和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
雲一つない晴天を鷹が飛翔していた。大きな、非常に大きな鷹であった。遥か高みより、高慢で傲慢な眼差しで以て地を睥睨する。その瞳に映るのは矮小な人だかりであった。
俯瞰して見れば、その人だかりが大きく三つに別れている事が確認出来るだろう。各々が別の家に所属しているようだった。一つは領に押し入ろうと威嚇と舌戦で捲し立てていて、今一つはそれを抑えんとするも動揺して気圧されていて、最後の一つは来たのは良いものの、事態の変化にどうするべきなのか途方に暮れているようだった。その姿は滑稽にも思われた。
『……』
そんな有り様を大層詰まらなそうに鷹は見下していた。鷹を通して視覚を共有する姫君もまた同様。鼻白み、辟易として、冷笑する。
下らぬ茶番劇であり、無意味な諍いであった。これが姫であればさっさと壁を作る連中を虐殺していたであろう。口上に付き合っているとはお利口で御上品な事だ。これでは無駄に証拠処分の時間をくれてやるようなものではないか?
……本当に馬鹿な娘だと、姫は必死の形相で十薬の退魔士に詰め寄る田舎娘を見て軽蔑する。中途半端な癖に彼にも、あの牝臭い祖母にも目を掛けられている理由が彼女には分からなかった。異能?それとも女中の件が理由か?いや、違う。しかし、ならば一体どうして?どうしてあんな牝が……?
『……っ!』
暫しの逡巡、思案、思慮……否、そんな事は今はどうでも良い事に姫は気付いて舌打ち、それに関する思考を絶った。そうだ。もっともっと、より優先して重視せねばならぬ眼前の事柄があるのだから。構う必要はない。構う暇はない。故に……。
『颯天、前に』
己に向けた冷たい呼び掛けに、鷹の視線は眼下の細事から山地に向かう。正面を、その行く先を見据える。
……山小屋一つとして無い筈の険しい山々。そこから伸びるようにきて天高くたなびく黒煙は幾筋も。それが何を意味するのかを、姫は良く良く理解していた。
『下ろしなさい』
頭の中に反響する命令に、鷹は従う。身を捻っての背面飛行。背に乗せたモノ達を投下する。同時に己は一気に高度を急上昇させる。己の身を秘匿するためのものであった。それを下ろした鷹は、最早その権能の加護を受けられぬ。見つけられるだけならばいざ知らず、撃墜されては敵わない。雲一つないのならば、尚更だ。
一方でそれらは風を切って地へと急速に落下していく。音一つなく、気配の一つなく、挙げ句には着地の衝撃音もなかった。無に近い、それは何処までも静寂に満ちた侵犯であり、潜入であった。
ギョロリと突き出た特有の眼球が、山地を捉える。若干軌道が逸れての着地点の逸脱である。誤差の範囲であった。この程度ならば主君の仕置きはあるまい。さて、急ぐとしよう……。
『……!!』
そして不可視の妖は音もなく喉を鳴らすと足音の一つなく、足跡の一つも残らぬ忍び足で疾走した。仕掛けられた様々な罠を抜けて、山に向かう。彼の者の元へと向かう。全てを間に合わせるために。
そして、その式妖の背に乗ったモノもまた彼を見据え……。
ーーーーーーーーーーー
影となって疾走する。禍々しい紅い眼光が鬼火の如き残像を残す。
『ッッッッッ!!!!』
人の背に匹敵する厚さの霊鉄の隔壁が障子紙の如くぶち抜かれた。草妖式が編む頑強な檻が素麺のように引き裂かれた。門番たる特別製の草人形共は仕掛けた側から四肢を千切られて捨てられた玩具のように無造作に床に散らばる。直後に毒瓦斯が通路を満たした。致死性のそれを、しかし影は平然と突っ切った。呼吸器官も皮膚も、腐り落ちた側から再生していた。
扉を砕く。扉を砕く。扉を砕く。眼前の万の障害を圧し潰し、遂には地下温室の植物園へと狼藉者は辿り着く。
巨躯の剛力共が、影の前に立ち塞がる。
『かっかっかっかっ!!よくもここまで辿り着いたな!その蛮勇は誉めてやろうて!だが調子に乗るのもここまでだ!!……そろそろ身の程を知って貰おうか!?』
