。それは淑女らしからぬ野性的でがさつな振舞いであった。

 

「白綺、無礼だぞ。折角の義姉上様の御言葉を聞き流すなぞ!」

「くすくすくす。まぁ良いではありませんかぁ。あの歳ではまだまだ花より団子。色気より食い気という事なのでしょう?実に微笑ましい事ではありませんか?」

「こーんなに小さい頃はそれはもう直ぐぎゃあぎゃあ泣きじゃくってくれていたのに、近頃は随分と生意気になってくれたものですよねぇ~?尻尾が増えたからって、澄まし顔で内心調子乗ってませんかぁ?」

 

 白い五尾狐向けて青い六尾の姉が、桃色の七尾の姉が、黄色い八尾の姉が、その他の姉達が各々に叱責を、苦言を、釘を刺し、あるいは裾で口元を隠して微笑み、囀ずり、嘲る。それはもう女所帯らしい生々しく姦しい、粘り気の強い言の葉の交わり……。

 

「まぁまぁお静かに。……今回も実に御苦労様な事だったわねぇ?それ、美味しいのかしら?」

「……食べますか?」

 

 新年早々に襲撃を受けて皆殺しとされたとある退魔士家の邸宅。特に群れの先陣切って腕力で以て暴れて見せた末妹向けての義長姉の労いに、憮然として皿を差し出す白狐。

 

「気持ちだけ受け取っておくわ。私も若くはないもの。脂っこいのは御肌に悪くて……そういう濃い味を楽しめるのは若い娘達の特権ねぇ」

 

 そのようにいって黒い義長姉は近場に見つけた皿を尻尾で引き寄せると中身を摘まむ。あーん、と首を上げて蜜柑の一欠片を呑み込んだ。程好く熟れた柑橘はプチプチと潰れて濃厚な甘味と酸味を狐の口一杯に広げた。南土の温魅邦産の蜜柑はその独特の味わいから扶桑全土で人気の産物だ。それも彼女の食べたそれは大層当たりの部類だった。

 

「ふふふ。これは中々絶品ね。……さぁ。一つ貴女も食べて見なさいな?」

「……え?」

 

 呼び掛け。そして直後の事である。白狐は己の手元にある肉皿がただ一つの蜜柑に変わっている事に気が付いた。唖然。そして困惑。それは単に手元の食物が変化している事に対してではない。その程度は幻術に長けた狐達には造作もない事だ。寧ろ、これは……。

 

「む!?これは!!?」

「ありゃありゃ?義長姉様ぁ?これは一体全体どういう事でありますかぁ?」

 

 遅れて他の狐達もそれを自覚して義長姉を見る。義妹達の反応に、黒い義長姉は心底優しげに微笑む。

 

「ふふふ。面白いでしょう?これぞ我らの妙技の極意よ。……皆の前でやって魅せたのは初めてかしら?」

「……是非に、御指導御鞭撻を御願いしても?」

 

 目先での事象故か才能故か、その手品の「本質」を理解してのだろう。真っ先にそのように申し出た白狐に、黒い義長姉は口元を嗜虐的に吊り上げる。実に狐らしい意地悪げな喜悦顔であった。

 

 ……白狐にとっては、余り良き記憶のない類いの笑みであった。

 

「ふふっ。小難しい貴女らしくない食い付きぶりねぇ?」

「え?……ひゃひっ!?」

 

 いつの間にか末妹の背後に抱き着き頬をなめあげる黒狐と、不意打ちに嬌声を上げる白狐であった。その場にいた誰一頭として義姉の動きを見抜く事が出来なかった。またである。如何なる絡繰か、違和感も妖気の気配も感じず、ただただいつの間にか移動していた黒狐。深い実力の差を見せつけられて、義妹共は戦き、敬服し、瞠目するのみである。

 

「あ、義姉様……!!?」

「うふふふ。貴女のその澄まし顔がへなへなと崩れる様も、可愛いわね?小さい頃を思い出すわぁ」

 

