和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートのご紹介をさせて頂きます。
 此方、Xin.さんより微笑牡丹です。ふぅん、ツンキャラのデレという事か。 
https://www.pixiv.net/artworks/130028787

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います!


第二〇二話●

 夢と現が反転して、少女が目にしたのは赤と黒であった。泡立ち溜まる粘液、蠢く無数の触手、一面の肉塊に埋まる。酸味と生臭さの入り雑じる臭気……。

 

 あぁ、此方に来たんだなと彼女は思った。驚愕する事も、絶叫する事も、発狂する事もなく、唯淡々と光景を受け入れて、微笑みすら浮かべる。

 

 当然であった。それは日常だ。恐れる事も、戦く事もない。愛しく愉しく変哲もなき、大切な『普通の日常』なのだから。どうして異様な反応をするべき事があろうか?こんな素敵な時間、『外』では到底有り得なかった。

 

 だって『外』は意地悪だから。『外』は怖いから。『外』は痛いから。『外』は酷いから。『外』は汚いから……母から引き離されたのは『外』のせいだ。『外』で何度も折檻されたし怒鳴られたし虐められた。指導と称して店の姉達がなぶられる様なんて、何度も……痛い事をされて、涙目で、必死に御礼の言葉を言って、それが嘘なのは分かりきっていた。見たくもなくて、けど見ないと叩かれるから、己の半身と共に抱き合いながら必死に耐えたものであるし、そんな自分達を見つめる眼差しには心底ぞわりとしたものだった。

 

 ……それに比べたら、この肉の檻はずっとずっとマシだった。寧ろ、これまでの全てが『外』の寝床で見た儚い夢に過ぎなかった、そんな事がないかと恐れているくらいだった。

 

「はぁ……」

 

 故に彼女に安堵して、自分の全身に巻き付く肉蔓の感触に甘い嘆息をした。身を締め上げる感覚は、しかし痛いとは思わなかった。肌身に余すことなく重ね塗りたくられた粘液も不快じゃなかった。

 

 締め上げる中には、けれども確かな優しさと労りがあった。粘液は生暖かくて心地好くすら思えた。服なんて要らないくらいである。鈍い快感が全身を何時までも満たす。夢見心地とはこの事か、肚がきゅっーと締め付けられるようにしてムズ痒い。ずっとずっとずっとだ。

 

 ……だけど其処にあるべきモノがなくて、まるで空洞のように感じてしまい、欠けてしまったみたいで、心にぽっかりと、それは酷く淋しい事であるように思えた。

 

 あぁ。満たしたい。あぁ、埋めたい。あぁ、受け入れたい。この空っぽの孔を愛されたい。だから……。

 

「えへへ……よしよし……」

 

 少女は寝惚けたような表情に、同じように柔らかな物言いで以て、己の腹に胸に股に腿に、瑞々しい肌に我が物顔で這う肉共を優しく撫でる。触れればブルリと震える様がまるで小動物みたいで可愛く思えた。そうしていればより太い肉手が幾つもより集まって来る。血管を怒るように浮き上がらせて、痙攣させて蠢く。

 

 知っていた。可愛がってあげたら仔犬みたいにあの御方は沢山来てくれる事を。そして、来てくれた以上は持て成すのが仕える婢の礼儀である。

 

「んっ……」

 

 少女は迫るその一つの先端に優しく口づけをした。純粋で純情な幼い愛情表現だった。愛する存在に好意を伝える手段だった。家族の額にするようにはにかみながら、ある肉手に啄むように接吻をして、別のそれを掴み撫で、また別のものには泥々の己の髪を巻き付けた。離れないで、あやしてあげるから待ってくれという意思表示だ。答えるように別のものが頬に押し付けられると思わず小さく笑ってしまった。甘えん坊の赤ん坊のように思えたのだ。母親のようにふるまって、御返しとばかりに目一杯に頬擦りして答えてあげる……。

 

「あ……うたぁ?」

 

 そして愛撫していれば直ぐ側の肉の海に沈む半身を見出だした。多分自分と同じように夢見心地で、蕩けるようにその身を任せるがままの有り様……彼女は床を満たす肉塊袋を掻き分けて近付く。

 

 肉手に縛られて、なぶられて、囲まれて、弄ばれて、喉奥まで迎え入れたままに此方を見る半身。頬を赤らめて、蕩ける表情で、何を考えているのは一目瞭然だった。自分の半身なのだ。当然だ。幸せそうで己まで嬉しくなる。

 

