和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 制作頂けたファンアートのご紹介をさせて頂きます。

 此方はプムさんよりR-18注意な主人公と葵姫様。恐らく主人公への誕生日プレゼントとその御褒美の要求と思われるが……。
https://www.pixiv.net/artworks/136304666

 此方はシンジさんより同じく葵姫のAIイラストです。S気がありますね。(尚、上のファンアートの姫様)
https://www.pixiv.net/artworks/136247787

素晴らしい作品、誠に有難う御座います


第二一六話●

 それは田舎料理を偽った御膳と言えた。

 

 北土は寒く、扶桑五土の内で見ると最も痩せた土地である。故に保存を効かせた塩味の濃いもの、身体を温める熱い汁物、寒地でも栽培しやすい芋や雑穀、あるいは山海の幸を純粋に利用したものが多い。都、あるいは央土のそれと違い見た目の華やかさ、加工の手間暇が少なく粗雑な所があるものの、素朴で滋養の付く、素材本来の味を活かしたものであると言えた。

 

 漆塗の雅に注がれた芋煮があった。技巧を凝らした遊び心か花形に型を取った人参が鮮やかだった。昆布に鰹、椎茸等から取った出汁が効いている。繊細でありながら田舎風味の力強さがあった。

 

 主菜の鮎の塩焼は見た事ない大物だった。脂がたっぷりと乗っていた。塩も上等だった。濃い目の、しかし鮎本来の旨味を決して打ち消さぬように分を弁えていた。連れの茗荷竹が彩りを添える。箸を当てれば身は解れ、放り込めば柔らかな味が口内に広がる。

 

 副菜の玉子寒天と玉蒟蒻が洒落た陶器にて同居するように盛られていた。味が良く染み込んでいた。此方も出汁が濃い目であるが、本質的には寒天であり、蒟蒻である。口直しとしても使えよう。

 

 また別の小鉢には木通の味噌詰焼が鎮座する。今の季節からして恐らく初物であった。また香の物も三点添える。茄子、胡瓜、沢庵である。彩り豊かなのは言うまでもない。

 

 飯すらも雅だった。芋の含む糧飯ではなく胃腸を慮った粥飯は、しかも雑穀粥というよりも五穀粥というべきだった。嵩ましではない。味に深みを与え、見栄えを良くするための混ぜ物だった。生姜や大葉といった薬味も滋養を高める。

 

 ……一つだけ場違いな品が添えられていた。田舎風ではない、田舎そのものだった。皿こそ雅であるが中の料理は格不足だった。御膳全体から見れば場違いですらあった。

 

 先ず色合いが悪い。醤油で無理攻めしたような単純で単調で退屈な色合いだった。風味からして大した出汁は使っていまい。ぶつ切りにした野菜根菜はがさつだ。これでは均等に味が染み込まない。味は言うまでもない。馳走全体の調和をこの煮物が台無しにしていた。

 

 まるで晒し者のような煮物の有り様を貧農生まれの女中は疎むようにして睨みつける。それは天に唾を吐くに等しかった。この煮物は彼女の創造物であり、ある意味で彼女そのものであった。お高い皿に盛られて誤魔化しただけで、中身は粗雑……。

 

「……」

「……?」

 

 嫌がらせのような、当て付けのような、質の悪いおふざけの主犯に向けて、鈴音はその睨み付ける視線を移す。睨まれた相手はと言えば惚けたように首を傾げて魅せた。艶本の事もあってその振舞いは一層白々しくて、忌々しくて……。

 

「あ……」

 

 意識が姫君に向いていた故に直前まで気付けなかった。気付いた時には既に箸が煮物に伸びていた。不恰好な人参の欠片を摘まんでいた。何か言う前にパクリと彼の口の中に消えた。煮込み過ぎた柔らかな人参……ゴクリと、呑み込まれる。

 

「……うん。旨い。懐かしい味だ」

 

 短く紡がれた言葉は優しくて鈴音は、否、雪音は思わず感動して緊張が弛緩していた。此方を見て来る包帯まみれの人物の慈愛に満ちた視線が何処までも愛しかった。

 

「悪いな。態々作ってくれて……家の味そのままじゃないか。母さんから習ったのか?」

 

 適当に手に入った野菜根菜をじっくりと濃い目の醤油で煮込み切ったそれは嘗ての家では御馳走の類いだった。それを見抜いての言葉が嬉しかった。

 

「本当なら夕餉にでも加えて貰えたら、と思ったんですが……その、御免なさい。見劣りしますよね?」

 

 御膳をチラリと見ての問い掛けに、兄は笑い声を漏らす。陽性の笑みだった。

 

「御膳よりも……と言ったら世話になっている姫様に失礼だからね。けど、それとこれとは別枠の別腹だ。有り難う、本当に懐かしい。本当に……嬉しい」

 

 本当に本当に、嬉しそうに目元を細める兄の言葉には、重い感情が乗っていた。苦難を受け続けていた兄がその間故郷を懐かしんで、家族を懐かしんでいた事を如実に示していた。雪音は己の料理がその時間を少しでも埋められた事に、慰みになった事が嬉しくて仕方なかった。

 

 ……ちょっと待って。姫様に失礼?御膳が?宮鷹じゃなくて?