先頭の牛角を生やした大男が叫ぶ。十薬家の所有する秘匿武闘隊『羅刹衆』衆頭、十薬鉄棒太牛将が巨大な霊鉄塊の鈍器を手にして吠える。その後ろに控えるのは十薬神嚢座衛門獅牙蔵、そして十薬火籠進猪介である。三者三様に自信に満ちた残虐な笑みで、得物を手にして無礼者を出迎える。
彼らには確かなる自信があった。十薬家の旧来の禁術の集大成、凶妖の因子を取り込み、その権能を反映させて、妖力と霊力を練り合わせた事でその身体能力は加算でなく、乗算的に向上していた。日々の血の滲む研鑽に、潜り抜けた修羅場、間違いなく並の退魔士相手ならば不意打ちから返り討ちにしているだろう。ましてや、ここまで来るまでの相手方の消耗に多勢に無勢。……そして罠。彼らの態度は決して単なる傲慢ではなかった。
『ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!!!!』
『ふんっ、獣め!!』
応答はない。響き渡るのは獣を超えた獣の咆哮。そして牛将は身構える。身体強化により一層膨張する筋肉、鉄棒を盾のようにして掲げて……その陰から術式を発動した。
影が突貫する、その直前に羅刹衆を守るように正面に展開された結界は、霊脈から直接的霊力を汲み取って構築された一級品であった。その強固さは鬼の全力の一撃すら防ぎ切ろう。その手前の床には肉食宿木の種を仕込んでいた。相手の脚を止め、そして拘束して、生じた致命的な間隙を突いて羅刹衆は仕掛け……!!
『る"……?』
牛将の視界が回転した。彼の眼に背後の獅牙蔵、猪介が驚愕する様が映し出される。
『あ"……』
永久に遠退く牛将の意識。そして理解する。何が起きたのかを。それに対する何某かの感情を発露する前に彼の生命は消滅していた。
『グォォッ……』
『おのれがぁ!!』
結界をぶち抜いて、瞬間的に捥いだ羅刹衆頭の首を我楽多のように放り捨てた影に対して、先に反撃に出たのは獅牙蔵であった。
それは刹那の瞬間で、にもかかわらず限りなく即座に動けたのは持ちうる『権能』の一つ、『獅子心柱』によるものであった。精神操作を無効化し、怯懦と恐怖を克服し、あらゆる状況において勇猛果敢に身を奮い立たせて、動物的直観で以て最善の行動を可能とするその力は……しかし、この場においては死期を早めるだけであった。
『アガッ!!?』
己の身体に匹敵する太刀を手に、風となって飛びかかった獅牙蔵は、己が飛び掛かり薙いだ空間に何もない事に気付き、そして己の腹にも何もない事に気付いて絶命した。胸元に開いた貫通した大穴から一拍遅れで噴水の如く血飛沫が噴き出す。
猪介が己の権能『猪刳裁』を発動する暇はなかった。妖化により生える禍々しき牙に籠められた呪いは、それこそ条件さえ整えば神格にすら有効打を与え得るものであったが、そんな悠長な時間は到底なかった。
『ぎゃっ!!?』
妖化途上の所で豪速球で叩きつけられた獅子蔵の『心臓』が猪介の眼球を文字通り押し潰した。痛みに思わず顔を覆う猪男。オグッ、という短い断末魔と共に膝を折る。喉を手刀で貫かれたのだ。
『おおおおおおおっ!!!!』
針角が植物園を瞬時に満たした。それは扉の壁際にて潜み、正面の三人と連携して侵入者に背後から仕掛けようとしていた羅刹衆の一人、十薬火車丸鹿吉の権能によるものであった。
鹿頭となった大男の、その角は樹形図の如く伸びると部屋の半分以上を鋭く埋め尽くしていた。まるで針を出鱈目に固めたかのようなそれは文字通り鋼鉄を超える硬度を誇り、肌を突き刺した者の気を奪い、何よりも獲物を求めて亡者の手のように伸びていく特性があった。角の檻が急速に影を包み込んで行く。
……角針の監獄の、針の穴の如き僅かな間隙。影がそこから潜り抜け出んとするのは罠であった。敢えて作られた退路であった。その先に待ちかねたように爪を研ぐのは十薬鉄縄坊虎蝋斎である。