 背後から細い首に手を回して、妹の顎をくいっと持ち上げればからかうような甘声が響く。そして赤々しい紅を塗った口元を耳元に近付けて、甘ったるく囁く。

 

「……もしかして、あさましい期待を抱いているの?夢見がちな子供っぽくて、本当に本当に可愛いわぁ」

「っ……!!?」

 

 生暖かい吐息に、其処に含まれる毒気と嘲りに思わずぞわりと身を震わせる白狐。くすくすくすと、そんな義末妹の反応を目で愛でて、心から慈しんで、そして他の義妹達も見渡して宣言する。

 

「我らが種族の秘技中の秘技。教えて欲しい者は……そうねぇ。提示する宿題の出来が一番良い者に教えてあげましょうか?」

 

 秘技は気楽に気軽に教えられぬ故、そのように愉快げに付け加えての黒狐の提案であった。

 

「宿題、ですかぁ……?」

「それは如何なるものでしょうか?この不肖の義妹、義姉上様のその期待に見事応えて見せますが」

 

 義妹共は興味津々やる気十分とでも言うように、一同揃って義長姉に向けて答えて、そして尋ねていく。

 

「ふふふ。宜しい。……安心しなさいな。貴女達にとってはきっと容易な宿題よ?だって、単なる台本作りなのだから」

「台本作り?」

 

 義妹の一匹が呟けば、義長姉は揚々として頷く。

 

「場面はそうね、貴女達は妹よ。兄のいる妹として、見事に演出して見せなさい。愉快な見応えある見せ場を用意して、最後は見事に心を射止めて魅せなさいな?……禁忌にして背徳な絵物語、楽しみにしているわよ?」

 

 くすり、と。嘲りを含んだ微笑と共に黒い狐は宣って見せた。宣って、抱き締めた白い義妹の手元の蜜柑を摘まみ、見せつけるように赤い舌の上で弄ぶ。そして、噛み潰す。

 

 一度食らい終えた筈の、熟した蜜の柑を今一度。全く同じ味わいを今一度、口の中に一杯に。

 

 それはある狐の、昔昔の遠い記憶の欠片……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

「う"う"わ"わ"わ"わ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!!?」

 

 誰の叫び声だっただろうか?狂ったような悲鳴が上がる。同時に駆け出す足音は複数。大半の村人達は我を失って情けない走り方で遁走を図る。

 

 余りにも当然の話であった。魑魅魍魎共はおぞましい。恐ろしい姿である。それは理解している。しかし……眼前に現れたそれは辺地に住まう村人達にとっては到底その想像の埒外の有り様であったのだ。彼らが幼子時代に脳裏に空想した怪物共を遥かに越える凄まじき造形。それが突如として現れたのだ。大混乱もしようもの。

 

 大小無数の眼球は全身に出鱈目に見開かれてギョロギョロ周囲を見渡して、脚は獣のものも鳥のものも虫のものすらまるでひっくり返した茸の苗のように生えていて、背中から腹まで花弁のように裂ける顎からは刃のような牙が植え付けられていて、蚯蚓の大群のような触手が溢れんばかりにのたうち回る。赤黒い肌は粘液で覆われていて日射しに照りつく。生臭い悪臭は吐き気すら汲み上げた。そして大熊すら幾回りも超える巨躯である。大の大人が絶叫と共に逃げ出しても当然であろう。

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』』

 

 そして空気を震わせるような咆哮である。幾つもの獣の鳴き声を重ね合わせたかのような怪物の轟き。理解を超える。理解を超えた先を更に超える。人は未知を恐れる。最早誰の声すらも村人達は受け付けなかった。我が身のためにただただ逃げ惑うばかりである。

 

 そしてそんな村人達に向かう触手の雨……。

 

「っ……!!」

 

 突如として影が行く。裂けて捲れて裏返る身体から四方八方に伸びる触手が次々と締め付け束ねて纏めて切り捨てられる。そして肉薄、衝撃、蹴り上げ。花弁のように捲れる顎の一枚向けての飛び膝蹴りであった。空気が切り裂ける音。遅れて乾いた衝撃波が走る。

