和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアート製作して頂けましたのでご紹介をさせて頂きます。

 Xin.さんより此方、松重の孫娘です。澄まし顔ですが淫魔である事を皆さん思い出しておいて下さい。
https://www.pixiv.net/artworks/122972488

 此方は同じく赤穂家の末娘さんです。恐らくムッツリだと思われるが……。
https://www.pixiv.net/artworks/123026037

 素晴らしいイラスト、有り難うございます!



第一八二話●

 其処は辺境の地であった。中央の文明の威光の手の届かぬ地であった。文献にすら居住する蛮族の記録の無い文字通りの無人の地であった。

 

 ……そう。無「人」の地である。

 

(ここもか)

 

 無数に張り巡らされた物理的・呪術的な罠を察して、あるいは警備するように潜む妖や式の存在に、嘗て陰陽寮の頭であった女狸は無音の内に鼻を鳴らす。己が以前読み込んでいた地図書の無意味さに嘆息する。

 

 そして幾重にも仕掛けられた罠を、視線を、難なく潜り抜ける。誰にも気取られる事なく侵入してしまう。悠然と、堂々と、染み込むようにして潜入して見せる。

 

 ……吾妻雲雀は既に七度、似たような警戒線を突破していた。

 

「他愛もない。いや、戯いもないと言うべきかな?」

 

 幻術と隠行。潜入工作に長けたこの半妖の元退魔士にとって、その言は驕りではなく厳然たる事実であった。それこそ大乱の時代には化物の総大将の巣くう本拠地に潜入した事もある。おぞましい邪神討伐に際して先行してその聖域の偵察に出向いた事もある。微かにでも存在が露見すれば悲惨な末路……あるいは生き地獄を辿るだろう修羅場を、彼女は知っていた。

 

 それらに比べればこの厳重な警戒を潜る事すら児戯に等しい所業であった。万一に発見されたとしても強行突破して見せる自信すらあった。いや、雑に掃討して良いのなら正面から突撃しても良いのだ。それだけの厳然たる差が確かにあったのだ。

 

 ……狸は其処に辿り着く。深い山奥。密林の奥。洞窟に辿り着く。いや、これは。

 

(遺跡……かなり古い。朝廷成立以前の代物か?)

 

 若かりし頃ならば兎も角、永らく生きて朝廷の要職に就任した事もある身である。学を身につける機会ならば幾らでもあった。史書にて朝廷の成立以前についても学んでいる。大昔に全滅したまつろわぬ部族の隠れ家だろうか。あるいは認知される事なく滅びた奴隷王朝の遺構か。邪教の神殿であったやも知れぬ。何にせよ、最早当初の目的で使われていない事も、主人すら違う事も明らかであった。

 

 洞窟の奥に躊躇なく足を踏み入れる。罠は全て発動させずにすり抜ける。監視の目は誰も吾妻雲雀を認識出来ない。気は無論、足音も、気配も何もかも。その癖闇の中をまるで真昼間のように迷う事なく狸は突き進む。一目瞭然の明白な力量差。

 

 そして余りにも呆気なく、侵入者は其処に辿り着いた。おぞましき秘所に。

 

「何だ、これは……?」

 

 眼前の光景に思わず眼を見開いてしまう吾妻。絶句する。それだけ衝撃的な光景であったのだ。

 

 洞窟の奥に広がる広大な空間は妙に湿っぽく、しかし小綺麗だった。鬼火共が巡回して回って昼間のように明るく照らす。照らし出される空間の奥深くに陣取るのは巨大な蜘蛛妖怪だ。そして壁一面に貼り付けられた繭……人形の何かがその中にて眠っていた。

 

 人……?一瞬抱いた予想は、直ぐに否定される。それは耳障りな鳴き声によってである。

 

 洞窟の更に奥より、全身を滴られながら現れたのは河童だった。まだ人間の断片が肌にこびりついた数十の河童の群れ。まるで生まれたてのようなぎこちない所作。調教されたように大人しく、しかし不機嫌そうに唸るそれらは大蜘蛛の眼前までやって来る。

 

『……』

 

 何を考えているのか知れぬ大蜘蛛は、直後に先頭の一体を捕らえた。一瞬暴れる河童はしかし直ぐに蜘蛛に何かを注射されると昏睡する。蜘蛛は眠りに沈む河童をくるくると吐き出す糸で絡めて綴じていく。他の河童共はそんな同胞の姿に、しかし反応を示さない。茫然と何も考えていないかのように佇むばかりだ。

 

 繭は蜘蛛によって壁に飾られた。そして蜘蛛は即座に次の獲物を捕らえると同じように仕上げていく。河童共はやはり反応しない。それはまるで流れ作業であった。まるで機械と素材であった。

 

(保存食……ではないな)

 

 壁に掛けられた繭は数千……この空間だけではなかろう。吾妻は洞窟がまだまだ奥に広がり、そして仕切られているのを感じ取っていた。もしや、数万はあるのではないか?