まるで退路全体を埋め尽くすように鋭い爪から放たれる斬撃の衝撃波。避ける事は物理的に不可能だった。凶妖すら深手を負う斬撃により無数の鮮血が舞う。肉が千切れる。骨が割ける。……猪介のものがである。
『悪鬼が……』
死した同胞を肉壁にして、迫った影に対する虎蝋斎の罵倒の言葉は、しかし最後まで紡がれる事はなかった。細切れになった猪を足蹴にして、踏み捨てて、飛び掛かった影は虎男を三枚下ろしにした。爪の一掻きによる惨状……其処に更なる針角の濁流が襲い掛かる。
影は三枚下ろしの虎を纏めて回し蹴り飛ばした。
バキバキバキバキと、針角で構築された鉄条網が骸砲弾によって無理矢理に破られる。血濡れに染まる穴はゆっくりと塞がれんと周囲から伸びていくが余りにもそれの前では遅過ぎた。
『馬鹿な、有り得ん。こんな事が……!!』
眼前で振るわれる己が命を屠る一撃に対しての、それが鹿吉の最期の言葉であった。茫然自失して殆んど現実逃避に近い譫言は、しかし無理もなかった。
十薬家の『旧来』の技術の集大成。無数の躯と刻を積み重ねての成功品。数多の経験と鍛練から来る根拠のある自信。研鑽から編み出した戦法、作戦、地の利……にも関わらずのここまで一方的な惨状は、到底直視出来るものではなかった。出来る筈もなかった。
絶望に倒れ伏す鹿人の躯。床に広がる血の池。壁に叩きつけられた肉片。屠殺場……。
『グウゥゥゥゥ……ッ!』
俯瞰して見れば電光石火の速さで以て待ち構えていた番人共を虐殺してみせた影は、しかし先程までの速攻からその打って変わってその場に留まる。息を切らせながら肩を上下に振るわせる。
『アァ……アアアァァァァァァァッ!!!!』
そしてバネの如く仰け反りながらの部屋一杯に反響する咆哮は、絶叫であり慟哭であり、衝動であった。暴力が解消されて、怪物染みた男の瞳に半ば程の理性が舞い戻る。人の言葉を解する。
『チク、ショウガァ……!!!!』
それは己の浅ましき有り様と、己の悍ましき所業に向けた罵倒であった……。
ーーーーーーーーー
おぞましき妖児の帝王切開手術は難航した。当たり前だった。麻酔も何もなく己で己を胸を割いて中身を引き摺り出すのだ。それはこれまで潜り抜けた修羅場とはまた違う困難を伴うものであった。
妖児もまた切除されるままとはいかなかった。己が排除されて始末されるのを察したのだろう。腸の彼方此方と肉に筋に骨に臓腑を容赦なく掻き分けて体内で逃亡中をかましてくれやがったのだ。地獄である。
三度失敗した。三度己を滅却して再挑戦した。四度目で腸の隙間からそれを掴み取って引き摺り出した。丁度噛みついていた腸が一緒に豪快に引っ張られた。悪夢だった。絶叫した。
未熟児よりも更に小さい、手足のある玉杓子染みた怪物を、即座に仕留められる気力は最早なかった。切り刻まれてグチャグチャの腹部の傷を号泣しながらの滅却。その間にそれは何処かに逃げ出していた。そしてそれを追おうという気力もやはりなかった。
気力が削れ、腹を裂いて尚生きるための代価としての妖化の進行。それは馬鹿蜘蛛の吸血でも尚抑え切れるものではなかった。四度も裂いたのだから当然の話である。暴走は必然だった。
衝動の赴くままに。あるいはそれならばまだマシだったのだろうか。途切れ途切れの理性が己の為すべき目的を思い起こさせた。そしてこの地下の中枢へと己を誘った。その過程で何をしたかは、今この場に散らばる肉片らが示す通りだ。
ある意味では浅はかだった。ここまでするつもりはなかった筈なのに。それなのに……!!
「ハァ、ハぁ、はぁ……オ、お"、う"ぇ"ぇ"!!?」
『(^p^)オッホ、タベスギタワァ……』
こみ上げて来た嫌悪感に従いその場で膝を折って吐瀉。同調するように肩に乗る馬鹿蜘蛛も赤い汁をゲロったのは吸血のし過ぎによるものだろう。
「は、はは……感謝、するべきなのかねぇ?」
吐きながらの冷笑は、己が自我を取り戻せた一助に馬鹿蜘蛛の暴飲が関わっているだろう事を理解しての事である。乱行中に人肉を喰らわなかったのはまだ救いなのだろうか?吸血によりか細く残っていた理性がそれを忌避させたか?
