和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートを紹介させて頂きます。

 此方はRひつじさんより、AIイラスト・第三章堕地母神様(R-18注意)となります。とても母性()が大きい御方ですね
https://www.pixiv.net/artworks/127167985

 素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います!


第一九五話●

 十薬家の真の本家要塞、その地下の水道は何処までも暗い迷宮だった。

 

 無数に入り組んだ通路は前後左右のみでなく下方や上方にも立体的に続く。地下水道自体が幾重にも重なっているように思われた。そして其処に巣くう様々な異形。それによるある種の生態系染みた循環……。

 

 野放図にも思える空間は、しかし十薬家の有り様からして単なる無責任や怠惰とは思えなかった。寧ろ意図してのものではないかと俺は考察する。

 

 実験体や薬品の廃棄処理は無論その通りであろう。厄介者を骨も残さず処分する意図もあるように感じられる。しかしそれ以上に……ここは一種の実験場であり、調合室なのかも知れなかった。

 

 理由としては、これまでの逃走する中で、明らかに地下水道内で何者かの行き来の痕跡があったためだ。足跡、何等かの道具が壁を引っ掻いた跡。武器によって殺害された化物の躯に骨。採集の痕跡……古いものから新しいものまで。定期的な侵入が行われている証拠である。無論、俺の鋭敏となった五感故に見つけ出す事が出来た訳であるが、何はともあれ此処が単なる塵捨て場ではない事を示していた。

 

 今一つ、俺がそのように判断した理由はセーフティールームである。正確に言えば水道の迷宮の中で見つけ出した安全地帯。迷宮の死角に隠れるように、遮妖縄によって妖祓いの結界が結ばれた小さな空間だ。休憩室と言っても良いかも知れない。俺の妖の五感と人としての知識故に察知して、そして侵入する事が出来た。

 

 これが純粋な人ならば見つけられるか怪しいし、純粋な妖ならば知性がなければ疎んで離れるだけであったろう。それは恐らく十薬家も同様で……半妖辺りの使用を想定している空間であると思われた。あの二人、あるいはその御同類が使っているのだろうか?

 

「はぁはぁ……何にしろ、出口自体は何処かにある筈なんだがな!?お"う"ぇ"!!?」

『Σ(´д`ノ)ノショクチュウドク!?』

「違うわい……っ!!」

 

 息切れ。罵倒。そして、嘔吐。あるいは悪阻……胸元に手を当てる。元気なベイビーがすくすく育ちながら蠢いている感触。それが気のせいだと思えればどれだけ良かった事か。

 

(あとどれくらいで生まれてくる?畜生、俺は何時間寝込んでいた!?)

 

 恐らく品種は複数存在するだろう、あるいは寄生先によっての個体差もあるだろう。しかしその時が来たら鳴き声上げながらバスターして来るのは確実で、俺にはその時間を計る術がなかった。一応の安全地帯を見つけ出して潜んでいるが、このまま助けが来るのを待つ事すら出来ずにいた。厳しい選択を迫られていた。

 

「何だったら、その選択すら潰されてるんだけどな……!!っ!?馬鹿蜘蛛、吸えっ!?」

『( :゚皿゚)スベテノショクザイニカンシャヲコメテ!』

 

 身震い。悪寒。命令。馬鹿蜘蛛がカプリと首元に噛み付く。因子共々血を吸い出す。皮の下で疼く感触が沈静化していく。息を吐く……。

 

「はぁはぁ、はぁー……」

 

 汗をびっしょりと濡らしてその場で崩れるように座り込む。疲労の、そして鎮静化のための脱力である。

 

 俺がこの安全地帯に隠れて最初に実行したのは妖化だった。妖化して、己の内を己で焼いた。吐き出す筈の炎を己の内に呑み込んで滅却したのだ。肉を切らせてならぬ肉を焼いて赤子を焼く。……居候してくれてるチェスト=サンには何の効果もなかったけど。

 

 頑丈……いや、違う。これは馬鹿蜘蛛のそれの類似のもののように思われた。縁結びだ。運命共同体だ。恐らく寄生して俺の力を借用してるのだろう。俺が再生するように、化物もまた再生しているのだ。炎の力は俺とチェスト=サンを同一と認識していた。あるいは力をもっと使いこなせたら分別出来るのかも知れないが……そんな時間も余裕もない。

 

「突き出した時に殺れるか?……ははっ、楽観的過ぎるか?」

 

 そも、素直にバスターするだけで済むのだろうか?生まれた途端に全身八つ裂きにされかねない。何処まで成長してたら出産させるつもりなのか知れなかった。

 

(……というか元ネタ的に即死するのか?俺は復活出来るのか?そも生まれて来た奴は普通の化物か?)

 

 寄生した化物が、母体の影響を受けている可能性、そして俺の身体は間違いなく厄ネタだ。望まぬ出産だが、無責任に産んだきりともいくまいて。

 

「……そうなると」

『(。-ω-)ケプッ( ^ω^)ナルト!』

「いや、食い物の話じゃないからな……?」

 

 俺を戻すために盛大にお腹膨れたお蜘蛛さんの呆けに突っ込みを入れてから、改めて脳裏に過るのは最後の最後の非常の手段。冗談ではない。勘弁してくれ。俺が前世で一体何の罪を犯した?ここまでされる謂われはない。

 

「……」

 

 内心でひたすらに愚痴りつつ、俺は手元に握り締めるそれを怪しい目付きで睨み付ける。何処までも切れ味の良い桜の短刀。葵から頂戴した霊刀。前々から頼りになる相棒である。下手な数打物使うよりはずっとマシではあろう。あろうが……。

 

「いやいやいや……」

 

 それを実行する様を脳裏に思い浮かべてブンブン頭を横に振っての否定。何処の黒いジャックだよ。条件アレより悪いけど?そもそも俺医者じゃないけど?無免許医以上に無免許だよ?……はは。自分の身体なら自己責任で済むってか?

