和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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ファンアートのご紹介をさせて頂きます。

此方シンジさんよりAIイラスト、雛姫様です。マサイの戦士騙されない。詰め物しているのは卑しい血筋で分か……(ジュッ)
https://www.pixiv.net/artworks/136739264

 素晴らしい作品、誠に有難う御座います!


第二一七話●

「やはり家族が恋しいのかな?」

 

 白黒に彩られた世界で問われた。未練がましく振り向いていた視線を問いを投げ掛けられた方向へと戻す。

 

 正面にて、対面で向き合うようにして、自分とは比べ物にならぬような出で立ちの麗人がいた。切り株を椅子代わりに腰を下ろして、興味深そうに此方を観察する。性質の違う二つの瞳が此方を見据える。まるで命を握るかのように。見定める……。

 

「……いえ。大丈夫です」

 

 否定の言。一瞬言い淀む。そして続きを紡ぐ。

 

「あの人達は……家族じゃ、ありませんから」

 

 過去を振り払うようにして呟いた。吐き出すように宣言した。己自身に言い聞かせるようにして断言した。頭の中を整理して、理路整然に己を納得させる。全てを投げ捨てる。

 

 そうだ。これで良かった。これが三方良しである筈だった。皆が幸せになれる選択肢。それは欺瞞でも虚勢でもない。厳然たる事実であった。嘘偽りはなかった。唯、自分が女々しくも割り切り切れなかっただけで……。

 

「彼処は……自分が居るべき所じゃありませんでしたから」

 

 自分なんかが居て良い所ではなかった。自分なんかが飯を食べて良い所ではなかった。家族面するのが気持ち悪かった。己の存在そのものが疎ましかった。窒息しそうだった。皆の心の内が怖かった。自分を見る両親の、その瞳の奥の本音を知るのが怖くて怖くて仕方なかった。だからこれは逃げに近かった。解放だった。もう、『家族』に怯えなくていい。そして義理は果たした。恩は返して、恩を売った。背負っていた荷は降りた。だから何も、良心は痛む事はない……。

 

「それでも、居たい場所ではあったんじゃないかな?」

「……」

 

 試すような質問に、沈黙するしかなかった。意地悪な質問だった。痛い所を突いて来る質問だった。折角振り切った縁を結び直すようなお節介だった。

 

 ……そうだ。認めよう。確かに自分はあの輪に居たかった。だけどそれ以上にあの輪が怖かった。ずっと居られる居場所が欲しかった。唯それだけなのに。酷い、酷い運命だった。

 

 折角手に入れられた家族だと思ったのに。

 

 乞い求めた、血の通う家族だと思ったのに。

 

 全ては所詮幻想に過ぎなくて……。

 

「……名残惜しさがあるだけ幸せな事だよ」

 

 紡がれた言の葉は内なる慟哭を読み取ったかのようだった。それは慰めと嫌味と哀れみが丁度等分にした声音に思えた。青年を、静かに見上げる。

 

「名残惜しいだけ……」

「だってそうだろう?本当に不幸なのは縁を切った所で葛藤すらない事さ。そんな関係しか築けなかった家族だ。確かに君は心が軽くなったが同時に苦しんでいる。それはそれで幸福な事さ。良い家族だったという事なのだからね」

「……」

 

 否定も肯定もしなかった。沈黙の二度打ち。それもまた一つの答えだと認める。認めるだけで己に当て嵌めるかは答えない。それもまた逃避であった。答えを出さず、ひたすら逃げ続けて来た自分の常套手段。賢しさを偽る。本当は臆病で優柔不断なだけの癖に。

 

「……まるで、自分はそうだと言ってるみたいですね」

 

 無礼な質問返しは話題の矛先を逸らすための細やかな嫌がらせだった。立場を弁えぬ発言は感情に任せて。不用意に口にして、遅れて余りにも礼を逸している事に気付いて気まずくなる。バツの悪い表情を浮かべて目を逸らす。対面より漏れる苦笑……。

 

「成程。これは痛い所を突かれた。いや……どちらかと言えば胆力を評するべきかな?いやはや、自分から売り込んで来ただけはある。意外と負けん気が強いね?」

「……」

 

 愉快そうに爽やかに笑って魅せる青年の態度に、一層バツが悪くなった。情けないと思った。自分がみみっちくて浅はかに思えた。

 

「御無礼を……」

「はははは。……いや、構わない。本音を隠して溜め込まれるよりかはね。賢しく装われ続けても此方としては気が張るというものだ。適度に脇が甘い方が安心出来る。それに、子供らしい所があるのも良いね」 

 

 それは褒められているのだろうか?舐められているのだろうか?馬鹿にされている?俺は先程の無礼も、己の立場も忘れて胡乱な眼差しを相手に向ける。その態度に更にからかうように笑われた。完全に翻弄されていた。恥の上塗りであった。悔しい……。

 

「助職よ、ここにいたか」

 

 端よりて野太い声音が響いた。そちらを向けばノシノシ、そんな擬音が聞こえそうだった。贅を凝らした肉が脂肪を揺らして近付いて来ていた。目の前にまで視界一杯にまで来て此方を見下して、珍妙そうな表情をして暑苦しい大きな鼻息。肉男は端的に本題に入る。

 

「警戒中の隠行共から報告があった。西の方に妖共の群れだそうな。此方に迫っておる」

「先日報告のあった商団を襲った連中でしょうね。この道を進んで良かった」

「愚か物共よ。我らの臭いに釣られて来よった。力量も図れぬ無能共かな?」

「さて。それだけの自信があるのかも知れませぬよ?」

「馬鹿馬鹿しい。それ程の物が要るならば儂の手下が五体満足で帰って来れぬわ」

 

 貴人二人の会話は、しかし本来ならば今すぐにでもこの場から遁走すべき内容だった。商人は卒倒し、公家は雑人の尻を叩き、武士すらも青ざめよう。それを平然語る様は無知でも無謀でもない。唯、彼らにとってそれこそが職務であるだけだ。

 

「……っ!」

「君はここに……いや、それよりも車に乗った方が安全かな?」

 

 此方の緊張に青ざめる態度を察したのだろう。青年が提案する。傍らに来た肉男は情けなさを小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

「無用の心配よ。あの程度儂がさっさと片付けてくれるわい」

「衆頭殿が?ですが、ここは私が赴いても……」

 

 青年が怪訝に首を傾げて意見するのを肉男は手を翳して制する。ふんっ、と今一度鼻を鳴らす。

 