何れだけ取り繕っても、殺人である事に変わりなかった。これまでにも何人も殺して来た癖に、この様である。無様だった。
……人殺し如きには、良い気味である。
「見事見事。……いやぁ。真に見事でありますな」
「…………」
『(*´∀`*)アンコール?』
拍手が静寂の訪れていた室内に反響した。俺はゆっくりと顔を上げる。植物園の奥に設けられた小屋から現れた人影。大層賑やかに手を叩き此方にやって来る存在には見覚えあった。
十薬一進。十薬家当主。この地下の要塞の主人……。
「の、草人形っ!!」
『(;`∀´)ザッソウハニオイデワカルゾ!』
直後に未だ人外めいた脚力で迫り俺は人形の頭を床に叩きつけた。仰け反る体。弾ける頭。飛び散る汁は赤ではなくて緑色。葉緑体の色合い。
「はぁ、はぁ……そっち、だよな?はぁ、はぁ……隠れてないで出てきたらどうです?」
『(* ゚∀゚)デテキタマエ!イイコダカラ!』
俺の指摘の前に、先程出て来た影武者と全く同一の顔、同一の装束の男が叢から姿を現す。全く同じように拍手までして、だ。
「いやはや……流石ですな。アレを一目で見破りましたか」
「はぁ、はぁ……肝煎り連中のあの様見て、当主が素直に出てくるとは思いませんよ……」
『( ^ω^)ガイシュウイッショクネ!』
そも、正面から正々堂々戦おう等と殊勝な事を考える退魔士なぞいる筈もなし。先程の連中も罠と伏兵を置いていたように、眼前の男も何も仕掛けもなしに出てくるとは思ってなかった。何なら、今の改めての登場とて何某かの罠を仕掛けている可能性が高い。油断も隙もなかった。
「左様。……ふむ、どうですかな?前回の内容から今少し条件を緩和しましょうぞ。我らと誓約を結んではみませんかな?」
「それが一族の骸が打ち捨てられている部屋で言う事ですか?」
殺した立場で言うもの可笑しいが、殺された連中が浮かばれぬ話である。一族の命を何だと思っているのか?せめて念仏くらい唱えてやればいいだろうに。
「そうでもないですぞ?古き記録を遡ればこの程度は珍しくもない事。それこそ、一族の者を毒餌やら呪いの贄やらにする事もあったとか」
「アレも、で?」
「おぉ、御覧になられましたか」
「吐いてしまいましたよ」
「ははは。あの程度の光景で?ご冗談を」
糾弾に飄々と答えて見せて、挙げ句に俺の罵倒に対して一進は感嘆して、一層賑やかに応じた。正気とは思えなかった。俺は顔を顰めて、思わず糾弾の言葉を吐く。
「あんな事が赦されるとでも?……あんなのが露見したらお取り潰しは必至なのは理解されている筈。それ以上の事も十分あり得る事ですよ?何を、貴方は一体何を考えているので……?」
『(。・`з・)ノエレガントデハナイワ!』
脳裏に浮かび上がるのは地下水道から脱して階段を上り切って目の当たりにした光景である。
……水槽の中に詰め込まれた標本。それらは全て同じ存在で、俺が見知りしているあの二人で、そして……明白に異形だった。
奇形奇怪変異変質。胎児染みたまま詰め込まれていたものはまだ可愛い。下半身が肉塊のもの。頭がキメラ染みた代物。臓腑が外に形成されたもの……それらが十薬はなと十薬かや、二人と本質的に全く同じ存在である事を認めるのに俺は何処までも葛藤して、保管されていた研究資料を一瞥して漸く認める事が出来た。
「全ては重々承知の上の事。……十薬果耶、そして十薬芭菜、懐かしいですなぁ……共に良く十薬家を支えてくれた一族の兵であった。最期には化物共と刺し違えて扶桑の繁栄の礎と成りもうした。十薬の誇りでありましょう」
「そして死して尚、その尊厳を貶め使い倒している訳ですか」
『(>ω<。)アンコクメガコーポネッ!』
「いやヨロシサンセイヤクかよ……」
蜘蛛への突っ込みは、まぁそれは置いておいて……あぁ。まぁ、的を射てはいた。
死した一族の者を、その肉片を元にして培養しての生産……それは彼の百貌の亡霊の所業にも似ていた。違いがあるとするならば十薬の目標はより高く、その持ち得る技術はより低き事であろう。
俺がその部屋で垣間見た硝子瓶に詰められた標本は全て製造段階での失敗作だ。命が宿る事すらなかった無惨な肉塊だ。より悍ましいのは命を得ても尚、成功とは言えぬ事だ。