 

「っ……!?この、気配は……?」

 

 思考が怪しい方向に、禁断の選択に偏りつつあったのを止めたのは遠くから感じる予感であった。それは天祐であった。何せ、そちらに意識を向ける事で眼前の最大の課題から逃避する事が出来たからだ。

 

「……この震動と音。戦闘か?誰が?」

 

 化物同士の共食いの音ではないのは確かだった。この具合、明白に何等かの得物らしきものが使われている感触である。一瞬助けが来たのかとも思うがそう美味い話でもないだろう。流石に迅速過ぎる。

 

「追手か、あるいは……潜入して罠に掛かったって訳じゃあねぇよな?」

『( ´,_ゝ`)フゥン、ミイラトリガミイラトイウコトネ!』

 

 俺を助けに潜入した環……主人公様が落とし穴に落ちた光景を想像する。化物に囲まれて得物は折れて精根尽きて、服が剥がされて揉みくちゃに凌辱されて……普通にスチル画で想像出来るから困る。原作にしても雄なのに異種姦輪姦種付けで白濁に沈んでアへ顔するからさもありなんである。

 

 ……先程言ったように、あり得るとすれば助けに来たにしては早過ぎる。先行して罠に嵌まったと考えるが妥当。それ以上に十薬の手の者が捜索しに来た可能性の方が遥かに高い。しかし、どちらにしても何もしないという選択肢は有り得なかった。

 

 味方ならば互いのために助けるべきであるし、敵であれはそれはそれで少なくとも確認するだけでも意味がある。一番好ましいのは……まぁ、何事も都合良くは転ばんだろうけれど。

 

「そういう訳でして……よし、行くぞ?」 

『(o´・∀・)oピクニック?』

「ハイキングかもな」

 

 釘を背負ったままカンガルー染みて懐入りする馬鹿蜘蛛の話に乗ってやる。走縄に己の霊力を食わせる代償に身体を締め上げ動かさせる。狭苦しい隠し部屋から通路に出て、待ち伏せていたレプティリアン擬きの鉤を受け流してその脳天を一突き。闇の奥に進む。

 

 遠く微かに聴こえる戦闘の音を導として……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

『■■■■■ッ!!』

 

 言語化し難き咆哮と共に迫る異形の影を、草人形は無言の内に、鉄塊の如き棍棒で以て殴り飛ばした。異形の影は傍らの水道に突っ込んで大きな水飛沫が上がる。

 

 頭部に蓮の華を咲かせた草人形は、十薬家の品種改良品の一つである。水草類の妖草霊草の因子を掛け合わせる事で水中における活動能力を強化したこの品種は、地下水道での捜索と回収任務に打ってつけであった。

 

 甲殻染みた地下水道に巣くう異形共を、爬虫類染みた異形共を、それ以外にも多様な異形共を、装備する霊鉄の鉄棒にて臆せず殴打して、淡々と退け進む草人形共は計三体。十薬一進からの命にてこの生ける人が赴くべきでない奈落の地を闊歩する。

 

 手慣れたものである。これ等の草人形共は幾度も回収に採集にと地下水道に赴いて来た古株であった。老練な地下水道の探索隊だ。

 

 式化した妖草に類する草人形共は簡易式よりも寧ろ本道式に在り方が近い。植物故に人間の認識出来るそれとは大きく性質が異なるものの、確かに知性があり、経験を重ねる事で単なる単純作業や肉壁としての案山子以上の働きが期待出来た。しかも従順で餌代は他の式化した妖よりもずっと安上がりだ。霊気の含んだ水だけでもある程度活動出来る。

 

 おおよそ使役する下僕として最適なこれが、しかし決して多くの退魔士家にて使われていないのは気候と文化の影響が大きいだろう。

 

 元より舶来の品であり、しかも扶桑の気候にこの植物は適していないのだ。嘗て扶桑に輸出された品もその多くが慣れぬ気候に土と水で腐り絶えた。鬼月家にて飼育されている個体にしても、『迷い家』の内という安定して温暖な空間、そして薬師寺家の分家が飼育している故に長らく稼働出来ているという側面がある。

 

 文化的には退魔士家の秘密主義も普及せぬ理由に上げられよう。草人形自体の知名度もあるし、戦闘に特化してる退魔士達に園芸の真似事をしている暇もない。其処らの農夫共では到底草人形の手入れなぞ出来まい。

 

 武闘派かつ薬師寺家の流れを引く故に、十薬家はこの草人形を十全に使いこなせる稀有な一族であった。入手した株を他の妖草霊草と接ぎ木して交配させて品種改良、そして増殖……十薬家が独自に産み出して秘匿する種は両手の指では足りぬ数に及ぶ。実の所、雑兵の物量に関しては名家の下人衆隠行衆とも張り合えるだけの駒を十薬家は隠し持っていた。

 

 所詮は雑兵である。一流の退魔士には鎧袖一触されるものであり、朝廷の軍団を一つ相手は出来ようが二つ三つと来れば当然の如く圧殺されよう。しかしそれでも……多種多様な役務に使役出来、安く飼育出来る駒は重宝されていた。

 

『……』

『……』

 

