和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートの紹介をさせて頂きます。

 此方はxin.さんより、以前ご紹介したカクヨムの外伝短編場面です。此がヒロインの風格……。
https://www.pixiv.net/artworks/128768365

 此方は噗姆さんより葵姫と紫姫。多分主人公がいるので褒美に半殺しで済ませて上げています。刀の方は?ククク。
https://www.pixiv.net/artworks/128730555

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います!



第一九九話●

 導かれた地下植物園の中心部にぽつんと設けられた小屋。背後で鳴り響く騒音に咆哮に爆音を振り切った俺は扉を開く手間すら惜しむ。蹴飛ばして土足で足を踏み入れる。

 

 小屋の中は外観同様に簡素だった。執務に多少の研究に実験、調剤のための機材。それだけの空間。しかしそれは欺瞞だった。

 

「……ここかっ!!」

『( ・`ω・´)ソコヨ!』

 

 鋭敏な五感で違和感を察して其処に視線を向ける。乱暴に畳を剥がせばそれを見出だせた。鉄製の隠し扉をである。

 

 重い扉を開く。小屋の下に降る。梯子を降りて、降りて、降りて行く。上方から反響していた喧騒はいつの間にか遠退いていた。仄暗い世界に驚く程の静寂が満ちていく……。

 

 僅かに時間感覚が曖昧になった頃合いで、遂に下がり切って其処に辿り着いた。梯子から手を離して床に足を着ける。周辺警戒、そして一目でその光景に既視感を抱いた。

 

 俺はそれを知っていた。それに近似したものを見た事があった。具体的には土蜘蛛の騒動で、それを目撃した。

 

 霊脈から溢れる豊醇で芳醇で豊潤な気。それにたっぷりとどっぷりと浸りきった故であろう煌めく石柱。俺が以前見た事があるのは翡翠で、しかしこれは恐らく瑪瑙で『( ^∀^)マチガイナイッアレハキラキラヨ!』……おう、放送近いからって聞いた事ある言い回しするな。黙ってひたすら見惚れてろ。

 

(にしても……)

 

 煌々した柱、より正確にいえばそれは紫色の草花に幾重にも絡め取られたそれは瑪瑙の原石であろう。美しいが……良く見れば純度は決して高くはないように思われた。

 

 目を凝らせば瞭然だ。所々で色合いや質感が違う。水晶や翡翠の原石が混じっているようだった。どちらかと言えば瑪瑙成分が高めの岩柱と表現するべきか、ともあれ馬鹿蜘蛛の代替わり前が拵えて見せた高純度の翡翠柱とは比べるべくもない。

 

 無論、だからといって馬鹿に出来る代物ではない。問題は、こんな代物がここにある理由で……。

 

「……?」

『(´・ω・)ヌー?』

 

 そして直後に俺の意識は瑪瑙柱の根本に鎮座する存在に向かう。

 

 第一印象は木乃伊であった。簡素な椅子に深く腰掛けるそれの水気の乏しい乾き切った皮膚はそうとしか言えなかった。細く痩せ切った手足。腹部も沈んでいて、臓器は空っぽなのではないかと疑う。しかも全身に管が突き刺さっていて、それは身体を這い回る蔓塊の式によって彼方に、此方にとそれらを移動させては刺し直していた。蔓のような管を辿ると瑪瑙柱、あるいは天井に繋がっている……。

 

「何だ、こりゃあ……?」

『(´゚д゚`)マサカッ!トーチユーカソー!?』

 

 それが第一声で、決して返答を求めていた訳ではなかった。故に、直後の発声に俺は驚愕していた。

 

「そうか。貴方が……」

「っ……!!?お前は……一体?」

『(゜ロ゜;ノ)ノシヤベッタアァァァァッ!!?』

 

 反射的に放った返答であり、質問。眼前の存在が乾いた皮膚に罅を入れながらその口元を、その表情筋を動かし出した。窪んだ眼窩に嵌め込まれた眼球がギョロリと此方を見据える様は気味が悪い。思わず某木乃伊映画を思い起こす。俺は馬鹿蜘蛛の絶叫を無視して、困惑して、警戒する。身構える。それが何者なのか、あるいは何物なのかも分からなかったから。

 

 そんな俺の内心を見透かしたのか、木乃伊染みた人形は口元を弛めると、その名乗りを上げた。

 

「お初に再見致す。十薬家当主、十薬一進で御座います。……その最初の一人で御座いまする。短き間でありますが、どうぞお見知り置き下さいますよう」

「十薬一進……成る程、そういう事か」

『(´・ω・)ナンカヨクワカラナイケド……( ^∀^)ヤッパリワカラナイ!』

 

 木乃伊の自己紹介に対して一瞬蜘蛛と共々戸惑い、しかし数瞬で俺はその意味を解した。その正体を理解した。

 

 十薬一進軍団の説明が正しければ、あれらは何処までいっても模倣品に過ぎない。培養した身体に「牧場」から収穫した魂を加工して、記憶を捩じ込み埋め込んだだけのものだ。ならば、オリジン……模倣元たる原点の原典がいるのは道理の事だ。おら、分かったな馬鹿蜘蛛?

