和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 製作して頂いたファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 Xin.さんからは葵姫。R-18注意です。本人からしたら勝利ルートかと思われます。一瞬姉に写メ送ったと思ったのがこの悪名高き作者なんだよね
https://www.pixiv.net/artworks/123673989

 此方は噗姆さんよりヤン気味白ちゃんです
https://www.pixiv.net/artworks/123690447
恐らく未来予知なのだと思われるが……
 お二方共、素晴らしい作品誠に有り難う御座います!


第一八四話●

 痛い。痛い。痛い。痛い。激痛だ。感覚が消えていくのに、五感が死んでいくのに痛い事だけは分かる。

 

 それは苦行だ。拷問だ。地獄だ。罰だ。罪と罰だ。因果応報だ。否、等価ですらない。取り返しのつくものとつかないものでは比較にならない。ならばこれは慰めだ。自慰行為に等しい。自己陶酔に等しい。恐らくは、この自虐的な思考すらも……。

 

『まただ。何時だってそんな事を言う』

「……?」

 

 何処からか呆れたような囁き声。奴ではない。あの禍つ神ではない。阿呆な蜘蛛でもない。ならば……何物?

 

「誰が……?」

 

 虚無の中で探す。暗闇ですらない空虚の中で、真空の中で、必死に探し足掻く。それに会うために。せめて、一目見るために。

 

 探す。探す。探す。見つからない。見つけられない。焦燥する。刻は迫っていた。

 

 深層の深層に。沈んで、沈んで、沈んで。焦りから息が荒くなる。荒くする必要なんてないのに。それは心の問題だった。

 

 奥底まで探り当てる。心の壁を越える。己の心の内に、その中心に居座るそれに再会する。その背中を、漸く捉える。

 

『……』

 

 振り返る。此方を何とも言えぬ複雑な表情で見据える。困ったように肩を竦める。どうしてここにいるのだとばかりの苦笑の表情。その姿に俺は眼を見開いて、安堵して、手を伸ばして、駆け出して、狂うように求めて……。

 

『残念、時間切れ♪』

「っ!?」

 

 突然のおぞましい宣告。直後には無数の数多の手により囚われて、振り向いた俺が見たのは視界一杯の満面の微笑みだった。

 

『さぁ、そろそろおっきするお時間ですよ。可愛い可愛い坊や?』

 

 そんな戯れ言を宣って、逃げられぬように頬を挟み捕らえた禍々しき翠の母神は、まるで獲物を吟味するかのように這い寄りて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むふふふふ!よぉーし 、それじゃあ企画変更して、これよりこの茜様の神の手による高速鼻毛抜きの御時間だー!」

「いや、何しとんねん」

「いてっ!?」

 

 取り敢えず攝子を構えて迫り来ていた蜥蜴娘に対して突っ込みを兼ねたチョップを放った。

 

「あわわわわ……!!茜お姉ちゃん、おにさんおきちゃったよぉ!!?」

「おでこがー!おでこがー!?」

 

 げんなりとして、布団に寝込んでいた上半身を起こす。周囲を見れば個室である事が分かる。眼前では額を押さえて悶える蜥蜴とその傍らでこの世の終わりのように半泣きで震える牛娘の二人である。いや、そんなバルスられた後みたいな悲鳴あげられても。そんなに力入れてないけど?

 

「というか、これは……」

 

 俺は記憶を掘り返して事態の理解に努める。そして俺は疑念の籠った視線で眼前の小娘二人を見やる。

 

「お前ら……大丈夫なのか?」

 

 過去の幻に呑み込まれる直前、囚われ意識を失っていた二人の身を恐る恐ると案ずる。

 

「……おでこ痛い!」

「えっと……わたしたち、またなにかやっちゃった?」

 

 俺の問い掛けに対して返って来たのは舌を出しての糾弾と何処かなろう風味のある質問返し。二人して何が言いたいのか、何があったのかと首を傾げて困惑すら浮かぶ表情を浮かべる。こいつは……。

 

「こら、主らめ。寝ている客人相手に何をやっている?」

 

 俺の思考を塞き止めたのは背後からの呆れた叱責の声。眼前の餓鬼共がビクリと肩を震わせる。俺は振り向く。そして腕組みした彼女が視界に映りこむ。

 

 音もなく障子を引き、いつの間にか入室していた吾妻雲雀。鼻を鳴らして小僧共に退室を命じれば苦笑いしたやんちゃ蜥蜴は半泣きの妹分の手を引いて全力で部屋から逃げ出した。正しく退散である。疾風である。通常の三倍である。

 

「何をしているのやら……。はぁ、姉貴を気取るならば悪戯よりも教える事があろうだろうに」

「吾妻殿。これは……」

「待て待て。そのままで良い。……無理はするな」

 

 嘆息する吾妻雲雀。急ぎ慌て、起き上がろうとするのを彼女は止める。寝かしつけて言葉を続ける。

 

「おおよその話は既に聞いている。白の事も、全て、鬼月の姫様からな。苦労をかけたな?」

 

 労るように述べられる吾妻の言。しかし俺の疑念は一層深まるばかりである。

 

「……幻術ではありませんよね?自分は、幾日?」

「十日程。幻術ではない証拠は今ここで明確には提示出来んな。強いて言えばそのように疑える事が証拠だろうな」

 

 幻術は疑われた瞬間から色褪せるものであり、違和感を抱き段々と襤褸が出るものである。特に過去の一部を抜き取るような大仰なものではない限りは。

 