「若輩者は控えておれ。立場を弁えずに悪目立ちするものではない。此度の詰まらぬ雑務、なれどそれでも目をつけられたく無かろう?儂の報告を切っ掛けとなれば尚更目覚めが悪いわ」

「衆頭殿……痛み入ります」

 

 深く深く、謝意を示す青年。慇懃にして無礼とならぬ一線を見定めた所作であった。

 

「ふん、小賢しい。……何、昼餉の後のちょっとした運動よ。薬師にも適度に動くように言われているからな。……おい小僧」

「え、は……?わっ!?」

 

 本来ならば存在すら無視されて当然の己への不意打ちの呼び掛け。視界に巾着袋が迫って慌てて捉える。ジャリとした音がする。

 

「これは……?」

「飯後の甘味と食っておったら薬師に文句を言われてな。代わりにくれてやるわ」

 

 不本意げな物言いでの賜下。恐る恐ると青年と肉男を見る。青年が命じて応じて紐を解く。覗くのは鮮やかな彩りであった。

 

「……こんぺい、とう?」

「む?知っておったか。詰まらぬな」

 

 砂糖の塊。北の辺地の餓鬼が生涯見るか知れぬもの。肉男は見世物でも見るように此方の反応を期待していたようで、期待外れから退屈そうに残念がる。

 

「衆頭殿もお人が悪い。捨て犬に餌をやるのとは違いましょうに」

「貴様がどんなつもりで態々こんな小汚い餓鬼を買ったのかは知らぬがな。死人みたいな暗い顔を見せられ続けても不快よ。狐が皮でも被っているのではないか?」

「狐ならもっと可愛げのある反応をしてくれますよ」

「むぅ……反論出来ぬ」

 

 参ったとばかりに肩を竦める。そして踵を返す。妖退治に、向かう。

 

「えっと……そのっ!」 

「ぬ?」

 

 此方が発した言葉に振り返る。何事だとばかりに怪訝な表情を浮かべる肉男。その圧に一瞬緊張して、しかし……言葉を紡ぐ。

 

「あの、その、ありがとう……ございます」

「……礼を述べる程の事ではないわ」

 

 頭を垂れる俺に、一層不機嫌そうに鼻を鳴らして去り行く。その背が見えなくなるまで頭を下げ続ける。

 

 何はともあれ、彼とは長い付き合いになるだろうから。その内心は何であれ、行為には感謝はするべきであろうから。

 

 ……冷たい風に身震いする。

 

「……衆頭の菓子は甘味が強い。茶がいるね」

 

 震える俺の背を擦り、青年は提案する。此方が顔を上げると優しげに微笑んだ。

 

「北土の秋は余りにも短い。もうこんな酷い寒波だ。……温かい車の内で茶と菓子で贅沢に八ツ時とでも行こうか?」

「子供扱いですか?」

「君は子供だろう?……屋敷に『帰った』ら着る物も仕立てないとね。そんな遊びも飾り気の欠片もない襤褸着では子供らしくない」

「……」

 

 頭を押さえつけるように、背丈を分からせるように撫でられて、大人げなく仏頂面となる。立場が違う。心外でも反論しようがなかった。反論する意味がなかった。そして、何よりも……。

 

「……子供でいても、いいんですか?」

 

 囁いた涙交じりの呟きは、風音に消え入りそうな程に小さくて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「半径三里の円状に」

『ふぅん、箱庭という事かぁ』

 鵺は御猪口の水面を揺らし眺めながら発した。反響する声音は妙に部屋に響いていた。

『手の込んだ家畜小屋』

「……何の話だ?」

『去勢した家畜の詰め場所』

 突然の提案、その第一声に俺は眉をひそめる。此方の反応を見て、亡霊は薄っぺらい微笑を浮かべる。

『随分と穏健だねぇ?』

「彼女の提案だよ。君が匿われているらしい何処かの桃源郷を起点にして、その半径三里の円状の一帯を授けようという訳さ。今のように人が人らしく生きられる自治区とせよ、とね」

『慈悲深い事だねぇ?』

 扶桑の央土は尋常ならざる豊穣の地。その肥沃な土地は同じ面積で四土の数倍、辺地の十倍の実りを育む……というのは誇張はあっても虚構ではなかった。そんな肥沃の土地の一角を切り分ける。半径三里。直径六里の円……扶桑の地図にて全体から見下ろし見ればそれは確かに寸土に過ぎぬ。

『猿について沢山勉強した?』

 しかしながら土地の地味は濃厚にて、そして個人の持ち得るものとしては十分に過ぎるだろう。大地主でも有り得ぬ広大さ、その名を知られる北土の三大地主家でも有り得ぬ。万単位の民草は養えよう。

『お前が沢山教えたんだ?』

「無論、霊脈や水脈を領域の外から塞き止める等という小賢しい真似はしないよ。完全なる自治権だ。人種の生存と自立、自主自尊、そして自由の権利。誓約にてそれを明記すると言っている。全て君のもの。君の権利。君への贈り物……だそうだ」

『神様らしくない』

 鵺は、提案している自身すら内容に驚いているように思えた。それを聞かされた俺は尚更である。その内容が二重の意味で信じられなかった。

『猿に妥協するなんて』

(これは……主人公様と同じっ!!?)

『異端の神』

『闇夜の蛍』、その数多に分岐するストーリーの一部にて救妖衆の幹部の幾種か、あるいはその盟主たる大妖怪から問われる提案、俺に向けられたものはそれと非常に酷似していた。故の、衝撃……!!

