和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
噎せ返るように熱気に包まれている。蒸せ返るように熱狂に包まれている。飛沫となって、汗が撒き散らされている。
小麦色肌の彼女達はひたすらに踊り狂う。おおよそ装束といえるものは己から全て剥ぎ取って、薄絹の帔帛と金細工の装身具のみを纏う。悦び一杯にその身をくねらせて、肉を打ち震わせて、髪を掻き上げて、声を荒げて……其処に羞恥は一切ない。既に全てを捧げる贄がどうして今更この程度を恥じようか?
祝の歌は重奏し続ける。異国の言葉で以て偉大なるものを讃え奉る詩であった。彼女らの言葉で歌わせる事で、一層真摯な念の籠る信仰はより明瞭にして明白なものとなる。燭台に灯る薄暗い暖色の光が彼女らの肌が照り輝く様を一層妖艶に彩っていた。
神楽の舞い。その変型、一体何れだけ踊るのだろうか?激しく、激しく、激しく、激しく……荒く息をして、頬は火照って、何よりも奉納の栄誉に汗を垂れ流しては真珠の粒のように撒き散らす
……それを肉の玉座に鎮座して鑑賞する存在がいた。邪悪なる夜宴の主賓。赤赤しく肉肉しく、触手は無数に、全身に腫瘍を膨らませて、破裂しては悪臭の汁が飛び散って、それは唯其処にあるのみ。拍手する事も、口笛を吹く事も、下卑た声をあげる事すらない。唯、鑑賞するだけだ。
当然の話である。捧げられる当然のものを受け取り悦ぶ筈もない。当然の貢物を当然に受け取るのみである。楽しむ訳ですらない。この程度の者共にそんな事してやる義理はない。言うなれば単なる摂取……作業である。
「…………!」
纏わり付く奉仕性種の一つが何かを口にした。殆ど機械的に本能的に活動する故に意識が停止している中、それは条件反射でギョロリと無数の目玉を相手に向ける。他のもの共と同様に肌を少しでも多く触れさせて、触手に絡まれて、己の数多の「口」により浅い歯形を刻まれて舐め回されている。頭から汁を浴びて香水と混ざって名状し難い薫りを醸している。
所有物……その血肉に純潔に命に魂まで、その全てを己の私有物とする証明を全身に容赦なく刻まれて、塗りたくられて漬け込まれて、その跡をそのままに夢見心地で奉仕性種は此方に見据える。
一体何用か……面倒に思えて、放り捨てて周囲で待つ他のものに奉仕させようかと鈍い思考で考えるが、その前に相手は行動した。銀瓶に手を伸ばして濁酒を長々と呷る。口元の端から白い筋を溢しながら待ち焦がれる。
『……』
顎を六つに裂いてそれは慈悲をくれてやる。口元を重ねる……いや、最早相手の顔面を半分呑み込むに等しかった。余りにも禍々しい接吻。鋭い牙が肌に触れる。大量の粘液がなければ美貌を引き裂いてしまっていたであろう。蛞蝓のような舌が大量に、頬を啜り、額を啜り、髪を弄び、唇の隙間から捩じ込まれる。無抵抗のままに開かれた口蓋に侵入して、喉奥まで突き進み、乳臭い神酒を馳走になる。
「っ……!!……!!!!」
飲み干して、尚も口内を散々に遊び尽くして、相手が痙攣して噴き出した時には既に飽きてしまって、未練もなく離してしまう。幾筋も泡立った銀糸が垂れていく。せがむように甘えて続きを求める奉仕性種に、しかしそれは既に興味を失っていた。
果てながら尚、より深き奉仕を懇願するそれを、しかし雑に放り捨てる。銀糸を伸ばしながら宙で回り、そして果てて山を作る肉共に新入りが追加された。離れ離れとなって嗚咽を漏らして、幼子のように汁まみれの手を伸ばして来るが一瞥すらしない。これだから立場を弁えぬものは困る。己にとって優先すべきは別にあるというのに。
「……!」
空いた空間は引き寄せられるかのように直ぐ様に別のものが埋めた。上目遣いで、愛嬌を振り撒いて、感謝の言葉を囀ずる。据え膳を食わぬのは非礼であろう。絞り取るように搾取してやる。精々一滴でも多く出す事だ。
啜る。啜る。啜る。啜る。何時しか眼前の舞巫女共は皆果ててしまっていた。息絶え絶えの有り様を物のように持ち運ばれて撤去されて、代わりのもの共が直ぐ様にやって来る。
花簪に首飾りのみで、神楽鈴を打ち鳴らす。祝の詩を叫んで舞って、至高の存在を囲い奉る。信仰する……。
『……』
細事であった。それは再び微睡んだ。クルリクルリと、常世は反転する。反転する。反転する……。
夢は現に。現は夢に……。
参参回目
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シャリシャリシャリシャリと、削り取られる様を皆で見つめる。澄み切った冷塊から吹き出して、粉雪のように煌めきながら、水晶の器に積み重なっていく。氷粉の小山を築きあげる。見ているだけでひんやりと場を涼ませる。実際、放出された冷気が庭先の空気を冷やしているのだろう。
「どの味に致しますか?」
首を傾げて澪が尋ねる。台座に鎮座する幾つもの瓶を一瞥して、俺は暫し迷ってからその内の一つを指差した。
「承知致しました。……これも使っても?」
俺の肯定に機嫌良さげに澪は調理を続けた。瑞々しくも熟した西瓜に桃、李、梨に鳳梨……清水で冷やしたそれらを包丁で流れるように解体したかと思えば、一口大に切り分けてまるで宝石のように飾り立てていく。丸くくり貫いた華尼拉の氷菓子が氷山の天辺に載せられて、その上にかけるのは砂糖を溶かした甜瓜汁だった。無色透明な氷の山が若葉色に鮮やかに彩られていく。最後には止めとばかりに白い濁汁が降り注がれた。甘い甘い練乳である。
「さぁ、御屋敷特製、旦那様だけの特別献立!『甘熟汁氷王』!!どうぞ御召し上がり下さいませ!」
「おう、甘さの暴力か」
一言で言えばそれは甘味・イコール・神とでも言わんばかりの甘さに甘さのニ度打ちである。流石にやり過ぎにも思われた。というかその名称は誰が考えた?語感悪くない?