 閉話休題。彼是半刻程地下水道の捜索に駆り出されていた草人形共はその身の針葉……刺座に綿毛を擦り合わせて震わせる。振動による意思疎通。内容はやはり己達の任務に関するものだ。

 

 異形共の分布、そして通路に残る真新しい幾つかの痕跡。それは目標が移動をしている事を示唆していた。草人形共はその方向に待機室がある事を記憶していた。

 

『……ッ!』

『……ッ!……ッ!』

 

 武器を構えて足早に。向かう途上で転々と石床に残る赤い斑点に当たりをつける。結界の境界線にまで辿り着く。

 

 荒縄によって閉ざされた聖域に、草人形共はゆっくりと足を踏入れる。足音を消して、気配を消して、一気に押し入り捕らえるために。そして……。

 

『■■■■■ッ!!!!』

『ッ!!?』

 

 次の瞬間、飛び出して来た異形に瞬く間に先頭の草人形は八つ裂きとされた。

 

『ッ!!?』

『!!!?』

 

 鋭い鋸を思わせる蟷螂のような異形の多腕は先頭の草人形の腕と足を裂くと、押し倒した身体を乗り越えて後方の残る草人形に迫る。第二陣に控えていた草人形は、しかし冷静だった。鋸鎌を得物たる棍棒で防ぐと、即座に空いた腕で異形の顔面を殴り付ける。

 

『■■ッ!?■■■■ッ!!!!』

 

 ゴキッという音と共に怪物の首が捻曲がる。骨が砕け、関節が潰れたのは間違いない。捻じ曲がったままに顎を開いて威嚇する異形。人間ならば即死している状態で戦意旺盛で反撃せんとするのは正に怪物らしい凶暴性であった。だが、それだけではどうにもならぬ。

 

『ッ!!』

 

 背後にいた三体目の草人形もまた異形同様に鎌を携えていた。霊鉄を叩いて研ぎ澄ませた大鎌は鋭さと質量で以て武士の鎧すら引き裂く大物の業物であった。その一振が異形の腕を切り落とす。声にならぬ絶叫。二体目の草人形が呼応して押し出した。姿勢を崩す怪物を、何度も何度も鈍器で叩きのめす。止めを刺さんと一際大きく振り被る……そして、胸元を貫かれる。

 

『ッ!!?』 

 

 背後から不意打ちをかましてくれた新手の異形。海蛇染みた身体に人面のような頭。即座に三体目はその頭を殴り潰して始末した。しかしそれは明確な隙であった。正面で相対していた化物の鎌腕が三体目の草人形の得物を手にする腕ごと切り落とした。思わず背後に退く。徒手の隻腕だ。怪物は倒れ伏す草人形二体を踏み締めて躍り出て……縄で結ばれた結界の手前で足を止める。

 

『■■■■■■!!!!』

 

 大層恨めしそうに放たれる咆哮。これ以上前には出ない。出られない。異形は結界に閉じ込められていた。僥倖だった。最後尾で控えていた草人形は戦闘を中断すると武器の回収すら放棄して、倒れる同胞の躯も置いてきぼりにして地下水道からの撤退を開始した。それは臆病ではなぞではなく合理的な判断であった。

 

 先客の存在から待機室には目標はいないと思われた。ならば眼前の怪物との戦闘は無意味であり、捜索は困難であり、これ以上の損失は十薬家にとって損多く益少なき選択であった。故の一時撤退である。地下水道に蔓延る異形共を警戒しつつ草人形は通った道をよろけながら逆走する。切り落とされた腕から酷く草臭い水を垂れ流しながら。

 

 ……流れたのが鮮血ではなくて水である事は幸いで、草人形の利点の一つと言えるかも知れない。血肉の臭いは化物共を呼び寄せるものだ。欠損した草人形の体液は確かに霊水が染みこんているが、本物の血肉には比べれば流石に怪物共を引き寄せるに及ばない。この地が霊脈の中核に程近い地であれば尚更だ。だからこそ草人形は化物共に追われずに退散する事が出来る。

 

 ……そう。化物共には追われずに。

 

 地下通路の一角で、草人形は水路に足を踏入れる。仮に灯りがあればその隅の一角の水の流れから排水路が隠されている事が分かっただろう。その身を水路に沈める。身をくぐめ、水中を踏み締め歩き、排水路を遡っていく。

 

 遡り、遡り、遡り……何れ程歩いた事だろう?遂に草人形は明るい空間へと辿り着く。水面へと、浮かび上がる。

 

「早いな。もう捕らえたのか?」

「いや、これは……ちっ。手酷くやられたな。間抜けめ」

 

 唯一体、貯水槽を模した出入口より揚がった手負いの草人形を一瞥して、待ちかねていた十薬家理究衆の二人は失望したように吐き捨てる。逃げ帰った草人形の具合から見て彼方側で何があったのかを把握する。

 

「まさか見つけて反撃されたならいざ知らず、彼処の連中に後れを取るとはな」

「しっかりして欲しいものだぜ。木偶じゃねぇんだからよ」

 

 地下水道と要塞内部とを秘密裏に繋ぐ隠し通路の、出入口部屋での会話であった。他家や朝廷の同業者同様、共通する鳥面に黒装束の男達は、格好に似つかわしいとは言えぬ砕けた物言いで以て、眼前で佇む草人形を詰った。其処には理究という単語の意味とは裏腹に、何処か必要な教養が欠けているようにも見受けられた。

 

