和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 製作して頂けました。ファンアートの紹介をさせて頂きます。

 此方、葛轍偲刳さんより二点、AIイラストとなります。
・妖母様+糸蚯蚓先輩(R-18注意)
https://www.pixiv.net/artworks/131829327
・吾妻雲雀
https://www.pixiv.net/artworks/131974436

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います!


第二〇七話●

 橘家……今では扶桑でも有数の商家として知られるこの家は、しかしその源流は公家である事はその旧さもあって決して市井においては広く知られている訳ではない。

 

 そも橘の名それ自体が本来の家名ではない。時の帝が初代当主の功績に対して手ずからに内裏に生えた橘の香木を授け、それに甚く感動した末に名を変えたのだとか……それから二百年、扶桑国の創成期に橘家は栄華を極めた。

 

 盛者必衰は世の理。煌極帝の御世、宮中での騒動の後に橘家は没落したという。しかして先祖は唯では起きぬ。元々海を挟んだ交わりがあった事もあり、辺境の港町にて交易と製塩を手掛けて一族は商人へと転身した。中央との繋がり、公家との繋がりを便りとして販路を拡げ、橘家はゆっくりと、世代を経つつ公家の流れを汲む高貴な商家という看板で以て再び、あるいは嘗て以上の繁栄を手にした。

 

「さりとて、栄枯必須、盛者必衰とも言う。驕れ過ぎては足を掬われるものだからな。あれはその辺りを分かっていると良いのだが……」

 

 都に構える橘家の大屋敷の一室にて橘商会の会長、橘景季は湯呑に手を付けながら嘆息する。日向を浴びながら庭園を鑑賞して、物思いに耽る。娘について、考える。

 

 何処までも愛らしく、何処までも甘々しい娘であった。比喩ではなくて目に入れても痛くない娘だった。愛する妻との間に生まれた無邪気で魔性な愛娘、それだけで十分過ぎた。百万両を超える価値がある。子宝というが、正しく彼にとって何にも勝る財産と言える。

 

 直系の跡取りの男子がいない中、幼娘が女だてらに後を継ぐのを宣言した時は驚きと共に不安と喜びに満ちたものであった。娘に明白な商の才覚があるのを理解した後は尚更慶びに溢れたものだ。

 

 その才は確かに目覚ましい。商会にもたらした益は凄まじい。しかし、誰もが喜ぶ訳でなければ、誰にも謗られぬ訳でもない。

 

「別荘を買い漁り、調度品を買い漁り、娘子を競りで買い漁り、酔狂に戯れる。……否、それだけならばまだ良いのだがの」

 

 橘佳世の行為は派手であるし、庶民からは噂にされるがそれだけならば決して悪目立ちするものではない。豪商ならば散財で名を知らしめる者は少なくない。遊廓を丸ごと貸切にした者、銭を街中にばら蒔いた者、金箔まみれの小屋を建てた者、広い屋敷の床に豆腐を敷き詰めた変人とて過去にはいたものだ。奇行は酔狂で名を売るためのものでもあるし、娘のそれは決して悪しきものばかりでもない。問題は、それを悪意以て曲解して流布する者達がいる事だ。

 

 小娘の分際での敏腕、あるいは異郷の血が流れている事も理由で、金に真摯故に怠惰と怠慢に容赦ない事が何よりも理由かもしれない。娘を密かに謗る者達は、寧ろ内にこそ多いように思われた。

 

 繰り返そう。娘は才人だ。敗北も失敗も知らぬ。理詰めの効率主義者だ。故に不安を抱かずには要られない。果たして、大きな過ちを冒した際、娘は冷静にいられるのだろうか?完全に商会を継がせた後に、娘には手に負えぬような事態がありやしないか?それを思えば彼は娘をどうしても信頼し切れない……。

 

「貴方、本音を言ってはどうですか?あの子が全く頼ってくれなくて寂しい、と」

「むぅ……」

 

 夫、橘景季に対して優しくも鋭く本音を指摘したのは長年連れ添う妻であった。南蛮の血を濃く受け継ぐ蜂蜜色の髪に翡翠色の瞳。売り子に最適な朗らかで淑やかな微笑み。一児の母にして三十路を過ぎたにもかかわらず未だに若々しい肌……橘商会長夫人、橘彩衣は部屋の奥にて中元として贈られた品々を検分している。

 

「……霊絹布か」

「それも最上等品。それに良く染められております。それも…。ふふふ、あの子に似合う若草色ですわ」

「ふん、どうせならば美物に名酒でも贈ってくれば良いものを」

 

 妖を退ける霊絹布の、更に鮮やかに染め上げたそれは高貴な姫君の装束にもってこいの逸品だ。一昔前の彼ならば妻が品定めするそれで娘に新しい装束を拵えてやろうと喜んでいたであろうが……送り主の下心を思えば文句を言ってやりたくもなる。

 

