和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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ファンアート製作して頂けましたのでご紹介をさせて頂きます。

 Xin.さんより此方、首元に這いよる牡丹です。多分尻尾はブンブンしています。
https://www.pixiv.net/artworks/123384194

 此方は接吻葵姫。恐らく舌を突っ込んでいます。
https://www.pixiv.net/artworks/123189646

 素晴らしいイラスト、有難う御座います!



第一八三話●

「姫様、お早いお帰りで……ひ、姫様!?」

「その姫はどちらに向けてのものなのかしら?」

 

 孤児院の門前に停まった牛車を出迎えた女中は、同時に困惑する。返って来た答えには嫌味の色があった。

 

 赤穂の家紋の掲げられた牛車から我が物顔で躍り出た鬼月の二の姫。その背後から何処かよそよしく続く女は確か鬼月の屋敷で何度か見た記憶があった。薬師の助職であったか……?

 

「従姉様、待って……うきゃあ!?」

「あ、危ない!!?」

 

 最後に慌てて降りた主君が足を滑らせて転げるのを、陽菜は慌てて支える。結構手慣れた所作であった。因みに支えられなければ首の骨が折れていた事は誰も知らない。

 

「この奥ね。行くわよ」

「はぁ……」

 

 そんな背後で起こる騒動に、完全に無関心に鬼月の姫は尊大に門を潜った。薬子は後ろの様子を覗いてからそそくさとそれに続く。「え?従妹相手にその扱いでいいの?」と思うが口にはしない。口は災いの元である事を彼女は知っていた。

 

「誰だろあの人……?」

「きれーだけどなんかこわい……」

「えっと、昔見た気がするけど……」

「……うしさん?」

 

 孤児院の子らは物陰から遠目に自分達の家に上がり込む客人を観察する。ここ暫く外からの来訪者が幾人も来ていたが今回は格別だ。鬼月の血脈の集大成ともいうべき姫の濃厚な霊気に覇気、迫力は子供らに圧を加えるのに十分過ぎた。あとすたすた歩く度に衣装越しにすら揺れるのが分かるモノも注目を集めている。まぁ、それはどちらかと言えば純粋な驚きに近かったが。

 

「……」

「姫様?」

 

 子供らのこそこそ話に反応したのか足を止めて周囲を見渡しながら観察するように振る舞う姫。その行為の意味に思わず薬子は疑念と共に呼び掛けて、己が虎の尾を踏んだかも知れぬと身を強張らせる。何が不興を買うのか知れぬし、この姫は上の姫よりもずっと手が早いのだ。

 

「いいえ。何でもないわ。……行きましょう」*1

 

 幸い、桃色の姫は機嫌を害する事なく歩みを再開する。内心かなり安堵して、薬師は彼女に続く。庭に面した縁側を進む。

 

 鬼月家の出資もあり広く清潔で真新しい孤児院……幾つかの障子を通り過ぎて、誰が答えるまでもなく、姫君は其処で足を止める。

 

 障子の向こう側の事態を察する。

 

「……姫様」

「少し待機ね。今はまだ入るべきではないわ」

 

 そして障子を優しく撫でるように触れて、その先を見据える葵。

 

「今少しだけ……信じましょう」

 

 彼の選択を、判断を、その意志を尊重するために、彼の望むべく未来を切り開くために。そのために二の姫は何処までも慈しむように囁いて……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 蜂鳥から放たれた冷酷な言葉に、その言葉を聞き入った全員が息を呑んだ。息を呑んで、困惑した。

 

「それは……どういう理由からで?」

 

 僅かな沈黙の後に俺は切り出すようにして問い掛ける。蜂鳥の指示に、その意味の説明を求める。

 

『簡単な話です。物語には結末があります。ならば無理矢理に完結させてしまえば良いのですよ』

 

 淡々として、あるいはそれを装うようにして、蜂鳥は応答した。詳細に発言の意味の説明を宣う。

 

 俺達が囚われているこの過去改変の術式は、当然無限に続く訳ではない。術を継続するための『燃料』の供給が停止するか、あるいは術がその役目を全うするかによって終了する。 

 

 前者はそれこそ簡単だ。霊脈からの気の供給を切断すれば白が枯死する。直接ここで白を殺しても良い。無論、どちらも俺が許容する筈がない。

 

『えぇ。知っていますよ。なので正式にこの世界の結末を、答えを用意してやる訳です』

 

 要は術式がそれを認識出来る上手い『エンディング』を拵える……そういう意味合いの解決法を蜂鳥は提示する。

 

『色々終わらせ方は考えられますが、確実に終わりと判断出来るのが良いでしょう。つまりは悲劇ですね。殺伐に、正史に倣うのが良しです』

 

 それ即ち闇堕ちエンドである。白が家族を失い、狐共の一員となる結末。歴史の、帳尻合わせ……。

 

『ここまでの状況から当時の正史におけるおおよその推移について見当がつきます。大乱から程遠くない時代。積極的な妖狩り、人の裏切り者たる母親は殺されて、貴女もまた同様に。其処にあの黒狐の見参……まぁ、そんな所なのでしょう?』

「……」

 