 

「はっ。他人を犠牲に造った模倣品を矢面に出して、自分の本体は安全地帯ってか?」

 

 嫌味たっぷりに言ってやったのは幾分感情に任せてのものだった。これまで知った十薬の所業に向けての文句である。そしてそれは決して見当違いの罵倒ではない筈だった。この男は、それだけの事をしてきた。それだけの犠牲を積み上げて来た。それは厳然たる事実である。

 

「……アレらは培養過程で色々と改良してましてな。脆弱なこの天然物の肉とは性能が違いまする。ずっとずっと、耐用年数は長い。執務も、最早彼らに大半を委譲しておりまする」

 

 俺の糾弾に対しての、実に実に淡々とした返答だった。それは率直であるが、単なる説明であってそれ以上の感情は見て取れなかった。

 

 同時に、ここまでの会話から俺はこの木乃伊が会話を求めている事に勘づいていた……。

 

「……微妙に返答になってないよな?アンタ、どうしてここに?」

「態々培養した肉をこのような用途に使うのは無駄というもの。個体の性能は問題なければ、不要品を使うのが効率的というものでありましょう?」

 

 そんな事を宣って、木乃伊は眼球を上方に、天井に伸びる柱に向けた。俺もまた釣られるようにして同様に……ふぅん、そういう事ね。

 

「霊欠起爆の起爆剤。そしてアンタは起爆装置って訳か?」

『(´・ω・)フゥン、ゼクデノバートイウコトカ』

「御名答。役に立たぬ老い耄れの最後の奉公という訳ですな。……グッ、ンッ……椅子に座っているだけの簡単な仕事なので」

 

 途中の呻き声は、蔓人形達の操作で動いた絡繰により後頭部にドでかい注射器が打ち込まれた事によるものだ。何やら薬品が注入されていて、それに合わせて木乃伊の身体は痙攣し、息は粗くなり、眼孔は見開いて、しかしそれも直ぐに収まる。

 

「驚かれなさるな。定期的な整備というものです。安心なされよ」

「整備、ね。……上の事態は把握しているんだよな?安心なんて出来ると思うか?」

『(´・ω・)キキカンヲモテトパパガイッテイル……』

 

 微かな震動を感じた。俺は一進に今の状況を何処まで把握しているのか、確認を取る。彼の物言いが何処か悠長に感じられたからだった。実際は一刻も争うというのに。

 

「無論。……彼の邪神が封から解き放たれたのでありましょう?報告は受けておりまする」

「その上でこの余裕、か。やっぱり危機感が薄いんじゃないのか?脳細胞、ちゃんと動いてるか?」

 

 詰るような追及。歳と身体改造によって思考が鈍くなっているのではあるまいか?口にしている言葉と思考が乖離するなんて事は十分に有り得る話である。

 

「……疑念は尤も。ですがお分かりの筈。私が、我々があの怪物を此処に搬入した以上、最悪に備えた安全策は当然用意している事を」

「それがこの自爆装置ってか?」

「本来は機密抹消の最終手段でありますがね」

「成る程」

『(* ゚∀゚)ハナビタイカイネ!』

 

 震動。暫しの沈黙……深く深く嘆息。頭蓋に響く呑気で不謹慎な戯れ言に肩を竦める。そして俺は改めて疑念を指摘する。

 

「じゃあとっとと吹っ飛ばせばいいじゃねぇかよ?どうしてまだこうして生きてやがる?まさか、土壇場で怖じけたって訳じゃあないだろ?」

 

 これまで見てきた所業を思い返して、嫌味交じりに言い捨ててやった。尤も、眼前の十薬一進の成れの果てはその言葉に少しも表情を変える事はなかった。そして、恐らく内心も……つまり、そういう事なのだろう。

 

「……この地の霊脈は決して良質では御座らん。そして、この仕込を形成して経た時もまた三十年か其処らでしかありませぬ。貴方が以前北土にて目撃したという翡翠の柱には及びも尽きませんでしょう」

 

 故に、単に起爆した所で精々山を吹き飛ばす程度でしかない。神格に致命的な打撃を与える事能わぬ。無駄撃ちになろう。このままでは。

 

「だから俺、か?」

「そういう事になりますな」

「貧乏籤なんてものじゃねぇな」  

『(o´・∀・)oワタシハイツモハッピーハッピーヨッ!』

「知らんがな」

 

 当主の企てに俺は不満を垂れる。冗談ではない。自分達の引き起こした問題は自分達で……ブーメランだ。多分、俺がこの家にノータッチしていればこんな事態にはならなかった。ずっとお昼寝していた筈だ。俺には分かる。分かってしまう。畜生!

 

「作戦は理解したがね。しかし……また思い切ったものだ。先方が狙い通りに動かぬ可能性もあるだろうによ」

 

 改めて嫌味を交えて俺は吐き捨てた。神格の行動原理なんて突飛だろうに、思い切りの良い木乃伊な事だ。意外と無責任なのだろうか?

