和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 此方、Xin.さんより雛姫です。貞淑で凛々しそうな姫ですね……。
https://www.pixiv.net/artworks/131038066

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います!


第二〇五話● まさか某仮面宜しく何度繰り返しても死ぬって訳じゃあないでしょう?

 扶桑の都を遠目に見渡す事が出来る多田羅山の旧薬師寺家邸。荒れ果てた廃墟を、今では橘商会長の一人娘が買い取り改築増築した絢爛な大豪邸は猥雑な噂話でも世間に知れていた。

 

 曰く其処は商会の酒池肉林の接待のための背徳の館である。否、商会長の娘が買い漁った娘共と戯れる不徳の廓である。いやいや、陰間茶屋の少年に歌舞伎座の麗人まで連れて日夜乱痴気騒ぎに明け暮れているのだとも語られる。貧民が喘ぐ中、大枚をばら撒いて両脇に美男を侍らせて、稚児と遊女の獣染みた交わりを笑いながら南蛮酒の肴にしているのだと……。

 

 一連の売買に動いた巨額過ぎる金額、ここ数年めざましい橘商会の躍進への妬み、その一人娘の美貌に敏腕、度肝を抜く逸話に貴公子達から向けられる愛、時たまに見せる粋とも奇特ともつかぬ戯れ染みた行動、それらが下世話な噂話が流布した理由であろう。何も知らぬ民草は面白半分に高嶺の花の放蕩を妄想して語り合い、彼女を知る者は下品な話に鼻白む。そして……極々一部の通の者は噂の矮小さを冷笑していた。

 

 あの屋敷は……その程度の可愛い代物ではないと。

 

「はぁ……」

 

 市井の噂で謳われる件の疑惑の豪邸、『桃莱館』の大門前にて彼女は、殻継稲葉は、極々一部に類する少女は感嘆の吐息を漏らす。何に向けてか?眼前の光景そのものにだ。

 

 見事な隠行であると見た。山の屋敷に渦巻く霊気の異様な流れは、儀式の存在は完全に隠匿されていた。専門家たる退魔士が門の前まで立ち、じっとそれを自覚して観察し続けぬ限りその内で生じている異変は到底見抜けぬ事であろう。それだけで驚嘆すべき奇蹟である。

 

 そしてそれ以上に驚くべきは、その隠された儀式、禁術であろう。それも二つ、否……その混合というべきか。

 

「禁術指定を受けた儀式を二種合成……信じられない。本当に即興で?」

 

 運命操作の術式はその特性から体制の転覆にも利用出来得る。故に特に禁術指定を受けて一般では焚書されたものも少なくない。今まさに屋敷で活性化している儀式もその二つ。それらを融合させて一つの儀式に結実させた代物だ。実質的に新たな術といっても良いかも知れない。

 

 恐るべきはこの術を考案したという鬼月の姫君か。鬼才と言う世間の評判はまだ控え目過ぎよう。いつの間にか白丁連れて現れて意気揚々に。儀式の際の語り様、あれは事前に入念に研究してのものではあるまい。昨日今日で思い付いたものをあっという間に詰めて仕上げて実行してしまったのだ。その過程で材料として軽い振る舞いで潰した車は希少で知られる養殖物の『迷い家』であろうか?並みの退魔士家であれば家宝と言えるものを平然と使い潰した豪胆さには愕然としたもので、それもまた度量の違いを、富の違いを分からされた。

 

 何よりも、そんな滅茶苦茶な経緯を経て発動した術式が齟齬もなく暴走もなく、完全に完璧に機能し続けている事が信じられなくて……。

 

「化物……」

 

 あの桃色の姫は本当に圧倒的な存在感であったし、今思い出しても心底身震いする。傍らに控えていて、維持管理引き継ぎの指導役をしてくれた式遣いの少年家人がいなければ失神か失禁していた事だろう。何なら恐ろしくて思わずその手を掴んでしまっていた。白くて柔らかな手であった。思い出すと思わずニヤけてしまう。返すような微笑みが、何処か貼り付けたような所を感じたがうっとりとしてしまう。

 

 ……こほん。話が逸れてしまった。退魔の士の端くれとして恥ずかしい限りである。常に平静に冷静に、それは理外の外にある魑魅魍魎と対峙する退魔士たる者に必要不可欠な資質である。それを忘れてはならない。

 

『ねぇねぇ、そこの子猿さん?倉から新しい酒瓶くれないかしらぁ?もうなくなりそうなのぉ』

『序でにお摘みも下さらないかしら?そうねぇ、甘いものが良いかしら?』

「……」

 

 そうだ、例え大門前の用心棒用の詰所が化物共に占拠されて使い走りにされていたとしても……いや、ちょっと待てよ。

 

「待って、何でここにこんなのが?」

『はーやーく、お酒ぇー?』

『お摘みも早くね?』

「ひゃい!」

 

 取り敢えず圧の強くなった命令に、必死に遂行する殻継の娘であった。

 

(何でこんな化物共がいるのぉ……?)

