和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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貫咲賢希先生、uzman先生より白のイラストを頂きました。前話の前書きに追加してありますのでどうぞ御一見下さいませ

また貫咲賢希先生よりお気に入り二万人突破の記念イラストを頂きました、有り難う御座います!

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第三章 子供の持つ憧れなんて所詮は麻疹みたいな一過性のものだよねって件
第二〇話● 焼餅、野狐禅


 そこの諸君、いきなりの事で済まないが万が一貴方が武器を持って人外の化物と戦わなくてはならなくなったら一体どのような武器を手に取るだろうか?刀?弓?槍?あるいは斧か、鞭か、銃だろうか?何にせよ、武器を選ぶ際はイメージや格好良さだけで決めるのは止した方が良い。そんな軽い気持ちで選んだのなら十中八九後悔しながら死ぬだろう。

 

 下人という人外の化物共と戦う立場に陥った俺がその手持ち武器として槍を選んだのも、当然ながら趣味嗜好のためではない。もっと実用的かつ合理的な要因からであった。

 

 実際問題、槍は極めて有効的な武器であると言えた。刀剣類よりも間合いが遠いために接近戦のリスクは小さく、また鈍器類よりも扱う上で筋力を必要とせず隙もない。更には弓矢よりもずっと修練する上で簡単だ。銃?残念ながら火縄銃が主流なこの世界では連射性に劣るし、何よりもそんな高価な装備下人風情ではまず渡されない。突く・切る・叩く・払う・防ぐ・投げる事が出来る攻守一体の武器であり、安価であり使い捨てしやすく、何よりも扱いが容易……故に現実の世界においても銃火器の台頭以前の軍隊において最も高い装備比率を誇った汎用的な武器、それが槍なのだ。

 

 これらの利点からして俺が下人となった上で槍をメインウェポンとしたのは当然の事であろう。ここにサブウェポンに、其処らの石でも使え、携帯しやすく、また扱いやすく、何よりも投石による音で敵に位置を欺瞞出来る投石器を据え、その他小刀や煙幕玉や発光玉等が俺の通常装備となる。これがチートなんざない俺がこの世界で生き残る上で考えた手に届く範囲内の装備の最善の組み合わせだ。少なくとも俺はそう思っている。

 

 ……尤も、幾ら俺が頭を使おうと、努力して知恵を回そうともどうにもならないものは存在する。今正に俺が相対している少女も恐らくはその部類に入る代物であろう。

 

「どうしましたか!?不遜にもたかが下人の分際で格別に従姉様に目をかけられているというのに、貴方の力はその程度なのですか……!!?」

 

 おかっぱ頭の可愛らしい赤紫色の髪を揺らしながら少女は叫ぶ。叫びながらギラギラと日の光を反射させて光輝く長刀を構えていた。

 

 そう、長刀だ。十代前半の少女が持つには余りに大きいそれを少女は軽々と掴み、構える。その色艶、輝き、迫力、一目で業物に類する類いのものだというのはド素人でも分かった筈だ。というか俺は原作知識でそれが正真正銘の妖刀『赤穂討魔十本刀』の一本であり『根切り首削ぎ丸』という滅茶苦茶物騒な名前である事も、彼女の御先祖様が化物共相手にまんま名前通りな使い方をしていた事も知っていた。

 

「……無茶苦茶だな。こんなの勝負になるかよ」

 

 下人らしく黒い装束に身を包み、仮面で風貌と表情を隠した俺は槍を構えて小さく呟く。無論、それは刀剣と槍の力関係についてではない。

 

 まともに戦えば刀剣類は十中八九槍に勝てない。余りに間合いが違い過ぎるからだ。遠方から攻撃出来る武器の方が有利、それは戦いにおける基本中の基本だ。

 

 しかしながらそれは普通の人間同士での事である。槍を扱うのが唯人で、刀を振りかざすのが人外の化物を虐殺する事を生業とする退魔士であれば話は変わってくる。下手すれば火縄銃の弾丸程度ならば避けたり切り落としたりしてくる奴ら相手にどうしろというのだ。

 

「たく、どうしてこんな事になったんだ……?」

 

 最早端から勝利する事なぞ諦め、どのように向こうが納得する形で負けられるかに思考を割きながらズタボロになって御臨終間際の下人班長用長槍(三代目)を構え、俺はこのような事態に陥った理由を思い返していた……。

 

 

 

 