 

「はは、は。心配なされますな。全ては想定の内で推移しておりまする。それに……これは寧ろ好機ですぞ?貴方がその内に抱くその野望、その企ての一助となる筈。少なくとも、あの邪神の視た限りでは」

「……どういう意味だ?」

 

 その言い回しに、俺は怪訝に質問する。木乃伊は此方を観察するとほくそ笑む。まるで愉快なものを視たかのように。それは木乃伊とのここまでの会話で最も感情に溢れていた。地鳴りがした。一進は隠す素振りもなく答える。

 

「知っておりましょうが……神格とは元来、世界に対して『面』として存在するものです。アレらには現在はない。未来も過去もない。あるいは、常に同時に世界に生きている」

 

 純度の高い神格は概念に近い。世界を定義して、世界を改変する気の力の結晶である。信仰と畏れを縁に束ねられた自己認識を有する法則である。法則は変わらない。故に神格は未来永劫その場に存在し続ける。現在にあり、未来にあり、過去にあり、平行世界にすらも。そのように、己を定義している。だからこそ神殺しにおいては神格を堕落させ格堕ちさせる。法則から単なる怪物に突き落とす……それは地母神とて例外ではなかった。

 

 そうだ。例外ではない。

 

「神託を……?邪神だぜ?化物だ。何れだけ凄まじくても『怪物』だ。そんなものの言葉なんて、戯れ言を信じるのかよ?」

『(。・`з・)ノウマイハナシニハウラガアルワヨ!』

 

 木乃伊の言わんとする事を察して、しかし俺は即座に否定する。

 

 妖母は堕ちた地母神であり、原作『闇夜の蛍』に出てくる神格の中では最も神に近い存在の一つである。そうだ。あくまでも神に『近い』存在だ。

 

 神託、つまり預言。己の『面』としての側面を利用して未来を、運命を見通して伝える神業。嘗ては神格の特権であり、人を都合良く操り信仰を集めるために、あるいは気紛れのお遊びに、それは授けられて人々の運命を翻弄した。

 

 純粋な神格の下す神託ですら、色んな意味で質が悪いものである。ましてや有象無象の怪物が神を騙り、神託を騙り語る事はよりありふれた事。零落して変質した元神格の法螺話を信じるなぞ馬鹿げている。

 

「堕神……であれば、確かにその通りでしょうな」

「それは、どういう意味だ?」

 

 一進の物言いたげな言い回しに、俺は更に問うた。木乃伊一進は俺を凝視すると口元の皮膚を割りながら語る。

 

「到底信じがたい話でしょうが……アレの神託は信用せざるを得ませぬ。あれは正真正銘の預言。アレは、神に返り咲こうとしている」

「何だと……?」

 

 木乃伊一進の指摘に俺は眉をひそめた。人外の力が弱まり、人の力が強まり、天秤はひたすら傾き続けている……今時の時代、神格が堕ちる事があってもその逆なぞ考えられない話だった。邪神に謀られているのではと邪推する。

 

 ……よりによってあの化物がそんな迂遠な事を考えているとは思えないのが何よりも質が悪かった。

 

「マジかよ……?」

『( ´,_ゝ`)ホントノコートサー』

 

 捩じ曲がり、歪んで、狂っていて、余計な御世話でしかなくて、しかし本神目線ではひたすら善意のみなのがあの怪物の思考である事を、俺は色んな意味で知っていた。

 

 故に、本当は察してはいたのだ。アレが騙すなんて有り得ない。偽るなんて有り得ない。嘘っぱちな事を言う筈もなし。有り得るとすれば、神格故の価値観の相違から来る齟齬であろうか?それは、どうなのだ……?

 

「その疑念は分かりますぞ?しかし、あの神託は……不本意ながら、あの神言から全ての運命が分岐した気がしますな。致命的に、そして決定的に……それが狂おしい程に分かるのです」

「分岐した……」

 

 定められていた道を外れた。選択の余地が生まれた。まるで台本ありきの演目から解放されたかのように……一進はその時の心象を複雑げに、しかし確かに晴れやかに語る。

 

 其処に偽りは見られない。楽観も、予断も、狂気も、木乃伊の発露する喜びの感情は、あくまでも理性という基盤の上にあった。

 

「……故にこの場を拵えた。そして貴方を試した。そして、この場に導かれた。神託の通りに。故に、信じるのです。その先も」

 

 神託という代物の扱いを十薬一進という男が軽々しく受け止めている筈がなかった。警戒に警戒を重ね、慎重に慎重を期し、吟味に吟味して、分析に分析をして、丹念に咀嚼して紡がれた言の葉の、その意味を解した筈だ。その真偽を、真贋を、見定めた筈だ。その上で……ならば、それは信用する他ない。

 

 ……俺がこの場に導かれてしまってる時点で、どの道最早選択の余地もない。

 

「成るように成る、という事か。まぁ、流れに身を任せなければならねぇ時もあるわな」

『( ^ω^)ヒトハナガレニノレバイイ!』

 

 だから俺は諦念する。全てが掌の上にある現実を受け入れる。それが例え仏ではなくて禍々しい堕神の掌であろうとも、どうにもならぬ事があるものだ。

 

