和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
『では色々と情報の濁流で混乱しているだろうから、改めて君の状況について説明してあげよう。……君は君であって『君』ではない』
粗雑な肉人形はそのように語る。
『入れ物を造る事自体は、存外難しくない』
『元となる肉片さえあれば、その道を極めた禁術で以て実現は可能だ。この私が今使ってる大量生産品のようにね。因みに環境に優しくしたいので原料は七割くらい大豆だ』
粗末な肉人形はそのように語る。
『問題は肉体よりも魂にあるのさ』
『魂には形と呼べるものがない。死後直ぐにそれは霧散して純粋な霊気として還元されてしまう。その回収と保存は下拵えしてないと困難極まるんだよ』
『一定以上の量、あるいは神気のような高純度の気は現実改変すら可能とする。なれば生そのものが一つの神秘とも言えるのかも知れないね。生命の神秘って事さ』
安価な肉人形はそのように語る。
『故に事前の煩雑な備えなく、刻が経過してしまった魂を蘇らせるのは非常に困難な訳さ』
『例えるならば焼き切って炭化した肉を生肉に戻せ、とでもいった所かな?あー、加えるとタレに浸してしまってるかも知れない』
『無論、第三者視点から蘇らせたように見せるのは出来るよ?対象存在の生前の記憶を無垢の魂に転写するのはその代表例だ。これは白紙の本に写生してるようなものだね』
『極論、発声器官を作って肉体操作さえ出来れば空っぽの肉の塊でも傀儡人形染みて装う事も可能だろうね。実際に、死霊使役術なんてその典型例だ』
消費期限間近の肉人形がそう語る。
『安心しなさい。その意味で君は確かに『彼』だよ』
『分け身に近いだろうね。魂の一部を肉体ごと引き千切り培養させた。肉体も一緒にね』
『無論、其処は備えあれば憂いなしというものさ。虫の体内には補食物の一部を厳重に格納する機能を持たせていた。本来は貴重な標本を保存回収するため持たせていたものさ』
『君の内の因子に興味があったのが幸いした。いやはや、よもや息子と呼べる存在ですらあったとは。製造元として鼻が高い』
『魂の培養は私の自慢の技術でね。元々は私の力の応用を広めるためのものなのだが……『君』が君と枝分かれしたように、他人にも転用出来る』
賞味期限が過ぎ去った肉人形はそう語る。語って、肉人形共を操作する亡霊は俺と対面する。俺を囲う。俺を包囲する。俺を中心に増えて囲んで回って結んで、結界に閉ざして語り聞かせる。
肉椅子に囚われ縛り付けられた俺に向けて。
「……それで、何が望みなんだよ」
『君の信用と信頼さ』
『そして協力だ』
『君の記憶だ』
『魂の、あるいは更に高次のね』
『気付かなかったね。記憶を読み取る術式は大抵脳の、肉体の記憶に対するものだ。彼女から教えられるまで盲点だった』
『まぁこれは自業自得な所はあるよ。その方面の研究は私の身を危険に晒すからね。関連分野を丸ごと禁術指定として発展を止めて来た。個人の研究では限界がある。私としてもそれは同様だ。色んな分野に浮気をしていたしね。灯台もと暗しだ。恥ずかしい』
無数の肉人形を一人で代わる代わる入れ替えて、互いを見やって、まるで遊ぶように亡霊は語る。戯れ嘯く。一人芝居。
……それは絶望であった。全てに対しての絶望だった。何も信じられず、何も期待出来ず、何も希望はない。俺の居場所はなくて、俺の帰る場所もなくて、俺の出来る事もなかった。全ては手遅れだった。
何も、何も……ない。だが、それでも。
『……その沈黙には確かに価値があるよ』
『君の知る知識の中に私が鎌を掛ける場合の癖でもあったかな?』
『何にせよ、正しい選択肢だ』
『拷問で得た情報の信頼性は高くない。決定的な情報をズラされては敵わない。脅迫も同様だ』
『『彼女』が得られた君の内の知識は完全ではない。聞き出そうにも君を廃人にして記憶を回収するのは系統が違う故に一朝一夕では不可能。心情を害して君の発言の信頼性を損ねても仕方ない』
『君の内の地母神の残滓に、土壇場で息子可愛さに暴れられてもされても困るしね』
『故にだ。議論を重ねた結果、君に鞭ではなく飴を与える事にしたんだよ』
増えていく肉人形達の語る論理。悪意も善意もなく、ただ必要故のそれを優しく優しく説明していく。
『君に救いをあげよう』
『君に提案をしよう』
『君と誓約をしよう』
『君に機会をあげよう』
『君に会わせてあげよう』
『君に選択肢を与えよう』
『君に君として生きる道を用意しよう』
『断じて悪い話ではない筈さ。君は消耗品でも代替品でもない。君は君だ。帰る場所を、守る選択肢を、提示してあげよう』
正面の肉人形が手を差し出す。まるで親愛と信愛を示すように。俺は俯き垂れていた頭をゆっくりと上げる。亡霊を見上げて、口を開く。
「……嘘こけよ。白々しい」
『原作』染みた空虚な台詞に、俺は冷笑で以て答えた。
けれども、あぁ。そうだな。俺にはもう選べる道なんて無くて……。
「情けねぇなぁ!!えぇっ!!?」
『慟哭かしらぁ?』
そして俺は今目の前の現実に立ち返る。理不尽への感情を乗せて荒々しく叫ぶ。槍の穂先同士が削れ合って火花が散った。『俺』の持つ上等な槍に対して、俺の短槍は角度を見極めて叩きつけねば打ち負けてしまう。全力で集中せねばお釈迦になってしまう。
『うーん、上手くいかないねぇ』
……にも関わらず勝負が成立していた。故の情けなさに一層怒る。
『一丁前に加護を受けやがって』
「お前、これまで呑気に遊び惚けてたんじゃねぇだろうなぁ!!?」
『あの淫売かしらぁ?』
関節のみに限定しての身体強化。そして攻める。突いて、払って、薙いで、斬りつける。受け流して、受け止めて、鍔競り合い、叩きつける。梃子の原理を利用して、己の動き、相手の動き、その勢いすら乗せるように、己の高速運動のために利用する。一撃が次の一撃の予備動作に繋がる絶え間無き連撃だ。機先を制して、先手を取って、相手に選択の余地と意志決定の余裕を奪い、主導権を握る。『俺』から、戦いの流れをもぎ取る……!!!!