「……色々と話したい事はありますが、先ずは説明を頂けますか?」

「当然だな。分かった。教えてやろう」

 

 事態を、状況を、正しく把握しなければ見当違いの事を宣う事になる。傍らで座り込んだ狸女は俺に経緯を語っていく。

 

「お前さんの帳尻合わせは上手く言った……筈だ。過去改編を観測する呪具の類に大きな反応はなかったそうだ」

「そんなものがある事初めて知ったんですが……因みに誰が持ってるので?」

 

 ここまでの発言の時点で既に吾妻が相当状況を理解している事を察する。同時に何か設定に出てないトンデモな代物がある事も知った。何それ知らん……。

 

「鬼月の姫からのが最初だが、陰陽寮も似たようなものがある。それに宮鷹も……鬼月の姫からの報告で確認のために寮頭に確認して貰った。宮鷹については直接会えんので文を出してだな」

「葵様の事は一旦置いておいて……宮鷹についても把握しているのですね?」

 

 悪名高い淫姫を家に上げた事で何か言われるだろうか?

 

「立場上、断るのは難しいのは理解している。奔放で問題児な事もな。……余り納得は出来んがな」

 

 八割程彼方に、二割程此方に向けた静かな憤慨。怒気。それは恐らく彼女のヤラカシも理由だった。明言こそしないが原因については察しているようだった。糾弾しないのは証拠を残していないからか……。

 

「術が切れて現に戻った後、直ぐに屋敷から退出したそうだ。赤穂の姫と共にやって来た二の姫は部屋で倒れているお前を診断して寝かせて、そして人を送って孤児院の管理を引き継いだそうだ。内々にな」

 

 それが葵の配慮である事は明白だった。退魔士であれば禁術指定確実の妖術の使用、央土の霊脈の中抜き利用、そもそもが凶妖としての復活、知られれば白は確実に殺処分物であり、俺もまた任を果たし切れなかった事を責められよう。葵がそれを許す筈もない。故の権力を使っての隠蔽……。

 

「元陰陽寮頭としては告発するべき案件なのだがな。……まぁ、其処は臨機応変に『忘れてしまう』のが吉であろうな。私としても正式な処分となれば得になる事が何一つないからな。但し……」

 

 溜めて、そして見せつけるのは……ピコピコハンマー?

 

「何か……既視感がありますが」

「ん?こいつは結構昔に製造されていた代物なのだが……珍しいな。誰が持っていた?」

 

 吾妻の手にある推定呪具に感じるデジャヴのようなものに、俺は首を傾げて彼女もまた傾げる。残念ながら俺は答える術を持たない。

 

「そうか。まぁいい。こいつは記憶を固形物にして飛ばす呪具でな。後程多少飛ばさせて貰う事になる。お前からしても何も知らぬ方が都合が良い事もあろう?」

 

 記憶を読まれ、事実を自白する事を強要されかねない俺の立場を思えばある意味でそれは配慮とも言えた。素直には喜べないけど。

 

「記憶を好き勝手させるのは愉快でないのはそうだろうな。まぁ其処は諦める事だ。上手く帳尻は合わせてやるし、将来的には返してやる。そも、此度の案件は、過程は兎も角として結果は大したものではない。元の鞘に収まったようなものだからな」

「それでは、白も……?」

「お前と共に部屋で倒れていた。術が術だからな。大分身体に負担があったらしい。お前が相対していた時には大きくなっていただろうが二の姫が見つけた時には弱って縮んでいたそうだ。記憶については何も覚えていないそうだ」

「何も、ですか……」

 

 恐らくは帳尻合わせの結果であった。俺がコロコロした後、あの意地の悪い黒狐は白の記憶を操った筈だ。ならばその時に……過去の記憶改竄が未来に影響するのは一見奇妙に思えるが、拷問の果てに心を壊した状態で現代にお返し出来るならばにそういう事も出来るのだろう。

 

「あの二人も、あの素振りからすると何も知らない訳ですか」

「茜達の事か。あぁ、多分ずっと寝ていたんだろう。他の子達も何も知らん。幸いな事だよ」

 

 即ち、白と相対しても何も蟠りがないという事であり、少なくとも孤児院の餓鬼共の白に対する接し方は変わらないという事だ。そして、白もまた同様で……。

 

「大山鳴動して鼠一匹……鼠すらない訳ですか」

 

 ポケットの中の騒動ですらない。何も変わらない。平常運転という事だ。実に詰まらぬ顛末である。平和な事は良い事だった。

 

「済まないな。まさかこんな方向に厄介な事になるとは」

「いえ、此方こそ……折角信任された身でありながら果たす事叶わず、恐縮です」

 

 互いに謝罪。沈黙。先に肩を竦めて苦笑したのは吾妻の方である。

 

「鬼月始め、知られるべき所には過労と水の相性が悪い事で病になったと伝えている。まぁ、何かあったと察する者は察するだろうが気にするな。記憶を飛ばしたら証拠は何もない。藪をつつく暇人はいないだろうさ」

 

 そも、退魔士家も公家も案件を内々で処理するなり隠匿する事例は少なくない。態々根掘り葉掘り掘り返して連鎖的に方々に流れ弾が飛んでくる。歓迎はしまい。

 

「そう、ですか……」

「もう幾日か、ここに留まっておくといい。身体が鈍って動かぬだろう?慣らしは大事だ」

「家事の方は?」

「私の仕事だ。何か手伝いたいのなら子供らと遊んでおくれ」

「遊び……不躾ながら吾妻様の任の方は?もう宜しいので?」

 