 実際、彼らの出自は決して良くなかった。否、真っ当ではなかった。霊力持ちのお尋ね者、あるいは闇医者に闇薬師、闇呪具師……その手の消えても気付かれぬ、消えても良い連中を裏で捕らえ誓約で拘束した連中であった。

 

 決して口に出来ぬ実験や研究、それらは時に危険も伴うものだ。一族で自前で用意出来る人間には限界がある。草人形は所詮は肉体労働にしか使えない。いざと言う時に使い捨て使い潰せるこの手の人間には需要があるもので、十薬家の理究衆は帳簿上には存在しない要員を両手の指では足りぬ程に取り揃えていた。

 

「取り敢えず消毒だな。このまま上げる訳にはいかん」

 

 そういって二人して手にしていた噴射器で薬物を草人形に振り掛ける。地下水道は毒素の坩堝だ。当主が語るように人間が足を踏入れるべき場所ではない。

 

 彼方は廃棄された、あるいは放たれた毒物に怪物に、何よりも妖気が充満している。何も防護の策のない唯人ならば彼方の住民に食われずとも数日の内に悪気に当てられて死んでしまうだろう。多少の霊力を有している者でもそれよりマシといった程度である。このまま歩き回らせて良いものではなかった。

 

「もしかしてよ、回収目標ってのも死んでんじゃねぇか?化物連中の腹ん中なんじゃね?」

「さぁてな。だとしても骨くらい回収するように言われそうだ。違うか?」

「あぁ。そういや随分とお熱みてぇだな。……俺らに直接持って帰って来いなんて命令来ないだろうな?」

 

 草人形の全身を消毒して、何なら失われた腕の断面を短刀で薄く切り落として染み込む毒気を切除しながらの理究衆共の会話。二人は犬畜生のような誓約を結ばせてくれた忌々しく恐ろしい主人の事を思い出す。

 

「聞き耳した話だが、大分大盤振る舞いの誓約だったんだろう?それを蹴るとは贅沢なこった」

「家人様にとっちゃあ不十分なんだろう?俺達とは生まれが違うってな。お高くとまってくれるものだぜ」

 

 そのように愚痴る二人の生殺与奪の権利は完全に十薬家当主に握られていた。得手がある故に処断されずに済んだものの、衣食住と引き換えに手伝わされる実験に養殖に飼育、そして廃棄業務……それらは危険性含めて到底報酬と釣り合うものではない。逃亡や告発も呪いの力の前には不可能だ。抜け出せるものならばさっさと抜け出してしまいたいのが彼らの本音だった。

 

 ……無論、十薬に拘束される前に彼らが行っていた所業からして彼らが解放された後に真っ当に生きる可能性は決して高くはないだろう。彼らの今の状況は一面では自業自得であった。

 

「……さて、こんなもんだろ。おら、行くぞ」

 

 切りの良い所で消毒作業を止めて、理究衆の一方が草人形を先導する。失われた草人形の腕を接木して、彼方側での記憶を読み取るための作業が待っていた。

 

「俺はここで待っとけば?」

「あー、そうだな。第二陣が必要だと上に伝えておく。やって来たらお前さんが指示出してくれ。終わり次第俺も戻る」

 

 そして連れ立つ草人形と共に部屋を後にする一方の理究衆であった。残された方は肩を竦めて心底退屈そうに貯水槽の水際に腰かける。

 

「たく、折角育てた草人形が二つもぱぁか?勘弁して欲しいぜ。全く……」 

 

 そして若干苦戦しながら鳥面を外す理究衆の男。懐から手作りの煙管に十薬家から支給される煙草を注いで着火する。至福の一時であった。

 

 多幸感を増幅させるように品種改良と製法工夫の施されたそれは反乱防止と士気の維持という意味合いがあった。尤も、効果が強過ぎてこのような業務中の喫煙という別の悪影響も生じさせている。

 

「ふぅ……。全く困るぜ。それもこれもあんなのを回収してからのせいだ」

 

 誰も見ていない事を良い事に、煙草の効果もあって脱力気味に男は嘆息する。前々からここでの奉公は過酷だったが特にアレを回収してから一層酷くなったように思われた。

 

「っ……!!ひゅんとするぜ」

 

 昨日の給餌の記憶を思い返して身震いする。肩を竦ませて、下腹部はそれ以上に竦める。真におぞましく、恐ろしき代物であった。幾度同じ作業をしても慣れるものではない。作業前には特別製の面に記憶補強剤、催眠術を併用して精神の保護と強化の必要があった。

 

 それでも油断したらお終いだ。実際、彼の知る限りでもこれまで二人は犠牲者が出ていた。実際はもっといる筈だ。自分も何時呑まれる事になるか……それを思えばこの役務が回って来たのは幸いなのだろうか?少なくとも今日の給餌の仕事はしなくて良いのだから。

 

「けっ、んな訳ねぇわ」

 

 根本的な話として誓約のせいであり、危なっかしい仕事が回って来る事が問題である。人の目がない事を良い事に十薬家への、そして当主への呪詛をダラダラと流し続ける男。一頻り吐き捨てて己を慰めるためにもう一服しようとして……水音が鼓膜を震わせた。

 

「あん?」

 

 振り向いた。水面に波紋。怪訝に眉をひそめる。水面に顔を向ける。直後、背後から何者かに頭を掴まれて水中に叩き付けられる!!