 実に詰まらなそうに蜂鳥は詰る。大人姿の白は沈黙して俯くだけだ。図星である。同時に当時を思い出しているのだろう、酷く沈痛な面持ちに見えた。彼女にとって、それは道を踏み外した始まりであり、しかし救いでもあった。

 

『可能な限り元鞘に物事を収める。それは分かりやすく儀式の終わりを提示するだけではありません。後世への影響を最小限に抑え、事態を悪化させぬ事にも繋がります。だから先ずはその女を殺して下さい。死ぬべきだった女が、多少最期が変わっただけですから』

 

 実に淡々と、実に冷酷に、実に冷淡に松重の孫娘はそれを催促した。そして直後には俺の反応に思い出したのか更なる言葉を紡いでいく。

 

『あぁ。安心して下さい。ここで殺した所で別に現実の彼女が死ぬ事はありませんよ。貴方もそうですが本質的には外部から挿しこんだ配役の演者に過ぎません。退場しても演者は舞台から降りるだけの事です。貴方も心置きなく死んでくれて構いませんよ?』

「そりゃあどうも……って、俺も死ぬのかよ?」

『存在しない筈の人間が存在していても困るでしょう?歴史の闇に消えて下さい』

「ごもっともな意見ではあるがな」

 

 冷淡で冷徹な当然の意見に俺はげんなりと肯定する。

 

『本来ならば其処の白狐に殺させても良いのですが……それは好まぬのでしょう?』

「そりゃあ、まぁな」

『では殺って下さい。時間はありませんよ。所詮は夢幻です。罪悪感はそれ程でもない筈です』

 

 そう蜂鳥が宣う直後の爆音。雪丘から顔を覗かせれば黒い狐と白い蜘蛛の戦いは未だ終わりは見えず、それどころか死戦は刻を経るごとに一層激しさを増しているように思えた。

 

『( ・`ω・´)ムゲンノパワァヲクラエェェェ!!』

 

 ……うん。多分生死を賭けた激闘だ。

 

『下人。早くして下さい。さくっと首を折ればそれで足りる話です』

「……そんな軽いノリでいってくれないで欲しいんですがね?」

 

 急かす蜂鳥に愚痴りながら、俺は雪の上にて呻きながら踞る彼女を見る。不思議な事に彼女は母に……稲に見えて、その癖あの宮鷹の妖艶な姫そのものにも見えた。意識した今だからこそ分かる二重に人物を認識出来る光景。矛盾しているのにそれを視覚的に成立している奇妙な感覚であった。いや、それよりも……。

 

「……とも、いいえ。鬼月の、下人、扱?うふふふ……随分と無様な姿を見せているわね。御免、あそばせ?」

 

 おどけるような発言は、しかし苦しげな吐息に途切れ途切れの言葉遣いからして完全に虚勢だった。額は汗でびしょ濡れで、青白い肌は弱り切っているようであった。頭痛が酷いのか頭をひたすら押さえている。

 

「かなり乱暴に、記憶を再生させられたから……?何にせよ私は……あぁー、そう。私は宮鷹の姫。宮鷹の……二人の母親で?」

 

 呆け老人一歩手前みたいに呟かれる言葉は、次第に独り言に近くなりつつあった。混乱した思考……。

 

「……大丈夫ですか?」

「記憶が、混濁してるの……かもねぇ?困ったわ。貴方の事を可愛い息子と思ってる私がいるんだもの。冗談?……お乳欲しい?」

 

 着物を若干はだけさせてそんなふざけた事を言ってくれる宮鷹の姫の、その苦悶に歪む眼差しには、しかし確かに母親が息子に向けるそれと同じ色彩が滲んでいた。際限ない母性。慈愛の眼差し……。

 

「冗談止して下さいませ。赤ん坊じゃありませんし。何方にしても血は繋がっていないでしょう?」

「血の繋がりだけが……全てではないでしょ?そうよ、ねぇ?」

「……」

 

 俺の返答に対して、苦しくもからかうように嘯き、そして意味深げに彼女は白を見た。複雑でバツの悪そうな表情を浮かべる白狐。眉を八の字に凹ませる。幾つもの意味で白にとってその問い掛けは胸を抉るものだったのかも知れない。

 

 ……いや、そもそも仮初とは言えこれから行われる事を思えば白の立場からは何も言えないだろうけれど。

 

「……先程の会話の中身については?」

「承知しているわ。……ふふ。その蜂鳥は何処の何方?随分と、頼もしい助言者……ね?」

「鬼月の機密です」

 

 あの宮鷹である。惚けた物言いで実は何処まで察しているかは知れない。兎に角しらを切る。式だけでは会話している相手が何処の誰かなぞ知り様はないのだ。ましてやここは夢の中である。最悪終わった後に全てを幻覚として貶める事すら出来た。何にせよ、その点については後回しである。明日の俺が悩めば良い問題だ。

 

「痛いのは……嫌だわ。やるからには一撃で楽に、ね?ふふ。この弱っちい身体なら殺すのは簡単な筈よ。やるならちゃっちゃっと終わらせて頂戴な?」

 

 辛そうな表情に重々しい内容に対して何処までも似つかわぬ軽々しい物言いだった。母たる姫は華奢な身体を起こすと己のか細い白い項を、首を晒し出す。如何にも絞め殺せとばかり見せつける様に俺は再び消沈する。

 