 下請けするだけの俺の立場で御上の案件を問うのは非礼に当たるが、一応尋ねる。

 

「あぁ。兎も角はな。報告して、後はどう上が判断するか、だが……」

 

 質問に対して若干歯切れ悪そうに応じる吾妻であった。何の任を受け、何を見て何を聴いたのかは分からないが余り愉快なものでは無さそうであった。

 

「……まぁ、それは脇に置いておいてだ」

 

 そして話を其処で打ち切って、ひょいと立ち上がる孤児院の院長。此方に優しげに微笑みかける。

 

「水は其処に瓶がある。……腹は減っているか?粥でも食べるか?」

「いえ、今すぐは……少ししたら、御願いしても?」

「勿論だ。客人として遠慮はするな」

 

 俺の要望に対して、吾妻は快活に応じて踵を返す。障子を開く。そして、待ち受ける幼子を部屋へと招き入れる。

 

 白狐を、白を招き入れる……。

 

「伴部さんっ……!!?」

 

 俺を一瞥するや駆け寄って来て、そして目の前まで来ると安堵したようにへたりこむ。へたりこんで、一拍置いて嗚咽を漏らし始める。

 

「よかった……よかったぁ……!!」

「おいおい……」

 

 俺は白を宥めながら吾妻を見る。残念ながら彼女は助け舟を出してくれない。後は二人でとばかりに部屋を去って行く……。

 

「よかった……本当に、よかったぁ!わたし、わたしぃ……!!」

「あー、よしよし。泣くな泣くな。な?な?」

 

 うえんうえんと泣き腫らす幼い白狐。それを必死に慰めながら俺は過去の幻想を思い出す。あの長く短い幻想の中に出てくる泣き虫で甘えん坊の妹と眼前の少女の類似性を思う。僅かに此方の方が背丈が高く、背伸びしたような性格だが、確かに二人は同一の存在なのだと俺は当たり前の事を確信する。

 

(奇妙な感覚だよなぁ)

 

 そんな事を思いながら俺は白に泣きじゃくる理由を尋ねれば、返って来た答えは案の定である。

 

「その、わたしが……わたしが何かおかしくなって、それで、昔の私みたいになったって、それで……!!」

 

 心底不安げに、恐れるように、白は語る。記憶にはない。記憶になくても己が昔のような所業に手を染めたと、それで他者を害したと伝えられればこの動転も納得だった。

 

「落ち着け落ち着け。……そんな大それた事じゃねぇさ。ほんの、悪戯だよ」

 

 俺は若干落ち着きを取り戻した白に向けて何でもなかったと伝える。

 

「何でもって、そんな……」

「気遣ってる訳じゃあないぞ?事実さ。実際、怪我なんて一つもしてないだろ?」

「ですけど……何日も……!!」

 

 俺の言い分に対して、白は向になったように反論した。深刻そうに此方を見やる。しかし、それは大袈裟というものであろう。

 

「そりゃあな。とは言え後遺症って訳でもない。他の連中には何もなかったしな?見方によったらサボりの機会って奴さ」

「……宮鷹の姫様も、動揺していたと聞きました」

「誰からの……あぁ、姫様か」

 

 吾妻との会話を思い出して当たりをつける。無駄に天才様な二の姫である。どういう訳か紫と同行してやって来たらしいが一体どういう理論からのものなのだか……。彼女が他者を嘲る時は多少割引く必要もあろう。

 

 いやまぁ、多分それは身体の負担とかとは別問題だろう。だって、ほら。それほど中身の年の変わらぬ男の母親してた記憶なんてそりゃあ動揺するだろうよ。悶絶物だよ。黒歴史だわ。

 

 ……詳しく白に説明すると邪推されそうだし、誤魔化すか。

 

「……あー。まぁ、何にせよそこまで他人の心配するな。その暇があるなら自分の心配をしろ。お前こそ、身体に大分負担が掛かった筈だしな」

 

 会話を重ねる事で若干落ち着き始めた白の頭を撫でながら、俺は指摘する。

 

 実際、身体が破裂する程に大量の霊気を注がれながら、身体があっという間に干からびる程の大儀式をしていたのだ。下品な言い方をすれば、呑み込みながら吐き出し続けていたといって良い。かなりの無理であった筈だ。心だけ疲労した俺とは違う。幼い身体の内は、その臓腑はきっと荒れている……。

 

「んっ、それは……はい。私も何日か寝込んじゃって」

 

 俺の指摘に白は肯定する。やはりな。少し窶れている。飄々としていたが院長の内心は宮鷹の姫に対してかなり煮えくり返っているのかも知れない。

 

「あ、……ですけど!姫様が薬師の方を連れて来てくれましたので!お薬を飲んで安静にしてますから、大丈夫です!!」

「いや、それは大丈夫とは言わないと思うけどな……?」

 

 俺の不安げな態度が気づかれたのだろうか?必死に己の万全を宣伝する白。しかし、そもそも薬が必要な時点で到底問題なしとは言えまいだろうて。

 

「無理はしてくれるなよ?養生第一だ。まだ子供なんだからな?」

「子供って……私、子供何でしょうか?」

「少なくとも、大きな子供だったな」

 

 エンカウントした直後こそ白綺の存在に動揺したが思えば此方の耳くらいは切り落としても良かっただろうに。尊大な態度でいて内心混乱していたのだと思うと愛嬌があるというものだ。

 