 ドンッ、と二人の間を阻むように何かが投げ堕ちて来た。ぼんやりとした思考でそれを認める。それは二人にとってとても大切な人だった。

 

 奉仕の栄誉を賜った故にたっぷりたっぷり搾られて、歯形にまみれて、先端は赤く腫れてしまっていて、締め跡だらけで、汁まみれで、恍惚に肉床に身を委ねるその人の幸せな惨状に僅かに嫉妬して、しかし少女は手を伸ばして指を交じり合わせる。

 

「んっ……ん、……おかぁ、さまぁ」

 

 指一本も動かなそうな程疲弊してるその人の指を無理矢理広げていく。塗りたくられた粘液が糸を伸ばして指の間から垂れ流れて、己のそれと絡まり合う。泡立ちながら混ぜこぜにしてしまう。半身も、同様に。三人で手を結んで川の字で。それは離れ離れになる前の素敵な記憶の再現だ。偉大なる御方による恩恵である。

 

「あはぁ……」

 

 囲むように四方八方から蠢きにじり寄る無数の肉の手達への感嘆。少女は微笑む。自分達家族を幸せに堕としてくれる使者であった。幼心の内にのみある、理想で空想の中の父……その具現だった。偉大なる存在だ。

 

「えへへ……きてぇ、だんなさまぁ。……あはぁ、かみさまぁ……」

 

 飲み干すように、濁流となって群がる偉大なる肉に、彼女は全身全霊でその身を委ねて、迎えて、そして捧げた。握り締め合う掌のこの感覚を通じて、幸せを共有しながら、全てを差し出す。甘い嬌声が漏れる。重なる。三人で、そしてもっと沢山の皆で救世の主を詠い讃える。部屋一面を祝の唄で満たす。大いなる糧となり、その一部とならんと乞願い、恋願う。あぁ、幸せだ。幸せだ。

 

「かみ、さまぁ……」

 

 部屋の奥に鎮座して奉仕性種共を侍らせる偉大な肉蛹の柱を拝みながら、幼声による甘い甘い懇願。悦びの涙に潤む視界を愛しき肉手が容赦なく埋める。

 

 そして、幼子の現と夢は幾度目かの反転をして……。

 

 

 

 

 

 

肆漆回目

ーーーーーーーーーーーー

「旦那様、これはどうでしょうか?」

 

 庭先にて澪はクルリとその身を回転させて装束を見せつけた。薄い生地に彼女の身体の丸みを帯びた輪郭が浮かび上がる……薄い青みを帯びた繋ぎ衣裳。麦藁帽子を被って笑顔を魅せる。

 

「良いんじゃないか?通気は良さそうだしな」

「因みに下着はどんなものが良いでしょうか?ほら、この生地ならば薄らと浮かび上がりますからまた違った風情がありますから!」

「因みに今は?」

「何も。……ふふ、これ一枚です」

「だろうな」

 

 薄生地に浮かぶ身体を一瞥して、縁側の日陰に腰掛けた俺の返答。手元の果汁水を一口含む。井戸で冷やして氷を入れた甘水は夏場に最適だった。

 

 少し遅い夏場の衣替え……箪笥から出される衣装は比喩ではなく山のように、多種多様に色取りどりに。女中ら皆であれもこれもと姦しくお喋りしながら手にとって、水洗いして、あるいは日干しして、着込んで魅せて感想を求める。

 

「だんな様ぁ!これみてください!」

「きれい?これきれいですか!?」

 

 詩が文が、遅れて年少組が各々浴衣姿を披露する。何なら簪に、髪を上げ、巾着に傘に扇子といった小物を手に。綺羅綺羅と期待する眼差しに、褒め言葉をかけてやるのは義務であろう。拗ねられては堪らない。

 

「おうおう、華があって良い事だな。まさに百花繚乱だ。……そいつは南蛮風かね?」

 

 夕の一風変わった浴衣姿を指摘。皆に比べて肌の白い無口な幼子は、呼び掛けに恥ずかしがって文の後ろに隠れてしまう。

 

「だんな様!わたしは!わたしは!?」

 

 翻ってはしゃいで駆け寄ったのは年少組の中では年が上の珊であった。大陸風味の一際薄い紅桃色の浴衣を自慢げに見せつけて来る。幼さの残る丱髪を揺らして、それでも一生懸命に大人ぶって、団扇を手に見返り美人の物真似をしてくれた。

 

「ねぇねぇどう!?」

「おう、大人らしくて綺麗だぞ。……分かった分かった。夕も魅事さ。その袴の絵柄、鮮やかだな?」

 

