和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
暗闇が晴れる。目覚めたら知らない壁だった。無機質な何もない冷たい壁。一瞬の思考の停止。即座に我に返って事態を把握せんと首を動かそうとするが……残念ながらそれは叶わない。
「……はは。容赦ねぇなおい」
俺は拘束される己の身体を一瞥して吐き捨てる。より正確に言えば手足に腰、首元を捕らえ、固定し、拘束するお縄に向けて吐き捨てる。
当たり前だろう。呪具でもある異様に極太な縄は、人に対するものではなくて明確に人外を封じるための代物であったからだ。即ち、それは拘束した連中が俺を真っ当な人間として認識していないという事で……。
「あ、お目覚めしましたかぁ?おっ早う御座いまぁす!」
空間にそぐわぬ呑気で元気な挨拶が反響する。周囲を見渡して声の主が見えず、何処からのものなのかを察しをつける。
「いやぁ。流石ですねー。あと二刻は寝ている筈でしたのに。もう起きちゃいました?」
「そいつはどうも。十薬の薬術も案外不甲斐ないみたいですね?」
背後からの、耳元に囁くように掛けられる声音向けての俺の嫌味であった。クスリと妖艶な微笑みが鼓膜を振るわせる。足音。そして俺の視界の内に彼女はひょっこりと現れる。
動き易くするために脇や背中にくり貫いたような露出部がある、しかし確かに合理的な構造をした軽装任務着を着込む十薬かやの出で立ち……しかし得物たる筈の弓矢は彼女の手元にない。背負ってすらいない。即ち、それは彼女が本気で警戒している事の証明であった。本来の、彼女の本当の戦闘スタイルという事だ。
「案外、そうでもないみたいですよぉ?隠行衆の報告によれば上手く忘却してるっぽいですしぃ?」
「……忘却?どういう意味で?」
「あー、まぁまぁ其処はまた今度の御話という事で。そ、れ、よ、り、もっ!!」
挑発に乗っての己の不用意な発言を察したのか、かやは強引に話題を変える。勿体振って振る舞って、両の手を広げてお茶目な舌出しウインクする。そして宣言する。
「改めまして、『本物』の、十薬家本家にようこそでーす♪誠心誠意歓待させて頂きますねぇ?」
何処までもご機嫌に友好的に、楽しげに紡がれるふざけた放言。それは、到底捕らえた下手人相手の言葉ではなかった。
「本物……ですか」
反芻、そして俺は己を見て、そして周囲を再度見渡さんとする。眼球を動かして事態を把握する。
どうやら己の装備は粗方剥ぎ取られている。薄着で肌寒い。夏場なのにひんやりとした空気……即ち、ここは地下である。正面は無論、左右の壁に天井も見える範囲では何もない。それは正に地下の牢屋、広い広い施設の一角だ。十薬本家……本家屋敷か。
(まぁ、表向きのとは別に本家御屋敷が隠されているって事自体は有り得ない話ではねぇけどよ?)
しかし、誠心誠意歓待とはまた……。
「皮肉のつもり……には見えないのが困惑しますね。御家の秘密を探ろうとした曲者相手に何を考えているので?買収でも考えておいでで?」
「当たらずといえども遠からず、ですね!取り敢えず四肢がまだ残っているのは此方の誠意の籠った真心ですから、感涙して感謝して下さいね♪」
さらりとエグい事をウインクしながら宣うかやであった。先日まで交流していた頃と変わらぬノリなのが寧ろ異様だった。何考えてやがる。それとも……。
「色々弄くられて頭可笑しくなりましたかね?」
ここに訪問する直前の最後の記憶を辿っての考察。その手の改造は基本的に禁術であり、当然ノーリスクではない。副作用は人其々だろうが、頭に影響があっても何ら不思議ではない。事実、俺だって己の思考や価値観に違和感を覚える事がある。知らず知らずにズレていってるのだろう。そう考えると眼前の娘が哀れにも見えて来るものだ。