 

「冬眠……あの従順性、改造されている?まるで兵隊じゃないか」

 

 その統制。管理。統率。いや、それ以上にまるで牧場のようで……仕事柄、数多の魑魅魍魎の軍勢を見て来た彼女にとってもそれは異端であり、何よりも懐かしさを感じ入るものであった。

 

 そう。まるで己がまだ幼き小娘だった頃に幾度も偵察したかの妖の大将の軍勢で……。

 

「っ!?」

 

 直後に投擲された幾つもの刃を吾妻は避けきった。避けきって肉薄して御礼返しをする。人影に向けてその急所であろう一六箇所の部位に苦無を叩き付けた。その一つ一つが個別の猛毒を塗りたくった、あるいは呪いを仕込んだ代物である。確実に殺害せんと手を掛けた。

 

 ……手応えはない。

 

「……!!」

 

 即決即断。気配を殺して闇に消える。闇に消えて観察する。崩れた靄のかかる人影は膝を折り首を曲げて、しかし直ぐに頭を掻いて断裂しただろう首の骨を嵌め直す。悪態を垂れる。それはまるで破壊された身体を霧散させて改めて再構成したかのようであった。

 

 こいつはよもや話にだけ聞いた件の?ならば仕留めるには時間が掛かるか……?

 

「うぎぎぎぎっ……いや待て待て。流石に容赦ないな、おい?流石にこれは過剰防衛過ぎないか?隠密寮の頭からしたらこんなのちょっとした挨拶でしょ!!?」

 

 不意打ちの暗殺を仕掛け、そして反撃に必殺の十数発を食らっていながらの軽過ぎる言葉であった。吾妻はと言えばそれに対しての返答はない。ただ、この場から離脱を決意する。

 

 歴代陰陽寮頭の中で、彼女は純粋な戦闘・殲滅に秀でた存在ではない。己の存在が見抜かれた以上化物の巣窟に留まる選択肢はなかった。一気に入り組んだ洞窟を逆に辿る。風すら欠片も荒れぬ程の走破。出口を抜ける。そして……河童共の大群が待ち受ける。

 

「……!」

 

 足音もなく足を止める狸。眼前の数千はいるだろう河童共、そしてその先頭にいる何かに寄生されたように頭の膨れ上がった一個体に意識が向いた。まるでそれを図っていたかのように異形の個体は口を開く。

 

『流石歴代陰陽寮頭でも一、二を誇る隠行。隠密の使い手だ。本当にここに来るまでの罠も警備も、全てすり抜けてしまうとはね。想定内とは言え、本当に見事なものだ』

「……」

 

 見掛けにそぐわぬ事甚だしい程に、流暢に知的に言葉を紡ぐ異形の河童。その呼び掛けに、しかし吾妻は返答しない。

 

『隠れているつもりかい?其処にいるのは分かっているよ。挨拶は大事だ。古事紀にも書いてある筈だけれどね。誉れある朝臣が礼を欠くのは頂けないな?』

「……」

 

 催促の言葉に、やはり吾妻は答えない。風船のように頭を膨らませる河童は肩を竦める。

 

『用心深いな。流石は帝の耳目。玉楼帝が引き立てた訳だね。「宮壁耳あり宮襖目あり。されども狸は尻尾を見せず」か』

 

 鎌かけに失敗した事を悟り異形の河童は嘆息する。吾妻は河童共の視線から気付いていた。己が何処にいるのか、少なくとも明確に気取られてはいない事を。それが此方の存在を完全に炙り出さんとする駆け引きであった事を。故の沈黙であった。

 

『……ふむ。まぁいい。恐らくその辺りにはいるのだろう?どうして気取られたのか、不思議だろう?じゃあ洞窟でどうして君の存在が見抜かれたのか教えてあげよう。そう難しいものじゃない。これの応用だよ』

 

 そして異形の河童が取り出すのは紙切れである。大昔、その中身の存在が開発した低級の呪具。『色浮見定紙符』……。

 

『洞窟の空気中には妖種の成長促進を促すために薬品を混入させててね。濃度調節のために洞窟中に霊気濃度測定器を設けていたんだ。幻術使いや忍に良くある見落としだね。そもそも空間全体の欺瞞には限界がある』

 

 品質管理のために細かく区分けして、一定の間隔で展開させた式虫共による空中の飽和霊気量測定。己の存在は隠せても、己の霊力は隠せても、足音を、体温を、重量を誤魔化せた所でそれは己とその周辺に関するものである。己の存在に影響された外部の事象まで、空間全体にまでは手が回らない。その区画内における僅かな霊気濃度、密度の低下までは偽装しきれない。

 

 例えるならば水の入った容器である。何が入り込んだのか分からなくても、水面の嵩が増した事は目盛りを読めば分かるし、其処からどの程度の質量の、体積の物体が沈んだのかは逆算出来る。

 

