和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートの紹介をさせて頂きます。

 此方噗姆さんより、今年巳年という事で九蘇龍様です。この手の所作は?……因みに蛇含めた爬虫類は顎を外す事でぶっとい物体でも問題ないそうですね。
https://www.pixiv.net/artworks/126098831

 此方は柵さんよりAIイラストで入鹿。どうでも良い内容ですが三人組の中で一番性欲強いのは入鹿です。同時に一番包容力があるのも実は入鹿です。
https://twitter.com/saku__shigarami/status/1876299772241522699

 素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います!


第一九一話●

「はあっ!!」

「おりゃあよっと……!!」

 

 槍(予備)と鉞が激突する。鍔競り合って弾ける。体勢を立て直して互いに睨み合う。目付きの鋭い筋肉質な狼女が不敵に笑う。

 

「もう一押しで崩せたかぁ?惜しいな」

「抜かせ。この程度の攻めで崩れるかよ」

 

 ペロリと唇を舐めての入鹿の指摘を軽くあしらう。互いに沈黙。静寂……そして再度の激突!

 

 撃。撃。撃。弾ける音と共に激突。欺瞞を幾重に交ぜ込んで、互いに身体強化しての攻防は、武にからきしな者ではまともに目に留める事も出来ぬ段階にあった。

 

「おら食らえ!」

「読めてんだよ!」

 

 最早この手のお約束の足元の土砂蹴り飛ばしの目潰し攻撃を、俺は外套を振るって巻き返す。天狗の羽衣によって逆方向に吹き抜けた風が土砂を押し返す。視界を奪われたのは入鹿の方であった。

 

「うおおっ!!?狡ぃぞ!?」

「お誉めの言葉有り難うよ!ほら、右から行くぞ!!」

「嘘つきめぇ!!」

 

 目元を腕で押さえて呻く入鹿に向けて槍を振るいながらの宣言。罵倒しながら蝦夷の狼は左側に鉞を構えて槍の横凪ぎを受け止める。鋭い感覚で此方の陽動を即座に見抜いての最善の対応だった。

 

「狙い通り!」

「うげぇ!?」

 

 しかしそれも想定内。槍を相手の柄に沿って走らせて、鉞の刃に穂先を引っ掛ける。そして得物を意図も容易く手元から引っこ抜いてやる。

 

「これでぇ……!」

「第二段階ってなぁ!!」

 

 得物を奪った俺の懐に入鹿の突貫。槍の間合いの内に瞬時に入り込まれて押し倒されて揉みくちゃにされる。馬乗りにされる。ズシンと肉感的ながらも引き締まった重みがのし掛かる。そして顔面に殴打が来た。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟に回避。耳元で鼓膜が破れるのではと思えるようなエゲツない音がした。毛むくじゃらの腕が直ぐ傍らを抜けて地面に微かに穴を作っていた。

 

「手加減しろや、狗ッコロめ!!」

「避けなきゃ寸止めして……きゃいん!!?」

 

 長物はこの段階では扱いにくい。槍を捨てて耳を、狼耳を掴んで引っ張ってやれば涙目で入鹿は姿勢を崩す。逆に押し倒す。再び押し倒される。模造短刀を抜く。入鹿の妖腕が俺の手首を掴み振り落とされる刃の軌道を逸らす。握り締める握力にミシリと激痛。意識が逸れた所で頭突きが来る。お返しにブンブン興奮に揺れる長い狼の尻尾を乱暴に掴んで引っ張った。再び甲高い悲鳴が上がる。

 

「わぉん!!?てめ、何処触ってんだよ!?」

「尻じゃねぇだろうが!!?」

「尻の方がマシじゃ!!」

「そうなの!!?」

 

 取っ組み合いながらの罵倒合戦。遅れてそういえば妖狐にとっては性感帯だったなと思い出す。まぁ、今回のような場合は寧ろ都合が良いから気にしないで。

 

「なぁにが都合がいいだ!!色男ぶっ殺してやる!!」

「いて!?いてっ!!?ちょっ、タンマ!?こら、こん畜生めやんのかコラっ!!?」

「待て待て待って!!?二人共!其処まで!其処までにしよっ!!?流石に怪我するって!?」

 

 次第にエスカレーションしていく組手……というより喧嘩染みた取っ組み合いに審判役、というより仲裁役であった環が横槍入れて差し止める。同時にウチの下人達が参入して俺と入鹿を抱き起こして引き離す。俺と入鹿はと言えば二、三罵りあってそれきりで手打ちとする。そして、身嗜みと呼吸を整えて俺は観戦者達に向けて語りかける。

 

「あー、今の通り半妖の身体能力は強力です。特に生け捕りの場合は危険を伴うので決して油断せぬよう、単独では取り逃す可能性もあるので二人、最低三人で仕掛けるのが良いでしょう。可能な限り呪具の類いも使って下さい。今のような取っ組み合いになったら危険です」

 

 苦戦しまくった己の惨状を流して平静装った説明。あくまでもさっきのは事例を見せるためだよ?嘘じゃないよ?……嘘だよコンチクショウ。

 

 ここは十薬家当主屋敷の修練場の一つ。行われたのは演習の実演である。想定は武装した半妖相手の制圧拿捕……残念ながら実行役の俺は果たせずにグダグダに終わったけれど。

 