「あはははっ!まぁ其処は大した事でもないですからお気に為さらず!ちゃーんと管理はしてますよ?」
俺の罵倒に向けての屈託のない無邪気を装った笑声。欠片も不機嫌そうな感はないように思われた。腰を曲げて、此方を覗き込むようにしながらかやは嘯く。
「心配して貰えたのは嬉しいですけどぉ……自分が大変なのに他人の心配だなんてまた随分と余裕ですねぇ?」
「一応戦友なんです。身体くらい心配するでしょ……?どうです?転職してみませんか?多分、ここよりは待遇いいですよ?」
そんな風に俺は逆リクルートを掛けてやる。無論、本気で期待してのものではない。そんな期待した所で無意味なのは分かっていた。
「あ?身体気になります?じゃあ見せちゃいましょーか?」
「あ?……おいおいおい」
そんな事を言うかやはガチャガチャと身に纏う装備を外してしまう。羞恥の欠片もなく装束を脱ぎ去って、遂には一糸も纏わぬ体つきを隠さず見せつけて来る。俺は視線を逸らし、しかし横目に観察する。その身体に異変や異常がないかを……。
「そんな厭らしい見方するくらいなら真正面から視姦したらいいじゃないですか?ほらほら、何処を観察したいんですかぁ?にゃはは、照れなくても言ってくれたら隠す事なくお見せしますよぉ?どうせ一緒にお風呂入った仲じゃないですかぁ!」
そういって折角逸らした方向に向けてステップしながらかやは現れる。突き出すようにして見せつけた豊満な場所が此方の御所望ではないと見るやクルリクルリと見易いように身体をくねらせて全てを余す所なく己を晒しあげる。
「もう少し羞恥心を持って欲しぃ……っ!」
そして、白い背中に点在する瘡蓋が視界に晒されて、俺は言葉を失う。塗り薬をまるで陥没した孔を埋めるように重ね塗りたくられた痛々しい瘡蓋痕……。
「そいつは……」
「あー、あれって皮膚突き破るんでそれなりに痛いんですよー?可愛くないし、見栄えも良くないんでぇ、出来れば余り使いたくないんですよねぇ?」
なので妙な事考えないで下さいね……アッケラカンとした物言いで腰を振りしながら背中を良く見せつけるかやに、寧ろ俺は渋い表情を浮かべていた。捕らえられる直前の記憶から語る言葉の意味を解すれば、彼女の身体の内はもう相当に侵食している筈……。
「俺が言うのもアレですが……良くもそんな軽い態度でいられますね?」
「これでもかなりマシな完成度ですしぃ?処分した上の御姉ちゃん達に比べればこれくらい可愛いものですよー?」
「……」
共感させて懐柔も意図しての問い掛けへの斜め上の返答に、その意味を咀嚼すると黙りこむ以外俺には出来なかった。あの碧鬼の告げ口を切っ掛けに疑念を調べ上げ色々予見はしていたが……しかしこれは。
「別にだんまりしなくてもいいじゃないですかぁ!この業界で生き死にを重く考えるなんて滑稽話でしょう?それこそ、家人扱殿自身語っていたじゃないですか?」
「……聞き耳ですか。実に行儀が悪い事で」
かやが挙げたそれは、恐らくは環との会話の事だろう。確かに退魔業で身内お仲間が死ぬのは珍しい事ではない。同じ死である事に違いはない。しかし。
「仕事で死ぬのは自分の責任。実力不足ですけどね。実験で処分されるのじゃあ割り切れませんよ。……実験の内容的にも、余りにも無下な死に方じゃあないですか?」
失敗が見えた実験で死ぬなんて虚しい話である。無論、無数の実験と犠牲の山の上に今のこの娘が存在して、この娘の戦いにおける生存率に寄与してると言えばそうなのかも知れないが……感情の問題として、素直に受け入れられる所業ではあるまい。
「意外と感傷的ですねぇ?」
「女々しいですかね?」
「いえいえいえ、浪漫?がある人って素敵じゃないですか?可愛いですし!」