 そして、亡霊は侵入者が何処で足を止めるのかすら想定していた。……否、寧ろ意図的に侵入者が足を止めるだろう事を見越して内装を拵えていたと言える。実の所、影の弟子の仕掛けた攻撃は霊気濃度と内装の工夫から恐らくいるだろうと想定した場所への当てずっぽうに近いものであったのだ。

 

『まぁ、正直な所私も余り自信がなかったのだけれど、いやはやここまで見事に嵌まってくれると……』

「……!!」

 

 恐らくは意識を逸らすための説明である事は既に察していて、背後から迫り来る無数の気配を認識した吾妻は即座に決断した。疾走。そして速攻。

 

『キッ!?』

『キエッ……!!?』

 

 刹那の瞬間の内に、引き抜いていた刀は河童共を数十単位で切り伏せていた。その癖に飛び散る血飛沫は皆無。返り血なく、狸は血路を開いた。

 

『……あぁ。そちらか。やはり頭が回るね』

 

 立て続けに鳴り響く悲鳴。そして理解する前に倒れていく骸に、河童に憑依した亡霊は幾度目かの感心をした。敢えて一部を薄くしていた陣容、そちらには隠密型に特化させた特別製の罠を仕掛けていたのだが、どうやら引っ掛かってはくれないらしい。

 

「後任達の中でも賢い方だね。残念だ」

 

 それは二重の意味での無念のぼやき。一つは彼女の経歴から決して協力者として加わらぬだろう事へのものであり、そして今一つの意味は……。

 

「逃げちゃいましたか?」

『そうだね。君の怠惰のせいだよ。どうしてくれようかな?』

 

 洞窟の奥から河童共を連れての弟子から呼び掛けに揚々として答える亡霊。あからさまに冗談半分の言葉に、しかし当の弟子は、神威は渋い表情を浮かべざるを得ない。

 

「勘弁して下さいよ。どうせ適当に理由をつけて腹開くつもりでしょうに」

 

 何なら彼はもう何度も似たような目にあっている。薬で眠らされて、いざ目覚めたら正に腹を切開中なんて事すらも……知ってるだけでも十回以上、恐らく実際は両手両足の指の数以上に身体を弄られている。

 

『いやいや。これは善意だよ。寧ろ、彼女の苦無を受けてそのままという訳にもいかないだろう?』

「それは、もしや……って、うぐぐっ!?」

 

 師の言葉に対する嫌な予感。そして胸元を押さえて呻き出す神威。やはりである。

 

『薬か呪いか呪具か。何にせよ用意周到だね。影相手にも一応の効果はあるとは』

 

 実際は殺害目的で、流石に其処までは無理であったのだろうが影をも苦しめるとは中々の殺意であった。寧ろ、いや、寧ろ影だからこそこの程度で済んでいるというべきか……。

 

『取りあえず手術と行こう。あぁ、追手は適当に雑兵を送っておくといい。どうせ見失う』 

 

 狐共を含めて、ここまで警備に置いていた連中全員が見過ごしたのだ。自分達も待ち伏せの罠で漸くである。今動かせる駒だけでまともに探して捕らえるなり殺すなり出来ると思わぬ方がいい。

 

 そも大乱の時代、あの狸は暗殺隊として彼の大将の側にまで密かに忍び迫る事すらなし得たのを亡霊は直接目撃している。結局任務は失敗して彼女以外全滅したが……幹部連中が雁首揃えて直前に気付けたのが殆どいなかった有り様だった。あの場で寸前で見抜いた者も、残念ながら現在存命の者は誰もいない。

 

 ……今の所は。

 

『撤収準備だ。第陸牧場は囮だけ残置して引き揚げるよ。遅からずに討伐隊が差し向けられるだろうからね』

 

 そう河童共に命じればぼんやりと佇んでいた改造河童共が彼方此方へと己の役目を果たさんと夢遊病のような表情のままに動き始める。

 

 宿主の頭の中に事前に寄生妖虫を捩じ込んでから変質させた改造河童。それは最早深淵にて眠る河童共の集合知から独立した亡霊の忠実な手足であり、それ以上のものではない……。

 

「う、ぐ……」

『立てるかい?難しそうなら手術室まで運んで上げようか?』

「いえいえ……遠慮しますよ」 

 

 腕を広げる河童の寄代向けての額に汗一杯にしての神威の虚勢の拒絶。この嘘臭い亡霊に無駄に恩を受けるのは良き事ではない。何よりも河童にお姫様抱っこされるのは見栄えが良くない。

 

「それよりも……放棄するのですね?勿体ない。ここ、結構大きい牧場でしたでしょ?」

『だからこそさ。元より、ここは餌だよ』

 

 央土から離れた辺地の河童の巣くう牧場。工場。巣穴……それを朝廷が放置出来る筈もなし。確実に相応の戦力を投入して殲滅に向かわせるだろう。そしてそれは央土の防衛を手薄にする事である。寧ろ、必要以上に大袈裟に大きいこの秘密基地の存在は見せ札だ。情報を流して、潜入潜伏に秀でた元陰陽寮頭を出迎えたのもまた同じ。あの女狸に自由に動かれては堪らない。囮で釣って、事が成るまでの時間を稼ぐ。

