和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
何時からか、流される小舟に彼女は居た。
「……?」
起き上がる。果たしてここは何処か?暗い。薄暗い。空には満天の星空。それだけが辺りを照らす。記憶は不明瞭、前後不覚だ。どうして自分は此処にいる?舟遊びでもしていたのか……?
『ここが、何処かかい?ここはそうだね……言うならば「全体」の欠片だよ。命を溶かした鍋の中、全き真理の卵……と表現するのが今の流行だと分かりやすいのかな?』
「えっ……?」
心中での問い掛けへの返答にその存在に気がついた。舟に同乗する存在を認識した。その顔を見て、酷く困惑した。
「僕……?」
果たしてこれは如何なる事か?狐狸の類に化かされている?眼前には上等な巫女装束の娘が居た。鏡にて幾度も見た己が其処に居た。正座して、礼儀正しく此方を見据える己の姿。己を模した、ナニカ……。
「あ、貴女……は?一体?」
『私は君だよ。……正確には君が私の一側面に影響された存在、かな?いや、それも少し違うのだけれど……』
「えっ……わ、わっ!?」
そして少し悩ましげに目の前の存在は身を乗り出して環の頬に指を押し付ける。突然の当然の如き行為に環は驚愕して困惑。
『うーん、たかが一退魔士家の分際で随分と大それた儀式をしたようだからねぇ。色々と齟齬が生まれてしまってるみたいだ。だからこんな事になる訳だね。本来の目論見たる呪いの押し付けも失敗しているようだし?寧ろ、アレの因子が少しこびりついてるじゃないか?』
「えっ、ちょ……やめっ……!!?」
チョンチョンチョンチョン、頬をつつかれて環はただただ困惑するばかり。一方の己に酷似した存在は大層悩ましげに首を傾げて眉間に皺を寄せる。髪が揺れる。お日様の香りがした気がした。良い香り……じゃなくて!!
「貴女が、僕……っ!?一体、どういう?それに、呪いって!?」
軽い態度で、何か凄く不穏な事を言われた気がした。そして同時にこの何者かに無意識の内に期待を抱いていた。
蛍夜環は育ての家族に愛されつつも、しかし本質的には捨て子である。己の根源を、己の産みの親を知らぬ。目の前の存在は己の何かを知っている……?
『呪いについては今更君が気にする事じゃないよ。捨てられた君は最早対象外のようだ。滑稽な事だよね?あの繊細な長兄殿を利用しようとしたようだけど……ふふふ、寧ろ仕打ちに怒りを買ってしまったようだね』
理解が浅はかだからこんな事になる……静かに嘲る瓜二つの存在。誰かを蔑む様は環は好きではなかったが、目の前の存在に嫌悪感を抱く事も出来なかった。まるで己の片割れのようで、身内のようで、己自身のようで……どうしても他人と思う事が出来なかったのだ。
「……」
『そんな目で見てくれるなよ。私は君にそんな風に見られる資格はないのだから。……さて、それよりも。君にはすべき事がある筈だ』
「すべき、事?」
『そうさ。君が何をしたのか。その力の本質、その罪を、ね?まぁ今回はその片鱗だけでも……といった所かな?いきなり全部と向き合うと壊れてしまう。少なくとも彼から読み取った記録を参照する限りはね?』
「彼?」
『それも此方の話。……今の所は、という但し書き付きだけどね』
そして彼女は手を向ける。舟の浮かぶ水面に向けて、御覧あれとでも言うように。
『全くの他人でもない。それに君が末端の末端とは言え、霊脈を貪ってくれたお陰でこうして繋がりが出来てお話も出来る訳だ。退屈凌ぎ、その御礼さ。さぁ?』
「……」
悪意の欠片もなく、そして妙に気さくな誘いに、躊躇しつつも環は受け入れていた。舟から身を乗り出す。改めて辺りには何もなくポツンと舟が浮かんでるだけどである事を認識する。水面が仄かに輝いている事に今更気付いた。
「この……光は?」
『命の輝きさ。君が奪った命の、ね?』
「え?奪ってって……わっ!?」
その意味が分からなくて問い掛けようとする前に後頭部を掴まれた。そして水面スレスレまで寄せられる。水面を見せられる。見せつけられる。その命の海から浮かび上がる「記憶」を。
水面に気泡がうかびあがった。稚児が僧達に弄ばれてる光景が其処にあった。ギラギラとした瞳に、野望を湛えながら後ろから攻め立てられる美少年の風貌は、何処かで見たような気がした。
「こ、これは……?」
少年の姿は気泡と共に弾けて溶けていく。しかし、気泡は無数に浮かび上がる。その一つ一つが生ある者の記憶が映りこんでいた。
虫の記憶があり、獣の記憶があった。魚の記憶があり、草花の記憶すらも。母の腹から生まれて、あるいは卵を破り、種から芽吹く。
食べて、食べられて、弱肉強食に循環する。育み、育まれて、命が紡がれる。数多の運命。数多の躍動。それらが……その末路が黒く塗り潰されて消えていく。
「え……?」
環が何かを口にせんとする前に、その記憶が浮かび上がった。継ぎ接ぎの記憶の欠片。一人の少年の記憶が映し出される。
過酷な北土での野良仕事。貧しい生活。弟妹達との日常……環は戸惑った。少年と手を繋ぐ童女の風貌に既視感があったから。この子は、まさか……?
「あっ」
記憶が流転する。追い縋る妹の手を振り払う。流転する。拷問を受けている。何かの罪を贖わされている。流転する。多くの仲間を失った。女の首を締めている。流転する。幼児のように甘える友の姿。この、記憶は……!!?
「何で、こんな記憶がっ!!?」
『何でって……摘まみ食いしたからでしょ?』
背後からの淡々とした返答。好悪もなく事実を唯伝える物言い。だけども環は押さえられたままに首を振って必死に否定する。
「知らない!!僕、こんなの知らないよ!!?食べた!!?あの人を!?鈴音の、兄さんを!?いや、どうして!!?」
訳が分からない。あの人は死んだ筈だ。鈴音の兄は保護されている筈だ。どうして記憶が混ざってる?いや、どうして記憶がここにある……?