『だけど正統の神』

「……世界の半分って訳じゃあないんだな?また随分とせせこましい条件だな。えぇ?」

「個人が潤うには余りにも十分だと思うけどね?器量に合わぬものを背負うと押し潰されるよ?これくらいの土地ならば、それに付随する財と人があれば、一人の人間が悠々自適に欲望を満たして果てるには不足はないんじゃないかな?」

「ほざけ」

『正道の神』

 心底軽蔑を込めて吐き捨てる。この提案をした者の性根を蔑む。

『救世を望む神』

 鵺の、鵺の背後の存在の提案は実に俗っぼく、実に浅ましく、そして……誘惑に満ちていた。自治区の設定。その保証。それは善を誘惑して悪に誘う。

『万物の救世を』

 現実の醜さ、愚かさ、不条理さにに打ちのめされて踏みつけて、己の弱さに絶望して心の弱り果てる主人公……其処に囁かれる提案は砂糖よりも甘い。どうにもならぬ破滅の道。其処に伸ばされた蜘蛛の糸。

『万生の共存を』

 全てが終わる。全てが破滅する。大事な者を全て失う。その運命に抗おうにも何もかもが足りない。そんな中で化物は囁くのだ。猫の額程度の細やかな安住の地をやろうと。大切な人々を其処に連れるが良いと。誓約に従い絶対の安全を保証された約束の地にてお前達に狭い自由をくれてやろうと……地獄の袋小路の中でその猛烈な誘惑にどうして逆らえようか?主人公とプレイヤーは選択を迫られる。

『万種の共栄を』

「此方の望む条件は二つ。君の知る全てを教えてくれ。そして、此方の邪魔をする全てを止めてくれ。それさえ守ってくれれば……君に平穏と平安と、自由と幸福を保証するよ。君が望むなら、選別前の物と者とを幾らでもくれてあげよう」

「……俺なんかの路傍の石に御執心とは、暇人か?俺よりもその提案をするに相応しい奴は幾らでもいるだろうによ」

「暇……なのは否定しないよ。今の彼女にやれる事は限られているからね。会話一つにすら飢えているんだ。……其処に、君が現れた」

『永劫の繁栄を』

 亡霊は俺を見据える。本当に本当に興味深そうに作品を観察する。

『閉じた円環にて』

「彼女……お前らの大将、の事か」

『ひたすら廻る』

 俺は記憶を掘り返して振り返る。あの縋り着く酒池肉林の中、俺に嘯いた「それ」。他の者達と明らかに違う気配……後に屋敷の連中を一人一人検分したが件の者は見つけ出せなかった。やはり、か。あの時に記憶を盗まれた……。

『……気持ち悪い』

「夢幻の内での会合で君の事を語られたよ。本当に驚いた。元より彼の地母神の因子を原液で取り込みながら人を装えるんだ。色々と周囲に手伝って貰っているようだが……だとしても信じ難い事態だ」

「提案の内容からして……全て抜け取れた訳じゃあないようだな。俺を捕らえて頭蓋をかっ捌いた方が早いんじゃないか?えぇ?」

「それは先程言った通りさ。君の中にいる彼の神の端末を怒らせたくない。彼女も君の中に入って直ぐに逆鱗に触れたそうだ。お痛されたと嘆いてたよ」

『まるで母親面』

 それに君の執着している者らも怖い……鵺は本当に困り果てたように苦笑する。

『大きなお節介』

「……俺の妄想、とは片付けないんだな」

「それは有り得ないね」

『大きな御世話』

 事象が起こる度にそれが「原作の内容」として無意識に補完されている可能性。俺自身も疑いを完全に否定出来ぬそれを、しかし鵺はやはり否定する。

『お前も分かってる癖に』

「君の辿って来た苦難はその程度で乗り越えられるものではない。伊達と酔狂、その程度乗り越えられるなら誰だって苦労はしない。何よりも彼女は騙せないよ」

『所詮他人事って事だよねぇ?』

 上位の神格は物質的存在でありながら概念的存在でもある。世界の理の一角。矮小な猿の思い込み、妄想なぞ看破しよう。騙し通せる筈もない……そう、断言する亡霊。

『協力してるだけだもんね?』

「良かったね。少なくともその点に関しては君は正気だ。その記憶の起源は未だ不明だが、それだけは間違いないよ」

「そりゃあ結構。精神鑑定をして貰ったつもりはないわ」

「ほんの気持ちだよ。別に養育費の足しにしようって訳じゃない。素直に受け取りなさい」

『一蓮托生するつもりはないもんね』

 そしてまた一方的に料理に舌鼓を打つ亡霊。暫しその咀嚼音のみが場に響く。庭の向こう側の客席では丸呑みを終えてしまったようで異様な影が腹をポンポンと撫で回していた。大満足そうだった。

『無責任な奴』

「はーい。御客さんがたぁ、漸くお待ちかねの肉料理ですよー?あ、ちゃんと注文通りに普通の獣肉しか使ってないんで安心して下さいねー?」

「普通って何だよ普通って」

『いえーい』

 重苦しい中に空気を読まずか、読めずか、青狐の店員が三度、酒瓶と料理の山を持って現れる。七尾を器用に手のように扱い肉盛りの皿を纏めて連れてきた。……というか普通じゃないのあるんかい。包丁とか俎とか使い回してねぇだろうなおい?

『肉だぜぇ』

「……。はい、三発目は南土にその名を知られた銘酒『熊襲殺し』!!滅茶苦茶強いので気をつけて下さぁいっ!!」

「この冒頭一瞬の沈黙は……?」

『一番高いの貰ぃ』

 突っ込みをカラリと爽やかに流して狐は配膳。逃げるように退室しに行った。……大丈夫?欠片とか混ざってない?

『やっぱ霜降だぜぇ』

「うむ。やはりここの焼鳥は良いね。この味噌肉も中々……あぁ。これとかどうだい?鶏もつ煮。精力が付くよ?」

「精力が付くというか精が入ってるんだが?」

『モツ系はきらーい』

 御立派な白子特盛煮を容赦なく串刺したきんかんと紐を頬張りながら平然として勧める父親を自称する亡霊。デリカシー皆無であった。デリハラである。牡丹に嫌われるのも納得だ。

『せくはらやろー』

「それは心外だな。彼女の前では良き大人。良き師として努めて振る舞っていたつもりなのだが……彼女も良く私を尊敬してくれてたよ?」

「裏切りのお陰で反転したけどな」

「裏切り?心外だね。あれは師としての宿題だよ。ちゃんと色々と攻略法は想定して抜け道は作ってあげたんだよ?本気で害するつもりならもっと酷い蟲を喰わせているさ。彼女がどんな風に乗り越えるか師としてとても楽しみにしていたんだが……」

『馬乗りしそうな淫魔になったなー』

 其処で一旦間延びして、感慨深そうにウンウンと一人頷く。当の元弟子が見たら今すぐ殴り殺しに来ていただろう素晴らしいくらいに悪意皆無の表情だ。

『ムッツリにはお似合いだぜー』

「……うん。やはり幸運も手伝ったとは言えあのような形で乗り越えてくれたのは嬉しいね。誘導した所があるとは言え覚悟を決めての判断、選択。真に退魔士らしく心身共に成長したと言えるだろう。喜ばしい事だ」