 鬼月の遠縁である逢見家の屋敷は多くの北土の退魔士達のそれと違い「迷い家」化してはいないがそれでもたかが平民の家の百倍は敷地がある。当然主人一家を世話する雑用や女中等の住まいもあった。

 

 屋敷の端の端、急遽建てられたような数棟の小さい掘っ建て小屋は鬼月家から連れられてきた下人達のための住まいである。

 

 正直言って居住性は糞だ。幸運にもこの世界には霊脈があり、そこから溢れ出る霊力はあらゆる面で人々に恩恵をもたらす。都の霊脈はこの国で最も太く強大であり、それ故に気候は安定し、水も豊富、天然の湯すら噴き出しているので粗末な掘っ建て小屋にいようとも暑さ寒さに過剰に怯える事もなく、何なら桶に湯を注いで簡単な湯浴びも出来る。だが中は狭いし、虫は入ってくるし、窮屈この上ない。

 

 班長になった際、色々と怪しい陰謀を勘繰った俺であるが、この時ばかりは鬼月思水に感謝した。ただの下人ならば一人一畳半のスペースで雑魚寝する事になっていた。先日の化け狐との戦いで全身血塗れの包帯を巻いてゾンビ状態だった俺がそんな環境に置かれれば相当な負担になっていただろう。班長になったお陰で相変わらず狭くても一人で小屋を独占出来るのはかなり助かった。

 

 尤も、それはそれで問題点もあるのだが……。

 

「……朝、か」

 

 何処ぞから聞こえて来る鶏の鳴き声に俺は薄い藁の布団の中で目覚める。羽毛?綿?んな高価な寝具下人なんかが使える訳ねーだろ。

 

 長月……前世でいう所の十月の半ば頃、漸く傷が塞がり、骨が繋がってきた俺は冬が近く肌寒さを感じる中で藁布団の心地好さを名残惜しむように悶える。うん、このふんわりとした毛皮の感触と温かさが中々この時分には……って、うん?

 

「っ……!?」

 

 咄嗟に俺は布団の中の違和感に気付いて瞬時に脳が覚醒、飛び起きると共に掘っ建て小屋の壁際に跳躍し懐に隠していた護身用の短刀を引き抜いて臨戦態勢を取っていた。

 

 布団の中に誰か、あるいは何かがいる……それはこの世界においては笑い話ではない。妖の中には何処ぞのホラー映画の如く布団の中からこんにちはしてきてそのままこの世からお別れさせてくるような輩だって幾種類も存在するのだ。少しでも違和感があれば、怪しければ注意しろ、それがこの世界で長生きする秘訣である。というか注意してても死ぬ事も珍しくない。相変わらず糞みたいな世界だな。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……何者だ?」

 

 朝っぱらから全身に嫌な汗をかきながら緊張に表情を強ばらせて俺は呟く。すると藁布団の中から何かが蠢き始めていた。俺は次に何が起きても良いように脳内であらゆるシミュレーションをしながら眼前の存在に注視する。そして……。

 

「はぁ……はぁ……ふぅあ……、あの……漸く起きて下さいました……か?」

「はぁ?」

 

 小さく白い白張姿の人影が藁布団から身体を起こした。少し舌足らずの幼い口調。そして何よりも印象的な二対の白い狐の耳に同じくクッションのような一本の白い尻尾………その全てを総合して、俺は相手の正体の答えを導き出して唖然とした。 

 

「し……いや待て。貴様は誰だ?」

 

 動揺に一瞬その名前を言いかけて俺は訂正する。そうだ、一目見ただけで相手をその人物と断定してはいけない。化物の中には幻術や認識阻害、変化等で姿を欺瞞する存在も珍しくなかったからだ。いや、それもあるが何よりもこいつが本人だとしても原作知識を思えば一切の油断は出来ないのだ。

 

「えっ……?あ、あのぅ…わたしの事覚えて……」

「いいから名前を言え!!」

「ひゃい!?」

 

 俺が声を荒げて命じると跳び跳ねるように肩を震わせて、頭を押さえてプルプルと震える人影。狐耳と狐尾はしなだれる。その姿に罪悪感に胸を痛めるが警戒を解く事はない。

 

「え、えっと……わ、わたしは白です!!ひ、姫様の御側仕えを……」

「何故ここにいる!どうして布団の中にいたっ!?」

「ひゃい!え、えっと、その……姫様からの御命令で伴部さんをお呼びに参上したのですが……その……」

「何だ?何をしていた?」

 

