和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
続いてファンアートをご紹介させて頂きます。
シンジさんより二点、AIイラストです。白はぷにぷにしてそう。恐らく姫様はPADしてるのだと思われるが……。
・白狐
https://www.pixiv.net/artworks/138620851
・雛姫様
https://www.pixiv.net/artworks/138764953
素晴らしいイラスト、誠に有難う御座います!
宗教を阿片に例えたのは果たして何時の時世の南蛮の思想家であったか。何にせよ、宗教は治政とは完全に切り離せぬものだ。ましてや魑魅魍魎、怪力乱神が実在し飢えに災害が日常と隣り合わせであればそれを完全に無視する事は不可能であった。人は寄り集まるからこそ強く、しかし個々の人は弱き者であるのだから。
人が世界の表舞台にて繁栄する以前、数多の人理外の存在が崇められ奉られた。信仰を誓約として万物の信者共より生存を代価に力を徴収したそれらは唯一神の座を賭けて終わりなき戦いに明け暮れた。地を汚し、天を焼き続けた。
……人と神格の誓約、それを倣い人の人による人のための信仰を「発明」した者達がいた。それは人の自立を促し、古の人理外共を邪神として打ち捨てて、政事よりて人外の影響を排する第一歩であった。
南蛮では教圏術式等とも呼称される。人造の、人工の信仰。仮初の信心。共通の仮想にして架空の神。それは発想の大転換だった。
要は力の融通だ。信仰を広げ、信者を増やす。其処からの力の徴収。それ自体は人外共の所業と変わらない。違いはその貯蔵と分配の対象だ。
塵も積もれば山となる。一万の信者より一日の生命を徴収すればそれだけで一万日分だ。貯め込まれた力を、必要に応じて必要な者に分配する。積立続けられた膨大な力の貸与により唯人でありながら退魔の力を、時として神格を祓う事すらも可能とする。神妖を打ち払った天竺の僧軍、天を覆い尽くした悪魔共を撃滅した南蛮の教団騎士団はその代表例であろう。
民草にとって何よりも大事なのは現世利益だ。ならば祈る相手が機械仕掛けの人格無き機構であろうと問題ない。寧ろそんなものなくていい。気分一つで庇護して搾取していた村を焼くような連中よりは余程良い。機械的に徴収と再配分さえすれば良い。それが本質であり、壮麗な寺院や経典の教え、その真理の理解なんてものは統治の上で大衆を統率するためのそれらしい飾り、オマケに過ぎない。教圏の確立は人の国家が成立するための最低限の必要条件と化した。
……主従が逆転する事も、建前が本質になる事も、喧伝に自家中毒となる事も人の世では珍しい事ではない。何時しかその本質を忘れ机上の空論、詭弁、弁論に終始して、華美を求め、贅を求めて政に堕落する寺社仏閣も現れ始めた。扶桑においてはその側面はより一層顕著であった。
南蛮や大陸と違い扶桑はその建国以来緊張関係に一部の反乱こそあれど国とその家臣たる霊力持ち……退魔士家の主従と信頼関係が破綻する事はなかった。それは南蛮の小聖女制度、あるいは大陸のようなただただ躯骸兵の原料とする事なくその財と生命、尊厳の権利を認めたからであった。強き霊力持ち達は、扶桑を打倒すべき対象ではなく利用し寄生し、しかし守り頼る対象として認めていた。扶桑は寺社勢力を拒絶する事も否定する事もなかったがその一強もまた認めなかった。
巧みに寺社の、退魔士家の、あるいは武家の、まつろわぬ民を、その建国初期には一部の妖や下級神格すらも言葉巧みに、その利害を調整して拮抗させて均衡させて、誘導してみせた。それは扶桑を一つの国として纏め上げて調和させて、朝廷の存在意義を決定的に確立させた。
故に信仰に対して積極的に力を求めなかったのだろう。法力の使い手が失われる事こそ避けるように古来からの流派を擁護する一方で、絢爛豪華に飾り立てる弁論巧みな流派もまた庇護し、蒙昧な民草を統治するための駒として利用した。