「……さて。何か質問は?」

 

 一応退魔士扱いでありながら勝ちきれなかった締まりの悪さを誤魔化すように俺が呼び掛ければ即座に複数の挙手が出る。その一つを指名して質問を聞く。

 

「今回は演習でしたが、実戦時の薬物の類いの使用はどうでしょう?」

 

 出で立ちから恐らく隠行衆所属だろう者の質問。おう、初っぱなから容赦ねぇな。……いやまぁ薬師寺の系譜の家だもんなぁ。

 

「お薦めしない、って訳じゃあないが過信は出来ない。半妖の難しい所は個体差が大きい事だ。見掛けだけでは薬物への耐性の程が分からん。生け捕りする必要があるなら前提として期待しない方がいい」

 

 始末するだけならば手持ちの飛び切りの物を用意すればいい。効かぬならばそれはそれで全力で殺しに行けば良い。だが生け捕りは違う。人を基準にして不足する可能性も、妖を基準にして過多になる可能性もある。半妖とは言うが実際は人と妖の構成割合が綺麗に半々という訳ではないのだ。しかも見掛けだけでは分からないし、妖としての因子の種類によっても耐性が違う。下手に頼るのは避けるべきであろう。

 

「他に質問は?」

「先程は演習故刃傷沙汰にはなりませなんだが、必要ならば四肢の一つや二つ切り落とす事も必要かと。その場合、どの段階で判断が必要と思われますかな?」

「お、おぅ」

 

 十薬家の退魔士からの当然面での血生臭い質問に僅かにドン引くがそれはそれとして質問には答えねばならなかった。故に俺は断言する。

 

「その時の人員の実力によるでしょうが、己か味方の命の危機を感じたならば即座に斬るべきでしょう。そうですね、脚が優先ですか」

 

 逃亡を阻止し、切断後距離を取り反撃を回避するためにそれが適切であった。足は最悪義足で代替は利くが手はそうはいかないのも理由だ。

 

「成る程、確かにその通り」

「逃亡の阻止が最優先なれば、確かに足を落とすのが合理的ですな」

 

 此方の残酷で冷酷な返答に、質問者とその周囲はウンウンと至極納得と合意する。正しく頭退魔士の反応である。内心で辟易する。相手役であった入鹿は肩を竦めて呆れ果てていて、環は何とも言えぬ表情を浮かべる……。

 

「あー、次の質問は?」

 

 挙手が複数。熱心過ぎる態度。指名しての質問はやはり辟易するもので、結局それは四分の一刻近く続く事となった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 モグリの隠れ研究所の一件の次の日から、十薬家管轄地の巡回は予定の割当てに従い四日に渡り続ける事となった。正確にいえば俺や環といった派遣団の実働員が各地を回り、孫六ら支援員は十薬家屋敷にて待機する形である。その間の十薬家の支援はまさに十全、十全以上だった。

 

 正直な所、受ける側としては心苦しさを抱かせるものだった。結局それ以降これといって指摘するべき問題もなく、大した妖の討伐もなく、実質十薬家の支払いで旅館泊まりの只飯食らいをしているようなものであった。

 

 結局問題が無さ過ぎたために三日で管轄地を回り切って、四日目の早朝に至って十薬の屋敷に帰還した。報告書の類いは問題皆無故に簡単に仕上がってしまう。しかし、次の目的地側の出迎え準備もあるので予定の繰り上げは出来ない。

 

 即ち、暇が出来るという訳で……。

 

「折角の機会。腹ごなしを兼ね、一つ互いの技能を学ぶために共に鍛練は如何かな?」

 

 純白の鍛練着を着込んだ十薬一進が提案したのは昼餉を終えた頃の事であり、その誘いを断るのは非礼であり、何よりも拒否するべき理由が無かった。

 

 故に鬼月の派遣団の戦闘要員と十薬家のそれとで共同の鍛練、手合わせ、そして技能交流・交換とでもいうべき時間が生じたのである。

 

 俺と入鹿の演習の光景もその一環である。コンセプトは「武術と狡猾さに秀でた半妖の下手人の確保の仕方」とでも言うべきか。先方からの提案を受け入れてやって見せたそれは、残念ながら実際に取り押さえるまで出来なかったが存外好評であった。

 

 ……どちらかというと当初の目的というよりも何でもありの乱闘試合ぶりが評価された感があるけれども。

 

「央土で半妖を見る機会は少ないですからな。特に武の心得のある者は尚更。良い見聞、経験となりましょう」

 

 俺と相対して組手をしつつの十薬家当主の朗らかな意見であった。口調は朗らかな癖に放たれる技は殺すつもりかと思える程にキレキレだった。おいコラ止めて。急所ばっか狙って来ないで。

 

「確かにっ!央土で半妖はっ!そう見掛けませんが!」

 

 目に喉に首に横腹、ナニ目掛けて放たれる突きに裏拳に手刀を流しながら俺は応じる。元陰陽寮頭の孤児院は例外として、野生の半妖を央土で見掛けるのは珍しい。

 

 単純に妖との接触する機会が少ない以上孕ませ案件も因子が混じる案件も稀であるし、何よりも食い扶持がない。表だっての弾圧が禁じられるようになった今でも半妖を雇い入れるなぞこの界隈くらいのものだ。用心棒か肉体労働か、盗賊堕ちする者も少なくない。あるいは辺境でひっそり畑を耕し暮らすか……何にせよ央土で大の半妖なぞ見掛ける事も、それらと荒事になる事態も珍しいだろう。

 

 ……十薬家のような外で積極的に殺り合う武闘派の家が半妖と戦う機会がないというのも信じ難い話だけど。

 

(探りを入れに来たか?アイツ、お尋ね者だしなぁ)

 

 佳世の鶴の一声で有耶無耶になっているがアイツは都でヤラカそうとした連中の一員である。雇われとは言え一種の朝敵である。警戒されるのも当然なるかな。警告……の必要余りないだろうけど。

 

(あの態度でも、結構色々自覚はしてる奴って……!?)