にぱぁ、と笑顔で此方を向いての称賛の言葉。当然ながら全裸で。見せられている方がいっそ恥ずかしくて罪悪感を抱くような開けっ広げな振る舞い。……人の『物』を見た時のあの態度や言葉は擬態だったか?等と下らぬ疑念が思わず湧いて来る。
「……取り敢えず服着たらどうですか?」
「もう少し見ておきたくないですか?」
「寒いでしょう?」
「へっちゃらです!!」
「勘弁してくれ……」
会話にうんざりしたように項垂れて、瞼を綴じて、遂に俺は沈黙する。
「もしもし?もしもーし?……あちゃー、だんまりしちゃいますか?」
暫し俺に呼び掛けを続けていたかやは、しかし此方が一切黙り続けてるのを見ると観念したように裸のままで脱ぎ散らかした衣服を拾い抱える。今少しだけ此方が反応してくれないかと期待してかグルグルと俺の周囲を回って遊ぶが、それも二度三度とすると飽きてしまったようだ。肩を竦めると俺の横を通り抜けて行く。檻を開く音、牢屋から退出する音……。
「言っておきますけどぉ、助けの類いは期待しないで下さいねぇ?……では後程御飯の差し出しがありますので、その時にでもまた楽しくお喋りしましょうねー?」
「……」
閉じた闇の中で響く呑気な呼び掛け。装飾された警告。俺はただただ無言で以て応じる。つまり無視である。
……無視する事に罪悪感を覚えるのは、この惨状に敵意と悪意を抱けないのは、俺が勝手に絆されているためだろうか?あるいは薬か何かの影響か。
「それでは、またー♪」
此方の内心を何処まで把握してるのか、最後までご機嫌な去り際の台詞。檻を抜ける音。南京錠で扉が閉ざされる音。遠退く足音……首を曲げる事すら許されぬ拘束の中で、俺は微かな音を聞き分ける事で背後の状況を、配置を予測する。
……沈黙して耳をひたすら澄ましていた理由である。
(二十歩後方に金属性の柵。南京錠に、恐らく閂と鎖も有りか?音の反響具合、直ぐに曲がった事から隅の檻……間取りは間違っていない筈。問題は監視か?それにしても……)
低い吐息の嘆息。そして沈黙の闇の中で、俺はこの状況からの打開策に考えを巡らせていく。やがてその思考は十薬家の態度への疑問に移り変わっていき……。
(一体……どうするつもりだってんだ?)
俺も別に報連相もなく、一人で勝手に行動した訳ではない。元より環含め団の幾人かの者に話を通していた。実の所、俺は単なる先遣隊に過ぎない。
俺が先だって潜入調査を行い、環達は十薬家の管轄地、監視を抜けてそのまま次の目的地に向かうのを装う。自然な流れで郡司らに接触し、十薬家滞在中に収集した情報を基に危急の事態を報告する。通報する。
俺の末路如何に関わらず、遠からず大規模な調査が行われるだろう。元より十薬家は詰んでいる筈であった。そしてそれが予見出来ぬ程彼ら彼女らが無能だとも思えない。
にもかかわらずこの中途半端にぬるま湯の扱い。あの余裕綽々のかやの態度。それは余りにも不自然に過ぎた。
(環達を襲撃して口封じ?毒殺?いや、寧ろ大事になるから有り得ない。俺を買収してデマカセを言わせるつもりか?馬鹿な、期待薄だ)
思い浮かぶ幾つかの可能性を、しかしその現実性を思って否定していく。考えれば考える疑問が湧く。一体奴らは何を企んでいる?破滅の可能性を思えばもっと焦っても可笑しく無かろうに。
「まさか、繋がってるって訳じゃあないだろうな……?」
あり得る可能性。脳裏に過るのは原作の敵役共。奴らの手は長く、あらゆる所に根は広がっていた。あのイカれた大臣の強大な権力を使えば家人扱の一人程度、その存在を社会的に抹消するのは難しい話ではない。何だったら行方不明に騒ぐだろう環にニコニコ顔で迫るくらい有り得そうで……冗談ではない。んなのバッドエンド一直線だろうが!
(絶対、抜け出してやる……!)