故の堕落。扶桑の寺社では兵とは名ばかりの、力の分配の条件を満たさぬ荒くれ者の僧兵、法力を扱う事すら出来ぬのに高僧を名乗る輩まで現れた。朝廷はそれらの腐敗を敢えて見過ごした。寺社勢力は武家や退魔士家を牽制出来る程度で良かった。堕ちるがままに捨て置かれた。
……一方でその徴収と再分配の機構の有効性自体は未だ有効であり、また自ら苦行と修行の代価としてその配当を受け取るのを厭う僧達の間には裏技を模索する動きもまた存在した。扶桑にいち早く伝播し根付いた悟りの戒律は特に古い信心機構であり、それ故に後世の模倣したそれに比べると付け入る隙も大きかった。
北土艶麗寺をその筆頭として、彩栄救世の思想を掲げる華光真宗は極めて世俗的であり、常に統治者に追従してその支配を補完を担う事で立場を強化してきた。所属僧共は最早原初の教えから逸脱し過ぎて力の再配分権を喪った生臭坊主集団であった。生臭ではあるが、愚かでも無力でもなかった。
極端に分化したこの宗派は多くの職人芸人を囲い育て愛でた。そしてそれら人材を以て多くの技能、技芸、工芸品を生み出した。教義戒律の抜け道を突くような術的なそれらを編み出すのに研鑽した。
例えば憐華流扶桑舞踊。例えば華光明王御神像。前者は教えの外にある者を仮に力の再分配の資格者に仕立て上げる。後者は艶麗寺を守護する事で高名な戦闘式像達だ。一柱一柱が容易に大妖を打ち払う。僧共本人は無力で僧兵が木偶の坊であろうとも囲った人材、産み出した技術に呪具が寺を守護し力を担保した。
……その寺院にて学んだ稚児は知っている。華光真宗の数多の秘技を。高僧共が編み出して秘匿する愚劣にて高等にて狡猾な術を。
外京の一角。半ば以上打ち捨てられた廃寺院であった。大乱の以前は壮麗にして荘厳であった大寺院はしかし、妖軍を抑えるための出城として利用され内に詰めていた僧兵武士共は経を唱えつつ刀を振るい皆玉砕した。
戦後は一帯が難民が屯して下京として呑み込まれ、都落ちした僧らが一時期居着いた事があり、酷い賭博場として珍しく生真面目な検非違使らに摘発された事もある。今ではその敷地は好き勝手に改装されて住民の掘っ建て小屋に嘘臭い占い師が店を構え、あるいは体を売る歩き巫女……というよりは巫女を騙る夜鷹共がいたりもする。
……補修に補修を重ねた廃寺院の本堂に詰めきれぬ程の人が集まっている。埃っぽく、虫が床を這いずり、隅には蜘蛛が巣を張っている。そんな寺院の内に異様なまでに人が集まっていた。
モグリの法師に売女の方が本業の巫女崩れ、寺院を追放された、あるいは修行を投げ出した不良僧侶共……そんな連中に特上の法具をやって飾らせてやった。無学の素人目にはそれが本物なのか張りぼてなのかなぞ分かるまい。
甘言に虚言、詭弁に満ちた説法に薬物と身体を使った祈祷、そして毎日炊き出しで餌をやり続けて手懐けた信徒共を掻き集めた。世間の冷たさに疲れ果てた彼ら彼女らは救いを求める。扇動し易い衆愚である。
本堂の中心にて荒々しく燃え盛る護摩壇の業火。衣装だけ御立派な僧崩れ共が真言を装った呪言を重ね奏でる。口にする連中すらその意味をまともに理解していないだろう。経の読む発音を誤り音が乱れるのも度々だ。勢いと音量に任せて無理矢理にそのまま騙り続ける。
偽巫女共は護摩の周囲を舞う。鬼月の御意見番のように正式な巫女神楽を、舞踊を学ぶ者ならば憤慨していただろう。形式を無視した上に淫靡に過ぎるそれは下品というべきであり、神聖なる儀式において相応しくなかった。故にある意味ではこの場に相応しかったかも知れない。この場においては誰も気にする者なぞいなかった。
信者共がひたすらに念仏を唱える。事前に教えた文句のみを愚直に愚鈍に復唱させ続ける。部屋を満たし始めた薬煙が脳を犯し、多幸感の中で誰もが自我を失いながら唱えて唱えて唱え続ける。例え目の前で何が起きようともそれすらも認識出来なくなりつつあった。彼ら彼女らは機械に等しかった。そして燃料でもあった。
護摩壇の上でその者はいた。襤褸を着込んだ端正な僧侶。僧侶を騙る不届き者は場の全てを見渡し、そして見下す。貼り付けた微笑みは嘲りを含んでいた。
