和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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ファンアートのご紹介をさせて頂きます。
先ずは此方二点、Xin.さんよりです。
・白情(ホワイトデー)鬼月姉妹
https://www.pixiv.net/artworks/128201679
・手描き葵姫
https://www.pixiv.net/artworks/128236255

此方はRひつじさんからAIイラスト、摘出雛姫(R-18注意)です
https://www.pixiv.net/artworks/128174409

素晴らしいイラスト、誠に有り難う御座います!


第一九八話●

 それは地下を覆い尽くす大波であった。蠢く地獄であった。蟻の巣状に山に形成された要塞構造を忽ちに埋め尽くさんとしていた。

 

「な、何が……!?」

「逃げろ!隔壁閉鎖だ!!」

「待てよ!?まだ残ってるのが……!?」

「んな事知るかよぉ!!」

 

 草妖式による隔壁が閉鎖される。通路の向こう側から必死に逃げて来る理究衆達は、無慈悲にも閉じ込められる。

 

「おい、開けろ!開けてくれ!!」

「馬鹿っ!ふざけるな!!?さっさと開けろ!早く!はや……」

 

 蔓の隔壁越しに鳴り響く絶叫に近い罵倒と懇願の呪詛は、しかし瞬く間に蠢く騒音で以て掻き消された。通路の向こう側の理究衆に雑人達は……しかし、暫しすると逃避するが如く耳を閉ざすのを止めて互いに見合う。

 

 いつの間にかおぞましき音は止まっていた。……助かった?

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!』』』』

 

 直後の爆裂。爆散。大濁流に全てが呑み込まれた。何が起きたのか認識すら出来ずに肉を喰い切られて人の形は白骨の山へと還元された。暴食の本能の赴くままに蚯蚓染みた怪物共は山の内に広がっていく。全てを、人も式も妖も区別なく、平等に公平に対等に、呑み込んでいく。

 

 立ち塞がる草人形も、火炎放射器の獄炎も、退魔士の御業も、通路を満たす毒も、何者も何物もこれを阻めない。躯の山を築いた所で濁流はそれすら呑み込むのだ。死した同胞を食い散らかして、乗り上げて、眼前の森羅万象を貪るのだ。それは正に神話の光景の、あるいは古より伝わる悪夢の伝承の再現であった。

 

「どうして!?どうしてアレが……!!?」

 

 地獄絵図としか言い様のない惨状。そんな中を火炎放射器を手に、必死の逃亡をしながら若い理究衆の一人が殊更絶望しつつ叫ぶ。

 

 彼はその存在は知っていた。入念に封印されている事も知っていた。研究と採取、給餌の際に下手を打つと喰われる危険がある事も知っていた。しかし、それだけの筈だった。厳重な体制で以て危険性は最小限に抑えられている筈だった。

 

『『『◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』

「畜生っ!!焼けろやぁ!!」

 

 十字路に出て、右側の通路から迫る気配。蠢く無数の黒い蚯蚓に向けて火炎を噴射する。ひたすら、ひたすら噴射して、焼き払う。焼き尽くす。数十という大蚯蚓共が炭化した炭の塊へと還元される。

 

「焼けろ焼けろ焼けろぉ!!畜生!畜生!どうして、こんな……!!?」

 

 だって可笑しいじゃないか?もう何年も封印していたじゃないか?最初の封印すら抜け出せていなかったじゃないか?毎日の点検の際も一切封印の綻びはなかったじゃないか?それなのに……力尽くで封印を破るにしても、せめて兆候くらいあるものだろう!?

 

『いやいやいや、あんなの封印の内に入らんだろ?』

『あれ程の神格にとっては数年くらい、お昼寝みたいなものでしょうしねぇ?』

『貴女達ぃ、分かってていってるでしょおう?白々しい事この上ないわねぇ?』

「っ……!!?だ、誰だっ!?」

 

 そんな三者三様の女声の返答に、呆気に取られて、理究衆の男は思わず振り返る。誰もいない。振り向く。振り返る。ぐるりと周囲を一周する。誰もいない。人影も、足跡も、痕跡も、何も、何も……。

 

「幻聴、なのか……?」

 

 己の五感を疑い、最終的にはそんな結論を導き出す。そして、何時までもそんな事を気に掛ける暇も彼にはなかった。

 

「まだ来る……!?」

 

 背後の通路から、その奥から這い寄るような気配に身構える。後ろに下がりながら火炎放射器を放つ準備をする。一撃浴びせて、機先を制して逃亡を図る。

 

