和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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貫咲賢希さんが鬼月葵の立ち絵を描いて下さいました
下記アドレスから閲覧出来ます

https://www.pixiv.net/artworks/84313302


第一七話● 狐の御礼参り?

「あらあら、これはまた随分と古典的で陳腐な手な事」

 

 上洛に際して逢見一族から借り受けた屋敷の一室で幼さと妖艶さを兼ね備えた桃色の少女は……鬼月葵は鏡台を通して見た小賢しい狐が結界を越えるために使った手法をそう評する。

 

 人の道徳心や善意につけ入る方法も、人体の一部を利用して結界を誤魔化す方法も、それをするのには相応の知性が必要なものの、特段変わった手段ではない。

 

 実の所、似たような手法は人妖大乱中には数多く報告されている。特に大乱中の妖側の大将軍の一人であり未だに討伐されていない『妖母』なぞ、大乱の末期には食った人間を『素材』にして人間に擬態させた化物を大量に『産卵』した。お陰様で朝廷側は長年対妖用に特化せしめ研究・発展した結界術式を全て放棄して新体系で結界を構築しなければならなくなった程だ。それに比べればまだ可愛いくらいだ。

 

 恐らく同じくこの光景を式神越しに見ている鬼も似たような感想を抱く事であろう。あの鬼もかつて都で暴れていた際には今回の狐よりも遥かに悪質に人の心に付け入るやり方で内裏の結界を越えようとあの手この手を弄していたとされている。尤も、それを逆用した右大臣の卑劣な策に嵌められて半殺しになって逃げ出したのだが。

 

(問題は彼が結界を越える手段だったけれど……そういう事ね)

 

 あの札付きの手配犯に接触した際には警戒もしたが……成る程、確かにあの妄執的な老人ならば半妖ばかりかき集めた孤児院に何もしないなぞ有り得ない。いざという時の保険くらいは用意しているか。

 

「何処から情報を得たのか知らないけれど……確かに良い目の付け所よ」

 

 式神を通した情景が映りこむ鏡台を見ながら鬼月葵は自身の唯一にして最愛の者の判断にそう評価を下した。確かにあの老人は劇薬ではあるが有用だ。流石に彼女でも彼に教えられる事には限度がある。鬼月葵は意欲さえあれば何でもそつなくこなせる才人ではあるがその本質はその一族の中でも群を抜いて強大な霊力を使った力押しである。いや、鬼月家自体が退魔の一族の中では霊力の高さで知られる家系であり、当然その技能も霊術の体系もそれを前提としたものが多い。霊力の絶対量が不足する彼に適任とは言い難い。

 

 そう考えれば松重一族のあの老人は不本意ながら相性という面で最適であるのは事実だ。あの一族はそれなりに古いが……退魔士一族の中でという前提条件があるが……特段霊力が高い一族という訳ではない。肉弾戦も(比較的)得意ではない。

 

 その代わりに術式に対する理解が広く深い一族だ。基礎的で単純な術式でもそれらを応用して、あるいは組み合わせる事で、凶悪な使い方をする事でも知られている。ましてや陰陽寮の第二位の地位にいて禁術の研究にも手を染めていたあの翁である。鬼月家でも知らぬ技術を持っていても可笑しくない。

 

「最悪、関係が発覚しそうになれば私が動けば良い事ね。折角の機会、ここは好きにさせてあげるべきでしょうね」

 

 そう余裕綽々な態度で嘯き彼女は鏡に視線を戻そうとして……近付いて来る人の気配を察し一度鏡台と式神との繋がりを断ち切る。

 

「……何用かしら?」

「姫様、赤穂家からの遣いが挨拶を参りたいと訪れておられます。先日の戦働きの功績の祝いだと」

 

 障子の向こう側で正座をして頭を下げる女中がそう客人の来訪を告げる。

 

「赤穂……?ああ、大方あれね」

 

 母の実家からの使者、となると誰が来たのか大体予想がついた。そういえば何日か前に商隊の救出の功績を絶賛する手紙が来ていたが……余り興味がないので忘れていた。

 