「誰か分けて欲しい奴いるか?ほれ、お前らどうだ?甘いぞぉ?」
お菓子あげるから付いて来なさいとでも言うように詩、文を筆頭に年少組の女中見習達を招き寄せる。皆煌々と掻き氷を見るが、それも背後からの年長組の咳払いで蜘蛛の子散らして逃げ始めてしまう。
「旦那様、既にあの子達の分は用意して御座います。折角皆で旦那様のために作ったのです。御配慮して下さいませ」
裾分してやろうとする俺に向けて、葛が代表して申し出る。背後にて幾人かの女中らがウンウンと頷く。普段よりちょいちょい餓鬼ンチョ共に摘まみ食いさせていたが、流石にやり過ぎたか……。
「分かった分かった。食べるさ。別に嫌って訳じゃないさ。けどなぁ」
「けど?」
「量、多くない?」
「……」
年長組の女中らは山盛りの掻き氷を一瞥して、互いに見合う。再び掻き氷を見て、再び見合う。沈黙。それが答えだった。
頭キーンとなりそうで、それ以上に流石に腹を壊しそうだった。然りとて残すのも罰当たりであるし、何よりも勿体無い。折角の夏場の氷である。贅沢の極みなれば、溶ける前に食べてしまいものであった。
「どうだ?一つ食べてみないか?味見して、次に繋げて見るのも良いぞ?」
「……」
俺の提案に、葛達は三度目の顔の見合せ。しかしそれは何処か牽制染みた所があるように思われた。視線だけで何やら意思疎通して……前に出るのは葛であった。
「ここにいる者で一口ずつ、宜しいでしょうか?」
「一口と言わず二口三口でもいいぞ?」
恭しく提案してくるので、破顔して答えてやる。そして匙を掬う。
「水果は何が欲しい?」
「……桃を」
「承知した」
桃の欠片を追加して、汁を染み込ませた粉氷を匙に載せて差し出す。
「ほら、取れ……」
「頂きます」
「おい……っ!?やれやれ」
匙ごと寄越そうとして、その前に匙を咥える葛。慌てるが、口に匙を咥えている所で振り回しては危ないものである。俺は身を固めて、ピタリとも動かぬ事に努める。
「あむ……んっ、シャク、ん、ぷはぁ」
上目遣いで匙を舐め回すように、髪を後ろに流しながら水音を立てて、そして漸く口を離す。糸が伸びて、垂れ下がる……。
「……これ、銀だから味は染み込まんぞ?」
木彫ならばいざ知らず、銀の匙である。汁が匙自体に染み込むなぞ有り得ぬ事だ。甘いのが名残惜しければ今一口ねだれば良いであろうに。
「いえ、大変良く染み込んでいました」
「……?」
「次の娘にお願いします」
首を傾げる俺を流すようにして、葛は同僚に場を譲る。一瞬目配せし合って不満げにする次番の卯月は、しかし直ぐに気を取り直しての此方に李の身をねだった。
「あーん、ってお願いします!」
「甘えん坊かい。ほれ、あーん」
「ぱくっ!」
若干おどけるようにして卯月が匙を咥える。はむはむはむ、と此方を見ながら遊ぶように匙を齧った。ぷわっと大口開いて匙を離す。……そう言えば毎回洗った方が良かったのか?
「別に構いませんよ?」
「お前はいいかも知れんが……他はどうなんだ?」
文句も言わずに事後の卯月は兎も角、残りはそうとは限らない。残る面子に聞いて見るが……。
「別に私はそのままでも……」
「どうせ皆混ぜこぜですしー?」
「あ、私は旦那様の後でもいいですよー?」
「いっそ、口移しでしちゃいますか?」
「おいおい……おふざけが過ぎるぞ?」
何処まで本気かも知れぬ姦しい女中らの返答に肩を竦めて、次の娘に注文を尋ねる。あ、口移しは無しで。
「……ていうか、増えてるし」
三人目に咥えさせた所で後ろを見れば新しく並ぶ女中らの姿。袖で口元を隠してお喋りしながら楽しそうに待ちわびる。何なら呼び止めて誘っているし。追い払うのは……少し不平等かねぇ?