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!??』』』』

「ぎゃあぎゃあ喧しいんだよぉ!!」

 

 仰け反る怪物の怒声と共に吐き出される触手の波。影が引く。跳ねるように後退しながら叩きつけていく火遁の柱が迫り来る触手の肉波を焼き払う。

 

「畜生が!!何だこりゃあ、あ"ぁ"!!?報酬が倍はねぇと割に合わねぇだろが、えぇ!!?」

 

 一段落して、モグリの退魔士は距離を取りながら己を取り巻く現実に向けて暴言を吐き捨てた。

 

 動きを止めた眼前の怪物は、しかし顎が砕けるような脚蹴りにも、口からぶちまけた無数の触手を失っても欠片も痛打された素振りはなかった。それどころか明らかに再生しつつある。耐久性と再生能力は確実に中妖を超えている。大妖、あるいはそれ以上……!!

 

「とんだ貧乏籤を引いたなぁ……!!」

 

 得物にこびりついた血糊を振るい払いながらのモグリの叫びであった。得物たる鉄鎖、鉄鎖に括りつけた鎌を、鎖鎌を豪快に振り回して、溢れんばかりの不満を吐き捨てる。

 

『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』

「ちぃ!!猪じゃねぇだろうが!!」

 

 そして突如としてそれは再開する。地鳴りのような咆哮。威嚇。間髪いれぬ突貫。触手を裂かれて顎を打ち砕かれたにもかかわらずの即断であった。恐れ知らずの行動にモグリが抱くのは猪妖怪の猪突猛進ぶりである。舌打ちの共に突撃する出鱈目な化物の進路から急いで離脱する。化物が通り抜ける。

 

 ……皮膚を突き破って触手が迫り来る。

 

「気持ち悪っ!寄生虫じゃあるまいに!!?」

 

 一閃。迫り来る触手の濁流が薙ぎ払われる。振り回した鎖鎌によるものだった。それどころか投擲された鎌は化物の太脚の一つに絡まりつくとモグリが引き戻すと共にそれが容易にもぎ取られる。上がる血飛沫。数多を重ねた絶叫。

 

 ……傷口を押し潰すように生える脚。

 

「一部分をもぐ程度じゃ埒が明かんな。ならば!!」

 

 鎖鎌を振り回して散らばり迫る触手の迎撃。それは片腕での所業であってもう片方の手は呪いを唱える。囁くような詠唱。種は既に仕込んでいた。

 

『『『◼️◼️◼️ッ!!?』』』

 

 足下から突き出る幾つもの火柱。火遁を封じた符の解放。地雷ならぬ地炎とも言うべきものであった。怪物の表皮を水分を枯らすまでに焼き舐める荒々しい紅蓮……このまま表皮と筋肉が固まれば死なぬにしても動きは止まる筈である。常識的に考えれば。

 

「おいおい、マジかよ……。冗談はよせや?」

 

 絶叫と共に花弁の如き顎が広がる。引き裂ける顎。喉奥から顎を押し広げて顔を出す化物。瑞々しいまでに無傷の化物。まるで脱皮であった。再誕であった。脱ぎ捨てられた焼けた皮。そして化物は天に向けて遠吠え。まるで狼である。

 

 ………そして打ち捨てた皮から触手が迫る。

 

「なにッ!!?」

 

 蜥蜴の尻尾のように切断された触手の束は、主がいないのに元気良くのたうち回りながらモグリに迫った。海蛇のようにまるで雪の上を滑るかのように広がり、そして襲い掛かる。意識が脱皮した本体に向かっていた事で生じた僅かな隙が触手の肉薄を許す事態となっていた。

 

 距離が近い。選択肢は限られる。

 

「この……っ!!?」

 

 放つ火遁。鎖鎌に纏いて紅蓮で薙ぐ。焼き払う。その間隙を狙うように行われる雪を抉り飛ばしながらの巨躯の突進……!!