「考え事しながら組手とは不純ですなぁ!!」

 

 此方の意識が他所に向いているのを察したのだろう、一気に畳み掛けるように仕掛けて来る当主の猛攻に俺は体勢を崩しかける。捌く。捌く。捌き切れぬ。

 

「一旦後退!」

 

 バク転するように一気に距離を取る。次に正面の視界に映るのは飛び膝蹴り。危ねぇ!!?

 

「ちぃ!?」

「お見事!」

 

 回避したら横合いから刀撃が来るのを察していたので受け止める。受け止めて、受け流して肘鉄を横腹に仕掛けるのを防がれる。着地して脚払いされる。対応し切れない!

 

「うげっ!?」

「此にて終い。……残念ですな。眼前の試合から意識を逸らすのは頂けませんな?」

 

 転げた所に拳が寸止めされて、注意。そして手を合わせて一礼される。俺も謝罪も含めて同じく礼。……そして尋ねる。

 

「……因みにここで不意打ちした方が良いでしょうか?」

「ははははっ!いや結構!流石に切りがありませんからな!その心持ちだけで十分ですぞ!」

 

 上機嫌に再度一礼して当主は去り行く。何で機嫌が良いのかやはり理解出来ないが頭退魔士思考はもう気にしないでおく。理解してはいけない気がする。俺は装束を叩いて脱力する。どっと押し寄せる倦怠感。俯く。流れ出る汗。荒い呼吸。鉄の味。激しく短い運動特有の感覚……。

 

「お飲物要りますー?」

「何も変な物仕込んでないのなら」

 

 差し出された盆に並ぶ湯呑(果汁水)を一瞥して答えれば、無言で引き下げられる。

 

「いや、おい待てやこら。お前飲めや、ほれ!」

「にゃはははは……いや、それは無理です。冗談抜きで」

「えぇ、何飲ませようとしてたの……?」

 

 顔を上げて追加の要求すれば数日ぶりの元気な方の娘の真顔の即答。いやちょっと、本気で怖くなるから止めよ?

 

「此方は大丈夫。毒味する」

 

 代わりに差し出される盆の湯呑。その一つを飲もうとするはなの手を止めて、俺は別の湯呑を指差す。

 

「こいつにしろ。どれも同じだろ?」

「……」

「油断ならねぇな本当!!?」

 

 あからさまな程に黙るはなの態度に俺は悲鳴を上げるしかなかった。お前らどんだけ薬好きなんだよ!?出自的に当然だったわ!!

 

「あははは!冗談っ!冗談ですって!ちょっと滋養に良い薬草加えてるだけですって!ほらほら!」

 

 からからと笑って湯呑を呷るかや。飲み干して湯呑の底まで見せて安全を証明する。はなも倣って同じく飲用。ごっくんして此方は口の中まで見せて来る。これは何のプレイ?

 

「……まさかとは思いますけど、自分達だけ事前に治療薬服用してたりとかしてる訳じゃあないですよね?」

「あー、その手は教わってます。薬で殺る場合は御約束ですよねぇ?」

「鬼退治の定番。鬼月谷の薬酒寝殺し」

 

 此方が穿って指摘したら寧ろあっけらかんとした態度でかやは話題に乗っかる有り様だった。はなに至っては鬼月家の伝説にまで言及してくれた。

 

「鬼月谷の薬酒寝殺し」……悪逆無道の谷の悪鬼共を毒酒で酔い垂らしてからの殺戮劇は、それを為した者達は事前に胃を鍛え、中和薬を服用する事で猛毒の効果を抑え込んで鬼共に優位に立ち回ったのだとか。うーん、頭退魔士。

 

「というか、それって実質自白……ん?環様?」

 

 話を止める。丁度十薬家の者との木刀による模擬戦を終えた環が此方へとやって来たのを俺は認める。その姿は汗だくで大分疲弊したように見えた。因みにギリギリで一本取って勝利している。見事なものである。

 

「ふぅ……。やぁ、そっちも休憩かな?」

「まぁ、そんな所でしょうか?余りのめり込み過ぎぬよう、明日には出立致します。疲労が残ってはいけませんよ?」

 

 次の地に行くまでに襲撃もあり得るのだ。鍛練に全力投球は宜しくない。あくまでも肩慣らし程度に収めて実戦に備える……それが任務中の鉄則である。

 

「分かってるさ。けど、つい熱くなっちゃってね。……あ、かやさん。それ貰うね?」

「あ、それは……」

 

 俺が静止する前に環は湯呑の果汁水を一気に呷る環。俺は次に生じる事態に身構える。だが……。

 

「ぷはぁ!甘くて美味しい!有難う、かやさん!」

「いえいえ、どう致しましてー」

「お代わりあるよ?」

 

 何事もないように一服して環は謝意を口にする。というか、何だ?何か三人距離が近いな……?