「そうだ!そうだよっ!!これは夢なんだね!!?ははははっ!!だから、こんな荒唐無稽な事になってるんだっ!!そう思えば、全部辻褄が合う!そうだろうっ!!?」
環は若干狂気を含んだ笑い声で荒々しく宣う。卑屈に勝ち誇る。それを見下ろす己と瓜二つの存在は目を細めて薄く微笑んだ。環は思わず身震いする。己の顔がここまで酷薄な表情をする事が出来るのだと初めて知った。
『あー。うん、分かるよ。人間の典型的な逃避行動だね。確かに部分的には正しいよ。この世界はある意味では夢だ。君の心象風景。君の根源だ。君の深層だ。……だけどね?知ってるかい?夢というのは記憶の整理作用らしいよ?』
「何を、言ってるんだ……!?」
『分かっているだろうに。……君は今食らった命達を反芻しているんだ。この浮き上がる記憶は、分解されて君の血肉となる過程なんだよ?』
「そんな事……!?僕は、僕は……騙されないぞ!?食べる機会なんてなかった!出鱈目を言うなっ!!」
必死に必死に否定する。大切な人を、大切な人の肉親を食べたなんて思いたくなかった。獣や草木は兎も角、そんな事はあってはならない……!!
『呪具の中には魂を繋ぐものが少なくない。君の食らった鬼に、違和感はなかったかい?あの程度の器がどうして理性を保てていたと思う?』
「……っ!?」
環は思い返す。確かに幾度も疑問は感じた。まるで負担を何かに押し付けていたようだった。だけど……!!
『……まぁ良いさ。答え合わせは目が醒めたら出来るんだからね。それよりも、ほら見るといい。また浮き出て来たようだ』
「っ!」
指を指して示されて、何か責務を背負うように環は水面を見つめていた。それが確かに必要なのだと己の内が訴えていた。心は偽れない。
そうだ。分かっている。分かっている筈で……。
「え……?」
不承不承に、それでも水面を見せつけられて、受け入れる環は浮かび上がったその記憶に唖然とする。思考が止まる。何が眼前に映りこんでいるのか、それを理解する事を心が拒絶していた。嘘だ。こんなの。こんなの、どうして……。
「嘘だっ!!」
『わっ。危ないね』
目を逸らして、必死に暴れて水面から逃れんとする環。巫女服の何者かは無理強いはしなかった。さっと手を離して舟から堕ちぬ事に専念する。寧ろ、環が姿勢を崩して水面に突っ込んでいた。
綺羅綺羅と、水飛沫が舞う。もがく女の悲鳴が響き渡る。
「あっ、!!?がばっ、!!?ぶっ、あびゅ!!?」
『安心するといい。アレも多分摘まみ食いだよ。量が少ないし、記憶も歯抜けだ。良かったね?』
必死に犬掻きする環に呑気に巫女服の存在は宣う。里山育ちで泳げぬ環を助けるつもりは一欠片も無さそうだった。
「はっ、はっ、はっぁ!!?かぴっ、!!?た、たすひぇっ!!?」
手を伸ばす。引き揚げて貰える事を願う。己と瓜二つの存在は悪意なく見下し微笑む。
『大丈夫。少し苦しくても直ぐに終わるさ。ここは夢……なんだろう?』
「う、ぶぶぶぶっ!!!?」
まるで意趣返しされたかのような物言いだった。環は絶句する。涙目になって手を伸ばす。必死に必死にのたうち救いを求める。死にたくない。死ぬのは怖い。
『ははは。怒らないでくれよ。別に復讐って訳じゃないさ。君だって、何時までもここに居る訳にはいかないだろう?それに……舟から墜ちたら私までこの煮汁に溶かされてしまいかねないよ』
ガチっと、舟の手摺を掴んでの宣言。何を言っているのか分からない。助けてくれないのだけは環は理解した。力が続かない。手足が痺れる。息が出来ず意識が薄れていく。冷たさが身体の感覚をにぶらせていく。
『お早う、蛍夜環君。また会おう。そう遠くない内に』
巫女服のナニカの言葉はもう分からなかった。耳に入ってもそれを理解する余力がなかった。環はゆっくりと水面下に沈んでいく。青い水中。それは次第に暗くなっていく。
深い深い、仄暗い水の底へと。
……底果てよりゆっくりと『黒』が上がってくる。己を包み込んで来る。それに抵抗する気は起きもしない。絡まり抱いて来る『黒』を唯々諾々と受け入れて身を委ねる。冷たく重苦しい水の中で微睡み諦める。
もう、疲れてしまった……。
『……いやちょっと待てよ。何で主人公様がTSしてんだ?』
(……?)
鼓膜というよりも直接心に響かせるような呼び掛けがした。見知った人の声音だった。もう会う事のない筈の人の声だった。
「あぶっ……!?」
ゆっくりと眼を開いて、眼前の存在を認識して驚愕しようとして、しかし口から気泡が出るだけだった。彼はそんな環を見つめて何とも言えぬ苦笑を浮かべる。苦笑を浮かべて此方へと沈み込んで来る。
『黒』を祓って彼が抱き着いて来る。容赦ない抱き着き様にドキっとした。しかし何も出来ない。酸欠だった。何も伝えられない。何も訴えられない。
『大丈夫。大丈夫だから……ここは俺が代わってやるよ、主人公様?』
彼が一方的に語りかけて来る。頭を押さえるように抱き締めて、背をポンポンと叩いて、まるで妹でもあやすように。安心させるように語りかけて来る。何を言ってるのか分からぬ所もあったが己に向けて、己を労る言葉であるのは明らかだった。それだけで環は安堵していた。このままなら、延々と水の底に堕ちても怖くないように思えて……。
『悪いが。それは出来んな』
(え……?)
くるりと水の中で回転。上と下が入れ替わる。環が上で、彼が下で。そして彼は押しやった。環を水面に向けて押し投げた。彼との距離が生まれる。手を伸ばしてももう届かない……。
(あ、あっ……!!?)
もがいて彼の元に向かおうとする。届かない。困ったような苦笑を魅せる。その様が狂惜しい程に愛しく思えた。
そして気付くのだ。彼の背後に迫る禍々しい『黒』を。己を奪われた故の代償に、彼に絡まり皆底に沈み落とさんとする様を。
魂を砕いて磨り潰して、消化してしまおうとする様を。
(駄目!駄目だよ!!?行かないで!逝かないで……!!?)