「やりにくいですね」

「そんなに……私の首は細い?」

「そういう問題じゃありません」

 

 嫌な厭な記憶が脳裏に過り、今はそんな時ではないと振り払う。そして俺は母たる姫君の白く冷たい首に触れて……俺は蜂鳥に向けて振り向く。

 

『下人。どうしました?』

「質問があります。俺と姫は単なる演者なんですよね」

『えぇ。そうですが。何か?』

「では、役の存在そのものはどうなるので?」

『……』

 

 問い掛けに対するその沈黙は、明白過ぎる答えであった。

 

「……成る程。俺達の魂は兎も角、身体はこの時間から何処ぞから引っ張って来た存在。この世界に元からあった存在。そうなんですね?そうなんだな、白?」

 

 俺は蜂鳥に、そして白に向けて追及する。返答はない。蜂鳥は無感情の無表情で、白は悲惨な表情で黙り込む。牡丹は兎も角……白、お前も分かって黙ってたな?我慢してくれる。

 

 俺と淫姫は、きっとプレイヤーの立場なのだ。身体の誰かの主導権を借りて操縦しているのだ。この身体が死んだ所で俺や姫からすれば画面の向こう側の御話だ。ゲームオーバーの画面を見るだけの事だ。しかしその身体の持ち主は……白の母親そのものは!

 

「役を殺すだけじゃない。本当に母親を殺す事になる。それでもいいのか?」

「そ、れは……」

 

 俺は白にその事実を改めて突きつける。白はわなわなと震える。逃避していた現実を見せつけられて怯えていた。それが証明だった。

 

「変えられるなら、変えたい。救いたい。……そうだな?」

「……!」

 

 息を呑んでの静かな絶句だった。白狐は名状し難い表情を浮かべて俺を凝視する。不安。混乱。恐怖。そして……期待の色がその瞳の奥に覗いた。

 

 あぁ。そうだ。そうだとも。確かにこの術は暴走しているのだろう。しかし、恐らくはこの術は術者の潜在意識は読み取ってはいるのだろう。だからこんな配役をしたのだ。淫姫を態々何処ぞのモブの村人ではなくてドンピシャで母親役になんてしたのはきっとそうなのだ。執着心なのだ。母親の選択肢を変える事で何かを変えたかったのだ。きっと、全ての運命を……。

 

『下らない感傷ですね。正しい歴史では、現ではとっくに死んでいる存在ですよ?私達からすれば過ぎ去った只の事象です。何を迷う必要があるのですか?それとも、臆病風にでも吹かれましたか?』

 

 横槍のように嘯かれる実に実に冷たい蜂鳥の糾弾。何をこんな事でまごついているのかと大層不愉快げであった。そしてそれは確かに正しい判断ではある。正論ではある。しかし……。

 

「酷い言い様だ。娘の前で親を殺せって?」

『所詮、ここは夢幻ですよ。時間の流れから切り抜かれた一時の箱庭です。時間の川の流れから分離した支流に過ぎません。過去です。終わった事象です』

「だが最後は合流する。時間の大河に組み込まれる、改めて定義される。だろ?」

『歴史の改竄ですか?白澤の真似事ですか?烏滸がましいですね?』

「考えても見て下さい。改竄なら……多分もう散々されている」

 

 蝶の羽ばたきは時として星の裏側で暴風となるという。白が切り抜いた時間は優に五年十年に及ぶ。それが辺境の辺境の寒村に区切ったものに過ぎないとしてもその影響は、それこそ細やかなものまで含めれば如何程のものか。

 

「いや、恐らく何人かの生死すら変わってる筈だ。変わらない訳がない」

 

 少なくとも俺はそれを確信していた。この世界の原作を知る故に知っていた。白が、狐璃白綺が、白那が追憶する記憶の断片。その一文、その一場面、其処から今を比較する。この一連の逃亡劇は二桁の者の運命は変えている筈だった。

 

『……ではどうすると?中途半端な改変はそれこそ危険と思いますが?良い出目が出ると願って宝籤でもするお積りで?』

「まさか。……策がないって訳ではないのですけどね」

 

 牡丹の糾弾はごもっともで、それに自分なりにこの帳尻の合わせ方も思案してはいた。問題は実行出来るかどうかで……『こそこそと陰口話でもしてるのかしら?』っ!!?

 

 耳元に鳴った甘い嘲り。咄嗟に身構える。受け身を取る。頭に叩き込まれた一撃を腕で受け止める。グシャというおぞましい音がした。視界が回転した。吹き飛んだ。雪面に叩きつけられていた。

 

「伴部さん!!?」

『……!!』

 

 白の悲鳴。蜂鳥は振るわれる一撃をいなすと隠行して失踪した。母たる姫はその場に蹲ったまま肩を竦める。冷笑と諦念が入り交じった表情。

 

 そして俺は……。

 

「いっ、てええぇ……!!?」

 

 大の字で雪の上に晒された俺の第一声がそれであった。妖狐は腕っ節は強くない。九尾の狐ですら凶妖の中では下位の下位の膂力であるという。凶妖の中では、である。

 

「う、ぎぃ…う、腕が、……!!」

 

 人と比べるべくもない。狐の蹴撃を受け止めた腕は折れるというよりひしゃげていた。肉が裂けて、筋が剥けて、骨が覗き見えていた。赤黒い流血は容赦なく止めどなく。それは奇跡であった。

 

 受け流す暇もなく真正面から受け止めたのだ。そのまま上半身が消失していても可笑しくなかった。モブな餓鬼の癖に意外と頑丈な身体である。あるいは妖母の影響が俺の精神を挟んで影響でもしているのだろうか?