物的・資金的な支援があったにしろ、彼の口があってのこの場であり、そしてそれは余りにも容易だった。合わせれば何百人いるのだろうか?あるいはそれ以上か?今の己ですらこれ程の衆愚を動かせるだという事実が彼を自惚れさせる。
今でこれ。ならばより上に登り詰めれば?より多くの権力を得れば?より多くの者の支援を得られれば?街を、郡を、邦を、いや遂には国そのものすらも手中に……その至る果てを思い自己陶酔にすら陥る。
……直後、金属音が鳴り響いた。寺院の壁穴を抜けて弰剴の額を真っ直ぐに狙った手裏剣が弾かれた。護衛役の影男が冷や汗を掻いて口笛を吹く。
「いやはや危ない危ない。……お早い御到着だ」
「下手人だとぉっ!?おのれぇ……!!」
神威と弰剴が其々に口を開いた。事態を察する。直後に寺院の外で轟音が鳴り響き始めた。
外法師の率いる、淫祠邪教への討ち入りの始まりである。
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扶桑国の律令機構は肥大化と形式化の嫌いがあった。煩雑な手続き、上奏のための文章制作、認可のための判子巡りに公議。下からの報告が上に届くのも、上が結論を下して下に命じるのも、多くの刻を要した。一方で名士のために無用の官職が増設され、世襲と縁故、贈賄等の馴れ合いに事なかれ主義……もたらされる文章が吟味されずに認可され、挙げ句には役職者の代理人が印を押す等という粗雑な事態すらも散見された。
朝廷の役人達にとって、大事なのは文章の中身ではなく印が揃い、文面の書式が整っているかどうかであった。己の経歴のために、転属まで不都合な数字は見て見ぬ振りをする者は決して珍しくはなかった。
正しい情報が正しい政策に結び付くとは限らない。しかし少なくとも正しくない情報からは正しい政策が導けぬのは間違いない。破綻こそしないものの扶桑の政は常に後手後手に回り続け、非効率性が内外より指摘されて来た。名君が時に改革をして持ち直すもののそれも数代を経てば元の木阿弥である。
百夜院家御雇い、祓護民衆は名家の私兵集団に過ぎない。それ故にその動きは逆に素早かった。煩雑な手続を必要とせず、名家の後ろ楯がある故に多少の法の逸脱を気にする事はない。腐敗による忖度を逆用する事で彼ら彼女らは事が生じる寸前に動く事が出来た。
「御用改めだぁ!神妙にお縄につけぇ!!」
寺院の門を閂ごと蹴り飛ばして先陣が怒鳴る。実際は検非違使でなければ奉行所でもない彼ら彼女らにはそんな権限はなかったが、この際は言った者勝ちであった。どうせ無知蒙昧な連中には組織の彼是なぞ分かり様もなく、百夜院の後ろ楯故に後々発言を咎められる事はなかった。
……問題は、民草はそれに従うような状態ではなかった事か。
「ちっ、どいつもこいつも酔いやがって!!」
一番槍で突っ込んだ、文字通り牛を叩き潰しそうな牛刀を抱えた衆士が吐き捨てる。誰も命に従う者がいない。聞こえてすらいなかった。ひたすら正座して手を合わせ、念仏らしい呪言を呟いていた。催眠、あるいは幻術の類いであった。泥酔したように蕩けた思考は自我希薄に、ただただ祈るだけの機械と化していた。例えそれが自分達の命を吸い出す呪言であるとしても。
「何処の言葉だ?聞き慣れぬ……!!」
寺院の中震向けてひたすら疾走する牛刀使いの、その直ぐ背後に続く男は恰幅良く肩幅の広い男だった。禍々しい拳鍔を嵌め、そして面をした男が念仏をさせられ続ける民草を一瞥して答える。答えて、次の瞬間にはその振るわれる巨腕を拳で受け止めて見せる。
仏金剛力士であった。霊鉄製の仁王。阿形を象った
「もう一体……!!」
背後より粉塵と轟音と共に跳び膝蹴りして来た吽形を牛刀使いはその得物で応じた。大質量の鉄の衝突。鼓膜を震わせる金切音。風圧は周囲に轟く。力士像と衆士は共に仰け反って距離を取り合う。
「硬ってぇ……!!?こいつでぶっ壊れねぇのかよ!!」
衆士の牛刀は自慢の妖刀だった。鍔競り合う相手を振動で震盪させて解かし壊す。並みの相手ならば打ち負ける事はない筈だった。体勢を立て直して見構える力士像には激突した膝に皹が入るだけであった。
