和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

247 / 255
 ファンアートの紹介をさせて頂きます。

 此方、柵さんよりAIイラスト、ズッコケ紫姫です。ここで転けるお陰で翌日の任務で死亡せずに済むと思われます。
https://twitter.com/saku__shigarami/status/2023882952137191846?t=OCQcLXYYyb97-K2c_oJS5A&s=19

 素晴らしい作品、誠に有り難う御座います。




章末●

  何時からか、流される小舟に彼女は居た。

 

「……?」

 

 起き上がる。果たしてここは何処か?暗い。薄暗い。空には満天の星空。それだけが辺りを照らす。記憶は不明瞭、前後不覚だ。どうして自分は此処にいる?舟遊びでもしていたのか……?

 

『ここが、何処かかい?ここはそうだね……言うならば「全体」の欠片だよ。命を溶かした鍋の中、全き真理の卵……と表現するのが今の流行だと分かりやすいのかな?』

「えっ……?」

 

 心中での問い掛けへの返答にその存在に気がついた。舟に同乗する存在を認識した。その顔を見て、酷く困惑した。

 

「僕……?」

 

 果たしてこれは如何なる事か?狐狸の類に化かされている?眼前には上等な巫女装束の娘が居た。鏡にて幾度も見た己が其処に居た。正座して、礼儀正しく此方を見据える己の姿。己を模した、ナニカ……。

 

「あ、貴女……は?一体?」

『私は君だよ。……正確には君が私の一側面に影響された存在、かな?いや、それも少し違うのだけれど……』

「えっ……わ、わっ!?」

 

 そして少し悩ましげに目の前の存在は身を乗り出して環の頬に指を押し付ける。突然の当然の如き行為に環は驚愕して困惑。

 

『うーん、たかが一退魔士家の分際で随分と大それた儀式をしたようだからねぇ。色々と齟齬が生まれてしまってるみたいだ。だからこんな事になる訳だね。本来の目論見たる呪いの押し付けも失敗しているようだし?寧ろ、アレの因子が少しこびりついてるじゃないか?』

「えっ、ちょ……やめっ……!!?」

 

 チョンチョンチョンチョン、頬をつつかれて環はただただ困惑するばかり。一方の己に酷似した存在は大層悩ましげに首を傾げて眉間に皺を寄せる。髪が揺れる。お日様の香りがした気がした。良い香り……じゃなくて!!

 

「貴女が、僕……っ!?一体、どういう?それに、呪いって!?」

 

 軽い態度で、何か凄く不穏な事を言われた気がした。そして同時にこの何者かに無意識の内に期待を抱いていた。

 

 蛍夜環は育ての家族に愛されつつも、しかし本質的には捨て子である。己の根源を、己の産みの親を知らぬ。目の前の存在は己の何かを知っている……?

 

『呪いについては今更君が気にする事じゃないよ。捨てられた君は最早対象外のようだ。滑稽な事だよね?あの繊細な長兄殿を利用しようとしたようだけど……ふふふ、寧ろ仕打ちに怒りを買ってしまったようだね』

 

 理解が浅はかだからこんな事になる……静かに嘲る瓜二つの存在。誰かを蔑む様は環は好きではなかったが、目の前の存在に嫌悪感を抱く事も出来なかった。まるで己の片割れのようで、身内のようで、己自身のようで……どうしても他人と思う事が出来なかったのだ。

 

「……」

『そんな目で見てくれるなよ。私は君にそんな風に見られる資格はないのだから。……さて、それよりも。君にはすべき事がある筈だ』

「すべき、事?」 

『そうさ。君が何をしたのか。その力の本質、その罪を、ね?まぁ今回はその片鱗だけでも……といった所かな?いきなり全部と向き合うと壊れてしまう。少なくとも彼から読み取った記録を参照する限りはね?』

「彼?」

『それも此方の話。……今の所は、という但し書き付きだけどね』

 

 そして彼女は手を向ける。舟の浮かぶ水面に向けて、御覧あれとでも言うように。

 

『全くの他人でもない。それに君が末端の末端とは言え、霊脈を貪ってくれたお陰でこうして繋がりが出来てお話も出来る訳だ。退屈凌ぎ、その御礼さ。さぁ?』

「……」

 

 悪意の欠片もなく、そして妙に気さくな誘いに、躊躇しつつも環は受け入れていた。舟から身を乗り出す。改めて辺りには何もなくポツンと舟が浮かんでるだけどである事を認識する。水面が仄かに輝いている事に今更気付いた。

 

「この……光は?」

『命の輝きさ。君が奪った命の、ね?』

「え?奪ってって……わっ!?」

 

 その意味が分からなくて問い掛けようとする前に後頭部を掴まれた。そして水面スレスレまで寄せられる。水面を見せられる。見せつけられる。その命の海から浮かび上がる「記憶」を。

 

 水面に気泡がうかびあがった。稚児が僧達に弄ばれてる光景が其処にあった。ギラギラとした瞳に、野望を湛えながら後ろから攻め立てられる美少年の風貌は、何処かで見たような気がした。

 

「こ、これは……?」

 

 少年の姿は気泡と共に弾けて溶けていく。しかし、気泡は無数に浮かび上がる。その一つ一つが生ある者の記憶が映りこんでいた。

 

 虫の記憶があり、獣の記憶があった。魚の記憶があり、草花の記憶すらも。母の腹から生まれて、あるいは卵を破り、種から芽吹く。

 

 食べて、食べられて、弱肉強食に循環する。育み、育まれて、命が紡がれる。数多の運命。数多の躍動。それらが……その末路が黒く塗り潰されて消えていく。

 

「え……?」

 

 環が何かを口にせんとする前に、その記憶が浮かび上がった。継ぎ接ぎの記憶の欠片。一人の少年の記憶が映し出される。

 

 過酷な北土での野良仕事。貧しい生活。弟妹達との日常……環は戸惑った。少年と手を繋ぐ童女の風貌に既視感があったから。この子は、まさか……?

 

「あっ」

 

 記憶が流転する。追い縋る妹の手を振り払う。流転する。拷問を受けている。何かの罪を贖わされている。流転する。多くの仲間を失った。女の首を締めている。流転する。幼児のように甘える友の姿。この、記憶は……!!?