 唯、せめて……。

 

「なぁ、もう一度だけ確認させて貰っていいか?」

「……何をでしょうかな?」

「アンタの受け取った神託の事でな。……妹『達』は、どうなる?」

『(* ゚∀゚)オバサン!』

 

 俺は木乃伊を凝視して、追及する。嘘偽りを決して許さぬと暗に示す。

 

「……安心なされよ。このまま進めれば、少なくともこの件に関しては確約されておりまする」

「そうか」

 

 慮って、そして心から誠心誠意を込めての返答に、俺は安堵する。そうだ。それこそが大事だった。それだけが大事だった。この木乃伊の価値観ならばそれだけは言質が必要だった。残る心配はしなくて良かった。そんなもの、元より考慮しているだろうから。だから……俺は心から安心する。心置きなく身を委ねられた。

 

 地響きがする。途切れる事はない。寧ろ激しさは増していた。もう直ぐ其処にまでそれは迫っていた。桜の短刀を握る。もしや……そうか。其処まで。だから彼方は無い訳か。

 

「さて、では……配役としては務めを果たすべきかな?」

『( ^ω^)ワタシハヒロインヤクカクテイネ!』

「んな訳あるかよ」

 

 ボケに突っ込む。突っ込み終えると共に、まるで狙い済ましたかのようにそれは来た。俺は肩を竦めるとゆっくりと振り返った。

 

 轟音の真っ黒い濁流が部屋に流れ込んで来た。土の、地母で慈母なる神の眷属。死の濁流が俺と木乃伊に迫って来た。

 

 きっと、それは全て予定調和で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

『『『『『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』』』』』

 

 死の濁流。そう評するしかない黒い群れはあっという間に空間を占拠せんとする。同時にそれらは一斉に霊気の塊たる瑪瑙柱に引き寄せられた。それはもう砂糖菓子に群がる蟻のような勢いでである。尤も、美しい薔薇には刺があり、鳳仙花には果実があった。

 

「それに触れるのはお勧めせんな」

 

 紡がれた言葉と共に俺は身を伏せた。爆裂が無数に鳴り響く。霊気の塊たる瑪瑙柱に殺到した蚯蚓共は挽き肉と化した。

 

 裂開という性質を持つ植物がある。種等を爆発するように弾き飛ばして広げる生態である。鳳仙花を元にしたのだろう、瑪瑙柱に絡まっていた霊草は、実らせていた果実に蚯蚓共が触れた途端に次々と爆発して硬質な種子を散弾染みてばら蒔いた。

 

 何が悪質かってばら蒔かれた種は蚯蚓の血肉を吸って開花すると急速に根を張り花を付けて実を実らせた事だ。爆発が、途切れる事なく、爆発は続いていく。

 

「糞っ!やっぱり自分は安全確保しやがって……!!」

『( ^∀^)ワタシハパパノオカゲデアンゼンヨ!』

「あぁ、そうかい……!」

 

 周囲の蔓人形が成長して木乃伊の身を種から守る様を見て罵倒。身を低めて、蚯蚓の津波を掻き分けて、獣のように疾走する。そしてそれを見出だす。蚯蚓共を纏わせた邪神を。

 

 おぞましくて、妖艶で、何よりも抗い難い母性を想起させる美貌が此方を認識すると満面の笑みで出迎える。此方が短刀を手に突貫してくる光景に、欠片も危機感がないようだった。

 

『わぁ!良く来ましたねぇ?ほぅら坊や、母の胸で抱き締めてあげましょうねぇ?』

「五月蝿ぇ!!」

 

 両手を広げての言霊を、大声で叫んで掻き消した。掻き消しても尚、脳に染み込まんとする甘過ぎる洗脳。本能が母を母と認識して、憎しみを霧散させ、敵意を溶かしていく。代わりにその胸に抱かれて甘えたい欲求を叩きつけられて……!!

 

「馬鹿蜘蛛ぉ!!」

『(*´∀`*)チカクニイルワヨパーパ?』

「だから何時家族になったぁ!!」

 

 染められそうになった家族観を、馬鹿蜘蛛を使ってセルフ突っ込みして修正した。立ち止まりそうになっていた足を無理矢理突き進ませた。道を遮らんとする蚯蚓共は斬る必要もなかった。俺の身を包む走縄に触れた途端に回転に巻き込まれて挽き肉と化したからだ。

 

「届けよ……!!」

『(* ゚∀゚)ウチュウノカナタヘ!』

 

 身体強化、走縄による強制疾走、そして部分的な妖化。それらを総動員して俺は邪魔物共を蹴散らして邪神の眼前まで肉薄する。短刀を向ける俺に対して、尚も墜神は慈愛の笑みを向けていて、俺はそんな顔面に当然のように刃を突き立てた。

 

 片側の眼球を貫通した。頭蓋骨と肉片が緑髪と共に散らばった。そして……抱き着かれるっ!!?