「単に経過観察したかっただけだろうが?」

『マジで喜んでやがる』

 妖母因子を取り込んだ俺の因子を受け継いだ妖化標本、それが増える事を見越していたに違いなかった。もしかしたら牡丹の身体の中に残されている蟲の死骸にその手の機能を備えさせていたとしても可笑しくない。

『人の心とかないんかー?』

「ふふふ。一石二鳥……いや、君の事を思えば三鳥、四鳥くらいはありそうだね。私は本当に良い弟子を持ったものだ」

「心にもない事を……」

『私の事いってんのかー?』

 心から喜ばしいとばかりの軽薄な感嘆。そんなに評価しているなら直接会いに行けば良いだろうものを。きっと翁と仲良く歓迎してくれる筈だ。大量の式妖と術式で以て。確実に魂を滅するつもりでヤってくれる筈だ。勿論、こいつがそんなキルゾーンに向かう可能性は皆無である。

『因みに私も魂いらなーい』

「いやいや。単に私も色々と忙しいんだよ。……あぁ、そうだそうだ。どうせだから後程文を渡してくれないかな?私の式で送ると追尾されかねないからね」

「パシリかよ。臆病者め」

「臆病でないと私のような雑魚なぞとっくの昔に滅してるさ」

『色々仕掛けてるもんなぁ』

 鵺は挑発に欠片も乗らなかった。罵倒を平然と受け入れる。蕩けそうな猪肉の角煮を崩して頂く。悪意も罪悪感も皆無だった。図太過ぎる神経。

『喰ったらお腹壊しそう』

「……さて。話を戻そうか。愛弟子とは言え弟子は弟子。他人の話よりも今は息子の話だよ。一切合切の何よりも子を優先せねばね。血は水よりも濃い」

「……」

『安全対策しやがってー』

 随分と身内思いな事で……内心で蔑む。どの口でほざくかと詰る。突っ込みはしない。話が脇道に逸れる。黙って先を促す。庭を挟んだ向こうの席では影が天井に壁にと飛び散った血飛沫を舐め取っていた。

『厚かましく父親面しやがってよー』

「先程の提案については良く考えた方がいい。何事も先ずは最悪を想定するべきだ。全てを失う可能性と天秤に掛けるか、それとも……最低限大切な者達だけでも守るか。最善の選択肢が何かを考えるんだ」

『私のよりはマシだけど』

 父が子を窘めるように宣って、そして微笑む。悪魔が誘惑する時の面構えだった。

『善意自体は本物とか』

「君に提供される土地の広さと豊かさならば万人からの民草を永続的に養う事が出来るだろうね。そして君は其処では絶対の君主だ。……それが意味する所は分かるね?」

『質が悪いね』

 自治区の提供。それは俺に向けてのものであり、つまり俺との誓約。つまり俺が根拠であり権利者という事。ならばその内にある限り俺は確かに住民にとって神に等しい。生殺与奪の権限を手にしているのだから。

『性格悪いね』

「老若男女、誰もが君に媚びへつらう事になる。君に選ばれるために全てを捧げる。財を、家名を、血統を、人を。何もかも君の望むがままだ。大切な者達、その者達の家族友人を含めてもまだまだ席はあるだろう。それだけあれば個が贅を尽くすには十分だ。効用は一定の水準を越えると効率が遁減するものさ」

『自覚的に』

 村一番の娘でも、豪商の令嬢でも、喫茶店の看板娘でも、公家に大名家の姫君でも。あるいは稚児でも良い。美男子でも良い。半妖や夷人異人も可能。より高尚にその道の名人達人といった教養人を集めたいならそれも良いだろう。扶桑の地に居るならば例外なく選り取り見取りの選びたい放題だ。

『無自覚に』

「君が事前に好みの外見や立場、技能性別等々条件を指定してくれれば確保した物を一覧させて上げるよ。其処から必要分だけ持って行くといい。取り過ぎたら後から間引きしないといけないだろうから其処は注意する事だね」

『善悪の境が曖昧』

 選ばれなかった連中がどうなるのかは……言うまでもないだろう。無論、彼の魑魅魍魎の総大将はより効率的に持続的に産業的にそれをして見せる。畜産業……。

『あんたとの相手は面倒臭い』

「……随分と低俗な提案だな?俺を見くびってるのか?そんな提案に転ぶ俗物だと?」

「彼女から聞いた君の隠れ家の様子からの例えなのだが……違うのかな?」

『仕方ないから見逃してやるよ』

 悪意なくとも辛辣な言であった。確かに俗物だ。だが……落ち着け。向こうの考えを、向こうの知る情報を引き出せ。そのための質問を考えろ。

『今はな』

「……そうだな、退魔士連中ばかりを選んでもか?あからさまに臥薪嘗胆捲土往来を狙った人選でもそちらは許容すると?」

「其処は君が居る時点で大した違いはないね。君がその気になれば幾らでも戦力を産ませられる筈だ。彼の地母神の因子の品種改良力を舐めない方がいい。それに比べれば多少退魔士連中がいた所で大きな差異はない」

「はっ。俺は種馬かよ……」

『こいつは私のだ』

 ここに来て知りたくなかった己の性質を明言されて顔をしかめざる得なくなる。屋敷の女共に仕込まれた呪いを思うと一周回って憂鬱になる。やはり俺の体液は特級呪物扱いなのでは?……入鹿や牡丹の事を思うと今更か。

『それだけは譲らないよ?』

「その辺りは松重の翁殿にでも助けを求める事だね。あるいは、十薬の作品達の手も借りるのも手だ。その手合いの生化学的な取り扱いには慣れている筈だよ」

「其処まで知られているのかよ……」

『こいつの魂は私のものだ』

 特に後者については痛かった。化物共の与り知らぬ所故にいざという時の搦め手に使えないかと思ったのだが……あの時に何処まで情報が抜かれたのか分からないのが悔やまれた。きっと知られた情報については先手先手打たれて対策されているに違いない。迂闊だった。

『私が持っていく』

「……因みに、俺が死んだら誓約は終結って落ちだったりするか?」

『私が遊ぶ』

 化物連中の持ち掛ける誓約が落とし穴付きってのは御約束だ。まぁ朝廷や退魔士家もその点では良い勝負ではあるが……。

『私が独占する』

「これを見なさい」

『ずっとずっと』

 まるで予測していたように、焼鳥(砂肝)を食べながら懐より巻物を取り出し差し出す自称父親。ジロリと巻物とその持ち主を相互に見やる。警戒。

『警告はしたからな?』

「安心しなさい。文面に呪いを仕込むなんて真似はしてないよ。あぁ、巻物自体に毒を仕込むとかもないからね?」

「……」

『ふぅん、それが提案?』

 物言いに苛立ちつつ俺は乱暴に巻物を奪い取る。触感から違和感がないか確認する。上等な扶桑紙だった。ゆっくりと、ゆっくりと広げていく。横目に少しずつ文面を視界に入れていく。少しずつ文字を認識していく……。

