和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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貫咲賢希先生より碧鬼のイラスト。うーん、この滲み出る畜生感よ
https://www.pixiv.net/artworks/84520057

同じく貫咲賢希先生からの白のイラスト、やっぱり狐っ娘はイイ……スゴクイイ……
https://www.pixiv.net/artworks/84616381

uzman先生からも白のイラストを頂きました。
https://img.syosetu.org/img/user/182782/70817.jpeg

ミニスカノーパンとは……こやつ、やはり天才か!


章末●

 清麗の御世の十年、あるいは皇紀の一四四〇年葉月の七日の事であった。東西に四百丈余り、南北に五百丈余りの広さのある朝廷の中枢区たる大内裏、その長堂院にて一人の退魔士が式典に招かれた。

 

 より正確に言えばそこで朝廷より官位と共に褒賞を下賜された。与えられし官位は従六位、褒賞として与えられたのは銀二十斤に絹布十反、その他数点の金細工に調度品である。報酬の理由は都と民草を襲った化け狐を征討せしめ、その遺骸を朝廷に献上した事……が表向きの理由である。

 

 正確にはそれも理由ではあるが、それ以上に一種の口止め料であった。即ち、橘商会に朝廷が依頼していた荷物についての口止めの見返りである。

 

『さて、その荷物とは一体何だったのですか、宇右衛門殿?』

 

 深夜の都……逢見家から借りた屋敷の一角、明かりを消して月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中で座布団に座り込み脇息にその贅肉を凭れさせる鬼月宇右衛門にそう尋ねたのは燭台に止まる一頭の木菟であった。否、木菟そのものではあるまい。その顔に当たる部分には血で『式』と記された札が貼られている。即ちそれは正確には木菟の姿を模した式神であった。

 

 鬼月宇右衛門の正面には数本の燭台が安置されていた。そして其々に木菟に鷺、鳶に鵲……鳥類を模した式神達が止まる。宇右衛門はその式神の目を通じて此方を見やる者達の視線を明確に感じ取っていた。

 

 それは都に上洛した宇右衛門達と地元に残留した鬼月家の長老衆らによる会合であった。退魔士達は遠方とのリアルタイムでの会話にこのような式神を使う傾向があった。会合の最後の議題となったのは都に上洛した一族の次期当主候補の一人の論功についてであった。

 

「此方が人脈を使い聞いた話によれば荷の中身は生け捕りした妖共だそうだが………嘘ではなかろうが、恐らくはそれだけが此度の褒美の理由では無かろうてな。流石にそれだけでは此度な褒美としては少々過分に過ぎよう」

 

 鬼月宇右衛門は頬と顎に蓄えられた贅肉を震わせながら自信を持って答える。それは何らの根拠もなき言葉ではなかった。

 

 表向きの裏事情としては極秘裏に陰陽寮が大内裏に持ち込む予定であった実験や研究用に持ち込もうとしていた生け捕り状態の妖共が橘商会が運んでいた荷物である……のは事実であろう。そしてそれが余り宜しくない内容である事もまた事実だ。

 

 都は四重の結界によって守られている。より正確に言えば外街以外の都全体を守る城壁の六種一二重結界、内京内でも特に豪商や公家、大名屋敷が軒を連ねる中京と呼ばれる地域を守る八種二四重の結界、そして政治中枢である大内裏を守る一〇種三三重の結界と最後帝の住まう内裏を守護する一二種三六重結界……呪術的に鉄壁に近いその結界網は当然ながら人の力ではどれだけの退魔士を集めても構築する事は不可能だ。よって莫大な霊力消費を賄うのは都の真下から溢れんばかりに放出される霊脈からの天然の霊力である。

 

 霊脈は限りなく無尽蔵に霊力を放出し、それは使い方次第では世界の理にすら干渉可能な代物だ。事実、朝廷はその使いきれないばかりの霊力を活用して都周辺の土地に毎年のように豊穣を与え、災害や疫病等の災厄その事象をそれが引き起こされる前に祓ってきた。逆に妖共にとってはそこに屯すればそれだけで通常の何倍何十倍もの速度でその存在の格を高めより強大な存在へと昇華する事が出来る特別な地でもあり、それ故に幾千年に渡り魑魅魍魎共は都の霊脈を狙ってきた。