 背後の柔らかいものに当たって凭れ掛かる。

 

「は?」

 

 想定外の事態に二度目の間抜け声で、しかし先程と違うのは彼の思考が其処で硬直した事だ。黒死病医面越しでも分かる猛烈な甘味であった。肉肉しい腰掛けから伸びる多種多様な数多の手に身体が囚われるが、そんな事すら最早どうでも良かった。

 

 まるで導かれるように首を上げる。それを見上げる。見下ろされる。翡翠のような深い深い瞳が己を魂の奥底まで覗き見る。丸裸にして、毟り取る。

 

『あらあら、可愛い坊や!怖かったですねぇ?もう大丈夫ですよ?そんな物騒な物なんて捨ててしまっていいですからね?』

「あ、うぁ……」

 

 掛けられる神託の言の葉に従い、男は唯一の武器を捨てていた。にこりと優しく微笑まれると思考が蕩ける。理性が衰弱する。意識が退行する。脳が萎縮する。口元から涎を垂れ流して、筋が弛緩して、下腹部から豪快に漏れ流す。それはもう余りにも情けない惨めな有様で、それすらも、もうどうでも良かった。

 

『さぁ、お母さんに甘えましょうねぇ?』

 

 言葉が最後まで紡がれる前に、男は幼児のように縋り付いた。その白く柔らかで華奢な身体に抱き付いた。湿り気のある髪を掌で握って、その豊かな乳房に顔を埋めていた。己から面を捨てて、腹を空かせた赤ん坊の如く、吸いつくようにその身を貪る……。

 

「『よしよし、良い子ですねー♪お腹減ってたのねぇ?』

 

 男の所業に嫌悪感の欠片すらなく、全てを認めて受け入れるかのように、邪神の何処までも慈愛に満ちた呼び掛けは麻薬であった。寛大にも抱き締め返して頭を撫でて、それすら気にせず男はひたすら食らいつく。矮小の身で。

 

『本当可愛い子。本当哀れな子。……あぁ、何て弱いのでしょう?』 

 

 眼前の生き物の、眼前の存在の脆弱さを心から同情する。自慢の『息子』に比べての心の弱さを思えば猶更に。

 

 そして思うのだ。強くしてあげようと。母として愛情を目一杯注いであげようと。それこそが生きとし生ける者に恵みを与える己の存在意義である。己の役割であり、天命であり、権能である。

 

 だからこそ……。

 

『えーと、確かこういう時は……、そう!全ての命に感謝を籠めて!いっただきまぁーす♪』

 

 愛しい『息子』の知識から相応しき言の葉をご機嫌に嘯いた。言霊として哀れな生き物の運命を世界に刻み決定づけた。

 

 そしてグチャグチャ、バクバク、モグモグと。ジュルジュル、クチャクチャ、ゴリゴリと。

 

 子を抱き慈汁を与え、子の頭蓋を砕き髄を啜り、それでも最後の最後まで子は至上の幸福で……。

 

『じゅるじゅる。ぺろっ。……ふぅ、満腹満腹!さぁ坊や達、行きましょうねぇ?』

 

 ご機嫌に肉肉しい女神は再会のための行軍を再開した。ゴボリと排出された赤黒い塊が野獣の如き咆哮を奏でて何処かに行ってしまう。女神はそれを気にする素振りはなく、気がついているのかも知れなかった。

 

 そんな事はどうでも良い。母の愛は常に子らに平等に。しかし……得てして手の掛かる子は一層愛くるしいものである。即ち……。

 

『可愛い可愛い「坊や」♪すぐに母は来てあげますからねー♪』

 

 甘く甘く甘く、純粋な慈愛に満ちた呪詛が通路に反響した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 殴った。蹴った。払った。薙いだ。

 

 打った。叩いた。飛ばした。跳ねた。

 

 突いた。裂いた。折った。千切った。

 

 振るった。潰した。擦った。砕いた。捻った。落とした。外した。引き摺った。

 

「幾らやっても……!キリがねぇなぁ!!」

『(。・`з・)ノシツコイオトコハキラワレルワヨ!』

「全くだぁ!!」

 

 咆哮、肯定。そして俺は十薬一進を蹴飛ばした。その背後の数人の十薬一進を巻き込んで、そんな塊を乗り越えるように跳躍した十薬一進達計三人、拳を握って、突き出して、手刀の構えて此方に迫る。

 