「折角来たのだから、適当に持て成しておきなさいな」

「いえ。しかしながら……先方は姫様にお会いしたいとの御要望でして……」

「今忙しいの。会う気はないわ。そんなに会いたいのなら待つようにいいなさい。半日くらい経てば多分時間も出来るでしょう」

 

 若干殺意すら覚えつつ、冷たい口調で葵はそう言い捨てる。よりによって都合が悪い時に訪問してくれるものだ、と内心で彼女は毒づいた。

 

 別に彼女個人としてはあの小娘が……あの従妹が自分をどう思おうがどうでも良かった。あの従妹が自分の事を実の姉のように慕い、子犬のように目を輝かせて自身の後ろについて来る事に興味なぞない。好きにするが良い。

 

 だが……人が折角お楽しみ中なのに狙ったかのように足を運び、あまつさえ時間が欲しいとは身の程知らずにも程があろう。何故あんな小娘のために自分が砂金よりも貴重なこの時間を使ってやらなければならないのか?

 

 いっそ切り捨ててやろうか、なぞと一瞬考えるが流石にそれは不味かろう。故に葵は重ねて女中に命じる。

 

「今は大事な儀式中なの。何日、いえ何週間も前から準備していた程のね。到底途中で止められないわ。だからあれにも言っておきなさい。私の事を思うならそこで余計な事を考えず待ちなさい、とね」

 

 物分かりの良い貴女ならきちんと待ってくれると信じているわ、とあれが勝手な事をしないように文言を付け足しておく。

 

 女中が困り果てつつも命を承諾して恭しく部屋の側から離れたのを確認した葵は簡易な結界を部屋に張る。それは防音の効果も付与されており、外からのどうでも良い雑音を遮断するためのものでもあった。

 

「さて、これで邪魔者はいなくなったわね」

 

 そして再度式神と鏡台の繋がりを開くと、彼女は脇息に肘をついてそれの鑑賞を再開する。そして、彼女はそれに気付いた。

 

「あら」

 

 式神の視点を移動させて、彼女はそれを見つける。そして、心底楽しげな笑みを浮かべる。

 

「良い瞳、使えそうね。それに手元にあれば面白そうだわ」

 

 そう言ってから、手元に置かれた菓子置きを引き寄せて、その上に置かれた羊羹の一つを爪楊枝で一刺し。そのまま当然のように、平然と高価なそれを口の中へと入れて濃厚で舌触りの良い甘さと風味を味わうと彼女は再度口を開く。

 

「ふふふ、貴方。お土産、期待しているわよ?」

 

 傲慢に、そして高慢に、鬼月の姫は最愛の男に無断で期待を上乗せした。それが彼に十分可能だと見抜いた上で……。

 

 

 

 

 正に食事を始めようとしていた所に、突如現れた俺の姿に化け狐は憤慨する。

 

『貴様、何者……いや、この臭いは嗅いだ覚えがあるぞ?……あの時の雑魚か!!』

 

 巨体な狐の化物は鼻息を鳴らすと俺の正体に気付いたらしい。流石化物、鼻が利くな。一応臭いは落とした積もりなのだが。

 

『だが貴様、何故結界の内に……?いや、そもそも何故建物の方向から出てきた?』

 

 襲撃をかける以上当然であるがある程度孤児院の内部や構成員については調査済みなのだろう、故に妖狐は俺がこの場に、しかも前門から現れたのではない事に困惑し、警戒していた。待ち伏せでも食らったのかと恐れているのだろう。より正確に言えばゴリラ様なり他の退魔士なりがまだ控えているのではと考えているのだろう。

 

「さてな。言ってやる義理はない」

 

 俺はブラフを効かせる意味もあって意味深げにそう口にする。

 

 ……実際の所、戦力として換算出来るのは俺くらいのものだった。いや、あの爺が戦力外というのは正確性に欠けるものの、出来るだけ俺一人でどうにかしたかった。余り札付きの人間を派手に動かしたくないし、本人も望んでいない。