「えぇ……私、何してたんですか?」

 

 口元をへの字にする白。記憶に存在しない己の所業をどのように解釈したのかは触れない事にする。現実は多分彼女の想像の斜め下である。

 

「さぁてな。少なくともお前さんの考えているような酷い内容ではないさ。……済まんがもう一眠りしてもいいか?」

 

 R-18Gの意味では、とは補足説明はせずに俺は横になる。ポキポキと鈍った骨が鳴る。黒姉狐様にやられた肋骨砕きマッサージに比べたら大分可愛げのある音であった。

 

「……」

「……どうした?」

 

 横になる俺に対して、白は無言で布団に入り込む。縮こまって密着して、上目遣いで此方を窺う。

 

「その、ずっと不安で……怖くて、一緒にお昼寝して、いいですか?」

 

 控えめに甘えるように白狐は囁いた。

 

「もしかして、自分たちが……自分が自分でなくなるんじゃないかって。白でなくなるんじゃないかって。だから……」

 

 本当に本当に不安そうで、縋るように此方を見つめる白狐。

 

「一緒にいて、いいですか?」

 

 その言葉遣いこそ違うが、その光景に俺はあの幻想の過去での日々の妹の姿が重なる。

 

「……」

 

 やっぱり、同じ存在なんだな……そんな当然と言えば当然の事を再確認して、しかし俺は何故か安堵していた。烏滸がましくも、厚かましくも、それは兄として妹の無事を喜ぶものであった。

 

 きっと、辛い事が沢山あっただろう。痛い事も悲しい事も沢山あっただろう。犯した罪は数多に上る筈で、今も不安一杯で辛いだろうに、それでも兄としてのエゴで、俺は目の前の存在に、その振る舞いに短絡的に喜んでしまうのだ。

 

「……仕方ないな。今回だけだぞ?」

 

 だからこれは身勝手な罪滅ぼしだ。昔のように、あるいは普段のように狐耳の生やした頭を撫でる。むず痒そうに、擽ったそうに、しかし何処かご機嫌そうにも見えるように目元を細める白。不安を払拭するように一層身体を密着させる。

 

 あるいは、あの書き換えられた過去を身体が覚えているのだろうか?無意識に求めているのだろうか?いや、余り複雑に考えるのはここでは趣はあるまい。

 

 ……死なせた本当の義兄の代わりに、せめて自分がこの幼い少女を甘えさせてあげるのは当然の義務である筈だから。

 

「……おやすみ、白那」

 

 重い身体にぶり返して来た睡魔に身を委ねる俺が、瞼を閉じる直前に紡いだ言葉は、きっと欺瞞の自己満足だった……。

『……にぃさま?にぃさま!にぃさまにぃさまにぃさま!!やっと会えた!やっと思い出せた!やっと思い出してくれた!にぃさま!にいさま!!白那を呼んでくれた!にぃさま!にいさま!にぃさま!!やっと!やっと!漸く!!義姉様の言った通りだ!!にいさま!やったやったやった!!白那のにいさま!にいさま!私のにいさま!!嬉しい!本当に嬉しい!!にいさま!もう離さない!もう離れない!二度と離れない!ずっと一緒だ!!ごめんね?にいさまごめんね?痛かったよね?本当にごめんね?もう大丈夫だよ?白那はにいさまのために強くなったよ?にいさまのために頑張るよ?だからね?だいすき!大好き!好き好きスキ!スキ!!♡スキぃ♡にいさまにいさまにいさまにいさまぁ!!』

ーーーーーーーーーーー

 紫水晶色の瞳孔が虚空を見据えていた。鮮やかで妖しく輝く眼差しが何もない空間をじっと見つめ続ける……。

 

 神格は現の存在ではない。正確に言えば高位の神格は現にのみ存在する訳ではない。

 

 現在、過去、未来。多元的に同時並行的に。点として、面として、線として体現する存在である。半ば程概念に近い存在となっている。神殺しが困難な理由の一因であろう。

 

 故に扶桑国は、あるいは人は神格への対策を模索して、発展させて来た。殺すのが困難ならば封じれば良い。格を引き摺り落として単なる怪物にしてしまえば良い。各国の編み出した人造の国教は野生の神格の信仰による力の徴収と生贄の供物を差し止めるためのものだ。

 

 巫女の存在もまた同様。神を宥めて、神を惹き、神を捉えるためのものだ。連中と同じ世界を見て、同じ視線に立ち、利用するものだ。

 

 高位の神が概念として、時間を跨いで存在する以上、それを本当の意味で捉えるのは単なる瞳では不可能だ。神格に対抗する巫女がそれを対策していない訳がない。

 

 運命を見据え、運命を手繰り、運命を引き寄せる。占術をより高位に高め瞳に宿したものが巫女の瞳である。製造工程と血統の性質によって見える世界、捉え方に個体差はあるものの、それは神殺しの過程において重要な役割を果たす。

 

「……」

 

 宙を漂う不可視のそれを、無数の「運命の糸」を宮鷹の巫女擬きは弄ぶ。太さが、手触りが、色合いが違うあらゆる物の、あらゆる者の「運命」。それを糸という形で捉える事が出来るのが彼女の瞳である。彼女の世界である。彼女の現実である。

 

 占術における水晶玉、その代わり。より純度を高め、より直接的に観測するために。扶桑の所有する巫女の血脈が衰え絶えるようになった頃から、巫女の機能を部分的にでも抽出して再現せんと拵えた代用品の一つ。それが宮鷹忍鴦という存在だ。