『巫女擬きの加護』
「っ!!?っっっ!!?」
「困惑してるか!!?えぇ、なぁ!!?」
『守護されやがって』
爆破により面を喪い晒された『俺』の表情は、明らかに動揺していた。俺は攻め続けながら責める。怒りと、憎悪を『俺』に向けてブチまける。本音の感情を面に出すんじゃねぇよ……!!
『私の祝が打ち払われる』
「どうして押されてるか、分かるか!?翻弄されているか、分かるかぁ!!?此だけ準備万端でよ!!?」
『忌まわしい』
忌まわしき亡霊が、如何にして用意したのだろうか?残留物を回収して分析したのだろうか?俺にニトログリセリン擬き……否、俺が友と共に必死にでっち上げた紛い物なんぞよりずっと物の良いそれを仕込んだ籠手を至近で爆破してから形勢の流れは逆転した。俺は『俺』をひたすら攻め立てる。地の利も、装備の利も、向こう側にある筈なのに、俺は攻め続ける。俺は攻め続けられる。『俺』は後手後手の防戦一方だった。
『共倒れしろよ』
「理由は!俺じゃなくてっ!!お前だよっ!!!!」
『小賢しい』
そうだ。俺が問題なのではない。俺の身体は『俺』であった頃から対して変化はない。誤差の範囲でしかない。問題の主体は『俺』である。即ち……。
『代償行為かよ』
「お前が!弱いん!!だよぉ!!!!」
『男である事を求めたの?』
怒鳴り散らしながら俺は叫ぶ。情けなさに怒り狂う。槍を振るいながら、『俺』の醜態に憤慨する。
『子である事を求めたの?』
「油断したか!?想定外だったか!?んな言い訳聞きたかぁねぇぞ!えぇ!!?」
『兄である事も』
籠手の小細工なんて言い訳にならない。『俺』ならば俺の悪足掻きくらい想定して見せるべきだ。あらゆる面で俺よりも好条件であった筈だ。
『弟も』
「それがどうだ!!?この様はなんだよ!!?えぇ!!?何なんだよ!!!?」
『父親すら求めたんだぁ?』
苦戦。防戦。接戦。あり得ない。あり得てはならない。『俺』のこの精彩の欠いた戦いはなんだ?このキレのない槍捌きはどういう訳だ?鍛練を怠けていたか?オレは声を荒げる。
『良い歳して気色悪い』
「師匠の槍術が泣くぞ!!どうした!?何か言ってみろ!!それとも……槍の振るい方を忘れたのかぁ!!」
『汚らわしい』
俺は渾身の突きをやはり荒縄が巻き付いた。だが、それは想定の内だった。蠢きのたうつ縄の隙間を掠めてそれが放たれる。針の穴を通すようにして、針が投擲される。
『婆と男女とおんなじだね』
「ぐぉっ!!?」
『どうして巫女ってこんなのばっかりなのかぁ?』
『俺』を守る荒縄そのものがその攻撃の目眩ましになっていた。四本投擲していた針の内、二本が『俺』の肩に突き刺さる。籠手の爆破により破れ焦げて肌を晒していた故に、針は深く突き刺さった。
『まぁ……』
槍術だからといって、槍だけを使う訳ではない。あくまで槍は主要武器に過ぎなかった。師から仕込まれた、試合ではなく実戦のための実践的槍術。規則無用何でもありの戦法。
『無意味で無駄なんだけどねぇ?』
「舐めるな!!」
「ちぃ!?」
『勝たせるために加護を与えたのにねぇ?』
『俺』は深く突き刺さる針を平然と引き抜いて投げ返す。縄に絡まれる槍を無理矢理盾とする。縄に針が突き刺さり、痛いとばかりに縄が暴れる。緩んだ刹那に柄を引き抜き振り払う。
『救うために加護を与えたのにねぇ?』
「毒は、やっぱ効かねぇな!!」
『少ない己の命を削ったね?』
それなりに強い痺れ毒だったのだが……やはり俺よりも化物染みた『俺』の前にはそれも中和されているように見えた。
『汚され媚びて溜めた力を使ったね?』
「羨ましいな!だが……!!」
『残念だねぇ?』
そして俺はこの庭園の一角に敷かれて、逃走しつつ隠し拾っていた白玉石を取り出す。取り出して……。
『無駄打ちだねぇ?』
「それが本命か!!」
「正解っ!!」
『だってぇ……』
直後に投石器で白玉石を纏めてばら蒔いた。所謂印地打ちであった。霊力で以て強化した膂力による全力全体の全力投球。空を切る音と共に、ともすれば薄い鉄板を凹ませる程の石の雨。
『彼は救われるつもりないもの』
「ぐっ!!?」
『助かるつもりもないもの』
籠手爆破により面を喪い、装束も損傷を負っている『俺』が真っ正面から耐えるのは難しかった。回避するか、妖化するか、あるいは……!!