 

 赤穂一族もそうだが、厄介な連中とは戦わぬのが吉である。排除困難な駒は盤上に出せぬようにするのが合理的というものであった。強い駒と戦わずとも勝利する事も、目標を達する事も出来るのだから。

 

『さぁ、さっさと手術といこう。刻は金なりさ。……怖い退魔士達がやって来る前に直さなければね?』

 

 そんな事を宣いながら、亡霊は遥か南の方角を見据えた。さてさて、果たして彼方も怖い怖い鬼がやって来る前に事を終わらせられるのだろうか、と……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

『白』という存在は零れた欠片であり影法師である。『狐璃白綺』という残虐非道の外道の怪物が咄嗟に己から忌むべき弱き頃の己を抽出して放り捨てた不要品である。同時にそれは基底たる『白那』という存在を再構成した紛い物であった。

 

 幼い白狐にとって、それは自我と自意識を持つ上で大きな重石であり楔であり何よりも罪であった。彼女の人格は自認は『白那』に近い、しかしながら確かに己が『狐璃白綺』から派生した、その延長線上の存在である事も理解していたのだ。それは恐怖であった。

 

『白那』と『白』の間には確かにそれがある。己の根底に、己の基底にある土台に確かに『狐璃白綺』が、それに派生する因子が潜んでいるのだ。それは『白』にとって自己への嫌悪感を抱かせると共に不安にさせて、自意識への不信感を思わせるものであったのだ。己は一度墜ちた。誰かを傷つけ、誰かを殺して、誰かを苦しめて、誰かを騙して、そして……誰かを喰らった。今の自分が分割された魂の欠片であれ、確かにそれを為した時に己はその一部であったのだ。

 

 怖かった。一度過ち墜ちた己の心が。

 

 怖かった。己の所業に対する皆の眼差しが。

 

 怖かった。何時掘り返されるか知れぬ過去の罪が。

 

 そして何よりも怖かったのは、己が今一度道を違える可能性で……有り得ないなんて事は有り得なかった。己は実際過去にそれを為したのだから。

 

 そして、その時が来たのだ。

 

 熱病に魘されて、苦しんで、眠りの中で思い返すのは奥底に沈み掠れていた記憶の残穢。きっとそれは不安も理由だった。『崩宝山』にて遭遇した何処かで見覚えのある狐の言葉が、過去からやって来た罪が己の心を抉ったから。主君たる桃色の姫が孤独の不安に苦しみ、己もまたそんな姫にも彼にも頼れぬ故に……。

 

 だからこそ、主君の姫が狂気に狂喜しても持ち直しただけマシに思えたし、孤児院の一件で彼と再び深く言葉を交えて心を開けたのは白狐の残滓にとっては束の間の安息であり、救済だったのだ。……その筈だったのだ。

 

 熱病の苦しみ。その違和感に薄々感じ入るものはあった。胸の内から煮え滾る火山の溶岩が噴き出しそうになっているような感触。朧気な思考。何かがある。それを察していて、そしてそれが完了した時には手遅れだった。

 

 鏡に映るあってはならぬ光景。忌むべき光景。変わり果てた、若しくは嘗ての風貌。身体。血の気が引いた。絶望した。溢れ出る力が、頭の奥底からジワリジワリと侵食するような狂暴な感覚と記憶に恐れ戦いた。

 

 決別した筈の過去がやって来た。それも、よりによって院長が不在の孤児院で!あってはならぬ事だった。彼女は恐れた。取り返しの付かぬまでに過つ未来を心底恐れた。

 

 この姿を見た者はどのように思うだろう?どのような視線を向けるだろう?怖かった。それ以上に己が己で無くなる可能性を一層恐れた。心は身体に引き寄せられるものである。狂暴で残虐な嘗ての身姿。ならば心は?本能が目覚めぬ保証は、妖の側面が目覚めぬ保証はあるか?抑え込めぬならば、果たして放たれるまでに如何程の刻が必要か?分からぬ。何も分からぬ。しかし楽観は出来ない。しかし……誰に頼れというのか?