「……」
まぁ、腹壊さずには済むか……まだまだ山のように器を満たす氷と見比べて、俺は納得する事にした……。
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チリンチリンと風鈴が鳴る。夏場に涼を奏でる鈴の音色……残念ながら所詮は焼石に水にすらならぬ。まぁ、気分を紛らわす苦し紛れだからね、仕方ないね。
「打ち水もしておりますが、中々……暑くなって来ました」
「それが季節って言えばそれまでではあるんだがな。……自分でやろうか?」
縁側にて膝枕して貰い、庭先を鑑賞しながら寝転がる俺の提案。膝枕役の娘に、しかも扇子で一方的に扇いで貰うのは幾らかの罪悪感があった。目減りした掻き氷を胃の腑に収めて、足を組みだらけるようにして横になる昼下がり……暑さは人を無気力にさせるものであるが、それくらいは自分でするべきでは無かろうか?
「その御気持ちだけで十分で御座います。旦那様は旦那様で御座いますれば、婢なぞ相手に御遠慮なぞなさらないで下さいませ」
南国風味の妖精を思わせる容貌、小麦肌に口元の黒子が印象に残る蘭が艶っぽい微笑みを浮かべてころころ笑う。何が面白いのか俺には今一つ分からなかった。
「しかしなぁ……暑いのを無理すると身体に悪いぞ?」
「このくらいの暑さなら慣れておりますわ。どうしてと言うのでしたら着崩しても?」
「俺に言わずとも楽にしてくれ。扇げなくなる方が困るだろ?」
「確かにそうですね。煽れぬ方が問題です。では……」
そんな事を宣うと気怠げに装束を崩してしまい、両肩を覗かせて、鎖骨を晒して、膨らみの上半分まで。間近故に、浅黒い肌に玉のように染み出る汗が目視出来た。櫛を外して波立つ栗毛が下ろされる。鼻を擽る辛味の混じる独特の甘み……。
「焼けてるな」
「南の生まれですから」
「南の」
「はい。南で御座います」
お互いに反芻し合い、何とも言えぬ笑いが込み上げて共に漏れるよう苦笑。俺は続ける。
「凪と夏も南の生まれだったか?」
「左様で御座います。何か?」
「肌を晒してる事が多いなと思ってな。暑がりなのかと思ったんだ」
蘭、それに凪も夏もであるがふと見たら晒や水着下着で屋敷を練り歩き仕事をしている事が多いように思えた。故に出てきた純粋な疑問。
「あー……寧ろ、故郷では普通でしたので、同じ感覚でやってしまっているのだと思います」
「そうなのか?」
「えぇ。病のない証明でしたので……こんな女は御嫌いで御座いますか?」
「まさか」
膝枕して貰い、扇がれながら眼前の栗毛を手慰みに弄りながらの否定。
「外向きの仕事を良くしてくれているだろう?働き者が嫌いな筈がないだろ?」
「まぁ!仕事ぶりで女の好き嫌いを決めるのですか?」
「嫌いじゃないが好ましいかは決めるかな?……寧ろ、他にはどんな判断基準がある?」
「そうですね。例えば……こういう事とかは?」
俺が質問に、蘭は言うが早く腰を折り曲げる。顔を近付け、身体を密着させる。胸元に触れる柔らかい感触。頬が触れ合い、耳元への甘い吐息。下腹部に伸びる手の、指がすぅっと撫でる感触…………うん。暑い。
「序でに言えば重い」
「……他には?」
「他に?」
「はい。他に」
「……難しい謎々だな?」
「酷い御方!」
此方が悩んでいると姿勢を元に正して拗ねるようにツンと顔を横に振る蘭。大人でありながら幼子のように頬を膨らませる。その態度は大層傷ついたように見受けられた。
「すまんすまん……悪いが学がある訳じゃあないんだ。知らぬ謎々なら手の打ちようもない。頼むから答えを教えてくれないか?」
「謎々とお考えの内は到底答えには辿り着きませんよ?」
「発想の転換が必要かな?」
「寧ろもっと純粋に考えて下さいませ」
「綺麗だな?」
「本当、酷い御方!」
純粋に彼女を誉めて見れば先程と同じ糾弾。しかし口調は若干軟化していた。正解ではないが、惜しい所であろうか?