「最近はこの手のものばかりだ。揃いも揃って娘に色目使いよってからに……同じ男ながら浅ましいものよ」

「ですけど、行き遅れたら大変でしょう?だから貴方もお見合い相手を見繕っているのでしょう?」

「方々からの誘いもあるからな。……とは言え、当の佳世がのらりくらりと流してしまうからの。アレもコレもと中途半端に粉をかけよって、釣り上げた後は冷たく放置だ。競争でもさせるつもりなのかな?」

 

 お陰様で姫君に令嬢方の間でも娘を悪しく噂する者もいるのだとか。貴公子共を弄ぶ南蛮の悪魔女であると……冗談ではない。

 

「ふふふ。懐かしいですね。私の時も良く言われたものです」

「それは……」

「安心して下さい。嫌な思い出という訳ではありませんから。……貴方が私を何れだけ愛してくれているのか、凄く分かりましたから」

 

 機先を制するような妻の惚気た物言いに、景季は言うべき言葉を失う。言葉が濁る。困り果てる。敏腕の商人も、愛妻には勝てぬ。それは彼女と初めてあった時から変わらない。

 

「……絹布くらい可愛いものです。私の時には標本が贈られたでしょう?」

「……ふん。嫌な思い出だ。あの男の話なぞ、口にしたくもない!」

 

 今は亡き橘倉吉が夫妻に初めて贈呈したものを、景季は鮮明に覚えている。舶来の呪具としても効力あるという見事な標本。蝶標本。調度品。名物。名品。額縁に嵌め込まれた色とりどりの揚羽の妖蝶……しかしそれは、余りにも無礼であった。橘家の中枢においてのみ分かる、この上ない二重の侮辱であった。

 

 流石に彼処までの無礼は一度きりで流したが、あのような事を企てていたのだとなれば……いや、もう過去の事である。当事者も生きていないのだ。怒っても仕方あるまい。

 

「全く困ったものだ。立派に育ったのに心配事は減らぬ。子離れは中々出来ぬものよなぁ」

「当の娘は私達がこうして心配している間にも一歩一歩大人に近付いているのでしょうけどね」

 

 その辺りの機微は寧ろ母親が敏感であったやも知れぬ。日を追う事に、それこそ三日どころか一日見ぬたけでも大人びて、美しく育つ娘の有り様。あるいは仕事に打ち込む態度、翻っての時たまの奇行……其処に男の影を感じるのは穿ち過ぎであろうか?

 

(悪い男に貢いでいる……という訳ではないのでしょうけど)

 

 もしそうであれば母として、商会長の夫人としては横槍を入れるしかない。しかしながら今の所明確に何処かの男の都合の良い財布をしている、という訳ではなさそうではある。寧ろこれは……勝手に貢ごうとしているのだろうか?だとすれば中々あの子も幼顔に似合わぬ色狂いという事か。

 

(需要と供給が合致していれば良いのだけれど……)

  

 商品の押し売りは嫌われるもの。市場の調査は入念に。商品開発は趣味に走っては失敗するものだ。それくらいならいっそ……。

 

「思えば、あれからだったかしら?」

「うぬ?どうした、彩衣?」

 

 そうだ。もう何年も前に戯れの逢引遊戯なんて事をしていた筈だ。そして親族の引き起こしたあの事件に巻き込まれて、その後に商会の頭になる等と言い出したのだったか?それからだ。気分屋で何事にも真剣に打ち込まず、苦労を厭う娘が一つ所に、商売に真摯に向き合うようになったのは。果たして、あの子が本当に真摯なのは仕事なのだろうか?

 

 ……だとすれば、あの娘は想い人とどのような関係を望んでいるのだろうか?

 

「彩衣?……どうした?そんな難しい表情を浮かべよって?何か、あったか?」

「……いえ。この生地で、どんな装束を拵えてあげようかと考え込んでしまっていましたわ」

 

 幾度も怪訝に呼び掛ける夫の言葉に我に返り、夫人は日向のように優しく微笑んだ。売り子時代に身につけた技能は夫すらも騙し抜く代物だ。

 

(あの子ももう子供じゃない……訳でもないですけど、恋は盲目ですもの。口で言っても聞く筈もなし、ですか)

 

 愚かではないだろう。しかし己と夫の血を引いているとなれば、恋の前ではきっと極端で……果たしてどうなるのやら。狂える程の恋が出来るのは、ある意味では幸せではあるのだけれど。

 

 ……全て穿った推測の憶測である。男の影すら思い過ごしかも知れない。断言は禁物だ。夫にはまだ何も言わぬ方が良いだろう。下手に騒がしても拗れるだけだ。こういう時、女にとって口を挟む男の親族程鬱陶しい存在はいないのだから。

 

「そう言えば……」

 

 そして、ふと元看板娘は思い至る。そうだ。己にとってのそんな存在だった義叔父の事で思い至る。

 

 そう言えば、あの見事な標本は何処にいったのだったかと……。 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「旦那様、喉が渇いておりましたら給水を……」

「椅子をしろ」

「はい」

 

 直ぐに巡は椅子になった。

 