必死に求める。届かない。延々に届かない。無力だった。困り果てたような態度が一層悲しかった。背後から巻き付いて来る『黒』を気にもせず、目元の横で指を立てて前に振るう。
『これで再起ルートだ。……今度はミスってくれるなよ?』
その軽々しい振る舞いは、助けられる事も救われる事も考えた事がないようで。
そして、無限に離れていく彼に無意味と知りながら尚も手を伸ばしてその名を呼んで……。
「とも、べ……くん」
「お目覚めになりましたかな、環殿?」
「えっ!?」
返答に素っ頓狂に反応していた。意識が醒める。明瞭となる。麗らかな日射しが射す趣良き一室。布団に寝る己は手を翳していた。そして掴んでいた。傍らに控える左大臣の髭を。
「…………。ご、御無礼を、ばぁ!?」
慌てて無礼過ぎる無礼に手を離して土下座しようとして、全身の痛みにその場に転がり倒れる。酷い筋肉痛だった。鈍痛だった。寝間着から覗く肌に視線を向ける。痛々しい痣が刻まれている。
「これは……?」
「鬼との戦いによるものです。随分と手酷くやられたようですな」
若干痛そうに髭を整える左大臣を倒れたまま見上げる環。とんでもない非礼へ気負いつつ、しかし尋ねる。
「鬼……ですか?確か、僕は……」
記憶を思い返す。雷鬼に拉致された。そして、肉肉しい物を突き出されて、そして……『黒』が、溢れ出したのは覚えていた。
「それについてですが……」
仁の大臣は事の顛末について語っていく。
「廃寺での討ち入りは覚えてますな?」
「……はい。寺の方は?」
「制圧は終わりました。扇動され、洗脳された民草は出来得る限り捕縛して保護致しました。全員、とまでは言えぬのは残念な事です。戦いに巻き込まれて百人以上が犠牲となりました」
「そんなに……」
環は沈痛な面持ちで落ち込む。守れなかった。守り切れなかった。何千も敷地に詰め込まれていたのだ。仕方ない事ではある。だが犠牲となった者、その身内は仕方ないで納得出来る訳もない。
「私が甘かった。討ち入りはもっと早くするべきでしたな」
「そんな事は……」
自省する大臣。結果が全てではあるが大臣を糾弾する積もりにはなれなかった。扶桑の、民草の安寧を常に考える人徳の人である。此度の一件も、元々は民草に怪しげな教えを流す与太者を縛り上げるためのものだった。件の人物が何事かを企み人を集めた故に急遽の討ち入りを前倒した。それら一連の流れには怠惰はなかった。
誤りがあるとすれば、それは先方の異様な用意。護神像に調伏して繁殖させたのだろう妖。そして、鬼に成り果てた儀式……。
「環殿が連れ去られた後、寺に幾人か残置した後、急ぎ新ためて討伐隊を編成しました。あのような鬼を逃がす訳には行きませぬからな。貴女を救助するためでもある。私もまた衆を召し上げる者として、朝廷を守護する者として刀を参陣させて貰いました」
「そんな、左大臣が御自ら!!?」
突如の爆弾発言だった。身体の節々が痛むのも忘れて環は叫んでいた。
「それが務めというものです。問題は鬼が潜む山で何やら禁術でも使ったのか、黒い何かが現れた。巨大なそれは辺り一面を食らい尽くしたのです。霊脈の……末端ですが一部まで食われてしまった。辺り一面の生という概念が絞り取られてしまったかのようでした。当地には数日経た今でも虫すら寄り付かぬとか」
「それは……」
大臣の言に環は心覚えを抱く。しかし、それを口には出来ない。霊脈を無断で傷つける行為は大罪だ。央土の大霊脈ならば尚更である。環は正直者で誠実だが時と場合というものを理解出来ぬ程愚物ではない。
「……鬼の方は?」
「儀式か何かが失敗したのか。あるいは別の鬼に裏切られたのか……あぁ、外京で発見されたものとは別の鬼がいましてな。何にせよ、雷鬼については死滅が観測されましての。それは良いのですが、問題はその別の鬼なのですよ」
「別の、鬼……?」
大臣の言を反芻するように呟いて、記憶を手繰り寄せた途端に悪寒と共に身震いする。嫌な記憶が溢れ出しそうになる。そう言えば大臣が先程言っていた。この身体の痣はそれが……?
「あれは直に見ましたが……真に凄まじき鬼でした。彼処までの鬼は、嘗ての大乱の時代の生き残りかも知れませぬな。失礼、支えましょう」
思い出しては天を仰ぎ嘆くように溜め息。そして大臣は環の身体を起こして座らせる。猫背気味に布団の上に鎮座する環は、大臣の言葉を呑み込み事の次第の理解に努める。
(鬼。二鬼目の鬼。その仕業?……僕の力に気付かれていない?僕の力が伝わっていないの?)
何らかの簒奪の力がある事は鬼月では知られている筈だ。それこそ関街で狼神を討ったのはその力によるものだ。ならば……。
「……そういう事にしておくのが穏当でしょうな。貴女の力、直接見たが想定以上、下手に知られれば厄介でありましょう」
「っ!!やはり……気付いておりましたか」
支えながらの耳元で提案に環は息を呑む。知られている。その上で見逃されている……?
「善意……ではありませぬよ」
朗らかに老人は環が抱いた感情を口にする前に否定する。
「貴女の力は危険ですが御する事出来れば凄まじいもの。魑魅魍魎への切り札となり得るもの。それに貴方のような同志を喪うのは惜しい。だからこそ私の責任に基づき見逃すのです。真相を知る者は私含めて片手で数えられる程度、祓護民衆すらも何も存じませぬ」
「それは……余りにも格別の配慮で、恐縮です」
「いや、貴女にもっと良き刀を渡しておけば良かった。さすれば此度のような事もなかった筈。申し訳ない」
沈痛な面持ちでの謝罪に、環の方が罪悪感を抱いてしまう。貴人にして年長者にここまで配慮されてしまう己の未熟を心より恥じる。仁徳の人に、己のためにその権力を使わせてしまう事に気後れする。
「……それに鬼が危険な存在である事は変わりませぬ。貴女を、その力を以てしてもそのような身体にしたのは他ならもう一鬼ですからな。寧ろ貴女を殺しかねぬ惨状だったのを祓護民衆でどうにか救い出したのですよ」
「そう、なのですか……」
そして環は改めて己の身体に意識を向ける。全身の肉も骨も痛くて仕方ない。服の下を見れば赤く、あるいは紫色に腫れた肌も見えた。四肢が喪われていないのが奇跡に思われた。どうして五体満足なのか不思議だった。咄嗟に赤穂流の受身術でもしていたのだろうか……?