 

 正体不明。だが明らかに不味い怪物共であった。少なくとも凶妖だった。勝ち目は皆無である。そして通報も多分実行前に失敗する。肉片になる事請け合いである。そもそも橘の令嬢も鬼月の姫もそれを目の前で確認しながら何もしなかったのだ。己一人でどうしろというのか?

 

(白若丸様ぁ……助けて下さぃ……!!)

 

 弱小退魔士の娘は、心中にて意中の者の名を涙声で呼んで嘆くしかなかった……。

 

 『ふふふふ。……さぁて、次はどう賭けようかしらぁ?貴女はぁ?』

 

 ……そしてそんな稲葉の背中を面白可笑しく見つめた後、艶かしく間延びした粘りけのある蛇の問い掛け。同じく詰所にて散らかった机を挟んで相対する黒い狐への問い掛け。

 

 詰所の中は最早詰所と言えぬ有り様であった。机を埋めるのは摘まみに御猪口、賽子に花札、碁石、駒、絵双六……それらを模した呪具。床には山のように転がる酒瓶に食い残しの残飯。同じように有象無象の呪具に小物に装束。酒精の匂いは下戸なら倒れてしまう程。汚部屋といっていい。共に席に座る蛇の狐の出で立ちが美貌も含めて逆に浮いてしまっていた。

 

 色んな意味で魔窟染みた空間で、狐は干肉に塩をまぶして酒と共に頂くと、紅を塗った口元を舐め回して口を開く。

 

『ふぅ……そうですね。丁で残は半上。満了、次回でどうでしょうか』

 

 それは此度の周回の結末の予想であった。これまで捌拾回以上に渡って続いた周回予想の、最新である。

 

『へぇ意外と高評価じゃない?』

『これだけ繰り返せば当然でありましょう?凡俗であればここまで続く筈もなし。そういうそちらは?』

『残無し満了。上がり……と言いたいんだけどねぇ』

 

 狐の無難な予測、蛇は嘆息して願望を言い切らずに瓶の中に細い舌を伸ばして意地汚く酒を舐める。この蛇神の残り粕もさしもここで終わりになるとは信じきれぬらしい。

 

『いや、いい線だと思うのだけどねぇ。あの餓鬼は見所もあるしぃ』

 

 蛇の脳裏に過るは愛らしき魔女の姿。禍々しき南蛮巫の光景……ある意味では懐かしきものであった。

 

『確かに、あの退魔士の子は鬼月のお姫様に怯えてたけれど、私達からすれば寧ろ彼方の方が驚嘆しますね。……また随分と旧き儀式をしたものです』

 

 それこそそれは四凶の時代よりも更に過去に遡った半ば以上忘れ去られた伝承だ。偽神の誕生の儀式だ。成る程、薬師寺の廃屋敷を買い上げたのはそういう事か。そこに己の故地の儀式と合わせた混成神儀。桃色の姫を含めれば実質四重儀式という事だ。相性は慎重に検討したのだろうがそれでも尋常ではない。複数の超常が交錯して交ざり合う魔境に平気で足を踏み入れて参戦して……やってくれる。人間として置くのは惜しいくらいだ。

 

『大分お口が回る餓鬼らしいしぃ、真打ち登場でさっさとタラシこみ切って終わらせてくれたら嬉しいのだけどぉ……』

 

 それでもである。そも、ここまで儀式が縺れこむなぞ尋常ではない。流石に『真刻』の満月が近付く中、次第に上がる刻は、羽化は近付いていると思うが、しかしそれが今回か否か……蛇は己の頬を撫でながら思案に暮れる。推移を見極める。

 

『うぅん……取り敢えず様子見かしらねぇ?未満で次回廻しで行こうかしら?』

 

 踏ん切りつけて賭けの中身を決断する。狐は頷き、契約を結ぶ。そして二柱が揃ってそいつを見やる。

 

『さて、鬼の御方は如何な内容で?それとも此度は流しますか?』

『ん?んががっ!!?』

 

 そんな事を提案する狐の視線の先には蒼い鬼がいた。一升瓶、否、二升……違う。三升瓶であった。鬼殺しで知られる特別製の扶桑酒の大瓶の中身を一柱で飲み干した赤ら顔で鼾を鳴らす鬼が漸く目覚める。序でに言えば全裸であった。

 

 さもありなん。ここまでの周回の賭けを全て外して見せて身銭に呪具に着物に下着まで、全て散財しての文字通りの一文無し。負けに負けきっての裸一貫。これ以上喪う物が他に何があるのかという無残な有り様。それが今の赤髪碧童子であった。もう何も怖くない。一体何が?