「勘弁してくれ。……どうしたら機嫌を取り戻してくれる?」
「……では、これはどうでしょう?」
すっと差し出すのは彼女の肌と対照的な白い手拭い。刺繍の縫われた薄絹である。蘭は晒した己の肌をなぞる。
「見て下さい。煽ってばかりで汗がもうこんなにべっとり。……拭き取って下さいませんか?」
女豹を思わせる黄金色の瞳が此方を見下ろした。甘い猫撫で声で御願いされた。指で拭き取った汗が、曲線をなぞるように流れて谷間に行き着き泉を溜める……。
「全く、仕方ない奴だなぁ」
「きゃっ♪」
手拭いを受け取る。ひっくり返す。上下が入れ替わった。愛らしく悲鳴をあげると口元を舐めて、期待するような女中の上目遣い。両手が此方の首に回させる。
「隅々まで、念入りに撫でて下さいませ?」
「旦那様に対して注文が多いな?」
「では、よぉく躾けて下さいましな♪」
「躾けられる奴の態度かよ」
その食えない振る舞いに嘆息しつつ、俺は女中の装束に手をつける。掴んで、剥いでいく。
何はともあれ、働き者の女中に報酬は払ってやるのは、「旦那」の務めというものだろう。一汗掻いて上が下に尽くしてやるのも、それはそれで一興であろうて。そうだ。尽くしてやると言えば……。
「蘭」
「どう致しましたか、旦那様?」
「南が故郷なのだろう?遠そうだなって思ってな。暇をやって帰郷なんてさせてやってもいいぞ?旦那様として、良く働いてくれるお前への褒美だよ」
「……故郷は、もうありません」
「……そうか」
そして暫しの沈黙の後、俺は再び手を動かした。働き者の女中への、精一杯の褒美のために……。
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それは駆け足の音と、風鈴とは別の鈴の音と、幼声の三重奏であった。
「だんなさまぁ、あそんでくださぁい!」
「まり!まり遊びしよー!」
蘭への報酬の始末を終えて、下がる彼女を見送ったのと詩達がやって来たのはほぼ入れ替わりであった。あるいは、此方が終わるのを見計らっていたのかも知れない。
「蘭ねえさまのお邪魔しちゃおこられちゃうもん!」
「ちゃんとまってました!えらいでしょ?」
「だからこんどはわたしたちの番なのー♪」
俺をあっという間に半包囲する小さな人影達。口々にわいのわいのと早口で捲し立てる童女六人、チリンチリン音を鳴らしながら、鞠球を掲げて期待に眼を輝かせてのおねだりだった。順番待ちに相当焦がれていたらしい。
「待て待て待て。逃げやしないんだから落ち着け。……ふぅん、鞠遊びか」
此方に見せつける鞠球を見て、俺は起き上がる。背筋を伸ばし、肩を鳴らし、首を回し、気怠い感覚を散らす。やれやれ、子供の遊び相手とは……どちらが旦那か分からんな。
……まぁ、だらけた身体には丁度良い運動かな?
「ふむ。……そうだな。其処まで言うのなら、先ずは皆のお手並みを拝見しても?」
「分かりました!いくよー?えいっ!」
「いや、ちょっと待てよ」
取り敢えず文が全力で屋敷内に蹴りつけたので俺は急ぎヘディングで空高く打ち上げた。そのまま突っ込んだら騒音と共に障子が壊れかねなかった。危ねぇ……!!?
「そして……」
反射的に打ち上げた鞠球。限界まで舞い上がり、そして急降下してくるそれを見据える。姿勢を調整、位置を調整、……そして胸板を使って軽く叩き上げる。先程より低く、勢いも落として、鞠球は緩やかに再降下していき……。
「よしよしよし。ほいっとな」
膝でポンッと蹴りあげて、太股で、そして肩で、両足で入れ替わり立ち替わり、鞠を何度も何度も打ち上げ続けていく。正しくそれは蹴鞠……というには若干下品な球芸を俺は皆に得意気に御披露目して見せる。
「わぁー!」
「すごいすごい!」
「どうして!?どうして落ちないの!!?」
「年季の違いって奴よ」
俺の下品な球捌きに、しかし小娘共は純粋に仰天したように目を丸くした。はしゃいで、子供らしく夢中で拍手して、万歳してキャーキャーと黄色い歓声を上げる。チリンチリンと喧しく鈴が鳴る。
「わたしにもけって!」
「阿呆、また変な所跳ばすのは知れてるわ」
というか手鞠じゃなくて蹴鞠だったんかい。さっきの下手ッぴな蹴りもそうだがお前ら、その服装じゃあ動きにくくて蹴る方は無理だろ?
「えー?」
「じゃあじゃあこうする!」
「やめい。皺が出来るだろが」
文達は此方の指摘に袖を巻いて、衽を引っ張らんとするのを、更に注意した。折角の上物の着物を乱雑に傷めるものではない。
「今日は大人しく手鞠にしとけ」
「けどけど!」
「やぁ!」
「けまり!けまりするの!!」
「あのなぁ」
此方の命に、餓鬼ンチョ共の猛反発。強情具合に俺は困り果てる。
「だってだって……手鞠だとにぃに、遊んでくれないでしょ?」
「そんな事は……あぁ、そういう事か」
手鞠は女、蹴鞠は男……と決まっている訳ではないが、少なくとも手鞠は主に女児がするものだ。大の男が滅多にするものではない。成る程、だからか。
「随分味気ない鞠球と思ったが……手鞠だとやらんと思ったか?」
コクコクコクとお揃いで頷く小娘共。鞠を蹴るのを止めて、改めて手に取り観察するそれは鹿革の飾り気のない代物だ。女子が遊ぶのに使うには余りにも華がなかった。男子向けの、蹴鞠向けの代物だった。
「配慮は分かるが……詰めが甘かったな?」
「じゃあ、やっぱりお服をぬぎます!」
「いらんいらん、何処に掛けるつもりだ?……ほれ、全員鞠球用意しな。御歌は何にする?」
俺の言に餓鬼ンチョ共は顔を見合わせて、意味を理解して興奮する。
「いいんですか!?」
「遊びたいなら早く自分の鞠を用意しな。気分が変わってまうぞ?」
「用意する!いま用意します」
慌てて綺麗に飾った手鞠用の鞠球を掲げて参上する文達。俺はと言えば最初の味気ない鞠を手鞠の要領で叩いてその弾力を確かめる。ふむ、これならば……。
「なぁに。これはこれで楽しみ用があるってもんさ」
ポンポンポンと、鞠を地面に叩きつければ勢い良く跳ね返る。皆が興味深そうに凝視する中で、俺は一つ遊戯を思いつく。
「お前達、余興だ。……この鞠を獲ってみろ」
「鞠を?」
「そうだ。全員でかかって来い。何でもありだ。奪えたら全員に御褒美をやるぞ?」
「ほんと!?」
「たぜーにぶぜーだぁ!!」
言うや早く先ず文が突っ込んで来たのをクルリと回避する。勢い余って顔面から地面につっこみそうになるのを後ろから襟元掴んで支えてやる。そして忠告。
「追加の規則だ。怪我するような危ないのはするな。分かったな?」
「すきありー!!」
「その心意気は認めてやろう」
忠告の途中に背後からアンブッシュで奪おうとして来た蒔を褒めつつ、鞠球は己の内股を通すように弾けさせて襲撃を空振りにせしめる。
「ほれほれ、この程度か?」
「なめるなぁー!」
「いっけー!」
「いっせい、こうげきぃ!!」
二度の攻撃の失敗を見て、懸命にも総攻撃を仕掛ける事にした小娘共を、しかし俺はヒョイヒョイと翻弄して空振りにして見せる。危ない事をするなと言っているのに転げそうになる奴は随時転げる前に支えて、あるいは引き起こしてやる。チリンチリンと駆け回る餓鬼ンチョ共の鈴の音が喧しい。
……というか、こいつら意外とヤンチャだな。怪我しない内に止めるか、って!?