「アレに命を宿らせるのは大変苦労致しました。羅刹衆……今しがた家人扱殿が討ち取りましたのと違い、改造ではなく生産ですからな。まともに形成出来るようになるだけで半世紀は掛かりましたよ」
その間に幾つの肉塊が廃棄されたのかは知らぬ。尤も肉塊の処分方法は想像出来た。何だったら、其処で終わっていたらまだ救いがあったろう。この男は諦めが悪いようだった。
「……それは邪神の因子を使ってまでやる事なので?」
「試して見ぬと評価は出来ませぬからなぁ。少なくとも関門を一つ突破したのは事実ですぞ?」
過去の乱の中で採集されたのだろう、邪悪な地母神の残滓、あるいは因子。資料によれば吾妻時代の末に露見した陰陽寮における不祥事に託けて保管品をくすねて罪を押し付けたものだという。そうして得た生命の神の因子は確かに計画を次の段階に大幅に推し進めた。そして新たな課題も提示した。安定化という課題である。
「いやぁ。思い出しますな。あれは正に天祐という他ない。感謝の言葉しかない!」
当時の事を思い返すように一進は大層感慨深く嘆息する。美しい思い出を語るかのようだった。
「天祐、ね……はは。勘弁してくれよ。俺は生きたかっただけなのによ?」
『( ;∀;)タダイキテタイ-マダイキテタクーナルー』
俺もまた、当時の事を思い返して嘆息する。本当に本当に、勘弁して欲しかった。まるで俺が生きている事自体が罪であるかのように思えてしまう。あと馬鹿蜘蛛、歌うな。
……十薬一進が俺に目を付けたのは数年前に遡った。それは鬼月家の前回の上洛に始まる。赤穂紫との地下水道での騒動の、調査と追跡の任を命じられた退魔士の一人が彼であったのだとか。
「奴を……あの堕地母神を捕らえたのか?信じられねぇ」
「私が追いついた時には相当手負いでしてな。眷属も粗方屠殺された模様で。そも、あれは元より敵意等と言うものは持ち合わせてはおりませぬ。移送途中で幾人か食われただけで済み申した。そして……貴方の血痕もまた確保出来た」
地下水道で採取した何者かの血液。秘匿したそれを実験して、耐性を見出して、捕らえた妖母を尋問する事で十薬一進は俺に辿り着いたのだという。
さぁ。そろそろ事々の輪郭が見えて来た頃だろう?
「採取出来た分量は限られておりました。抽出して濃縮して、精製出来た耐性薬は二本のみ。ですが効果は覿面。これまでは因子を挿入しても直に変異して、理性なぞ欠片もない妖に転じてしまっておりましたが……家人扱殿も幾つか地下水道でご覧になられたように酷いものです。まともに意思疎通すら出来ぬ有様でした。それがあのように仕上がりました。感謝の言葉しかありませぬ。お陰様で道が開けました。大量生産の道が」
「話が見えて来ましたね。……ふざけやがって!!」
俺は遂に形ばかりの儀礼も捨て去って荒々しく罵倒する。この老人が俺を欲した理由、それは種馬ですらなかった。この老人の大望はそれをも超える狂気であった。
端的に言えばクローン兵である。クローンヤクザである。十薬一進は一族の過去の退魔士共を大量生産するつもりなのだ。複製した退魔士の軍団の設立。そして俺はそのための薬の材料。自然由来成分の暴走予防ワクチンという事だ。俺にひたすら体液を出させたい理由も分かろうものだ。狂ってやがる。
「そう怒るものでもありますまい?寧ろ私の大望が成れば、それは扶桑の、そして人界の救済となりましょうぞ?忠君報国というものです」
「それは自惚れが過ぎるだろ?いいからお縄に付いてくれよ?読んだぜ?色々と無茶をして来たみたいじゃないか?」
『( ´,_ゝ`)ソチモワルヨノォ』
短刀を構え俺は投降を促す。ここに至るまでの研究と実験のために十薬が犠牲にしたものについては、閲覧した書類の内容を思い返したくもない。地上にあるらしい『牧場』なぞ、直接見なくて良かったと思った程だ。人は何処までも残酷になれるようだった。そして、ここで奴を放置すれば犠牲は更に……俺が転職したからって直ぐに成果が出る訳でもあるまい。
「残念ですな。惜しい。真に惜しい。なれば……少々強引に誓約をさせて頂きましょうぞ?」
そして直後には一気に距離を詰めて肉薄する十薬一進であった。風を切り裂き、それが後れて響く程の超高速。しかし……!