『読むの下手だから音読しろよー』

「君が死亡した場合血統上の後継者の誰か……あぁ、指名不可能な状態にする事での誓約解除だとか、面倒な条件を付けて後継争いで自滅させるだとか、そんな罠は仕込まないからね?」

『甘い内容だなー』

 鵺は即座に此方の抱いた疑念を払拭する。御丁寧にも丁度此方が視線を向けた文面を諳じるような機会の良さ。眼球に変な寄生虫でも入り込んでいるのではと怪しみ思わず目元に触れていた。不快に鵺を見やる。そんな此方を見て亡霊は微笑して語り続ける。庭を挟んだ向こうの席では部屋を綺麗に舐め終えた影が狐相手に会計を始めていた。

『笑うんじゃねー』

「基本設定は男女問わず長子優先、その上で誓約対象者の指名で資格ある者ならば誰でも権利の継承が可能になっている。血統が完全に絶えぬ限り君を祖として全ての血族が継承資格保持者の有効範囲内という訳で……まぁ、今の君ならそのつもりになれば吸命やら脱皮やら使って幾らでも延命出来るんだろうけどね?」

「人を打倒されるべき化物扱いするな」

『打倒されたら私が貰ってくー』

 人界を支配して搾取して延々と生きる人外。きっとその内勇者的な奴が現れて討伐されるフラグである。……というか待てよ。この誓約、デフォルト設定だと長子って馬鹿蜘蛛になったりしない?もしかしなくてもアイツが正統後継者?なれば、それは……!

『アイツきらーい』

「読めて来たぞ。お前の上司からすれば自治区が出来ようと同じ事なんだな?」

『アイツは厄介だもん』

 半ば人外な俺が、あるいは俺の後に蜘蛛が自治区の長になろうとそれは人界を認める事にはならない。単なる昔からの土地神によるまつろわぬ民草の支配でしかない。魑魅魍魎連中にとっては譲歩にはならないのだ。そしてそれは、恐らくは原作での環(雄)への提案も同じだった。

『馬鹿みたいな面して』

(それどころか……こいつらからすれば手綱を握れる自治区に手練れが詰めこまれている方がやり易いのかも知れねぇな)

『運命に干渉しやがってよー』

 隠密潜入暗殺、あるいは広範囲面制圧、自爆特攻型等々、退魔士連中にはまともに相手するのが厄介過ぎる異能技能術式持ちも少なくない。葵や雛なぞ真っ正面から突撃してもかなり良い所まで行くだろう。赤穂家は言わずもがなだ。

『私の呪いも弾くしよー』

 そういう人外人が扶桑の朝廷が滅びる最中、あるいは後に呆気なく死ぬか?あり得ない。雌伏して、あるいは非正規戦を続けるに決まっていた。頭退魔士の容赦ない戦法ならばかつての大乱を知る怪物連中なら嫌な程理解していよう。

『馬鹿なのが救いだけどさー』

「自治区は鎖。檻……か」

『社会の檻ー?』

 守る物がない頭退魔士連中を放置するのは危険過ぎる。ならば守るものを与えてやればいい。頭退魔士共は、しかしそれは単純な復讐のためではなく人界のために戦うのだ。人の生存権、生存圏、一族の将来を含んだ安全のために。自治区を与える事はそんな連中を妥協させて一つ所に集めて監視しやすくする効果があった。あるいは……同じように自治区の提案をされている連中がいるかも知れない。

『水は低きに流れる』

(そしてその場合、連中にとっても俺が誓約者である事は許容される……)

『人は易きに流れる』

 頭退魔士な彼ら彼女らもまた妖母因子を持つ者の存在を、誓約の要たる存在をこの期に及んで脳死で駆除はしまい。寧ろ積極的に種馬として利用を考えよう。誓約者の予備を確保するために、そして戦力拡充のために自らの一族の肚を差し出す……それが人の皮を被った怪物を戴く事になるのだとしても。よりマシな選択、より勝算ある選択故に。帝と同じ神輿である。より実があるだけ重宝するかも知れない。奥にてひたすら腰を振らせて鉄砲玉を作らせて、悲願叶った暁には血統を纏めて処分するだけの事だ。

『人を犠牲にしてでも』

「前の大乱で彼女は学んだ。与えられた幸福では人は納得しないとね。だから選択の余地を与えるんだ。彼ら彼女らの面子を立たせてあげる訳だ。逃げ道……といってもいいかも知れないね」

「そして歳月を掛けて骨抜きにしてやる、と?」

『自分達を優先する』

 大きな組織では大きな権力闘争が。小さな組織では小さな権力闘争があるものだ。そして怒りは持続させるのには体力を使う。平穏と平和は精神を堕落させて守勢に導く。世代を経れば尚更に。外を知らぬ者、当時を知らぬ者がどうして外を求めよう?猫の額程の豊穣の大地で十分に腹は満たされるというのに?

『悪辣だよねぇ』

「監視役に幾体かの妖を捕食の禁じるのと引き換えに潜入・駐屯。舶来品等の自治区外の品の商取引の条件……」

「監視役というのは不適切かな。自治区の秩序維持にも関わる。君を守り、君の密偵となり、君の認可があれば抹殺も行う」

「それが都合が良いから、か?」

『人らしい手口』

 それこそ間接的に自治区に影響を及ぼそうという意図が透けて見える要目だった。貿易による経済的な介入は無論、俺の命を盾に何をしてくれるか。因果の倒錯、主従を入れ替え、手段の目的化……俺を利用する退魔士連中を時間を掛けてその認識を変質させるくらいありそうだ。俺を利用する事から奉仕する事をその目的にする。武技ではなく性技を本分にさせる。百年二百年かけてその牙を抜いていく……。

『そういう所だけ解像度高いんだからさ』

「……そうだ、自治区の外縁は灰色の領域にして見てもいいかも知れないね。人と魑魅魍魎の入り交じる領域さ。人も怪異も誓約に縛られぬ一帯。果たして人が絶対の安全圏のその外に自ら足を踏入れるのかどうか……社会実験として興味深いとは思わないかい?」