 

「なめるなよっ、猪頭……!!」

 

 そしてモグリの退魔士はそれを使う。実家から拝借した貴重な呪具の一つを持ち出す。式が放たれる。二体の式獣が左右に散らばる。

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』』

 

 化物は所詮式獣なぞには見向きもしない。ただただモグリ向けて狂い叫びながら突撃する。突撃して、突撃して、突撃して……そして脚が切り落ちて顔面から雪に突っ込む!

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!??』』』』

「流石に神気帯びてるだけはある!!」

 

 悶絶する怪物。前足が、躯の前部に生えていた何十という足が切断されていた。身体の均衡が取れずにその場に倒れ伏す。しかもその再生は先程よりもずっと鈍かった。

 

 理由は鮮やかに斬れ過ぎた故に肉体が切断を認識しきれていない事であり、切断面を汚染する神気の為せる業である。

 

 悪名高き土神の蜘蛛の放つ斬糸。彼の実家がかつての妖乱に際して回収して蔵に納めた呪具の材料。その一部を夜逃げに際して行き掛けの駄賃とばかりにモグリは持ち出していた。大抵の妖に対して傷を刻めるその糸は扱いさえ間違えなければ切り札と呼ぶに相応しい。式で以て足下に張った罠糸は見事に化物の前足を纏めて切り落とした。そして……。

 

「そら、跳ねろ!!」

『『『『◼️◼️◼️◼️ッ!!?』』』』

 

 そして糸を咥えていた獣式が跳躍すれば怪物のこれまでにない絶叫が鳴り響く。前屈みに倒れていた怪物の腹部に食い込んでいた糸はそのまま化物を両断した。赤い飛沫が天にまで舞い上がる。崩れ去り首を垂れる。

 

「そして止めぇ!!!!」

 

 化物は両断した程度では油断ならない。首に鎖鎌が巻き付く。絞め切り落とす。放り投げられて転がる頭部。火遁術で容赦なく焼き払う。芯まで、完全に。

 

「いい臭いじゃねぇかよ。えぇ?」

 

 肉の焦げ付いた悪臭に顔をしかめながら宣うモグリ。

 

「はぁ。はぁ。……こんなものか?」

 

 若干息切れしながら確認の言葉を呟くモグリ。額の汗を拭う。火照った身体を落ち着かせる。そして懐から符を取り出す。

 

 あの再生能力である。油断はしない。念のために封符を幾つか倒れ伏す身体に投擲した。異常があれば即座に邪なものを苦しめて己に知らせる代物だ。実は生きてましたと背後から襲い掛かるのはこれで禁止である。

 

「さぁて……随分と美しい親子関係だな、えぇ!!?」

「いぎっ!!?」

「しろなぁ!!?」

 

 背後を振り向きながら鎖鎌を振るう。鎖が、母と共に逃げようとしていた白狐の首を締め付ける。締め付けて引き摺られる。

 

「白那ぁ!!?」

「動くな糞アマ!!狐の首を落とすぞぉ!!?」

「っ!?」

 

 引き剥がされる娘に追い縋ろうとする稲に向けての怒声。稲は恐怖と娘の安全のためにその動きを止める。モグリは冷笑する。

 

「はぁ、はぁ……懲りねぇ女だな。えぇ?其処は餓鬼捨てて第二の人生だろうがよぉ?所詮は狐憑きにはお似合いの頭ってかぁ?あぁ、狐同士でお似合いって訳か?」

 

 村人共が逃げ散ってしまったのは致し方ない。その隙に逃げ出すのも理解出来る。だがあれだけ関係をズタズタにしていて娘を連れて逃げ出そうなぞ……どうやら改善の余地はなさそうだ。

 

「あー、面倒臭ぇ……。もうどうでも良くなって来たな。そうだな、ここまでの時点でもう割に合わねぇんだよなぁ?」

 