「見えるんだよ……!!」
『(* ゚∀゚)ミエル!ワタシニモテキガミエルゾ!』
普段ならばいざ知らず、先程まで大暴れし、今もまだ半ばまで妖化している俺の動体視力は十薬一進の動きを完全に捉えていた。即座に俺は一進の仕掛ける徒手格闘術を完封する。全て払い除けて、両の腕を取り押さえる。握り締めて、絡め取り、拘束する。
「無駄だっ!!大人しく捕まってろよ……!!」
「さぁて、これはどうですかな?」
カチッ、と音がした。
「は?」
『(´・ω・`)?』
困惑。そして眼前で生じる肉の膨張。肥大。そして……爆散に俺は身を守る。
「ッ!!……っ!!?」
『ヽ( ゚д゚ )ノボンバーマン!?』
床に何度も叩きつけられて転がる体。散弾のように四散した骨が肉に食い込む。それ以上に俺は愕然とする。
「何で、自爆だってのかよ……ッ!!?」
黒ずんだ爆心地を凝視して俺は唖然とする。人肉の焼けた臭いが鼻を歪める。人だった細やかな残骸が散乱していた。それは草人形ではない。確かに人間だった。それが……それが!!?
「……ふむ。やはりその身体相手では自爆程度では手傷を負わせる程度ですかな?」
動揺する中、十薬一進の淡々とした論評が鼓膜を震わせる。俺がゆっくりと振り向けば植物園の奥から現れる十薬一進の姿……馬鹿な。そんな事が?
「式、だとでもいうのか?」
いや、間違いなく先程自爆したのは十薬一進の筈だった。それは間違いない。俺には分かる。俺の六感全てがそれを認めていた。しかし……同時に眼前の存在もまた、十薬一進?
「どういう手品だ……?」
「いや何。そう大した手品では御座らん。寧ろ、苦肉の策というべきでしてな」
返答はまた別の方向から。横を向く。また十薬一進がいた。正面を見る。二人目の十薬一進はそのままに。即ち三人目。それは幻術でなければ高速移動の類いでもなかった。
「肉体は培養すれば幾らでも造れる。問題は魂です」
四人目が現れた。淡々と、これまでと同じ様に語りながら歩み寄る。
「先程語ったように、魂を造るのは難しい。材料がない以上、無から有を造るのですからな」
「だからこそ彼の邪神を使う事となった。だが、手段を選ばなければ別の解決法もある」
五人目と六人目が共に背後から現れた。
「魂を造るのは難しい。しかし採取するのも、加工するのも、技術があれば不可能ではない」
「無垢の魂を取り出して、記憶を植え付ける。魂を削ぎ、形を整える。さすればこのように」
「無論、不本意な話です。成功率は高い訳ではない。結局同じ人種を材料とせねばなりませぬ。これでは手段の目的化だ」
「だからこそ、彼の邪神の因子を使う必要がありました」
「家人扱殿のお力添えがあれば、これ以上犠牲となる者は減らせましょう」
「なればこそ……これは功徳にして報国でありましょう」
四方八方から次から次へと、言葉を繋げ、紡ぐ。一様に此方を凝視して、詰め寄る。
「お分かり頂けましたかな?どうでしょう?一筆、御願い頂けませぬかな?」
背後よりて十薬一進の一人が進み出ての提案。俺はゆっくりと振り向いた。余りにも馬鹿げた事態に自嘲気味に冷笑した。そして……返答した。
「…………ははっ。圧迫面接は勘弁してくれ。こんな黒い内定先は辞退させて貰っても?」
「ふむ?……それは残念、といっておきましょうかな?なれば是非もなし」
此方の返答の意味を解するのに十薬家当主は微かに迷い、身構え、そして賑やかに笑顔。そして……応答して、返答する。
「少々荒い歓待で出迎えましょうかな?」
「もう十分荒いんだよ……!!」
『( :゚皿゚)ニンポウ!タイショクダイコウ!』
一斉に襲い掛かってきた十薬一進達向けて、俺は罵倒と共に拳を振るった。
……正面から突きつけられた三人の十薬当主の拳と同時に激突して、反動で互いに吹き飛んだ。
……受け身で転がりながら背後から迫る十薬一進を足蹴で叩き飛ばして左右から迫る二人の拳を防いだ。
……正面から飛び膝蹴りしてきた十薬一進を受け流して、その後ろから迫る今一人を踏み台にして三人目の顔面を蹴り飛ばした。
……横合いから飛び掛かり俺を床に叩きつけた十薬一進と揉み合いになった。襟首掴んで投げ飛ばして、加勢しようとしてくる四人の十薬一進を巻き込んだ。