 

「んおっ!?かはっ!!?ひゅひっ!!?がばばっ!!??」

 

 混乱。恐慌。抵抗。無駄だった。霊力で強化された腕力で組み伏せられて、縄のような何かが全身に巻き付いて拘束される。身動きが取れず為すがままにされる。

 

「ごぼ、!?ごぼぼっ!!?がばっ!!?」

 

 水が気管に入る。噎せる。咳き込み更に水が入る。遠退く意識。恐怖する。恐怖すら霧散していく。酸素が欠如して身体の力が抜けていく……。

 

「抵抗は無駄だぜ。こちとら家人扱、お前らよりは強いぜ……?」

 

 駄目押しの峰打ちが来て、暗転する意識の最後に、男は若干ふざけ気味の口調のそんな言葉を聞いた気がした……。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

「と言う訳で追い剥ぎタイムってな」

『(^p^)ヨイデハナイカヨイデハナイカ!』

 

 窒息させて気絶させた推定十薬家の理究衆の男を乱暴に脱がしていき褌一枚にしていくのは別にそちらの趣味ではなくて、先輩が憑依した訳でもない。至極真っ当に変装のためである。

 

 気配を辿り、地下水道に足を踏み入れて駆除作業に興じる草人形共を確認して、俺はその策を練った。

 

 縄で結ばれていた安全地帯の結界を一旦解除して上手く化物を誘導すれば結び直してこれを閉じ込める。撒いた血痕で草人形を誘導してそれとぶつけ合わせる。別途で更に誘導した化物に背後を襲わせて、程好く一体だけが手負いで逃げ帰るように仕向けた。

 

 そうしてそいつを尾行して俺は隠し通路に辿り着くと、機会を狙って水面からこっそりと這い上がった。一人残されて煙草を楽しむ男に対して、隠行で以て死角から迫り来る。水音で意識誘導して、そして野獣めいて俺は襲いかかった。その結果が白眼剥いて泡を噴いた眼前の全裸男である。因みにここまでの説明に一切の他意はない。嘘じゃないよ?

 

 さて、本来ならば色々吐かせてから意識を刈り取るべきなんだろうが……残念ながらそうもいかぬらしい。

 

「呪いで口止めか。……まぁ、当然だな」

『(´・ω・)ピッコロ?』

「くっ殺の間違いでは?」

 

 やはりと言うべきか。ヒン剥いた男の身体を観察すればその肌に刻まれた刺繍は呪いの証明である。鬼月下人衆でも逃亡反乱防止の呪いを仕込まれているのだからさもありなん、道理であろう。あからさまに黒い仕事させてるように見えたし驚くに値しなければ期待していた訳でもない。十薬家となればその辺り手抜きにしてるとは思ってなかった。畜生、手を汚すなら腐敗もしてろや。

 

 ……仕方あるまい。拷問しても無駄となればこいつにもう用はない。人質にもならんだろう、伸ばした縄で両手両足に猿轡で拘束する程度で勘弁してやる。退出した奴が戻る前に適当な所に隠さねばなるまい。

 

「……さて。こんなものかな?」

『( ^ω^)カソウパーティノジュンビ?』

「だったら良いんだけどなぁ」

 

 剥がした装束に面を確認。怪しげな呪いやら仕掛けがないのを確認すれば身に包んで行く。男臭くヤニ臭い臭いは我慢する。残念ながらこの時代には禁煙も分煙も概念すら存在しなかった。

 

「面まで隠せるのは有難いがね」

 

 水面に映し出される己の姿を少し曇った覗き硝子越しに確認。理究衆の服装は防護服を兼ねるために全身隙間なく包まれている。声さえ誤魔化せれば一目で気付かれる事はあるまい。

 

 ……何時までも誤魔化し切れるものではない。地図の類いは残念ながら手に入らなかった。捜索も脱出も手探りになる。最悪、出たとこ勝負と考えた方が良さそうだった。

 

「……」

 

 胸元に手を当てる。出産経験はないが、多分まだ生まれはしないだろう。頼むから早産は止めて欲しい。大人しくしてくれ。

 

「……手術道具か、薬か、何かあってくれよ?」

 

 そして俺は部屋に設けられた唯一の扉に向かい、それを開いた。上方へと続く石造りの暗く狭い階段を硝子穴越しに足下を確かめて、一段一段と上って行く。その先に光が射していた。

 

 残念ながら外の光ではなさそうだ。しかし、広そうな空間が垣間見えた。僅かに迷い、しかし面を僅かに外す……。

 

「薬に……消毒液か?」

 

 面越しには分からぬ部屋の方から漂って来る匂いを確認して、直ぐに面をつけ直して、キツく閉じる。己の感覚の正常性を確かめる。同時に口元は期待に吊り上げる。階段の先の空間が己の期待する用途である事に期待しての事だった。こいつは……普段、地下水道で回収するのだろうブツを運び上げてその後にどう処置するのかを思えば初手で当たりかも知れない。

 

「ツキが回って来た……のだといいんだけどな?」

 

 冗談交じりに宣う。冷静に、警戒して、一歩一歩踏み締めて、しかし隠し切れぬ期待に胸を膨らませて足早に、次第に階段を駆け上がっていく。胸の荷を下ろすために役立つものがある事を心から願いながら、突き進む。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ。……何だよ、こりゃあ」

 

 俺は部屋で目撃した代物を前に冷笑して、そして嘔吐していた……。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「ふむ?鬼月の一団がか?」

 

 領境警備していた一族の者からの式草を介した報告に、十薬一進は執務の手を止める。

 

『はっ。武甕家の者からの知らせです。予定を取り消して此方に引き返そうとしていると……先方が引き留めようとして街道に下人衆を展開させているとの事です』

 