「旦那様、厠に行くのでしたら御手伝いを……」

「机をしろ」

「はい」

 

 直ぐに黒江は机となった。

 

「旦那様、今晩の料理は黒豚の丸焼に……」

「朗読をしろ」

「はい」

 

 直ぐに凪は朗読機となった。

 

「旦那様……」「脇息をしろ。肘乗せる台がねぇんだ」「旦那様……」「高坏をしろ。落とすなよ?」「旦那様……」「折敷でもしてろ。面上げんなよ?」

 

 脇息になった。高坏になった。折敷になった。瓶子になった。几帳になった。扇になった。虫除けになった。二階棚になった。皆が皆、嫌な顔一つせずに嬉しそうに命令に従った。俺の求めを叶える事が何よりも優先とばかりに。

 

 ……今『屋敷』の内の一室で、俺の周囲は家具で溢れている。家具を勤める生肉で溢れかえっていた。常軌を逸していた。異常過ぎる所業が日常と化した光景……。

 

(ナニが酷いって、これでマシな扱いになるって事なんだよ……) 

 

 組体操して悶え喜ぶ椅子に深く腰掛けて俺は思案する。正直身体を浮かしたくなるがそれをすると怪しまれてしまうので我慢する。寧ろ容赦なく体重を乗せれば微かな鈴の音と共に悦びの嬌声が漏れる。それも複数。粗雑な扱いへの、それでも当初の彼女達がしようとした事に比べれば遥かにまともな仕打ちである。先程の三つの女中の呼び掛けが、それが本来何に繋がるのかは想像にお任せする。特殊性癖染みた光景であるがこれは不信を抱かれない本当にギリギリのギリギリの線であった。

 

 ……いや、お前ら道具扱いされて陶酔するのやめーや。何なら道具ですらない扱いに自分が飛び込むの本当止めろ。特に飯時なんて最早女体盛なら余裕でセーフ判定になるんだよね、バグってない?(通算弐漆敗・記憶回復後弐敗)

 

「旦那様、御加減は如何で?」

「んっ。上で……口を動かす暇あるなら手を動かせよ。ベラベラ無駄口を叩いてんじゃねぇよ、愚図」

 

 突き出していた脚を己の膝の上に置き、全体的に揉みしだき揉み解していた女中筆頭への口に仕掛けた労いと、修正しての冷たい罵倒。グイっと、怪しまれぬ程度には容赦ない相手の肚に押し込める足の爪先。女中で出来た脇息で頬杖をして、見下した眼差しでグリグリと踏みにじるように捩じ込む。

 

「くひっ…ひ、…はぁ。……も、申し訳御座いませ、「喋るな」ん"ん"っ"!!?」

 

 謝意に向けて、それを無視しての鋭い罰。まるで身体だけでなくて人としての権利、人格そのものを踏みつけるような振る舞い。粗雑過ぎる扱い。パワハラを越えたパワハラ。地獄を見せる愛情もある。いや、ねぇよ。

 

「ふぅ、ふぅ……?ふふっ♪」

 

 此方の視線に気付いて見上げて、一瞬首を傾げて、直ぐに恍惚に微笑まれる。絶対痛いのに目元を潤ませて、息を荒くして、尚も幸せそうに紅潮した頬。女というよりも牝とでもいうべきであった。

 

(これが愛情表現になってるってウッソだろお前。恐らく感度三千倍で痛覚を快楽に変換する薬物を利用しているのだと思われるが……)

 

 エロゲ故に原作でもネームド・モブ・主人公問わず快楽堕ちは御約束で、強力な快楽物質を精製する妖は無駄に種多く*1それらを活用した薬もまた同様だ。

 

 ナニをやっても破滅しか待っていないと理解した女中共が逃避する上でそれらをキメていないと誰が断言出来ようか?少なくとも全員被虐の破滅願望に目覚めたと言われるよりは遥かにそれらしい。

 

(つまり全員薬中ってか?薬絶ちは……かやとはなは関わっていないらしいが、はて?)

 

 必要なら怪しいお薬も処方しているものの、流石にここまで広範に漬かる程にはしていないと二人は主張していた。ならば……薬自体は葵辺りならどの道入手は容易か?

 

(原作でも主人公蕩漬けにしてるのに使っていたし可笑しくない、か。……この分だと薬手離したら禁断症状か?薬と引き換えに無理矢理協力って手もなくはないんだろうが……)

「ふぎっ!?」

「っ!?不味……!?」

 

 先々の課題の数々に思い悩んでいたせいであろう、思わず加減を間違えてグイッと押し込んでいた脚。上がる悲鳴はこれまでとは違ったあからさまな苦悶が混じっていた。慌てて引き抜こうとして……ガチリと足が囚われる。四肢で以て抱き締められる。

 

「はあ"ぁ"ぁ"……旦那様ぁ、ありがとう……ございますぅ♪あぁ、何てお逞しく、太い脚……」

「……」

 