 

 公家衆の穢れを忌み嫌う文化もあり、本来ならば都の……ましてや大内裏に生きた妖を搬入するのは御法度である。それを橘商会は朝廷の重役からの公の密命に従い相当弱らせて封印状態にしていたとは言え有象無象の妖共を都の中にまで運び込もうとしていたのだ。

 

 仮にこれが宮中に広く知られていればある種のスキャンダルになっていた事は間違いなく、下手すれば命じた者達は島流し、橘商会もまた追及を受けて相応の責を取らされる事になっただろう。成る程、ならばこの対応も理解出来る……が、それでもやはり過分過ぎる処遇である事は否定出来ない。

 

『確かに怪しい。今時の朝廷があのような大盤振る舞いをするなぞ……』

 

 鳶の式神が嗄れた声で疑念を口にする。元より朝廷は心の底から退魔士を信用なぞしていない。ましてや今の摂政と言えばあの強欲な白藤宮家の当主である。それがたかが妖一体にここまで豪勢な褒賞を与えるともなれば裏を勘繰りたくもなる。

 

『あらあら、皆さん随分と剣呑な事ねぇ。折角我らが一族の葵が過分な栄誉に浴したのですよ?もっと素直に喜んであげても良いじゃないですの。ねぇ、宇右衛門?』

 

 優美な白鷺の式神は他の式神を、次いで正面に座る宇右衛門を一瞥しながら同意を求めるようにほんわかとした、それでいて何処か猫撫で声で首を捻る。当の宇右衛門はそんな式神の、いやその向こう側から自身を見ているであろう人物に渋い表情を浮かべる。

 

「母上、事はそう単純なものではない事くらい御承知の筈。事は将来的な我ら鬼月家の繁栄にも関わる事ですぞ?」

 

 宇右衛門は自身の母……鬼月胡蝶に対してその楽観的な物言いに苦言を吐露する。政略結婚だったからか、この自身の子供らに対して然程愛着がなかったように思える母が厄介の塊のようなあの孫娘の姉妹に対しては奇妙な程甘い事実に宇右衛門は言い様のない疑問しかなかった。

 

『左様です胡蝶様。我々からみて朝廷は距離が遠すぎます。多少の関わりは必要でしょうが余り彼らの謀に首を突っ込み過ぎるべきではないでしょう』

 

 木菟……鬼月思水の式神が宇右衛門の言葉に続く。鬼月家は常に都に駐在出来る訳ではない。寧ろ三年に一度の上洛を除けば都に滞在する者が一人もいない時も多いのだ。確かに貢納なり、贈与なりで朝廷に伝を作る事は必要であるが関わり過ぎて深入りするのは常に最新の宮中情勢を知る事が出来ぬ身では危険過ぎた。いつ宮中の勢力図が一変するか知れたものではない。

 

『そもそも、葵はどうして此度の案件に首を突っ込んだのだ?あれの性格からして此度のような話題に自身から首を捩じ込むなぞ余り想像がつかぬが……』

 

 中年だろうか、鵲の式神が難しそうな表情で呟く。あの面倒臭がりで気紛れで、気分屋の次女がこのような面倒事に自分から関わりたがるのはどうにも釈然としない所があった。

 

『宇右衛門殿、どうなのです?姫の動きに何か異変はありましたか?』

 

 木菟がホーホー、と鳴きながら尋ねる。此度の上洛に際して鬼月家の代表として鬼月宇右衛門が指名されたのは彼自身の広い人脈と才覚によるものだ。特に隠行衆頭として都の情報収集の役目を負っていた彼は同時に上洛に際しての随行人の監視も兼ねていた。

 

「どうもこうもない。一昔前ならば兎も角、今ではあやつの結界や隠行を抜くのは容易な事ではないわ。儂が直接やるならば兎も角隠行衆ではどうにもならん」

 

 不快げに肘を叩きながら宇右衛門は憮然とした表情で答える。

 