 

「ん?あぁ、十薬の当主様に御願いしてさ。……二人とは空いた時間に少し、ね?」

「乙女だけの御茶の時間って奴ですねー?」

「男には言えないお話をタンマリ」

「ち、ちょっとお!誤解させるような言い方はしないでよ、はなさん!?」

 

 慌てる環とからかう二人。女三人姦しいというが、彼女らの距離感から見るに、精々一、二度程度の機会しかなかったろうに大分仲を深めているように思われた。はてはて、先方が口上手なのかそれとも主人公様が魅力的なのやら……。

 

「いや、そうじゃなくて……あの、大丈夫なんですか?」

「え、大丈夫って……何が?」

 

 俺は思わず脱線しそうになっていた話を引き戻して環の体調を確認する。此方の視線に首を傾げて怪訝がる環。その様子に異変は見られない……。

 

「……大丈夫、なのか?」

「え、えっと……何か、あったのかな?」

 

 不躾なくらい距離を詰めてじっくり身体を彼方此方の方向から観察している俺の姿に何とも言えぬように環が問い掛けて来る。いや、しかしねぇ……。

 

「酷いですよねぇ?人が折角用意した飲み物に毒でもないかって警戒するんですよー?」

「群疑満腹、退魔士の職業病。いと憐れなり」

「おいおいおい……」

 

 疑ってしまうようなあからさまな態度だったのはそちらのせいっすよね?何?俺か?俺が悪いのか?

 

「あははは……。少なくとも身体に異変はないけどね?あー、けど確かに甘味の中に少しだけ薬草みたいな味はしたかも?」

「滋養強壮刺激のために特製練り薬を溶かしました!これで疲労も一晩寝れば回復ですよー!」

「精力を付けて次の仕事も万全!元気溌剌!」

 

 苦笑して、果汁水の感想を語る環と、何故かポーズして補足説明するかやとはなであった。真っ当そうな物言いに、しかし警戒したくなる単語が交ざってるのが嫌らしかった。本当?本当に元気になるだけ?というか元気ってどういう意味?

 

「元気は元気です!」

「飲む?まだまだ沢山」

 

 此方の疑念をさらりと流すかやと改めて湯呑を差し出すはなであった。良く分からない表情で環は困惑している。おう、お前さんはそのまま純粋無垢でいて?

 

「要らん。呑ませたいなら入鹿にでも……いや、アイツはいいか」

 

 視界の端で勝手に持参していた酒を摘まみ扱いの味噌玉齧って楽しんでいる狼女を見て、俺は意見を引っ込める。

 

「では、欲しかったら何時でも言って下さいねー?……環様、では失礼をー」

「何時でも準備万端!……環様、失礼致します」

「えー、うん。またね?」

「その時が来ましたらね」

 

 他の者から注文を受けて盆を持って他所に向かう二人と俺と環、四人の別れ際のそんな会話。全く、先日彼方の当主と話を着けたと思ったらこれである。寧ろ話が着いたからであろうか?悪ふざけが過ぎる。もう少し恩義というものを感じて欲しいものだ。

 

「あの果汁水、冷たくて甘かったよ?砂糖もあったのかな?折角なんだから飲めば良かったのに」

 

 かやとはなを去るのを見送ってからの環の意見。此方の態度に少しばかり呆れたような反応。

 

「冷たい物は胃に良くないですよ?……しかし驚きました。彼方の御二方と大分仲を深めているようで。一切気付きませんでした」

「まぁね。……あ、もしかして勝手に仲良くしてたら不都合だったりする?」

 

 環のその質問は不安や懸念というよりも、寧ろ悪戯っ子のそれに近いように思われた。目元を細めてニヤリと上目遣いに此方の反応を探るような仕草。

 

「……此方の立場からは特に何も言えません。代表は環様なのですから。報連相の強化は必要とは実感しましたが」

「むぅ……。此方としては、もう少し焦ってくれた方が良かったんだけどなぁ?」

 

 此方の反応に、期待した態度とは外れたのだろう、若干拗ねるように振舞う環であった。はて?

 

「それはまたどうして?」

「……転職の相談、されてたんでしょ?二人からこっそり聞いたよ」

「あぁ。成る程」

 

 環の言わんとする事を察する。同時に種付け云々までの話については流石に聞いていないと分かった。聞いていたらもっと反応が乙女だっただろう。

 

「あっちの当主様も意地悪だよね?確かにお見合いじゃあないけど、美人局じゃないか!まぁ、案の定伴部くんには効果なかったみたいだけど」

 

 恐らくかやはなのアタックを転職を誘うためのものとでも聞いたのだろう。実際はもっと濃い話であるのだが……まぁ、それは知る必要はない。というか!

 

「案の定、とは……また素直に喜ぶべきか分からない言い方ですね。言っておきますけど別に男色とか不能ではないですからね?」

「それは……まぁ、知ってるけどさ」

「……?」

 

 軽口交じりの応答に、今度は何とも言えぬ反応で歯切れが悪くなる。視線を俯くように逸らす。何だ?