ぞっとするような想像に鳥肌を立たせて、俺は必死に脱獄の算段をつける。幸い、奥の手はこの家の専売特許ではない。此方も色々考えている。過去の失敗から学習もしている。同じ失敗を繰り返す事はない。
故に、これまでずっと潜ませていた手札を切るためにその合図を送るのだ。
舌打ちで以て、口内の遥か奥底に向けて……。
ーーーーーーーーーーー
『それでは、此方としては何も知らず存ぜず気付かず……という事で良いですかな?』
「左様。此方としてはそれだけで十分な助力となりまする。それ以上の助太刀はそちらにも危険がありましょう?気遣いは無用で御座いまする」
其処では多種多様な樹木草花が生い茂り咲き乱れていた。そして鳥が、羽虫が、羽ばたき、舞い、屯する。植物園、あるいは温室……そんな単語を思わせる空間の、その中心部にて男は会話を交えていた。
霊草の葉の様子を吟味しながら、空間の植生に似つかわぬ無機質な鳥の簡易式相手に十薬家当主十薬一進は謝意を示す。尤も、当の式鳥はと言えばその謝意の言葉に冷淡に応じるのみである。
『そのような言葉は無用。我らとしては先々代より続く契約を最後まで全うして頂ければ、それだけで結構であります故』
式鳥の向こう側で語る同業者からすればそれが全てであった。それ故に禁忌に触れる隣人の所業を見逃し続けていたのだ。見逃す。そして時たまに材料を提供する。それだけで得られる見返りは莫大で、恐らく同じような契約を結んでいる家は他にもあるだろう。式鳥を使役する者からすれば己らの関与さえ不明瞭であればそれで十分であった。
「無論、承知しております。例え何があろうともそちらの家が関わる事を示す証拠は決して出てくる事はありますまい。我が命に掛けて保証致しましょう」
一進の恭しく礼を込めた宣言に、しかし式鳥の向こうにいる人物は欠片も感動する事はなかった。口では幾らでも言える事だ。そも、事が露見すれば当人の斬首もあり得る状況である。そんな中で命を掛けられても空手形に等しい。実に空虚な言葉であろう。決して口には出さぬが。
『……それは実に心強いお言葉。それでは此度の十薬家の立ち回り、心より期待させて頂きましょうぞ?』
数瞬の沈黙の後、式鳥は心にもない言葉を吐き捨てる。果たしてどのように事態を収拾するのやら……まぁ、やり様がない訳ではあるまい。
寧ろ場合によっては機会でもある。十薬の家より一層の益を得られるやも知れぬ。十薬が手の内全てを、成果の全てを協力者達に公開している訳ではない事を式鳥の向こう側にいる者は察していた。事の推移次第では、逆に介入する事も……無論、慎重に見定める必要はあろうが。
『では、此にてさらば』
その挨拶と共に式鳥は自焼した。瞬時に燃え尽きて、微かな灰だけとなり果てる。縁を辿っても到底使役する者に辿り着けぬような、それは徹底的な焼却であった。
「ふむ、相変わらず見事な縁切り」
式鳥への工夫は口では十薬を激励し、その裏では何時でも切り捨てる備えをしている事の現れ、その一端である。そして十薬一進はその振る舞いを非難する事はなく、寧ろ讃えていた。
他者に道連れにされるなぞ誰も望まぬ事である。益を啜り、都合悪くなれば贄として差し出して保身を図るのは人の道理である。長年の交流を経ても油断せず、情に流されぬ様は寧ろ好ましくすらあった。退魔の者はやはりこうでなければなるまい……。
「……して、報告か?」
「はい、御当主様」
妖血を養分として啜り肥えた食妖植物の毒汁を採取に取り掛かり始めた一進は、いつの間にか音もなく背後に参上していた一族の者に呼び掛ける。振り向けば膝を突いて頭を垂れる線の細い少女の姿。
十薬家帳外血族、十薬爬儺……はなは、淡々として報告を切り出していく。
「対象の捕縛拘束は完了。既にかやが監視を務めております。一方で残る派遣団の方は脱落も分離もなく管轄地より退出した事を確認しております。不穏な気配はありませぬ。図りは無事成功したと見ます」
「御苦労。境界線の監視は最低限を残して撤収させよ。……おぉ。そうであるな。これを」
報告に対する指示。そして懐から当主が差し出すのは巻物である。
「提案に対する返答だ。此処で確認せよ。不足なければ清書して此方に正式に回せ」
「はっ」
命に従い巻物の中身を検分する。認められた文面を流れるように読み込んで行き、そして微かに驚きを込めた視線を当主へと向ける。
「御当主様……これは真に御座いますか?」
「無論である。ここで偽りを認めてどうとする?」
「しかし、これは……」
「何か不満かな?」
「いえ……そのような事は決して」
不満なぞある筈もない。寧ろ期待以上の仕上がりだ。だがしかし、此れではまるで我らは……。
「此れで敵わぬならば対応は第肆案に移行させる」
「第参案は?」
「失敗すると提言したのは主らであろう?違うか?」
「仰る通りで御座います」
確かに一番手早く安く易い第参案は、しかし実行役たる二人揃って反対した。間違いなく失敗すると判断した故である。そして当主はそんな二人の意見を軟弱だと叱責する事なく、道理とばかりにすんなり受け入れた。そしてこの巻物の中身である。
自分達の立場でこれ以上の要求は余りにも過分に過ぎる。分を弁えなさ過ぎる。これで手打ち。幕引きが妥当であった。これ以上……譲歩は無理だ。
あぁ。せめて気付かぬような愚か者であれば円満に解決したというのに。餌に食いつく愚か者ならば素直に運命を受け入れられたというのに。なのにどうして?どうして、よりにもよってこんな……?