 他の餓鬼やら父親やらを気にするのは止めである。こんな訳の分からん怪物がお出まししたのだ。これが本命という事は無かろう。これ以上深入りしてくたばるのは御免だった。報酬を貰ってトンズラするべきだ。どうせ同業者の中には収穫なしで帰るのを拒否する奴もいるだろう。鶏肋は他人にやればいい。

 

 だから殺そう。纏めて首を回収して村に提出する。それで終いである。母親の面は良かったが、どうせ中古品だ。諦めるとする。

 

「じゃあ、そういう訳だ。……来世は人間様に生まれるように仏にでも御願いしな?」

 

 足下で首を締める鎖を必死に剥がそうと踠く狐向けての手向けの言葉。暴れて聞こえていないだろう。どうでも良い。この鎖鎌を引っ張ればそれだけで終わりで……。

 

「ぐぎっ!!?」

  

 首を締める触手にモグリは悶えた。目を見開いて驚愕した。馬鹿な、馬鹿な!!?

 

「き、さまぁ……!?」

 

 首を締め付ける触手を掴み、ゆっくりと振り向く。それはいた。全身血まみれの人形がいた。白い雪を濁り汚すように汁を滴しながら、長髪は俯き加減で顔を隠して、背後に佇む人形の異形。差し出す手の、皮膚を突き破って伸びる蚯蚓のような触手の束……化物。

 

 切り落とした頭蓋の内から這いずり出したのだろう、怪人……!!

 

「くたば、ぐおっ……!?」

 

 反撃のために、触手を切り落とさんとして予備の短刀を引き抜こうとして悲鳴を上げるモグリ。下方を見やる。鎖鎌で首を絞められながらも己の掌に噛み付いている白狐。ズレた目隠しから覗く眼光は獣そのものだった。獣のように、モグリを睨む。

 

「ふざ、ける……がぁ!!?」

 

 頭に血の昇るモグリが短刀で白狐を突き刺そうとした所に更なる締め付け。もがく。もがく。もがく。

 

「うぎっ、が……ひゅっ、ちく、しょ………!?」

 

 次第に弱る男の抵抗。絡まりつく触手の数は増える。四肢の抵抗は奪われた。術の行使が阻害されている。霊力を収奪されている?集中出来ずにそのままの状態にあった式獣はいつの間にか符に戻っていた。何にせよ、モグリの抵抗はどんどんと虚しいものと成り果てる。

 

「く、はぁ……?」

 

 そして膝を突く。白目を剥いて倒れる。演技ではない。正しく気絶であった。

 

 そして沈黙が流れる……。

 

『…………』

 

 冷涼とした風が一迅吹いた。粉雪を吹き上げた。俯く怪物はブルリと震える。そして歩み出す。

 

 狐憑きの女に向けて一歩一歩と、進み出す。

 

「ひっ……!?」

 

 稲が怯えたのは無理なき事だ。それだけ怪物の、怪人の造形はおぞましい限りであった。最初よりは幾分マシであったがあくまでもマシなだけである。何処までも気味悪くおぞましく惨たらしい外見である事に変わりはない。生臭く鉄臭い悪臭が三十歩は離れた距離からも鼻孔を鋭く刺激した。稲は肩を振るわせて尻餅を搗く事しか出来ない。

 

『ハァ……』

「ひゅ……」

 

 そして眼前にてそれは立ち止まり、佇む。己を見下ろす。髪の隙間から此方を覗く眼球に彼女は何処までも恐怖した。己の忌まわしき記憶を思い出して吐き気すらした。待ち受ける結末を思い絶望する。

 

 ……沈黙が続く。

 

「な…に……?」

 

 何時まで経ても何も起こらない事への疑念が浮かび、彼女はそれと顔を合わせる。視線を交える。静寂の中で怪人の何処か既視感のある瞳を見続けて、そして次第に彼女の脳裏に浮かぶ疑念はぼやける輪郭が明瞭になるように氷解していく。