「燐、夕、あしつかまえて!」
「いやお前らマジで容赦ねぇな。おい」
暫し翻弄していると、息が切れた娘共が両足に抱き着いて必死に身動きを拘束せんとしてきた。確かにそれは駄目とは言ってないがよ……!!
(蹴り跳ばせば抜けるのは簡単だがねぇ!)
所詮子供。抱き着いて来た所で振り払うのは容易、しかしそれでは怪我をさせるし、余りにも大人げないからな。故に……。
「じゃあこうだ」
「あー!ずるいずるいずるい!!それずるい!」
「狡くないぞー?」
トントントントン、高く打ち上げた鞠を頭で何度も真上に跳ねていく。背丈の差から届かぬ絶対領域である。意味が違う?気にしない気にしない。
「さぁて、じゃああと十数えたら終わりにするかな?十……」
「あー!ずるいずるい!!」
そしてお遊びの幕を引こうとすると猛反発したのは文であった。
「じゃあこうする!」
「七……六……いや待て、ごほっ!?」
文はムキになると興奮しながら正面から飛びかかってきた。首に巻き付きぶら下がるように抱き着いた。首が動かせない。慌てて俺は肘に肩に鞠を跳ねさせながら避難させる。こら、お前達手伸ばすな!
「まり……まり!」
「よ、よん……さぁん!!」
意地である。鞠球に伸ばされる魔の手をにひたすら回避していく。残り時間を宣告していく。もう少しだった。
「まり……まっ!!?」
「あ、馬鹿!」
ぶら下がってた文が片手を鞠球に伸ばそうとして、力が抜けて両手が離れる。頭から地面に落ちようとしていた。選択は一つしかなかった。
鞠球への意識はもうない。落下しようとする文の腰に手を回して受け止める。前のめりに来る衝撃、受け止め切る。両手は離さずに、そのまま前に持って来て抱き抱える。顔を見合わせる。
「危なかったろうが。……怪我は?」
「?……ありがとーねー!!」
此方の問い掛けに、キョトンとしてにへらと笑顔を返した文であった。自分が怪我しかけたのを自覚しているかも怪しかった。
……まぁ、怪我されて泣かれるよりマシか。
「だんなさま、文たちの勝ちだよー!?」
「あぁ?……あー」
そして文の勝利宣言に、視線を向ければ俺は呻いた。手放した鞠球を皆で掲げて勝ち誇っている童女共。いや、適当に誤魔化す事は可能だろうが……駄目だな。余りに情けなさ過ぎる。
「お願い事、考えとけよ?」
「もうかんがえました!」
「早いな、おい……ご注文は?」
「えへへへへ」
俺が先を問えば両手を伸ばして来る。身体を此方に向かせて抱き抱えてやれば、ぎゅっと強く抱き返される。
「えっとね!えっとね!だんな様、ずっと文たちといっしょにいてね!やくそくだよ?」
満面の笑みで幼子が口にしたお願いは、想定外のものであった。
「……そりゃあ、また」
やんちゃな癖にお利口様な願い事に、俺は口にするべき言葉を失う。子供故に、もっと俗な願いを宣ってくれると思っていたのだ。
「……他に願うような事はないのか?御菓子とかよ?玩具でもいいぞ?」
「ありま、てん!」
持ち上げたままに文に問い掛けるが、当の文は首を横にブンブン回して此方の提案を否定する。
「ここにはなんでもあります!だからいりません!だんな様がいてくれたらだいじょうぶです!!」
「寧ろ俺がいなくなったら世話しないといけないのがいなくなってハッピーハッピーやんけ」
「はっぴぃ?……なんばんのことばですか?」
「分かるんかい。……あぁ。お前か」
此方の装束の袖をチョコンと摘まむ白髪娘を見下ろして知識の出所を解する。夕が無口なのは性格よりも言語が理由だった。
……そう言えば俺は何でハッピーなんて単語口にしたんだ?
「だんなさま?」
「ん、いや済まんな」
ぼんやりと考えていた俺へのキョトンとしての文の呼び掛け。我に返って応じる。元気一杯に笑みを浮かべる幼子。
「文はここがだいすきです!ここはだんな様のためのおいえです!だからだんな様のこともだいすきです!ですから、だんな様もずっとここにいてください!それが文のおねがいです!!」
「成る程、合点がいったぞ。もうちっとやんわりと答えて欲しかったな」
理屈自体は分かるが、本人の前で笑顔で語るのはどうか?俺本人の事は実はどうでもいいよね?そうなんだよね?