 言い淀む少女を責め立て、問い詰めるように俺は追及する。少女は少し恥ずかしげに袖で口元を隠すと、此方をちらちら上目遣いで見ながら答える。

 

「お、お疲れだったようでお声をかけてもご起床下さらなかったので……そ、その小屋のなかまで入らせていただき……体を揺すらせていただいたのですが……」

「が?」

「その……寒いと言って布団の中に引きずり込まれて……尻尾を抱き枕代わりにされて動けずそのまま私も寝入ってしまいまして………伴部さん?」

「…………」

 

 恥ずかしげにモジモジと話す少女は、俺の額に皺が寄っていく事に気が付き不安そうに声をかける。一方、当の俺は彼女の話を聞いて今頃になって記憶が甦ってきて頭痛に眉間を押さえていた。

 

 ……あぁ、うん。俺のせいじゃねーかよ。

 

 昨日は長らく療養していて鈍った身体の感覚を取り戻すために随分と鍛練していたが……少し無理し過ぎたらしい。相当疲れて寝ていたようだ。まさか不用意にも傍らで起こされても起きないどころか寝惚けながらそんな事……もし相手が搦め手を仕掛けてくる類の化物ならば死んでいたな。

 

(いや、別にこの一月寝ていたばかりではないけれど………)

 

 化け狐との戦いで身体を動かせなくてもやれる事はある。書籍の類いから勉学に努めていたし、霊術の鍛練もしていた。何なら式神経由でやって来たあの妖殺爺から簡単な指導を受けたり、気紛れ気味に顔を見せてきたゴリラ姫様からも教えを受けていた。少なくとも無為に、遊んで過ごしていた訳ではない。それでもやはり昨日は特に疲れていたという事なのだろうが………。

 

「随分と情けないな……」

「えっ……?」

「此方の話だ。気にするな」

 

 俺の独り言に反応する白い半妖に俺は短刀を仕舞いながらそう言い捨てる。

 

「それよりも八つ当たりになったな。済まん、今度謝罪代わりに何か持ってこよう」

 

 一応最低限とは言え衣食住が揃っている下人でも少しくらい……本当に雀の涙くらいは給与はある。特に班長になれば下っぱ時代よりかは給与も多少は上がる。

 

 俺も生きるために必要な道具を入手する時以外は碌にそれに手を出す事はないので大金ではないが多少蓄えはある。八つ当たりの謝罪に玩具なり菓子類なり買うくらいは出来るだろう。

 

「ふぇ!?そ、そんなものだ、大丈夫です!!そんなご無理をなさらなくても私は……」

「いや、そちらこそ遠慮する事はない。世話をかけたのは此方だからな」

 

 そう言って俺は気取られないように目の前の少女を観察する。そうだ、遠慮する事はない。此方もその方が無駄に不安にならずに済むから。

 

 一月程前にゴリラ姫……鬼月葵の側仕えの雑用として召し出された白という少女の根源は前世のゲームにも登場した化物であり、今は無力な半妖である。しかし、だからといって油断出来る要素は何処にもなかった。

 

(最善はあのまま孤児院でひっそり生きてくれるのが万々歳だったのだがな)

 

 原作宜しくいつ力を取り戻して拗らせながら覚醒してくるか分かったものではない。一応妖としての側面の大部分は失った筈であるし、ゴリラの側仕えとしてならば碌に戦う事も無かろうが……この世界のシビア具合を考えれば楽観視は出来ない。いざという時に拗らせながら原作主人公のイベント介入からのバッドエンド化なんてされたら目も当てられない。

 

 というか覚醒した段階で俺が恨み辛みの対象になっていないなんて断定出来ない。最悪覚醒と同時にミンチにされる可能性もあった。いや、それならまだ即死出来るだけプリン案件よりはマシなのか……?

 

 そうでなくても、狸な元陰陽寮頭から責任を持って預かるように命令されているのだ。あの女……後になって気付いたが言霊術で呪いをかけてやがった。流石に死ぬような物騒な呪いではないが……やっぱり卑劣な妖は半分でも根切りしなきゃ(使命感)

 

 ……まぁ、そういう訳で俺は目の前の狐娘の機嫌も印象も余り損ねたくない。なので死の危険を一厘でも減らせるならばその程度の出費は安いものだった。

 

「えぇ……けどぅ………」

「どうした?何か不満でもあるのか?」

「い、いえ……そういうわけではなくて………ですが………」

「どうした?歯切れが悪いな。はっきりと言ってくれ。お前は側仕え役だ。俺より下というわけでもない。遠慮するな」

 