「かなり腕の良い仏師の作品らしいな……」
「はっ、よりにもよってこんな事に使われるたぁ不本意だろうよ!!」
背中合わせの衆士二人を金剛力士が挟み込むように位置取る。肩を、首を、鳴らすように回して慣らして身構える。手馴れていた。中々の手練れの闘士を模倣しているように見えた。
「余所見とは良い度胸だねぇ?」
直後、銅像が揃ってその首を落とした。門構えを潜って現れるのは大鎌を玩具のように振り回す異国然とした麗人だ。羽織を勝手に弄くって古着然に台無しにしてしまっていた。背中合わせの衆士二人が非難がましく睨んで来る。
「何さぁ?助太刀してやったでしょ?」
「俺らごと斬ろうとしやがったな?」
「報酬の独り占めか?卑しいな」
大鎌持ちの反発に一人は既に塞がりつつある牛刀の鎌筋を撫でて、今一人は逸らした首筋の浅傷に触れて各々罵倒する。この大鎌持ちの技は敵味方を正確に選別出来るものではなかった。
「防いでくれるって信頼しただけなんだけど?ほら、民草の皆さんには犠牲出さないようにって言われてるからさぁ!」
念仏を唱え続ける心ここにあらずといった民衆を一瞥して大鎌使いは宣う。確かに粗雑にした振るえぬ技でありながら民草には傷一つありはしない。しない、だが……。
「見え透いてるんだよ!糞餓鬼がっ!」
「心にもない事を」
「ひひっ!」
その性根を知ってる故の罵倒。牛刀使いと闘士は大鎌使いに殺気たって牛刀と拳鍔を突き付ける。大鎌使いもまた同様に剣呑に鎌を構える。そして……各々の得物を振るった。自身の背後に向けて。
牛刀と拳が飛び掛かって来た首無し像を打ち飛ばした。鎌の横刃が夢遊病にように迫り来ていた民草達を昏倒させた。そして三者は背中合わせとなる。
信者達が立ち上がって亡者のように囲む。片腕を喪った銅像は尚も闘気は失せぬようであった。寺院の奥からは更に気配。妖気が迫る。
「これってさぁ、不可抗力で邪魔な人間ぶっ潰して良いかな?」
「報酬が引かれていいならそうすりゃいいんじゃねぇか?」
「俺達の分も代わりに潰してくれたら助かる」
「前言撤回するわ~」
殺到する人と式像、そして妖に向けて極めて極めて慎重に、見極めながら彼ら彼女らは迎え打った。三者に後続の衆士らが参戦して、戦いは乱戦となっていく。
……これは北門での出来事であった。四方の門を祓護民衆はほぼ同時に討ち入った。どの門も似たような有り様であった。
民草を想う百夜院家は故に広範に独自の情報網を持つ。民草の苦しみをいち早く察して、いち早く民草への脅威を祓うため。その情報網の一つが外京での異変を察していた。
そして屋敷での施しに乗じて帰る民草の中に間者を密かに潜ませていたのだ。全ては一部の者にだけ知らされていた秘密。施しの代表を務めた水松姫すら知らされぬ事であった。衆士の一員たる蛍夜家の姫刀士すら、同様。雇い入れの際に外京にて不穏な事が企てられている事は当主より伝えられて来たが間者の作戦なぞ知らなかった。事態の急変により前倒しにされた討ち入りについては文字通り叩き起こされて初めて知らされた。
「っ……!!?」
第二陣の後詰めとして控える環は寺院の内で響く轟音に息を呑み強張るする。寝込みを叩き起こされてのいきなりの修羅場であった。環は心の整理出来ていなかった。締まり切らずに浮き立つ心境……。
「……緊張か?」
傍らで共に控える仏頂面の笠被りのジト目巨女が問い掛けて来た。金棒をブラブラ手に持つ陰獄育魅に見下ろされるのは背丈の差もあって圧力を感じずにはいられない。
「えっと……はい。寝不足というか何というか。まさかこんな急になんて」
「良くもまぁそんな覚悟で今まで生きてこれた事ねぇ?」
環の返答に答えたのは巨女ではなくて、小ぢんまりとした女だった。寺院の門を潜って戻って来たのはウネウネと長髪を生き物のように蠢かせる衆士。その背後からは寺院で念仏を唱えていた民草が続く。あんぐりと口を開いて涎を滴しながら歩くその有り様はどちらかと言うと歩かされているように見える。事実その通りだった。髢屋操媒が第一陣として投入されたのは民草の救出のためである。