 今の鬼月家にとって最も懸念するべき者の一人である鬼月葵は何を仕出かすのか分からぬ狂犬だ。

 

 寝たきりの廃人となって碌に当主としての職責を果たす事も叶わぬ当主幽牲とその正室にして赤穂家本家の菫の間に愛もなく産まれ、両親から興味も持たれず、その癖に膨大な霊力と退魔の才覚は十全に受け継いだ桃色の少女……それが鬼月葵だ。あるいはそこまでならばどうにでも事態を軟着陸させる事が出来たかも知れない。

 

 しかし……実父から間接的に殺されかけて、しかもそれが成功するどころか全く彼女の立場を傷つけず、あまつさえ却って御家騒動を激化させてしまったのは致命的であっただろう。

 

 霊力が(比較的)乏しく血筋が卑しく、しかし努力と異能によって退魔の家の当主として十分な力を持ち、何よりも父から寵愛される姉雛……それに対して葵は異能こそ受け継いでいないが姉よりも遥かに強大な霊力を有し、才能で上回り、何よりも血筋に文句のつけようがない娘であった。止めはこの姉妹の仲が険悪の一言に尽きる事、それは鬼月家の長老衆にとって悪夢に等しかった。下手すれば家を二分して殺し合いが始まりかねず、代を重ねる事でより強くなる退魔の家系にとってそれは一番家を衰退させる要因であるのだから。

 

『やれやれ、当主のあのやらかし以前は才能に胡座を掻いて碌に鍛練すらしなかったものを……お陰様で話が面倒になったものだな』

 

 鳶の式神は舌打ちしながら吐き捨てる。この式神を使役している者は長老衆の中においては長女を推している者であった。

 

 この小さな会議に出席する者は何れも鬼月家において長老衆に属する身、それでいて長女か次女か、どちらを支持するかは別れるにしても身内争いは避けるべきと考えている穏健派によって構成されていた。そも、此度の上洛において鬼月葵が同行する事になったのもいつ殺し合いを始めるか分からぬ姉妹を引き離して一時的であれ対立を冷却させる為であったのだが……。

 

『失敗しましたね。よもや葵が此度のような功績を立てる事になろうとは。雛であれば兎も角葵は自主的に務めを果たす性格ではなかった筈なのだが……』

 

 鵲の式神は困り果てる。仕事熱心で向上心の強い長女であれば此度の騒動に積極的に首を突っ込むのも可笑しくない。だが次女は違う。故に油断していた。まさか彼女が自分から自主的に動くとは。そしてその結果褒美と官位まで授かるとなると姉妹間の勢力の均衡が崩れかねない。

 

『本当に面倒な事になりましたね。はてさて、どうするべきか。……そういえば姫は此度の騒ぎで拾い物をしたとか?』

 

 思水の木菟が首を捻りながら尋ねる。

 

「ん?あぁ、その話か。うむ、話は聞いておろうが身の程知らずの化け狐が襲った孤児院の者であるらしい。半妖の小娘のようだ。全く物好きな事だて」

 

 特に関心なさそうに宇右衛門は言い捨てる。鬼月葵が秘密にしていた事もあるが、流石に狐璃白綺という半妖から凶妖に上り詰め、そのまま半妖としての自分を切り分けた存在なぞ相当珍しいのでその真の出自までは想像も出来ないようだった。あるいはそれを知っていればそこを狙い姉妹の力関係を調整するために謀略を巡らしたであろうからその意味では葵の判断は正解ではあった。

 

『あら、それは初耳だわぁ。小娘って事は女の子なのかしら?少し興味が湧くわね。此方に戻ったら一つ顔見せに来させようかしらねぇ?』

 

 甘ったるい声で反応するのは白鷺であった。その緊張感の無さそうな言い様に他の式神、そして宇右衛門は僅かに顔をしかめる。

 

『……さて、おおよその話は理解しました。起きた事は嘆いても仕方無いでしょう。この際事態を有効活用するべきでしょうね。宇右衛門殿、橘商会との伝は頼みましたよ?』

「うむ、そちらは承知済みだ。彼方の会長とは既に何度か顔を合わせておる。何かあれば葵ではなく、儂に面会するように印象付けする事は出来ておるわ」

 