 

『つーかまーえましたよぉ?……うんうん、良い質の袋を集めていますねぇ?』

「ぐっ!!?」

『( :゚皿゚)オコツガイヨコシナサイ!』

 

 肉塊の下半身から伸びた数多の腕が俺の下半身を捕らえた。馬鹿蜘蛛の威嚇は当然無視して、華奢で白い両の手が俺の上半身を抱き締めた。頭の匂いを嗅ぐように抉れた顔を埋めた。回転する縄を欠片も気にせず、顎が砕け、髪が巻き込まれ、指が切れ落ちて、皮膚が裂けた事もお構い無しに深く深く抱く。馬鹿な。これは……!?

 

「っ!?……ちぃ、そういう事かよぉ!!?」

 

 無謀の意味は直ぐに判明した。縄の回転が止まる。血肉に髪が絡まった故の事態、特に髪が問題だった。縄が回転しようとすれば頭皮から千切れた髪がウネウネと縄を一層縛り付ける。其処に更に周囲の蚯蚓共が縄の守護を失った俺に殺到せんと覆い尽くして来て、そして……。

 

『可愛い坊やぁ♪母に一杯甘えましょうねぇ?』

「っ……!!!??」

『(≧ヘ≦ )ワタシガアマエルノハパパダケヨ!』

 

 抵抗を封じるのは脳を焼きそうな至近での言霊の暴力だった。意識が、価値観が、記憶が塗り潰されていく。ここまでだった。ここまでで、終い……。

 

「それで……いいんだよな?御当主殿?」

『うきゃん♪?』

 

 殆んど独り言を呟いて、俺は強引に化物の頭から引き抜いた。そして投擲する。

 

 ……背後に向けて。

 

『『『◼️◼️◼️ッ!!?』』』

 

 短刀は蚯蚓共の群れが築いた壁を易々と突き抜けた。十数の蚯蚓を切り裂いて、軌道は変わらず、真っ直ぐ向いたその刃の行き先、それは……。

 

「……その通り。それで良いのです。家人扱殿。御迷惑を御掛け致す」

 

 蚯蚓の蠢く騒音に満たされているのに木乃伊のその謝意の言葉は遠くに、しかし明瞭に聴こえた気がした。蚯蚓をあしらう蔓人形の式は刃を当然のように素通りさせた。木乃伊に短刀が吸い込まれていく。

 

「はっ、思ってもない癖に!」

 

 そして、俺は最後の理性を振り絞ると馬鹿蜘蛛を喉奥に押し込んだ。

 

 そして、遠く響く轟音と共に全ては光っていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 その強大な予感、壮絶な兆候に、蛍夜環を含む全員が反射的に視線を向けていた。遅れて鳴り響く地響き。地震。震える大地。鳥の群れが恐れ戦いて一斉に飛び立つ。そして……直後、眼前に見据える山地が発光した。

 

「えっ……!!?」

 

 視界が潰されるような輝きに思わず目を閉じた。全体を震わせる衝撃に身を伏せた。遅れて鼓膜を破らんばかりの轟音が一帯を満たした。ひたすら混乱しつつ、耳を塞ぎながらも環は頭だけを上げる。

 

 迫り来る粉塵の津波が視界に映り込んだ。

 

「……!!??」

 

 即座に、そして再度体を丸めて環は身を守る。土煙の波が十薬の、鬼月の、鬼月の背後から迫って来ていた武甕の者達も、その場にいた全員を纏めて覆い尽くした。

 

「うおっ!!?揺れ、る……!!?」

「伏せろ、伏せ続けろ!転倒するぞ……!!?」

 

 土煙に呑まれながらの多様な悲鳴。絶叫。警告。その間にも地震は繰り返し繰り返し途切れる事なく続く。反響して、反復して、共鳴する。遠くから地が裂けるような轟音がした。何か巨大な物が落下する音であった。

 

「くっ……!!?」

 

 恐怖を感じながらも、しかし環はそれを目にして警戒する事は出来なかった。酷い土煙の前では目を開くなんて無理だった。無理に開いても何も見える筈もなかった。

 

「げほっ、げほ……!!?一体何が!?」

「火山の噴火か!?」

「そんな馬鹿な、この辺りに活火山なぞないぞ……!!?」

「畜生、目が痛てぇ……耳が聴こえねぇ!!」

 

 粉塵を吸い込んでしまったのだろう。咳き込む音が其処ら中で響く。混乱して、混迷して、混沌としていた。視覚を、聴覚を奪われて、誰もが何が起きたのか分からずにいた。

 

「たま、き……大丈夫か?」

「え、あ……う、うん!!あ、ありがとう……!!」

 

 衝撃を前に呆然自失していた環は呼び掛けによって伏せっている己が入鹿に上に被されて守られている事に気がついた。遅ればせながらも友に向けて感謝の言葉を口にする。

 

「別に大したもんじゃ……あるな。糞、耳がぐわんぐわん鳴りやがる……!!」

 

 生やした狼耳をへなりと折りながら、頭を抱えて入鹿は忌まわしげに吐き捨てる。下手に聴覚が良いせいで他の者よりも却って爆音による影響は大きいようであった。

 