 

 正直な話、俺にとってこのイベントにおける最も重要な課題は戦闘以前に『いつそれが生じるか』という事と『どう結界を越えるか』という事だった。

 

 霊力の絶対量が少ない俺では四六時中式神を飛ばして監視出来ないし、いざ事が生じた時に移動するのに時間がかかる。結界の内側に入られる前にどうにかするのが一番であるが……それが可能とは限らない。

 

 故に監視のための目は翁に委託した。その上で狐共に動きが見えた時点で直ぐに仕事……内京の巡回……を抜けて駆けつけたのだが……やはり遅かったな。釣り餌役にされた人間は全員食われた後で結界の内側にも入られていた。

 

 結界の内側に入られたらこれまた翁の出番だ。正確に言えばこれは俺のためではなく、彼が以前から仕込んでいた保険である。

 

 禁術を応用した言霊術を仕込んだ本は流石に吾妻雲雀も把握してなかったようだ。本内に気付かないように言霊の呪文を散りばめ、それを読み、聞き重ねる事で少しずつ時間をかけて催眠を掛けていく。

 

 その隠匿性のために命じる事の出来る命令は事前に拵えた単純なものばかりであり、それ故に必要な霊力は極小、ましてや禁術指定のために吾妻自身存在を知らないともなれば察知しようもない。因みに設定では大乱中はこれの更に強化版の術が活用され、主に朝廷側は軍を撤収させる際のブービートラップとして使用したらしい。下手に知能と知性のある妖が情報収集のために放棄された極秘資料を読めば資料内に仕込んだ術に嵌まって同士討ちや自爆をするという寸法だ。卑劣だな、おい。

 

(とは言え、流石にあれは少し驚いたな……)

 

 捻曲がった槍を構えつつ俺は思い出す。元々は翁がいざ孤児院を焼き払うことになった際に結界抜け等のために仕込んでいた言霊術、それが発動して孤児院の裏口にいる俺を『招いた』のは蜥蜴の尻尾を生やした幼女だった。ぼんやりと、夢心地で俺を『招く』と直ぐに術は効果が切れる。するとそのまま我に返った幼女に泣きながら足に抱きつかれて助けを求められたのだから困惑した。取り敢えず宥め賺して隠れておくように言ったが……。

 

「おい、そこの。餓鬼共を連れて隠れていろ」

 

 俺は背後にいるだろう白い狐の半妖にそう命じる。正直彼方此方に子供がいる状態で気を使いながら戦うとか俺には無理だ。さっさと避難して貰いたい。

 

「えっ……あ、はいっ……!!」

 

 化物の分身たる少女はびくりと震えつつも此方の言葉に応じて近くの他の子供達の手を取ってその場から離れる。狐はそれに何もしない。それよりも此方を警戒している。丁度翁が孤児院周辺に別に対妖用の強固な結界を結んだのも一因だ。何処かに隠れているであろう退魔士を警戒して下手に動けずにいた。

 

 尤も、翁の協力はここまでだ。ここから先は俺が死にでもしない限りはあの爺は何も手を出さないだろう。札付きで潜伏している関係上、彼もこれ以上動きたくはあるまい。

 

「つまり、ここから先は独りょ……くぅ!?」

 

 襲いかかる太く、長く、半ば音を置き去りにした尾の一撃を身体を伏せて寸前で回避した。やべぇ、今の直撃したら上半身と下半身が泣き別れしてた……!!

 

 攻撃は終わらない。俺が身体を伏せた所目掛けて放たれるのは音の形を取った暴力だった。先日ゴリラ様に向けたのと同様の、あるいはそれよりも強力な咆哮。目にも見えない破壊の嵐を、俺は放たれる直前に身体を回転させて距離を取る。同時に先程俺のいた場所の地面が爆音と同時に吹き飛んだ。多量の砂と土が宙を舞う。角度的に孤児院に直撃しなかったのは幸運だった。そして……。

 

『ふん、同じ手なぞ……!!』

 

 粉塵の中から投擲された槍を前足で弾き返す妖狐。同時に視界不良の中、周辺の臭いを探り警戒する。別の武器を投擲してくるか?それとも粉塵に紛れて接近してくるか?式神で陽動でもしてくるか……?