 

「……あーけど、正直少し驚いたな」

 

 此方が疑念を抱いたのを勘づいたのか、若干慌てて話題を逸らすように環は口を開く。しかし……驚いた?

 

「何が驚いたんですか?」

「伴部くんを引き取りたいだなんて話をいきなり聞いたからさ。まさかって思ったよ」

「自分の方が素質はあるのに、ですか?」

「そんなに自惚れてはないよ!……そう言えば伴部くんがどっか行っちゃうなんて想像してなかったなって思ってさ」

「この仕事をしていてそれは流石に……」

 

 寧ろ、俺なんて油断したら何時いなくなってても可笑しくない。ぶっちゃけ立ち位置的にはノベル版の御約束、任務に同行する下人その一である。……大体作中だと振り向いたら齧られてたり消えてるんだよね(白目)。何にせよ、今の発言は仕事への意識が甘いと言わざるを得ない。

 

「命懸けの仕事なのは理解してるさ。そうじゃなくて……今回みたいな事はさ?二人が言うには、結構良い待遇での要望だったんでしょ?」

「あの二人の口が酷く軽いのだか、それだけ仲良くなったのか……あー、まぁ確かに。相応の待遇を提示されたのは事実ですね」

 

 随分と知らぬ間に環が色々知ってしまってる事に諦め半分状態となり、俺は問いを肯定する。まぁ、別に秘密にしないと不味い話でもない。

 

「けど、同意しなかった?」

「そも、自分が同意しても当主様の一言で御破算になるような話ではあります」

 

 家人扱の「下人」である。官位持ちである。大分身分が上がったとは言えヤンデレサイコファザーと鬼月の財産である事は否定出来ない。どんな条件付きでも奴がノーと言えば簡単にひっくり返る話である。そして俺にとっても都合が良い事に、あの男が決して話に乗らないのを知っていた。

 

 ……当然だろう?俺を手放したら惨たらしく無力と絶望の内に殺せないんだからさ?

 

「僕としても正直嬉しいけどさ。けど……凄くあっさりしているね?折角の誘いなのにさ?伴部くん、待遇とかお金とか、そういうのに結構煩そうなのに」

 

 色々な知る必要もない裏事情を知らぬ故の環の疑問。幸い、返答については事前に用意していた。

 

「環姫がおりますから」

「ふぇっ!?ぼ、僕っ!?え、えっ!??それって、どういうっ!?」

 

 突然の名指しに環が慌てる。気恥ずかしげに、困惑して動揺する乙女らしい仕草は、見ている方が安心させられる。こんな世界では特に。

 

「腐れ縁、という言い方は宜しくないでしょうが……環姫が退魔士の道を歩んでいる一因に己も関わっておりますからね。それでいて、半人前とは言わずとも一人前には届かぬ模様。流石に責任がありますよ。立派に一人立ち出来るまでは目を離せません」

 

 お前さんが生きてハッピーエンド迎えてくれるまでは、な?

 

「そ、それって……もう!」

 

 俺の意外と辛辣な返答に気が抜けて、遅れて無礼具合に御冠になる環。頬を膨らませる様は寧ろ微笑ましい。少なくとも鬼の膨れっ面よりは。

 

「事実でしょう?それに……」

 

 俺は視線を環から周囲に向ける。闘技場で手合わせで打ち合う同僚下人らの姿が映る。その全員の名を俺は知っている。

 

 面をして顔が見えずともその所作だけで分かる。同じ釜の飯を食う、仲間である。

 

「下人衆の部下達もまだまだ心配です。白若丸殿は余計な御世話でしょうが、環姫同様もう少し見守りたい。……世話役をして貰ってる孫六達もどうにか自立させられたら嬉しいのですがね」

 

 特に孫六達の前途が一番不安だった。部下達はしっかりしている。峠を越えれば悪くはなるまい。白若丸は自力救済出来るに十分な才能がある。だがあの二人は……自惚れかも知れないが俺がいなくなったら路頭に迷う可能性は十分あった。誰か、信用出来る者に託せればいいのだが。

 

(雛に願うか?いや、ないな)

 

 一瞬過る選択を、しかし即座に却下した。俺のやろうとしている事を思えば流石にそれは外道というものだろう。寧ろ、ギブアンドテイクで考えるならば……。

 

「……」

「伴部くん?……伴部、くん?」

「……あ、すみません。少し考え事を」

 

 気付けば黙り込んで呆然としていた俺に違和感を抱いたのだろう。怪訝に呼び掛ける環に向けて俺は謝罪する。環は少しだけ俺を心配そうに見やる。そして、口を開く。

 

「優しいね」

「優しい?」

「伴部くんが言った事だよ?皆の事、心配してたんでしょ?だから優しいねって。……折角の転職も蹴っちゃうくらいなんだ。本当、優しいよ」

 

 仕方無いなぁ、と言った表情で苦笑する環。その屈託ない表情に引かれるように俺も困ったように口元を緩める。主人公様の人徳というものか。何処ぞの仁の大臣とは違う、本当に純粋な徳であった。

 

「……だから人を見る目がないんですよ。社畜なだけです」

 

 引き継ぎの事考えて転職退職が出来ないって冷静に考えればブラックに相応しい精神性である。全く、上司も仕事内容もまともな職場じゃあない。

 