「……念のため、此方の警備を強化致しましょうか?」
「不要よ。寧ろ外からの注意を惹く。気取られかねん。……帳外の者共で十分よ。帳内の者は平時の配置に差し戻させよ」
「はい」
当主の命は絶対だ。即座にはなは式を飛ばす。伝令の鳥形の簡易式共が散っていく……。
「では、此にて」
「うむ。良き報せを待とう。……ふむ?ちと騒がしいな?」
「……」
部屋に続く扉の彼方側に感じ取る人の気配。防音仕込みながらも微かに聴こえる騒がしさ。はなは予感の前に胡乱げな眼差しを向ける。
「やれやれ。やはり中期型はこれだから……手早く治めよ」
「承知」
草木の管理と採取に関心を移した当主からの指示にはなは小走りと共に応じた。扉を開く。そして即座に巨腕を不可視の杖で叩き折った。骨と肉の裂ける擬音。上がる少女の短い悲鳴。同時にドスンと床に落ちる人影……。
「あいたたたぁ……お尻いたぁい?もっと優しく降ろしてくれなぁい?」
「反省して。そんな馬鹿な出で立ちだから囲まれた」
どういう訳か殆ど全裸で尻餅搗いた同僚……同期に向けて詰るようにはなは言い捨てる。そして面倒臭げに周囲を見る。特に先程腕を折った、二本の角を生やした大男に向けて、睨み付ける。
「イタタタタ。……容赦がないな?喧嘩を止めるにしろ、もう少しやり様があるだろうに。なぁ?」
「雁首揃えてその有り様で喧嘩?冗談?」
冷めた目付きではなが見渡すのは、丁度己の視線より少し下でいきり勃つ代物。装束の下からでも分かる禍々しい逸物共である。
「……」
煮え滾る気配と上方から見下すような視線に、はなはジロリと見上げる。目隠れする前髪の隙間から塵芥を見るような冷たい眼差しを囲む者共に向けてやる。
隠密部隊の一つ、『羅刹衆』を構成する十薬の帳外血統に名を連ねる荒武者共の数は計五名。その全員が八尺を超える長身巨躯の持ち主であり、特にその頭ともなれば背丈一丈を超えているだろう。そしてそれは単なる図体だけのこけ脅しではない。『製造順』と『製造技術』でははな達がより新しく、より進んでいるとは言え、そもそもの用途が違う。運用思想が違う。彼らはより純粋に戦闘に特化していた。正面からの暴の面では彼女らは彼らに劣る。
とは言え、引き下がるという選択肢ははなにはない。同胞の暴挙に対して警告を発する。
「鉄棒太。これ以上突っかかると噛み千切るよ?」
「咥えるの間違いだろ?えぇ?聞いたぜ、御客さんからの受けは良くないそうじゃねぇか?」
「聞き耳?」
「失敬な。偶然さ。偶然」
軽々しい言い様にあからさまに嘘臭い笑みを浮かべる羅刹衆の頭。
「どうだい?折角だから代役を務めてやろうか?賞味期限切れになる前に使用してやるぜ?」
「遊ぶなら牧場のを使って。仮に交渉が破談しても、お前は三番手」
羅刹衆に該当する第七世代の製造において、その方面に関しては設計段階から必ずしも重視されてはいなかった。『畜生』を使った試験結果も不作で芳しくはない。生産能力は次の第八世代で重視され特化された機能である。こいつらが口を挟むものではない。
尤も、当の大男はその有り様に異議があるらしい。健全な方の腕ではなを指差して詰る。
「其処よ、其処。それこそあんな一つ所にのみ使い道の限られる肉塊なんぞより、俺らを試して欲しいものでな?」
「そうさ。上手く相性が噛み合えば一層御当主殿のお役にも立てるってものさ」
「くくく。俺らの方が経験も豊富だからなぁ?お前さんらをガッツリと満足させてやれるぜ?」
鉄棒太に続き火車丸、神嚢座衛門までもが下卑た笑みで戯れ言をほざく。さてさて、一体何処までが冗談で何処までが本気なのだか……何にせよ、はなの答えはただ一つである。