 

『そこか……!?』

 

 粉塵に紛れて漂ってくる臭いから逆算して狐はそちらを攻撃する。鞭のように振るわれる尾がうっすらと現れた影をその直後に貫いた。だが……。

 

『これは……ちぃ!!また式神かっ!!?』

 

 貫かれた人形はしかし外套を着こんだ人間ではなく、不恰好な歩く案山子に過ぎなかった。ポンッ!と白煙と共にただの紙に戻る式神。

 

『何度も何度も小賢しい真似を……ぐおっ……!!?』

 

 狐は罵倒を吐いたと同時にその鼻腔と目元に激痛を感じてのたうち回った。涙を流し、咳き込む。それは式神から発生した白煙が原因だった。

 

 白煙の正体は気化した催涙剤と刺激剤だった。薬草を磨り潰して、あるいは発酵させて、混ぜ合わせたそれは、特殊加工した火薬と共に陶製の鋳物の中に詰め込まれている。そして微量の霊力を注がれると火薬は発熱し始め、薬品を気体に蒸散させる……という仕組みだ。しかも今回のものは鬼月家の抱える薬師衆の新作、試作品だ。幾ら数百年生きる妖狐でも受けた事がないだろう部類の刺激の筈だった。

 

『ぐおおおぉぉぉ……こんな小細工でぇ……!!ふざけるなよ小僧がぁ!!』

 

 相手の接近を許さないように涙を流しながら尾を乱雑に振るい接近を警戒する狐。鼻が利かず、粉塵と涙で視界も不明瞭、しかも結界に閉じ込められて動ける範囲が限定されている以上、それが彼女に出来る最善の策だった。

 

 そして俺は、その策に乗らない。あの尾の嵐に突っ込めば直撃しなくても風圧だけで身体が削れかねない。危険過ぎた。

 

「だからこそ……行け、貴様ら」

 

 荷物を背負った式神の鼠が数頭、地面を這うように駆ける。相手が人間相手に尾を振るっているために地を這う矮小な鼠の存在に気付かなかった。

 

 そして、鼠共が狐の足元まで駆け寄った時、漸くその気配に狐は気付いた。

 

『何?鼠だっ……』

 

 そこまで口にした瞬間、鼠は爆発した。正確には鼠の式神が背負っていた爆薬が、だ。刺激剤のお陰で火薬の臭いに気づけなかったのだろう。薬師衆の知り合いから個人的に受け取っていた低品質の火薬、それだけならば爆発の威力もたかが知れている。故に竹筒に尖らせた小石を詰めて手榴弾のように運用した。狙いは臓器等が密集して警戒の薄い腹部。そして……漸く俺も動く。

 

 隠行で密かに背後に回っていた俺は、霊力で脚力を強化して一気に距離を詰めに行く。途中腹から血を流した化け狐は此方の存在に気付いて振り向きながら鬼火を放つが、それは以前したように式神をぶつけて幾つかは無力化、残りは直撃寸前で正面に盾役の人形の式神を顕現させて受け止めさせる。粉塵と白煙の中で燃え盛る人形の姿に一瞬とは言え化け狐は俺を仕止めたと勘違いした。その刹那の油断を突くように俺は攻める。

 

『……いや、まだかっ!!』

 

 その気配に気付いた狐は今度は正面を向いて尾を振るう。振るわれた尾は当然のように粉塵の如く正面から突っ込んできた数頭の烏の式神を切り刻んだ。しかし、それが陽動なのは明らかだった。

 

『っ!?やはり此方が……』

「本命だよ……!!」

 

 咄嗟に振るわれた狐尾が真横を通りすぎた。空を切る音と共に身体の左側の外套が削れて生地が風に乗って吹き飛ぶ。いや、身体自体も少し削れたか、鈍い痛みが左腕や左足から感じた。だが、ここまで懐に入り込めば……!!