「……だったらさ。僕の所、来ない?」

「環姫?」

 

 暫し続いた沈黙と、その後に微かな迷いと共に為された提案に、俺は再び視線を姫に向けていた。

 

「僕も、色々学んで鬼月への恩義を返したら故郷に帰ろうと思ってるからさ。郷を守るためにさ、その時に伴部くんもどうかなって」

「俺も、ですか?」

「うん、伴部くんも!」

 

 元気の良い反芻。若干はにかむように笑顔を向ける環。

 

「勿論伴部くんの心配事全部解決した後の事だよ?蛍夜郷なら鬼月谷とそんなに遠くないから当主様もまだ許してくれるかも知れないでしょ?僕からしても伴部くんが一緒に守ってくれるなら助かるし……伴部くんにとっても悪い話じゃないと思うんだ。十薬は結構戦うって話でしょ?なら蛍夜の郷の方が安全かなって」

 

 だから、どう?……首を傾けて、短めの髪を弄んで環は今一度提案する。少しだけ不安げな口調で呼び掛ける。

 

「自分は……」

「あぁ。別に今すぐって話じゃないからさ!そういうのも考えて見てくれたらって思ってさ」

 

 此方が答えるのを制して環は補足するように語る。自分が性急で突飛に話題を振ったと思ったのだろう。

 

「入鹿とか鈴音も伴部くんが居てくれた方が喜ぶだろうしさ。……給金とか、色々雇用条件は要相談だけど。今思い付いた話だから御父さんにも何も話してないしね?」

 

 あははは、と空手形で何も詰めていないと暴露する環姫。

 

「……御免。糠喜びさせたかも。勢いで話しちゃったね?」

 

 バツの悪そうに、気まずげな表情で、環は観念して謝罪する。

 

「いえ。御提案自体は嬉しく思います。選択肢はある事が大切ですから」

 

 選択肢があるのと無いのとでは雲泥の差があって、環の言葉が善意によるもので、その気持ちだけで俺は救われる思いだった。

 

 ……仮令、自分に待ち受ける運命の前では無意味な選択肢であったとしても。

 

「それは……」

「契約内容次第、ですね。精々、惹かれるような良い条件を引き出して下さい」

 

 此方の返答に、驚きと期待の滲むような表情で二度見する環。更に彼女が言葉を述べる前に、俺は……しかし槍を翳す。

 

「お喋りも程々に。……軽く打ち合いでもしましょうか?」

 

 それは優しく、柔らかく、朗らかに、しかし有無を言わさぬように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 十薬家による最後の夜の夕餉は、しかし其処まで豪奢なものではなかった。それは決して金欠という訳でも、持て成しの心が足りぬという訳でもない。至極当然の思い遣りの心によるものであった。

 

 明日には他家の管轄地に足を踏み入れる。それは十薬家の責任から外れる事を意味する。十薬に安全を保証する義務がないという事である。そのような中で腹を膨らませて酔わせるような所業をする事は、それこそが無責任であろう。

 

 故の質実剛健。だからこそ派遣団は早朝には前日の何物も引き摺らずに気持ち良く起きる事が出来た。寧ろ、共同鍛練による程好い疲れが良き睡眠に寄与したものであった。朝には眠気覚ましの茶と朝餉を振る舞われ、荷支度を終えて、そして……巳の四つ刻には出立した。

 

 目指すは北。十薬家と隣接して井坂邦西部五郡……妖駆除と霊脈管理を負う武甕家の担当区である。

 

「次の家は寡黙で気難しい家柄との事。改めて気を引き締める必要がありましょう」

 

 街道を隊列の中央にて、騎乗して進む環の傍らで下人班長の因幡が言葉を口にする。

 

「そうだね。十薬の家は気易かったけど、例外だからね。……確か、夕刻には境界に到着出来るんだったかな?」

 

 ここに至っては大分過去の事のようにも思える十薬家以前に訪れた家々の事を思って苦笑して同意する環。そして出発前に聞いた道程について思い返す。途上まで先導してくれた十薬家の者からの説明では途中ニ、三休憩を挟んでも十分日が落ちる前に間に合うとの事であった。

 

「はっ。では手筈通りで?」

「うん。お願いするよ。……?」」

 

 下人班長との会話を交えて、予定の確認をして、そしてふと環は首を傾げる。思わず馬の足を止める。

 

「環様?如何に?」

「いや、その……」

 

 部下の質問に、しかし環は即座に答える事が出来なかった。違和感。何かを忘れているような感覚。重大な某かを見過ごしているような感触……そしてそれを言語化出来ずに戸惑う有り様。

 

「環様……?」

「えっと……ううん。大丈夫。行こう、か?」

 

 部下の再度の問い掛けに、環は行進を再開する。部下達の前で動揺は表に出せぬ。上が狼狽えれば下も倣うもの故に。だから気丈に振る舞う。

 

「行こう、そうだ。行かないと……」

 

 行進しつつ、環の心中には言い知れぬ不安がひたすらに渦巻き続けていた。そして、幾ら考えてもそれに心当たりが浮かばずに困惑し続け、反芻するように呟き続ける……。

 

「……」

 