嘗て初代退魔七士にその名を連ねた、悪名高い喰髪姫が枝葉の末裔……。
「おらおら、お前ら。とっとと歩け歩け。……拾ノ組。さっさと縛っといて?」
「ははっ」
尻を軽く蹴飛ばしながらの催促。強制的に寺院から取り戻した民草を十番台の組の者らにせっせと押し付けていく。手足を縛らせて拘束させる。因みに彼ら彼女らは寺院一体の外京の住民を避難させて野次馬を追い払う役目もあった。精々退魔士家の允職程度の実力しかない彼ら彼女らは積極的に前に出る事はなく、鉄火場での雑用が仕事だ。そんな三下共を見て、更に同じ眼差しで環も見くびる。尊大に見下す。
「甘々ねぇ。油断大敵。常に万事に備え、常在戦場。……でしょう?」
「……」
髢屋の嘲笑に環は反論の余地はなかった。ごもっともであった。そんな有り様では己はまた誤ってしまう。まだまだ未熟者であった。素直に受け入れて項垂れるしかない。
「黙りかよ。……詰まんね」
尤も髢屋からすればその反応は不本意だったらしかった。残る民草を引き連れようと退屈そうに寺院の内に再び引き返そうとして、慌てて身を翻す。
「ちぃっ!!?」
「えっ、!?百足……!!?」
濁流のように門を潜って現れたのは黒い外殻に赤い紋様の浮かぶ大百足であった。途中で無様に門に引っ掛かり、そのまま抜けた身を起き上がるようにして持ち上げる。山を七巻き半……とは行かぬが小山を一巻半くらいは出来そうにも見えた。払われてもしつこく野次を作っていた外京の民衆は途端に悲鳴を上げて蜘蛛の子散らすように遁走を始めた。
「大妖……!?」
「んな訳ないでしょ!精々が中妖よ!げっ!?」
刀を抜いて前に出る環。大百足の突貫を避けた髢屋が吐き捨てる。同時に呻いたのは門に壁を乗り上げて超えて来た子百足共の存在故だ。子といっても馬を三頭並べても尚足りぬ全長である。数も五十は下らぬだろう。ぞわりとする光景だ。
「不味い!中の人達が……!!」
第一陣の衆士達は無論、何よりも何もかも上の空の民草の危険を察した環は焦りに前に出ようとする。そんな環の右隣を駆け抜けたのは巨女だった。眼前の大百足の顔面を跳躍して金棒で叩き飛ばす。ゴオンという金属音と共に百足が押し倒される。殺せていない。しかし機先を制して意識を向けさせる。
遅れて左隣を式獣が疾走した。その刃のような爪が子百足共を引き裂いて、顎が噛みついて引き千切る。背後の気配に振り向けば使役者たる神経質そうな法師の姿。
「此方で相手しよう。新人は髢屋殿を護衛して中に」
「おい禿げ。勝手に決めんじゃないわよ?」
「この門の救出の要はお前だ。事後評価がどうなっても良いのか?」
「ちっ」
髢屋は同僚の言に反発しつつも受け入れた。環は一礼して小女の元に向かう。
「髢屋さん!上がれる!?」
「決まってんでしょ!」
土壁の上に跳躍。瓦屋根に留まっての呼び掛けに、口の悪い先輩の小女は憤慨。その態度に少しだけ子供らしく可愛らしさを抱いた環は、瓦を掴んで背後から迫って来た子百足の顔面をブン殴る。
身体強化しての一撃だ。唯の古い瓦でも強力だった。顔面の三分の一か潰れて悶絶するように寺院敷地に向けて崩れ墜ちる子百足。そして環は壁の上より寺院内を一望する事が出来た。
「これは……っ!」
酷いものだった。まだまだ子百足共はいた。寺院の本堂の内から雪崩れるように。此方まで迫る途上で行き掛けの駄賃宜しく人が貪られた跡が幾つも見えた。
床に土に広がる血痕。手足の残り。不自然に開いた空間……民草はやはり何も分からないのだろう。隣の者が食われて消えてしまっても欠片も気にしていなかった。愚直に念仏を唱え続けるか、あるいは自分達を守ろうとする祓護民衆の先行組を素手で妨害せんとしている。殺す訳にも行かずに手擦る先達の同僚達……。
「くぅ!!また、僕はっ!」
硬く強く、歯を食い縛る。沸々と湧き起こる怒りは妖だけでなく己にも。一体何人犠牲になった?己は何を指を咥えている?また無力なのか?