『愚かな自己犠牲』
「少しは成長したかよ!!」
『恰好つけちゃって』
荒縄が礫の第一陣を薙いだのは構わなかった。石は幾らでも手に入るのだから第二陣の投擲は即座に。そして『俺』の選択に舌を巻く。
『……まぁいいよ』
うねる荒縄が『俺』に巻き付く。巻き付いて回転する。ドリル染みて回転する荒縄の鎧だった。『俺』に激突した石は火花を散らせて跳弾する。ありゃあ……触れたら工作機械に巻き込まれるように悲惨な事になるな。
『それならそれで楽しみましょう?』
「容赦ねぇな。だったら俺も、お前を挽肉にしてやるよ……!!」
「やって見ろよ!!最初から使わなかったんだ、どうせ何か制約があるんだろうがよ!!?それとも、妖化ばかり頼って使い方を忘れてたかぁ!!?」
『どうせだから再現しましょう?』
周囲の枝木や足下の茂みを、巻き付く回転荒縄で八つ裂きに引き千切りながら突撃してくる『俺』に向けて、俺は罵倒しながら次の投石を叩きつけていた。
『一度目は悲劇で二度目は喜劇』
さぁ、全力で来いよ。てめぇが何れだけだらけて遊び惚けていたのか、小姑宜しく手厳しく見定めてやるからよ……?
『過去を繰り返させてやる』
『無力を噛み締めさせてやる』
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鬼とはおおよそ人が変ずるものである。人の欲、業、悪意で以て身を焼きて羽化する怪物……というのは説明として少々抽象的に過ぎるだろう。
出鱈目ではない。しかしながらたかが感情、たかが意思のみで以て人が人ならざる怪異へと変貌する筈もなし。そんな容易に成れるなら世はとっくに悪鬼共で犇めいていよう。そも、鬼共を一括りで語るのが乱暴に過ぎる。
嘗ての西方帝国の学者共が記した『魔種系統樹紀』において、鬼系種等と称されるその一群は更に三目に分けられているという。
一つは神鬼目。吸血鬼科、喰屍鬼科、真鬼科等がその下位分類に含まれた最も格式高く恐ろしい者共である。神気、あるいはその因子を継いだ存在がこれに分類にされるという。
一つは獣鬼目。喰人鬼科、小鬼科等がその内に含まれている。鬼共の中でも知性低く野獣に等しい扱いを受けている連中だ。神格存在の系譜とは別枠に誕生し、また根源からして人種と関係なき種族共がこれに類するとされている。
そして最後の一目……それは人がその生あるままに儀式・薬物等を通じて後天的に変じたものを指して、何処までも蔑みを籠めてこのように呼称されていた。即ち、人鬼目と。
……そして、『魔種系統樹紀』にはこのようにも記されている。『東方地域においては、殊更にこの種の鬼系種が数多く目撃・報告されるものである』と。
その一因が、今まさに眼前にてお披露目されていた。
「……まぁ、そう難解な話でもないさ。要は人仏の御加護、という名目での人体改造さ」
文字通りに闇に潜入して寺院外郭の一隅に脱出した神威は嘯く。片腕で器用に耳の傷を手当てしながら師より語り聞かされた話を脳裏にて反芻する。
仏の道は献身の道。特に古式ゆかしい一派においてはそれは顕著である。魑魅魍魎との戦いにおいて、その一派は信者より喜捨され、托鉢された霊気で以て鍛え抜かれた心身を更に鋼のように頑健とする。その拳撃は文字通り岩を打ち砕き、その蹴撃は怪異の首を引き裂く。風の如く疾走し、三日三晩でも疲れを知らずに闘い続ける。そう、太古の昔に教えを創設せし覚者がそうしたように。それを再現するように。
……僧と信者による祓妖の繋がり。それには禁忌に近き更なる段階がある。最大の献身。御仏のために、楽土のために、全てを打ち捨てた教えへの帰依。民草による生の献身。それは当然ながらせせこましい霊気の徴収よりも遥かに大いなる力を仏僧に授けよう。無論、何の代価もないなぞあり得ないが。
全てを受け止めるのだ。それは善だけでなく悪もまた然り。俗世の民草に悟りを開ける訳もなし。数多の欲望を僧はその身に受け止める。煩悩を受け入れる。魂に溶け込ませる。それは不可逆的な変貌だ。
仏の道において鬼がおぞましく描かれつつも同時に仏の守護者としても描かれる一因である。古の昔より徳を積み、煩悩を捨て、善行を重ねた高僧共が老いた信者共と共に儀式に挑んだ。己の自我すら霧散させて、身を鬼として全て背負い文字通りの鬼神となる。幾つかの大寺においては式として調伏されし鬼が寺院の奥深くにて封じられ、その力を必要とされる刻を待っているという。嘗ての大乱においてもそのような式鬼が幾つも確認された。