 俺は先程からずっともじもじと布団を着こんで要領を得ない言葉を口にする少女の側まで進むと座り込んで視線を同じ高さにする。子供が上から見下ろされながら問い詰められると恐怖を感じる事を俺は知っていた。

 

(本当ならばこの会話自体宜しくはないのだがな)

 

 下人の班長なぞ正直そこまで偉い訳でもないのだ。所詮使い捨ての消耗品の班長も同じ消耗品なのだから。それよりも本家のお姫様の御側仕えの方が立場は上かも知れないくらいだ。封建制の色合いが濃いこの世界である。年の差は軽視出来ないがそれ以上に身分や役職が重んじられていた。……いや、実年齢すら本当は負けてるんだけどな?

 

「えっと…その……別に私はそんな……伴部さんにそんな偉そうなこと……そ、それに…別に嫌だった訳じゃないから………」

「ん?何だ?」

 

 最後の方はどんどん声が小さくなって何を言っているのか分からず俺は聞き返す。

 

「済まない、もう少しだけ言ってくれないか?」

「ふえっ…!?そ、それは、えっと……!」

「あら、寝床で二人。一体何油を売っているのかしら?」

 

 その鈴のように響く冷たい声に、場の空気が五度は下がったと俺は断言出来る。

 

 俺は、そして恐らくは半妖の少女も怯えの表情を浮かべながら声の方向に視線を向ける。貧相な掘っ建て小屋の戸口には到底似合わない豪奢な和装に身を包んだ少女が賑やかな笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 ……何とも底冷えする笑顔だった。

 

「遣いが帰ってくるのが遅すぎるから態々足を運んであげたのだけれど、随分と楽しそうな事をしているわね?私だけ仲間外れなんて妬けちゃうわ」

 

 加虐的に口元を吊り上げてそう嘯く少女。その言い方は獲物をなぶる肉食獣の印象を俺に抱かせた。

 

「あ、あの……その……」

 

 完全に萎縮して布団に隠れる白い少女。そんな子供を一瞥して、ゴリラ様は私の方向を見やる。

 

「ねぇ伴部。私に何か言うべき事はあるかしら?」

「………聡明かつ賢明な姫様の寛大な御心に期待する次第で御座います」

 

 これから死刑宣告をする裁判長のように宣う姫様に向かって、俺はそう最大限の媚びを売った……。

 

 

 

 

 鬼月家で支給されていた食事と言えば麦飯だった。そこに野菜のみの味噌汁に漬物、獣肉の燻製といった所か。あからさまに質素過ぎる訳ではないが鬼月家の者達が食べるそれと比べれば雲泥の差であるし、前世のそれとは比較するのも烏滸がましい。特に白い飯なぞ下人になってから食えた機会なぞ数える程しかない程だ。

 

 その点で言えば都での随行は確かに利点はあった。逢見家からすれば見栄もあるのだろうが、都という関係上東西南北あらゆる地からの特産物が集まるし、都周辺の土地自体が肥沃なので米の値段は然程高くない。

 

 それ故に都に随行して以来出される飯は毎回白米、しかも味噌汁に豆腐や油揚げが入っていたり、鰯や柳葉魚等の魚が主菜として出される事も多かった。正直感動したね。………おい、人を憐れむような目で見るな。この世界だとそこそこ値が張るんだぞコラ。

 

(まぁ、流石にアレを見ると劣等感をもつがね……)

 

 部屋の隅で仮面をずらして黙々と飯を口に運ぶ俺はそれをジト目で見つめつつ小さく溜め息を吐く。

 

 漆塗りの豪華な器には俺とは比較にならない程豪華な品揃えが並んでいた。柔らかく炊かれた姫飯にこれまた鰹出汁で柔らかく煮込んだ里芋や蓮根、蛤の吸い物に鴨と蕪の羮、玉子焼きに湯豆腐、鮭の塩焼きにほうれん草の煮浸し、七種類の漬物、甘味として冷した瓜に砂糖漬けした果物……この世界においてそれはご馳走そのものだった。食材そのものもそうだが特に電気なぞないこの世界では調理するのに時間と手間暇がかかるので尚更だろう。

 

「そんなに物欲しそうな目で見るのは止めなさい。子供じゃあるまいしあげないわよ?」

 

 そんなご馳走に優雅に舌鼓を打つゴリラ様は俺の視線に気付くとそう宣った。

 