……まぁいいや。即物的なお願いと違って口約束だし。
「因みに他の連中はどうだ?」
「文ちゃんとおなじー!」
「じょーきにじゅんずるー!!」
「しらなかったのか、だいまおうからはにげられない!」
「おう、変なの交じってんぞ」
揃いも揃って物好きなお願い事を提案してくれた餓鬼ンチョ共である。同じ内容の願い事重ね掛けしなくて良い事くらい思い至れ。……御親切に指摘はしてやらんけどな。お勉強代とでも思って貰おう。
「さぁて、お前さんらも良い汗かいた所だろう。ここからは予定通りに静かに遊ぶとしようか。……そうだな、手鞠しながら唄を教え合うってのはどうだ?」
「やる!」
「やろうやろう!」
「だんなさまはどんなお歌しってるの?」
「さてな。お前達が知っているかは知れんが……「詩!?文!?何をしているのですかっ!!?」ん?」
そして俺が御唄でも諳じようとした所に遮るような叫び声。餓鬼ンチョ共がビクリと肩を竦めて、俺は視線を声の響く方向に向ける。血相変えて此方に駆け寄って来る華奢な妙齢の女中……。
「お、おかあさま!?」
「お母様……」
文の不安たっぷりの表情での呟きを反芻して、俺は今一度女中を見やった。娘と同じか、それ以上に不安な表情を滲ませる母親を……。
ーーーーーーーーーーーーー
「申し訳御座いません……あの子達がとんだお騒がせを……旦那様の御時間を取らせるなんて、良く言い聞かせておきますので何卒御容赦を」
「いや、気紛れの暇潰しにはなったさ。……子供なんて騒がしいのが常だしな」
「本当、申し訳御座いません……」
縁側にて休み、庭先で遊ぶ餓鬼ンチョ共を鑑賞しながら答えれば、尚更双子の母親は恐縮する。
(……其処まで深刻に受け止める必要はないといっているのだがなぁ)
娘らを叱りつけようとしていた彼女、甘鶴を宥めて俺は餓鬼ンチョ共に庭先で遊んでいるように命じるも、そのままこの母親女中に縁側で相手をするように要望して、今はこうして庭先で駄弁る……というには語弊があるだろう。傍らで正座で控える彼女は先程から頭を下げては恐縮して謝罪するばかりだ。
「だから謝るなって。……そんなに俺の面は怖いかい?」
「まさか!?そのような事は……!旦那様の御慈悲には常々感謝申し上げております!本当に、本当に……!!」
此方が冗談めかして宣えば、しかし返って来た反応はずっと深刻で、ずっと切実であった。またまた深く深く頭を垂れての謝意。焦燥感に満ちた震えた声音……。
(困ったな。会話にならん)
どうして其処まで怯えるのか、大層不思議に思えて仕方なくて、それを考え続けていけば、俺の脳裏に過るのは先程の文のお願い事の言葉であった。
「……不興を買って暇を渡されるのが怖いのか?」
「そ、れは……」
「教えて欲しいんだが、お前達が前にいた場所というのはどういう所なんだ?」
それは純粋な疑問だった。『外』というものを俺は知らなかった。俺は知るのはこの『屋敷』のみである。彼女達が以前居たという『外』は未知の世界であった。想像すら、出来なかった。
だからこそ、俺は興味本意で問うてみたのだが……。
「『外』で、御座いますか?」
強張る女中の表情は、俺が初めて見る類いのものであった。
「あ、あぁ。『外』について何か教えてくれれば……」
「嫌!」
「っ!!?」
殆ど悲鳴に近い拒否の言葉に、俺は今日一番仰天していた。ここまで明瞭な拒絶が向けられるのを、俺は欠片も想定していなかったのだ。ガタガタと身を震わせて、己を抱き、顔を真っ青にする女の姿……それはこの『屋敷』にて初めて見る表情であった。
「……!!?も、申し訳御座いません!!とんだご、御無礼を!!どうぞ御許し下さいませ……!!お、お願い致します!!」
拒絶は殆ど反射的なものだったのだろう。甘鶴は必死に必死に、鬼気迫る程に打ち震えてひたすら土下座する。
「お、おい……」
「私は構いません!どのような折檻も、罰も、追放も受け入れます!ただ娘達は!あの子達は!どうか、どうかここに……!!」
「待てと言っている!!」
「ひゃいっ!!?」
暴走気味に謝罪する甘鶴の両肩を掴みあげて、無理矢理起き上がらせて叫べば、彼女は漸く沈黙した。此方を凝視してひたすら不安に満ちた眼差しを向ける。潤む瞳からは涙の筋が垂れていた。
「も、申し訳……御座いません……」
「もう言うな。皆が不安がる」
ちらりと庭先に視線をやれば遊ぶのを止めて寄り集まって此方を見やり囁き合う餓鬼ンチョ共。特に詩と文は一際心配そうな表情を浮かべていた。身内の、母の安否への心配であった。
「……大丈夫だ。少し勘違いさせてしまってな。なぁに、安心しろ。悪いようにはしないさ」
「……皆さん、旦那様のお言葉です。良く従って下さい」
俺の言に甘鶴が続ける。そのような言い方はどうかとも思えたが子供らは互いに見合わせて、内心は兎も角も遊びを再開した。甘鶴は此方を見上げると心底恐縮しながら謝罪する。
「申し訳御座いません……お手間を……んっ!?旦那様!!?」