……決して成功ばかりではない。如何なる高僧でも完全に鬼神となり得る訳でもない。ましてや、安易に生臭坊主共が力を得んとして軽率に儀式を行い邪気に当てられて悪鬼と成り果てる事もまた多かった。中には僧ですらない者すらも。朝廷に叛意を抱いたある退魔士はこの密儀を利用して己が手駒も鬼の軍勢を生み出さんとして騒動となったという。
「数百の信者。騙して補助させた坊主崩れに巫女崩れ……雑に集めてもアレとは。中々効率は悪くないかな?」
腹から来るような轟音。そして寺院の中心から吹き上がる幾度目かの粉塵。立ち上る煙。喧騒。金切音。怒声。それらを見聞きして神威は評する。あの場にて贄とした連中の品質なぞ知れている。それであの変貌は中々の仕上がりであるように思えた。一瞬だけ見た後は巻き添えを恐れて影に潜って退避したが……妖ならば大妖を超えて凶妖に足を踏み入れているように見受けられた。
そんな事を思っていれば再度の轟音。廃寺院の木材に瓦に礫に土壁の欠片……建材が豪快に宙に舞う。力の奔流がここからでも全身に叩きつけられて心身を震わせる。
「わぁお。おっかないおっかい」
あのまま渦中に居たら己は薙ぎ払われていただろう。影と同一となった身であるが無敵ではない事はもう散々に理解させられていた。
『本当その通り。またまた酷い有り様ですねぇ?』
「痛いんでふーふー止めてくれません?」
……いつの間にか傍らにて耳の傷に息を吹き掛けていた金色八尾の狐に向けての嘆願であった。美女美少女に艶かしく耳元に吐息を吹き掛けるのは男としては本望だろう。それが今もダラダラ血が溢れる傷口向けてのものでなければ。溢れる血を啜りたがってるのはあからさまである。
『安心していいですよぉ?言われずとも啜ったりしませんからねぇ。……どんな薬が混ぜられてるか知れませんしぃ?』
「そりゃどうも」
妖狐共率いる狐璃黄華の生意気で気怠げな物言い。事実である。全身弄くり回されて人を止めた神威の体液なぞ、何が仕込まれているか知れたものではない。警戒はごもっともだ。尤も、この狐の尻穴には既に師特製蟯虫(腸機能改善・便秘改善機能付き)が仕込まれているので手遅れであるのだが。
「それで何故に此方に?」
『御迎えに来させられたんだよ馬鹿野郎めぇ。私は雑用じゃないんですけどねぇ?』
成る程、己が手負い故に介助役という訳か……神威は察する。己が捕らえられたら色々と面倒となるので当然だ。あるいは、日和って逃げるか投降するか警戒したか?何にせよ、善意では無かろう。妖狐共の頭を寄越して来たのが逆説的にそれを証明していた。己を確実に回収せん意図が読み取れた。
『因みに残飯はどうしました?残ってたら色々情報抜かれそうなんですけど?拾いにいかせるつもりじゃないですよねぇ?』
「御心配には及ばず。ほら、あのように」
『うわキモ』
上を指差して見せれば狐の嫌悪満載の感想。それもそうだろう。土壁の瓦屋根に着地したのはまるで獲物を捕らえる蜘蛛のように抱き付く手首、正確には手首に抱き付かれた洋鵡だった。何だったら咥えられた耳は陸に上がった魚みたいに元気にペシペシと跳ねていた。キモいキモ過ぎる。次元が違った。黄狐はドン引きした。
『ワスレモノワスレモノ!』
「どーも。……いや、喰うな」
『トリカワノネギシオフウミ!』
「マジで?」
パッと洋鵡を離して飛び込んで来た手首を掴んだと思えば接合して神経の具合を確かめる神威は、礼と共に突っ込んだ。礼を言った直後に容赦なく耳を喰われたからだ。御駄賃代わりとでも言うつもりなのだろうか?悪びれる事なく味の感想を述べる洋鵡だった。
「あ、血の方はその内蒸散するので大丈夫ですよ?」
『あー、そーなのー』
そして思い出したように神威が補足するのに最早やる気零とばかりの黄華の生返事だった。残念ながら亡霊の要請を拒絶する訳には行かない。黄狐は孔が弱かった。
『ペッタンコ!ペッタンコ!チビスケ!チビスケ!』
『絞めて剥いで焼かれてぇのか、鳥頭あぁ"っ"?』
神威の肩に着陸してほざく洋鵡を詰りつつ、黄色い狐は八尾を振り回して場の者共全てを幻想の内にひた隠し、存在を希釈して薄めていく。その背後では名状し難い咆哮が何処までも高らかに鳴り響いた。