 膝に頬を当ててしなだれるように。全身で擦り合わせるように悶える。鮮やかな女中着が擦れて、脛の毛が抜けて絡まって、皺までつくって……それは美しい物を台無しにしているように感じられた。下賤な者程にそそる光景。

 

 このまま退かせようにも、蹴りあげないと払えない気がした。蹴りあげたら大怪我させそうだ。周囲から視線を感じる。此方を伺い、疑いすら混ざった肉家具の眼差し。

 

 ……このまま放っておいたら周囲に呑み込まれる気がした。先手を打つしかなかった。分からせて、判らせる必要があった。

 

「鬱陶しいな」

「あっ……♪」

 

 グイっと、引き抜けかけていた脚が肚に押し込まれて痙攣。痙攣したままに阿片でトリップしたような夢見心地な瞳を向けて来るのを、手を伸ばす。

 

「一本釣りってか?」

「あはっ、吊られちゃいました……」

 

 癖っ気のある女子にしては少し短い髪をわし掴む。髷宜しく掴み上げて持ち上げる。脚にしがみついていた華奢な身体が浮かび上がった。髪が抜けぬように反射的に膝立ちになって此方を尚も見つめて来る。潤んだ眼差しで御褒美を、あるいは仕置きを待ちわびる。

 

 魅惑的で蠱惑的で、魔性の媚笑……。

 

「ちっ、媚びてんじゃねぇよ!白豚がっ!!」

「きゃっ♪」

 

 即座に視界の外に押し倒し、退けた。ずっと見つめあってたら呑まれると思った。視線を逸らして、放り捨てる。幾人か、周囲で命令待ちして控えていた女中達を巻き込まれて四肢がグチャグチャに絡まり合う。チリンチリンと騒がしい鈴の重奏。彼女らの鈴が妖を引き寄せる魅惑の呪具である事も、それが何処に差し込まれて垂らされているのかも俺は知っていた。

 

「ッ……!!」

 

 肌を刺すように明瞭に感じる彼女らの視線。纏めて倒されて、姿勢を崩して床に倒れながらも向けられる渦巻く熱情。薬と倒錯が交ぜ合わったそれを素直に受け止める権利も、勇気も、俺にはなかった。

 

(特にアイツは魔性過ぎる。戻って来る前に他の奴で……)

 

 脚揉みマッサージと共にまた誘惑されたら堪らない。こうしている間にも纏わり付いて縮まる女中の包囲網、そこに空いた穴を埋める必要があった。出来るだけ小物で。

 

「おい、二人いるなら左右でヤれ。見様見真似くらい出来るだろう?」

「はい!」

「はい!」

 

 そして今にも御待ちかねとばかりに控えていた双子の小娘を呼びつければ、元気一杯の返事と共に鈴を鳴らして駆け寄ってきた。薄過ぎる南蛮寝間着を着こんだ詩と文、目の前で座り侍って誇らしげに己の膝枕に脚を乗せる。小さな両の手で筋肉質な脚を一生懸命に揉み解し始める……。

 

「うんしょ……えっしょ……!」

「もみもみ……よしよし……」

 

 周囲で嬌声を漏らす女中の事を思えば、目の前で頑張る小さな双子は健気で清涼剤にすら思えた。二人揃って乱暴気味に頭を撫でてやれば頬を綻ばせて綺羅綺羅とした瞳で此方を見つめて来る。……しかし二人もまたこの異常な空間の住民だと俺は知っていた。だから先手を打つ訳である。

 

「……喉が渇いただろう?蘭、飲ませてやれ」

「……はい。詩ちゃん、文ちゃん。ほぅら……」

 

 背後から近付いていた女中共の中でも年長組の褐色の女は、振り向く事なく下される命令に恭しく応じる。そして俺と双子の間に立つと少し汗を流していた二人の頭を寄せて左右の豊かな物の先を差し出して給水をしてやった。よしよしと、慈母のように二人をあやしながら。

 

 俺は過去の周回で知っていた。彼女のものは『屋敷』の者達の中でも特大で、たっぷりで、濃厚である事。そしてこういう経験は決して初めてではない事を。

 

(姉役と母親役を兼務してたっけか?)

 

 抱擁力に年頃もあって、同郷の者らを中心に人望があったのを覚えている。良く皆を甘えさせていたものだ。そして俺にも……尤も、それが悪い方向に向くと範となるように率先して贄になったり、逆に同意の上で皆を贄として「調整」して「調理」する事もあったのだが。

 

「……ふふふ?」

「はっ」

 

 眼前で給水している様を強制的に見せられて、そんな事が脳裏に過れば凝視していると思われて微笑まれる。何とも言えず、取り敢えず鼻で嗤う。

 

 ……さて。そろそろこのアウェーから抜け出すか。

 

「蘭、もういい失せろ」

「しかし、まだ旦那様には……」

「……!!邪魔だ。去ね」

「はい……」

 

 上目遣いに、口元から離れて銀糸が垂れたまま揺らして来るのに視線が向いて、息を呑み、しかし拒絶する。寂しげにしゅんとする蘭は一礼して退く。視界の端に消える彼女のものを刹那だけ追って、直ぐに眼前の双子に集中する。