 

「……?」

「私の丹精込めた手作りだけど、何かぁ?」

 

 兄の傍らで介護役のように控える姫がおだけたように宣った。手作り、だと……?

 

「これが、手作り……?……えぇ?」

 

 ド下手なら分かる。女中共が作ったなら分かる。この身形で?あの普段の乱行ぶりで?この見事な料理を?ウッソでしょ?雪音は、鈴音は訝った。この女の意外な側面に驚いた。

 

「姫様は料理が趣味らしくてね。恐縮ながら普段から御馳走して貰っているんだ」

「そゆことぉ~」

「そ、そう……です、か」

 

 愉快げに応答する姫を見ながら硬直する雪音。負けた気がした。色々と負けた気がした。あの噂に聴こえる御乱行ぶりに対して、この、腕前……?

 

「女中共に作らせているのかと思いました……」

「ところがどっこい、たぁぷり愛情籠めての料理なんだよねぇ~?」

 

 一々反応しなくていいのに、内心で罵倒するがそれまでである。これ以上反発しても惨めになるだけだ。環境や食材の質では技巧も実力も誤魔化し切れぬ差があった。女としての敗北を認めねばならなかった。どうせ自分は無教養の田舎娘である。気にしていない。決して気にしていない……。

 

「それよりも……道中は、何も問題はなかったか?」

「道中、ですか……?」

 

 パクリと、今一つ煮物を口にした兄が尋ねる。その意図を図りかねて雪音は思わず首を傾げた。

 

「姫様から聞いてるんだ。外は、物騒になって来ているとね。それに俺の事もあるからな……特に夜道は危険だから、良く注意してくれ。俺のせいでお前に何かあったら、他の皆に顔向け出来なくなる」

「そのグルグルの包帯顔で言う事ぉ?」

 

 心から心配そうに語る兄を、傍らの淫姫が嘲る。その事に雪音はむっと不快になるが当の兄は苦笑して姫を見た。まるで仲睦まじい男女の戯れ合いのように見えて、雪音は更に不機嫌になる。……兄が懐が広いのと立場のせいなのだろうけど。

 

「入鹿がいますから安心して下さい。彼女は女子ですけど荒事には慣れています。其処らの男なんて素手でも張り倒せますよ」

「頼りになる友人だな」

「はい。全くです」

 

 張り倒す所か、その気になれば破落戸程度は文字通り八つ裂きにもしそうだが……其処までは言わない。

 

「それに主君共々預かりになっている御家から護衛も頂いておりますから」

「鬼月……だったかな?有難い話だ。護衛達の名前は知っているかな?」

「仮名ですが……確か千鳥さんと角葉さんです」

 

 一瞬だけ止まって、どうにか思い出して名を語る。兄の事である。己のために何かしてくれた相手の事は身分の上下関わりなく覚えて置かないと良い顔をしないだろう事は察していた。

 

「そうか。入鹿君もだけど、代わりに礼を言っておくれ。……姫様、御願いしても?」

「何かお土産って事ぉ?……まぁ、其処まで頼むなら適当に御菓子でもね?感謝しなさい?」

「……ふふ。勿論ですとも。雪音、ちゃんと渡してあげてくれよ?」

「え、あ……わ、分かりました!」

 

 兄と姫との間の空気に呆気に取られて、数瞬遅れて慌てて応じる。それが己の妹の安全を高めるためのものであると雪音は理解していた。礼をして、飴をくれる相手とそれをしない相手、どちらをより真摯に守るかは知れた事だ。己の身を思って姫に頼みこんだのであろう事は間違いなかった。しかし……それが出来る程、兄が甘える事が出来る程に両者の関係が深い事の方が衝撃的だった。それは直ぐ様嫉妬に転じる。

 

 兄とのこの近い距離は何であろうか?否、己と初めて相対した時とて馴れ馴れしい事この上なかった。これがこの姫の平常なのやもしれぬ。しかし……宮鷹の放蕩姫の悪名を思えば穿った事を思わなくもない。

 

(それは、悪食です……)

 

 血筋は姫でありながら、余りにも姫らしからぬ悪名。老若男女問わず、身分を問わず、人数すらも問わぬという話が何処まで事実か田舎娘は知れぬ。だが兄に対する身分に似合わぬ距離感がそれに現実味を与えていた。

 

 ……空想する。中身のない空っけつな甘言を唄い、兄にしな垂れ甘える淫姫の姿を。妄想する。はだけさせた衣装で兄の上にのし掛かる女の姿を。その多くを受け入れて来た薄穢い身を貪るように荒息を吐く兄の姿を。

 

 ……馬鹿な。あり得ない。あり得ない、筈、だ。兄は、そんな人じゃない、筈。筈。

 

 …………。

 

「……雪音?」

「……兄さん」

 

 きっと凄くキツい表情をしていたのだろうと後に振り返った雪音は思う。しかしこの時はそんな事に思考を巡らせる余裕はなかった。兄を救わねば。兄を取り戻さねば、そんな考えばかりに頭の中は満たされる。兄さんは、自分のものなのだから。こんな女のものではないのだから。

 

「……あのね、兄さん。提案があるんです」

 

 そして、雪音は謳うように語る。二人の将来を。自信満々に説明していく。夢を見るように笑顔で必死に。兄がそれを否定するとは思えなかった。想像すらしていなかった。

 

 だってそうだろう?兄ちゃんは何時だって自分を否定する事も拒否する事もなかったのだから。兄ちゃんは何時だって自分の味方だったのだから。だから、だから……!!