『ウ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ッ"!"!"!"!"』
あからさまに濃厚な気を放ち、その存在を周囲に知らしめる人外人鬼。野次馬も、祓護民衆すらも否応なしにその存在に意識を取られて、視線を囚われる。釘付けにされる。
丁度良き、目眩ましだ
『さぁさぁ皆さぁん、出発進行ですよぉ?』
そんな状況で、姉妹達の中ではある種最も正統にして正道なる黄狐の狡知な幻を見抜く事が出来る者はいる筈もなくて……。
ーーーーーーーーーーー
「こっ、のおぉぉぉぉぉっ!!!!」
宙を蹴って、宙を蹴って、宙を蹴った。正確には足の裏に瞬間的に霊気による仮想の足場を構築してそれ蹴飛ばして身を跳ばす。赤穂流が走術の一技である。無駄に多くの霊気を消耗する故に利用は奨励されていない。実際、師より急がねばならぬ時のみ使うように指導されていた。
今がその時であると、環は確信していた。
「早く!速く!疾く!!!!」
蹴る。蹴る。宙を蹴りあげる。彼女の視線の先にえるのは鬼であり、それに対応して押される祓護民衆であり、その背後にて未だ放心する民草の姿であった。事態は一刻、否、一瞬も争っていた。
鉄色の肌の鬼による幾度目かの咆哮。何等特殊な権能がある訳ではない。唯その大きさだけで人の心を根源的に怖じけさせる。鼓膜を激しく震わせて、頭蓋の内を、五臓六腑すらも震動させる。囲み相対する祓護民衆の動きを鈍くさせる。
『邪魔だ、虫ケラめがぁ!!』
そして放たれる剛力が地面を深々と抉り、全てを掘り起こして投げ飛ばして行くのだ。土塊に砂利、礫、基礎構造として深々と刺さる木材までも。
「ちぃ!?」
「目眩ましかぁ!!」
得物で風撃を起こして土塊を払い飛ばして、拳が岩を跳ね返す。術で以て運命を操り軌道を逸らし、多重の結界を張り最後の防壁とする。
「来たっ!!?」
そして粉塵の向こう側から突風と共にやって来た巨鬼が拳で結界を一撃の内に叩き砕いた。その衝撃波に祓護民衆は踏ん張り凌ぐが、その背後でだらしなく佇んでいた有象無象の民草を容赦なく吹き飛ばしてしまう。
「ぐっ!?」
「あ、うぁ……」
糸の切れた人形のように地面に叩きつけられて、打撲して、あるいは血を流す彼ら彼女らはそれでも起き上がる事すらせず呻いて呆然とするばかりであった。儀式において摂取した薬が未だに脳を麻痺させていたのだ。
「結界、張り直せ!!早くしろ!!」
「どいつもこいつも動きやしねぇ!!」
「髢屋の奴は何処行った!?さっさと仕事させろ!!」
「さぁな。どっか逝っちまったかぁ!!?」
怒声。罵倒。喧騒。祓護民衆の前衛が怒鳴り散らしながら鬼に挑む。多方向から散開して、身体強化しての一撃離脱を仕掛ける。
「っ!?支援用意!!来るぞ!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!!!!せええぇぇぇいっ!!!!」
牛刀持ちの衆士が叫び、皆が一旦下がり、そして流星の如く環は地上へと帰還した。鬼の後頭部向けて加速し切っての跳び膝蹴り。鐘を鳴らすような爆音がして、鬼が前に仰け反る。其処に更に刀を連撃で叩き込んだ。その数、刹那に四七撃。
『グオォォォォッ!!!!??』
「っ!?」
即座に振り払うように剛力を振るわれて、環はその風圧に薄皮を裂かれつつも乗り掛かった。波乗りならぬ風乗り。風に身を任せて、木の葉のように離脱する。赤穂流の歩行法が一技には見掛けの身の重さを打ち消す方法があった。故に暴風のような鬼の拳の風圧は、寧ろ環の後退に寄与するものですらあったのだ。
「余所見してんじゃねぇ!!」
『グオッ!!?』
其処に畳み掛けるように祓護民衆の追撃。特に牛刀使いは全力で鬼の顎を下方から得物で以て殴り付けた。金属同士を打ち鳴らすような反響。鬼の骨肉は鋼のように硬かったがそれでも衝撃は打ち消せない。鬼は前後不覚に陥って周囲を見境なく荒らすばかり。そして……。
「御礼参りだってぇのぉ!!!!」
鬼の顔面を何かが真っ正面から全力で殴り付けた。これまでにない大質量の殴打は鬼を吹き飛ばして尻を地面に押し付ける事まで成し遂げた。衆士共が無様な有り様に口笛を吹く。
「髢屋ぁ!!やっと起きたかぁ!!?」
「元から寝てねぇんだよこん畜生めぇ!!」