十薬一進が迫る。四方八方から新手が現れる。部屋を満たしていく。殴打する。蹴打する。投打する。
そして、そして、そして、そして…………。
ーーーーーーーーーーーーー
小柄な影が、もう一人の影を業火から引き離さんとするように引き摺る。お互い襤褸襤褸で、黒焦げで、傷だらけで、一見すると死んでしまっても可笑しくない有り様だ。
「……重い」
漸く給餌場から相方を逃した少女の、短くも苦労を滲ませた呟き。燃え盛る部屋で、深い穴場で、トンでしまった相方を宥めて回収するのが何れだけ大変であったかは言うまでもない。
……尤も、それも今の一族を取り巻く状況を思えば細事であろうが。
「おしまい……かな?」
何がと言えば全てがとしか言い様がない。全てが終わる。水泡に帰す。もうどうにもならない。それを十薬はなは薄々と悟っていた。それは直接相対した者だからこそ分かる達観であった。
ここまで来た以上は最期までやり通してしまうだろう。十薬は終わりだ。お取り潰しだ。全てが白日の下に晒されるだろう。処断、否、処分されるだろう。
……あるいは標本とされるかも知れないが。
「は、はは……」
どうにか火の手から十分な距離を取り安全を確保すると、十薬はなはその場にへたりこんだ。乾いた笑い声を漏らす。諦念の籠った脱力した声音で。傍らの相方を見やる。
「かや……」
疲労で意識を失って、それでいて未だ完全に人型までに戻り切れぬ焼け焦げた大蟷螂染みた少女の頬に触れて、慈しむように撫でる。有る意味では一族において己と最も近しいこの者にはなは確かな親愛を抱いていた。それを自覚した。このどうにもならぬ状況に至って、理解した。全部遅いけど。
「……いっそ、纏めて殺してくれた方が良かったかも」
死を恐れて、しかしいざ生かされたら無責任な事を吐くものだとはなは自覚する。自覚した上でぼやいていた。
かやと一緒ならばまだ怖くない。彼に殺されるならば、まだ納得出来る。この生まれ育った土で死ねるなら、まだ安心出来る。残念ながらこのままではその全てが叶うまい。滅びるべき時に滅べなかった者の末路はより悲惨なものだ……。
「ちっ、まだここは燃えてるぞ」
「草人形共に噴射器を持って来させろ!畜生、後始末が大変じゃねぇかよ……!!」
業火の反対側の通路からのそんな声。ジトリと視線を向ければ案の定草人形共を連れた理究衆の黒装束共の姿……どうやら先方も此方に気付いたらしく、足を止める。
「おい、あれ見ろよ」
「ありゃあ確か培養型の……酷い様だ。火傷か?」
「待て待て。発狂してないか確かめろ。食い殺されたら敵わん」
警戒するように武器を手に此方ににじり寄る理究衆共とそれを護衛する草人形共……はなと視線が合って固まり、しかし何も仕掛けて来ないのを確認して彼らははなの理性を認める。獣と化していれば顔を合わせた途端に襲われていただろうから。
「培養型だな?その成りは火事に巻き込まれたか?そちらの方も含めて、動けるか?」
「……」
彼らの指揮官らしき理究衆が問い掛けるが、はなは答える事はなかった。答える気力が最早なかった。一瞥して、それきりだった。だんまりと沈黙して、かやに寄り添って座り込むのみであった。
どうせ、何もかもおしまいなのだから……。
「ちっ。無視かよ。作り物の分際で」
「おい。刺激するな。……消火活動だ。横を通るぞ?」
十薬の名は形ばかり。所詮作り物で、消耗品とする事を目標として開発されていたはなの態度に一人の理究衆が舌打ちすれば、最初に呼び掛けた長が窘める。善意ではなくて暴走を恐れての事であった。はな達に確認するように説明して、彼女らの急変を警戒しつつその横合いを通り抜けていく……。
……通路の彼方から、おぞましい騒音が反響する。
「あ?」
「何だ、この音は?」
「……。……っ!?」
理究衆の男達が足を止めて通路の奥を向く。はなもまたその鋭敏な五感で以てその気配を察する。何かが、近付いていた。何かが、ナニかが、沢山。大沢山……?はなは目を細めて通路の向こう側から見え始めたそれを凝視する。
……無数の大蚯蚓が通路を爆走していた。
「……な、何だよありゃあっ!?」
「お、おい!?一体なんだって……」
「総員退避……ぎゃあああぁぁぁ!!?」