『(≧ヘ≦ )パパ、ジェットストリームアタックヨ!』 

「しゃらくせえぇぇぇっ!!!!」

 

 敢えて前に出て機先を制するように一人を殴り飛ばした。乗じて迫る二人目を肘打ちで返り討ちにして、手刀を弾いて最後の一人の肩を外して突き飛ばす。嘘を言った。十薬一進は前からも後ろからも、右からも左からも、上からも迫っていた。俺は妖化の名残として残る剛力でそれを、文字通り力業で以て押し倒していく。

 

 際限がなかった。一体どれだけの『十薬一進』を退けたのだろうか?視界に映る十薬家当主の数は五十を超えていた。あるいは、負傷しても霊薬を、あるいは何等かの術式で以て復帰してくる者も多かった。先程肩を外してやった『十薬一進』にしても周囲の己の力を借りて骨を嵌めると直ぐに再戦を挑んで来ていた。まるで痛覚なぞないかのようだった。

 

「中途半端に倒すからですぞ?」

「左様。殺せる時にきっちりと殺せねば復帰してくるのは道理」

「戦い方も悪い。素手ではなく武具を使わねば」

「その短刀は飾りですかな?」

 

 疾走して、徒党を組んで、次々と迫り来る十薬一進達のリレーするような問い掛け。問い掛けながらも此方に次々と、あるいは同時に襲いかかる。

 

「次々と煩いんだよ!そっちこそ徒手とは余裕なこった……うおっ!!?」

『Σ(>Д<)テンノクサリ!?』

 

 売り言葉に買い言葉を吐き捨てて、直後に裏拳を顔面に叩き込んだ俺の左腕が鎖に捕らわれた。視線を向ける。分銅鎖を通じて此方を捕らえる十薬一進の一人。何だったら同じ得物を持つ者があと四人。控えていた。

 

「はい。ですのでそろそろ次の段階に行こうかと。どうぞご期待下さるように」

 

 淡々と、礼節込めての十薬一進達の返答。周囲を見る。一斉に刀に槍、弓、薙刀、苦無に手裏剣、棍棒、七節棍、狼牙棒、鎖鎌。吹き矢、鉄拳、猫手……多彩過ぎる得物を各々に装備し始める。全て、質は兎も角として確かな呪具の類であった。

 

「……すまん。嘘、やっぱり素手でお願い出来る?」

「口は禍の元という事ですな」

「畜生ぉぉぉぉっ!!」

『( ^ω^)ツヨイコトバヲツカッチャダメヨ!』

 

 無理矢理に鎖を引き千切る。その鎖で以て暗器を手に死角から迫る十薬一進の顔面をぶっ叩いた。それが合図のように、一斉に周囲の十薬一進が攻勢を再開する。いや、先程よりもずっと容赦なく激しい大攻勢であった。そして俺もまた、それに応えるには手加減を緩めるほか無かった。

 

「ほぅ!手加減とは!」

「随分と余裕ですなぁ!!」

「自惚れが過ぎるのではないですかなぁ!!?」

「くぅっ!!?好き勝手言ってくれる……!!」

 

 最早散々にこの家の者を殺した後で、だからといって一人二人新たに殺しても同じなんて事はなくて、それが例え狂った術で以て己を複写した男だろうとそれは変わらない。寧ろ、だからこそ殺したくはなかった。

 

 ……奴の言が正しければ、この馬鹿みたいな数の十薬一進は培養した身体に加工した魂を押し込んだもので、その材料は被害者の筈なのだから。それを元に治せるかは兎も角、何の呵責もなく殺す覚悟が、少なくとも俺にはなかったのだ。それどころか、魂の盾のようにすら思えて、当主が卑怯者とすら思えてしまうくらいで……。

 

「甘い!だからこうして足を掬われるのですぞ!!」

「何を……うおっ!?」

『Σ(>Д<)イナバウアッ!?』

 

 十薬一進の足払いを退けつつ顎を打ち砕く。着地して、そして……俺は足を滑らせる。

 

「血か……!?」

 

 激しい戦いの中で、十薬一進達から流れた血液が俺の足を滑らせて掬わせる事になった。恐らく培養の過程で己の血液に加工していたのだろう。乾く気配のない鮮血は、その床に零れる量に対してまるで油のように滑らかであるように思われた。

 

「って、そんな事言ってる暇は……っ!!糞っ!!?」

『(>ω<。)キャー!?ウスイホンサレル!?』

 

 それは殺到といって良かった。砂糖に群がる蟻の大群を思わせた。大量の十薬一進が次々とのし掛かって来る。圧殺せんとして来る。押し潰される……!?