 ふふふ、と機嫌良く鼻息荒くして宇右衛門は答える。確かに直接商会長を助けたのは葵であるが葵はまだ鬼月家の代表ではなく、子供だ。単純なビジネスの話となれば当然宇右衛門の方に話を振るしかない。故にそこで可能な限り葵姫の影響力を削ぎ落とすのだ。

 

『雛にも功績を挙げる機会を与えるべきだろうな。洞越山の鬼蜘蛛の相手でもさせよう。実力からしてそろそろあの程度の化物を相手にしても良かろうよ』

『成功すれば均衡が取れて良し、失敗して死んでもそれはそれで御家騒動の火種が消えて良し、かな?』

 

 鵲の言葉に鳶が嘲るように牽制の言葉を口にする。鵲は目を細め静かな殺気を鳶に、いやその向こう側にいるだろう男に向ける。

 

『……思水、悪いけど雛の面倒を見てくれるかしら?流石に一人くらいお目付け役が必要でしょうから』

 

 剣呑な空気をぶち壊すように白鷺が木菟に尋ねた。一斉に周囲の視線が木菟に向けられる。横目に白鷺を一瞥して、次いで目を閉じて暫しの沈黙をする式神……。 

 

『宜しいでしょう。この思水、若輩の身なれど雛姫様のお供の役目承りましょう』

 

 恭しく首を下げる木菟。姉妹の後継争いが始まる以前の次期当主の最有力候補にして、中立の立場を取る思水の言葉に流石にあからさまに反発する者はいなかった。

 

『……では。今宵の会合はここまで、という事で宜しいかな?』

 

 鳶は周囲の他の出席者の様子を見ながら尋ねる。 

 

「ふむ、構わぬぞ」

『俺もだ』

『私も此度話し合う内容はもうないかと』

『そうねぇ。確かにそろそろ御開きかしらねぇ?』

 

 鳶の申し出に出席者の同意する。最早これ以上語っても大した内容がない事は確認済みであった。

 

『宜しい。では諸君今宵も態態御苦労。各々に解散といくとしよう。……では』

 

 総意が決まった所で鳶は今宵の会合の終わりを宣言した。別れの挨拶とでも言うように鳶は一鳴き、同時に鳶の姿はすっと消えて顔に貼られていた血文字の札だけが残り……それも次の瞬間自壊するように発火して瞬時に焼き消えた。

 

『では、俺も失礼させて貰おうか』

 

 鵲が周囲を見渡した後青白い火球へと変わり、そのまま焼失、次いで木菟も続くように消滅した。そして最後に白鷺が……思い出したかのように口を開く。

 

『あ、そうだったわぁ。ねぇ宇右衛門、尋ね忘れていたけれどあの子はどうしているのかしらぁ?』

「あの子、と申しますと?」

 

 白鷺の姿を借りた実母の言葉に首を捻る宇右衛門。

 

『ほらほら、あの子よ。葵が態態指名して連れて行った……』

「……あぁ、アレですか」

 

 式神の説明に宇右衛門は漸く誰を指すのかを思い出す。  

 

「葵の小間使いとして此度の案件に使われたようで、まぁ相も変わらず随分と大怪我をしたようですな。今は療養中ですよ」

 

 有象無象、仮面を装着して顔を見せず、私的な会話を交える事も滅多に無いが故に多くの鬼月家の者達は一々下人の区別なぞする事はない中で、その者は数少ない例外ではあった。

 

『あらあら、「また」なの?』

「全く悪運ばかり強い小僧な事です。良くもまぁあんな様で命を拾うものですな」

 

 私生活に関わる女中や雑人は、下人と違い顔を隠す事もなく、寧ろ私的な会話を交える場合も多いがために顔や名前を覚えられている場合も少なくはない。

 

 その意味で言えば本家の長女の世話役として迎え入れられて、当主の私的な理由で下人にまで落とされたという出自からあの男の事を覚えている者は一族の若者は兎も角、鬼月の大人の中にはその存在を覚えている者も少なくはなかった。ましてや直ぐ死ぬだろうと思われていたのが何度もぼろ切れのようになりながらも意地汚く生き残り、本家の次女の御気に入り……良くも悪くも……の立場にあれば俗物で目下の者共に関心のない宇右衛門でもその存在を覚えていた。