「汚い幻想の郷かよ」

「?」

『全てを受け入れるという事かぁ』

 思わず思い浮かんだ光景への罵倒は、鵺には理解出来ずに素面で首を傾げた。其処は抜き取れていないのな。本当に継ぎ接ぎの内容ばかりのようだ。

『私は受け入れられるのかなぁ?』

「……今すぐに血判しろって訳じゃあないだろう?期限を目先に区切るのは詐偽の常套手段だぜ?」

「今更君に返答の必要はない……と言っても怪しまれるだけだろうね。分かった。ここに明言しよう。彼女が言うには誓約は何時でも受け入るそうだ。但し、選別は誓約が成されてからの実施だ。つまり、遅れ過ぎれば君の大切な存在を末端連中が摘まみ食いする事になるかも知れない。結論を先延ばしにするのはお勧めはしないかな?」

「あの俺の模倣品の事か?」

『貴方は受け入れる?』 

 俺の身内に態々接触させたのだ。俺への脅迫のためにどんな仕掛けがあるのか知れぬ。内にアンブッシュのために化物の卵でも埋め込んでいるのではないか……?

『ふふふふっ!』

「いや、アレについては単なる興味本位の作品であり、尚且つ君に接触するための撒き餌だよ。加えるならば……そうだね。君のためでもある」

「俺のため?……冗談だろ?何を考えている?」

「冗談ではないよ。あぁ、確かに仕込みと言えば仕込みではあるね。……そうだね。少し説明してあげようか?」

『今更だよねぇ?』

 そして父を自称した亡霊は宣っていく。アレの存在意義を。血も涙もない存在意義を。平然と。悠然と。自慢すらして。善意一杯に。

『へぇーそれが産まれた意味かぁ』

「そ、れは……」

『それが生きる意味』

 絶句。それは何に対してのものであったか。言の葉を呑み込んで理解するのは容易ではなかった。言霊でないのにそれ以上の重みが胸にのし掛かる。

『苦界に落とされた意味』

「上手く使いなさい。君にとっても都合が良い筈だ。……後始末なら此方で請け負うとしようか?権力は本当に便利なものだよ」

「ふざけやがって……!」

『私みたいだねぇ』 

 平気な面でそんな事を言えるのは人の心がないからに違いなかった。そうでなければ……そんな発想は思い付かない。其処に籠められた慟哭に思い至らぬ筈がない。

『私よりは意義あるかな?』

「……料理も粗方片付いてしまったね」

『幸せ者だね』

 寄代の身体を改造したのだろうか?かなりの料理と酒があった筈なのに気付けば殆ど空になっていた。俺は途中から口にする気にならなかったから、残りは目の前の男の胃袋に収まったと思われる。健啖家、それ以上に図太い神経。無神経。それもまた、演技かも知れなかったが……。

『恵まれてるね』

「……割勘なんて吝嗇臭い事いうなよ?」

「先手を打たれたか。……もしかしてだが、君の知る光景にこれと類似する流れがあったりしたのかな?」

「さてな」

『少なくとも泣いてくれるのはいるもん』

 探りを入れようとする鵺のこれ以上の追及を避けるように、俺は立ち上がる。もうこれ以上ここにいる意味はなかった。否、居たくなかった。

『羨ましいね』

「残念だね。折角なのだからもっと語り合いたかったのだが。甘味はこれからだよ?」

「……あんたは初代の帝と共にこの国を建てた筈だ」

『狡いね』

 名残惜しそうに、あるいはそれを装う鵺に向けて、俺は一方的に話題を変えた。鵺は此方を見上げて眼を細める。

『お前はどうなの?』

「教えてくれよ。どうしてお前さんはそちら側にいる?何故己の建てた国に仇を為す?」

「その質問は鎌掛けの類いかな?それとも、其処については君も把握してないという事なのかな?」

「尋ねているのは俺だ。どうなんだ?」

『答えろよ』

 話が逸れぬように剣呑に警告する。肩を竦めて、残る酒を御猪口に注いで鑑賞する亡霊。嘗ての、建国の功臣……。

 

「……そうだね。彼は本当に良き友だったよ。良き主君とも言えた。大言壮語で皮肉屋で、賢くも愚か、冷笑家でお調子者で……うん。見ていて心底飽きない人物だったよ。永く生きて来たが中々彼処までの人物はいなかった」

 

 朗らかに笑いながら鵺は語るのは、恐らく扶桑の最初の君主の事であった。心の底から楽しげな笑みだった。

 

「彼の夢は余りにも非現実的でね。けれど決して全くの空想ではなかった。周囲を支える者達がいればあるいは……大分分の悪い賭けではあったがね?」

「お前はその賭けに乗った」

「乗せられたとも言える。私が言うのも何だが彼は随分と口八丁だったね。知らぬ間に何度名を使われて知らぬ契約をさせられた事か。……ははは、まぁ其処は御相子様だから均衡は取れているんだけどね?」 

 

 それは素晴らしい栄光を語るように。輝かしい日々を振り返るように。穏やかに瞠目して嘆息する。

 

「建国の功臣は皆絶えた。お前さん以外は。その立場は絶対的だった筈だ。疎まれて命を狙われる事とてあり得ない。立場に重みがあり過ぎる。必要ならば全てを得られた筈だ。実験とて予算も材料も……にも関わらず、何故?」

 

 合理的に考えて、誰もこの亡霊に逆らう事は出来ぬ筈だった。歴代の帝も公家も配慮せざる得ない。化物に与する理由は本来何一つない筈だった。外法を術を研鑽しようとも沈黙するしかない。反逆の理由も裏切りの理由も、ならばどうして……。

 

「どうして、ねぇ」

 

 疑念に関して、少しだけ困ったように顎に手をやり思慮する。それは苦悩というよりも、言語化への苦慮のように思われた。そして……語る。

 

「そうだね。……扶桑は本当に良き場所だったよ。人界における実験場としてこれまでになく安定して優良だった。だけどね、今となっては大分社会形態がゴチャゴチャしちゃったからねぇ」

 