 

 失われし巫女の秘能を継ぎし存在だ……。

 

「……はっ」 

 

 天井に向けて広げて伸ばした拳。再び運命を握り締めて、思わず漏れた嘲笑。自嘲。自虐。

 

 大袈裟な事を言ったものだと姫は思った。巫女の秘能?巫女の再現?嗤わせる。

 

 金を掛けて、時間を掛けて、犠牲を積み上げて、縫い合わせて、しかし完成した製品達を、宮鷹は評価しなかった。評価する訳がなかった。挙げ句には壺の内に容れて篩に掛けて厳選してもみたが結局は多少マシになっただけである。

 

 巫女の肉に、巫女の瞳。縫い合わさっても尚嘗ての奇跡の塊たる存在には遠くに及ばず、その耐用年数は悲惨なものだ。何よりも宮鷹忍鴦の巫女の権能には致命的な欠陥があった。

 

「おや、こんな所で黄昏ていたのかい?そろそろ補充の時間だろう?」

 

 障子が引かれる。優しげな微笑みを湛える男が現れる。彼女の師にして共犯者が参上する。生き汚い亡霊が悠々と宣う。

 

「悪い?……身体の調子が悪いの」

「それはいけないね。今度薬を調合しよう」

「目の前で調合してくれる?」

 

 この亡霊の事である。オマケに何を入れて来るか知れたものではない。寧ろオマケの方が多いかも知れない。

 

「薬学のお勉強がしたいと?向上心がある事は良い事だね。……しかし、やんちゃが過ぎる。幾ら試してみたいからって、寝た子を起こして己が幻想に囚われてしまっては立つ瀬がないだろうに。薬学を学ぶ際には同じような心構えでいるのは止してくれるね?」

「……ねぇ。何処まで想定済だった訳?」

  

 それは年寄りの説教染みた亡霊の欺瞞を見抜いての巫女擬きの指摘であった。

 

「私に興味を抱かせるために話したんでしょ?帳尻合わせしたんでしょ?あの黒狐、大乱の賞金首だったんでしょ?だったら貴方が接触していない訳がない。違う?」

 

 それこそ、この結果を予見して己に接触を……いや、宮鷹の巫女の再現計画に最初から関与していたのではないか?

 

「買い被り過ぎ、というよりも勘繰り過ぎというべきかな?残念ながら私は其処まで万能ではないよ。そも、彼女もはっきりと教えてくれなかったしね」

 

 共に嘗ての妖軍の幹部であっても、皆が皆一丸という訳ではない。彼の総大将の遺言に従った者がいれば逆らった者もいる。独自の組織を作り上げた者もいるし、獣にも劣る知能の者は野に帰って好き勝手してくれる輩もいる。

 

 殊にあの九尾の旧き狐はそれこそ妖軍が成立する以前から妖狐の群れを連れていた長である。その関係性はどちらかと組織の一員というよりも協力関係に近い。彼の総大将が封じられた際には損失を厭い真っ先に義妹共を連れて戦線を離脱した程で、以降も希に情報交換や個別案件での協力はしてもそれきりであった。刻を跨ぐ此度の案件も仄めかされても具体的な内容なぞついぞ亡霊は聞いてはいなかった。

 

「彼女が討たれた後の後釜はひきいれたけれど、そちらも知らなかったしね。彼女は結構秘密主義なのさ。寧ろ、漸く答え合わせが出来て驚いている程さ」

 

 亡霊に乗っ取られた身体が肩を竦める。尤も、淫姫からすれば何処まで信じるべきか知れない話である。明確な嘘を言わなくても他者に誤認させ偽り欺く話法は幾らでもあるものだ。

 

「やれやれ、皆どうしてそう信用してくれないのかな?此方は誠実に努めているのだけれど」

「努めているからじゃないの?」

 

 姫の返答は的確で手厳しい。努力しても、実が伴わなければ意味がない。

 

「実もあるように気を付けているつもりなんだけどね。……それで、やはりじっくり見ても分からなかったのかい?」

「……言語化するのは難しいかも」

「ほぅ?」

 

 じっくりと幾日も掛けて運命の糸を観察せんとして、しかし宮鷹の姫の目標は実の所最初の一日で暗礁に乗り上げていた。これまで様々な存在の運命を視覚化して観察して来たが、あの男のそれは……。

 

「其処らの奴らとも、それに神格ともまた違う。束になって……輪郭がぼんやりしてて、それに絡まってて、こんがらがってる?」

 

 様々な存在の運命の見定めて来たからこそ分かる。あの男の特異性を。その身に纏う異様な糸の光景を。強いて、類似するとすれば……。

 

「へぇ。それは興味深い。後程詳しく文書で報告して欲しいね」

「今じゃなくて良い訳?」

「契約だからね。君には優先するべき事があるだろう?用意は出来た。さぁ、いくといい」

 

 淫姫の問い掛けに微笑みながら亡霊は己の出て来た部屋に手招く。今更のように鼻孔を擽る甘過ぎる香の淫匂……。

 

「……そう」

 

 亡霊の報告に、姫はこれまでの態度を一変させて表情を消す。そして、立ち上がる。窓の景色を一瞥する。夜の色街の艶かしく怪しい風景に現実に立ち戻る。己がここに来た理由を思い出す……。

 

「じゃあ。イきましょうか?」

 

 飄々と装いすっと優雅に艶やかに立ち上がる。懐から紙に繰るんだ粉末を取り出して飲み込んで行く。これから起こる事象に対しての備えである。より吸収の効率を高める促進剤であり、興奮剤である。