 

「腹拵えは済んだか?」

「……?ごくっ。はい、大丈夫です!」

「じゅる。……文もお腹大丈夫です!」

 

 此方の言の意図を図りかねて不思議そうにして、しかし口内の物を飲み干して、口元を拭いて、元気良く答える。おやつを食べてお腹一杯とでも言わんばかりだった。

 

「……三人で遊ぶか?」

 

 気紛れを装った俺の発言に、場が微かに引き締まる。この異常な空間においてそれが言葉通りの意味でない事は明白で、しかし皆が緊張する理由もまた正常ではなかった。向けられる敵意は俺ではなくて、彼女らに向けて、女の嫉妬……。

 

「わぁ!!」

「遊ぶ!遊びます!沢山がんばります!」

 

 二人揃っての年相応の笑顔。喜び様。何も知らぬかのような態度は、しかしそんな筈がない事くらい分かっていた。二人共、元々は禿として教育を受けていたし、何よりもこれまでの周回で彼女らは常に蚊帳の外だった訳でもないのだから。

 

「……そうだな。何がしたい?」

 

 内心の動揺、怖じ気を押し殺して問う。己を押し殺し、高圧的に尋ねる。

 

「じゃあじゃあ!『ズボッ・グサッ・ポン』しよ?」

「文、まだだんな様……えっと、だんな様、おねがいしても……いいですか?」

「冗談ではない!」

「「ふぇっ!!?」」

 

 双子の提案にここ一番で怒声染みて叫んだ即答の拒絶。凄く軽い気持ちで、遊ぼうとばかりに提案された内容は、しかし到底容認出来るものではなかった。

 

(よりによってお前らが……お前らだからか?んなじゃん拳みたいな呼び方すんじゃねぇよ……!!)

 

 流石に俺もそれはどの周回でも正気のままではヤらなかったと思う。ヤれる筈もない。吐き気すら汲み上げる。記憶にある限り、それをシたのは正気がトンでいた時だけだ。

 

 一体ナニしたかって?ナニって……骨盤臓器脱やん。意味が分からない?突入してから串刺しにして、引き抜いて……ギャグ?薄い本限定?再現不可能?そうっすね。そうあって欲しかったですね……食玩のオマケ宜しく一緒に色々引き摺られて飛び出てくる様は衝撃的ですね。……忘れたい。

 

「だんな様……?」

「こわいお顔です?ナニか、わるいことありましたか?」

 

 ナニな提案して来たからヤンケ。シバくヤンケ……とは言わない。言えない。シバク権利なんてなかったし、俺が記憶戻ってるなんて知られる訳には行かない。知られた瞬間に殺到されてゲームオーバーである。誤魔化せ。誤魔化し切れ。

 

「……糞餓鬼め。じゃん拳みてぇーな事言いやがって。そんな乳臭い遊びじゃねぇんだよ。大人の遊びするぞってんだ。分かってんのか、あぁ?」

「えへへ……」

「♪」

 

 ガシッと詩の頭頂を掴み、文の顎を掬い上げての汚い詰り。それなのに可愛がりされてる仔犬染みた反応。無知にすら思えるが、『ズボッ・グサッ・ポン』なんて単語が出てくる時点で色んな意味で手遅れだ。熟れ過ぎてやがる。遅過ぎたんだ……全て終わったら義妹連中に記憶処理薬処方させないと。

 

 ……ともあれ、 今はお前達をネタにさせて貰うぞ?*2

 

「おらよっと」

「わっ!?」

「きゃっ!高いっ!!」

 

 勢い良く立ち上がる。小さな臀部に手を染みて回して纏めて持ち上げる。左右の肩に各々担ぐ。物扱いの、完全に人浚いの姿勢。にもかかわらずきゃきゃっとした双子の態度。じゃれ合うような反応。チリンチリンと鈴が鳴る。

 

「さぁて、一緒に楽しいお薬の時間だ。……お前らは来るなよ?不粋だからな、横からギャアギャア言われずに好きにしたいんだよ」

「お薬ー?」

「苦いのはいやだなぁ」

「煩せぇ。尻軽娘共め。飯食ってるのか?」

 

 後を追いかけて来る連中を牽制するための言に、チビの双子が呑気に反応。子供らしい幼い口調で、その意味を大人並みに理解している癖の拙い反応。分かる者には分かる、何処までも倒錯的だった。

 

 ……いや、ちゃんとR-一八空間送りにならないようにするよ?