 

『うーん……ちょっと待てよって……うぺっ!?』

『汚ぁい』

『吐くなら飲まなければ良いですのに』

 

 鬼殺しの呼称は名前倒れではない。霊水を利用した半ば呪具扱いのそれは鬼種すら過剰摂取すれば拒絶反応を示す代物であり、蒼鬼ですら特大の瓶を二、三瓶飲み干せば御覧の通りだ。豪快に擬音と共に滝流れを起こす童子に蛇と狐は顔をしかめて鼻を塞ぐ。

 

『あー、吐いてスッキリ、ズリッてスッキリ、なぁーてなぁ?』

  

 吐いて吐いて吐きまくって美貌を投げ捨てるかのように痰も吐き捨てて、酒臭いゲップを吐いて、漸く本調子に戻る蒼い鬼。オマケとばかりに己の豊満な谷間に瓶の首を挟んでシコシコして遊んで見せる。口元から垂れた唾液混じりの吐瀉物が谷間に落ちて伸ばされて卑猥な光景を生み出していた。その振る舞いに蛇は肩を竦めて、狐は澄まし顔で受け流す。

 

『……して、如何に?』

『んなのぉ、決まってんだろぉ?』

『まぁた満々の上がり?物好きよねぇ?』

 

 屋敷で渦巻く儀式を、その結末を毎回予想する怪物三柱。先程の黒狐の例でいえば『丁・残半上・満了・次回』……それは奇数人、半分より多くが生き残り、満月の最後の日まで周回が続き、儀式は再走となる事を意味していた。

 

 鬼が賭ける満々は文字通り全てが完全にして上がる事を意味していたり全員生存、満月の最期の仕上げまで達成、そして……儀式の終了。壱回目からずっとこの条件で賭け続けた今の有り様にもなろうというものだ。

 

『……因みに次は何を賭けるおつもりで?もう無一文でしょう?』

『その角なんてどうかしらぁ?左右で二回は賭けられるでしょう?』

 

 侮蔑を隠しての狐の慇懃な質問に、続くように隠さぬ蛇の提案。何なら無一物である。先程なぞ賭けるものがないから剃り切った下の毛を寄越して来てくれたものだった。鬼の毛である。部位が部位な事もあって確かに色々と価値があるが目の前で剃るのは止めて欲しかった。

 

『んーと……こひひゅで、どをがぁ?』

 

 思案。閃き。開口。指を突っ込み、そしてブチッと。欠けのない綺麗で鋭く歯並びの、奥歯を摘まんで引っこ抜いて、鬼の赤黒い血渋きが舞い散る。コロンと机の上に紅い斑点を作って跳ねながら、提供される真っ白い塊。鋭い鬼の『歯』。狐と蛇が、共に見下ろす。

 

 鬼の『歯』……鬼種は全身が価値ある素材。ならば引っこ抜かれた新鮮な『歯』は十分に賭けの対象になり得る。

 

『……あと二本くらい出して欲しいですね?どうせ三二本もあるのでしょう?』

『ほい』

『えぇ……』

 

 即答とばかりにブチブチと。追加で二本投げ銭ならぬ投げ歯。正直ドン引きする狐。扇子で口元を隠す。

 

『そこまでするぅ?酔狂よねぇ?』

『次は爪にして下さいな。この牙、酒の匂いが染み込んでいて堪りませんわ』

『あいよー♪』

 

 そして三柱して紙上を見下す。双六紙を見つめる。双六紙を模した、即興儀式に対応するように製作した即興呪具を鑑賞する。紙上を独りでに動く将棋駒達。文章が浮かんでは消えて、また浮かぶ。文面は忙しなく切り替わり、落書き染みた絵柄もまた愉快げに動き回る。

 

『……この分だと今回も次回廻しかしらねぇ?佰度まであと少し……もう機会は残されてないわねぇ』

『鬼の方、次賭けるなら爪の用意を』

『おいおい、頑張れよなぁー?』

 

 二柱の警告に、生爪を剥ぎ始める鬼。その光景に、蛇と狐はそんな鬼の態度にやはり訝るように顔を見合わせる。よくもまぁ、ここまで期待を裏切られ続けてまた次も遊ぶつもりでいられるものだ。机をひっくり返しして癇癪起こして、暴れ回って屋敷に突っ込むのが鬼であろうに。

 

『けけけけ。何だよ?そんな鳩が豆鉄砲食ったみたいな面してよ?』

 

 鬼は呉越同舟の賭け仲間を見渡して、せせら笑う。そして自尊心に満たされる。

 

 やはり、己が一番分かっている事に満足する。

 

『諦めたら試合終了だぜ?まぁ、最期の周回まで観てろって。……俺様の目に狂いはないぜ?』

 

 硬貨のように剥がしたての爪を数枚弾き投げながら、悪鬼は不敵に見つめて宣って魅せた……。

 

 

『見てんじゃないわよ。牝鬼』

ーーーーーーーーーーーーー

 悪夢だ。悪夢が続く。一体幾度巡ったのだろうか?終わりなき、際限なき無間。

 

 腹を割って、喉を裂いて、首を断って、身を投げた。そして全ては振り出しに戻る。また初めからやり直す。永遠に間違い続ける。手遅れになり続ける。犠牲の山を築く。皆の骸の山を重ね続ける。

 

 だからといって逃げる事は許されない。諦める事は許されない。妥協は許されない。安易な道は許されない。許される筈がない。

 

 これは俺が始めた物語なのだから。俺が道連れにした苦行なのだから。だから繰り返すしかなくて、しかし事態は好転せず、寧ろ悪化し続けて、時には彼女ら同士での諍いに、争いに、惨劇まで。

 