 

 兎も角も俺は可能性を繋いだ。そして、それだけの事であった。何も危機は去ってはいない。

 

『先程ぶりねぇ。口先のお達者な雄猿さん?』

「はぁ、はぁ……これはお狐様。もう少しお戯れしてても良かったのですよ?」

  

 優美な黒狐からの優美な罵倒に、俺もまた慇懃に強がる。強がって、視線を狐の更に後ろに向けた。

 

(轟音……あの馬鹿蜘蛛はまだ健在?どうなってやがる!?)

 

 山のような巨躯を誇る蜘蛛の雪山での大暴れ。何やら阿呆な事を頭の中で響かせながらの道化のような大立回りである。存在しない相手に向けての暴れん坊。何故かドヤ顔のキメ顔だった。うわっ、腹立つ。

 

『勇ましく輝かしい夢を見て貰っているわ。無駄に頑丈で困るわよねぇ。この私の攻撃が何れもこれも弾かれるなんて……一体あれは何物なのかしらね?』

 

 それはもう、心底心底呆れ果てたように。嘆息しながらの説明。どうやら幻術を見せられているらしかった。間抜けめ……!!

 

「く、ぐっ……!!」

『こらこら、勝手に起き上がらない』

「ぐぎっ!?」

 

 幻想の中の癖に筆舌し難い激痛に耐えて起き上がる。起き上がろうとして足蹴にされて再び雪に伏せる。艶かしく足袋を嵌めた美脚に踏みつけられる。圧が、強、い……!!?

 

「ぐぎっ、、ふゅ……は、は……なぁ、提案があるんだよ。乗って、くれないか?」

『提案?ふふ、そうね。……こ・な・ま・い・き♪』

「うぐぅ、ふぅ……!!?」

 

 黒狐は妖艶に微笑んだ。同時に俺の胸板に押し込まれる美脚。ボキボキボキとマッサージよりも豪快に骨の鳴る音がした。肋骨損傷、いやもう少し酷そうだ。折れた総数は一ダースは堅いだろう。俺は息を漏らして悲鳴の出ない絶叫を上げる。

 

『猿の分際でこの私と交渉しようと?随分と尊大ねぇ、そんな事を求められる立場とでも?』

 

 けらけらけら、と。此方を見下して艶かしく嘲る黒狐。おぞましくも美しい美貌が俺を蔑み嘲笑する。

 

 足コキプレイならば最高の相手だろうが現実は甘くない。圧迫される呼吸、溺れそうになる肺に空気を送り、必死に言の葉を紡いで、俺は更に提案する。

 

「そ、そうだ…交渉だ。は、話だけくらい聞いてくれよ?決して悪い話ぃぃぃっ……!!?」

 

 俺が息絶え絶えにセールストークを開始すると共に加えられる更なる圧迫であった。肺が悲鳴を上げていた。踏みつけられて肺胞が締め付けられていた。息を吐けない。息を吸えない。窒息していく……。

 

『あははははっ、良い楽器な事!実に良い音色を奏でてくれるものね。……そうは思わないかしら?愛しい私の義妹になるのだろう御嬢さん?』

「……!!」

 

 心底楽しげに嗤い鳴き、そして黒く残酷な狐は背後を振り向いた。踏みつけながら白い狐を見つめた。己の妹となったのだろうこの時間を切り抜いた白狐を見抜いた。怯えて息を呑み、しかし勇気を振り絞って彼女は義姉の名を呼ぶ。

 

「黒麗……義姉、様」

『うふふ。やはりここは貴女の切り抜いた時間。仮初めなのね?……恐らく大分遡ってるわね?一体如何なる指示でこんな時間に出向いて?』

 

 薄々ながら白の正体を、この時間の真実を見抜いた黒い狐の、今度は確信を抱いての問い掛け。どうやらこの術による隔離され改竄されつつある刻を未来の己からの命令によるものだと思っているらしかった。

 

「義、姉様……お、お願いします!にぃさま……ちがっ、伴部さんを、そんな事は!」

『それは私からの指示?』

「そ、れは……!!」

 

 嘆願に近い白の返答への冷淡な切り返し。その冷たい覇気もあって白は次の言葉が出てこない。言葉が止まる。息が止まる。思考が止まる。鼻白む義姉。

 

『黙っているのはお止めなさいな。咄嗟に口が回らぬなぞ狐の恥というものよ?……行けないわね、その立派な九尾はお飾り?どうして私はこんな愚図を送りつけたのかしら?』

 

 困惑して首を捻る黒狐。白の反応は落第点であるらしい。未来の己の下した判断を、その意図を不思議がり、訝る素振りを見せる。

 

「はっ、!」

 

 俺は滑稽なその姿に嗤ってやった。血反吐を咳き込みながら盛大に嘲笑してやった。即座に胸を押し潰す圧迫感に噎せ返ったけれど。

 