 

「何で、こんな記憶がっ!!?」

『何でって……摘まみ食いしたからでしょ?』

 

 背後からの淡々とした返答。好悪もなく事実を唯伝える物言い。だけども環は押さえられたままに首を振って必死に否定する。

 

「知らない!!僕、こんなの知らないよ!!?食べた!!?あの人を!?鈴音の、兄さんを!?いや、どうして!!?」

 

 訳が分からない。あの人は死んだ筈だ。鈴音の兄は保護されている筈だ。どうして記憶が混ざってる?いや、どうして記憶がここにある……?

 

「そうだ!そうだよっ!!これは夢なんだね!!?ははははっ!!だから、こんな荒唐無稽な事になってるんだっ!!そう思えば、全部辻褄が合う!そうだろうっ!!?」

 

 環は若干狂気を含んだ笑い声で荒々しく宣う。卑屈に勝ち誇る。それを見下ろす己と瓜二つの存在は目を細めて薄く微笑んだ。環は思わず身震いする。己の顔がここまで酷薄な表情をする事が出来るのだと初めて知った。

 

『あー。うん、分かるよ。人間の典型的な逃避行動だね。確かに部分的には正しいよ。この世界はある意味では夢だ。君の心象風景。君の根源だ。君の深層だ。……だけどね?知ってるかい?夢というのは記憶の整理作用らしいよ?』

「何を、言ってるんだ……!?」

『分かっているだろうに。……君は今食らった命達を反芻しているんだ。この浮き上がる記憶は、分解されて君の血肉となる過程なんだよ?』

「そんな事……!?僕は、僕は……騙されないぞ!?食べる機会なんてなかった!出鱈目を言うなっ!!」

 

 必死に必死に否定する。大切な人を、大切な人の肉親を食べたなんて思いたくなかった。獣や草木は兎も角、そんな事はあってはならない……!!

 

『呪具の中には魂を繋ぐものが少なくない。君の食らった鬼に、違和感はなかったかい?あの程度の器がどうして理性を保てていたと思う?』

「……っ!?」

 

 環は思い返す。確かに幾度も疑問は感じた。まるで負担を何かに押し付けていたようだった。だけど……!!

 

『……まぁ良いさ。答え合わせは目が醒めたら出来るんだからね。それよりも、ほら見るといい。また浮き出て来たようだ』

「っ!」

 

 指を指して示されて、何か責務を背負うように環は水面を見つめていた。それが確かに必要なのだと己の内が訴えていた。心は偽れない。

 

 そうだ。分かっている。分かっている筈で……。

 

「え……?」

 

 不承不承に、それでも水面を見せつけられて、受け入れる環は浮かび上がったその記憶に唖然とする。思考が止まる。何が眼前に映りこんでいるのか、それを理解する事を心が拒絶していた。嘘だ。こんなの。こんなの、どうして……。

 

「嘘だっ!!」

『わっ。危ないね』

 

 目を逸らして、必死に暴れて水面から逃れんとする環。巫女服の何者かは無理強いはしなかった。さっと手を離して舟から堕ちぬ事に専念する。寧ろ、環が姿勢を崩して水面に突っ込んでいた。

 

 綺羅綺羅と、水飛沫が舞う。もがく女の悲鳴が響き渡る。

 

「あっ、!!?がばっ、!!?ぶっ、あびゅ!!?」

『安心するといい。アレも多分摘まみ食いだよ。量が少ないし、記憶も歯抜けだ。良かったね?』

 

 必死に犬掻きする環に呑気に巫女服の存在は宣う。里山育ちで泳げぬ環を助けるつもりは一欠片も無さそうだった。

 

「はっ、はっ、はっぁ!!?かぴっ、!!?た、たすひぇっ!!?」

 

 手を伸ばす。引き揚げて貰える事を願う。己と瓜二つの存在は悪意なく見下し微笑む。

 

『大丈夫。少し苦しくても直ぐに終わるさ。ここは夢……なんだろう?』

「う、ぶぶぶぶっ!!!?」

 

 まるで意趣返しされたかのような物言いだった。環は絶句する。涙目になって手を伸ばす。必死に必死にのたうち救いを求める。死にたくない。死ぬのは怖い。

 

『ははは。怒らないでくれよ。別に復讐って訳じゃないさ。君だって、何時までもここに居る訳にはいかないだろう?それに……舟から墜ちたら私までこの煮汁に溶かされてしまいかねないよ』

 

 ガチっと、舟の手摺を掴んでの宣言。何を言っているのか分からない。助けてくれないのだけは環は理解した。力が続かない。手足が痺れる。息が出来ず意識が薄れていく。冷たさが身体の感覚をにぶらせていく。

 

『お早う、蛍夜環君。また会おう。そう遠くない内に』

 

 巫女服のナニカの言葉はもう分からなかった。耳に入ってもそれを理解する余力がなかった。環はゆっくりと水面下に沈んでいく。青い水中。それは次第に暗くなっていく。

 

 深い深い、仄暗い水の底へと。

 

 ……底果てよりゆっくりと『黒』が上がってくる。己を包み込んで来る。それに抵抗する気は起きもしない。絡まり抱いて来る『黒』を唯々諾々と受け入れて身を委ねる。冷たく重苦しい水の中で微睡み諦める。

 

 もう、疲れてしまった……。

 

『……いやちょっと待てよ。何で主人公様がTSしてんだ?』

(……?)

 

 鼓膜というよりも直接心に響かせるような呼び掛けがした。見知った人の声音だった。もう会う事のない筈の人の声だった。

 

「あぶっ……!?」

 

 ゆっくりと眼を開いて、眼前の存在を認識して驚愕しようとして、しかし口から気泡が出るだけだった。彼はそんな環を見つめて何とも言えぬ苦笑を浮かべる。苦笑を浮かべて此方へと沈み込んで来る。

 

『黒』を祓って彼が抱き着いて来る。容赦ない抱き着き様にドキっとした。しかし何も出来ない。酸欠だった。何も伝えられない。何も訴えられない。

 

『大丈夫。大丈夫だから……ここは俺が代わってやるよ、主人公様?』

 

 彼が一方的に語りかけて来る。頭を押さえるように抱き締めて、背をポンポンと叩いて、まるで妹でもあやすように。安心させるように語りかけて来る。何を言ってるのか分からぬ所もあったが己に向けて、己を労る言葉であるのは明らかだった。それだけで環は安堵していた。このままなら、延々と水の底に堕ちても怖くないように思えて……。

 

『悪いが。それは出来んな』 

(え……?)