「入鹿……」

「くっ……鈴音の方は、どうだ?頼む。俺は少し動けそうにねぇ……!!」

「わ、分かったよ……!!」

 

 その場で項垂れる入鹿からの要請に、後ろの隊列に控えていた今一人の友の安否に環の意識は向かう。入鹿の腕の内から抜け出して、環は駆け出した。

 

 視界は舞い上がり、舞い散る粉塵で未だ数寸先すら霞んで見える。衝撃の余波で平衝感覚が曖昧になる中で必死に足を踏み出して、入鹿同様に項垂れて、跪き、伏せる鬼月の派遣団の元に向かう。

 

「見つ、けた……!!みんな、大丈夫、かい!!?」

 

 環は砂埃の中で見つけた部下達に声を掛ける。一人一人顔を確認していく。中には軽傷者もいた。爆音の衝撃で吹き飛ばされたらしい。

 

「環、様……我々は問題ありません。環様こそ、御無事で御座いましょうか?」

「入鹿が守ってくれたからさ。……車は、何処にあるかな?」

 

 下人の一人の呼び掛けに応じて、牛車の場所を尋ねる環。下人の青年は耳を塞ぎながら無言で指差す。その先にあるのは横倒しになった牛車であった。

 

「っ……!?鈴音!鈴音、無事かい!!?鈴音!!」

 

 無惨な牛車の有り様に平静を装う余裕は消えていた。よろけながら走り寄る。中に踏み込む。踞る人影を見出だす。

 

「鈴音!?」

「っ……ひ、姫、様?」

 

 反応は直ぐにあった。半身を持ち上げる友の姿に環は少しだけ安堵する。同時に友の抱いていた存在にも意識が向く。

 

「毬さん……鈴音が?」

「咄嗟に……毬さん、起きて下さい。お怪我は?」

 

 恐らく意識を失っているのだろう、盲目の少女を鈴音は揺する。直ぐに応答はあった。呻き声を漏らして、眼を閉じた顔を鈴音に向ける。

 

「鈴音、様?……これは、一体……っ、耳が、痛いです」

「毬!無事かぁ!!?」

 

 毬の声に被せるように大声が響く。環の後ろから現れて、環を抜いて車に入ってきた男。擦り傷を負って血を流し、それを欠片も気にせずに孫六は毬の元に駆け寄っていた。

 

「お兄様、ですか?……お怪我は?」

「大した事はねぇ!それよりも、お前は!!?」

 

 毬の心配に即答して、孫六は妹の身体を確認する。傷はないか、打撲や骨折がないかを調べる。

 

「大丈夫です。鈴音様が……守って下さったのですよね?」

 

 未だ何が何やら分からぬまま、それでも事態を推測して確実であろう事実を尋ねる毬。孫六もまた鈴音に形容し難い視線を向ける。

 

「いえ、大した事はしていません。咄嗟に覆い被さっただけですから。車が頑丈で良かったです。姫様……一体何が起きたのですか?」

「えっと……それは……」

 

 そしてその場にいた全員の顔が環に向かった。答えを求める姿に、しかし環も掛けるべき言葉を持たない。環自身が、誰かに聞きたいくらいだったのだ。

 

 それこそ、例えば自分よりも余程こういう事態に慣れている恩人の青年にでも……。

 

「……あれ?」

 

 其処まで考えが巡っての環の漏らした気抜けた呟き。当惑。沈黙。思考の停止。そして……まるで泉の湧水のように脳裏に溢れ出して来た記憶の濁流に環は何も出来ずにその場に固まる。

 

「……」

 

 馬鹿みたいに口を開いて、環は見た。鈴音と視線が合った。まるで鏡映しのように同じように口を開きっぱなしで、呆然としている様は間抜けに見えて、その理由が環には痛い程に理解出来てしまった。その記憶をどう認識したらいいのか、理解しきれずにもて余してしまっていて……。

 

「旦那……」

 

 沈黙を破ったのは、この場に唯一いた男の声であった。

 

「兄さん……?もしかして、思い出して……」

「旦那、旦那!?まさか、まさかそんな事が!!?」

 

 毬の呼び掛けに反応する余裕すらなくて、何処までも動揺しきった孫六が車の内から跳び出した。旦那、旦那、と声を荒げる。その若干奇行染みた行為に環と鈴音は顔を見合わせる。

 

「……まさか?」

 

 ……そして、遅れて環は孫六と同じ懸念に辿り着く。

 

「え?まさか、いや、そんな……はは、まさか、さ?」

 

 理解する。理解していく。理解させられていく。思い出す。思い返す。思い出さされていく。

 

 そうだ。どうして忘れてたのだ?彼が言っていたじゃないか。自分は同意していたじゃないか?彼が下調べして、自分は郡司に渡りを付けて、そういう手筈だったじゃないか?それをどうして、どうしてすっぽりと忘れて……。

 

「違う違う違う!!そうじゃない!それは今はいいんだ!それよりも、それよりも……!!!!」

 

 必死に思考を整理する。今この場で不要な疑念は押し退ける。立ち上がる。車から孫六を後追うように跳び出した。

 