『あらぁ。一体何が面白いのかしら?是非に教えて欲しいわね?お楽しみは一人占めしちゃ駄目よ?特に猿如きが、ね?』

 

 だからさっさと知っている事を洗いざらい自白しろと。狐は朗らかに要求した。見惚れるような微笑みを浮かべた冷酷無慈悲な宣告であった。オマケのようにグイッと脚の指を押し込まれる。ボキッと俺の肋骨が何本かポッキー染みて砕けた。吐血。満月のように満悦な御尊顔。上位者、支配者、捕食者の振る舞い。

 

 美しくも恐ろしい。実に、実に恐ろしい。そして……故に一層滑稽だ。

 

「はっ!そりゃあ……そうだろ?ぐっ、お前だって薄々と……察している筈だ。自分の末路を、まさか賢しい狐様がここにきて未だに理解出来ていないって訳じゃあ、ないだろ……!!?」

 

 挑発の交ざった指摘は命懸けで、しかし何時までも不遜を懲らしめる罰は来ない。眼前にて黒狐は、神妙な雰囲気を醸し出して目元を細める。

 

 ……あぁ。やっぱり。察していやがるな?

 

『……可愛い義妹さん。最期はどのように?』

 

 鋭い口調で尋問するような問い掛け。びくりと白は震えて、そして言葉を紡ぐ。

 

「か、枯嘉邦にて……その、追手に手負いを受けて……」

『受けて?』

 

 白はゆっくりと、慎重に、言葉を紡ぎ、そして途絶える。義妹の言葉が止まった事に、その先を促す黒狐。沈黙は許されない。

 

「……命に従い、喰らい、ました」

 

 絞り出すように事実を伝えるのに、白は数瞬程の沈黙を必要とした。言葉を言い切ると共に恐怖に満たされたように表情を強張らせる。それは一時は自死すら覚悟していた事を思えば意志薄弱で滑稽にも思えたかも知れない。しかし、確かに白は恐れていた。義姉の反応に、身構える……。

 

『……ふぅん。そう』

 

 思いの外軽い反応。そして、直後に足踏みの圧力が強まり俺は獣のように絶叫する。

 

『もしかして私の死の回避でも条件にして某か取引を騙るつもりだったのかしら?残念、貴方が私の死に欠片も関与はしてない事くらいは見抜けるわよ?』

 

 肩を竦めて小馬鹿にするように。グリグリと脚の指を器用に操り、肋骨の隙間に捩じ込みこね繰り回す。弄ぶ。悲鳴が、絶叫が上がる。

 

「伴部さん……!!」

『良い音色ね。まさに肉楽器って所かしら?黄華辺りが喜びそうねぇ』

「やめて下さい……!!義姉様!?やめて、お願いっ……!!」

『お黙りなさい!』

 

 駆け寄ってそれ以上の暴行を止めんとする白に振り向いて、キッと視線を向ける黒狐。それだけで幻術に掛かってしまった白は盲目になったかのようにその場にへたりこんで、キョロキョロと周囲を見渡す。視界を奪われでもしたのだろう。彼方此方を向いてひたすら叫ぶ。声は届かない。喉も奪われたのだろうか?もしかしたら五感全てを奪われているのかも知れない。迷える子羊という事だ。

 

『……随分こってりと誑かしてくれたものね。私の義妹の癖に、尾を九つも生やせる素質があるのに本当に情けない事。未来の私は何処で教育を間違えたのかしら?』

 

 頬を抱えて大層悩ましげな嘆息。逸材の筈の存在のだらしない有り様に、そのように育成してしまった己の失態に目眩がしているようであった。

 

『さぁて。……じゃあどうしてくれましょうか?』

「この身体を殺しても……中身は元の時代に戻ってしまう、ものなぁ?」

 

 思案する狐向けて、俺は勝ち誇るように宣ってやる。この身体の持ち主には悪いが最悪の最悪はそれで済ませられるのだ。何だったら俺や姫を殺した途端に『結末』がやって来る……。

 

『あら。甘いわね。殺すのは難しくても苦しめるなら幾らでもやり様はあるのよ?死なない程度に生き地獄を延々と味わわせても良いし、時間を極限まで引き伸ばしても良いわ。心身は一体。壊れた魂で現に戻してあげましょうか?』

「廃人か。流石、狐……薄汚い根性、だ!」

 

 即座にべらべら語れる性格の悪い提案に惚れ惚れする。そして……薄々俺は指摘する。

 

「考えても……見ろ。この術は……お前さんが仕込んだものの、筈だ。だったら、お前さん自身も使えた筈だ。それを……ははっ、どうしてお前は使わなかったんだろうな?」

『何が言いたいのかしら?』

「提案の続き、だよ……!」

 

 吐血して咳き込みながら、荒く震える吐息を吐きながら俺は先の説明を要求する。乗ってくれる事を祈って……。

 

『……嫌な瞳。壊すのには骨が折れそうね。何がお望み?』

 

 俺を見下して、面倒臭そうに眉をひそめて、狐は尋ねる。ほぅ、乗るか?