 

 迷い、怯え、戸惑い、その刻が来て、咄嗟に体が動いていた。自己嫌悪した。水が上から下に流れるように行われる過去の己そのものな流暢で傲慢な振る舞い。口調。呪い。再現というよりもそのものであった。嫌悪した。嫌悪した。絶望して、決意した。

 

 戻れない。覆せない。言い訳も出来ない。会話を交え、偽り振る舞う程にそれは確信となっていく。それはある意味で実に子供らしい割り切りだった。悪化していく状況に、己で己に見切りをつけた。だけど己で手を下すのはやはり怖くて、奥底には後悔もあって……意味もなく脳裏に過ったその記憶の欠片に飛び付いて、白い狐は内心破れ被れにそれを唱えたのだ。

 

 当時の怪力馬鹿な己が義姉の教授した術の本質を、その半ば程度すら理解していなかった事を忘れて……。

 

 

 

 

 

 

「な、ぜ……?」

 

 そして刻は戻り、背後から囚われる白狐は疑問を呟いた。否、それはこの世界が始まって以来ずっとそうであった。全てが想定外であった。

 

 歴史を持ち出し上書きする幻術……限定的な過去改変の大幻術。それを使ったのは己を失せさせるため。

 

 狸の院長が掛けた彼の呪い、それはあくまでも『今』の己に向けた、『白』を対象としたものである。ならばこそ過去に事象を『挟み込む』この幻術ならばそれは問題にはならぬ事である筈だから……何時呑まれて暴走してしまうか分からぬ自分を始末させるために、混乱しながら見出だして選んだ選択だ。

 

 自殺は怖くて出来なくて、彼が己の幻を破る事を勝手に信じて、彼が喪失を乗り越えてくれる事を勝手に期待して、術を理解しきれてなかったのか下手なだけか居候してきた姫まで巻きこんで、己自身に至っては少し前までの記憶を上塗りし忘却していた。それでも指摘された途端に即座に取り繕って、掛けられた言葉に覚悟は揺らいで、手を伸ばさんとして……これである。

 

「どう、して……」

「どうして己の幻が己の手から離れているのか、という所かしら?」

 

 白狐の疑問に、黒狐が代わりに語る。語って、小馬鹿にするように冷笑する。

 

「お馬鹿な娘。本当に良く理解せずにこの術を使ったのね?呆れたものねぇ、そんなオツムの癖に発動まではさせて見せるなんて……何とまぁ呆れた妖力だ事。いえ、神力かしら?」

「それは一体……」

 

 義姉の幻想の言に白狐が更なる問いを口にしようとして、しかしその前に事態は動いた。白狐の頬の直ぐ横を黒い濁流が通り抜けて悲鳴が上がる。青年の絶叫が上がる。事態を理解した白狐は振り向いて声にならぬ声を叫んでいた。

 

 視界の先にあるのは、黒狐尾に吹き飛ばされた青年の人影。黒白の義姉妹の会話の陰で、その間隙を突くように隠行し迫らんとしていた下郎への懲罰であった。

 

「そん、な!!?おんごっ……!?」

「何と無粋な猿。乙女同士のお話に横から口を挟もうだなんて……駄目じゃないの。卑しい猿の甘言なんかに乗せられちゃあ妖狐の名折れ、恥辱に他ならないわ。私達は人を惑わし狂わせる存在であって、その逆ではないのよ?」

 

 黒狐は白狐が某かを謀る前に先手を打った。背後から手を伸ばして白狐の口内に無理矢理指が捩じ込まれる。黒い狐の細指が舌を、内頬を、白い歯を蹂躙して唾液を掻き回す。弄ぶ。吐き出そうとすれば舌を摘ままれて屈服させられる有り様であった。

 

 何なら蹂躙は口内だけでは終わらない。片方の乳房が鋭い爪を立てた腕によって手袋越しに鷲掴みにされた。細い首筋を紅い舌が蹂躙する。九つの黒い尻尾が白狐の腹を撫でて、腰を捕え、脚に絡まり付く。白尾を撫でて、内股にまで捩じ入る。拘束して、支配する。刺激して、痙攣させて、弛緩させる。屈させる。

 

「はぁぁうぅ……!!?」

「うふふ。よしよし、良い娘良い娘。素直ねぇ、だから猿の言葉を鵜呑みにしちゃうのかしら?教育が必要そうね?」

 

 囚われる故に倒れはしない。しかし四肢の力を実質全て脱力しきった白狐はまさに骨抜きだ。そして、そんな白く幼い同胞をまるで赤子のようにあやす黒狐。そして腕を絡める。腕を伸ばさせる。翳させる。向けさせる。雪原に倒れ伏す男に向けて。

 

「や、やめ……」

「大丈夫大丈夫。私に任せなさい。直ぐに終わらせてあげるわ。安い詞でまやかす牡猿なんて少し燃やせば綺麗さっぱりすっきりと忘れられるわ。……うふふ、それとも私が貴女に上書きしてあげましょうか?」

「ふぅ……?」

 

 骨が抜けたように力が出ず、抵抗出来ぬ傀儡となる白狐と、それを甘く迷わし操る黒狐。微かな悪足掻きは、しかし無意味だった。ゆっくりと二匹の狐の掌が重なり立ち上がろうとする男に向けて突きつけられる。そして……。

 

「不意打ちとは品がないわね!?」

 

 白狐を手放して黒狐が振り返る。音速で突っ込んで来た針が三つ。毒が仕込まれているそれを叩き落とす。何かが潜んでいる。隠行?誰だ?