 

 狙うは爆薬によって既にある程度の傷を負った化け狐の腹である。内臓系ないし動脈部を短刀で損傷させて持久戦に持ち込みながら弱らせる……!!

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ゴリラ様から承った無駄に切れ味の良い短刀は咄嗟に張られた妖気の障壁を平然と突き破り、心臓に繋がる動脈が通り、内臓があるだろう一角にあっさりと突き刺さった。鳴り響く悲鳴。

 

(よし、このまま傷口を広げるために捻りながら短刀を抜いて離脱を……!!)

「出来ると思うたか……!!」

 

 その声に俺は振り向いた。そこにいたのは此方を憎悪の表情で睨み付ける血の滲んだ白服を着込む女……銀色の長い髪に宝石のように輝く青い瞳をしたそれは間違いなくゲーム内において主人公を何度も襲ったあの狐璃白綺その者であった。

 

(不味い……!!)

 

 俺が地面を蹴りあげその場を退避しようとしたのと衝撃が襲ったのはほぼ同時だった。

 

「がはっ……!?」

 

 叩きつけられた裏拳を、以前のように直前の跳躍と衣服の下に仕込んだ籠手で威力を削るが、以前よりも遥かに強力な一撃の衝撃を殺しきれる訳もない。そのまま地面に叩きつけられる。あ、今骨から変な音聴こえた。

 

「おえっ……!?げほっ……!!?」

 

 俺は地面に血と胃液と内容物の混合物を吐き出した。

 

(ヤバい。前回の時は多少の打撲で誤魔化せたが……今の一撃を受け止めた左腕、間違いなく折れた……!!)

 

 立ち上がった俺はぶらんぶらんと揺れる左腕を見て苦笑いを浮かべる。糞、油断した。相手は腐っても元凶妖だっていうのにな……!!

 

 俺は痛み止め……と言えば聞こえが良いがある種の麻薬類を丸薬にした物を飲み込む。これで多少痛みは誤魔化せる……といいなぁ。

 

(どの段階で幻術に引っ掛かった?少なくとも爆弾の時までは現実なのは救いだが………)

 

 人の姿に成り済ます妖狐の姿を見て、俺は推測する。腹部の衣服は赤く染まっている。相手の息も荒く、よく見れば汗も流れている。やはり下手に肉弾戦するよりも火薬を使った方が効率的か。

 

「とは言え完全な不意討ちですら戦闘向きでない大妖を仕止め切れないか……!!」

 

 俺は短刀を構えながら苦虫を噛む。一応この時に備えて色々シミュレーションはしてきた。相手に先手先手を打つ事で選択肢を狭めさせて戦いの主導権を握る。下手に化物に自由な動きをさせたくなかった故の行動はしかし最後の最後で破綻した。

 

「フゥー、フゥー……よもや、退魔士どころかたかが下人如きにここまで手玉にとられるとはな……!!」

 

 腹部から流れる血を手で押さえつけながら、獣のような唸り声を上げる化物。その表情には明確な焦りが垣間見えた。たかが路傍の石程度の価値しかない俺相手にここまで追い詰められるのは想定外だったらしい。無論、結界を張った退魔士等、何処かに隙を見せたと同時に自分を襲撃してくる存在がいないか警戒していたのも一因だろう。俺個人に対して意識を集中させ、全力で挑めなかったのは化物が此方が仕掛けた罠の数々に見事に嵌まった要因だ。

 

 しかし、それもどうやらここまでのようだ。恐らくここまで俺が追い込まれても、幾度となく致命的な隙があっても何らの介入もなかった事から彼方もそろそろ此方のブラフに気付いていると考えるべきだ。

 

「地を這う虫は虫らしくしておけば良いものを……!!私に!この強大な力を持つ私に立ちはだかりこのような屈辱を……!!許さんぞ猿がぁ!!」

 

 重傷を負っているとは思えぬ程の禍々しい妖力を身に纏い、此方を睨み付ける化け狐。

 

「猿猿五月蝿いぞ、狐が。来いよ、毛皮を剥いで敷物にしてやる」

「言わせておけば……!!」

 

 俺の挑発に目を見開き怒り狂う化物。そうだ、お前さんは短気で感情の起伏が激しいからな。こんな安い挑発でも乗ってくれると思ってたよ……!!