 そうだ、惨劇としか言い様がない。皆で一人を囲み叩き、娘が母を贄にして、母が娘を贄にして、姉と慕っていた者を滅多刺しにして、抜け駆けした妹分を吊るし首にして。髪を引っ張り合って、罵倒し合って、憎しみ合って、縋り合って、挙句お互いを捌いて贓を引き摺り出して、挙げ句は調理して供物にして来た。

 

 そうしてどうしようもなくなって、纏めて組み伏せて、辱めて、啼いて求められて逃避して。誰が誰か分からぬ程に混じり合って終わらせて。全てを忘れて次の回に廻れば皆に監禁されて代わる代わる上に乗り掛かられて、冒涜的な儀式は失敗してまた次の回へ。

 

 改心して話し合って、謝罪し合って、皆で協力して、必死に支えられて頑張って、自分が堪え切れずに破綻した次の回ではまた皆に被さって慰めて慰められて、投げやりになって次の回に流れた。

 

 半狂乱になった皆を宥めて落ち着かせて死んでみて、嘆願されて反省してまた死んだ。泣きじゃくられての提案は拒絶して、失敗して次を始めればまた過つ。病んだ者を慰めて、また死んだ。

 

 試した。試した。試した。誤った。誤った。誤った。食らった。食らった。食らった。冒した。冒した。冒した。冒された。冒された。冒された。殺した。殺した。殺した。殺された。殺された。殺された。自殺した。自殺した。自殺した。

 

 繰り返す。繰り返す。繰り返す。失敗失敗失敗失敗…………何時しか己以外の皆が一つに結託し始めて、己への説明をしなくなり、唯一つの明確にして明言されていた答えに導こうとするようになるのだ。唯一人のために、残る全ては踏み台に。信仰のために、贄の供物達が一同に捧げんとする。

 

 抵抗。抵抗。抵抗。次の周回へ。次の周回へ。次の周回へ。その度に対策されていき、一月の営みもまた糸口も逃げ道も一つ一つ塞がれて行く。何も教えぬ。いらぬ事を言う者は黙らせる。上下関係を仕込む。奉仕は当然の所業で、踏みつけるのは当たり前の常識で、礼はするものではない。同情はするものではない。小さな過ちで足蹴にするのは義務である。

 

 絶対君主制以上に絶対君主で、男尊女卑はまだ可愛い。何も知らぬ真白の頭に偏見を目一杯に書き込んで、漸く儀式は……失敗した。

 

 だらだらだらと……以来何回誤ったか?時には誰かの裏切りで、時には自力で、舗装され切った儀式の成功は、それでも頓挫し続ける。延々と続く悲劇で喜劇で惨劇の螺旋は……しかし本当の意味で無限ではない。

 

 無限はあり得ない。始まりあるものには終わりがあるものだ。問題は、運命づけられた終末が己の望むところではない事で、彼女らはそれを受け入れていて、しかしそれならこんな無間の苦しみなぞ最初から必要ではなくて、これでは元の木阿弥で……。

 

 あぁ、頼むよ。じゃあ誰か教えてくれ。この仕組みの深さから抜け出す方策を。俺は、一体どうしたら……。

 

 

 

 

 

   

 

玖弐回目

「一体、何を教えるので?」

「んあ……?」

 

 延々に眠っていたようで、一瞬の事のようで、ぼやけた視界にぼやける思考。甘い香りが鼻孔を擽り、薄い布地越しに柔らかいものに顔面が埋まっている事を漸く理解した。

 

 薄らと透き通る程細密で緻密な麗糸の絹生地には涎がべっちょりと。南蛮寝間着(べびぃどぉる)に容赦なく染みを作り上げ、全てを台無しにしていた。涎特有の不快な臭い……己の所業に思わず顔を顰める。顰めて、視線を上げると共に頭上に当てられる掌。華奢過ぎる細腕を辿り、視線は遂に彼女に向かう。

 

「……起こしてくれたら良かったのに。ドロドロじゃねぇか?」

「あんまりにも可愛く眠っておいでだったもので」

 

 不快気げに意見すれば小鳥の囀るような苦笑と共に反論。気に入らないと思った。分を弁えず、立場を弁えぬ振る舞いが許せなかった。だから悪戯をしてやろうと思った。

 

「きゃっ♪もう……困った御方」

「可愛いんだろ?じゃあ、甘やかしてくれよ?」

 

 涎のこびりついて浸み込んだ寝間着に敢えて顔を埋めて、生地の下の甘くて柔らかな感触を目一杯に顔一杯に味わう。

 

「もう……仕方ないですね?」

 

 微かに怒ったように見せかけて、しかし直ぐに上機嫌になる事を俺は知っていた。ぎゅっ、と首に手が回る。逃がさぬとばかりに押し付けられて、応えるように擦り付ける。擽ったそうに身じろぎして、笑いを漏らし、よしよしと囁く……何処までも温くて優しくて、泥濘のような愛らしい柔らかさに蕩けていく。

 

「んっ……はぁ……もう一眠りでも、しようかな?」

「それもまた一興。お気が済むまで、どうぞお付き合い致しますよ?」

 

 居心地の良さに二度寝の誘惑を思えば肯定の返答。その蜂蜜色の癖毛を揺らしながら、女中の筆頭は抱く主人の頭を撫であやしつつ微笑んだ。

 