 

「ぐぬっ、!!?ぐぎぎっ……!!?ざけんなぁ!!!?」  

「「「ぬおっ、おっ!!?」」」

 

 俺は打ち上げられた。法螺に呑ませていたのはナパームだけではなかったのだ。正確に言えば、此方は予め呑ませていたその残りであった。恐らく暗摩山にて仕込んでいた、圧力を籠められた温泉水の残り滓。それは俺を一度打ち上げただけで瓦斯欠ならぬ湯欠となるが、しかし構わなかった。これで俺はオッサン共の汗臭い押しくら饅頭から解放される。

 

『( ^∀^)オソラヲトンデルミタイ!』

「跳んでんだよ!!そしてなぁ……!!」

 

 馬鹿蜘蛛に応答、そして上昇から落下に転ずるまさにその瞬間に俺は桜の短刀を壁に突き立てた。ガリガリガリと音を立てて壁に斬り込んで、そして止まる。俺を壁に張りつけるピッケル代わりとなる。此方を見上げる十薬一進達……。

 

「それで危機から抜けたつもりですかな?」

「甘いですな。実に甘い」

「その状況では飛び道具への対処は困難でありましょう?」

 

 そして一斉に吹き矢やら弓やらを持ち出す十薬一進達。鏃にたっぷりと色々塗っているだろうそれらを次々と上空に向けて、俺に向けて放つ。それは真っ直ぐに此方に向けて直進して来て……縄がそれらを払い除ける。

 

「ぬ!?」

「天狗の走縄ですかな?」

「怪物の呪具を其処まで御してみせるとは、やはり見事!」

「褒められても嬉しくねぇよ……!!」

『( ^ω^)ホメテツカワスゾワガシモベヨ!』

 

 伸縮自在にして意思を持つ走縄による矢払いへの称賛と返答であった。俺の気は大層旨いのだろうか、走縄は俺を生かすために時として自律的に動いてまで支援をしてくれていた。共生関係という事である。多分善意とかそういうのは皆無だ。少なくとも馬鹿蜘蛛の僕でない事は確かだ。……そうだよな?

 

(さて問題は……結局手詰まりって事だ!!)

 

 囚われる危険は取り敢えず去ったが、何処まで行っても時間稼ぎに過ぎない。増援が集まれば、あるいは専用の飛び道具を揃えられたら、結局は終いである。

 

「ナパームは……はは、もう打ち止めだよなぁ?」

 

 ここまでの火付けで呑ませたナパームは使い果たしていた。湯水も吐き切った。もう法螺貝の中は空っけだ。少なくともこの場で事態を打開出来る類いのものはない。妖化?勘弁してくれ。一日一回だけでも負担がヤバいんだぞ……?

 

「っ……!!?」

『(>ω<。)ワッワッワッ!?』

 

 手詰まりに焦燥していた直後、空間を震わせる震動。蠢くような騒音が遠くに響いて来た。

 

「何、が……?」

『(´・ω・)ウスイホンノヨーカン?』

「何だそりゃ?」

 

 正体不明の異変への予感。馬鹿蜘蛛のネタのような反応への困惑。十薬一進達を見下ろす。彼らが何かを仕掛けたのではと訝る。しかし、それは間違いであった。彼らもまた険しい表情を浮かべていたからだ。

 

「来たな」

「うむ。想定以上に早い」

「残念ですな。時間切れとは」

 

 口々に、勝手に納得して語り合う当主ら。その何処かしおらしさすら思わせる態度、俺は眉をひそめる。

 

 そして……直後にそれは天井を突き破った。

 

「なぁ!?」

『(≧ヘ≦ )キャームシキラーイ!!』

 

 降り注ぐ天井の石材の雨に、俺は短刀を引き抜いて地上に降下する。否、真に俺が地上に降りたのはそれが理由ではない。そんな物のためではない。

 

「蚯蚓パイセン……!?」

『(。>д<)ヒロインニヒドイコトスルツモリネ!』

「お前に溶かす服ねぇだろ……!!?」

 

 雨霰のような蚯蚓共の豪雨。自意識過剰な馬鹿蜘蛛に突っ込みつつもその正体に俺は絶句する。 馬鹿な、まさかこれは……!!?