悲鳴。命令。轟音。そして、全てが手遅れだった。刹那、はなの直ぐ目の前で彼らは呑み込まれた。一人が何も反応出来ずに無数の蚯蚓共の濁流に流されて、塞き止めようとした草人形共も押し流された。逃げ出さんとしていた長を含んだ理究衆の二人もまた、あっという間に追い付かれて蚯蚓共の中に消えてしまう……。
「…………っ!」
はなは、唯息を呑む事しか出来なかった。彼女とかやが巻き込まれなかったのは偶然に過ぎない。単に通路の端にいたから濁流に流されなかっただけの事だ。そして、それも濁流が彼女に何時気付くかの問題でしかなかった。
『ッッッ!!!!』
『ッッッ!!!!』
「っ……!?」
そしてそれは然程時を要しない。赤黒い濁流の中から幾体かが彼女達を認識して足?を止める。ガバッと先端を裂いて糸を引いて口蓋を剥き出しにする。はなは身を強張らせる。反撃は無意味だった。幾体かを殺してもそれきりである。狭い通路ではあっという間に群がられて終わりだった。詰んでいた。濁流の流れる床に垣間見える白い残骸が彼女らの至る末路を証明していた。
『こらこらぁ。いけませんよぉ?手を出したらお母さんが怒られてしまいますからねぇ?』
……それは感情を何処までも打ち震わせる澄み渡り、濁り切った、魔性の言の葉であった。
「っっっ!!!?」
根元的に魂に叩きつけられるような衝撃。神託を思わせる感動。そして恐怖をはなは感じ入った。
目を合わせてはいけないと思った。同時に絶対に目を離してはいけないとも思った。相反する激情がはなの思考を満たし、飽和させる。何も考えられなくなる。思考か停止しそうになる。思考が融解しそうになる。真っ白に、真っ黒に、染め上がりそうになって、それに抗うのに必死で、結果としてはなは、その場でただ息をするのも忘れて硬直する他なかった。
眠るかやを守るように抱き、運命を祈る……。
『うふふふふ。美しい姉妹愛ですね?あぁ、尊い事……あぁ、間が悪い。お姉さんは預けているのだったわ。残念、兄妹達との対面はまた今度なのねぇ』
「…………っ!」
濁流の中で薄らと浮かぶ輪郭が口元に指を当てて嘯く。はなは黙る。ひたすら黙る。蚯蚓共の幾体かが自分達を吟味するように這い寄り巻き付き観察するが、それにも反応しない。動く事も払い退ける事も、余りにも危険だった。刺激しては何が起きるのか知れなかった。
『では、可愛い娘達。また今度……友達親子、でしたか?仲良く御飯でも食べながらお喋り致しましょうねぇ~?』
余りにも呑気に呪いの言葉を撒き散らして、そして濁流共と共にそれは去って行った。まるで嵐のように激しく、巻きついていた化物共も連れ立って、あっという間に過ぎ去っていく。突如として訪れた静寂。空間を満たしていた存在感の喪失。ぽっかりと穴が空いたようで、腰が抜けたようで、骨が引っこ抜かれたようで、緊張の糸が再び途切れる。
「は、ぁぁ……」
吐息を漏らし、虚脱して、涙が溢れて、そして豪快に失禁したはな。まだ己が生きているという事を認識して、それが信じられなくて、今すぐに頼りたかった。泣きながら縋り付きたかった。頼れる『家族』に泣きつきたかった。
「う"、う"ぅ"……うぁ"……ぁ"……!!」
残念ながら、今この場にいるのは『妹』のみだ。頼れない。自分が頑張るしかない。だけど、そんな事……。
「ひぐっ、ぅ……いこう?」
かやを抱き、背負い、震えて痙攣して腰抜けの身体を奮い立たせて立ち上がる。床に出来た湖も、滴る水滴もどうでも良かった。唯々、今の彼女は会いたかった。家族に会いたかった。安心したかった。死の甘受する達観なぞ吹っ切れてしまっていた。所詮は魔境であった。根源的な絶望と其処からの生還が生への渇望に転換させていたのだ。
「はやく……はやくぅ……!!」
泣きじゃくりながら必死に必死に、床を汚しながらもゆっくりと、はなは『兄』の元に向かわんとする。それが意味する事も、その影響もどうでも良かった。唯々家族に会いたい。それだけで、それだけで、ただそれだけがたった一つの望みで……!!
『そうはいかないわね?風情を知らぬ痴れ者は暫し退場なさいな?』
「……っ!!?」
その直後、背後から響いた冷たい糾弾と共に、はなの意識は暗転して……。