 背伸びした愛らしい珊の振る舞いを敢えて可愛いではなくて綺麗と感想を述べる。すればムスッとして文の背に隠れていた夕が駆け寄って袖をダンマリしながら引っ張ってくれるので頭を撫でて褒めてやる。むず痒そうに目元を細めて、それでもされるがままに受け入れる夕。

 

「しかし、良くこんな綺麗に着込めたな?誰に……」

「もう、駄目でしょう?まだ化粧も出来ていないのに……」

 

 詩達のやって来た方向から、追い掛けるような人影が遠目に見えた。その声音から葛である事は直ぐに分かった。恐らく彼女が着付けをしてやったのだろう。髪も整えてやったに違いない。化粧をする前に餓鬼ンチョ共は我慢出来ずに突貫してしまったようだけど。

 

「怒るな怒るな。化粧なんてしなくても十分美人さんなんだから。早く皆に見せたくて仕方なかったんだ……んん?」

 

 姉御役の葛に恐々する皆を庇うように、弁護しながら彼女の方を向いて、しかし途中で俺は言葉を失う。やって来た葛と控えるように続く甘鶴の出で立ちに思わず呆気に取られる。

 

 目尻の強い葛の着込んでいるのは身体を密着させた黒襦袢だった。肩を、背中を、項を、鎖骨も剥き出しにした代物だ。太股は網布であり、鼠径部が覗いていた。臀部には可愛らしい白い綿玉の飾り、頭には兎を模したような御飾り……だが衝撃はそれだけでは終わらない。

 

「その、お、お目汚しを……」

 

 着恥ずかしがる甘鶴の出で立ちは水着であるように思われた。牛方故か牛柄の、上下の別れた水着。大きさが微妙に合っていないのか若干浮かんでいるように思われた。牛皮の胴衣を羽織り、首元には鈴付きの首輪が鳴る。

 

「え、えっと……」

 

 思わず出で立ちを一望して、そして不躾な感覚に囚われて顔を合わせようとして、意識が向いたのは彼女の瞳ではなくて頭部だった。葛が兎耳飾りならば牛角飾りというべきだろうか?牛飼帽の横から生えるようにして覗くそれは髪を纏めて整える櫛としても機能しているようだった。輪の大きな白金の耳飾りには、菱形に削られた金彫水晶……思わず値札を連想して、流石にそれは失礼だろうと己を戒める。

 

「旦那様、何か?」

「それは此方の台詞なのだが……その格好は?」

 

 首を傾げる葛の態度に、俺の感性の方が可笑しいのだろうかとも思ったが甘鶴の態度に多分間違っていないと判断して質問。葛は己の身を見返して一層不思議そうに首を傾げる。

 

「何……と申しましても、夏服ですが?」

「夏服」

「はい。旦那様にお仕えする者として……あぁ、この出で立ちは舶来の遊興の接待服が元だそうでして、それをこの地の気候に合わせた仕様となります」

 

 蒸れを防止するために通気性を高めたのだと葛は答える。

 

「旦那様が遊戯を楽しまれる際にお仕えするならば此方の方が良いかと存じまして。皆にも配っております」

「皆に」

「旦那様が遊興を十全にお楽しみ頂くためには当然……多少意匠を変えているそうなので出来ればどれが良いのかまた御感想を宜しいでしょうか?」

「……背後のは牛方の衣装か?」 

 

 何か突っ込むべきな気がして、言葉が出てこなくて、取り敢えず俺は話を次に進める。俺の視線に続くように葛は背後の甘鶴を向く。

 

「はい。……旦那様の前ですよ?ちゃんと御見せなさい」

「は、はい……!」

 

 非難するような葛の指摘に、消え入るように応える甘鶴。胴衣を開いて己の肌を晒しあげる。上目遣いで視線を逸らして、しかしチラリと覗くように見つめて、期待するような素振り……。

 

「旦那様、何か御感想はありますか?」

「いや、感想といってもな……」

 

 葛からの催促するような言に、しかし一体何を語れば良いのだろうか?今一度足の爪先から牛飼帽の先端まで鑑賞する……。

 

「……」

 

 黙って近付く。僅かに怖じける甘鶴を、傍らの葛が捕らえるように留め置く。彼女の目の前にまで辿り着いて、その身を間近で吟味する……。

 

「旦那、様……?」

「……傷痕があるな」

「っ!」

 

 俺の呟きに息を呑む音。心底恐縮して縮こまり、己の肌を隠そうとする甘鶴を、しかし葛はその手を掴んで叱責する。

 