 

『その物言いだと今回は随分と酷い怪我のようねぇ』

 

 一見すると呑気そうな口調で白鷺は……胡蝶の式神はぼやく。しかしながら雲を掴むような母の性格を知っている宇右衛門からすればその形式的にも見えるがそれでも相手の怪我の具合を心配する態度は十分驚きに値した。

 

「たかが下人相手にまた随分と気にかけますな」

『可愛い孫娘のお気に入りだもの。それに、世話役の頃は母親代わりもしてあげたものだから。ついついねぇ』

 

 ふふふ、と上品に笑う白鷺。彼女はやんちゃだった孫娘を可愛がっていたし、その世話役で、まだまだ家族から引き離されるには少し早い幼い少年に対しても実の子か孫のように接して、可愛がっていた事を宇右衛門も昔見聞きしてはいた。とは言え……。

 

「昔同様世話役であればいざ知らず今はただの下人、賎しい身の者です。余り関わるのは宜しくありますまい。御注意下さりたいものですな」

 

 身分制度が厳然として存在している扶桑国において、それは当然のように注意しなければならない常識であり、教養であった。生きる事も簡単ではなく、富の流動性も低く、ましてや血統が重んじられるこの時代のこの国において目上であれ目下であれ身分の釣り合わぬ相手に対して分不相応に接するのは自身と相手双方にとって不幸にしかならないのだから。

 

『あらぁ、母親が盗られて拗ねているのかしらぁ?』

「御冗談はお止め頂きたいですな、母上。私は当然の事を言ったまでの事です。いくらアレが……」

『宇右衛門』

 

 自身の言葉を遮るように紡がれた自身の名に、鬼月宇右衛門は口を閉じる。閉じざるを得なかった。いつも通りの猫撫で声に、しかし強力な言霊の力が込められている事に即座に彼は気付いた。仮に返答の声を口にすれば次の瞬間には彼はその影響を受ける事になろう。

 

(にしても式神越しにこれ程の言霊術を使うとは……!)

 

 流石に鬼月家の本家に嫁いだ身なだけはあるというべきか。発動条件がシビアで、決して効率が良い訳ではない言霊術を、まして式神を通して使ってくるとは……。

 

『宇右衛門、良いですか可愛い我が子』

 

 白鷺が燭台から降りててくてくと彼の元に近づく。そしてその純白の身体を揺らして彼の下に来ればその長い首を伸ばして息子に頬擦りして親愛の情を示す。それは正に母親が息子に対して向ける無償の愛情であった。

 

『都は此方とは気候も水も違います。確かに美物は多くあるでしょうが食べ過ぎには注意するのよ?お酒もです。仕事柄必要でしょうが飲み過ぎてはなりません。……返事は?』

 

 その子供を叱り付けるような最後の少し厳しげな言い方に僅かに肩を震わせて、しかし無言のままに肯定する。

 

『それに夜更かしも行けませんよ?宴会も程々の時間に切り上げなさい。それに室内に籠りきって汗をかかないのも宜しくないわ。毎日ある程度は日の光を浴びなさい。分かりましたね?』

 

 だんまりしながら宇右衛門は母の申し出に頷く。その姿に満足したのか白鷺は満足げに、慈愛に満ちた瞳で肥満体の息子を見、そして数歩離れる。

 

『また次の会合まで元気でいてくださいね?母は貴方の健康をお祈りしておりますよ?』

 

 そういって最後に残った式神も自ら炎を発して数秒の内に燃え尽きた。式神の燃え滓を暫し見つめた後、はぁと緊張が解れるように息を吐く宇右衛門。

 

「……近頃は一層面倒になったものだな」

 

 元々気紛れでふとした事で態度がコロコロと豹変する繊細で気難しい性格である事は幼い頃から知ってはいた。しかしながら……ここ最近は特に情緒が不安定であるように宇右衛門には思われた。一体何があの人の癇に障るのか判断がつきかねていた。