 

「死ね!!」

 

 刹那、妖狐が口から青白い火炎を吐き出した。辺り一面に広がる炎は孤児院の畑を焼き払い、戸口に土壁も業火に飲み込む。孤児院自体が反対側で助かった。餓鬼共が巻き添えになったらどうしようもなかったからだ。もし挑発しなかったら冷静な頭でその事に気付かれてしまっていたかも知れない。

 

「これは余り自信がないが……!!」

 

 俺は空中に術式をこめ、残る少ない霊力を総動員してそれを結び、跳躍した。

 

 空中に、とは言え民家の天井より多少高い程度の上空に構築したのは物理的な結界である。そのサイズ、精々が硯程度……それは物理的な結界の構築が霊力をかなり使うためにサイズの制約がある事も一因だがそれ以上にそれだけで十分であった事もある。いや。寧ろ小さくて倒れやすい足場の方が好都合だ。奴の狙って来る一撃をやり過ごすには……。

 

「来たか……!」

 

 直ぐ真下は水をかけた程度では容易に消えぬだろう業火……その熱気に肌を焼かれそうになりながら俺はそれを辛うじて確認した。……瞬間目の前に映るのは手刀で俺の頭をかち割ろうとする狐璃白綺……!!

 

「ちいぃぃぃぃ!!!」

 

 事前にその予測を立てていた俺は手刀の一撃を寸前で避け……切れずに左肩を貫かれる。痛いいぃぃぃぃ!!!??

 

「あっ、がっ……!?こな糞があぁぁぁぁ!!!??」

 

 涙目になりながらも俺は覚悟のカウンターを行う。化け狐が!頭に血が上ってる時のてめぇが頭狙って来るのは分かってんだよ!!!

 

 俺はそのまま短刀を突き立てて化け狐の胸元へと押し込む。グサリと肉を刺した感覚が短刀の柄越しに感じ取れた。だが……。

 

(浅い……!?)

 

 恐らく骨か筋繊維か、何かに刺さって短刀は深く刺さる事はなかった。そして、それはこの場においては致命的だった。

 

「がはっ……!?じょ、冗談ではないわ!!」

 

 目の前で吐血した狐は、しかし直後俺が短刀を突き立てた腕を凄まじい力で掴み、そのまま短刀を腕ごと引き抜き、そして……振りかぶって投げ捨てた。

 

「うおおおぉぉぉ……!!?がはっ!?」

 

 凄まじい速度で投げられて悲鳴を上げた俺はしかしコンマ数秒後には孤児院の天井に突っ込み、そのまま天井を突き破って畳を吹き飛ばして床に減り込んでいた。

 

「がはっ……!?お゙ゔぇ……!?」

 

 全身の骨が砕けたのではないかという程の痛み、細かな木片が幾つも肉に刺さり、打撲から筋肉の中は何処もかしこも内出血しているのは確実だった。吐いた血が外套に零れて赤い斑点を作り出す。いや、斑点というには少し汚れすぎてるかね……?

 

「ぐぞっ……たれ゙……!!最後の最後でミスってんじゃね゙ぇぞ……!!」

 

 運命やら神というものがあれば盛大に罵倒していただろう。よりによって生死のかかった一番重要な場面であれはないだろう……!!?