 

「いや、これは……横取りして横槍とは良い度胸ねぇ?」

 

 弾いて雪の上に突き刺さった針が「霧散していく」様を見て舌打ち。視線を戻したのは甘言をほざく猿が立ち直ってギラついた眼差しを向けていたから。

 

 ……こいつが軛だ。こいつが楔だ。こいつが起点だ。これ以上は不味い。これ以上介入されて引っ掻き回される前に追い出してしまおう。あるいは処理してしまおうか?

 

「……!!」 

「やっ、やめ、て……!!」

 

 溢れる妖気の奔流。大の大人でも失禁して気絶しても可笑しくない覇気を前にしかし慣れたように青年が身構える。打ち捨てた白い狐は黒狐に嘆願するようにこれより始まる所業の取り止めを願う。無視する。黒狐は眼前の戦意十分の猿相手に慈悲を掛けるつもりも余裕もなかった。

 

 猿の内に眠る化物の因子がもう一暴れされる前に、仕留める……それは決定事項であった。

 

「っ!?何、これは……?」

 

 そして何等かの術を行使せんとした黒狐は、しかし「圧」の前に天を見上げて眉間に皺を寄せる。

 

「えっ……!?」

「何だっ!!?」

 

 白狐も、そして青年もまたそれは同じだった。何かが曇天の空からやって来る。

 

 厚く暗い雲に影が現れる。空を切る音が響く。濃厚な存在の気配が迫り来る。

 

 天から来る者に皆が身構える。それが、やって来た。

 

『(*´∀`*)ダレモガメヲウバワレルワタシハキュウキョクノアイドル!!』

「……はい?」

 

 腑抜けて拍子抜けしそうになる戯言。誰かの惚けたような返答。そして奴がやって来た。白い阿呆蜘蛛がやって来た。降ってきた。違いがあるとすれば唯一つ。その大きさである。

 

 ……小山に匹敵する巨大な蜘蛛がご機嫌顔でダイブしてきた。

 

『(* ゚∀゚)ワタシ、ダイチニタツ!!』

 

 巨蜘蛛が地に屹立する。キメ顔する。場の全員が沈黙する。蜘蛛はポケッとした表情で周囲を観察する。そして……。

 

『( ・`д・´)タンガンネコセンセイカンケツオメデトオ-!!』

「さて、一体何の話かしらぁ!!」

 

 鋼鉄よりも鋭い糸を吐き出す蜘蛛向けて、黒い狐は突っ込みを入れながら呪炎を放った。激突。衝突。激闘が始まった。

 

「……いやそれ、日付的に前回更新の時に言うべきだったよね?」

 

 それは突如眼前で発生した死闘?を目撃しての青年の呟きであった……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 それは正に天災の天変地異であった。雨のように放たれる火炎。狐の形を象り迫り来る雷、濁流、土砂の波。大木が生えては突き立てられる。岩雪崩がやって来る。水鉄砲の弾幕が視界一杯に。

 

『( ^∀^)ワタシトタタカウツモリカ!!』

 

 飽和攻撃を食らう巨大な馬鹿蜘蛛は、しかしながら欠片も痛がる素振りもなければ怯みもしない。ドヤ顔で緩慢に前進し、そして吐き出すのは蜘蛛の糸。

 

『(; ・`д・´)ナギハラエ!!』

「っ!!」

 

 高圧かつ音速で放たれる蜘蛛糸は鋼の硬度を誇り、文字通り着弾箇所を薙ぎ払う。雪原を切り裂いて、切り刻んで、切り払う。か細い糸の残滓すら、少しでも触れれば四肢が持って行かれかねない有り様だった。黒狐は紙一重に、縦横無尽に、幻を散らし、踊り舞いながら蜘蛛糸の嵐をすり抜けていく。術を放つ。蜘蛛の外骨格の前に四散する。無傷。

 

「厄介な事……!!」

『Σ(>Д<)オトメニケガサセルナンテサイテイッ!!』

「私も乙女なのだけど、ねぇ……!!?」

 

 激おこプンプン丸と化した馬鹿蜘蛛の更なる攻撃を、黒狐は毒づきながら華麗に避ける。双方が互いの打倒に決め手の欠ける千日手……ただただ周囲の被害のみが拡大していた。

 

「あー、もう。こりゃあ滅茶苦茶だな……!!?」

 

 そしてそんな頂上決戦を隠れながら覗き呆れるのが俺であった。一体何が何なのだか……誰かに説明して欲しい位である。

 

「……」

 

 今一度雪の丘線から激突の状況を見て余波が此方まで来ないのを確認すると、次いで傍らに抱き抱えた姫兼母と妹狐を各々に視線を向ける。残念ながら前者は未だ頭痛のせいか復旧不能であり、後者は困惑と動揺と混乱によって何も言えぬ有り様だった。

 

『では、私が説明しましょうか?』

「それは助かる……何でここいるの?」

『それを話すには現状のこの空間の状況を説明する必要があります。少し長くなりますよ?』

 

 当然のように肩に乗っている蜂鳥に向けての質問に対する何処かで聞いたような返答であった。

 