 

「帳尻合わせだよ。……アイツの、お前の妹さんの記憶を、改竄してくれよ?」

 

 それは、術式の穴を突くための正しく偽装の偽造の提案だった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 正史における白の過去は、辺境の名もなき村での悲劇である。歴史の闇に埋もれた小さな惨劇である。

 

 ……実に実に、ありふれた事件であった。

 

 原作の時代でも村が滅びる事は珍しくないのだ。白の幼少期は尚更であろう。半妖が殺されるのも同様だ。記録にすら残らぬだろう。証拠なぞない。当事者達の記憶だけが唯一の証明である。即ち、白の記憶だけが原作における彼女の過去の証明なのだ。

 

 そして、個人の記憶なぞ必ずしも信用出来るものではない。

 

 シュレディンガーの猫、あるいは他にも幾つでも類似の理論哲学はあるだろう。観測されていない事象の答えは断言出来ない。他者による観測によって初めて事実は規定される。そして観測する行為それ自体が事象への影響を与える場合も有り得る。真実は、実に実に曖昧で不安定で不明瞭だ。

 

 ならばこう考える事も出来ないだろうか?ここまでの術式による影響すらも元よりも正史に組み込まれていると。あるいはそのように帳尻を合わせる事が出来ると。白い狐の知る歴史が必ずしも事実ではないと。

 

『即ち、記憶操作であの白い義妹に正史を誤認識させる……という事ね?』

「理解が早くて……助かるよ……っ!!」

 

 尊大に傲慢に踏みつける黒狐と踏みつけられる人間の間で共有された認識。しかし、黒狐は下らなそうに鼻を鳴らす。

 

『そんな辻褄合わせの何処に私の利点があるのかしら?寧ろ、私としては好き勝手して自身の馬鹿げた運命を改竄する方が有意義に思うのだけれど?』

 

 己の死。そして愚かな義妹の育ち様。それは確かに改竄するに値するものであるのだろう。特に過去の存在であり未来に存在しない黒狐にとっては尚更に。今から散々に変えまくって未来を改変する。己を救済する布石とする……しかし、俺はそれを否定する。

 

「だから、こそさ……さっきも言ったろう?どうして、お前は己が死ぬ時に同じ術を使わなかった?義妹に、使わせなかった?」

 

 そうだ。それが可笑しいのだ。妖狐は可能な限り不意打ちで、一撃で殺せといわれるがそれは幻術だけでなくこのような過去改変のよる死亡回避もあるからなのだろう。だからこそ腑に落ちない。

 

 白に己を喰らわせるだけの時間があったのだ。ならばどうしてその暇がある間にこれと同じ術を使わなかった?弱っていた?ならばそれこそ不器用でも馬鹿力のある義妹を電池として手伝わせたら良いのではないか?それくらい黒狐ならばやれるだろうに。

 

 違和感。不合理。非合理……いや、違う。それは恐らく道理であり合理であったのだ。そうでなければ説明がつかない。

 

『……つまり、私は己の死を受け入れていた、と?』

「すんなりと……平然と己を食わせたんだ。満足げですらあったんだ。あり得なくはない、だろ?」

 

 一部は白から、一部は原作のスチル画や一文からの考察……というよりも空想。妄想の類いである。しかし、あり得ない話ではなかった。

 

『理由は?己の死を受容するくらいなら何か目的がある筈だと思うのだけれど?』

「悪いが……知らねぇ、な。全部俺の想像だ。推測さ。だけど、お前の事はお前が一番知ってる筈だ。違うか?どうなんだ?」

 

 俺の指摘に狐は押し黙る。思慮するように手の甲を顎に当てる。気難しそうに考え込む。そして……。

 

『具体的にどうして欲しい訳?』

「白の……アイツの母親を死んだと認識させて欲しい」

『それって、実際に殺してしまっても構わない事じゃないかしら?』

 

 残酷で加虐的な指摘を、しかし俺は想定していた。だから即座に澱みなく切り返す。

 

「そりゃあそうだ。けど……お前の妹だぜ?術まで仕込んで、最期まで共にいた妹だぞ?甘ちゃんに甘えさせて育てさせた妹だぜ?」

 

 それが事実であった。数多の義妹を従えていた黒狐は、しかし白狐を寵愛して可愛がっていた。ならば、実の母親を殺すなんて真似はあり得ない。実利的な意味でいっても。……本当に甘えさせていたかは知らん。脳味噌プリン案件は本狐からすれば秘密のグルメ扱いなのだろうか?単なるゲテモノ虐めな気もする。

 

「何は、ともあれ……何かあってバレたら……けほっ、刺されるかもな?信頼していた妹に殺されるなんて惨めな終わりとは思わないか?」

『随分とお口が回る事ね?流石牡猿、女を言いくるめるのは得意中の得意って事かしら?』

 

 俺の語る可能性に対しての黒狐の論評。皮肉であり、嫌味であり、事実の羅列だった。情に訴え、可能性に可能性を重ねた砂上の楼閣のような推測。それを真実のように騙って語る様は我ながら悪質なセールスマンのようだ。

 

 しかし、黒狐も理解している。否定は出来ないと。そして……心の天秤は、既に。

 

『……ふむ。そうねぇ。其処の女。良かったわねぇ?見逃してあげる。精々必死に生きなさいな』

 

 黒狐は踞る女に、淫姫の意識を抱く稲に宣告する。冷笑を含んだ口調は彼女のこれからの苦難に思いを巡らせてのものだと思われた。ここで凌いだとしても故郷を追われた女に待ち受ける艱難は果てしない。そう遠くない内に何処ぞで野垂れ死ぬのが関の山であろう。それを見通しての嫌味。それでも……。

 

『可能性があればそれで良い、かしら?実に憎らしく無責任な面ね?つい、潰してしまいそう』

「ぐふっ……それは、結構な事で!」

 

 ボキボキ鳴り響く骨の音。俺と狐は互いに嗤う。それを横目に見やる母たる姫だけが何とも言えぬ表情を浮かべていた。何も言えず、黙って運命を受け入れる。果たしてそれはどちらの意思であるのだろうか……?