 

 正気では到底、これから起こる事に耐えられまい。

 

「っ!」

 

 障子の向こうの暗闇に足を踏み入れる。即座に細腕を掴まれて乱暴に引き寄せられる。押し倒されて、毟り取られていく。まるで鶏の羽を毟るように。下拵えである。むわっとする牡臭が嗅覚を暴力的に刺激する。思わず美貌をしかめる。

 

「それでは、ゆっくりとお楽しみを」

 

 誰に向けての発言か。亡霊は障子を閉じて彼女を置いていく。閉じ込める。これから始まる行為を理解して、第三者が見ればまるで見捨てるかのような下道な行為。一見すれば。

 

 ……それは悪趣味ではなくて亡霊の勤勉な義務からのもの。手軽に自然に合法的に手に入る代物で、濃厚な霊力を、生命力を宿せる触媒は限られているのだ。

 

 財を持ち、人脈を持ち、権力を持つ者を中心にして、特に効率の良い良質なそれを精製出来る者達を亡霊は見出だして、特製の薬品を使って更に量と質を押し上げた。それはある意味で誠実な仕事だ。

 

 あぁ。分かっている。分かっている。これがなければ生きていけない。何の復讐も、意趣返しも出来ない。何もなせずに何も残せずに潰えるだけだ。

 

 それは許せない。赦せない。だから抗う。だから受け入れる。きっと、ここにいるのが失われた片割れでも同じ選択をするだろう。己のこの有り様を見ても同意して納得するだろう。分かってる。分かってる。

 

 けれど……。

 

「っ!?……はは。子供達にはっ、到底見せられないわね?」

 

 容赦なく下腹部を貫き満たす感覚に冷笑する。冷笑しながら己の述べた言葉を鬱屈として嘲笑う。己が引き摺られている事を理解して似合わない事を言っていると心から嗤う。己にはそんな未来ある訳がないのだから、尚更だ。 

 

 体重が容赦なくのし掛かる。身勝手な衝撃。全身に群がる手。押し付けられる肉塊。頭をガシッと掴まれる。突きつけられる。咥える。幾本も幾本も。両の手と脚も使って、髪の毛も使われて。摂取する。慰める。命を繋ぐために。宥めるために。何時ものように快楽に身を委ねてしまう。天井を見つめて、思考を止めて、薬に脳を蕩けさせて楽になってしまう。

 

 ……残念ながら、それは直ぐにとはいかなくて。

 

「……あはは。穢いなぁ」

 

 随分と久し振りに抱いた暗い感情の吐露は、しかし肉と汗と咆哮の雑音と、そして脳を犯す薬効に押し流されてしまって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

『さぁ、これで後始末は御仕舞いね?』

 

 業火で全ての痕跡を焼き払い、厄祓いしながらの黒い狐の冷笑であった。腕に抱くのはぐたりと倒れる幼い狐。白狐。餅のような頬に血糊をつけた己の娘……。

 

『どうせ重石だったでしょう?これはお持ち帰りさせて貰うわね?』

「待って……!?」

 

 宣告に反応して、命の危険すら省みずに彼女は走る。己の娘を連れ去らんとする狐に追い縋る。不可能だ。雲を掴むように黒い狐の姿に靄が掛かる。煙のようにたなびいていく。輪郭が溶けていく。

 

『ふふっ。見た所、中身はもう元の持ち主かしら?……約束通り、貴女は見逃してあげるわ。短くも身軽になった人生、精々思い残す事なく楽しみなさいな?』

「いや、止めて!返して!白那を、娘を返して……!?」

 

 狐の冷淡な冷笑に、必死に懇願する母の祈りは届かない。消えていく。去って行く。立ち消えていく。最早、そこには誰もいない……。

 

「いや、いやあぁ……!?おねがいぃ、一人にしてないでぇ。かぞくを、返してぇ……!?」

 

 娘のいた筈の虚空を抱く。己を抱く。雪に上半身を沈めて、女は四つん這いになってただただ無意味に泣き伏せる。無駄と分かっていても感情を抑える事が出来なかったのだ。

 

 ……嘗て大乱の時代。あるいはそれ以前からの迷信である。一度でも妖狐に憑依された者は、その子孫は狐憑きの家系とされる。人を蔑みあげつらう狐共が態々人の肉を動かすのである。世間の者は専門家達の言葉を聞き入れず、狐の憑依しやすい血統が、好んで憑りつく家系があるのだと噂した。それが狐憑きの呪血系、その迷信である。

 

 ましてや彼女の家系は何と憑依した狐が産んだ者の血筋であった。肉体としては唯人同士、しかし女の身体は狐が憑依して操っていた。大乱の時代に行われた謀略の一環であったという。あるいは狐憑の流言妄言自体が化物共の嫌がらせ染みた情報戦の残滓であったのかも知れない。

 

 ともあれ人の種、人の腹から生まれた子である。当然ながら狐の因子なぞ継がれていない。さりとて悪噂としては十分で、忌み子の家は内に宿しているとされた呪いを恐れられて遠ざけられた。それが弥狐家である。あからさまな迫害がなかったのはそれが言い掛かりと理解している者もいて、それ以上に呪いの報復を恐れての事である。

 

 手切れ金を手に辺境に流れ堕ち、一族で血を紡ぐにも限界がある。三代に渡る近親同士での婚姻。稲はその最期の血統であり、母を失ってからは天涯孤独の身の上だった。

 