「新人?」
「これ以上はっ!!ヤらせない……!!」
怒声。跳躍で登り積めた髢屋の呼び掛けも無視して環は刀を振るった。師役の一人から学んだ技を打ち放つ。
「『塵払い』……!!」
赤穂流刀術の刀技が基礎の一つ。掃き払うように放たれた刀撃波は遥か遠方の百足共を引き裂いた。威力こそ中妖以上には不足する。しかし連撃と投射出来る射程に優れたそれは環が扱える刀技の中で最もこの状況に合致していた。
「赤穂流!?」
「行きましょう、髢屋さん!!」
新人の技に目を見開いた先輩に呼び掛けるや早く、環は瓦屋根から飛び下りていた。瓦数枚、直前に掴んで投擲。切り裂ききれなかった百足の頭を打ち砕く。身体強化。風を切って横槍を入れる。衆士と妖との合間に身を捩じ込む。
「新人かっ!?」
「助太刀します!!『千切り細切れ』ぇ!!」
言うが早く、衆士達に迫ろうとしていた百足を文字通りに粉々に切り裂いた。『千切り細切れ』は『塵払い』よりもその刀撃を放てる範囲は遥かに狭いがその分密度が違った。真っ二つに裂いても頭を切り落としても安心出来ぬ妖もこの技ならば確実だった。無論、『塵払い』同様に上位の妖相手ならば話は違って来るが。
「あ"ぁ"……あ"……」
「っ!!?『空打』!!」
そんな環に迫る亡者の如き民草に、環は一瞬迷いつつそれを放つ。それは刀の鍔、峰、あるいは鞘を使った技であった。刀の刃以外のあらゆる部分を使って確実に相手の命を奪わず、後遺症を残さずに意識を刈り取る技。罪人を捕らえ、あるいは捕虜を得るために、洗脳された味方を取り戻すための技。此度の場面においては正に打ってつけ。それも、『塵払い』を重ねた連打は瞬く間に己の、味方を阻む民草を気絶させる。
「よし、これで……っ!!?」
踊り込んだように眼前に肉薄してきたのは銅像。三又の槍。顔面に迫るそれを寸前で首を後ろに回して避け切って見せる。刀で槍を切り落とさんとする。しかし……!!
「硬い!」
金切音。そのまま振り下ろされる槍。脚力に霊力を注ぎ、背後に跳躍して脱出する。いや、避けきってはいない。装束に切り込みが入っていた。
臍から内股に掛けて薄く切れ目が入っているのを環は感じる。ヒヤリとした。下手したら臍から下が裂けていた。
「護神像……」
十二神将、珊底羅大将を模した式像は槍の先を見て首を捻る。捻ってから此方を見据えて来る。此方を迎えるように身構えて来る。南方を司る神像がまるで門番のように。その背後からは、本来それこそが祓うべき蟲共がウジャウジャと……。
きっとこうしている間にも犠牲は増え続けている。他の三方でも、院の奥でも、同じ光景が再現されている筈だ。だから……。
「退いて貰うよ。何が目的か分からないけど……こんな馬鹿げた所業、さっさと終わらせてやる!!」
事の首謀者と、何よりも無力な己への怒りに歯を食い縛り、蛍夜環は刀を構えた。
一人でも多く、取り零さぬために……。
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「これは如何なる事か?何か知っているのか?」
「全ては予定通りの事で御座います。左大臣殿を信じ下され」
「し、しかし……」
外京での騒動は北京都からでも聞こえていた。外の騒々しい気配。其処に左大臣より指示を受けた検非違使達が街の住民らに落ち着いて堅く門を閉じる事を呼び掛けている。
「決してこの内京、北京都には危険は及びませぬ。都を囲う結界は鉄壁で御座います」
「うぅむ。確かにそうであるが……」
「何かの余興という訳では無かろうな?」
「祓護民衆が列を為して出ていったのを見た者がいるそうだな。百夜院はこれを認知しているのか?」
「勿論で御座います。全てと采配は左大臣殿の御指示であれば……」
完全武装した上で多数集まる検非違使らは食い下がる住民らをひたすらに宥める。彼らの姿自体が住民らの不安を和らげる役割があった。理屈ではなく、心の問題であった。特に公家衆や豪商の屋敷はひっきりなしに使者を遣わせて検非違使らに不安を訴え続ける。
武家や退魔士家はその点では幾分マシであった。荒事に慣れている彼ら彼女らの屋敷は公家衆のように無駄な事はしない。
「ひ、姫様……危のぉ御座います!早く、中に……!!」
「分かってる分かってる♪……はは、また凄くド派手な事ぉ!」
怖じ気気味の女中の制止も聞かず、己が屋敷の頂上にて仁王立ちして、遠目に事態を鑑賞せんとするのは宮鷹忍鴦姫であった。轟音爆音、そして闇夜に輝く火炎と黒煙。火事……。
「……門を固く閉じて。内からも外からも出入り出来ぬように。分かったぁ?」