 隊列の一角にて、狼の女はそんな友の様子を見て厄介そうに頭を掻いた。そして、歩んだ道程を振り返り舌打ちした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 人気のない山林を進む。足音を殺し、気配を希釈し、疾走する。偽造欺瞞隠蔽の術式を見抜き超えて、簡易的な罠の数々を抜けて、ひたすらに奥に奥にと進んでいく……。

 

「……」

 

 其処で足を止める。痕跡を見出だす。古い街道の残滓。草木が生い茂る獣道。それは大分前に整備を放棄されて地図上からも抹消された廃道……その筈だった。

 

「やはり……」

 

 車輪の痕跡は其処まで古くない。しかも隠匿の痕跡があった。良く見れば茂みの数々も偽造だ。移動可能な設置式の草塊……。

 

「この道の行先は……」

 

 俺は腰鞄から地図の写しを取り出して見比べる。出自と時代の違う三枚の地図、その中身を重ねて模写した代物を。

 

 それは簡単には気付けぬ齟齬であった。凡そ八十年前、献霊帝の御世の末期。前帝たる名君、玉楼帝の定めた行政区画整理と税制改革は三十年以上という時代の変化により最早実態に合わぬものとなった。

 

 摂政関白らの傀儡時代から脱却し、実権を得た献霊帝は制度と実態を合わせるために隠し田の没収、脱税調査等も兼ねた郡郷町村の大規模な検地と区画再編、合併廃統合を図った。献霊格式・献霊の治とされる一連の大改革は急死した前帝のそれの延長線上にあり、途上で潰えたそれを改めて推し進めようとするものであったが……保守派の反発と帝の悲惨な病死によって僅か二年、混乱の内に放棄された。

 

 前帝の功績を蔑ろにする祟り、そんな噂が流れて中途半端で止められた朝廷による行政区画再編……それは今に続き、人口の不均衡、税制の不平等の遠因となっている。そして、その混乱は地図上においても痕跡が残っていた。

 

 生産性、あるいは防衛上の不都合、維持費や政治的問題で移転を命じられた十薬家とそれに隣接する四季宮家の境界線上に点在していた五つの集落と二つの駅、そしてそれを結ぶ街道……その存在は十薬家及び郡衙図書保管双方の旧地図にて確認出来る。それは何ら機密ではない。公然の記録である。掘り起こして見比べても誰も違和感も疑問も抱かない。

 

 ……当時の放棄予定記録を読まねば、廃止予定集落が四つの筈だとは分かるまい。五つ目の集落、器牧村は源流を近場の官牧に装備を卸す半工房であったとか。官牧が廃されて職人共は移転して、人口激減した故に小村と化した其処は……しかし、記録を読み取れば確かに何らの放棄も統合の対象にもなっていない筈であった。

 

 そして、その村に続く街道に残る利用の痕跡がこいつで……。

 

「ツーアウトって所か。隠し田かね?」

 

 冷笑しての呟きは希望であった。この手の脱税なぞよくある話である。これまでも似たような疑惑なら仕事柄行先行先で見え隠れしていた。今回もその類い……だと可愛いんだがな?

 

 ……あぁ。分かっていたよ。無駄な希望って事くらいな?

 

「っ……!!!!」

 

 身を翻す。跳躍する。樹木の上に取り付く。先程まで足を置いていた場所に深々と突き刺さる矢が三本。周囲を見れば同じく木々に張り付く複数の気配……隠行衆。そして、見知った娘の姿。

 

「勝手に詮索したのは悪いが、警告くらいしてくれませんかね?見知らぬ間柄じゃあないでしょう?」

「あはは。すみませーん。よもや家人扱殿ともあろう者が狗の如く嗅ぎ回っているとは思いませんでしたのでぇ?」

 

 俺の要望にあっけらかんとして応答する十薬の娘。かや。呑気でお気楽な態度で、そして携える強弓は此方に明確な敵意を持って向けられている。

 

「投降して下さい?調査は終わった筈、なればこれは私的な越権行為。我が一族の主権に対する侵害行為ですよー?」

「それは失敬。……それで?投降後の身柄は?身元引受人に文くらいはしても?」

「あはは、却下です。残念ながら行方を眩まして貰いますね?」

 

 今後の対応について確認すれば返って来た答えは想定外の想定内。

 

「……隠し田程度で其処までします?賠償するんで勘弁して下さいよ?」

「にゃははは!惚けないで下さいよぉ!……もう、予想は出来ているんでしょう?」

「全くその通りだよぉ!!」

 

 俺は話を切り上げるようにそれを投擲。応答代わりの弓射がされる。あるいは前後が逆だったかも知れない。何にせよ、射貫かれた煙玉が炸裂して視界が白く染まる。駆け抜ける。強行突破を図る。煙の中から現れる数人の隠行衆を擦れ違うように受け流し、肘鉄に手刀を食らわせて昏倒させる。煙幕を抜ける。

 

 ……その先の木の幹に潜んでいた小娘からの横合いから放たれる不可視の突きを、俺は寸前で首を下ろして避け切った。

 

「容赦なしかよっ!!!?っ!!?」

 

 直撃していたら頭蓋骨が粉砕していただろう予感に戦慄して、しかしそれをダラダラ咎める余裕はなかった。張り付くように潜んでいたはなが幹を足場にして今度は己が突貫してきた。

 

「っ!!!」

 

 木の幹が衝撃で爆発して抉れる。擦れ違う。異様な空を切る音。身を守る。槍で受け身する。ゴッと言う異音。衝撃。籠手が皹割れる。こいつ、槍を避けて当てて……っ!いや、そもそも間合いがっ!?