「失せろ、種無し。……当主様の方針に物申すつもり?」
はなは不躾な牛に向け、ギョロリと本気で睨み付ける。流れる剣呑なる空気。唸る獣の漏れ声。威嚇声。鎌で首を撫でるような冷たい静寂……。
「……けっ。怖い顔をするなよ?同じ帳外の一族だろう?家族さ、仲良くしようぜ?」
そして先程から異様な方向に曲がっていた腕の骨をボキリと『挿し嵌めて』動かす鉄棒太。掌を広げてグルリグルリと回して具合を確かめる。それは全くの元通りに見えた。
「おい、かや。通路を通るならせめてちゃんと服を着込んでからにするこったな?今度また勘違いされて、何されても知らねぇぜ?」
「にゃははは……注意しまーす」
獣めいた眼光で半裸の娘を見下しての鉄棒太の警告に、釘を刺された当人は頭を掻いて誤魔化すような笑い返事で応じる。まるで仔犬のじゃれて甘えるような仕草。牝の媚び方……。
「はっ」
かやの態度に不快げに鼻を大きく鳴らして、鉄棒太を筆頭とした『羅刹衆』はその場を後にする。世間に晒せぬ場や任にて人外の暴を振るう事が役目たる彼らの役目なき刻に為す事は殺し合い染みた鍛練か、あるいは暴食爆睡、そして激情の発散くらいのものである。あのいきり様からして行き先は知れていた。
「……さっさと服着たら?風邪引くよ?」
「あ、同じ事言った♪心配してくれてるんだねぇ♪」
「同じ……あぁ。そういう」
注意を受け入れて陽気に皺のよった装束を崩し着していくかやと、その発言に首を傾げて遅れて解するはなである。何処までも気儘な同期向けて、嘆息しながらはなはそれを差し出す。
「はひゃ?何それ?」
「返書。次までに清書して」
「あー、なる♪」
当主から預かった巻物をはなから受け取るかや。紐を解いて、着込み途中のままに中身を見定めていく。
「ふむふむふむ。……にゃは!ほぼほぼ満額回答じゃん!びっくり!もっとガンガン修正されると思ったのに!!こんな事ってあるんだねぇ?」
「私も同感。正直、もっと厳しい内容になると思ってた」
巻物に記された内容……当主からの返答内容に驚嘆するかやとそれに同意するはなである。あの手厳しい当主殿がここまで甘い条件を認可した事に二人は信じられない思いを共有していた。
「これなら、いけそう?」
「うーん?……望み薄?」
「これでも駄目?」
「だぁーめ。多分?」
はなはこの手の同期の発言を経験から信用していた。根拠なくとも、勘当てに近くとも、この同期が語るのならばそうなのだろう。なれば……。
「一応甘えてみよーよ。御飯食べながらだったら気が緩んで了解するかも知れないしさ!」
「それ、自分で言っていて望みあるの?」
「なぁい!!」
「知ってた」
無駄に元気な返答に首を横に振って諦念。やはり同じ意見か。ならば……。
「第肆案の用意が必要だね」
「そだねー。あとで材料貰っても?」
「誓約書を認めながらする。飯の時刻は?」
「えーと、結構早く起きちゃったから……二刻半くらい?」
「分かった。……十分間に合う筈」
脱衣を着込み直し終えたかやの様子を見て、はなは歩み出し始める。相方に続いて踊るようにかやは同期の後を追う。二人して人気のない石造の廊下を進んでいく。自分達に宛がわれた詰所に向けて。
「ねぇねぇ。はな」
「……何?」
スタスタと、暫し無言で無機質な石の廊下を進み、かやが呼び掛けた。傍らで相変わらず冷たく冷めたはなの聞き返し。横目に同期を見やる。
「さっきは有り難うねー?とっても助かったよー?」
「……感謝するなら学習して。厄介事は勘弁」
「にゃはい!」
「先ずは真面目に返事して……」
相変わらずの同期の態度に今日何度目かの嘆息をするはな。幾ら言ってもこいつはこれであるから困る。
本当、道化染みた振る舞いだ……。