「大臣、報告でぇすよ。廃寺の後始末は……あら、起きた訳?よくも生きてたわねぇ?この指、何本か分かる?」
「……零本」
部屋に闖入したかと思えば拳を突きつけて来るのは陰気で口の悪い女。髢屋操媒は皮肉げに笑う。
「目玉は無事みたいね。……良かったわねぇ、ウチは福利厚生が厚いから。他所なら質の悪い薬に治療費が天引よ?」
「髢屋殿、同僚を虐めるものではない」
「ただのじゃれ合いですけどー?」
左大臣の注意にあしらうように答える髢屋。ウネウネと髪が不機嫌そうに蠢く。良く見ると所々枝毛になったり千切れていたりと酷く傷んでいた。五体満足だが、髪はそうでもないようだった。
「あ……陰獄さん」
「んっ」
遅れて環は髢屋の背後の目立つ長身に意識が向かい会釈する。陰獄育魅は髢屋に比べると淡々として応じた。好意は薄いが悪意も無さそうな態度に環はある種の安心感を抱いて……。
「陰獄さん……?その、手は?」
それに視点が合って環はそれ以上口に出来る言葉を失う。何を口にするべきなのか、分からなかったのだ。
「?」
「何よ?……あぁ、そういう事」
当の陰獄は訝るように首を傾げて、髢屋もまた首を捻って環の反応に困惑して、遅れて合点が行く。
「何か訳分からない黒いのにね。別にこういう仕事をしてたら良くある事でしょ?……こいつは運が良い方よ。異能で補填出来るしね?」
髢屋の言に応じるように陰獄育魅は己の肘から先のない左腕から黒い影を生やした。己の影獣から差し出させた影腕で施無畏印を示して見せる。身体の欠損に対して慌てず気落ちもせず、何時も通りの平然とした態度は実に退魔士らしいものであった。
修羅場にて命を賭け金として飯を食らう者らしい、度胸と覚悟のある振舞い……。
「……」
「……アンタ、どしたの?顔が青い……」
「おう"え"っ"、え"っ""……!!?」
「本当にどうしたのっ!!?」
己の犯した過ちを見せ付けられて、込み上げるそれを環は堪え切れずにぶちまけていた。
「……」
そして眼前で行われる介抱される者とする者の光景を、一人大臣は淡々と観察していた。
今少し、効果が欲しかったと思いながら……。
ーーーーーーーーーーーー
「……」
納棺を終えた棺桶が鎮座する、その部屋に彼女は居た。恐ろしいまでの静寂と静粛が場を支配している。白檀の静かな香りが空間を満たしている。何よりも、女から滲み出る言い様のない陰気が窒息しそうな程空気を重くさせていた。
尤も、それも棺桶に寄り添う娘の前では霞んで見える。痩せ衰えた村娘の顔は幽霊のようだった。肉親を喪った悲しみは筆舌し難い。
(本当にそれだけか……なのだけどね)
その心中を想像して冷笑。親愛というには些か重過ぎて濃過ぎるように思えた振舞いだった。よもや欠片もそういった情がないとは言わせない。同じ女だから察するものはある。
「本当に残念な事。折角匿うように大臣に命じられていたのに。まさか抜け出すなんてねぇ?失態で叱られちゃった」
「……」
客分の身内たる娘は何も言わない。魂が抜けたように棺桶の傍をただただ離れぬ。それ以外は何も反応すらない。
葬儀の手筈は率先して……否、遺体へのそれは殆ど一人でこなしていた。当初巫女として執り行うつもりだった忍鴦を拒絶して、そんなものは不要であると言わんばかりであった。蔑む瞳には汚物を見るようだった。
彼女の仕事自体は見事なものだ。湯灌はそれこそ香湯を浴びせ、その手で隅から隅まで垢を、汚れを取り除いていた。鼻の穴に耳の穴、臍の穴。臀部まで。奥の奥。隙間の隙間まで。皮をめくってまで執拗に。
剃毛もまた丁寧に。髪に眉。鼻に腋。尻に胸元に下腹部。微かな頬の産毛まで。剃刀で剃り、鑷子で毛根から引き抜く。一本一本、漏れもなく。しかし肌は傷つけてはならない。
死後硬直で固くなった身体を、霊力による強化も出来ぬ柔な身で必死に死装束に着替えさせる。己の汗が骸に着かぬように細心の注意を払って。健気なものだ。
全ては扶桑の伝統に乗っ取った正式で厳密な遺体の処理方法だ。扶桑人にとって墓を妖に掘り返され、埋葬された己の骸を食い荒らされるのは不名誉この上ない。臭いの元を流し落とし、臭いの溜まる毛を根刮ぎにして、その骸に汗も何も滴し落とさぬように。最後は焼いて灰とする。
(語るは易し、だけどぉ)
実際ここまでそれを完璧に処理が果たせるのはそう多くはないだろう。そも、貴人ならば兎も角、農民や町民でここまでの下処理が許されるのは都近隣の者くらいである。貧しい土地では雑に洗って焼かずに埋めるだけなんて事例すらあった。当然腐った肉が化物を引き寄せて荒らされる。死が忌避される一因だ。
「……明日には棺を引き渡す事になるから宜しくね?」
「……」
チラリと娘は巫女姫を一瞥した。黙ったまま直ぐに棺の傍らに視線を戻す。無言の肯定。無作法で無礼だ。忍鴦姫は仕方なさげに肩を竦める。
……巫女に遺骸を清浄して貰える事もまた本来名誉の事である。それを拒絶した事は屋敷の者共の間では真に不評であった。客分とは言え、卑しい身の上で分不相応にかけられた厚意を無下にする事は何事であるのかと。面として言わずとも縁側で、渡殿で、炊事場で、姦しく家中の者共が噂する。
「ふふふ」
思い出して冷笑する。己の世間での評判くらい屋敷の者共も知っている。己だって隠さない。こういう時にだけ清らかな巫女の末裔として扱う女中共に雑人共は現金なものだと忍鴦は思った。それならば娘の態度の方がずっと明瞭でずっと素直だった。
「一応注意するけど、骸を背負って雲隠れなんて馬鹿な事は止めてね?」
骸は焼かず、埋めもせぬ。庇護役の左大臣の命で事件の証拠として塩漬けで何処ぞに保管されるとは伝えている。直後には埋葬されぬ事にごねて、遺灰を実家に持ち帰れぬ事に憤慨していたがそれでも現実は変わらぬ。この妹は現実を直視出来ぬ程蒙昧でもなかった。御上の命には従う他ない。ただただ、最期の別れを惜しんで寝食も忘れて骸に寄り添うだけだった。
……何処までも受動的に流されるばかりの女だった。
「それじゃあ、失礼をば?」
そして隠し切れぬ死臭を誤魔化すための線香の香りより逃れるように忍鴦姫は部屋を退出する。既に真夜中だった。まるで何もかも終わったとばかりに雲が晴れた空に月明かりが照らし出していた。
「本当は終わる所か絡んで絡んで絡み切ってしまっているのにね?」