 

 くるりと水の中で回転。上と下が入れ替わる。環が上で、彼が下で。そして彼は押しやった。環を水面に向けて押し投げた。彼との距離が生まれる。手を伸ばしてももう届かない……。

 

(あ、あっ……!!?)

 

 もがいて彼の元に向かおうとする。届かない。困ったような苦笑を魅せる。その様が狂惜しい程に愛しく思えた。

 

 そして気付くのだ。彼の背後に迫る禍々しい『黒』を。己を奪われた故の代償に、彼に絡まり皆底に沈み落とさんとする様を。

 

 魂を砕いて磨り潰して、消化してしまおうとする様を。

 

(駄目!駄目だよ!!?行かないで!逝かないで……!!?)

 

 必死に求める。届かない。延々に届かない。無力だった。困り果てたような態度が一層悲しかった。背後から巻き付いて来る『黒』を気にもせず、目元の横で指を立てて前に振るう。

 

『これで再起ルートだ。……今度はミスってくれるなよ?』

 

 その軽々しい振る舞いは、助けられる事も救われる事も考えた事がないようで。

 

 そして、無限に離れていく彼に無意味と知りながら尚も手を伸ばしてその名を呼んで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とも、べ……くん」

「お目覚めになりましたかな、環殿?」

「えっ!?」

 

 返答に素っ頓狂に反応していた。意識が醒める。明瞭となる。麗らかな日射しが射す趣良き一室。布団に寝る己は手を翳していた。そして掴んでいた。傍らに控える左大臣の髭を。

 

「…………。ご、御無礼を、ばぁ!?」

 

 慌てて無礼過ぎる無礼に手を離して土下座しようとして、全身の痛みにその場に転がり倒れる。酷い筋肉痛だった。鈍痛だった。寝間着から覗く肌に視線を向ける。痛々しい痣が刻まれている。

 

「これは……?」

「鬼との戦いによるものです。随分と手酷くやられたようですな」

 

 若干痛そうに髭を整える左大臣を倒れたまま見上げる環。とんでもない非礼へ気負いつつ、しかし尋ねる。

 

「鬼……ですか?確か、僕は……」

 

 記憶を思い返す。雷鬼に拉致された。そして、肉肉しい物を突き出されて、そして……『黒』が、溢れ出したのは覚えていた。

 

「それについてですが……」

 

 仁の大臣は事の顛末について語っていく。

 

「廃寺での討ち入りは覚えてますな?」

「……はい。寺の方は?」

「制圧は終わりました。扇動され、洗脳された民草は出来得る限り捕縛して保護致しました。全員、とまでは言えぬのは残念な事です。戦いに巻き込まれて百人以上が犠牲となりました」

「そんなに……」

 

 環は沈痛な面持ちで落ち込む。守れなかった。守り切れなかった。何千も敷地に詰め込まれていたのだ。仕方ない事ではある。だが犠牲となった者、その身内は仕方ないで納得出来る訳もない。

 

「私が甘かった。討ち入りはもっと早くするべきでしたな」

「そんな事は……」

 

 自省する大臣。結果が全てではあるが大臣を糾弾する積もりにはなれなかった。扶桑の、民草の安寧を常に考える人徳の人である。此度の一件も、元々は民草に怪しげな教えを流す与太者を縛り上げるためのものだった。件の人物が何事かを企み人を集めた故に急遽の討ち入りを前倒した。それら一連の流れには怠惰はなかった。

 

 誤りがあるとすれば、それは先方の異様な用意。護神像に調伏して繁殖させたのだろう妖。そして、鬼に成り果てた儀式……。

 

「環殿が連れ去られた後、寺に幾人か残置した後、急ぎ新ためて討伐隊を編成しました。あのような鬼を逃がす訳には行きませぬからな。貴女を救助するためでもある。私もまた衆を召し上げる者として、朝廷を守護する者として刀を参陣させて貰いました」

「そんな、左大臣が御自ら!!?」

 

 突如の爆弾発言だった。身体の節々が痛むのも忘れて環は叫んでいた。

 

「それが務めというものです。問題は鬼が潜む山で何やら禁術でも使ったのか、黒い何かが現れた。巨大なそれは辺り一面を食らい尽くしたのです。霊脈の……末端ですが一部まで食われてしまった。辺り一面の生という概念が絞り取られてしまったかのようでした。当地には数日経た今でも虫すら寄り付かぬとか」

「それは……」

 

 大臣の言に環は心覚えを抱く。しかし、それを口には出来ない。霊脈を無断で傷つける行為は大罪だ。央土の大霊脈ならば尚更である。環は正直者で誠実だが時と場合というものを理解出来ぬ程愚物ではない。

 

「……鬼の方は?」

「儀式か何かが失敗したのか。あるいは別の鬼に裏切られたのか……あぁ、外京で発見されたものとは別の鬼がいましてな。何にせよ、雷鬼については死滅が観測されましての。それは良いのですが、問題はその別の鬼なのですよ」

「別の、鬼……?」

 

 大臣の言を反芻するように呟いて、記憶を手繰り寄せた途端に悪寒と共に身震いする。嫌な記憶が溢れ出しそうになる。そう言えば大臣が先程言っていた。この身体の痣はそれが……?

 

「あれは直に見ましたが……真に凄まじき鬼でした。彼処までの鬼は、嘗ての大乱の時代の生き残りかも知れませぬな。失礼、支えましょう」

 

 思い出しては天を仰ぎ嘆くように溜め息。そして大臣は環の身体を起こして座らせる。猫背気味に布団の上に鎮座する環は、大臣の言葉を呑み込み事の次第の理解に努める。

 

(鬼。二鬼目の鬼。その仕業?……僕の力に気付かれていない?僕の力が伝わっていないの?)