「か、葛さん……!?」

「旦那様の前で御座います。非礼でありましょう?」

「……!!」

 

 葛が糾弾すれば、甘鶴は反論も反抗も出来ぬようであった。口を結び、此方を見つめて、涙を目に浮かべる……困ったな。

 

「葛、強く言い過ぎだ。甘鶴、そんなに怖がるな。別に非難してる訳じゃあない」

「ですが、このような傷物を御見せするのは……」

「大した痕じゃあないだろう?気に入らないって言ってるんじゃないんだ。寧ろ、大丈夫なのかと思ってな」

 

 先日言っていた『外』で得た傷であろうか?甘鶴は相当恥ているように見受けられた。

 

「……後遺症は、もうありません」

「昔は、あったのか?」

 

 臍の辺りの傷痕を一瞥して尋ねる。腹部のある場所だけ色が違った。まるで蹴りあげられて皮が捲れてしまったみたいに思われた……。

 

「……ここに運ばれてから、治療を受けましたので。病気も、薬で。その、一目で見苦しくはない程度には、申し訳ありません。化粧して痕を隠しておくべきでした……!!」

「待て待て。お前は仕方ない奴だなぁ」

 

 震える声で謝罪する甘鶴を宥める。肩を叩いて背を撫でる。滑らかな肌に堅い手の皮が触れたからかビクリとする女中を引き寄せて抱く。

 

「そんなに怯えるな。もう少し子供らみたいに図太くなった方がいいぞ?……済まなかったな。嫌な事思い出させたな?」

 

 無遠慮な指摘だったと反省する。俺の謝罪に謝罪返ししようとする甘鶴を、先手を打って抱き上げる。肩に手を回して、尻を掴むようにして、持ち上げてしまう。意外と軽く思われた。

 

「きゃっ!!?旦那様!?」

「もう少し食べた方がいいぞ?力仕事だろう?体力つけないと身体が持たなくなるからな?肉付きはある方がいい」

「うぅ……」

 

 体重の事を指摘されたからか、顔を背けて呻く甘鶴。その態度に俺は意地悪に笑う。実際、こうして見てみると年齢と背丈の割には痩せ過ぎな所が見受けられた。

 

「おかあさま、ずるーい。文もだっこしてほしい!」

「だんなさま!だっこ!わたしもだっこして!」

「おもちかえりしてもいいよー?」

「おいおい、お前達やめいやめい」

 

 話題が逸れて除け者にされてしまった恨みもあるのか、此方を囲んで引っ張って、口々に宣う餓鬼ンチョ共。抱っこされる甘鶴共々困り果てれば葛が助け船を出す。

 

「皆さん、旦那様を困らせるものではありませんよ。……旦那様、この娘達に次の衣装を着替えさせます。また感想をお願いしても?」

「あぁ。構わんさ。甘鶴は?詩と文の着付けを手伝うか?」

 

 抱っこしたままに甘鶴に問えば、彼女は葛と視線を重ねて、首を横に振るう。

 

「いえ、私は……折角着替え終えたので仕事に戻ろうかと。元々仕事前に夏服にという事で葛さんといましたので……」

 

 ズレてしまった水着の布と紐を直しての甘鶴の返答。若干零れていた乳房部分を整える。甘い匂いがした気がした。ふと何の気なしに見つめ続ける……。

 

「……旦那様?」

「……ん?ああ、すまんすまん。下ろそうか」

 

 此方を見て不思議そうに見つめる甘鶴に、俺は謝罪して抱き抱えていた身体を地面に下ろす。本当に軽い身体だった。トンっと地面に着地して髪が揺れて、胸元が揺れた。俺の視線は再び固定されていた……。

 

「……」

「……?旦那様」

「ん、いや……何だ?」

 

 呼び掛けに、沈黙したからの返答。己の行為に首を捻る。一体どういう事だろうか?甘鶴の身体を見て、思考が乖離しているような妙な感覚を抱く……。

 

「……旦那様。今度仕事を御覧なさいませんか?」「甘鶴……?」

 

 ぼぅ、と此方を怪訝そうに見ていた甘鶴からの提案に、今度は俺が呼び掛ける番だった。彼女は薄幸そうな美貌を微笑ませて続ける。

 

「はい。ぼんやり為されているように見受けられまして……暑さのせいかと。新鮮な乳汁は一層滋養に良いものですよ。夏を凌ぐにも、どうぞ一度御試し下さいませ」

 