赤子のように這いずる寺院の建材と土砂の塊、その足下で装束と髪を土で汚した髢屋操媒が罵詈雑言を放つ。彼女の蠢く長髪が木石材と土の巨人に向けて伸びていて、まるで管のように突き刺さっていた。
毛髪を触媒として物質を傀儡染みて操るその術は嘗ての退魔七士が姫君のそれの劣化版であったが、それでも十分に一級の代物だった。鬼月の御意見番が開発し使役する簡易式『崩山濁竜』の、ある意味では上位互換でもあった。
「髢屋さん!良かった、生きてた!!」
「勝手に人を殺してんじゃねぇわよぉ……!!」
宙を舞う環の嬉々とした呼び掛けに、不機嫌に応じて髢屋操媒は更に攻め立てる。更に土砂を追加して身を固めた長腕短足の首無し土巨人が鬼に迫る。顔面を押さえた鬼が怒り狂って迎え撃つ。
殴る。殴られた。相打ち。鬼の鼻柱をへし折られて、土巨人の腹に風穴が開く。開いた風穴から、無数の髪が鬼に迫る。巻き付いて、縛り付けて、支配せんとする。
『オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ"!!!!』
「っ……!!?馬鹿力がぁ!!」
拘束に悶えて暴れる鬼。その穴と言う穴に入り込まんとする髪。操る髢屋は頭皮を押さえつけて苦虫を噛み潰す。限り無く無限に伸びる能髪を持つ彼女であるが、それでも手繰られて引っ張られる勢いに伸髪が追い付いていなかった。
「誰か、援護しろよ!あ、打撃にしなさいよ、私の美髪が切れるからぁぁ!!」
『◼️◼️◼️◼️ッ!!!!』
周囲に怒鳴り散らして要求する髢屋に答えた物は黒かった。人形を不恰好に真似たような黒い塊が鬼の眼前まで跳躍すると髪を巻き上げる巨腕に豪快に回し蹴りをお見舞いした。これまでで一番の打撃だった。鬼肉が飛び散って骨が覗く。絶叫悶絶して尻餅を突く鬼。
「あ、生きてた?」
「勝手に殺すな……」
黒塊より伸びる影を見て、その行先の瓦礫を辿れば霊力強化でのし掛かっていた土砂を吹き飛ばして出てくる陰獄育魅。全身の土埃を不機嫌な面を更に不機嫌にしながら払う。
陰獄育魅の異能、影を己と同一の身体能力を持つ分身式として、更にそれに怪異を喰らわせる事で育成せしめる。数多の妖を取り込んだ陰獣は今では凶妖にすら匹敵していた。
「よぉし、一気に畳み掛けるぞ!縛れ縛れぇ!!」
鬼が押されたのを目敏い彼ら彼女らは見逃さない。りその掛け声と共に髪が、縄が、鎖が、封符が、大釘が、槍が、刃が、殺到する。鬼を締め上げて拘束して身動きを捕えていく。
「はっ!ゆっくり解体してやるよ……!!」
「鬼神の失敗作か?何にせよ、あんな動物の頭じゃここから抜け出せるかよ」
「これで一安心か。手間取らせてくれる……!!」
獣の如く咆哮してのた打つ鬼も、しかし最早多勢に無勢であった。拘束から脱しようとすればすかさず土巨人や拳士の殴打が繰り出される。ひたすら顔面を殴り付けて昏倒させては抵抗を封じている。鬼の身体は堅かったが衝撃は有効だった。上の空で自失している民草の移送もある。一先ず捕えて、その後に切り分けてしまうべきであろう。尋問も必要かも知れぬ。頭は残さねば。
「やった、の……?」
着地して、味方の元に合流した環も駆け寄りつつ呟く。否、あの蝦夷の影男は何処にいる?環は周囲を警戒する。何か仕掛けて気やしないか?
「そうだ。報告だ……」
儀式の場にいたあの御尋ね者の存在を知らせなければ。報連相は組織にとって大事な事だ。何事も、己一人で抱える必要はないのだ。無理はいけない。友達ならば、彼ならばそう言ったろう。
鬼の傍を通って向かう。一瞬だけその封じられつつも尚圧倒的な存在感と怒りに任せて鎖に噛みついて吠える様に気負い怖じけて、しかして直ぐに指示を下す組長の一人に駆け寄って呼び掛けんとする。此方の存在に気付いた四ノ組の長と向き合って、環は口を開く。
「すみません。今すぐ報告が必要な事がありまして。一番槍で院に押し入った折に……」
『……ほぅ、これが。何と素晴らしい効能か!!』
環の声を遮るようなくぐもりつつも明瞭な声音だった。直後に光が辺りを照らして、弾けるような音と共に突風が舞った。条件反射的に環は構えて、叩き付けられていた。土壁に背中から豪快に叩き付けられる。
「かっ、はっ……!!?」
衝撃に咳き込み、臓腑が揺さぶられてえずく。刀を持つ手は感覚が麻痺しそうだった。何が、あった?まさか、鬼か?