 

「……あるいは若作りしていても歳という事かも知れんな」

 

 いくら霊力によって肉体を活性化出来るとしても限界がある。特に精神面は顕著だ。半妖ならば兎も角、元来長命ではない人間ではガワをどれだけ取り繕っても思考の硬直化は遅滞させる事は出来ても防ぎきる事は出来ないのだ。

 

「むぅ、だとすれば厄介だの。……おい、誰ぞおらぬか!」

 

 宇右衛門は額に浮かんだ脂汗を袖で拭うと障子を開き、防音効果も付与した結界も解除して使用人を呼ぶ。汗をかいて喉が渇いたと砂糖と氷入りのお茶を持ってくるように叫ぶ。そして襟首を開いて手元に置いてあった団扇を扇ぐ。

 

「全く、何を考えているのやら……」

 

 最後の、燃え尽きる前に見えた泥のように濁った式神の瞳を思い出しながら宇右衛門は首を捻った。この世界において一般的な価値観を有する彼はそれが意味するものをついぞ思い至る事が出来なかった……。

 

 

 

 

 

 

「……そう、あの子はまた大怪我したのね。可哀想な事、せめて介抱くらいしてあげられたら良いのだけれど」

 

 北土にあるが故に夏夜であっても蒸し暑さもない鬼月家の屋敷……その北殿の一室で煙管を吹かすのは長い黒髪を垂らし右目の目元に泣き黒子をした艶やかな女であった。甘ったるい、しかし母親が我が子に対してそうするように心配そうな声で彼女は呟く。

 

「はあ、雛も葵もまだまだ子供ね。どっちも身勝手で自己中心的過ぎるわ。まぁあの年頃の女の子なら仕方無いのかも知れないのだけれど……」

 

 それを加味しても残念ながら淑女としてはどちらも不合格と言わざるを得ない、と女は頬に触れながら自身の孫娘達を評して溜め息を吐く。因みにどうやら貼り付いているらしい鬼は論外である。

 

 あの孫娘らは気付いていないであろうがあの子が下人に落ちてから、何度自身が裏で手を回して来た事か。本来ならば下の孫娘を貶める陰謀に巻き込まれる前に何処ぞで食い殺されていた筈だろうし、それ以降もあの二人が一族で力を持つ迄何度あの子が死にかけていた事か……彼女はそれを思い返して嘆息する。自分勝手で派手に動いてくれるものだ。お陰で此方が煩わされる。

 

「それでも上手くいっているのはあの子の頑張りのお陰なのでしょうねぇ」

 

 幾ら此方が危険を抑えるように手を回しても死ぬ時は死ぬ。しかし……幸運な事に彼女はあの少年の頭が決して悪くない事も、必要ならば努力も出来るし堪え忍ぶ事も出来る事を知っていた。

 

 だからこそ彼女はあの子を信じて裏方に回り続けて有形無形の支援に徹してきたのだ。無理矢理にでも保護する事で悪目立ちしてしまえばそれこそあの子を苦しめ、危険に晒す事になるから。何だかんだ言って心優しいあの子の事だ、疎遠になってしまったとしても家族を人質に取られたらどうしようもあるまい。あの人のように。

 

「そうよ、もうあの時のような事はもうご免だわ」

 

 昔の記憶を思い返し、彼女は目を細め剣呑な口調で呟く。もう大切なものは一つも失いたくない。だからこそ本当ならば大切に仕舞って手元に置きたい衝動を抑えつけて堪え忍ぶのだ。もう安易な行動で取り返しのつかない事になりたくはなかった。

 

 そうだ。全てはこんな家に生まれてしまったせいだ。分家の当主の妾腹に生まれて、その癖に正妻の子供らよりもより濃く力を受け継いだのが全ての不幸の始まりだった。

 

 幼い頃に母は正妻の謀によって自分の代わりに毒殺された。目の前で苦しみのたうち回るその姿は今でも思い出せる。

 