 

「……済まない。それは出来ないよ」

 

 本当に済まなそうに謝る兄の姿に、唖然として凍りついた。思考が停止して、理解を拒んだ。一体、どういう事?そんな事、どうして……?

 

「落ち着いた後の身寄りについては……もう、決まってるんだ」

 

 そしてチラリと傍らの姫君を振り向く。優しげな微笑みを見せる。嫌な予感がした。止めて。そんな顔を他の女に向けないで。心の内で妹は兄に求める。女は男に訴える。

 

 無慈悲な宣告は直ぐ後に続く。

 

「宮鷹の姫様からの提案でね。……家族に負担を掛けたくないって相談したらここで働かないかって。宮鷹の姫様の雑用の一人としてってね」

 

 殆ど形ばかりのお喋り相手として、姫君の相伴衆の一人として、仕えてみぬかと提案された事を彼は語る。その報酬を、待遇を、職務を語る。家族の足手纏いには決してならぬと。一人でどうにか自立出来るだろうと、朗らかに彼は語り聞かせる。喜ぶように、雪音の提案を思いやるように否定する。

 

「……だから心配しなくていいんだ。気を回して、自分の人生を犠牲にしなくていい。俺はどうにかやって行ける。無理しなくていいんだぞ?」

 

 本当に優しく優しく、まるで労るように彼は語った。感謝すると共に懇切丁寧に拒否をした。それは兄として妹に対する善意であり、誠意であった。年頃の妹に背負われるのも、これからが大事な三男に世話になるのも、実家の次男や両親のお邪魔虫になるのも避けられると……口にせずとも、彼の家族への思いは読み取れた。

 

 ……少女にとってはそんな事はどうでも良かった。彼女の内に抱いた感情は唯一つだった。

 

「……どうして?」

 

 漏れた言葉は余りにも余りにも小さくて、眼前の人には到底聴こえる事はなかった。

 

「ふふっ」

 

 男に寄り添う堕姫が、静かに冷笑した。

 

 哀れみと嫉妬を入り交えた眼差しで以て……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

「へぇーい!らっしゃーいっ!!」

「御予約の御客さんですね?直ぐに御通しをお出しします。席にどうぞ」

『わぁい外食だぁ』

 暖簾を潜り戸を開けば男勝りな店員が元気良く出迎えて、続いて眼鏡を掛けた鋭い店員が応答して席に続く廊下を指し示す。

『まるでてーまぱーくだぜぇ』

「……」

「さて、行こうか。安心したまえ。ここの敷地内における身の安全は連れを含めて保証しよう。……君ならばもう分かりきってるかも知れないけどね?」

『私の力がせーげんされるぅ』

 亡霊が微笑みながら此方を振り返る。腹が立つ程悪意のない笑顔であった。

『此方見て笑いやがってよー』

「そんなの、信用出来ると思うのかよ?……兄貴?」

『でしゃばるなー』

 詰るように吐き捨てる白若丸を手で制する。そして命じる。車に残れと。白と女中共を守れと。神威を監視しろと……。

『私の独占!』

「けど……」

「大丈夫だ。こいつの発言は事実だ。俺の事は安心しろ。だから、な?」

「……分かった」

『……生臭』

 俺が頭をポンポンと撫でて頼み込めば、誠意が通じたのかしおらしく美少年は頷いてくれた。少女にも見えるいじましい視線を向けて来るが、どうにか納得させる。

『禁断の二度堕ちかよ』

「神威、君も外で待機だ。彼も君が居たら落ち着いて食べれないだろうからね」

「マジですか?折角ただ飯頂戴出来ると思ってたんですけどね?……そう警戒してくれるなよ、餓鬼。仲間外れ同士仲良くしようぜ?」

『一人よがり同士?』

 亡霊からの指示に神威は態とらしく宣う。横目に睨み付けて来る白若丸に気安く呼び掛ける。

『慰めっくすでもしてろー』

「……そうだ。口が寂しいならこれでも食べておくといい。私のお手製だ」

「なんすか。これ?」

「食べ掛けのおやつだよ」

『醤油と牛酪の匂い』

 そんな手下と白若丸を一瞥して思い出したように懐から紙袋を差し出す亡霊。受け取る神威。袋の中身を見て、即座に後悔した表情を浮かべていた。

『生焼け極太ぶんぶん丸』

 ……まぁ、紙袋の開け口から一瞬旨そうな湯気と遅れて中途半端に生臭い臭いと『◼️◼️◼️ッ!!』なんて名状し難い奇声と触手みたいなナニカが見えたら当然だった。何か白くて粘ついた汁が噴射して神威が寸前で避けた。糞、惜しい。

『ふぅん。残酷焼かぁ』

「……いる、小僧?」

「要らねぇよ」

「だよねぇ」

『みーる風蜃貝はお嫌い?』

 何処か気が抜けたように二人は無言で共に去り行く。紙袋の中からの悲鳴と足音だけがして、遠ざかっていく……。

『てめーは龍に成れず食われるんだ』

「あれ?食材じゃない感じですか?じゅる。残念……ではでは、此方にどうぞー?」

『悔しいだろうが仕方ないのだー』

 立ち去る二人とナニカを、特に白若丸と紙袋を名残惜しげにして、しかし直ぐに涎を啜り戻して、男勝りな狐の店員が先導していく。あ、狐的には意外とアレは有りなんですか?