『あぁぁ、何と晴れ渡る気分だぁ。快活だ。爽快だ。何と言う全能感!!……おや?貴様、今のを防いだのか?二度も仕止め損なうとは、中々に勘の良い牝だな?』
「っ……!!?」
上から呼び掛けられて身震い。ゆっくりと見上げて、焼け焦げて、引き裂かれた鎖や髪を乱雑に引き摺る半裸の巨躯鬼をその視界に納める。捕えられていた先程とは打って変わって狂暴に猛りつつも確かな理性と知性を宿りた眼孔が彼女を捉えていた。まるで酒に酔っていたのが酒精が抜けて醒めたかのようだった。その身からは閃光が弾けるように迸る。
『ふむ。見覚えのある面構えだな。はてはて、何処での事か……』
明瞭な面で顎を擦り首を捻る鬼。そんな鬼の背後に意識が向かえば、半身が飛び散って倒れ伏す骸が幾つも転がっている事に環は気付く。彼女が先程まで報告せんとしていた組長もまた、その中に含まれていた。
「……!!?」
飛び散った肉片に溢れている臓腑、漂って来た焦げ臭さと生臭さの入り雑じった臭気に吐き気が込み上げつつ、それでも環は刀を構える。構えようとして、絶望した。構えた刀の、しかし鍔から先の刃は存在しなかった。
名刀にも限界がある。咄嗟に薙撃を防いだ時、刃は耐えたが柄は耐え切れなかった。鍔からひしゃげてしまい、『反根庚』の刀身が引っこ抜けて飛んで行ってしまっていた……。
「そ、んな……!!?く、ううううっ!!?」
直後、思い出したかのように全身が熱くなる。『反根庚』の力。その副作用だ。刀の本質は刀身にこそあればそれを喪った以上は身体が変質するのは当然。雌雄両具の身体は急速に牝へと変じる。その痛みは成長痛なぞとは比べようもない。
「こ、こ"の、『そうか。あの時侍っていた下郎の片割れか』う、げっ、えぇ"、"ぇ"、"ぇ"!!!?」
熱く火照る苦しみの中で必死に鍛練を思い出す。予備の得物を出そうとして、その前にえずいた。鬼の極太く爪の鋭い指が三本、環の胸元に押し付けられたからだ。それだけで肋骨に皹が入った感触がした。土壁と挟まれて内臓を圧迫されて、吐瀉物を吐き出した。汚物が鬼の指に振りかかり、そのまま垂れ流されて環の太股に溜まり、上等な袴にまで染みこんでいく……。
「あ、ぐぁ……?」
尋常ではない胸元への圧迫感と痛みに涙が流しながら、それでも環は退魔士としての勤めを果たさんとする。痙攣して下半身から失禁しつつも懐の短刀で以てせめて一刺しせんとする。赤穂流が技の一つを繰り出して、せめて次の者達のために少しでも傷を与えんとして……。
『馬鹿めが』
「がっ!?」
環の胸に押し込まれていた指の一つが、中指が弾かれるように環の顎を叩き付けた。あっという間に意識が遠退く。朦朧として歪む視界。息絶え絶えの環は、己の身体が雑に握り掴まれた事だけは理解する。
『驚いたな。女のような麗人と思ったが本当に牝であったか。中々業の深い趣味を……それとも、あの姫の趣味なのかな?』
「くっ"、ぁ"……ぁ"っ"!"!"?"」
嘲るような鬼の声音に、それに呼応して己を握り締める腕力が強められて、環は睨み返す事すら出来ず無力に悶え呻く。ポキポキと、関節が小気味良く鳴った。折れてはいなかったが、折れる寸前だった。
『くくくく。なぁに、殺しはしないさ。気が変わった。それよりも……はははっ!気付かないと思ったのかぁ!!?』
一拍。そして勢い良く振り返っての鬼の咆哮であり、激震だった。否、雷撃だった。閃光が走る。
「!?」
「ちぃっ!!?」
環に意識が向いている事を狙い、背後から気配を消して一斉に仕掛けんとしていた祓護民衆の兵達は、直後に次々と降り注ぐ稲妻の前に出鼻を挫かれる。土巨人に幾つもの雷が叩き付けれて崩壊した。結界に、式に、あるいは得物を盾にして、霊力による身体強化も重ねて身を守る彼ら彼女らは、それでも閃光煌めく度に火傷を負っていく。そして、鬼の迫撃は更に無慈悲だ。
『キャア!!』
地面に段着した稲妻。焼け焦げた地面から土竜のように飛び出したのは二尺程の犬とも狐とも狸とも言えぬ獣。土を父に、雷を母として産まれた仮初めの怪物。パチパチと電気を帯びた雷獣は祓護民衆を一目見ると口元を歪めて次々と突貫してきた。
「畜生めぇぇぇっ!!!!」
誰が叫んだのだろうか?直後に彼ら彼女らの目の前まで肉薄した雷獣共が風船のように膨らんでいく。膨らんでは容赦なく爆ぜていく。放電の光だ。夜の空をまるで昼間のように照らしていく。照らしながら焦がしていく。焼け焦げた臭いが、環の鼻につく。
「み、んな……」
弱り切って、視界も不明瞭な環に出来る事は唯儚く掠れるように呟く事だけで、仲間達の無事を願う事だけで……。