 そう、今この部屋では我らが主たるゴリラ姫様が朝食を摂っている真っ只中であった。因みに給仕はいない。本来ならば複数人控えている筈なのだが、今この部屋にいるのは護衛役として駄々っ広い部屋の隅……歩幅にして二十歩程の距離か……で側に武器を置いて黙々と食事する俺以外にはゴリラ姫の傍らに控える白狐だけである。

 

(……どうしてこうなるんだかなぁ)

 

 ゴリラ姫様が俺の掘っ建て小屋に出向いた後、何やかんやあって身支度を整えた俺が最初にする事になった職務がこの食事中の護衛である。それ自体はまだ何度かあるので良いのだが……周囲に他の者がおらず、しかも自身も食事しながらともなれば話が変わってくる。こういう場面は前例がなかった。

 

「態々私に足を運ばせた罰よ。精々そこで粗末な餌を食べながら私の食事する風景でも見ていなさいな」

 

 漆塗りの雅な箸で玉子焼きを頬張りながら心底人を見下した視線を向けるゴリラ。おう、お前性格悪いな。

 

(とは言え、俺はまだマシか……)

 

 ゴリラの傍らでは物欲しそうな顔で料理を見つめている半妖の少女が正座して控えていた。彼女に至ってはゴリラの独断と偏見で朝食抜きと刑罰を受けていた。育ち盛りの子供、しかも目の前にはご馳走の山があって、しかも嗅覚が人間よりも鋭い半妖ともなれば地味に辛い罰であろう。というか涎垂れてるぞ。

 

「あら、そんなに憐れむような視線向けるのなら貴方のその粗末な朝餉でも分けてあげたらどうかしら?当然補填はしてあげないけれど」

 

 意地の悪い笑みを浮かべて挑発気味にゴリラ姫は俺に釘を刺す。というか意地悪だな。悪役令嬢かよ。

 

「………側仕えの、此方に」

 

 内心僅かに呆れながら、しかしおくびにも出さず淡々と俺はそう口にして手招きする。文字通り指を咥えて物欲しげな表情を浮かべていた少女はその声に獣耳と尻尾をピンっと突っ立てた。

 

「ひゃっ!?えっと……その、私は別に……」

「さっさとお行きなさい。そこで乞食のような顔をしていては私の朝餉が不味くなるのよ」

 

 遠慮がちにそう呟く半妖に対して命じたのはゴリラである。目を細め、肉食獣のように見下ろす視線にびくっと震えながら逃げるように此方へとやって来る少女……。

 

 てくてくとやって来た小娘に対して俺は内心げんなりしつつ豆腐と油揚げ、葱が具材の味噌汁を差し出す。

 

「全部はやれんぞ。汁物だけで我慢しろ」

 

 俺も鍛練なり護衛なりゴリラの無茶ぶりがあるので朝飯全てをやれる程寛容にはなれない。精々汁物をやれるくらいだ。一品だけやれるとすれば消化しやすく、温かい味噌汁が子供には一番マシであろう。

 

「えっと……けど……」

「遠慮するな。吾妻殿との約束もある。俺は殺されたくない」

 

 あの過保護気味な元陰陽寮頭に飯抜き案件なんてバレたらと思うと冗談抜きで怖い。それを汁物をやるだけで回避出来るなら安いものだ。

 

「うぅ……」

 

 ちらり、と狐はゴリラの方に視線をやる。当の桃色ゴリラは此方を一瞥すると興味を失ったかのように蛤の汁物を味わい始めた。

 

「焦る事はないがさっさと飲んで仕事に戻れ」

 

 俺の方を向き直り不安げに上目遣いする狐に俺はそう命じるとコクコクと首を振って味噌汁を啜り出す。大層美味しそうに味噌汁を啜る姿はある意味感心させられる。

 

「ふぅ……おいしい」

 

 意外と早く味噌汁を飲みきると満足そうに小さく溜め息をつく少女。ぺろりと小さい赤い舌が唇を舐めた。

 

 恐らく狙ってないのだろうがその仕草は妙に艶かしく妖艶だった。俺は改めてこいつが原作ゲームの攻略キャラに選ばれるだけの美貌を持つ人外染みた美貌の化け狐なのだと認識させられた。

 

「空腹は収まったかしら?ならさっさと此方に戻りなさい。私も、貴女を遊ばせるために召し上げた訳じゃないのよ?」

 

 何処か不愉快そうにジト目で釘を刺す姫ゴリラ。その指摘にびくり、と肩を震わせてばつが悪そうにする。……流石にこれには助け船は出せない。

 