 食虫植物……猪籠草を模した妖草を品種改良して、地中に張り巡らせた蔓を通じて音を媒介し、反響させる事の出来るそれは十薬家の秘技の一つである。領内の主だった拠点間での簡易式以上に迅速かつ機密性の高い連絡手段として重宝されていた。今回の報告もまた、その利点が存分に活かされた形である。しかし、これは……。

 

「それはそれは、また一体どうしたものか。困ったものだ。忘れ物でもしたかな?」

『武甕家も困惑しておりましょう。よもや、突如役務を放棄するなぞ……此方に連絡する素振りもないようで、名門とは言え無礼が過ぎまする!』

 

 何も知らぬ一族の末席が式越しに鬼月の傍若無人な振る舞いに憤怒する。彼からすれば朝廷からの役目を放棄して、挙げ句に領域侵犯せんとしているのだ。礼を失しているという認識は道理であった。

 

 ……秘密は知る者が多い程漏れる者。十薬一進は己の所業を必ずしも一族全員に教えていない。知る者も全ては知らぬ。全容を把握している者は当主含めて極一部であった。連絡を入れて来たこの式の主とて、一族に灰色の秘密の一つ二つはあるだろう事は認識しているがそれだけである。両家を取り巻く事態を知る由はない。知る利点もない。

 

「取り敢えず今は対応は武甕家に任せるべきであろうな。あくまでも彼方の領での問題、此方から関わるべきではあるまい。連絡は密に、何かあれば此方に一報入れる事を忘れるな。分かったな?」

『承知致しました』

「不測の事態もあろう。領境警備に人手を送る。……方々へ向けた報告も必要か。それは此方で行おう」

 

 言うや早く、一進は自家の下人衆に隠行衆、式の類いを差し向ける手配を行う。

 

『御手間をお掛け致します』

「構わん。領境の守護は十薬の主権、合意なく越えさせる事は許されぬが刃傷沙汰もまた問題だ。同じ朝臣、くれぐれも大事は避けるように。良いな?」

『ははっ!』

 

 そして式草を通じた通信は切れる。暫しの当主の沈黙……執務を切り上げて、呪具である特製の眼鏡を嵌めて、立ち上がる。

 

 薬箱から丸薬を接種する。記憶と精神を補強して、精神操作に言霊術、魅了の類いから己を保護する役割があった。香水を嗅ぐ。塩味のあるそれは先に嗅覚を染め上げる気付けの意味合いがあった。

 

 朝廷や隣家に対する連絡も報告も後回しにして、一進は執務室の小屋より出でた。地下の温室を進む。途中、生えていた霊木より果実を揉いで食らった。渋柿に似たそれもまた味覚を通じての気付け生薬である。

 

 温室から無機質な通路へと出る。途中擦れ違い礼をする草人形共に理究衆に手を翳して無用と応じる。彼にとって公でもないこのような場において己への礼で無駄な時間を使わせるのは非効率であると考えていた。ひたすら足早に、彼は突き進む。

 

 要塞の地下へ、地下へ、そして中心へ、中心へ。……そして一進は番人の草人形共が控える大門へと辿り着く。

 

 凶妖の全力の殴打にも耐えてみせる重々しくぶ厚い霊鉄の門は、式化した蔓草妖怪によってゆっくりと軋み音を鳴らしながら開門されていく。その先の空間は雰囲気が一変していた。余りにも味気のない『空気』が場を満たす。

 

 部屋は特別製だった。霊石を壁材として敷き詰めて構成された空間。それはその内と外とを霊的に隔離する。石自体が土地の霊脈の恩恵を吸収して頑強に鍛えられ、同時に内側の空間に霊気が流れ込むのを遮断する。僅かでも部屋の内の存在に土の恵みを与えぬためであった。

 

 部屋の中央にそれは鎮座していた。無数の荒縄と封符が狂ったように張り巡らされ、貼り付けられたこれまた重々しい鉄箱……その丁度正面には開閉口があった。

 

 南京錠が三つ並ぶように掛けられた、丁度人の頭部なら出せそうな程度の鉄板の覗き口……一進は懐から鍵を取り出す。嘆息。そして振り向きながら言葉を紡ぐ。

 

「……残念な事だ。厳重に防備は固めた筈だがよもやこれ程容易に潜入されるとは」

 

 風を斬る音がした。影が迫っていた。急所に向けて振るわれる手刀を、しかし一進は最低限の所作で受け流していた。腕を掴む。拳が振るわれる。寸止め。否、止められる。

 

「っ……!!」

『おいおいおい。乙女の顔面に容赦なさ過ぎないかぁい?もうちっと手心加えてやれよ、なぁ?』

 

 僅か数瞬の事だった。先手必勝とばかりに仕掛け、そして避けられ、顔面粉砕されていただろう牡丹は息を呑む。平静を装うとしても尚、隠し切れぬ動揺が額に汗を滲ませて、瞳孔を震わせていた。一方で一進の拳を掌で防いだ蒼い鬼はニチャニチャと双方を見比べながら粘り気のある物言いで嘯く。

 

「嘗て都を脅かした四凶の蒼鬼か。度々生きのびていると噂は耳にしていたが……よもやこの目で見る事になろうとは」

『けけけけ。嫌な目付きだ。不愉快な連中を思い出すぜ?」

 

 鋭い視線に対して、陽気な口調で鬼は毒を吐く。この手の眼差しを鬼は良く知っていた。懐かしさすら覚える。化物殺しのためならば禁じ手なぞないと思っている気狂いの目である。

 