幾度目かの謝罪を口にしようとした甘鶴は、しかし俺の行為に先程までとはまた性質の違う動転をした。俺は年上に思える彼女を抱き寄せると己の胸板に顔を埋めさせる。背に手を回して、ぎゅっと引き寄せる。
「いいから、されるままにされていろ。命令だ」
俺は兎も角、彼女を心配を取り除き、落ち着かせる事を優先した。嫌が応もなく選択を封じる。背を優しく擦る。息を整えさせる。彼女を大切に抱いて、悪意がない事を分からせる……。
「旦那様、このような事は……」
「嫌いか?俺は好きだぞ?こんな美人を抱けるなんて。良い匂いだしな?」
からかうように宣って、髪を撫でる。淡い髪をまるで櫛で磨ぐようにして。頭に顎を乗せるように当てれば香の甘みが嗅覚を満たす。
「そんな事は、決して……はぁ。ですが、こんな穢い女に触れるのは……」
「何が穢いだ。俺が抱きたいから抱いた。何か悪いか?俺はお前の旦那様だぞ?」
尚も遠慮して己を卑下する母親に向けて、俺はじゃれるように、そして高慢に、何よりも演技がかって言って見せる。此方を見つめて、はぁと応答とも嘆息とも言えぬ吐息を漏らして、彼女はそのままされるがままに身を預ける。俺もまたただただそのままの体勢で刻が過ぎるのを待ち続ける……。
「……『外』は醜く御座います」
何れだけ刻を経たであろうか、ポツリと紡がれた言葉。俺は無言で女中を見下ろす。意を汲んで彼女はポツリポツリと語り始める。
「彼処は……辛い場所で御座います。皆、冷たい場所です。誰も、助けてはくれません。弱れば、踏みつけられてしまいます……」
甘鶴の語る言葉は抽象的で、それでも『屋敷』で暮らす己には息を呑む程に信じられない内容で、しかし、どういう訳か理解も納得も出来てしまって、思わず違和感を抱いた。
「苦くて、痛くて、固くて、冷たくて、臭くて、怖くて、真っ黒の……」
単語を呟くごとに身震いする甘鶴。妙齢の母親が、幼子のように竦み上がる。思い返して一言一言口にするのも苦痛に思われた。
「大丈夫……じゃないな。すまん。無理を言った。もういいぞ?」
「いいえ……構いません。私は、まだ、話せます。いいえ、話させて下さいませ」
気丈に口にして、しかし身体は此方に寄せる。少しでも身を触れ合わせたいとでも言うようだった。
「『外』は苦界で御座います。詩と文と……出会えたのは確かで御座いますが、離れ離れにされたのも、事実で御座います。あれは本当に辛く、苦しい日々で御座いました」
「そんな事が、どうして……」
親子が望まぬ生き別れ等と、残酷にも程があった。それは許される事ではない筈だった。
「それが『外』で御座います。彼処に平等はありません。優しさもありません。食べる事すら……本当に、浅ましく苦しい所で御座いました。皆が己の事で必死でした。人は踏みつける所でありました」
そして彼女は此方をじっと見つめた。縋るようにして縋り着く。
「ここは……満ち足りております。娘達と再会出来ました。飢えも、病も、ありません。痛い事も殆どありません。愉しき事はずっとずっと、彼処よりもずっと多く御座います」
本当に真摯に迫るように、思いの丈をひたすらに吐き出すように彼女は語る。
「甘くて、柔らかくて、温かくて、優しくて……ここは良き場所です。楽土で御座います」
この『屋敷』を賛ずる。『外』を心底蔑む。静かな激情の発露であった。そして……酷く悲惨な表情で俺に頼む。
「ここは、旦那様のための楽土で御座います。旦那様のためだけの楽土で御座います。旦那様に不要なものに居場所は……だから、どうか……どうか……!!」
「皆までいうな。分かった。分かったから……」
泣き虫の赤子をあやすように俺は女中を宥める。末恐ろしい『外』から娘を守りたい故の必死であるのだろう。俺は彼女を何度も何度も宥める。
「其処まで言うならばここに居たらいい。親子揃って、『屋敷』から出る事もあるまい。俺が赦す。だから、泣くな」
彼女を安心させる。安心させる。ひたすら母親を安心させる。だからといって直ぐに泣き止むとは思っていない。心が落ち着いて、感情を整理出来るまで何時までも待ってやる。
それは主人としての、『旦那』としてのせめてもの甲斐性に思われた……。
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「そう言えば余り見る機会がないが……普段はどんな仕事をしている?」
それは甘鶴を抱き寄せ侍らせながらの問い掛けであった。泣き止んで落ち着いて、しかし半ば惰性で抱いて抱かれて、庭先の餓鬼ンチョ共を見ながらの何気なしの質問である。
彼女が夕刻の宴会で娘らと共にいる姿は度々見るが朝に昼には滅多にその姿を見た事がなかった。無論、それは彼女に限った事ではない。ここで働く者は非常に多く、そして『屋敷』は余りにも広い。故に『旦那』でありながら未だに俺は全てを把握出来ずにいる。葛等は気にかけるような事ではないと口を出しているが……俺は半分程好奇心で甘鶴に問うていた。