「うおっ……!?そ、そりゃあ、是非ご教授願おうか!?」

 

 爆音。爆風。吹き荒れる粉雪。雪崩。雪丘の陰にてそれを凌いだ俺は雪を払いながら要求する。何はともあれ聞かねば始まらない。

 

『では説明しましょう。……そもそも貴方は今のこの空間を、世界を、どのように理解していますか?』

 

 蜂鳥の触れる内容は、実に抽象的であった。

 

「それはまたはっきりとしない話だな。幻あるいは夢、だと思うが……?」

 

 俺は自分の脳内にこびりつく記憶を、己が身体を元に戻すために行った理論無視の火遁受けを思い起こして答える。大人姿の白を見やる。無言の内に答えを求める。

 

「……アレは、私の使ったこの術は過去改変の高位幻術の、筈」

 

 高位幻術は現実を永続的に欺瞞する。現実を改変する。現実を改変するという事は其処に至る過去も改変するという事。白は過去の記憶に俺や淫姫の存在を挟み込んだ。その上で己の存在を……。

 

『おおよその説明としては確かにそれで合っています。正確にいえばこの術は「正史」に平行する形で「異説」を挿入するものです』

「異説……?」

『瞬間的になら兎も角、永続的に世界を欺瞞するには工夫がいるものなのですよ。特に過去改変の場合は』

 

 そして尊大に蜂鳥は己の知を語りきかせる。白の行使したこの術は、言うならば近似した世界を併存させて重ね合わせるものなのだとか。更に言うならば、この空間は世界における過去のとある場所のとある時間を切り抜き、模写して持ち出したものだという。そして術はまだ完遂していない……。

 

『儀式の完遂、それはこの空間における物語を完結させる事です』

「物語を、完結させる……」

『この世界は夢幻です。ですが同時に過去の世界を部分的に模倣して、切り抜き持ち出した現実です。完結させて、そして拵えた新しい「歴史」を本来の「歴史」の上に重ねて併存させる。「異説」を作り出す。それによって付随する未来に「異説」の影響を波及させて「今」を改変する訳です』

「それは……大分無茶苦茶な術だな?」

 

 聞く限り、俺としてはそれは映画の劇場版と完全版に近いものだと思われた。どちらも公式だ。同じ作品だ。しかし比べれば台詞に違いがあるし、場面がカットされ、あるいは追加され、場合によってはラストが違い、蛇足がある。しかしどちらも同じ映画である。二つの公式が互いに否定せず併存している状況……あるいはドラマ版かも知れない。じゃあ俺の存在はアレかね?劇場版やらドラマ版では尺の都合でカットされたサブキャラ的な扱いか?淫姫は……俳優なり吹き替え声優が違うバージョンって所だろうか?

 

 ……何にせよ、全ての意味と仕組みを理解出来ずともそれがとんでもない術である事は分かった。唯の幻による記憶の改竄、洗脳なんかではない。正に何でもありの大儀式である。良くそんなものが発動出来たものだ……俺は半裸の白を見てそんな事を思う。

 

『伝承によれば本来は其処まで滅茶苦茶な呪いという訳でもない筈なんですけどね。過去の事例では精々遡るのは数日前、行える改変にしても程度が知れている筈なのですよ。宝籤や賭け事の成否に待ち伏せや罠の回避、遅延毒の解除等で行使した狐がいるのは伝わっています。しかしよもやここまで遡る等と……だからこそ、制御が出来なくなっているのでしょうがね』

 

 蜂鳥は鳥の癖に何処までも渋い表情を浮かべる。待て、制御が出来ていないだと……?

 

『あの黒狐が代表格でしょうが、恐らくは貴方がこの世界で関わった他の者も同様でしょう。そもそもこの術にて改竄するのは己の行動や物の処遇が基本です。改竄して挿入する範囲も数刻……見る限りかなりの長期間を切り抜いているみたいですね?となれば蝶の羽ばたきの波及は如何程になる事やら』

 

 恐らくは封鎖的な辺境の村での出来事故にまだどうにかなっているのだろう。しかしながらこの世界は『正史』からの切り抜きである。登場人物達は全員その中で能動的に動いている。術者が状況を大きく変え長期化すれば、当然彼ら彼女らの行動は術の使役者が管理出来る範疇を超えていく。そして切り抜いた世界を貼り付ける事もまた……。

 

『因みに、余りにも大きな過去改変は世界に気付かれるそうですよ』

「そうなったら?」

『齟齬が大き過ぎると整合性がとれるように修正されます。……貴女、状況を見るにこの術の特性を良く理解せずに行使しましたね?』

「えっと……」

 

 ギョロリと白(大人)を見つめての蜂鳥の指摘。白はといえばあからさまに目を逸らしていた。図星である。

 

『呆れましたね。馬鹿げた量の神力を使いながらその程度の理解で術を使っていましたか?』

「そういってやるな。こいつだって切羽詰まって……待て。神力だと?どういう事だ?」

 

 霊力なら分かる。妖力なら分かる。しかし、神力を使っているとはどういう事だ?