「……」

 

 微睡みに甘えて、抱き枕扱いして蒸れた布団の内に引きずり込んで、そして一切合切を任せてしまう。いつもの通りに、彼女が教えてくれたように、安易な道へと逃れる。それが『旦那』の立場の責務故に。

 

「ん、はぁ……さぁ、どうぞ。甘えて、甘えて、甘えて下さいませ。この私に、甘えさせて下さいな……」

 

 砂糖菓子みたいな甘く、艶かしい声音に今は身を任せてしまう。まるで、先程の悪夢なんてもう一回眠って忘れてしまえとばかりの優しさの暴力。意志を蕩けさせられていく。

 

 睡魔の暴虐に、忘却していき……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

「……頭痛い」

「ふふふ、仕方ありません。あれだけお眠りになられていたのですから」

「だったら教えてくれよ?」

「あんまりにも可愛かったものでして」

「あぁ、そうかい」

 

 再度の目覚めは、既に刻限は御昼を過ぎて、夕刻近く。睡眠は度を過ぎれば牙を剥くものだ。頭が痛くて痛くて仕方ない。過剰睡眠が原因なのは明らかで、しかし頭痛のせいで起きるのが辛くてどうにもならなかった。寝所で布団を被ったまま、膝枕をして貰ってぐうたらと項垂れる。何事も、楽な道を辿ろうともしっぺ返しは来るものである証明だった。

 

「薬師曰く、頭の血管が広がるからであるとか。……お薬は此方に。これで少しは良くなるかと」

「ん……」

 

 与えられた丸薬を咥える。水瓶を求めれば蜂蜜色の髪をした彼女が持ち上げる。そして……注ぎ口を咥える。

 

「ごく、ごく……」

 

 小気味良く喉を鳴らして溜める。貯める。そして手を伸ばして矯めて、あざとく小首を傾げて来る。薄紅をした口元が迫り……。

 

「んっ」

「はむ。んっ、ん……♪」

 

 口移しの給水は何時も通りに。華奢な身がのし掛かって来るのを受け止めれば頭をまた抱かれて、押し込まれるようにして口に溜めた水が流し込まれる。丸薬を押し込むように舌を捩じ込んで来るのを、俺は淡々と受け入れる。ゴクリ、と粘度の高い水を喉奥に通し終える。流し終えても、尚も口蓋は重なるままに……。

 

「んちゅ、む……んっ……ぷわぁ。うふふ。ちゃんとお薬飲めましたね?偉い偉い♪」

 

 酸欠になりそうな程に重ね続けて、口内を回りに回り、漸く離れると銀の糸が幾筋も垂れ下がる。不敵に言って見せて、はぁはぁと息は荒くて、顔は上気していた。

 

「別に、自分で飲めたぞ?」

「人の仕事を奪うものではありませんよ?皆を路頭に迷わせちゃいますからね。何事も自分で出来るからとするべきとは限りません!」

「仕事ねぇ……」

 

 未だ興奮を引き摺ったままに、元より高めの鼻を高々として宣言して見せる白い肌の少女。そんな彼女の言を反芻して、その髪に触れて、そして好き勝手に玩ぶ。癖気のある蜂蜜色の髪を指に引っ掻けて巻いていく。

 

「ふふっ。くすぐったいですね?……髪を巻いて遊ぶのは御好きですか?」

「触り心地がいいとは思うな。嫌か?」

「まさか!嫌だったら私だって旦那様のものに巻きませんよ?」

 

 首に回したままだった細腕が今度は下腹部に触れて愛撫する。髪で遊ばれている御返しとばかりに弄ばれる。思わず腰を浮かせて、微かに身震いして彼女を見る。悪戯っ娘らしく何食わぬ顔で口元だけは釣り上げて嗤って魅せる。全く、悪い娘だ。

 

「旦那で遊ぶ女中がいるのか?」

「ここにそんな悪い女がおりますね。躾けてみませんか?……丁度、覗き見してる他の悪い子達もいますし」

 

 そして俺と女中筆頭は共に襖に開いた隙間を見抜く。慌てる気配。囁く声は、しかしそれでも十分に大きい。何よりも存在感を隠しきれてはなかった。

 

「さぁさぁ。隠れたりせずに来なさいな。旦那様に無礼ですよ?」

 

 ガタン、という物音。そして恐る恐ると首を出す幼子。何処か陰気のある、しかし見た事のある面であった。確か、確か……。

 

「……詩、か?」

「……っ!はい!詩です!!」

  

 名を当てれば、普段抑揚の薄い表情が何が嬉しいのか分からぬくらいに満面の笑みに早変わりする。笑みを浮かべて、遅れて怖じけるようにチラリと女中筆頭を見る。意味深げに微笑んで、彼女は手招き。安堵したように詩は身を乗り出す。

 

 女中筆頭と同じく南蛮寝間着。意匠は違った。青みがかった生地で縫われたそれは光沢が揺れると共に鮮やかに煌めく。特に胸元は銀糸が編み込まれているようで、なだらかな丘線故に光を良く反射して一層目につく。視線に気付くと愉快げに笑顔を向けられる。

 