 

 何らかの簒奪の力がある事は鬼月では知られている筈だ。それこそ関街で狼神を討ったのはその力によるものだ。ならば……。

 

「……そういう事にしておくのが穏当でしょうな。貴女の力、直接見たが想定以上、下手に知られれば厄介でありましょう」

「っ!!やはり……気付いておりましたか」

 

 支えながらの耳元で提案に環は息を呑む。知られている。その上で見逃されている……?

 

「善意……ではありませぬよ」

 

 朗らかに老人は環が抱いた感情を口にする前に否定する。

 

「貴女の力は危険ですが御する事出来れば凄まじいもの。魑魅魍魎への切り札となり得るもの。それに貴方のような同志を喪うのは惜しい。だからこそ私の責任に基づき見逃すのです。真相を知る者は私含めて片手で数えられる程度、祓護民衆すらも何も存じませぬ」

「それは……余りにも格別の配慮で、恐縮です」

「いや、貴女にもっと良き刀を渡しておけば良かった。さすれば此度のような事もなかった筈。申し訳ない」

 

 沈痛な面持ちでの謝罪に、環の方が罪悪感を抱いてしまう。貴人にして年長者にここまで配慮されてしまう己の未熟を心より恥じる。仁徳の人に、己のためにその権力を使わせてしまう事に気後れする。

 

「……それに鬼が危険な存在である事は変わりませぬ。貴女を、その力を以てしてもそのような身体にしたのは他ならもう一鬼ですからな。寧ろ貴女を殺しかねぬ惨状だったのを祓護民衆でどうにか救い出したのですよ」

「そう、なのですか……」

 

 そして環は改めて己の身体に意識を向ける。全身の肉も骨も痛くて仕方ない。服の下を見れば赤く、あるいは紫色に腫れた肌も見えた。四肢が喪われていないのが奇跡に思われた。どうして五体満足なのか不思議だった。咄嗟に赤穂流の受身術でもしていたのだろうか……?

 

「大臣、報告でぇすよ。廃寺の後始末は……あら、起きた訳?よくも生きてたわねぇ?この指、何本か分かる?」

「……零本」

 

 部屋に闖入したかと思えば拳を突きつけて来るのは陰気で口の悪い女。髢屋操媒は皮肉げに笑う。

 

「目玉は無事みたいね。……良かったわねぇ、ウチは福利厚生が厚いから。他所なら質の悪い薬に治療費が天引よ?」

「髢屋殿、同僚を虐めるものではない」

「ただのじゃれ合いですけどー?」

 

 左大臣の注意にあしらうように答える髢屋。ウネウネと髪が不機嫌そうに蠢く。良く見ると所々枝毛になったり千切れていたりと酷く傷んでいた。五体満足だが、髪はそうでもないようだった。

 

「あ……陰獄さん」

「んっ」

 

 遅れて環は髢屋の背後の目立つ長身に意識が向かい会釈する。陰獄育魅は髢屋に比べると淡々として応じた。好意は薄いが悪意も無さそうな態度に環はある種の安心感を抱いて……。

 

「陰獄さん……?その、手は?」

 

 それに視点が合って環はそれ以上口に出来る言葉を失う。何を口にするべきなのか、分からなかったのだ。

 

「?」

「何よ?……あぁ、そういう事」

 

 当の陰獄は訝るように首を傾げて、髢屋もまた首を捻って環の反応に困惑して、遅れて合点が行く。

 

「何か訳分からない黒いのにね。別にこういう仕事をしてたら良くある事でしょ?……こいつは運が良い方よ。異能で補填出来るしね?」

 

 髢屋の言に応じるように陰獄育魅は己の肘から先のない左腕から黒い影を生やした。己の影獣から差し出させた影腕で施無畏印を示して見せる。身体の欠損に対して慌てず気落ちもせず、何時も通りの平然とした態度は実に退魔士らしいものであった。

 

 修羅場にて命を賭け金として飯を食らう者らしい、度胸と覚悟のある振舞い……。

 

「……」

「……アンタ、どしたの?顔が青い……」

「おう"え"っ"、え"っ""……!!?」

「本当にどうしたのっ!!?」

 

 己の犯した過ちを見せ付けられて、込み上げるそれを環は堪え切れずにぶちまけていた。

 

「……」

 

 そして眼前で行われる介抱される者とする者の光景を、一人大臣は淡々と観察していた。

 

 今少し、効果が欲しかったと思いながら……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

「……」

 

 納棺を終えた棺桶が鎮座する、その部屋に彼女は居た。恐ろしいまでの静寂と静粛が場を支配している。白檀の静かな香りが空間を満たしている。何よりも、女から滲み出る言い様のない陰気が窒息しそうな程空気を重くさせていた。

 

 尤も、それも棺桶に寄り添う娘の前では霞んで見える。痩せ衰えた村娘の顔は幽霊のようだった。肉親を喪った悲しみは筆舌し難い。

 

(本当にそれだけか……なのだけどね)

  

 その心中を想像して冷笑。親愛というには些か重過ぎて濃過ぎるように思えた振舞いだった。よもや欠片もそういった情がないとは言わせない。同じ女だから察するものはある。

 

「本当に残念な事。折角匿うように大臣に命じられていたのに。まさか抜け出すなんてねぇ?失態で叱られちゃった」

「……」

 

 客分の身内たる娘は何も言わない。魂が抜けたように棺桶の傍をただただ離れぬ。それ以外は何も反応すらない。

 

 葬儀の手筈は率先して……否、遺体へのそれは殆ど一人でこなしていた。当初巫女として執り行うつもりだった忍鴦を拒絶して、そんなものは不要であると言わんばかりであった。蔑む瞳には汚物を見るようだった。

 

 彼女の仕事自体は見事なものだ。湯灌はそれこそ香湯を浴びせ、その手で隅から隅まで垢を、汚れを取り除いていた。鼻の穴に耳の穴、臍の穴。臀部まで。奥の奥。隙間の隙間まで。皮をめくってまで執拗に。

 

 剃毛もまた丁寧に。髪に眉。鼻に腋。尻に胸元に下腹部。微かな頬の産毛まで。剃刀で剃り、鑷子で毛根から引き抜く。一本一本、漏れもなく。しかし肌は傷つけてはならない。

 