 父親に放置されて、腹違いの兄弟や正妻にも疎まれていた彼女の幼い頃の心の支えは兄のように慕い、そして初恋だった下人の少年だった。子供心にいつか添い遂げようと願っていた彼は、しかし彼女もろとも罠に嵌まった。家族を人質にされた彼は抵抗も許されず、せめてものように自分を庇って目の前で妖に食い殺された。

 

 腹違いの兄が当主となると腫れ物扱いで家に軟禁された。そのまま死ぬまで座敷牢で生きるのだろうと覚悟して、二十歳になるかどうかという歳で既に疲れきっていた彼女はいっそ出家しようかと思った時にその身に宿る力だけを目当てに二回り以上歳の離れた本家の当主の後妻に宛てがわれた。当然愛もない冷たい結婚……彼女は泣く事も出来ずに、義務的に処女を散らした。

 

 止めは初めて生まれた息子だ。一族の力を受け継げなかった最初の子供を、しかし彼女はそれでも精一杯に愛した。それをあの男は……!

 

「あの時はこんな家、いっそ無くなってしまえばとも思ったのだけれどね。けど……」

 

 あの男がくたばって、息子らに家の全てを押し付けた彼女はその身に宿る霊力のせいで無駄に長い余生を安穏と、惰性に生きる筈だった。もう一族の面倒事に関わるのはご免だったのだ。残る人生くらい自分だけのために使いたかった。それが一変したのはあの子を見てからだった。

 

 初めて見た瞬間彼女は自身の目を疑った。そう、初恋のあの人を彷彿とさせたその風貌に。そして、実際に話して見ればその印象は更に補強される。教養はなかったが頭は悪くなかったし、善良で、面倒見が良く、何よりも一族で孤立気味だった上の孫娘に接する態度は正に昔自分に対してそうしてくれたあの人そっくりだった。

 

 一度あの人の面影を重ね合わせて愛着を持ってしまえば、後はこの小汚い貧農の生まれであるその子が愛しくて愛しくて仕方なかった。自身の子や孫と同じように彼女は可愛がった。いや、本当の子や孫があの忌々しい男と憎々しい鬼月の血筋である事を思えば胸の内にある愛情はそれ以上だっただろう。

 

「それがあの一件で……」

 

 最初は自身のトラウマがほじくり返されたように思えて半狂乱になりかけた。それでもあの子を守るために、あの子を信じて、遠くから見守っていたが……その努力は期待通り、いやそれ以上だった。止めは下の孫娘に仕掛けられたあの罠であろう。いざという時は助けてあげようと思っていたが……いざその一幕を式神越しに見た時、彼女の抱いた感情は安堵と感激と羨望と嫉妬であった。

 

 そう、それは彼女の有り得たかも知れない未来であったのだから。そして、だからこそ彼女は苛立ちを覚えるのだ。彼女が羨み、望んだ可能性を掴んだ孫娘達が、それだけに満足せず、それ以上のものを望んでいる事実に。それくらいなら……。

 

「ふふふ、なんてね」

 

 こみ上がってきた感情をそう嘯く事で彼女は誤魔化した。もしその感情に、その本音に気付いてしまったら、認めてしまったら自制出来るか分からなかったから。彼女も流石に孫娘達相手にそこまでの事はしたくはなかった。……少なくとも今はまだ。

 

 彼女の名前こそは鬼月胡蝶……鬼月家の分家に生を受けて以来、その人生の中で大切なものを失い続けてきた女である。

 

「雛でも葵でも、どちらでも良いのだけれど。貴方を迎え入れられた時には……これまで出来なかった分まで沢山可愛がって、甘えさせてあげますね?」

 

 彼女にとって最早、あの子は自身の子や孫と同じなのだから。あるいはそれ以上か……。

 

「ふふ…ふふふふふ…………」

 

 彼女は、その霊力で維持した妖艶な美貌を月明かりで照らしながら、より妖艶な笑みを浮かべた。その瞳は泥のように濁りきっており、狂気と妄執に満ちていた………。

 




ちな原作胡蝶様の場合、長男似のゲーム主人公への愛を拗らせて溺愛、何だかんだあって筆下ろしから母子プレイや赤ちゃんプレイに発展する模様。性癖歪むぅ!!

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