 

『ふぅ。……それで?貴方は?』

 

 俺を痛め付けて満足したように、小さく小さく、小区切りをつけたような嘆息。そして改めて見下して、黒い狐は問う。それはまるで主膳を頂こうと言うように意地悪く。

 

「俺?」

『悲劇の白狐なのでしょう?貴方はどうする訳?お母様同様にして雲隠れする訳?あぁ、元々存在しない御兄様だったかしら?じゃあ元からいない存在にしておいた方が良いのかしらね?』

「あぁ。そういう事か……」

 

 今度は俺が暫し黙り込む。そして考えを整理して、理論立てて……そして要求する。

 

「あぁ。記憶は消してやってくれ。それと……俺の方は最初の通り殺してくれたら有難いんだけどな?」

 

 俺の発言に、場が凍りついた気がした。……自惚れかも知れないけれど。

 

『……正気?』

「そう、可笑しい話か?お前だって見ていたんだろ?だったら、分かる筈だ。……俺の危険性に」

 

 俺が史実に存在したかどうかは白の記憶を消す以上は大した問題ではない。問題は俺の身体そのものだ。

 

 化物となり、暴走した俺の有り様。それが元からこの身体の持ち主の特性だったのかはこの術式や妖母の因子の力の関係性が計り知れぬ以上分からない。恐らくは中にいる俺の精神の影響、妖母の理不尽な神の力により後付けでそのように整合性が合わされた、くらいが妥当だろう。多分。

 

 それはいい。だが術が終わった後もこの身体が生きていたら、あるいは死体そのものがあったら、恐らくは妖母の力の一端を宿してしまったこの身体の危険性は言うまでもない。母親は見過ごせても、此方はそうは行かない。

 

「綺麗さっぱりと、処分してくれたら嬉しいんだけどな。……それとも、お前が食うか?」

『あの地母神の影響があるやも知れぬ肉を?冗談じゃないわ。成る程、確かに残しておいたら危険ねぇ』

 

 俺の懸念に心からの同意を示す黒狐。河童ではないがこの身体は今ではある種のバイオハザードな廃棄物なのだ。放置してたらどんな厄災があるか知れない。

 

『その辺りに落ちてるガワ含めて、全部処理……って所かしら?宜しい、承りましょう。……覗き見している退魔士さん?貴女もそれで良いわね?』

 

 その呼び掛けは恐らく隠れて窺っている蜂鳥……牡丹に向けてのものであった。そして、返答はなくとも俺は、そして黒狐も彼女の意志は察していた。退魔士がこの状況でどのように判断するのかを。

 

 そして指を鳴らす音が響く。それと共に雪の上で放置されていた俺の巨大な脱皮跡が発火する。因みに馬鹿蜘蛛はその更に向こうでまだ見えない好敵手相手に戦っていた。役立たずめ。

 

 ……そういや、アイツの存在はどのように整合性が取られるのだろうか?いや、妖母の事例からすると神格は色々例外かも知れないが。上位の神格は存在が世界に対して点であり線であり面なのだとか。うん、言ってる意味が分からない。

 

『あら綺麗。軽く焼くつもりだったのだけれど、意外と良く燃えてくれる事ね。じゃあ、そろそろ……』

 

 そんな事を考えていると燃え盛る肉の山をそのように評して、黒狐は俺に視線を戻す。踏みつけて、踏みつけられて、見下して、見下された体勢……口元に残虐な微笑みを湛える狐の、その眼に妖しい光が宿る。身体が熱くなっていく感覚。それは人体発火の前兆で……。

 

「駄目ぇ……!!」

「っ!?」

「ちっ!?」

 

 悲鳴。直後に視界を包んだ炎は狐自身の術にて幻に返る。俺は自分に覆い被さる存在を理解した。

 

 背中に軽い火傷を負った淫姫の、いや母の、稲の姿……俺を抱き締めて、怯えつつも子供を守らんとする光景。黒狐を見上げて、敵意を向ける。

 

『……何のつもりかしら?』

「姫様、一体何を……?」

 

 俺と狐のほぼ共通した疑問。疑念。行為の意味が分からずに困惑する。

 

「はっは!それは……私か言いたい事なのだけど?どうしようもないくらいに、身体が動くのよ。守らないと。息子を、ね?」

 

 自分でも感情を制御し切れていないかのように彼女は嘯いた。そして俺の顔を見て、生きている事に安堵する。完全に母親の顔であった。

 

(演じる相手の、母親の影響を受けているのか……?)