 

「まさか、あの邪神が……!?っ!!?」

 

 次の瞬間に、天蓋が伸びた。植物園の草木が伸びて蔓草の天蓋を編み出す。蚯蚓の梅雨を受け止める。隙間から、次々と蚯蚓共が抜け出していく。天蓋に食いついて蝕んでいく。

 

「時間稼ぎにしかならぬか」

「凄まじい暴食性だ。伝承以上だ」

「しかし、石材の亀裂から食い込んで崩壊させるとは……」

 

 恐らくは共同しての術式で蔓の天蓋を編み出したのだろう、十薬一進達は事態を理解していながら不気味な程に冷静であるように思われた。

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』

「っ!!?」

 

 一際大きな蚯蚓が天蓋を抉じ開ける。そして嘔吐で垂れ流されるようにして蚯蚓共が床に到着する。蚯蚓共が、此方を向く。

 

「おいおいマジか、此方見るな……!!?」

『ヽ(;▽;)ノモテルヒロインハツライワ!』

『◼️◼️◼️◼️ッ!!』

 

 嘆願は叶わぬ。人を丸呑み出来そうな大蚯蚓が突貫してくる。口が裂ける。グリードしてくる。呑み込まれる寸前で身を翻す。短刀を当てれば案の定、自ら開きになる。

 

 一匹仕留めたからって何の意味もない。 

 

『『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』』

 

 おぞましい気配に正面を向き直れば大小の蚯蚓の渦が一直線に此方に迫っていた。明白に此方に目掛けて襲い掛かる。

 

「…………っ!!」

『( TДT)ワタシタベテモオイシクナイワ!』

 

 喰われる、そう思った瞬間にはそれは動いていた。即座に走縄が鞭のように動いて俺に迫り来る蚯蚓共を打ち払う。無駄な足掻きだった。先頭の幾匹かを叩き切って……しかしそれ以上の数の蚯蚓が縄に殺到した。縄打ち程度では到底塞き止められない!!?

 

「勘弁してくれ……!!」

 

 罵倒。そして蚯蚓の津波が、何の容赦呵責なく俺向けて覆い被さって来て……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

十薬一進達は、その光景を見て息を呑む。件の男が邪神の眷属に沈められる様を見て、動揺する。

 

「家人扱殿!」

 

 十薬一進達の幾人かが駆け付ける。身体強化した身体に、各々の得物を手に救出に向かう。しかしその行為は蚯蚓共によって遮られる。

 

「ぐぉっ……!?」

「キリがない……!!」

 

 培養に際して根本的に強化改良し、更には霊力による強化した肉体は容易に食い裂けるものではない。しかしそれも多勢に無勢である。一匹が食らいつき、払われても二匹目が、三匹目が、四匹五匹六匹と、瞬時の内に次々と食らいつく。表皮に出来た微かな傷跡に潜り込み内に入り込み肉を食らい尽くさんとする。

 

「ちぃ!!?」

 

 瞬く間に蚯蚓共によって腕の内に入り込まれた十薬一進の一人は己の腕を切り落とした。転がる老人の腕の皮を、内からブチブチと突き破って更に好き勝手に這い回り貪る蚯蚓共。挙句大蚯蚓が同胞ごとその腕を丸呑みする始末であった。

 

「貪欲にして暴食……正に地母神の眷属か!」

「通り過ぎた地は草一本残らぬとは誇張ではないようだな」

「止血せよ。兎も角一旦退けなければ……!」

 

 そして十薬一進達は塩を撒く。打清塩に、更に十薬家特製の霊草を混ぜ合わせる事で強化した代物は、ばら蒔くと共に蚯蚓共を退かせていく。無論、時間稼ぎに過ぎぬ。そして……十薬一進達は選択を迫られる。

 

「如何にする」

「ここに至っては是非もなし」

「しかし、まだ早くはありやせぬか?」

「手遅れになる事は許されぬ」

「仕方あるまいか」

 

 刻一刻と蚯蚓共が溢れかえって来る中での、十薬一進達の議論。視線を蚯蚓が群がる一角に向ける。そして小さく溜め息。落胆。失望。所詮は儚き希望であったか。あるいは、騙られたか?