 死後硬直で固くなった身体を、霊力による強化も出来ぬ柔な身で必死に死装束に着替えさせる。己の汗が骸に着かぬように細心の注意を払って。健気なものだ。

 

 全ては扶桑の伝統に乗っ取った正式で厳密な遺体の処理方法だ。扶桑人にとって墓を妖に掘り返され、埋葬された己の骸を食い荒らされるのは不名誉この上ない。臭いの元を流し落とし、臭いの溜まる毛を根刮ぎにして、その骸に汗も何も滴し落とさぬように。最後は焼いて灰とする。

 

(語るは易し、だけどぉ)

 

 実際ここまでそれを完璧に処理が果たせるのはそう多くはないだろう。そも、貴人ならば兎も角、農民や町民でここまでの下処理が許されるのは都近隣の者くらいである。貧しい土地では雑に洗って焼かずに埋めるだけなんて事例すらあった。当然腐った肉が化物を引き寄せて荒らされる。死が忌避される一因だ。

 

「……明日には棺を引き渡す事になるから宜しくね?」

「……」

 

 チラリと娘は巫女姫を一瞥した。黙ったまま直ぐに棺の傍らに視線を戻す。無言の肯定。無作法で無礼だ。忍鴦姫は仕方なさげに肩を竦める。

 

 ……巫女に遺骸を清浄して貰える事もまた本来名誉の事である。それを拒絶した事は屋敷の者共の間では真に不評であった。客分とは言え、卑しい身の上で分不相応にかけられた厚意を無下にする事は何事であるのかと。面として言わずとも縁側で、渡殿で、炊事場で、姦しく家中の者共が噂する。

 

「ふふふ」

 

 思い出して冷笑する。己の世間での評判くらい屋敷の者共も知っている。己だって隠さない。こういう時にだけ清らかな巫女の末裔として扱う女中共に雑人共は現金なものだと忍鴦は思った。それならば娘の態度の方がずっと明瞭でずっと素直だった。

 

「一応注意するけど、骸を背負って雲隠れなんて馬鹿な事は止めてね?」

 

 骸は焼かず、埋めもせぬ。庇護役の左大臣の命で事件の証拠として塩漬けで何処ぞに保管されるとは伝えている。直後には埋葬されぬ事にごねて、遺灰を実家に持ち帰れぬ事に憤慨していたがそれでも現実は変わらぬ。この妹は現実を直視出来ぬ程蒙昧でもなかった。御上の命には従う他ない。ただただ、最期の別れを惜しんで寝食も忘れて骸に寄り添うだけだった。

 

 ……何処までも受動的に流されるばかりの女だった。

 

「それじゃあ、失礼をば?」

 

 そして隠し切れぬ死臭を誤魔化すための線香の香りより逃れるように忍鴦姫は部屋を退出する。既に真夜中だった。まるで何もかも終わったとばかりに雲が晴れた空に月明かりが照らし出していた。

 

「本当は終わる所か絡んで絡んで絡み切ってしまっているのにね?」

 

 縁側を歩みながら淫姫は振り返る。全ては予定調和だった。全てが計画されていた。

 

 彼の模倣物の死は善意だった。亡霊からの贈り物だった。息子への、機嫌を取るための優しさだった。

 

 元が下人であり、鬼月の家中の狂気から逃れるためには贄が必要だったのだ。「伴部」たる仮名は捨てれば良い。しかし◼️◼️は違う。生まれて与えられた名である。血の繋がった家族から与えられた名の縁から逃れるのは容易ではない。名と結び付けた呪いは少しでも隙を見せれば追跡して襲い掛かる。

 

 ならば囮を用意すれば良い。同じ魂を培養し、同じ肉体を培養し、同じ記憶を植え付ける。そして肉親らの認識の方向を向けさせれば術的には限りなくそれは本物と同一の対象物となり得る。

 

 完璧ではない。しかし、見事な囮だ。藁人形で打ち呪おうが、触媒で人探しをしようが混沌する。対象たり得る存在が二つもあるのだ。呪いは分割されるか、行き先なく彷徨うか、あるいは囮に向かうか……何にせよ、彼の逃亡した下人は鬼月の目を掻い潜り易くなったのは間違い。

 

 今一つの目的。それは身内への己という束縛からの解放だ。

 

 生きているか死んでいるか、分からぬ物には希望がある。しかし明白に死してしまえばそれまでだ。名を騙った所で警戒されるのみである。名を出した所で引き寄せられる理由がない。死んでしまえばそれまでだ。分別ある大人ならば甘言に騙されぬ。鬼月の狂人共が◼️◼️の名を出してその身内を引き寄せる事は叶わない。寧ろ殺された身内の名を出す事は警戒を与えるのみだろう。事実、屋敷から逃れるに当たって認めた半ば遺書染みた文にはそれを匂わせた。

 

 ……全ては贄役すらも同意した提案である。自ら道化を買って出た。兄としての振舞いすらも贄となるための過程に過ぎぬ。妹に、弟に、家族に、己こそが◼️◼️なのだと、家族を通じて世界に対して己こそが◼️◼️なのだと認識させるための日常……家族が兄を思う程、家族としな触れ合い慈しむ程、それは補強される。

 

「馬鹿な事……」

 

 足を止めて巫女姫は呟いた。妹が甘えて、妹が慕って、妹が妬む事すらも死神のやって来る足音であるのに。否定もせず運命を受け入れる様は愚かしかった。

 

「祝を与えてやったのに、ね?」

 

 気紛れだ。そう、気紛れだ。巫女の力の一端。祝福を授けてやった。それなのに……力不足とは言わせぬ。自信はあった。別の未来もあった筈だ。それを、あの男は……。

 

「はは。生きるのが下手な男」

「全くだな。アイツらしいと言えばアイツらしいぜ」

 

 独り言の冷たい非難への返答に、忍鴦は振り返る。目付きの悪い蝦夷の狼女の姿。姫を睨み、警戒して、忌まわしげに、そして哀れむように……強い女だと思った。強い意志を宿した女だ。自分よりずっと芯のある剛毅な女に思えた。疎ましい。