 甘鶴の健気な提案は、俺の関心を惹いた。退屈もあった。『屋敷』での生活は十全で充足していて、しかし物足りなさは拭い切れなかったのだ。以前葛に言われたように遊戯で暇を潰す事も増えたが、やはりそれだけではまだ不足していたのだ。彼女の提案は、この停滞の中で細やかな余興にはなりそうに思えた。

 

「そうだな。……また時間がある時にでも声を掛けさせて貰おうか。都合が良い刻はあるかな?」

「詩か文に言付けて頂ければ何時でも。……二人共、出来ますね?」

 

 そう語り、彼女は娘二人を見やる。葛に躾られてだんまりしていた二人は萎れた野菜から水を得た魚のように目を輝かせてやる気を見せる。

 

「はい!がんばります!!」

「おかあさま!ふみもおしごとしたい!!だんな様にごちそうするの!」

「あー、じゃあわたしもわたしも!」

「だんなさま!わたしもがんばるよ!!」

 

 娘二人が元気良く宣言と序でとはかりに要望。何ならそれに釣られて他の餓鬼ンチョ共も続く。甘鶴や葛、周囲の大人組は呆れて、苦笑して、あるいは困り顔となる。

 

「えぇっと……?」

「やれやれ……だ、そうだ。同伴させても?」

 

 甘鶴が此方の反応を見るので、俺としてはすまなそうに頼み込むしかなかった。葛が「甘やかし過ぎです」とお小言を呟くが重ねて頼む。

 

「は、はい……分かりました。誠心誠意、皆と共におもてなしさせて頂きます!」

「あぁ。頼むよ。……それお前ら、もう行きなさい」

 

 はぁいっ!と葛に連れられて着替えに向かう詩達。深く深く頭を下げて、甘鶴も職務に去る。俺は縁側に座り直して、暖かな日向で果汁水で一休み。

 

 背後からの気配に気付いた時には目元が覆われて何も見えなくなっていた。遅れて、顔面に感じる柔い掌の感触……。

 

「ふふふ、悪戯してるのは誰で御座いましょうか?」

「蘭……に思わせて夏だな?」

「正解でぇーす!!」

 

 掛け声と共に背後から飛び込むように抱き着かれた。目元を隠していた掌は首に回されて、頬と頬が重なり頬擦りされる。首を向ければ此方を愉快げに見る蘭、そして抱き着き密着する蘭と同じ褐色の少女……ニヤリと笑うと首筋に顔を埋め、獣みたいに嗅ぎついた。上目遣いの悪戯娘。

 

「全く、元気な奴め」

「あはっ!その手付きスゴく大好きです!」

 

 手を回して遊ぶように頭を掴み撫でてやれば、案の定、愛撫にはしゃぎ気味に喜ぶ娘。夏は蘭よりも二回り程年下の見掛けをしていた。年長組というよりも、年少組ではないと表現する方が適切に思われる年頃であろう。

 

 目隠しは夏、問い掛けは蘭……此方を引っ掻けようとしたのだろう。掌の感触で分かったが詰まらぬ事をしてくれる。恐らくは、夏が先導したな?

 

「というか……その服装は?」

「えへへ、気になりますか?どうぞ、御覧下さいな!」

 

 茶髪に赤瞳の活発そうな娘は、此方の視線と関心を察すると満面の笑顔を浮かべて、他の者達がそうしたように堂々と己の服装を見せつける。

 

「随分とまた装身具が多いな……」

 

 肌色比率が高いのは今更なので指摘はしないでおく。蘭共々薄着の服装に金細工に宝石の装飾を身に纏う。口元は垂布で隠していて、醸し出される香の薫りと相まって神秘性を醸していた。

 

「それは……舞踊の衣装か?」

「はい!舶来風のものです!今夜はこれで一つ舞おうかと思っています。……どうでしょう?煌びやかで御座いましょう?」

 

 堂々と両手を開いて余す事なくその出で立ちを見せつける夏。そういえばこいつは踊るのが好きだったなと思い至る。こんなあっけらかんとした態度で舞の技量は情熱的で激しくて、それ以上に繊細で優美だった。

 

「本職の生まれですので当然ですって!寧ろ、此方の方が普段使ってる衣装より踊りやすいくらいですよ?」

 

 そんな事をいって腰を振るように回って軽く踊る夏。締まった臀部が突き出したように見せつけられて強調される。綺羅綺羅と装飾が揺れて反射して煌めく。遅れてチリンチリンと反響するように響く鈴の音。片目を瞑り、舌を覗かせてのヤンチャな笑顔。

 