 一度真っさらに初期化したいんだよ……真っ当な素面にて亡霊はそう放言してみせた。新しい実験器具が欲しいとばかりに。

『……ふぅん』

「……あぁ。そうかい」

『忌まわしい奴』

 それ以上は何を聞いたとて実りのない事を理解して、俺は部屋の障子を強く引き開く。

『ばいばーい』

「あ、御客さんおあいそ……」

「あいつが払うさ」

『あ、御菓子貰うねー』

 丁度対面での接触。食後の締めに甘味を甘酒と共に持って来ていた青狐に向けてそっけなく言い捨てる。序でに甘酒は拝借して、そのまま俺は立ち去っていく。

『砂糖水もー』

「有意義な時間だった。今度また一緒に飲まないかな?実の親子としてね?また奢るよ?」

「俺の親父はお前じゃない」

『今度は甘味中心がいいなー』

 背後からの呼び掛けに、俺はそれだけは明確に指摘した。

『貴方に必要なのは私だけだ』

 背後からの、それ以上の呼び掛けはなかった……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

「ん?師匠殿の身体はぶっ壊した感じか?」

「まだ呑んでるから残ってろよ」

「はは、マジか。何時戻って来てくれるのかねぇ?」

『みーる君は何処ぉ?』

 肌寒さを感じる夜風が吹く中での蝦夷の男との短い会話。そんな蝦夷と隣り合いあからさまに殺気を放ちながら牽制しあってた元稚児は、此方を認識すると打って変わって心配そうに駆け寄って来る。

『棄てられてる』

「兄貴……」

「今日は疲れた。帰るとしよう。……頼むぞ?」

『食べ物粗末にすんなー』

 それはゾロゾロとやって来るだろう各種の尾行を巻く事を、である。

『三度堕ちかよ』

「あ、あぁ!任せてくれよ!!」

『ちゃんと臭い誤魔化せよー』

 張り切ったように必死な笑顔。愛情に飢えてるのだろうか?そんな事を思うと上から目線で不遜ながら何処か愛おしくすら思えてくる。頭を撫でる。車に向かう。

『臭い辿って来るからなー』

「お前達も、もう大丈夫か?」

『クンクン……』

 神威に倒されていた護衛兼務の女中らへの呼び掛け。車の周りで座り休んでいた彼女らに体調を確認する。

『慰めてたなぁ?』

「問題はありません。お役目は……十分に果たせます!」

『夜の事考えてたなぁ?』

 代表して一人が健気に応じれば皆が続いて頷く。俺も頷き合わせる。無理に反論しても無意味故に。

『牝豚めー』

「帰ったら食って寝て、良く休め。分かったな?」

「旦那様、あの、もしやそれは……」

「いくぞ」

『様を見ろー』

 女中達の疑問に応答せず車に乗る。深く座り込む。溜め息。そして……差し出された袋に荒々しくぶちまけた。

『此方も臭う』

「オエッ!!えっ、ぐっ、うおォォォォッェ!!!??」

「にぃさま!!大丈夫、大丈夫ですからっ……!!」

『獣臭い』

 何度も何度も絶え間無く。背中を擦って貰ってひたすらブチ撒ける。胃の中がスッカラカンになるまで繰り返す。それは店の中での会話の途中からずっとずっと求めて堪らなかった事だった。

『酒臭い』 

 車の内を酸えた悪臭が広がっていく。革袋の中は半分以上満たされていた。ぜいぜいと肩で息をする。全身から汗が噴き出して、意識が揺れる。精神への負担は体を蝕んでいた。

『性格悪い鬼』

 糞、糞っ!!畜生っ!!!!これだからっ!!俺はっ!!俺は、俺なんかはぁ……あぁ。気持ち悪ぃっ……!!!!

『狐が弄るのずっと見てたなぁ?』

「うおェェェッ!!!?」

「にぃさまっ!!」

『黒い狐に教えてやるの?』

 泣き出しそうな白い妹を撫でて宥める。泣き出しながら片手で慰める。吐きながら。

『生き恥だねぇ』

「だぃ、丈夫……だいじょうぶ、、はは。問題、なぃ……訳もなぃかぁ」

『それにしても沢山出したねぇ?』

 空元気しようにもその気も起きなかった。知らしめられた事一つ一つを受け止めるのがおぞましかった。己の在り方、己の同一性が揺らぎそうだった。

『貴方は私のもの』

「俺は……俺はぁ……そうだ。そうだ。俺は、俺の筈だ。この、程度で……情けないッ!!」

『それさえ支えにしたらいい』

 それこそ、俺よりも十薬の二人の方が、あるいは獅子舞の方が悲惨な在り方だろう。それに比べれば俺は……本当に情けない。自分事でなければここまで心揺さぶられる事はなかったろうに。そも、あの会話の何処までが事実であると断定出来ようか?

『それを柱にしたらいいんだよ?』

「……にぃさまぁ」

「はぁ、はぁ……そんな声出すなよ。ははッ。飲み過ぎちまった、な?……それで、いるかい?甘酒残ってるぜ?」

『狐臭いからいらねー』

「っ!!?」

『出待ちー』

 よしよしと白い妹を慰めて、俺は拝借していた甘酒を差し出しながらそいつに尋ねた。いつの間にか車の真っ正面の席に胡座で相席する蒼い鬼。白が、白那が、ギョッと見つめて怖じける。牙を覗かせて目元を細めて、獲物を目敏く見据える凶鬼の美しい風貌……。

『もしかして見られてたかもって思ったぁ?』

「……言っておくが巻物をくれてやっても事態は変わらねぇぞ。どうせ予備をひょっこり手渡して来るだろうからな。それよりも連中殴り殺しに行く方が確実だ」

『手遅れー♪』

 鬼がここに顔見せした理由を予想しての提案。拘りの強い異常英雄愛者な鬼である。どうせなら提案通りに殴りに行って欲しい。対消滅してくれたら万々歳だ。

『彼と私以外対消滅しろー』

『そりゃあお前の仕事だろ?俺様の前座なんだ、それくらいちゃっちゃとヤってくれたまえよ?』

「無理を言ってくれる」

『お前も私の前座だー』

 愚痴りつつも内心で安堵。一発アウトで血潮にさせられる可能性もあったのだ。この発言を引き出せただけ幸いと言えた。少なくとも、ここでゲームオーバーではないから。

『殺したら私のものになるもんねぇ』

 ……その時はその時で素直に死んでやる義理もないから全力で抗うけれども。

『死んでも私が貰ってあげるー』

『目下の見所は取り敢えずアレの相手かねぇ。お前さんがどんな悲劇魅せてくれるか、ワクワクだぜ。上手く乗り越えろよ?多くの哀しみを背負って英雄は強き者になるんだからなぁ』