「牛方……と一応はなっておりますが、実際は豚や鶏の世話もありますし、雑務も含めて執り行っております」
「牛方ね。炊事は?」
「する事もありますが……何か御座いましたか?」
思ってもいなかったというような俺の質問にキョトンとした表情で首を傾げる甘鶴。その仕草は俺が抱き支えた時の文のそれに似ていて親子なのだと強く見る者に思わせた。
「いやな。この前詩が玉子焼きをお前の味だって言ってたものだからな。中々旨いものだと思ったんだ。違うのか?」
「それは恐らく搾乳の事を言ってたのかと」
「あー、そういう事か」
俺は漸く合点がいく。確かに濃厚な味わいだった。
「勿論、炊事も出来ますが、流石に畜業の後に等というのは……その、臭いますか?」
ふと思い出したように甘鶴は己の身を嗅いで申し訳なさそうに質問してきた。畜産は獣の世話をせねばならぬ。彼女の着物は比較的質素で身軽なのはそれが理由なのだろう。穢い等と己を卑下していた理由も分かろうものだ。
「そんな事はないけどな。……髪も良い匂いじゃないか?」
「そうでしょうか?……乳臭くはありませんか?」
「……言われて見たら、少し?……仕事の後か?」
「はい。その……皆搾り終えて、二人を出迎えようとしていた所だったものでして」
「成る程」
そしていざ出迎えに行ったら俺とふざけてる娘らを見つけたと。
「……親子の時間を盗んだみたいだな。悪い事したな?」
「そんな事!逆で御座います!」
甘鶴の言葉は、何処までも心外であるというようであった。
「先程も御伝えしましたが、旦那様のお陰で私は娘達と共に居られるのです。どうして旦那様に不満がありましょう?本来ならば、二度と会う事すら出来ませんでした……」
そして楽しげに遊ぶ娘らに振り返る女中。当の詩と文達は俺と甘鶴の会話が穏やかになったのを感じたのだろう、今となっては夢中で遊んでいた。甘鶴はそんな娘達を慈愛を以て見つめる……。
「……二人を本当に大切に思っているんだな」
「……腹を痛めて産んだ娘ですから。私の、命よりもずっと大切な宝で御座います」
「そうか。ならば良かった」
俺の存在のお陰でこの『屋敷』があり、親子が再会出来て幸せに暮らせるのだ。それはとても善き事であると思われた。俺のような存在でも役に立つという事なのだから。
「あっ!も、勿論、旦那様は至高で御座います!御安心下さいませ!!」
「ははは、それは有難いな」
流石に娘達よりは下であるだろうな、そんな事を思うが口にはしない。慌てて怯えて恐縮してしまうのは分かっていた。これ以上意地悪して虐めるのは宜しくあるまい。虐め駄目絶対、である。
「……さて。そろそろ飯時かな?」
俺は彼女を腕の内から解放して立ち上がる。働かざる者食うべからずとも言うが、食って寝て遊んでいてもどうしてもまた腹は減ってしまうものであった。子供ならそれでも良いのだろうが……いやはや、詩達と同水準で遊んでいた俺は正しく子供なのかも知れぬ。餓鬼扱いは出来んな。
「今日は乳鍋となっている筈で御座います」
「搾った帰りだったか?そんなに沢山?」
「味も濃く、慈味に満ちておりますれば、炊事に運び入れた際に小耳に。海の幸、山の幸、ふんだんに煮込み旨味を出しているとか」
「ほぅ。なら出るのは葡萄酒かな?」
甘鶴の言に対して、共に出される酒についての浅ましい考察。乳汁を使う甘味のある料理には辛く渋い葡萄酒が良く合うのである。
「楽しみだな。……どうだ?何か他にやる事がないのなら飯時まで遊ばないか?」
「遊ぶ、でしょうか?」
俺の提案に、甘鶴は思ってもなかったとばかりに言葉を繰り返す。俺は頷き続ける。
「暗くなって来たしな。足下が悪くなるから詩達も中に戻さんとな。どうだ?皆で双六でもしないか?」
「旦那様は将棋や囲碁の方が強いとお聞きしましたが……?」
「餓鬼ンチョ共相手に知略を競っても仕方ないだろ?皆で金切声の大合唱をされたら鼓膜が破れかねんしな!」
「まぁ!」
俺の冗談に口元に手をやって唖然と驚く甘鶴であった。その反応に笑いながら俺は餓鬼ンチョ共に中に入るように呼び寄せる。元気の良い返答と共に鈴の音の大合唱を響かせながらの集結。
そして皆の砂の被った服装を見て、先に湯に浸らせる方が先決だろうなと思うのだった……。
「してこの容態、専門家としては如何のように診ますか?」
「……あぁ、成程。ではさしずめ蛹卵の刻、とでも言うべきでしょうか?」
「確かに今はそれが最優先。あのような事があったのです。種として、個として、当然の判断です」
「ふふふ。あぁ、何て美しくて、何て雄々しくて、何て神々しいんでしょう!!」
「あぁ。孵化でしょうか?それとも羽化?ふふふ、どちらでも構いませんね。本質は変わりませんから!」
「さぁさぁ、早く産声を上げて下さいな!再誕して下さいな!私達を、私を統べる御方。最愛の御方!」
「あははっ!姫様、この賭事は私が勝たせて頂きますね?」