「さぁ、他の娘も来て下さいな。旦那様を覗き見しに来て、だらしない格好という訳でもないでしょう?」

 

 女中筆頭の言葉に、残る覗き見している連中も観念したようだった。先ずは詩と良く似た、今少し溌剌とした顔立ちの娘が現れる。詩と同じ南蛮寝間着に身を包む。

 

 夕が、珊が、奏が、雫が、娃が、幼さを残した顔がぞろぞろと十ばかり。皆が皆色とりどりの生地に、縫い方を変えて、意匠を変えて、紐帯を着けて、刺繍をして、夏の蒸し暑さ対策からか臍が覗くようなものまで、各々に似合わせた南蛮寝間着姿で現れる。

 

「えへへ……」

「みてみて、旦那さまー」

「どーお?おとなっぽいー?」

「ひらひらぁー♪」

 

 並ぶように、比較させるように、目の前で佇んで此方を見る。ある者は楽しそうに、ある者は嬉しそうに、あるいは呑気そうに、あるいは自慢するように、恥ずかしそうに、期待するように、多種多様な顔触れであった。例外なく、負の感情だけは窺えなかった。絢爛な衣装も相まって真に華があった。正しく、百花繚乱であった。

 

 配膳された馳走の山……。

 

「……」

「……旦那様?」

「……」

「……もう!旦那様!」

 

 沈黙していれば、女中筆頭からの揺すられながらの叱咤。我に返る。彼女が言を続ける。

 

「感想を言って上げて下さいませ。折角皆さんが用意して見せてくれたのですから」

「あ、あぁ……うむ」

 

 そんな女中筆頭の言葉に遅れて同意して、改めて陳列するように並ぶ皆を見る。右から左、左から右にと見分して、鑑賞していく。

 

「……可愛いんじゃないか?良く似合っているぞ?」

「綺麗で大人っぽくはないんですか?」

 

 述べた感想への文の鋭い指摘。ごもっとも。子供というものは子供扱いされる事を好まぬものだ。

 

「失言だったな。謝ろう。だが、嘘じゃないぞ?可愛いも綺麗も大人らしさも両立するからな」

 

 俺の言葉に、しかし文は未だに不服そうであった。明白に文は女中筆頭を見つめる。やれやれとばかりに抱き着いていた蜂蜜色髪の彼女が離れる。遠退く人肌の感触に名残惜しさを覚えて、それを埋めるように対面で抱き着いて来た小さな体。膝に乗っかって抱き着いて来た。……詩が。

 

「あー!あー!あーっ!!?横取り!狡い!!横取りしたぁ!!!?」

「旦那さま、言い訳するならその分行動で示してください!」

「無視するなぁ!!」

 

 喚く文。そんな文を無視して要求する詩。詩に追加の文句を叫ぶ文。詩はそれすら無視して密着してくる。薄く、露出した寝間着で密着してくる。殆ど無意味な程に布地の上からその輪郭と感触が認識出来た。子供らしい高い温もり。

 

「わたしも!わたしもぉ!!」

 

 半べそ掻いたように詩を押し退けるように文が膝に乗ろうとしてくる。続くように夕が、珊が纏わり着いて来た。てんやわんやと、四方八方から引っ付いて引っ張ってくる。これが本当の八方美人……ってうおっ!!?

 

「はい、もう一度膝枕です♪」

 

 皆にもみくちゃにされて倒れた所を待ち構えていたかのように女中筆頭の柔らかな膝枕。クスリと見下ろされて、何とも言えなくなる。

 

 ……記憶喪失から目覚めての初めての対面以来、彼女に対して何時だって自分は後手後手だった。まるで、全部手の内かのように。未来予知でもされてるのだろうか?あるいは、それだけ親しかったという事なのだろうか?

  

「皆さん、旦那様が御好きなのは良いですが御迷惑をお掛けしてはなりませんよ?」

「ふぬゅ!」

「うにゅ!」

 

 返答なのか呻き声なのか知れぬ双子の返答。一緒に倒れてしまって、そのまま二人して下腹部に顔を埋めてしまった状態で此方を見つめて来る。じゃれあってた故にか息を荒くして、顔は赤い。

 

「ふふふふ。仕方ありませんね」

 

 おチビ達の反応に本当に仕方ないという態度。御姉様ぶって、続ける。

 

「詩さんと文さんから。他の娘は順番待ちして下さいね?旦那様も……子供扱いした責任は取りませんと。それが旦那様の度量というものですよ?」

「むぅ……」

 

 女中筆頭の提案に、俺はだんまりとするしかなかった。双子が此方を上目に見上げながら左右から頬擦りする。火照る頬で、潤んだ瞳で、愛情籠めるようにして、甘えるようち頬っぺで愛撫して来る。

 

「へへへへ、旦那さまぁ……」

「旦那さま……またおとなとしてかわいがってくださぃ……」

 

 うっとりと、擦り擦りとして、熱い吐息。背後ではペタンと座ってそわそわと順番待ちする娘ら。待ち焦がれていた。

 

 時間を掛け過ぎると喧嘩になりかねない。余り焦らすのは良くなかろう。パッパと手早く片付けるべきだった。

 