『伝承者かよー』

 ニヤニヤとして顔を歪めて歓喜する鬼。獅子が雛でもなぶるかのような仕草。悪趣味そのものだった。

『見てんじゃねーよ』

「鬼かよ」

『鬼だけど?』

「そうだったな。正直驚きだぜ。あの屋敷の時点で落第かと思ったんだがな」   

『賭博に夢中だったもんなぁ』

 女達と妥協した、あるいは邪神と取引した弱さを不合格として採点されないか戦々恐々だったのだが。

『子育て中だったもんなぁ』

『英雄色を好む……って陳腐な理由じゃないぜ?いや何、澄まし顔の金髪の小娘の泣き顔が傑作だったかんなぁ。加えればぁ……!!』

「うおっ!?」

『アイツ何処までデカくなった?』

 突然立ち上がると目の前にまで迫り来る鬼。濃厚な酒臭さを纏った身。吐息。思わず口元を覆う。両手を振り上げて来て、身構えて……!!

『あ、それくらいの大きさ?』

「……何それ?」

『何って。大勝ちしたから期待に答えてやったんだが?』

「いや誰の?」

『別次元からの期待にも答えたねぇ』

『中央アメリカのパナマと陸上で国境を接している南アメリカの国はどこでしょう?』への回答染みた姿勢を決め顔で見せつけて来る鬼との、まるで意味の明瞭としない会話。

『貴方のガキッ!の事だよぉ』

『雄ならこまけぇ事は気にするなよっ!ほれほれ、あの時のお前さんのお陰で今懐はホクホクなのさ!ほれ、このホクホク具合を分けてやるぜ!』

(ホクホクと言うよりベトベトだな)

『ムワッも追加でー』

 具体的には襟元から剥き出した谷間に埋まる顔が酒臭い汗で汚れてしまった。面以外は最低の鬼に抱き締められた所で嬉しくなかった。

『臭いなぁ』

『おいおい美人に抱かれて嬉しくないのかよ?乳いるか?』

「寧ろ胸元で吐いていいか?」

『それは勘弁しろよ』

『酒と獣とゲロで辛い……』  

 此方の願いに慌てて埋めていた顔を押し退ける鬼。軽い振る舞いに感じる力強さがその化物染みた剛力を改めて実感させる。

『換気しろぉ』

『そんじゃあま。釘を刺すのは今回はこの辺にてってな?』

「ああっ!?」

『すーはーすーはー』

 そして革袋を白から踏んだ来る鬼。態々中身を嗅いで鼻を摘まんでニヤける。

『早く締めろやぁ』

「臭うなよ」

『こいつ貰ってくぜ?』

「そんなの何に使う気だよ」

『需要と供給』

『淫魔向けー?』

 認可を貰うつもりはないようで、水風船のように革袋を締めて綴じてタプタプと揺らして遊ぶ鬼。

『乳も揺らすなぁ』

『んじゃあ。ばいびぃー?』

『嫌味かよー』

 その一方的な別れの挨拶と共に霧のように霧散していく鬼。霞かかって露のように消えていく。

『おい、押しやるな』

「にぃさま……」

「……大丈夫だ。もう消えた、筈だ」

『窓から出たねぇ』

 未だ警戒しながら怯える妹分を落ち着かせる。大丈夫、か。この車に好き勝手出入りされてる時点でな。

『少しマシになった……』

「旦那様?何か……ありましたか?」

『狐獣がいないともっと空気が良くなるのに』

 コンコンと窓際を叩きながらの女中の呼び掛け。防音の結界が結ばれている車故に本来何があろうと外からは感じ取れぬ筈であるが……半開きになってる故だろう。成る程、ここからか。

『おい閉じるなよー?』

「いや。何もない……すまん。革袋をくれるか?」

『二度打ちは止めろよー?』

 白を膝に乗せて頭を撫でて抱き締めながらの注文だった。

『おい』

「……少し、こうしたままでいいか?」

「に、にぃさま!?ふ、ふえっと……!?」

『溢したけど?』

 返答を待つ事なく、俺は彼女にぎゅっと縋るように抱き付く。まるで下の弟が上の姉にそうするように。

『臭っ……うぇー』

「頼むよ。……恋しいんだ」

『革袋来たらゲロってやるー』

 人肌が。家族の温もりが。寄り添える人が。甘えられる相手が。

『逃避しても逃げられないのに』

 そうしないと何時までも吐き出してしまいそうだから。

『現実からは逃げられない』

 吐瀉物と共に大切なものを何もかもぶちまけてしまいそうだったから。

『貴方の望む世界はない』

「頼む……家族でいてくれ……」

『貴方の望む家族なんて与えない』

 孤独は、怖くて怖くて、仕方なかった……。

『貴方は私のだから』

 

 

『永遠に私と二人ぼっちだ』




((((((((((っ・ω・)っブーン

⊂(* ´ ꒳ ` *)⊃バ

┐(´∀`)┌『テンイカンリョウ!』

(*ノ▽ノ*)『アッチデノワタシノゴロクヲツカッタカンペキナセンデン!!』

(* ^ー゜)ノ『コレナラバミンナノハートハイチコロネ!』

(*´∇`)ノ『サァミンナ!コッチデモプリティナワタシガセンデンニキタワ……』




( *^・∀・^*)『白綺の代わりに宣伝する青夜様だぜ』
(^ミ◝ω◜ミ^)『同じく緑歌よ。運営から注意されたのでAA使った方見れたのは選ばれし強き者のみになりましたね……』



(´゚д゚`)『!?』

(´゚д゚`)『ナニコレ……』

( ´゚д゚)『……サクーシャ?』

( ´゚д゚)『…………』

( ´゚д゚)『セッカクワタシノファンニチガイナイウンエイカラテーセイワレタノマタナノ……?』

( ´゚д゚)『…………』

(。-ω-)『…………』





レ(´鉄`)ヘ三┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣
  /╲/\╭(ఠఠ益ఠఠ#)╮/\╱『ユルセナカッタ!シンザンモノニセンデンニドウチスルサクシャガユルセナカッタ!!』


意訳:「な……なんや……チアーズプログラムに作者のプライドが吸い込まれていく……。因みに後書きだとAAがズレるから丸と一話でこの後書き投稿したら規約違反で一時この作品の霊圧が消えたらしいよ」
/╲/\╭(ఠఠ益ఠఠ#)╮/\╱『ザマヲミロ!!』


   
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