『袋を摘まみ食いしたかったんだよねぇ?』

 ……店の外観と中身の広さは明らかに乖離していた。どう考えてもあの外面からこの眼前の見事な坪庭、中庭の存在を認めるのは不可能だった。加えて駄々っ広く長い廊下。見事な絵が描かれた襖で仕切られる幾つもの部屋。吹き抜けは五重、いや六重はあろうか?公家屋敷くらいはありそうな広い空間全体をこれまた幾つもの暖色の灯が贅沢に灯されて、昼間のように贅沢に照らしあげる。

『何人生け贄にしたのかなぁ』

 故に分かる。最初に出迎えた二人と全く同じ面の店員が彼方此方にいる事を。忙しなく店を切り盛りしている事を。彼女らの尻から生える立派な七尾を。妖狐変化による分身……。

『青い方は目隠束縛放置かなぁ』

 狐璃青夜と狐璃緑歌……ぼったくり居酒屋『狐町庵』を運営する妖狐共である。彼女らについては『原作』たる『闇夜の蛍』においてもその存在が明示されていた。

『緑のは後ろから首絞め尻穴攻めが好み?』

 より正確に言えばダースタマキルートにおいて主人公様とマジカル魔羅棒氏や拗らせ大臣らとの密談の場として彼女らの店が屡々使われていた。スチル画にてチラリとその影が見切れていた時、皆が「いやちょっと待てよ」と突っ込んだ。プレイヤーは彼女らの存在を作品が販売・配信されるかなり前から知っていたのだ。

『えすは潜在的えむ』

 鬱でエログロな事をひた隠しての最初期の広報・公式サイトの案内役として、彼女らは十六等身の立絵とは別にチビキャラにデフォルメされて頻繁に使われていたのだ。愛らしく、宣伝動画の解説中にボケとツッコミを入れ合う彼女らを、皆が温かい目で見ていたものだし、キャラクターとして白狐の紹介欄が追記された時には同じ狐繋がりで本編での絡みを期待されていた。作品の本性が現れた後は逆に登場しない事で皆を安心させた。公式サイトでは相変わらずユルユルにチビキャラしていた清涼剤であった。

『白いのとヤッたりヤられたり』

 ……ダースタマキルートが発見されて即座にSNSに投稿された公式絵師のイラストがチビキャラ姿でどう見ても人肉解体・料理中であった。普段通りのデフォルメ顔に背景が赤黒かった。ニコニコ顔で包丁を持ち、煮立つ鍋からは足が突き出ていた。安住の地はなくなった。ガッデム!

『所詮並みの狐だねぇ』

「さぁ!此方になりまぁすっ!遮音と認識阻害の結界はここまでですから、注意して下さいよ?あと、個室の御客さん同士での問題は当店では責任持たないので悪しからず。……店の運営に支障を与えたり、他所の部屋に飛び火はさせるようなのは止めて下さいよ?」

『おりょーり次第かなぁ』

 対面の個室。掛け軸に活け花が飾られている。座敷には座布団があり、机があった。調度品はそれなりの逸品に見える。竹林に溜め池の張られた中庭が見える。

『不味かったら不幸呼びまくってやるぜー』

 その庭の向こう側にも客室があり複数が飯を食っているのが分かるがそれがナニカなのかは分からない。喧騒はない。庭を挟んだ向こうの席の、あるいは他に客がいるらしい前後の個室からの声も何も聴こえない。不自然な静寂だった。狐の説明に基づけば個々の個室は結界で実質的に空間が隔離されているらしい。密室であった。

『お手並み拝見だー』

「お冷やと御通しは此方に。……料理と酒はお任せでしたよね?」

『私お酒のめなぁい』

 指パッチンと共に机の上には二人分のお冷やと御通し……冷奴と枝豆が現れる。夏場の酒盛には嬉しい内容だった。化物の巣穴でなければ更に嬉しい。

『お水一緒にのもーね?』

 都の外京の、その更に悪所となればそれこそ松重の翁と孫娘が潜伏していたように訳有りの者も多い。任侠者に詐欺師、闇医者、モグリ、半妖や異人の傭兵や罪人、央土ではかなりの例外的に知恵ある妖が公然と紛れ込んでいる事も珍しくなく、またそれを咎める者もいない。お互い必要ならば利用するし闇討ちして殺すし、そうでなければ無視するだけだ。検非違使連中も外縁は兎も角奥地まで摘発する事は殆どない。危険過ぎるし御上の利権を犯してしまう可能性もあるからだ。赤穂家の次男は検非違使時代に部下共と愉快犯的に突貫して一夜にして悪所の三割くらい壊滅させたがアレは例外だ。直ぐに首になったし。