「勿論で御座います!式も下人も!厳重に門を固めておりまする!」
「それはけっこー」
結構ではなくて降りて屋敷の奥にでも隠れて欲しいのが女中の願いであるのだが……元より放蕩児として悪名馳せる彼女に対しては儚い願いである事も同時に理解してしまっていた。
刹那に生きる、刹那にしか生きれない彼女に貞淑な姫としての振舞い求めるのは土台無理な話なのだ。
「あぁ、妹さん。御免ねぇ煩くて?」
そして屋根の上から忍鴦姫はそれを見下ろして見つける。寝間着で屋敷の縁側に立つお客様を。兄と顔合わせするのが気まずくて逃げるように屋敷をさ迷っていた娘も、この騒ぎの前には出てくるしかないようだった。
「姫様……これは、一体?」
「何だと思う?」
唖然として屋根を見上げての問い掛けに対して問い返し。当然分かる訳もない。荒事を知らず、流されて弄ばれて利用されてばかりの、守られてばかりで蚊帳の外の娘に、分かる筈もない。
「何がって……」
「ふふ。外京で騒動が起きてるみたい。貴女のお姫様もいるんじゃない?祓護民衆が赴いたみたいだし?」
「姫様が……」
忍鴦の言葉に鈴音は不安げに騒ぎの方向を見据える。主人にして友である姫の元に駆けつけられぬ事に事に無力感を抱いているように見えた。
「……門は固く閉じとくから。不安ならぁ御部屋に閉じ籠っといて頂戴。流石にここまで何か来るって事はないだろうから」
「……そうさせて頂きます」
宮鷹の姫の勧めを妹女中が素直に受け入れたのは他に選びようもなかったからだ。鈴音は鍛練なぞした事がない。このような有事に何等役に立つ筈もない。有事に邪魔にならぬように。
いざと言う時に兄の側にて守るために……。
(そう言えば……入鹿は?)
そしてふと思い浮かぶ友の所在。そう言えば何時頃からその姿が見えなくなってしまったのだろうか?人様の屋敷の者らとまた博打でもしているのだろうか?出来るならば共に兄の元にいて欲しかったのだが……。
「……仕方ありませんね」
今から何処にいるか知れぬ友を探しては本末転倒である。友の事だ。必要ならば己をさがしてくれる。そして友ならば己が兄の元に居るだろう事は直ぐに察してくれる筈だ。
ならば己がやるべきは兄の傍にいる事だ。今すぐにでも。一瞬だって惜しい。兄を守らねば。鈴音は、否、雪音は急ぎ兄の元に向かう。縁側をはしたなく小走りして、障子の前に立ち……しかしどんな面で顔合わせしたら良いのだろうかと一瞬迷う。
……湯上がりのあの姫の戯言を間に受けるのも生娘めいて幼い事だ。ここに至っては一旦忘れて兄の傍に居る事が先決だ。それに何を優先しよう?
「兄さんが……そうです。有り得ません」
決め手は兄への信頼。兄は軽率でも軽薄でもない。あんな女が肌を見せた所で容易にコロリと流される筈もない。それを確信して、覚悟を決めて雪音は呼びかけた。呼びかけながら障子を引いた。
……返答はなかった。膨らんだ布団だけが薄暗い部屋の奥にある。
「……兄さん?」
空振ったような感覚。寝てしまったのだろうか?「疲れて」寝てしまったのだろうか?そんなはしたない発想を思い浮かべて、頭を振って霧散させる。養生のためには良い事ではないか。良く食べて、良く寝る。それが身体を育て癒す常道である。兄は油を無駄にしてまで不要に夜更かしする人でもなかった。
……何か可笑しい気がする。何かが、違和感だった。
「……?」
恐る恐ると、雪音は歩み寄る。折角寝ていたのを起こしてしまわないように摺り足の擦り足で近付く。
……果たして兄は布団を頭まで被る人だったろうか?
……果たして兄はこんなに膨らんでいるものだったろうか?
……果たして兄はこんなに寝息がしない人だったろうか?
「…………」
布団に手が掛かる。外の騒音が遠くに聴こえる。葛藤して、ゆっくりと布団を剥がしていく……。
そして眼に映った光景に唖然とする。
「えっ……?」
何故?どうして?何処に?一瞬で洪水みたいに考えが奔流する。疑問と疑念に思考が止まりそうになり、吐きそうになり、遠退きそうな意識を寸前で押し留める。急いで思考を回転させる。周囲を見渡す。家具を、室内の様相を必死に見回る。襖を。文机を。唐櫃を。円座を。脇息を。掛け軸を。落掛けを。欄間を。違棚を。天袋を。地袋を……。
微かに開いた痕跡のある、地袋を……!!
「抜け道……!」
地袋をガタガタと音を立てて開く。その奥に続く暗い暗い通路を覗く。其処を何者かが通った痕が、確かにあった。
「……っ!!?」
一瞬の躊躇。迷い。しかし直後に外で一際大きな轟音がして、雪音は咄嗟に傍にあった小さな提灯を手にしていた。そして……突き動かされたかのように潜り込む!