 

「なればせめて、この怪物共の首魁だけでもどうにかせねばなら……ぬ?」

 

 予感。異変。期待。そして……直後に蚯蚓共が高く吹き飛ばされる。そして人影が躍り出る。……全身に回転する走縄を纏わせて。

 

「ほぅ……考えましたな」

 

 十薬一進は感嘆する。何処までも引き伸ばした縄が青年のほぼ全身を包み込んでいた。包み込みながら高速で回転する。蚯蚓共はそれに触れた途端に縄同士の回転に巻き込まれて擂り潰されていく。体液による縄の融解は、しかし青年のみならず擂り潰した蚯蚓自体の気すら吸い出して絶えず再生しているように思われた。

 

 咄嗟の思い付きなのだろう。荒削りな発想は、しかし所詮は下等な蚯蚓如き相手である。ならばこれで十分に身を守れるように思われた。……己の身だけであれば。

 

「……見事ですな、家人扱殿」

「十薬一進……!これは、こいつらは、そういう事なのかよ!!?」

 

 己の一人の呼び掛けに、家人扱は、縄の鎧の隙間から忌まわしげに睨み付けて来る。明白なまでに焦燥と動揺が見て取れた。甘いと思った。あからさまに弱味を見せたのだから。其程までに大事か。己とは違うなと一進は思った。羨ましいとも思った。己の心境をおくびにも出さず、状況を説明する。

 

「どうやら封印が解かれてしまったようですな。尤も、あの邪神相手となれば何時でも解ける程度の封印であったのでしょうが」

 

 寧ろ、アレが今更出てきた理由は眼前の存在にこそある事を、十薬一進は理解していた。半信半疑なれど事前にそれを「識っていた」。この状況に辿り着く事を、願っていた。

 

「ッ……!!どうするつもりだ!?」

「無論、始末は責任を持ってせねばなりますまい。彼の邪神を放置して扶桑の地を荒らさせる訳には行きますまい?既にこの要塞の封鎖は行われております」

 

 ここに大量の眷属が流れ込む前から自体は把握していたし、一進はその対処をしていた。山から外に繋がる通路は全て念入りに閉鎖している。元々は外からの襲撃に対応するためのものであるが、使い方次第では牢獄にもなるのだ。

 

「じゃあ……!!」

「半刻持てば上々でしょうな。何時かは突破されましょう。そして、災厄共が溢れ出てくる」

「っ……!!」

 

 青年が安堵しそうになる所に、一進は厳然たる事実を指摘した。一進自身にとっても不本意であった。己の家の実力はその程度である事に。所詮は浅き歴史の家の小細工だ。情けなし。

 

「……何か、手立ては?流石にあの邪神を地元で封じていたんだ。何も奥の手はないなんて……無責任な事はない、よな?」

 

 迫り来る数匹の蚯蚓を短刀で切り捨てながらの青年の問い掛けは、しかし後半は自信なさげにも見えた。

 

 恐らく無責任な案件に実際出会した覚えがあるのだろう。残念ながら退魔士家も朝廷も、安定の中で曾て程に用心深くはない事を一進も知っていた。青年の経験に同情すらする。そして、これからの運命にも。故に……。

 

「ここは我々が持たせましょう」

「家人扱殿は彼方へ」

「お早く。時間は限られておりまする」

 

 十薬一進の一人が小屋を指差す。残る十薬一進達は前に出る。蔓の天蓋の隙間から、抉じ開けられた穴から溢れ出る邪神の眷属共を出迎える。打ち払う。この場に残る『十薬一進』の残りは六四人……否、六三人となったか。まぁ良い。何とか持たせて見せよう。

 

「一体……何を考えて?」

 

 その行為。その態度に、青年は心底困惑していた。十薬一進達はそんな青年のもたついた反応に少しだけ呆れて、尻を叩く事にする。

 

「これは異な事を」

「考えは常に一貫しておりまする」

「全ては扶桑の、人界のために」

「迷いは無用。そちらも護りたいものがあるのでしょう?ならば遠慮も躊躇も無用ですぞ?」

「っ……!!」

 

 最後の言葉が決め手となったのだろう。彼の者は踵を返して駆け出した。やはり甘い。甘い精神性だ。だが……だからこそ託すに値しよう。

 

「では参りますかな?」

  

 青年の背を一瞥して、十薬一進の一人は他の己達同様に蚯蚓の濁流に突貫する。薙いでいく。打ち殺していく。祓っていく。爆発音が響き渡る。濁流は、しかし刻々とその勢いを増していく。

 

 それは正に焼け石に水、多勢に無勢である。賽の河原だ。月夜に提灯である。きりがなく、天秤は冷酷にも傾いていく。

 

 構わない。刻を稼げれば十分だ。十薬一進達は一切躊躇なく、一切の迷いなく、一切の絶望もなかった。全ては預言の通りに。神託の通りに……。

 