 

「……嘘。まさか、まさか?」

 

 そして彼女はゆっくりと眼を見開いていき、そして問いを掛けようとして……。

 

「にぃさまぁ……!!!!」

 

 彼女の横を駆け抜けて白い狐が怪人に抱き着いた。装束。汚す濁汁も粘液も気にせずに、悪臭すら気にも留めずに、一切の迷いなく白い狐は腰に手を回して顔を腹に沈めて抱き締める。甘える。頬を擦りつける。

 

「にぃさま!にぃさまなんだよね!?分かるよ!しろな分かるもん!!にぃさま、にぃさまだぁ!!」

 

 汚液で装束を汚しながら、欠片も気にせずただただはしゃいで狂喜乱舞する白狐。

 

「にぃさま!やっぱりにいさまもどって来た!助けにきてくれた!!あはっ!にぃさますき!!だいすき……!!」

『……』

 

 白狐はひたすら喜びの言葉を投げ掛ける。怪人は沈黙して見下ろすのみ。返答はない。構わない。白い狐はただただ己の喜びを捲し立てるだけであった。

 

「にぃさま。ひとめでしろなわかったよ!にいさまの事ならすぐわかるの!にいさまもしろなとおんなじなんだよね!!?ニンゲンじゃないんだよね?しろなね?たくさんいじめられたんだ。こわいのにたくさん、ニンゲンじゃないって。バケモノだって!!」

 

 白狐はそれはもう悲しげに答える。真珠のような涙の粒を浮かべて人の庇護欲を何処までも擽る哀らしく愛らしい仕草。

 

「だけど、いいの!にいさまもしろなとおなじなんだよね!?仲間なんだよね!えへへ、だったらにいさまとずっと兄妹でいられるよね?もう、はなれないよね?」

 

 ぱぁ、と怪人の姿を見上げながら熱に浮かされたように問い掛ける。喜び一杯に問い掛ける。おねだりするように、期待するように、目を輝かせて無言の怪物に満面の笑みを見せる。魅せる。

 

「しろなは、にぃさまといっしょだよ?にいさまがどんな姿でも、にいさまはしろなのにいさまだよ!……だからね、だからね!にいさま、わたしとにいさまは家族、だよね?」

 

 そして白狐は念を押すように問う。

 

「にぃさま、しろなをまもってくれるよね?」

 

 念には念を、釘を刺すように。

 

「にぃさま、もう、しろなをみすててうらぎらないよね?」

 

 身を引いて、全てを受け入れるように両手を広げ、小首を傾げて純情な笑みで以て、微かに糾弾するような物言いで誑かし……。

 

「……何時までそんな演技しているつもりだ?」

 

 ……そして、獣身人心の男は静かに問うた。

 

「……にいさま?なに言ってるの?ひどい。しろなをまた、いじめるの?」

 

 両手を広げた万歳の体勢で硬直しての狐の返答。首を傾げて不満げに不安げに愛らしく、そしていじらしげに拗ねる。人の眼差しで以て獣はそんな彼女を見下ろして、続ける。

 

「もう一度言うぞ?下手な演技はよせ」

「…………」

 

 淡々とした命令。要求。それは、確かな確信を持った追及。怪人らしからぬ、人の声。

 

「……ははっ」

 

 暫しの沈黙の後、遂に白い狐は嘲った。幼げに残酷げに、嘲りを漏らした。そして……。

 

「あははははっ!!あはっ!あははははっ!!!!」

 

 白い狐は腹を抱えて大笑いする。目元に涙の粒を流して馬鹿笑いする。そして世界が捻れていく。変容していく。

 

「あはは!!あははははっ!!あーっ、はっはっはっ!!!!」

 

 そして踵を返し、その場で華麗にクルリと一回転した後の狐の姿は、最早幼児ではなかった。

 

「白、那……?」

 

 崩れ行く世界の中で、稲は呟く。雪の上でしなだれた姿勢のままに、混乱しきって愕然とした表情で眼前の光景を、子供達を見やる。子供達と認識していた存在達を。豹変した娘を……。