 

「ぐっ!?やはりそいつはぁ、如意棒の類いかぁ!!」

 

 不可視のはなの武装は、確かに今この瞬間に間合いが変化したのを俺は察していた。天竺の猿神宜しく、恐らく彼女の得物は長さが可変式なのだろう。不可視の伸縮自在とあって防ぐのも回避し続けるのも、多少空中遊泳出来る天狗の羽衣であっても至難だった。

 

「だが……!!」

「っ!?肉を切らせてって事……!?」

「そういうこった!!」

 

 籠手を破壊して、恐らくまだ其処にあるだろうガチリと見えない得物を確かに掴み上げた。見えなくても掴んでしまえば此方の物である。不可視の得物を通じて、直線上に使い手はいる。逃げられない。故に……!!

 

「そぅら、避けてみろよぉ!!」

 

 懐から苦無の時間差付けての連続投擲。はなは即座に得物を捨てる事を選んだ。それは道理の判断だった。

 

「そして投げる!」

 

 奪い取った得物の、しかしその伸ばし方は知らない。知らなくても良かった。そのまま背後に投げる。後ろに迫っていた隠行衆を数人巻き込み吹っ飛ばせる。追手を叩き、得物を不明にさせるのが目的だった。

 

「悪いが痛い目にあって貰う!!」

 

 殺すつもりはなくても大怪我くらいは覚悟して、俺は得物を失ったはなに肉薄する。

 

「これは使いたくなかった」

 

 直後、そんな呟きと共に眼前の少女は口を開いた。裂けるのではないかという程に口蓋を晒した。困惑。そして悪寒!!

 

「っ!!」

 

 天狗の外套で身を守る。直後に何か鋭い物が大量に羽衣の外套に突っ込んで来たのを衝撃で実感した。その衝撃に押し退けられるように背後に飛んで、俺は着地する。着地して外套を払う。

 

 刃も通さぬ天狗の羽衣から振るい落とされる長く鋭い何か。針?いや、違う。

 

「何が……っ!!?」

 

 思いがけぬ反撃に動揺して、しかしそんな悠長している暇もなかった。背後から急速に突貫してくる気配。振り返り様に槍を振るう。相手の首があるだろう高さを狙い済ましての一閃。それはある種の信頼の為せる業であった。

 

 此方に迫るかやは、紙一重で首を下げて槍を回避して見せた。鋭い眼光で此方を睨み付けて、手元の弓は三本。強く引いていた。禍々しい返しの付いた鏃に何かを塗ったろう光沢。毒矢。避けられぬ超至近からの毒矢の強弓。読めていた……!!

 

「もう片方の手がお留守な訳ねぇよなぁ!!」

 

 外套の内に隠していた桜色の短刀を引き抜きその腕を振るう。手元に握り締めるのは葵姫から頂戴した名刀。信頼する相棒。実にあっさりと、放たれるよりも先に弓の鏃を全て切り落とす。弓射は両手を使う以上これで実質かやは丸腰だった。そして互いの白目が見えるような距離である。腰に吊るした脇差を抜くよりも、此方が一撃食らわせる方が遥かにはや……!!

 

「い"っ!?」

 

 正に仕掛けんとした所で漏れた苦悶の声が己のものだと自覚するまでに一数える時間を要した。横腹に感じた痛み、視線を下ろす。何かが俺の腹に突き刺さっていた。

 

「あ"?」

「油断大敵、ですよー?」

 

 正面を向けばかやの呑気な詰り声。彼女の背後から生える一本の何か。

 

「何を……?」

 

 言葉の続きを紡ぐ前にかやの背後から更に何かが複数伸びて、俺の身体を突き刺した。深くはない。しかし何かを注入された。不味い代物である事は分かった。突き刺さった所から己の感覚が消失していくのを自覚する。

 

「ぎっ!!?」

「背中がお留守」

 

 そして何かの触れる感触。背中にも何かを突き立てたような一撃。はなの淡々とした声音。容赦のない反撃の追い討ち。気持ち良いくらい頭退魔士の所業。足が急速に脱力して転倒する。意識が遠退いていく。

 

「か、はぁ……!?はっ、もう少し、優しく、くらいしてくれよ……!?俺と、お前達の仲、だろが……!!?容赦、ないな!!?」

 

 倒れ伏せながら、呼吸困難になりながらの要望は諦め半分の悪足掻き。情に訴えか細い希望の糸に縋る。

 

「優しくしてますよぉ?だからこれで済ましたんですからぁ」

「容赦してあげてる。悪いようにはしない。安心して」

 

 此方を見下ろす二人の返答は遠退き、反響する。霞む視界に朧気なその輪郭は、しかし此方の知るものとは少しかけ離れているようにも思えて……あぁ。迂闊だわな。分かってただろうに。この界隈ならば奥の手の一つや二つあって然るべきだわな。とは言え、この二人の有り様を見るに……。

 

「はは。安心出来ねぇ……」

 

 意識が途絶える寸前に、そんな捨て台詞を吐く事だけが俺に出来る全てであった……。

 

 

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