「ふふふ!次の満月の宴が楽しみですね!沢山踊りますから、旦那様も期待して下さいませ!」 

「満月……?」

 

 夏の言及に、俺は引っ掛かるように反芻していた。その言葉に、俺は何かを感じずにはいられなかった。

 

「はい!前回のように、いいえ!前回以上に盛大に豪勢に!沢山踊って歓待して……あっ!そうでしたね。旦那様は確か……」

「あぁ……すまない。その言い様だと、大分腕を振るってくれたんだろうが、な?」

 

 夏の察した言葉に、俺は何とも言えぬ表情で謝罪する。そして、己の事を思い返す。

 

 ……この『屋敷』の主人である俺の記憶は、しかし喪われていた。記憶にある最初の記憶は寝床での、皆に囲われて見下ろされた光景……皆が今にも死にそうな程に青ざめていたのを覚えている。俺が起き上がった瞬間に大泣きしながら年少組共に突撃されて呻く事になったのは愛嬌といって良いのだろうか?

 

「確か……大怪我をして、記憶がトンでしまったんだったか?」

 

 己の身に触れる。全身に残る痛々しい傷跡。皆が語るに、本当に大変な怪我であったという。『外』で刻まれた、苦行苦難の痕跡……。

 

「はい。皆で必死にお助けしましてどうにか……本当に辛ろう御座いました」

「やっばり『外』なんて出るものではありませんよ!あんな所碌なものじゃないです!この安全な『屋敷』にずっと居るべきです!」

 

 蘭が沈痛そうに、そして夏が荒々しく語る。本当に心苦しく辛そうな表情を見せる。

 

「危険か。……しかし想像も出来ないな。一体どうやったらこんな怪我、を……っ!!、?」

 

 傷跡を見渡して、其処まで語って、俺の言葉は行き詰まる。突如として視界が歪み、そして俺の表情もまた……。

 

「ん、あ、……あ……?」

「旦那様……?」

「あ、ぐああ"あ"あぁ"、ぁ"ぁ"、"っ"!!?」

「旦那様……っ!!?」

 

『外』にて怪我をしたその要因、『外』の有り様にまで思考が及んだ俺は、しかし猛烈な吐き気と頭痛に襲われた。絶叫に喘ぎ、くらりと身を崩し床に倒れる。蘭達が小さな悲鳴を上げて駆け寄った。手の内から落ちた硝子湯呑から、果汁水が地面にぶちまけられる。

 

「え、何?」

「咲茉、見て……!!」

「旦那様!?如何なさいました!!?」

 

 悲鳴の前に、他の者達も異変に気付くと楽しげに着替えに見せ合いっこしていた衣装を放り捨て、我先にと走り寄って来た。周囲を囲み始める。焦燥したように青ざめて、しかし何をするべきかと途方に暮れたように此方を見る……。

 

「あ"ぁ"、"ぁぁ"ぉっ"ぁ"!!、う、ううぅ……!!?」

  

 頭を押さえる。軽く吐いた。吐瀉した汁の甘味と苦味が舌を痺れさせる。思考がぶれる。定まらなくなる。まるで、それ以上考える事を遮られているみたいだった。周囲から漏れる小さな悲鳴。

 

「あ、がっ、!?はぁ、!!?あぁが、はぁ……!!?な、何がぁ……!?なん、だぁ!!?」

 

 グルグル回転する意識。断続的に脳裏に走る何か。何かの断片。霞れて聞こえない言葉。光。閃光?な、何だ、こ、れは……!!?

 

「旦那様……!大丈夫で御座いますか!?旦那様!?お気を確かに!!」

「旦那様、落ち着いて下さいませ!!何も考えはなりません!息を整えて!楽に……!!」

「薬師の元にお連れしますよ!皆さん、お手伝いを……!!」

 

 虚脱したように項垂れて、溺れるように悶える俺を見かねて、皆が支えて運び始めた。涙声で呼び掛けられて、意識を確かめられる。俺はウンウンと小さく頷くのみであった。訳が分からず、何を尋ねられているのかも半ば分からず、取り敢えず彼女らに全てを委ねて救いを求めるだけであった。そして彼女達はそれに答える。

 

「布団の用意を!!横にさせますよ!!」

「桶と着替えは!?早くしてくなんし!!」

「薬師の御方を、手当てを早く……!!」

 

 駆け足で、廊下に足音が幾重にも慌ただしく。部屋を幾つも過ぎ去って、辿り着いて。柔らかな布団に横にされたのを感じ取る。

 