『あ、お前あとで砂糖水寄こせよ?』

 『狐町庵』はそんな悪所の最奥街に構えている。あらゆる組織や個人が多種多様の呪い幻術結界を勝手に巡らせてゴチャゴチャとなった悪所の奥の奥である。手練れの忍者でも容易には忍べぬ。その一角のこの居酒屋は其処に更に妖狐の術もあり、仇なす理由から辿り着くのは困難を極める。故に、取引に談合の舞台でもあった。化物と化物、人と化物、人と人の、公然には話せぬやり取りの場……明らかに正規退魔士や公家が身元を隠して利用してるのが終わっていた。

『分かったなぁ?』

「まぁまぁ、座りなさい。腹も減っているだろう?先ずは腹拵えといこうじゃないか」

『誤魔化すなぁ』

 先行して当然面で百貌の亡霊は座布団に座り込む。躊躇なく湯呑のお冷やを飲み干して吐息を漏らす。

『私もごーくごーく』

「……」

『枝豆ぱーくぱーく』

 俺もまた不承不承にすわりこんだ。水を呑んで、枝豆の中身を食らう。香りに比べて塩味は薄めだった。無用心……ではない。この店は設定上ぼったくりではあるが料理の安全性は確約していた。『妖狐共の中』ではここを取り仕切る連中は大分誠実な方であった。飯の安全と、客の匿名性と、食事中の外部からの襲撃については保証していた。それ以外は自己責任だけど。

『舐め舐めした豆を莢に戻したからねぇ』

 ……俺にとってはそれだけでも十分過ぎる程に重要だった。縁を辿られる事、生存がバレる事、居所を気取られる事がない事が何よりも大事であったから。この店はその要件を満たしていた。

『確かにどの式もここまでは入れないねぇ』

「うん。この豆腐も程好く安っぽいね。水気が強いのを薬味で誤魔化している」

「全くだな。酷いもんだ」

『式は、ね?』

 俺は言葉少なく、亡霊はご機嫌に各々通しを摘まむ。断続的に無意味な会話をして、咀嚼していく。暫くして漸く先程の青い七尾がやって来た。料理と酒を携えて。

『滅茶苦茶店の外に屯してるしね!』

「へいへいへいっ!此方料理の第一陣になりまぁす!そんでお奨めの酒の一番槍はコレ!東土の『人でなし』!!各々お好きにお飲み下さいね~」

『くんくん、良い匂い』

がさつに皿を配膳していく狐。茶碗蒸にお浸し、漬物、金平牛蒡、出汁巻卵、酢の物。南瓜に鹿尾菜、あるいは里芋の煮物、茶筅茄子……全体としてあっさりとした軽い料理が多い。量も多くて五、六口で平らげられる程度。前菜といった所か。

『出汁玉子貰うねぇ?』

「『人でなし』かぁ。……あぁ、知ってるかな?これは余りにも酒精が弱くて中々酔えぬ故に客が酒場の旦那を罵倒した所から来ているんだとか。水で嵩増ししただろうとね」

「俺らにはぴったりという訳か」

『酒癖悪い奴は嫌い』

 酒瓶を検分する亡霊の雑学に皮肉で返す。どうせ亡霊は気にしてなかった。罵倒に朗らかに笑ってみせる。瓶を開けて用意された御猪口に清酒を注ぐ。二つ分。一つを此方に差し出す。

『すぐ暴れるからさぁ』

「先ずは御一献ってね?」

「……」

『殴るもんね』

 乾杯とばかりに御猪口を差し出すのを無視して喉に酒を流し込んだ。語られた通りに確かに薄口で呑み易い。今の俺にとっては水に等しかった。多分、一升呑んでも全く酔えないだろう。酒で現実逃避は無理という事だ。

『酔わない方がいーよ?』

「……やれやれ。寂しいね。折角成長した『息子』との席なのにね。これが反抗期というものなのかな?」

『残念だったねぇ』

 首を振って業とらしく溜め息を吐く鵺。名残惜しげに御猪口を呷る様が嘘臭い。

『父親なんてものは嫌い』

「……その息子という言い方を止めて欲しいんだが?家族を勝手に増やすな。もうその手合いのには懲り懲りだ」

『母親も嫌いだから均衡は取れてるけどね?』

 本当に本当に懲り懲りだった。何せ勝手に娘やら母親やら妹を自称する存在が生えて来てるのだ。ホラーだ。もう家系図は滅茶苦茶だ。多神教の神統図でももう少しマシではないだろうか?勘弁してくれ。

『男も女も嫌い』

「気持ちは分かるけどね。それは他の者達に言って欲しいかな。少なくとも時系列で言えば母親や娘よりは私は先の筈だよ?」

「そんな話を聞く連中かよ。……先、だと?」

『皆子供のままならいいのにね?』  

 悠々と他人事の如く語る亡霊に突っ込み、そしてその言い回しに眉をひそめる。手元に勝手にお代わりした御猪口を持ったままに俺は動きを止めていた。相手を見定めるように、身構えていた。見定められた男は、実に意味深げに口元を釣り上げていた。人を弄ぶような笑みだった。