 そうだ。孤独だ。呪われた家に婿に来る者はいない。嫁入りを許してくれる男もいない。村でも八分される寸前の立場故に彼女は恐れた。孤独を恐れた。だから迷い、迷い、迷い……拾ったのだ。その赤子を。

 

 寒風に晒されて生きているのかも怪しい赤子を拾い、必死に育てんとして、息を吹き返して泣きじゃくる赤ん坊の姿に彼女は救われた。心の支えを得た事を喜んだ。血の繋がらぬ息子が手の掛からず、寧ろ己から日々の手伝い働いてくれた事も愛しく、そして助かった。彼女の心に余裕が出来た。

 

 もしも息子がいなければ、娘への心情はより複雑で倒錯していた事だろう。忌まわしい己の血の呪いを見せつけられる娘、世話がかかる穀潰し、望まぬ妊娠からの子、しかし己にとっての唯一の身内……きっと何処かで疲れて生きるのを止めてしまっただろう。村の者に見つかったら娘を逃がしただろうが、己は自身の死を易く受け入れてしまっていたかも知れない。

 

 もしもの話だ。実際は想う所はあれど母は娘を愛していたし、息子も愛していた。三人で生きていければこの辛い現も乗り越えられた。堪えられた。その筈だった。

 

 彼女は、心の支えを失った。

 

「いや、いやぁ……」

 

 嗚咽を漏らす。身を震わせて何処までも嘆く。彼女には先程までの己に何が起きていたのか分からない。己の物で己の物ではない奇妙で曖昧な記憶。無知から来る無理解。やり取りの意味合いも良く分からない。ただ息子が変わり果てた娘に殺されて、その躯は焼かれてしまい、挙げ句には娘すらも拐かされたのは理解出来た。彼女は半日もせずに全てを失った。

 

「どうして……どうしてぇ……?」

 

 何故こんな事になってしまったのか?何の選択肢を誤ったのか?何を選ぶのが正解だったのか?疑問疑念後悔が渦巻く。全ては後の祭である。無意味な行いである。取り返しはつかない。

 

 そして……彼女の危機は決して過ぎ去った訳ではない。

 

「どうしてだぁ?てめぇが化物共を育てたせいだろうが呆けがぁ!!」

「ひっ!?かぁ!?」

 

 罵倒。そして横腹を蹴られて稲は転がる。咳き込む。涙目で胃液を吐き出して、彼女は声の主に視線を向けた。ぜいぜい、息絶え絶えに此方に迫るあのモグリの退魔士だ。

 

 鎖鎌を引き摺る、北土退魔士家・久木家本家の三男坊、名を久木錆嗣。少なくとも魑魅魍魎共を蔑み敵視するこの男にとって最早稲は欠片も生かす価値がない存在であった。

 

「ボケがっ!糞ボケがぁ……!!この、淫売の糞アマがぁ!!死ね、死にやがれ!ぶっ殺してやる、この裏切者がぁ!!」

 

 未だ首元を締め付けられた事による痛み息苦しさは抜けず、殺すべき化物共を逃がした事による屈辱に全身を震わせて、モグリの男は半ば程八つ当たり気味に稲を睨み付ける。

 

 その濃厚な殺意に臆して、稲は立ち上がって逃げ出そうとする。しかし遅い。振るわれた鎖鎌は彼女の脹ら脛を切った。傷が浅いのは恐らく本調子ではないからであった。そうでなければ切断されていただろう。どの道、痛みに耐性のない彼女にとっては激痛だった。その場で崩れ落ちる。逃げられない。

 

「糞、逸れやがって……!!畜生、糞っ垂れがっ!!」

 

 己の腕に罵倒して、モグリは迫る。ギラギラとした眼光でふらつきながらも迫り来る。身体を這わせて距離を取らんとする稲だが距離は少しずつ縮んでいく。

 

 そして、モグリの背後から更なる気配……。

 

「あ?」

「伊助さん……」

 

 稲とモグリが同時に向く。視線の先にいるのは猟師であった。モグリ同様に満身創痍で息絶え絶えの村の猟師。伊助が、火縄銃を杖のようにしてやって来る。

 

「てめぇは……」

「退魔士、……周囲に気配は?」

 

 モグリが呼び掛ける前に猟師の質問。鼻白みつつも錆嗣は尤もと思い周囲の気配を探る。

 

 どうやら人も怪物も、誰もいない。村の他の連中は遠くに逃げ散ってしまったらしい。犬はいるようだ。恐らく猟犬か?この猟師のものだろうか?まぁそれは置いておこう。

 

「絶無だな。けっ、臆病者共め。とんずらしやがった」

「妖共も?」

「あぁ。横槍はねぇって訳だな。なめくさってくれやがる」

 

 モグリの脳裏に甦るのは意識の戻る前後の狐の姿。黒い狐。九尾の凶妖。恐らくは大乱でも暴れたであろう懸賞金付きのお尋ね者だ。ふざけてくれる。退魔士を生きたまま放置して立ち去る等と……完全に見くびってくれやがる。

 

「あの白餓鬼共々、絶対に駆除してやる……!」

 

 そしてモグリは改めて稲を見る。さぁ、先ずはこいつからだ。何ならこいつの骸を囮にでも使ってやる。そんな事を思いながら彼は鎖鎌を振り上げて……そして頭に走った衝撃に昏倒した。

 

「えっ……?」

 