縁側を歩みながら淫姫は振り返る。全ては予定調和だった。全てが計画されていた。
彼の模倣物の死は善意だった。亡霊からの贈り物だった。息子への、機嫌を取るための優しさだった。
元が下人であり、鬼月の家中の狂気から逃れるためには贄が必要だったのだ。「伴部」たる仮名は捨てれば良い。しかし◼️◼️は違う。生まれて与えられた名である。血の繋がった家族から与えられた名の縁から逃れるのは容易ではない。名と結び付けた呪いは少しでも隙を見せれば追跡して襲い掛かる。
ならば囮を用意すれば良い。同じ魂を培養し、同じ肉体を培養し、同じ記憶を植え付ける。そして肉親らの認識の方向を向けさせれば術的には限りなくそれは本物と同一の対象物となり得る。
完璧ではない。しかし、見事な囮だ。藁人形で打ち呪おうが、触媒で人探しをしようが混沌する。対象たり得る存在が二つもあるのだ。呪いは分割されるか、行き先なく彷徨うか、あるいは囮に向かうか……何にせよ、彼の逃亡した下人は鬼月の目を掻い潜り易くなったのは間違い。
今一つの目的。それは身内への己という束縛からの解放だ。
生きているか死んでいるか、分からぬ物には希望がある。しかし明白に死してしまえばそれまでだ。名を騙った所で警戒されるのみである。名を出した所で引き寄せられる理由がない。死んでしまえばそれまでだ。分別ある大人ならば甘言に騙されぬ。鬼月の狂人共が◼️◼️の名を出してその身内を引き寄せる事は叶わない。寧ろ殺された身内の名を出す事は警戒を与えるのみだろう。事実、屋敷から逃れるに当たって認めた半ば遺書染みた文にはそれを匂わせた。
……全ては贄役すらも同意した提案である。自ら道化を買って出た。兄としての振舞いすらも贄となるための過程に過ぎぬ。妹に、弟に、家族に、己こそが◼️◼️なのだと、家族を通じて世界に対して己こそが◼️◼️なのだと認識させるための日常……家族が兄を思う程、家族としな触れ合い慈しむ程、それは補強される。
「馬鹿な事……」
足を止めて巫女姫は呟いた。妹が甘えて、妹が慕って、妹が妬む事すらも死神のやって来る足音であるのに。否定もせず運命を受け入れる様は愚かしかった。
「祝を与えてやったのに、ね?」
それは気紛れだ。そう、気紛れだ。巫女の力の一端を、祝福を授けてやった。奇跡の力。道理すら曲げて運命を拓く力だ。彼にのし掛かり、彼を受け入れて、空から堕ちるような快楽と共に無理矢理それを授けてやった。
それは連中への密かな裏切り行為でもあった。だってそうだろう?死なせる事こそが目的の製品を生かそうとしたのだから。構わなかった。退屈しのぎの悪ふざけなんて何時もの事だ。後先なんて考えない。刹那の今さえ楽しめばいい。それが宮鷹忍鴦という女の生き方だ。後で如何なる罰があろうとも……それが一体どうした?どうせ殺されはしないし、今だって十分糞みたいな日々なのだ。
だから気にする必要なんてない。あれは唯、棚から牡丹餅が出て来たように幸運にだけ感謝さえすれば良い。熟れてこなれた女の味を楽しみながら定められた理不尽から無責任に遁走してしまえばいい。そう耳元で囁いて、誘惑してやった。なのにあの時、あの模倣品は……模倣品の癖に。確かに、言の葉を返してくれやがったのだ。
折角の棚牡丹な機に、己の事を棚に上げたような物言いを……。
「……身の程知らず。恰好つけておいて、良い気味よ」
淫姫は嘲った。本当に良い気味だった。
そう思う事にした。そう思い込む事にした。このどうしようも救い亡き苦界から、解脱出来たのだと言い聞かせた。
そうとでも思わないと、この喪失感からは立ち直れる気がしなかったから。
本殿の己の部屋に向けて、歩み始める。
止めどなく白粉が流れてしまった顔を誰にも見せたくなかったから……。
「……?」
……足を止める。遅れて忍鴦姫は辺りを見渡した。見渡して、名状し難き違和感に眉を顰めて首を傾げた。彼女の瞳にだけ映し出される運命の糸の取っ散らかった絡まりに唯々困惑する。
だって、何か取返しの付かない分岐点を通り過ぎてしまったような気がしたから……。
ーーーーーーーーーーーーーー
「そうだね。可愛くて哀れな弟子のために、ここは一肌脱いでやるのが師の務めだろうね?」
場所は宮鷹家都別邸が本殿。その奥座敷であった。畳の敷かれた大部屋の中心に優男が佇んでいる。左大臣の祐筆も兼務する朝廷の官吏の一人……というのはあくまでも容器の立場である。その瞳の奥に巣食うは百貌の亡霊だ。千年以上を生きる人外人が、装束にかかった埃を払いつつ脈絡もなく第一声に語る。
「……一肌脱ぐなら淫魔の娘のためにしてあげたらいいのにぃ。しっぽりと搾ってくれるんじゃない?」
いつも通りの態度を取れただろうか?忍鴦は内心で緊張している事を認めざる得なかった。萎れるアレの妹の様子を見た後、己の寝殿に戻ろうとして感じた違和感に足が向かい、目の当たりにしたのがこの『惨状』だった。
上等で古式ゆかしい宮鷹の屋敷の奥間はその価値を失っていた。畳も壁も、肉片と血飛沫で駄目になってしまっていた。
(四人、二人、それと……十二、か)
それは奥間に散らばる物の個体数。四人の退魔士と二人の隠行衆と十二人の下人だったもの。ある物は顎から上が粉砕され、ある物は壁にめり込んでいる。言葉では形容し難い惨状の物までも。いや……死ねた物はまだ幸運か。障子の向こうの書斎で『生かされてしまっている』屋敷の主人に比べれば遥かにマシだった。正に死は救いだった。
「……」
始まりも終わりも分からなかった。気付けばこの屋敷は実質制圧されていた。誰も気付かぬ間に戦力というべきものが壊滅していた。門番や外出している残り滓なぞ問題ではなかった。
「……予定より、また随分と早い決行じゃない?これはどういう風の吹き回しな、訳?」
一族郎党が皆殺しにされた事自体はどうでも良かった。己の扱いを思えば今更血の繋がりに何かを感じた事もない。隠行衆共も、下人衆共も同様だ。寧ろ、房中術の吸生法を身につけてからの下衆な提案は……問題はそれが何故今行われたのかという事だった。
腐っても宮鷹家は北土御三家の一角である。左大臣を抱き込んでいるとしても皆殺しは流石に周囲に気取られかねなかった。宮鷹は呪いと占いの大家として朝廷から頼られているのだ。外部との交流を避けるのは不可能。何人かの躯を傀儡として平静を振る舞わせるとしても限界があろう。危険が大き過ぎる。それを……どうして?