 

「お肉がほしかったらお母様よびますか?」

「お母様も、蘭お姉様みたいにたくさん出るよ?」

「いらんいらん。お前らだけで十分だ。たっぷり可愛がってやるさ。あとで自慢しとけ」

 

 肉家具だらけの部屋を出て、水のせせらぎと鳥の唄が庭先に響く縁側を、渡殿を、廊下を進んで行く。進みながら担ぐ大人と尻を突き出して担がれ浚われる幼子の会話。平然と為される明確に異常な会話。

 

 記憶を取り戻す前ならば、平然と交えていた会話……。

 

「えへへへ……たのしみだなぁ」

「あのね、あのね!にがいお薬はだんな様の混ぜてくれたら頑張って……きゃっ♪」

 

 本当に楽しみとばかりに悶える詩に、お願いしようとする文の臀部を掴んでつねれば嬌声に変わる。鈴音が喧しい。

 

「それはお前の働き次第だな。期待するぞ?」

「えへっ、うん!がんばる!」

「だんな様……わたしも、わたしもがんばります!」

 

 そういって何度も文の尻を装束越しに撫でてやれば嬉しそうに決意表明する文に、健気に尻を振って自己主張する詩。傍から見たら馬鹿みたいにも思える所作は、幼い身体で必死に行う誘惑だった。

 

 ……芳しい牝臭、倒錯させる鈴の音色が、脳を無理矢理侵そうとして来た。理性で以て払い除ける。

 

「おい」

「はいはーい、今開けますねー♪」

 

 澄まし顔で必死に葛藤して、耐え抜いて、堪えて込んで、漸く辿り着いたその部屋の前に立てば、迎えの挨拶と共に障子が開く。ある意味で待望して切望していた救いの声音。

 

「んっ」

 

 応じて脚を踏み入れて、其処で静けさが場に満ちる。外の音が遮断された、不自然な静寂……。

 

「うん?音が……?」

「だんな様?このお姉ちゃんたち……わっ!?」

 

 忍び寄るような疑念を抱いた二人を、事前に敷いていた布団に投げ落とす。揃って尻餅搗いて転落した双子。此方を見下ろす。期待に、しかし微かにそれを感じ取った不安顔。俺は、『義妹』共々囲んで見下す……。

 

「えっと……だんな様?あの、わたしお服……ぬいだら…い…あっ」

 

 詩にのし掛かる。幼い手足を押さえ付ける。逃げる事を出来ぬようにする。籠の中の鳥のように、生殺与奪の権利を奪う。正しく手籠めとする。

 

 俺の瞳を見つめて、詩は息を呑む。俺の変化に気付く。あるいは正気を悟る。

 

「だんな、様?もしかして……おもい、だして……?」

「判断が遅い」 

「うっ!?」

  

 頬を軽く叩いたのは痛め付けるよりも、寧ろ恐怖で抵抗の意思をへし折るためであった。怯えさせて、逆らう気を無くすためであった。下手に暴れて喉を詰まらせぬためだった。

 

「薬」

「はい、此方です!!」

 

 呼び掛ければかやが丸薬を差し出す。ご機嫌な朝食ならぬご機嫌な処方薬だ。因みにはなは文を取り押さえていた。此方も抵抗を完全に制圧されて無力化されていた。

 

「こいつは毒じゃないから安心して飲め。吐き出すなよ、無理にでも飲ませる。暴れたら詰まって苦しむだけだ。分かったな?」

「確かに毒ではありませんね、毒では!」

 

 茶色い苦い香りを醸し出す丸薬を鼻先に突きつけての説明、命令。続くようにかやの元気一杯でふざけ気味の言。

 

 毒ではない。殺すつもりはない。しかし、それは同じくらいには子供に飲ませるべきではない代物だった。

 

 半ば禁薬扱いのそれは相手を支配して、自白させて、洗脳する代物だ。使役者の一部を原料に混ぜ込んで摂取させる。何かに溶かしたり混ぜると効果はなくて、味が酷くて濃い故に密かに含ませるなんてのは不可能だがそれでも使い道はある。まさに、こんな時のように。

 

「だんな、様……」

「助けは来ないぞ。暴れるだけ苦しくなるだけだ。……お前の頭でもどうするべきか、分かるよな?」

 

 素直に飲んでくれないなら手荒に飲ませるしかない。怪我もあり得た。馬乗りに覆い被さって拘束してる時点でアウトだが……出来るだけ穏便に済ませたかった。

 

「だんな様……だんな様………」

 

 組み敷かれた詩が拙く口を開く。お願いするように、言葉を震わせて紡いでいく。

 

「だんな様、いうこと、ききます。何でも、たくさんしたがいます。だから……」

「飲ませるのは変わらないぞ」

 

 無慈悲な宣告に、首を横に振っての否定。そして潤んだ上目遣いで媚びるように、甘えるように、それをお願いする。

 

「だんな様……このお薬のんだら、たくさんかわいがってくれますか?だんな様のためにがんばったら、おとなみたいにつかってくれますか?」

「……さっさと飲め」

 

 想定すらしてなかった言に、尋常ではない反応に息を呑み、絞り出せた言葉は相手の意思を無視して、踏み潰して、命令するだけであった。

 

「……はむっ」

 

 逃げに等しい卑怯な振る舞いに、詩は何も言わなかった。小さな口を開き、丸薬を齧る。酷い味に顔を歪めて、それでも必死に従おうとする。口の中を茶色く濁らせて、潤んだ眼差しで此方を見て、甘えるように求めて来る。