 銃床でモグリを気絶させた猟師に稲は唖然とする。猟師はと言えば黙って倒れるモグリの横を通り抜け、そして稲と相対する。火縄銃を構える。稲は覚悟する。

 

「アンタは化物か?」

 

 猟師は問い掛ける。何を言われたのか一瞬迷い、意味を理解して稲は小さく首を横に振る。伊助は気だるげに稲の脚を見た。見て、改めて稲の顔を見る。

 

「アンタの餓鬼は両方化物だった。其処のモグリもだが、村の連中だって信じないだろうな。いや、どの道裏切者だ。処断されるのがオチさ」

「……そう、ですね」

 

 昔馴染みというには語弊があるが、幼い頃から少なくとも顔だけは知ってる間柄の猟師の言葉は彼女に現状を残酷な程に突きつける。彼女には最早何もなく、帰る所もなく、安住の術すらないと。

 

「上のは拾ったんだったか?知ってたのか?化物だって?」

「……!あの子を、化物と言わないで!!」

 

 問い掛け。そして反論は反射的に。思わず猟師も驚いて、稲もまた己の無謀さに恥じる。しかし、息子の名誉を思うと後悔はしない。

 

「あの子は……私を必死に支えてくれたの。化物なんて、言わないで……」

「ん、あぁ。今や焼肉だけどな」

「っ……!!」

 

 残酷な指摘。視線を黒煙のたなびく一角に向ける。娘に引き裂かれて、黒い化狐に焼き捨てられた息子だったもの……残念ながら未だ燃える故に灰を集める事も出来ない。

 

「下の……白い狐の方は産んだのか?」

「……はい。私の、娘です」

「殺さなかったのか?」

「娘よ?確かに姿形は……けど、望んで孕んだ訳でなくても、娘なの」

 

 それは尋問でならば即有罪物の発言だった。けれども嘘はつきたくなかった。最早娘を取り戻せない事は分かっていた。己が助からない事も分かっていた。ならばせめて……この家族を想う心を、思い出を、偽りたくはなかった。

 

「……そうか」

 

 諦念したように、猟師は改めて銃口を向ける。その態度に稲は優しさを感じた。もしかしたら先程の質問は助命のための言い訳の機会をくれていたのかも知れないと思った。

 

 ……思えば、立場上の線引きこそしていたがこの猟師は他の村の者達に比べれば己に良く接してくれていた。一度、山での薬草や山菜茸採りの時に出会した時には、毒の有無や自生地について助言してくれたものだった。息子を育てたばかりの頃に数回程山で野鳥を裾分してくれた事もある。

 

 ……己が殺されたらこの人の成果になるのだろうか?報酬も恐らくは。ならば、少しはマシかも知れないとも想う。最早無価値な人生ならば、せめて恩のある人の役に立てる方が功徳というものだ。

 

(ごめんね、白那)

 

 先に兄の元に逝き、一人残してしまう娘に謝罪する。せめて強く逞しく、そして優しさを残して長生きしてくれるようにと、母は心から願う。そして来るべき時を受け入れて眼を閉じて……。

 

 ……最期の銃声は何時まで経てもやって来ない。

 

「止血するぞ」

「え……?」

 

 言うが早く、仏頂面の猟師は稲の足の怪我を手当する。口笛を鳴らせば化物との競り合いの最中で逃がして控えさせていた猟犬がやって来る。その犬に荷を背負わせて、己は村の裏切り者を引っ立てる。

 

「痛っ……!?」

「我慢しろ。麻酔入りの軟膏を塗っておいた。次第に痛みは消える筈だ」

 

 稲に肩を貸して、猟師は歩み始める。

 

「えっ!?伊助、さん!?何を……!?」

「今日中に山を越えるぞ。強行軍になるが追手が態勢を立て直す前に捜索の網を抜けてしまいたい。明後日には隣の村だ。其処から荷車に乗れば街にも出れるだろうさ」

「いや、そ、そうじゃなくて……!?」

 

 どうしてこんな馬鹿げた事をするのか?口にせずとも稲は視線で訴える。彼女には分からなかった。罠?この猟師には、己を助けるべき理由は一つもない筈なのに……。

 

「怪我が治らず、痛がるならあの餓鬼の皮被った化物とは違うからな。同じ人間なら、知らぬ相手でもない。逃がしてやるのも、来世のための功徳だろうさ」

 

 殺生ばかりの仕事故、仏の慈悲を頂くためには命を救う機会も必要だ……詰まらなそうに鼻を鳴らしながらそんな事をぼやく猟師。

 

「そんな事は……」

「それに……アンタは何も関係ないって言ってやがったからな。あの野郎は」

「え……?」

「……此方の話だ」

 

 そして伊助は話を打ち切る。打ち切って、二人と一匹の影は次第に雪風の吹く山の中に消えていく。

 

 村の者達も、雇われたモグリ達も、誰も二人と一匹のその後の軌跡については知らない。この寒風である。何処ぞで野垂れ死んだのかも知れぬ。しかし、あるいは……。

 

 それは遥か過去に過ぎ去りし秘事。辺境にて埋もれた取るにも足らぬ事件。文字の記録にも残らぬ、数少ない誰かの記憶の片隅にのみ残る細事。

 

 そうだ。詰まらぬ細事で、しかしそれこそが確かな正史の真実であって、何よりも重要な願いで……。

 




 次回、章末予定です

 因みに滅茶苦茶どうでも良い裏設定ですがまともに育った場合のマジカル棒君は原作ゲーム内における父親適性がカンストしています。
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