「予定が変わってね。宮鷹家は半年程前倒しで潰れて貰う事になったんだ。彼らが続いて貰う事は、私達にとって極めて都合が悪いようだから。……いや、これは不正確かな?今潰れられたら彼に都合が悪い、というべきか……?」
それはまるで見て来たかのような物言いだった。この亡霊は付随して戯れても根本的に無駄で無意味な事はしない。そのように語るならば、そうなのだろう。
「理由は……聞かない方が良い感じ?」
「おや、聞きたくないのかい?君らしくない。普段は勝手に首を突っ込むだろうに」
「……そうだったかしら?」
「……そう不安にならなくても良いよ。少なくとも私は君の行いを叱る積もりはないからね」
それは此方に対して一片の悪意も敵意もない本音の言葉に思われた。尤も、この亡霊の場合、悪意敵意と害意は同意ではない。何にせよ、嘘を吐くのは一番の悪手である。
「……やっぱり、バレてた感じ?」
「始める前から、ね?虫の知らせ……じゃなくて狐の知らせだ。いや、あるいは鼬の知らせかも知れないな。兎も角も最初から、始める前から、ね?」
「……何を言ってるわけ?」
姫は亡霊の言の意味を訝んだ。狐と鼬。監視されていたとすれば納得は出来る。しかしその物言いはそれとは違う気がした。そのような単純な話ではないような気がした。
「……それについての種は追々教えてあげよう。それよりも今は最初の提案についてだ。話が枝葉に広がり過ぎては進む話も進まないからね」
そしてパンパンパン、と軽快に亡霊は拍手した。そして突如としてそれは姿を現す。
それは計十二人。まるで最初から其処にいたかのように鵺の背後にて佇む。恐らく呪具……闇夜目隠之勾玉であると姫は見抜く。それも個別に有していた。相手の盲点に潜り込む朝廷の暗部向けの上等品を贅沢にも一人ずつに……。
「それ、ウチの下人の服装に面だけど……誰?」
「誰だと思う?」
「誰って……」
質問返しに忍鴦は困惑した。この会話の意味が分からなかった。唯誘われるように亡霊の背後に整然と並ぶ人影を見る。
合わせたように均一な背丈だった。等しく頑健な身体の輪郭。服の下からでも分かる。良く鍛えられている。きっと筋肉は割れていた。雄として有望で優秀だろう。ある種、女としては嬉しい具合の剛体。そして……皮膚の下は相当に酷い有様であろう事も見抜いていた。それは多くの者と肌を重ねて来た姫だからこその鑑識眼であった。
……見覚えがあった。見知っていた。その身体付きを。その特徴を。次第にそれは確信に変わり……ゆっくりと眼を見開いて亡霊を見た姫。亡霊は慈愛に満ちた微笑と共に手信号を送った。背後の下人共が、糸で操られているかのように一斉にその面を剥がす。
同じ顔つき。同じ顔の傷。見方によってはそれなりに見れない訳でもない風貌は……しかし全員半ば白目を剥いていた。顔の血管が浮き出ていて、涎がきつく結ばれた口元からそれでも垂れ流されていた。継ぎ接ぎされたような縫い痕が覗く範囲だけで其処ら中に。荒い息は今にも死にそうに見えた。
そして……間違いなく彼だった。
「こ、れってぇ……?」
「これらは彼と同様の能力、由来を持つ大量量産型相変異妖母眷属」
亡霊は自信に満ち満ちた声音で弾んだように語った。
「これらの入物は最初の仕様と違い性能に梃入れをしてある。そして一つの魂で複数の肉を使役するのではなく、一つの魂を分割した上で繋げる事で独立しつつも訓練なしに完全な連携、記憶と感覚の共有すら可能にする。『割同魂幾容体』と名付けた。……まぁ拵えるのに急いでたから肉体の製造は雑になってしまったけどね?」
促成栽培のために部品単位で製造して繋いだんだ。前回の失敗に学び質より量を優先したと。……軽いノリで尋常ではない事を語る。
「そ、そう……また、物好きな事、よ、ねっ!?」
どうにか、どうにか受け流そうとして、しかし忍鴦は驚愕を遂に隠し切れなかった。彼らの魂、運命の糸に染みこむ祝を見て。己が授けた祝福を理解して。
「ま、まさ……か……!?」
そんな、馬鹿な。嘘だ。こんな……!?
「危ない所だった。彼、あの魂を回収するつもりだったろう?身体に蟲を忍ばせておいた。大半の魂は蟲の腹に納めて足裏から皮膚を突き破って隠れさせた。回収した後培養して、割って、加工して其々に仕込んだ。君のお陰だよ。君の祝のお陰で失敗して魂の回収の失敗も、魂が加工中に溶ける事も、拒絶反応もなかった。製造分、全て納入完了だ」
心からの感謝の言葉に、姫は眩暈がして吐き気がした。ここまで。ここまでか……!ここまで、残酷な!?
(我が家でも、ここまではしなかった……!)