 

「……あの娘に付いてあげなくて良いの?お友達でしょ?」

「慰めても今は逆効果だろうさ。結局、心の問題ってのは最後は自分一人で乗り越えるものさ。……アイツは芯が強いさ。兄貴に似てな」

「種も卵も違うのに?」

「知らねぇよ。腹は同じだろ?」

「そう。貴女は即断でそう断言出来る女な訳ね」 

 

 この蝦夷女はきっと己が腹痛めて産んだ子と、他の女の産んだ子を共に我が子として同じくらい愛情を以て、同じくらいに厳しく躾ける事が出来るのだろう。忍鴦には容易に想像出来た。

 

 ……頼り甲斐のある女なのだろう。女から見ても頼れる女なのだろう。がさつでいて、しかし本質を見据えて冷徹に割り切れる女だ。優先順位を履き違えない人物だと見抜く。

 

「ふぅん。余り私達って相性は良くないみたい?」

「仲良くするつもりはねぇから安心しろよ。それよりも……見逃してやった誓約は果たしてくれよ?」

 

 ある種自分とは正反対の女への羨望を自覚して、同時に嫌う。それを敢えて口にする。予想通りにサバサバと蝦夷の女は応じた。欠片も気にしてないようだった。疎ましい。

 

「当然。けどいいの?これってぇ、裏切り行為じゃ無い訳?」

「俺は誰の味方でもねぇよ。俺は俺の味方だ。そんで、俺は俺のためにこうして話してんだよ」

「本当、悪びれもない事」

 

 本当に本当に、自己中心的で逞しい女だった。その強さが無性に腹だたしい。

 

「えぇ。……えぇ、誓約しましょう」

 

 そして淫姫は苛立ちと憧憬の入り交じる感情を押し退けて、眼前の狼女と誓いを立ててやるのだ。

 

「貴女が約束を違えぬ限り、私があの娘を守ってあげましょう。……嘘じゃないよ?」

 

 誓約の巻物を掲げて、忍鴦は恩着せがましく宣ってやったのだ。

 

 ……本当は、己もそれを望んでいた癖に。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

「っ……!!?」

 

 水音と共に目覚めた。寒さと共に意識を自覚した。全身を覆う粘り気に身震いした。

 

「な、なにぃ、がぁ……!!?」

 

 まともに視界が見えない。瞳を辛うじて開いても光に瞳が反応しない。掠れた視界。黒と白が交錯していた。喉が渇いた。息が苦しい。

 

「にゃははははっ!!さぁさぁ、尾はちゃっちゃっと切り落としてしまいましょーね!!お湯の方はどうですかー?」

「んっ。沐浴準備は完了。何時でもイケる」

「結構です。さっさと洗ってしまいましょう」

 

 見知らぬ声音が二つ響いて、聞き覚えのあるようにも思える声音がそれに続いた。聴覚は寝惚けてていて、思考も回らないせいで誰のものなのか分からない。感覚の目覚めていない身体が掴まれて、持ち上げられて、運ばれているのが辛うじて分かった。

 

「あぅ、あぃ、ぁ……?」

 

 全身が余りにも重かった。寒さも手伝い胎児みたいな体勢で呻くのみで、直後に全身を温もりに浸された。湯だった。人肌程に温められた湯に沈められる。全身に纏わりつく粘液を剥がすように流されていく。この状況に俺は覚えがあった。

 

 

 それは己が「生産」された直後の記憶。あるいは記録。絶望する。死は終わりでなければ救いでもなかった。終わる事ない無間地獄。魂の最後の一欠片すらも徹底的に擦り潰されるのを想像した。

 

「ひ、ひゃ、だ!?いひゃ、だぁ!?」

「わっとぉ?危ないですってぇ?」

「ちぃ。押さえて下さい。出来立ての身体は柔らかいですから。自壊されては敵いません」

 

 暴れる。逃れんとする。無意味だ。余りにも弱々しい筋力だった。簡単に押さえつけられる。それでも暴れる。泣きじゃくる。一度この命を利用させてやったんだ。まだ満足出来ないのか?冗談じゃない。勘弁してくれ。俺が一体何をした。

 

「落ち着いて下さい。……ちぃ、恐慌してますね」

「ひぃや!いひゃ、だっ!!だれひゃ、たすけっ!!たすきぇ……!!?」

 

 手を伸ばして救いを求める。頼む助けてくれ!お願い。お願いだよ!?誰か……誰かっ!!?

 

「……大丈夫。怖くないわ。大丈夫。ここは安全だわ。ここは、母の腹の中のように安心よ?」

 

 直後、伸ばした手を手を重ねて絡み握られた。身体を抱かれて、抱き締められた。有無を言わさぬ慈愛に包み抱かれたのを……確かに実感した。

 

「あ"……?」

 

 のたうつのを止めていた。不安はまだある。怯えはまだある。どうしようもなく、押さえようない恐怖に心の臓の鼓動は破裂しそうだった。それでも……俺は握られた手を握り返す。己を包み込む優しさと柔らかさを受け入れて縁とする。この感情を受け止めてくれる先を求めて顔を埋めて哭いていた。

 

 怖かったのだ。ひたすら怖かったのだ。死が恐ろしかった。家族を残して去るのが辛かった。一人孤独に消えていくのが寂しかった。覚悟していても、それを実感した喪失感は言葉に出来なくて、それを繰り返すのは筆舌にし難い。

 

 だから求めるのだ。寄りかかり、凭れ掛かり、触れて受け入れてくれる温もりを。

 

 …………曖昧な時間が流転して世界が浮かび上がるように明瞭となっていく。微睡みの刻は次第にその輪郭を明確にする。気付けば温かな布団に包まれている事を認識した。傍らにやって来た、己の面を見上げる。

 

「……あ、ぅぁ。夢じゃねぇ、よな?」

「幻覚の類いでもねぇから安心しろよ。状況は認識出来てるな?」

 

 まだまだ動きの鈍い発声器官を蠢かせての問い掛けに、自分らしい返答が返って来る。脳裏に焼き付く記録を振り返る……。

 

「糞亡霊に、模写された。……鈴音の世話になって、化物になって、お前に殺されてやった。そうだな?」

「上出来だ。流石俺だ」

 

 何に対しての、とは突っ込まない。雪音ではなくて鈴音と、敢えて警戒して仮名を口にした事に自分は俺を信用したようだった。

 

「……俺は、ぶっ殺された筈じゃ?ちゃんと、殺せよ?そういう、誓約したんだが?」

「あぁ。殺したよ。何度も何度も刺してやった。……肉体はな?」

「肉体は……魂だけ回収したのか?何処で、そんな技術を?」

 

 松重家の協力でも受けていたのだろうか?実験兼ねて処置でもされたか? 