 車から出でて直ぐに環は呆然と立ち尽くす孫六の背を見つけ出した。そして脱力したようにただただ立ち尽くす彼の向く先に視線が移り、次第に土煙は薄まって来て……遂に、彼女はそれを目視で以て目にするのだ。

 

 上半分が崩落して崩壊した、無残な山の残骸を。

 

「あ、うぁ……」

 

 まるで病人の譫言のように、赤子の喃語のように、言葉にならぬ言葉しか喉奥から出て来なかった。

 

 霊欠起爆の地中起爆。頑強な岩盤の中心で、外部との通路を完全に封鎖しての爆発。霊脈内にて溜まり塞き止められていた霊気を一気に解放爆破したそれはしかし、その力の大半は山中にて計画的に閉じ籠られて周辺被害は最小限であった。霊気汚染もその大半が山中にて封じ込められた。それこそ特筆するような被害は要塞の直ぐ側に設けられていた『牧場』が土砂崩れで沈んだ程度に過ぎない。

 

 ……逆説的にいえば、山中において引き起こされた事態は地獄に他ならない。

 

 行き場のない封鎖空間での力の解放は、内部でひたすら反響して反芻して共鳴した。極短期間に何度も何度も、数千数万、否、数十万回単位で繰り返されたそれは山全体を震わせて、その摩擦により岩石や金属類すらも液化させた程であった。

 

 唯でさえ要塞を支える構造が岩盤ごと融解したのである。濁流のように流れ込んだ地下水脈、何よりも山中中心部に生じた爆発による空洞化により山は山頂部から沈むようにして崩落した。南蛮の地質学者であればカルデラのようだと形容しただろう崩壊の様であった。

 

 ……当然ながら渦中にある環にはそんな事は何も分からない。把握のしようも分析のしようもない。そしてそんなものはどうでも良かった。

 

 彼女にとって重要なのは其処に誰がいたのかであったのだから。

 

「伴、部、くん……?は、はは。じ、冗談だよね?」

 

 これまでの経緯と、眼前の事態を何度も何度も思い返す。彼が別れる直前怪しいと地図を見て説明していたのは果たしてどの方角だっただろうか?……嘘をつけ。分かっている癖に。

 

「…………そ…そ、そう、だ!!」

 

 そして環ははっと思い出したように方位磁石を模した呪具を懐から取り出した。まるで大判でも触るように慎重に手にしたそれの、針の先が赤いのは血によるものだ。もの探しの呪いを仕込んだ呪具は、針先に塗った血液を縁に相手の居る方向を向く。とことん簡易化したそれは薄い結界一つでも目的の相手を見失ってしまうような代物であるのだが……今ならば!

 

「……!」

 

 恐る恐ると環は歩み始める。彼が隊列から外れる間際、役人を連れた環達に居場所を確認させるため渡されたもの探しの磁石の針を凝視する。凝視しながら環は周囲の混乱に紛れて境界を……一瞬だけ迷い、意を決して踏み越える。

 

「…っ、はぁ!」

 

 環は己自身でも理由の分からぬ達成感のようなものを抱いた。息を吐く。何はともあれ十薬家の領内を侵犯した。その領内を囲う簡易の結界を突き抜けた。手元の磁石に視線を下ろす。

 

 磁石の針はグルグルグルグルと突然、そして激しく動き出していた。それは霊欠起爆による霊気圧の流れの影響を受けてのもので、しかしそれは次第に収まっていく。環は息を呑む。緊張しながらもそれを凝視する。針の揺らぎは収束し、終息し、その方角を示していき、そして、そして……。

 

「お、うぇ……ぇ………!!!??」

 

 そうして突きつけられた現実の前に方位磁石を落として、環は嘔吐していた。四つん這いになって、周囲の全ての事態も目に入らずにひたすら吐き出していた。胃の中の物をぶちまけて、胃液だけになってもぶちまけた。己の罪に恐れ戦いた。

 

「そんな、そんなぁ……嘘、うそ、だよねぇ……嘘だ……嘘だあぁぁぁっ!!!!??」

 

 全ては手遅れで、全ては終わった後で、どうして自分は早く動けなかったのかを自問して、自答して、だけれど誰も答えてくれる事はなくて、きっと、誰も責めてくれる事もなくて……。

 

「そんな……どうして?」

 

 そして、全てを悟った環がひたすら慟哭の絶叫を放つ背後で、遅れて車から降りた女中は、力なく一言呟くのみであった。

 

 崩落した山の粉塵が、女中の視線の先で薄汚い茸雲を天高く舞い上がらせていた。

 

 まるで、墓標のように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 霊欠起爆により崩落した山は静けさに満ちていた。鳥も獣も虫も、妖ですら逃げ出していた。起爆で生じた濃厚な瘴気を疎んでのものである。

 

 山中での計画的な起爆故に流出したそれは最小限とは言え、生ある物共にとっては毒である事に変わりなく、どうしても本能的に近寄り難いものであるらしい。命の気配は何一つとして存在しえない。荒涼とした風の音のみが大地を無常に震わせる……。

 