『……』

「お前は……」

「辺境の村が朝廷の統制から外れて忘れ去られるのは珍しい話ではない。そんな村が妖や盗賊の支配下に取り込まれる事もね」

『お前が言ったんだろ』

 勢力圏の拡大のために、そして余剰の人口を吐き出す先として、扶桑は四方の土に拡大し、その先にまでジワリジワリと地盤を固めつつある。その過程で外縁部の多種多様な夷と、怪物と接触してこれを取り込み討伐し、しかしそれは叶わず入り乱れるように勢力圏が混在する事も、返り討ちに合い村や砦が壊滅して、支配される事もまた珍しくない。

『自由に生きろって』

 そして、そんな孤立した村が流浪の荒くれ者共の隷属となる事も……。

『ありのままにって』

「私の権能も万能ではなくてね。血統を辿って乗り移るといっても厳密には色々と条件があるんだ。遺伝というのは結構複雑なんだよ。……君も分かるだろう?」

『責任取れよ』

 単純化してしまえば人の遺伝子は両親から半々に受け継ぐものだ。そして遺伝子は必ずしも受け継いでも絶対に発現するものではない。顕性と潜性というものがある。

『大人は嫌いだ』

「子作りには余り関心がなかったものでね。それに大乱の後に手品の種を気取られて大分右大臣らに根切りされてしまった。……まぁ、単に入れ物ならば適当に培養すれば数は揃うんだけどね。津々浦々に拠点を建てて入れ物を安置するのも手間だし、身元がはっきりとした身体は都合が良い。出来るだけ様々な場所に、様々な階層に、予備は置いて置きたかったんだ」

『大人になるのは嫌いだ』

 摘まみを箸でつつきながら平然と、理路整然と、悪意もないようにそれはもう賑やかに亡霊は語っていく。御猪口にお代わりにして、横目に庭を挟んだ向こうの客間を見やる。何を言ってるかは分からぬが騒々しく言い争いをしている客の姿。

『薄穢い』

「……今はもう壊滅したのだったかな?北土の奥地の奥地、飛び地みたいにかなり勢力圏から外れた村があってね。質の良い霊銀が採れるからと無茶しての開拓だ。妖の密度は高くてね。用心棒らも逃げたり喰われたりとね。そんなのだから通りすがりの盗賊連中に服従して守って貰ってたんだ」

『貴方の産まれも穢い』

 盗賊連中の支配は酷いものであり、それでも滅びるよりは遥かにマシであった。村人は必死に荒くれ者共の機嫌を取る。彼ら彼女らには最早扶桑の地に帰るだけの力すらなかったから。扶桑国は、辺境の代官共すらもう開拓村の存在を忘れてしまっていた。村が滅びるのは珍しくない。助けはあり得なかった。縋れるものに縋るしかない。

『薄穢い肚から』

「あれは何人目の贄だったかな?」

『常世の苦界に忌まれ出で』

 一人の娘が生け贄とされた。身寄りのない村娘が盗賊達の機嫌を取るための慰み者とされた。奴隷のように家事を強いられて、なぶり者にされた。朝も昼も夜と言わずに働く間に代わる代わるに弄ばれた。仕事の最中に引き摺られる事すらも。

『貴方は知っている』

「当時、私の使っていた身体の一つが盗賊の頭でね。避難先を兼ねて、辺境で良い標本でもないか、遺跡でもないかと探索していた頃の事だ。……其処で見つけた訳だ。少しだけ面白そうな母胎をね」

『私と同じ』

 実験材料として集めていた子分共に愛着はなかったし、彼らが誰を使い潰そうとこれまで気にも留めていなかった。これまでは。

『忌み仔の出自』

「部下の間で刃傷沙汰になってね。具合が大層良いとは言っていたがまさか殺し合いをする程とは思ったのさ。……いやはや、確かに珍しい個体だったよ。調べてみたが在野の母胎としては優秀だ」

『貴方はあいつらと家族じゃない』

 その道の精通者たる鵺に言わせればそれは決して有り得ぬ事ではない。度々類似の者は見るものだ。しかし頃合いが僥倖であった。免疫も生命力も高い。だからこそ身寄りなく、華奢な身体で尚も四六時中慰み者にされて生きて来れたのだろう。丁度この地での調査も切り上げ時だった。盗賊団の御頭役も退屈していた。

『貴方に貴方の家族と同じ血は流れていない』

「確かに、より正確に言えば父親という表現も適切ではないのだが……まぁ良い。依代として調整した種と卵を袋に仕込んでおいたんだ。あの良質の袋の内で確実に発芽出来るようにした。幾つ目かの北土における予備だよ。薬もそれとなく与えてあげたよ。神経と霊気の流れに作用する実験薬でね。中々に良い経過が見られたよ」

『だからいいでしょ?』

 何時ものような婢としての飯炊。そして鍋に一滴。盗賊共が二度と目覚めぬ深い眠りについた所で、娘は手に取れる物を取って吹雪の中に姿を消した。身重となった腹を支えながら。そして……。