「……かや」
「なに?」
「助かる」
「えっ、何がっ!?」
この期に及んで下らぬ戯れ言をほざける同期の有り様に、はなは少しだけ感謝した。様々な用途で目減りした同胞。残り共に組むのが彼女で良かったとはなは密かに思う。一人であれば、他の者であれば、心が折れてここにはいなかったやも知れぬ故。
そして、だからこそ……。
「頑張ろう」
それが役目だから。それを待ち続けていたから。それが約束だから。
彼女らがその存続意義を果たすべきその刻は、着々と迫っていた……。
ーーーーーーーーーーー
「どうしてですかっ!?」
聞き馴染みを抱くようになった、それでいて馴染みのない声音であった。正確に言えばその声音がここまで荒々しく鳴り響く事を、彼女は初めて聞いた。
「どう致しましたか、毬さん?何か可笑しいですよ?」
武甕家の管轄地に設けられた旅籠に鬼月家の一団が到着したその日の夜。世話役たる毬の元に訪れた鈴音は即座にその異変を感じ取った。
前日に約束していた琴の練習の約束、そのために訪れた鈴音は不安に打ち震え動揺して、悲鳴のような声をあげる毬の姿を、心から心配する。
「え、えぇ。少し前から可笑しいんですよ。何やら良く分からない事を言い続けてまして……寝惚けている訳でもないんでしょうが、一体何がどうなっているのやら」
鈴音の疑念に答えるのは兄である孫六だ。不可思議そうに首を傾げて困惑していた。
「御兄様、そんな事……!!」
兄の言葉に衝撃を受けて、悲痛な表情を浮かべる毬。縋るように鈴音に抱き着いて、妹は訴え始める。
「鈴音様、皆様可笑しいんです!!一体どういう事なのか……伴部様の事をまるで忘れてしまったみたいに言うのです!」
毬は訳が分からなかった。一体何時から可笑しくなってしまったのか。朝方まで普通にあの人と会話を交えていたのに。彼が昼間に離れて、夕刻を過ぎた今、気付けば誰もが忘れていた。まるで書き換えられてしまったように、彼の存在を抹消していた。透明になってしまったかのように、忘却していた。
「伴部……様?」
「はいっ!私も御兄様も、伴部様の御世話役を務めて参りましたのに……いえ、私は寧ろ御世話して貰ってばかりですけれど……それが突然、環様の御世話役等と皆が言うのです!!それどころか、伴部様の名を口にしても誰も首を傾げる有り様で……!」
それは恐怖であった。まるで豹変してしまったようだった。彼の存在がごっそりと抜け出しまったかのようだった。まるで自分だけが取り残されてしまったかなような感覚……信頼する兄すらもそんな態度な事に、毬は何処までも絶望していて、鈴音への訴えは毬にとって最後の希望というべきだった。
「伴部……えっと、それは誰の事でしょうか?」
……毬の儚い希望は無惨にも打ち砕かれる。
「鈴、音……様?」
光のない瞳を見開いて、瞳孔を震わせて、唖然として毬は硬直する。一瞬意識が遠退いて、足下が崩れ去るような喪失感に陥る。受け入れ難い底なしの空洞……。
「ずっとこれなんですよ。誰か分からない名前を口にして……」
「狐か狸にでも化かされたのでしょうか?一度医者にでも見せた方が良いかも知れませんね。私の方から姫様に御願いして見ましょう……」
兄と鈴音の会話が遠退いていく。毬はしなしなと体を崩して脱力する。無力感に打ちのめされて嘆息する。両の手で顔を覆う。何も見えない癖に涙が止まらない。毬は曖昧になってしまう。
果たして誰が可笑しくなってしまったのか。もしや本当に己が可笑しくなってしまったのだろうか?己を疑い始める毬。いや、しかし……確かに毬はその感触を覚えているのだ。あの人との触れ合いの日々を。その手に、その身に、その温もりを。今だって、明瞭に。これが嘘だとは到底思えなくて……しかし、現実は非情である。大切な二人は己を医者に見せようと勝手に話を進めていく。