「仕方ない奴らだな……」

 

 ポンポンポンと、童の頭を撫でてやる。答えるように詩は啄み、文は乳歯で甘噛みする。四つの手が、二十の指が弄ぶようにして絡み付く。鼻先をグイグイと押し付けて、恍惚とする。寸止める。待ち焦がれる。待てと言われた仔犬のようだった。潤む目元が加虐心を揺さぶる。

 

「……」

「旦那様」

「んっ。しなさい」

 

 そして二人に命じて、二人は応える。二人を『大人』として扱い、二人は『大人』として振る舞う。悦びながら報いる双子に、残る娘ら、女中筆頭も温かい眼差しを向ける。それは人を変え、所変え、毎日のように繰り返す皆への『お情け』、あるいは『褒美』……給金である。

 

「……」

 

 暫しして、後頭部から二人の頭を掴む。爪を立てるのは前に二人を可愛がってあげた時に御願いされた事だった。満たしてやる。満たしてやる。満たしてやる。まだ足りない。まだ足りない。まだ足りない。残念ながら後がつかえている。欲張らせるのは良くない。おねだりに答えるのはここまでだ。

 

「ほら、次だ」

「ぷわ、ぁ……!?」

「あぅ、やぁ……!」

 

 嫌がるのを力尽くで、背後から引き摺られるように二人を退場させて、次の二人が期待に満ちた眼差しを向けて来る。四つん這いで迫って来る。問題ない。まだまだ余裕だ。同じ手順で、機械的に、惜しみ無く、何度だって可愛がってやる。

 

 それこそが、『旦那』たる己の務め故に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。旦那様♪」

 

 抱き抱えて、胸に抱いて、吸水されて、あやされる。女中筆頭による旦那の仕事への労いであった。皆を何周か可愛がってやって、年長の女中らに掃除させて、連れ帰らせてからの、漸くの和やかな一時であった。

 

「……仕事の内だからな。あれくらいで皆が喜んでくれるなら構わんさ」  

 

 吸水を止めて、俺は語る。権利には義務が伴う。仕事には報酬が伴う。ならば皆のためには安い御用である。皆の喜ぶ表情は嫌いではなかった。特に今回くらいの仕事ならば……褒美に噛み跡を、打撲跡を刻んで、縄を、蝋燭を、針を使うよりも余程良い。痛い思いをさせずに済むのだから。

 

「寧ろ、どうして褒美にそんな事をって思うんだがな?」

 

 俺ならば嬉しくない褒美に、それなのに何処までも幸せそうに。女中らの望みを否定する訳ではないが、それが未だに理解が出来ないでいる。

 

「代償行為、でしょうか?」

「代償?」

「ふふふふ」

 

 ほくそ笑むように彼女は口元を隠す。そして改めて語り始める。

 

「旦那様から頂ける全てが我々の報酬ですもの。跡の一つ一つを見れば思い出せます。旦那様との素敵な刻を……」

 

 そして吸水による幾重に重なるような歯形を愛しげに撫でる蜂蜜色の彼女。身に刻まれた日々の記憶を思い出にするかのように馳せるその態度に、俺は自身の姿を見つめる。

 

「……俺のこの身体も、そうなのか?」

 

 全身に余す所なく刻まれた数多の跡を見ての疑問に、しかし彼女は明白に首を振って否定する。

 

「御冗談を言わないで下さいませ。愛の跡なんて、受け入れるのは愛する方だけの責務ですよ、旦那様?」

 

 主従故に、従が主を敬い慕うのは当然。されども主が従を愛するは、それは道理に背く行いだと、彼女は語る。口酸っぱく、彼女の幾度目かの指摘。

 

「そうは言ってもな……戦いの傷跡よりはその方が嬉しいだろう?」

 

 己の身に刻まれた酷いくらいの傷の数々。それら全てが忌むべきものでは余りにも救いがないように思われた。悪意による傷よりは、まだその方が慈しむ事が出来ように。悪意の傷ばかりでは、傷跡を見る度に陰鬱になりそうだ。

 

「ふふ。でしたら奥方を娶って下さいませ。共に跡をつけて、付けられますよ?」

「何処にいるんだよ?お前なんてどうだ?」

「さて、どうでしょうか?……独り身がお辛いのでしたら何卒御待ち下さいませ。嫁取りはその後。全てはそれからです」

「儀式、か……」

 

 そして思い出して俺は曇る。彼女の語るそれは、もう何度聞いただろうか?それは己がこの屋敷にいる意義であった。そうだ、ここにいる理由。彼女らが尽くす所以であった。

 

「旦那様の身は儀式にて必要不可欠。私達が望む所のためのもの……」

「だからお前達は俺の世話をするのだったな?安心しろ、分かっているさ」

 

 何も記憶がなくて、寝床にて目覚めた俺に彼女はそれを最初に語ったものだ。

 

 儀式、俺はそのための存在で、彼女らにとってそれは救済のためにどうしても必要なものなのだとか。それが何を指すのか、どのような形に使われるのか、俺は教えられず、しかし彼女らの必死の訴えに、甲斐甲斐しい世話に、悪意の無さに、俺は絆されてしまっていた。それこそ、彼女達のためには命を差し出す事も仕方ないかも知れないと思えたくらいで……いや、ちょっと待てよ?