『あんなのあげちゃおうよ』

「……嘘だな。だったら、もっと俺に早く接触する筈だ。違うか?」

『どうせどっちも血は違うのにさ』

 庭を挟んだ先の客間での騒ぎは一層荒々しくなっているように見えた。それを一瞥して、俺は吐き捨てる。この亡霊の言を素直に信じる道理はないのだから。何か言の葉の罠を仕掛けていると見るべきが道理である。

『真実は何時も一つ』

「君は自分の価値を高く評価しているね?いや、実際価値はあるんだが……それは君自身が産まれ出でた後に勝ち得た付加価値だよ。私が事前に拵えてあげたものではない」

「…………」

『だから貴方は自分を売った』

 ……強がりを見抜いての、鵺の痛烈な返答であった。称賛を装った尋問だった。

『逃げたかったんだもんね?』

 憑依した後の事を考えて確かに遺伝子は弄られている。霊力を有していたのはそうであるし、免疫力、痛覚への耐性、再生能力は母胎の底上げもあって常人以上だ。あくまでも怪しまれぬように違和感を持たれぬ範囲での底上げだ。幼児時代に不信感を抱かれて捨てられては敵わない。実際そういう事例から放流した個体が駄目になってしまった事もある。亡霊にとっては数多ある放し飼いの家畜の一つに過ぎぬ。いざという時の緊急避難先に過ぎぬ。どうせ後から大々的に改造手術するのだ。その素体として優秀であればいい。先天的な下地に必要に応じて後天的に機能を後付けする……それが鵺がばら蒔いた保険の入れ物共の扱いであった。

『売られた方が救われたんだよね?』

 だからこそ、土蜘蛛の巣穴で標本採取し、分析した時には驚いたものだ。ここに至るまでの経緯を知らずにいたのが悔やまれる。きっと貴重な情報を得られただろうにと。経過観察の資料はないだろうかと……興味津々の亡霊の世迷い言。

『出た家には帰れないんだよ?』

「はっ。じゃあ……憑依してみろよ。今すぐに。俺に説明なんざする必要が、何処にある?えぇ?」

「本当に残念だと思うよ。その身体、隅々まで調べたいし、頭も捌いてみたいものだ。だがそれは敵わない。今の君を力尽くで捕らえて捌くのは困難だ。身体を貰うのは尚更にね。……中に入った途端喰われかねない」

『皆の所には帰れない』

 色とりどりの摘まみを好き勝手に食べて、幾つかを空にし終えての一杯。そして此方を観察しながら嘯く鵺。俺を見る。俺を見渡す。俺の顔を見る。俺の瞳を見る。俺の瞳の奥を見る……。

『それが貴方への救い』

「それに憑依の類いは繊細だ。下等な御守や護符ですら肉を持たぬ身では命に関わる。皮膚を剥いで神経剥き出しみたいなものだからね。当然だ。それをあからさまに身構えられるのに取り憑きに行くなんて怖くて怖くて……無謀だよ」

『私のものなのに居候しやがってよー』

 俺の内心の衝撃を何処まで理解しているのか、飄々とした軽い物言いは神経を無思慮に逆撫でする。苛立たせる。俺は酒を呷って怒りを鎮めんとするが……薄い酒精では無理な願いだった。

『貴方には私だけいたらいい』

 ……会話の間隙を狙い済ましたように狐が次の酒と料理を持ってきた。明太子に鰹の叩き。海蘊に烏賊素麺。鮪の煮付け。鯛の刺身。栄螺の蒸物。焼秋刀魚。蜆汁。海の幸。共にする酒は『潮噴』。先程とは変わって非常に塩辛い。

『私だけがその権利がある』

「ふむふむ。来たね。……新鮮な海の幸だ。遠慮なく食べるといい。間違っても傷んだものはないさ」

「……」

『私だから権利がある』

 俺の沈黙に何も問わず、本当に遠慮なく食べて呑み始める亡霊。三杯呑みきって、刺身を頂戴して、話を続ける。

『貴方の帰る場所』

「偽物……といったね。修正しよう。アレはそんな陳腐な物ではないよ」

『私達は同類だから』

 庭の向こうの客間で、大柄な影が頭らしきものを裂いていた。触手らしきものが同席する何者かを襲う。皿が割れる。料理が、酒が、ぶちまけられているように見えた。悲鳴は聴こえない。誰も助ける客はいない。店員すら見殺しするに任せる。悲惨な光景を肴にしながら亡霊は続ける。

『おー烏賊ならぬー』

「先程言ったように君の肉体を構成した種と卵は私が用意したものさ。土壌たる袋の影響も受けているとは言え、本質的には全て私が拵えたものさ。それが意味する所は……分かるね?」

『御公家の踊り食いだねー』

 血の内に流れる情報。遺伝子は全て鵺が用意して、調整した。ならば、それを再度再現する事は可能なのだ。

『アイツら同様欲深い末路ー』

「まぁ、母胎の影響を反映した肉体の微調整は必要だし記憶の設定は別途必要なんだけどね?幸い、見本はあったからどうにかなったよ」

『この人の記憶もアレだけどねー』

 回収した血肉から、あるいは弟妹の記憶から、故郷の記憶を、子供時代の記憶の記録をそれらしく構築していく。不明瞭な点は記憶の混濁を利用して違和感を緩和する。培養した肉体に流し込まれた『記録』は鵺にとっても自慢の逸品だ。