「あ、かぁ……、!?」

 

 朦朧とした意識の中、繋ぎ止めて垣間見えた視界の中で、人影が見下ろしていたのが見えた。ほぼ同時に眼差しが交差した。

 

「あー、乱心してますねぇ。皆さん四肢を捕らえて下さーい。其処の鎖と手錠使ってもいいですよー?」

「薬で眠らせる。口を開けさせて。無理矢理でいい」

 

 霞んだ視界の中で、しかし視線が重なった気がして、微笑を返された気がした。人影から放たれる何処かで聴いたような声音。物騒ですらあるような発言に、しかし俺は混乱もあるが敵意を抱けなかった。それはあってはならぬように思われた。

 

 

「旦那様、御許しを!」

 

 女中らの謝罪。そして忠実に要請は実現した。のたうつ俺は身動きを封じられる。鼻をつかまれて、顎を掴まれて、無数の指が口内に入ってきた。条件反射的に噛みつこうとする。首を振って暴れる。血の味が舌に触れて、興奮して……しかし即座にそれを押さえつけた。それは、それ以上は許されない事に思われたから。

 

「お薬は口からに限りますからねー?」

「んご、ご、がぁ……!!?」

 

 呑気な物言い。苦い苦い味が血の味を塗り潰した。良薬口に苦しとはいうが、それは限度を超えている気がした。それは最早味覚の暴力であった。吐きそうになるのを塞き止められて、喉奥を抉じ開けられて奥底にまで流される。

 

 そして、どうしようもなく割れそうな頭痛も相まって、俺は意識を手放して……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「旦那様……?お目覚めになられましたか?」

「……ここ、は?」

 

 覗き込むように視界に入り込んだ円香の姿に、俺は質問した。視線を周囲に走らせる。変哲もない『屋敷』の一室……これは一体どういう事だろうか?

 

「何処まで覚えておられますか?」

「衣替えで……そうだ、突然頭痛が……何か妙な気分だな」

「妙、ですか?」

 

 上半身を起こそうとしながら直前の記憶を思い起こして呟く。純朴で淑やかな印象を与える円香はそんな俺を介助しながら俺の呟きに反応する。

 

「覚えていないか?確か……俺が怪我から目覚めた時もこんな流れだったろう?」

「そう、でしたでしょうか?」

「……?」

 

 俺の指摘に、円香は口元に手をやって怪訝そうに首を傾げる。はて、俺の記憶違いか?それとも彼女の方か?そも、彼女はその時には居なかったかも知れぬ。はて……?

 

「それよりも、御加減は?」

「あ、あぁ……大丈夫だ。今は、もう問題ない。若干身体は重いけどな」

 

 怪我から目覚めて以来、少しずつ身体を慣らしていたのにこれでは振り出しに逆戻りである。まるで鉛の重りでも全身に吊るしているかのような感覚。倦怠感。関節痛。動く行為そのものが億劫になっている。何であろうか、厚い服を幾重にも重ね着しているようにも感じられた。

 

「御養生して下さいませ。まだまだ身体が出来上がっておりません。安静に、寝食を十分に摂られるべきかと存じます」

「あぁ……心配かけたな。ここは、空き部屋か?」

 

 殺風景な部屋を一望しての感想。見渡す限り布団も、幾らかの家具も急拵えで運び込まれたように見えて、常日頃から何かの用途に使われているようには思えなかった。

 

「突然の急変でありましたので……近場の部屋を急遽使わせて頂きました。手狭ではありますが、御容赦下さいませ」

「あぁ。それは構わんよ。……そうか。確かあったな。近くに」

 

 皆の衣装の試着会を観覧していた縁側近くに確かに空き部屋があったのを思い出した。この『屋敷』には多くの女中が住まうが、それでも部屋は有り余る程に設けられていた。確か……この一帯は子供部屋を予定している空き部屋が連なっていた筈だ。

 

 ……詩や文のような女中見習いを大勢迎える予定でもあるのだろうか?

 

「子供部屋は沢山あるに越した事はありませんから」

「?そういうものなのか?」

「はい。赤ん坊の御部屋は、寧ろもっともっと用意致しませんと」

「近い内に屋敷に人が増える予定があるのか?」

「其処は……旦那様次第では?」

「俺次第ねぇ」

 

 確か、皆『外』から来たのだったか。即ち、俺が新たな住み込み女中らを迎えるかどうか、という訳だ。そして彼女らはそれを望んでいる……同族意識であろうか?