 

『……あぁ。説明していませんでしたか。っ!?』

「ぐっ……!?」

 

 其処で一度爆音。何やら黒い狐が特大の火遁を使ってくれたようで雪丘越しに状況を見れば雪山は火の海地獄状態だった。その火の海の中で巨大な蜘蛛が尚も呑気に暴れている。おっかない。

 

「……何となくだがその話。あの馬鹿蜘蛛にも繋がったり?」

『鋭いですね。正解です。……如何なる事か、其処の白狐は今央土の霊脈の末枝と繋がっているのです』

「それは……」

 

 それは、白が急に大人の階段を上った理由でもあった。

 

「霊脈の地で妖が強大になるのは常識だが、幾ら何でも急成長じゃないか?」

『連中はあくまでも霊脈の地から滲み出る霊気を摂取してるだけです。その狐のように直接魂に繋がっている訳ではありませんよ』

 

 それは経口摂取と注射の違いに近いのかも知れない。しかし、魂に直接か……。

 

『しかも何等かの呪いによって取り込まれる過程で濃縮純化されています。つまり神気ですね。ガバガバの理解でこの規模の術を使える理由でしょう。……運が良いですね。普通の霊気を使っていれば枯死してましたよ?』  

 

 加えるならば、逆にこの馬鹿げた規模の術を使わない場合溜め込み過ぎた神気で破裂するか上位存在化していた可能性もあると淡々と指摘する蜂鳥。……いや、何気に洒落にならん事言ってない?

 

「あ、はは……」

 

 知らぬ間に自分が今が可愛く思えるくらいとんでもない事になっていた可能性を指摘されて表情がひきつる白。俺は蜂鳥に尋ねる。

 

「あの馬鹿蜘蛛、でかくなってるのはここが夢の世界だからと思ってたが……もしや、繋いだのか?」

 

 朧気な記憶の中に、確か昔夢の中で何故かでっかい蜘蛛が妖母と戯れていた記憶があるような無いような。夢の世界故に何でもありなのだと思ったがこの術の性質を思うとそれだけでは無さそうだ。

 

『私は……今の私は夢の世界にも入れます。夢であり現でもあるこの世界に侵入する過程で何が起きるか知れません。戦力として使えるように其処の狐に注がれる神気の繋がりを中抜きさせて貰いました。今暴れているあの蜘蛛の化物が巨大なのはその中抜きした神気によるものです』

「それはまた……思いきったな?」

『しかし、やって正解でしたでしょう?』

「否定は出来んな。……それで、俺達はどうしたら良いんだ?専門家として助言を頼む」

 

 これが完全な現実ならばあの黒狐を撃破するだけで目下の問題は解決するだろうが、夢であり現実であり過去というこの世界においてはそれが正解とは思えない。この道への理解のある者に答えを教えて貰うのが吉であろう。

 

『行うべき事は二つ。術の完結。そしてその狐と霊脈との繋がりを断絶させる事です。それにておおよその問題は解決します』

 

 今や白は自身で細かい制御が出来ぬ以上、この術を正式な手順にて終了させる他はない。同時に神気を大喰らいする術が終了してしまえば白が溜め込んだ神気でどうなるかも分からない。故にこの二つは可能な限り同時に行う必要がある……らしい。

 

「分かった。それで?具体的にどうやったらその二つを解決出来る?」

『先ずはその狐と霊脈の繋がりについて……それは此方で上手くやります。というより貴方にはやり方が分からないでしょう?』

 

 蜂鳥は若干小馬鹿にするように宣う。事実であった。俺は所詮元下人である。術関係についても基礎しか知らない。簡易式を使役するだけで精一杯だ。餅は餅屋である。任せる他ない。

 

「専門家にその辺りは任せましょうかね?……それで?もう片方は?そちらもお任せした方が?」

 

 冗談半分に俺は応答して、質問する。委託出来るならそれが楽ではある。俺達は呑気にここで隠れておこうか?

 

 ……あぁ。知ってるよ。そうは問屋が卸さないだろう事はな?

 

『……』

「……?何か?」

 

 蜂鳥は俺を暫し黙って此方を見つめ続ける。その視線に含まれる謎の感触に俺は首を傾げて呼び掛けた。ふと我に返るようにピクリと式鳥は震える。俺『達』を見渡す。そして……嘴を開く。

 

『いえ。私は霊脈との結びを切るのに集中致します。結構繊細な作業ですので。……そうですね。お願い致します』

 

 蜂鳥は鳥らしい真っ黒で感情の窺えぬ眼差しで彼女を凝視する。淡々と嘴を開く。

 

『其処の女を殺して下さい。さすれば、この世界は『完結』する事でしょう』

 

 冷酷に冷淡に義務的に、蜂鳥は儀式の想定外の終らせ方を宣言するのだった……。

 

 

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