『『『シャアァァァァァッッ!!!!』』』

 

『赤子』共の呱々の声が反響する。直後に途絶える幾つかの己の存在の反応。爆発が空間を震わせる。爆炎の、黒煙のを掻き分けて、忌まわしき赤子共は咆哮する。挑みかかる十薬一進らを蹴散らして、切り裂いて、噛み殺していく。

 

「これはこれは、また厄介な……」

 

 捨て身の自爆でも大した損傷を与えられぬ様を見て、心底困り果てて苦虫を噛む十薬一進。自分『達』の未熟さを嘆き、理外の怪異共の理不尽さを思い知らされる。

 

 そしてそれはきっと、『彼女』達が今際の絶望の中で散々に思い知らされた心情で……。

 

「ぐふっ!!?」

 

 僅かな隙、腹を突き破った刃尾。己の身体が尾を通じて雑に持ち上げられる。自重で傷口が広がっていくが、それを気にする意味は最早ない。

 

 一進の眼前に映りこむおぞましき赤ん坊。人の面影を残す人外が嘲笑しながら十薬一進の風貌を覗き込む。伸ばした尾で以て獲物を引き寄せて勝ち誇る。唯人ならば恐怖に半狂乱になり、卒倒してしまいそうな容貌。

 

「……死ね。化物」

 

 怪物が顎を裂けるまで広げてかぶり付こうとした瞬間、その十薬一進は欠片の躊躇もなく、欠片の感慨もなく、当然の如くその身を業火と共に破裂させた。

 

 十薬一進『達』の抵抗が完全に止むまで、今少しの刻を要しそうであった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

「……破られましたか」

 

 十薬の要塞の中枢部にまで穢らわしき地母の仔共が侵入した事を、松重の孫娘は察する。それは彼女の見積りよりも些か早かった。

 

 それは決して十薬の防衛体制が劣っている訳ではない。

 

「閉じ籠めるのを優先、という訳ですか」

 

 恐らく式の類いも大半を要塞の外縁に、外部との出入口に回しているのだろう。もしかしたら領内中の式も集めているかも知れない。あの無駄に繁殖力の強い蚯蚓共を外に出さぬための判断であった。これから彼の当主が為さんとする事を思えば、それは冷徹な選択であった。

 

 そして、あの男にとってはそれは苦肉の……。

 

『牡丹、其処の試薬と標本も回収しておいてくれぬかな?これは中々興味深い』

 

 黙思に耽る牡丹を現実に引き戻したのは式越しの祖父の要望だった。標本を鑑賞する蜂鳥に若干ジト目となって見つめる。直ぐに嘆息。言っている事は間違っていなかった。

 

 自分達には時間がない。折角の許可を得たのだ。さっさと回収出来るものは回収して、書き写せるものは書き写してしまおう。勿体無いではないか。

 

「しかし、理解に苦しみますね。ここまで研究を重ねて来て……時も金も要したでしょうに。全てを捨てて、こうして公開する等と。あの当主は一体何を考えているのでしょうか?」

 

 それは十薬の地下要塞の、機密の資料室を改めて一望しての牡丹の発言であった。膨大な資料に標本、研究成果は流石に一つの家が数十年に渡って法を逸脱して、犠牲を許容してまで得られたものであると感心する。特に薬学関連についてはそれが顕著であった。

 

「薬学関連は個人の資質や一族の性質は関係ありません。唯蓄積された知識と設備だけが重要。再現性が高い故に此方としても益は多くて助かりますが……だからこそ疑問です。どうしてこのような所業を許容するのか、理解に苦しみます」

 

 互いに禁忌の知を取引きするのならば分かる。個人で、一家で出来る研究は限界がある。外部との限定的な提携は合理的だ。しかし、祖父の要求したのはそんな礼儀正しいものではない。

 

『甘いの。牡丹、主はまだ勘違いしておる』

「勘違い、ですか?」

 

 薬品の試験結果の巻物を背荷物に押し込みながら、眉をひそめて祖父の言を反芻する牡丹。己が一体、何を勘違いしているというのだろうか?

 

 対価なく、利益なく、取引ですらない。唯唯無条件での研究成果の公開、その提供……それが何れだけふざけた要求で、それを受け入れるのがどれだけ愚かであるのか、考えるまでもない。それとも、何か見過ごしがあるのだろうか?