 

「食え。食え……」

「……」

 

 催促しながら頭を撫でる。コクりと幼子は頷いて己を洗脳する薬を齧る。渋い表情を、苦い表情を浮かべて、必死に必死に飲み込んでいく。呑み込む度に小さな口を開いて魅せて来る。遊女が客に媚びるような所作。

 

 ……食い終えた詩をかやに任せる。文の元に行く。はなに背後から拘束された双子の片割れ。

 

「だんな様のでいっしょに飲んじゃだめ?」

「論外だ。食え」

 

 

 論外過ぎるおねだりを袖にして、苦団子な丸薬を唇に押し付ける。どの道効能としては砂糖水でも却下であるのだが、せめてもっとマシな答えが欲しかった。

 

 ……これまでの周回での、文に散々呑ませて来たものを思うと自己嫌悪しか湧かなかった。

 

「う、うぅ……じ、じゃあ、きいて、いい?」

「……何をだ?」

「おかあ様、まだ何でしょ?私たちが、ハジメてなんだよね?」

「だからどうした?」

「えへへ、うれしい……!」

「っ……!?」

 

 蕩けるような、本当に嬉しそうな笑顔。幼さに、淫靡さが混ざった蠱惑は、不意打ちだった。純潔なのに男を知っている顔だった。処女の癖に男を幾度も受け入れた顔だった。牡の野生と理不尽を散々受け止めた女の顔だった。牝の、表情……。

 

「おかあ様にも……シテあげてね?」

「……言われるまでもない」

 

 娘らの変化に母親が気付かぬ可能性は低い。そして双子を使えば罠に誘い込むのは易い。故に双子の母親は次の手籠の目標だった。子供に言うような内容ではなかった。血を分けた子供がいる内容ではなかった。

 

「いひひ……やったぁ」

 

 何が嬉しいのか、何が喜ばしいのか、文はこの上なくご機嫌になって眼前に押し付けられた苦団子に噛みついた。直ぐに嫌そうな顔になって、涙目になって、それでも強いられる事なく、己から進んで薬を齧り食う。それ自体が忠誠と奉仕のためと言わんばかりに誠心誠意籠めて、陶酔しながら食らい続ける。

 

「おかあ様と、うたと、それにみんな……みんな……いっしょに……なら……こわ、くにゃい……」

 

 酔しれて、夢見心地に、蕩け切って、食らい、食らい、食らい、薬の効果で酪酊していく。放心して、涎を垂らして、脱力して、虚脱していく。

 

「だん、な…さまぁ。みんな、みんな……みんなで、たくさぁん……」

 

 ……きっとこれも現実逃避だった。洗脳される事で、何も悩まずに済むのだから。きっと彼女達にとっては丸薬は逃避のための苦くて甘い禁断の果実なのだ。そうに違いなかった。

 

 そうでなければ、この反応は理解出来るものではなかった。理解したく、なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

「……御苦労だったな」

「いえいえいえーぃ!」

「義兄を支えるのは義妹の義務ですから」

「そんな義務聞いた事ないけど?」

 

 放心状態の双子から彼是と聞き出して、アリバイ兼ねて寝かしつけて、俺はどうしても義妹と認識してしまう十薬の二人に礼を述べる。

 

 ……いや、幼女を薬漬けにする所業を義妹に協力して貰うとかもう色々極まってるな。

 

「……悪い後遺症の類は、ないんだよな?」

「少なくとも短期間ならそこまで問題はないと思いますよ?昔の記録だと二十年以上摂取させてから更に二十年生きてた事例もありますし?」

「どんな記録だよ……」

「我が家の囚人の記録ですけど?」

「人体実験かい!」

 

 そうだ。こいつらは十薬家の面子だった。そりゃあそんな事もするわな。いや、退魔士家なら珍しくはない、のか?

 

 ……ブラックオニツキコーポレーションが、大手で人物金がある分同業他社よりホワイトってネタじゃなかったんですか?

 

「……こほん。兎も角もこんなノリで手駒増やして行くしかない訳か」

 

 己に色々捧げて来ぬように、儀式の成就の阻止のための、この薬漬け作戦は本当に最後の最後の手段だった。俺の記憶が戻って正気になってる事を気付かれたら次の周回では対策のためにメタられる。義妹二人とてどう扱われるか分からぬ。この手は一度切りの手段だった。そして、この手を使ったのももう後がないためであった。 

 

 現在玖捌回目……佰回目まで本当にあと僅か。記憶を取り戻してから幾度か周回して失敗して……主に人肉定食と暴走……それらしく装い死んでやった。俺が死ねば、彼女らは周回を繰り返す他ない。全ては一からのやり直しだ。女中が料理しないように、気付かれぬような選択肢を探していった。

 

「だがそれも限界がある訳で……」

 

 残機は今回含めて残り三回。後が無くなればこうもなろう。かやとはなは寧ろさっさとやってしまえなノリであったが……。

 

「だってー、ほらこの子達見て下さいよぉ!完全に夢の世界にトンでますでしょ?今やこの幼子完全に傀儡!アンな事やコンな事も思いのまま!ナニな事でもしてくれる従順な奴隷という訳ですね!」

「……改めて言っておくが薬漬けするのは勝手に御料理しないようにだからな?」

 

 本来ならば逆なのだろう。嫌がって、生きたがる女共を贄にするために薬を使う……いや、こいつらが積極的に人柱になろうとしてるのも薬のせいであろうから、毒を以て毒を制するという事か?化物には化物、お薬にはお薬という事だ。

 

 ……いや本当、お薬N度打ちだな。頭大丈夫だよな?