「御願いします!話を聞いて下さい!信じて下さい!伴部さんの事、思い出して下さい!!」
「毬、落ち着くんだ。何があったかは分からねぇが余り良くない。取り敢えず今は安静にするんだ!」
「御兄様ぁ!」
鈴音から引き離して、妹を寝かしつけようとする孫六。毬は抵抗しようとするが、兄の手付きに己への労りがある事を感じる故に激しく逆らおうという感情は失せてしまう。例え何があろうとも大恩ある兄に仇を返すなんて事は毬には出来なかった。
「あの毬さんがここまで……やはり何か可笑しいです。憑き物の類い?急いで姫様にお伝えしなければ……!」
毬の普段から逸脱した態度に尋常ではないものを感じるのは鈴音達も同様で、しかしそれは毬の望む反応ではなかった。鈴音は縋ろうとする毬の指を優しく解くと己の主君に申し出るために立ち上がる。毬の叫び声に踵を返して背を向ける。
「鈴音様っ!止めて下さいっ……!!」
「きゃっ!?ま、毬さん!!?」
殆ど嗚咽に近い叫び声と共に毬は飛び上がった。飛び上がって、同時に弱々しい脚は容易に崩れて倒れこむ。倒れながらも鈴音の脚を掴んで立ち去る事を止めんとする。
「毬さん、大丈夫ですか!?毬さん!!?」
「毬!?怪我はないか!?おい、大丈夫か!!?」
常人ならばいざ知らず、虚弱で病弱な毬が行えばその行為は命懸けである。鈴音と孫六は血相を変えて毬に駆け寄る。当の毬も息絶え絶えであるが、それを押して尚も訴えんとする。
「違う……違うんです……御願い、します。聞いて下さい。信じて……」
「毬さん、どうして……」
哀願。懇願。嘆願。尋常ではなく、鬼気迫り、必死の毬の仕草にますます二人は困惑する。一体どういう事か。何がここまでこの少女を突き動かすのか。どれだけ考えても心当りが見付からぬ故にただただ戸惑うばかりであった。
「と、兎も角!毬、寝床に運ぶぞ!怪我してないか見ねぇと!」
「私も手伝います!」
数瞬の困惑。しかし孫六は直ぐに兄として為すべき事を為さんと動き出し、鈴音はそれに続く。これは正しく愛情であり思い遣りで友情であった。残念ながらそれ故に毬の心を一層抉る。
「いや、いやぁ!!」
涙に鼻水まで流して、頬を紅潮させて目元が腫れさせて、みっともなく、それでも毬は抵抗せんとする。言葉で駄目ならば後は行為で以て思いを証明する以外になかった。彼女はその人のためならば己の信望も信頼も身の安寧すらも、全てを捨てる覚悟を決めていた。そして……。
「何やってんだぁ?お前ら?」
部屋の障子をがさつに引いて現れた狼女の前に、部屋にいた全員が動きを止めた。
「姉さん……」
「入鹿?」
孫六と鈴音が闖入して来た顔馴染みの名を呟く。毬は悲惨な表情で入鹿の方を見上げる。入鹿は面倒そうに頭を掻いた。
「入鹿、様……」
「はぁ……。こりゃあ、大分厄介な事になってるか?」
毬の呼び掛けに何処までも深い嘆息。そして狼女は言葉を続ける。
「全員、ちっと其処にいろ。……ある意味好都合かね?環を納得させるにも使えるだろうさ」
「入鹿?何を言っているのですか……?」
踵返して一旦部屋から去らんとする友に対する鈴音の問い掛け。何が何やら分からぬままのそれに、入鹿は首だけ振り向いて不敵にニヤける。
「なぁに。大した事じゃねぇさ。……俺の給金を働きに似合うだけ上げてくれってだけの話だぜ?」
何時ものように飄々とした狼女の表情。しかし鈴音はその瞳の奥底に、確かに激情が覗くのを感じ取っていた。
それは、大切な者達に害を加えられた事に対する獣染みた荒々しい憤怒の情であった……。