 実際、彼女……白の今の立場は彼女の経歴とこの世界の厳しさから思えば相当恵まれているのだ。

 

 半妖というだけでいつ襲われるのか分からぬのを、鬼月葵という貴人が召し抱える……それにより半妖の少女はその身の安全を約束され、ましてや側仕えであるためにその待遇も有象無象の雑用人よりも余程良い。その突然の引き抜きは周囲の嫉妬を受けかねないもの。しかも、彼女が元々が人食いの化物のその一部であると思えば………状況の全容を知る数少ない人間である俺からしてみてもゴリラ姫のやった事は唖然とするものだ。いや寧ろ全容を把握するからこそ驚きを禁じ得ない。

 

(原作のゲームでもそうだったが…本当に気分屋だな)

 

 原作主人公への無茶ぶりに、周囲の事を考えない思いつきや暇潰しと称したぶっ飛んだ命令や判断……プレイ中にかなり手を焼かされたものだ。毎回毎回突拍子のない提案で場を引っ掻き回して、主人公周辺の好感度を乱高下させてくれるので一部のファンからは彼女の命令は「好感度サイクロン」や「フラグクラッシュ」なんて怨嗟の声混じりで言われていた。そりゃあ折角組み上げたフラグとか好感度が一気におじゃんにされればそうもなろうよ。

 

「……そういえば、僭越ながらお尋ねしても宜しいでしょうか、姫様?」

 

 ふと、彼女の特性を思い出して、俺は僅かに嫌な予感を覚え口を開く。無論、ゲームとこの世界の法則性が完全に一致するとは限らない。しかしながらこれまでの経験から来る勘ないし第六感とでも称するべきものが俺に警報を発していた。故に、尋ねる。

 

「……貴方から声をかけるなんて中々珍しいわね。明日は槍……いや、妖でも降ってくるのかしら?……冗談よ。何かしら?」

 

 大して面白くもない冗談に俺が不快感を覚えた事に気付いてか、何処か愉快そうに目を細めて傍らに戻ってきた白狐の頭を撫で上げ、その獣耳を弄びながら姫ゴリラは発言を促す。獣耳を遊ばれる半妖はむず痒そうな表情を浮かべていた。

 

「早朝のお呼び出し、御求めに応じる事が出来ず申し訳御座いません。して、態々御自身で足を御運びになられるとは、一体如何なる案件だったのでしょうか?」

 

 遣いの白も、あくまでも受けた伝言は「速やかに身支度をして参上せよ」という内容のみであった。まさかここでこうして飯の供をせよという訳でもあるまい。即ち、朝早くに彼女の下に参上しなければならなかった理由がある筈で……。

 

「あぁ、あれね。本当ならとっとと身支度して裏口から牛車で出ようかと思ってたのよ。この前の持て成し方が余りにぞんざい過ぎるって叔父様が仰るものだから。……あーあ、貴方が厭らしいお遊びをしてなかったら朝一に入り違って誤魔化せたでしょうに」

「? それはどういう………」

 

 そこまで口にした瞬間、俺は遠くから響くその音に気付いた。少しずつ近付いて来るその音は廊下を疾走する駆け足のそれであり、何処か楽しげなその快活な音を響き渡らせる者なぞ、本来この屋敷にはいない。即ち、それは外部からの客人のものであるのはほぼ間違いなかった。

 

「……本当、形振り構わずはしゃいで、騒がしい子な事」

 

 我らが主人の低く、蔑むような冷たい声を俺は聞いた。同時にその台詞から俺はこの足音の主が誰なのか、そしてゴリラ様が俺を朝早くから連れ出そうとしていた理由を察する。要は面倒だったのだろう。

 

 俺達のいる部屋の障子の前に誰かが立ち止まる。余り大きくない人影は緊張したように深呼吸をすると、意を決したように障子を開いた。

 

「御早う御座います従姉様!赤穂家の遣いとして紫、ここに参上致しました!!」

 

 天真爛漫に、期待と憧れと喜びに目を輝かせてながら赤紫色の少女が口上を口にして挨拶をした。古くから続く退魔士の一族にして鬼月葵の母の出身たる赤穂家の娘、葵の従妹に当たる赤穂本家七人兄弟の末妹……そしてそのゲーム内での悲惨な扱いから多くのファンを絶望の底に追い落とした悲運のサブキャラ、赤穂紫の姿がそこにあった………。


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