 

「ひっ……あ、あの…だ、だいじょうぶ……?」

 

 その小さな、消え入りそうな声に、俺は咄嗟に掠れた視界を動かした。押し入れを小さく開いて此方を不安そうに、そして心配そうに見やる子供達の姿がそこにあった。

 

 不味い。

 

「け、けがしてるから、その……いまてあてを……」

「その扉をさっさと閉めて隠れてろ」

 

 ドスの利いた声で俺は命令する。この先何が起こるのかを俺は知っていた。最悪俺がくたばっても爺が動くだろうが……奴は半妖の餓鬼なぞ戦闘の上で考慮しないだろう。そうでなくてもここで姿を晒してしまえば俺の直ぐ後に狙われるのは目に見えていた。

 

「ひっ……け、けどぅ……」

 

 涙目になりながら子供達は尚も俺をどうにか治療出来ないかと狼狽する。残念ながらお前さん達にこの怪我はどうにも出来ねぇよ。黙って隠れていろ。

 

 俺が殺気をぶつけると子供達は漸く押し入れの中に隠れる。そうだ、それで良い。運が良ければ助かるだろうさ。望み薄だがな。

 

「きた……か……!」

 

 妙に印象に残る足音に俺は視線をそちらに向ける。障子を蹴り倒し、燃え盛る庭を背景にした手負いの美しい化け狐が忌々しげに此方を凝視する。口元から一筋の血を流し、悔しげに此方を見下ろす。相当弱ってるのだろう、肩で息をして、顔はかなり青くなっていた。

 

「はっ……ずいぶんと……しおらしくなったものだな……えぇ?」

「ほざけ……ニンゲンがぁ!!」

 

 鬼にも負けなさそうなおぞましい形相で狐は叫ぶ。

 

「認めん、認めん、認めんぞ!!私が!私が!私がこんな雑魚にここまで!!?ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!!許さんぞ!許せるか!許せるものかぁ!!!!」

 

 血を吐きながら自身が半死半生の状態になっている事に狐は怒り狂っていた。狂い過ぎて半分言葉になってなかった。

 

(まぁ、それもそうか)

 

 こいつの設定的に人間、それも遥かに格下相手にここまで追い詰められればこうもなろう。

 

(残る霊力をかき集めれば……ギリギリ後一撃くらいは行けるか……?)

 

 骨も筋肉もズタボロではあるが、霊力で無理やり補強すれば何秒かは持つだろう。というか持たないと困る。懐には投擲用の苦無が二本、手元には虎の子の短刀……懐の苦無で目眩ましして怯んだ所に短刀で突貫か……やるしかねぇな。

 

 かなり勝率が悪いがやる以外の道はない。

 

「楽には殺さん。生きながら皮を剥いで、足元から一寸ずつ切り刻んでやる……!!」

 

 化け狐が尾を上げて俺に襲いかかろうとする。俺は覚悟を決めた。そして……直後小さな小さな狐火が化け狐の背後に当たった。

 

「………」

 

 殆ど傷もつけられない情けない狐火、しかしながらそれを受けた化け狐は能面のような表情でぎろりと背後を振り向いた。そして、心底不愉快そうに化物はそれを見た。

 

「そ、そのひとを!ころすな!!」

 

 足を子鹿のように震わせて、耳と尻尾を丸めて怯えながら、涙目に涙声になりつつも小さな半妖の少女は……白と呼ばれる狐璃白綺の根源たる少女はもう一人の自分に対して気丈にもそう叫んだのだった。




 ファンの中において一部の方々よりタイトルが長いので検索や広報の面で難があるのではないか、可能ならば題名を変えて見てはどうかという助言をお受け致しました。作者も題名が長いかもとは思ったりもしましたがネーミングセンスが……。

 なのでちょっとした募集をしたいと思います。これより一週間前後をめどにタイトルの変更をするべきか、気の向いた方々は投票お願い致します。また、その中で更に気が向いた方は新しいタイトルについての候補を活動報告にて(感想欄ではありません)送って頂きたいと思います。

 アンケート締め切りの時点でタイトル変更の賛成票多数の場合、提案して頂けた新タイトルから最大五、六種類程作者の独断で選んで皆様に再度アンケートをとりたいと思います。これも一週間程度をメドに締め切り、投票数最大のタイトルを新題にしたいと考えております。皆様の積極的な参加、期待致します。

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