 

「それに加えて、十薬の技術をな?具体的には粘体に肉片やら血やらに染み込んだ魂片を霧散する前に呑ませた。それを培養と濾過して今のお前の意識はある……らしい。どちらかというと接ぎ木に近い処置だそうな」

「……すまん。アカデミックな話は、分かんねぇ」

「俺もだよ」

「ははっ!」

「ははは!」

 

 俺のぶっちゃけな感想に苦笑しながら俺もまた答える。お互い渇いた笑いを漏らす。

 

「……連中には、気付かれてねぇよな?」

「庭園は結界で何も見えなくしておいた。お前の元の身体には痕跡を残さぬようになっている筈だ。魂は先程言ったように濾過を繰り返した。多分大丈夫だろ」

「はっ、人格排泄みたいな事までして……大丈夫でなかったら、困るぞ?」

「またマニアックな事を……まぁ、貧乏籤を引いた側からすればそんな認識になる訳か」

「言ってて、自分でも嫌な気分になって来たよ。……それにしても、良く、俺の身体なんて用意したな、えぇ?」

「んっ。あぁ。それなんだがな……」

 

 問い掛けに、眼前の俺は俺を起こした。俺はここで自分が布団の中で裸だった事に気付いた。そして傷だらけの身体は……小さい?

 

「……餓鬼の面構え、だな?」

「急いで拵えるとなるとな。色々提案はあったがこうする事にした」

「急拵え……早産みたいな感じ、か?傷くらい、無くしてくれても良かったろ?」

「成長させた後は色々やって貰う事があるからな。都は俺が受け持つ。お前には北土に、道すがら幾つか働いて貰う」

「……成る程」

 

 死ぬ前に知った幾つかの場面、状況を思い出して納得した。やはり今は原作時間軸、それも都で主人公様と同行するパターンになったという事か。

 

 ……都に主人公が向かう分岐ルートは別にそれ以外のイベントが消滅する訳でも惨劇が消える訳でもない。寧ろ都に行かぬルートで主人公が巡るイベントが放置されて順調に惨劇となる。それに介入出来ぬままとなる。モノによっては巡り巡って都の主人公様を苦しめて、あるいは絶望させてくれる親切仕様だ。

 

 これは仮に北土残留ルートでも逆の事が発生する。介入出来ない回避不能二者択一イベントという訳だ。糞みたいな仕様だ。そして俺もまた身体は一つ。やれる事には限界がある。限界があった筈。しかし、今ならば……!

 

「加えるとお前も囮だ。お前の元の骸、今のお前で俺に向かう呪いやら何やらを分散する」

「ひでぇな。ここまで来て……まだ散々に、こき使うつもりかよ。人の心とかないのか?」

「皮捲ったらお互い化物だろうが」

「せやな」

 

 言い訳出来ない正論である。仕方……あるまい。地獄の都でのイベントは此方の俺に任せるしよう。ある意味では重荷の分散である。台風の目たる主人公様周辺のイベントを消化してくれるならまだマシだろう。そう思わないとやってられない。

 

 主人様同様謎TSした宮鷹のマジカル姫の事は気にかかるが……此方の俺に言付けくらいはしてやるかな?

 

「……しかし、この餓鬼の身体じゃ、な。彼方側の対処といっても……限界があるぞ?どうするん、だ?何か霊薬の類いでも、使うか?」

 

 双子分裂薬や一時的な若返り薬という最早薬とは言えぬ効果のある薬もあるのがこの世界だ。大人になる薬もあるやも知れぬ。高いだろうけど。

 

「あぁ。其処はちゃんと考えている。お前には超速成長して貰う事になっている。大体……半月くらいで元の状態まで成長出来る筈だ」

「成長痛が、キツそうだな?……分かった。やってくれよ。注射も苦い薬も嫌いだが……仕方ねぇ。我慢してやん、よ?」

 

 軽口の肯定。俺はその時に気付いた。眼前の俺の目が光った事を。勝利を確信した眼差しを。それは、罠だった。

 

「言質、貰ったぜ?」

「はぁ?」

「担当諸君、入って来てくれ」

 

 その呼び掛けと共に部屋の四方の障子が開かれた。次々と人が入室してきた。その数、十人以上。

 

 女だった。どちらかと言うと大人びた、熟れた者もいた。多分二十半ば以上だろう者ばかり。異人らしい見た目の者もいる。そして……着物の上からでも分かるくらいには豊満だった。

 

 たぷんたぷん!!いや、そうじゃなくて……無くて?

 

「さぁ、またぎゅっとしてあげますね、御兄ちゃん?」

「えっ?」

 

 唖然としていると誰かに背後から抱き抱えられた。振り向いて目と鼻の先に彼女はいた。紅い口紅。啼き黒子。退廃的な雰囲気に、何処か幼児退行した面影も見えた。砂糖菓子みたいな甘ったるい匂いに混じる仄かな煙草臭。蠱惑な瞳に俺の幼く事態を理解出来ずにいる間抜けな面が映りこんでいた。肉感的な身体の温もりが一枚の薄布地も挟まずに伝わって来る。

 

 御意見番様が其処にいた。鬼月胡蝶が其処にいた。否、否である。それは拗らせババアと言うべきだった。拗らせて拗らせた面構えだった。阿片を頭に直接打ち込まれたような恍惚の表情。夫を見ながら、息子を見ながら、兄を見るような眼差し……。

「……」

 

 ……嫌な予感がした。凄く凄く、嫌な予感がした。俺は俺を見る。俺は俺を哀れむ。

 

「今からお前には急成長のための栄養摂取をして貰う。取り敢えず全員から一滴も出なくなるまで搾り飲め。分かったな?」

 

 俺の感情の抜け落ちた淡々とした命令。背景では同じく入室していた連中が揃って脱ぎ始めていた。欲情した眼差しで此方を見つめて、白い湯気が出そうな嘆息と共にその成熟した身体を見せつける。そのたっぷりと詰まった物を揺らして四つん這いで寄せて来る。

 

 ……うん。まぁ。うん。そうだな。うん。取り敢えず、あれだな?