 

『やれやれ、時代は変わったのぉ。……あるいは、儂らが古過ぎるだけかの?』

「……?」

 

 孫娘の反応に嘆くような、納得するような、若干自嘲するように振る舞う蜂鳥と、そんな蜂鳥を一層怪訝に見やる孫娘。それは二人が松重の一族内で最も価値観が近似していて、しかし最も深い根元に決定的に差異がある事を如実に示していた。少なくとも翁の方はそれを理解していた。孫娘の愚かしさもまた、其処から来ているのだから。

 

 無論、それは合い争うような類いのものではない。少なくとも今の所は。仮にそれが二人の関係の決裂を招くものであるとしたら、恐らくその理由は……さて。その時に己はどうするべきか、式の向こう側で気付かれぬように老人は溜め息を吐いていた。

 

『……そろそろ撤収の準備をせねばな。ここも直に呑み込まれる』

「……承知しました。ここまでですね」

 

 最後に幾つかの試薬を拝借して、牡丹は撤退を決断する。部屋を出て、通路を駆ける。背後から気配を感じた。無数の蠢く気配。炎符を一束放り捨てた。爆音と業炎が迫る無数の死の嵐を暫しの間退ける。此方を無視して通路の向こう側から通り過ぎる草人形共の群れ……。

 

「……」

 

 チラリと背後を見た。まるで後ろ髪を引かれるように。大事な何かを置いていく事を迷うかのように。しかし……。

 

「私を餓死させるような羽目にはしないで下さいよ」

 

 直後、半淫魔の少女はその翼を打ち広げると、通路を突き抜けるようにして勢い良く羽ばたいた。

 

 本音をひた隠すような虚勢の言葉を言い捨てて……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 その背を追った。必死に重い荷を背負って。

 

 必死に声を掛けた。置いて行かれないように。

 

 振り向いて、二人は困り顔で、此方によりて二番目の姉が頭を撫でた。ワシャワシャと、乱暴に髪を掻き撫でた。不機嫌に手でそれを払って文句を述べる。子供が子供扱いに不満を述べる。

 

 華奢な上の姉が淡々と理を語る。ぐぅの音も出ない程に理路整然と。小僧では詭弁すら弄する事も出来ぬ。一方的に言い負かされるのみだ。

 

 黙り込む。口惜しげに頭を垂れる。愚図ってウダウダと、分かり切った結論から逃避して、嗚咽が漏れる。

 

 何処までも優しく、何処までも慈愛に満ちて、親愛の信愛を込めての抱擁。耳元で囁くような言付けに、ウンウンと頷いて、一言一句聞き逃さずに記憶に留める。残される者として役目を胸に誓う。

 

 温もりが離れ行く。寂しさにまた泣きそうになって、必死に我慢して、それを下の姉に褒められて拗ねる。

 

 微笑と共に、踵を返して、部下らと共に務めに向かう。その背を何処までも見送る。涙を堪えて、無事を祈る。

 

 余りにも無残で余りにも小さくなった骸を二つ、後詰めの者達がどうにかそれを回収してきたのは別れからおよそ二月程後の事で……。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 追憶から目覚める。目蓋を開いて周囲を見る。それは何も代わり映えもしない何時も通りの光景。無数の管が身に突き刺さって、絡繰が稼働して、蔓人形の式が蠢き、それを管理する。念入りに、慎重に、細心の注意を払って……否、上方は大分大事になっているようだった。成程、どうやらその時が来たという事らしい。

 

「そうか。貴方が……」

 

 そして掠れる程の皺嗄れた声で囁くように、必死に紡ぐように、彼は眼前に現れた面の青年を見やる。憧憬すら浮かべて客人を出迎える。

 

「お前は……一体?」

 

 此方の存在を認めた若者が、面越しにその表情が分かるくらいに困惑仕切った口調で呟く。殆んど独り言に近いそれに、口元を緩める。

 

「それは異な事を仰る。既に私『達』とは散々に御会いしてきた筈でしょうに」

「まさか……お前は?」

 

 此方の物言いに、青年は正体を察したようであった。どうやら己はそれ程までに外見が朽ちてしまっているようであった。まぁ、別に己の『用途』を思えば運用上問題ないものであるのだが。

 

「お初に再見致す。十薬家当主、十薬一進で御座います。……その最初の一人で御座いまする。短き間でありますが、どうぞお見知り置き下さいますよう」

 

 全身に管まみれで椅子に括りつけられた十薬一進の原点は、慇懃に客人を出迎えた。

  

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