「待って……待ってよ、兄さん……!!」
気が付けば、田舎娘は兄の辿ったであろう痕跡を必死に追い縋り始めていた。
それはまるで、何者かに導かれているかのように……。
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北京都内、淳凛園。富裕な市街地のど真ん中に設けられた侘び寂びの趣きのある風流な大庭園。それは日頃は華美に疲れた貴人らの心を癒し、あるいは茶会や園遊会の場として使われ、あるいは有事には官軍の集結地として想定されている……らしい。らしいと言うのは自分もまた聞いた立場であり実際にそれを見た訳ではないからだ。
……真夜中の園内は異様に静まり返っていた。否、一線を越えた瞬間に外部から断たれたかのように音がしなくなっていた。外京から鳴り響く轟音は、最早聞き取る事が出来ない。
ここは会場だった。拵えられた舞台だった。整えられた祭壇だ。生け贄の、儀式の……。
「……良く来たな」
「逃げても仕方ないだろ?」
『初めましての久し振りぃ』
背後からの声に俺は応じた。振り向いた。馴染み深い翁面を着けた男がいた。真っ黒な下人装束、その上からでも分かる。非常に非常に、己に酷似した体格。似姿。声音。まるで真似ているかのようだ。
『可愛そうにねぇ』
……あるいはその逆か。
『貴方の認識だと酷いよねぇ』
「複数いる?はは、集団私刑って訳かよ。容赦ねぇな」
『婆や男女にすら敵視されるんだもん』
微かに感じる周囲を囲む気配に俺はやるせなくなって毒づいた。見知った者も、見知らぬ者もいるようだった。何にせよ複数人。包囲されている。逃げ道はない。絶対に逃がさないという意思表示。素直に文の呼び掛けに応じたのに酷い扱いだと思った。せめて一対一であろうに……。
『助けようとしたのにねぇ?』
「そんなに信用されてないのか?」
「何が仕込まれてるか知れない化物相手だからな。念には念を、さ」
「お前さんが言える口かよ」
「それこそお互い様だ。お相子って事だな?」
「勘弁してくれ……」
『これは酷いねぇ』
打てば鳴るように返し合う。きっとお互いに何とも言えぬ気分な筈だった。楽しい筈もない。不本意そのものだ。理不尽だ。不条理だ。冗談じゃない。ふざけるな!!
『魂は瓜二つだもん』
……嘆いても仕方ない。人は配られた手札でしか勝負出来ないのだ。悲劇を気取っても何の生産性もありやしなかった。現実は変わらない。逃避は無駄だ。流れに逆らえない。流れに乗るしかない。
『全くおんなじ』
「因みに、外京の騒動の方はいいのか?」
「今は此方が優先だ。……何、いざって時の保険はある」
「それは結構なこった」
「お前さんがとっとと諦めてくれたら彼方にも回れるぜ?」
「意地が悪い事を」
『培養したなー』
まるで人に罪を着せるかの物言いに肩を竦める。自嘲して嘲笑して、俺は手元の短槍を相手に向けて掲げた。
『確かに貴方も彼』
「穏便にはいかねぇか」
「お前さんだってそうするだろ?」
「確かにな」
『貴方の目線だと地獄だねぇ』
お互いの発言に気持ち悪いくらいの完全同意だった。そうだな。それじゃあ……。
『大丈夫』
「意地穢く足掻かせて貰うよ。……っ!!?」
『貴方も貰ってあげる』
強がりの文句と、眼前に投擲された苦無を槍の柄で寸前で弾いたのはほぼ同時の事だった。
『彼同士で殺し合い』
「口上中に不意打ちは無粋っすよねっ!?」
「化物殺しは礼儀無用だろっ!!」
『泥沼にしてやる』
苦無で気を逸らした所に肉薄していた「俺」に向けて、俺は槍を振るう。殆ど同じように振るわれた先方の槍と互いに弾き合う。衝撃で姿勢が崩れて、そのまま相手に鉾を振り叩きつける。全く同じ軌跡を描いていた相手の槍とまた激突した。火花が散った。仰け反って距離を取り合う。まるで合わせ鏡のようだった。
『沢山のた打ち合え』
……分かっている。分かっただろう。分かっていただろう。お互いに行き着く先を明白に認識した。これはこれは……。
『殺し合え』
「酷い戦いになりそうだっ!!」
『接戦だ』
それは泥沼より泥沼な戦い。醜悪な殺し合い。必死の共食い。見苦しい骨肉の争いの予感。
『愉しいね』
さぁ。醜悪祭の始まりだ。
『救いはない』
『最後は両方、私が貰ってあげる』