恐らく、記憶は続いている。死を覚悟して。己に殺されて。それは救いだった。救いはない。魂を弄られて、分割されて、雑な肉体に捻じ込まれた。魂も肉体も、悶絶して絶叫している事間違いなかった。無理矢理術か薬か誓約かで黙らせて動かしているのだろう。
「……それ、どうするつもり?」
「取り合えずはここの下人代わりにね。色々使わせて貰うよ」
「……私は、どうするつもり?」
「御褒美をあげようかとね?」
「御褒美……?」
亡霊の価値観は相変わらず姫にも理解し難かった。
「何はともあれ、祝のお陰で完成したんだ。君の命を削る協力のお陰だ。だからね、お礼をするのが人の道さ。大分、二号はお気に召してくれたんだね?泣いてくれたくらいだ。だからさ、これは褒美だ」
指摘に忍鴦は咄嗟に頬を隠す。亡霊は合図する。
「ぐっ、……」
「あ、ぁぁ……!!?」
彼達は何かに抗いつつもその黒装束を脱いでいく。装束の下から晒される予想通りの逞しい肉体。傷だけでなく、凄まじき数の縫い目。痛々しい程に浮き出る血管。そして……馬並みが十二頭。此方に向けられている。
思わず、息を呑む。身体が疼き、湿る。
「君の延命のための房中術、余り客層には満足してないんだろう?だから丁度良いと思ってね。質も量も、彼らなら十分じゃないかな?」
「は?……は、は、纏めて?何それ、馬鹿じゃない?」
提案に忍鴦は思わず唖然とした。そして愚弄した。この雄を……確かに彼は見事な味だったが……十二人は流石に阿呆だった。こんな真っ昼間から?この人数を同時に?まさかここで?
「せめて、別の部屋で小分けにしちゃ駄目な訳?」
「ん?私は別に運用については構わないよ。私はね」
「……どういう意味?」
「性能を上げるのに感覚強化してね。感知する力が三千倍……は感覚共有してると乗数的に加算されるから流石に死んでしまうだろうと思って三百倍に抑えた。それでも相当鋭敏だろうね。急いだから縫い目の痛みは中々のものなんじゃないかな?」
「……」
「ほら。皆の顔見て御覧」
勧めに忍鴦は思わず彼らを見る。一様に見た事ない程に苦しんでいた。殺して、殺してくれと小さく囁いていた。絶望の底の底にあった。
「中々凄い顔だろう?死にはしないけどね」
「……」
「流石にこのままだと精神が壊れる可能性はあると思ってね。どうせだから負担緩和もお願いしたいな、と。快楽も痛みと同じように計算されるからさ」
「……ははっ」
欠片も悪意なく悪魔みたいな事を言ってのける亡霊に、乾いた笑いしか出なかった。もう観念するしかない。お手上げだ。想像の斜め上だった。斜め上で斜め下だった。
「分かった。分かったから……じゃあ、せめてここから出ていってくれる?やりにくいわ」
「承知したよ。半日後くらいに出向けば?」
「……二日間、人払いしてて」
「どうせだから彼らの限界も調べてくれたら嬉しいな。地母神の侵食率と影響率も分かる」
「呆れた提案」
書斎に向けて立ち去る亡霊の言への心底の呆れ。本当に学術的興味なのがもう徹底していた。家畜の品種改良を目論む交配作業と殆ど同じ感情に違いなかった。
……そして束の間の静寂がやって来た。ここにいる生者は、もう忍鴦と彼らのみだった。死臭に満ちてるのに、生の熱がもう濃厚過ぎる程立ち込めていた。雌の欲情を促す雄の匂い。
「……ははぁ。滝みたいに流れてる。馬鹿みたいに」
笑ったのは己の下腹部の状況を触れてのもの。求めていた。今すぐにと身体が求めていた。十月十日かけた女の一大作業のために、その材料を肚が求めていた。もうそんなに長く生きられるかも怪しいのにこの機会を逃すなと本能が訴えていた。
「もう、どうなってもいいや」
どうせ己も、そして彼らもドン詰まりなのだ。ならば、せめて残る刻を少しでも傷を舐め合う方が良いだろう?だから……。
「良いわ。来て頂戴。皆皆、相手してあげる。皆で私を愛して頂戴。容赦なく、ねぇ?」
もうどうしようもなく突き動かされてじわりじわりと囲み群がる雄達を見て、寧ろ苦笑する。何時もの夜ならばとっくの昔にぐちゃぐちゃにされてるだろうから。毎回遠慮もなく、暴行すらされる程だ。
「う、うぅ……」
「あぁ……」
「ふふ。可愛らしい事」
暗い室内でも分かる。必死の形相だ。己の下と良い勝負が出来そうな程、全身から噎せそうな濃い汗を滝のように噴き出ている。血管が浮き上がっていて打ち震えていた。涎と血の涙を垂れ流していた。吐息は物凄く熱いのだろう。煙草を吐き出したみたいに白い煙が漏れる。身体を全力で抑えて堪えようとしていて、鋼の精神だけではどうにもならずにいた。身を止めんとする手足の指はもう皮が捲れているようで血の跡が壁と床を濡らして弧を描いている。此方を見る視線には複雑な感情が混じっていた。其処に少なくとも何片かの心配と親愛が混じってるのも見て取れる。
女は思いっきり破顔した。
「馬鹿みたい!!そんな無駄な無理しなくていいのに!そうねぇ、だったら……『早く楽しませて?』」
「っ!!?」
その言霊が止めだった。引っ張られるかのように筋肉の群れが猛烈な速度で迫る。囲まれて、押し倒されて毟られた。優しいと思った。普段の連中ならもっと容赦ない。粗っぽく見えて痛くなかった。だから突き付けられる彼らのモノをその手で優しく撫でてやるのだ。乱暴に弄んで言ってやるのだ。
「素敵。……さぁお互い我慢せずに、頭空っぽにして、馬鹿になってトコトン楽しみましょ?」
貴方と、貴方達と一つになれるのなら、きっと、女としてこんな幸せは他にないだろうから。
「ふふ。私のお味は如何?……んぐっ!!!?」
そんな甘言を嘯く口も、直ぐに捩じ込まれてしまった。後頭部を押さえつけられて奥の奥まで容赦なかった。穴という穴は見境なく。あっという間に埋められてしまう。全身に指が、舌が。両手で掴んで揉みあげてやる。掴まれて揉まれて引っ張られる。彼らは泣きながら、絶叫しながら、何かを捲し立てながら。痛くは思わない。彼らは唯救いを求めていた。痛みを塗り潰して忘れてしまえる感覚を。
「んっ、ぐひぃ、あ、はぁ!!はぁ、はむっ、んっ、んっ、んんんっ!!!?」
もう完全に滅茶苦茶だ。構わなかった。元からお互い滅茶苦茶だから今更だ。何の問題もない。
痛みも絶望も暗い未来も、水音と共に忘れさせてあげよう。それが喩え、一刻の逃避でしかなくても。
貴方達に、精一杯の祝を授けてあげる……。
「そうだそうだ。鼬枷君、有り難う」
「はぁ?何、急にぃ?」
制圧した屋敷の書斎に向かう道での突然の感謝。鵺の感謝にいつの間にかその場に参上していた鎌鼬はあからさまにドン引いた。この亡霊に感謝される事自体がおぞましかった。一体何を企んでいるのかと嘘臭そうに訝しむ。