 

「あぁ。お前も配役付きだったな?」

「え?しろ、な……あ"あ"っ"!!?」

 

 冷たい眼差しと共に女狐が手を振れば稲として配役を与っていた娘は頭を押さえて項垂れる。頭痛に苦悶して悶絶して伏せて踞る。無理矢理に記憶を覚醒させた故の、あるいは元の記憶を重ねた故の酔いであった。記憶酔い、人格酔い……。

 

「わたしは……わ、わたしはぁ…………?」

 

 娘が、姫が、倒れ臥して項垂れて、息絶え絶えに呟くが最早白狐は気にしない。ただただ幼児の時の愛らしさからは信じられぬ程残虐な笑みを浮かべる。

 

 正しく妖艶な女狐が其処にいた。怪人を眼前に嘲るように口元を釣り上げる。

 

「夢に夢中でいれば楽しい日々を過ごせただろうにな?致し方なし。ならばここからは力尽くでその心をへし折ってやろう。この幻想の夢の中は……「何時まで演技をしているんだ?」……あぁ?」

 

 白狐の宣言に重ねるように怪人は問う。眉をしかめて狐は怪訝な表情を浮かべる。

 

「……何をほざいている?あの地母の化物に脳まで侵されたか?演技ならばもう止めただろうが?」

「違うな。……何度でも問うぞ。何時まで装っているんだ?」

「話にならんな。やはり正気を……」

「正気だよ。俺も、そしてお前もな。何処までも問うぞ?その臭い演技は何時終わる?」

「……」

 

 怪人は何度でも問う。問う。問う。問い掛ける。曇り無き眼で以て見定める。見定めて、見抜く。眼前の存在の正体を。一歩一歩、踏み締める。そして、少しずつ語っていく。

 

「狐璃白綺の復活。確かに驚いたさ。あの出で立ちで、あの振舞い。心底驚いたさ。瓜二つだものな。外面はな?」

「……何かの揺さぶりか?窮鼠となっても詰まらんぞ?」

 

 怪人が問い。狐の嘲り。怪人は無視する。そして一歩進む。そして疑問を紡ぐ。

 

「だけどな。やはり可笑しいだろ?あの性格の悪い狐が切り分けて捨てたお前の魂の中に己の人格を残しておく訳がない。疎んでいた過去の己に今の己をなんてな?」

「……来るなといったが?」

 

 警告を無視をする。一歩進み、そして疑問を紡ぐ。

 

「この世界は俺を墜とすためか?だとしたら勉強不足に過ぎるだろ?俺が正気を失ったらどうなるか、知らない筈がないだろうによ。狡猾な狐らしくもない」

「……来るなといったのが聞こえなかったのか?」

 

 警告を無視をする。一歩進み、そして疑問を紡ぐ。

 

「俺を墜とすだけならここまで手を込む必要はないよな?暴走の危険を冒す必要はないよな?何だったら母親役だけ死なせても良かった筈だ。術中に嵌めたんだ、煮るなり焼くなり自由だっただろう?親を人間に殺された哀れな兄妹ってな?良い台本だろ?」

「来るなといっているだろうが……!!」

 

 警告を無視をする。一歩進み、そして疑問を紡ぐ。

 

「あるいは俺に殺させるのも良いかもな。後戻り出来なくしてやるんだ。否が応にも俺は追われの身の上さ。幻想の人間を相手にさせるより、墜とすのには確実さ。悪どい狐なら、思い付くだろうな」

「貴様、それ以上来るならこんがりと焼いてやるぞ…!!」

 

 警告を無視する。一歩進み、そして疑問を紡ぐ。

 

「……お前さ。さっき、俺が母親を食らうと思って慌てて横から入って来ただろ?庇おうとした、違うか?」

「っ……!!?貴様ぁ!!?」

 

 怪人が、狐の眼前まで歩み寄る。そして確信を持って問い質す。

 