 

 マジカルのTS版らしからぬ振舞いに俺はそのように理解する。稲の、彼女の精神に引っ張られての咄嗟の行動なのだろう。俺は己の似合わぬ行動をさせられている淫姫に同情する。そして……母に謝罪する。

 

「母さん……」

「私は貴方の母親じゃあ……母親よね?いや、違う?違わない?」

 

 お互い色々あべこべなのもあって思考の混乱する姫。それは脇に置いておいて、俺は語りかける。己の育ての母に。この身体の育ての母に。稲に向けて。

 

「親不孝……は少し違うか。俺は、この身体の持ち主とは言えない」

 

 言うなれば殺人に近い。もっと上手くやれたらこの身体の持ち主も生きられた筈だった。共に何処かに逃げる事も出来たかも知れない。しかし、最早手遅れだ。

 

「息子さんの事……本当に申し訳ありません」

「そういうの止めて頂戴な。……我が子のそんな言葉、聞きたくないわ」

 

 恐らくはそれは前半は姫で、後半は母の言葉だった。ひきつった苦笑いは歪で、絶望していた。無力な彼女は全てを察していた。

 

「勝手に色々と決めてしまって、一人残してしまって……恩知らずなのは分かります。けど、それが今選べる最善なんです。分かっては……くれませんよね?」

「分かりたくないもの。……謝罪なんてしないで?二人が居てくれたらそれだけでいいの。ね?三人で、ね?」

 

 母親の悲痛で悲痛で悲痛なお願い。嘆願。ありふれた望み。しかしそれは細やかというのには致命的過ぎた。

 

「拾ってくれて、育ててくれて、本当に……有り難うございます。この身体の持ち主に代わって、心からの感謝を」

 

 誠心誠意、勝手に運命を決めてその権利のない相手を死なせる事を謝罪する。恨まれる事は承知の上だ。俺だって、彼女と同じならそんな話は納得出来ない。当然彼女は叫んだ

 

「止めて!そんな事言わないで!」

 

 首を振っての否定。涙目となって彼女は捲し立てる。

 

「お願い!貴方達が居てくれるだけでいいの!それだけで良かったの!!もう家族がいない私を……呪われて孤独な私に、家族で居てくれたのが!!だから!!」

 

 それは、初めて知る母の剥き出しの本音だったのかも知れない。普段の温厚で物静かな母から紡がれる荒々しい言葉に俺は驚く。

 

「感謝してるのは私なの!あの時棄てられていたのを!生き返ってくれたのが!!支えてくれたのが!だから、貴方は!絶対私の家族で!家族だから……!!きゃっ!!?」

 

 その訴えの途中でそれは悲鳴に変わる。尻尾が彼女を捕らえた。放り投げた。黒狐の呆れた表情。

 

「余りこういう光景は好きじゃないのだけれど?」

「ははっ、悪かったな。……意外と空気気にするんだな?」

 

 非難の視線を受け入れて俺は両手を上げて「それ」を待つ。確かに、これから殺す相手のお涙頂戴物なやり取りなんて見ていられないだろう。

 

「いや、駄目!お願い……!?お願い!私を置いていかないで!!もう、一人は嫌!一人にしないでぇ……!!?」

 

 結構遠くに飛ばされたのだろう。必死に雪に足を沈めながらも此方に叫んでやって来る母。泣き腫らして駆け寄る稲。その悲壮な光景は俺も見ていられなかった。

 

 理不尽に家族を奪われて、しかも一人故郷も家も失う彼女の運命を思えば、尚更に……。

 

 どうか強く生きて。どうか長生きを。……それは心の中で思うだけ偽善だった。酷い息子、いや息子殺しの他人か。

 

「……ほら、さっさと殺ってくれ」

「えぇ。そうね。殺ってしまいなさい?」

「あ?」

 

 事は突然に。黒狐の奇妙な返答に首を傾げて、そして俺は宙を舞っていた。上半身だけで、中身を撒き散らしてゆっくりと地に向けて落ちていく視界の中で、俺は見た。

 

 俺を八つ裂きにした事を理解して唖然とした表情を浮かべる大人の白の姿を。白の背後で加虐的に微笑む黒狐の姿を。

 

「あ、そういう……」

 

 理解して、地面に叩きつけられて、瞬間的に駆け巡る激痛に悲鳴は上げられなくて、遠くに俺の真っ赤な血を浴びた白狐が目を見開いて半狂乱になって走って来る。

 

 妖狐は加虐的だ。性悪だ。俺の要望に素直に応える訳がない。約束に反しない範囲でトコトン悪辣にしてくれたようだった。幻を使ったか。

 

(まぁ、多分後で焼いて改竄はしてくれる、か……)

 

 肉塊になりつつある俺の目の前で大泣きする白狐の姿。何を言っているのかは分からない。分からなくなっていた。痛いのはその内終わる。我慢する。謝罪する。最後の最後にこんな光景を見させる事になった妹に。母親に。そして勝手に死なせてしまったこの身体の持ち主に。

 

「わるい、にぃちゃんで……ごめんな?」

 

 ……意識が途絶える直前に、紡いだ言葉が届いたのかは分からなかった。

 

 

 

 

*1
(正直騒がしい餓鬼は好きじゃないけど……沢山庶子や私生児の躾もしないといけなくなるでしょうし、今の内にこういう空気に慣れておいた方がいいのかしらね)

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