 そう、例えば千年前己を散々な目に遭わせてくれた朝臣とは名ばかりの殺し屋集団のそれ……思い出すだけで腹が立って来た。一進の撃を防いだ腕に力が入る。男の鋼のような拳を握り締めて、骨を軋ませる音が漏れる……。

 

「お止しになって下さいな。私達全員殺すつもりですか?」

「死ぬならぁ、貴女一鬼で死んで欲しいんだけどぉ?」

 

 鬼の背後、何もない筈の空間から響く声音が二言。一進が其処を凝視して、そして瞬きをした次の瞬間にはまるで最初から其処に居座っていたかのようにその者らは君臨していた。

 

 一つは唐傘を手にして頬に手をやって呆れた表情を浮かべる九尾狐。今一つは己の九の蛇尾を寝台のようにして寝凭れ嘲る蛇神の成り果て……。

 

「いやはや、まさかここまでとは。……参りましたな」

 

 確かに狐というものは幻術に秀で、蛇というものは隠行に秀でた存在である。それも有象無象の三下とは訳が違う。九つの尾に滲み出る神気。凶妖。あるいはそれ以上の存在。規格外の怪物共だ。

 

 しかし、それを加味したとしてもである。よもやこの十薬家の要塞に忍び込み、気付かれる事もなく此処まで忍び込まれるとは……一進は己と一族の未熟さを心より恥じる。果たして一族の総力を上げたとしてこの鬼と狐と蛇の、一つを討てれば御の字か?所詮は浅き歴史の小家という事で、退魔の士として恥じ入るばかりである。

 

『なぁにが御の字だよ。糞みたいな罠仕掛けておいてよ?全く、油断も隙もありゃあしねぇな?えぇ?』

 

 十薬一進の内心を読んだように碧鬼は詰る。捕えていた一進の拳を手離して一歩二歩、後ろ向きに退いて鬼は距離を取った。警戒のための間合いであった。鬼は表情とは裏腹に眼前の男に欠片も油断はしてなかった。最大限に警戒していた。

 

 鬼は理解していたのだ。この男の実力では己を殺す事は出来ない事を。同時に間違いなくこの男は己を殺し得る手段を確保している事を。何が気に入らぬかと言えばその手をこの気狂いは何時でも実行出来る事である。蛇と狐と淫魔がどうなろうと知った事ではないが己の命が握られている事を鬼は不快がる。並の退魔士ならば絶望する状況でのこの泰然とした振る舞い、虚勢という訳でもないのが一層憎らしい。

 

『やれやれ。鬼というのは相変わらず血の気が多くて困る。此れでは話し合いも出来ぬではないか』

 

 膠着する状況……それを打開したのは式の蜂鳥であった。淫魔の孫娘の頭の上にちょこんと着地した蜂鳥。ジト目の牡丹の視線を無視して、式は十薬家当主と見合う。

 

『十薬家当主、一進殿ですな?久方ぶりで御座いまする』

「これはこれは、松重の翁殿……此方こそ久方ぶりで御座います。御茶をお淹れした方が?」

『いやいや、結構。此方に直接出向くつもりはありませぬ故。皆殺しにされては敵いませぬ』

 

 ほほほほ、と式は囀ずる。孫娘は送っておいて酷い言い様であった。

 

「成る程。承知。して、何用でしょうかな?よりにもよってこのようなおぞましき者共と共になぞ、翁殿らしくもない」

 

 己と相対する化物共を一瞥して、そして式の向こう側の存在向けて一進は問う。式の主とは特別親しい訳ではなかったが全く知己がなかった訳でもない。追放された原因には感嘆して敬意すら抱いた程だ。それ程の者がよもやこのような連中と同行するとは……。

 

『……勘違いはしないで頂きたいですな。全ては故あっての事。断じて友宜を結んでいる訳ではありませぬぞ?』

「勿論でしょうとも。……しかし、中々の度胸ですな。私ならば半刻も同じ部屋で留まりたくありませぬぞ?」

 

 それは心からの一進の感想であった。この連中から滲み出る濃厚な悪気邪気妖気、瘴気……老齢ならば尚更堪えるであろう。良くもまぁ耐えるものだ。無茶をするものだと思った。

 

『無茶、ですかの。……ほほほほ、謙遜ですな』

『そん中の奴と同じ土地にいる奴の方がよっぽど俺には理解出来ないね。本当、正気とは思えねぇよ』

 

 朗らかに笑い否定する式。鉄箱を一瞥して罵倒する鬼。それは共に道理であった。狐も、そして蛇も、孫娘すらも心からそれに同意する。

 

 侵入者達の誰もが驚いたものだ。誰もが正気を疑ったものだ。アレを捕えるのも、アレを封じるのも、アレと同じ土を踏む事も、何れも到底有り得ぬ事で常軌を逸していた。

 

「見つけ出した段階で、既に大分弱っておりましてな。抵抗するつもりも、封を破るつもりもないようで、翁の思う程に捕えるのも留めるのも苦労はしておりませぬ。……あるいは何時でも出られると高を括っているのやも知れませぬな」

『故の仕掛け……ですかな?』

「寧ろ、仕掛け故に此処に安置したというべきでしょうな」

 

 昔は珍しくもなかったが、その仕掛けが法により禁じられて久しい。道義無用の大乱の時代ならばいざ知らず、今の朝廷は費用対効果を重視していた。仕掛けを使ってしまって面倒な負債を残すくらいなら、多少犠牲が増える程度の方が御上はマシと考えているようだった。十薬家が密かに霊脈を移した原因の一端だ。そしてそれは封じたモノに対する保険として打ってつけであった。