『グ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ"!"!"!"!"』
それも、雷の如く勝鬨を上げるような鬼の咆哮の前には掻き消されてしまい、誰の耳にも聞こえやしなかった。
一人の姫を拐いて、雷電の如き速さで鬼神は闇に消えて行く。
追い縋る事は、誰にも出来なかった……。
『ぷふぁぁ。……なーんてな?』
とある家屋の屋根の上にてその顛末を鑑賞していた蒼い鬼の、瓢箪を呷い呑んでからの一言。ケラケラと嘲って、ポリポリと漬物を齧る。
『よっこらせっと。……言っておくが、俺の邪魔はすんなよ?ここで出落ちしたくはないだろ?』
『…………』
道を挟んで監視している古い知り合いの鬼への、蒼童子の善意たっぷりの脅迫。闇夜の中で紅い鬼は剣呑に、冷徹に、蒼い鬼を睨み付ける。
『そうそう。それでいい。分は弁えねぇとなぁ?哭いた赤鬼にしちまう所だったぜ』
『そこまで入れ込む程か?貴様らしくない。変わったか?』
紅い鬼は非難がましく問う。この蒼い鬼の事は知っている。己が何度か誘いを掛けた事もある。鬼らしく気難しくて拘りに煩い怪物が、よもや嘆願を受けて動くとは……。
『変わった?おいおい、冗談は止してくれよ。俺は昔から誠実で謹み深い女だぜ?』
『どの面下げて……』
あっけらかんとした態度に舌打ちする紅鬼。厄介なのはこんなふざけた性格でも鬼としての実力は確かである事だった。その事は既に散々に思い知らされている……。
『同じ鬼の同胞への配慮はないのか?折角産まれた新鬼だぞ?温かく同族を迎え入れようとは思わんのか?』
『そんな考えが出てくるのはそれこそお前くらいだぜ。理性ぶって誤魔化すなよ。そんなに独りぼっちは寂しいのか?』
『……』
蒼鬼は見透かすように問い返す。鬼は何処まで言っても鬼である。我欲の塊。根源たる欲望に囚われ付き従い突き進む。違いがあるとすればその方向性だけだ。つまりはそういう事である。蒼い鬼と紅い鬼は睨み合う。一方は嘲るように、もう一方は静かに憤慨する……。
『あうあうあー?』
『ん?おー、わりぃわりぃ。おんぶかぁ?仕方ねぇなー?漏らしたら落とすから覚悟しとけよー?』
静かな牽制を終わらせたのは余りにもたどたどしい声音だった。足下をテクテクとする矮小なソレに、蒼鬼は同胞との一触即発の事態を後回しにする。雑にあやして、雑に持ち上げて、雑に背負う。
『それは……』
『羨ましいだろー?俺の餓鬼ぃー』
『嘘をつくな』
自慢げに見せての説明に流石に紅鬼は即答した。何処ぞよりて蛇と狐も突っ込みを入れた気がした。育児してるのは自分達と訴えた気がした。気にしてはならない。
んんっ……そう咳払いして仕切り直した紅鬼。削がれた気を取り戻して非難がましく同胞を見るが、最早その考えを変えさせる事は不可能そうであった。それは力尽くで以てしてもであった。
『はぁ……』
嘆息。元々無理なら無茶をするなと指示を受けている。所詮は使い捨ての駒だから気にするなと。ならば仕方ない。此度は引き下がる他あるまい。故に……ここからは単なる興味本意での問い掛けだ。
『確かに、言い間違えたな』
『あん?』
『先程の問いについてだ。確かに変わっていない。逆だ。大昔に戻った、か?』
『…………』
蒼鬼は沈黙した。ゲラゲラとふざけた笑顔を能面みたいに冷たくする。数瞬程その場で凍り付いたように固まった。その豹変に紅鬼は内心怖じけづいた。逆鱗に触れたかと覚悟を決める。
『ケッケッケッケ。若返ったっけかぁ?乙女として嬉しい言葉ではあるぜぇ?』
蒼鬼の普段通りの快活な嗤い。紅鬼は僅かに安堵する。紅鬼はこの蒼鬼の言葉の機微をある程度弁えていた。この分ならばいきなり殴っては来まい。
『なぁに。あいつは毎回首の皮一枚から逆転して魅せてくれるからな。何度失望し掛けた所から夢中にさせてくれた事か……。そんなアイツが全力で演目するための舞台袖での手伝いさ。最高の舞台を整えるために、裏方での奔走ってのも中々乙だぜ?』
『……全ては己のため、と?』
『こいつのためでもある。……とーちゃんの格好良い姿、見たいだろー?』
『あー?』
『ほれほれ、元気に肯定だ!』
何か良く分かって無さそうなソレの生返事を都合良く受け取る蒼鬼。ある意味でそれは普段通りの自己中心さではあり、鬼らしい利己さでもあるように思えて……。
『まぁ、それに……』
そして背負う赤子を揺らしあやしながら、一際口元を裂いて鬼は嗤う。
『あんな水子をされるがままに放置してたら、舞台も役者も、丸ごとぶち壊されかねぇものなぁ?』
『だぁ!』
その内に潜む正体を察している鬼の放言に、背中の赤子は純粋無垢に応じるのだった。
まるで、御同類について語るかのように……。