 

「待て待て待て。お前の言い様だと……俺は儀式で死なんのか?」

「ふふふふふ……」

 

 発言から今更に判明した儀式の詳細の一端に、彼女はしまったとばかりに舌を出して笑う。俺は気が抜ける。からかわれた気がした。滑稽な気がした。己の馬鹿さに呆れる。報連相の大切さを思い知らされる。

 

「御安心下さいませ。旦那様の身が脅かされるような事はありません。軽い気持ちで儀式に挑んで下さいまし」

「なのに詳細は教えてくれないのか?」

「儀式の成功に関わりますので」

「そういうものなのか?」

「はい」

 

 若干納得いかず、しかしそんな俺をぎゅっと抱き締めて彼女は更に笑う。屈託のない純情で朗らかな笑顔。誰もがじゃれついて甘えたくなるような振る舞い……自分よりもずっと華奢で小さいのに、その誘惑は絶大だった。何よりも、悪意は感じられない。そんな彼女に無理強いしたくはなかった。

 

「どうか御許しを。この代わり、不満がなくなるくらいに沢山甘えさせてあげますので」

 

 本当に申し訳無さそうにして。そうして頭を撫でて、給水させて、頑張った身に手を伸ばして、優しく優しく労う。甘く甘く甘く労う。詩達を可愛がるのに幾らか体力を使った故か、次第に微睡む。

 

「不味いな。次起きたらまた頭痛だぞ……」

「でしたら眠気を散らせる飲み物は?序でに何かお口にでも?まだ水分補給ばかりで、何も食べていらっしゃらないでしょう?」

「確かになぁ」

 

 俺の賛同に微笑み頷く彼女。

 

「夏場ですし、甘くて冷たいものが良いですね。実は昨日、乳寒天を拵えていました。桃とかの果実も混ぜ合わせて、じっくり冷やして寝かせて……珈琲と共に如何でしょうか?」

「それは良いな」

 

 実に魅力的な提案に俺は賛同する。何時だって、彼女は良い提案をしてくれる。

 

「では……沙羅さん、黒江さん。御願いします」

 

 呼び掛けに応じて尽くしてくれる女中達の二人が入室する。女中筆頭の代わりに世話を焼いて来る。離れる彼女の感触に、喪失感を抱く……。

 

「ふふふ、お待ち下さいませ。寂しいなら、その間二人に慰めて貰って下さいまし」

「我が儘を言うのは旦那の仕事じゃないのか?」

「罰を授けるのも旦那様のお仕事ですよ?」

「後で覚えていろよ?」

「楽しみにしております」

 

 売り言葉に買い言葉……なのだろうか?本意ではないが、罠に嵌まった気もした。旦那たるもの、一度口にした言葉は覆せないのだ。それも、彼女が教えてくれた事である。  

 

「……本当に覚えていろよ?」

「ふふふ」

 

 からかうような笑い声を漏らして彼女は去る。負けた気がした。屈辱的だった。そんな所に寄り添う女中が二人。沙羅に黒江。彼女同様に、南蛮風味の女中共……。

 

「……」

「旦那様、どうぞ」

「此方も、どうぞ」

 

 此方の雰囲気に気付いて、優秀な女中達は口にせずとも望みに応える。装束を剥がして、はだけて、崩して、笑顔に期待を込めて差し出して来る。据え膳というものである。俺はそれを旦那らしく頂戴する。

 

「ふっ、ん……♪」

 

 黒江の臀部に手を回して、引き寄せて、纏めていた黒髪を解かせる。首筋に牙を埋めて、甘噛みして悶えさせる。何処が弱いのか、何処が痛くて嬉しいのかが手に取るように分かった。嬌声が部屋の外まで響く。

 

「だーんなさまぁー?ふふふっ!」

 

 傍らに迫る沙羅にも腰に手を回して、揉みしだいて、搾り立ててやる。張っていた中身が噴き出して、豊醇な香りを広げながら撒き散らされる。あぁ、溢れてしまった。勿体無い……。

 

「んっ、はぁ。先に、沙羅を……」

 

 攻められて、敗北寸前から逃れるための言い訳。矛先を逸らして、隙を狙って下方に顔を埋めて来て、その頭を押さえて押し込んで赦してやって、お望み通りにもう一方を食らってやる。滴る汁を掬い啜り、上目に視線を重ねれば期待の眼差し。どうなるのか分かっているだろうにおやつを待つ子供みたいだった。

 

「……悪イ奴ラダ」

 

 お望みの通りに口を裂いて、かぶりついて、虐め可愛がる。飯を持って戻って来る彼女を想像して、約束を果たすための粘着的な練習に興じる。無数の牙を立てて、跡を残して、その感触を味わって、匂いを味わって、味を味わって、そして……。 

 

 

 

 

 

 

「……成程?プルースト効果ってか?」 

 

 実に薬師らしい仕込みに、俺は納得する。納得すると共に、たった一つだけ深い不満を抱く。

 

 ……もうちっと、即効性のある薬はなかったものかね、義妹達よ?

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