 

『……この場で卵が先か鶏が先かを語り続ける意味はありますまいな。ちゃんと起動はするのでしょうな?』

「無論。其処は心配為されるな。其処の鬼畜共の態度を見ればそれは明瞭でありましょう?」

『らしいわよぉ?良かったわねぇ、褒めて貰えて』

『不用意な言葉でしたか?猿にこんな形で褒められましても、ねぇ?』

 

 がさつな鬼は兎も角、特に狐は呪いに造形深いモノだ。それが鬼に対して静止の言葉を口にしたのが仕掛けの信頼性に対する何よりの証明であろう。尤も、蛇と狐の交える会話を見るに高い評価も全く嬉しくなさそうであった。そして、会話だけで済まして手出しせぬのは一層それを証明していた。

 

『……さて。話を本筋に戻すべきでしょうな。問うているのは此処に来た目的、でしたかな?』

 

 化物共の様子を観察して、少なくともまだ今はまともに会話を続けられると判断し、蜂鳥はその話を切り出した。

 

『目的は二点。正確には儂が一点。……それに其処のモノめらもあるようでしてな』

『さっさと其処の奴に署名させてオサラバしたくてな。絶対要らぬ節介してくるだろ?困るんだよな、御気に入りを汚されたらさ』

 

 十薬の倉庫から盗んだ高級紙の巻物を鬼は掲げる。巻物から滲み出る禍々しい毒気と神気は、文を認めるのに使ったのが単なる墨ではない事を意味していた。

 

「……松重殿の方の目的は?」

 

 鬼の要求に対して、一進は即答はしなかった。それは蛮勇であり計算の内の事であった。笑顔で癇癪起こした鬼の風撃で片耳が裂けて血飛沫が飛び散るがそれだけである。殺せはしないし、目的のためには己の四肢は千切れないだろうと見越しての判断だった。何だったら雑な鬼のヤラカシという事で蛇と狐が毒づいていた。手元が狂って仕掛けが起動するなんて笑えない事が起きたかも知れないからだ。

 

『……儂も歳でしてな。実務は其処の孫娘に任せますぞ?』

「承知。して内容は?」

『ふむ。それはの……』

 

 そして翁は十薬家当主に対しての要望を語り始める。それは余りにも傲慢で、余りにも烏滸がましいもののように思われた。少なくともその場にいた牡丹にとっては。

 

 元々外道化外の者共はこの要塞への侵入に攻めあぐねていた所に勝手に助太刀して悪ふざけながら同行して来ただけであって、牡丹自身は祖父の指示で十薬領に足を踏み入れたのだ。請け負った任はしかし、牡丹にとっては釈然も納得も見込みもないように思われた。馬鹿馬鹿し過ぎるものに思われた。十薬の当主に要望を通すまでに一荒れするだろうと思い戦闘の覚悟も準備もしていたのだ。

 

 初っ端の不意打ちが失敗したばかりか鬼が手出ししなければ死んでいたかも知れぬのは想定外であったが……ともあれ仕切り直しである。牡丹は身構えていた。再戦、そして分からせて要望する事になるだろう。そのように見越していた。

 

「宜しい。受け入れましょう」

「はぁッ!!?」

 

 だから、当主の言葉に牡丹は愕然として唖然とする。言葉の意味を理解するのに数瞬の時間を必要とした。正気の沙汰とは思えなかった。この要塞に足を踏み入れて色々と観察を経た今は尚更だ。どうしてだ?アレだけの事をして来て、どうして祖父の要望をそんなあっさりと……?

 

「何故……?」

「何故?それは異な事を。寧ろ道理でしょう。寧ろ、有り難くもある」

 

 つい漏らした疑念に、屈託なき笑顔で一進は応じる。事実であった。光栄ですらあった。翁の要望は天祐であり、渡りに舟であった。その喜び様に、牡丹はますます困惑していく……。

 

『おーい?』

「ふむ。そうだったな。先ずはそちらの要望から手早く行くとしようかな?」

 

 蛇と狐はいざ知らず、短気で後先考えぬ鬼は待たされるのを嫌う。最終警告に一進は応じて懐から式を出す。蔓人形。草人形の品種改良の小型版。掌に収まる蔓の人形が鍵を携える。跳ねる。床を駆ける。鉄箱に飛び付いて登り上がる。南京錠に鍵を差し込んで行く。

 

 一つ。二つ。錠が外れて床に落ちる。反響する。そして三つ目をカチャリと外す。錠が落ちる。そして……刹那、覗き口の蓋が勢い良く開き蚯蚓共が溢れ出す!

 

『ッ……!!?』

 

 抵抗は一瞬。蔓人形は蚯蚓共に引き摺り込まれる。闇の奥に消えていく。シャクシャクシャクと、漬物を齧るような小気味良い音が鳴り響く。

 

 沈黙。静寂。静粛。部屋全体を満たして塗り潰す悪寒。忍び寄り、滲み寄り、這い寄るようなおぞましき予感。……そうして、蓋の向こうの暗闇から浮かび上がるようにしてそれは顔を覗かせる。

 

『あらあらあらあら!可愛い子供達がたぁくさん!!それに……まぁ、愛しい御孫ちゃんまで!!うふふふふ、よしよーし、お婆ちゃんですよぉ?ぎゅっとしてあげましょうねぇー♪』

 

 封の奥より現れた生きとし生ける物の堕母神は、到底場の空気にそぐわぬ何処までも呑気で間延びした口上を嘯くのだった……。

 

 

 

 

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