 

(確かに今の人数でも人余りするくらいには人手が足りている訳で、ましてや子供なんて寧ろ手間だろうに……いや、だからだったりして?)

 

 手持ち無沙汰故に、育児で暇を潰そうとでも考えてでもいるか?あり得る話だ。無論、同情やら同族意識から迎えてあげたいという側面はあるのかも知れないが……いや、待て。

 

「……」

「旦那様?如何致しました?やはりまだ身体が……」

「いや、大丈夫。本当に……大丈夫さ」

「ですが……」

「それよりも……そうだな。あっさりとした茶でも貰えないか?吐いてしまったから口直しをしたい。それと、安静にしておきたいから書物でもくれ」

「……承知致しました」

 

 俺の要求に、円香に逆らう選択肢なぞなかった。若干不承そうな表情で、しかし恭しく応じて立ち上がる。鈴の音色に僅かに俺は顔をしかめ、俺は付け加えるように口を開く。

 

「子供の件だが」

「はい?」

「前向きに考えておくよ」

「……」

 

 先程よりも余程機嫌良く礼を述べて、円香は立ち去った。その気配が遠くに消えたのを確認して、周囲に他に気配がないのも確認して、そして身を布団に沈めて天井を見上げる。そして……。

 

「可笑しくないか……?」

 

 漏れた疑念は極々当たり前のもの。当然のように振る舞われて気付けなかった事。寧ろ、今まで意識してなかったのが間抜けですらあった。まるで世間知らずのボンボン……俺はそれ以下であった。だって、だって……そうだろう?

 

「旦那様、茶を。それと……一応茶菓子も用意致しました。宜しければ、少しずつでも」

「お目覚めになられて幸いです。書物の御所望と御聞きしました。幾つか見繕っておきました。……宜しければ、朗読致しましょうか?」

 

 グルグルと暫し思考の渦に陥っていると、円香が巡を連れて帰って来た。緑茶に、蜜を控えめに垂らした蕨餅を盆に乗せて、巡は書を抱き抱えて提案する。鈴の重音が、耳障りだった。

 

「……餓鬼じゃないんだから、自分で読むさ」

 

 俺は笑みを貼り付けて答えると、胃袋に優しい温い茶を一口呷るのだった。疑念は、口にはしなかった。するべきではないと思ったから……。

 

 「『馬屋隷威譚』?……聞いた事のない題だな?」

 

 持ち込まれた書物の一つを手にして、題を見てそれとなしに独り言を語る。チラリと控える女中二人を横目に覗き見ると、書を掲げるように倒れ込んで書の見出しを開く。

 

「まぁ、はしたなく御座いますよ?」

「ここは俺の『屋敷』さ。好きにするよ。何か問題が?」

「もう!」

 

 巡からの注意を軽く流して、俺は気儘に読書を始めた。読書する素振りで、一人考えに耽る。この姿勢ならば、己の表情は本が影になって見えぬのは計算済みであった。

 

「……」

 

 なぁ?この屋敷の物は何処から来てるんだ?茶も、蕨餅も、何処で材料を拵えてる?何時持ち込まれている?

 

 いや。そもそも……この屋敷の玄関は、一体何処にあるんだ?

 

「……はは。何だよこの馬の化物。もしや、怪談物なのか?」

 

 怪談物……この屋敷は違う事を、心から願いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

「……旦那様に不穏な動きが」

 

「また、怪しみ始めたのですか?これで一体何回目……」

 

「落ち着いて下さいませ、皆さん。もう慣れたものでしょう?それに、此度は気付くのが遅い……ならば、十分に時間は稼げます」

 

「そうだね。大丈夫……きっと……きっと大丈夫……!!」

 

「嫌だ、出たくない……私、ここから出たくない……『外』は、いやっ……いやだよぉ……」

 

「ねぇね、きっとだいじょーぶだよ。やくそくしてくれたんだよ?ここからでなくていいって。ずーっといていいって!」

 

「うん。そうね……そうですね。だから、きっと大丈夫。今度こそは……今度こそは……!」

 

「皆さん、手順通り、抜かりなく、油断なく……安心して下さい。これまでの対策を思い返して。それに刻は……私達の味方です」

 

「必ずや、今回は成功させましょう。……私達のためにも」

 

「えぇ。全員の安息のために。全員の、救済のために……」

 

「うん。次の満月まで、何としても……」

 

 だから……。

 

 

 

 

 

「この籠目の内の内で。籠めて、篭めて、込めて……そして混めてしまいましょう。全て、何もかも。皆もすらも……」

 

 甘く甘く、魔女が囀った……。

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