『ある意味貴方よりも貴方らしいかも?』

「十割……は流石に自惚れているかな。流石に彼の地母神の因子については納期のために妥協したよ。何度も失敗したからね。けれど九割……うん。九割四分くらいは再現されているんじゃないかな?君が彼の地母神の因子を直接取り込む前に限定すれば九割九分、六厘までいけてる自信もある」

『そう思わない?』

 鵺は瞳を輝かせて誇らしさすら見せていた。機嫌の良さそうに語る様はまるで子に対して自慢する父親のようであった。ある種の純粋さすらあった。酒を呷る。踊り食いが始まった横の客室の惨状を影絵芝居でも見るように鑑賞する。

『あっちは異物抜きだもん』

「……戯言だな」

『純粋な貧農の糞餓鬼』

 俺は振り絞るように呟いた。息をゆっくりと吐き出す。鵺がその目元を冷たく細めた。

『種も卵も違う長兄』

「戯言?」

「お前の言が事実である保証は何処にもない。何一つ証拠がない。証明する物品はない。無学の貧農だからってほいほい騙されるかよ」

『貴方の正当なる可能性』

 口では誰もが何でも言える。その真贋を示す物的証拠はここまで何一つ示されていなかった。仮に事実が混ぜ混まれているとして、全てがそうである証拠もない。詐偽の御約束だ。嘘の中に事実を、事実の中に嘘を仕込む。そしてそれらしい真実に見せ掛ける。

『本来の運命』

「俺は俺だ。種と卵がお前由来としても、俺は母の腹ん中で育ってんだ。それに魂は模倣出来ても複製は出来ない。俺の魂は俺のものだ」 

『優しくても愚かな長兄』

 半分は己に言い聞かせるように俺は反論する。鵺という人でなしは話術で他者を取り込む手合いだ。乗せられてはならない。それさえ覚えておけば良い。十薬一進がそうであったが、無垢の魂を加工して限りなく瓜二つの人格を削り出す事が出来ても狭義で言えばそれは模倣の域は出なかった。個は何処までも個であった。

『貴方では家族を救えない』

「そろそろ本題に入ったらどうだ?そんな思い出話に華を咲かせるために飯に誘った訳じゃないだろう?それとも息子と酒を呑んでみたかったとでも?だったら他の奴にしろよ」

『身を売っても先延ばしただけ』

 そうだ。魂胆に嵌まるな。話に流されるな。本質を掴め。こいつの言に従えば野放しの息子は幾らでもいる筈だ。危険を冒してそんな感傷のために呑みに誘ったとは思えない。其処には理由がある筈だった。こんな手の込んだ事をする理由が……。

『その筈だった』

「其処だよ」

『貴方が知恵を教えたせい』  

 此方の理論武装、此方の疑念を、それをまるで待っていたかのように亡霊は人差し指を此方に向けて来た。言葉が止まる。機先を……制される。

『貴方が頑張ったせい』

「其処が興味深いからこそ、こうして危険を承知で会いに来たんだよ」

『苦界でもがく日々が伸びただけ』

 話が早くて助かるとばかりに鵺はウンウンと頷く。箸を明太子に向けて、大きな卵袋に齧りつくと酒で流し込む。

『細やかな幸せも』

「私はね。君のようなものを製造する場合、規格統一のために魂を培養しているんだ。心が壊れてたら作っても無駄骨だからね」

『破局は一瞬!』

 元となる魂を肥やす。そして分ける。分けたそれを加工する。勤勉に、誠実に、道徳を持たせる。お利口さんに設定する。憑依先の予備を可能な限り生存させておくためだ。我が儘な糞餓鬼なぞ愛情込めて無理してまで育てる者は決して多くはないのだから。

『貴方の自己犠牲は』

 逆説的に、環境という外的要因の影響を受けるとしても設定された範囲内に性格と行動が収まる筈なのだ。本来ならば。

『貴方の偽善は』

「……何が言いたい?」

『本当に愚かしい』

 努めて平静を装い、俺は問う。この会話の核心へと迫る。亡霊は本当に本当に興味津々に身を寄せて、そして此方を覗きこんだ。

『本当に空回り』

「『彼女』から話には聞いていたが実に興味深いと思ってね。その魂に刻まれた不自然な記憶……私はそんなものを設定した覚えなんてないのだけどね?」

『本当に哀れ』

 亡霊は俺の最大の秘密に、その核心の輪郭を撫でるように、まるで弄び焦らすかのようにして触れて見せる。

『本当に愛しいね』

「養育費代わりとは言わないけどね。……どうかな、私達と取引をしないかい?決して悪いようにはしないからさ?」

『酷い父親だね』

 亡霊は甘い甘い。余りにも甘い誘惑を囁き始めた……。 

『そのゆーわくはどちらを選んでも貴方を苦しめる』

 

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