『ヒ、差しガ、マブしぃーですネ、ェ♪』

 

 崩落した通路を豪快に掘り起こして、粉塵の中から身を乗り出して、それは片言で宣った。

 

 実におぞましい姿であった。全身の殆どが火傷を通り越して炭化していた。動く度に焼け尽きた肉が皹割れて破片となって崩れ落ちる。無数の足は踏み出すごとにボロボロに折れ割れる。皹から汁が流れ、炭化した皮膚に染み込む。良く調べればその体細胞一つ一つが汚染されて死滅している事も分かるだろう。並の凶妖ならば治療も延命も不可能な惨状であった。

 

 ……生そのものを司る神格にとっては束の間の安静に過ぎぬ。何ならば本来はここまで手負いにすら出来る筈もなかった。この地に仕込まれた霊欠起爆の質は所詮その程度であった。寧ろ、ここまで手負いの出来たのは奇跡に等しい。

 

 ……そうなるように運命を誘導したから。

 

『カ、ワイいぼー、ヤァ♪よしヨシ、ヨイ子ですねー♪』

 

 地に出でた黒焦げ神格は己の身を気にせず、ただその腕に包み込んでいた物をあやす。反応はない。殆ど炭の塊に等しいそれが元が人の形をしていたなぞ、事前に知らねば察する事は出来まい。ましてや、赤子ではなくて成人の男である等と……。

 

「…………」

 

 それは一切反応がない。反応を示すための器官は何もない。霊脈の爆散の刹那、神格が愛情たっぷりにその胸の内に抱き抱き、その周囲を無数の坊や達で囲った故にそれは辛うじて圧縮され原型留めものの形は残していた。本来ならば熱と衝撃で液化して、蒸発して、消滅していた筈であった。

 

 どの道、最早それを生きているとは到底形容出来ぬけれど。

 

『オナか、空いて、ますカァ?ソウですネ。お、ちチヲ…アゲま……アベシぃー♪』

 

 己の有り様も、抱く坊やの有り様も、欠片も気にも止めず何時もの通りの態度でそれは授乳する仕草をせんとする。授乳せんとして……直後、不可視の衝撃に吹き飛ばされる。

 

『お、ソラヲ、とーンデるみたー……ズボッ♪』

 

 軽く千歩分は吹き飛ばされる炭化した神格は、ローリングしてお空を飛んだ。そして、いっそ馬鹿馬鹿しさすら感じる程滑稽な体勢で上半身を地面に突っ込むとそのまま気絶してしまった。お昼寝である。

 

「……」

 

 遅れて、空からそれが無言で落ちて来た。邪神の手から零れ落ちて落下するそれはそのまま地面に叩きつけれる事には……ならない。地面に落ちる直前にそれは浮遊する。否、違う。それは抱かれたのだ。羽毛を掬うように最小限の衝撃で以て抱かれたのだ。

 

『……』

 

 その姿を虚空の中から露呈する。不可視の式から降り立ったそれが圧縮された炭の塊を赤子をそうするように腕に抱く。

 

 鮮やかな桃色の装束。その上からでも明瞭な豊か過ぎる体形。冷たい美貌。豊満な少女。鬼月の二の姫……少なくとも姫君の容貌を知る者は眼前に現れた存在を同一のそれと認識したであろう。その膨大で底知れぬ霊気を、どうして偽装出来ようか?

 

『……』

 

 周囲を警戒する。周囲を窺う。霊欠起爆による霊気の振動と汚染と乱流の中でも、限りなく正確にその状況は把握出来た。遠くで突き刺さった邪神は置いておいても、近場の山で物見見物に興じている鬼に蛇に狐……それに、お玉杓子?兎に角も邪な動物共は把握出来た。此方に向かう退魔士含む大人数の気配は、しかしまだまだ到着には時を要すると思われた。蝶に蜂鳥の式は放置するとして……全く趣の異なる不埒な視線を感じた。一閃の下に消し炭にする。これで良『( ^∀^)ワタシ、サンジョウ!』……抱く者の炭化した顎を割いて出てきた蜘蛛は摘まんで隔離しておく。勝手されては敵わない。

 

『……』

 

 そんな事に刻を費やしていれば傍らの何も見えぬ空間に気配だけを感じた。不可視の式妖が無言の内に不満を表明したのを察する。確かに、地面から浸み込むように汚染された霊気が湧き上がって来るような場所に長居は無用である。

 

 故に、指示を出す。さすればそれは即座に低空から迫り来て着地した。神気すら帯びた尊大な大鷹は、その嘴で以て簀巻にした人影を二つ吊るしている。

 

 一見雑にも思える捕らえ方は、緊急時には即座に斬り捨てられるようにと意図したものである。何よりも大事なのは今抱き抱く矮小なる炭塊なのだ。他の物は所詮添え物で究極的にはどうでも良いのだ。

 

『行きましょう』

 

 そうして彼を抱いて鷹の背に乗り掛かる。続いて不可視の式が飛び付けば巨鷹はその姿を眩ました。音もなく、気配もなく、飛び立った。

 

 静寂が、再び地を満たした……。




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