「なぁ、白。教えてくれ。何時までそうやって狐璃白綺の真似をしている?」

「しゃべるな"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ"!!!?」

 

 問い掛けに対する返答は怒声。そして狐火が無数に浮かび上がる。放たれる。弾幕のように放たれるそれは怪人に次々と間断なく叩きつけられる。爆風が、熱風が狐の肌に当たり身を震わせる。

 

「流石夢の中か?結構融通が利くな」

 

 ……夢想の獄炎の中から、怪物の出で立ちを捨てて青年が現れる。青年が、白い狐を睨む。

 

「ひっ!?」

「子供っぽい悲鳴を上げるなよ。狐璃白綺らしくないぞ?」

 

 怖じけて後退る白狐に向けて青年は肩を竦める。妙齢の女の、幼さを思わせる怯えた表情は実に不似合いだった。心と身体があべこべのようであった。少なくとも青年はそのように思った。

 

 心細さに身を縮ませる幼い少女の姿を幻視する……。

 

「教えてくれ。今のお前はどうなっているんだ?頼む、力になりたいんだ」

「しゃべるな!!」

「お前は白なんだろ?分かるさ。それなりに付き合いは長いからな。態度の節々を見れば、な?」

「だからしゃべるなっ!!」

「お前は本気じゃない。本気で洗脳するつもりならもっと狡猾に出来た筈だ。なぁ、そうなんだろ?」

「しゃべるな!しゃべるな!しゃべるなぁ!!」

「俺は……!!」

 

 そして青年は二歩進み、怯える幼子の手を握る。

 

「信じてくれ。俺は姿形が変わっただけでお前を信じないと思うのか?……思われてたんなら、正直傷つくぞ?」

「っ……!!」

 

 悲惨な程に怯え歪んだ表情に、青年は確信していた。決して短くない関係から分かっていた。それが決して狐璃白綺の顔でない事を。妖狐の偽りの涙でない事を。演技にしては……それは余りにも下手過ぎる。

 

「ち、違……わ、私は、!わ、たし……はぁ……!!」

 

 それでも踏ん切りがつかぬように、迷い、戸惑い、怖じける白い狐。口をモゴモゴさせて、口にしようとしていた言葉は霧散して、そして迷走する眼差しは最後は引き寄せられるように青年を見る。まるで黙ったまま待ち望む子供のように。

 

「あぁ、そうか。迷うか?そうだよな。……そうだな。じゃあ約束してやるよ」

 

 青年は長年の付き合いから直ぐに意図を察した。そして微笑む。大切な仲間の背を押す最後の一押しのために。勇気を、与えるために。

 

「白でも、白綺でも、白那でも、今のお前が誰であろうとも、助けてやるさ。誰が相手にでも弁護して守ってやるさ。当たり前だ。……家族、だからな?」

「……!!」

 

 望んでいた言葉に、望んでいた以上の言葉に、感極まったように眼を見開いた白狐。そして弱々しく、ゆっくりと、しかし間違いなく彼女の白魚のような細腕が伸びる。青年の厚く固い掌を求めて伸ばされる。乙女のように初初しく、触れそうになって怖じけついて縮こまり、しかしそれは今一度とばかりに伸びていき……。

 

「実に浪漫的で素敵な口説き文句ねぇ?惚れ惚れしちゃうわよ?……可愛い同胞を誑かすのはおよしなさいな、卑猿?」

「……!!?」

 

 突如として囁かれる甘い罵倒。そして青年の世界が幾度もひっくり返る。地に伏せる。首を上げる。そして見やる。予定調和の闖入者を。

 

「あ、貴女、は……!!?」

「また随分と面白い事が起きているようねぇ?御初に、そして多分お久し振りなのかしら?少しお喋り致しましょうか。白狐さん?……この演目は、なぁに?」

 

 青年の視線の先には、背後から白狐を絡め捕らえる黒狐が残虐な微笑を湛えていた。

 

 

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