 

「……よくも騙したなぁぁぁっ!!?騙して、くれたなぁぁぁぁっ!!?」

「にゃはぁ!!凄いですね!流石実質同一人物!三三も近似してますねぇ!」

 

 慟哭の叫びに眼前の俺の横にひょ三こりと現れて感動したような反応を魅せる軽薄な少女。何の話だよ!というか誰だよお三!?

 

「かやでーす!勝手に生えて来三妹ですにゃは♪」

「何それぇ!?はむっ、三っ!!?」

 

 意味不明な暴露話に絶叫。それすらも計画通りだったかのように思わず広三ていた口にそれ三突っ込まれる。条件反射的に咥えて噛みついていた。慌てて離れようとして、三げられないように頭を押さえつけられ三。上目遣い。拗らせたババア三うっとりと。三みつかれた事すら愛しそうに涎を垂らして痙攣していた。糞、激エロかよぉ!?

 

「んっ、はぁ♪ふふ三三三呼んで良いですよ、御兄ちゃん?」

「はむむむ三むっまぁ三!?」

 

 反論しようにも三らかさが顔を埋めていて何も言えな三った。甘味が広がる。三三が口一杯に広がる。喉を通って胃に流れ込んでいく。薬三三白粉に塗っていたのだろうか?微睡みに安心感と多幸感に満たされて抵抗する気がなくなってし三う……ぐっ!?の、三り越えてみせろ!?三三を!?

 

 栄養三摂取していた。頭を撫でられる。背中から別の三らかさに包まれ三。耳元で三かれる。両の三が導かれて柔らかさに満たされる。下腹部に触れる三三に、撫でて吸い付き啜る感触すらもそれに抗う事が出来なかった。細三一つ三つがただ歓喜して三三。この状況を最高の最善の最良の環境であると理性に訴えてぶち壊していく。脳は愚直な三でに三三の奴隷だった。

 

 ひたす三に底知れぬ三しさと愛し三三、三三何の気が起三ようがなかった……。

 

「あっ三三う間だな……」

「にゃはぁ、三三様にも使った共心薬三使いまし三三でぇ」

「あー。あれね……しか三、飲ま三三のは分かるが、他の要る三三?その、三の三えるのとか?」 

「ん。重要。最重要。三三三繁殖機会三三三ない。今頃内部では繁殖行動に適した肉体に成長させるのに急速に変異中」

「つま三!今の三三様という事で三三!」

「冗三三止せ三……」

二人の語らいも三三三かった。ま三三三三三脳が三三三三阿片三三三漬け三三三二 ニ - ‐ ‐

 

ただ飲み三三三三三三無心に飲みつくして三三三飲三三三三三ではな三三三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三三三三三三お代わりし三三三三三三もの三三三三三三用意してい三三三位二 ニ - ‐ ‐

 

を咥えてい三三三三三君臨三三三三させていた三三三三三三首を三三二 ニ - ‐ ‐

 

三耳元で三三三三三三都合の良三三三三三なんて三三入三三二 ニ - ‐ ‐

 

そう、三三すら三三三三三三三三一杯で。三三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三三三あぁ三三三三三で三三三。もうど三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三…三お三三三三三い三三三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三三三三三三三三三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三三三三三三二 ニ - ‐ ‐

 

三三三二 ニ - ‐ ‐

二 ニ - ‐ ‐

‐ ‐-

‐-

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ、はぁ、はぁ!』

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

『糞っ!糞っ!糞猿共がっ!!』

 

 

 

『あぁ、糞っ!!畜生っ!?どうして、どうして……こんな事がっ!!?あぁ、我らが主君よっ!こんな、こんなぁ……!!』

 

 

『まだっ!!まだぁ!!』

「あらあらあら。負け犬連中は逃げ足はお早い事」

『……っ!!?』

 

 

「今更何を考えているのか知れないけれど。逃がしてあげないわ。彼のために美しくも儚く、残らず根絶やされなさいな?」

 

『逃がせ』『ニガセ』『きぼーをにがせ』『ニガスンダ』『足を止めろ』『ジカンヲカセゲ』『にがせ』『タチフサゲ』『ワレラノノゾミ』『怖れるな』『さだめをかえよ』『イケ』『行くんだ』『そこにむかえ』『タドリツケ』『あがけ』『諦めたらそこで試合終了ですよ』

 

『っ!?頼むぞっ!!?お前ら!!』

 

「邪魔よ雑魚。失せなさいな」

 

 

 

 

  

『何処だ!?何処にあるっ!!?この辺りの筈だっ!!この近くに転がってぇっ!!?』

『匂う!!感じるっ!間違いない!!この先にっ……!!この先にぃ!!?』

 

 

「見ぃつけた」

『はぁ!はぁ!はぁ!ははっ!!見える!!見える!!!!』

  

『見える!僕には見える……!!』

 

 

『見えた!』

 

 

 

 

 

『届け!!届いてくれっ!』

『今一度!今一度、僕らにその機会をっ!!』

 

 

『あの御方を……!!』

 

 

 

 

『……そうだね』

 

 

 

 

『それでは、次の世界を観測するとしようかな?』

 

 

 

 

『良く頑張ってくれたね。有難う。鼬枷』

 

『……有難き幸せ』

 

 

 

『なんと勿体なきお言葉……』

 

 

 

『どうかご武運を。僕らの主よ……』

 

 

『ん?あぁ……』

 

 

 

 

『遅かったねぇ?』

 

 

 

『それじゃあまた逢おう?あー、ごりら姫様?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……成程」

 

 

 

「よく頑張ったね。鼬枷君」

 

 

 

 

「それでは、改めて物語を始めようか」

 

「あるいは、新たな答えを紡ごうか」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。