 

「女中の事はこれで解決です。……それよりも、義兄様こそ、算段はあるのですか?」

「はは、それな?」

 

 若干逃避していた所に叩きつけられるはなの指摘は鋭く、そして嫌な現実を俺に突きつける。

 

「……今の俺の身体は間に合わせだ。だからこその儀式の最期、満月の満ちる日に大食らいして身体を造り上げる、か」

 

 それが出来なければ俺の身体は腐り落ちて崩れ落ちる。惨たらしく肉塊と成り果てる……実際成り果てて何度もリトライとなった。

 

 ……あぁ。分かってる。『それ』については分かっている。覚悟はしている。ナニも、じゃない。何も問題ない。算段は着けている。

 

「……」

「義兄様?」

「……なぁに。何とかするさ」

 

 沈黙する俺に向けてのはなの呼び掛け。俺は安心させるように彼女の頭を撫でてあやして、安心させる。

 

 ……それこそ、身を切ってでも。この円環を終わらせてやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「……まだやられるのですね。全て無駄な事ですのに」

 

 眼前の花瓶に華を見事に飾り立て終えて、令嬢は嘆息する。ただただ嘆息する。橘の花の蕾を撫でながら、愛しい人の抗う様に憐憫を抱く。

 

 そう、全ては無駄なのだ。無意味なのだ。全ては既に手遅れなのだ。その事を、残念ながらあの人は理解していない……。

 

「……まぁ、それもまたあの人らしいですけどね?」

 

 泥臭く抗い抗い抗って、必死に針の穴程の希望を抜けようとする様は愛しさを抱く。己が何も持ってない癖に、何も奪われている癖に、それでも尚誰かのために身を切れて、貧乏籤を引ける在り方は眩しくすら思える。何処までいっても利己的な己には到底出来ぬ事だ。

 

「……分かってます。えぇ、勿論。分かってます」

 

 だからこそだ。だからこそ己は決めたのだ。利己的に彼を救おう。利己的に彼を染めよう。彼のために、彼の心を染め変えよう。彼の救済と救命のために。彼の幸福のために。

 

 だってそうだろう?誰かのために命削って、苦しんで、飢えて、堪えて、悲しんで、傷ついて、絶望して、困窮して……そんな事の何が幸せだというのか?

 

 それでいい?人の幸せは人其々?本人が納得している?馬鹿にするな。それこそ自己満足だ。都合良く皆で犠牲にしているだけだ。食い物にしているだけだ。喜びを知らぬから、無知だから、今の理不尽を肯定させてるだけではないか。

 

 ……分かってる。己を救ってくれたのはそんな甘い彼なのだ。己が恋したのはそんな彼なのだ。だけど、それとこれとは別問題。彼に恋してるからこそ、彼の犠牲が疎ましくて、妬ましくて、腹立たしくて……何よりも悲しい。

 

「だからこそ……貴方のために貴方を変えます。魂を変えてでも。在り方を変えてでも」

 

 貴方が己の幸せのために誰もを踏みつけてくれるように。己の幸せだけを追求してくれるように。己すら、食い物にしてくれるように……あぁ、あの人に踏みつけて貰った肚が疼いて仕方ない。

 

「ふふふ。大丈夫です。……ちゃんと、貴方が納得出来るように舞台は整えましたからね?」

 

 彼が何れだけ自己を贄に救おうとも、最早結末は変わらない。そしてここの皆を救う術も、変わらない。

 

 貴方が堕落するための理由は用意した。貴方が欲望に呑まれるための理由は用意した。貴方が常世に還らぬ理由は用意した。

 

 貴方が人でありたいならば、貴方が羽化したくないのならば……選べる選択肢はそれだけだ。理不尽な二者択一だ。貴方のために用意した最低で最善の選択だ。貴方が自己欺瞞出来るように、貴方が救われるように整えてあげた理不尽だ。

 

「だから……この円環の内で永劫に廻り続けて下さいませ?」

 

 私と、私達と、共に、悠久に……胡蝶の夢のように。

 

「貴方の選択を、待っております」

 

 橘の花に揚羽を飾りながら、蜂蜜色の色狂いは甘く啼き囁いた……。

*1
『うふふふ。しかし忘れないで下さいね。貴方もまたその例外ではないという事を、可愛い坊や?』

*2
『ふぅん、ズリネタという事ですね?』

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