「そんなに警戒しないでくれよ。これは本当に心からの感謝だ。君がこれを開けてくれたお陰で私達は取り零す事を避け得た」
そういう依り代の取り出して見せつけるのは小さな木箱だった。粗末で古ボケた木箱。蓋が開いている。干からびた紐みたいなものが収納されている……。
「……何それ?」
「『㒰兆匣』」
「いや知らないけど。何なら開けた覚えもないけど?」
「それはそうだろう。開けたのは未来の君だ」
「はぁ?」
「これはね。未来軸から過去に干渉する呪具なんだよ」
亡霊は語る。刻に纏わる媒体を起点として、そして基点として、それは未来から過去に全なる兆候を伝える事が出来た。過去改変……とはまた違う。ある種の自己満足の代物だ。元々は南蛮で発明されたというそれはもう完成品も、関連資料も失伝し散逸しまったが、どうにか作りかけのそれを入手して完成させたのが鵺の手元のそれである。もう使用済みの我楽多になってしまったけれども。
「正直危なかった。このままでは我々は亡びる所だった。君が残る唯一の分身がこれを開いてくれた。お陰で定められた運命は回避出来そうだ。ネタバレって事だね」
「へぇ。そんな事がねぇ……マジで亡びるの?僕ら?」
「あり得た未来。もう失われた未来だよ。いやはや、魂の回収が出来て良かった。彼処が大きな分岐点だったそうだから」
送られて来た未来からの知らせ。それを解析して、素直に驚いて、慌てて計画変更した。十二の入れ物を雑に生産する事になった一因だ。
「まさかアレに祝を掛けてたなんてね。結果として彼が増える事になるとは思わなかった。牡丹君も、十薬の二人も中々優秀だね」
「いや勝手に納得されても困るんだけど?訳分かんない……というか、これ、何?」
ウンウンと一人で感嘆しながら納得されて置いてきぼりになる鼬枷。呆れ果てて匣の中身を摘まむ。干物になった細長い何か。微かに獣臭くて雌臭い。これが、刻に関わる触媒?
「これかい?尻尾だよ」
「尻尾?何の?」
「黄華君の」
「黄華の」
「彼女の九本目の幼尾」
「……きったねぇ」
取り敢えずぽいっと捨てた。亡霊は拾わない。呪具の材料にしてももう価値がないのだろう。実際干物に妖気の類は感じなかった。
「というかアイツ九本目なんかあったの?寧ろ最近抜かれて減ってなかった?」
「昔ね。彼女の肛門に忍ばせてた虫に生えかけのを抜かせて回収したんだ。九尾狐は刻にすら干渉し得る。その幼尾は貴重品だからね。あ、黄華君自身は多分何も知らないよ?昼寝してる時にキュポンッとね?」
「きゅぽん……」
まるで刀で貫かれでもしたかのように腹を撫でながらの亡霊の軽口に、鼬枷は黄昏た。風呂で育尾薬品必死に尻に塗って生えるのを祈願してた光景を思い起こして流石に哀れに思えた。もういっそ殺してやれ。
「……まぁ良いや。何はともあれ、僕らにとって事態は大いに有利に傾いたのは間違いない。そうだろう?その匣が使いきりなのは残念だけど」
「それだけじゃないよ。此度の事象は、我々にとってそれ以上の意味がある」
「うん?」
書斎の前に辿り着き、亡霊は立ち止まる。背後の鼬を振り返って心底興味深そうに喜悦の笑みを浮かべる。
「敢えて『皆』に望まれぬ方向に運命を誘えば、あるいは反動で、我々にそれだけ都合の良い流れが生まれるのかも知れない。これは今後も実験してみる価値があるよ?敢えて彼に険しくない道を指し示してあげるんだ」
「いや、マジで何言ってるの?」
「観測者達の見えざる手について……なんてね?」
「……」
「ふふっ……。さぁて、もう一仕事と行こうか。宮鷹の御老公殿の下処理はそろそろ終わった筈だ。外に出しても違和感ないくらいには上手く調整しないとね?」
鼬枷の向ける胡乱な視線をもう亡霊は気にしなかった。爽やかに楽しげに障子を開く。遮音していた結界に穴が開き絶叫が鳴り響く。聞く者は大人でも泣いてしまうような壮絶なそれに、しかし亡霊は少しも心が揺れているようには見えなかった。鼻歌交じりに手術道具を丁寧に取り出して並べていく。
「そうそう。お陰様であの童の解呪方法が伝わるのを阻止出来た。君達には感謝をしないとね?」
亡霊の独り言は、しかし確かに目の前の誰かに向けられていて……。
正直な所、感想欄を見て私は感動しました。最近は主人公に甘いのではと自分自身自問自答していました。こんな甘い話、読者の皆さんは求めているのか?と。こんなので本当に皆満足してくれるのか?と。鉄鋼怪人は惰弱になったのか?と。もう、何も怖くありません。迷いは消えました。
『ありがとうねぇー?』
ですので本来ならば某バッタオーク宜しく一号と二号で一一体の量産型と戦う予定でしたが二号には消えて貰い、数を合わせるために一二号まで増やしました。二号の経験引き継ぎに祝により性能強化もしました。
『どうせおちちは何時も飲んでるしぃ』
また「彼女」を祓う上で呪いの原型を伝えた宮鷹に御意見番が頭を下げる展開もネタバラシされた鵺によって潰されました。
『彼がたぁくさん増えたぁ』
因みに本来最終盤にて腹に風穴開けた主人公クローンが「そうか。俺がオリジナルに見えてるのか、糞親父」と勝ち誇った面を見せる未来がありましたが無事回避されました。やったぜ!
『私も祓えなくなったぁ』
見事です、読者達ボー。やはり貴方達は私が見込んだ通り、主人公をより深く長く高い苦界に導くアイディアをくれる作品の導き手だ。
『◼️◼️達の地獄はより深く』
今はただ、読者達に感謝を……(恍惚)
『よりたぁくさん♪』
『あはっ!実はその反応も私の呪いと言ったら、信じるぅ?』
シン・章末をどう思う?
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人の心しか無いんか?
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愛です。愛ですよ◼️◼️
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鉄鋼怪人先生はね、優しいんだよ
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甘い、甘さの次元が違う!
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やらせろ。魂スカトロやらせろ
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異常尻尾抜き愛者!
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そうそう。こういう仕打ちいいんだよ